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戦乱の魁




 宇羅の軍勢が、城を取り囲んでいる。
 威圧感が、天守閣の外壁をギシギシと押してくる。
 それを具足の上から体感しつつ、八木原玄道は酒盃の中身を呷った。
「終わり……か。千国の世も」
 豪勇無双の千国大名として、それなりには名を馳せてきた。
 それでも、時代の流れには逆らえない。
 思いかけ、玄道は苦笑した。
「時代のせいにするようでは、いかんな……わしは、八木原家は……宇羅に敗れたのだ。あの鬼どもに……」
 苦笑の形に歪む口元で、ぎりぎりと歯が剥き出しになる。
「ここアマノホカリは……鬼どもの統べる国と、なるのか……」
「まだでございますぞ、殿」
 家臣たちが、口調に熱を込める。眼光を燃やす。
「我らが、人の力を示すのです。人の魂を示すのです」
「1匹でも多くの鬼を、討ち果たしましょうぞ!」
 とうの昔に、逃げる者は逃げた。宇羅に降る者は降った。
 今この城に残っているのは、命捨てたる者のみである。
「……一時の勝利を、宇羅にくれてやろうぞ」
 玄道は告げた。
「だが! 鬼が人を統べる国など長くは続かぬ。続かせぬ! 人が必ずや鬼どもを退ける! 我ら、その先駆けとなろうぞ!」
 家臣たちが、兵たちが、獰猛に唱和した。
 獣じみた歓声が響き渡る中、1人の青年が玄道の傍らで、いささか肩身狭そうにしている。
「……今からでも遅くあるまい。宇羅に降れ、苫三」
 玄道は声をかけた。
「今までよく戦ってくれたが……そなた、武士ではないのだ」
「……流れ者の私を拾って下さった恩、まだ返しておりませぬ」
 苫三が平伏した。
「最後まで……殿を、お守りいたします。私が勝手に行う事でございます」
「そなたの国の神は、そうして無駄に命を捨てる事を許しておるのか?」
 流れ者。
 この苫三という男は、まさしく海を流れて来た。半死半生の体で、八木原領内の海岸に打ち上げられていたのだ。
 妖術、としか言いようのない力を使えるので、八木原の戦力として玄道は側に置いていた。
「何と言ったかな、そなたの国の神……あくあ様、であったか」
「アクアディーネ様のお教えを、この国に根付かせる。それが私の使命でございました」
「使命を果たさず、ここで死ぬるか」
「……逃げる者に、使命を果たす資格などありませぬ」
「好きにせよ」
 領内で、苫三は何やら布教のような事をしていたようである。この男の妖術は戦場においてなかなか有用なので、玄道はそれを許していた。
「戦のない世を作る。それが、あくあ様とやらの教えであったな」
「絵空事でございましょう。宇羅が天下を統べたとて、戦乱が終わるとは思えませぬ」
 苫三は言った。
「ですが、私は……」
「戦のない世か。ふん、来れば良いな、そのようなもの」
 言いつつ、玄道は思う。無理であろう、と。
 人は、鬼を受け容れない。人は、人をも受け容れない。
 これはもう、神頼みの心構えでどうにかなるものではないのだ。


