MagiaSteam
冬に備えて。或いは、悪食空腹悪魔リス……。



●お食事騒動


山間の小さな村でのことだ。
数十メートル間隔で、まばらに点在する民家。
そのうちいくつから「なんだこれ!」と、そういった内容の悲鳴が木霊す。
時刻はある冬の日の昼下がり。農業が中心となる小さな村だ。この時期は暇をしている住人が多く、自然と昼食も各家庭ごとに取ることになる。
この日も、夏の間に作った自慢の野菜を中心とした昼食を、家族で囲んでいたのだが……。

真っ先に異変に気が付いたのは、村の子供の一人、ベルタという名の少女であった。
好物である人参のグラッセを握ったフォークで大きく口に頬張った。決して行儀が良いとは言えない食事風景。
けれど、満面の笑みで幸せそうにグラッセを食べるベルタの様を見ていると、両親もあまりきつく注意はできないでいた。
だが、この日は少々様子が異なった。
「味がしないの……」
今にも泣き出しそうな顔で、ベルタは一言そう呟いた。
普段ならわき目もふらずに完食するグラッセを、その日はひと口かじっただけで置いてしまったのだ。
「どうして? あなた、グラッセが好物なんじゃなかったの?」
そう問うたのは母親だった。
ベルタは目尻に涙を食べて「味がしないの。砂みたいなの」とそう言った。
「どういうことだ?」 
ベルタの言葉の意味が分からず、父親が首を傾げてフォークを手に取る。
それから、自分の皿からにんじんのグラッセを口に運んだ。
一度、二度と咀嚼をし、彼は驚きに目を見開く。
「なんだこれ!」
じゃりじゃりとした食感と、一切感じされない「味」。
甘さも辛さも、野菜特有の苦みも、何もかもが消えていた。

