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戦乱の魁

●
宇羅の軍勢が、城を取り囲んでいる。
威圧感が、天守閣の外壁をギシギシと押してくる。
それを具足の上から体感しつつ、八木原玄道は酒盃の中身を呷った。
「終わり……か。千国の世も」
豪勇無双の千国大名として、それなりには名を馳せてきた。
それでも、時代の流れには逆らえない。
思いかけ、玄道は苦笑した。
「時代のせいにするようでは、いかんな……わしは、八木原家は……宇羅に敗れたのだ。あの鬼どもに……」
苦笑の形に歪む口元で、ぎりぎりと歯が剥き出しになる。
「ここアマノホカリは……鬼どもの統べる国と、なるのか……」
「まだでございますぞ、殿」
家臣たちが、口調に熱を込める。眼光を燃やす。
「我らが、人の力を示すのです。人の魂を示すのです」
「1匹でも多くの鬼を、討ち果たしましょうぞ!」
とうの昔に、逃げる者は逃げた。宇羅に降る者は降った。
今この城に残っているのは、命捨てたる者のみである。
「……一時の勝利を、宇羅にくれてやろうぞ」
玄道は告げた。
「だが! 鬼が人を統べる国など長くは続かぬ。続かせぬ! 人が必ずや鬼どもを退ける! 我ら、その先駆けとなろうぞ!」
家臣たちが、兵たちが、獰猛に唱和した。
獣じみた歓声が響き渡る中、1人の青年が玄道の傍らで、いささか肩身狭そうにしている。
「……今からでも遅くあるまい。宇羅に降れ、苫三」
玄道は声をかけた。
「今までよく戦ってくれたが……そなた、武士ではないのだ」
「……流れ者の私を拾って下さった恩、まだ返しておりませぬ」
苫三が平伏した。
「最後まで……殿を、お守りいたします。私が勝手に行う事でございます」
「そなたの国の神は、そうして無駄に命を捨てる事を許しておるのか?」
流れ者。
この苫三という男は、まさしく海を流れて来た。半死半生の体で、八木原領内の海岸に打ち上げられていたのだ。
妖術、としか言いようのない力を使えるので、八木原の戦力として玄道は側に置いていた。
「何と言ったかな、そなたの国の神……あくあ様、であったか」
「アクアディーネ様のお教えを、この国に根付かせる。それが私の使命でございました」
「使命を果たさず、ここで死ぬるか」
「……逃げる者に、使命を果たす資格などありませぬ」
「好きにせよ」
領内で、苫三は何やら布教のような事をしていたようである。この男の妖術は戦場においてなかなか有用なので、玄道はそれを許していた。
「戦のない世を作る。それが、あくあ様とやらの教えであったな」
「絵空事でございましょう。宇羅が天下を統べたとて、戦乱が終わるとは思えませぬ」
苫三は言った。
「ですが、私は……」
「戦のない世か。ふん、来れば良いな、そのようなもの」
言いつつ、玄道は思う。無理であろう、と。
人は、鬼を受け容れない。人は、人をも受け容れない。
これはもう、神頼みの心構えでどうにかなるものではないのだ。
●
私の本名「トマーゾ」が、この国では「苫三」となった。
流れ者の妖術使い苫三は、領主・八木原玄道の庇護を受けて生きながらえ、結局はあの戦いでも死に損ねた。
玄道は壮絶な討ち死にを遂げ、私は捕らえられた。大恩ある殿を、守る事が出来なかったのだ。
敵の総大将・宇羅明炉の面前に、私は引き立てられた。
被差別民であったオニヒトを、千国の覇者に育て上げた宇羅一族の棟梁が、一代の英傑であるのは間違いない。
この人物に殺されるのであれば、良い。そう私は、覚悟を決めた。
私は殺されず、放免された。宇羅明炉の、恐らくは気まぐれであろう。
八木原の居城・高津城は、あの戦で焼け落ちたまま放置され、今は石垣しか残っていない。現在この地を治める宇羅の譜代大名は、領内の別の場所に城を建て、そこで政治を行っている。
八木原家の祟りを畏れての事、と言われている。
石垣しか残らぬ高津城周辺の原野。
かつての戦場跡に、私は佇んでいる。
あれから数十年。私も、今や老人である。ここアマノホカリの地に、このまま骨を埋める事になるだろう。
この数十年、私はアクアディーネ様の教義を語り続けた。
神の失われた地・アマノホカリには、神を求める人々が思いのほか多くいた。
彼ら彼女らを、私は「あくあ様」の信徒として教え導いた。あまりにも至らぬ教導者である私に皆、ついて来てくれた。
今は皆とある場所に、半ば隠れるようにして住んでいる。
その存在を、宇羅幕府は今のところ黙認してくれている。
だが我々を「邪宗門」と呼び、忌み嫌う人々は少なくない。あの神州ヤオヨロズと同一視される事もある。
そんな我々が目指すものは、ただ1つ。戦のない世。それだけだ。
「私は……未だ、絵空事に生きておりますよ。殿……」
この原野で戦死を遂げた主君に、私は語りかけていた。
信徒たちには黙って私は1人、この地を訪れた。
かつての主君に祈りを捧げる。それはこの苫三という愚かな老人の、私事に過ぎないからだ。皆には、もしかしたら心配をさせてしまっているかも知れない。
私は目を閉じ、アクアディーネ様の教義にある鎮魂の祈りを唱えた。
人は鬼を受け容れない。人は、人をも受け容れない。これはもう個人の心構えでどうにかなるものではないぞ苫三よ。
宇羅一族との和解を進言した私に、八木原玄道はそう言った。
この数十年、確かにそうであろう、としか思えぬ事ばかりであった。
宇羅幕府は、千国時代の終焉をもたらした。アマノホカリに、一応の平和は訪れた。
その宇羅幕府が、ヴィスマルク帝国と手を結んだ。
海の向こうの戦乱が、アマノホカリに及ぼうとしているのだ。
私は目を開いた。不穏な、空気の揺らぎを感じたのだ。
原野に、炎が生じていた。
いや、炎ではない。炎のような、禍々しい霊気の揺らめき。
それが、燃え盛りながら形を成しつつあった。
人の形。具足の形。刀槍・弓矢の形。
呆然と、私は呟いていた。
「…………殿……」
豪勇無双をうたわれた千国大名・八木原玄道は、この戦場で討ち死にを遂げた。屍は、真っ当な墓地に葬られている。
屍ではないものが、しかしこの古戦場に残ってしまったのだ。
それが今、イブリースと化した。還リビトと化した。マガツキと化した。
重々しい質量を感じさせるほどに凝集した霊気が、鎧武者の姿を形作っている。霊体の鎧武者。それが6体。
1体が、何かを叫んだ。他5体が、唱和した。
空気を伝わる音声、ではない。聴覚ではないもので、私は確かに聞き取っていた。
