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白昼夢の怪物

始まりは、ただの噂だった。森に人を喰らう怪物が出た、と。本来ならそれは騎士団が動くべき案件だ。しかし、ただの噂でしかない上に『喰らう』怪物であって、『喰った』怪物ではない。つまり、被害者がいないのだ。
「ま、誰かが大型の動物でも見かけて、それがどっかで間違って伝わったんだろう」
だが、はたと思考が止まる。これは本当にただの噂か? と。ここ最近、イ・ラプセルにはあまりにも多くの事が起きていた。奴隷商船と海賊船に船で挑む三つ巴に、魔女狩りの出現。そして、吸血鬼事件。最後のものに至っては、騎士団の中に被害者がおり、国民の一部からは「騎士団ともあろうものが……」などと後ろ指をさされる始末。
そして、その一件は騎士団の名誉に泥を塗り、今なお吸血鬼が捕まらないという現状に国民からほんのわずかだが、不信を買っている。
国家権力は強大にして、畏敬の存在でなくてはならない。むしろ、そうであるからこそ国民は安心して日々を過ごし、ならず者は鳴りを潜めるというもの。騎士団の威光に陰りが生じるのは、そのまま国の治安の悪化を示していた。
「吸血鬼、か」
それは、人々を襲い、血をすすっていたはずだ。もし、それを目撃した者が何かを勘違いして、新たな噂になっているとしたら? そうでなくても、ここ最近目まぐるしく変わりゆく情勢に乗じ、何者かがこの国に潜り込んでいるとしたら?
「覚悟を、決めるか」
ただの噂から、怪しい噂に変われば動きは早い。秘密裏に騎士を集め、部隊を編制する。表立って動かないのは、以前吸血鬼に挑んだ自由騎士が吸血鬼を取り逃がした際、非常に慎重な性格だったと報告しているから。イ・ラプセルのどこかに潜んでいる以上、あまり大々的に動いて勘付かれるようでは意味がない。
「……もし空振ったら、実家に帰って農業でも始めるかな」
部隊の編成が完了する数日前、この一件が本当に『ただの噂』だった場合に提出する、騎士達を無駄に動かした責任を取るための書簡を引き出しにしまい、グッと伸びをした時だった。執務室のドアが叩かれる。
「失礼します、班長にお会いしたいという自由騎士が来ておりますが、いかがいたしましょう?」
「下手すると藪をつついた結果蛇が出て騎士団が全滅するとか、無駄に被害が出るわよ!? 」
部屋に通した自由騎士は二人。その片割れが言うには、件の屋敷には吸血鬼が住み着き、手を出せばただでは済まないという。
「騎士団に入った時点で、誰もが覚悟はできている。そうでなくとも、国民の安寧の為、騎士団の誇りにかけて、このまま見過ごすわけにはいかない」
二人の話を聞いて、吸血鬼の住処だと確信を得た騎士にもう一人の自由騎士は困ったように頭をかき、小さく唸る。
「なら、一つ提案なんだが……」
「ちょっとどういうつもり!?」
話を終え、部屋を出た二人の自由騎士のうち、顔をローブで隠した者が、獣人の方へ食ってかかる。
「私達も部隊に混ぜろだなんて! わざわざ彼を殺す手伝いをしに行くの!?」
「その逆だ。つっても、ちぃとばかし分の悪い賭けだがな……」
獣人は遠い目をして、ローブの女は何かを察して「まさか……」とこぼす。
現状、騎士団はヴラディオスを殺すなり、吊し上げるなりしないと感情的にも面子的にも収まらない。そしてヴラディオスもまた、イ・ラプセルを若干敵視している。この時点でもう、戦いは避けられない。
どうあがいても両者を話し合いの場に引きずり出す事はできないのなら、血を見ない為にはその戦場に突っ込んで、引っ掻き回してどさくさに紛れて会談に持ち込むしかない。
しかし、それは失敗したらヴラディオスからは敵として、騎士団からは邪魔者として排除されるリスクを孕む。
二人は、そんな危険な介入にも手を貸してくれそうな自由騎士を求めて、騎士団を後にした。
「ま、誰かが大型の動物でも見かけて、それがどっかで間違って伝わったんだろう」
だが、はたと思考が止まる。これは本当にただの噂か? と。ここ最近、イ・ラプセルにはあまりにも多くの事が起きていた。奴隷商船と海賊船に船で挑む三つ巴に、魔女狩りの出現。そして、吸血鬼事件。最後のものに至っては、騎士団の中に被害者がおり、国民の一部からは「騎士団ともあろうものが……」などと後ろ指をさされる始末。
そして、その一件は騎士団の名誉に泥を塗り、今なお吸血鬼が捕まらないという現状に国民からほんのわずかだが、不信を買っている。
国家権力は強大にして、畏敬の存在でなくてはならない。むしろ、そうであるからこそ国民は安心して日々を過ごし、ならず者は鳴りを潜めるというもの。騎士団の威光に陰りが生じるのは、そのまま国の治安の悪化を示していた。
「吸血鬼、か」
それは、人々を襲い、血をすすっていたはずだ。もし、それを目撃した者が何かを勘違いして、新たな噂になっているとしたら? そうでなくても、ここ最近目まぐるしく変わりゆく情勢に乗じ、何者かがこの国に潜り込んでいるとしたら?
