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殺戮の女神アクアディーネ

●
アクアディーネの胸は、あまり大きくない。
僕の掌と五指に、ちょうど良く収まる大きさと形……いや若干はみ出す程度で、服を着れば胸の谷間が普通に出来る。
当然、服は着せる。
下劣な欲望のはけ口を求めて、僕は鏨を振るっているわけではないのだ。
女神アクアディーネに対する、この誰よりも純粋な信仰心を、目に見える形にしなければならない。
僕を突き動かしているのは、その思いだけだ。
だからこそ、胸の谷間である。
程良く深い、そして柔らかな谷間。それを石から彫り出さなければならない。
美しい胸の谷間と、すっきり綺麗な鎖骨の窪み。
その神聖なる取り合わせを石材の中から見出し、彫り出す。
これまでの僕の、彫刻家としての人生は、そのためだけにあったのだと言っても過言ではない。
彫刻家として、神官として、長らくアクア神殿に仕えてきた。
愛しき女神アクアディーネを様々な形で立体化し、民衆の信仰にさらなる拠り所をもたらす。それが僕の、神聖なる役目であった。
僕はオラクルではないから、アクアディーネの美しいであろう声を聞く事は出来ない。
あの愛らしい姿を見る事が出来れば充分と思ってはいたが、神殿上層部の連中によって女神への謁見を禁じられてしまった。僕はただ、採寸をしようとしただけなのにだ。
まあ良い、と僕は思った。僕だけと会話をしてくれるアクアディーネは、僕の心に間違いなく存在する。採寸だけではない、会話だけでもない、様々な事をさせてくれる心優しいアクアディーネがだ。
僕の心の中にしかいないアクアディーネを、僕は主に彫刻で表現し続けた。心の中に女神のいない哀れな者どもを、啓蒙するために。
僕の造ったアクアディーネに、信徒たちは大いに熱狂したものだ。
それが、しかし神殿の連中は気に入らなかったらしい。
胸の谷間を隠せ、と連中は僕に命じてきた。膨らみを強調してはならぬ、とも。
僕は拒絶し、そして神殿を破門された。
アクアディーネを彫る事も禁じられたが無論、僕はそんなものに従うつもりはない。
もはや気兼ねをする必要もなく、こうして女神の胸を強調しているところである。
胸の美しさを造形するには、膨らみそのものの形もさる事ながら、他の部分との調和も大切な要素となってくる。
意外に重要なのが、腕だ。美しい両の二の腕あってこその美乳、とも言える。
女神の、たおやかな腕。可憐な指先に至るまでを彫り上げるのに、僕は寝食を忘れ心血を注いだ。
その美しく愛らしい指に今、僕の臓物が絡み付いていた。
女神の、顔。いつも夢の中で僕に、僕だけに微笑みかけてくれる優しい美貌。その笑顔を、僕は石の中から導き出した。
永久に変ずる事のない石製の笑顔が、今は僕の血で赤黒く汚れ染まっている。
女神の、脚。
石であるはずの衣服の裾が柔らかく割れて開き、愛らしく引き締まった魅惑の太股が出現していた。
衣服の内側には当然、肉体がある。女神の裸体を細やかに想定しながら、僕は衣服を彫っている。皺の1つ1つに至るまで。
鏨で直接、彫り出すわけではないにせよ、衣服の上からでは見えないアクアディーネの様々な部分は確かに存在しているのだ。
見えていなかった太股を露わにしながら女神は片脚を上げ、僕の頭を踏みにじっている。
瀟洒な石のブーツが、僕の頭蓋骨を粉砕し、脳髄をグチュグチュと潰し広げる。
ほぼ原形を無くした僕の胴体が、工房の床にぶちまけられて痙攣をしていた。
破門されてなおアクアディーネを造り続けている僕は、いずれ神殿に捕縛され、殺されるだろう。
それよりは、ずっと悦ばしい死に様である。アクアディーネが自ら僕を、引き裂き、踏み潰してくれたのだ。
僕がぶちまけた様々な体液を全身に浴びたまま、アクアディーネはゆらりと歩き出していた。
今から彼女は工房を出て街を歩き、道行く人々を同じく引き裂いたり叩き潰したりしながら神殿へ向かう。あの愚かしさ極まる連中を、皆殺しにしてくれる。
僕以外の奴らが体液をぶちまけ、僕だけのアクアディーネを汚す。それが、いささか腹立たしくはあった。
アクアディーネの胸は、あまり大きくない。
僕の掌と五指に、ちょうど良く収まる大きさと形……いや若干はみ出す程度で、服を着れば胸の谷間が普通に出来る。
当然、服は着せる。
下劣な欲望のはけ口を求めて、僕は鏨を振るっているわけではないのだ。
女神アクアディーネに対する、この誰よりも純粋な信仰心を、目に見える形にしなければならない。
僕を突き動かしているのは、その思いだけだ。
だからこそ、胸の谷間である。
程良く深い、そして柔らかな谷間。それを石から彫り出さなければならない。
美しい胸の谷間と、すっきり綺麗な鎖骨の窪み。
その神聖なる取り合わせを石材の中から見出し、彫り出す。
これまでの僕の、彫刻家としての人生は、そのためだけにあったのだと言っても過言ではない。
彫刻家として、神官として、長らくアクア神殿に仕えてきた。
愛しき女神アクアディーネを様々な形で立体化し、民衆の信仰にさらなる拠り所をもたらす。それが僕の、神聖なる役目であった。
僕はオラクルではないから、アクアディーネの美しいであろう声を聞く事は出来ない。
あの愛らしい姿を見る事が出来れば充分と思ってはいたが、神殿上層部の連中によって女神への謁見を禁じられてしまった。僕はただ、採寸をしようとしただけなのにだ。
まあ良い、と僕は思った。僕だけと会話をしてくれるアクアディーネは、僕の心に間違いなく存在する。採寸だけではない、会話だけでもない、様々な事をさせてくれる心優しいアクアディーネがだ。