鬼が人を統べる国など長くは続かぬ。続かせぬ。人が必ずや鬼どもを退ける。我ら、その先駆けとなろうぞ。
「鬼の統べる世を……許せませぬか、殿」
八木原玄道は、紛れもなく名将にして名君であった。一方、オニヒトを蔑み憎む差別主義者であった事は間違いない。
その侮蔑・憎悪の念が、差別の心が、この世に残ってしまった。そして今、悪しきものと化し、殺戮を行おうとしている。鬼の統べる世に生きる人々を、殺し尽くさんとしている。
八木原玄道と、豪勇の家臣団。
計6名の鎧武者たちの眼前に、私は立った。
「亀の歩み、蝸牛の歩みでありましょうが……戦なき世に、我らは確かに近付いております。殿! 戦乱の世は、もはや終わりでございますぞ……」
宇羅の軍勢が、城を取り囲んでいる。
威圧感が、天守閣の外壁をギシギシと押してくる。
それを具足の上から体感しつつ、八木原玄道は酒盃の中身を呷った。
「終わり……か。千国の世も」
豪勇無双の千国大名として、それなりには名を馳せてきた。
それでも、時代の流れには逆らえない。
思いかけ、玄道は苦笑した。
「時代のせいにするようでは、いかんな……わしは、八木原家は……宇羅に敗れたのだ。あの鬼どもに……」
苦笑の形に歪む口元で、ぎりぎりと歯が剥き出しになる。
「ここアマノホカリは……鬼どもの統べる国と、なるのか……」
「まだでございますぞ、殿」
家臣たちが、口調に熱を込める。眼光を燃やす。
「我らが、人の力を示すのです。人の魂を示すのです」
「1匹でも多くの鬼を、討ち果たしましょうぞ!」
とうの昔に、逃げる者は逃げた。宇羅に降る者は降った。
今この城に残っているのは、命捨てたる者のみである。
「……一時の勝利を、宇羅にくれてやろうぞ」
玄道は告げた。
「だが! 鬼が人を統べる国など長くは続かぬ。続かせぬ! 人が必ずや鬼どもを退ける! 我ら、その先駆けとなろうぞ!」
家臣たちが、兵たちが、獰猛に唱和した。
獣じみた歓声が響き渡る中、1人の青年が玄道の傍らで、いささか肩身狭そうにしている。
「……今からでも遅くあるまい。宇羅に降れ、苫三」
玄道は声をかけた。
「今までよく戦ってくれたが……そなた、武士ではないのだ」
「……流れ者の私を拾って下さった恩、まだ返しておりませぬ」
苫三が平伏した。
「最後まで……殿を、お守りいたします。私が勝手に行う事でございます」
「そなたの国の神は、そうして無駄に命を捨てる事を許しておるのか?」
流れ者。
この苫三という男は、まさしく海を流れて来た。半死半生の体で、八木原領内の海岸に打ち上げられていたのだ。
妖術、としか言いようのない力を使えるので、八木原の戦力として玄道は側に置いていた。
「何と言ったかな、そなたの国の神……あくあ様、であったか」
「アクアディーネ様のお教えを、この国に根付かせる。それが私の使命でございました」
「使命を果たさず、ここで死ぬるか」
「……逃げる者に、使命を果たす資格などありませぬ」
「好きにせよ」
領内で、苫三は何やら布教のような事をしていたようである。この男の妖術は戦場においてなかなか有用なので、玄道はそれを許していた。
「戦のない世を作る。それが、あくあ様とやらの教えであったな」
「絵空事でございましょう。宇羅が天下を統べたとて、戦乱が終わるとは思えませぬ」
苫三は言った。
「ですが、私は……」
「戦のない世か。ふん、来れば良いな、そのようなもの」
言いつつ、玄道は思う。無理であろう、と。
人は、鬼を受け容れない。人は、人をも受け容れない。
これはもう、神頼みの心構えでどうにかなるものではないのだ。
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私の本名「トマーゾ」が、この国では「苫三」となった。
流れ者の妖術使い苫三は、領主・八木原玄道の庇護を受けて生きながらえ、結局はあの戦いでも死に損ねた。
玄道は壮絶な討ち死にを遂げ、私は捕らえられた。大恩ある殿を、守る事が出来なかったのだ。
敵の総大将・宇羅明炉の面前に、私は引き立てられた。
被差別民であったオニヒトを、千国の覇者に育て上げた宇羅一族の棟梁が、一代の英傑であるのは間違いない。
この人物に殺されるのであれば、良い。そう私は、覚悟を決めた。
私は殺されず、放免された。宇羅明炉の、恐らくは気まぐれであろう。
八木原の居城・高津城は、あの戦で焼け落ちたまま放置され、今は石垣しか残っていない。現在この地を治める宇羅の譜代大名は、領内の別の場所に城を建て、そこで政治を行っている。
八木原家の祟りを畏れての事、と言われている。
石垣しか残らぬ高津城周辺の原野。
かつての戦場跡に、私は佇んでいる。
あれから数十年。私も、今や老人である。ここアマノホカリの地に、このまま骨を埋める事になるだろう。
この数十年、私はアクアディーネ様の教義を語り続けた。
神の失われた地・アマノホカリには、神を求める人々が思いのほか多くいた。
彼ら彼女らを、私は「あくあ様」の信徒として教え導いた。あまりにも至らぬ教導者である私に皆、ついて来てくれた。
今は皆とある場所に、半ば隠れるようにして住んでいる。
その存在を、宇羅幕府は今のところ黙認してくれている。
だが我々を「邪宗門」と呼び、忌み嫌う人々は少なくない。あの神州ヤオヨロズと同一視される事もある。
そんな我々が目指すものは、ただ1つ。戦のない世。それだけだ。
「私は……未だ、絵空事に生きておりますよ。殿……」
この原野で戦死を遂げた主君に、私は語りかけていた。
信徒たちには黙って私は1人、この地を訪れた。
かつての主君に祈りを捧げる。それはこの苫三という愚かな老人の、私事に過ぎないからだ。皆には、もしかしたら心配をさせてしまっているかも知れない。
私は目を閉じ、アクアディーネ様の教義にある鎮魂の祈りを唱えた。
人は鬼を受け容れない。人は、人をも受け容れない。これはもう個人の心構えでどうにかなるものではないぞ苫三よ。
宇羅一族との和解を進言した私に、八木原玄道はそう言った。
この数十年、確かにそうであろう、としか思えぬ事ばかりであった。
宇羅幕府は、千国時代の終焉をもたらした。アマノホカリに、一応の平和は訪れた。
その宇羅幕府が、ヴィスマルク帝国と手を結んだ。
海の向こうの戦乱が、アマノホカリに及ぼうとしているのだ。
私は目を開いた。不穏な、空気の揺らぎを感じたのだ。
原野に、炎が生じていた。
いや、炎ではない。炎のような、禍々しい霊気の揺らめき。
