MagiaSteam
嗜血舞踏会。或いは、血まみれ夜会怪奇譚



●嗜血舞踏会
祖は1人の錬金術師だったとも、本物の吸血鬼だったとも言われている。
古い古い洋館で、彼らは年に数回の舞踏会を開催するのだ。
荘厳な音楽、着飾った紳士に貴婦人たち。
笑い声が絶えない、薄暗いダンスホール。
優雅に踊る人、人、人。
だが、しかしそう言った夜会に本来ならば用意されるであろう豪華な料理はこの場には存在しなかった。
あるのは百を超えるワインボトル。
着飾った参加者たちは、思い思いにグラスの中へボトルの中身を注ぎ込み、それを喉へと流し込むのだ。
どろりとした、赤黒い液体。
それは決してワインなどではなく、どこかの誰かの血液である。
「こうして毎回、血を集めるのも大変でね。何か手は無いかと考えていたのだけれどね」
ホールの隅で、金髪赤目の若い男が参加者の貴婦人へ語りかける。
にぃ、と薄い唇を笑みの形へつり上げて男は笑った。
その唇の端からは、金属で作られた鋭い犬歯が覗いている。
彼らの集まり……“夜会”と呼ばれるそれは、吸血鬼に憧れる金持ちたちの道楽だ。
着飾り、踊り、そして血液でグラスを満たす。
血液の入手先は極秘とされているが、実際のところは誘拐された一般家庭の子女たちのものだ。
「自由騎士、という者たちを知っているかな? とある国の人たちがね、自由騎士の身柄と引き換えに血を提供してくれるそうなんだ。自由騎士1人を捕らえて引き渡せば、代わりにボトルで100本……それだけあれば、夜会をもっと開催できるよ」
「あら、それは素晴らしいですわ。私もぜひ協力させてくださいな」
「えぇ、ありがたい申し出です。では、後日詳細を送らせていただきますね。なに、自由騎士には女子供も大勢いると聞きます。そう言った連中なら、捕らえるのも比較的容易でしょう」
金属の義歯に、蝋燭の明かりが反射する。
金髪の男と貴婦人は、グラスを打ち鳴らし中身を一息に煽るのだった。

そんな彼らの傍らで、1人の騎士が無表情に立っている。
腰には1本の剣。赤く塗られたマスクを被った、細身の騎士はこの夜会の警備を担当する用心棒である。
「まったく、趣味の悪い連中だ」
と、そう呟いて。
騎士は腰に佩いた剣の柄に、そっと掌を触れさせた。

●階差演算室
「どれだけ血を啜っても、人は吸血鬼にはなれないのにね」
永遠の命なんてないんだよ、と『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)はそう呟いた。
「戦場となるのは、とある寒村にある洋館。館内には全部で23人の人間がいるけど、その中である程度戦えるのは6人ぐらいかな。後は単なるお金持ちだよ」
そう言ってクラウディアは集まった自由騎士たちに資料を渡す。
「まずは“夜会”の主催者であるネロと名乗る男」
金髪赤目のいかにも貴族然とした服装、態度の年若い男だ。
「金属の犬歯による給血能力や、格闘戦を得意としているよ。どうも体質が特殊みたいで、血を吸うことで体力を回復できるみたい。攻撃には[カース]や[チャーム]が付与されているから注意してね」
それから、とクラウディアは資料を捲るよう促した。
次のページには騎士のような格好の男性の写真が記載されている。
「彼はネロに雇われた用心棒で“夜会”ではブラムと名乗っているみたい。武器は赤に塗られた両刃の剣だね。軽戦士のスキルを主に使用してくるよ。また、周辺一帯を薙ぎ払う我流の剣術を使うみたい。我流剣術には[ノックバック]が付いてるから注意してね」
そのほか、4名ほど剣術の心得のある参加者が会場内にはいるらしいが、そちらについては詳しい情報は取得できていないようだ。
だが、ネロやブラムほどの戦闘力は有していないとのことである。
人混みに紛れての不意打ちには警戒する必要があるだろうが……。
「洋館は3階建てで、参加者たちは現在1階のダンスホールに集まっているみたい。出入り口は正面玄関のほかにも、裏口と通用口があるよ」
蝋燭の灯されたシャンデリアや壁の燭台が主な光源となっている。
燭台はともかく、シャンデリアが破壊されればホールは闇に包まれるだろう。
「彼ら……特にネロは他国とつながっているみたい。できれば全員、死なせずに捕まえてほしいな」
色々と聞きたいこともあるしね、と。
そう言って、クラウディアは仲間たちを送り出した。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
病み月
■成功条件
1.夜会主催者・ネロの捕縛
●ターゲット
ネロ(ノウブル)×1
格闘スタイル
“夜会”の主催者。
金髪赤目の若い男性。
武術の心得があるようだ。
・龍氣螺合[強化] A:自
・舞踏曲[攻撃] A:攻近単[カース2]
舞い踊るようなステップで翻弄し、隙を見つけて掌打を放つ。