「覚悟を、決めるか」
ただの噂から、怪しい噂に変われば動きは早い。秘密裏に騎士を集め、部隊を編制する。表立って動かないのは、以前吸血鬼に挑んだ自由騎士が吸血鬼を取り逃がした際、非常に慎重な性格だったと報告しているから。イ・ラプセルのどこかに潜んでいる以上、あまり大々的に動いて勘付かれるようでは意味がない。
「……もし空振ったら、実家に帰って農業でも始めるかな」
部隊の編成が完了する数日前、この一件が本当に『ただの噂』だった場合に提出する、騎士達を無駄に動かした責任を取るための書簡を引き出しにしまい、グッと伸びをした時だった。執務室のドアが叩かれる。
「失礼します、班長にお会いしたいという自由騎士が来ておりますが、いかがいたしましょう?」
「下手すると藪をつついた結果蛇が出て騎士団が全滅するとか、無駄に被害が出るわよ!? 」
部屋に通した自由騎士は二人。その片割れが言うには、件の屋敷には吸血鬼が住み着き、手を出せばただでは済まないという。
「騎士団に入った時点で、誰もが覚悟はできている。そうでなくとも、国民の安寧の為、騎士団の誇りにかけて、このまま見過ごすわけにはいかない」
二人の話を聞いて、吸血鬼の住処だと確信を得た騎士にもう一人の自由騎士は困ったように頭をかき、小さく唸る。
「なら、一つ提案なんだが……」
「ちょっとどういうつもり!?」
話を終え、部屋を出た二人の自由騎士のうち、顔をローブで隠した者が、獣人の方へ食ってかかる。
「私達も部隊に混ぜろだなんて! わざわざ彼を殺す手伝いをしに行くの!?」
「その逆だ。つっても、ちぃとばかし分の悪い賭けだがな……」
獣人は遠い目をして、ローブの女は何かを察して「まさか……」とこぼす。
現状、騎士団はヴラディオスを殺すなり、吊し上げるなりしないと感情的にも面子的にも収まらない。そしてヴラディオスもまた、イ・ラプセルを若干敵視している。この時点でもう、戦いは避けられない。
どうあがいても両者を話し合いの場に引きずり出す事はできないのなら、血を見ない為にはその戦場に突っ込んで、引っ掻き回してどさくさに紛れて会談に持ち込むしかない。
しかし、それは失敗したらヴラディオスからは敵として、騎士団からは邪魔者として排除されるリスクを孕む。
二人は、そんな危険な介入にも手を貸してくれそうな自由騎士を求めて、騎士団を後にした。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.吸血鬼の抹殺
2.吸血鬼との交渉、及び和平条約?の締結
3.1、もしくは2のどちらかを満たす事
2.吸血鬼との交渉、及び和平条約?の締結
3.1、もしくは2のどちらかを満たす事
残念の残念による残念な事になる……ていうか『なってしまった』依頼ですよ!
えー、当初の流れでは吸血鬼と騎士団は熾烈な戦いを繰り広げ、最後に吸血鬼が死ぬか、騎士団の部隊が全滅するかって時にようやく自由騎士達が介入し、吸血鬼をぶっ殺して「悪は去った!!」ってなって、皆は吸血鬼殺しの英雄になるはずでした……が!
ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)さんと猪市 きゐこ(CL3000048) さんの活躍(ブレスト)により、まさかの戦闘開始『前』に介入できるようになりました!
その為、この依頼は成功条件の1か2のどちらかを満たせば成功となります
1は単純に国民の為に吸血鬼をコロコロ(意味深)するだけの簡単なお仕事です
2はまず吸血鬼と騎士団は顔を合わせるなり喧嘩を始めるため、両者を同時に黙らせる手段が必要です。インパクト重視ですよ、ここ
次に、騎士団には吸血鬼を味方に引き込む事のメリット、及び彼の正義感や安全性(重要)を説明して納得させ、吸血鬼にはイ・ラプセルは信頼に値する国であると証明しなくてはなりません(説得中に殴られないとは言ってない)
つーまーり、始まるはずの戦闘を潰し、殺し合いかねない両者を(表面上だけでも)仲良しにしたら達成です
ヒントとしては、吸血鬼は『もう二度と人を襲わない』事や、彼が『逆らえない存在』について言及するといいかもしれません。前者は一部の自由騎士は良く知ってるけど、後者はちょっと難しいかも……?
ところで、お屋敷の大人は『昼間はお仕事してる』らしいね?
ちなみに、現場は昼間の吸血鬼のお屋敷前。特に必要なものはありません
えー、当初の流れでは吸血鬼と騎士団は熾烈な戦いを繰り広げ、最後に吸血鬼が死ぬか、騎士団の部隊が全滅するかって時にようやく自由騎士達が介入し、吸血鬼をぶっ殺して「悪は去った!!」ってなって、皆は吸血鬼殺しの英雄になるはずでした……が!
ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)さんと猪市 きゐこ(CL3000048) さんの活躍(ブレスト)により、まさかの戦闘開始『前』に介入できるようになりました!
その為、この依頼は成功条件の1か2のどちらかを満たせば成功となります
1は単純に国民の為に吸血鬼をコロコロ(意味深)するだけの簡単なお仕事です
2はまず吸血鬼と騎士団は顔を合わせるなり喧嘩を始めるため、両者を同時に黙らせる手段が必要です。インパクト重視ですよ、ここ
次に、騎士団には吸血鬼を味方に引き込む事のメリット、及び彼の正義感や安全性(重要)を説明して納得させ、吸血鬼にはイ・ラプセルは信頼に値する国であると証明しなくてはなりません(説得中に殴られないとは言ってない)
つーまーり、始まるはずの戦闘を潰し、殺し合いかねない両者を(表面上だけでも)仲良しにしたら達成です
ヒントとしては、吸血鬼は『もう二度と人を襲わない』事や、彼が『逆らえない存在』について言及するといいかもしれません。前者は一部の自由騎士は良く知ってるけど、後者はちょっと難しいかも……?
ところで、お屋敷の大人は『昼間はお仕事してる』らしいね?
ちなみに、現場は昼間の吸血鬼のお屋敷前。特に必要なものはありません
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年10月17日
2018年10月17日
†メイン参加者 8人†
●吸血鬼狩り
『全ては国民の安寧の為に! この剣は我らが国の平穏の為に!』
森から聞こえてくる声に、吸血鬼は外套と共に殺意を纏い、盾と共に覚悟を握る。
「間に合わなかったのでしょうか……」
出ていくヴラディオスを見送る少女、その脳裏に過ったのは『あの』自由騎士達。
「賽は投げられました……どうか、お願いします」
その声を塗りつぶすように、怒号が響く。
「班長! あいつです!」
被害に遭った騎士がヴラディオスを示し、騎士団は一斉に武器を構えた。
「総員! 突げ……」
その時だ、雷鳴轟くような音楽が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
ティンパニにしては軽く硬い響きにシンバルにしては騒々しすぎる音、バイオリンにしてはあまりにも粗雑でありながら並みの弦楽器にはできないであろう小刻みのリズム。聞いた事もない旋律の嵐が吹き抜け、一瞬の沈黙……チュドーンッ!!
