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【極東航路】かの地、東の島国へ1

●風雲急を告げる
ある日の、階差演算室。
「最悪の事態ではないか」
報せを受けて、ジョセフ・クラーマーが漏らしたのがその一言だった。
アマノホカリから流れ着いたと思われる船。
その中に、喪われたはずの神アマノホカリからアクアディーネに宛てた手紙があった。
神書と呼ばれるその手紙の中身は、イ・ラプセルに助力を請う、というもの。
アマノホカリは現在ヴィスマルクから侵略を受け、さらには本来アマノホカリを守るべき立場にあるはずのウラ幕府が、それに加担しているという。
まさに、亡国の危機であろう。
だがジョセフが言った最悪の内容は、それではない。
「アマノホカリが滅びかけている。それもまぁ、世界の情勢を見れば大きな問題ではあろうな。しかし極論、これはイ・ラプセルには関わりのないこと。それ自体は看過することも選択肢の一つだ。が、そのあとがよろしくない」
「何がどう、よろしくないって?」
集まった自由騎士の一人に問われ、ジョセフは軽く息をつき、言う。
「ヴィスマルクが、第二のイ・ラプセルと化す」
「……は?」
「わからぬか? この国、イ・ラプセルはここまでシャンバラとヘルメリアという二つの大国を打倒し、その領土を我が物とし、そこに住まう民を自国の民とし、そして二つの大国が有してきた知識や技術を己のものとすることで勢力を増してきた。それをと同じことを、ヴィスマルクが行なおうとしている。ただでさえ大国にして強国であるヴィスマルクが、だ」
告げられて、自由騎士達は口を閉ざすしかなかった。
アマノホカリ。
そこに生まれた者達の幾らかは、イ・ラプセルで自由騎士となっている。
ゆえに、この国では多少なりともかの国のことは知れ渡っていた。
いわく、豊富な資源と他国には見られない独自の技術を持った極東の国。
その技術によって造られた刀剣『倭刀』は高い切れ味を誇る強力な武具の一つである。
「ヴィスマルクは、ここまでのイ・ラプセルの動向をよく観察し、分析した上でアマノホカリの侵略に動いたと見える。私が最悪と評したのは、まさしくここだ」
「どういうことだ……?」
「ウラ幕府がヴィスマルク側についたことからの推測だが、ヤツらが行なおうとしているのは正確には侵略ではない。懐柔だ。圧倒的な武力を見せつけるのと同時に、軍門に下った際に与える莫大な褒美をちらつかせて、戦うことなく国を征しようとしている」
「戦うことなく……」
「そうだ。戦争はどうあっても時間もかかるし国力も消費する。相手は小さくとも国である以上、ヴィスマルクといえども攻略には相応の時間がかかるだろう。ならば、武力をもって攻略するのではなくはかりごとをもって調略すればいい」
ジョセフの説明に、周りはざわつく。
ヴィスマルクがウラ幕府を味方につけていること自体、彼が語った調略が成功しかけていることの証拠だ。そして、もしも鉄血の国が国力を消費することなく、アマノホカリという国を丸々手に入れてしまったならば――、
「救うしかあるまいよ、アマノホカリを。イ・ラプセルのためにも」
ジョセフが告げる。それはもはや決定事項であるのだと、自由騎士達は察した。
「でも、待ってくれ。アマノホカリまでどうやって行けばいいんだ?」
そう、その問題があった。
アマノホカリは遠い極東の島国だ。
天翔ける鉄の船を持つヴィスマルクとは違って、イ・ラプセルが向かうには船を使うしかない。そして、その船でも簡単に行ける距離ではないのだ。
「確定情報ではないが、一つの可能性をここに提示する」
投げられた当然の疑問。それに対して、ジョセフはうなずいた。
「おそらく私がここに呼ばれた理由もそれであろうからな」
そして、彼は言った。
「――聖霊門」
自由騎士達のざわつきが、その一言に増した。
「かつてシャンバラに存在した、空を渡るすべ。神ミトラースの力を根源として、離れた二か所を繋ぐ転移の門を構築する魔導の業だが、これを使えばよい」
「待て、でもそれはミトラースがいなきゃ成立しないはずだ!」
「一見、そう思える。だが、そうではないとしたら?」
「え?」
「必要なのはミトラースの力ではなく、神の力、だとしたら……?」
三度目のざわめきは、半ば理解から起きたものだった。
「アクアディーネ様がいれば、成立する……?」
「仮説だ。確証はない。私自身、この仮説に行き着いたのも最近であることだしな。だが、試す価値はあるのではないか。今は私も、神アクアディーネの祝福を得ている身だ」
ここに来て、一条の光明が射し込んだ。
「だが、結局は私がアマノホカリに乗り込む必要がある。かの地にて、聖霊門開通の儀式を行わねば、モノがあっても転移は成立しないゆえ」
そう、つまりは新たなる旅の始まり。
ここに集められた自由騎士の中から幾人かを選抜し、ジョセフの護衛としてアマノホカリに同行する。という任務なのであった。
「長い旅になる。ヴィスマルクやウラ幕府の妨害も確実に入るであろう。しかも、そこまでの旅を経てアマノホカリに到着したとしても、私の仮説が正しくなければ全てが無駄となる。それでも我々はやらねばならぬ。今は、そうい状況なのだ」
語るジョセフは、すでに最悪の事態を覚悟しているようだった。そして同時に、この旅路をやり遂げんとする強い意志も持ち合わせていた。
「だが、何もかも未知のままでは不安も大きかろう。まずは、くだんのアマノホカリという地がどういった場所であるか。王都で調べられる限りは調べてきた。質問があるならば答えられる範囲で応えよう。また、アマノホカリがどういった地であるか、知っている者がいれば教えてほしい。これもまた、今回の重要任務の一環である」
ある日の、階差演算室。
「最悪の事態ではないか」
報せを受けて、ジョセフ・クラーマーが漏らしたのがその一言だった。
アマノホカリから流れ着いたと思われる船。
その中に、喪われたはずの神アマノホカリからアクアディーネに宛てた手紙があった。
神書と呼ばれるその手紙の中身は、イ・ラプセルに助力を請う、というもの。
