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アマノホカリのおもてなし

●神様からのおもてなし
「蒼き水の国に住まうともがらを、もてなさねばなるまいて」
アマノホカリ国、西の中枢たる梗都にて、神アマノホカリは朝廷の重臣達にそう告げる。
先日、イ・ラプセルの自由騎士達と会談を終えたばかりの神は、己の長い耳を手でクシクシいじりながら、さらに言葉を続けた。
「立場で言えば我らは助けられる側。遠路はるばる西の果てより呼び寄せておきながら、何もないのでは朝廷の沽券に関わると思うが、どうか?」
いきなりといえばいきなりな話だが、当然といえば当然の話でもある。
重臣達がざわつく中、やはりというべきか、まず意見したのは関白を担う真比呂だった。
「アマノホカリ様の申したきこと、誠に御尤も。遠き国よりお呼びした客人に礼を尽くすは、我が天津朝廷にとっても誉でありましょう。しかしながら――」
「うむ、みなまで言う必要はないぞ、真比呂よ」
続けようとする真比呂を、アマノホカリがやんわり遮る。
「大々的にもてなすだけの余力すら、今の朝廷には残されておらぬというのであろう?」
「然様にてございます」
神の指摘に、真比呂はごまかすことなくうなずいた。
「かの客人方をもてなすことに異論はございませんが、規模を考えなければなりますまい。あまり多人数を対象とすることはできないかと」
「然り。さらに言えば、もてなしの内容についても派手なことはできぬであろうな」
神アマノホカリ、ここでフゥと小さくため息。
「……夏だな」
全てが木と土で作られた、梗都御所。
少し視線をそらせば、そこからは威勢よく鳴き声を響かせる蝉が止まっている木。
御所の程近くには、それなりに大きな森がある。
「…………ふむ」
「まさか、客人のもてなしに虫取り、などとは言いますまいな?」
ギクッ。
アマノホカリの身が震える。
「ん? そ、そんなことは考えておらぬぞ……? ぞ……」
「考えていたのですね」
真比呂の視線がどこか冷たい。
「いや、しかしな? そのな? 考えてみよ? やはりお客人方にはこのアマノホカリを在るがままに感じてもらうべきではないか? と考えるとな? こう、アマノホカリの四季を体験してもらうのが最善ではないかと余は思うのだ。それにな、何よりな……」
早口になる神の言葉を聞きながら、真比呂は真顔のまま「何より?」と先を促す。
「余が虫取りしたい!」
「お客人へのもてなしに関する儀を話しておりますが?」
「うぐー!」
いたって当然すぎる真比呂の言葉に、アマノホカリは唇を尖らせて唸った。
「いいの! 余が直々に客人をもてなすの! 森で虫取りしてもてなすのー!」
そしてこの癇癪である。
「……全く」
深々とため息をついて、真比呂は他の重臣達に目をやった。
「各々方、我が神アマノホカリ様は斯様に申しておりまするが、ご意見はありや?」
「関白殿下。我らが何か申し上げたとして、神にそれを受け入れていただけましょうや?」
「…………」
沈黙。関白殿下、圧倒的沈黙!
そこに、別の重臣が言う。
「神自らがもてなすというのは、現状我らができる中では最高のもてなしでは?」
「実際その通りであるから困っているのではありませんか……」
真比呂の声は、それはそれは苦々しいものだった。
「然らば、そうなさるがよろしいかと。……そう、お食事なども出した上で」
「うむ、そうであるな。余自らが客人をもてなし、アマノホカリの夏を味わってもらう。これに勝るもてなしはできまいて。うむうむ、そうしよう、そうしよう」
一転、パンと手を打つアマノホカリに真比呂が問う。
「で、本音は?」
「クワガタつかまえたい!」
直後に関白殿下が盛大にため息をついたのは、残念ながら当然かなって。
「蒼き水の国に住まうともがらを、もてなさねばなるまいて」
アマノホカリ国、西の中枢たる梗都にて、神アマノホカリは朝廷の重臣達にそう告げる。
先日、イ・ラプセルの自由騎士達と会談を終えたばかりの神は、己の長い耳を手でクシクシいじりながら、さらに言葉を続けた。
「立場で言えば我らは助けられる側。遠路はるばる西の果てより呼び寄せておきながら、何もないのでは朝廷の沽券に関わると思うが、どうか?」
いきなりといえばいきなりな話だが、当然といえば当然の話でもある。
重臣達がざわつく中、やはりというべきか、まず意見したのは関白を担う真比呂だった。
「アマノホカリ様の申したきこと、誠に御尤も。遠き国よりお呼びした客人に礼を尽くすは、我が天津朝廷にとっても誉でありましょう。しかしながら――」
「うむ、みなまで言う必要はないぞ、真比呂よ」
続けようとする真比呂を、アマノホカリがやんわり遮る。