 私の本名「トマーゾ」が、この国では「苫三」となった。
 流れ者の妖術使い苫三は、領主・八木原玄道の庇護を受けて生きながらえ、結局はあの戦いでも死に損ねた。
 玄道は壮絶な討ち死にを遂げ、私は捕らえられた。大恩ある殿を、守る事が出来なかったのだ。
 敵の総大将・宇羅明炉の面前に、私は引き立てられた。
 被差別民であったオニヒトを、千国の覇者に育て上げた宇羅一族の棟梁が、一代の英傑であるのは間違いない。
 この人物に殺されるのであれば、良い。そう私は、覚悟を決めた。
 私は殺されず、放免された。宇羅明炉の、恐らくは気まぐれであろう。
 八木原の居城・高津城は、あの戦で焼け落ちたまま放置され、今は石垣しか残っていない。現在この地を治める宇羅の譜代大名は、領内の別の場所に城を建て、そこで政治を行っている。
 八木原家の祟りを畏れての事、と言われている。
 石垣しか残らぬ高津城周辺の原野。
 かつての戦場跡に、私は佇んでいる。
 あれから数十年。私も、今や老人である。ここアマノホカリの地に、このまま骨を埋める事になるだろう。
 この数十年、私はアクアディーネ様の教義を語り続けた。
 神の失われた地・アマノホカリには、神を求める人々が思いのほか多くいた。
 彼ら彼女らを、私は「あくあ様」の信徒として教え導いた。あまりにも至らぬ教導者である私に皆、ついて来てくれた。
 今は皆とある場所に、半ば隠れるようにして住んでいる。
 その存在を、宇羅幕府は今のところ黙認してくれている。
 だが我々を「邪宗門」と呼び、忌み嫌う人々は少なくない。あの神州ヤオヨロズと同一視される事もある。
 そんな我々が目指すものは、ただ1つ。戦のない世。それだけだ。
「私は……未だ、絵空事に生きておりますよ。殿……」
 この原野で戦死を遂げた主君に、私は語りかけていた。
 信徒たちには黙って私は1人、この地を訪れた。
 かつての主君に祈りを捧げる。それはこの苫三という愚かな老人の、私事に過ぎないからだ。皆には、もしかしたら心配をさせてしまっているかも知れない。
 私は目を閉じ、アクアディーネ様の教義にある鎮魂の祈りを唱えた。
 人は鬼を受け容れない。人は、人をも受け容れない。これはもう個人の心構えでどうにかなるものではないぞ苫三よ。
 宇羅一族との和解を進言した私に、八木原玄道はそう言った。
 この数十年、確かにそうであろう、としか思えぬ事ばかりであった。
 宇羅幕府は、千国時代の終焉をもたらした。アマノホカリに、一応の平和は訪れた。
 その宇羅幕府が、ヴィスマルク帝国と手を結んだ。
 海の向こうの戦乱が、アマノホカリに及ぼうとしているのだ。
 私は目を開いた。不穏な、空気の揺らぎを感じたのだ。
 原野に、炎が生じていた。
 いや、炎ではない。炎のような、禍々しい霊気の揺らめき。
 それが、燃え盛りながら形を成しつつあった。
 人の形。具足の形。刀槍・弓矢の形。
 呆然と、私は呟いていた。
「…………殿……」
 豪勇無双をうたわれた千国大名・八木原玄道は、この戦場で討ち死にを遂げた。屍は、真っ当な墓地に葬られている。
 屍ではないものが、しかしこの古戦場に残ってしまったのだ。
 それが今、イブリースと化した。還リビトと化した。マガツキと化した。
 重々しい質量を感じさせるほどに凝集した霊気が、鎧武者の姿を形作っている。霊体の鎧武者。それが6体。
 1体が、何かを叫んだ。他5体が、唱和した。
 空気を伝わる音声、ではない。聴覚ではないもので、私は確かに聞き取っていた。
 鬼が人を統べる国など長くは続かぬ。続かせぬ。人が必ずや鬼どもを退ける。我ら、その先駆けとなろうぞ。
「鬼の統べる世を……許せませぬか、殿」
 八木原玄道は、紛れもなく名将にして名君であった。一方、オニヒトを蔑み憎む差別主義者であった事は間違いない。
 その侮蔑・憎悪の念が、差別の心が、この世に残ってしまった。そして今、悪しきものと化し、殺戮を行おうとしている。鬼の統べる世に生きる人々を、殺し尽くさんとしている。
 八木原玄道と、豪勇の家臣団。
 計6名の鎧武者たちの眼前に、私は立った。
「亀の歩み、蝸牛の歩みでありましょうが……戦なき世に、我らは確かに近付いております。殿! 戦乱の世は、もはや終わりでございますぞ……」 


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.還リビト(6体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 アマノホカリのとある古戦場に、イブリース化した千国大名の亡霊が出現しました。これを討滅して下さい。
 敵の内訳は以下の通り。