時を同じくして、村の民家の幾つかでも同じ現象が起きていた。


●階差演算室
「犯人はリスだよ!」
にんまりと、生意気そうな笑みを浮かべて『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)はそう告げた。
会議室に集まった自由騎士たちは、皆一様に頭のうえに「?」を浮かべる。
「正確には悪魔化したリスだね。村の近辺で、つい昨日、線路もないのに汽笛の音が聞こえたそうだよ。まず間違いなく幽霊列車(ゲシュペンスト)の影響だろうね」
幽霊列車(ゲシュペンスト)……。
それは大陸を縦横無尽に駆け回る、奇妙な列車の名前である。
列車と言っても、未だその姿をはっきりと確認したものはいないのだが……
幽霊列車が走った後には村や人の消失や、生物の悪魔(イブリース)化など奇妙な現象が起きると言う。
詳しいことは目下調査中ではある。
「今回皆にお願いするのは、リスの悪魔・ウーフの討伐だよ。ちなみにウーフっていうのは、古い言葉で妖精を指すよ」
物知りでしょう、とクラウディアは薄い胸を張る。
それから、彼女は一枚の写真を皆の前に提示した。
写真に写っていたのは、民家のうえに集う5匹のリスだ。
通常のリスより大きな体躯……およそ三十センチほどだろうか……と、木の葉のような緑の体毛。
その頬袋はパンパンに膨らんでいる。
「冬ごもりの準備という本来の修正に従って、ウーフは食べ物を溜め込んでいるの。村のどこかに、ウーフたちの巣があるみたい。正確に言うと、食べ物という概念だね」
再び、自由騎士たちの頭上に「?」が浮いた。
食べ物の概念と言われても、簡単には理解できないのだろう。
実際、クラウディア自身にもイマイチ理解できていない部分があるのは確かであった。
冷や汗を垂らしながら、視線を左右にきょろきょろさせて言葉を紡ぐ。
「えーと、何ていうか……味とか食感とかカロリーとか、そういうのだと思うよ」
味が消え、食感は砂のようになった食べ物からは本来の栄養価が失われてしまうようである。
「皆には夕食時に村に入って、ウーフの捜索と討伐を行ってもらうよ。今回は、民家の集中している区画を中心に行動してね」
簡単な村の地図が配られた。
およそ二十メートルおきに十五の民家が並んでいる。
ちょうど二重の円を描くような配置である。
円の中央と外側には畑があり、さらにその外側は森である。
「ウーフの数はぜんぶで5匹。食べ物の概念を盗むほどに頬袋が膨らんで、動きが鈍くなるみたい」
動きが鈍くなる、とクラウディアは言うが、とはいえしかし相手は野生の獣である。
樹を上り、屋根のうえを疾駆するげっ歯類だ。
よほどの速度か反射神経、勘の良さを備えていなければ捕獲は容易ではないだろう。
場合によっては、各個撃破よりも巣を捜索するほうが簡単かもしれない。
「巣の周辺以外では積極的に攻撃はしてこないみたい。攻撃には【トリプルアタック】や【スロウ2】が付与されるよ。それと、自身の速度を上げる技も使うみたい」
全体的に、速度と手数の多さで攻めてくる悪魔なのだろう。攻撃手段を持つことが、通常のリスとの大きな違いだ。
このままウーフを放置してしまえば、村中の食べ物が失われてしまう。
子供や老人の中には、厳しい冬を超えられなくなる者も出てくるだろう。
そのことを理解したのか、自由騎士たちの表情が目に見えて引き締まった。
満足そうに一同の顔を見渡して、クラウディアは一言「よし!」と告げる。
「美味しくご飯が食べられないのは、すっごくかわいそうだよね! きっちりウーフを退治して来なきゃ駄目だよ!」
どうやら彼女は、ウーフに対して強い怒りを覚えているようだ。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
病み月
■成功条件
1.ターゲットの討伐
●ターゲット
ウーフ(×5)
食物の味や食感、栄養などを奪うリスの悪魔(イブリース)。
通常のリスよりも大きな体躯と、緑色の体毛を持つ。
基本的には逃走を優先した行動をとるが、巣の周辺でのも攻撃的になるようだ。
[疾駆]魔遠貫【スロウ2】
一時的に加速し、対象の足元や横を擦り抜ける。
ダメージは少ないが、その動きを正しく捉えるには勘の良さや、特別な才能が必要となるだろう。
[激昂]攻近単【トリプルアタック】
巣の近くでのみ発動。
対象に対して、怒涛の勢いで喰らい付く。


●フィールド
とある山村。
村全体で農業を営んでいる。
今回は村の中心部を捜索。
15の民家が二重の円を描くように並んでいる。
円の中心と外側には畑。
畑のさらに外側は森である。
ウーフたちの行動範囲を考えるに、付近に巣があるようだ。

状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
8モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/8
公開日
2019年12月14日

†メイン参加者 5人†




西の空に日が沈み、村には橙色の光が注ぐ。
吹く風は冷たく、けれど各家庭の煙突から立ち昇る湯気は暖かく。
そして、野菜と塩と少しの肉の優しい香りが漂っていた。
そんなとある山間の小さな村の中心部、15の民家の一つに『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が訪れていた。
「はじめまして、自由騎士のエルシーと申します。イブリースの退治に参りました」
修道女然とした彼女の服装を見て、民家の主である老人は「おや?」と小さく首を傾げる。
「イブリース? 何のことだね?」
「実はですね……」
緑のリスを見た覚えは無いか?
エルシーは老人にそう訊ねた。夕食時に時間を取らせた償いのつもりか、老人の作りかけていた野菜スープを一緒になって煮込んでいる。
この日、この時。
村のあちこちで、似たような光景が……つまり自由騎士が夕食作りを手伝うという光景が目撃されたそうである。