「おーっほほほほほ!!」
突然の大爆発にポカンとする騎士団とヴラディオスの間に、爆風に乗って『高潔たれ騎士乙女』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)が舞い降りると、手にした剣を突きつける。
「私は自由騎士団に所属する騎士、ジュリエット・ゴールドスミスですわ!! 双方刃をお納めになってくださいな!!」
「……は?」
ヴラディオスの目の前で、ジュリエットは刃を鞘に納めると足元に置いた。構えは解かず、ジュリエットを睨みつける男に彼女は両手を挙げる。
「まずは穏便に、話し合いから始めてみませんこと?」
「何の真似だ……?」
「わりぃーな騎士団の人、最初からこうするつもりだったんだ」
一方、ジュリエットの背を庇うようにして立ち塞がっているのは獅子を模した重厚な鎧騎士、マリア・スティール(CL3000004)。
「看板に泥塗っちまったみてーですまねえが、この通りだ。 矛先収めてくんねーか。 話を最後まで聞いてくれるだけでいいんだ、それから考え直してくれよ。な?」
「今更話なぞ……」
ザバーッ!!
『班長ぉおおおお!?』
突然頭上から水をぶっかけられて沈黙する班長。
「これは何の真似だ自由騎……」
ゴーンッ!! パタッ……。
『班長がやられた!?』
「いや、殺してないわよ……」
上空に待機していた『魔女狩りを狩る魔女』エル・エル(CL3000370)を見上げようとした班長の顔面に金盥がヒット! 予想外の一撃に彼は目を回してぶっ倒れてしまう。
「……貴様ら、何しに来た?」
「あんたも頭を冷やしなさい」
ザバーッ! ヴラディオスにエルがもう一個の金盥をシューッ! 超! スプラッシュ!!
「こうなれば、我々だけでも……!」
「待ちたまえ!」
騎士達が自己判断で動こうとした時、天より声が落ちる。
「君たち! それで終わりじゃないのだよ!」
「だ、誰だ!?」
見上げた所で木の上の彼は日輪を背負った影でしかない。華麗に木を蹴り、宙で三転。勢いを殺して軽やかに着地した『貫く正義』ラメッシュ・K・ジェイン(CL3000120)はじっと騎士達を見据える。黒曜石の眼差しは、何かを告げようとする騎士達の言葉すらも飲みこんで、ようやく部隊を沈黙させるのだった。
●まぁ、そうなるな
「……なるほど?」
水が滴るヴラディオスは、ブチ切れた様子で片脚を引いた。まぁ、いきなり水なんかぶっかけられたらそうなるよね。
「よかろう、そちらがその気ならば……」
「待ってほしい」
歩み出たのは『愛すべき道化者』アダム・クランプトン(CL3000185)。吸血鬼の目を見据えて、自らの手を胸に添える。
「僕はお屋敷の女性とまた会おうと約束したんだ……騎士として約束はキッチリ守らないと、ね?」
そのためには何が必要か? 答えは実にシンプルだった。
「両者は立場上出会えば戦闘になるは分かっている。故に僕らはインパクトある行動で止める事に決めた……覚悟は、できている!」
カッ! アダムが目を見開くと同時、周囲に白い鎧が弾け飛ぶ……。
「僕は! 服を脱ぎ捨てる!」
鎧と一緒に下に来てたのであろうスーツ(どう見ても交渉用に着てきたんだろうなっていう高級品)を脱ぎ捨て、下着姿で天を仰ぎ。
「あぁ、ここに告白しよう! もう我慢ならないと! 生まれたままの姿になりたいと! だから脱ぎ捨てるのさ!」
「きゃー!?」
至近距離で見ちゃったジュリエットは両手で顔を覆い、でも指の隙間からチラチラ。なお、ヴラディオスは後ろ脚に力を溜めている。
「感じるだろう? この大自然の神秘を!」
「いーやー!?」
キラキラした目で上を脱いだアダム。もはやパンイチの彼をジュリエットのカメラがパシパシ。
「はっ! 私としたことが……で、でも、これも立派に交渉の記録ですし……仕方ありませんわよね!!」
両手を広げるアダムに対して、ヴラディオスがややひねりを加えて腕を引く。
「今こそ全ての布を脱ぎ捨て、この木々と同一化し……」
「この……」
最後の砦【パンツ】に手をかけたアダムのやや前方、土を巻き上げる程に重い踏み込みと共に螺旋状に蓄えていた力を解き放ち、脇腹目がけて抉り込むようなボディブロー。
「痴れ者がぁああああ!!」
「ふぼぉ!?」
チュンッ、アダムの体が吹っ飛び、木を数本薙ぎ倒してから止まった。最終防衛ライン(意味浅)は無事だった。
「おい騎士共」
ギロリ、吸血鬼の視線が騎士団に向けられ、身構えるものの。
「イ・ラプセルにはあんな連中しかいないのか!?」
『頼むから一緒にしないでくれ』
騎士達は剣呑な気配を納めて、そっと瞳のハイライトを消した。
●というわけで本題
「はい! では改めて和平交渉を始めるわよ♪ このままギャグに飲まれたくなければ話を聞くべきだわ!」
『翠氷の魔女』猪市 きゐこ(CL3000048)が仕切り直すものの、騎士団側は「既に手遅れじゃね?」って顔して、ヴラディオスは「こんな変態と何を話せと言うのだ?」って顔をしている。
「もし聞く耳持たないなら私も脱いで泣くわよ!」
社会的に抹殺するぞ? って脅しをかけるが。
「……そうか」
スチャッ。ヴラディオスは二撃目の構え。
「あ、赤眼のお姉さんに「ヴラ様が話を聞かない」って言い付けるわよ!?」
「赤眼? まさか貴様ら……ぬぅ」
舌打ちを残して、ヴラディオスが簡易テーブルに着いた。それは騎士団が遠征時に使うモノで、屋敷に入れてもらえなかったから『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が組みたてたのだ。
「まずは吸血鬼事件の真相と屋敷内の子どもたちの境遇、経緯について全騎士に説明する」
