MagiaSteam
彼女はただ、いいよと言った。




 ある日。
「サラ、掃除をして頂戴」
「うん、いいよ」

 ──よし、綺麗になった。部屋が綺麗だと気持ちいいな。

 またある日。
「ねぇサラ。あなたの持ってるブローチすっごい綺麗。ねぇ、あたしに頂戴?」
「うん。いいよ」

 ──お母さんにもらった大事なものだけど……喜んでくれてるからいっか。

 小さい頃から人に頼まれると断れない性格だったサラ。
 頼みごとを聞いてあげたときの相手の笑顔が嬉しかった。
 はじめはみんな些細なお願い程度だった。しかし何を言われても断らないサラへの要求は次第にエスカレートしていく。それは友達だけでなく、家族さえも。

 とある日。
「ねぇねぇサラ。今月お小遣いピンチなの少しだけお金、貸してくれない?」
「うん、いいよ」

 ──そういえば返してもらってないけど、少しだしまいっか。

 とある日。
「サラ。食事の支度と、掃除洗濯。弟の面倒も見ておくれ」
「うん、いいよ」

 ──最近お母さん何もしてないけど……疲れてるのかな。

 また別の日。
「ねぇ。あなたの彼氏、とてもカッコイイよね。1日だけデートさせてよ」
「うん、いいよ」

 ──そのあと彼はあの子と付き合い始めちゃった。

 それでもサラは一人前の女性へと成長し、1人暮らしを始めた。
 そして……サラは悪い男に捕まってしまう。言葉巧みにサラに言い寄り、気付けばサラの住まいに転がり込んできた男の名はヨーゼフといった。
 最初は優しかった。だがいざ一緒に住み始めると男は豹変した。
 働かない。金遣いは荒い。酒煙草ギャンブル。そして暴力。
 次第にサラは困窮していった。

 ふと声をかけられた。
「なぁお嬢さん。貴方のその美しく長い髪、売ってはもらえないだろうか」
「ええ、いいですよ」

 ──あの人、髪を切った私をみてなんて言ってくれるかな。

「おおサラ。金が入ったのか。じゃぁ酒を買ってきてくれよ」
「うん、いいよ」

 ──結構似合うと思うんだけどな……。

 それでもサラは男に懸命に尽くした。なぜならヨーゼフはただ1人、サラに与えてくれた人だから。サラの首元に光るネックレス。見る人が見ればガラクタ同然のただの安物である事はすぐに分かる。だがこれまで与えるばかりだったサラが始めて手にした他人から与えられたもの。サラはそれが嬉しかった。
 
「サラ……。頼みがあるんだ」
「うん、いいよ」

 そしてサラはヨーゼフの多額の借金のカタとして身売りされる事になる。


 とある怪しい雰囲気の建物。

「おい、客だ」
「はい」

 サラはとある場所に売られ、働いていた。1年も働けば借金も返せるはず。そしたら必ず迎えに行く。そんな男の言葉を信じて。だが無常にも時は流れ、短かったサラの髪もだいぶ伸びていた。気付けばすでに2年の月日が流れていた。

 ──ヨーゼフ来ないな。まだ借金返せてないのかな。もしかして体壊したりしてないかな。心配だな。

 サラは信じている。借金を返し終わったヨーゼフが迎えに来るのを。
 お客への対応を終えたサラが事務所の前を通ったとき、男達の話し声が聞こえた。

「なぁ、ヨーゼフの話聞いたか? あいつ女を働かせて、その金で自由気ままに豪遊してるらしいじゃねえか」
「あいつもいい女を手に入れたよなぁ。文字通り心身ともに捧げてくれる女なんてなかなかいねえぜ」
「いや、まったくだ。ギャハハハ」
 男達の談笑は続く。

 ──あれれ。おかしいな。

 気付けばぽろり、またぽろりとあふれ出す涙。

 ──ねぇヨーゼフ。嘘だよね。

 そしてサラは館から姿を消した。


「ヨーゼフ……これは一体どういう事なの?」
「さ、サラ! これは違うんだ。待ってくれ!」
 サラが現れたのはヨーゼフのもとだった。
 豪勢な自宅で女をはべらせ、酒をかっくらっていたところにサラは現れた。
「なぁ、サラ違うんだ。信じてくれ」
 近寄りサラを抱き締めるヨーゼフ。その顔は醜悪に歪む。

