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【漂流少年】1章・樽と帆布と果物から導く漂流少年の素性

●
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、マリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)に頼んでいたことがあった。
「漂流者を発見しました! 息はあるけど口を聞けないほど疲弊した男の子です。船ではなくて樽。果物はあるのにやせ細っていた。いろいろと気になる部分が多いですね……とりあえず、回復したらお話を聞きたいです」
『吸血鬼の理解者』フーリィン・アルカナム(CL3000403) は、廊下でマリオーネを捕まえた。
「他の皆さんが報告済みの件ですけれど、私も保護した男の子のその後が気になるので何か分かったら教えてほしいです」
無言で瞬きをするプラロークに向けて、言葉を続ける。
「発見者の一人としての責任とかを感じていないわけではありませんが、そういうのとは関係無しに子供には手を差し伸べたいので」
『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)も、ラウンジで一休みしているマリオーネに聞いた。
「うちも男の子がすごい気になるわぁ。まずは元気になってもろてからになるけど、お話できたらええなっておもうわ」
『真実までは後少し』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422) は、考えを深めていた。
「事件は解決しなくてはならない。それは善意の為でも、好奇心を満たす為でもない。放っておけば、それは明日は我が身だからだよ」
只のゴミ拾いのはずだったのだ。しれっとした未亡人が言うことを素直に信じれば。
見つかったのは男の子一人、割れた樽、底に敷かれた帆布、いくつかの赤い果物。
はたして犯罪の証拠隠滅か、捨て子か、島流しの刑か、蛮勇すぎた小さな冒険者か……。
アクアリスは考える。
(もし証拠隠滅に死体ごと葬るつもりなら、帆布も果物も必要なかったと思うね。そこにあったものは少なくとも生き永らえる為のものであったのは間違いないから……)
「少年に直接事情を聴き出せたらいいけど、まだそうはいかないかい?」
●
ほとんど喪服を身にまとったプラロークは、一様にこう返した。
「件の少年は非常に衰弱しておりまして――まだ時折瞬くするのがやっとという状況ですのよ。長く眠ってはほんの少し起きるを繰り返していますの。周期は短くなっているようですから、また様子をお知らせしますわね」
少なくとも、担当プラロークに逐一情報が入る程度に管理されているということになる。水鏡でのぞかれる対象だということだ。
「心優しい皆様が少年のことをお知りになりたいと思うのも道理と思いますのよ。ですので、彼の身の回りにあったものについて調査をお願いしたいと思いますの――自由騎士の皆様に、近々、動いていただきますわね」
プラロークの言葉に、アクアリスは頷いた。
「であれば、手掛かりは少年の種族と服装、樽、帆布、果物にある。種族や服装から出身地を割り出せるものがないか、樽は何の木で出来ているか、帆布の製法に特徴はないか、果物の品種はどこのものか、もしくはどこで多く取引されているものか」
つらつらと出てくる検討個所に、マリオーネはにっこり笑った。
「どこで調べるかによって、情報の質も精度も変わってくるでしょうね。そのあたりはお付き合いもあるでしょうから皆様にお任せいたしますわ」
ティラミスには尋ねられないことがあった。
(この子の発見は果たして偶然なのでしょうか……プラローク……マリオーネ・ミゼル・ブォージンさんはこの事を予知していたのでしょうか? だとしたらなぜ黙っていたのか、気になります)
●
掲示板に、調査依頼が張り出されている。
「関わったら最後まで」 と、いつもはない一文が付いている。
脳裏に浮かぶ、ゆっくり笑う未亡人。
さて、どうしようか。
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、マリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)に頼んでいたことがあった。
「漂流者を発見しました! 息はあるけど口を聞けないほど疲弊した男の子です。船ではなくて樽。果物はあるのにやせ細っていた。いろいろと気になる部分が多いですね……とりあえず、回復したらお話を聞きたいです」
『吸血鬼の理解者』フーリィン・アルカナム(CL3000403) は、廊下でマリオーネを捕まえた。
「他の皆さんが報告済みの件ですけれど、私も保護した男の子のその後が気になるので何か分かったら教えてほしいです」
無言で瞬きをするプラロークに向けて、言葉を続ける。
「発見者の一人としての責任とかを感じていないわけではありませんが、そういうのとは関係無しに子供には手を差し伸べたいので」
『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)も、ラウンジで一休みしているマリオーネに聞いた。
「うちも男の子がすごい気になるわぁ。まずは元気になってもろてからになるけど、お話できたらええなっておもうわ」
『真実までは後少し』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422) は、考えを深めていた。
「事件は解決しなくてはならない。それは善意の為でも、好奇心を満たす為でもない。放っておけば、それは明日は我が身だからだよ」
只のゴミ拾いのはずだったのだ。しれっとした未亡人が言うことを素直に信じれば。
見つかったのは男の子一人、割れた樽、底に敷かれた帆布、いくつかの赤い果物。
