MagiaSteam
【暴走屋台】ホットな芋が街をザワつかせる!




 久々に階差演算室に顔を出して水鏡予測を行ってみれば――。

 眩・麗珠良・エングホルム(nCL3000020)はため息をついた。もう帰りたい。
 いま見た予測に緊急性はない。いや、イブリースが絡んでいるからには緊急事態に違いないのだが、鉄血国家ヴィスマルクと管理国家パノプティコンとの戦いに比べれば、その事件の内容があまりにばかばかしすぎるのだ。
 その内容とは……。

 イブリース化した焼き芋屋台とその店主が、街の人々、特にデートを楽しむカップルを重点的に狙って高温の焼き芋爆弾を投げつける、というものだ。
 焼き芋にあたれば大やけどを負い、手でキャッチしても大やけどを負う。更に焼き芋を地面に落として割ってしまえば、爆発してオナラの匂いがする臭いガスを撒き散らす。
 爆発の威力は大したものではないが、匂いが服や髪につけば、悪臭はしばらくのあいだ落ちない。
 まさにカップルのデートを邪魔するためだけの悪意ある仕様だ。

 眩が水鏡で見た未来では、何組かのカップルがその場で大げんかをはじめ、別れてしまっていた。

(「まあ、怪我人や困る人がでるなら助けてあげないとね。わたしが見た限りでは死者は出ないけど、このまま介入しなければ一人か二人、死んでしまうかもしれないし」)

 もう一度、はあ、とため息をついてから、眩は自由騎士たちに招集をかけた。



「貴方たちに倒して欲しいイブリースが二体、今夜、港町に現れる。行って速やかに倒してきてちょうだい」
 端的に依頼内容を告げると、眩は階差演算室に集まった自由騎士たちにレポートを配った。
「ざっと説明するわね。敵は一体。焼き芋の屋台がイブリース化したものよ。屋台に積んでいる焼き芋も爆弾に変化しているわ。攻撃方法は、その焼き芋を店主が夜の散歩を楽しむ人々、特にカップルを狙ってに投げつける……攻撃から逃げようとする人たちは、屋台が追いかけてひくの」
 レポートに描かれた屋台の絵がやけに可愛らしい。人力の荷車を想像していたが、なんと蒸気ワゴン車だ。それもにぎやかに電飾されたピンクの。
 よくよく見ると、水色で薄く描かれた店主の髪が二本に分けて束ねられている。
「女の子?」
「みたいね。どうも蒸気爆発で事故死してイブリース化する前に、彼氏に振られているみたい」
 これでなぜカップルを重点的に狙うのか理由は分った。
「言葉は話せるみたいだから、説得してイブリース化を解くことも可能よ。面倒くさくなければだけど」
 屋台の蒸気ワゴン車は、店主が昇天すれば勝手に消滅するという。
「さ、もう行って。イブリースは陽が暮れると音楽とともに現れるから」


 アマノホカリに戻るため、金時は港で船を待っていた。
 この国に来てかわいい女の子と知り合い、恋に落ちて二人で商いを始めたはいいが、甘い時は長く続かず、すぐに喧嘩ばかりするようになった。
 やっぱり女の子はアマノホカリ撫子がいい。気の強い女の子はもうこりごりだ。
(「それにしても水夫さんたち。さっきからずっとオイラを無視するけど、どうしてなんだ?」)
 自分の見てくれから、船に乗るお金がないのが分かるのかもしれない。
 金時はそよ風のようなため息を吹いた。
 だってしょうがない。シルクと喧嘩したとき、何も持たずに家を飛び出してしまったのだから。
(「ん、あれ? あの時、何でケンカしたんだっけ。たしか水蒸気ワゴンの調子がおかしいことをオイラが隠してたって、シルクが黒こげになった芋を手にすごく怒ってて……。それから、どん、とつき飛ばされて……」)
 
