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フラスコから暴れ出る小人




 人が死んでイブリース化し、還リビトとなった。よくある事である。
 その還リビトを、我ら自由騎士団が討滅した。いつもの事である。
 恋人同士の、男と女がいた。共に平民であった。
 どんな仕事も長続きしない男を、女は働いて支えた。支え、愛し合い、やがて女は子を孕んだ。
 その時には男は、とある貴族の令嬢に見初められていた。
 だから男は、己の子を宿した恋人を殺して埋めた。
 埋められた母子が還リビトと化し、男を、令嬢を、殺そうとしたのだ。
 腐った赤ん坊を下腹部から生やした、女の腐乱死体。
 そんな姿の還リビトに、私は『ティンクトラの雫』でとどめを刺した。
 よくある事、で済ませるつもりが私にはなかった。
 平民という連中は、貴族よりも悪辣で下劣な事を平気で行う。私は強く、そう思った。
 思いながら、ティンクトラの雫を放っていた。男に対してだ。
 イブリースを殺傷するための錬金秘術を、普通の人間にぶつけたのである。ひとたまりもなかった。
 男は、跡形も残らなかった。もう少し苦しめて殺すべきだったと、私は今でも思う。
 私は、自由騎士団を追放された。
 悔いはない。あのような男が法に守られてのうのうと息をしている、そんな状況に耐えてまで自由騎士団にしがみつくつもりが私にはなかった。
 私は流浪した。
 同じような事情で自由騎士団に居場所を失った者たちが、吹き溜まりの如く群れ集まる場所に、私ルナード・ケレスはいつしか流れ着いていた。
 旧シャンバラ領である。
 総督府にアクア神殿関係者がいた。神殿内の権力争いに敗れて地方に飛ばされた、落ちぶれ神官たちである。
 皆、神の失われた地への布教という実績を作るべく、滑稽なほど必死になっていた。
 そいつらが、私たちを雇った。この地にアクアディーネ様の教えを根付かせるためには、暴力も必要だからだ。
 自由騎士ではなくなった、だがアクアディーネ様への信心はいささかも揺るぎはしない。
 私は、神亡き地にアクアディーネ様の恩恵をもたらすべく、新たな仲間たちと共に戦い続けた。
 イブリースとも戦った。
 かつてシャンバラ皇国が使役していた生体兵器『聖獣』の死骸が、イブリース化する。そんな事件が続いているのだ。
 この村を襲っていたイブリースを、我々は斃した。
 無論、恩を着せてなどいない。が、村人たちと良好な関係を築く事は出来た。
 アクアディーネ様の教義を、村の人々は受け入れてくれた。
 それは、しかし我々の一方的な思い込みに過ぎなかったようである。
「アクアディーネの教えなど、広めさせるわけにはいかん」
 武装したケモノビト。いくらか猫背気味の巨体は、筋肉で膨れ上がっている。
 首から上は、牙を伸ばした猪の頭部だ。
「お前たちイ・ラプセル人は……自分らのしでかした事を、本当に理解しているのか?」
 鎖が鳴った。
 猪男の巨体に、太い鎖が巻き付いている。その先端は、棘の生えた大型の鉄球だ。
 この鉄球が、私の仲間たちをことごとく粉砕した。全員、原形をとどめぬ屍となって原野に散乱している。
「……貴様らはな、国を滅ぼしたのだぞ」
 猪男が、そう言って私を見下ろす。
 倒れたまま、私は見上げ、睨んだ。それが精一杯だった。立てない。言葉も出ない。
「シャンバラを滅ぼし、支配下に置き、占領政策も軌道に乗らぬうちからヘルメリアに戦争を仕掛け……ヘルメリアをも、滅ぼしてしまった」
 この猪男の鉄球を私も腹部に喰らい、胴体の一部が破裂してしまった。臓物が溢れ出している。私はもう長くはない。
 たった今、ホムンクルス1体の生成が完了したところである。盾にでもしようと思ったのだが、間に合わなかった。
「そしてヘルメリアの支配も固まっておらぬと言うのに今度は何だ、二方面作戦? パノプティコンと我らヴィスマルクを同時攻略だと? 正気の沙汰ではないわ」
 ホムンクルスが、ちょこんと控えて私の命令を待っている。だが私は何も言えない。吐血が、呼吸をも圧迫している。
 猪男は、なおも言う。