●八木原玄道(前衛中央)
 豪勇無双をうたわれた千国大名。攻撃手段は、槍を用いての白兵戦(魔近、単または単貫通2または範。全てBSカース2及びシール1)。

●槍武者(2体、前衛左右)
 攻撃手段は、槍を用いての白兵戦(魔近、単または単貫通2または範。全てBSカース1)。

●弓武者(3体、後衛)
 攻撃手段は弓矢の射撃(魔遠、単または範。BSカース1)。

 これら全ての攻撃、オニヒトの方に対してのみダメージ量が2割増しになります。

 時間帯は昼、場所は原野。

 現場にはアマノホカリ在住のイ・ラプセル人トマーゾ・ランチェルフ(男、67歳、魔導士スタイル。『緋文字LV3』『ユピテルゲイヂLV2』『アステリズムLV1』を使用)がいて還リビト6体と戦っていますが、皆様の到着時には若干のダメージ及びカース2を受けております。
 治療を施した上、戦わせる事は可能ですが、体力が0になれば死亡します。皆様の指示には従ってくれるでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
3モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年09月18日

†メイン参加者 6人†




 戦の無い世が来れば良い、と言いながら自身は戦を止められない。
 それが千国大名というもの、だったのであろうと天哉熾ハル(CL3000678)は思う。
 本気で「戦の無い世」を作り上げるには、そのような者たちを力で滅ぼすしかなかった。
 それをやり遂げた宇羅明炉が、一代の英傑である事に疑う余地はない。
 問題は彼の後継者たる2代目将軍・宇羅嶽丸である。
 異国と手を結び、海の向こうの戦乱をアマノホカリに引き入れようとしている。
「それが本当に……暇だから、なんて理由だとしたらオニヒトの恥晒し。アタシは、許さないわよ」
 ハルは倭刀を抜き構えた。
 滅びたはずの千国大名が、目の前にいて殺戮を実行せんとしている。
 霊体で組成された、6名の鎧武者。
 単身それらと対峙している老人が、片膝をついたまま、こちらを見た。
「……あなた方は……イ・ラプセルの、方々か……?」
「その通り。積もる話も無しで悪いが先輩、さっそく手を貸してもらうぜ」
 まだ自由騎士団が無かった頃から戦い続けてきた老オラクルに、『ラスボス(HP50)』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)がキラキラと光を投げかける。解呪の光。
「これで動けるようになったろう。俺と一緒に、後衛からの支援を頼むぜ」
「前衛は、任せてね」
 老人……苫三を背後に庇う格好でハルは立った。『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)と『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)が、同じく前衛に立った。
 鎧武者6名の中央に立つ千国大名が、猛々しく禍々しく槍を構える。霊体の兜・面頬の中で、鬼火そのものの眼光が燃える。