ウェルスは吸血鬼事件は頼るあての無いヴラディオスが傷を癒す為に行っていた事、その知識が間違っていた事や屋敷内の子ども達は彼が保護している事など、ここに至る経緯を語り始める。
「というわけで、屋敷の住民については問題ない。ヴラディオスの旦那だって、元は一族から抜けて奴隷を助け出し、その後の面倒を見るためにわが身を省みず尽力する奴だ。子どもたちの服を縫ったりもするしな。吸血行為を除けば重篤な死傷者も出してない。その吸血行為も生きるためギリギリの状況での選択だ、知識が間違っていたと発覚した以上、今後常習化する事は無い」
話を聞いて半信半疑の騎士団。
自由騎士達は相手の人間性を信頼して動くことができるが、国家権力でもある騎士団は違う。明確な証拠、根拠がなければ渋い顔をされることはもちろんウェルスも想定済み。
「とはいえ女性を襲ったのは事実だ。だから討伐じゃなくて旦那を逮捕という形を提案させてくれ。そうすれば国防騎士団の面子も保たれるだろ?」
「あ、そうそう。いつぞや噂になってた『人身売買』だったかしら? この屋敷にそんな実態はないわ」
ふと、エルが思い出したように口にしたのは、騎士団が動かなかった方の案件である。
「奴隷の正体はもう説明があった通り。あなた達が今回動いた噂の……人を喰らう怪物だったかしら? 確かに吸血鬼が人を襲ったのは本当だけど、食っただの殺しただのという事実はないわ。法律とか道徳とか興味ないけど、死に値するほどの罪かしら?」
騎士達が顔を見合わせた。そもそも、彼らがヴラディオスを殺しに来たのは、いくつもの噂の混濁に加えて、彼自身が起こした吸血鬼事件が重なり、『ほぼ確実に存在する脅威』であると判断された故である。しかし、実態は一兵卒にとっては文字通り『話が違う』のだ。
「それに、国防の騎士として危険を排除したいのは分かるが、ヴラディオスの旦那は冗談抜きで強い。今全員で掛かってもどうなることか……」
「彼は非常に強力だ……それは僕が文字通り、身をもって証明しただろう?」
戻ってきたアダムに騎士から脱ぎ捨てたスーツが渡される。このシリアスな空気の中、着直しながら。
「この戦時下で強力な敵を作るよりも、味方を作った方が良い」
それに、と。アダムはダメ押しを重ねる。
「ウェルスさんも言った通り、あの屋敷にはヴラさんが守ろうとした子どもや女性もいる。これ以上ここで争うのは、彼女らを怖がらせてしまうんじゃないかな?」
ぐっ……騎士団が一斉に押し黙る。彼らはあくまでも、自身の正義感にのっとりここまで来た。それが、相手は根本的には悪ではないだの、元奴隷の非戦闘員だの言われてしまっては、振るうべき武器も握れない。
「こちらはもう大丈夫そうですわね」
不完全燃焼の様相ではあるものの、一先ず刃を納めた騎士団をカメラに収めるジュリエット。さりげなくアダムの着換えシーンや額の汗を拭うウェルスを撮影しつつ、一触即発な吸血鬼卓を見やる。
「だ、大丈夫……ですわよね?」
●アウトロー恐い
「赤眼のお姉さんに屋敷の人達の就職の手引きを頼まれたの。これは私達が責任もって手引きするわ! イ・ラプセルは亜人やマザリビトに対しての差別が少ないの。それに屋敷の大人は既に働いた経験もあるわよね? 雇う方も初めての人より雇いやすいわ! 後は私達が身元保証をすれば大丈夫!」
「アイリスめ……コソコソ動いていると思えばそのような話を……」
きゐこの話にヴラディオスはこめかみに手を当てる。アイリス、とは恐らく『赤眼の女』の事であろう。
「それで、貴方に関してなのだけど……いっそ捕まらない?」
「……は?」
「待って! 話を聞いて! 貴方のメリットもある事だわ!」
席を立とうとしたヴラディオスをなだめるようにして、きゐこの方が立ち上がる。
「貴方怪我してるじゃないっ! イ・ラプセルは捕まえた人の怪我を放置する様なお国柄じゃないわ! だから一回ちゃんとした治療を受けて体が回復するまで寝てるべきだわ!」
「貴様ら、そこまで聞いているのか……」
チラと、ヴラディオスは恨めしそうな視線を屋敷に向けた。様子を覗っていた子ども達が手を振って、彼の代わりに『エルローの七色騎士』柊・オルステッド(CL3000152)が羽ばたくインコのポーズで応える。
「それに、吸血鬼の噂を終わらせる為にも捕まっておくべきだと思うの……大体ね? 吸血自体は私もしてた経験あるから寧ろ親近感出てるけど……それ除いたら貴方のやった行為って『夜な夜な美女を襲って気絶させる変態』だわ! 反省して!」
ぴしゃりと説教するきゐこに、ヴラディオスは鼻で笑った。
「何とでも言うがいい。私はこの命を彼らに捧ぐと誓った……周りなど知った事か。それに貴様、住人達の身元の保証と言ったな? 奴隷商船が近海に現れる貴様らの国で、彼らの身元を公にすればどうなるか、分からぬ貴様ではあるまい?」
「そこら辺は……上手くやるわ!」
きゐこは以前、アイリスから「事情を明かさず就職できる手引きをして欲しい」と頼まれている。それは街に潜んだ奴隷商人に目を付けられる可能性を考慮してのものだったはずだ。
「そうでなくとも、彼らに身を守る手段はない。獄中から彼らが取引される様を指を咥えて見ていろと言うのか?」
「そこは安心して。捕まってくれるなら貴方の罰が軽くなる様にと、他者の面会は出来る様に動いてあげるし、もし騎士団や国はもちろん、その手の悪者が屋敷の住人を害した場合は私が責任もって該当者を燃やしにいくわ♪」
「つまり、『事が起こってから動く』と?」
その確認に、返す言葉をきゐこは持ち合わせていない。治安を守る組織に良くある話だが、何かが起こりそう、では動かず、事件が起こった『後』に犯人を追うものだ。
「彼らは散々苦しんできた。その彼らに、『また苦しい目にあってから助けてやる』と言うのか?」
