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【シャンバラ】S級指令、妖精郷へ4

●シャンバラ皇国辺境ニルヴァン小管区
「司教殿は今頃、どのあたりでしょうね」
聖央都から遠く離れた北部の地、ニルヴァン小管区で彼は小さく呟いた。
純白の鎧に身を包んだ、年若い青年である。
金髪碧眼で、優しげな笑みを浮かべている好青年だ。
しかしその瞳には、どこかただならぬ光が宿っている。
「今年度のオラトリオ・オデッセイは、ここを含めた最辺境の管区管理者も聖央都に入れますからね。ええ、司教様も大層張り切っておられましたね」
「…………」
彼の呟きを聞いているのは、この管区の第二司教。
つまりは、この地におけるナンバー2である上級信民であった。
しかしそんな地位にある者でも、この白い鎧の青年には逆らえなかった。
何故ならば青年は聖堂騎士。
聖央都より派遣された、上級神民のノウブルであるからだ。
「何か反応をしてくださいませんか、ランヴェル第二司教。これでは僕の独り言になってしまうではありませんか」
「いや、その、はい。そうですね、聖堂騎士レイルズ卿……」
ソラビトの司教ランヴェルは、呼ばれながらもしどろもどろになっていた。
この管区の本来の責任者たる司教がいない以上、この地の現在の最高責任者は彼であるはずだが、しかし、所詮地方の第二司教如きが聖堂騎士に逆らえる道理など、このシャンバラには存在しないのである。
レイルズはつい数日前、精霊門建設の監査という名目で、聖央都から派遣されてきていた。
「ああ、そうそう。ランヴェル第二司教」
「は、はい! 何でしょうか!」
「“聖櫃”の稼働に必要な分の“薪”は、残してありますね?」
「は、そ、それはもちろんでございます」
背筋を正して答えるランヴェルに、レイルズは笑みを深めた。
「結構。やる気を出し過ぎた司教様が全て供物として持っていってしまったのでは、この地の環境維持にも支障が出るところでした」
小管区の中枢、つまりはミトラースの神像が飾られた教会内で、聖堂騎士と第二司教はそうして話し続けるのだった。
●ニルヴァン小管区攻略戦
「参ったな、想定外だ」
斥候の報告を受けたパーヴァリ・オリヴェルが見せた反応が、それだった。
「どうしたの、兄様」
尋ねるマリアンナ・オリヴェル(nCL3000042)に、パーヴァリは厳めしい顔つきを向けて、
「マリアンナ、自由騎士の皆を集めてくれないか」
いつになく深刻そうな顔の彼に、マリアンナはうなずくしかなかった。
そして数分後、森の中に仮設された小屋に自由騎士達は集められた。
「いよいよ管区の襲撃かしら?」
『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)がすでにやる気になっているのを見て、パーヴァリは小さく笑う。
しかし、彼はすぐに顔つきを引き締めて言った。
「敵側に、聖堂騎士がいる」
「あァん? 聖堂騎士だとぉ……?」
彼が出したその名称に、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)がイヤそうな表情を浮かべた。
聖堂騎士とはシャンバラの正規軍である聖堂騎士団に所属する精鋭だ。
かつて、イ・ラプセルを襲撃した大司教ジョセフ・クラーマーが率いていた。
「オイオイ、そんなモンがいるのかよ、最辺境の管区ってのは」
『闇の森の観察者』柊・オルステッド(CL3000152)に言われて、パーヴァリは首を横に振った。
「いるはずがない。多分、聖霊門建築の視察か何かだろう。が、タイミングが最悪すぎる。まさか、こんな時に出くわすなんて……」
言って、彼は嘆息する。
「襲撃を遅らせることはできないの?」
「一日二日は遅らせられるだろう。でも、遅くなればなるほど司教とその手勢が戻ってくる確率が高まる。もし連中が戻ってきたら、ここにいる戦力では攻め切れないと思う。……やるなら、今しかない」
妹の問いに彼は答えた。
「ウィッチクラフトは現状、すでに限界が近いんだ。今年の半ば辺りから、魔女狩りの追撃が一層厳しくなって、他の地区に潜伏している仲間も次々に捕縛されている。ここで攻勢に出なければ、もう磨り潰されるだけだろう」
今回の管区襲撃はまさに乾坤一擲。
ウィッチクラフトの存亡をかけた大作戦、ということになる。
「ま、やるしかないだろうな」
「そうね。そんな切羽詰まってるなら、他に選択肢はないわよね」
言ったツボミに、ミルトスも同調する。
「なぁ~に、考えてみりゃそう悪い状況でもねぇぜ? だってよ、もうオレ達がついてんだ。ここで聖霊門を確保できりゃ、イ・ラプセル本土と繋がったも同然。ウィッチクラフトにだって一発逆転の目が出てくるってモンよ!」
柊が拳をパチンと打って鳴らした。
「……ありがたいよ、君達の存在が」
心の底からパーヴァリはそう告げて、作戦概要の説明に入る。
「出発は夜半。作戦と呼べるようなものはない。全戦力をもって管区中枢の教会へと攻め入って、これを制圧する。シャンバラの管区は教会によって支配されてる。つまりは、教会を押さえることがこちらの勝利条件だ」
「すごいわね……、いっそ清々しいまでの玉砕作戦だわ」
「僕達は訓練された兵士というわけじゃないからね……」
ミルトスに指摘されて、パーヴァリは苦笑した。
「そうかそうか、だったら曲がりなりにも騎士の称号を持つヤツを戦力の中核に据えれば、幾分作戦の成功率は増すな?」
ツボミの言葉に、パーヴァリは小さく驚いた。
「それは、まさか……、僕達に陽動に回れ、と……?」
「というかな、それしかあるまいよ。敵側には聖堂騎士という、当初の予定になかった特記戦力がいる。対して、こちらは戦争の素人で取れる作戦は突撃あるのみと来たもんだ。……だったら、敵の特記戦力にこっちの特記戦力をぶつけるしかあるまい?」
それは確かにその通りだ。ツボミの言うことに間違いはない。が――
「この際、プライドは捨てろ。貴様が目指している勝利は、もっと大きな意味での勝利だろうが。それを得るために、使えるモノは何でも使え」
「……そうだね」
そこまで言われては、納得するしかなかった。
「聖霊門の開通については、考えなくていいよ。ウィッチクラフトに参加しているマザリモノに、シャンバラの魔導に通じている者がいるからね」
それは自由騎士達にとって思いがけない朗報であった。
そして森には夜が訪れて、いよいよ管区攻略戦が始まる。
「司教殿は今頃、どのあたりでしょうね」
聖央都から遠く離れた北部の地、ニルヴァン小管区で彼は小さく呟いた。
純白の鎧に身を包んだ、年若い青年である。
金髪碧眼で、優しげな笑みを浮かべている好青年だ。
しかしその瞳には、どこかただならぬ光が宿っている。
「今年度のオラトリオ・オデッセイは、ここを含めた最辺境の管区管理者も聖央都に入れますからね。ええ、司教様も大層張り切っておられましたね」
「…………」
彼の呟きを聞いているのは、この管区の第二司教。
つまりは、この地におけるナンバー2である上級信民であった。
しかしそんな地位にある者でも、この白い鎧の青年には逆らえなかった。
何故ならば青年は聖堂騎士。
聖央都より派遣された、上級神民のノウブルであるからだ。
「何か反応をしてくださいませんか、ランヴェル第二司教。これでは僕の独り言になってしまうではありませんか」
「いや、その、はい。そうですね、聖堂騎士レイルズ卿……」
ソラビトの司教ランヴェルは、呼ばれながらもしどろもどろになっていた。
この管区の本来の責任者たる司教がいない以上、この地の現在の最高責任者は彼であるはずだが、しかし、所詮地方の第二司教如きが聖堂騎士に逆らえる道理など、このシャンバラには存在しないのである。
レイルズはつい数日前、精霊門建設の監査という名目で、聖央都から派遣されてきていた。
「ああ、そうそう。ランヴェル第二司教」
「は、はい! 何でしょうか!」
「“聖櫃”の稼働に必要な分の“薪”は、残してありますね?」
「は、そ、それはもちろんでございます」
背筋を正して答えるランヴェルに、レイルズは笑みを深めた。
「結構。やる気を出し過ぎた司教様が全て供物として持っていってしまったのでは、この地の環境維持にも支障が出るところでした」
小管区の中枢、つまりはミトラースの神像が飾られた教会内で、聖堂騎士と第二司教はそうして話し続けるのだった。
●ニルヴァン小管区攻略戦
「参ったな、想定外だ」
斥候の報告を受けたパーヴァリ・オリヴェルが見せた反応が、それだった。
「どうしたの、兄様」
尋ねるマリアンナ・オリヴェル(nCL3000042)に、パーヴァリは厳めしい顔つきを向けて、
「マリアンナ、自由騎士の皆を集めてくれないか」
いつになく深刻そうな顔の彼に、マリアンナはうなずくしかなかった。
そして数分後、森の中に仮設された小屋に自由騎士達は集められた。
「いよいよ管区の襲撃かしら?」
『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)がすでにやる気になっているのを見て、パーヴァリは小さく笑う。
しかし、彼はすぐに顔つきを引き締めて言った。
「敵側に、聖堂騎士がいる」
「あァん? 聖堂騎士だとぉ……?」
彼が出したその名称に、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)がイヤそうな表情を浮かべた。
聖堂騎士とはシャンバラの正規軍である聖堂騎士団に所属する精鋭だ。
かつて、イ・ラプセルを襲撃した大司教ジョセフ・クラーマーが率いていた。
「オイオイ、そんなモンがいるのかよ、最辺境の管区ってのは」
『闇の森の観察者』柊・オルステッド(CL3000152)に言われて、パーヴァリは首を横に振った。
「いるはずがない。多分、聖霊門建築の視察か何かだろう。が、タイミングが最悪すぎる。まさか、こんな時に出くわすなんて……」
言って、彼は嘆息する。
「襲撃を遅らせることはできないの?」
「一日二日は遅らせられるだろう。でも、遅くなればなるほど司教とその手勢が戻ってくる確率が高まる。もし連中が戻ってきたら、ここにいる戦力では攻め切れないと思う。……やるなら、今しかない」
妹の問いに彼は答えた。
「ウィッチクラフトは現状、すでに限界が近いんだ。今年の半ば辺りから、魔女狩りの追撃が一層厳しくなって、他の地区に潜伏している仲間も次々に捕縛されている。ここで攻勢に出なければ、もう磨り潰されるだけだろう」
今回の管区襲撃はまさに乾坤一擲。
ウィッチクラフトの存亡をかけた大作戦、ということになる。
「ま、やるしかないだろうな」
「そうね。そんな切羽詰まってるなら、他に選択肢はないわよね」
言ったツボミに、ミルトスも同調する。
「なぁ~に、考えてみりゃそう悪い状況でもねぇぜ? だってよ、もうオレ達がついてんだ。ここで聖霊門を確保できりゃ、イ・ラプセル本土と繋がったも同然。ウィッチクラフトにだって一発逆転の目が出てくるってモンよ!」