僕の心の中にしかいないアクアディーネを、僕は主に彫刻で表現し続けた。心の中に女神のいない哀れな者どもを、啓蒙するために。
僕の造ったアクアディーネに、信徒たちは大いに熱狂したものだ。
それが、しかし神殿の連中は気に入らなかったらしい。
胸の谷間を隠せ、と連中は僕に命じてきた。膨らみを強調してはならぬ、とも。
僕は拒絶し、そして神殿を破門された。
アクアディーネを彫る事も禁じられたが無論、僕はそんなものに従うつもりはない。
もはや気兼ねをする必要もなく、こうして女神の胸を強調しているところである。
胸の美しさを造形するには、膨らみそのものの形もさる事ながら、他の部分との調和も大切な要素となってくる。
意外に重要なのが、腕だ。美しい両の二の腕あってこその美乳、とも言える。
女神の、たおやかな腕。可憐な指先に至るまでを彫り上げるのに、僕は寝食を忘れ心血を注いだ。
その美しく愛らしい指に今、僕の臓物が絡み付いていた。
女神の、顔。いつも夢の中で僕に、僕だけに微笑みかけてくれる優しい美貌。その笑顔を、僕は石の中から導き出した。
永久に変ずる事のない石製の笑顔が、今は僕の血で赤黒く汚れ染まっている。
女神の、脚。
石であるはずの衣服の裾が柔らかく割れて開き、愛らしく引き締まった魅惑の太股が出現していた。
衣服の内側には当然、肉体がある。女神の裸体を細やかに想定しながら、僕は衣服を彫っている。皺の1つ1つに至るまで。
鏨で直接、彫り出すわけではないにせよ、衣服の上からでは見えないアクアディーネの様々な部分は確かに存在しているのだ。
見えていなかった太股を露わにしながら女神は片脚を上げ、僕の頭を踏みにじっている。
瀟洒な石のブーツが、僕の頭蓋骨を粉砕し、脳髄をグチュグチュと潰し広げる。
ほぼ原形を無くした僕の胴体が、工房の床にぶちまけられて痙攣をしていた。
破門されてなおアクアディーネを造り続けている僕は、いずれ神殿に捕縛され、殺されるだろう。
それよりは、ずっと悦ばしい死に様である。アクアディーネが自ら僕を、引き裂き、踏み潰してくれたのだ。
僕がぶちまけた様々な体液を全身に浴びたまま、アクアディーネはゆらりと歩き出していた。
今から彼女は工房を出て街を歩き、道行く人々を同じく引き裂いたり叩き潰したりしながら神殿へ向かう。あの愚かしさ極まる連中を、皆殺しにしてくれる。
僕以外の奴らが体液をぶちまけ、僕だけのアクアディーネを汚す。それが、いささか腹立たしくはあった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース化した石像(1体)の撃破
ST小湊拓也と申します。初めまして。こちらでもお世話になります。
イ・ラプセルのとある街で、女神アクアディーネの石像がイブリース化して動き出し、人々を殺傷せんとしております。これを止めて下さい。
場所は、元神官である彫刻家エルトン・デヌビス氏の工房。時間帯は夕刻。
OP中ではすでに人死にが出ておりますが、皆様には、この最初の犠牲者であるエルトンが殺される寸前のところで工房に飛び込んでいただく形となります。
石像の攻撃手段は怪力による白兵戦(近距離、カース1)。
エルトンは避難する意思を持たず、自身の作品を懸命に守ろうとしますが、皆様の行動を阻害する力はありません。ただ工房内にいる限り、彼もまた石像の攻撃対象に含まれます。攻撃を受ければ、回避も防御も出来ず一撃で死亡します(味方ガードで守る事は可能)。力ずくで彼を工房から連れ出し、安全圏へ避難させるには、どなたか1名様に1ターンを費やしていただかなければなりません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
イ・ラプセルのとある街で、女神アクアディーネの石像がイブリース化して動き出し、人々を殺傷せんとしております。これを止めて下さい。
場所は、元神官である彫刻家エルトン・デヌビス氏の工房。時間帯は夕刻。
OP中ではすでに人死にが出ておりますが、皆様には、この最初の犠牲者であるエルトンが殺される寸前のところで工房に飛び込んでいただく形となります。
石像の攻撃手段は怪力による白兵戦(近距離、カース1)。
エルトンは避難する意思を持たず、自身の作品を懸命に守ろうとしますが、皆様の行動を阻害する力はありません。ただ工房内にいる限り、彼もまた石像の攻撃対象に含まれます。攻撃を受ければ、回避も防御も出来ず一撃で死亡します(味方ガードで守る事は可能)。力ずくで彼を工房から連れ出し、安全圏へ避難させるには、どなたか1名様に1ターンを費やしていただかなければなりません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2019年10月23日
2019年10月23日
†メイン参加者 6人†
●
1人の修道女が、1人の聖騎士を引きずって往来を歩いている。
「神民が百人いるならぱ、百柱ものアクアディーネ様がいらっしゃいます」
厄介な荷物の如く引きずられながら、『黒き狂戦士』ナイトオウル・アラウンド(CL3000395)が暗い声を発した。
「私のアクアディーネ様は、どなたかのアクアディーネ様とは異なります。異なって当然なのですよ。信仰のありようは千差万別、十人十色。私は他者のアクアディーネ様を否定はいたしません」
「そのお話、95回目ですよ」
引きずっているのは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)だ。
「まったく、女神語りに入ると止まらないんだから」