「大々的にもてなすだけの余力すら、今の朝廷には残されておらぬというのであろう?」
「然様にてございます」
神の指摘に、真比呂はごまかすことなくうなずいた。
「かの客人方をもてなすことに異論はございませんが、規模を考えなければなりますまい。あまり多人数を対象とすることはできないかと」
「然り。さらに言えば、もてなしの内容についても派手なことはできぬであろうな」
神アマノホカリ、ここでフゥと小さくため息。
「……夏だな」
全てが木と土で作られた、梗都御所。
少し視線をそらせば、そこからは威勢よく鳴き声を響かせる蝉が止まっている木。
御所の程近くには、それなりに大きな森がある。
「…………ふむ」
「まさか、客人のもてなしに虫取り、などとは言いますまいな?」
ギクッ。
アマノホカリの身が震える。
「ん? そ、そんなことは考えておらぬぞ……? ぞ……」
「考えていたのですね」
真比呂の視線がどこか冷たい。
「いや、しかしな? そのな? 考えてみよ? やはりお客人方にはこのアマノホカリを在るがままに感じてもらうべきではないか? と考えるとな? こう、アマノホカリの四季を体験してもらうのが最善ではないかと余は思うのだ。それにな、何よりな……」
早口になる神の言葉を聞きながら、真比呂は真顔のまま「何より?」と先を促す。
「余が虫取りしたい!」
「お客人へのもてなしに関する儀を話しておりますが?」
「うぐー!」
いたって当然すぎる真比呂の言葉に、アマノホカリは唇を尖らせて唸った。
「いいの! 余が直々に客人をもてなすの! 森で虫取りしてもてなすのー!」
そしてこの癇癪である。
「……全く」
深々とため息をついて、真比呂は他の重臣達に目をやった。
「各々方、我が神アマノホカリ様は斯様に申しておりまするが、ご意見はありや?」
「関白殿下。我らが何か申し上げたとして、神にそれを受け入れていただけましょうや?」
「…………」
沈黙。関白殿下、圧倒的沈黙!
そこに、別の重臣が言う。
「神自らがもてなすというのは、現状我らができる中では最高のもてなしでは?」
「実際その通りであるから困っているのではありませんか……」
真比呂の声は、それはそれは苦々しいものだった。
「然らば、そうなさるがよろしいかと。……そう、お食事なども出した上で」
「うむ、そうであるな。余自らが客人をもてなし、アマノホカリの夏を味わってもらう。これに勝るもてなしはできまいて。うむうむ、そうしよう、そうしよう」
一転、パンと手を打つアマノホカリに真比呂が問う。
「で、本音は?」
「クワガタつかまえたい!」
直後に関白殿下が盛大にため息をついたのは、残念ながら当然かなって。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.アマノホカリと一緒に朝の森で虫取りする
おもてなしとは何だったのか。吾語です。
アマノホカリ実体験シリーズ。別にシリーズシナリオじゃないけど。
内容は簡単、夏の梗都で虫取りしよーぜ! 神様と一緒にな!
本来であればもっと多人数を相手にもてなすところではありますが、
内容が内容だけに、今回はお試しということで少人数が対象となります。
という建前。
リプレイは早朝開始となりますが、前夜くらいからの事前準備はOKとします。
お昼ごろになったら朝廷の人達から昼食をいただけますので、
どんなメニューが食べたいか、プレイング中に明記すれば参考にします。
虫取りをするのは梗都御所の隣に茂っている結構大きな森となります。
真夏ですけど、それなりにひんやり涼しいです。
ではでは、アマノホカリちゃんと遊ぼうのコーナー、開始です。
アマノホカリ実体験シリーズ。別にシリーズシナリオじゃないけど。
内容は簡単、夏の梗都で虫取りしよーぜ! 神様と一緒にな!
本来であればもっと多人数を相手にもてなすところではありますが、
内容が内容だけに、今回はお試しということで少人数が対象となります。
という建前。
リプレイは早朝開始となりますが、前夜くらいからの事前準備はOKとします。
お昼ごろになったら朝廷の人達から昼食をいただけますので、
どんなメニューが食べたいか、プレイング中に明記すれば参考にします。
虫取りをするのは梗都御所の隣に茂っている結構大きな森となります。
真夏ですけど、それなりにひんやり涼しいです。
ではでは、アマノホカリちゃんと遊ぼうのコーナー、開始です。

状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
1個
1個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年08月25日
2020年08月25日
†メイン参加者 8人†
●あれ、これっておもてなしだよね?