柊が拳をパチンと打って鳴らした。
「……ありがたいよ、君達の存在が」
心の底からパーヴァリはそう告げて、作戦概要の説明に入る。
「出発は夜半。作戦と呼べるようなものはない。全戦力をもって管区中枢の教会へと攻め入って、これを制圧する。シャンバラの管区は教会によって支配されてる。つまりは、教会を押さえることがこちらの勝利条件だ」
「すごいわね……、いっそ清々しいまでの玉砕作戦だわ」
「僕達は訓練された兵士というわけじゃないからね……」
ミルトスに指摘されて、パーヴァリは苦笑した。
「そうかそうか、だったら曲がりなりにも騎士の称号を持つヤツを戦力の中核に据えれば、幾分作戦の成功率は増すな?」
ツボミの言葉に、パーヴァリは小さく驚いた。
「それは、まさか……、僕達に陽動に回れ、と……?」
「というかな、それしかあるまいよ。敵側には聖堂騎士という、当初の予定になかった特記戦力がいる。対して、こちらは戦争の素人で取れる作戦は突撃あるのみと来たもんだ。……だったら、敵の特記戦力にこっちの特記戦力をぶつけるしかあるまい?」
それは確かにその通りだ。ツボミの言うことに間違いはない。が――
「この際、プライドは捨てろ。貴様が目指している勝利は、もっと大きな意味での勝利だろうが。それを得るために、使えるモノは何でも使え」
「……そうだね」
そこまで言われては、納得するしかなかった。
「聖霊門の開通については、考えなくていいよ。ウィッチクラフトに参加しているマザリモノに、シャンバラの魔導に通じている者がいるからね」
それは自由騎士達にとって思いがけない朗報であった。
そして森には夜が訪れて、いよいよ管区攻略戦が始まる。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.教会の制圧(敵戦力の全滅、もしくは無力化)
ついにシリーズ最終話、思えばここに来るまで早かったですね。
吾語です。
それではシナリオ詳細です。
◆成功条件
・教会の制圧
教会は森から少し離れた小高い丘の上にあります。
それなりの大きさを持った建物で、中で戦闘することもできます。
聖堂騎士とその手勢を倒せば教会制圧完了となります。
◆敵
※ウィッチクラフトが敵戦力の何割かを引き付けているため、シナリオ中でウィッチクラフトの助力を得ることはできません。ご注意ください。
また、下記の敵戦力は陽動後に教会に残っていた戦力です。
・聖堂騎士レイルズ
高レベルの重戦士です。
ランク2までの重戦士スキルを全て使用します。
また、独自スキルとして下記を使用します。
Exスキル ディバインウェイブ
清き祈りを込めて己の武器を大地に示す。その衝撃は悪しき者に罰という名の重き枷を与えることだろう。
効果:近接範囲ダメージ カース付与 ノックバック
・第二司教ランヴェル
ソラビトのネクロマンサーです。
・レイルズの配下
聖獣(猛獣型)×1
重戦士×2
軽戦士×2
ネクロマンサー×3
ヒーラー×3
※正規の訓練を受けた騎士候補です。高い連携能力を持ちます。
◆戦場
・教会
内部でも全員が戦闘できる程度の広さはあります。
※今回のシナリオの結果が成功以上だった場合、聖霊門が開通しイ・ラプセルとの行き来が可能になります。
<シャンバラ>聖霊門を設置せよ! のメンバーと情報交換をすることができます。
※今回のシナリオに参加する際には特に下記にご注意ください。
・S級指令依頼はおおよそ二ヶ月間のシリーズ依頼になります。
4話構成でシャンバラへの少数精鋭での侵入ミッションになります。
(大まかな予定としましては、1週間の相談機関と1週間の執筆期間、執筆期間終了後に次のOPの発出になります)
また、シリーズ依頼になりますので、参加者には予約優先権がつきます。
2話以降予約をせずにいると、1話の参加者以外でも参加可能になった場合参加することができます。
其の場合、実は船にこっそりと乗っていたなどの理由が付けられます。また、新規参加者にも次回以降の予約優先権がつけられます。以上ご了承お願いします。
シャンバラとイ・ラプセル間ではマキナ=ギアの通信はできますが、状況によっては通じない可能性もあります。
また、シャンバラにイ・ラプセルオラクルがいることで、水鏡の範囲が多少広がります。
予測系は断片的ながら現地自由騎士に伝えることができるでしょう。
シリーズ参加参加者は、現状発出している依頼の参加を禁止するものではありません。
時系列が違うということで参加しても構いませんが、RPとして参加しないということも構いません。(ギルド、TOPでの発言も同様です)
現在運営中の他のシナリオに参加していてもかまいません。(時系列がちがいます)
吾語です。
それではシナリオ詳細です。
◆成功条件
・教会の制圧
教会は森から少し離れた小高い丘の上にあります。
それなりの大きさを持った建物で、中で戦闘することもできます。
聖堂騎士とその手勢を倒せば教会制圧完了となります。
◆敵
※ウィッチクラフトが敵戦力の何割かを引き付けているため、シナリオ中でウィッチクラフトの助力を得ることはできません。ご注意ください。
また、下記の敵戦力は陽動後に教会に残っていた戦力です。
・聖堂騎士レイルズ
高レベルの重戦士です。
ランク2までの重戦士スキルを全て使用します。
また、独自スキルとして下記を使用します。
Exスキル ディバインウェイブ
清き祈りを込めて己の武器を大地に示す。その衝撃は悪しき者に罰という名の重き枷を与えることだろう。
効果:近接範囲ダメージ カース付与 ノックバック
・第二司教ランヴェル
ソラビトのネクロマンサーです。
・レイルズの配下
聖獣(猛獣型)×1
重戦士×2
軽戦士×2
ネクロマンサー×3
ヒーラー×3
※正規の訓練を受けた騎士候補です。高い連携能力を持ちます。
◆戦場
・教会
内部でも全員が戦闘できる程度の広さはあります。
※今回のシナリオの結果が成功以上だった場合、聖霊門が開通しイ・ラプセルとの行き来が可能になります。
<シャンバラ>聖霊門を設置せよ! のメンバーと情報交換をすることができます。
※今回のシナリオに参加する際には特に下記にご注意ください。
・S級指令依頼はおおよそ二ヶ月間のシリーズ依頼になります。
4話構成でシャンバラへの少数精鋭での侵入ミッションになります。
(大まかな予定としましては、1週間の相談機関と1週間の執筆期間、執筆期間終了後に次のOPの発出になります)
また、シリーズ依頼になりますので、参加者には予約優先権がつきます。
2話以降予約をせずにいると、1話の参加者以外でも参加可能になった場合参加することができます。
其の場合、実は船にこっそりと乗っていたなどの理由が付けられます。また、新規参加者にも次回以降の予約優先権がつけられます。以上ご了承お願いします。
シャンバラとイ・ラプセル間ではマキナ=ギアの通信はできますが、状況によっては通じない可能性もあります。
また、シャンバラにイ・ラプセルオラクルがいることで、水鏡の範囲が多少広がります。
予測系は断片的ながら現地自由騎士に伝えることができるでしょう。
シリーズ参加参加者は、現状発出している依頼の参加を禁止するものではありません。
時系列が違うということで参加しても構いませんが、RPとして参加しないということも構いません。(ギルド、TOPでの発言も同様です)
現在運営中の他のシナリオに参加していてもかまいません。(時系列がちがいます)

状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
5個
5個
5個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
10日
10日
参加人数
10/10
10/10
公開日
2019年01月11日
2019年01月11日
†メイン参加者 10人†
●攻略戦開始
いよいよ、陽が暮れる。
空の色は茜より紺へと変わり、もはやほとんど闇一色。
そして景色全てが夜に沈んで陰と化してしばらく、幾つもの蹄の音が響いた。
「行ったか」
物陰に潜み、重なる蹄の音が遠のくのを確かめて『惑う騎士』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)が呟いた。
「ウィッチクラフトのヨウセイさん達、無事だといいけど……」
陽動を引き受けてくれたヨウセイ達のことを思い返し、『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が心配げにそうこぼした。
しかし、これから自分達も敵の本拠地に突入しなければならないのだ。
「……結構残ってやがるな」
真っ直ぐに教会を見据えて、『闇の森の観察者』柊・オルステッド(CL3000152)が舌を打った。
「陽動だと気づかれたか? ……最後の戦いは厳しくなりそうだ」
ボルカスが漏らしたその一言。
二か月間に及ぶ異邦潜入の旅も、おそらくはこの戦いで終わる。
無意識のうちに、数人が拳を握っていた。
「成功させるわ。何としても」
「おう、ここまで来たら敵に何がいようがお構いなしだ。やってやるぜ」
意気込むミルトスに柊も発奮し、その腕をグルングルン回す。
「――行くぞ!」
「「応ッ!」」
そして自由騎士達が、一気に突撃、教会へと乗り込んでいく。
「ダイナミックお邪魔しますシールドバッシュ!」
相応に大きな教会の、相応以上に大きな教会の扉を、『双盾機神』マリア・スティール(CL3000004)がかざした盾でブチ破った。
「……何だ!?」
明かりの下、教会内部にたむろしている兵士たちの姿を確認する。
顔に頭巾をかぶった魔女狩りではない。
いずれもが正規の訓練を受けた国防の兵士達。戦い方を心得ている者達だ。
しかしそんな彼らでも、この急襲には一瞬身を固くした。
「そこ、縛らせてもらう!」
刹那ほどの小さな隙を、だが『アーマーブレイク銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)は見逃さない。
ザルクが地面に銃口を向ける。放たれるのは魔力による不可視の弾丸だ。着弾したそれは地表の一定範囲に広がって、結界を形作った。
狙ったのは、敵の後方。
そこに陣取っているヒーラーと思しき数名が立っている場所だった。
「動きが……!」
成立した結界によって、敵が動きを鈍くする。ザルクは口の端を釣り上げた。
「今回だけは、不殺を通してやるわよ!」
そして畳みかけるように、自由騎士側で中衛に立つ『魔女』エル・エル(CL3000370)が体勢を整えられずにいる敵へと向けて手をかざした。
「集え、今わの際の絶望よ――ッ!」
彼女はその手に漂う怨嗟を集め、力へと還元しようとする。だが――
「……な、ン! これッ!!?」
感じたのは、眩暈にも似た感覚。意識が揺らぐ。視界がボヤける。音は遠くに、だがはっきりと聞こえるものがあった。
悲鳴。苦鳴。苦悶。絶叫。号泣。泣。鳴。哭。哭哭哭哭々々々々――――!