・吸血[攻撃] A:攻近単[チャーム]
鋭い鉄の犬歯で噛み付き血を啜る。
与えたダメージの2割ほど体力を回復できるようだ。


ブラム(ノウブル)×1
軽戦士スタイル
黒い騎士服に赤い剣を佩いた男性。
金で雇われた用心棒である。
なかなかの使い手のようだ。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】
・ブレイクゲイト[攻撃] A:攻遠単 【ブレ1】
・傭兵の剣技[攻撃] A:攻近範 【ノックB】
居合抜きに似た姿勢から放つ斬撃。

参加者たち(ノウブル)×4
軽戦士スタイル
戦闘能力のある参加者たち。
とはいえ、心得があるというだけなので1対1では自由騎士たちには及ばないだろう。
・ヒートアクセル[攻撃] A:攻近単 【ショック】

参加者たち(ノウブル)×17
戦闘能力のない参加者たち。
ホールで踊りやトークを楽しんでいる。

●場所
寒村の洋館。
“夜会”と呼ばれる吸血鬼に憧れる金持ちたちの舞踏会が行われている。
参加者は全部で23名。
3階建ての洋館であり、1階はダンスホールとなっている。
シャンデリアや燭台が主な光源である。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
7モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/8
公開日
2020年01月17日

†メイン参加者 6人†




 奏でられるは、荘厳なるオーケストラ。
 踊り狂うは、着飾った紳士淑女たち。
 そして並んだ、血のボトル。
 鉄錆にも似た、けれどどことなく甘い香りがダンスホールに満ちている。
 これは嗜血舞踏会。
 吸血鬼になりたいと願う、金持ちたちの残酷にして悪趣味極まる夜会の一幕。

 夜会の会場は、とある古びた洋館であった。
 重厚な木製の正面扉は、ちょっとやそっとじゃ壊れはしない。館の住人たちを外敵から守るためのものなのだから、頑丈なのも当然だ。
 だが、しかし……。
「レディース&ジェントルマン! 飛び入り参加させていただきます。無作法なのは大目にみてね」
 ノックの代わりに、扉の鍵を殴り壊して『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)がダンスホールへ跳び込む。
 紅色の籠手を装備した赤髪の女性だ。
 突然の乱入者。そしてその狼藉に、夜会の参加者たちがどよめいた。
「うるさい」
 と、一言。
 扉付近に立っていた小太りの男を殴り飛ばして、強制的に黙らせる。
 参加者たちのどよめきは、あっという間に悲鳴へ変わった。
 喧騒の中、いち早くホール後方の裏口へと駆け出した者もいる。夜会に参加していることがバレてしまえば、社会的な立場が危ういと判断したのだろう。
 何しろ、夜会で提供されるドリンクは正真正銘、人の……それもうら若き女性たちの血液なのだ。
 夜会のために犠牲になった少女の数は、両手両足の指を合わせても到底足りない。
 だが、結果として彼らは逃げられなかった。
 ドガン、と。
 裏口の扉を開けるや否や、突き出された巨大な十字架によって一撃で意識を刈り取られたのだから。
「驚きましたか? 所謂ひとつのサプライズというやつですよ」 
 うふふ、と頬笑む狐顔の女性。名を『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)と言う。
 アンジェリカはゆっくりとホールへ踏み込むと、後ろ手で裏口の扉を閉めた。
 一瞬、アンジェリカの手がぼんやりとした光を放つ。
 スキルを使用し、扉を封鎖したのである。そんな彼女の視線は、先ほどエルシーが押し開けた正面扉へ向いていた。
 どうやら次は、正面扉を封鎖する心算であるようだ。