「……侵略戦争というものはな、もう少し落ち着いて、腰を据えて行うものだ。手を広げ過ぎては結局、大急ぎで奪ったものを全て失う事になる」
 その言葉通りの、有り様であった。
 村長ら、村の主だった人々が、猪男の後ろから私たちの死に様を眺めている。
「……どういう……事だ、あんたたち……」
 血を吐きながら、私はようやく言葉を発した。
「わかっているのか……こいつらは、ヴィルマルク軍だぞ……」
 ヴィスマルク軍の兵士たちが、ここ旧シャンバラ領各地で町や村に用心棒として入り込み、住民を懐柔しつつある。
 それは我々も掴んではいたが、事態は思ったよりも進んでいたようである。
「ルナードさん。あんたらには、感謝しているよ」
 村長が言った。
「だけど私たちは、駄目なんだ……ミトラース様を殺した、あんた方イ・ラプセルを、受け入れる事は出来ない」
「ヨハネス教皇猊下を殺したイ・ラプセルを、許す事は出来ない」
「アクアディーネを信仰するくらいなら、我々はヴィスマルクの支配を受け入れるよ」
 口々に、村人たちが言う。
 これが平民なのだ、と私は思った。裏切りを平気で行う。王侯貴族よりも、躊躇いなく。
「アクアディーネ様だぞ……」
 私の声は、村人たちに果たして届いているのか。
「お前たちを……ミトラースの悪しき教えから救い解き放ったのは、アクアディーネ様なのだぞ……」
「アクアディーネが、お前たちを急き立てているのか。他の国々を、1日も早く滅ぼせと」
 猪男が言った。
「だが急いだ結果がこれだ。それまで人々が信仰していた神を滅ぼし、別の神を信仰させる……1年や2年で出来る事だと思っているのか? お前たちはな、足元も固まらぬうちに慌てて手を広げ、結局は全てを失おうとしているのだよ。我らヴィスマルクが、全てを奪う」
 私は、もはや何かを言う事も出来なかった。命の灯が、消えようとしている。希望と共にだ。
 ひたすら私の命令を待っている小さな生き物を、猪男がちらりと見やる。
「ホムンクルス……ふん。10分で崩れて失せる、紛い物の生命か。貴様の主を看取ってやるがいい」
 ケモノビトのヴィスマルク軍人が、背を向けて歩み去る。村人たちが、それに続く。
 それら後ろ姿を、私は見送った。睨んだ。
 アクアディーネ様を裏切った者ども。生かしてはおけない。
「…………殺せ……」
 私の、最後の言葉、最後の思念であった。
「ホムンクルスよ……この地に住まう、腐り穢れた民どもを……殺し尽くせ……」
 闇に閉ざされゆく私の視界の中で、ホムンクルスが、そうではないものへと変わっていった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 旧シャンバラ領内の原野。元自由騎士ルナード・ケレス(ノウブル、男、錬金術スタイル。享年29歳)によって作り出されたホムンクルスが、イブリース化を遂げました。そして、この地の民を手当たり次第に殺傷せんとしております。
 これを討滅して下さい。
 元がホムンクルスとは言え今はイブリースですので、時間経過で消滅する事はありません。

 イブリース(1体)の攻撃手段は、触手や鉤爪を用いての白兵戦(攻近、単または範。BSポイズン1)、全身各所から吐き出す炎(魔遠範、BSバーン1)。

 場所は遮蔽物のない原野で、少し歩いた所に村があります。まずは、この村がイブリースの標的となるでしょう。
 時間帯は夕刻。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年07月08日

†メイン参加者 6人†




 森羅万象、あらゆるものがイブリースと成り得る時代である。
 ホムンクルスがイブリース化する事も当然あるだろう、と『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)思う。
 イブリースと化した時点で、それはもうホムンクルスではない。
 だが『トリックスター・キラー』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は、そう思っていないようであった。
「ふおおおおおおおお」