同時刻、別の民家にて。
「では、少々騒がしくなるかもしれませんが、なるべく家から出ないでくださいね」
扉の前で一礼をして、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は踵を返す。白い軍服を纏った少女は、村人の目には少々奇異に映るのだろう。対応した若い女性は「え、えぇ」と困惑したように返事をしていた。
振り返ったセアラが視線を上げると、向かいの民家からはちょうど『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が出て来るところだった。
表情を見るに、有力な情報を得ることはできなかったのだろう。
「やはり誘き出すしか、巣を見つける方法はないか。しかし何故パスタなのだろう……?」
ちら、とツボミは視線を村の中央へ。
「なにか? どこでも美味しいパスタが食べられるのだから、良いではないですか」
そう言って頬笑む狐顔の女性『ヤバイ、このシスター超ヤバイ』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)の目の前には大きな鍋と大量のパスタ。
慈愛に満ちた聖女の笑みが、どうしてかこの時ばかりは怖かった、とツボミは後にそう語る。
事実、アンジェリカがパスタにかける情熱には並々ならぬものがある。なにしろ彼女は、本日の調理をすべて一人で行うとまで宣言したほどなのだから。

村の中央でパスタを茹でるアンジェリカの元へ、農民スタイルに身を包んだ『罰はその命を以って』ニコラス・モラル(CL3000453)が歩み寄る。
ニコラスはじゃがいもやにんじんの詰まった籠が背負っていた。
「野菜をひとつ貰っていいか、って聞いたらよ。リスを退治してくれるなら、もっと沢山持って行けっつって……どうするよ、これ?」
ドサリ、と地面に籠を降ろしてニコラスは困ったように頭を掻いた。
「一部はパスタの具に。残りは持って帰りましょうか?」
なんて言って、アンジェリカは籠の中からじゃがいもを一つ取りあげた。


村で最初に異変が起きたのは、この日の昼のことだった。
村のあちこちで、昼食から味がなくなるという事件が起きたのだ。
実際には味だけでなく、カロリーなどの栄養素なども消えている。食物が食物であるという概念を失って、ただの「口に入れられるもの」と化していたのだ。
その犯人は、悪魔化したリスである。
名を【ウーフ】というそのリスは、通常のそれよりサイズも大きく、そして緑色をしている。
「っと、あれか……美味い飯の為にちょっとだけ頑張りますかね」
パスタの出来上がりを待っていたニコラスだが、何かの気配を感じ顔をあげた。視線の先には民家の屋根から、じっとこちらを見下ろすリスの姿があった。
丸い瞳に緑の体毛、「チィィイ!」と甲高い鳴き声をあげる。
口から覗く鋭い前歯は、なるほどかなり鋭いようだ。それこそ、木でも人でも、場合によっては岩でさえ、削り取ってしまえるほどには鋭利であった。
通常のリスとは違う……そいつこそがウーフである。
そしてウーフは前脚を持ち上げ、ガリガリと何かを齧る真似をする。
「食ってんのか、まさか……概念ってやつを。味はともかく栄養もってのはいただけねぇな」
「ニコラス様は迎撃を。私は皆さんに連絡します! パスタをつまみ食いする悪い子にはお仕置きが必要です!」
パスタを庇うように立ちあがったアンジェリカは、マキナギアを用いて速やかに仲間へ連絡を飛ばした。
その間に、鍵剣を手にしたニコラスが駆け出す。
頬を膨らませたウーフは、ニコラスの接近を察知するや否や、踵を返して逃げ出した。

一方その頃、とある民家。
「っ、出ましたか! 皆さん、リスに味を盗まれる前に早く食べちゃってください!」
ポテトサラダの乗った皿を、子供たちの前に差し出しながらエルシーは告げる。
にこにこ顔で食事を始めた子供達を一瞥し、エルシーは満足そうに頷いた。
「では、私はこれで。お仕事がありますので」
と、挨拶もそこそこに民家の扉を開けて外へ出た……その時だ。
『キイ』
ストン、とエルシーの目の前に着地したのは緑のリス・ウーフであった。
こてん、と小首を傾げて民家の中を覗き込む。
なんとも可愛らしい仕草だが……。
「そんな可愛い姿していてもダメよ。きっちりお仕置きしてあげる」
エルシーには通用しなかった。
姿勢を低くし、鋭い拳撃をウーフ目がけて叩き込む。
『チイ!』
加速したウーフが、エルシーの拳を擦れ違い様に切り裂いた。

