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【デザイア!】潜入、奴隷オークション。



●オークション前日
 項垂れて背を丸めた女性。ぼんやりと壁を見つめる男性。泣き腫らした目で身を寄せ合う子供たち。次々と商品が運び込まれる建物の一室で、オークション主催者の男は笑った。
「明日は盛り上がりそうだなぁ」
 満足そうに目を細める彼に、傍らの女性も頷いた。
「ええ、貴族向けの商品も例年以上に入ってきております」
「どれくらいの値が付くか、今から楽しみだ」
 ぱらぱらと帳票をめくっては、これは一般向けだのどうのと呟き、何がしかを書き込んでいく。
「失礼します、旦那様。今よろしいでしょうか?」
「何だい?」
「事前にエントリーしていた奴隷商ではないのですが、明日のオークションに出品したいという方がいらしてます」
「ふむ? まぁ、まずは商品を見てからだな……」
「奴隷商いわく一般教養を身に着けているのと、その、私が見た限りでは見目の良い者も居るようで」
 主催者は不意に部屋に入ってきた部下に怪訝そうな顔をしたが、続いた言葉に頬を緩め、あからさまに機嫌を良くした。
「そりゃいい、高く売れそうだ。手数料が期待出来るな。さ、お通ししろ!」

●ギルバーク近郊に潜む者たち
 ヘルメリアのギルバークにて開催される一大イベント『スレイブマーケット』。ギルバーク全域を使ったお祭りだが、行われるのはその名の通り奴隷の売買だ。聞く者によっては顔をしかめるだろうが、所変われば品変わる――ヘルメリアにおいて奴隷はただの『商品』でしかない。
 調査により、とあるオークションの日程が判明。自由騎士達は奴隷として潜入し、フリーエンジンのメンバーが起こす騒ぎに乗じて奴隷を解放する事となった。建物の外で小規模な爆発を起こし、音に釣られて警備兵が減った隙に――という流れとなっている。
 決行はオークション前夜。客に貴族を含む為、オークションが始まってしまえば警備が厳重になり、奴隷の強奪が難しくなるからだ。

 今回のオークションに出品される奴隷は三つの部門に選別され、それぞれ別の部屋に居る。礼儀作法を身に着けていたり、護衛として戦える『貴族向け』の高級奴隷。主に労働力としての『一般向け』な奴隷。そして買い手によって用途の異なる十五歳未満の『子供』の奴隷たち。金持ちが子息・息女の体のいい遊び相手として買う事もあれば、過酷な訓練を施され戦闘奴隷に育成される事もあるらしい。
 潜入する者達は、まずは目当ての奴隷に選別される必要がある。どういったアピールをすべきか――愉快そうな笑みを浮かべた主催者の男を前に、自由騎士達は考える。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
宮下さつき
■成功条件
1.屋内に残った警備兵の撃破
2.出来る限り多くの奴隷を建物外に出す
宮下です。暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか。
ヘルメリアの奴隷協会によるお祭りが始まりました。
亜人奴隷をばんばん解放してあげてください。

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「この共通タグ【デザイア!】依頼は、連動イベントのものになります。この依頼の成功数により八月末に行われる【デザイア!】決戦の状況が変化します。成功数が多いほど、状況が有利になっていきます」
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●戦場
奴隷オークション会場となる建物、二階建て
1F:オークション会場となるホール、事務室
2F:奴隷達の控室×3部屋
奴隷は各部屋5~6名いるようです。
なお、奴隷の部屋に窓はありません。階段、玄関は1か所です。
警備兵を撃破後、建物の外に出れば潜伏しているフリーエンジンのメンバーが奴隷を保護してくれます。