 金時は自分が死んでいることにまるで気づいていなかった。
 


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
そうすけ
■成功条件
1.焼き芋屋台とその店主を倒す、または浄化して昇天させる。
2.死傷者を出さない
●日時と場所
 ・夜。月あかりもありますし、街は年末の飾りつけで明るいです。
 ・港町。港からちょっと離れた街の広場。
  広場の出入口は2か所。
  イブリースたちは北方向からやってきます。
  南は港に通じる坂道になっています。

●イブリース2体
 ・焼き芋の屋台
  蒸気で動くピンクのワゴン車。電飾ピカピカ、楽しい音楽も流します。
  攻撃はダイレクトアタックのみ。
 ・焼き芋屋の店主
  半透明のぼんやりとした影。
  生前はシルク・スイートと言う名前のノウブルでした。
  屋台からあっつあつの『焼き芋爆弾』を取りだして、投げます。
  会話はできませんが、こちらが話すことは聞こえているようです。
  
●『焼き芋爆弾』
 ものすごく熱いです。触ると火傷します。
 地面に落ちると割れて、オナラの匂いがするガスを発生させます。
 服や髪に匂いがつくと、しばらく取れません。
 屋台の中に30本入っています。

●広場にいる人々。
 市が立っており、買い物を楽しむ人で賑わっています。
 子供をつれた夫婦や、若いカップルの姿が目立ちます。
 常に人の出入りがあるので正確ではありませんが、屋台で働く人たちも含めて常時100人ほどいるようです。

●その他
 ・金時(元オニヒトの還リヒト)
  港でアマノホカリに向かう船を待っています。
  工夫(何かで気を引く等)しないと、彼の姿は自由騎士たちにも見えません。
  所在さえわかれば、それなりに会話することができます。
  

●STより。
 夜、イブリースが現れるまで1時間ほどの余裕があります。
 広場に罠を仕掛けるなり、港で金時を探すなり、ご自由にお使いください。
 
 それではご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
3モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/6
公開日
2020年11月25日

†メイン参加者 5人†

『ひまわりの約束』
ナナン・皐月(CL3000240)
『祈りは歌にのせて』
サーナ・フィレネ(CL3000681)