前夜のことである。
「どうして俺達が準備をしてるのか。これがわからない」
辺りが真っ暗な森の中、『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)はそんなことを呟く。なお、当然ながらこの場に神アマノホカリはいない。
「何がそんなに不思議なのだ?」
それなりに大きな木に登って、虫取りの罠を仕掛けている『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)が、ウェルスに問う。
「何が、じゃなくてよ。確か、俺らがもてなしを受ける側だよな?」
「えー、そーだよー。それがどうしたのー?」
近くで木の幹に薄めた蜜を塗りたくりながら、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)がウェルスに逆にそれを尋ねた。
「いやいやいやいや、何でもてなされる側が準備してるの? おかしくね?」
ウェルスの言っていること、それ自体は実にごもっともな意見であったといえる。
しかし、
「仕方がないだろうが。虫取りだぞ。事前の準備がモノをいう」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)の言葉が、全ての答えであった。
「……言う割に、ツボミは準備に加わってないよな」
「準備のための準備を何もしてきてないからな!」
威風堂々、腕を組んでツボミはガハハと快活に笑う。
「じゃあ何でここにいるの?」
「貴様らが虫に食われないようにだろうが。夏の森をナメるなよ?」
首をかしげるウェルスに、ツボミは言って磨り潰した薬草を渡す。結構、匂いがきつい。
「うわ、くさ……」
「草だけにってか? ……ウェルス」
「俺が言ったことになるのかよ、それ!?」
哀れみのまなざしを向けられて、さすがにウェルスは溜まらず反論した。
そこに、高所に蜜を塗っていた『水銀を伝えし者』リュリュ・ロジェ(CL3000117)が降り立ち、ふぅ、と小さく息をつく。
「地味に疲れるな、この作業は」
「おう、お疲れ。肌は晒していないようだな」
話しかけたツボミが、ロジェの服装を確認してウムとうなずく。
「さすがに、進んで虫に食われたいとも思わないしな。それに――」
ロジェが周りを見る。
「ここは、思っていたよりも涼しい。夏だから空気は濡れているが、気温は低いな」
森の中だから、というのもあるのだろうがアマノホカリの気候がそうしたものであるというのもまた大きな理由であろう。
少し離れた場所で、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が連なる木々を見上げて、軽く微笑んでいた。
「元気そうで何よりです」
ヨウセイとして、シャンバラの森の中で過ごしていた彼女は、異邦の森の中で静かに故郷の姿を思い返していた。場は違えど、自分が生まれた森を思わせる何かがあった。
一方、森の外。
「まだ明日のことなのに、みんな元気だね」
事前準備に少々加わった程度で、今は外から森の中を眺めている『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、隣に立っている『宝探しガチ勢』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)に話しかける。
「皆さん、童心に帰りたいのでしょう。こういう機会はなかなかありませんし」
アンジェリカはクスリと笑った。
「それで、さっきまでどちらに?」
少し前まで席を外していたマグノリアに、彼女は問う。
「……ん、ちょっとね」
それだけ言って、マグノリアは曖昧に笑って濁した。
やがて準備は終わって当日の朝がやってくる。
神と過ごす夏の一日の始まりは、けたたましい蝉の声によって告げられるのだった。
●虫を捕れ、おもてなしのために
「よくぞ参られた、蒼き水の国のお客人方よ」
朝、梗都御所外輪にある、それなりに大きな森の中。
神アマノホカリは、集まった自由騎士達を前にして軽く頭を下げる。
「本日もまた暑く、見上げれば青き空に入道雲。実に、夏よのう」
アマノホカリがにこりと笑う。その笑みは存外、人懐っこい。
そして、神が言う通りに、その日はまさに真夏と呼ぶにふさわしい日であった。
流れる風に木々のざわめき。自由騎士の耳を打つ蝉の声は咲き誇る生命の力に溢れている。空がどこまでも広く、青く、神が口にした入道雲が空の果てにそそり立つ。