●敵情報
・事務室
主催者、秘書の女性、部下の男性
戦う能力は無い為、爆発音が聞こえたら部屋に鍵をかけて篭ります。

・奴隷の部屋(貴族向け)
警備兵×3
ノウブル、格闘でランク1を活性化しております。
戦闘可能な奴隷はいません。

・奴隷の部屋(一般向け)
警備兵×2
ノウブル、軽戦士でランク1を活性化しております。

・奴隷の部屋(子供)
警備兵×1
ノウブルの女性、格闘でランク1を活性化。
戦力が少ないですが、幼児を庇いながらの戦闘になる可能性があります。

●潜入について
ノウブル・キジンの奴隷は少ない為、奴隷となった経緯を尋ねられるかもしれません。
希望があれば奴隷商役で潜入する事も可能だと思います。
(希望者が居なければフリーエンジンのメンバーが務め、皆様を引き渡した後に去ります。亜人種が奴隷商役をする場合は種族特徴を隠す等の工夫が必要になります)

それではよろしくお願い致します。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
8モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2019年08月18日

†メイン参加者 8人†




「急にすみません」
 エントランスに通されるなり、『殲滅弾頭』ザルク・ミステル(CL3000067)はにこやかに頭を下げた。
「スレイブマーケットに売りに来たんですが、どうせなら高く売りたいと思いまして」
 話しているのは神代共通語ではあるが、人によってはそのアクセントに違和感を覚えるかもしれない。彼の故国特有のイントネーションを持つ、所謂『ヘルメリア訛り』の話し方だ。それに加えて彼の蒸気鎧装はヘルメリア製。他国のオラクルなどとは夢にも思うまい。
 ザルクは身なりの良い男を主催者と踏み、つかつかと歩み寄る。そんな彼を制するように『その過去は消えぬけど』ニコラス・モラル(CL3000453)が歩み出た。
「すまないな、なんせ田舎者なもので」
 目立つ所に鱗などの特徴が無いニコラスは、頭髪さえ誤魔化せばノウブルとして通用した。少し困ったように眉尻を下げて見せれば、突然オークションに出品しようと言い出した若手に振り回されている同僚といった雰囲気だ。主催者の男は、怪しむどころかむしろ微笑ましいものでも見るかのように微笑んだ。
「いいや、構わんよ。売り物にならなさそうな『商品』ならばお引き取り願うが」
「ああ、こちらも品揃えには自信があるのでね。是非ご覧頂きたい」
 その言葉を合図に、後ろに控えていた『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)がおずおずと一歩踏み出した。淡藤の前髪から覗く双眸は左右で異なる色をしており、顔立ちは愛らしい。奴隷用の簡素なワンピースなどではなくきちんと着飾れば、さぞ人目を惹く事だろう。
「教育すれば貴族に売る事だって出来ただろうなぁ、実に惜しい。とはいえヨウセイならば高い値を付ける者もいるでしょう。なんたって」
 ――最近はヨウセイを人機融合する為の、被験体需要があるからな。主催者の言葉に、ティルダは体をびくりと震わせた。ヨウセイはシャンバラだけでなく、ここでもヒトとして扱われていない。わかってはいたが、それでも。
 不安。嫌悪。複雑に入り乱れる感情に目を伏せた少女を気にも留めず、主催者は次の奴隷を値踏みする。
「ふむ。これは、戦闘は?」
「訓練すれば戦闘奴隷に育ったかもしれないが、うちの調教師の専門外でな」
 『誰ガタメの願イ』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)の腕を掴み、筋肉の付き方を確認する男に、ニコラスが答える。
「そうかそうか。でも良い体付きをしている。これだけ頑丈なら、どんな労働をさせても壊れにくそうだ」