「く、ァ……」
内から弾けんばかりの強烈な負の想念に、エルはくぐもった声を漏らして身を丸めた。それを見て、ザルクが目を剥く。
「どうした、エル!」
ここで彼女が大きな一撃を決めるのが本来の作戦の流れだ。
それができなければ、自由騎士側の策に狂いが生じる。
強襲によって得られた勢いが、途絶えてしまう。
「エル殿――ッ!」
『ビッグ・ヴィーナス』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)の強い調子の呼びかけにもエルは反応せず、一秒、二秒……。
自由騎士の間で焦燥は膨れ上がろうとした、そのとき、
「貴様らァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!」
エルが絶叫を迸らせた。
前のめりに身をかがませていた彼女が、背を弓なりにして咆哮する。
解き放たれた魔導は、強烈な重圧となってザルクの結界に縛られていたシャンバラの兵士達を巻き込んだ。
「……! ならば、ワシも行くぞ!」
何がどうなったのか分からない。だがエルの一撃は確かに決まった。
今はとにかくその事実があればいい。シノピリカが走り出す。
だがすでに、敵の前衛は武器を構えつつあった。
もう敵は混乱から立ち直りかけているのか。さすがに練度が高い。
ゆえに、なおさら今という機は逃せないのだ。
「吹き飛べェい!」
デカくてゴツい自慢の左腕を床に叩きつければ、巻き起こった爆風が敵を諸共吹き飛ばす。まさに、強襲の最後を飾るに相応しい一打であろう。
「貴様ら、どこの手の――!」
「あなた達の、敵よ!」
敵前衛の叫びに、『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が言い返した。同時、構えたライフルより銃声。
しっかりと狙ったその銃撃は、たった今問いを投げた敵前衛の肩を貫く。
「うごぉ!」
上がる悲鳴に、アンネリーザは反射的に目を閉じた。
何度戦場に立とうとも、誰かを傷つけるその感覚には慣れることができない。
さらに言えば、戦いはこれからさらに激しさを増すだろう。自分は、その流れに身を置いてどこまで自分を貫けるのか。
アンネリーザは軽くかぶりを振った。今は、それを考える時ではない。
「とにかく、今は戦うのよ!」
自分に言い聞かせて、彼女は銃弾を新たに一発ライフルに込めた。
二か月に及ぶ旅。その最後の戦いが始まった。
●これが戦争
「もう一発行くぞォ!」
シノピリカがその剛腕を高く掲げようとする。
「グオオオォォォウ!」
しかし轟く獣の雄叫び。奥から飛び出してきた巨体が彼女に躍りかかった。
頭に湾曲した角を生やした白い虎のような大型肉食獣。
シャンバラの魔導技術によって改造された戦闘用幻想種――聖獣である。
「ガウッ! グロロロロッッ!」
「ぐぬ、こ、こやつ……!」
シノピリカはとっさに左腕を突き出すが、聖獣はそれに喰らいついた。
聖獣の牙が鋼腕に食い込んでミシミシと小さく軋ませる。シノピリカが湧き上がる危機感に顔を歪めた。
「あの女を狙え!」
シャンバラの兵士が、動きを止めたシノピリカに狙いを定める。
対応が速い。さすがに正規兵、魔女狩り風情とは格が違うか。
しかしそれは、こちらも同じこと。
「フゥゥゥゥ――、ハッ!」
呼吸と共に繰り出される、ミルトスの体当たり。
女性が出したとは思えない打撃音が、聖獣の体を横から大きく歪めた。
「ガゴロァア!」
声と唾液を散らしつつ、聖獣がシノピリカから離れた。
そしてさらに、
「オウオウ、やってくれんじゃねーのよ、デカニャンコが!」
扉を破砕したマリアのシールドバッシュが聖獣の鼻っ面に叩きこまれる。
いかな巨体でも耐えきれず、聖獣が大きく退いた。
マリアはそこに追撃を仕掛けようと――
「地面が……!?」
だが、動けなかった。液状化した床が、足にしつこく絡みついている。
ネクロマンサーの操る魔導だ。
「こっちだって、負けてないわよ!」
アンネリーザが動く。
構え、狙い、そして撃った。流れるような一連の動き。弾丸が、ネクロマンサーの足を抉った。
「……ッ!」
だが、敵は悲鳴をあげなかった。完全に戦う覚悟ができているようだ。手強い。
「隙間を作るな! 前衛、防御陣形! 癒し手は負傷者を治癒せよ!」
指示を飛ばしているのは、敵陣のさらに奥にいる司教姿のソラビトだった。
騒ぎに気付いてやってきた第二司祭ランヴェルである。
「手が足りません! 癒し手はすでに二人が……!」
「何だとぉ~……!?」
もたらされた報告に、ランヴェルはその顔を苦々しく歪めた。
敵はすでに防御陣形を組んでいるが、ヒーラーを倒せている分、自由騎士が有利だ。
こちらも、連携を密にしていけば――
「知ったことじゃないわよ。お前らだけは、お前らだけはァ!」
「待て待て待て待て!」
怒気を全身から溢れさせながら突っ込もうとするエルを、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が後ろから羽交い絞めにして止めた。
「何だ、どうした! さっきまでは落ち着いていたクセにいきなりブチギレおって、貴様らしくも無――、いや、いっそ貴様らしいのか? ええい、どうでもいい。それより何がどうしたってんだ!」
「こいつらは魔女狩りと同じだ! こんな連中を相手に不殺なんて、やっぱり間違ってた。全員ブチ殺すべきなのよ、こいつらは!」
エルの、この凄まじいばかりの剣幕。
戦いが始まる前まで、彼女はアンネリーザへの気遣いからかシャンバラの兵士を殺さないと語っていた。しかし、この激昂具合はどうしたことだ。
「貴様、さっき一体何を感じ取った……?」
きっかけは間違いなくエルが放った最初の魔導。その際に彼女は何を知ったのか。
いや、今はそれを確認する場面ではない。
「オイ、戦線は何とかそっちで維持しろ! こいつはこっちで何とかする!」
舌を打って、前線の仲間へとツボミが叫ぶ。
「了解だ!」
応じたのはボルカス。
彼は槍を手にして、まさに敵とやり合っている最中だった。
だがやはり手強い。刃を打ち合わせ、攻めて、防いで、だが懐に敵が迫った。
「おっと、そうはさせないよ」
間一髪、『湖岸のウィルオウィスプ』ウダ・グラ(CL3000379)がカバーに入って敵の動きを阻害した。
「……違うな、やはり」
深追いすることなく退いた敵を見て、ボルカスはそう呟いた。
軍事力が低いシャンバラでも、正規軍の兵士ともなれば個々の技量は高い。だがそれ以上に、今回の敵は集団としての強さが際立っている。
一人が力のままに暴れてどうにかなる。そんな甘い相手ではないのだ。
重要なのは連携。
それは、こちらも敵も変わらない。
だからツボミはエルの暴走を抑えに回った。味方の連携を崩さないために。
「時間をかけるな! 不届き者共を切り崩せ!」
ランヴェルから再度指示が飛んだ。
動き出したのは長柄の武器を携えた重戦士二名。
高々と振り上げたその一撃は、同じスタイルであるボルカスならばわかる。オーバーブラストの予備動作だ。
「来るぞ! 踏ん張れ!」
彼の声に、最前線で聖獣の相手をしていたミルトスが防御態勢を取った。
直後に、敵重戦士のオーバーブラスト。教会の地面が揺れた。
「ゥ、う! くぅ……!」
爆風にミルトスは吹き飛ばされながらも、すぐさま体勢を立て直して走り出す。痛みはあったが、動きを阻むほどではなかった。
「ゴォアアアアア!」
一度開いた距離を、聖獣は助走に使ってきた。
速度に乗った大型肉食獣の肉体は、それ自体が恐るべき威力を誇る。
真っ正面から迫る獣に、ミルトスは悪寒を感じつつも一度足を止めた。
――流せるか?
不安がよぎる。しかし迷っているヒマはない。彼女は足を止めて構えた。
十分に加速した状態で聖獣が爪を振るってきた。
凄まじい衝撃が、ミルトスの身を襲う。
「ぎ……~~~~!」
普段ならば絶対出さない声を漏らし、彼女はその一撃を何とか受け流した。
ズキン、と、関節に痛みが走った。さすがに受け流し切れなかったか。
だが攻撃を防がれた聖獣も警戒するように再び間合いを開ける。
ミルトスは急ぎ呼吸を整えた。
「痛がってられないわよね、今ばっかりは……」
今度は攻撃のための構えに変えて、彼女は小さく笑った。
戦況は一進一退。敵も味方も総力を結集して相手戦力を打倒せんとする。
まさに、シャンバラに潜入してから初めて経験する戦争であった。
●悪しき者よ、退け
奥から現れたその男は、全身を穢れなき純白で装っていた。
「思いの外、時間がかかっているようですね」
この鉄火場に似つかわしくない、穏やかで優しげな声。
しかし、その声を聴いた瞬間にランヴェルは大きくその身を震わせた。
「レ、レイルズ卿!」
「やれやれ何とも不甲斐ない。それでも騎士候補ですか、あなた達は」
「……聖堂騎士、か」
現れた男の姿を見て、ザルクが言う。
「おや、それを知っているとは。……ふぅん、一体何者なのでしょうね」
レイルズと呼ばれた男がザルクに興味深げな眼差しを投げた。
そして、警戒を強める自由騎士達を前に、レイルズは己の大剣を手に取る。
「まぁ、いずれにせよ我らに刃を向けるのであれば、それは神敵。必滅です」
「言ってくれるのう、シャンバラの犬風情が」
シノピリカがレイルズの前に出る。彼女は、油断せずサーベルを構えていた。
「さて、あなたが私のお相手ですか、異端のお嬢さん」
「クク、それよそれ。ワシを見るなりすぐにその名を持ち出す辺り、お主も由緒正しいシャンバラの犬のようじゃなぁ」
「フフフ――」
レイルズが動く。
シノピリカは彼の一撃を受け止めようとするが――
「……鋭い!」
だが、対応しきれなかった。レイルズの動きは彼女の想定を超えて速かった。
「悪しき者、あなたには罰をもって応じましょう」
そしてレイルズが刃を床にたたきつける。
オーバーブラストか!
シノピリカは先刻ミルトスがそうしたように爆風を前に構え、吹き飛ばされつつもかろうじて体勢を維持する。
「罰とはこの程度――、……!?」
そして反撃に出ようとするが、体が動かない。
「な、こ……!?」
これは、と、呟くこともできずシノピリカはその場に這い蹲った。
「押しなさい!」
すかさずレイルズが指示を下す。
近くにいた軽戦士が、一声の応答と共に肉薄し、シノピリカの肩に刃を突き立てた。
「クソッ、あれは何だ? 呪縛か!」
シノピリカが悲鳴を響かせる中、真っ先に対応したのはツボミだった。
彼女の発動させた治癒の魔導によって、シノピリカを縛る呪いは何とか消失した。
「――フフフ」
だが、すでにレイルズが次の行動に移ろうとしている。
「させるかよぉ!」
二枚の盾を前に突き出し、マリアがフォローに入った。
「それはこちらのセリフよ!」
しかしランヴェルの苛立ちにまみれた声。
魔導によってマリアの足元が泥化し、その動きを大きく阻んできた。
「クッソ!? ……けどよ、オルステッド、行けェ!」
「言われねぇでも、分かってらぁ!」
マリアの盾の裏側から、柊が飛び出してきた。
「む……!」
レイルズの顔色が変わる。
「一刺し、喰らってみろや!」
柊が純白の聖堂騎士の懐に飛び込もうとした。
踊る刃がレイルズの腹部を狙う。――が、直前、その動きはいきなり止まった。
フェイントだ。マリアも、そして柊の一撃も。
本命は――
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ボルカスである。
自らを奮い立たす雄叫びと共に、焔に包まれた穂先でレイルズの背中を狙う。
「――小細工を!」
だがレイルズは一瞬虚を突かれながらもすぐに気づき、身を斜めに傾けた。
「な、に……!?」
ボルカスの穂先が、鎧の表面を滑って傷を残す。
命中は、しなかった。
「我が主ミトラースよ、我を見守り給え。我に力を与え給え!」
祈りの叫びと共に、再びくり出される呪縛の爆風。
今度は、さっきとは違う。
マリアと、柊と、ボルカスと、前衛の大半が巻き込まれてしまった。
「今だ! 畳みかけろ! 圧し潰せ!」
ランヴェルが自由騎士を指さして唾を飛ばす。
その声に、シャンバラの兵士達が一気に勢いに乗った。
「……何てこと!」
アンネリーザの狙撃が重戦士に命中する。だが、止まらない。倒し切れない。
「ツボミさん、ウタさん、早くみんなの方を!」