(戦う力の無い人に攻撃はできない……私の相手は)
 エルシーに続きホールへ足を踏み入れたのは『慈悲の刃、葬送の剣』アリア・セレスティ(CL3000222)だ。その小さな両手には、2振りの剣が握られている。
 素早く視線を周囲に這わせ、彼女は壁際で佇む一人の黒騎士の姿を捉えた。
 夜会の主催者であるネロの雇った用心棒……ブラムという名の傭兵だ。
 タタン、と素早く床を蹴りアリアは近くのテーブルへ跳び乗る。蹴り飛ばされたワインボトルが床に落ち、中身の血液を盛大に周囲にぶちまけた。
 参加者たちには目もくれず、一目散にブラム目がけて斬りこんで行く。

「ノウブルの血かい? まぁ、其れもそうかな。僕の様なマザリモノ……「亜人の血」なんて飲んでしまったら、拒絶反応を起こすかも知れないしね」
床に広がる血液へと視線を向けて、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は肩を揺らしてくっくと笑う。
それから、酷く冷めた目付きで参加者たちを見回した。
「……全くもって不愉快な話じゃないか」
 放たれたのは、周囲一帯を飲み込む魔力の渦だ。
 ごく一般的な金持ちでしかない参加者たちの大半は、マグノリアの放った魔力渦に抗う術など持ってはいない。
 大渦に飲まれ、振り回されて、目を回して意識を失う者が多数。
 そんな中、参加者のうち何名かは壁に飾られていた剣を手にとり、魔力渦を回避した。
 参加者の中に混じる、数少ない戦闘技能を持った者たちだろう。
 その数は4名。仮面で顔を隠してはいるが、その足取りや口元の様子から、ひどく慌てていることが覗える。
 そんな彼らの前に戦斧を担いだ女丈夫・ジーニー・レイン(CL3000647)が立ち塞がった。
「私は舞踏会って柄じゃないからなぁ……でも、舞踏会をめちゃくちゃにするのは得意そうだぜ」
 4人の戦闘技能を持った参加者たち……さしずめ夜会剣士とでも呼称しよう……に向け、ジーニーは斧を叩きつける。
 素早く身を捻り、夜会剣士たちはジーニーの斧を回避したが……。
「ま、お前らの相手は私じゃねぇんだわ」
 あっさりと斧を担ぎ直して、ジーニーはネロへ向かって駆けていく。
 ジーニーに変わり、マグノリアの前へ出たのは『おじさまに会いたかった』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)である。
「罪なき子女を誘拐して血を奪う事も、自由騎士に女子供が多いからと狙いをつける事も、首謀者が渋めのおじ様でないのも許せません!」
「……おじ?」
 疑問符を浮かべるマグノリアを尻目に、デボラは大盾と剣を構えて夜会剣士たちに相対した。
 さらに、彼女の傍らには小さな人形が立っている。
 きょろきょろと周囲を見回して、人形はマグノリアの着ていた上着の裾へと手を伸ばした。
「あ、こら、止めないか。僕の衣服を剥ぎとろうとするんじゃない」
 人形の名は「衣服剥ぎ取り人形」と言う。文字通り、人の着ている衣服を剥ぎ取る傍迷惑な人形だ。デボラがかつてとある依頼で手に入れたものであり、今回、金持ちたちの拘束補助のために持参したものだ。
「獲物はあっちですよ、あっち。きれいな衣服を着ている人たちです」
 デボラに命じられた人形は、てってとホールへ移動していく。
 気を失った中年男性に近づくと、目にもとまらぬ速さでその衣服を剥ぎ取った。