話にならん。そう言い捨てて、ヴラディオスは今度こそ席を立つ。彼は保身よりも、住人達を優先している。ちらつかせる待遇の焦点がずれていたのだろう。きゐこがこの場を繋ぐ言葉を探していると、オルステッドが屋敷から出てきた。
「……貴様、何故そこに居る?」
「いや、子どもらが退屈そうだったから構ってやってただけだが?」
しれっと子ども達を左右に控えさせて、ある種の人質を得たオルステッドを前に、ヴラディオスも構えはすれど襲いかかりはできない。そんな彼に、子どもの一人がある写真を見せた。
「みてみてヴラ様! この国の神様だって!」
「神……だと?」
写真を受け取った吸血鬼は、わなわなと震え始める。
「まだ子どもではないか! イ・ラプセルは子どもを国の象徴なぞと利用するのか!?」
きゐことオルステッドは直感した、こいつは子ども好きだと。そして、これを利用しない手はないと。
「これが青の女神さ。人も国も信じられないかもしれないが、神は信じられるさ。女神のわがままバディに免じて、もう少しだけ話し合って欲しいんだぜ」
「このような格好で……これではまるで、神というより見世物ではないか!」
「キュン死にさせてこその青の女神よ! 見よこのボンキュッボン!! そこいらの残念体型ではないんだぜ」
などとポンチョを脱ぎ捨てたオルステッドは割と際どい黒の水着姿。ボトムの左右から中心に向かって大きくスリットが入っていたり、トップの中心だけ編み込みになっていたり……その格好で水着の女神の写真を配り歩きながら、アクアディーネと同じポーズを取る。子ども達は「きれー!」「かわいい!」などとはしゃぐが、ヴラディオスの方は額に手を当ててよろめいてすらいる。
「分かったかしら?」
「何がだ……」
きゐこは辟易したヴラディオスにすすすと迫り。
「この国は、その女の子が引っ張ってるって事。もちろん。その子は偉い人の傀儡なんかじゃなく、自分の意思を持っているし、国民が傷つけば心を痛める優しさだって持ってるわ!」
「何が言いたい?」
怪訝な顔をする吸血鬼に、オルステッドはビシッと指を突きつける。
「ユー、イ・ラプセルに来ちゃいなよ。確かに人の方には色んな奴がいるからな。信用できない気持ちは分かる。だが、こんな女の子が頑張って支えてる国が、悪いものに見えるか?」
「……」
初めて、ヴラディオスが戸惑いを見せた。
ちなみに、ここまでオルステッドもきゐこも、女神の年齢に触れていない事は気にしてはいけない。
(勝手に女神を子どもと勘違いした方が悪いよな)
(嘘は言ってないものね!)
ニヤリ、心の中で汚い世界を生き抜いてきた二人が笑う。
恐い、手段を選らばな過ぎて恐い。
「いいんじゃないでしょうか?」
子どもに混じっていた赤眼の女こと、アイリスが写真を見つめて。
「私、この方の祝福を受けておりますし……その際の周りの空気は、決して怪しい物ではありませんでした。国そのものはさておき、少なくとも上層部の一部は信用に値するかと」
(マジか!?)
オルステッドは表情こそ変えないが、内心驚いていた。戦闘を押さえる為に持ち込んだ写真が、意外な形で功を奏したのだ。
自分の歯を噛み砕くのではないか、という程歯噛みするヴラディオスに、ウェルスが切札を切る。
「旦那、要は屋敷から離れるリスクが問題なんだろ? 逆に、監視役をつける、ってんなら手を打てないか?」
「……ほう?」
片眉をあげたヴラディオスに、ウェルスは自分の左耳を示す。
「俺も借金のカタにある意味囚われの身でね。旦那を自由にする代わりに、妙な真似をできないよう監視をつけたい」
「その上で、貴方に対する処分としては牢獄での懲役の代わりに、国内、及び近郊で起こった戦闘の被害を受けた町の修繕、その他国の為に従事して欲しい」
アダムが少なくとも、騎士団には話を付けたのだろう。後ろの方で騎士が頷く。
「なるほど……国側としては犯罪者に首輪をつけて、そちら側としては事実上の自由を保障されるわけか」
一言にまとめたラメッシュがふむ、と虚空を見た。
これなら吸血鬼の周りには常に騎士が張りついて、いざとなれば『国の為』と危険な戦場に送り込む事もできる。
逆に吸血鬼は実質罪を不問にして、かつ住人達が国内で暮す事ができる。そうなれば、国側としては国民への面子や純粋に良心から、彼の傷を放置できないし、屋敷の住人達の安全も保障するだろう。
「さぁ、どうするのかしら!?」
「ぐ……ぬ……ぅ……」
きゐこの問にヴラディオスは唸り……。
「さぁ、笑ってくださいまし」
「おいお前ら、笑顔のえの字もねぇぜ?」
やがて、ジュリエットとオルステッドのカメラには、騎士団と自由騎士達、そして屋敷の住人達に囲まれる中、ヴラディオスと復帰した班長による、歪な笑顔で相手の手を握り潰そうとする握手の写真が残された。
『全ては国民の安寧の為に! この剣は我らが国の平穏の為に!』
森から聞こえてくる声に、吸血鬼は外套と共に殺意を纏い、盾と共に覚悟を握る。
「間に合わなかったのでしょうか……」
出ていくヴラディオスを見送る少女、その脳裏に過ったのは『あの』自由騎士達。
「賽は投げられました……どうか、お願いします」
その声を塗りつぶすように、怒号が響く。
「班長! あいつです!」
被害に遭った騎士がヴラディオスを示し、騎士団は一斉に武器を構えた。
「総員! 突げ……」
その時だ、雷鳴轟くような音楽が鳴り響く。
「な、なんだ!?」
ティンパニにしては軽く硬い響きにシンバルにしては騒々しすぎる音、バイオリンにしてはあまりにも粗雑でありながら並みの弦楽器にはできないであろう小刻みのリズム。聞いた事もない旋律の嵐が吹き抜け、一瞬の沈黙……チュドーンッ!!