「わ、分かってる……、でも……!」
ウダまでもが、焦りに声をどもらせる。敵の圧力がどんどん強くなっていた。
「クソが……! まとめて吹き飛びやがれ!」
毒づいて、ザルクが銃を連射する。
生じた弾幕が敵前衛に見事に直撃。その進撃を一度は止めるが――
「潰しなさい」
冷徹なるはレイルズの声。
シャンバラの兵士の足が再び前へと踏み出される。
「そう、神敵を滅するのです。それこそが我らが主の願い!」
大剣を振るい、自ら先頭に立って部下を指揮するレイルズに、兵士達はさらに士気を滾らせて鯨波の声を上げた。
信仰のもと、シャンバラの兵士達はその力を完全に一つにまとめていた。
「悪しき者よ、退け」
怯みかける自由騎士を前に、レイルズは厳かにそう告げた。
●天に唾棄する
光の矢が、敵重戦士の胸を直撃した。
「グッ、ごふっ……!?」
それは、マリアンナ・オリヴェルが放った一矢であった。
「気をしっかり持って、みんな! ヤツらの言う神なんて大したものじゃない!」
「……魔女。なるほど、あなたがこの者達を手引きしたのですか」
叫ぶ彼女を見て、得心いったようにレイルズがうなずく。
「だとしたら?」
「いいえ、別に? 納得しただけですとも。先刻の襲撃なども考えると……、ふむ、どこぞなりの異国の兵でも連れてきたと見るべきですね、これは」
鋭い。
レイルズの推測に、ザルクは小さく驚いた。
「ええ、分かりますとも。魔女如きに我が精鋭たる騎士候補がここまで押されるものですか。策の施し方や動きからして違うのですよ。あなた方は」
戦い慣れている、というのはそれだけ大きな違いだ。一見して分かるくらいに。
「しかし、これは何とも恥ずかしいことだ」
「……何がよ」
露骨に呆れるレイルズに、マリアンナはその眼差しを険しくした。
「何がも何も、あなたがしたことはこの国の平和を脅かす大罪。いわば国の恥を晒しているに等しいのですよ。愚かしい。実に愚かしい」
「何が……、平和よ! この国に私達の平和なんてどこにもない!」
だが彼女のその心底の嘆きに、レイルズは微笑んだまま、
「何を言うのです。魔女に平和など必要ないでしょう?」
その返答に、自由騎士達は揃ってレイルズを睨みつけた。
だが彼らの視線を受けながらも聖堂騎士は平然としたものだ。
「魔女は存在自体が罪。あなた方の平穏は、つまりは世の危機なのです。それを、どうして我が主がお許しになられましょうか。僭越ながら私レイルズ・オードウィンは聖堂騎士として、我が主に代わって邪悪の枢軸たる魔女を捕らえましょう!」
「……理屈にすらなってない」
レイルズが語ったところを、ザルクは何一つ理解できなかった。
それはボルカスも、ミルトスも、他の自由騎士も同様で、そこに何かしら理解できるファクターがあれば、まだ何か反論ができたのかもしれない。
しかし、レイルズの主張に理解できるものはなかった。何もなかった。
「――でも、一つだけ、再確認したよ」
口を開いたのは、ウダ。
「やっぱりキミ達にとって、ミトラースは絶対なんだね」
「……異国人風情が、我が主の名を呼び捨てにしましたか」
レイルズの声に初めて怒りの色がにじんだ。
たったこれだけのことで怒りを誘う。確かに彼らにとってミトラースとは至上の存在。世の全てといっても過言ではなさそうだった。
ウダは、教会奥に安置されているミトラースの神像を見る。
そして彼は、神像の方をゆっくりと指さした。
「ご覧よ。キミ達が奉じる神の姿を」
剣戟の音響く戦場にあって、ウダは戦うことをやめてそれをしたのだ。
明らかに、行動として浮いている。
浮いているだけに、目立つ。
目立つだけに、それはシャンバラの兵士らの意識を見事に釣り上げた。
重戦士が、軽戦士が、ランヴェルも、レイルズすらも神像を見た。
――幻術によってヨウセイの耳と翼が付与された、己が神の似姿を。
「どうだい、よくできてるだろう」
静まり返った教会に、ウダの声はよく通った。
本当は、神像の姿を醜悪なものに変えたかったが、彼が使える幻術ではそこまで自在に幻を形作ることはできない。だから、一点豪華主義にした。
ヨウセイの耳と翼ならば、この二か月ずっと見ている。記憶もバッチリだ。
「キミ達が崇めている神がこんな姿だったら、差別や迫害も無かったのかな」
「やりおったわ……」
戦慄と共に、シノピリカが苦笑交じりの声を漏らした。
彼女は身をもって知っている。シャンバラの民の前でミトラースを愚弄すること。その意味と、この後に起きるであろう展開を。
「――死を」
低い声は、レイルズのもの。
彼は振り向く。
その顔には、怒りと憎悪を凝縮した恐るべき形相が浮かんでいた。
敵全員が、同じ顔でウダを睨む。
「死を」
「我が主を愚弄する者に死を」
「我が神を嘲弄する者に死を」
「――死を」
「――死を」
「――死を!」
そして、聖獣を除く全員が武器を構えてウダへと殺到する。
「……ハハ、これはちょっと、怖いかな」
覚悟の上ではあったが、それでも免れ得ない恐怖の圧に、ウダは小さく苦笑した。
●人はそれを信念と呼ぶ
「ぼ、僕はいいか、ら、敵を……、倒し……」
呻くウダの胸に三本目の細剣が突き立てられた。
メチャクチャだった。
グシャグシャだった。
当然である。
シャンバラ兵の全ての攻撃がウダ一人に集中しているのだから。
「――死を!」
「――死を!」
「――死を!」
押し寄せる殺意の奔流を、彼は己の持つ防御技術全てを駆使して受け止める。
だが足りない。絶望的に足りない。
ウダの痩身はあっという間に血に染まった。
身を切られ、筋を断たれ、骨を折られ、血を失いながら、ウダはそれでも弱々しくも仲間へと声を向ける。
「早く……、敵、を……」
見るからに半死の状態に追いやられながらも彼が立てている理由は、今まさにその命を燃やしているからに他ならない。
莫大な敵の殺意を、己の命の爆発的燃焼によって相殺し続けている。
それが今のウダである。
だが無論、長くはもたないだろう。人一人の力は大きいが小さい。
「何てことを……!」
さしものツボミもが絶句する光景。
他の自由騎士も一様に、彼が取った行動に衝撃を受け、立ち尽くしている。
そんな中、一人が動いた。
「何を、呆けているのよ!」
放たれた二つの矢が、時間差をつけて敵ネクロマンサーを横殴りにする。
「……エル!」
攻撃したのはエルだった。
「ウダが体を張っているのよ? その時間を、どうして無駄にしてんのよ!」
叫び、彼女はさらに魔導の矢を放っていく。
「戦いなさいよ! そのためにここに来たんでしょ! 倒しなさいよ! そのためにここにいるんでしょ! 木偶の坊は消えなさい! 私は自由騎士なのよ!」
彼女の一喝に、まず応じたのはマリアンナだった。
「そうよ。……そうよね。そうよ! 私は、私達は!」
彼女もまた、光の矢を撃つ。
直撃を受けた重戦士が、ギロリとマリアンナを睨みつけた。
「魔女風情が……! 貴様らなど、“薪”になっていればよいのだ!」
「薪だァ? そりゃどういう意味だ、オイ!」
重戦士の一撃を、柊がマリアンナに代わって防ぐ。
「黙れ神敵! 死を! 我らが神を愚弄せし神敵に滅びを!」
「……全く、聞き飽きたわ!」
続けて攻撃しようとする重戦士へ、シノピリカが突撃する。
体重が十分に乗ったサーベルの一閃に、重戦士は腹を切り裂かれて倒れた。
「行ける。……行けるぞ!」
ザルクも再び地面へと魔導の弾丸を撃って、束縛の結界を形成。
ウダへの集中攻撃によって完全に統制が失われたシャンバラの兵の多くが、結界に巻き込まれてその動きを鈍化させる。
「何をしている。何故倒れている! 殺せ、神敵を殺すのだ!」
ランヴェルが声を裏返すも、怒りに駆られて暴れるだけの存在となった兵士達など自由騎士にとってはいい的でしかない。
シャンバラ側は一人、また一人と倒れ、先んじて癒し手が倒されていたため体勢を立て直すこともできず、追い込まれていく。
戦いの流れは、完全に自由騎士側に傾いていた。
「……ハ、ハ」
その光景を目にしたウダは、小さく笑って、そして倒れた。
「ごめん、限界だ……。あと、任せたから……」
「頑張りすぎだ、馬鹿者め。……任された」
最低限の癒しの術を施して、ツボミはウダを後方へと下がらせていった。
そして前線では、激昂冷めやらぬレイルズが大剣を振り回していた。
「どこです。どこにいるのです神敵!」
「いるだろうが、お前の目の前に!」
「それも沢山、なァ!」
ボルカスとマリアがレイルズに挑みかかる。
しかし、理性を売りなっていようとも聖堂騎士はなお強敵であった。
ボルカスの槍による刺突を鎧で受けて、その丸みでそらし、マリアの盾での突撃を大剣の刃で叩き払って器用にかわす。
そして聖堂騎士は大きく目を剥いて叫んだ。
「邪魔ですよ、神敵、神敵、神敵! 殺しましょう、全て絶ちましょう!」
「全く、大した技量。……そして大した即断だよ」
攻撃をかるくいなされながらも、ボルカスは再度槍を構える。
「聖堂騎士ってのは全員がそうなのか。神の敵と見れば、殺す以外はないと」
「当然でしょう。我が神の名を穢す者全て、その一切を世から消します!」
「そうか――」
聞いて、彼は小さく笑う。
「その決断力は信仰ゆえか。……いや、凄いな。私の家はどうにも、優柔不断でな」
そしてボルカスは槍を両手に掴み、高く掲げて――
「処刑人の家系だというのに、殺した相手について悩む者ばかりだ」
「愚かな。愚か愚か! その程度の心構えで何がなせるというのですか!」
「そうだな例えば、お前を吹き飛ばすこととかだ!」
地面に穂先を突き立てれば、巻き起こった爆風がレイルズを圧倒した。
「ぐ、ォォア!!?」
だが、飛ばされただけで倒れてはいない。
「この程度が、何だと……ッ!?」
レイルズは崩れた姿勢をすぐに立て直そうとしたが、体が動かなかった。
――これはまさか、私の!?
彼は驚愕した。
自分が使いこなす、戒めの剣撃ディバインウェイブ。
それがまさか、こんな男に真似られるなど――
「……いや」
直後、レイルズはニヤリと笑った。
体が動く。束縛は一瞬のみでしかなかったようだ。
「そう、悪しきを縛るが我が術理。それを悪しき者が使うなど不可能です!」
「ああ、全くその通りだな」
試しはしたが、使えはしなかった。ボルカスにとっても予想通りの結果だ。
「ならば見なさい。これが、これこそが本物の技というものです!」
そして今度はレイルズが大剣を振り上げた。
ディバインウェイブの構えだ。刃を叩きつければ、呪縛の風が吹き荒れる。
だが、先にザルクが動いていた。
「そうはさせねェ!」
銃声。
弾丸は、レイルズの指先を抉り取る。
「う、がああああああ! ゆ、指が、私の指がァァァァ~……!」
激痛に聖堂騎士は背を丸めた。その懐にマリアが踏み込んでいく。
「――終わらせてやるよ。この、一撃でなァ!」
放つは必殺の一撃。
全身全霊を込めたマリアの拳が、レイルズの胸部に深々と突き刺さる。
「がはァ……ッ」
鎧の胸部に拳の跡を残し、吹き飛ばされた聖堂騎士はそのまま意識を途絶えさせた。
「認よう聖堂騎士。私の家系は愚かだよ。……だがな、死について悩まないお前の正義なんぞよりは、絶対マシだ。それだけは断言してやるよ」
動かなくなったレイルズを見下ろして、ボルカスは静かにそう言った。
●聖櫃の真実
教会の制圧は終了した。
教会内にいた十数名のシャンバラ兵達は残らず拘束され、床に転がされた。
無論、聖堂騎士レイルズも、である。聖獣以外は殺していない。
「“薪”はどこだ」
唯一意識を保っていた第二司教ランヴェルにエルと柊がその問いを投げた。
「……な、何の話だ?」
空っとぼける第二司教に、目を据わらせたエルが魔力の炎を近づけて再度尋ねた。
「“薪”はどこ?」
「ぐ……」
迫る炎に、ランヴェルは頬をかすかに焼かれる。
「このまま答えないなら、まず鼻を焼くわ。次に目を――」
「ち、地下だ……。聖櫃は地下にある!」
エルの脅しに屈し、ランヴェルは悲鳴じみた声でそれを吐いた。
聖櫃。
聞き慣れない言葉だった。エルと柊はマリアンナを見る。
「ごめんなさい。聞いたことはあるけど、よくは知らないわ……」
彼女の返答にうなずき、エルはランヴェルへと向き直った。
「聖櫃まで案内しなさい。逃げようとしても無駄よ」
「分かった。分かったから火を遠ざけてくれ!」
「……エル。もうそこまでにして」