アマノホカリは現在ヴィスマルクから侵略を受け、さらには本来アマノホカリを守るべき立場にあるはずのウラ幕府が、それに加担しているという。
まさに、亡国の危機であろう。
だがジョセフが言った最悪の内容は、それではない。
「アマノホカリが滅びかけている。それもまぁ、世界の情勢を見れば大きな問題ではあろうな。しかし極論、これはイ・ラプセルには関わりのないこと。それ自体は看過することも選択肢の一つだ。が、そのあとがよろしくない」
「何がどう、よろしくないって?」
集まった自由騎士の一人に問われ、ジョセフは軽く息をつき、言う。
「ヴィスマルクが、第二のイ・ラプセルと化す」
「……は?」
「わからぬか? この国、イ・ラプセルはここまでシャンバラとヘルメリアという二つの大国を打倒し、その領土を我が物とし、そこに住まう民を自国の民とし、そして二つの大国が有してきた知識や技術を己のものとすることで勢力を増してきた。それをと同じことを、ヴィスマルクが行なおうとしている。ただでさえ大国にして強国であるヴィスマルクが、だ」
告げられて、自由騎士達は口を閉ざすしかなかった。
アマノホカリ。
そこに生まれた者達の幾らかは、イ・ラプセルで自由騎士となっている。
ゆえに、この国では多少なりともかの国のことは知れ渡っていた。
いわく、豊富な資源と他国には見られない独自の技術を持った極東の国。
その技術によって造られた刀剣『倭刀』は高い切れ味を誇る強力な武具の一つである。
「ヴィスマルクは、ここまでのイ・ラプセルの動向をよく観察し、分析した上でアマノホカリの侵略に動いたと見える。私が最悪と評したのは、まさしくここだ」
「どういうことだ……?」
「ウラ幕府がヴィスマルク側についたことからの推測だが、ヤツらが行なおうとしているのは正確には侵略ではない。懐柔だ。圧倒的な武力を見せつけるのと同時に、軍門に下った際に与える莫大な褒美をちらつかせて、戦うことなく国を征しようとしている」
「戦うことなく……」
「そうだ。戦争はどうあっても時間もかかるし国力も消費する。相手は小さくとも国である以上、ヴィスマルクといえども攻略には相応の時間がかかるだろう。ならば、武力をもって攻略するのではなくはかりごとをもって調略すればいい」
ジョセフの説明に、周りはざわつく。
ヴィスマルクがウラ幕府を味方につけていること自体、彼が語った調略が成功しかけていることの証拠だ。そして、もしも鉄血の国が国力を消費することなく、アマノホカリという国を丸々手に入れてしまったならば――、
「救うしかあるまいよ、アマノホカリを。イ・ラプセルのためにも」
ジョセフが告げる。それはもはや決定事項であるのだと、自由騎士達は察した。
「でも、待ってくれ。アマノホカリまでどうやって行けばいいんだ?」
そう、その問題があった。
アマノホカリは遠い極東の島国だ。
天翔ける鉄の船を持つヴィスマルクとは違って、イ・ラプセルが向かうには船を使うしかない。そして、その船でも簡単に行ける距離ではないのだ。
「確定情報ではないが、一つの可能性をここに提示する」
投げられた当然の疑問。それに対して、ジョセフはうなずいた。
「おそらく私がここに呼ばれた理由もそれであろうからな」
そして、彼は言った。
「――聖霊門」
自由騎士達のざわつきが、その一言に増した。
「かつてシャンバラに存在した、空を渡るすべ。神ミトラースの力を根源として、離れた二か所を繋ぐ転移の門を構築する魔導の業だが、これを使えばよい」
「待て、でもそれはミトラースがいなきゃ成立しないはずだ!」
「一見、そう思える。だが、そうではないとしたら?」
「え?」
「必要なのはミトラースの力ではなく、神の力、だとしたら……?」
三度目のざわめきは、半ば理解から起きたものだった。
「アクアディーネ様がいれば、成立する……?」
「仮説だ。確証はない。私自身、この仮説に行き着いたのも最近であることだしな。だが、試す価値はあるのではないか。今は私も、神アクアディーネの祝福を得ている身だ」
ここに来て、一条の光明が射し込んだ。
「だが、結局は私がアマノホカリに乗り込む必要がある。かの地にて、聖霊門開通の儀式を行わねば、モノがあっても転移は成立しないゆえ」
そう、つまりは新たなる旅の始まり。
ここに集められた自由騎士の中から幾人かを選抜し、ジョセフの護衛としてアマノホカリに同行する。という任務なのであった。
「長い旅になる。ヴィスマルクやウラ幕府の妨害も確実に入るであろう。しかも、そこまでの旅を経てアマノホカリに到着したとしても、私の仮説が正しくなければ全てが無駄となる。それでも我々はやらねばならぬ。今は、そうい状況なのだ」
語るジョセフは、すでに最悪の事態を覚悟しているようだった。そして同時に、この旅路をやり遂げんとする強い意志も持ち合わせていた。
「だが、何もかも未知のままでは不安も大きかろう。まずは、くだんのアマノホカリという地がどういった場所であるか。王都で調べられる限りは調べてきた。質問があるならば答えられる範囲で応えよう。また、アマノホカリがどういった地であるか、知っている者がいれば教えてほしい。これもまた、今回の重要任務の一環である」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.アマノホカリ、聖霊門に対する質疑応答
2.アマノホカリに関する知識の補完
2.アマノホカリに関する知識の補完
やってまいりました、S級指令。
しかも「次にどこを攻めるのか」という投票中にやってくる逃れられない緊急事態。
平和に投票ができると思ってましたか?
激動の1820年ってTOPにもあったじゃないですか! なので激動です!
吾語です。
しかしこのシナリオ自体は特に激動でも何でもないという。
シリーズ1回目ですが、このシナリオはまぁ、準備編のようなものです。
次回からが本番なので、その前に軽くアマノホカリについて学ぼうぜ、という趣旨。
なお、このシリーズはこのシナリオ含めて3~4回ほどを予定しております。
では、今回のシナリオの概要です。
1.アマノホカリで分からないところは質問してください。
2.アマノホカリで知ってることをジョセフに教えてください。
簡単すぎて感嘆する!