それが、燃え盛りながら形を成しつつあった。
人の形。具足の形。刀槍・弓矢の形。
呆然と、私は呟いていた。
「…………殿……」
豪勇無双をうたわれた千国大名・八木原玄道は、この戦場で討ち死にを遂げた。屍は、真っ当な墓地に葬られている。
屍ではないものが、しかしこの古戦場に残ってしまったのだ。
それが今、イブリースと化した。還リビトと化した。マガツキと化した。
重々しい質量を感じさせるほどに凝集した霊気が、鎧武者の姿を形作っている。霊体の鎧武者。それが6体。
1体が、何かを叫んだ。他5体が、唱和した。
空気を伝わる音声、ではない。聴覚ではないもので、私は確かに聞き取っていた。
鬼が人を統べる国など長くは続かぬ。続かせぬ。人が必ずや鬼どもを退ける。我ら、その先駆けとなろうぞ。
「鬼の統べる世を……許せませぬか、殿」
八木原玄道は、紛れもなく名将にして名君であった。一方、オニヒトを蔑み憎む差別主義者であった事は間違いない。
その侮蔑・憎悪の念が、差別の心が、この世に残ってしまった。そして今、悪しきものと化し、殺戮を行おうとしている。鬼の統べる世に生きる人々を、殺し尽くさんとしている。
八木原玄道と、豪勇の家臣団。
計6名の鎧武者たちの眼前に、私は立った。
「亀の歩み、蝸牛の歩みでありましょうが……戦なき世に、我らは確かに近付いております。殿! 戦乱の世は、もはや終わりでございますぞ……」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.還リビト(6体)の撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
アマノホカリのとある古戦場に、イブリース化した千国大名の亡霊が出現しました。これを討滅して下さい。
敵の内訳は以下の通り。
●八木原玄道(前衛中央)
豪勇無双をうたわれた千国大名。攻撃手段は、槍を用いての白兵戦(魔近、単または単貫通2または範。全てBSカース2及びシール1)。
●槍武者(2体、前衛左右)
攻撃手段は、槍を用いての白兵戦(魔近、単または単貫通2または範。全てBSカース1)。
●弓武者(3体、後衛)
攻撃手段は弓矢の射撃(魔遠、単または範。BSカース1)。
これら全ての攻撃、オニヒトの方に対してのみダメージ量が2割増しになります。
時間帯は昼、場所は原野。
現場にはアマノホカリ在住のイ・ラプセル人トマーゾ・ランチェルフ(男、67歳、魔導士スタイル。『緋文字LV3』『ユピテルゲイヂLV2』『アステリズムLV1』を使用)がいて還リビト6体と戦っていますが、皆様の到着時には若干のダメージ及びカース2を受けております。
治療を施した上、戦わせる事は可能ですが、体力が0になれば死亡します。皆様の指示には従ってくれるでしょう。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
アマノホカリのとある古戦場に、イブリース化した千国大名の亡霊が出現しました。これを討滅して下さい。
敵の内訳は以下の通り。
●八木原玄道(前衛中央)
豪勇無双をうたわれた千国大名。攻撃手段は、槍を用いての白兵戦(魔近、単または単貫通2または範。全てBSカース2及びシール1)。
●槍武者(2体、前衛左右)
攻撃手段は、槍を用いての白兵戦(魔近、単または単貫通2または範。全てBSカース1)。
●弓武者(3体、後衛)
攻撃手段は弓矢の射撃(魔遠、単または範。BSカース1)。
これら全ての攻撃、オニヒトの方に対してのみダメージ量が2割増しになります。
時間帯は昼、場所は原野。
現場にはアマノホカリ在住のイ・ラプセル人トマーゾ・ランチェルフ(男、67歳、魔導士スタイル。『緋文字LV3』『ユピテルゲイヂLV2』『アステリズムLV1』を使用)がいて還リビト6体と戦っていますが、皆様の到着時には若干のダメージ及びカース2を受けております。
治療を施した上、戦わせる事は可能ですが、体力が0になれば死亡します。皆様の指示には従ってくれるでしょう。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年09月18日
2020年09月18日
†メイン参加者 6人†
●
戦の無い世が来れば良い、と言いながら自身は戦を止められない。
それが千国大名というもの、だったのであろうと天哉熾ハル(CL3000678)は思う。
本気で「戦の無い世」を作り上げるには、そのような者たちを力で滅ぼすしかなかった。
それをやり遂げた宇羅明炉が、一代の英傑である事に疑う余地はない。
問題は彼の後継者たる2代目将軍・宇羅嶽丸である。
異国と手を結び、海の向こうの戦乱をアマノホカリに引き入れようとしている。
「それが本当に……暇だから、なんて理由だとしたらオニヒトの恥晒し。アタシは、許さないわよ」
ハルは倭刀を抜き構えた。
滅びたはずの千国大名が、目の前にいて殺戮を実行せんとしている。
霊体で組成された、6名の鎧武者。
単身それらと対峙している老人が、片膝をついたまま、こちらを見た。
「……あなた方は……イ・ラプセルの、方々か……?」
「その通り。積もる話も無しで悪いが先輩、さっそく手を貸してもらうぜ」
まだ自由騎士団が無かった頃から戦い続けてきた老オラクルに、『ラスボス(HP50)』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)がキラキラと光を投げかける。解呪の光。
「これで動けるようになったろう。俺と一緒に、後衛からの支援を頼むぜ」
「前衛は、任せてね」
老人……苫三を背後に庇う格好でハルは立った。『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)と『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)が、同じく前衛に立った。
鎧武者6名の中央に立つ千国大名が、猛々しく禍々しく槍を構える。霊体の兜・面頬の中で、鬼火そのものの眼光が燃える。
まっすぐ見返しながら、『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が名乗りを上げた。
「八木原玄道殿、であられるか。我が名はテオドール・ベルヴァルド」
槍に対し、黒き杖を掲げ構えている。
「同じく民を守る立場にある者として……貴卿の行い、看過は出来ぬ。禍を振り撒く前に、消えていただく」