はたして犯罪の証拠隠滅か、捨て子か、島流しの刑か、蛮勇すぎた小さな冒険者か……。
アクアリスは考える。
(もし証拠隠滅に死体ごと葬るつもりなら、帆布も果物も必要なかったと思うね。そこにあったものは少なくとも生き永らえる為のものであったのは間違いないから……)
「少年に直接事情を聴き出せたらいいけど、まだそうはいかないかい?」
●
ほとんど喪服を身にまとったプラロークは、一様にこう返した。
「件の少年は非常に衰弱しておりまして――まだ時折瞬くするのがやっとという状況ですのよ。長く眠ってはほんの少し起きるを繰り返していますの。周期は短くなっているようですから、また様子をお知らせしますわね」
少なくとも、担当プラロークに逐一情報が入る程度に管理されているということになる。水鏡でのぞかれる対象だということだ。
「心優しい皆様が少年のことをお知りになりたいと思うのも道理と思いますのよ。ですので、彼の身の回りにあったものについて調査をお願いしたいと思いますの――自由騎士の皆様に、近々、動いていただきますわね」
プラロークの言葉に、アクアリスは頷いた。
「であれば、手掛かりは少年の種族と服装、樽、帆布、果物にある。種族や服装から出身地を割り出せるものがないか、樽は何の木で出来ているか、帆布の製法に特徴はないか、果物の品種はどこのものか、もしくはどこで多く取引されているものか」
つらつらと出てくる検討個所に、マリオーネはにっこり笑った。
「どこで調べるかによって、情報の質も精度も変わってくるでしょうね。そのあたりはお付き合いもあるでしょうから皆様にお任せいたしますわ」
ティラミスには尋ねられないことがあった。
(この子の発見は果たして偶然なのでしょうか……プラローク……マリオーネ・ミゼル・ブォージンさんはこの事を予知していたのでしょうか? だとしたらなぜ黙っていたのか、気になります)
●
掲示板に、調査依頼が張り出されている。
「関わったら最後まで」 と、いつもはない一文が付いている。
脳裏に浮かぶ、ゆっくり笑う未亡人。
さて、どうしようか。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.漂流少年の素性を手がかりから探る。
2.手がかりの現状を保持する。
2.手がかりの現状を保持する。
田奈です。
まず、大事なところから。
この依頼はブレインストーミングの
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385) 2018年11月08日(木) 22:33:05
アクアリス・ブルースフィア(CL3000422) 2018年11月08日(木) 22:41:31
アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227) 2018年11月08日(木) 23:30:24
フーリィン・アルカナム(CL3000403) 2018年11月09日(金) 00:39:20
の発言から発生しました。
名前のある方が参加することを強要しているものではありません。参加を確定するものでもありません。
――というわけで、拙作「秋の浜辺ですることといえば」で発見された漂流少年について調べるのが目的です。OP以上の情報は調べない限り出てきません。
*漂流少年
一切不明。現在は昏睡とわずかな覚醒を交互に繰り返しているが口を利ける状況ではありません。居場所が明かされておりませんので、このシナリオでは接触できません。
*蓋が割れた樽
塩水にさらされ表面は劣化していますが水漏れはない堅牢な材質です。素材は木材、金属のたがで留められています。
子供一人入るでしょうが、ここで何日も密閉されていたら普通は死にます。
*底に急いで突っ込まれた思しき帆布。
色は白。帆布のようだが、形はいびつな三角形とも五角形ともつかない形をしている。所々なにかを通す加工もされている。模様が染められているが、類似する図案・紋章ははイ・ラプセルにはない。持ち出し不可。破損は禁じられています。
*乱雑に投げ込まれた果物。
皮の色は赤い。身は堅い。イ・ラプセルではあまり見かけない。
持ち出し不可。破損、試食は禁じられています。
*少年が来ていた衣服
非常に簡素なものです。素材の厚みから、イ・ラプセルより北の土地の産物というのはわかります。素材は動物の毛のようです。
*今回は、「どれ」について「どこ」で「どのように」調べるのかによって、情報の質と精度が変わります。
★この依頼は全三話のシリーズです。おおよそ一か月半のシリーズになります。
参加したら次回の予約時に優先が付きます。
途中で抜けた場に別のPCが入った場合次の依頼で優先権が発生します。
シリーズ参加中も他の依頼にはいっていただいてかまいません。
途中参加の場合は何らかの理由によって合流したという流れになります。
まず、大事なところから。
この依頼はブレインストーミングの
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385) 2018年11月08日(木) 22:33:05
アクアリス・ブルースフィア(CL3000422) 2018年11月08日(木) 22:41:31
アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227) 2018年11月08日(木) 23:30:24
フーリィン・アルカナム(CL3000403) 2018年11月09日(金) 00:39:20
の発言から発生しました。
名前のある方が参加することを強要しているものではありません。参加を確定するものでもありません。
――というわけで、拙作「秋の浜辺ですることといえば」で発見された漂流少年について調べるのが目的です。OP以上の情報は調べない限り出てきません。
*漂流少年