 かつてホムンクルスであった巨大な怪物に、クイニィーはキラキラと輝く瞳で見入っている。鼻息も荒い。
「凄い! ホムちゃんって、やりよう次第でここまでパワーアップしちゃうわけ!? 奥が深いよホムンクルス道、深すぎる」
 牙を剥き鉤爪を振り立てる怪物に、クイニィーは誘引されるが如くフラフラと近付いて行く。
 その首根っこを『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、むんずと掴んだ。
 後衛の位置までクイニィーを引きずり戻しながら、エルシーは語りかけた。少し離れた所に横たわる、オラクルの屍にだ。
「ルナードさん、ごめんなさい……貴方のホムンクルス、斃します」
「今……君にも、心の中で名前を付けたよ」
 イブリース化したホムンクルスに向かって、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が抱拳礼をした。
「君を、ここから先に行かせはしない」
 その拳が、破魔の光をキラキラとまとう。『常に全力浄化系シスター』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)による、聖性付与の術式であった。
 エルシーの拳にも同じく破魔の輝きを付与しながら、アンジェリカは巨大なイブリースの異形を見据えた。
「その、恐ろしい姿……」
 もはやホムンクルスではない。ホムンクルスが、ここまで巨大になる事はない。
「死の間際にイブリース化を引き起こす、術者の方の執念そのもの……これもまたアクアディーネ様への、信仰の想い、なのでしょうか」
「怒ってるね、君」
 カノンが、イブリースに語りかける。
「それは、君自身の怒り? それともルナードさんの? やっぱり君たちには……心が、あるのかな」
「心のままに感情のままに、フラスコから飛び出した小人……か」
 白き呪術の剣を抜き構えながら、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が言った。
 その隣でクイニィーが、
「負けないよっ」
 どうやら、ホムンクルスの生成に取りかかったようである。
「どんなにパワーアップしたってね、御主人様のいるホムちゃんには敵わないって事! 教えたげる」
 その言葉に激昂したかの如く、イブリースが猛然と突進して来る。巨大な鉤爪で、クイニィーを叩き潰そうという動きだ。
 それを、まずはアンジェリカが阻みにかかる。剛力の細腕が、巨大な十字架を振り回す。
 その一撃が、かつてホムンクルスであった怪物の巨体をへし曲げた。
 へし曲がったイブリースの身体が次の瞬間、爆ぜた、ように見えた。
 十字架に仕込まれていた炸裂弾頭が、零距離からイブリースを灼き払ったのだ。
 爆炎に灼かれながら、しかし怪物は突進を止めない。アンジェリカが、押しのけられてよろめいた。
 彼女の傍を、2匹の獣が駆け抜けた。マグノリアには、そう見えた。大小の肉食獣。
 エルシーと、カノンである。
 2人とも、聖性付与を受けた両手の五指で、牙を形作っている。
 その牙が、左右からイブリースに喰らい付いていた。
 そして。破魔の力を宿した気の光が、2人の掌から咆哮の如く迸る。
 破魔の咆哮が、異形の巨体を左右から穿ち歪めていた。
 破裂した、ように見えたイブリースがしかし実は破裂などしておらず、巨大な口を開く。
 その大口から、炎が吐き出された。
 紅蓮の吐息が、アンジェリカを、エルシーを、カノンを、荒々しく包み込む。
 容赦なく焼かれる前衛3名の身体を、淡く頼りない光が包み込んでいる。荒れ狂う炎に今にも掻き消されそうな、弱々しい輝き。
 マグノリアが投げかけた、癒しの光である。
「……大丈夫かい? 3人とも」
「平気です……火傷がね、出来るそばから治っていきますよ」
 エルシーが笑う。
 その時にはテオドールが、呪力の錬成を終えていた。
「ふむ。治療を急いで行う必要は、ひとまず無し……か。ならば」
 白き短剣を、テオドールは己の首筋に近付けた。呪力で、自身を切り裂いた。
 ざくりと裂傷が生じたのは、しかしテオドールではなくイブリースの肉体にである。大量の体液を噴出させながら、怪物は揺らいだ。