言葉と共に、テオドールは呪力の錬成に入っていた。その隣では『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、赤い液体の入った魔導器を掲げている。液体越しに、敵の力を見定めているようでもある。
そんな暇を、与えてくれる相手ではなかった。ひときわ豪壮な霊体甲冑が、猛然と槍を振りかざし、踏み込んで来る。
迎え撃ったのは、エルシーとリュエルである。
「誇りある死を遂げた、と聞きます。八木原玄道殿」
エルシーは、両手の鋭利な五指を獣の牙に変えた。リュエルは、細身の剣を抜き放った。
「その誇り、魂の尊厳、どうか取り戻して下さい……行きますよリュエルさん、空元気でも擬音だけは景気良く!」
「おうよ、ズバァアアン! ってなあ」
エルシーの両手が猛獣の顎門となって八木原玄道の甲冑に食らい付き、気の奔流を迸らせる。
獣王の咆哮、そのものの気の爆撃が、玄道の身体を硬直させた。
そこを、閃光が直撃する。リュエルの剣だった。
「戦は終わった……あんたの望んだ結果じゃないにしても、だ。戦は終わったんだよ殿様!」
自身に加速術式を施しながらリュエルは、星を穿つかと思えるほどの一撃を繰り出していた。
可視光線の如く閃いた細身の刃が、超高速で玄道を貫き裂く。
「……だから、もう眠ってくれ」
霊体で出来た豪壮な甲冑姿が、硬直・痙攣し、動かなくなった。
エルシーの攻撃による麻痺か、リュエルの一撃による衝撃か。見ただけでは判然としないが、少なくともどちらか片方は効いた。
その時にはしかし他5体の霊体鎧武者が、主君を守るべく動いていた。2体が槍を振るい、3体が弓を引く。
素早い。戦乱の世で闘争と殺戮に手慣れてきた者の動きだ、とハルは感じた。
霊体の穂先が、霊体の矢が、自由騎士たちに物理的な殺傷力を叩き付けて来る。
「くっ……!」
ハルは血飛沫を散らせ、後方によろめいた。
霊体の穂先は、憎悪の念の塊でもあった。憎しみが、オニヒトの女剣士の身体を切り裂き、生命力を奪ってゆく。
ハルは、片膝をついていた。
奪われた生命力の代わりに、憎しみと呪いの念を植え付けられていた。オニヒトに対する、凄まじい憎悪と呪怨。
「……そう……アンタたち、そんなに……オニヒトが、嫌い……?」
オニヒトという種族に対する、憎しみに等しいほどの差別感情。
宇羅一族と最後まで敵対した千国大名ならば、持っていて当然ではある。
「オニヒトの……下に立つのが嫌だから、最後まで戦い続けた……人死にも、顧みずに……」
ハルは牙を剥き、呻いた。
「そんな奴に、天下を取られていたら……ふん、間違いなく今より酷い事になってたでしょうね……」
「……身勝手な、無念の感情……これはこれで、興味深い……」
憎しみの念で組成された矢が何本も、マグノリアの細身に突き刺さっている。
同じく呪いの矢で射貫かれたテオドールと、苦しげに肩を貸し合いながら、マグノリアは血を吐き微笑んだ。
「……僕が、もらうよ。向こう側に、渡すわけにはいかない……」
「無理はするなよ、御老体」
ウェルスが言った。
リュエルが、ハルと同じく呪怨の槍を食らい、倒れている。助け起こそうとして、エルシーも立ち上がれずにいる。
ウェルス1人が、自力で立っていた。
獣毛をまとう巨体に、呪怨の矢が何本も突き刺さってはいる。
呪いも、怨みも、しかしウェルスには全く影響を及ぼしていないようであった。
星の煌めきを、ハルは見た。
それはウェルスの巨体を包む、護りの結界の輝きだった。
「このような……」
苫三が、ウェルスに向かって片手をかざしている。
「……事しか、出来ませぬが…………」
「充分過ぎる、助かったぜ先輩!」
ウェルスが叫び、空に向かって魔導銃をぶっ放した。
光が、降って来た。
先程ウェルスが苫三に投げかけたものとほぼ同質の、解呪の光であった。
それが自由騎士全員の身体に降り注ぎ、憎しみの呪いを粉砕する。
「……効いたぜ畜生。あんたら、眠るのがそんなに嫌か」
呪いから解放されたリュエルが、よろりと立ち上がる。
「それでもな、オレはあんたらを眠らせなきゃならねえ」
「……聞き分けない赤ちゃんを寝かし付けるのと、同じ。かしらね」
ハルも立ち上がり、倭刀を構え直した。
「……撤回。こんな可愛くない赤ちゃん、いないわ」
「子守歌は苦手だぜ」
リュエルも、細身の剣をヒュンッと揺らめかせる。
「……戦乱の世の中、最後まで戦い抜いた殿様の英雄物語ならなぁ、後でいくらでも唄うから! 眠れよサムライたち!」
「待ちたまえリュエル、まずは治療を」
呪縛を解かれたマグノリアが、魔導器を掲げた。その中身の液体が溢れ出し降り注いで来た、ように一瞬ハルは感じた。
降り注いで来たのは、癒しの力であった。
呪怨の槍に切り裂かれて出来た傷が、ハルの身体から、エルシーとリュエルの身体からも、消え失せてゆく。傷口を拭い消すかのような魔導医療。
「戦乱の世を生き抜いて死せる者の魂……」
同じく解呪と治療を施されたテオドールが、呪力の錬成を終えた。
「貴卿らは……その成れの果て、か」
白く冷たく煌めくものが生じ、鎧武者6体に絡み付いてゆく。
氷の荊、であった。
それが玄道とその側近たちを、縛り上げながら切り裂いてゆく。
そこへ、ハルは斬り掛かった。
「アンタたちの嫌いなオニヒトの刃、喰らうがいいわ……」
イブリースの瘴気、に似たものを帯びた倭刀が一閃し、鎧武者たちを薙ぎ払った。
霊体の甲冑を切り裂いた刃が、その内側で禍々しく脈動する悪しき活力を吸引し、掠め取る。
奪われた生命力を、ハルは取り戻していた。
「どう? これが魔剣士の技。おサムライから見れば邪道もいいところ、よね」
ハルは微笑みかけた。
「この邪剣で……アンタたちの馬鹿げた魂、綺麗に消し去ってあげるわ」
●
天使の姿を、マグノリアは幻視した。
リュエルの背中から一瞬、翼が広がった、ように見えたのだ。飛翔の如き躍動から、斬撃が繰り出される。
細身の切っ先が、弧を描いた。その弧が天使の輪となって、玄道と側近を薙ぎ払う。
薙ぎ払われた鎧武者たちが、硬直する。リュエルが叫ぶ。
「今だぜテオドールさん、ひとつドッカァーン! と頼むわ」
「さあ、そこまで景気の良いものとなれば良いが……」
テオドールが右手で杖を掲げ、左手で呪術の印を切る。
星が生まれた、とマグノリアは感じた。
燃え盛る原初の惑星、を思わせる炎の嵐が、鎧武者6体を猛襲する。