「私はね、他者の信仰を破壊したくはないのですよ。それは狂信者の所業でしかありません」
「私たちが今から破壊するのは、アクアディーネ様の形をしているだけのイブリースです。信仰とは無関係……でも、ないのかな」
いくらか殺風景な建物の前で、エルシーは立ち止まった。工場、あるいは工房か。
扉は開いている。中から闘争の気配が流れ出している。
「とにかく放っておいたら人死にが出ます。止めなきゃいけない事態なんです。さあ覚悟を決めて下さいナイトオウルさん、行きますよ。たのもーっ!」
エルシーが入って行く、と同時に小さな少女が、悲鳴と共に吹っ飛んで来た。
エルシーはナイトオウルを放り捨て、その少女を両腕と胸で抱き止めた。『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)だった。
「ないわ」
深く柔らかな胸の谷間にめり込んだまま、カノンは言った。
「あれ見てよエルシーちゃん。モラル的に無しでしょ、あれは。あ、受け止めてくれてありがとね」
あれ、と呼ばれたものが、工房の中央に佇んでいる。
女神アクアディーネ。
無論、本物ではない。石像である。製作者の主観と言うか趣味と言うか宗教的解釈と言って良いのか、とにかくそういったものがいささか強く出過ぎているようではあった。
「まあクオリティ高いのは認めるけどさあ。アクアディーネ様あんなに胸の谷間とか太股とか出してないし」
カノンにそんな評価を下された石像が、滑らかに動いていた。剛力の細腕が、カノンを吹っ飛ばしただけでなく、『革命の』アダム・クランプトン(CL3000185)を殴り倒したところである。
よろりと上体を起こすアダムを『真打!?食べ隊』キリ・カーレント(CL3000547)が背後に庇う。
「……アダムさん、大丈夫ですか?」
「不覚……め、目を奪われた……」
何にアダムが目を奪われていたのかは、まあ問いただしてみるまでもなかった。柔らかく動く女神像の、太股か、胸の谷間か。
「ど……どうだ、理想的な胸だろう」
声を発したのは、この工房の持ち主である。彫刻家エルトン・デヌビス。
駆け付けた自由騎士たちに護衛されながら、床に尻餅をついている。
「神殿の連中は僕に採寸もさせてくれなかったが、なぁに僕なら見れば充分。アクアディーネの胸は、これでいい。僕はねえ、その理想的な女神の胸に抱かれて死ねるところだったんだよ。余計な事をして欲しくはない、帰ってくれ」
「残念。余計な事するのが、カノンたちのお仕事なんだよねー」
言葉と共にカノンが、エルシーの胸から消え失せた。
小さな身体が、影となり疾風となり、女神像に激突していた。影狼の一撃。
エルトンに向かって動き滑らかに踏み込もうとしていた女神像が、よろめいた。
助けられたはずのエルトンが、悲鳴を上げる。
「何をする! 僕のアクアディーネに!」
「……あなたのアクアディーネ様が、このままだと大勢の人を殺します」
言いつつキリが、エルトンの前に立つ。盾の形だ。
よろめきながらも踏み込んで来た女神像の一撃を、キリがまともに喰らった、ように見えた。少女の小柄な細身を包むローブが、いきなり中身が失せたかの如く翻りはためく。
剛力の細腕が、受け流されていた。
「人が大勢死ぬのは……良くない事です」
キリに守られながら、エルトンが喚く。
「構うものか! 僕も含めて世の中の愚かなる者どもが、僕のアクアディーネに裁かれて真の救済へと至る! これほど素晴らしい事があるか!」
「エルトンちゃんの、ばかーっ!」
火の玉、のような何かが、女神像にぶつかって行った。
「まちがってる! それ間違ってるよぉ! アクアディーネ様はね、こんなふうに人をぶんなぐって『きゅーさい』なんて絶対しない!」
ぶん殴った、のであろうか。体当たりのようでもある。とにかく『ひまわりの約束』ナナン・皐月(CL3000240)の一撃であった。小さな身体が、隕石と化したかのようだ。
「エルトンちゃんがね、いくらアクアディーネさま大好きでも! いっぱいの大好きで沢山たくさん頑張って『すごいちょうこく』作っても、それ本当のアクアディーネ様じゃなくなってるよおお!」
直撃を受けた女神像が、後方へ激しく揺らぐ。
「本当のアクアディーネさま泣いちゃうよぉお! エルトンちゃんは、それでいいの? いちばん好きで大切なひと泣かせちゃっていいの!?」
「…………刺さる……」
ナイトオウルが、涙を流していた。
「ナナン嬢……あなたの言葉は、ことごとく私の心に突き刺さる……」
「え……えっとね、ナナンそんなつもりじゃ」
「エルトン・デヌビス、あなたは私だ」
声を震わせながら、ナイトオウルは女神像に見入っていた。
「我らは皆、己の心の中に、己だけのアクアディーネ様を抱き奉っている。私のアクアディーネ様はお美しくあられるがエルトン氏、あなたのアクアディーネ様もまたお美しい。我らは本来それを否定してはならないのだ。それが、正しき信仰のあり方……然るにエルトン・デヌビス。あなたのアクアディーネ様は今、大勢の清らかなる神民をセフィロトの海へ還さんとしている。私は……あなたの女神信仰を、否定しなければならない。何たる事、まさに狂信者の所業」
ナイトオウルの頭に、エルシーは兜を被せた。
「きりがないから始めちゃいましょう、そろそろ。はいスイッチ・オン」
有無を言わせず、ガシャリと面頬を下ろす。
その面頬の内側で、禍々しい眼光が点った。
表記不可能な絶叫が、工房内に轟き渡った。ナイトオウルの咆哮であった。
「や、やめろ! やめてくれ!」
エルトンが叫ぶ。女神を脅かす魔物が出現した、ようにしか彼には見えていないだろう。