「おーっほほほほほ!!」
突然の大爆発にポカンとする騎士団とヴラディオスの間に、爆風に乗って『高潔たれ騎士乙女』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)が舞い降りると、手にした剣を突きつける。
「私は自由騎士団に所属する騎士、ジュリエット・ゴールドスミスですわ!! 双方刃をお納めになってくださいな!!」
「……は?」
ヴラディオスの目の前で、ジュリエットは刃を鞘に納めると足元に置いた。構えは解かず、ジュリエットを睨みつける男に彼女は両手を挙げる。
「まずは穏便に、話し合いから始めてみませんこと?」
「何の真似だ……?」
「わりぃーな騎士団の人、最初からこうするつもりだったんだ」
一方、ジュリエットの背を庇うようにして立ち塞がっているのは獅子を模した重厚な鎧騎士、マリア・スティール(CL3000004)。
「看板に泥塗っちまったみてーですまねえが、この通りだ。 矛先収めてくんねーか。 話を最後まで聞いてくれるだけでいいんだ、それから考え直してくれよ。な?」
「今更話なぞ……」
ザバーッ!!
『班長ぉおおおお!?』
突然頭上から水をぶっかけられて沈黙する班長。
「これは何の真似だ自由騎……」
ゴーンッ!! パタッ……。
『班長がやられた!?』
「いや、殺してないわよ……」
上空に待機していた『魔女狩りを狩る魔女』エル・エル(CL3000370)を見上げようとした班長の顔面に金盥がヒット! 予想外の一撃に彼は目を回してぶっ倒れてしまう。
「……貴様ら、何しに来た?」
「あんたも頭を冷やしなさい」
ザバーッ! ヴラディオスにエルがもう一個の金盥をシューッ! 超! スプラッシュ!!
「こうなれば、我々だけでも……!」
「待ちたまえ!」
騎士達が自己判断で動こうとした時、天より声が落ちる。
「君たち! それで終わりじゃないのだよ!」
「だ、誰だ!?」
見上げた所で木の上の彼は日輪を背負った影でしかない。華麗に木を蹴り、宙で三転。勢いを殺して軽やかに着地した『貫く正義』ラメッシュ・K・ジェイン(CL3000120)はじっと騎士達を見据える。黒曜石の眼差しは、何かを告げようとする騎士達の言葉すらも飲みこんで、ようやく部隊を沈黙させるのだった。
●まぁ、そうなるな
「……なるほど?」
水が滴るヴラディオスは、ブチ切れた様子で片脚を引いた。まぁ、いきなり水なんかぶっかけられたらそうなるよね。
「よかろう、そちらがその気ならば……」
「待ってほしい」
歩み出たのは『愛すべき道化者』アダム・クランプトン(CL3000185)。吸血鬼の目を見据えて、自らの手を胸に添える。
「僕はお屋敷の女性とまた会おうと約束したんだ……騎士として約束はキッチリ守らないと、ね?」
そのためには何が必要か? 答えは実にシンプルだった。
「両者は立場上出会えば戦闘になるは分かっている。故に僕らはインパクトある行動で止める事に決めた……覚悟は、できている!」
カッ! アダムが目を見開くと同時、周囲に白い鎧が弾け飛ぶ……。
「僕は! 服を脱ぎ捨てる!」
鎧と一緒に下に来てたのであろうスーツ(どう見ても交渉用に着てきたんだろうなっていう高級品)を脱ぎ捨て、下着姿で天を仰ぎ。
「あぁ、ここに告白しよう! もう我慢ならないと! 生まれたままの姿になりたいと! だから脱ぎ捨てるのさ!」
「きゃー!?」
至近距離で見ちゃったジュリエットは両手で顔を覆い、でも指の隙間からチラチラ。なお、ヴラディオスは後ろ脚に力を溜めている。
「感じるだろう? この大自然の神秘を!」
「いーやー!?」
キラキラした目で上を脱いだアダム。もはやパンイチの彼をジュリエットのカメラがパシパシ。
「はっ! 私としたことが……で、でも、これも立派に交渉の記録ですし……仕方ありませんわよね!!」
両手を広げるアダムに対して、ヴラディオスがややひねりを加えて腕を引く。
「今こそ全ての布を脱ぎ捨て、この木々と同一化し……」
「この……」
最後の砦【パンツ】に手をかけたアダムのやや前方、土を巻き上げる程に重い踏み込みと共に螺旋状に蓄えていた力を解き放ち、脇腹目がけて抉り込むようなボディブロー。
「痴れ者がぁああああ!!」
「ふぼぉ!?」
チュンッ、アダムの体が吹っ飛び、木を数本薙ぎ倒してから止まった。最終防衛ライン(意味浅)は無事だった。
「おい騎士共」
ギロリ、吸血鬼の視線が騎士団に向けられ、身構えるものの。
「イ・ラプセルにはあんな連中しかいないのか!?」
『頼むから一緒にしないでくれ』
騎士達は剣呑な気配を納めて、そっと瞳のハイライトを消した。
●というわけで本題
「はい! では改めて和平交渉を始めるわよ♪ このままギャグに飲まれたくなければ話を聞くべきだわ!」
『翠氷の魔女』猪市 きゐこ(CL3000048)が仕切り直すものの、騎士団側は「既に手遅れじゃね?」って顔して、ヴラディオスは「こんな変態と何を話せと言うのだ?」って顔をしている。
「もし聞く耳持たないなら私も脱いで泣くわよ!」
社会的に抹殺するぞ? って脅しをかけるが。
「……そうか」
スチャッ。ヴラディオスは二撃目の構え。
「あ、赤眼のお姉さんに「ヴラ様が話を聞かない」って言い付けるわよ!?」
「赤眼? まさか貴様ら……ぬぅ」
舌打ちを残して、ヴラディオスが簡易テーブルに着いた。それは騎士団が遠征時に使うモノで、屋敷に入れてもらえなかったから『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が組みたてたのだ。
