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錬金術師の薬瓶。或いは、闇取引は計画的に…



●錬金術師の薬瓶
とあるホテルの最上階、その男たちは集まっていた。
否、男かどうかも分からない。
何しろ、都合7名全員が赤い頭巾で顔を覆い隠しているのだから。
「さて、例のものは?」
と、そう問うたのは誰だろう。
薄暗がりの中、赤頭巾の1人がアタッシュケースをテーブルの上にどんと置く。
開かれたケースの中には、どろりとした赤い薬液の詰まった小瓶が全部で7つ。
「これが……これが“人体強化薬”か」
彼らは錬金術師の集まりだ。
その目的は、かの有名な“賢者の石”の完成にある。
だが、その実験の過程である日この“人体強化薬”とやらが生まれた。
「これを売れば、大金が手に入る」
「その金で素材や設備を整えれば、賢者の石もきっと……」
薬液を見下ろし、赤頭巾たちはくっくと笑う。
そして薬液を、2つのアタッシュケースへ分けた。
「では、行くとしようか」
3人と4人の2組に分かれ、赤頭巾たちはホテルを後にする。
薬液を高額で買い取ってくれる、とある敵対国の密使とコンタクトを取るために。

●階差演算室
「効果のほどは不明だけれど……敵対している国に危ない薬を渡すわけにはいかないよね」
そう呟いて、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は自由騎士たちへと視線を向けた。
集まった自由騎士たちは、種族も職種も異なる。
一見して雑多な人選のように見えるが、その1人1人がかなりの実力者であることをクラウディアは理解していた。
「錬金術師たちは街中を通ってそれぞれ港と、郊外の草原へ向かっているよ。おそらく、そこで敵対国の密使と取引が行われるんだろうね」
今回、錬金術師たちの企みが明るみに出たのは偶然ではない。
以前から、自由騎士たちは彼らの活動を調べて回っていたのである。
賢者の石の完成のために、かなり非人道的な実験も繰り返していたらしい。
そのことを知っているクラウディアは、静かに……けれど、かなり怒っていた。
「平和に暮らしてる人たちに迷惑をかけるなんて、そんなの放ってはおけないよ」
絶対に止めて来てよね、と。
それぞれの手元に紙の資料を配っていく。
「ターゲットたちの使用できるスキルは[パナケア][ スパルトイ]の2つ、どちらかのチームにいるリーダー格の錬金術師だけ[ティンクトラの雫]も行使できるよ」
腐っても錬金術師。
非合法な活動にも慣れているようで、戦闘経験豊富な者もいるようだ。
「街中で見つけて、追いかけてもいいけど、その時は周辺被害に気を配ってね。港や草原なら周辺被害は気にしなくてもいいけど、薬瓶を敵対国に持って行かれちゃう可能性が高くなるよ」
草原には身を隠す場所は存在しない。
強いて言うのなら、先日降った雪が積もっていることが足場に少々の影響を及ぼす程度だろうか。
一方で、港となれば停泊した船や家屋などの障害物も多く、船上での戦闘も予想される。
そして、この時期の海はひどく冷たい。
「それに“人体強化薬”の効果も気になるよね……皆、警戒は怠らないようにね!」
よろしく、と。
そう言ってクラウディアは、仲間達を送りだす。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
病み月
■成功条件
1.錬金術師たちの捕縛
2.人体強化薬の回収
●ターゲット
・赤い頭巾の錬金術師たち×7
錬金術スタイルのスキルを行使する者たち。
赤い頭巾を被っているため種族は不明。
うち1人、リーダー格の錬金術師だけが他6名よりも格段に強いようだ。同じ服装をしているので、外見からそれを見分けることは不可能である。
・パナケア[回復] A:魔近味単
錬金術で生み出した薬品を用いて、自身や仲間の体力を回復させるスキル。