ちなみに2についてですが、これはつまり参加PCがアマノホカリの設定を好き勝手に語っていいということです。
それが実際に採用するかどうかは吾語が判定することですが、場合によってはあなたの考えた設定が公式設定に!!? みたいな。
わからないことがあれば何でも質問していいし、語りたい設定とかあるならそれを語ってもいいんだぜ。後者は判定前提になりますが。
という、フリーダム質問会シナリオとなっております。
ではでは、皆様のご参加をお待ちしておりまーす。
しかも「次にどこを攻めるのか」という投票中にやってくる逃れられない緊急事態。
平和に投票ができると思ってましたか?
激動の1820年ってTOPにもあったじゃないですか! なので激動です!
吾語です。
しかしこのシナリオ自体は特に激動でも何でもないという。
シリーズ1回目ですが、このシナリオはまぁ、準備編のようなものです。
次回からが本番なので、その前に軽くアマノホカリについて学ぼうぜ、という趣旨。
なお、このシリーズはこのシナリオ含めて3~4回ほどを予定しております。
では、今回のシナリオの概要です。
1.アマノホカリで分からないところは質問してください。
2.アマノホカリで知ってることをジョセフに教えてください。
簡単すぎて感嘆する!
ちなみに2についてですが、これはつまり参加PCがアマノホカリの設定を好き勝手に語っていいということです。
それが実際に採用するかどうかは吾語が判定することですが、場合によってはあなたの考えた設定が公式設定に!!? みたいな。
わからないことがあれば何でも質問していいし、語りたい設定とかあるならそれを語ってもいいんだぜ。後者は判定前提になりますが。
という、フリーダム質問会シナリオとなっております。
ではでは、皆様のご参加をお待ちしておりまーす。

状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
2個
2個
6個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年05月30日
2020年05月30日
†メイン参加者 8人†
●東の地、アマノホカリとは:質疑応答
場所を移し、それなりに広い会議室。
そこでジョセフ・クラーマーはまず集められた自由騎士に問うた。
「アマノホカリ。まずはそこがどういった地であるか、知りたい者はいるか?」
短い時間で、彼はそれなりに情報を集めていた。
それを、まずは共有しようということである。
「それでは、まずは私が」
最初に挙手したのは、『円卓を継ぐ騎士』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)であった。
「アンジェリカか。汝は何が気になる?」
「そうですね。やはり地理や気候がどうしても気になりますね」
それは、出るべくして出た疑問。
仮に戦いが起きた場合、地の利を得ねば立ち行かない場面も出てくるだろう。
ゆえにジョセフも、それについては早々に調べ上げていた。
「そうだな、私が調べた限りでは山野、特に山が多く起伏のある地のようだ。このイ・ラプセル並に四季がはっきり分かれており、基本的に多湿――、湿度が高い気候らしい」
「それと、アマノホカリは大陸ではなく島国だ。幾つかの大きな島が寄り集まって一つの国を形成している。川も多く、水が豊かな点もこの国によく似ている」
ジョセフの説明に捕捉を加えたのは、『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)であった。彼はさらにそこに幾つかの付け足した。
「島一つが一地域というわけではなく、細かく幾つかの小国に分かれており、それを宇羅幕府がまとめ上げている。名目上、その幕府の上に朝廷がある。はずだ」
「流石に出身者。詳しいな」
ジョセフがフッと笑う。
「ついでに、何か他に特徴はあるか?」
「不二という大きな山がある。きっと何か、凄い力を秘めているぞ」
無表情に告げるヨツカ。果たしてそれは彼なりの冗談なのか何なのか。
判断がつかないところではあった。
「なるほど……」
と、アンジェリカが深くうなずく。そして彼女は、本題を切り出した。
「……ところで、何か美味しいものはありますか」
非常に、非常に重要な質問だった。
「主食は米とあるな。イ・ラプセルが輸入している米の何割かがあちらのものらしい」
答えるジョセフ。そこへ、今度は『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)が口を挟む。
「米から作る酒は美味い」
「ほぉ……」
そこで、ジョセフが小さく反応する。
「ジョセフも一杯やるか?」
言って、天輝が酒の入ったひょうたんを差し出した。
「「「やめろ」」」
だが、彼の酒癖を噂に聞いている一堂が、揃って抑えにかかった。
「干物とか、保存食もよく作られているわね。こっちだと珍しいものもあるかも」
話題を変えんとばかりに、天哉熾 ハル(CL3000678)がそう言った。
「他に、ポピュラーな食品といえば、味噌もあるわね」
「「ああ、味噌!」」
彼女が口に出したその名に、ヨツカと天輝が声を揃えた。
「大豆の発酵食品で、出汁にといて具材を入れたお味噌汁なんかはホッとする味ね」
味噌そのものはイ・ラプセルにもある。
しかし、やはりそれ自体はあまりメジャーではない。ゆえにジョセフも知らなかった。
「ふむ、豆を使った食材も多いのだな」
「ですねぇ。……ところで、麺類などは何かありますか?」
ジョセフに同意しつつ、アンジェリカが次なる質問。
それに答えたのは、ヨツカ。
「そば、というものがあるな」
「うどんも忘れたらいけないわね」
ハルがメニューをひとつ付け加えた。
それらもアマノホカリでは比較的メジャーなメニューであるといえよう。
「そういえば聞いたことがあります」
何かを思い出したかのように、アンジェリカが切り出す。
「アマノホカリにはソバーメンと呼ばれる食の神を信奉する過激な狂信者集団がいる、と……。そばがメジャーということは、やはりそれらも実在するのでは?」
「そんなものはない。……とも言い切れないイメージがあるな、あそこは」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が苦虫を噛み潰したような渋い顔をして呟く。そして、そこまでフンフンと聞き続けていた『食のおもてなし』シェリル・八千代・ミツハシ(CL3000311)が、気になっていることを口に出した。