うち5体が、加熱された氷雪の如く消滅してゆく。霊体なので灰も残らない。
その炎の中。八木原玄道ただ1人が、麻痺・衝撃・呪縛からの自力回復を遂げていた。
豪壮な甲冑姿が、全ての束縛を粉砕する勢いで踏み込んで来る。
一閃した槍が、エルシーの身体を貫通し、マグノリアの胸に突き刺さった。
その槍が、即座に引き抜かれる。
倒れ込んできたエルシーの背中を支えながら、マグノリアも尻餅をつき、血を吐いた。
そうしながら、死にかけたエルシーの身体に魔導治癒の力を流し込む。
「…………生きているかい、シスター……」
「……3回くらい、死んだ気分ですよ」
穿たれた臓物や肋骨がメキメキと修理されてゆく、その痛みを吐血もろとも噛み殺しながらエルシーは即座に踏み込んだ。まだ治療が完璧ではないが、玄道の方からも踏み込んで来ている。
槍をかわしながら、エルシーは体当たりで迎え撃った。
「確かにね、槍の冴えは見事なもの。だけど! 心技体のうち、技しか感じられませんねッ」
霊体で組成された甲冑姿が、吹っ飛んで倒れ、即座に起き上がる。
マグノリアも立ち上がり、よろめき、苫三に支えられていた。
「……あまり、ご無理をなさいませぬように」
老人に、気遣われた。
「貴方は私より、遥かに歳を召しておられる」
「わかるのだね……」
血の止まらぬ胸を、マグノリアは押さえた。
槍を振るおうとする玄道に、ハルが疾駆する狼の勢いで斬りかかって行く。
それを見つめながら、マグノリアは言った。
「苫三……トマーゾ・ランチェルフ。かつての主君に伝えたい事が、君にはあるのだろう? だけど言葉は恐らく届かない……僭越ながら、僕が届けたいと思うが」
玄道の槍が暴風のように唸り、ハルを、エルシーを、リュエルを、薙ぎ払い叩きのめしている。
「悪しき暴君……に、見えておりましょうな。貴方がたの目には」
苫三が呟く。
「八木原玄道は……確かに、仁愛の君主ではありませんでした。しかし……」
「……わかっていますよ、苫三さん」
エルシーがよろめき、踏みとどまり、拳を握る。
「憎悪に近い差別感情……生前の玄道殿には、それがあったのでしょうけど、それ以外の何かもあったはず……貴方が忠誠を尽くすに値する、素晴らしい何かが」
その拳が、閃光と化した、ように見えた。
「この緋色の拳で! 邪悪なる瘴気から、英雄・八木原玄道を解放します!」
閃光の拳が、玄道を直撃する。霊気の飛沫が、鮮血のように散った。
倒れかけた玄道が、槍にしがみついて転倒をこらえた。
残心をしつつ、エルシーが苦笑する。
「絶対解放、ぜつ☆かい! ……とは、いきませんか。まだ」
「長丁場になってるが、こっちはもう打ち止めだぜ……」
そんな事を言いながらウェルスが、味方全員に銃口を向けて掃射を実行する。
フルオートで射出された治療魔力が、マグノリアの身体にも撃ち込まれた。薄い胸板を穿つ傷口が、内側から無理やりに癒合させられてゆく。
ウェルスは、魔導医療用の銃を、攻撃用の魔導銃に持ち替えた。
「すまんが、魔力が回復するまで死なずにいてくれ!」
「……大丈夫。もう、そんなにはかからないと思うわ」
同じく銃撃による治療回復を施されたハルが、倭刀を水平に構える。その刃に気の力が満ちてゆくのを、マグノリアは見て取った。
気力を、魔力を、マグノリアも体内で練り上げていった。
ハルが、倭刀を鋭く振り下ろす。気の刃が、斬撃の弧となって発射され、玄道を直撃した。霊気の破片が散った。
「覇道の過程に過ぎぬ、としても……」
苫三が言う。
「八木原玄道は、この地の民を……確かに、守ってきたのです」
「語り継ぐ」
リュエルが続いて、疾風の如く踏み込んだ。
「オレが……絶対、語り継ぐよ!」
細身の刃が、鞭のように揺らぎながらしなって一閃し、豪壮な霊力の甲冑を切り裂いてゆく。
魔力を練り上げ、前衛に出るタイミングを計りながら、
「……受け取ったよ、苫三。君の想い」
マグノリアは言った。
「……届けよう、必ず」
●
テオドールが、白き呪いの短剣を己の首筋に当てた。
見えざる呪力の斬撃が、玄道を切り裂いた。霊気が、血飛沫のように噴出する。
とどめ、と見たのであろう。マグノリアが、たおやかな身体で猛然と踏み込んで行く。
「八木原玄道という偉大な人物を、世の人々にはどうか忘れないで欲しい……それが苫三の願いだ。君に、伝えておこう」
細い五指と掌が、玄道に叩き込まれた。
その手から魔力の嵐が迸り、豪壮な甲冑姿を粉砕してゆく。
「僕からも1つ……八木原玄道、君は確かに偉大な君主だったのだろうが、もはや過去の存在だ。未来に進む事は、出来ない」
霊体の甲冑も、その内部を満たし渦巻いていた禍々しいものも、崩れ砕けて散り消えてゆく。
マグノリアが力尽き、膝を折った。
「……生きて、未来へと歩み続ける者の心を……どうか、支えて欲しい……」
倒れかけたマグノリアを、エルシーが抱き支えた。
「かなり良かったですよマグノリアさん。狙い通り、決められるようになってきたじゃないですか」
「……褒めて、乗せて、無茶をさせる……それが君のやり口だと最近、わかってきたよ」
そんな会話の近くで苫三が、アクア神殿式の祈りを捧げている。2度目の最期を迎えた、主君に対してだ。
ウェルスも、見送るような気持ちで空を見上げた。
「……化け物だな、千国大名ってのは」
暴君であり名君。八木原玄道は、そのような人物であったのだろう。
「そんな連中を軒並み倒して、まがりなりにも戦乱の時代を終わらせた……宇羅明炉ってのは一体、どんな怪物なんだ。もう死んじまってるのか隠居してるだけなのか、定かじゃないんだが」
「健在ならば」
テオドールが言った。
「……この情勢だ。いずれ動きを見せる、かも知れん」
「会う機会もある、か」
ウェルスは片手を顎に当て、ニヤリと牙を見せた。
「一筋縄じゃいかん相手だろうが……上手くすりゃ、いい商売が出来るかもな」
「2代目の嶽丸ってのは本当ロクデナシだけど、ね」
言いつつハルが、苫三の方を見る。
エルシーが、苫三と並んで祈りを捧げている。
苫三が、やがてこちらを向き、頭を下げた。
「……ありがとうございます。皆様には、何と御礼を」
「いや、こちらも助かったぜ」
ウェルスは言った。
「今はな、俺たちみたいなのが割とお手軽にアマノホカリまで来られるんだ。聖霊門ってやつでな」
「……よもや、シャンバラの?」
「そうだ。イ・ラプセルから来た奴がいたら、可能な限り力になってやって欲しい、とは思う」
一瞬、躊躇った後、ウェルスは言葉を続けた。