・スパルトイ[攻撃] A:攻遠単 【二連】
錬金術で生み出した人形兵士を操り、行使するスキル。

・ティンクトラの雫[攻撃] A:魔遠単 【スロウ1】【ポイズン1】【バーン2】
強毒を含む炸薬を調合するスキル。
※リーダー格の錬金術師のみ使用。

・人体強化薬[特殊] A:自
自身の身体能力を強化するスキル。
また、通常攻撃に、最近自身が受けた状態異常を付与する。


●場所
街中。
ホテルから西へ向かえば草原、南へ向かえば港につく。
道中は広い通りを通って移動するようだ。


数隻の漁船が停泊中。
人気のない時間帯なのか、周囲に一般人はいない。
船上での戦闘が予想される。

草原
町の郊外に広がる草原。
先日降った雪の影響で、足元が滑りやすくなっている。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
7モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/8
公開日
2020年01月14日

†メイン参加者 5人†




 人の群れが左右に開く。その中心を、堂々と進む7名の怪しい男たち。
 否、男かどうかも一見しただけでは分からない。何しろ全員、身体のラインを隠すコートやローブを身に纏い、揃いの赤い頭巾を被っているのだから。
 各人の手にはアタッシュケース。
 視線はまっすぐ正面を見据え、一定の速度で歩を進める。
 周囲を囲む街人たちは、その怪しい一団を不気味そうに見つめていた。
「赤い頭巾……ずいぶんと目立つけど、なるほど一般人が邪魔で仕掛けられないわね」
 手にした剣を鞘へと収め『慈悲の刃、葬送の剣』アリア・セレスティ(CL3000222)は屋根の上でそう呟いた。
 チラ、と視線を下へと向けると物影に待機していた『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)と視線が合う。
 マグノリアは瞳を伏せて、数度首を横へ振ってみせた。
 どうやらマグノリアもアリアと同意見……つまり、街中での奇襲は不可能と判断したらしい。
 代わりに、というわけでもないだろうが通りの奥を指差してみせた。
 そこにあるのは馬車の停留所のようだ。
 なるほど、赤い頭巾の集団……錬金術師たちは、そこを目指しているらしい。

 一方、その頃。
 錬金術師たちのすぐ近く、一般人に成り済まし接近していた『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は、拳を握り臨戦態勢を整えた。
 街中での戦闘開始は彼女の望むところではない。一般人を巻き込むことと、彼女たちは良しとはしない。
 だが、もしも……。
 万が一、錬金術師たちがおかしな行動を取ろうとした際には身を盾にしてでも被害を抑える心算である。
 しかし、今回はそんな彼女の決意が裏目に出る結果となった。
 錬金術師たちが馬車停留所へと辿り着いた、その時だ。
『こそこそと付けて来る鼠がいるな』
 と、錬金術師たちの1人が……赤い頭巾で顔を隠しているため、誰がそう発言したかは不明だが……そう呟いた。
 次いで、ガシャン、と。
 エルシーの足元で、試験管が砕け散る。
 飛び散った薬液は、スライムのように形を変えて次第に体積を増していく。そうして現れたのは、マネキンのような人形だった。
「……!?」
 驚愕に目を見開くエルシー。
 さらには、停留所それ自体が炎に包まれ爆発した。
 錬金術師の使う炸薬によるものだ。
 炎と轟音、そして撒き散らされた毒に驚き、馬たちがいななく。
 気付けば、停まっていたはずの馬車は全てでたらめな方向へと走り出し、その場にはエルシー1人が取り残されていた。
 