 まっすぐ見返しながら、『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が名乗りを上げた。
「八木原玄道殿、であられるか。我が名はテオドール・ベルヴァルド」
 槍に対し、黒き杖を掲げ構えている。
「同じく民を守る立場にある者として……貴卿の行い、看過は出来ぬ。禍を振り撒く前に、消えていただく」
 言葉と共に、テオドールは呪力の錬成に入っていた。その隣では『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、赤い液体の入った魔導器を掲げている。液体越しに、敵の力を見定めているようでもある。
 そんな暇を、与えてくれる相手ではなかった。ひときわ豪壮な霊体甲冑が、猛然と槍を振りかざし、踏み込んで来る。
 迎え撃ったのは、エルシーとリュエルである。
「誇りある死を遂げた、と聞きます。八木原玄道殿」
 エルシーは、両手の鋭利な五指を獣の牙に変えた。リュエルは、細身の剣を抜き放った。
「その誇り、魂の尊厳、どうか取り戻して下さい……行きますよリュエルさん、空元気でも擬音だけは景気良く!」
「おうよ、ズバァアアン! ってなあ」
 エルシーの両手が猛獣の顎門となって八木原玄道の甲冑に食らい付き、気の奔流を迸らせる。
 獣王の咆哮、そのものの気の爆撃が、玄道の身体を硬直させた。
 そこを、閃光が直撃する。リュエルの剣だった。
「戦は終わった……あんたの望んだ結果じゃないにしても、だ。戦は終わったんだよ殿様!」
 自身に加速術式を施しながらリュエルは、星を穿つかと思えるほどの一撃を繰り出していた。
 可視光線の如く閃いた細身の刃が、超高速で玄道を貫き裂く。
「……だから、もう眠ってくれ」
 霊体で出来た豪壮な甲冑姿が、硬直・痙攣し、動かなくなった。
 エルシーの攻撃による麻痺か、リュエルの一撃による衝撃か。見ただけでは判然としないが、少なくともどちらか片方は効いた。
 その時にはしかし他5体の霊体鎧武者が、主君を守るべく動いていた。2体が槍を振るい、3体が弓を引く。
 素早い。戦乱の世で闘争と殺戮に手慣れてきた者の動きだ、とハルは感じた。
 霊体の穂先が、霊体の矢が、自由騎士たちに物理的な殺傷力を叩き付けて来る。
「くっ……!」
 ハルは血飛沫を散らせ、後方によろめいた。
 霊体の穂先は、憎悪の念の塊でもあった。憎しみが、オニヒトの女剣士の身体を切り裂き、生命力を奪ってゆく。
 ハルは、片膝をついていた。
 奪われた生命力の代わりに、憎しみと呪いの念を植え付けられていた。オニヒトに対する、凄まじい憎悪と呪怨。
「……そう……アンタたち、そんなに……オニヒトが、嫌い……?」
 オニヒトという種族に対する、憎しみに等しいほどの差別感情。
 宇羅一族と最後まで敵対した千国大名ならば、持っていて当然ではある。
「オニヒトの……下に立つのが嫌だから、最後まで戦い続けた……人死にも、顧みずに……」
 ハルは牙を剥き、呻いた。
「そんな奴に、天下を取られていたら……ふん、間違いなく今より酷い事になってたでしょうね……」