「聞いてると、結構質素なんですねぇ。甘味なんかもあんまりないのでしょうかぁ?」
「ないことはないが、こちらほど種類があるわけではないな」
ヨツカが軽くうなずく。
「主にあんこと蜜、かしらね。ようかんとか、あんみつとか」
ハルの挙げたメニューに、天輝が「あ~、ようかんはいいのう」と同意を寄越す。
かくしてしばし、アマノホカリ食事談義は続くのだった。
そして、それが落ち着いたところで――、次の質問。
「主要な都市などについて知りたいところだな。移動手段などについても」
それを尋ねたのは、『水銀を伝えし者』リュリュ・ロジェ(CL3000117)。
ジョセフが答える。
「王都にあたるのが朝廷の本拠である御所がある『梗都(きょうと)』、とあるな」
「あ~、確かに梗都は王都っちゃ王都だけど、実質的な首都は別よ」
注釈を付け加えたのは、おそらくは今回の参加者で最もアマノホカリに詳しい人物――、『日は陰り、されど人は歩ゆむ』猪市 きゐこ(CL3000048)であった。
「王都と首都が別なのか!?」
驚くロジェに、きゐこは深くため息をつく。
「朝廷と幕府が別だからねぇ……。幕府の本拠が置かれてる方が首都扱いなのよ」
「ちなみに、その街は?」
「実質上の首都は国の東側にある『栄堂(えど)』よ。梗都は西側にあって、国の大きな拠点がちょうど東西に分かたれてるカタチになるわね」
きゐこが語る情報を、ジョセフが新たにメモしていく。
「乗り物は、こっちほど発達はしてないわね。何せ蒸気機関がないもの。馬車もなくて、あるのはそれこそ馬か、もしくはカゴね」
「カゴ?」
「そう。力のある人が二人がかりで大きなカゴを担いで、客がそのカゴに乗るのよ」
「ジンリキシャというものも聞いたことがあるぞ。人が曳く馬車のような、トレーニングマシーンのようにしか思えないものらしいが」
「あー、あったわねー。そんなのも……」
ロジェの言葉にきゐこがポンと手を打った。
「……いささか原始的ではないか?」
「それだけ色々な面で遅れてるのよ、あそこは」
ジョセフですら若干驚き、きゐこは仕方がないとばかりに肩をすくめる。
「そういえば、種族の比率や待遇も気になりますねぇ」
「それは私も気になるな。オニヒトの立場は比較的低くない、とは聞いているが」
アンジェリカとロジェの問い。
ジョセフが資料を調べている間に、きゐこが先んじて答えた。
「その情報、結構古くない? 立場が低くないどころか、一番偉いのオニビトよ」
「何だと?」
「幕府を立てた宇羅氏がオニビトなのよ。だから、将軍はオニビトが務めてるわ」
「では、朝廷の方は?」
「こっちは大半がノウブル、次に多いのがケモノビト、ってところね。確か、今の朝廷近衛軍のトップはノウブルだったはず。真備(まきび)ってヤツ」
どうやら、イ・ラプセルと比べてもより多くの亜人が国家の中枢にいるようだった。
「マザリモノはどうですの?」
「そもそも数が少ないから、こっちと同じような感じじゃないかしら」
「ふむ……」
考えこむロジェに、ここでハルがもう一つ語る。
「キジンもいないわよ」
「だろうな」
蒸気機関がないならば、当然カタクラフトもない。キジンなどいるワケがないのだ。
「質疑応答は、こんなところだろうか」
そろそろ質問も尽きてきたところで、ジョセフが皆に尋ねる。
すると、八千代が手を挙げた。
「……神書を寄越した神は、本物なのでしょうか」
その問いが意味するところを、全員がすぐに気付いた。
もし、神アマノホカリが本当に復活したならば、つまりは神の蠱毒を行なう上での敵。
いずれ、戦わねばならない相手ということになる。しかし――、
「今は、それを考えるべきときではないな」
ジョセフが、静かな声でそう告げた。
皆が気になるところであろう。しかし、先に解決するべきことが目の前にあるのだ。
「他に、何か知っていることがあれば教えてくれ」
そして、知識共有の時間が始まる。
●東の地、アマノホカリとは:知識共有
「幻想種の数がやたら多いと聞く」
それを言ったのは、ツボミだった。
「妖怪のことか」
ヨツカが反応を示す。
「妖怪、とは?」
「アマノホカリでの幻想種の呼び名、のようなものらしいな」
ツボミが続けるが、断言はしない。
「私は何せ物心つく前にこっちに来たからな。全て母から聞いた話だ」
と、彼女は第三の目がある額を軽く掻く。
「イ・ラプセルと比べても幻想種の数は抜きんでて多く、それゆえに人と交わる幻想種の事例も昔から数え上げたらキリがないほどだと聞いている」
「うむ。ヨツカも知っている。土地守(とちかみ)と呼ばれる妖怪達だ」
「土地守? もしかしたらそれか?」
ヨツカの言葉に、ツボミが首をかしげた。
「私の父は何やら『お役目』を持っていた幻想種らしくてな……」
「では、土地守かもしれないな」
土地守とは、土地に根付いて人と接し、その共同体の中で特別な役割を果たしている妖怪のことであり、長らく神が喪われていたアマノホカリにあって、神に代わる信仰対象として崇められていたものであると、ヨツカは語った。
「イ・ラプセルの常識から考えると、いささか考えにくい」
聞いたジョセフも思わず唸る、神なき土地であるがゆえの異質な風習と言えよう。
「だが待て、私は迫害されてこの地に来たのだぞ。崇められてるとはどういうことだ」
当然のように投げかけられる、ツボミの疑問。
「村同士の争いに巻き込まれたのではないかのう」
天輝がそう返す。
「確かに土地守の文化を持つアマノホカリでは、幻想種に対する迫害というのは少ない。が、土地守がいる村同士は争うことが多くてのう……」
「……ああ、つまりごく小規模な宗教戦争ということか」
「あとは、ムラ社会っていうのがやたら排他的なこともあるわねぇ」
きゐこが付け加えた。
「ちなみに土地守がいるのは大体地方の村や里ばっかりよ。むしろ土地守がいることがステータス扱いされてたりするわ。逆に、それなりの街になるとそこにいる妖怪とかマザリモノの数も多くなるから土地守っていう考え方は薄れるんだけどね」
「なるほどなぁ……」
きゐこの説明に、ツボミがうなずく。
「ちなみにな、私の父は央華大陸から流れてきた幻想種らしいのだが――」
「「「わぁ、高レア」」」
「待て」
声を揃えるきゐことハルと天輝を、ツボミが制した。