それでもここは森の中。少々の青臭さを対価に、降り注ぐ日差しは生い茂る葉が全て受け止め、往来とは比べるべくもないほどに空気は涼しく過ごしやすい。
「されば余のもてなし、その心にしっかりと留めるがよいぞ!」
なお、森の中にわなを仕掛けたのはもてなされる側の模様。
「これを肌に擦りつけろ。一日くらいは効果が続くぞ」
まずはツボミが全員に虫よけのハーブを渡した。
「よく揉んでから擦りつけろよ」
「……くさい」
神アマノホカリが思わずつぶやく。
「当たり前だろう。その匂いが薬効成分の濃さの証だからな」
「なぁ、俺のときと全然リアクション違うんだが?」
にやにや笑っているツボミへ、ウェルスが不満げに告げる。
「何だ、文句でもあるのか、森のくまさん」
「いや別に~? 文句なんて……、いや、文句。文句なぁ……」
ウェルスがいきなり考えこみはじめる。
「何だ、言いたいことがあるなら言え」
「いや、神自らのもてなしってことだが……」
「うむ。余手ずからのもてなしであるからして、しかとお楽しみあれ!」
胸を張るアマノホカリに、だがウェルスはどこか難しそうな顔を浮かべる。
「いや、もてなしが虫取りってなぁ……」
「貴様なぁ……」
それを言うウェルスに、ツボミが諫めかけるが――、
「あ。カブトムシを見つけましたー!」
少し離れた場所から響く、ティルダの声。
「何ッ!? カブトムシだと! あっちか! 今行くぞー!」
そしてウェルスは走り去っていった。
「……全力で楽しんでいるようで何よりだ」
その言葉とは裏腹に、ツボミは完全に呆れ顔だった。
森の片隅の木の幹で、割と珍しい種類の蝉が鳴いている。
茂みの中に、それを狙う影一つ。
本日は巨大な得物を頂戴な虫取り網に変えて、アンジェリカが息をひそめていた。
わざわざ今日のために音を消す技まで持ち出して、彼女は気配を殺している。
近くには、アンジェリカをサポートする衛生兵。
各所に配置された彼らが、アンジェリカへと合図を送る。
「――七時の方向、距離0020。高さ060であります、ヴァレンタイン卿」
「よろしい。一分後に動きます。総員、時計、合わせ」
「「「時計、合わせ」」」
「よろしい。カウントダウンを開始してください」
「カウントダウン、開始。30、29、28、27――」
――ガチであった。
「05、04、03、02――」
「行動開始!」
そして、アンジェリカの号令によって衛生兵が一斉に動き出した。
三人が木の幹でスクラムを組み、その上に二人が乗って、さらにその上にまた一人。
即席の人間階段の完成である。
そして出来上がった踏み台に、アンジェリカが突進する。
「はぁ!」
魔剣士の秘奥とも呼ぶべき身体強化によって一気に能力を上昇。
人間階段を瞬く間に登り切って跳躍。彼女は、鋭い呼気と共に虫取り網を振るう。
「ちぇすとォォォォォォォォ――――!」
次の瞬間、蝉は網の中にいた。
「お美事!」
「お美事でございます!」
拍手喝采を送る衛生兵に、アンジェリカは小さく笑みを浮かべた。
「……次に行きましょう」
彼女の虫取り道は、始まったばかりだ!
別所、カノンが木の上から手を振る。
「落とすよー! いーかなー!」
「うむ、大丈夫だ」
下にいるヨツカがうなずくのを見て、カノンが木に設置した罠を落とす。
ヨツカがそれを軽く受け止め、地面に下ろしているところにアマノホカリがやってきた。
「むむ、これは何であろうか?」
「虫を取るための罠だ。昨晩、あー……、何か仕掛けられていた」
前日のことを知らないらしい神を前に、ヨツカは何とも分かりやすい誤魔化し方をする。
「ほぉ! 仕掛けがあったと! 不思議なこともあるものよな!」
そしてアマノホカリは疑うことを知らなかった。
罠は、ゴザに蜜を塗った簡単なものだ。それでも、表面には虫がわんさかたかっていた。
「これは……!」
アマノホカリが目を瞠る。ヨツカと、そして降り立ったカノンが笑みを浮かべる。
そこには、金属の光沢を見せるカナブンをはじめ、カミキリムシやカブトムシがどっちゃりと集まっていたのだ。子供が喜ぶ夏の虫博覧会の様相である。
「……わぁ」
喜色満面なアマノホカリだが、それを微笑ましく見守るカノンとヨツカに気づき、すぐに咳払いして二人の方へと向き直った。
「う、うむ。楽しんでおられるようで余も喜ばしいぞ、お客人よ」
「ねぇねぇ、木登りしようよ!」
「えっ!?」
何とか取り繕ったアマノホカリであったが、突然のカノンの提案に驚きの声をあげる。