「……身勝手な、無念の感情……これはこれで、興味深い……」
 憎しみの念で組成された矢が何本も、マグノリアの細身に突き刺さっている。
 同じく呪いの矢で射貫かれたテオドールと、苦しげに肩を貸し合いながら、マグノリアは血を吐き微笑んだ。
「……僕が、もらうよ。向こう側に、渡すわけにはいかない……」
「無理はするなよ、御老体」
 ウェルスが言った。
 リュエルが、ハルと同じく呪怨の槍を食らい、倒れている。助け起こそうとして、エルシーも立ち上がれずにいる。
 ウェルス1人が、自力で立っていた。
 獣毛をまとう巨体に、呪怨の矢が何本も突き刺さってはいる。
 呪いも、怨みも、しかしウェルスには全く影響を及ぼしていないようであった。
 星の煌めきを、ハルは見た。
 それはウェルスの巨体を包む、護りの結界の輝きだった。
「このような……」
 苫三が、ウェルスに向かって片手をかざしている。
「……事しか、出来ませぬが…………」
「充分過ぎる、助かったぜ先輩!」
 ウェルスが叫び、空に向かって魔導銃をぶっ放した。
 光が、降って来た。
 先程ウェルスが苫三に投げかけたものとほぼ同質の、解呪の光であった。
 それが自由騎士全員の身体に降り注ぎ、憎しみの呪いを粉砕する。
「……効いたぜ畜生。あんたら、眠るのがそんなに嫌か」
 呪いから解放されたリュエルが、よろりと立ち上がる。
「それでもな、オレはあんたらを眠らせなきゃならねえ」
「……聞き分けない赤ちゃんを寝かし付けるのと、同じ。かしらね」
 ハルも立ち上がり、倭刀を構え直した。
「……撤回。こんな可愛くない赤ちゃん、いないわ」
「子守歌は苦手だぜ」
 リュエルも、細身の剣をヒュンッと揺らめかせる。
「……戦乱の世の中、最後まで戦い抜いた殿様の英雄物語ならなぁ、後でいくらでも唄うから! 眠れよサムライたち!」
「待ちたまえリュエル、まずは治療を」
 呪縛を解かれたマグノリアが、魔導器を掲げた。その中身の液体が溢れ出し降り注いで来た、ように一瞬ハルは感じた。
 降り注いで来たのは、癒しの力であった。
 呪怨の槍に切り裂かれて出来た傷が、ハルの身体から、エルシーとリュエルの身体からも、消え失せてゆく。傷口を拭い消すかのような魔導医療。
「戦乱の世を生き抜いて死せる者の魂……」
 同じく解呪と治療を施されたテオドールが、呪力の錬成を終えた。
「貴卿らは……その成れの果て、か」
 白く冷たく煌めくものが生じ、鎧武者6体に絡み付いてゆく。
 氷の荊、であった。
 それが玄道とその側近たちを、縛り上げながら切り裂いてゆく。
 そこへ、ハルは斬り掛かった。
「アンタたちの嫌いなオニヒトの刃、喰らうがいいわ……」
 イブリースの瘴気、に似たものを帯びた倭刀が一閃し、鎧武者たちを薙ぎ払った。
 霊体の甲冑を切り裂いた刃が、その内側で禍々しく脈動する悪しき活力を吸引し、掠め取る。
 奪われた生命力を、ハルは取り戻していた。
「どう? これが魔剣士の技。おサムライから見れば邪道もいいところ、よね」
 ハルは微笑みかけた。
「この邪剣で……アンタたちの馬鹿げた魂、綺麗に消し去ってあげるわ」