アンネリーザにも言われて、エルは「フン」とそっぽを向いた。
その後、ランヴェルを案内役としてエルとツボミ、アンネリーザとミルトス、そしてマリアンナが地下へと向かうことになった。
地下への道は長い螺旋階段だった。
「なぁ、マリアンナ。お前さんは上にいた方がよかったんじゃないか?」
「ごめんね、ツボミ。でもどうしても、気になって、ね」
乾いた石段を踏みしめながら、ミルトスがランヴェルに尋ねる。
「聖櫃って、一体何なのかしら」
「聖櫃こそはシャンバラの地に豊穣を約束せし我らが主の大いなる御業だ」
つまりどういうことなんだろう。ミルトスにはさっぱり分からなかった。
やがて、長かった螺旋階段も終わって、大きな白い両開き式の扉が見えてきた。
その扉を見るなり、マリアンナは自分の肩を抱いた。
「何、これ……。寒い?」
気温はそこまで低くない。だがどういうワケか、悪寒が止まらなかった。
「行くぞ。あの扉の向こうに、全ての答えはある」
ツボミがマリアンナの手を掴んで引っ張った。
「……うん」
意を決し、マリアンナは扉を開けた。
真っ白い光が一気に溢れてきた。
「う……」
眩さに目を細め、しばし時間を置く。するとじきに目も慣れてきて、
「………………そんな」
目にした光景に、マリアンナは言葉を失った。
かなりの広さを持った、純白のドーム状の空間であった。
壁も床も天井も、全て白。中央には斜めに傾けられた黄金の棺が設置してある。
あれが――“聖櫃”なのだろう。
見えたのはそれだけの簡素な空間で、しかし……、
「そんな、そんな……!」
マリアンナの瞳に、見る見るうちに涙が溜まる。
ドーム状の空間のその床に、使い古された“薪”が転がっていた。
一見するとそれは朽ちた茶黒い枯れ木にしか見えない。
しかしマリアンナにはすぐに分かった。
間違いない。あれは“かつてヨウセイだったもの”だ。
魔力を、精力を、命そのものを搾り尽くされた、“ヨウセイだったもの”。
完全に、完璧に干からび切っている状態だから、黒い枯れ木にしか見えない。
それが幾つも床に転がっていた。
幾つも、幾つも、幾つも幾つも幾つも幾つも。白い光に照らされながら。
「う、ぉえ……!」
ミルトスも吐き気をこらえ切れない。これは地獄絵図だ。
「これか……、エルが感じた怨嗟の源は、こいつらか……!」
「ええ、そうみたいね」
慄然とするツボミに、エルは答えて唇を噛んだ。
「あの棺を開けるスイッチはどこにあるの!」
「う……、せ、聖櫃の裏に……」
ミルトスに胸ぐらを掴み上げられ、ランヴェルは苦しげに答えた。
アンネリーザが走って黄金の棺の後ろに回り、それと思しきスイッチを押す。
すると棺がガクンと震えて、その蓋が開かれた。
中には、半ばミイラ化したヨウセイがいた。
「う、あ、ああ……!」
マリアンナが駆け寄って、棺の中にいた同胞を抱き寄せる。が――
「……何て、軽い」
小枝よりも羽毛よりも、その身は軽かった。命亡き者の軽さであった。
「あ、あああああああああああ……、うあああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァアアアアアアア――――ッッ!!!!」
マリアンナは泣いた。心のままに泣き叫んだ。
その慟哭に、エルは肉が白くなるまで拳を握り締めた。
「……“聖櫃”、ヨウセイの命と魔力を燃料にして土壌を豊かにする魔導装置かよ。よくもまぁここまで徹底したものだ、ド外道め」
ツボミが重苦しく言い捨てる。
「どうして、何でこんなひどいことができるの……」
神がなす外道。信仰がなす不条理。
それを目の当たりにして、アンネリーザはただただ呆然とするしかなかった。
「ねぇ……」
ミルトスが半笑いになってランヴェルに尋ねる。
「あなた達は、暴力が好きなのですよね? 人を虐げるのが好きなのですよね?」
「な、何を……?」
「そうなんでしょう? そうだと言いなさい。でなきゃ、人にこんなことをしておいてそんな平然としていられるはずがないですものね!」
ミルトスの剣幕にランヴェルは目を白黒させる。
「答えなさいよ、そうなんでしょう? 暴力が好きなのでしょう?」
「馬鹿な! 無闇に暴力を振るうことなどあるものか! わ、私は聖職者だぞ!」
「だったらあれは何なのです? 人を魔導装置の燃料にするなんて……!」
ミルトスは叫び、聖櫃を指さす。
するとランヴェルはその顔に不理解の色を浮かべてこう返した。
「……魔女は人間ではないだろう?」
もはや言葉はなかった。
ミルトスの拳が、ランヴェルを黙らせた。
「そろそろ行きましょう」
しばらく待ってから、エルがマリアンナの背を叩いた。
ヨウセイの少女の身が傾ぐ。エルとツボミが両側から彼女を支えた。
「ご、ごめんなさい、私……」
「ああ、いいって。肩貸してやるからそのままでいろ」
「そうよ。遠慮はやめなさいね」
二人に肩を貸してもらって、脱力しきったマリアンナはうなずいた。
そして自由騎士達はひとまず地上階まで戻ることにした。ここにいても、できることはないからだ。
「ごめんなさい。またすぐに、弔いに来るから」
アンネリーザが呟いた一言は、まさに皆の気持ちの代弁であった。
●そしてイ・ラプセルへ
「……そうか、僕達は燃料か」
話を聞き終えて、パーヴァリはただ一度うなずくのみだった。
陽動を終えて戻って来たウィッチクラフトの面々は、今は自由騎士に変わってシャンバラの兵士たちの監視についている。
そして自由騎士とパーヴァリを含む数名は、教会脇にある建設中の離れへと来ていた。
ここには祭壇がある。
転移用魔導装置“聖霊門”の祭壇だ。
「僕達を追ってきた部隊は逃げたよ。多分、教会が君達に制圧されたことに気づいたんだろう」
「つまり、敵にこっちの存在を隠すことはできなくなった、と」
それを聞いて、ザルクは小さく息をついた。
逃げた部隊は間違いなく上にこのことを報告するはずだ。
「出来れば最後まで隠し通したかったが」
「なぁに言ってんだよ、無理に決まってんじゃねぇか!」
だが彼の希望を、マリアはただ一言のもとに切って捨てた。
「ここまで派手に騒いで『ぼくたちなにもしてません』な~んて、通用するわきゃねーっての。とっくにハラ決まってんだろ。だったら堂々としてりゃいいってんだよ。……戦う理由、こっちもまたできたしよ」
ここにはいないマリアンナを思って、マリアは勝気だった表情を沈ませた。
「フン、そうだな。これであいつの重荷も下りるかと思ったが、それどころじゃなくなったからな」
マリアンナを寝かしつけたツボミがやってくる。
「一応、あの後の調査で生きてるヨウセイを何人か確保できたのは不幸中の幸いかな」
「お前は平気なのか、パーヴァリよ」
ツボミに問われて、ヨウセイの青年は「ああ」と返す。
「いずれは明らかになっていたことを今知った。……それだけだよ」
「ドライなことだ」
「表向きだけでも乾かなきゃ、やっていけないんだ。富も潤いも、全部シャンバラの連中が独占しているものでね」
肩をすくめるザルクに、パーヴァリは苦笑した。
「パーヴァリさん、いいですか?」
そこに、マザリモノの魔導士が報告を寄越してくる。
「聖霊門の開通、確認しました」
「おお、やったか!」
自由騎士達が色めきだった。
このニルヴァン小管区とイ・ラプセルにある聖霊門。
その開通儀式が、滞りなく終了したという報告であった。
「シャンバラの捕虜の助力ってのが気にくわねぇけど、ま、通じたってんなら細かいことは後だな!」
ちなみに、イ・ラプセル側で聖霊門開通の儀式を行なったシャンバラの捕虜二名は、その後、通商連に引き渡されることになっていた。
さすがに開通した聖霊門を通じて戻ってくるわけではないようだ。
国というのは、様々、面倒くさい手順を踏まねばならないのだった。
「これで、俺達はイ・ラプセルに戻れるわけか……」
深い感慨と共にボルカスが言う。この二か月の道程が次々に思い起こされた。
「そうだ。お前達も、イ・ラプセルに来ないか……?」
ツボミがパーヴァリに問うが、彼は曖昧に微笑み、
「一度はそちらに行くことにはなるだろう。でも、そのあとのことはすぐには決断できないかな。救うべき同胞をそのままにができないからね。ただ、行きたいと願っている同胞がいるならそれを止めるつもりはない」」
聖櫃。
ヨウセイの命を燃料とする環境制御システム。
燃料とされてしまうであろうヨウセイを救うのも、ウィッチクラフトの使命だろう。
「そうか、まぁ、考えておいてくれ」
ツボミも今この場での説得は諦めることにした。
そして――
「誰が最初に行く?」
「それ決める必要あるのか?」
「記念すべき帰還者第一号だぜ! そりゃ決めねぇとだろ!」
などと、ちょっと帰る順番でモメたりしつつも、自由騎士達はついに聖霊門を通って帰還を果たす。
「イ・ラプセルだ! ……うえっぷ」
帰還してからの第一声はそんな締まらないものになってしまったが、しかし間違いなく、目の前に広がる景色は彼らの祖国に間違いなかった。
情勢は、これから大きく動くことになるだろう。
これからやるべきこともまだまだ多く、新たな問題も出てくることだろう。
だが今だけは全てを横に置いて、二か月の長旅を終えた戦士達にこの言葉を贈るべきだろう。
――おかえりなさい。
いよいよ、陽が暮れる。
空の色は茜より紺へと変わり、もはやほとんど闇一色。
そして景色全てが夜に沈んで陰と化してしばらく、幾つもの蹄の音が響いた。
「行ったか」
物陰に潜み、重なる蹄の音が遠のくのを確かめて『惑う騎士』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)が呟いた。
「ウィッチクラフトのヨウセイさん達、無事だといいけど……」
陽動を引き受けてくれたヨウセイ達のことを思い返し、『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が心配げにそうこぼした。
しかし、これから自分達も敵の本拠地に突入しなければならないのだ。
「……結構残ってやがるな」
真っ直ぐに教会を見据えて、『闇の森の観察者』柊・オルステッド(CL3000152)が舌を打った。
「陽動だと気づかれたか? ……最後の戦いは厳しくなりそうだ」
ボルカスが漏らしたその一言。
二か月間に及ぶ異邦潜入の旅も、おそらくはこの戦いで終わる。
無意識のうちに、数人が拳を握っていた。
「成功させるわ。何としても」
「おう、ここまで来たら敵に何がいようがお構いなしだ。やってやるぜ」
意気込むミルトスに柊も発奮し、その腕をグルングルン回す。
「――行くぞ!」
「「応ッ!」」
そして自由騎士達が、一気に突撃、教会へと乗り込んでいく。
「ダイナミックお邪魔しますシールドバッシュ!」
相応に大きな教会の、相応以上に大きな教会の扉を、『双盾機神』マリア・スティール(CL3000004)がかざした盾でブチ破った。
「……何だ!?」
明かりの下、教会内部にたむろしている兵士たちの姿を確認する。
顔に頭巾をかぶった魔女狩りではない。
いずれもが正規の訓練を受けた国防の兵士達。戦い方を心得ている者達だ。
しかしそんな彼らでも、この急襲には一瞬身を固くした。
「そこ、縛らせてもらう!」
刹那ほどの小さな隙を、だが『アーマーブレイク銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)は見逃さない。
ザルクが地面に銃口を向ける。放たれるのは魔力による不可視の弾丸だ。着弾したそれは地表の一定範囲に広がって、結界を形作った。
狙ったのは、敵の後方。
そこに陣取っているヒーラーと思しき数名が立っている場所だった。
「動きが……!」
成立した結界によって、敵が動きを鈍くする。ザルクは口の端を釣り上げた。
「今回だけは、不殺を通してやるわよ!」
そして畳みかけるように、自由騎士側で中衛に立つ『魔女』エル・エル(CL3000370)が体勢を整えられずにいる敵へと向けて手をかざした。
「集え、今わの際の絶望よ――ッ!」
彼女はその手に漂う怨嗟を集め、力へと還元しようとする。だが――
「……な、ン! これッ!!?」
感じたのは、眩暈にも似た感覚。意識が揺らぐ。視界がボヤける。音は遠くに、だがはっきりと聞こえるものがあった。
悲鳴。苦鳴。苦悶。絶叫。号泣。泣。鳴。哭。哭哭哭哭々々々々――――!