 手をつないだカップル、遠方から馬車でやってきた家族連れ、仕事帰りらしい勤め人や学校帰りの若い子たち。広場はオラトリオ・オデッセイの前にも関わらず賑わっていた。巨大なモミの木に絡みつけられたさまざまな色のプチランタンも、日没を待っている。
 北風にほんのちょっぴり甘いものが混じる雰囲気の中を歩きながら、『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)は頬に手を当てた。
「ええと、ケンカして、事故死して。素直にセフィロトの海に行けないくらい心残り、なんですよね、二人とも……?」
 『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は、小柄なサーナと『ひまわりの約束』ナナン・皐月(CL3000240)の二人が、道行く人とぶつからないようにエスコートしながら、ああ、と受ける。
「そのケンカの原因だが、彼は……水蒸気ワゴンの調子が悪い事を、何故隠したのかな……?」
「隠すつもりはなかったんだよ、きっと。大変なことになるなんて、金時ちゃんは考えもしなかったってナナンは思うのだ」
「蒸気機械の調子が悪くなった時、其れを放置して招く結果等……この国に居て、分からない訳じゃあないだろう」
 なあ、とマグノリアは、『戦姫』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)に話を振った。
 デボラは横を通り過ぎた素敵なイケオジを振り返りながら、気もそぞろに答える。
「え、あ……はい。そうですね」
 渋過ぎず、程ほどに甘いマスクのイケオジは、ロングバケットが二本入った茶色い紙つづみを左脇に抱え、右手でワインの瓶を持っていた。この広場で買って、家に帰るところなのだろうか。この後のことを考えて露出の少ない普段着にしたが、もう少しオシャレをしてもよかったかも。
 建物の間から差し込む西日に目を射抜かれて、細める。
「でも、きっと、恋人のシルク様にも言えなかったぐらい深いわけがあるはずです。ともかく、まずは金時様探しからですね!」
「シルクちゃんをやっつけても、金時ちゃんと分かれ分かれだったら、きっと浄化もしてくれなくなっちゃう!って、ナナンは思うのだ! だからねぇ! ナナンも南の金時ちゃんを探しに行くよぉ!」
 サーナとマグノリアも一緒に港へ行くという。
「それでは、私は」、と『未来を切り拓く祈り』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は広場の南出口で足を止めた。
「シルク様の屋台が来る前に、広場の避難をある程度進めておきましょう」
 四人を見送った後、アンジェリカは道の端に移動した。焼き栗を売る屋台の横で、広場に流れ込む人々をじっと観察する。
(「どうすればパニックを起こさず、広場にいる人々を避難させられるでしょうか」)
 広場に入る道は、今いる南出口と北出口の二か所。水鏡予測では、シルクと水蒸気ワゴンは広場の北出口からやってくる。ならば――。
(「手始めに、北から南に向かって広場を出ていくように人の流れを変えましょう。それにはまず、南から入ってくる人たちを止めなくてはなりませんね。何か気を引けるものが……」)
 アンジェリカは辺りを見回した。
 港に近い広場らしく、フィッシュ&チップスの屋台が出ている。その周りに、おこぼれを期待して集まった猫たちがいた。若い女の子や子供たちが屋台の傍で足をとめて、思い思いに猫を愛でている。
「そうだ、あの子たちに協力してもらいましょう」
 だが、猫たちに広場へやってくる人たちの気を引いてもらうだけでは弱い。たしか、広場の南出口を出たところに、小さな教会があったはずだ。
 アンジェリカは近くの教会に働きかけて、チャリティーミサを開いてもらうことにした。ヴィスマルクとパノプティコンとの戦いが激しさを増す今だからこそ、楽しい時間を過ごす前に女神アクアディーネに平和を祈って行ってください、と声をかけてもらうのだ。
「あとは、北出口付近の屋台で事情をお話して、蒸気ワゴンが現れたらすぐに店じまいできるよう準備しておいてもらえれば完璧ですね」
 広場を赤く照らしていた残照が消えて、石畳が藍色の影に覆われる。中央に据えられた巨大なもみの木を飾るプチランタンに火が灯った。