一切不明。現在は昏睡とわずかな覚醒を交互に繰り返しているが口を利ける状況ではありません。居場所が明かされておりませんので、このシナリオでは接触できません。
*蓋が割れた樽
塩水にさらされ表面は劣化していますが水漏れはない堅牢な材質です。素材は木材、金属のたがで留められています。
子供一人入るでしょうが、ここで何日も密閉されていたら普通は死にます。
*底に急いで突っ込まれた思しき帆布。
色は白。帆布のようだが、形はいびつな三角形とも五角形ともつかない形をしている。所々なにかを通す加工もされている。模様が染められているが、類似する図案・紋章ははイ・ラプセルにはない。持ち出し不可。破損は禁じられています。
*乱雑に投げ込まれた果物。
皮の色は赤い。身は堅い。イ・ラプセルではあまり見かけない。
持ち出し不可。破損、試食は禁じられています。
*少年が来ていた衣服
非常に簡素なものです。素材の厚みから、イ・ラプセルより北の土地の産物というのはわかります。素材は動物の毛のようです。
*今回は、「どれ」について「どこ」で「どのように」調べるのかによって、情報の質と精度が変わります。
★この依頼は全三話のシリーズです。おおよそ一か月半のシリーズになります。
参加したら次回の予約時に優先が付きます。
途中で抜けた場に別のPCが入った場合次の依頼で優先権が発生します。
シリーズ参加中も他の依頼にはいっていただいてかまいません。
途中参加の場合は何らかの理由によって合流したという流れになります。
状態
完了
完了
報酬マテリア
1個
1個
5個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
5日
5日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年12月02日
2018年12月02日
†メイン参加者 8人†
●
ゆっくり笑うプラロークは、それではお願いしますわね。と言った。
●
そういうわけで、撮影会。
「なんで持ち出しちゃダメなんだろ?」
『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)はぶつぶつ文句を言いながらカメラを構えている。
ほとんどが持ち出し禁止なのだ。
「もちろん情報が限定されるということは申し訳なく思っておりますのよ」
ゆっくり笑うプラロークは、心象のためだといった。
「皆様、想像してくださいな。目覚めたら、私的財産が手垢べったりにいじくり回されていた。なんて、第一印象最悪になると思いませんこと?」
第一印象で今後の付き合いの七割が決まるという。
「それに、専門家が現物を見たら、報酬として、解体させろとか、サンプルを要求してくるか、試食させろというに決まっています。勝手に差し出すわけにはいきませんわ」
マリオーネの言い様は過剰反応にも感じられなくもないが、逆にそうせざるを得ない事情があるかもしれない。そしてその詳細をオラクルに大っぴらに告げられない状況だということだ。
「念には念を入れて損はありませんわ。意地悪ではありませんのよ」と、一同を見回した。色々天秤にかけての結果らしい。
(マリオーネさんのことは気になりますが……)
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、肝心なことは何も言わずにオラクル達を現場に導くプラロークに疑問を覚えている。
「まさか海岸のお掃除から男の子が出てくるとかほんま、普通はこんなアンビリーバボーな事、起こらんで!」
『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)の言うとおりだ。
いくら、イ・ラプセルが小国とはいえ、普通、たまたまそこに来ていた自由騎士が瀕死のヒト入りの樽を拾ったりしない。
地元の人が死体入りの樽を拾う。なら、ないこともないだろうが、まだ生きているあたりタイミングと場所があまりにも正鵠を射ている。
(まずは信じてみましょう)
若干見た目が怪しいが、アクアディーネのプラロークであることに変わりはない。
「見つけたのも何かの縁、関わったのなら最後までです」
帆布に果実、衣類と樽。
ティラミスは、一同を見回した。
「私は図書館での調べ物に従事します。優先順位は樽から行こうと思いますが――」
「うちはイ・ラプセルでは見たことない帆布に染められた紋様の事調べてみようかと思う」
図案と帆布の形をスケッチしたアリシアはアカデミーに行くという。
学徒たるもの、先生の情報もきっちり押さえておくものだ。
「アカデミーの先生で異国の文化とか研究している先生おったな。まずはその先生に聞いてみよ。その先生でわからんくても先生の知合いで詳しそうな人おったら紹介してもろて話聞けるだけ聞いてみるで」
「衣装はぜひ持っていきたいな。材質が特定に必要だからね」
『真実までは後少し』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)が挙手した。
「カノンも借りたいなー。繁華街に出向いて異国の衣服や生地を扱うお店で聞き込みをしてみるかな?」
『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)も挙手する。
「ふむ。ボクはキッシェ・アカデミーに行くつもりだったんだが――手分けしよう。上着とズボンどっちがいいかな」
上と下があってよかった。
「私は本命は果物です」
『マギアの導き』マリア・カゲ山(CL3000337)は、果物の写真をたくさん用意した。
「両親は野菜を中心に作っているので望み薄ですが、果物に詳しい農家の方から話が聞ければ何かわかりそうです。ついでに両親が野菜を卸している商人の方にお話を聞けるよう取り計らってもらいます」
マリアの実家は農家だ。
「港の市場はフーリィンさんが担当してくださるようなので、私はサンクディゼールの市場で聞き込みを行いましょう」