「まずは吸血鬼事件の真相と屋敷内の子どもたちの境遇、経緯について全騎士に説明する」
ウェルスは吸血鬼事件は頼るあての無いヴラディオスが傷を癒す為に行っていた事、その知識が間違っていた事や屋敷内の子ども達は彼が保護している事など、ここに至る経緯を語り始める。
「というわけで、屋敷の住民については問題ない。ヴラディオスの旦那だって、元は一族から抜けて奴隷を助け出し、その後の面倒を見るためにわが身を省みず尽力する奴だ。子どもたちの服を縫ったりもするしな。吸血行為を除けば重篤な死傷者も出してない。その吸血行為も生きるためギリギリの状況での選択だ、知識が間違っていたと発覚した以上、今後常習化する事は無い」
話を聞いて半信半疑の騎士団。
自由騎士達は相手の人間性を信頼して動くことができるが、国家権力でもある騎士団は違う。明確な証拠、根拠がなければ渋い顔をされることはもちろんウェルスも想定済み。
「とはいえ女性を襲ったのは事実だ。だから討伐じゃなくて旦那を逮捕という形を提案させてくれ。そうすれば国防騎士団の面子も保たれるだろ?」
「あ、そうそう。いつぞや噂になってた『人身売買』だったかしら? この屋敷にそんな実態はないわ」
ふと、エルが思い出したように口にしたのは、騎士団が動かなかった方の案件である。
「奴隷の正体はもう説明があった通り。あなた達が今回動いた噂の……人を喰らう怪物だったかしら? 確かに吸血鬼が人を襲ったのは本当だけど、食っただの殺しただのという事実はないわ。法律とか道徳とか興味ないけど、死に値するほどの罪かしら?」
騎士達が顔を見合わせた。そもそも、彼らがヴラディオスを殺しに来たのは、いくつもの噂の混濁に加えて、彼自身が起こした吸血鬼事件が重なり、『ほぼ確実に存在する脅威』であると判断された故である。しかし、実態は一兵卒にとっては文字通り『話が違う』のだ。
「それに、国防の騎士として危険を排除したいのは分かるが、ヴラディオスの旦那は冗談抜きで強い。今全員で掛かってもどうなることか……」
「彼は非常に強力だ……それは僕が文字通り、身をもって証明しただろう?」
戻ってきたアダムに騎士から脱ぎ捨てたスーツが渡される。このシリアスな空気の中、着直しながら。
「この戦時下で強力な敵を作るよりも、味方を作った方が良い」
それに、と。アダムはダメ押しを重ねる。
「ウェルスさんも言った通り、あの屋敷にはヴラさんが守ろうとした子どもや女性もいる。これ以上ここで争うのは、彼女らを怖がらせてしまうんじゃないかな?」
ぐっ……騎士団が一斉に押し黙る。彼らはあくまでも、自身の正義感にのっとりここまで来た。それが、相手は根本的には悪ではないだの、元奴隷の非戦闘員だの言われてしまっては、振るうべき武器も握れない。
「こちらはもう大丈夫そうですわね」
不完全燃焼の様相ではあるものの、一先ず刃を納めた騎士団をカメラに収めるジュリエット。さりげなくアダムの着換えシーンや額の汗を拭うウェルスを撮影しつつ、一触即発な吸血鬼卓を見やる。
「だ、大丈夫……ですわよね?」
●アウトロー恐い
「赤眼のお姉さんに屋敷の人達の就職の手引きを頼まれたの。これは私達が責任もって手引きするわ! イ・ラプセルは亜人やマザリビトに対しての差別が少ないの。それに屋敷の大人は既に働いた経験もあるわよね? 雇う方も初めての人より雇いやすいわ! 後は私達が身元保証をすれば大丈夫!」
「アイリスめ……コソコソ動いていると思えばそのような話を……」
きゐこの話にヴラディオスはこめかみに手を当てる。アイリス、とは恐らく『赤眼の女』の事であろう。
「それで、貴方に関してなのだけど……いっそ捕まらない?」
「……は?」
「待って! 話を聞いて! 貴方のメリットもある事だわ!」
席を立とうとしたヴラディオスをなだめるようにして、きゐこの方が立ち上がる。
「貴方怪我してるじゃないっ! イ・ラプセルは捕まえた人の怪我を放置する様なお国柄じゃないわ! だから一回ちゃんとした治療を受けて体が回復するまで寝てるべきだわ!」
「貴様ら、そこまで聞いているのか……」
チラと、ヴラディオスは恨めしそうな視線を屋敷に向けた。様子を覗っていた子ども達が手を振って、彼の代わりに『エルローの七色騎士』柊・オルステッド(CL3000152)が羽ばたくインコのポーズで応える。
「それに、吸血鬼の噂を終わらせる為にも捕まっておくべきだと思うの……大体ね? 吸血自体は私もしてた経験あるから寧ろ親近感出てるけど……それ除いたら貴方のやった行為って『夜な夜な美女を襲って気絶させる変態』だわ! 反省して!」
ぴしゃりと説教するきゐこに、ヴラディオスは鼻で笑った。
「何とでも言うがいい。私はこの命を彼らに捧ぐと誓った……周りなど知った事か。それに貴様、住人達の身元の保証と言ったな? 奴隷商船が近海に現れる貴様らの国で、彼らの身元を公にすればどうなるか、分からぬ貴様ではあるまい?」
「そこら辺は……上手くやるわ!」
きゐこは以前、アイリスから「事情を明かさず就職できる手引きをして欲しい」と頼まれている。それは街に潜んだ奴隷商人に目を付けられる可能性を考慮してのものだったはずだ。
「そうでなくとも、彼らに身を守る手段はない。獄中から彼らが取引される様を指を咥えて見ていろと言うのか?」