 天使の姿を、マグノリアは幻視した。
 リュエルの背中から一瞬、翼が広がった、ように見えたのだ。飛翔の如き躍動から、斬撃が繰り出される。
 細身の切っ先が、弧を描いた。その弧が天使の輪となって、玄道と側近を薙ぎ払う。
 薙ぎ払われた鎧武者たちが、硬直する。リュエルが叫ぶ。
「今だぜテオドールさん、ひとつドッカァーン! と頼むわ」
「さあ、そこまで景気の良いものとなれば良いが……」
 テオドールが右手で杖を掲げ、左手で呪術の印を切る。
 星が生まれた、とマグノリアは感じた。
 燃え盛る原初の惑星、を思わせる炎の嵐が、鎧武者6体を猛襲する。
 うち5体が、加熱された氷雪の如く消滅してゆく。霊体なので灰も残らない。
 その炎の中。八木原玄道ただ1人が、麻痺・衝撃・呪縛からの自力回復を遂げていた。
 豪壮な甲冑姿が、全ての束縛を粉砕する勢いで踏み込んで来る。
 一閃した槍が、エルシーの身体を貫通し、マグノリアの胸に突き刺さった。
 その槍が、即座に引き抜かれる。
 倒れ込んできたエルシーの背中を支えながら、マグノリアも尻餅をつき、血を吐いた。
 そうしながら、死にかけたエルシーの身体に魔導治癒の力を流し込む。
「…………生きているかい、シスター……」
「……3回くらい、死んだ気分ですよ」
 穿たれた臓物や肋骨がメキメキと修理されてゆく、その痛みを吐血もろとも噛み殺しながらエルシーは即座に踏み込んだ。まだ治療が完璧ではないが、玄道の方からも踏み込んで来ている。
 槍をかわしながら、エルシーは体当たりで迎え撃った。
「確かにね、槍の冴えは見事なもの。だけど! 心技体のうち、技しか感じられませんねッ」
 霊体で組成された甲冑姿が、吹っ飛んで倒れ、即座に起き上がる。
 マグノリアも立ち上がり、よろめき、苫三に支えられていた。
「……あまり、ご無理をなさいませぬように」
 老人に、気遣われた。
「貴方は私より、遥かに歳を召しておられる」
「わかるのだね……」
 血の止まらぬ胸を、マグノリアは押さえた。
 槍を振るおうとする玄道に、ハルが疾駆する狼の勢いで斬りかかって行く。
 それを見つめながら、マグノリアは言った。
「苫三……トマーゾ・ランチェルフ。かつての主君に伝えたい事が、君にはあるのだろう? だけど言葉は恐らく届かない……僭越ながら、僕が届けたいと思うが」
 玄道の槍が暴風のように唸り、ハルを、エルシーを、リュエルを、薙ぎ払い叩きのめしている。
「悪しき暴君……に、見えておりましょうな。貴方がたの目には」
 苫三が呟く。
「八木原玄道は……確かに、仁愛の君主ではありませんでした。しかし……」
「……わかっていますよ、苫三さん」
 エルシーがよろめき、踏みとどまり、拳を握る。
「憎悪に近い差別感情……生前の玄道殿には、それがあったのでしょうけど、それ以外の何かもあったはず……貴方が忠誠を尽くすに値する、素晴らしい何かが」
 その拳が、閃光と化した、ように見えた。
「この緋色の拳で! 邪悪なる瘴気から、英雄・八木原玄道を解放します!」
 閃光の拳が、玄道を直撃する。霊気の飛沫が、鮮血のように散った。
 倒れかけた玄道が、槍にしがみついて転倒をこらえた。
 残心をしつつ、エルシーが苦笑する。
「絶対解放、ぜつ☆かい! ……とは、いきませんか。まだ」
「長丁場になってるが、こっちはもう打ち止めだぜ……」
 そんな事を言いながらウェルスが、味方全員に銃口を向けて掃射を実行する。
 フルオートで射出された治療魔力が、マグノリアの身体にも撃ち込まれた。薄い胸板を穿つ傷口が、内側から無理やりに癒合させられてゆく。
 ウェルスは、魔導医療用の銃を、攻撃用の魔導銃に持ち替えた。
「すまんが、魔力が回復するまで死なずにいてくれ!」
「……大丈夫。もう、そんなにはかからないと思うわ」
 同じく銃撃による治療回復を施されたハルが、倭刀を水平に構える。その刃に気の力が満ちてゆくのを、マグノリアは見て取った。
 気力を、魔力を、マグノリアも体内で練り上げていった。
 ハルが、倭刀を鋭く振り下ろす。気の刃が、斬撃の弧となって発射され、玄道を直撃した。霊気の破片が散った。
「覇道の過程に過ぎぬ、としても……」
 苫三が言う。
「八木原玄道は、この地の民を……確かに、守ってきたのです」
「語り継ぐ」
 リュエルが続いて、疾風の如く踏み込んだ。
「オレが……絶対、語り継ぐよ!」
 細身の刃が、鞭のように揺らぎながらしなって一閃し、豪壮な霊力の甲冑を切り裂いてゆく。
 魔力を練り上げ、前衛に出るタイミングを計りながら、
「……受け取ったよ、苫三。君の想い」
 マグノリアは言った。
「……届けよう、必ず」