「僕のアクアディーネに何をする気だ!」
「イブリースは倒す。それだけですよ」
告げながら、エルシーも女神像と対峙した。
「確かに……よく出来ています。特に鎖骨から胸に至る造形は実にお見事。胸の膨らみそのものを強調するより、ある意味いやらしいですね。アダムさんはどう思いますか?」
「む、胸の話はともかく」
ナナンの一撃で揺らいだ女神像が、しかし即座に体勢を直し、石の細腕を叩き付けて来る。
人体を粉砕する、その一撃を、アダムは蒸気鎧をまとう全身で受け流していた。
「エルトンさんに、揺るぎない信念があるのは理解出来た。言動はともかく、作品を見ればわかる……僕も、信念を押し通す事にしよう。エルトン・デヌビス、貴方自身が死を望んだとしても僕はそれを認めない。貴方を救う。貴方の自由意志は一切、考慮しない」
「そういう事です。好き勝手にやらせてもらいますよ」
エルシーは、修道服を脱ぎ捨てた。
「こう見えても私は神職……アクアディーネ様の姿で悪事暴虐を働くイブリースを、絶対に許しはしません。ぜつ☆ゆる! です」
●
頭の中で、カノンは脚本を書いた。
自分は今から、死に急ぐ人間を説得する熱血少女だ。わかりやすい役ではある。入り込むのに5秒もかからない。
「よ、余計な事をしないでくれと言っているじゃないか!」
エルトンが、カノンの可憐な細腕によって物の如く担ぎ上げられたまま言った。
工房の外へと無理矢理に避難させたところである。
「僕は! あの凶悪な魔物から、僕のアクアディーネを守らなければ」
「何度でも言うよ。あれはアクアディーネ様じゃないから」
路面に下ろされたエルトンが、尻餅をつく。
カノンは、その目を見据えた。
「貴方ねえ、自分は殺されてもいいとか思ってるみたいだけど! アクアディーネ様はね、そういう事するような方じゃないって本当は頭じゃわかってるんでしょう?」
(あんな妄想丸出しのアクアディーネ様じゃあ、イブリースが憑いて何やらかしても不思議じゃないけどねえ)
という本音を、カノンは押し殺した。
「かわいそうだけど貴方の作品はね、アクアディーネ様に似ているだけの偽物なの!」
偽物。
自分のその言葉で、カノンは涙が出て来た。演技、ではなかった。
お前の芝居はなあ、偽物なんだよ。演出家の怒声が、脳裏に蘇る。
「……わかるよ。偽物って言われるの本当、傷付くよね……けどエルトンさんは、生きて本物を作らなきゃいけないと思う。本物を作れるはずの人がね、偽物に殺されて終わりなんて! カノン絶対、許さないからっ!」
「……本物のアクアディーネなんて、作れるわけないじゃないか。僕も含めて皆、本物のアクアディーネを心の中に住まわせている。何を作って見せても、こっちの方が本物だってなっちゃう」
エルトンが、ナイトオウルのような事を言っている。
「僕もね、偽物しか作れないって言われてきた。だから、わかるよ。君の気持ち」
「エルトンさん!」
カノンは、エルトンの両手を握った。
彫刻、芝居。その違いはあれど今、目の前にいるのは、同じ表現の道をゆく同志なのだ。
●
たおやかな石製の五指が、鋭利な凶器と化して振り下ろされる。
もはや斬撃とも言える、その一撃を、アダムは蒸気鎧の表面で受け流した。
「指先ひとつひとつに至るまで、何と繊細な造形か……」
などと感心している場合でもなく次の瞬間、アダムの身体は前屈みにへし曲がった。
女神像の形良い太股が、石の衣を柔らかく押しのけ、跳ね上がっていた。重量ある膝蹴りが、アダムの腹部に打ち込まれたのだ。
血を吐き、倒れ伏したアダムを、女神像がさらに踏みつけようとした、その時。
「遅くなって、ごめん! ちょっと話し込んじゃった!」
工房に飛び込んで来たカノンが、その勢いのまま女神像にぶつかって行った。石製のアクアディーネに、少女の小さな拳が隕石の如く叩き込まれる。
女神像が、よろめいた。
やはり砕くしかないのか、とアダムは思った。
民を守る。民が大切にしているものを、守る。それも騎士の使命と、口で言うのは容易い。
だがイブリース相手に手加減をしろとは言えない。今この場で何よりも守らなければならないのは、人の命だ。
よろめいた女神像が、立ち直りながらカノンを殴り飛ばす。オニヒトの少女の小さな身体が、血飛沫を飛ばしながら錐揉み回転をする。
エルシーが叫んだ。
「カノンさん!」
「だ、大丈夫……でも、ないかなー」
墜落したカノンを背後に庇うエルシーに、女神像がずしりと踏み込み重く襲いかかる。重いが、鈍重ではない。
エルシーは身構え、迎え撃った。
「落ち着いて私。敵の動きを、よく見てね……」
呟きながら、回避の構えを取っている。
「むむ……何てよく出来た太股。二の腕も綺麗、胸も柔らかそう……石とは思えない」
石の繊手が、エルシーを張り倒していた。
カノンが叫ぶ。
「何やってんのエルシーちゃん!」
「見とれた……」
鼻血を噴いて倒れたエルシーを、護衛する形に、キリとナナンが飛び込んで来る。
「あの……大丈夫ですか?」
巨大な人参のようなものを振りかざしながら、キリがエルシーを気遣う。魔力膜で出来た、剣である。
「……キリが、防護に入った方が良かったですか?」
「いえ……今のは、私のドジです。キリさんは、他の子を守ってあげて下さい」
「守るのは……僕の使命……!」
アダムは立ち上がった。
ナナンは跳躍していた。
「ナナンだって守るもん!」
小さな全身に、気合が漲る。
自身と同じくらいの大きさの巨剣を、ナナンは女神像に叩き付けていた。気合いを叩き込む斬撃。
血飛沫のようなものが散った。石の粉塵。女神像の、どこかが砕けたのだ。