 まるで空間を切り裂くように、ネロの手刀が宙を泳いでジーニーの喉を打ち払う。
 けほ、と咳と共に血を吐いてジーニーは数歩後退した。
 スキルによって底上げされた身体能力は、常人のそれは遥かに超えている。
 ジーニーの振るう斧のことごとくを回避し、舞い踊るようなステップで彼女の周囲を周回。そして、隙を見つけては喉に、額に、胸に、肩に、連続して掌打を叩き込んでいく。
「くそ、ふらふらしやがって。おい、大概にしとけよ……大人しくお縄につけば、痛い目に遭わなくて済むぜ」
 額から流れる血を拭い、ジーニーは獣じみた笑みを浮かべた。
 一方ネロは、金属で作られた犬歯を唇から覗かせわざとらしく嘲りの表情を顕わにする。
「僕はね、馬鹿にされるのが好きじゃないんでね。ふらふらなのは、君の方だろ? その体たらくでよくもそんな台詞が吐けたものだね。まったく、大人しく自害でもしてくれたまえよ。そうすれば、痛い目に遭わなくて済むぜ?」
 ジーニーの口調を真似て、ネロはするりとその懐へ潜りこむ。
 そうしてネロは、舌打ちを零すジーニーの顎目がけ、渾身の掌打を叩き込んだ。

『貴様らがネロの言っていた自由騎士だな? ちょうどいい、ここで捕えてくれる!』
 そう叫ぶなり、夜会剣士の1人が床を蹴って駆け出した。地面を這うような低い軌道で、エルシーの足元へと迫る。
 エルシーの得物は己自身の拳だ。当然、剣に比べればリーチは短い。低い姿勢の夜会剣士を迎撃するには、一つか二つ挙動が多く必要となる。
「言っても分からないのなら仕方ないわね。いいわ、それならいますぐぶちのめしてあげるから!」
 一閃。
 夜会剣士の斬撃が、何も無い空間を切り裂いた。 
 代わりとばかりに、その顔面にエルシーの拳が叩き込まれる。
『う……ぐ。なかなかやるな』
「しつこいわね。それなら……」
 口を大きく開き肺一杯に空気を吸い込む。
 そして彼女は夜会剣士に向けて、獣のような咆哮を放った。

 エルシーの放った大音声をその身に受けて、夜会剣士の1人が倒れた。
 仲間がやられ浮き足だった夜会剣士の中央へ、盾を構えたデボラが斬り込む。マグノリアによる支援を受けて、今の彼女はちょっとやそっとのダメージ程度では止められない状態だ。
 まさにベストコンディション。にやりと笑い、盾を持ち上げ横薙ぎに振るう。
直近の1人をシールドバッシュで殴り飛ばして、デボラは視線を背後へ向けた。
「このままネロの元へ行こう。万が一にも逃げられては困るからね」
 片手でまっすぐ真正面を指し示し、マグノリアは今後の行動指針を示した。
 デボラに弾かれた夜会剣士へ向けて、マグノリアは魔力で生み出した薬液を放る。
 薬液は夜会剣士に命中すると同時に、強毒を撒き散らしながら炎を撒いた。
 残る夜会剣士は2人。
 戦闘能力があるとはいえ、1対1では自由騎士に勝てるほどの腕はない。マグノリア、デボラ、エルシーの3人はひと塊となってホールの中央を駆け抜ける。
「それにしても、自由騎士一人につき血のワインボトル100本ですか。どこの国と取引するつもりでしょうね」
 床に広がる血だまりへと視線を向けて、デボラはぽつりとそう呟いた。

 マグノリアたちから送れること十数秒。正面扉を封鎖したアンジェリカは、十字架を肩に担いでネロの元へと駆けていく。
「どうやらネロ様はダンスがとってもお好きなようで? それならぜひ、私も混ぜてもらいましょう」
 とは言うものの、彼女の得意とするダンスは夜会の場には不似合いだ。
 燦々と輝く太陽の元、跳ねて踊る明るいダンス。生命賛歌の具現のような彼女の踊りは、自身の身体能力さえもを活性化させる。
 ホールを駆け抜け、時折見つかる意識を保った参加者たちを十字架で殴る。
 エルシーたちが打ち漏らした夜会剣士の1人もついでとばかりに殴り飛ばして昏倒させる。
 気絶した参加者たちの衣服は、デボラの持ち込んだ人形が今もせっせと剥ぎ取っていた。
「……それにしても、本当に変な機能の人形ですね」
 なんて、呟いて。
 下着まで剥ぎ取られた若い男から、アンジェリカはそっと視線を逸らした。