クイニィーは、頷いた。
「まぁとりあえず、あたしは自分のねぐら――アデレードのスラム街――で聞き込みをしてくるよ。なんかわかったらマキナギアで連絡するね」
果物は三つの異なる市場で聞き込みされることになった。
●
『学びの結晶』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は、勝手知ったるスラム街を目指して歩いている。
頭の中では何か知っていそうなコネクションと手がかりになるようなキーワードが渦巻いている。
孤児院出身ゆえ、子供の身元が訳ありのバリエーションに関しては多すぎて整理が必要なほどだ。
「子供は守られるべきもの」
(院長さんの口癖、新しい弟妹達を迎える度に聞く言葉)
フーリィンの心を温め、アルカナムの名の元につながる兄弟姉妹が思い起こされる。
フーリィンには、蓋が割れていたのは空気穴に思えた。衣服は簡素であろうと寒さに震える事の無い様にとの日常の気配りに思えた。そこに敷かれた帆布は少しでも暖かくという気遣いに思えた。果物はいずこかへの漂着を願い、そこまで命を繋げるようにとの祈りに思えた。
「この世に悪意はあります」
(親は子供を捨てるのだ)
捨てられた子供にとって、それは動かない事実。親は子を捨てる。
「でも、それだけでもありませんから」
でも、拾う誰かもいる。拾う誰かになれる。
「悪意を探るのは、善意を探ってからでも遅くはありませんよね」
悪意には敏感だ。だから、隠れている善意を先に探したいのだ。
●
アリシアは、まずは狙い定めた教授のところに行き、それは自分の専門ではないといい、別の教授を紹介してくれた。そして、何人の紹介を受けたかわからないアカデミー人間模様を体感しつつ、異国の染色などの研究をしている研究生を紹介してくれた。
精神的にも疲れたが、物理的にも複数の研究棟を縦横無尽に歩き回ったので疲れた。足は機械でも、心肺機能は自前だ。
掃海してもらったばかりの研究生はアリシアのスケッチをまじまじと見た。
「そうですね。興味深い図案です。まず、イ・ラプセルにこういう様式はありませんね」
「ほんまは実物持ってこれたらよかったんやけど持ち出し禁止やし」
アリシアは、矯めつ眇めつ、アリシアのスケッチを凝視する研究生に言う。
「いえいえ。よくできてますよ。これは帆――ですか? 船のものにしてはだいぶ小さいですね。これだと動いて精々たらいですよ?」
その研究者は、いそいそと大きな画帳のようなものを持ってきた。広げると、とりどりの染物の絵が出てきた。
「先人の遺産です。カメラが出来る前は異国の布を見ながらスケッチしたそうです。高価で買えない時は、頼み込んで店先で描き写させてもらったそうですよ」
そうして、たくさんの異国の布地から、こういう図案は大体こういう意味というのを結びつけるそうだ。
「この横線が、地平線を表します。この連なる三角が山。縦長の六角形は何でしょうね。その横の細かい十字はキラキラした光の表現と思います」
似たような図案が指示される。それらは大陸で作られるものだという。
「そして、中央のこれは鳥――ですね。上から見た図です。えっと、だから、この図案は、思うに鳥瞰図ではないかと思います。鳥の目線で――下を見下ろしてる絵です。だから、これが船の帆っていうのはちょっと変な感じがします。だって、船なら、見えるのは島とか波とか魚じゃないですか? この布には、そういうのがなくて、陸の獣やたくさんの木と思られるモチーフがたくさんなんです」
そこまで話して、研究者は笑った。
「ホームシック対策に故郷の風景を描く船の帆もあるかもしれませんね。ないとは言えないと思います」
●
『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は、潮風に吹かれていた。
「訳ありのようだが痛ましい話だ。何か力になれると良いのだが」
回収現場の海。この後、港、さらに周辺の市場と聞き込みする場所はアリスタルフの脳裏に次々浮かんでくる。
さすがに、樽そのものを転がしてくるのは、汽車で移動の関係上無理だった。アリスタルフが持ち出せたのは、割れて落ちてしまった木片の一部だ。
発見された岩場に立つと、打ち寄せてくる無限の波が見える。
「あんちゃん。どうした。どこの人だい」
岩についた貝を集めていた漁師に行きあったアリスタルフは、漁師が貝の他にもいろいろ拾っているのに気が付いた。
「それは、漂着物だろうか?」
アリスタルフの視線に気が付いた両氏は大きく頷いた。
「そうとも。まあぼちぼちくるなあ。こっち側は、あれだ。大陸の奥の方からくる大きな潮の流れの終着点でな。色々流れ着くんだ。ちょっと大きなものでもな。このちょっと先のところにも夏の初めに海からなんか流れてくるってんで自由騎士の人たちが何人も来たよ」
「自由騎士が?」
戻ってから、出撃資料を調べればわかるだろうか。
時期から行くと、ちょうど還リビトが大量に現れた頃の話らしい。
「ああ、怪我なすって。応急処置はしたから大丈夫ですってなぁ。それからは静かなもんよ。あ、あんちゃんも騎士様かい。ああ、いや。助かってるよ。新しい王様はいい王様だ」
漁師の前に、樽の木片を差し出してみる。見たことはあるかと。
「これはよく流れつく板とかと同じ木の木っ端だな。ほれ、あんたのにも塩が吹いてるだろう。この木と一緒だよ」
漁師が集めた木に、よく似たものがあった。
「それを譲ってもらえるだろうか」
●
「早耳のおじさん、こんにちは。お願いがあるのですが――海を渡った北の土地に詳しい人、交易している商人さんとかに伝はありませんか?」
フーリィンは、まず北の方だと辺りをつけて話を進めた。
提示した質問にどれも芳しい答えは返ってこない。フーリィンの表情に若干空振りか。という落胆が走ったのを見て取った情報屋は、あのよぉ。と、遠慮がちに口を開いた。