カンテラの灯が揺れていた。
畑の片隅、一人佇むセアラは、薄闇の中視線を凝らす。
先ほど2体目のウーフが出たと報告を受けた。
すぐにでも援護へ向かおうとした、その時だ。
彼女は闇の中で、何かが動くのを目撃した。
その何かは、大きな尾を持つ生き物で……要するにそいつはウーフであった。
「3体目……村の食糧は私が守ってみせます」
仲間に連絡を入れて、セアラは静かに目を閉じた。
彼女の身から淡い燐光が立ち昇り、身体の周りで渦を巻く。
目視できるほどの強い冷気へ変わったそれは、セアラの手元へ収束した。

「うん? 3ヵ所同時に出現だと? 私はブロックし逃げ道を減らすのがセオリーだが」
とある民家の傍らでツボミは僅かに思案する。
彼女のとれる選択肢は3つ。リスを追って森へ向かったニコラスを手伝うか、比較的近くにいるエルシーの補助へ周るか、それともセアラを助けに行くか。
「ここは……エルシーのサポートだな!」
愛用の武器・九矛目を握り直しツボミは駆け出す。
今からニコラスを追いかけても、きっと自分では追いつけず、セアラの元へ向かってもその頃にはきっとウーフに逃げられた後だ……とそう判断したのだ。
それならば、最も近い位置にいるエルシーをサポートし、2人1組で事に当たるべきだろう。
そう判断し、ツボミはエルシーの元へ向かった。

巨大な十字架を肩に担いで、アンジェリカは駆けて行く。
向かう先は畑。
暗闇の中にカンテラの火が見える。
瞬間、青白い閃光が瞬いた。
次いで吹き荒れる冷気。氷の粒が舞い散った。
セアラのスキルによるものだ。
だが……。
「わわっ……! 速っ!?」
セアラの悲鳴と、何かが地面に落ちる音。カンテラの火が消え、周囲が闇に包まれた。
カサカサという微かな、けれど素早い足音が聞こえる。
暗闇の中をウーフが疾走している音だ。
アンジェリカはサーモグラフィーを使用し、迫るウーフの姿を捉えた。暗闇の中、ウーフの姿が熱源反応として彼女の視界には映っているのだ。
補足されたことに気が付いたのか、ウーフが加速しアンジェリカの足元へ迫る。
アンジェリカは、タタン、と軽い足音を鳴らしバックステップ。踊るような動作で肩に担いだ十字架を振り抜く。
ズバ、っと。
空気を切り裂く音がして。
加速した勢いはそのままに、ウーフは十字架に殴り飛ばされ宙を舞う。
「食べ物を粗末にしてはいけません」
瞳を閉じて、胸の前で十字を切ったアンジェリカ。
宙を舞ったウーフの身体を、今度こそセアラの氷が捉えた。
ウーフ1体目、撃破。