(「ヨツカも祭りは好きだが、これは胸糞悪い祭りだな」)
 ばしばしと背を叩きながら笑う男をちらりと見やり、ヨツカは小さく息を吐く。
(「ヒトとしての尊厳を奪い、従わせ、消費するだけのやり方は――ヨツカは気に入らない」)
 まるで消耗品だ。事実、彼らは亜人をそう認識しているのだろう。でなければ、たとえ相手が子供であろうと他者の髪を無遠慮に掴んだりするものか。主催の男は『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)の髪を一房掴み、まじまじと眺めている。
「身なりは粗末だが、整えれば見違えるだろう。ほらこの髪色、貴族が喜ぶ海の宝石のようじゃないか。それに顔立ちもなかなか」
 顔を覗き込む男から、マグノリアはふいと目を反らす。諦観しているようで、僅かに見せる反抗。ささやかな仕草から奴隷らしさを演出され、男はマグノリアを子供と信じて疑わない。
「混血種の子供ならもう一体珍しいのが」
「ほう! 異国の聖獣か」
 ザルクに促され、赤くなった目を潤ませて見上げる『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)に、主催者は感嘆の声を上げる。建物に入る前に目を水につけたり擦って腫らしたりとなかなか用意周到だ。粗末な子供服に三つ編みで印象を変えた彼女は、酒をかっ食らう様など想像もつかない、年端も行かない少女にしか見えない。
(「……己の今が如何に薄氷の上か痛感するわ」)
 自身も何かの拍子に売りに出されていたかもしれない。他人事ではないツボミは全力で演技をする。
「ヘルメリアでは見ない幻想種だ。こりゃ間違いなく競り合いになるな」
「にゃ~?」
 彼女のふわふわとした尾に触れようと手を伸ばした男の前に、『南方舞踏伝承者』瑠璃彦 水月(CL3000449)がするりと入り込んだ。撫でてと言わんばかりに、男の掌に頭を擦りつける。
「ああほら、順番だよ」
「いや、気にせずともいい。……この子は?」
 面食らった様子で尋ねる男に、ニコラスは肩を竦めて一言だけ返した。
「売れないかい?」
 指先に触れた滑やかな感触に思わず手を動かせば、猫は気持ち良さそうにごろごろと喉を鳴らす。服として機能していない薄い布切れ一枚の姿を恥じる様子も無く、二足歩行する愛玩動物に成り果てた、憐れなケモノビト。
「逆だ。ペットを欲しがるご令嬢がいくらつける事やら」
 いくらから始めようかと帳簿を開いた男に、ザルクが待ったをかける。
「もう一人、とっておきのが」
「……何?」
 怪訝そうな顔をする主催者の目の前で、がちゃりと金属の音を立て、キジンの男が跪いた。商人の護衛かと思いきや、よくよく見れば首には奴隷を示す印が嵌められている。うやうやしく頭を下げる所作は美しく、付け焼刃でない事が伺えた。
「ほら、きちんと顔をお見せしろ」
 ――後で酒でも奢るから許せよ。ザルクは心の中で詫びると、跪いた『百花の騎士』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)の顎を掴み、前を向かせる。
「純血種じゃないか」
「……家運が、傾きまして」
 没落間際の貴族の、疎まれた庶子。御家再興の為の資金源。なるほどありえる話だ。語られる理由は訥々とした口調で、だが言葉遣いは礼儀正しく、跪いていながら瞳の光は失われていない。心なしか纏う香りは異国情緒に溢れ、蠱惑的ですらある。
「顧客のプライバシー上、家名は伏せますが。軍人にする予定だったそうですよ」
 すかさず売り込むザルクの言葉に、主催の男も破顔した。
「私室に亜人を入れたくない貴族の護衛にぴったりだ。明日の目玉商品になるだろうな! 全員出品させて頂こう」
 翌日のオークションのプログラムを書き換え始めた主催に、奴隷商役の二人は口角を上げた。