「あんたがここらじゃ顔だっていうのはわかってるんだぜ、フーリィン。だがな、さすがにピンとくるもんじゃねえってことは、そりゃどえらく田舎のもんなんじゃねえか? そんでだ。そんなのがあんたの耳に入るってことは、あれだよ。迷子を袋に詰め込んでーって例のあれさ。そういうんじゃねえのかい」
ああ、悪意が。悪意のにおいがする。
●
アクアリスは、アカデミーの研究者の言葉のシャワーを受けていた。
染色の方に行ったアリシアも同じような目に遭っているだろうか。
「――この上着の布地は一本の糸で構成され、そのあと何度も洗われているうちに繊維同士が絡んだ結果、一見織った布のようになっているんですよ! 強度も上がって、風も通さない! 更に機織り機もいらない! 更に模様や糸の太さや形状で地域も大雑把にですが特定できるんです! これは作業着のようですね!」
「なるほど」
これだけ持ち出し禁止になっていなかったのは、繊維の状態を確認しなくてはいけない事情があったからか。
「で、その地域とは」
「この編み目の大きさと毛の感じから行くと、大陸の北の方ですね!」
即答だった。
「毛の感じで分かるかい?」
「触ればわかりますよ。全然違いますから――水だって、川の水と海の水、海だって北部の水と南部の水は違いますよね」
「そうだね愚問だった!」
対象に相違はあれど、研究対象への愛が特定を容易にする。
心が一つになる瞬間だった。
●
一方そのころ。衣類の片割れを持ったカノンは繁華街の輸入された生地や衣類を扱う店に赴いた。
「みてほしい物があるんだけど」
少年が履いていたズボンを取り出すと、生地屋の親父はおいおいと大きな声を上げた。
「自由騎士の嬢ちゃん。どこでそんなものを手に入れたんだい。確かにここらじゃ珍しいが――」
ひどく怪訝そうな顔をしている。
「売りに来たんじゃないよ」
カノンは声を潜めた。
「実はこの服、たった一人で海で漂流してた子が着てた物なんだけど、まだ意識が戻らないんだよ」
ほうほう。と親父は聞く体勢。
「故郷の事が解れば意識を取り戻す手掛かりになるかもしれない。まさかそんな可哀想な子を見捨てようなんて思わないよね? だからお願い、知ってる事があるなら協力して!」
「いや、そりゃねえよ」
間髪入れず、親父は、ありえねえ。と、言った。
「なに。嘘ついてるっていうの?」
カノンは、背負っている「圧」を高くした。
「いやいやいやいや」
親父は、激しく手を顔の前で動かした。
「国で指折りの自由騎士様に嘘つく口なんざ持っちゃいねえよ。この服の毛が俺の思ってる通りの獣のものだったりすればだ。海路だったら何日どころか何週間。潮の流れによったら何か月って場所に住んでるんだ。ちょっとやそっとじゃ沈まねえ大きな船で行かなきゃならねえところだ」
だからな? と、毛皮屋の親父はいう。
「そこから漂流? 子供が? どう考えたって凍って死んじまうよ。イ・ラプセルの海なんて水たまりみたいな厳しい海だ。命が何個あったって足りやしねえ」
溺死はなくても、低体温、飢餓。脱水。死ぬ理由など片手で足りない。
「だが、名高い騎士の嬢ちゃんが嘘ついてるとも思えねえ。漂流してた子供がいるとして。だ。俺が思うに、この服は、生まれた土地のものじゃなくて、こないだの豊穣祭の仮装じゃねえのかい? 仮装したまま、樽に入り込んで、この辺の浜をどんぶらこの方がよっぽど納得できるがね」
●
両親の知り合いの果樹農家さんに紹介された果物屋さんの口利きで、マリアはようやく舶来ものの果実も扱い大きな果物問屋の話が聞けることになった。
「ふうん。随分、小さな実だねえ」
写真をじろじろ見た女将さんは、そんで硬かったんだね? と言っていくつかの果物を持ってきた。
「この中で触って近いのはあるかい?」
マリアはいくつか出された果実に触ってみたが、どれも柔らかいように思われた。
「そうすると、原種かそれに近いものじゃないかねえ。果物っていうのは、大きく、甘く、育ちやすくするのさ。この写真の実は、そういう育て方をしていない実だと思うんだよ。そして、そんなのをわざわざ好んで仕入れるのはせいぜい農家が交配の片割れとして使うくらいのもので、実はならせないと思うよ。イ・ラプセルは暖かすぎるから」
「この実はどこの果物ですか?」
「そもそもは大陸の北の方って聞いたよ。今は世界中どこにでもあるけどね」
「――という話だったんですよ」
マギナギアに話しかける。クイニィーとフーリィンが機械の向こうにいる。
「こっちもね、なじみのおばちゃんに聞いてみたんだけど」
クイニィーの声がする。
「似たようなのはあるんだけど、これそのものっていうのは見たことないんだって。嘘ついてたり、裏に回してるんじゃないかと思ってじーっと見てたんだけどそういう感じはしなかったんだよねー」
クイニィーにじーっと見られて嘘が突き通せるワルがいたら、国家クラスのワルだ。国を敵に回すことになる。
「こっちもそんな感じです。似たものはあるけれど、それそのものっていうのは扱ったことがないそうです。そもそもおいしくなさそうって」
フーリィンも空振りだった。
希少ではあるが、需要がない、赤い果実と妙な形の帆布は、裏社会でも一切情報が手に入らなかった。
結論。イ・ラプセルでは流通してない。まったくないとは言えないかもしれないが、市場での入手困難。
「図書館に行ってるティラミスに連絡してみよう、この果物が何なのかは分かったんだから。でも、ほんとにリンゴだったんだ? 知ってるのと全然違うんだけど」
「スモモくらいの大きさですからねえ」
●
ティラミスは忙しかった。予想を超えて。
「アリスタルフさん? マリオーネさんから確認取れました。その漁師さんが言っていたの事件、流れ着いたのは還リビト満載のボートです。はい。樽は木片から確かに大陸の北部の木と似ていると思います」
ポチポチ。
「おまたせしました。リンゴでした。スケッチが載ってる本を見つけました。大陸の北の方で間違いないです」
ポチポチ。
「はい。生地屋の人の言うとおりだと思います。大陸北部でたくさん船が沈んでます。それで漂流して助かった例って書物の上ではないですね」