「エルトンちゃん、聞こえる!? ナナン壊すよお!」
着地しながら、ナナンは叫んだ。
おっかなびっくり工房を覗き込んでいるエルトンが、うなだれるように頷く。
キリが呟いた。
「壊す……しか、ないのよね。やっぱり……」
人参のような剣の動きが、止まってしまう。
そこへ女神像が、剛力の細腕を叩き付けてゆく。
キリの盾となる形に、アダムは飛び込んだ。蒸気鎧をまとう全身が身軽に捻転し、重い一撃を受け流し、だが完全には受け流しきれずにグシャリと凹んで倒れ伏す。
「アダムさん……!」
倒れたアダムを飛び越える感じに、キリが跳んだ。
巨大な人参が、石のアクアディーネを叩きのめし吹っ飛ばす。
「ありがとう、だけど……無茶をしないで、アダムさん」
キリは着地した。
「人が大勢死ぬのは良くない……キリは、そう言いました。大勢じゃなくたって、1人だって駄目です」
少女の瞳が、赤く輝く。ここではない今ではない、いつかのどこかを見ている。アダムは、そう感じた。
「アダムさんに、もしもの事があったら……誰かが、きっと止められなくなります」
「何を……かな……?」
「復讐……!」
巨大な人参を構えながら、キリは小さな身体でアダムを庇っている。
この少女はずっと、ある1つの光景を見つめている。戦いの度に、それが脳裏に、視界の中に、蘇ってくるのだ。
「……キリさん…………」
それを捨てて、しっかりと前を見つめよう……などと、言葉に出して言える事ではなかった。
吹っ飛んで倒れた女神像が立ち上がり、工房の床を揺るがしながら踏み込んで来る。キリもアダムも、まとめて踏み潰す勢いだ。
「させないよぉ!」
その進行方向に、ナナンが立ち塞がる。
彼女の眼前に、しかしすでにナイトオウルがいた。
暗黒色の甲冑をまとう身体が、激しくへし曲がって血飛沫を噴く。女神像の重い一撃。
わけのわからぬ絶叫が響き渡った。人間の声ではない、とアダムは感じた。
人とも思えぬ悦楽の悲鳴を上げながら、ナイトオウルが血まみれで立ち上がる。女神像に向かって、剣を振り上げる。
その剣を叩き込む事が出来ぬまま、ナイトオウルがまたしても絶叫を迸らせた。
女神に刃を向ける事は出来ない。そう叫んでいるように、アダムには聞こえた。
泣き叫ぶナイトオウルを、石のアクアディーネが掴んで床に叩き付け、ガスガスと踏みにじり蹴り転がす。
凹み、ひしゃげ、へし曲がりながら、ナイトオウルは工房の床に鮮血をぶちまけた。
鮮血ではない、何やら目に見えぬものも溢れ出していた。
「な……何だ、これは!」
目に見えぬ何かに包まれ、まとわりつかれながら、アダムは悲鳴に近い声を発していた。
体内で、激痛が蠢き暴れる。破損した身体が麻酔もなく無理矢理に修理されてゆく、その痛みだ。
「これは……ハーベストレイン……?」
キリが息を呑む。
ハーベストレインによる治療を受けながら、カノンがよろよろと立ち上がる。
「アクアディーネ様に、ぶちのめされて……何かいろいろ溢れ出しちゃったみたいだねえ。ナイト兄さん」
ハーベストレイン。治療の術式である。
だがアダムには、潰れ転がるナイトオウルの全身から押し出され溢れ出した生命力が、飛び散って自分たちに貼り付いて回復をもたらしている、としか感じられなかった。
同じ事を、カノンも感じているようである。
「うん。正直言ってキモいけど、ここは恩恵に与っておこうよ」
「ナイトオウルちゃん死んじゃうよぉ!」
「平気ですナナンさん。この人の術式はね、いつもこんな感じ……まったく、アクアディーネ様の形をしてるだけで本当に攻撃出来なくなるなんて!」
術式治療を得たエルシーが、立ち上がり猛然と踏み込んで行く。
「何の役にも立たなかったら後でシメてやろうと思いましたけど、まあこれならいいでしょう。私も行きます! エルシー・パンチ! エルシー・ナックル! エルシー・ブロー! エルシー正中線四連突き!」
ナイトオウルを踏み潰していた女神像が、後方によろめきながら、全身に亀裂を走らせた。
●
全身からシューッ……と蒸気を噴射しながら、アダムが残心する。右掌が、まだ熱を持っている。
女神像に、とどめの一撃を叩き込んだところである。
「すまない、エルトン氏……貴方の女神を、破壊してしまった」
石のアクアディーネが、崩落してゆく。
それを見つめながら、エルトンは言った。
「……面倒をかけて申し訳ない。僕は大丈夫。まだ、いくらでもアクアディーネを作る事が出来るさ」
「出来れば、で良い……」
ナイトオウルが、血まみれの顔でニコニコ微笑みながら、エルトンの肩を掴む。
「アクアディーネ様、とお呼びしては下さいませんか」
「ひっ……」
「どうどう、ナイトオウルちゃん。怪我してるんだから」
ナナンが、さりげなく両者を引き離す。
怯えるエルトンに、アダムは微笑みかけた。
「貴方には頑張って欲しい、と思うよ。アクアディーネ様の胸部の大きさなら今度、僕が御本人に聞いておくから」
「……やめなさい」
「アダムお兄さんまで、神殿出禁になっちゃうから」
エルシーが、続いてカノンが言った。
キリも、それに同調した。
「アダムさんは良い人ですけど……そういう所、良くないと思います」
1人の修道女が、1人の聖騎士を引きずって往来を歩いている。
「神民が百人いるならぱ、百柱ものアクアディーネ様がいらっしゃいます」
厄介な荷物の如く引きずられながら、『黒き狂戦士』ナイトオウル・アラウンド(CL3000395)が暗い声を発した。
「私のアクアディーネ様は、どなたかのアクアディーネ様とは異なります。異なって当然なのですよ。信仰のありようは千差万別、十人十色。私は他者のアクアディーネ様を否定はいたしません」