 ──きっとヨーゼフは戻ってきてくれる。だって唯一私に与えてくれた人だもの。

「……うん、いいよ」
 男に抱きしめられ、サラが笑顔でそういったその瞬間だった。
 ザクッ──。
 サラは腹部に鈍い痛みを感じた。男がサラを刺したのだ。

「ヨーゼフ……なん……で」
「ばれちまったらしょうがねぇ。お前はもう用済みなんだよ」
「くそっ。またいい金づるをみつけねぇと。……おっとこれはもらっていくぜ。また使わねぇといけねぇしな」
 サラのネックレスを乱暴に奪い取ると悪態をつきながら部屋を出て行ていくヨーゼフ。
 暗い部屋の中、刺されたまま置き去りにされたサラ。腹部を生暖かいものが流れていくのを感じながら、その意識は薄れていく。
 ぽろりぽろり涙が溢れる。痛みからではない。それはこんな状況でもヨーゼフを信じている自分にだ。

 ──やっぱり私に何か与えてくれてる人なんていないのかな。

 サラの心が壊れていく──と同時に黒いものが心の奥から沸きあがる。

「あああ”あ”ああああーーーーっ!!!!」


「くそっ! あの家にはもう戻れネェじゃねえか。全くふざけた女だぜ」
 ヨーゼフは一緒にいた女と別れたあと、1人うらぶれた路地裏を彷徨っていた。
「しかしこれで収入も無くなったし、何とかしないといけねえな」
 そんな事を考えていた男の前に、見知った人影が現れる。
「そんな……嘘だろ……」

 そこにいたのはサラ。
 男が見間違うはずも無い。確かにサラだ。だが様子が違う。何かがおかしい。

 男が刺した腹部からの出血は鮮やかなバラの花のようにサラの服を染める。
 ──サラはイブリースと化していたのだ。

「あははははは」

 冷たい微笑を見せながらサラはヨーゼフを切り刻んでいく。
 翌日、男の無残な死体を抱き締めながら大量の血を流し命尽きたイブリース化した女性が発見される事になる。



「何が正解なんだろうな」
『演算士』テンカイ・P・ホーンテン(nCL3000048)が言う。
「イブリースに襲われる一般人を助ける。至極当然のこと。当然のこと何だが……」
 テンカイは口惜しそうに唇を噛む。
「それでも一つだけ言わせてくれ。この男はサラの唯一の心の拠り所さえも奪っていったんだ。イッパツぐらいぶん殴ったって誰も何も言わないさ」
 それじゃ頼んだよと、テンカイはいつものように部屋の奥へと消えていった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
麺二郎
■成功条件
1.男の無事
麺です。ご無沙汰しておりました。

何もかも受け入れ、優しく微笑みながらいいよという彼女。
そんな彼女に目をつけたのはどうしようもない男でした。
戦闘依頼ですが、サラへの、ヨーゼフへの、心情がメインになると思います。
どうか彼女に救いの手を。

●ロケーション
 日も暮れかけた寂れた裏路地。人通りは殆どありません。頻繁に窃盗などの事件が起こるため、付近の建物の戸や窓は固く閉ざされており、ちょっとやそっとの物音では住人は出てきません。
 男の前にサラが現れてすぐに自由騎士達は辿りつきます。
 男は目を離すとその場を離脱し、仲間を連れてきてサラを亡き者にしようとします。

●登場人物&敵
 ヨーゼフ 36歳。ノウブル。
 説明不要の男。しかし保護対象です。保護したあとも彼女を罵り、殺せと自由騎士達に詰め寄ります。

 サラ 22歳 ノウブル。
 イブリース化しており、鋭い爪と長い髪で攻撃してきます。腹部からおびただしい量の出血をしており、毎ターンごとに戦闘力が低下していきます。また戦闘力低下と比例するようにイブリース化を解いた後の生存率が下がっていきます。
 鋭い爪 攻近単【スクラッチ1】
 髪針  攻遠範【パラライズ1】

 光玉x12
 サラの周囲を守るように浮遊するエネルギー体。
 何らかの力がイブリース化したものと思われる。1体1体がそれなりの耐久力があるが弱点もあるようだ。

 光の矢 魔遠単
 光の壁 サラへの攻撃を完全に無効化しますが全光玉の行動を消費します。反動3ターン。また光玉を6体以下にすれば壁は作られません。

●サポートに付いて

 サポート参加者がいた場合は人数に応じてヨーゼフの離脱を防ぎ、かつ光玉の対処が早くなります。

●同行NPC

『ヌードルサバイバー』ジロー・R・ミタホーンテン(nCL3000027)
 特に指示が無い場合は、回復サポートに従事します。
 所持スキルはステータスシートをご確認ください。

皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
6/6
公開日
2019年09月11日

†メイン参加者 6人†




「急ぎましょう!」
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)を先頭に雑踏を掻き分けながら現地をと急ぐ自由騎士達。
「男の浅ましさ、女の盲信……その両方が合わさって歪に組み上げられた悲劇。まずは目の前の彼女を救いましょう……全てはその後です」
『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は物憂げな表情を見せる。
「そうだね。ともかく、一刻も早くでサラさんを浄化しないと!」
 ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)や『戦塵を阻む』キリ・カーレント(CL3000547)も皆気持ちは同じだった。
 サラさんにも非が無いわけじゃない。そう思いながらもキリはどんな状況でも人を信じる気持ちを持ち続けるほどのサラの純粋さに心打たれていた。
 自分ならそこまで人を信じられるだろうか。それはわからない。
「絶対に絶対に、助けましょう……!」
 サラの事を考え、複雑な表情を見せる『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)。
「我らが正義の先にあるは光のみ。回復は任せてくれたまえ」
 我が正義と勇む『貫く正義』ラメッシュ・K・ジェイン(CL3000120)も続く。
 自由騎士達は急ぐ。一刻も早く彼女を苦しみから救わんがために。


「だ、誰だ!? お前達は!?」
 恐れおののく男の言葉にいち早く反応したのはエルシーだった。
(エルシーさん、お任せします……きついのくれてやってください、ね)
 そんなキリの言葉に、まかせてといわんばかりのウィンクで返したエルシー。
「私達は自由騎士よ」
 そんな言葉も言い終らぬうちに瞬時に妖艶な空気を纏ったエルシーは、男に熱い眼差しを向けながら近づいていく。
 服の上からでも分かる抜群のプロポーション。男の目が釘付けになる。
「ここは危険ですから私達自由騎士に任せてくださりませんか?」
 そう言って男に擦り寄った瞬間だった。
「そ、そうまで言うなら……むぐっ!?」
 エルシーのしなやかな腕は、すっかりだらしない顔になった男の頚動脈を締め上げていた。
 ドサッ。さしたる抵抗も出来ぬまま気絶した男にエルシーは言い放つ。
「貴方は確かに保護対象ですが……サラへの傷害容疑で身柄を拘束させてもらいます」
 そう言うと愛馬の近くへと運ぶ。
「バレット、見張っておいてね」
 まるでエルシーの言葉を理解しているかのように、その愛馬は嘶いた。

『あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!(あなたたちはだれ? 何故私とヨーゼフの邪魔をするの?)』

 自由騎士達に冷たい敵意が向けられる。それは演算で視た優しさに満ち溢れた彼女とは全くのナニカ。それは自らを差し出す事すら厭わなかった彼女が唯一見せた執着にも思えた。

 ガキイィン!!!!!
 大きな衝撃音が響く。
「あらあら……やはり弾かれてしまいましたか」
 戦闘開始と同時に放たれたアンジェリカの神の鉄槌とも思しき一撃は、サラの周りを漂う光玉が瞬時に展開した光の壁によって弾かれる。
「危ないっ!」
 瞬時にアンジェリカへの攻撃に転じたサラの鋭い爪の一撃を籠手で受け止めたのはエルシー。
(く……っ。なんて鋭い攻撃なの!?)
「ハァーーーーー!!!」
 ティラミスの二連の回し蹴りが光玉とサラを捉え、サラと光玉が少し後退する。
(手ごたえはあった! あの光玉は一体……)
 ティラミスは一挙手一動の情報をかき集める。近づいた際の温度や蹴り上げた際の感触。その一つ一つが光玉の正体を暴き出す可能性そのものなのだ。
 時を同じくして解析を進める者が1人。後方で控えるラメッシュだ。
(前衛に心強い者たちが集っている。これでワタシは十分に余裕を持って別の対応が可能になる)
 元々は前に出る事も考えていたラメッシュだったのだが、前衛メンバーが揃った事もあり、その行動を後方での回復支援にシフト。更には開始直後の支援が必要となるまでの時間を有効活用し、敵の能力把握を進めていた。

『あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!(私達のじゃまをしないで──!!!)』

 サラと光玉の攻撃は凄まじいものだった。
 壁を展開する反動で光玉がその動作を止める間はサラが自らの髪の毛を狂気と化し、広範囲に攻撃を展開する。分厚い壁をも貫くその威力に自由騎士も容易には近寄れない。
(やっぱり先ずは光玉をどうにかしなくちゃだわ……)
 パリィングを使用し、盾代わりのロープで味方を守りつつ前線を維持するキリが呟く。
「ハァ……ハァ……試してみたけど攻撃と魔導、どちらかが有効……ってわけではないみたいね」
 エルシーがワルツで探るが未だ弱点らしきものは見つかっていない。
 アンジェリカが踊るように武器を振るい、キリの一撃が光玉を吹き飛ばす。
 その隙にティラミスが果敢にサラへ向けて二連の蹴りを放つが、すぐに定位置に戻りサラを守るように行動する光玉に阻まれ、多くのダメージは与えられずにいた。
「このままじゃ時間が……」
 確かにこのままの攻防を続けていてもいずれは光玉を減らし、決着はつくには違いない。
だが今流れているこの1分1秒も全てはサラの生死に関わってくる貴重な時間だった。
「もう少し……もう少しでスキャンが完了する。皆踏ん張ってくれ!」
 そんな中ラメッシュの一際高い解析能力は光玉を解析しつつあった。


『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は後方から味方を支援しながら、鋭い爪と長い髪を振り乱し、暴れ続けるサラの様子を悲痛な表情を浮かべる。
(サラ……君は……芯からとても優しい人なんだと思う……でも、ヒトが「全てを受け入れる」には各人の心の領域……その広さと……許容量という物があるという事も知って欲しいんだ)
 全てを許容し、受け入れ続けたサラの心はすでに限界であったのだろう。マグノリアはなぜかそう確信していた。
(どんなに大きな器もそれを超える量の水は入らない。同じように許容できる範囲を超えてしまったら心も決して心地良くはならない。君が壊れてしまうよ……)
 そんな時に先ほどエルシーが墜とした男が目を覚ます。
「うぅ……俺は一体……!? ハッ!? あのバケモノを早く始末してくれっ!! あいつは俺を殺そ──」
 ドサッ。またも気絶する男。そんな男を無表情に見下ろしていたのはキリ。
(そっか……嫌いを通り越すと、こんなにも無関心になるんだ……)
 キリが戦闘に戻ろうとしたその時、ラメッシュが声を上げた。 
「わかったぞ! 光玉の正体はどうやらなんらかの液体。それが複雑に流動し、ほんの僅かな光をも増幅し反射させ、あのような光を放っているようだ」
「あ、あと、あの光玉……常に動いていて分かりづらいですが……核みたいなものがあります!」
 ティラミスもまたこれまでの攻撃の中で得た情報から一つの答えを導き出していた。
「了解ですっ!!」
 鋭聴力を最大限に活かし、仲間からの情報を待っていたキリ。すぐに集中してその攻撃の精度を高める。
「キリのサーベルでコアを貫きますっ!!」

 液体。そう聞いてハッと目を見開いたのはマグノリアだった。
(液体……か。ようやくわかったよ)
 マグノリアが攻撃をタンゴからアイスコフィンへと切り替える。そして命中したアイスコフィンは見る見るうちに光玉のコアを凍らせ、その光を奪っていく。
(きっとその光玉は今迄サラが知らずに流して来た「涙の具現体」なんだろう。サラの心を守る為……最後に残っている心の……本当に極限までの、僅かな領域。其れを守る為の最後の手段であり……そして、彼女自身が守りたい……)
「自分の「本心」を隠す為の物……か」
 マグノリアがぽつりと漏らす。
(こんなものまで晒してしまう程、彼女は弱ってる……その最終手段すら壊される恐怖とも戦いながら……。知ってしまった分だけは、しっかり掬い上げたい……だけど今は──今だけは、君の心の弱い部分を突かせて貰うよ)
「ある程度弱らせて……動きが散漫になったら僕が凍らせる。みんな、よろしくね」
「了解した」
「じゃあ私達も核を狙っていくわよ」
 ここからの連携は実に見事であった。エルシーがサラへの攻撃を行い、光玉に壁を展開させる。壁が消えた後は更にエルシーがサラの気を引き、攻撃を引き付ける間に、アンジェリカとティラミスが反動で行動できない光玉の核を狙い大ダメージを与えていく。
「断罪と救済。そして贖罪と解放。とくと味わっていただきます」
「うさぎの脚力ってすごいんですよっ」
 更に追い討ちを掛けるように、キリが動きの鈍った光玉を一気に弾き飛ばす。
「マグノリアさんっ!!」
 吹き飛ばされた光玉は氷刃で待ち構えるマグノリアの目の前へ。
「終わりにしよう。……絶対に死なせはしないよ」
 マグノリアの放つとても冷たく、それでいてとても温かいその氷刃はサラの心の殻をゆっくりと確実に剥がしていく。そして──
「残る光玉はあと……6つ。これでもう壁は作れませんねっ」
 少し昂ぶった声でキリが皆に伝える。
 数え切れぬほど存在しサラを守っていた光玉も、気付けば数えられるほどにまで減少していた。
「残りの光玉はワタシたちに任せてくれっ。君達はサラを一刻も早く!!」
 ラメッシュとマグノリアが残る光玉の対応に当たる。
「残念だったな。ワタシがただの回復要員とでも思ったのか」
 ラメッシュが構え、光玉と対峙する。堂に入ったその構えはヒーラーというよりはむしろ格闘家のそれに近い。格闘ヒーラーの彼の腕の見せ所であった。