「何だ、その高レアって」
「だって大陸産の珍しい妖怪なんでしょ? もしかしたら元々土地守を持たなかった村に流れてきた可能性があるわね。まれびとの土地守なんて、超高レアリティよ!」
「人の父親をビンゴ景品特等賞みたいに語るな、オイ」
テンションを上げる友人に、ツボミは長々とため息をつくのであった。
――話題は変わる。
「幕府はクソね。朝廷はカスだわ」
猪市 きゐこオンステージである。
「宇羅幕府の中核にいる宇羅氏は基本的に野心家よ。そして自分達がアマノホカリの第一人者であるっていうたわけたプライドを持ってるわ。だから自分達がやることは常に正しいって思ってるのもあって基本的に手段を問わないわ。その上、新しもの好きで、国外の技術なんかを収集・研究してたりするわね。もしかしたら央華大陸辺りに進出しようとでも考えてて、それでヴィスマルクにすり寄ったんじゃないかしら。クソね! 次に天津幕府。こっちは神の直轄の組織だったっていう歴史だけで何とか食い繋いでた情けない連中よ! 幕府の保護がなければ今頃干上がってたんじゃないかしら? そのクセ、貴族を自称して保守的で、閉鎖的で、居丈高。まさにお飾り以外にできることがないカスね! でも、仮にも国の顔である組織が他国に助け求めるって、端的に考えてヤバイわね!」
「すごい……、外から疑問を挟むいとますらなかったぞ」
ベラベラ語るきゐこに、ロジェが若干ながらヒいた。
「ん~、そうじゃのう。我もきゐこの意見に賛同するところではあるな」
天輝が軽くあごを撫でつつ呟く。
「と、言うと?」
「宇羅氏は『千国時代』を勝ち抜いた猛者じゃ。その連中が、そう易々と他国の圧に屈する。というのがどうにも考えにくくてのう。……あるいは、今きゐこが言ったように、央華大陸への進出か、もしくは別の目的か。とにかく、何か大きな狙いがあるのかもしれん。聞いているうちにそう思うようになってな」
「大きな目的……」
イ・ラプセルのやり方を模倣しようとするヴィスマルクと、それに応じつつあるアマノホカリの宇羅幕府。だが、幕府には独自の目的がある――?
自由騎士達はしばし考えこむが、今はまだ答えが出る問いではなかった。
「ところで、アマノホカリの人間は武闘派が多いのか?」
ジョセフが尋ねると、何と、答えたのはアンジェリカ。
「倭刀の扱いに長けた者達がいる、と聞きますね」
「ああ、サムライだな」
「サムライねー、あの連中嫌いよ」
「サムライなぁ、話には聞いたことがあるがなぁ……」
口々に反応を返すアマノホカリ出身者達。
「どういった連中なのだ?」
「「「バッサリサイコー」」」
そして彼らはまたしても声を揃えた。
「アマノホカリの戦力の大半はこいつらだけどね、とにかく『斬れ! 斬れば勝てる! 勝てなきゃ死ね! 斬られて死ね! だが斬られる前に斬って死ね!』っていう、その、頭のネジまで刃物でできてるんじゃないのって思える連中よ……」
やり合ってきた過去を思い返してか、きゐこがげんなりしている。
「それと『御庭番衆』も厄介だったわ。幕府の『手段を問わない』っていう側面をこれでもかってほどに体現してて、嫌らしいったらありゃしない」
「ニンジャ、か。アレも確かに厄介だ」
ヨツカも知っているのか、きゐこに同調した。
サムライとニンジャ。
どうやら、アマノホカリ独自の戦闘スタイルと呼べるのは、その二つのようだ。
「ヴィスマルクにサムライとニンジャが加わるとか、一体何の地獄かしらね……」
「まだそう決まったわけではないがな」
きゐこに返したあとで、ジョセフは気づく。
「アマノホカリには魔導は根付いていないのか?」
「根付いてるわよ。専門の組織である朝廷の下部組織の『陰陽寮』っていうのがあるわ」
「陰陽師ね。確かに存在するけれど、でも敵としても味方としても、そう恐ろしいものではないわね。元々、戦闘は不得手な人達だから」
ハルが説明する。
陰陽師は朝廷の下で、生活や文化、医療、芸能に関する魔導を振興する者らしい。
「医療技術はそれなりだけど、こっちと比べてもどうかしら? 戦闘については、むしろ文化振興という役割があるから、遠ざけられていたわね」
「えっ、陰陽師って占いで未来予知する連中じゃないの!!?」
ハルが語った内容に、きゐこが驚く。
「まぁ、朝廷が特に厚く保護してたし、外からは怪しく見えるのかもしれないわね」
どうやら都市伝説のたぐいであったようだ。
少しの間が空く。大体の知識の共有は、これで終わったようだった。しかし、
「なぁ、ヨツカよ」
「どうした、ツボミ」
「さっき言ってた、土地守についてだがな」
「うむ」
「『神州ヤオヨロズ』、という名前に聞き覚えはあるか?」
「うげ」
そこでうめき声を出したのは、しかしヨツカではなくきゐこだった。
「え、そこでその名前が出てくるの……?」
「むぅ、あれか。あれはなぁ……」
ヨツカも眉間にしわを寄せ、深く俯いている。
「何だ、その『神州ヤオヨロズ』というのは」
「アマノホカリのシャンバラ」
ジョセフの問いに、あまりといえばあまりな返答をするきゐこ。
「神アマノホカリは喪われたのではない。アマノホカリ全ての大地に合一し、溶け込んだにすぎない。そして土地守とはその現出した姿。すなわち神アマノホカリのかけらであり、その神性を受け継ぐ者である、とかいうトンチキ論理を展開してる連中でね、幾つかの土地守を持つ村の集合体が母体となってるカルト宗教連合体よ」
「うむ。一つの団体を作りながら、内部では常に土地守を巡る権力抗争が繰り広げられているという、守(かみ)の蠱毒ともいうべき集団だ。しかし、その思想から自分達こそがアマノホカリの後継者であるという認識が強く、朝廷と幕府に対しては一致団結して反抗している、仲がいいのか悪いのかわからん連中でもあるな」
「いつの世も宗教というのはタチが悪いものだな」
「おまえがそれを言うのか」
うなずくジョセフを、ロジェが一刺しした。
ただ、彼の言葉も心理の一面ではある。
カルトな宗教というのは、カルトであるがゆえに思想の純度が高まり、そしてそれはたやすく生命倫理を飛び越えてしまいかねないのだ。
「え、ちょっとヤバイんじゃない? 神アマノホカリ、再臨したのよね」
そこに思い至って、きゐこが顔を蒼くする。
「うむ。神書が本物だったら、そうなるな……」
「絶対何かやらかすであろうなぁ、ヤオヨロズの連中。賭けてもよいぞ」
天輝の言葉に、全員が押し黙った。