「そのお話、95回目ですよ」
引きずっているのは『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)だ。
「まったく、女神語りに入ると止まらないんだから」
「私はね、他者の信仰を破壊したくはないのですよ。それは狂信者の所業でしかありません」
「私たちが今から破壊するのは、アクアディーネ様の形をしているだけのイブリースです。信仰とは無関係……でも、ないのかな」
いくらか殺風景な建物の前で、エルシーは立ち止まった。工場、あるいは工房か。
扉は開いている。中から闘争の気配が流れ出している。
「とにかく放っておいたら人死にが出ます。止めなきゃいけない事態なんです。さあ覚悟を決めて下さいナイトオウルさん、行きますよ。たのもーっ!」
エルシーが入って行く、と同時に小さな少女が、悲鳴と共に吹っ飛んで来た。
エルシーはナイトオウルを放り捨て、その少女を両腕と胸で抱き止めた。『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)だった。
「ないわ」
深く柔らかな胸の谷間にめり込んだまま、カノンは言った。
「あれ見てよエルシーちゃん。モラル的に無しでしょ、あれは。あ、受け止めてくれてありがとね」
あれ、と呼ばれたものが、工房の中央に佇んでいる。
女神アクアディーネ。
無論、本物ではない。石像である。製作者の主観と言うか趣味と言うか宗教的解釈と言って良いのか、とにかくそういったものがいささか強く出過ぎているようではあった。
「まあクオリティ高いのは認めるけどさあ。アクアディーネ様あんなに胸の谷間とか太股とか出してないし」
カノンにそんな評価を下された石像が、滑らかに動いていた。剛力の細腕が、カノンを吹っ飛ばしただけでなく、『革命の』アダム・クランプトン(CL3000185)を殴り倒したところである。
よろりと上体を起こすアダムを『真打!?食べ隊』キリ・カーレント(CL3000547)が背後に庇う。
「……アダムさん、大丈夫ですか?」
「不覚……め、目を奪われた……」
何にアダムが目を奪われていたのかは、まあ問いただしてみるまでもなかった。柔らかく動く女神像の、太股か、胸の谷間か。
「ど……どうだ、理想的な胸だろう」
声を発したのは、この工房の持ち主である。彫刻家エルトン・デヌビス。
駆け付けた自由騎士たちに護衛されながら、床に尻餅をついている。
「神殿の連中は僕に採寸もさせてくれなかったが、なぁに僕なら見れば充分。アクアディーネの胸は、これでいい。僕はねえ、その理想的な女神の胸に抱かれて死ねるところだったんだよ。余計な事をして欲しくはない、帰ってくれ」
「残念。余計な事するのが、カノンたちのお仕事なんだよねー」
言葉と共にカノンが、エルシーの胸から消え失せた。
小さな身体が、影となり疾風となり、女神像に激突していた。影狼の一撃。
エルトンに向かって動き滑らかに踏み込もうとしていた女神像が、よろめいた。
助けられたはずのエルトンが、悲鳴を上げる。
「何をする! 僕のアクアディーネに!」
「……あなたのアクアディーネ様が、このままだと大勢の人を殺します」
言いつつキリが、エルトンの前に立つ。盾の形だ。
よろめきながらも踏み込んで来た女神像の一撃を、キリがまともに喰らった、ように見えた。少女の小柄な細身を包むローブが、いきなり中身が失せたかの如く翻りはためく。
剛力の細腕が、受け流されていた。
「人が大勢死ぬのは……良くない事です」
キリに守られながら、エルトンが喚く。
「構うものか! 僕も含めて世の中の愚かなる者どもが、僕のアクアディーネに裁かれて真の救済へと至る! これほど素晴らしい事があるか!」
「エルトンちゃんの、ばかーっ!」
火の玉、のような何かが、女神像にぶつかって行った。
「まちがってる! それ間違ってるよぉ! アクアディーネ様はね、こんなふうに人をぶんなぐって『きゅーさい』なんて絶対しない!」
ぶん殴った、のであろうか。体当たりのようでもある。とにかく『ひまわりの約束』ナナン・皐月(CL3000240)の一撃であった。小さな身体が、隕石と化したかのようだ。
「エルトンちゃんがね、いくらアクアディーネさま大好きでも! いっぱいの大好きで沢山たくさん頑張って『すごいちょうこく』作っても、それ本当のアクアディーネ様じゃなくなってるよおお!」
直撃を受けた女神像が、後方へ激しく揺らぐ。
「本当のアクアディーネさま泣いちゃうよぉお! エルトンちゃんは、それでいいの? いちばん好きで大切なひと泣かせちゃっていいの!?」
「…………刺さる……」
ナイトオウルが、涙を流していた。
「ナナン嬢……あなたの言葉は、ことごとく私の心に突き刺さる……」
「え……えっとね、ナナンそんなつもりじゃ」
「エルトン・デヌビス、あなたは私だ」
声を震わせながら、ナイトオウルは女神像に見入っていた。
「我らは皆、己の心の中に、己だけのアクアディーネ様を抱き奉っている。私のアクアディーネ様はお美しくあられるがエルトン氏、あなたのアクアディーネ様もまたお美しい。我らは本来それを否定してはならないのだ。それが、正しき信仰のあり方……然るにエルトン・デヌビス。あなたのアクアディーネ様は今、大勢の清らかなる神民をセフィロトの海へ還さんとしている。私は……あなたの女神信仰を、否定しなければならない。何たる事、まさに狂信者の所業」
ナイトオウルの頭に、エルシーは兜を被せた。
「きりがないから始めちゃいましょう、そろそろ。はいスイッチ・オン」
有無を言わせず、ガシャリと面頬を下ろす。