 前衛で対応していた皆の魔力はもう残り僅か。しかしエネミースキャン後は後方で回復に集中にしていたラメッシュやジローの回復支援もあり、体力は未だ健在であった。
「すぐに、戻してあげるからねっ」
「絶対助ける!ここで死なせたりしない!」 
 それぞれの気持ちを載せた攻撃が、サラの体の奥深くにまで響く。
 最後の最後まで男から目線を離さないままだったサラの体が大きく傾く。たった一人きりで自由騎士を相手してきたサラにも限界が近づいていた。
「キュア・ライト」
 サラのひき付け役となり、ダメージの蓄積したエルシーにマグノリアが光の粒子を降り注ぐ。かなり困憊していたエルシーにまた力が漲る。
 戦いは終りを迎えようとしていた。

『あ”あ”あ”あ”……(ヨーゼフ……私に与えてくれる唯一の人……ヨーゼフ……)』

「終わりよ」
 エルシーが拳に力を込める。
「サラさん……戻ってきてください!」
 ティラミスがその両脚に最後の力を込める。
「サラさんっ!!」
 キリのサーベルが光り輝く。その光はさながら巨大な人参。
「サラさん……帰ってきてください。貴方はまだそちらへ言ってはいけません」
 冷静な言葉とは裏腹に自らの武器を強く握り締めるアンジェリカが低い態勢をとる。

 ──サラ……戻ってこい!!

「緋色の衝撃ぉぉぉぉぉーーーー!!!」
「我流絶倒兎脚(ラビットキィィィーーーック)!!!」
「ニンジンソードぉぉぉぉ-----!!!」
「衝き抉る閃光の三重奏(あんさんぶる)」

 皆の気持ちを込めた必殺の一撃は大きな渦となり、悪魔に魅入られたサラへ向け、まるで光のように降り注ぐ。

『あ”あ”あ”-----!!!!!!!!!!』

 凄まじい衝撃音と粉塵が舞い散る。
 そして──崩れるようにサラが倒れると残っていた最後の光玉もその輝きを失って地面へ落ちる。そこには僅かな水跡があるだけ。こうしてサラは自由騎士達によって無事浄化されたのであった。