 サーナは波止場で、船側にぶら下げたハシゴを使って貨物を降ろしする水夫に声をかけた。
「アマノホカリ行きの船が着くのはどのあたりでしょうか?」
 あっちだ、と不愛想に指さされた方角へ顔を向けると、小さな灯台があった。薄墨色に染まる港の風景に温かな光を投げている。
「アマノホカリ航路は大型船ばかりだ。だから港の一番深いところに停泊する」
 腕に刺青を入れた水夫に礼をいい、三人の元へ戻った。
「船が着くのはあの灯台がある大きな突堤だそうです。金時さんはそこにいるはずです」
「すっかり暗くなってきたねぇ、急いで行くよぉ!」
「あ、待って!」
 駆けだしたナナンをサーナが追いかける。マグノリアとデボラの二人は後からゆっくり歩いて突堤へ向かった。
 日没直後の港は、秋の日暮れの湿っぽい空気におおわれていた。霧になるかもしれない。
 大きな声で金時を呼ばわるナナンとサーナの声を聞きながら、デボラが言った。
「向こうから私たちに接触してきてくれると助かりますね」
「見つけること自体は、そう難しくないと思っている。問題はそのあとだな」
 マグノリアが沖へ憂い顔を向けていう。
 この依頼は、ただ戦ってイブリースを倒せばいいという話ではない。シルクと金時のケンカを仲裁し、ともに浄化しなくては後に禍根が残るだろう。ただ、仲裁の前に、クリアしておかねばならぬ問題がいくつかあるのだ。
「……まず、金時様にご自分がもう死んでいることを分かってもらわなくてはなりませんね。シルク様がイブリース化していることも。うーん、気が重いです」
 アマノホカリ生まれの金時に好印象を抱いてもらうため、デボラは露出の少ない普段着のままだ。金時に好印象を与えたからといって、彼自身の死と恋人の死を告げる時に気が楽になるわけではない。
「とにかく、私が金時様の気を引きましょう」
「頼む。説得は僕たちが引き受ける」
 ナナンとサーナが戻ってきた。
「金時ちゃん、いたよぅ! 木箱に腰掛けて、ちらちらナナンたちを見るけどぉ……」
「私たちがお名前を呼ぶと、ぷいって顔をそむけちゃうんです」
「知らない人に名前を呼ばれたら、誰だっていぶかしがるだろうさ」、とマグノリア。
「ここは私に任せてください。金時様から話しかけてもらうよう仕向けます」
 デボラ一人で灯台が立つ突堤の先へ進んだ。
 突堤からは右に二本、左に一本、桟橋が出ていた。右の二本のうちの一本が、一万トン級の船が楽々と横づけできるほど大きい。その中程に、木箱が二つ置かれていた。あの中には、解体されたチケットブースが入れられているのだろうか。
 デボラは金時にちらりと目をやって会釈すると、そのまま前を通り過ぎた。
 柵のない桟橋の先端で立ち止まり、肩を落として夜の海を見つめる。すん、と鼻を小さくすすった。
 設定は『去って行った想い人に未練を持ち続け、港で帰りを待つ女』だ。沖を行く船が鳴らした警笛に、ぴくりと体を震わせて視線を暗い水平線上で彷徨わせるあたり、なかなかの演技力である。
<あ、あの……>
 背中に声がかかった。
ゆっくり振り返る。
「なんでしょう?」
 果たして、後ろにぼんやりと夜の闇に白く浮ぶ金時がいた。
<どうかしたんですか、何か、その……と、飛び込んじゃダメですよ。なにがあったのか知らないけど、死んだらダメだ。オイラで力に……あ、いや、その、悲しそうな感じがしたんで、つい……>
「ふふ。優しいんですね、金時様。そんなにお優しいのに、どうして家を飛び出すほどシルク様と大ケンカをしたのですか?」
<な、なな、なんであんたまでオイラの名前を、それに――>
 驚きに目を見張る金時に、ナナンが後ろから声をかけた。
「ぜーんぶ水鏡に出てたんだよぅ、金時ちゃんのこともシルクちゃんのことも!」
 金時は、うひゃあ、と驚いてその場で飛びあがった。胸を手で押さえながら振り返り、あとから来た三人の顔を順に見回す。およそ還リヒトらしくないリアクションだ。もっとも、本人は自分が死んでいることを知らないのだが。
 サーナは心の中でアクアディーネに祈り、力添えを求めた。金時の目をまっすぐ捕えて口を開く。
「これからする私たちの話に驚くかもしれませんが、どうか最後まで落ち着いて聞いてください」
「それからねぇ、ナナンたちに力を貸して欲しいんだ。金時ちゃんとシルクちゃん、二人で仲良く天に召されるためにだよぅ!」
<天に、召される? な、なにを言っているのか、ちょっとよくわかんないな。この子たち、ちょっとヤバイ……>
 左右に目を泳がせ、逃げ道をさがしはじめた金時に、ずばり、マグノリアが告げる。
「金時、君はもう死んでいる」