その面頬の内側で、禍々しい眼光が点った。
表記不可能な絶叫が、工房内に轟き渡った。ナイトオウルの咆哮であった。
「や、やめろ! やめてくれ!」
エルトンが叫ぶ。女神を脅かす魔物が出現した、ようにしか彼には見えていないだろう。
「僕のアクアディーネに何をする気だ!」
「イブリースは倒す。それだけですよ」
告げながら、エルシーも女神像と対峙した。
「確かに……よく出来ています。特に鎖骨から胸に至る造形は実にお見事。胸の膨らみそのものを強調するより、ある意味いやらしいですね。アダムさんはどう思いますか?」
「む、胸の話はともかく」
ナナンの一撃で揺らいだ女神像が、しかし即座に体勢を直し、石の細腕を叩き付けて来る。
人体を粉砕する、その一撃を、アダムは蒸気鎧をまとう全身で受け流していた。
「エルトンさんに、揺るぎない信念があるのは理解出来た。言動はともかく、作品を見ればわかる……僕も、信念を押し通す事にしよう。エルトン・デヌビス、貴方自身が死を望んだとしても僕はそれを認めない。貴方を救う。貴方の自由意志は一切、考慮しない」
「そういう事です。好き勝手にやらせてもらいますよ」
エルシーは、修道服を脱ぎ捨てた。
「こう見えても私は神職……アクアディーネ様の姿で悪事暴虐を働くイブリースを、絶対に許しはしません。ぜつ☆ゆる! です」
●
頭の中で、カノンは脚本を書いた。
自分は今から、死に急ぐ人間を説得する熱血少女だ。わかりやすい役ではある。入り込むのに5秒もかからない。
「よ、余計な事をしないでくれと言っているじゃないか!」
エルトンが、カノンの可憐な細腕によって物の如く担ぎ上げられたまま言った。
工房の外へと無理矢理に避難させたところである。
「僕は! あの凶悪な魔物から、僕のアクアディーネを守らなければ」
「何度でも言うよ。あれはアクアディーネ様じゃないから」
路面に下ろされたエルトンが、尻餅をつく。
カノンは、その目を見据えた。
「貴方ねえ、自分は殺されてもいいとか思ってるみたいだけど! アクアディーネ様はね、そういう事するような方じゃないって本当は頭じゃわかってるんでしょう?」
(あんな妄想丸出しのアクアディーネ様じゃあ、イブリースが憑いて何やらかしても不思議じゃないけどねえ)
という本音を、カノンは押し殺した。
「かわいそうだけど貴方の作品はね、アクアディーネ様に似ているだけの偽物なの!」
偽物。
自分のその言葉で、カノンは涙が出て来た。演技、ではなかった。
お前の芝居はなあ、偽物なんだよ。演出家の怒声が、脳裏に蘇る。
「……わかるよ。偽物って言われるの本当、傷付くよね……けどエルトンさんは、生きて本物を作らなきゃいけないと思う。本物を作れるはずの人がね、偽物に殺されて終わりなんて! カノン絶対、許さないからっ!」
「……本物のアクアディーネなんて、作れるわけないじゃないか。僕も含めて皆、本物のアクアディーネを心の中に住まわせている。何を作って見せても、こっちの方が本物だってなっちゃう」
エルトンが、ナイトオウルのような事を言っている。
「僕もね、偽物しか作れないって言われてきた。だから、わかるよ。君の気持ち」
「エルトンさん!」
カノンは、エルトンの両手を握った。
彫刻、芝居。その違いはあれど今、目の前にいるのは、同じ表現の道をゆく同志なのだ。
●
たおやかな石製の五指が、鋭利な凶器と化して振り下ろされる。
もはや斬撃とも言える、その一撃を、アダムは蒸気鎧の表面で受け流した。
「指先ひとつひとつに至るまで、何と繊細な造形か……」
などと感心している場合でもなく次の瞬間、アダムの身体は前屈みにへし曲がった。
女神像の形良い太股が、石の衣を柔らかく押しのけ、跳ね上がっていた。重量ある膝蹴りが、アダムの腹部に打ち込まれたのだ。
血を吐き、倒れ伏したアダムを、女神像がさらに踏みつけようとした、その時。
「遅くなって、ごめん! ちょっと話し込んじゃった!」
工房に飛び込んで来たカノンが、その勢いのまま女神像にぶつかって行った。石製のアクアディーネに、少女の小さな拳が隕石の如く叩き込まれる。
女神像が、よろめいた。
やはり砕くしかないのか、とアダムは思った。
民を守る。民が大切にしているものを、守る。それも騎士の使命と、口で言うのは容易い。
だがイブリース相手に手加減をしろとは言えない。今この場で何よりも守らなければならないのは、人の命だ。
よろめいた女神像が、立ち直りながらカノンを殴り飛ばす。オニヒトの少女の小さな身体が、血飛沫を飛ばしながら錐揉み回転をする。
エルシーが叫んだ。
「カノンさん!」
「だ、大丈夫……でも、ないかなー」
墜落したカノンを背後に庇うエルシーに、女神像がずしりと踏み込み重く襲いかかる。重いが、鈍重ではない。
エルシーは身構え、迎え撃った。
「落ち着いて私。敵の動きを、よく見てね……」
呟きながら、回避の構えを取っている。
「むむ……何てよく出来た太股。二の腕も綺麗、胸も柔らかそう……石とは思えない」
石の繊手が、エルシーを張り倒していた。
カノンが叫ぶ。
「何やってんのエルシーちゃん!」
「見とれた……」
鼻血を噴いて倒れたエルシーを、護衛する形に、キリとナナンが飛び込んで来る。
「あの……大丈夫ですか?」
巨大な人参のようなものを振りかざしながら、キリがエルシーを気遣う。魔力膜で出来た、剣である。
「……キリが、防護に入った方が良かったですか?」
「いえ……今のは、私のドジです。キリさんは、他の子を守ってあげて下さい」
「守るのは……僕の使命……!」
アダムは立ち上がった。
ナナンは跳躍していた。
「ナナンだって守るもん!」