ポチポチ。
ティラミスは、個室に押し込められる事態に陥っていた。図書館の恩情である。ひっきりなしに鳴動するそれで一般フロアの空気が最悪になったのだ。事情を説明したら、ここでなら。と、部屋を用意してもらえた。
仲間たちが仕入れてくる情報を図書館の文献で内容の裏付けをとる係になってしまった。
そして、戻ってきた仲間たちと手分けして情報を精査した結果。
誰も、ガセネタをつかまされていない。ということが分かった。
ゆっくり笑うプラロークは、それではお願いしますわね。と言った。
●
そういうわけで、撮影会。
「なんで持ち出しちゃダメなんだろ?」
『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)はぶつぶつ文句を言いながらカメラを構えている。
ほとんどが持ち出し禁止なのだ。
「もちろん情報が限定されるということは申し訳なく思っておりますのよ」
ゆっくり笑うプラロークは、心象のためだといった。
「皆様、想像してくださいな。目覚めたら、私的財産が手垢べったりにいじくり回されていた。なんて、第一印象最悪になると思いませんこと?」
第一印象で今後の付き合いの七割が決まるという。
「それに、専門家が現物を見たら、報酬として、解体させろとか、サンプルを要求してくるか、試食させろというに決まっています。勝手に差し出すわけにはいきませんわ」
マリオーネの言い様は過剰反応にも感じられなくもないが、逆にそうせざるを得ない事情があるかもしれない。そしてその詳細をオラクルに大っぴらに告げられない状況だということだ。
「念には念を入れて損はありませんわ。意地悪ではありませんのよ」と、一同を見回した。色々天秤にかけての結果らしい。
(マリオーネさんのことは気になりますが……)
ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、肝心なことは何も言わずにオラクル達を現場に導くプラロークに疑問を覚えている。
「まさか海岸のお掃除から男の子が出てくるとかほんま、普通はこんなアンビリーバボーな事、起こらんで!」
『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)の言うとおりだ。
いくら、イ・ラプセルが小国とはいえ、普通、たまたまそこに来ていた自由騎士が瀕死のヒト入りの樽を拾ったりしない。
地元の人が死体入りの樽を拾う。なら、ないこともないだろうが、まだ生きているあたりタイミングと場所があまりにも正鵠を射ている。
(まずは信じてみましょう)
若干見た目が怪しいが、アクアディーネのプラロークであることに変わりはない。
「見つけたのも何かの縁、関わったのなら最後までです」
帆布に果実、衣類と樽。
ティラミスは、一同を見回した。
「私は図書館での調べ物に従事します。優先順位は樽から行こうと思いますが――」
「うちはイ・ラプセルでは見たことない帆布に染められた紋様の事調べてみようかと思う」
図案と帆布の形をスケッチしたアリシアはアカデミーに行くという。
学徒たるもの、先生の情報もきっちり押さえておくものだ。
「アカデミーの先生で異国の文化とか研究している先生おったな。まずはその先生に聞いてみよ。その先生でわからんくても先生の知合いで詳しそうな人おったら紹介してもろて話聞けるだけ聞いてみるで」
「衣装はぜひ持っていきたいな。材質が特定に必要だからね」
『真実までは後少し』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)が挙手した。
「カノンも借りたいなー。繁華街に出向いて異国の衣服や生地を扱うお店で聞き込みをしてみるかな?」
『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)も挙手する。
「ふむ。ボクはキッシェ・アカデミーに行くつもりだったんだが――手分けしよう。上着とズボンどっちがいいかな」
上と下があってよかった。
「私は本命は果物です」
『マギアの導き』マリア・カゲ山(CL3000337)は、果物の写真をたくさん用意した。
「両親は野菜を中心に作っているので望み薄ですが、果物に詳しい農家の方から話が聞ければ何かわかりそうです。ついでに両親が野菜を卸している商人の方にお話を聞けるよう取り計らってもらいます」
マリアの実家は農家だ。
「港の市場はフーリィンさんが担当してくださるようなので、私はサンクディゼールの市場で聞き込みを行いましょう」
クイニィーは、頷いた。
「まぁとりあえず、あたしは自分のねぐら――アデレードのスラム街――で聞き込みをしてくるよ。なんかわかったらマキナギアで連絡するね」
果物は三つの異なる市場で聞き込みされることになった。
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『学びの結晶』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は、勝手知ったるスラム街を目指して歩いている。
頭の中では何か知っていそうなコネクションと手がかりになるようなキーワードが渦巻いている。
孤児院出身ゆえ、子供の身元が訳ありのバリエーションに関しては多すぎて整理が必要なほどだ。
「子供は守られるべきもの」
(院長さんの口癖、新しい弟妹達を迎える度に聞く言葉)
フーリィンの心を温め、アルカナムの名の元につながる兄弟姉妹が思い起こされる。
フーリィンには、蓋が割れていたのは空気穴に思えた。衣服は簡素であろうと寒さに震える事の無い様にとの日常の気配りに思えた。そこに敷かれた帆布は少しでも暖かくという気遣いに思えた。果物はいずこかへの漂着を願い、そこまで命を繋げるようにとの祈りに思えた。
「この世に悪意はあります」
(親は子供を捨てるのだ)