「君の身を危険に晒したくないから、彼女は怒った……とは、考えられないかい?」
 マグノリアはうなだれた金時の頭に向かって話しかける。
「事実、そうなってしまったわけだが、怒って君を突き飛ばしたのは、忠告のためだったのだろう」
 うんともすんとも返事がない。金時は、自分だけでなく、恋人まで、それも自分が水蒸気ワゴンの故障を黙っていたために死なせてしまったと知り、強いショックを受けていた。
「ゆっくりでいい。思い出してみるんだ」
 ナナンは、なおもだんまりを決め込む金時の顔を下から覗き込んだ。
「金時ちゃんは、ケンカしたまんまでシルクちゃんとお別れしてもいいのー??」
<そ、そんなわけないけど>
「じゃあさぁ、仲直りしに行こうよー」
 サーナも金時の横でしゃがみ込み、横から顔を見つめる。
「そもそも、どうしてシルクさんにエンジン不調のことを黙っていたのですか? 営業に出ればすぐに判ってしまうのに」
<……ふたりでワゴンのメンテ用に貯めていたお金、黙って半分使っちゃったから。言いだせなかった>
「どうして!」、とデボラとサーナが揃って声を荒げた。
 なんでそんなことしたのぉ、とナナンも金時の肩を小突く。まあまあ、と間をとりなしたのはマグノリアだ。
「何に使ったのか、教えてくれるかい?」
<シルクの誕生日プレゼント。それと……ふたりでちょっといいレストランで食事を……予約したんだ。喜んでもらおうと思って。貯金じゃ足りなくて……あ、お金はね、来月と再来月のおこづかいでちゃんと元に戻すつもりだったんだよ。ワゴンはちょっと変な音がするぐらいで、あと二か月ぐらい走りそうだったから……>
 マグノリアは心底呆れて、気だるくため息をついた。
「彼女が怒ったのも無理はないな。アマノホカリから来て間がない君は知らなかっただろうが、調子の悪い蒸気機械を放置しておくのは危険だ。爆発する恐れがあるからね」
<すみません>
「謝る相手が違いますよ」、と優しく微笑みながらサーナがいう。
 デボラは上着を脱いた。下に戦闘用の動きやすい服を着て来たのだ。準備を整えると、金時に手を差し伸べた。
「とりあえず、シルク様にきちんと謝りに行きましょうか。私たち……あと一人、広場で待っているアンジェリカも含めて、しっかりサポートいたします」
「謝ったうえで金時さんが説得してくだされば、八つ当たりで人を襲うのを止めてもらえるでしょう」
<わかったよ。なにもかもオイラが悪い。ちゃんと謝って許してもらう>
「ところで、シルクに渡すはずだったプレゼントは今、持っているか?」
 マグノリアに問われ、金時は上着のポケットに手を突っ込んだ。が、すぐに顔色を変えて、体のあちらこちらをパンパンと叩きだした。
<ない! 指輪がない!>
「吹き飛ばされたときに落としちゃったんだよぅ、きっと。ナナンがピューンって走って取ってきてあげるー! みんなは先に広場へ行ってー」
 返事も聞かずに韋駄天ナナンは走り出した。その姿はあっという間に小さくなり、夜の闇に溶け込んでいった。
「いってしまいましたね。金時さんとシルクさんのお家、わかっているんでしょうか?」
「爆発で吹き飛んだ家なんてそうそうないだろう。すぐに見つかるさ」