「そろそろ人気も減って来た。この辺りで仕掛けていいんじゃないか?」
 と、そう問うたのは褐色肌の女丈夫・ジーニー・レイン(CL3000647)だ。肩に担いだ戦斧を降ろし、戦闘態勢を整える。
「あぁ、だが賢者の石には警戒してくれよ。一体どの様にして使い、どんな事が出来るのか……わからない分、恐ろしい物であるのかも知れないからな」
 エネルギーの補給のためか、フルーツを齧りながらタイガ・トウドラード(CL3000434)は答えた。180センチを超える長身をかがめ、すぐにでも駆けだせる姿勢を取った。
 彼女……タイガの手には幅の広い両手剣が握られている。
 無人の通りを走る馬車。
 ゴトゴトと規則正しい音が響く。
 そして……。
 ガタン、と馬車が小石に乗りあげた、その瞬間。
 それがスタートの号砲となったかのように、タイガは弾かれたように駆け出した。
 スタートダッシュこそ僅かに遅れたものの、ジーニーもまたその後に続く。
「さぁ、逃げるか……それとも、迎え討つか!」
 するり、と。
 滑るような動作で、タイガは馬車の右側面へ剣を走らせる。
 見事、車軸を一閃のもとに斬り落とし片輪を脱落させることに成功した。
 さらに、追い打ちをかけるように放たれたジーニーの斧が、馬車の車体へと叩き込まれる。
 粉々になって飛び散る車体。
 その中から、錬金術で作られた人形が姿を現した。
 人形の背後には4名の錬金術師たち。
 アタッシュケースを片方の手に、もう片手には試験管が握られている。
「貴様ら錬金術師に問いたい。人体強化薬をどこに売る気だ?  ヘルメリアか?  ヴィスマルクか?  パノプティコンか? いま挙げたどの国よりも、イ・ラプセルは亜人に寛大だ。賢者の石がどのような物か、私は知らない。だが、亜人の幸せを脅かす者達に加担してまで欲する物なのか?」
 錬金術師たちへ斧を向け、彼女は声を荒げて問うた。


 魔力で編まれた2本の矢が、人形の両腕を撃ち抜いた。
 砕け、飛び散る人形の破片。
 矢を放ったのはマグノリア。
 そして、破片の中を突き進むのはエルシーだ。
 握り拳に力を込めて、人形の顔面へと叩き込む。

「自由騎士です、皆さんは避難してください!」
 人形を撃破したエルシーは、周辺を取り囲む一般人たちへ向け声を張り上げた。
 停留所こそ爆破されたものの、一般人には軽傷以上の被害は出ていないことは確認済みだ。念のため、負傷者たちの様子を見ていたマグノリアからも「問題ない」との解答を得ている。
「では、予定通り私は草原へ向かいます」
「あぁ、よろしく頼むよ。人体強化薬を回収、成分分析を行えば、彼等がどの過程迄其れを進めたのか分かるかも知れない……くれぐれも」
「言われなくても、十分注意しますとも」
 コツン、と軽く拳を打ち付けエルシーとマグノリアは左右へ別れた。
 マグノリアは港へ。
 エルシーは草原へ。
 それぞれの戦場へ向け、歩を進める。

 一方、雪の積もる草原の真ん中で停車した馬車から錬金術師たちは下車していた。
 雪が積もっているせいで、それ以上馬車では進行できなくなったのだ。
 そんな錬金術師たちの正面には、両手に剣を構えたアリアの姿。
「身を隠す術もないものね……まぁ、それはお互いに、だけど。逃げ場はないけれど、どうする?」
 アリアと相対する錬金術師の数は3。
 だが、それぞれが人形兵士を召喚している。
 数の上では6対1という状況だ。
 本来であればアリア単独で事に当たる予定ではなかったのだが、街中で起きた騒動とその収束に2名が残ったため、このような状況に陥っている。
 多勢に無勢。
 常識で考えるならば、仲間の合流を待つべきだっただろう。だが、アリアの性格上、このまま錬金術師たちを見逃すことは出来なかった。
 仲間が来るのなら、それまで足止めをすべきだと判断したのである。
 もっとも、本心であれば停留所近くにいて怪我をした一般人の救助を優先したかったところではあるが……そちらは、近くにいたエルシーとマグノリアに託すことにした。
『威勢のいいことだな。実力によほど自信があるのか、それとも単なる愚か者か。試してやろう』
 と、錬金術師の誰かがそう呟いた。
 その言葉をトリガーとして、人形兵士たちは一斉にアリアへ襲いかかる。