 かち、かち。部屋の唯一の出入口の前に立つ男は手持無沙汰なようで、小剣を鞘から少しだけ抜いては戻すのを繰り返していた。刃が顔を覗かせる度に、座り込んでいる奴隷達はビクビクと身体を強張らせる。商品を傷つけるわけはないとわかっていても、ノウブルに刻み込まれた恐怖が消えるわけではない。
「……ヨツカは知っている。此処は『ヒト』の居る場所じゃない」
 警備兵達は時折部屋を見回しては、震える奴隷を見てくつくつと笑う。彼らを横目で見やり、ヨツカは小声で隣のオニヒトの男性に声を掛けた。
「ヨツカはアマノホカリの出身だ。名は?」
 男性は答えない。ただ僅かに視線を寄越しただけだった。
「おいそこ! 何喋ってやがる」
「いいじゃん、奴隷なんか放っておけよ」
 警備兵の一挙手一投足に怯えて声も発さない奴隷達の姿を目の当たりにして、ティルダは祈るように胸の前で拳を握った。
(「――必ず、解放してあげなきゃです……っ」)

 同じく奴隷として連れてこられた子供たちに身を寄せつつ、ツボミは彼らに視線を走らせる。オークションに出品されるだけあって、見た目も重要なのだろう――目立った外傷は無く、栄養状態も悪くはなさそうだ。
 ただ精神状態は決して良くはない。ちょっとした要因で泣き始める子供、泣き声に苛立ち怒鳴る警備兵、怒声に驚いて泣く子供。悪循環だ。
「にゃ~」
「な、何よ。あっち行ってなさい」
 ニコニコと笑う水月に、気が抜けたように警備兵は溜息を吐いた。警備兵の警戒が緩んだ隙に、マグノリアは警備兵と子供たちの間に移動する。いつでも彼らを守れるように。

「あとは我々に任せてください。他の奴隷商の皆さんは宿に戻ってますし」
 廊下を歩いていたニコラスとザルクに、見回りの兵が声を掛ける。
「ああ、じゃあ最後に商品の様子だけ確認したらそうさせて貰うよ」
 一番奥の部屋に連れて行かれるアリスタルフの姿を確認し、踵を返す。その時、窓の外が眩く光り、轟音が響いた。


「事故か?」
「おい、奴隷が逃げないように見張ってろ!」
 慌ただしく走り回る警備兵の一人が、ザルク達に声を掛ける。
「安全が確認されるまでここにいてください!」
「わかりました、お気を付けて」
 階段を下りてゆく警備兵達を見送り、二人は即座に奥の部屋の扉を開け放った。
 ダァンッ!
「な……?!」
 扉が乱暴に開かれると同時、ザルクの二挺の拳銃が放つ弾丸の驟雨が警備兵達を襲う。咄嗟に構えを取り、受け流そうとしたのは流石と言うべきか。だが間髪を入れずに築かれたニコラスの氷の棺までは躱せない。
「奴隷商が、何故!」
「おじさんが奴隷商じゃないから、だ」
 ニコラスに殴りかかろうとした警備兵の身体が宙を舞う。予想だにしない方向からの打撃に警備兵が目を向ければ、キジンの奴隷が軽やかに着地をした所であった。警備兵を蹴り上げたアリスタルフを咎めるように、ソラビトの女性が叫ぶ。
「ちょっと、あなた何してるの?! 逆らったら……」
「俺は奴隷じゃない。……必要だったとはいえ、首輪を嵌められるのは良い気分じゃないな」
「! 申し訳ございま、せん。差し出がましい事を」
 アリスタルフが奴隷ではないとわかったからか、彼女は顔を青くする。女性の変わり身に、奥歯を噛んだのはザルクだ。連射直後の熱が残る銃に再装填を行うと、身体能力を高めた敵の膝を撃ち抜き、機動力を奪う。
「……ヘルメリアの一国民だった頃は疑問に思わなかったが。今なら、この国の歪みがよく分かる」
 部屋に居た奴隷は五人。自分達を助けに来たとは露程も思わないらしく、ただ茫然と自由騎士達を見ている。
「この、賊がぁッ!」
 薄氷を振り払い、警備兵が床を蹴った。持ち得る力を一点に集束させ、拳が唸る。決して避けられない攻撃ではなかったが、アリスタルフは両の腕を掲げ、受ける事を選んだ。
(「避けたら、奴隷に当たる」)
 鈍い音。骨が軋み、鋭い痛みが走る。それでも彼は踏み止まると、背後の奴隷達に、静かに告げる。
「大丈夫だ、君達を助けに来た」
「あなた様にお仕えしろという事でしょうか……?」
「違う、そうじゃない」
 奴隷達は助けが来た希望よりも困惑が勝るのか、理解が及ばないといった様子だ。ニコラスはアリスタルフに治療を施しながら、普段通りの頭髪を露わにする。陽光に照らされた湖面のように揺蕩う髪に、奴隷達が息を飲む。
「亜人が! ヒトに逆らうんじゃねえ!」
「おじさんだってヒトだぜ? そこの奴隷もヒトだ」
「そいつらに何言っても無駄だぞ」
 彼らが人権といった概念をこれっぽっちも持ち合わせていない事は、ザルクがよく知っている。
「俺が、この国で殺したいのは」
 この、歪み。ぽつりと零し、ザルクは容赦なくもう一方の膝も撃ち抜いた。立つ事もままならなくなった警備兵の顔面をアリスタルフの右足が捉え、骨の砕ける音がした。その足を軸に、近くに居たもう一人の脇腹を蹴り上げる。
「くそっ」
 旋風腿を逃れた警備兵が回復手を狙うが、ニコラスの武器とておもちゃではない。
「ちょっと若者二人ぃ、おじさんを労働させない!」
 魔導弾は敵の大腿を掠めるに留まったが、動きを鈍らせるには十分だ。ザルクの弾丸が胸を穿ち、男はうつ伏せに倒れ、動かなくなった。
「……助かる……?」
 純血種のキジンとミズヒトが肩を並べて戦っている。軽口を叩くなど許されるはずもないのに、対等に言葉を交わしている。能面のようだった奴隷達の顔に、感情が戻り始める。
 アリスタルフが最後の警備兵を殴り倒すと、奴隷達は歓喜の声を上げた。