「組織としては幕府はおろか朝廷の足元にも及ばない程度の規模しかないが、しかし注意しておくに越したことはないか」
待ち受ける東への道行きは、やはり、簡単なものではなさそうだった。
場所を移し、それなりに広い会議室。
そこでジョセフ・クラーマーはまず集められた自由騎士に問うた。
「アマノホカリ。まずはそこがどういった地であるか、知りたい者はいるか?」
短い時間で、彼はそれなりに情報を集めていた。
それを、まずは共有しようということである。
「それでは、まずは私が」
最初に挙手したのは、『円卓を継ぐ騎士』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)であった。
「アンジェリカか。汝は何が気になる?」
「そうですね。やはり地理や気候がどうしても気になりますね」
それは、出るべくして出た疑問。
仮に戦いが起きた場合、地の利を得ねば立ち行かない場面も出てくるだろう。
ゆえにジョセフも、それについては早々に調べ上げていた。
「そうだな、私が調べた限りでは山野、特に山が多く起伏のある地のようだ。このイ・ラプセル並に四季がはっきり分かれており、基本的に多湿――、湿度が高い気候らしい」
「それと、アマノホカリは大陸ではなく島国だ。幾つかの大きな島が寄り集まって一つの国を形成している。川も多く、水が豊かな点もこの国によく似ている」
ジョセフの説明に捕捉を加えたのは、『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)であった。彼はさらにそこに幾つかの付け足した。
「島一つが一地域というわけではなく、細かく幾つかの小国に分かれており、それを宇羅幕府がまとめ上げている。名目上、その幕府の上に朝廷がある。はずだ」
「流石に出身者。詳しいな」
ジョセフがフッと笑う。
「ついでに、何か他に特徴はあるか?」
「不二という大きな山がある。きっと何か、凄い力を秘めているぞ」
無表情に告げるヨツカ。果たしてそれは彼なりの冗談なのか何なのか。
判断がつかないところではあった。
「なるほど……」
と、アンジェリカが深くうなずく。そして彼女は、本題を切り出した。
「……ところで、何か美味しいものはありますか」
非常に、非常に重要な質問だった。
「主食は米とあるな。イ・ラプセルが輸入している米の何割かがあちらのものらしい」
答えるジョセフ。そこへ、今度は『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)が口を挟む。
「米から作る酒は美味い」
「ほぉ……」
そこで、ジョセフが小さく反応する。
「ジョセフも一杯やるか?」
言って、天輝が酒の入ったひょうたんを差し出した。
「「「やめろ」」」
だが、彼の酒癖を噂に聞いている一堂が、揃って抑えにかかった。
「干物とか、保存食もよく作られているわね。こっちだと珍しいものもあるかも」
話題を変えんとばかりに、天哉熾 ハル(CL3000678)がそう言った。
「他に、ポピュラーな食品といえば、味噌もあるわね」
「「ああ、味噌!」」
彼女が口に出したその名に、ヨツカと天輝が声を揃えた。
「大豆の発酵食品で、出汁にといて具材を入れたお味噌汁なんかはホッとする味ね」
味噌そのものはイ・ラプセルにもある。
しかし、やはりそれ自体はあまりメジャーではない。ゆえにジョセフも知らなかった。
「ふむ、豆を使った食材も多いのだな」
「ですねぇ。……ところで、麺類などは何かありますか?」
ジョセフに同意しつつ、アンジェリカが次なる質問。
それに答えたのは、ヨツカ。
「そば、というものがあるな」
「うどんも忘れたらいけないわね」
ハルがメニューをひとつ付け加えた。
それらもアマノホカリでは比較的メジャーなメニューであるといえよう。
「そういえば聞いたことがあります」
何かを思い出したかのように、アンジェリカが切り出す。
「アマノホカリにはソバーメンと呼ばれる食の神を信奉する過激な狂信者集団がいる、と……。そばがメジャーということは、やはりそれらも実在するのでは?」
「そんなものはない。……とも言い切れないイメージがあるな、あそこは」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が苦虫を噛み潰したような渋い顔をして呟く。そして、そこまでフンフンと聞き続けていた『食のおもてなし』シェリル・八千代・ミツハシ(CL3000311)が、気になっていることを口に出した。
「聞いてると、結構質素なんですねぇ。甘味なんかもあんまりないのでしょうかぁ?」
「ないことはないが、こちらほど種類があるわけではないな」
ヨツカが軽くうなずく。
「主にあんこと蜜、かしらね。ようかんとか、あんみつとか」
ハルの挙げたメニューに、天輝が「あ~、ようかんはいいのう」と同意を寄越す。
かくしてしばし、アマノホカリ食事談義は続くのだった。
そして、それが落ち着いたところで――、次の質問。
「主要な都市などについて知りたいところだな。移動手段などについても」
それを尋ねたのは、『水銀を伝えし者』リュリュ・ロジェ(CL3000117)。
ジョセフが答える。
「王都にあたるのが朝廷の本拠である御所がある『梗都(きょうと)』、とあるな」
「あ~、確かに梗都は王都っちゃ王都だけど、実質的な首都は別よ」
注釈を付け加えたのは、おそらくは今回の参加者で最もアマノホカリに詳しい人物――、『日は陰り、されど人は歩ゆむ』猪市 きゐこ(CL3000048)であった。
「王都と首都が別なのか!?」
驚くロジェに、きゐこは深くため息をつく。
「朝廷と幕府が別だからねぇ……。幕府の本拠が置かれてる方が首都扱いなのよ」
「ちなみに、その街は?」
「実質上の首都は国の東側にある『栄堂(えど)』よ。梗都は西側にあって、国の大きな拠点がちょうど東西に分かたれてるカタチになるわね」
きゐこが語る情報を、ジョセフが新たにメモしていく。
「乗り物は、こっちほど発達はしてないわね。何せ蒸気機関がないもの。馬車もなくて、あるのはそれこそ馬か、もしくはカゴね」
「カゴ?」
「そう。力のある人が二人がかりで大きなカゴを担いで、客がそのカゴに乗るのよ」
「ジンリキシャというものも聞いたことがあるぞ。人が曳く馬車のような、トレーニングマシーンのようにしか思えないものらしいが」
「あー、あったわねー。そんなのも……」
ロジェの言葉にきゐこがポンと手を打った。