 壁を蹴り、テーブルを足場に、アリアは階段へ駆け込んだ。
 彼女の背後からは、黒騎士ブラムが追い迫る。
 その手に握った騎士剣が、蝋燭の炎にぬらりと光った。
 瞬間……。
「……っ!? 早い!」
 ブラムの動きは加速した。一足飛びに階段を駆け上がり、ちょうど二階へ到着したアリアの背後へと迫る。迎撃のため、蛇腹剣を振りかぶったアリアだが、そこで周囲の様子に気付く。
 ダンスホールから逃げ出した数名の参加者たちが、肩を寄せ合い震えていたのだ。
(……このままじゃ、巻き込んでしまう)
 寸での所で剣を止め、アリアはガードの姿勢に移った。
 だが、間に合わない。
『悪いな。これも仕事なのだ』
 微塵も悪いと思っていないような口調で、ブラムは静かにそう告げた。
 一閃。
 ブラムの剣が、アリアの胸から腹部にかけてを切り裂いた。
 衣服の全面が切り裂かれ、豊かな胸と白い腹部が顕わとなる。その白い肌には、深く刻まれた縦一閃の深い傷。
 血と一緒に、アリアの身体から力が抜ける。
 口から血を流し、膝を突いたアリアを見下ろしブラムは「ふん」と鼻を鳴らした。
『弱い者いじめは趣味ではないのだ。もっとも、他人の趣味にとやかく口出しする気はないがな』
 そう吐き捨てて、ブラムは階段を降りていく。
 ブラムの姿が見えなくなると、後に残されたアリアの元へ、夜会の参加者たちが群がった。
 その目に宿るは理性を失った狂気の色。伸ばされた手は、アリアの腹部へ。残る数名は協力してアリアの手足を押さえにかかる。
 ブラムの刻んだ傷へ向け、参加者の一人がその指先を突き刺した。


 アリアの悲鳴が木霊した。
 その声に真っ先に反応したのはエルシーだ。仲間たちを先へ進ませ、自身は声のした二階へと向かう。
 だが、そんなエルシーの前にブラムが立ちはだかる。
 階段をゆっくりと降りて来ながら、騎士剣を大上段へ振りかぶった。
 一方、エルシーもまた速度を緩めず真っ向からブラムへ向かって行く。
 お互いの視線が交差し……勝負はほんの一瞬だった。
「……私のダンスパートナーとしては、ちょっと役不足だったわね」
 そう呟いて、エルシーは口から血を吐いた。その腹部には一閃の裂傷。
『生憎とダンスの心得はなくてな。……支給品のなまくらなどこの程度か』
 カラン、と軽い音をたてブラムの剣が床へ転がる。見れば刀身の半ばほどからへし折れていた。エルシーの一撃に、騎士剣が耐えられなかったのだろう。
「まだやる? ブラム卿、もういいじゃない。降伏すれば情状酌量されると思うわよ?」
『まだ武器が折れただけだ……が、しかし今回は大人しく退くとしようか』
 手元に残った騎士剣の柄を投げ捨てて、ブラムは階段を降りていく。
『上でお仲間が待っているぞ』
 と、最後に一言、そう告げてブラムは歩き去って行った。

 二階へ到着したエルシーは、虚ろな視線で痙攣を繰り返すアリアの姿を視界に捉えた。どうやらまだ辛うじて意識は残っているらしい。衣服を破かれた彼女の上半身は、血で真っ赤に濡れていた。
 そんなアリアに群がり、血を啜るのは都合5名の夜会参加者たちだった。
「これからは自分の血で乾杯しなさいな」
 ギリ、と奥歯を噛み締めてエルシーは参加者たちの背後へ迫る。命を奪わない程度に……否、意識を奪わない程度に力を加減し、振り抜く拳でその前歯をへし折った。
 都合10発。
 5人の参加者へ叩き込んだ拳の数だ。
「立てるかしら?」
 と、そう告げてアリアの頬を優しく撫でる。
 アリアは青白い顔で頷くと、落ちていた剣を拾って立ち上がる。
「行きましょうエルシーさん。ネロの悪行を潰さないと……」
 血に塗れ、痛みを堪え、けれど彼女は戦場へ向かって歩き始めた。