「美味しいですね」
 アンジェリカは店主がくれた紅茶を頂きながら、ニシンパイを一切れ頬張った。
 北の出口に一番近い場所に出店していたこの店にはもう話をつけてある。屋台の前には売り切れの看板が出され、あとはルーフをたたんで屋台を引くだけになっていた。
「食後のデザートは……焼き栗は先ほど頂きましたし、ここはやはりホクホクの焼き芋で締めたいところです」
 時を知らせる、この日最後の教会の鐘がなった。これから夜が明けるまでは、住民との話し合いで鐘がならされない。これはチャリティーミサ開催のお願いをしに行ったときに聞いた。
「この地域の方々が、アクアディーネ様へ信仰心熱い人ばかりで助かりました」
 広場に出店している屋台には売り上げを下げてしまい申し訳のないことをしたが、アンジェリカの企みが功を奏したおかげで、いま広場にいる人は少ない。金時と一緒に戻ってきた仲間たちと一緒にする避難誘導もやりやすいだろう。
 猫たちにも魚を忘れずあげなくては。
「それにしても、みなさん遅いですね。金時様を説得できていればいいのですが」
 いざとなれば自分一人で、と思っていると、北の方からなにやら賑やかな音楽が聞こえて来た。
 いしや~きいもぉ、のりリズムで、金時のばかやろぅという声も微かに……聞こえた気がする。
「イブリースが来ました。早くここを離れてください」
 ニシンパイ売りの店主に声をかけると、アンジェリカは広場をそぞろ歩く人々に向かって声をはりあげた。
 逃げてください、の声に、南から複数の声が被る。
「遅くなってごめんなさい」と、手を振りながらサーナが駆けてくる。後ろからマグノリアとデボラが半透明の男性を連れてやってきた。あれが金時だろう。
「ナナン様は?」
「ナナンはプレゼントを取りに行った」
「プレ……ゼント?」
「説明している暇はない。来たぞ。金時は僕たちの後ろに下がっていたまえ。タイミングを見てシルクに話しかけてもらう」
 サーナは暗い広場の隅々まで目が利くように力を使った。明かりはあるが、それはマーケットの装飾である。夜目が利くに越したことは無い。すぐ動けるように、全身の筋肉を弛緩させて待つ。
 ピンクの水蒸気ワゴンが賑々しく広場に入ってきた。猛スピードを出したままカーブを切り、タイヤを軋ませて止まる。
 屋根から突き出た煙突が白い煙を吹き出し、バン、とピンクの扉が開いてイブリース化したシルクが飛び出てきた。ワゴンの中に手袋をはめた手を差し込み、焼き芋を取りだす。
<シルク!>
 前に出ようとする金時を、マグノリアが腕を上げて止めた。
「いま話しかけても無駄だ。少し待て」
 マグノリアは錬金術の知識を用いてシルクの守りを弱めた。
 振り返ったシルクが、手にしている焼き芋を無差別に投げる。
 ワゴンも呼応するように、ひゅー、と音をたてて、次々と赤く熱した芋爆弾が発射した。
「マグノリア様、金時様、私の後ろにいてください!」
 デボラが盾を高くかざして二人を庇う。
 サーナは俊敏に動き回り、飛んでくる焼き芋を次々とエストックで串刺しにした。刺しきれない分はアンジェリカがピンポイントで撃ち抜く。それでも、いくつかが石畳に当たって砕けた。
 黄色いガスが辺りに広がって、自由騎士を苦しめる。
「シルクさん、落ち着いて。私たちの話を聞いてください」
 サーナの声はまだシルクの耳に届かない。やはり、ある程度弱体化させなければ、金時との話し合いに持ち込めそうになかった。
 おかわりの焼き芋が自由騎士たち目がけて投げつけられる前に、サーナが精霊ウェンディゴを召還してワゴンを凍らせ、動きを止める。
 すかさずマグノリアが、シルクが手にする焼き芋を射って砕いた。
 そこへ――。
「お待たせ、持ってきたよー! シルクちゃん、ちょっとごめんね」
 ナナンが北から走り込んできて、シルクを全力のグーで殴り倒した。
 ぶったおれたシルクを見て、金時が声にならない声をあげる。
<シルク!!>
 金時の足をキラリと光る石をはめた指輪をくわえたハムスターがよじ登る。ナナンの友だち、おもちだ。
「金時ちゃん、いまだよー。ちゃんと仲直りするのだ!」
 立ち上がり、ワゴンから芋を取りだそうとするシルクの腕をアンジェリカが撃つ。
「シルク様、今この場で貴女がやるべきなのは芋をカップルに投げつける事ではなく、もう一度大切な人としっかり話し合う事です」
 怖い顔で振り返ったシルクの鼻先に、少し煤で汚れた指輪が差し出された。
<シルク、ごめん。オイラが悪かったよ……二人でこんなことになっちゃったけど……>
 言い澱んだ金時の背中をサーナがそっと押す。
<誕生日おめでとう>
 デボラは戸惑っているシルクの手をとって、金時に指輪をはめさせた。
「確かに互いに悪い点はあります。でもそうやってぶつかり合えるからこそ理解出来るものもあるのではないでしょうか」
「一件落着なのだ。これで仲良しに戻れたねぇ」
 ねえ、とナナンは、少しずつ体を夜の風とに溶かし始めた二人をみながら水蒸気ワゴンを指さす。
「いーい??」
 見つめ合いながら、二人が頷く。
 最後はナナンが全力のグーで水蒸気ワゴンをドカーンとさせて、二人を天へ送り出した。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

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