「……知ってるかな、シャンバラは滅びた。ヘルメリアもな……俺たち自由騎士団が、滅ぼしたようなもんだ」
「それが戦乱の世でございましょう。誰かが、力で終わらせねばなりませぬ」
終わらせたのが、ここアマノホカリにおいては宇羅一族であった。時代の動き方次第では、八木原玄道であったのかも知れない、という事か。
楽の音が、聞こえた。
リュエルが弦を爪弾き、鎮魂の曲を奏でている。鎮魂の音色にしては若干、勇壮に過ぎるか、とウェルスは感じた。
「アマノホカリの、千国時代ってのは……」
奏でながら、リュエルは試行錯誤そして作曲の真っ最中であるようだった。
「……人が沢山死んだ、悲惨な時代だってのは、もちろんわかってる。だけど……くそっ。何か、ワクワクするもんが止められねえ。曲に出ちまう……」
「わかる。戦乱の時代というものは、人の心を否応なく惹き付けてしまう」
テオドールに続いて、ウェルスは言った。
「それはな、もうどうしようもねえんだよ。無理に止める事もない、出しちまいな」
「戦乱の世において……」
苫三が、空を見た。
「……私は、死に損ねてしまいました……」
「ダメよ、おじいさん。そんな事を考えたら」
ハルが、苫三の肩をポンと叩く。
「死に損なったんじゃなく、生き残ったのよ。生きて、やるべき事があるから、だと思うわ。それを決めるのは……苫三おじいさん御本人じゃなく、アクアディーネ様や他の神様でもない。何か、そう思えるのよね」
「神々をも超えた……運命、か」
テオドールの口調が、重い。
「戦乱の世が本当に終わり、神の蠱毒が望ましい形で終了したならば……我々オラクルは、一体どうなってしまうのだろうな」
「戦いが終われば用無し、か」
ウェルスは苦笑した。
戦いが終わった後の計画が、一応あるにはある。
だが、とウェルスは思う。
「……俺なんかは、1歩間違えりゃ死の商人だ。戦いがなきゃ干上がっちまう」
「私の呪術も、戦闘と殺傷以外には用を為さぬ……」
自身の両手を、テオドールは見つめた。
「平和を謳いながら、戦い、殺し、滅ぼす……戦乱をなし覇道を歩み続けた大名たちと、我々は果たして何かが違うのだろうか」
戦の無い世が来れば良い、と言いながら自身は戦を止められない。
それが千国大名というもの、だったのであろうと天哉熾ハル(CL3000678)は思う。
本気で「戦の無い世」を作り上げるには、そのような者たちを力で滅ぼすしかなかった。
それをやり遂げた宇羅明炉が、一代の英傑である事に疑う余地はない。
問題は彼の後継者たる2代目将軍・宇羅嶽丸である。
異国と手を結び、海の向こうの戦乱をアマノホカリに引き入れようとしている。
「それが本当に……暇だから、なんて理由だとしたらオニヒトの恥晒し。アタシは、許さないわよ」
ハルは倭刀を抜き構えた。
滅びたはずの千国大名が、目の前にいて殺戮を実行せんとしている。
霊体で組成された、6名の鎧武者。
単身それらと対峙している老人が、片膝をついたまま、こちらを見た。
「……あなた方は……イ・ラプセルの、方々か……?」
「その通り。積もる話も無しで悪いが先輩、さっそく手を貸してもらうぜ」
まだ自由騎士団が無かった頃から戦い続けてきた老オラクルに、『ラスボス(HP50)』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)がキラキラと光を投げかける。解呪の光。
「これで動けるようになったろう。俺と一緒に、後衛からの支援を頼むぜ」
「前衛は、任せてね」
老人……苫三を背後に庇う格好でハルは立った。『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)と『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)が、同じく前衛に立った。
鎧武者6名の中央に立つ千国大名が、猛々しく禍々しく槍を構える。霊体の兜・面頬の中で、鬼火そのものの眼光が燃える。
まっすぐ見返しながら、『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が名乗りを上げた。
「八木原玄道殿、であられるか。我が名はテオドール・ベルヴァルド」
槍に対し、黒き杖を掲げ構えている。
「同じく民を守る立場にある者として……貴卿の行い、看過は出来ぬ。禍を振り撒く前に、消えていただく」
言葉と共に、テオドールは呪力の錬成に入っていた。その隣では『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、赤い液体の入った魔導器を掲げている。液体越しに、敵の力を見定めているようでもある。
そんな暇を、与えてくれる相手ではなかった。ひときわ豪壮な霊体甲冑が、猛然と槍を振りかざし、踏み込んで来る。
迎え撃ったのは、エルシーとリュエルである。
「誇りある死を遂げた、と聞きます。八木原玄道殿」
エルシーは、両手の鋭利な五指を獣の牙に変えた。リュエルは、細身の剣を抜き放った。
「その誇り、魂の尊厳、どうか取り戻して下さい……行きますよリュエルさん、空元気でも擬音だけは景気良く!」
「おうよ、ズバァアアン! ってなあ」
エルシーの両手が猛獣の顎門となって八木原玄道の甲冑に食らい付き、気の奔流を迸らせる。
獣王の咆哮、そのものの気の爆撃が、玄道の身体を硬直させた。
そこを、閃光が直撃する。リュエルの剣だった。
「戦は終わった……あんたの望んだ結果じゃないにしても、だ。戦は終わったんだよ殿様!」
自身に加速術式を施しながらリュエルは、星を穿つかと思えるほどの一撃を繰り出していた。
可視光線の如く閃いた細身の刃が、超高速で玄道を貫き裂く。
「……だから、もう眠ってくれ」
霊体で出来た豪壮な甲冑姿が、硬直・痙攣し、動かなくなった。
エルシーの攻撃による麻痺か、リュエルの一撃による衝撃か。見ただけでは判然としないが、少なくともどちらか片方は効いた。
その時にはしかし他5体の霊体鎧武者が、主君を守るべく動いていた。2体が槍を振るい、3体が弓を引く。
素早い。戦乱の世で闘争と殺戮に手慣れてきた者の動きだ、とハルは感じた。
霊体の穂先が、霊体の矢が、自由騎士たちに物理的な殺傷力を叩き付けて来る。
「くっ……!」
ハルは血飛沫を散らせ、後方によろめいた。
霊体の穂先は、憎悪の念の塊でもあった。憎しみが、オニヒトの女剣士の身体を切り裂き、生命力を奪ってゆく。
ハルは、片膝をついていた。