 正面切っての立ちまわりは、アリアの得意とするところではない。
 建物や壁を足場に立体的に動き回り、一撃の重さよりも速度と手数で敵を翻弄する立ちまわりこそが彼女が最も真価を発揮できる戦法だ。
 だが、今彼女が立っているのは草原であり、そのような障害物は存在しない。加えて、足元には雪が積もっているという悪条件……もっともこちらはスキルにより対処できてはいるが。
 手数の多さこそ損なわれてはいないものの、機動力や速度といった長所は潰されている。
 つまり……。
「……雪は問題ないけど、戦いにくい状況ね」
 内から外へ、開くように振り抜かれた2本の刃が人形の胴を十字に切り裂く。
 衝撃に煽られ、視界を雪が白に染めた。
 1体の人形を葬ったアリアは、そのまま手近なもう1体の懐へと潜り込んだが……。
『そら、もう1体追加だ』
 新たに現れた人形が、アリアの胴へとしがみつく。
 咄嗟に後退しようとするも、間に合わない。
『殺してしまうのも惜しいな。資源は有効に活用すべきではないか?』
『では、被検体として持ち帰るか?』
 アリアを無視し、交わされるのは人の尊厳を踏みにじるような……人間など、単なる実験材料でしかないと語る錬金術師たちの言葉。
 錬金術師たちの指示を受け、都合3体の人形がアリアへ迫る。
 そうしてアリアの身体が、雪の積もった地面に押し倒された。
『まだ約束の時間まで幾らか余裕があるが、ここでは碌な実験も出来ない。そうだな……身動きできないよう、神経だけでも切除しておくべきだろう』
 錬金術師の1人が、メスを片手にアリアの元へと近づいて来る。
 鋭い切っ先が、地面に抑えつけられたアリアの右手首へと突きつけられた。
 切っ先が皮膚に食い込み、赤い血が零れる。
 血の雫が雪を朱色に染め上げ、そして……。
 白に染まった草原に、アリアの悲鳴が木霊した。

「そこまでよ!」
 全力疾走からの全力殴打。
 それは衝撃派となり、人形と錬金術師の身体を撃ち抜いた。
 崩れ去る人形と、腹を抱えて後退する錬金術師。赤い頭巾の下から、血が零れる。
 錬金術師は懐から取り出した試験管の中身を煽った。
 けほけほと数度噎せ、けれどどうやら痛みは取り除かれたらしい。回復役の類だろうか。
「立てますか?」
 と、拳を構えたエルシーは問う。
 手首を押さえたアリアは「どうにか」と、弱々しい返事を返した。
 エルシーの奇襲によりメスはズレたようで、神経は無事だ。とはいえ、この戦闘では右手は使い物にならないだろう。
 落ちていた剣を左手で拾い上げ、アリアもまた戦線へと復帰する。
 拳と剣を構えた2人と相対し、錬金術師は「ちっ」と小さく舌打ちを零した。
『仕方あるまい』
 と、そう言ったのは誰だったか。
 3人の錬金術師たちは一斉にアタッシュケースを開き、赤い液体の満ちた薬瓶を取り上げる。
 そして、キャップを開くなりその中身を一息に煽った。