 炎から解放されたエルシーが、カノンが、アンジェリカが、反撃すべく踏み込んで行く。
 彼女たちの後方で、マグノリアは片手を拳銃にした。銃口たる人差し指を、イブリースに向けた。
 その指先で、強毒性の炸薬を調合しながら、マグノリアは語りかけた。
「お前たちに……フラスコの外へ出る事など、許されてはいない」


 ルナード・ケレスは、自由騎士団を追われた後も、自由騎士の志を失う事はなかった。ここ旧シャンバラ領で、人々を守るために戦い続けていたのだ。
 同志であり同胞だ、とエルシーは思う。
 最後の最後で憎悪の虜となり、このような事態を引き起こしたとは言え、それは彼の志を否定する理由とはならない。
 憎悪そのもの、と言うべき怪物が、痙攣し硬直している。呪縛か、麻痺か。自由騎士6名による立て続けの攻撃の、どれかがもたらした効果である。
「今回は回復手段が少ないゆえ……早急に、決めさせてもらうとしようか」
 テオドールが、存在しない弓を引き、目に見えぬ矢を放った。
 呪力の矢、であった。
 それが2本、痙攣・硬直するイブリースの巨体に突き刺さる。
 体液の飛沫を散らせて歪む怪物の巨体に、殴打と爆撃が同時に叩き込まれた。アンジェリカの十字架。多段式炸裂弾頭が、イブリースを穿ちながら爆ぜる。
 爆炎に灼かれる怪物を、エルシーはしっかりと見据えた。
「自由騎士として……私は、貴方の憎悪を浄化しますよ」
 踏み込み、拳を繰り出す。フックとアッパーカットの中間のような形になった。
 衝撃が敵の体内に浸透してゆく手応えを、エルシーは握り締めた。
 鋭利な拳の形をくっきりと刻印されたイブリースが、その刻印を起点に激しく歪み潰れかけながら、しかし痙攣と硬直を吹っ飛ばした。呪縛あるいは麻痺から、自力で回復していた。
 歪んだ巨体が、裂けたように大口を開く。牙が剥き出しとなり、そして燃え盛る吐息が溢れ出す。
 炎を、吐こうとしている。
 それを止めたのは、何やらもふもふとした感じの生き物であった。大型の栗鼠、か。
 あまり痛そうではない体当たりがイブリースを直撃し、大口を閉じさせる。吐きかけの炎を飛散させながら、怪物がよろめく。
 そこへクイニィーが、光を投げつけた。
 鋭利に煌めく、針であった。錬金術で調合された何かが、キラキラと付着している。
 それが、イブリースに突き刺さった。クイニィーの声に合わせてだ。
「あたしの愛は強烈だよ! たっぷり味わってね」
 愛、と言うか毒であった。強毒性の炸薬。
 イブリースの巨体が、毒で変色しながら燃え上がる。うっかり吸い込んだら鼻腔が焼けただれてしまいそうな悪臭が漂った。エルシーは後退りをした。
 毒々しい焦げ臭さを物ともせずにクイニィーが、巨大な栗鼠のようなものとハイタッチをしている。
 エルシーは、思わず訊いた。
「ホムンクルスを、こんなに可愛くしたら……辛くないですか? 後で」
 10分も経てば、ホムンクルスは寿命を迎える。
 だがクイニィーは言った。
「可愛いホムちゃんとの切ないお別れはねぇ、ホム道を究めるためには避けちゃいけない関門なワケよ」
「ホム道ねえ」
 かつてホムンクルスであったものが、炎に焼かれて悪臭を発し、焦げ崩れてゆく様を、エルシーは見据えた。
 毒臭を意に介する事なく、クイニィーが歩み寄って行く。
「このまま灰にしちゃうの、もったいないなぁ……サンプル採って研究するっきゃないっしょ。他人のホムちゃん、それもイブリースになっちゃった子なんて、貴重どころじゃないレア物」
「駄目だよ、まだ近付いたら危ない!」
 カノンが叫び、駆けた。
 あとは焦げ崩れてゆくだけ、と思われたイブリースが、灰を飛び散らせながら躍動し、クイニィーに襲いかかったのだ。焦げの塊の中から鉤爪が出現し、一閃する。
 ホムンクルスが1体、横合いから飛び込んで来てクイニィーの盾となり、その鉤爪を喰らって裂けた。
 クイニィーのホムンクルス、ではなかった。
「ねえ、ちょっとマグっち……」
 ざっくりと裂けながら倒れ込んで来た、体毛のない子供のような生き物の身体を、クイニィーは細腕で抱き止めた。