小さな全身に、気合が漲る。
自身と同じくらいの大きさの巨剣を、ナナンは女神像に叩き付けていた。気合いを叩き込む斬撃。
血飛沫のようなものが散った。石の粉塵。女神像の、どこかが砕けたのだ。
「エルトンちゃん、聞こえる!? ナナン壊すよお!」
着地しながら、ナナンは叫んだ。
おっかなびっくり工房を覗き込んでいるエルトンが、うなだれるように頷く。
キリが呟いた。
「壊す……しか、ないのよね。やっぱり……」
人参のような剣の動きが、止まってしまう。
そこへ女神像が、剛力の細腕を叩き付けてゆく。
キリの盾となる形に、アダムは飛び込んだ。蒸気鎧をまとう全身が身軽に捻転し、重い一撃を受け流し、だが完全には受け流しきれずにグシャリと凹んで倒れ伏す。
「アダムさん……!」
倒れたアダムを飛び越える感じに、キリが跳んだ。
巨大な人参が、石のアクアディーネを叩きのめし吹っ飛ばす。
「ありがとう、だけど……無茶をしないで、アダムさん」
キリは着地した。
「人が大勢死ぬのは良くない……キリは、そう言いました。大勢じゃなくたって、1人だって駄目です」
少女の瞳が、赤く輝く。ここではない今ではない、いつかのどこかを見ている。アダムは、そう感じた。
「アダムさんに、もしもの事があったら……誰かが、きっと止められなくなります」
「何を……かな……?」
「復讐……!」
巨大な人参を構えながら、キリは小さな身体でアダムを庇っている。
この少女はずっと、ある1つの光景を見つめている。戦いの度に、それが脳裏に、視界の中に、蘇ってくるのだ。
「……キリさん…………」
それを捨てて、しっかりと前を見つめよう……などと、言葉に出して言える事ではなかった。
吹っ飛んで倒れた女神像が立ち上がり、工房の床を揺るがしながら踏み込んで来る。キリもアダムも、まとめて踏み潰す勢いだ。
「させないよぉ!」
その進行方向に、ナナンが立ち塞がる。
彼女の眼前に、しかしすでにナイトオウルがいた。
暗黒色の甲冑をまとう身体が、激しくへし曲がって血飛沫を噴く。女神像の重い一撃。
わけのわからぬ絶叫が響き渡った。人間の声ではない、とアダムは感じた。
人とも思えぬ悦楽の悲鳴を上げながら、ナイトオウルが血まみれで立ち上がる。女神像に向かって、剣を振り上げる。
その剣を叩き込む事が出来ぬまま、ナイトオウルがまたしても絶叫を迸らせた。
女神に刃を向ける事は出来ない。そう叫んでいるように、アダムには聞こえた。
泣き叫ぶナイトオウルを、石のアクアディーネが掴んで床に叩き付け、ガスガスと踏みにじり蹴り転がす。
凹み、ひしゃげ、へし曲がりながら、ナイトオウルは工房の床に鮮血をぶちまけた。
鮮血ではない、何やら目に見えぬものも溢れ出していた。
「な……何だ、これは!」
目に見えぬ何かに包まれ、まとわりつかれながら、アダムは悲鳴に近い声を発していた。
体内で、激痛が蠢き暴れる。破損した身体が麻酔もなく無理矢理に修理されてゆく、その痛みだ。
「これは……ハーベストレイン……?」
キリが息を呑む。
ハーベストレインによる治療を受けながら、カノンがよろよろと立ち上がる。
「アクアディーネ様に、ぶちのめされて……何かいろいろ溢れ出しちゃったみたいだねえ。ナイト兄さん」
ハーベストレイン。治療の術式である。
だがアダムには、潰れ転がるナイトオウルの全身から押し出され溢れ出した生命力が、飛び散って自分たちに貼り付いて回復をもたらしている、としか感じられなかった。
同じ事を、カノンも感じているようである。
「うん。正直言ってキモいけど、ここは恩恵に与っておこうよ」
「ナイトオウルちゃん死んじゃうよぉ!」
「平気ですナナンさん。この人の術式はね、いつもこんな感じ……まったく、アクアディーネ様の形をしてるだけで本当に攻撃出来なくなるなんて!」
術式治療を得たエルシーが、立ち上がり猛然と踏み込んで行く。
「何の役にも立たなかったら後でシメてやろうと思いましたけど、まあこれならいいでしょう。私も行きます! エルシー・パンチ! エルシー・ナックル! エルシー・ブロー! エルシー正中線四連突き!」
ナイトオウルを踏み潰していた女神像が、後方によろめきながら、全身に亀裂を走らせた。
●
全身からシューッ……と蒸気を噴射しながら、アダムが残心する。右掌が、まだ熱を持っている。
女神像に、とどめの一撃を叩き込んだところである。
「すまない、エルトン氏……貴方の女神を、破壊してしまった」
石のアクアディーネが、崩落してゆく。
それを見つめながら、エルトンは言った。
「……面倒をかけて申し訳ない。僕は大丈夫。まだ、いくらでもアクアディーネを作る事が出来るさ」
「出来れば、で良い……」
ナイトオウルが、血まみれの顔でニコニコ微笑みながら、エルトンの肩を掴む。
「アクアディーネ様、とお呼びしては下さいませんか」
「ひっ……」
「どうどう、ナイトオウルちゃん。怪我してるんだから」
ナナンが、さりげなく両者を引き離す。
怯えるエルトンに、アダムは微笑みかけた。
「貴方には頑張って欲しい、と思うよ。アクアディーネ様の胸部の大きさなら今度、僕が御本人に聞いておくから」
「……やめなさい」
「アダムお兄さんまで、神殿出禁になっちゃうから」
エルシーが、続いてカノンが言った。
キリも、それに同調した。
「アダムさんは良い人ですけど……そういう所、良くないと思います」
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
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