 力押しとはまさにこのことだろう。
 タイガの剣が、ジーニーの斧が振り回される。
 人形兵の攻撃を受け、ジーニーの腹部が大きく抉れた。
「問題ない。そのまま進んでくれ!」
 即座にマグノリアが回復を行う。
 傷が癒えたジーニーは、大上段に振り上げた戦斧を、力任せに振り下ろした。
 停留所の後始末を終え、仲間たちに追いついたマグノリアは即座に2人の支援へと移った。錬金術で精製した薬液により、仲間達の自然治癒力を高めたうえで、ダメージをも回復させる。
 どれだけダメージを受けようと、タイガとジーニーは前進を止めない。
 元々、戦闘経験の少ない錬金術師たちだ。そんな彼らの猛攻に長く耐えることは叶わなかった。
 そうしてマグノリア、ジーニー、タイガの3人は既に2人の錬金術師を戦闘不能へ追い込んでいる。
 その結果として、2人の持っていたアタッシュケースは粉砕され中身はすでに失われているが……それを見て顔色を青ざめさせたのはマグノリアだけだ。
『く……こいつら、マジか!? 怪我が怖くないのか!』
 錬金術師の1人が叫ぶ。
 そんな彼の背後には、気配を消して急接近したタイガの姿。
 音もなく、手にした大剣を振り抜いた。
 意識の隙間を縫うようにして放たれた大剣による一撃が、錬金術師の胸部を打つ……その直前。
『ふむ。少々、調子に乗り過ぎたのではないかな?』
 残るもう1人の錬金術師がそう呟いて、空中へ試験管を放った。
 タイガの振った剣先に試験管が触れ、それは粉々に砕け散る。飛び散った薬液は、即座に燃焼。押し退けられた空気と共に、タイガの身体を炎が包んだ。
「く……ぐぅ」
 ゴボリ、とタイガの喉から血が溢れる。
 その肌に浮いた斑の痣は、毒によるものか。
 錬金術師のリーダーによる[ティンクトラの雫]だ。
「闇取引といえば港だよな。こちら側にいると思ったぜ。さぁ、覚悟しな!」
 大上段に戦斧を振りかぶり、ジーニーはリーダー格の錬金術師へ駆けて行く。
 錬金術師は視線をジーニーへ向けると、仲間へ向けてこう囁いた。
『構わん。飲め』
 と、ただ一言。
 その指示を受け、もう1人の錬金術師は[人体強化薬]へと手を伸ばす。
「ほぅ? 効果のほどが気になるね。ぜひ後で改めさせてほしいものだが……」
 タイガへの治療を行いつつも、マグノリアは興味深げにそう呟いた。


 効果のほどは絶大であった。
 なにしろ、つい先ほどまではアリアやエルシーの動きにほとんど対処できていなかった3人の錬金術師たちが、2人を翻弄するほどの速度と力を持って暴れまわっているのだから。
 見れば、身体も一回りか二回りほど大きくなったように見える。
 筋肉が肥大化しているのだろう。
 振り抜かれたメスが、エルシーの肩を深く切り裂く。
 その一閃は、骨にまで到達しただろう。苦痛に表情を歪めるエルシーに向け、再度放たれたメスの一撃。エルシーは左手の籠手の甲でそれを受け止めた。
「なるほど……これが人体強化薬の効果ってわけね」
 エルシーの籠手にメスの刃が喰い込んだ。
 カウンター気味に、空いた右腕で錬金術師の胴を殴り付けた。

 2人の錬金術師が左右からアリアへ襲いかかった。
 放たれる拳をその身に浴びながら、アリアは腰の位置で剣を構える。
 ボタボタと右手首から滴る血が彼女の足元を赤に染めた。
 ここまでダメージを負い過ぎた。手足の先から徐々に感覚が失われていく。
 失血と低体温、そして蓄積したダメージ。
 そろそろ限界が近いのだろう。
 薄れゆく意識の中で、アリアは最後の賭けに出る。
「はぁっ!!」
 タン、と。
 降り注ぐ拳打を浴びながら、エルシーは上空へ向けて跳んだ。
 全身を殴打されながらも、彼女は錬金術師たちの頭上へ。
『あぁあああああああああああ!!』
 意味のない雄叫びをあげながら、2人の錬金術師がアリアを追って視線を上げる。
 その、瞬間……。
(今……!!)
 アリアは空中を蹴って、下方へと跳んだ。
『ああ……あ!?』
 人の身では有り得ないその動きが、錬金術師たちを困惑させる。
 そして、すっかり頭上へ意識の向いた錬金術師たちの足元にアリアは着地。
 左手の剣を一閃させた。