「く、ァ……」
内から弾けんばかりの強烈な負の想念に、エルはくぐもった声を漏らして身を丸めた。それを見て、ザルクが目を剥く。
「どうした、エル!」
ここで彼女が大きな一撃を決めるのが本来の作戦の流れだ。
それができなければ、自由騎士側の策に狂いが生じる。
強襲によって得られた勢いが、途絶えてしまう。
「エル殿――ッ!」
『ビッグ・ヴィーナス』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)の強い調子の呼びかけにもエルは反応せず、一秒、二秒……。
自由騎士の間で焦燥は膨れ上がろうとした、そのとき、
「貴様らァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッ!」
エルが絶叫を迸らせた。
前のめりに身をかがませていた彼女が、背を弓なりにして咆哮する。
解き放たれた魔導は、強烈な重圧となってザルクの結界に縛られていたシャンバラの兵士達を巻き込んだ。
「……! ならば、ワシも行くぞ!」
何がどうなったのか分からない。だがエルの一撃は確かに決まった。
今はとにかくその事実があればいい。シノピリカが走り出す。
だがすでに、敵の前衛は武器を構えつつあった。
もう敵は混乱から立ち直りかけているのか。さすがに練度が高い。
ゆえに、なおさら今という機は逃せないのだ。
「吹き飛べェい!」
デカくてゴツい自慢の左腕を床に叩きつければ、巻き起こった爆風が敵を諸共吹き飛ばす。まさに、強襲の最後を飾るに相応しい一打であろう。
「貴様ら、どこの手の――!」
「あなた達の、敵よ!」
敵前衛の叫びに、『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が言い返した。同時、構えたライフルより銃声。
しっかりと狙ったその銃撃は、たった今問いを投げた敵前衛の肩を貫く。
「うごぉ!」
上がる悲鳴に、アンネリーザは反射的に目を閉じた。
何度戦場に立とうとも、誰かを傷つけるその感覚には慣れることができない。
さらに言えば、戦いはこれからさらに激しさを増すだろう。自分は、その流れに身を置いてどこまで自分を貫けるのか。
アンネリーザは軽くかぶりを振った。今は、それを考える時ではない。
「とにかく、今は戦うのよ!」
自分に言い聞かせて、彼女は銃弾を新たに一発ライフルに込めた。
二か月に及ぶ旅。その最後の戦いが始まった。
●これが戦争
「もう一発行くぞォ!」
シノピリカがその剛腕を高く掲げようとする。
「グオオオォォォウ!」
しかし轟く獣の雄叫び。奥から飛び出してきた巨体が彼女に躍りかかった。
頭に湾曲した角を生やした白い虎のような大型肉食獣。
シャンバラの魔導技術によって改造された戦闘用幻想種――聖獣である。
「ガウッ! グロロロロッッ!」
「ぐぬ、こ、こやつ……!」
シノピリカはとっさに左腕を突き出すが、聖獣はそれに喰らいついた。
聖獣の牙が鋼腕に食い込んでミシミシと小さく軋ませる。シノピリカが湧き上がる危機感に顔を歪めた。
「あの女を狙え!」
シャンバラの兵士が、動きを止めたシノピリカに狙いを定める。
対応が速い。さすがに正規兵、魔女狩り風情とは格が違うか。
しかしそれは、こちらも同じこと。
「フゥゥゥゥ――、ハッ!」
呼吸と共に繰り出される、ミルトスの体当たり。
女性が出したとは思えない打撃音が、聖獣の体を横から大きく歪めた。
「ガゴロァア!」
声と唾液を散らしつつ、聖獣がシノピリカから離れた。
そしてさらに、
「オウオウ、やってくれんじゃねーのよ、デカニャンコが!」
扉を破砕したマリアのシールドバッシュが聖獣の鼻っ面に叩きこまれる。
いかな巨体でも耐えきれず、聖獣が大きく退いた。
マリアはそこに追撃を仕掛けようと――
「地面が……!?」
だが、動けなかった。液状化した床が、足にしつこく絡みついている。
ネクロマンサーの操る魔導だ。
「こっちだって、負けてないわよ!」
アンネリーザが動く。
構え、狙い、そして撃った。流れるような一連の動き。弾丸が、ネクロマンサーの足を抉った。
「……ッ!」
だが、敵は悲鳴をあげなかった。完全に戦う覚悟ができているようだ。手強い。
「隙間を作るな! 前衛、防御陣形! 癒し手は負傷者を治癒せよ!」
指示を飛ばしているのは、敵陣のさらに奥にいる司教姿のソラビトだった。
騒ぎに気付いてやってきた第二司祭ランヴェルである。
「手が足りません! 癒し手はすでに二人が……!」
「何だとぉ~……!?」
もたらされた報告に、ランヴェルはその顔を苦々しく歪めた。
敵はすでに防御陣形を組んでいるが、ヒーラーを倒せている分、自由騎士が有利だ。
こちらも、連携を密にしていけば――
「知ったことじゃないわよ。お前らだけは、お前らだけはァ!」
「待て待て待て待て!」
怒気を全身から溢れさせながら突っ込もうとするエルを、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が後ろから羽交い絞めにして止めた。
「何だ、どうした! さっきまでは落ち着いていたクセにいきなりブチギレおって、貴様らしくも無――、いや、いっそ貴様らしいのか? ええい、どうでもいい。それより何がどうしたってんだ!」
「こいつらは魔女狩りと同じだ! こんな連中を相手に不殺なんて、やっぱり間違ってた。全員ブチ殺すべきなのよ、こいつらは!」
エルの、この凄まじいばかりの剣幕。
戦いが始まる前まで、彼女はアンネリーザへの気遣いからかシャンバラの兵士を殺さないと語っていた。しかし、この激昂具合はどうしたことだ。
「貴様、さっき一体何を感じ取った……?」
きっかけは間違いなくエルが放った最初の魔導。その際に彼女は何を知ったのか。
いや、今はそれを確認する場面ではない。
「オイ、戦線は何とかそっちで維持しろ! こいつはこっちで何とかする!」
舌を打って、前線の仲間へとツボミが叫ぶ。
「了解だ!」
応じたのはボルカス。
彼は槍を手にして、まさに敵とやり合っている最中だった。
だがやはり手強い。刃を打ち合わせ、攻めて、防いで、だが懐に敵が迫った。
「おっと、そうはさせないよ」
間一髪、『湖岸のウィルオウィスプ』ウダ・グラ(CL3000379)がカバーに入って敵の動きを阻害した。
「……違うな、やはり」
深追いすることなく退いた敵を見て、ボルカスはそう呟いた。
軍事力が低いシャンバラでも、正規軍の兵士ともなれば個々の技量は高い。だがそれ以上に、今回の敵は集団としての強さが際立っている。
一人が力のままに暴れてどうにかなる。そんな甘い相手ではないのだ。
重要なのは連携。
それは、こちらも敵も変わらない。
だからツボミはエルの暴走を抑えに回った。味方の連携を崩さないために。
「時間をかけるな! 不届き者共を切り崩せ!」
ランヴェルから再度指示が飛んだ。
動き出したのは長柄の武器を携えた重戦士二名。
高々と振り上げたその一撃は、同じスタイルであるボルカスならばわかる。オーバーブラストの予備動作だ。
「来るぞ! 踏ん張れ!」
彼の声に、最前線で聖獣の相手をしていたミルトスが防御態勢を取った。
直後に、敵重戦士のオーバーブラスト。教会の地面が揺れた。
「ゥ、う! くぅ……!」
爆風にミルトスは吹き飛ばされながらも、すぐさま体勢を立て直して走り出す。痛みはあったが、動きを阻むほどではなかった。
「ゴォアアアアア!」
一度開いた距離を、聖獣は助走に使ってきた。
速度に乗った大型肉食獣の肉体は、それ自体が恐るべき威力を誇る。
真っ正面から迫る獣に、ミルトスは悪寒を感じつつも一度足を止めた。
――流せるか?
不安がよぎる。しかし迷っているヒマはない。彼女は足を止めて構えた。
十分に加速した状態で聖獣が爪を振るってきた。
凄まじい衝撃が、ミルトスの身を襲う。
「ぎ……~~~~!」
普段ならば絶対出さない声を漏らし、彼女はその一撃を何とか受け流した。
ズキン、と、関節に痛みが走った。さすがに受け流し切れなかったか。
だが攻撃を防がれた聖獣も警戒するように再び間合いを開ける。
ミルトスは急ぎ呼吸を整えた。
「痛がってられないわよね、今ばっかりは……」
今度は攻撃のための構えに変えて、彼女は小さく笑った。
戦況は一進一退。敵も味方も総力を結集して相手戦力を打倒せんとする。
まさに、シャンバラに潜入してから初めて経験する戦争であった。
●悪しき者よ、退け
奥から現れたその男は、全身を穢れなき純白で装っていた。
「思いの外、時間がかかっているようですね」
この鉄火場に似つかわしくない、穏やかで優しげな声。
しかし、その声を聴いた瞬間にランヴェルは大きくその身を震わせた。
「レ、レイルズ卿!」
「やれやれ何とも不甲斐ない。それでも騎士候補ですか、あなた達は」
「……聖堂騎士、か」
現れた男の姿を見て、ザルクが言う。
「おや、それを知っているとは。……ふぅん、一体何者なのでしょうね」
レイルズと呼ばれた男がザルクに興味深げな眼差しを投げた。
そして、警戒を強める自由騎士達を前に、レイルズは己の大剣を手に取る。
「まぁ、いずれにせよ我らに刃を向けるのであれば、それは神敵。必滅です」
「言ってくれるのう、シャンバラの犬風情が」
シノピリカがレイルズの前に出る。彼女は、油断せずサーベルを構えていた。
「さて、あなたが私のお相手ですか、異端のお嬢さん」
「クク、それよそれ。ワシを見るなりすぐにその名を持ち出す辺り、お主も由緒正しいシャンバラの犬のようじゃなぁ」
「フフフ――」
レイルズが動く。
シノピリカは彼の一撃を受け止めようとするが――
「……鋭い!」
だが、対応しきれなかった。レイルズの動きは彼女の想定を超えて速かった。
「悪しき者、あなたには罰をもって応じましょう」
そしてレイルズが刃を床にたたきつける。
オーバーブラストか!