 隣の一般奴隷の部屋でも、爆発音と同時に自由騎士達が立ち上がっていた。
「時は来たれり!」
 警備兵が状況を把握するよりも先に、ヨツカが跳んだ。
「ヨツカさん、受け取ってくださいっ」
 ティルダが服の中に隠していたマキナ=ギアを投げた。ヨツカは中空で受け取り、落下の勢いそのままに重い一撃を喰らわせる。
「ちょっ、あんたら何しやがんだ?!」
「危ないから、下がってて下さい」
「お、俺たちは関係無いからな。反抗なんてしてないぞ」
 六人の奴隷は柔らかな笑顔を見せるティルダに対して悪い気はしていないが、逃げられるかもしれないという期待より、失敗して逃亡奴隷として待遇が悪くなる事を恐れている。何にせよ、距離を置いてくれれば戦闘に巻き込む心配は無い。ティルダは前を見据え、杖を構えた。
「援護、します」
 ティルダは呪術を練り上げ、マキナ=ギアから取り出されたヨツカの得物へと付与した。奴隷からの予期せぬ一撃を喰らい、未だ足元の覚束ない男に向かい、ヨツカは低い姿勢で踏み込んだ。
 ――ドガッ!
 もう一人の男が割り込み、丸盾でヨツカの攻撃を受け止める。痺れるような衝撃に顔を顰め、がなる。
「ただの奴隷じゃねえな?! 何者だ!」
 ヨツカは答えない。代わりに宣言する。
「スレイブマーケット……これが氷山の一角だとしても、突き崩してヒビを入れてやる」
 盾と刀がぎちぎちと押し合い、やや攻撃力の上回るヨツカの押し斬りに軍配が上がった。腕を切りつけられ、警備兵が後ずさる。
「ヒ、ヒトを奴隷にするなんて、許せません」
 追い打ちをかけるようにティルダの振るった杖から放たれたのは、杖にあしらわれた宝石のように蒼いマナ。冷たい死の抱擁が、警備兵を包んだ。
「……ノウブルに歯向かうなんて、何考えてんだ……」
 奴隷達は驚愕に目を剥き、警備兵に立ち向かう二人の自由騎士の姿を食い入るように見つめている。彼らはまるで、運命に抗っても良いのだと言ってくれているようで。
 その時、部屋の扉が開いた。貴族向けの奴隷を引き連れた、自由騎士達だ。
「二人とも怪我無いかー?!」
「問題ない。今、片付けた」
 ヨツカの突貫を受け、警備兵が膝を着く。ティルダは奴隷達を振り返り、にこりと微笑んだ。
「仲間が迎えに来てくれてます、大丈夫です。もう、奴隷になんかならなくていいんです……!」
 逃げたらもっと酷い目に遭うのでは? 奴隷達は顔を見合わせ、頷き合った。そして。
「俺は……俺は、行くぞ!」
「あたしも連れていって!」
 一斉に立ち上がると、差し出された自由騎士達の手を取った。
「そうだ、お前たちは、自由を取り戻せる。走れ!」
 ヨツカの激励に走り出す。彼らが奴隷に落とされてから、初めて自分の意思で踏み出した一歩だった。