 不可視の刃が、錬金術師たちを襲う。
 うち1名は意識を失いその場に倒れ。
 もう1人は、血を吐きながらもアリアの頭部へ渾身の打撃を叩き込んだ。

 錬金術師の1人を殴り倒したエルシーは、後方へと視線を向ける。
 そこには頭部から血を流し、雪の中に倒れた仲間の姿。
 そして、仲間の頭を今にも踏み砕かんとする最後の1人の錬金術師。
「やらせや……しないわっ!!」
 地面を蹴って、積雪を盛大に撒き散らし。
 エルシーは高速で錬金術師へ駆け寄った。
『……ぐ!?』
 擦れ違いざまに、速度の乗った拳打をその喉へと叩き込む。
 喉を潰された錬金術師は、意識を失いその場に倒れた。 
 舞い散る雪を浴びながら、エルシーは「ふぅ」と溜め息を零す。
「取引の合言葉や、密使との待ち合わせ場所を聞き出そうと思ったけれど……これじゃ、それは無理そうね」
 意識を失った錬金術師が3名と、仲間が1人。
 都合4人を連れ帰らなければならないことを思い出し、エルシーは困ったように頭を掻いた。

 炸薬が爆ぜ、瓦礫が舞った。
 戦線は大通りから港の波止場へ。
 陸に上げられていた一艘の小舟が、ジーニーの振るう戦斧に砕かれ木端と化した。
 意味のない雄叫びをあげ、パンプアップした錬金術師がマグノリアへと駆けて行く。
 仲間の治療を行う彼女こそが要であると、リーダー格の錬金術師はそう判断したのである。
 だが、そうはさせん、とタイガが錬金術師の進路上へと躍り出た。韋駄天足のスキルを使った高速移動である。
 剣を地面に突き刺し、その広い刀身でもって錬金術師の拳を受け止めて見せた。
 ビリビリと、剣を伝って衝撃がタイガの全身を貫く。
「ジーニーさん、挟み打ちだ!」
 タイガが叫ぶ。
 呼応するようにジーニーは吼えた。
『やらせるものか!』
 ジーニーの行動を阻害すべく、リーダー格の男が懐から薬瓶を取り出し放る。
 だが、薬瓶は空中で不可視の矢に射抜かれ砕け散った。
 爆風がリーダー格の男をよろめかせる。不可視の矢を放ったのはマグノリアだ。自身に迫る錬金術師の対処を仲間に任せ、マグノリアは支援役としての職務を全うすることに決めたらしい。
 その口元には笑みが……だが、危ういタイミングだったのか、頬には一筋、汗が伝った。
「やらせはしねぇし、逃がしもしねぇぜ!」
 渾身の力で振り抜かれた戦斧による一撃が、錬金術師の両脚へと命中。
 骨を砕かれた錬金術師はその場に倒れ、激痛に意識を失った。

『こうなれば……』
 と、リーダー格の男は手にしたアタッシュケースを開けて[人体強化薬]を取り出す。
 それが、最後に残った1本だ。
 それを使えば、他国との取引は成立しない。
 だが、むざむざと敗北するよりマシだろう、と中身を煽ろうとした……その瞬間。
 パリン、と。
 薬瓶は砕け散り、薬液は地面に飛び散った。
「そんな物……他所に流されると迷惑だ。ましてや、飲まれるのもね」
 惜しいことをしたかな?なんて。
 マグノリアは困ったように笑ってみせた。
 こうして、自分たちの敗北を悟ったリーダー格の男はその場に崩れ落ちるように膝を突く。
 項垂れ、力を失った彼の背後……遠くの海で進路を変えた船が一隻。
 取引失敗と見て帰還に移った他国の密使であろう。
「これは、追いつけないなぁ」
 と、そう呟いてマグノリアは砕けた薬瓶へと視線を向けた。
 地面に広がった赤い薬液は、あっという間に蒸発し、鉄錆に似た痕跡だけがそこにはあった。 

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済