「そこは安心して。捕まってくれるなら貴方の罰が軽くなる様にと、他者の面会は出来る様に動いてあげるし、もし騎士団や国はもちろん、その手の悪者が屋敷の住人を害した場合は私が責任もって該当者を燃やしにいくわ♪」
「つまり、『事が起こってから動く』と?」
その確認に、返す言葉をきゐこは持ち合わせていない。治安を守る組織に良くある話だが、何かが起こりそう、では動かず、事件が起こった『後』に犯人を追うものだ。
「彼らは散々苦しんできた。その彼らに、『また苦しい目にあってから助けてやる』と言うのか?」
話にならん。そう言い捨てて、ヴラディオスは今度こそ席を立つ。彼は保身よりも、住人達を優先している。ちらつかせる待遇の焦点がずれていたのだろう。きゐこがこの場を繋ぐ言葉を探していると、オルステッドが屋敷から出てきた。
「……貴様、何故そこに居る?」
「いや、子どもらが退屈そうだったから構ってやってただけだが?」
しれっと子ども達を左右に控えさせて、ある種の人質を得たオルステッドを前に、ヴラディオスも構えはすれど襲いかかりはできない。そんな彼に、子どもの一人がある写真を見せた。
「みてみてヴラ様! この国の神様だって!」
「神……だと?」
写真を受け取った吸血鬼は、わなわなと震え始める。
「まだ子どもではないか! イ・ラプセルは子どもを国の象徴なぞと利用するのか!?」
きゐことオルステッドは直感した、こいつは子ども好きだと。そして、これを利用しない手はないと。
「これが青の女神さ。人も国も信じられないかもしれないが、神は信じられるさ。女神のわがままバディに免じて、もう少しだけ話し合って欲しいんだぜ」
「このような格好で……これではまるで、神というより見世物ではないか!」
「キュン死にさせてこその青の女神よ! 見よこのボンキュッボン!! そこいらの残念体型ではないんだぜ」
などとポンチョを脱ぎ捨てたオルステッドは割と際どい黒の水着姿。ボトムの左右から中心に向かって大きくスリットが入っていたり、トップの中心だけ編み込みになっていたり……その格好で水着の女神の写真を配り歩きながら、アクアディーネと同じポーズを取る。子ども達は「きれー!」「かわいい!」などとはしゃぐが、ヴラディオスの方は額に手を当ててよろめいてすらいる。
「分かったかしら?」
「何がだ……」
きゐこは辟易したヴラディオスにすすすと迫り。
「この国は、その女の子が引っ張ってるって事。もちろん。その子は偉い人の傀儡なんかじゃなく、自分の意思を持っているし、国民が傷つけば心を痛める優しさだって持ってるわ!」
「何が言いたい?」
怪訝な顔をする吸血鬼に、オルステッドはビシッと指を突きつける。
「ユー、イ・ラプセルに来ちゃいなよ。確かに人の方には色んな奴がいるからな。信用できない気持ちは分かる。だが、こんな女の子が頑張って支えてる国が、悪いものに見えるか?」
「……」
初めて、ヴラディオスが戸惑いを見せた。
ちなみに、ここまでオルステッドもきゐこも、女神の年齢に触れていない事は気にしてはいけない。
(勝手に女神を子どもと勘違いした方が悪いよな)
(嘘は言ってないものね!)
ニヤリ、心の中で汚い世界を生き抜いてきた二人が笑う。
恐い、手段を選らばな過ぎて恐い。
「いいんじゃないでしょうか?」
子どもに混じっていた赤眼の女こと、アイリスが写真を見つめて。
「私、この方の祝福を受けておりますし……その際の周りの空気は、決して怪しい物ではありませんでした。国そのものはさておき、少なくとも上層部の一部は信用に値するかと」
(マジか!?)
オルステッドは表情こそ変えないが、内心驚いていた。戦闘を押さえる為に持ち込んだ写真が、意外な形で功を奏したのだ。
自分の歯を噛み砕くのではないか、という程歯噛みするヴラディオスに、ウェルスが切札を切る。
「旦那、要は屋敷から離れるリスクが問題なんだろ? 逆に、監視役をつける、ってんなら手を打てないか?」
「……ほう?」
片眉をあげたヴラディオスに、ウェルスは自分の左耳を示す。
「俺も借金のカタにある意味囚われの身でね。旦那を自由にする代わりに、妙な真似をできないよう監視をつけたい」
「その上で、貴方に対する処分としては牢獄での懲役の代わりに、国内、及び近郊で起こった戦闘の被害を受けた町の修繕、その他国の為に従事して欲しい」
アダムが少なくとも、騎士団には話を付けたのだろう。後ろの方で騎士が頷く。
「なるほど……国側としては犯罪者に首輪をつけて、そちら側としては事実上の自由を保障されるわけか」
一言にまとめたラメッシュがふむ、と虚空を見た。
これなら吸血鬼の周りには常に騎士が張りついて、いざとなれば『国の為』と危険な戦場に送り込む事もできる。
逆に吸血鬼は実質罪を不問にして、かつ住人達が国内で暮す事ができる。そうなれば、国側としては国民への面子や純粋に良心から、彼の傷を放置できないし、屋敷の住人達の安全も保障するだろう。
「さぁ、どうするのかしら!?」
「ぐ……ぬ……ぅ……」
きゐこの問にヴラディオスは唸り……。
「さぁ、笑ってくださいまし」
「おいお前ら、笑顔のえの字もねぇぜ?」
やがて、ジュリエットとオルステッドのカメラには、騎士団と自由騎士達、そして屋敷の住人達に囲まれる中、ヴラディオスと復帰した班長による、歪な笑顔で相手の手を握り潰そうとする握手の写真が残された。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
FL送付済