一方その頃、エルシーは全速力で村の真ん中を駆け抜けていた。
その腕や脚からは血が滴っている。ウーフの攻撃を受けたのか、どうやら動きも鈍っているようだ。
ウーフの向かう先にはアンジェリカの作ったパスタがある。
「まずいわ……」
アンジェリカはパスタに対して、並々ならぬ執着を見せていた。
そんな彼女の作ったパスタを、みすみすウーフに喰わせたとあっては……。
「同感だ。まったく、何とも欲張りなリスだなぁ」
顔色を悪くするエルシーの身を淡い燐光が包み込む。
鈍くなっていた体の機能がじわじわと回復していくのを感じた。
「ここで止めるぞ!」
ウーフの進路に踊り出たのはツボミであった。手にした武器を一閃し、ウーフを牽制。
加速したウーフの突進を、その身を呈して食い止めた。
「小さい割に……なかなか!?」
ずず、とツボミの身体が後ろへ滑る。
ウーフの突進を支え切れなかったのだ。
けれど、加速を止めることには成功した。にぃ、とツボミの3つの瞳が弧を描く。
「十分です!」
エルシーが駆ける。
その身を包むは[龍氣螺合]を発動したことによる不可視の闘気。目には見えない……けれど確かに、そこにあることを感じさせる。
身を低くし、滑るようにウーフへ迫る。
正直、その進路上にいるツボミも若干の恐怖を覚えたほどだ。
ウーフにもそれが伝わったのか、慌てたように地面を蹴って跳びあがる。
パスタを諦め、このまま森へと逃げるつもりか。
しかし……。
「おっと、それは困るんだよなぁ。逃がすわけにはいかなくなったんだ」
パコン、と。
武器を一閃。
ツボミがウーフを叩く。
『チィィっ!?』
「ごめんなさい。すぐに浄化してあげますから、少し我慢してください!」
バランスを崩したウーフの頭部を、エルシーの拳が打ち抜いた。
ウーフ2体目、撃破。

「さて、それじゃあ巣へ向かおうか」
マキナギアを振りながらツボミはそんなことを言う。
「えぇ。決着をつけましょう」
パシン、と右手の平に左拳を打ち付けてエルシーはそれに同意した。
つい今し方、ウーフの巣を発見したとニコラスから連絡があったのだ。

同時刻、森の中。
冷気を纏ったニコラスが、木々の間を駆けていた。
そんな彼の頭上や足元を、黒い影が疾駆する。
ウーフだ。
その数は3体。
時折ニコラスに肉薄しては、脚や腕を切り裂いていく。
「仲間の合流を待つ予定だったが……思ったよりも好戦的だな!」
ウーフへ向けて冷気を放つが、どうにもなかなか命中しない。
森の中ではウーフの方がニコラスよりも精密かつ機敏に動けることが理由だろうか。
ウーフを追っているうちに、どうやら彼は巣の近くまで立ち入ってしまったようだった。そこから先は立ち場が一転、こうして3体のウーフに追いたてられている現状だ。
「ちぃっ! 致命傷を負うほどじゃねぇが……厄介な」
跳びかかって来たウーフの前歯を鍵剣で弾き、ニコラスは数歩後退する。
前歯を受け止めた鍵剣からは、チチチと火花が散っていた。
その隙、別のウーフがニコラスの腰へと駆け上がる。
「しまっ……」
目が合った、と。
思ったその時、ニコラスのポケットから何かが落ちた。
ピタリ、と2体のウーフの動きが止まる。
その視線は、ポケットから落ちた何かの方へ向いている。凝視していると言ってもいいだろう。
何か……というか。
「は、はちみつ?」
ウーフの視線がはちみつへ向いたその隙に、ニコラスは急いでその場を離脱した。


夜の森に人影が5つ。
そのうちの1人、セアラは傷ついたニコラスの背に手を翳す。
セアラの小さな手の平を伝わって淡い燐光がニコラスの身体を包みこむ。燐光は、ニコラスの傷口に収束し、急速にそれを癒していった。
ほんのりとした暖かさを感じ、ニコラスは「よし」と言葉を零す。
ダメージは回復し、傷も癒えた。
「さて、決戦だな。後衛は私とセアラに任せてもらおう。なに、医学知識を活かして、適切なタイミングで回復してやろう」
3つ瞳を笑みの形に歪めて笑うツボミであった。
一方、セアラはぐっと胸の前で拳を握り何やら決意を固めている様子である。
「頑張りましょう。村の方達も、リス達も、皆が無事に冬が越せるように……」
セアラの言葉に残る4人は頷き返す。