奪われた生命力の代わりに、憎しみと呪いの念を植え付けられていた。オニヒトに対する、凄まじい憎悪と呪怨。
「……そう……アンタたち、そんなに……オニヒトが、嫌い……?」
オニヒトという種族に対する、憎しみに等しいほどの差別感情。
宇羅一族と最後まで敵対した千国大名ならば、持っていて当然ではある。
「オニヒトの……下に立つのが嫌だから、最後まで戦い続けた……人死にも、顧みずに……」
ハルは牙を剥き、呻いた。
「そんな奴に、天下を取られていたら……ふん、間違いなく今より酷い事になってたでしょうね……」
「……身勝手な、無念の感情……これはこれで、興味深い……」
憎しみの念で組成された矢が何本も、マグノリアの細身に突き刺さっている。
同じく呪いの矢で射貫かれたテオドールと、苦しげに肩を貸し合いながら、マグノリアは血を吐き微笑んだ。
「……僕が、もらうよ。向こう側に、渡すわけにはいかない……」
「無理はするなよ、御老体」
ウェルスが言った。
リュエルが、ハルと同じく呪怨の槍を食らい、倒れている。助け起こそうとして、エルシーも立ち上がれずにいる。
ウェルス1人が、自力で立っていた。
獣毛をまとう巨体に、呪怨の矢が何本も突き刺さってはいる。
呪いも、怨みも、しかしウェルスには全く影響を及ぼしていないようであった。
星の煌めきを、ハルは見た。
それはウェルスの巨体を包む、護りの結界の輝きだった。
「このような……」
苫三が、ウェルスに向かって片手をかざしている。
「……事しか、出来ませぬが…………」
「充分過ぎる、助かったぜ先輩!」
ウェルスが叫び、空に向かって魔導銃をぶっ放した。
光が、降って来た。
先程ウェルスが苫三に投げかけたものとほぼ同質の、解呪の光であった。
それが自由騎士全員の身体に降り注ぎ、憎しみの呪いを粉砕する。
「……効いたぜ畜生。あんたら、眠るのがそんなに嫌か」
呪いから解放されたリュエルが、よろりと立ち上がる。
「それでもな、オレはあんたらを眠らせなきゃならねえ」
「……聞き分けない赤ちゃんを寝かし付けるのと、同じ。かしらね」
ハルも立ち上がり、倭刀を構え直した。
「……撤回。こんな可愛くない赤ちゃん、いないわ」
「子守歌は苦手だぜ」
リュエルも、細身の剣をヒュンッと揺らめかせる。
「……戦乱の世の中、最後まで戦い抜いた殿様の英雄物語ならなぁ、後でいくらでも唄うから! 眠れよサムライたち!」
「待ちたまえリュエル、まずは治療を」
呪縛を解かれたマグノリアが、魔導器を掲げた。その中身の液体が溢れ出し降り注いで来た、ように一瞬ハルは感じた。
降り注いで来たのは、癒しの力であった。
呪怨の槍に切り裂かれて出来た傷が、ハルの身体から、エルシーとリュエルの身体からも、消え失せてゆく。傷口を拭い消すかのような魔導医療。
「戦乱の世を生き抜いて死せる者の魂……」
同じく解呪と治療を施されたテオドールが、呪力の錬成を終えた。
「貴卿らは……その成れの果て、か」
白く冷たく煌めくものが生じ、鎧武者6体に絡み付いてゆく。
氷の荊、であった。
それが玄道とその側近たちを、縛り上げながら切り裂いてゆく。
そこへ、ハルは斬り掛かった。
「アンタたちの嫌いなオニヒトの刃、喰らうがいいわ……」
イブリースの瘴気、に似たものを帯びた倭刀が一閃し、鎧武者たちを薙ぎ払った。
霊体の甲冑を切り裂いた刃が、その内側で禍々しく脈動する悪しき活力を吸引し、掠め取る。
奪われた生命力を、ハルは取り戻していた。
「どう? これが魔剣士の技。おサムライから見れば邪道もいいところ、よね」
ハルは微笑みかけた。
「この邪剣で……アンタたちの馬鹿げた魂、綺麗に消し去ってあげるわ」
●
天使の姿を、マグノリアは幻視した。
リュエルの背中から一瞬、翼が広がった、ように見えたのだ。飛翔の如き躍動から、斬撃が繰り出される。
細身の切っ先が、弧を描いた。その弧が天使の輪となって、玄道と側近を薙ぎ払う。
薙ぎ払われた鎧武者たちが、硬直する。リュエルが叫ぶ。
「今だぜテオドールさん、ひとつドッカァーン! と頼むわ」
「さあ、そこまで景気の良いものとなれば良いが……」
テオドールが右手で杖を掲げ、左手で呪術の印を切る。
星が生まれた、とマグノリアは感じた。
燃え盛る原初の惑星、を思わせる炎の嵐が、鎧武者6体を猛襲する。
うち5体が、加熱された氷雪の如く消滅してゆく。霊体なので灰も残らない。
その炎の中。八木原玄道ただ1人が、麻痺・衝撃・呪縛からの自力回復を遂げていた。
豪壮な甲冑姿が、全ての束縛を粉砕する勢いで踏み込んで来る。
一閃した槍が、エルシーの身体を貫通し、マグノリアの胸に突き刺さった。
その槍が、即座に引き抜かれる。
倒れ込んできたエルシーの背中を支えながら、マグノリアも尻餅をつき、血を吐いた。
そうしながら、死にかけたエルシーの身体に魔導治癒の力を流し込む。
「…………生きているかい、シスター……」
「……3回くらい、死んだ気分ですよ」
穿たれた臓物や肋骨がメキメキと修理されてゆく、その痛みを吐血もろとも噛み殺しながらエルシーは即座に踏み込んだ。まだ治療が完璧ではないが、玄道の方からも踏み込んで来ている。
槍をかわしながら、エルシーは体当たりで迎え撃った。
「確かにね、槍の冴えは見事なもの。だけど! 心技体のうち、技しか感じられませんねッ」
霊体で組成された甲冑姿が、吹っ飛んで倒れ、即座に起き上がる。
マグノリアも立ち上がり、よろめき、苫三に支えられていた。
「……あまり、ご無理をなさいませぬように」
老人に、気遣われた。
「貴方は私より、遥かに歳を召しておられる」
「わかるのだね……」
血の止まらぬ胸を、マグノリアは押さえた。
槍を振るおうとする玄道に、ハルが疾駆する狼の勢いで斬りかかって行く。
それを見つめながら、マグノリアは言った。
「苫三……トマーゾ・ランチェルフ。かつての主君に伝えたい事が、君にはあるのだろう? だけど言葉は恐らく届かない……僭越ながら、僕が届けたいと思うが」
玄道の槍が暴風のように唸り、ハルを、エルシーを、リュエルを、薙ぎ払い叩きのめしている。
「悪しき暴君……に、見えておりましょうな。貴方がたの目には」
苫三が呟く。
「八木原玄道は……確かに、仁愛の君主ではありませんでした。しかし……」
「……わかっていますよ、苫三さん」
エルシーがよろめき、踏みとどまり、拳を握る。
「憎悪に近い差別感情……生前の玄道殿には、それがあったのでしょうけど、それ以外の何かもあったはず……貴方が忠誠を尽くすに値する、素晴らしい何かが」