 子供達の部屋では、少々予想外の事が起きた。大きな音で恐慌状態になったマザリモノの男児が、扉に向かって駆け出したのだ。自由騎士は子供達を庇う態勢を整えていたが、自ら離れていくのでは状況が違ってくる。
「勝手に動くんじゃないよ!」
 警備の女がヒステリックに叫び、少年を蹴り飛ばした。進んで傷つける事はしないが、売り物に逃げられるよりは傷物でもあった方が良いといったところか。少年の落下地点を見定めたマグノリアが身体を滑り込ませ、抱き留める。
「診せろ」
 床に叩きつけられるのを防いだとはいえ、武人の蹴りを真っ向から喰らって無傷なわけがない。ツボミの淡く揺らめく魔力が少年を包んだ。
「あんた達、ガキじゃないね?」
「それがどうかしたのかい?」
 その身に龍の気を巡らせる女の周囲を、マグノリアより横溢する魔力が取り囲む。とくとくと刻まれる魔導のリズムは次第に渦を巻き、女の動きを阻害する。
「ちっ、あまり見ない技だね」
 人懐こいケモノビトを盾にでも使うつもりだったのだろう。彼女は隣に手を伸ばし――
「いざ、尋常に押し通る!」
 バキィッ!!
 床に亀裂が入る程の衝撃波に、女が吹き飛んだ。
「あんたもか……ッ、何処から武具を」
「魔導を軽視するそなたらには、理解出来ますまい」
 たとえ魔導に理解があったとしても、超柔軟を活かして魔道具を胃に隠すという荒業を果たして想像出来ただろうか。武装した水月は女に体勢を立て直す間も与えず肉薄する。
「治療までしてやって、そのガキがそんなに高く売れるってのかい!」
「価値など知らん。患者が居たら治すだけだ」
 治すべき患者に、種族の優劣などありはしない。ツボミが居る限り、この部屋に死人は出ない。
 子供達の動きに注視する必要はあったが、マグノリアと水月の猛攻に、警備兵はなすすべも無かった。氷の矢が降り注ぎ、弾丸のように繰り出される拳が女を打ち倒した。子供の部屋に人数を割いたのは正解だったと言える。


「何だったんだ?」
 特に何も起きない。何故警備兵は何も言ってこないのか。主催者達が疑問に思い始めた頃、鍵をかけていたはずの扉が開いた。
「顧客リストはあるか」
 押し付けられる銃口。主催者は助けを求めるように視線を泳がせるが、秘書達は既に縛り上げられている。彼は知らないが、ザルクがオーディオエフェクトを展開している為に、外の警備兵が気付く事は無い。
「引き出し、に……」
「時間が無い、全部持っていくぞ」
 ツボミが書類からメモの類までごっそりと抜き取ると、室外のマグノリアから声が掛かった。
「僕が警備を足止めするよ。行こう」
 かちり。魔術的な鍵をかけ、ニコラスが笑みを浮かべる。
「開けっぱなしは不用心だろ?」

 奴隷十七名、奪取成功。

†シナリオ結果†

大成功

†詳細†


†あとがき†

美男美女にもふもふの奴隷とかこれは高値がつく……!
……と、何故か途中までオークション主催者に感情移入し過ぎていた宮下です。
それはさておき、デザイアの皆様を無事に「全員救出」となりました。
文句なしの大成功です。ご参加ありがとうございました。
FL送付済