シノピリカは先刻ミルトスがそうしたように爆風を前に構え、吹き飛ばされつつもかろうじて体勢を維持する。
「罰とはこの程度――、……!?」
そして反撃に出ようとするが、体が動かない。
「な、こ……!?」
これは、と、呟くこともできずシノピリカはその場に這い蹲った。
「押しなさい!」
すかさずレイルズが指示を下す。
近くにいた軽戦士が、一声の応答と共に肉薄し、シノピリカの肩に刃を突き立てた。
「クソッ、あれは何だ? 呪縛か!」
シノピリカが悲鳴を響かせる中、真っ先に対応したのはツボミだった。
彼女の発動させた治癒の魔導によって、シノピリカを縛る呪いは何とか消失した。
「――フフフ」
だが、すでにレイルズが次の行動に移ろうとしている。
「させるかよぉ!」
二枚の盾を前に突き出し、マリアがフォローに入った。
「それはこちらのセリフよ!」
しかしランヴェルの苛立ちにまみれた声。
魔導によってマリアの足元が泥化し、その動きを大きく阻んできた。
「クッソ!? ……けどよ、オルステッド、行けェ!」
「言われねぇでも、分かってらぁ!」
マリアの盾の裏側から、柊が飛び出してきた。
「む……!」
レイルズの顔色が変わる。
「一刺し、喰らってみろや!」
柊が純白の聖堂騎士の懐に飛び込もうとした。
踊る刃がレイルズの腹部を狙う。――が、直前、その動きはいきなり止まった。
フェイントだ。マリアも、そして柊の一撃も。
本命は――
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ボルカスである。
自らを奮い立たす雄叫びと共に、焔に包まれた穂先でレイルズの背中を狙う。
「――小細工を!」
だがレイルズは一瞬虚を突かれながらもすぐに気づき、身を斜めに傾けた。
「な、に……!?」
ボルカスの穂先が、鎧の表面を滑って傷を残す。
命中は、しなかった。
「我が主ミトラースよ、我を見守り給え。我に力を与え給え!」
祈りの叫びと共に、再びくり出される呪縛の爆風。
今度は、さっきとは違う。
マリアと、柊と、ボルカスと、前衛の大半が巻き込まれてしまった。
「今だ! 畳みかけろ! 圧し潰せ!」
ランヴェルが自由騎士を指さして唾を飛ばす。
その声に、シャンバラの兵士達が一気に勢いに乗った。
「……何てこと!」
アンネリーザの狙撃が重戦士に命中する。だが、止まらない。倒し切れない。
「ツボミさん、ウタさん、早くみんなの方を!」
「わ、分かってる……、でも……!」
ウダまでもが、焦りに声をどもらせる。敵の圧力がどんどん強くなっていた。
「クソが……! まとめて吹き飛びやがれ!」
毒づいて、ザルクが銃を連射する。
生じた弾幕が敵前衛に見事に直撃。その進撃を一度は止めるが――
「潰しなさい」
冷徹なるはレイルズの声。
シャンバラの兵士の足が再び前へと踏み出される。
「そう、神敵を滅するのです。それこそが我らが主の願い!」
大剣を振るい、自ら先頭に立って部下を指揮するレイルズに、兵士達はさらに士気を滾らせて鯨波の声を上げた。
信仰のもと、シャンバラの兵士達はその力を完全に一つにまとめていた。
「悪しき者よ、退け」
怯みかける自由騎士を前に、レイルズは厳かにそう告げた。
●天に唾棄する
光の矢が、敵重戦士の胸を直撃した。
「グッ、ごふっ……!?」
それは、マリアンナ・オリヴェルが放った一矢であった。
「気をしっかり持って、みんな! ヤツらの言う神なんて大したものじゃない!」
「……魔女。なるほど、あなたがこの者達を手引きしたのですか」
叫ぶ彼女を見て、得心いったようにレイルズがうなずく。
「だとしたら?」
「いいえ、別に? 納得しただけですとも。先刻の襲撃なども考えると……、ふむ、どこぞなりの異国の兵でも連れてきたと見るべきですね、これは」
鋭い。
レイルズの推測に、ザルクは小さく驚いた。
「ええ、分かりますとも。魔女如きに我が精鋭たる騎士候補がここまで押されるものですか。策の施し方や動きからして違うのですよ。あなた方は」
戦い慣れている、というのはそれだけ大きな違いだ。一見して分かるくらいに。
「しかし、これは何とも恥ずかしいことだ」
「……何がよ」
露骨に呆れるレイルズに、マリアンナはその眼差しを険しくした。
「何がも何も、あなたがしたことはこの国の平和を脅かす大罪。いわば国の恥を晒しているに等しいのですよ。愚かしい。実に愚かしい」
「何が……、平和よ! この国に私達の平和なんてどこにもない!」
だが彼女のその心底の嘆きに、レイルズは微笑んだまま、
「何を言うのです。魔女に平和など必要ないでしょう?」
その返答に、自由騎士達は揃ってレイルズを睨みつけた。
だが彼らの視線を受けながらも聖堂騎士は平然としたものだ。
「魔女は存在自体が罪。あなた方の平穏は、つまりは世の危機なのです。それを、どうして我が主がお許しになられましょうか。僭越ながら私レイルズ・オードウィンは聖堂騎士として、我が主に代わって邪悪の枢軸たる魔女を捕らえましょう!」
「……理屈にすらなってない」
レイルズが語ったところを、ザルクは何一つ理解できなかった。
それはボルカスも、ミルトスも、他の自由騎士も同様で、そこに何かしら理解できるファクターがあれば、まだ何か反論ができたのかもしれない。
しかし、レイルズの主張に理解できるものはなかった。何もなかった。
「――でも、一つだけ、再確認したよ」
口を開いたのは、ウダ。
「やっぱりキミ達にとって、ミトラースは絶対なんだね」
「……異国人風情が、我が主の名を呼び捨てにしましたか」
レイルズの声に初めて怒りの色がにじんだ。
たったこれだけのことで怒りを誘う。確かに彼らにとってミトラースとは至上の存在。世の全てといっても過言ではなさそうだった。
ウダは、教会奥に安置されているミトラースの神像を見る。
そして彼は、神像の方をゆっくりと指さした。
「ご覧よ。キミ達が奉じる神の姿を」
剣戟の音響く戦場にあって、ウダは戦うことをやめてそれをしたのだ。
明らかに、行動として浮いている。
浮いているだけに、目立つ。
目立つだけに、それはシャンバラの兵士らの意識を見事に釣り上げた。
重戦士が、軽戦士が、ランヴェルも、レイルズすらも神像を見た。
――幻術によってヨウセイの耳と翼が付与された、己が神の似姿を。
「どうだい、よくできてるだろう」
静まり返った教会に、ウダの声はよく通った。
本当は、神像の姿を醜悪なものに変えたかったが、彼が使える幻術ではそこまで自在に幻を形作ることはできない。だから、一点豪華主義にした。
ヨウセイの耳と翼ならば、この二か月ずっと見ている。記憶もバッチリだ。
「キミ達が崇めている神がこんな姿だったら、差別や迫害も無かったのかな」
「やりおったわ……」
戦慄と共に、シノピリカが苦笑交じりの声を漏らした。
彼女は身をもって知っている。シャンバラの民の前でミトラースを愚弄すること。その意味と、この後に起きるであろう展開を。
「――死を」
低い声は、レイルズのもの。
彼は振り向く。
その顔には、怒りと憎悪を凝縮した恐るべき形相が浮かんでいた。
敵全員が、同じ顔でウダを睨む。
「死を」
「我が主を愚弄する者に死を」
「我が神を嘲弄する者に死を」
「――死を」
「――死を」
「――死を!」
そして、聖獣を除く全員が武器を構えてウダへと殺到する。
「……ハハ、これはちょっと、怖いかな」
覚悟の上ではあったが、それでも免れ得ない恐怖の圧に、ウダは小さく苦笑した。
●人はそれを信念と呼ぶ
「ぼ、僕はいいか、ら、敵を……、倒し……」
呻くウダの胸に三本目の細剣が突き立てられた。
メチャクチャだった。
グシャグシャだった。
当然である。
シャンバラ兵の全ての攻撃がウダ一人に集中しているのだから。
「――死を!」
「――死を!」
「――死を!」
押し寄せる殺意の奔流を、彼は己の持つ防御技術全てを駆使して受け止める。
だが足りない。絶望的に足りない。
ウダの痩身はあっという間に血に染まった。
身を切られ、筋を断たれ、骨を折られ、血を失いながら、ウダはそれでも弱々しくも仲間へと声を向ける。
「早く……、敵、を……」
見るからに半死の状態に追いやられながらも彼が立てている理由は、今まさにその命を燃やしているからに他ならない。
莫大な敵の殺意を、己の命の爆発的燃焼によって相殺し続けている。
それが今のウダである。
だが無論、長くはもたないだろう。人一人の力は大きいが小さい。
「何てことを……!」
さしものツボミもが絶句する光景。
他の自由騎士も一様に、彼が取った行動に衝撃を受け、立ち尽くしている。
そんな中、一人が動いた。
「何を、呆けているのよ!」
放たれた二つの矢が、時間差をつけて敵ネクロマンサーを横殴りにする。
「……エル!」
攻撃したのはエルだった。
「ウダが体を張っているのよ? その時間を、どうして無駄にしてんのよ!」
叫び、彼女はさらに魔導の矢を放っていく。
「戦いなさいよ! そのためにここに来たんでしょ! 倒しなさいよ! そのためにここにいるんでしょ! 木偶の坊は消えなさい! 私は自由騎士なのよ!」
彼女の一喝に、まず応じたのはマリアンナだった。
「そうよ。……そうよね。そうよ! 私は、私達は!」
彼女もまた、光の矢を撃つ。
直撃を受けた重戦士が、ギロリとマリアンナを睨みつけた。
「魔女風情が……! 貴様らなど、“薪”になっていればよいのだ!」
「薪だァ? そりゃどういう意味だ、オイ!」
重戦士の一撃を、柊がマリアンナに代わって防ぐ。
「黙れ神敵! 死を! 我らが神を愚弄せし神敵に滅びを!」
「……全く、聞き飽きたわ!」
続けて攻撃しようとする重戦士へ、シノピリカが突撃する。
体重が十分に乗ったサーベルの一閃に、重戦士は腹を切り裂かれて倒れた。
「行ける。……行けるぞ!」
ザルクも再び地面へと魔導の弾丸を撃って、束縛の結界を形成。
ウダへの集中攻撃によって完全に統制が失われたシャンバラの兵の多くが、結界に巻き込まれてその動きを鈍化させる。
「何をしている。何故倒れている! 殺せ、神敵を殺すのだ!」
ランヴェルが声を裏返すも、怒りに駆られて暴れるだけの存在となった兵士達など自由騎士にとってはいい的でしかない。
シャンバラ側は一人、また一人と倒れ、先んじて癒し手が倒されていたため体勢を立て直すこともできず、追い込まれていく。
戦いの流れは、完全に自由騎士側に傾いていた。
「……ハ、ハ」
その光景を目にしたウダは、小さく笑って、そして倒れた。
「ごめん、限界だ……。あと、任せたから……」
「頑張りすぎだ、馬鹿者め。……任された」
最低限の癒しの術を施して、ツボミはウダを後方へと下がらせていった。
そして前線では、激昂冷めやらぬレイルズが大剣を振り回していた。
「どこです。どこにいるのです神敵!」
「いるだろうが、お前の目の前に!」
「それも沢山、なァ!」
ボルカスとマリアがレイルズに挑みかかる。
しかし、理性を売りなっていようとも聖堂騎士はなお強敵であった。
ボルカスの槍による刺突を鎧で受けて、その丸みでそらし、マリアの盾での突撃を大剣の刃で叩き払って器用にかわす。
そして聖堂騎士は大きく目を剥いて叫んだ。
「邪魔ですよ、神敵、神敵、神敵! 殺しましょう、全て絶ちましょう!」
「全く、大した技量。……そして大した即断だよ」
攻撃をかるくいなされながらも、ボルカスは再度槍を構える。
「聖堂騎士ってのは全員がそうなのか。神の敵と見れば、殺す以外はないと」
「当然でしょう。我が神の名を穢す者全て、その一切を世から消します!」
「そうか――」
聞いて、彼は小さく笑う。
「その決断力は信仰ゆえか。……いや、凄いな。私の家はどうにも、優柔不断でな」
そしてボルカスは槍を両手に掴み、高く掲げて――
「処刑人の家系だというのに、殺した相手について悩む者ばかりだ」
「愚かな。愚か愚か! その程度の心構えで何がなせるというのですか!」
「そうだな例えば、お前を吹き飛ばすこととかだ!」
地面に穂先を突き立てれば、巻き起こった爆風がレイルズを圧倒した。
「ぐ、ォォア!!?」
だが、飛ばされただけで倒れてはいない。
「この程度が、何だと……ッ!?」
レイルズは崩れた姿勢をすぐに立て直そうとしたが、体が動かなかった。
――これはまさか、私の!?