捨てられた子供にとって、それは動かない事実。親は子を捨てる。
「でも、それだけでもありませんから」
でも、拾う誰かもいる。拾う誰かになれる。
「悪意を探るのは、善意を探ってからでも遅くはありませんよね」
悪意には敏感だ。だから、隠れている善意を先に探したいのだ。
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アリシアは、まずは狙い定めた教授のところに行き、それは自分の専門ではないといい、別の教授を紹介してくれた。そして、何人の紹介を受けたかわからないアカデミー人間模様を体感しつつ、異国の染色などの研究をしている研究生を紹介してくれた。
精神的にも疲れたが、物理的にも複数の研究棟を縦横無尽に歩き回ったので疲れた。足は機械でも、心肺機能は自前だ。
掃海してもらったばかりの研究生はアリシアのスケッチをまじまじと見た。
「そうですね。興味深い図案です。まず、イ・ラプセルにこういう様式はありませんね」
「ほんまは実物持ってこれたらよかったんやけど持ち出し禁止やし」
アリシアは、矯めつ眇めつ、アリシアのスケッチを凝視する研究生に言う。
「いえいえ。よくできてますよ。これは帆――ですか? 船のものにしてはだいぶ小さいですね。これだと動いて精々たらいですよ?」
その研究者は、いそいそと大きな画帳のようなものを持ってきた。広げると、とりどりの染物の絵が出てきた。
「先人の遺産です。カメラが出来る前は異国の布を見ながらスケッチしたそうです。高価で買えない時は、頼み込んで店先で描き写させてもらったそうですよ」
そうして、たくさんの異国の布地から、こういう図案は大体こういう意味というのを結びつけるそうだ。
「この横線が、地平線を表します。この連なる三角が山。縦長の六角形は何でしょうね。その横の細かい十字はキラキラした光の表現と思います」
似たような図案が指示される。それらは大陸で作られるものだという。
「そして、中央のこれは鳥――ですね。上から見た図です。えっと、だから、この図案は、思うに鳥瞰図ではないかと思います。鳥の目線で――下を見下ろしてる絵です。だから、これが船の帆っていうのはちょっと変な感じがします。だって、船なら、見えるのは島とか波とか魚じゃないですか? この布には、そういうのがなくて、陸の獣やたくさんの木と思られるモチーフがたくさんなんです」
そこまで話して、研究者は笑った。
「ホームシック対策に故郷の風景を描く船の帆もあるかもしれませんね。ないとは言えないと思います」
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『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は、潮風に吹かれていた。
「訳ありのようだが痛ましい話だ。何か力になれると良いのだが」
回収現場の海。この後、港、さらに周辺の市場と聞き込みする場所はアリスタルフの脳裏に次々浮かんでくる。
さすがに、樽そのものを転がしてくるのは、汽車で移動の関係上無理だった。アリスタルフが持ち出せたのは、割れて落ちてしまった木片の一部だ。
発見された岩場に立つと、打ち寄せてくる無限の波が見える。
「あんちゃん。どうした。どこの人だい」
岩についた貝を集めていた漁師に行きあったアリスタルフは、漁師が貝の他にもいろいろ拾っているのに気が付いた。
「それは、漂着物だろうか?」
アリスタルフの視線に気が付いた両氏は大きく頷いた。
「そうとも。まあぼちぼちくるなあ。こっち側は、あれだ。大陸の奥の方からくる大きな潮の流れの終着点でな。色々流れ着くんだ。ちょっと大きなものでもな。このちょっと先のところにも夏の初めに海からなんか流れてくるってんで自由騎士の人たちが何人も来たよ」
「自由騎士が?」
戻ってから、出撃資料を調べればわかるだろうか。
時期から行くと、ちょうど還リビトが大量に現れた頃の話らしい。
「ああ、怪我なすって。応急処置はしたから大丈夫ですってなぁ。それからは静かなもんよ。あ、あんちゃんも騎士様かい。ああ、いや。助かってるよ。新しい王様はいい王様だ」
漁師の前に、樽の木片を差し出してみる。見たことはあるかと。
「これはよく流れつく板とかと同じ木の木っ端だな。ほれ、あんたのにも塩が吹いてるだろう。この木と一緒だよ」
漁師が集めた木に、よく似たものがあった。
「それを譲ってもらえるだろうか」
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「早耳のおじさん、こんにちは。お願いがあるのですが――海を渡った北の土地に詳しい人、交易している商人さんとかに伝はありませんか?」
フーリィンは、まず北の方だと辺りをつけて話を進めた。
提示した質問にどれも芳しい答えは返ってこない。フーリィンの表情に若干空振りか。という落胆が走ったのを見て取った情報屋は、あのよぉ。と、遠慮がちに口を開いた。
「あんたがここらじゃ顔だっていうのはわかってるんだぜ、フーリィン。だがな、さすがにピンとくるもんじゃねえってことは、そりゃどえらく田舎のもんなんじゃねえか? そんでだ。そんなのがあんたの耳に入るってことは、あれだよ。迷子を袋に詰め込んでーって例のあれさ。そういうんじゃねえのかい」
ああ、悪意が。悪意のにおいがする。
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アクアリスは、アカデミーの研究者の言葉のシャワーを受けていた。
染色の方に行ったアリシアも同じような目に遭っているだろうか。
「――この上着の布地は一本の糸で構成され、そのあと何度も洗われているうちに繊維同士が絡んだ結果、一見織った布のようになっているんですよ! 強度も上がって、風も通さない! 更に機織り機もいらない! 更に模様や糸の太さや形状で地域も大雑把にですが特定できるんです! これは作業着のようですね!」