「……いささか原始的ではないか?」
「それだけ色々な面で遅れてるのよ、あそこは」
ジョセフですら若干驚き、きゐこは仕方がないとばかりに肩をすくめる。
「そういえば、種族の比率や待遇も気になりますねぇ」
「それは私も気になるな。オニヒトの立場は比較的低くない、とは聞いているが」
アンジェリカとロジェの問い。
ジョセフが資料を調べている間に、きゐこが先んじて答えた。
「その情報、結構古くない? 立場が低くないどころか、一番偉いのオニビトよ」
「何だと?」
「幕府を立てた宇羅氏がオニビトなのよ。だから、将軍はオニビトが務めてるわ」
「では、朝廷の方は?」
「こっちは大半がノウブル、次に多いのがケモノビト、ってところね。確か、今の朝廷近衛軍のトップはノウブルだったはず。真備(まきび)ってヤツ」
どうやら、イ・ラプセルと比べてもより多くの亜人が国家の中枢にいるようだった。
「マザリモノはどうですの?」
「そもそも数が少ないから、こっちと同じような感じじゃないかしら」
「ふむ……」
考えこむロジェに、ここでハルがもう一つ語る。
「キジンもいないわよ」
「だろうな」
蒸気機関がないならば、当然カタクラフトもない。キジンなどいるワケがないのだ。
「質疑応答は、こんなところだろうか」
そろそろ質問も尽きてきたところで、ジョセフが皆に尋ねる。
すると、八千代が手を挙げた。
「……神書を寄越した神は、本物なのでしょうか」
その問いが意味するところを、全員がすぐに気付いた。
もし、神アマノホカリが本当に復活したならば、つまりは神の蠱毒を行なう上での敵。
いずれ、戦わねばならない相手ということになる。しかし――、
「今は、それを考えるべきときではないな」
ジョセフが、静かな声でそう告げた。
皆が気になるところであろう。しかし、先に解決するべきことが目の前にあるのだ。
「他に、何か知っていることがあれば教えてくれ」
そして、知識共有の時間が始まる。
●東の地、アマノホカリとは:知識共有
「幻想種の数がやたら多いと聞く」
それを言ったのは、ツボミだった。
「妖怪のことか」
ヨツカが反応を示す。
「妖怪、とは?」
「アマノホカリでの幻想種の呼び名、のようなものらしいな」
ツボミが続けるが、断言はしない。
「私は何せ物心つく前にこっちに来たからな。全て母から聞いた話だ」
と、彼女は第三の目がある額を軽く掻く。
「イ・ラプセルと比べても幻想種の数は抜きんでて多く、それゆえに人と交わる幻想種の事例も昔から数え上げたらキリがないほどだと聞いている」
「うむ。ヨツカも知っている。土地守(とちかみ)と呼ばれる妖怪達だ」
「土地守? もしかしたらそれか?」
ヨツカの言葉に、ツボミが首をかしげた。
「私の父は何やら『お役目』を持っていた幻想種らしくてな……」
「では、土地守かもしれないな」
土地守とは、土地に根付いて人と接し、その共同体の中で特別な役割を果たしている妖怪のことであり、長らく神が喪われていたアマノホカリにあって、神に代わる信仰対象として崇められていたものであると、ヨツカは語った。
「イ・ラプセルの常識から考えると、いささか考えにくい」
聞いたジョセフも思わず唸る、神なき土地であるがゆえの異質な風習と言えよう。
「だが待て、私は迫害されてこの地に来たのだぞ。崇められてるとはどういうことだ」
当然のように投げかけられる、ツボミの疑問。
「村同士の争いに巻き込まれたのではないかのう」
天輝がそう返す。
「確かに土地守の文化を持つアマノホカリでは、幻想種に対する迫害というのは少ない。が、土地守がいる村同士は争うことが多くてのう……」
「……ああ、つまりごく小規模な宗教戦争ということか」
「あとは、ムラ社会っていうのがやたら排他的なこともあるわねぇ」
きゐこが付け加えた。
「ちなみに土地守がいるのは大体地方の村や里ばっかりよ。むしろ土地守がいることがステータス扱いされてたりするわ。逆に、それなりの街になるとそこにいる妖怪とかマザリモノの数も多くなるから土地守っていう考え方は薄れるんだけどね」
「なるほどなぁ……」
きゐこの説明に、ツボミがうなずく。
「ちなみにな、私の父は央華大陸から流れてきた幻想種らしいのだが――」
「「「わぁ、高レア」」」
「待て」
声を揃えるきゐことハルと天輝を、ツボミが制した。
「何だ、その高レアって」
「だって大陸産の珍しい妖怪なんでしょ? もしかしたら元々土地守を持たなかった村に流れてきた可能性があるわね。まれびとの土地守なんて、超高レアリティよ!」
「人の父親をビンゴ景品特等賞みたいに語るな、オイ」
テンションを上げる友人に、ツボミは長々とため息をつくのであった。
――話題は変わる。
「幕府はクソね。朝廷はカスだわ」
猪市 きゐこオンステージである。
「宇羅幕府の中核にいる宇羅氏は基本的に野心家よ。そして自分達がアマノホカリの第一人者であるっていうたわけたプライドを持ってるわ。だから自分達がやることは常に正しいって思ってるのもあって基本的に手段を問わないわ。その上、新しもの好きで、国外の技術なんかを収集・研究してたりするわね。もしかしたら央華大陸辺りに進出しようとでも考えてて、それでヴィスマルクにすり寄ったんじゃないかしら。クソね! 次に天津幕府。こっちは神の直轄の組織だったっていう歴史だけで何とか食い繋いでた情けない連中よ! 幕府の保護がなければ今頃干上がってたんじゃないかしら? そのクセ、貴族を自称して保守的で、閉鎖的で、居丈高。まさにお飾り以外にできることがないカスね! でも、仮にも国の顔である組織が他国に助け求めるって、端的に考えてヤバイわね!」
「すごい……、外から疑問を挟むいとますらなかったぞ」
ベラベラ語るきゐこに、ロジェが若干ながらヒいた。
「ん~、そうじゃのう。我もきゐこの意見に賛同するところではあるな」
天輝が軽くあごを撫でつつ呟く。
「と、言うと?」
「宇羅氏は『千国時代』を勝ち抜いた猛者じゃ。その連中が、そう易々と他国の圧に屈する。というのがどうにも考えにくくてのう。……あるいは、今きゐこが言ったように、央華大陸への進出か、もしくは別の目的か。とにかく、何か大きな狙いがあるのかもしれん。聞いているうちにそう思うようになってな」
「大きな目的……」
イ・ラプセルのやり方を模倣しようとするヴィスマルクと、それに応じつつあるアマノホカリの宇羅幕府。だが、幕府には独自の目的がある――?