 テオドールが、白き呪いの短剣を己の首筋に当てた。
 見えざる呪力の斬撃が、玄道を切り裂いた。霊気が、血飛沫のように噴出する。
 とどめ、と見たのであろう。マグノリアが、たおやかな身体で猛然と踏み込んで行く。
「八木原玄道という偉大な人物を、世の人々にはどうか忘れないで欲しい……それが苫三の願いだ。君に、伝えておこう」
 細い五指と掌が、玄道に叩き込まれた。
 その手から魔力の嵐が迸り、豪壮な甲冑姿を粉砕してゆく。
「僕からも1つ……八木原玄道、君は確かに偉大な君主だったのだろうが、もはや過去の存在だ。未来に進む事は、出来ない」
 霊体の甲冑も、その内部を満たし渦巻いていた禍々しいものも、崩れ砕けて散り消えてゆく。
 マグノリアが力尽き、膝を折った。
「……生きて、未来へと歩み続ける者の心を……どうか、支えて欲しい……」
 倒れかけたマグノリアを、エルシーが抱き支えた。
「かなり良かったですよマグノリアさん。狙い通り、決められるようになってきたじゃないですか」
「……褒めて、乗せて、無茶をさせる……それが君のやり口だと最近、わかってきたよ」
 そんな会話の近くで苫三が、アクア神殿式の祈りを捧げている。2度目の最期を迎えた、主君に対してだ。
 ウェルスも、見送るような気持ちで空を見上げた。
「……化け物だな、千国大名ってのは」
 暴君であり名君。八木原玄道は、そのような人物であったのだろう。
「そんな連中を軒並み倒して、まがりなりにも戦乱の時代を終わらせた……宇羅明炉ってのは一体、どんな怪物なんだ。もう死んじまってるのか隠居してるだけなのか、定かじゃないんだが」
「健在ならば」
 テオドールが言った。
「……この情勢だ。いずれ動きを見せる、かも知れん」
「会う機会もある、か」
 ウェルスは片手を顎に当て、ニヤリと牙を見せた。
「一筋縄じゃいかん相手だろうが……上手くすりゃ、いい商売が出来るかもな」
「2代目の嶽丸ってのは本当ロクデナシだけど、ね」
 言いつつハルが、苫三の方を見る。
 エルシーが、苫三と並んで祈りを捧げている。
 苫三が、やがてこちらを向き、頭を下げた。
「……ありがとうございます。皆様には、何と御礼を」
「いや、こちらも助かったぜ」
 ウェルスは言った。
「今はな、俺たちみたいなのが割とお手軽にアマノホカリまで来られるんだ。聖霊門ってやつでな」
「……よもや、シャンバラの?」
「そうだ。イ・ラプセルから来た奴がいたら、可能な限り力になってやって欲しい、とは思う」
 一瞬、躊躇った後、ウェルスは言葉を続けた。
「……知ってるかな、シャンバラは滅びた。ヘルメリアもな……俺たち自由騎士団が、滅ぼしたようなもんだ」
「それが戦乱の世でございましょう。誰かが、力で終わらせねばなりませぬ」
 終わらせたのが、ここアマノホカリにおいては宇羅一族であった。時代の動き方次第では、八木原玄道であったのかも知れない、という事か。
 楽の音が、聞こえた。
 リュエルが弦を爪弾き、鎮魂の曲を奏でている。鎮魂の音色にしては若干、勇壮に過ぎるか、とウェルスは感じた。
「アマノホカリの、千国時代ってのは……」
 奏でながら、リュエルは試行錯誤そして作曲の真っ最中であるようだった。
「……人が沢山死んだ、悲惨な時代だってのは、もちろんわかってる。だけど……くそっ。何か、ワクワクするもんが止められねえ。曲に出ちまう……」
「わかる。戦乱の時代というものは、人の心を否応なく惹き付けてしまう」
 テオドールに続いて、ウェルスは言った。
「それはな、もうどうしようもねえんだよ。無理に止める事もない、出しちまいな」
「戦乱の世において……」
 苫三が、空を見た。
「……私は、死に損ねてしまいました……」
「ダメよ、おじいさん。そんな事を考えたら」
 ハルが、苫三の肩をポンと叩く。
「死に損なったんじゃなく、生き残ったのよ。生きて、やるべき事があるから、だと思うわ。それを決めるのは……苫三おじいさん御本人じゃなく、アクアディーネ様や他の神様でもない。何か、そう思えるのよね」
「神々をも超えた……運命、か」
 テオドールの口調が、重い。
「戦乱の世が本当に終わり、神の蠱毒が望ましい形で終了したならば……我々オラクルは、一体どうなってしまうのだろうな」
「戦いが終われば用無し、か」
 ウェルスは苦笑した。
 戦いが終わった後の計画が、一応あるにはある。
 だが、とウェルスは思う。
「……俺なんかは、1歩間違えりゃ死の商人だ。戦いがなきゃ干上がっちまう」
「私の呪術も、戦闘と殺傷以外には用を為さぬ……」
 自身の両手を、テオドールは見つめた。
「平和を謳いながら、戦い、殺し、滅ぼす……戦乱をなし覇道を歩み続けた大名たちと、我々は果たして何かが違うのだろうか」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済