「なるほど」
これだけ持ち出し禁止になっていなかったのは、繊維の状態を確認しなくてはいけない事情があったからか。
「で、その地域とは」
「この編み目の大きさと毛の感じから行くと、大陸の北の方ですね!」
即答だった。
「毛の感じで分かるかい?」
「触ればわかりますよ。全然違いますから――水だって、川の水と海の水、海だって北部の水と南部の水は違いますよね」
「そうだね愚問だった!」
対象に相違はあれど、研究対象への愛が特定を容易にする。
心が一つになる瞬間だった。
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一方そのころ。衣類の片割れを持ったカノンは繁華街の輸入された生地や衣類を扱う店に赴いた。
「みてほしい物があるんだけど」
少年が履いていたズボンを取り出すと、生地屋の親父はおいおいと大きな声を上げた。
「自由騎士の嬢ちゃん。どこでそんなものを手に入れたんだい。確かにここらじゃ珍しいが――」
ひどく怪訝そうな顔をしている。
「売りに来たんじゃないよ」
カノンは声を潜めた。
「実はこの服、たった一人で海で漂流してた子が着てた物なんだけど、まだ意識が戻らないんだよ」
ほうほう。と親父は聞く体勢。
「故郷の事が解れば意識を取り戻す手掛かりになるかもしれない。まさかそんな可哀想な子を見捨てようなんて思わないよね? だからお願い、知ってる事があるなら協力して!」
「いや、そりゃねえよ」
間髪入れず、親父は、ありえねえ。と、言った。
「なに。嘘ついてるっていうの?」
カノンは、背負っている「圧」を高くした。
「いやいやいやいや」
親父は、激しく手を顔の前で動かした。
「国で指折りの自由騎士様に嘘つく口なんざ持っちゃいねえよ。この服の毛が俺の思ってる通りの獣のものだったりすればだ。海路だったら何日どころか何週間。潮の流れによったら何か月って場所に住んでるんだ。ちょっとやそっとじゃ沈まねえ大きな船で行かなきゃならねえところだ」
だからな? と、毛皮屋の親父はいう。
「そこから漂流? 子供が? どう考えたって凍って死んじまうよ。イ・ラプセルの海なんて水たまりみたいな厳しい海だ。命が何個あったって足りやしねえ」
溺死はなくても、低体温、飢餓。脱水。死ぬ理由など片手で足りない。
「だが、名高い騎士の嬢ちゃんが嘘ついてるとも思えねえ。漂流してた子供がいるとして。だ。俺が思うに、この服は、生まれた土地のものじゃなくて、こないだの豊穣祭の仮装じゃねえのかい? 仮装したまま、樽に入り込んで、この辺の浜をどんぶらこの方がよっぽど納得できるがね」
●
両親の知り合いの果樹農家さんに紹介された果物屋さんの口利きで、マリアはようやく舶来ものの果実も扱い大きな果物問屋の話が聞けることになった。
「ふうん。随分、小さな実だねえ」
写真をじろじろ見た女将さんは、そんで硬かったんだね? と言っていくつかの果物を持ってきた。
「この中で触って近いのはあるかい?」
マリアはいくつか出された果実に触ってみたが、どれも柔らかいように思われた。
「そうすると、原種かそれに近いものじゃないかねえ。果物っていうのは、大きく、甘く、育ちやすくするのさ。この写真の実は、そういう育て方をしていない実だと思うんだよ。そして、そんなのをわざわざ好んで仕入れるのはせいぜい農家が交配の片割れとして使うくらいのもので、実はならせないと思うよ。イ・ラプセルは暖かすぎるから」
「この実はどこの果物ですか?」
「そもそもは大陸の北の方って聞いたよ。今は世界中どこにでもあるけどね」
「――という話だったんですよ」
マギナギアに話しかける。クイニィーとフーリィンが機械の向こうにいる。
「こっちもね、なじみのおばちゃんに聞いてみたんだけど」
クイニィーの声がする。
「似たようなのはあるんだけど、これそのものっていうのは見たことないんだって。嘘ついてたり、裏に回してるんじゃないかと思ってじーっと見てたんだけどそういう感じはしなかったんだよねー」
クイニィーにじーっと見られて嘘が突き通せるワルがいたら、国家クラスのワルだ。国を敵に回すことになる。
「こっちもそんな感じです。似たものはあるけれど、それそのものっていうのは扱ったことがないそうです。そもそもおいしくなさそうって」
フーリィンも空振りだった。
希少ではあるが、需要がない、赤い果実と妙な形の帆布は、裏社会でも一切情報が手に入らなかった。
結論。イ・ラプセルでは流通してない。まったくないとは言えないかもしれないが、市場での入手困難。
「図書館に行ってるティラミスに連絡してみよう、この果物が何なのかは分かったんだから。でも、ほんとにリンゴだったんだ? 知ってるのと全然違うんだけど」
「スモモくらいの大きさですからねえ」
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ティラミスは忙しかった。予想を超えて。
「アリスタルフさん? マリオーネさんから確認取れました。その漁師さんが言っていたの事件、流れ着いたのは還リビト満載のボートです。はい。樽は木片から確かに大陸の北部の木と似ていると思います」
ポチポチ。
「おまたせしました。リンゴでした。スケッチが載ってる本を見つけました。大陸の北の方で間違いないです」
ポチポチ。
「はい。生地屋の人の言うとおりだと思います。大陸北部でたくさん船が沈んでます。それで漂流して助かった例って書物の上ではないですね」
ポチポチ。
ティラミスは、個室に押し込められる事態に陥っていた。図書館の恩情である。ひっきりなしに鳴動するそれで一般フロアの空気が最悪になったのだ。事情を説明したら、ここでなら。と、部屋を用意してもらえた。
仲間たちが仕入れてくる情報を図書館の文献で内容の裏付けをとる係になってしまった。
そして、戻ってきた仲間たちと手分けして情報を精査した結果。
誰も、ガセネタをつかまされていない。ということが分かった。