 真正面からの殴り合い。
 ネロの拳がジーニーの頬に突き刺さる。
 拳を浴びながらも、ジーニーは斧を振り回した。狙って当てることができないのなら、ダメージ覚悟でカウンターを喰らわせようと、しばらく前に防御は捨てた。
 おかげでジーニーの攻撃は、ネロに大きなダメージを与えている。
 もっともジーニーもすでに満身創痍の有様であるが。
『し、正気か貴様! 避けも受けもしないなんて……』
「うるせぇ。それと、その犬歯、ぜんぜん似合ってないぜ……いま叩き折ってやるよ」
 斧を掲げてジーニーは唸る。
『あぁ、君がしつこいから敵が集まって来たじゃないか』
 顔を歪めてネロは言った。
 仕方がない、とそう呟いてネロはジーニーの肩に手を伸ばす。
『僕のタイプじゃないんだけどね』
 なんて、言って。
 鉄の犬歯で、その首筋に噛みついた。

 よろよろと後退するジーニーの肩を、デボラが支える。
「そんなに血が欲しいなら、床に零れたものを飲めばいい。ほら、這い蹲って舐めていてもいいんだよ?」
 そう言いながら、マグノリアはジーニーの身体へ回復スキルを行使した。
 マグノリアの手元から現れた薬液が、ジーニーの皮膚に染み込み傷を癒す。
 そんな2人を守るように、盾を構えたデボラが1歩前に出た。
『ぞろぞろと……よくも夜会をめちゃくちゃにしてくれたね』
「まだ夜会は続いていますよ? ねぇ、ネロ様……私と一緒に踊ってくれますか?」
 タタン、と軽いステップの音。
 遠心力に任せ、振り抜かれたのは大十字架。
『ぐおっ!?』
 咄嗟にガードを試みるも、生身で受け止めるにはいささか重量があり過ぎた。
 隊列後方から飛び出して来たアンジェリカの一撃を、ネロはまともに喰らってよろめく。へし折れたのか、ネロの右腕は力なく身体の横で揺れていた。
「どうぞご自慢のステップで私の猛攻を捌いてみて下さいな」
 力任せに振り回される大十字架によるラッシュ。ネロは思わず、大きく後方へと跳んだ。
 十字架が床や壁を抉り、辺りに瓦礫を撒き散らす。飛び散る瓦礫の中、ネロはろくに目を開けていることもできないでいた。 
 その隙に、とばかりに前に出たデボラのシールドバッシュ。
「取引先はどこですか! さぁ、ちゃっちゃと吐いてください! 個人的にはヴィスマルクだと思っていますが!」
『誰が答えるものか。それに、まだ僕は負けていないしね』
 動く左手で、デボラの盾を受け止めた。
 衝撃を殺しきれず、ネロの左腕からは軋んだ音。
 苦痛に顔をしかめながらも、ネロは大きく口を開いた。
 近くにいたデボラ目がけて、鉄の犬歯で喰らい付く。
 その瞬間……。
 ブツン、と何かの切れる音。
 天井に吊られていたシャンデリアが落ち、辺りは闇に包まれた。

『なっ……!?』
 目を見開き、ネロは思わず動きを止めた。
 明かりの消えるその瞬間、シャンデリアへ向け短刀を投げたブラムの姿を見たからだ。
 そして、落下するシャンデリアの真下へ駆け込み夜会参加者たちを庇うエルシーとアリアの姿も。
 そちらに関しては、ネロとしては一緒に潰れてくれても構わないのだが……。
『あいつ、何を!?』
 用心棒の思いがけない行動に、ネロは驚き固まった。
 そんなネロの胸元へ、叩き込まれる戦斧の一閃。
『あ……が』
「これで終いだ。観念して裁きを受けるんだな」
 突然の暗転に対応できたのはただ一人。
 未来予知により5秒先を見ていたジーニーであった。
 渾身の力で叩き込まれた戦斧が、ネロの意識と継戦能力を奪い去る。

 こうして、夜会は終焉を迎えた。
 捕縛された人数はネロを含めて22名。
 ただ一人、ブラムだけが忽然と館から姿を消した。
 ネロ曰く「取引先との都合はブラムが付けていたんでね。どこの国かなんて、僕は知らないね」とのことである。
「彼は何者だったんだろうね……もしかして、本物の吸血鬼だったりするのかな」
 誰にともなくマグノリアは言葉を吐いた。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『不退転の女丈夫』
取得者: ジーニー・レイン(CL3000647)
FL送付済