「サラさんっ!! しっかり!!」

 ──なぜこの人達はこんなにも私を心配しているの。
 
「しっかりして。貴女はここで死んでいい人じゃないわ」

 ──私なんて……誰にも何も与えられないちっぽけな存在なのに。 

「サラさんっ!!! 聞こえる!? すぐに手当てを──」

 ──でもなんだかとても……あたたかい……

 サラはそのまま気を失った。


「んん……」
「目を覚ましましたか」
 サラが目を覚ますとそこにはサラを囲うように集る自由騎士達の姿があった。
 命を落さんばかりに深く刺されたはずの傷の痛みは消え、全てが流れ出るのではないかとまで思った流血も止まっていた。
 サラが気を失っている間も出来る限りの介抱と回復を行える者達がサラを癒し続けていたおかげであった。サラの命は救われたのだ。
「本当に申し訳ありません」
 サラが発した最初の言葉は謝罪だった。男に刺されたこと。自らがイブリース化し自由騎士達を傷つけたこと。全て覚えている。原因を作ったのがあの男であった事も。それでもサラは男を断罪する事は無かった。
「サラさん、貴女は優しい、優しすぎる人です。死の間際まで自分を殺そうとした相手を信用しようとする。それはとても、真似できる事じゃありません」
 ティラミスは自らの血で汚れたサラの手を優しく握る。
「ですけどもう現実を見ましょう? 彼は貴女の優しさに付け込んで利用してただけなんです。差し出して我慢すれば良い、そんなことばかりでは誰も幸せになりません。皆を幸せにしたいのであればまずは貴方が幸せにならなければ」
「私……が?」
 ぽろりぽろり。サラの目から涙が溢れる。
 自分には存在価値なんて無い。せめて回りに何か与えることで生きる意味を見出したかった。そんな私が自分の幸せなんて望んでいいのだろうか。わからない。そんな生き方してこなかったのだから。
 ……でもこの人たちは私から何も奪わない。そして幸せになれという。
 涙が止まらないサラをキリが優しく抱擁し、そっと包み込む。
 温かい。
(あの男の人のコトをすぐに忘れろとは言えないけど……キリ達が、あなたを迎え入れます)
 言葉にせずとも伝わる気持ち。サラは胸が一杯になる。留めなく出てくる涙はサラのこれまでの全てを洗い流すかのようだった。
 キリはサラの涙が止まるまでずっとそのまま寄り添っていた。

「ねぇ。サラさん、私と友達になってくれない? 私は孤児で何も持たない貧乏だから物は上げられないかもしれないけれど、友人としてなにかしてあげる事はできるかもしれないわ」
 だいぶ落ち着きを取り戻したサラにエルシーが話しかける。
「友達……? 私と……? でも私は何もあげられるものなんて……」
「いいの」
 サラの手を握りエルシーがにっこりと微笑んだ。
「……はいっ」
 サラが応える。サラの頬を伝うひとすじの涙。でもこれは今まで流してきた涙とは違う。
「お」
「あ」
 自由騎士達はサラの顔を一斉に見る。

 ──笑ってる。サラが。

 気付けばサラに笑顔が戻っていた。
「変わりましょう。貴女だけが持つ優しさを捨てないで、誰にも利用されず、その優しさで皆が幸せになれるように。サラさんが失ったものは多いかもしれません。でもこれから得られるものだってきっとあります」
 ティラミスがそう語りかけるとサラはゆっくりと何かを噛みしめるようにこくりと頷いた。
「働くところが必要なら……よかったら紹介するわよ」
 
 そして。
「なぁ……自由騎士の皆さん。そいつは死刑だよな? なんたって善良な市民を殺そうとしたんだ!」
 目を覚ました男は何故自分が縛られているかも分からず地べたに這い蹲ったままで暴言を吐き続けていた。
「貴方の行為はまるで奴隷の酷使……。ヘルメリアであれば許されたでありましょう……。ですが、此処では到底許される行為ではありません……わかりますね?」
 アンジェリカの表情はいつも通り穏やかだ。だがその目の奥は深遠は計り知れない。怖い。
「だけど……だけどよ!! こいつ何でもいう事聞くんだぜ。何を言ってもいいよ、いいよって。だから……そういう扱いにされる事を望んでるんだ! だから俺は悪くねぇ……悪く……ねぇ……」
「この男……」
 聞くに堪えないたわ言を繰り返す男にラメッシュが怒りを滲ませる横で、ゴミを見るような目でヨーゼフを見下ろすティラミス。
「勝手な言い分を並べるのは自由だよ……でもね。キミがサラに行ってきた事はしっかりと報告させてもらうよ。それをこの国は……どう判断するだろうね」
 マグノリアが冷たく言い放つと男は観念したようにうな垂れた。
「此処では全てに人権があります、そして貴方は『人』を刺した……。選択の時です……その罪、長い時間をかけて償うか……」
 アンジェリカの手が自らが携えるその重厚な武器へとかかる。
「……今此処で償うか」
「ひ、ひぃっ!?」
 その言葉の意味を察した男が悲鳴を上げる。
「ただし、選ぶのは勿論彼女ですが……どうされますか」
 アンジェリカはサラへ問いかける。
 すると笑顔でサラはこう言った。

「もちろん──」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『掬いし者』
取得者: マグノリア・ホワイト(CL3000242)
『寄り添う心』
取得者: キリ・カーレント(CL3000547)
『断罪執行官』
取得者: アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)

†あとがき†

サラの心は救われました。朽ちて行くだけだった彼女を笑顔の絶えないであろう生活へと再び導いたのは紛れもなく自由騎士の皆さんの力です。

MVPは光玉の正体を見破ったあなたへ。

ご参加ありがとうございました。
FL送付済