「キミのホムちゃんってさ、ちょっとその、シンプルイズベスト過ぎない? もうちょっと遊び心って言うかさ」
「……ホムンクルスは、道具であって玩具ではない」
 マグノリアが言う。
 その間、鐘の音が鳴り響き、真紅の光が迸っていた。
 炎にも似た、赤い気の輝きを発するカノンの拳が、イブリースを打ち砕いていた。
「君の思い、果たさせてあげられなくて……ごめんね」
 言葉と共に、カノンが残心をする。
「……さようなら」
 かつてホムンクルスであったものが、砕け散りながら崩れてゆく。
 その怪物の生みの親である錬金術士に、テオドールが語りかける。
「貴卿の最後の願いは、我らが粉砕した。恨んでくれて構わぬ」
 ルナード・ケレスの屍に向かって、テオドールは跪いている。
 アンジェリカも、祈りを捧げている。
「ルナード・ケレス、貴方には……人を殺める前に、踏みとどまって欲しかったと心から思います。もちろん私とて、口頭注意だけで済ませる事が出来た自信はありませんが」
「誰か、許せぬ者がいたとして」
 テオドールが言った。
「我々オラクルには、その場で私的制裁を行う力が備わってしまっている。心せねばなるまいな」
「私的制裁を……私、やりますよ」
 エルシーは、左掌に右拳を打ち込んだ。
「まずはルナードさんたちのお墓を作りましょう。その墓前にね、捧げてやりたい奴がいます」
「待てエルシー嬢。まさか、村に殴り込むつもりではなかろうな」
 テオドールが、まあ当然ながら止めようとする。
「我々は、事を荒立てに来たのではないぞ」
「そうだね。まあルナードさんたちの仇を討つかどうかは、ともかく」
 カノンが、沈思しつつ言う。
「村の人たちには……ちょっと、話しとかなきゃいけないかな」
「え、やめとこうよ。何か言ってもしょうがない連中だと思うなあ」
 死にかけのホムンクルスを抱いたまま、クイニィーが言った。
「それよりマグマグ。キミのホムちゃん死にそうだよ? 治したげなきゃ」
「……ご苦労、お前の役目は終わりだ」
 マグノリアが、死にゆくホムンクルスを見下ろしている。
「僕を見ろ。お前を安物の道具の如く使い捨てたのは、この僕だ。脳裏に焼き付けながら死んでゆけ」
「ちょっとマグノリっち、そういうの駄目だってば……あ」
 死にかけていたホムンクルスが、死んだ。クイニィーの腕の中で、ボロボロと崩れ落ちた。
「……一期一会、なんだよ」
 クイニィーは言った。
「ホムちゃんにとっては、ね……あたしらが、生涯ただ1人のご主人様なんだよ?」
「錬金術師として……君と僕とでは、考え方が根本から違う。それだけの事さ……どちらが良い悪いという話ではなく、ね」
「生涯1度の出会い、最後の1秒まで大切にしたいじゃない。ねー? ホムちゃん」
 クイニィーが、巨大な栗鼠と手を繋いで踊る。
 そちらに背を向け、マグノリアは言った。
「シスター……僕は今、珍しく君と同意見だ。ルナード・ケレスの仇討ちに、近い事をしたい」
「やりましょうマグノリアさん。アレを叩き込んであげましょうよ」
「落ち着いて下さい2人とも」
 アンジェリカが、なだめに入った。
「まあ仇討ちはともかく……単身で、これだけの事を実行するヴィスマルク兵。どのような人物であるのか、情報は欲しいところですね」
 ルナードたち元・自由騎士数名の屍が、散乱している。
 見回し、アンジェリカは言った。
「いずれ私たちも戦う事に、なるかも知れません……慚愧の瞳を、使ってみましょうか」
「待ちたまえアンジェリカ嬢……どうやら、その必要はない」
 テオドールが見上げた。
 大柄な人影が、1つ。戦場となった原野を、丘陵の上から見下ろしている。
 直立した大猪。力強い手に、鎖を握っている。
 そのケモノビトが、言った。
「すまぬ。面倒をかけてしまったようだな、自由騎士団」
「何の。イブリース討滅は本来、我らの使命だ」
 テオドールが微笑む。
「この地はイ・ラプセルが守る。貴卿らヴィスマルク軍の手を借りるべき事など、何もない」
「共に、民を守る。それが理想だと思うのだがな……ほう、そこにいるのは」
 猪男の眼光が、カノンに向けられる。
「……顔を見せて歩き回るのは、程々にしておいた方が良い。カノン・イスルギ嬢、貴女は命を狙われている」