彼は驚愕した。
自分が使いこなす、戒めの剣撃ディバインウェイブ。
それがまさか、こんな男に真似られるなど――
「……いや」
直後、レイルズはニヤリと笑った。
体が動く。束縛は一瞬のみでしかなかったようだ。
「そう、悪しきを縛るが我が術理。それを悪しき者が使うなど不可能です!」
「ああ、全くその通りだな」
試しはしたが、使えはしなかった。ボルカスにとっても予想通りの結果だ。
「ならば見なさい。これが、これこそが本物の技というものです!」
そして今度はレイルズが大剣を振り上げた。
ディバインウェイブの構えだ。刃を叩きつければ、呪縛の風が吹き荒れる。
だが、先にザルクが動いていた。
「そうはさせねェ!」
銃声。
弾丸は、レイルズの指先を抉り取る。
「う、がああああああ! ゆ、指が、私の指がァァァァ~……!」
激痛に聖堂騎士は背を丸めた。その懐にマリアが踏み込んでいく。
「――終わらせてやるよ。この、一撃でなァ!」
放つは必殺の一撃。
全身全霊を込めたマリアの拳が、レイルズの胸部に深々と突き刺さる。
「がはァ……ッ」
鎧の胸部に拳の跡を残し、吹き飛ばされた聖堂騎士はそのまま意識を途絶えさせた。
「認よう聖堂騎士。私の家系は愚かだよ。……だがな、死について悩まないお前の正義なんぞよりは、絶対マシだ。それだけは断言してやるよ」
動かなくなったレイルズを見下ろして、ボルカスは静かにそう言った。
●聖櫃の真実
教会の制圧は終了した。
教会内にいた十数名のシャンバラ兵達は残らず拘束され、床に転がされた。
無論、聖堂騎士レイルズも、である。聖獣以外は殺していない。
「“薪”はどこだ」
唯一意識を保っていた第二司教ランヴェルにエルと柊がその問いを投げた。
「……な、何の話だ?」
空っとぼける第二司教に、目を据わらせたエルが魔力の炎を近づけて再度尋ねた。
「“薪”はどこ?」
「ぐ……」
迫る炎に、ランヴェルは頬をかすかに焼かれる。
「このまま答えないなら、まず鼻を焼くわ。次に目を――」
「ち、地下だ……。聖櫃は地下にある!」
エルの脅しに屈し、ランヴェルは悲鳴じみた声でそれを吐いた。
聖櫃。
聞き慣れない言葉だった。エルと柊はマリアンナを見る。
「ごめんなさい。聞いたことはあるけど、よくは知らないわ……」
彼女の返答にうなずき、エルはランヴェルへと向き直った。
「聖櫃まで案内しなさい。逃げようとしても無駄よ」
「分かった。分かったから火を遠ざけてくれ!」
「……エル。もうそこまでにして」
アンネリーザにも言われて、エルは「フン」とそっぽを向いた。
その後、ランヴェルを案内役としてエルとツボミ、アンネリーザとミルトス、そしてマリアンナが地下へと向かうことになった。
地下への道は長い螺旋階段だった。
「なぁ、マリアンナ。お前さんは上にいた方がよかったんじゃないか?」
「ごめんね、ツボミ。でもどうしても、気になって、ね」
乾いた石段を踏みしめながら、ミルトスがランヴェルに尋ねる。
「聖櫃って、一体何なのかしら」
「聖櫃こそはシャンバラの地に豊穣を約束せし我らが主の大いなる御業だ」
つまりどういうことなんだろう。ミルトスにはさっぱり分からなかった。
やがて、長かった螺旋階段も終わって、大きな白い両開き式の扉が見えてきた。
その扉を見るなり、マリアンナは自分の肩を抱いた。
「何、これ……。寒い?」
気温はそこまで低くない。だがどういうワケか、悪寒が止まらなかった。
「行くぞ。あの扉の向こうに、全ての答えはある」
ツボミがマリアンナの手を掴んで引っ張った。
「……うん」
意を決し、マリアンナは扉を開けた。
真っ白い光が一気に溢れてきた。
「う……」
眩さに目を細め、しばし時間を置く。するとじきに目も慣れてきて、
「………………そんな」
目にした光景に、マリアンナは言葉を失った。
かなりの広さを持った、純白のドーム状の空間であった。
壁も床も天井も、全て白。中央には斜めに傾けられた黄金の棺が設置してある。
あれが――“聖櫃”なのだろう。
見えたのはそれだけの簡素な空間で、しかし……、
「そんな、そんな……!」
マリアンナの瞳に、見る見るうちに涙が溜まる。
ドーム状の空間のその床に、使い古された“薪”が転がっていた。
一見するとそれは朽ちた茶黒い枯れ木にしか見えない。
しかしマリアンナにはすぐに分かった。
間違いない。あれは“かつてヨウセイだったもの”だ。
魔力を、精力を、命そのものを搾り尽くされた、“ヨウセイだったもの”。
完全に、完璧に干からび切っている状態だから、黒い枯れ木にしか見えない。
それが幾つも床に転がっていた。
幾つも、幾つも、幾つも幾つも幾つも幾つも。白い光に照らされながら。
「う、ぉえ……!」
ミルトスも吐き気をこらえ切れない。これは地獄絵図だ。
「これか……、エルが感じた怨嗟の源は、こいつらか……!」
「ええ、そうみたいね」
慄然とするツボミに、エルは答えて唇を噛んだ。
「あの棺を開けるスイッチはどこにあるの!」
「う……、せ、聖櫃の裏に……」
ミルトスに胸ぐらを掴み上げられ、ランヴェルは苦しげに答えた。
アンネリーザが走って黄金の棺の後ろに回り、それと思しきスイッチを押す。
すると棺がガクンと震えて、その蓋が開かれた。
中には、半ばミイラ化したヨウセイがいた。
「う、あ、ああ……!」
マリアンナが駆け寄って、棺の中にいた同胞を抱き寄せる。が――
「……何て、軽い」
小枝よりも羽毛よりも、その身は軽かった。命亡き者の軽さであった。
「あ、あああああああああああ……、うあああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァアアアアアアア――――ッッ!!!!」
マリアンナは泣いた。心のままに泣き叫んだ。
その慟哭に、エルは肉が白くなるまで拳を握り締めた。
「……“聖櫃”、ヨウセイの命と魔力を燃料にして土壌を豊かにする魔導装置かよ。よくもまぁここまで徹底したものだ、ド外道め」
ツボミが重苦しく言い捨てる。
「どうして、何でこんなひどいことができるの……」
神がなす外道。信仰がなす不条理。
それを目の当たりにして、アンネリーザはただただ呆然とするしかなかった。
「ねぇ……」
ミルトスが半笑いになってランヴェルに尋ねる。
「あなた達は、暴力が好きなのですよね? 人を虐げるのが好きなのですよね?」
「な、何を……?」
「そうなんでしょう? そうだと言いなさい。でなきゃ、人にこんなことをしておいてそんな平然としていられるはずがないですものね!」
ミルトスの剣幕にランヴェルは目を白黒させる。
「答えなさいよ、そうなんでしょう? 暴力が好きなのでしょう?」
「馬鹿な! 無闇に暴力を振るうことなどあるものか! わ、私は聖職者だぞ!」
「だったらあれは何なのです? 人を魔導装置の燃料にするなんて……!」
ミルトスは叫び、聖櫃を指さす。
するとランヴェルはその顔に不理解の色を浮かべてこう返した。
「……魔女は人間ではないだろう?」
もはや言葉はなかった。
ミルトスの拳が、ランヴェルを黙らせた。
「そろそろ行きましょう」
しばらく待ってから、エルがマリアンナの背を叩いた。
ヨウセイの少女の身が傾ぐ。エルとツボミが両側から彼女を支えた。
「ご、ごめんなさい、私……」
「ああ、いいって。肩貸してやるからそのままでいろ」
「そうよ。遠慮はやめなさいね」
二人に肩を貸してもらって、脱力しきったマリアンナはうなずいた。
そして自由騎士達はひとまず地上階まで戻ることにした。ここにいても、できることはないからだ。
「ごめんなさい。またすぐに、弔いに来るから」
アンネリーザが呟いた一言は、まさに皆の気持ちの代弁であった。
●そしてイ・ラプセルへ
「……そうか、僕達は燃料か」
話を聞き終えて、パーヴァリはただ一度うなずくのみだった。
陽動を終えて戻って来たウィッチクラフトの面々は、今は自由騎士に変わってシャンバラの兵士たちの監視についている。
そして自由騎士とパーヴァリを含む数名は、教会脇にある建設中の離れへと来ていた。
ここには祭壇がある。
転移用魔導装置“聖霊門”の祭壇だ。
「僕達を追ってきた部隊は逃げたよ。多分、教会が君達に制圧されたことに気づいたんだろう」
「つまり、敵にこっちの存在を隠すことはできなくなった、と」
それを聞いて、ザルクは小さく息をついた。
逃げた部隊は間違いなく上にこのことを報告するはずだ。
「出来れば最後まで隠し通したかったが」
「なぁに言ってんだよ、無理に決まってんじゃねぇか!」
だが彼の希望を、マリアはただ一言のもとに切って捨てた。
「ここまで派手に騒いで『ぼくたちなにもしてません』な~んて、通用するわきゃねーっての。とっくにハラ決まってんだろ。だったら堂々としてりゃいいってんだよ。……戦う理由、こっちもまたできたしよ」
ここにはいないマリアンナを思って、マリアは勝気だった表情を沈ませた。
「フン、そうだな。これであいつの重荷も下りるかと思ったが、それどころじゃなくなったからな」
マリアンナを寝かしつけたツボミがやってくる。
「一応、あの後の調査で生きてるヨウセイを何人か確保できたのは不幸中の幸いかな」
「お前は平気なのか、パーヴァリよ」
ツボミに問われて、ヨウセイの青年は「ああ」と返す。
「いずれは明らかになっていたことを今知った。……それだけだよ」
「ドライなことだ」
「表向きだけでも乾かなきゃ、やっていけないんだ。富も潤いも、全部シャンバラの連中が独占しているものでね」
肩をすくめるザルクに、パーヴァリは苦笑した。
「パーヴァリさん、いいですか?」
そこに、マザリモノの魔導士が報告を寄越してくる。
「聖霊門の開通、確認しました」
「おお、やったか!」
自由騎士達が色めきだった。
このニルヴァン小管区とイ・ラプセルにある聖霊門。
その開通儀式が、滞りなく終了したという報告であった。
「シャンバラの捕虜の助力ってのが気にくわねぇけど、ま、通じたってんなら細かいことは後だな!」
ちなみに、イ・ラプセル側で聖霊門開通の儀式を行なったシャンバラの捕虜二名は、その後、通商連に引き渡されることになっていた。
さすがに開通した聖霊門を通じて戻ってくるわけではないようだ。
国というのは、様々、面倒くさい手順を踏まねばならないのだった。
「これで、俺達はイ・ラプセルに戻れるわけか……」
深い感慨と共にボルカスが言う。この二か月の道程が次々に思い起こされた。
「そうだ。お前達も、イ・ラプセルに来ないか……?」
ツボミがパーヴァリに問うが、彼は曖昧に微笑み、
「一度はそちらに行くことにはなるだろう。でも、そのあとのことはすぐには決断できないかな。救うべき同胞をそのままにができないからね。ただ、行きたいと願っている同胞がいるならそれを止めるつもりはない」」
聖櫃。
ヨウセイの命を燃料とする環境制御システム。
燃料とされてしまうであろうヨウセイを救うのも、ウィッチクラフトの使命だろう。
「そうか、まぁ、考えておいてくれ」
ツボミも今この場での説得は諦めることにした。
そして――
「誰が最初に行く?」
「それ決める必要あるのか?」
「記念すべき帰還者第一号だぜ! そりゃ決めねぇとだろ!」
などと、ちょっと帰る順番でモメたりしつつも、自由騎士達はついに聖霊門を通って帰還を果たす。
「イ・ラプセルだ! ……うえっぷ」
帰還してからの第一声はそんな締まらないものになってしまったが、しかし間違いなく、目の前に広がる景色は彼らの祖国に間違いなかった。
情勢は、これから大きく動くことになるだろう。
これからやるべきこともまだまだ多く、新たな問題も出てくることだろう。
だが今だけは全てを横に置いて、二か月の長旅を終えた戦士達にこの言葉を贈るべきだろう。
――おかえりなさい。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
MVP
軽傷
称号付与
『果たせし十騎士』
取得者: エル・エル(CL3000370)
『果たせし十騎士』
取得者: ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)
『果たせし十騎士』
取得者: マリア・スティール(CL3000004)
『果たせし十騎士』
取得者: ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)
『果たせし十騎士』
取得者: 非時香・ツボミ(CL3000086)
『果たせし十騎士』
取得者: ウダ・グラ(CL3000379)
『果たせし十騎士』
取得者: ザルク・ミステル(CL3000067)
『果たせし十騎士』
取得者: アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)
『果たせし十騎士』
取得者: シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)
『果たせし十騎士』
取得者: 柊・オルステッド(CL3000152)
取得者: エル・エル(CL3000370)
『果たせし十騎士』
取得者: ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)
『果たせし十騎士』
取得者: マリア・スティール(CL3000004)
『果たせし十騎士』
取得者: ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)
『果たせし十騎士』
取得者: 非時香・ツボミ(CL3000086)
『果たせし十騎士』
取得者: ウダ・グラ(CL3000379)
『果たせし十騎士』
取得者: ザルク・ミステル(CL3000067)
『果たせし十騎士』
取得者: アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)
『果たせし十騎士』
取得者: シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)
『果たせし十騎士』
取得者: 柊・オルステッド(CL3000152)
†あとがき†
お疲れさまでした。
このリプレイをもちまして長かったシリーズ依頼も完結となります。
これまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。
このあともシャンバラとの戦いは続きますが、ひとまず一区切りですね。
このシリーズ依頼が皆様の心に何かを残したのだとしたら、
依頼を担当したSTとしてこの上なく僥倖です。
それでは、また次回の依頼でお会いしましょう。
このリプレイをもちまして長かったシリーズ依頼も完結となります。
これまでお付き合いいただきまして、まことにありがとうございました。
このあともシャンバラとの戦いは続きますが、ひとまず一区切りですね。
このシリーズ依頼が皆様の心に何かを残したのだとしたら、
依頼を担当したSTとしてこの上なく僥倖です。
それでは、また次回の依頼でお会いしましょう。
FL送付済