「リベンジだ。逃走防止も兼ねてガンガンいくぜ!」
頭上から迫るウーフの一撃を、超直感でもって回避したニコラスは、その場で踊るように体を横に一回転。手にした鍵剣で、ウーフの胴を切りつけた。
瞬間、剣を伝ってウーフの身体を呪いが侵す。
耐え難い冷気によるものか、ウーフは全身を硬直させて急ぎその場を離れようともがく。
だが、遅い。
「よし、かかった!」
全身が凍りつき、身動きの取れなくなったウーフの頭部へニコラスは剣を突き付けた。
剣の先が一瞬の光を放ち、後に残ったのは1匹のリスである。
ウーフ3体目、撃破。

エルシーの首筋へ、1匹のウーフが喰らい付く。
ガリガリと鋭い前歯が皮膚を削り、エルシーの首から血が噴き出した。
エルシーの視線の先には枯れ木に空いた小さな穴。
そこから1匹のウーフが顔を覗かせていた。
そちらに意識が向いた一瞬の隙を狙われた形だ。周囲の木々を足場として、真横から跳びかかって来たウーフを迎撃し損ねた結果の負傷である。
傍にいたアンジェリカが、手にした十字架を振りかぶった。
だが、そこでピタリと動きが止まる。
ウーフとエルシーの距離が近すぎて、攻撃に巻き込んでしまうと判断したのだ。
「エルシー様!」
「こちらは私が受け持ちます! それより後ろを!」
「……え!?」
巣から跳び出したウーフは、そのまま真っすぐ宙を舞い、アンジェリカの背に取りついた。

「2人がウーフを引っぺがしたら回復を!」
「お任せください!」
ツボミとセアラは後衛から戦場を見守っていた。
2人の身体を淡い燐光が包み込む。
いつでもスキルを発動できるよう、集中を高めタイミングを窺っているのだ。

「あぁ、もう……素早い!」
力任せに首に噛みついたウーフの身体を引きはがす。
噴き出した鮮血が、近くの木の葉を朱に染めた。痛みを堪え、視線を足元のウーフへと向けるエルシー。だが、ウーフは素早くエルシーの股下を潜り抜け、背後の木を駆け上がる。
エルシーの身体を淡い燐光が包み込んだ。
首の傷が塞がり、失われた体力が回復する。
「反転しながら拳を振るえ!」
ツボミの声が夜の森に木霊する。
エルシーはツボミの指示に従い、ウーフの姿も捉えぬままに腕を伸ばして体を反転。
丁度、裏拳を放つような姿勢だ。
背後から跳びかかっていたウーフの身体が、拳に打たれて吹き飛んだ。
『キィ……っ!!??』
「お騒がせしてごめんなさいね。気を取り直して越冬の準備をしてね」
宙を舞うウーフの身体を引っ掴み、エルシーはそれを浄化した。
ウーフ4体目、撃破。

アンジェリカの身体を燐光が包む。
傷を負い、それは即座に癒される。
流れた血でアンジェリカの足元は真っ赤に濡れていた。
だが、彼女は腰だめに十字架を構えたまま動かない。
アンジェリカを癒すセアラの顔色が悪くなる。アンジェリカの加勢に行くべきか、と足を一歩踏み出した。
その瞬間……。
「お仕置きです!」
ズバガン、と。
空気が震え、轟音が響く。
渾身の力を込めて放たれた十字架による一撃が、ウーフの身体を打ち抜いた。
そのまま……意識を失ったウーフは空高くへと打ち上げられる。
ウーフ5体目、撃破。

「これで5体。お仕事完了ですね……皆さん、どうします? 私は一度、村に戻ってベルタちゃんに、明日からまた、おいしい人参のグラッセが食べられるとお伝えしてこようと思うのですが」
頬に付いた血を拭い、エルシーはそう問いかけた。
そんな彼女の隣へツボミが並ぶ。
「それなら、パスタを村人に振る舞うのはどうだ?文字通り味気の無い食事に苦しんで来たのだ。ちょっとは奮発して美味い物を食わしてやる位はしても良かろ」
そう言ってツボミはアンジェリカへと視線を向ける。
アンジェリカは、満面の笑みを浮かべて大きく3度、頷いた。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済