その拳が、閃光と化した、ように見えた。
「この緋色の拳で! 邪悪なる瘴気から、英雄・八木原玄道を解放します!」
閃光の拳が、玄道を直撃する。霊気の飛沫が、鮮血のように散った。
倒れかけた玄道が、槍にしがみついて転倒をこらえた。
残心をしつつ、エルシーが苦笑する。
「絶対解放、ぜつ☆かい! ……とは、いきませんか。まだ」
「長丁場になってるが、こっちはもう打ち止めだぜ……」
そんな事を言いながらウェルスが、味方全員に銃口を向けて掃射を実行する。
フルオートで射出された治療魔力が、マグノリアの身体にも撃ち込まれた。薄い胸板を穿つ傷口が、内側から無理やりに癒合させられてゆく。
ウェルスは、魔導医療用の銃を、攻撃用の魔導銃に持ち替えた。
「すまんが、魔力が回復するまで死なずにいてくれ!」
「……大丈夫。もう、そんなにはかからないと思うわ」
同じく銃撃による治療回復を施されたハルが、倭刀を水平に構える。その刃に気の力が満ちてゆくのを、マグノリアは見て取った。
気力を、魔力を、マグノリアも体内で練り上げていった。
ハルが、倭刀を鋭く振り下ろす。気の刃が、斬撃の弧となって発射され、玄道を直撃した。霊気の破片が散った。
「覇道の過程に過ぎぬ、としても……」
苫三が言う。
「八木原玄道は、この地の民を……確かに、守ってきたのです」
「語り継ぐ」
リュエルが続いて、疾風の如く踏み込んだ。
「オレが……絶対、語り継ぐよ!」
細身の刃が、鞭のように揺らぎながらしなって一閃し、豪壮な霊力の甲冑を切り裂いてゆく。
魔力を練り上げ、前衛に出るタイミングを計りながら、
「……受け取ったよ、苫三。君の想い」
マグノリアは言った。
「……届けよう、必ず」
●
テオドールが、白き呪いの短剣を己の首筋に当てた。
見えざる呪力の斬撃が、玄道を切り裂いた。霊気が、血飛沫のように噴出する。
とどめ、と見たのであろう。マグノリアが、たおやかな身体で猛然と踏み込んで行く。
「八木原玄道という偉大な人物を、世の人々にはどうか忘れないで欲しい……それが苫三の願いだ。君に、伝えておこう」
細い五指と掌が、玄道に叩き込まれた。
その手から魔力の嵐が迸り、豪壮な甲冑姿を粉砕してゆく。
「僕からも1つ……八木原玄道、君は確かに偉大な君主だったのだろうが、もはや過去の存在だ。未来に進む事は、出来ない」
霊体の甲冑も、その内部を満たし渦巻いていた禍々しいものも、崩れ砕けて散り消えてゆく。
マグノリアが力尽き、膝を折った。
「……生きて、未来へと歩み続ける者の心を……どうか、支えて欲しい……」
倒れかけたマグノリアを、エルシーが抱き支えた。
「かなり良かったですよマグノリアさん。狙い通り、決められるようになってきたじゃないですか」
「……褒めて、乗せて、無茶をさせる……それが君のやり口だと最近、わかってきたよ」
そんな会話の近くで苫三が、アクア神殿式の祈りを捧げている。2度目の最期を迎えた、主君に対してだ。
ウェルスも、見送るような気持ちで空を見上げた。
「……化け物だな、千国大名ってのは」
暴君であり名君。八木原玄道は、そのような人物であったのだろう。
「そんな連中を軒並み倒して、まがりなりにも戦乱の時代を終わらせた……宇羅明炉ってのは一体、どんな怪物なんだ。もう死んじまってるのか隠居してるだけなのか、定かじゃないんだが」
「健在ならば」
テオドールが言った。
「……この情勢だ。いずれ動きを見せる、かも知れん」
「会う機会もある、か」
ウェルスは片手を顎に当て、ニヤリと牙を見せた。
「一筋縄じゃいかん相手だろうが……上手くすりゃ、いい商売が出来るかもな」
「2代目の嶽丸ってのは本当ロクデナシだけど、ね」
言いつつハルが、苫三の方を見る。
エルシーが、苫三と並んで祈りを捧げている。
苫三が、やがてこちらを向き、頭を下げた。
「……ありがとうございます。皆様には、何と御礼を」
「いや、こちらも助かったぜ」
ウェルスは言った。
「今はな、俺たちみたいなのが割とお手軽にアマノホカリまで来られるんだ。聖霊門ってやつでな」
「……よもや、シャンバラの?」
「そうだ。イ・ラプセルから来た奴がいたら、可能な限り力になってやって欲しい、とは思う」
一瞬、躊躇った後、ウェルスは言葉を続けた。
「……知ってるかな、シャンバラは滅びた。ヘルメリアもな……俺たち自由騎士団が、滅ぼしたようなもんだ」
「それが戦乱の世でございましょう。誰かが、力で終わらせねばなりませぬ」
終わらせたのが、ここアマノホカリにおいては宇羅一族であった。時代の動き方次第では、八木原玄道であったのかも知れない、という事か。
楽の音が、聞こえた。
リュエルが弦を爪弾き、鎮魂の曲を奏でている。鎮魂の音色にしては若干、勇壮に過ぎるか、とウェルスは感じた。
「アマノホカリの、千国時代ってのは……」
奏でながら、リュエルは試行錯誤そして作曲の真っ最中であるようだった。
「……人が沢山死んだ、悲惨な時代だってのは、もちろんわかってる。だけど……くそっ。何か、ワクワクするもんが止められねえ。曲に出ちまう……」
「わかる。戦乱の時代というものは、人の心を否応なく惹き付けてしまう」
テオドールに続いて、ウェルスは言った。
「それはな、もうどうしようもねえんだよ。無理に止める事もない、出しちまいな」
「戦乱の世において……」
苫三が、空を見た。
「……私は、死に損ねてしまいました……」
「ダメよ、おじいさん。そんな事を考えたら」
ハルが、苫三の肩をポンと叩く。
「死に損なったんじゃなく、生き残ったのよ。生きて、やるべき事があるから、だと思うわ。それを決めるのは……苫三おじいさん御本人じゃなく、アクアディーネ様や他の神様でもない。何か、そう思えるのよね」
「神々をも超えた……運命、か」
テオドールの口調が、重い。
「戦乱の世が本当に終わり、神の蠱毒が望ましい形で終了したならば……我々オラクルは、一体どうなってしまうのだろうな」
「戦いが終われば用無し、か」
ウェルスは苦笑した。
戦いが終わった後の計画が、一応あるにはある。
だが、とウェルスは思う。
「……俺なんかは、1歩間違えりゃ死の商人だ。戦いがなきゃ干上がっちまう」
「私の呪術も、戦闘と殺傷以外には用を為さぬ……」
自身の両手を、テオドールは見つめた。
「平和を謳いながら、戦い、殺し、滅ぼす……戦乱をなし覇道を歩み続けた大名たちと、我々は果たして何かが違うのだろうか」