「だろうね」
 カノンは言った。
「誰が来ても受けて立つよ。もちろん、殺されてあげるわけにはいかない……託されたものが、あるからね」
「では、それを我らヴィスマルクに託せ」
 猪男が、世迷い言を吐く。
「……シャンバラの民は、我々に任せておけ」
「君のような大き過ぎる泥棒猫に、何を任せろと言うのか……妄言も、休み休み口にしたまえ」
 マグノリアが、激昂しかけている。
「僕たちが急ぎ過ぎている……それは認めよう。急ぐべき理由を、しかし君が知らぬわけではあるまい?」
「急がねば世界が滅ぶ……と、いう事になっているようだな」
 猪男が、牙を剥いた。
「我らはオラクル……とは言え、神々の言う事を果たして頭から信じて良いものかな」
 とある幻想種の僧兵が、かつて同じ事を言っていた。
「特にアクアディーネは、お前たち自由騎士団を一体どこへ導こうとしているのか」
「アクアディーネは……ただ言うだけさ。守って、とね」
「守る、か。我々のような者から、民を」
「名指しで君たちを滅ぼせ、なんてアクアディーネは無論言わない。君たちを許せないのは、僕だ」
 マグノリアの両眼が、燃え上がる。
「漁夫の利を狙うやり方……癪に障る、と言うのかな。ヒトの感情としては」
「漁夫の利は、もちろん狙うとも」
「……で、あろうな」
 テオドールが言った。
「平穏を望む民にしてみれば、貴卿らは何も間違った事はしておらぬ。イ・ラプセルがシャンバラを侵攻する事となった、その大元の理由を知る者も少なかろう」
「ヨウセイの事ならば、どいつもこいつも知っていながら知らぬふりをしているのよ」
 猪男は、笑ったようだ。
「己らも、加害者という事になってしまうからな」
「……そうか。見て見ぬ振りをしながらの平和を、この地の民は懐かしんでいる。今なお渇望している」
 テオドールは、目を閉じた。
「だからミトラースを求めている……アクアディーネ様を、受け入れられない。か」
「そのような者どもは放っておけ。我らヴィスマルクが徹底的に管理し、叩き直してやる」
「……ああ、いいですねえ。それ私もやりたいです」
 エルシーは拳を鳴らした。
「ところで。貴方、お名前は? 私エルシー・スカーレットと申しますが」
「侵火槍兵団所属、ドルフロッド・バルドー少尉。見知り置き願おう」
「ではドルフロッド少尉、私的制裁のお時間です」
 エルシーは、己を止められなかった。
「私は、貴方を許せません……真・ぜつ☆ゆる! ですよ、覚悟して下さい」
「待って、先輩」
 アンジェリカが、エルシーの腕を掴んだ。
 丘陵の上に立つヴィスマルク兵は、ドルフロッド・バルドー1人ではなかった。
 一見して精兵とわかる者たちが、ずらりと並んでいる。ヴィスマルク軍・侵火槍兵団の一部隊。
 威嚇するように鎖を鳴らしながら、ドルフロッドは言った。
「今は、やめておけ。お互い機会を待とうではないか」
「……そうですね」
 アンジェリカが微笑んだ。鋭く美しい牙が、光った。
「取っておきの一品は最後に出すもの……美味しい猪肉のパスタを、皆さん楽しみにしていて下さいね」
「……アンジェ私、忘れてました」
 エルシーは、いくらかは冷静さを取り戻した。
「狐って、ほとんど肉食動物でしたね」
「そういう事です」
「捕食……殺戮」
 言葉と共に、ドルフロッドが丘陵上で背を向けた。
「略奪、侵略、征服そして支配と搾取。それに対する反抗……全て、己の意思で行うべきだとは思わんか。神々に命ぜられたり唆されたりでなはく、だ」
 ヴィスマルク軍が、撤収して行く。
 クイニィーが相変わらず、自分のホムンクルスと踊り続けている。
 踊りながら、ホムンクルスが崩れ落ちた。
「……キミたちは、ホムちゃんとは違うの?」
 もはや存在しないダンスパートナーと一緒に、くるくると踊りながら、クイニィーが言う。
「自分の意思で動いてる、つもりでも実は全然フラスコから出られてなくて、最後は用済みで処分されちゃう……そんな覚悟、出来てるのかな?」
 ドルフロッドは答えず、兵たちと共に無言で歩み去った。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済