自由騎士達はしばし考えこむが、今はまだ答えが出る問いではなかった。
「ところで、アマノホカリの人間は武闘派が多いのか?」
ジョセフが尋ねると、何と、答えたのはアンジェリカ。
「倭刀の扱いに長けた者達がいる、と聞きますね」
「ああ、サムライだな」
「サムライねー、あの連中嫌いよ」
「サムライなぁ、話には聞いたことがあるがなぁ……」
口々に反応を返すアマノホカリ出身者達。
「どういった連中なのだ?」
「「「バッサリサイコー」」」
そして彼らはまたしても声を揃えた。
「アマノホカリの戦力の大半はこいつらだけどね、とにかく『斬れ! 斬れば勝てる! 勝てなきゃ死ね! 斬られて死ね! だが斬られる前に斬って死ね!』っていう、その、頭のネジまで刃物でできてるんじゃないのって思える連中よ……」
やり合ってきた過去を思い返してか、きゐこがげんなりしている。
「それと『御庭番衆』も厄介だったわ。幕府の『手段を問わない』っていう側面をこれでもかってほどに体現してて、嫌らしいったらありゃしない」
「ニンジャ、か。アレも確かに厄介だ」
ヨツカも知っているのか、きゐこに同調した。
サムライとニンジャ。
どうやら、アマノホカリ独自の戦闘スタイルと呼べるのは、その二つのようだ。
「ヴィスマルクにサムライとニンジャが加わるとか、一体何の地獄かしらね……」
「まだそう決まったわけではないがな」
きゐこに返したあとで、ジョセフは気づく。
「アマノホカリには魔導は根付いていないのか?」
「根付いてるわよ。専門の組織である朝廷の下部組織の『陰陽寮』っていうのがあるわ」
「陰陽師ね。確かに存在するけれど、でも敵としても味方としても、そう恐ろしいものではないわね。元々、戦闘は不得手な人達だから」
ハルが説明する。
陰陽師は朝廷の下で、生活や文化、医療、芸能に関する魔導を振興する者らしい。
「医療技術はそれなりだけど、こっちと比べてもどうかしら? 戦闘については、むしろ文化振興という役割があるから、遠ざけられていたわね」
「えっ、陰陽師って占いで未来予知する連中じゃないの!!?」
ハルが語った内容に、きゐこが驚く。
「まぁ、朝廷が特に厚く保護してたし、外からは怪しく見えるのかもしれないわね」
どうやら都市伝説のたぐいであったようだ。
少しの間が空く。大体の知識の共有は、これで終わったようだった。しかし、
「なぁ、ヨツカよ」
「どうした、ツボミ」
「さっき言ってた、土地守についてだがな」
「うむ」
「『神州ヤオヨロズ』、という名前に聞き覚えはあるか?」
「うげ」
そこでうめき声を出したのは、しかしヨツカではなくきゐこだった。
「え、そこでその名前が出てくるの……?」
「むぅ、あれか。あれはなぁ……」
ヨツカも眉間にしわを寄せ、深く俯いている。
「何だ、その『神州ヤオヨロズ』というのは」
「アマノホカリのシャンバラ」
ジョセフの問いに、あまりといえばあまりな返答をするきゐこ。
「神アマノホカリは喪われたのではない。アマノホカリ全ての大地に合一し、溶け込んだにすぎない。そして土地守とはその現出した姿。すなわち神アマノホカリのかけらであり、その神性を受け継ぐ者である、とかいうトンチキ論理を展開してる連中でね、幾つかの土地守を持つ村の集合体が母体となってるカルト宗教連合体よ」
「うむ。一つの団体を作りながら、内部では常に土地守を巡る権力抗争が繰り広げられているという、守(かみ)の蠱毒ともいうべき集団だ。しかし、その思想から自分達こそがアマノホカリの後継者であるという認識が強く、朝廷と幕府に対しては一致団結して反抗している、仲がいいのか悪いのかわからん連中でもあるな」
「いつの世も宗教というのはタチが悪いものだな」
「おまえがそれを言うのか」
うなずくジョセフを、ロジェが一刺しした。
ただ、彼の言葉も心理の一面ではある。
カルトな宗教というのは、カルトであるがゆえに思想の純度が高まり、そしてそれはたやすく生命倫理を飛び越えてしまいかねないのだ。
「え、ちょっとヤバイんじゃない? 神アマノホカリ、再臨したのよね」
そこに思い至って、きゐこが顔を蒼くする。
「うむ。神書が本物だったら、そうなるな……」
「絶対何かやらかすであろうなぁ、ヤオヨロズの連中。賭けてもよいぞ」
天輝の言葉に、全員が押し黙った。
「組織としては幕府はおろか朝廷の足元にも及ばない程度の規模しかないが、しかし注意しておくに越したことはないか」
待ち受ける東への道行きは、やはり、簡単なものではなさそうだった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
†あとがき†
お疲れさまでした。
皆さんのプレイングによる設定の補完により何か変な組織が生えてきました。
やったね、シナリオのネタが増えたよ! ありがとうございます!
次回はそう遠くないうちに、海上を舞台としたシナリオとなります。多分。
それでは、また次回お会いしましょー!
皆さんのプレイングによる設定の補完により何か変な組織が生えてきました。
やったね、シナリオのネタが増えたよ! ありがとうございます!
次回はそう遠くないうちに、海上を舞台としたシナリオとなります。多分。
それでは、また次回お会いしましょー!
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