「……ふむ、それも楽しげではあるが、どうだろうか?」
ヨツカも賛同し、全ての判断は神に委ねられた。
「あ、えーと……。で、では、少しだけ……」
三回落ちて、四回目でやっと成功したとのことである。
「……随分と泥だらけのようだが?」
やってきたアマノホカリの姿を見て、ロジェは首をかしげた。
「気にせずともよい。地に身を転がすもまた乙なものよ」
木に登ろうとして落ちたからとは言えず、アマノホカリはそんな風にごまかした。
「ああ、木に登ろうとして落ちたのか」
「へうっ」
だがバレてた。
「あ、あの、アマノホカリ様……、あまり危ないことはなさるべきでは……」
「む、むむ。そ、そうであるな。ご忠告、痛み入るぞ。お客人」
やってきたティルダにも言われてしまい、アマノホカリが軽く頭を下げる。
すると恐縮してしまうティルダを見て、ロジェが軽く言う。
「まぁまぁ、これから気を付ければいいことだろう」
「うむ、確かにその通りよな。して、そなたらはここで何を?」
「私が樹上に設置した罠を下ろそうと思っていたところだ」
「ほぉ、ここでも罠を!」
「…………」
興味を持った様子のアマノホカリを、ティルダがジッと眺めて、
「あの、ロジェさん」
「ん? どうかしたか?」
「アマノホカリ様を抱えて飛ぶことはできませんか?」
「ほぇっ!?」
彼女の提案に、アマノホカリが変な声を出した。
「見れば、アマノホカリ様は木の上に興味がおありのようですし。……その、木を登ろうとしてまた落ちたら大変ですし。いかがでしょうか?」
「ふむ、できなくはなさそうだが――」
ロジェも割と小柄なアマノホカリを見て、しばし考える。
「待て待て、本日は余がそなたらをもてなす儀ぞ! なのに余がそなたらに世話をかけてはそれこそ本末転倒というものであろう!?」
「でも、木の上の罠、自分でとってみたくありませんか?」
「とってみたいぞ!」
神は素直だった。
「よし、まぁ何とかなるだろう。抱えるので、あまり動かないように」
そしてロジェがアマノホカリを抱えて空へ舞う。その間、神はキャッキャしていた。
●アマノホカリの夏の飯
昼時である。
アマノホカリと自由騎士は、一旦梗都御所へと戻ってきた。
「真比呂、昼餉の準備は済んでおるな?」
「はい、抜かりなく」
御所門前で待っていた真比呂の案内を受けて、一同は建物内ではなく庭に通される。
そして、そこにあるモノを目の当たりにした自由騎士達は驚いた。
「ほぉ! 流しそうめんか!」
半ばから割られた竹を組み合わせて道として、そこにチョロチョロと清水が流れている。
ツボミの言葉通り、それは一見して流しそうめんとわかった。
「皆様の要望がほぼ麺類でしたので、このようにさせていただきました」
「おお、いいじゃねぇか! 見た目にも涼しいぜ、これ!」
言う真比呂に、ウェルスも満足そうにうなずく。
「つゆもこちらに用意してございます」
御所の縁側、日陰になっているそこにつゆが入った人数分の器と箸が置かれていた。
「わぁ、綺麗な器……」
つゆが注がれた器は、色ガラスを用いたものだった。
表面に花と蔓の模様が彫られた器を日向にかざすと、器の模様が影にも表れる。
チリリンと、耳に涼しい音が聞こえた。風鈴の音色だろう。
「さ、流しますぞ」
真比呂他、朝廷の者が竹の道にそうめんを流し始める。
「そうめんの他、ご所望のそばとうどんも用意しておりますれば」
「アマノホカリのパスタたるうどん! ついにこのときは来てしまいましたか……!」
イ・ラプセルが誇る空飛ぶパスタシスター、アンジェリカが決意と共に箸をとる。
そして、流されてきたうどんを掬い、つゆにつけて啜った。
「こ、これは……!」
アンジェリカの瞳が、カッと見開かれた。
「こんなにも太いのにするりと口の中に入ってくる。それに、表面は柔らかく、そのクセシコシコしていて噛めば瑞々しい弾力を返してくる。……これが、コシ! さらに、もちもちとした食感はパスタとはまるで違うもの。それでも、この舌に感じる重量感、飲み込んだ際の爽やかなまでののどごしはどうだ……。冷たいままでも十分美味しいけれど、これはアツアツのつゆの中に浸しても十分以上に味わうことができると見ました。パスタと同じ小麦粉の麺なのに、これほどの差異が……。一体、これは!?」
「うどんだよ」
熱っぽく感想を語るアンジェリカに、ツボミが至極真っ当なツッコミを入れた。
「おそばも美味しいねー!」
流れてきたそばを箸で掬って食べて、カノンが舌鼓を打つ。
「あたたかいそばも用意しておりますが?」
「食べるー!」
真比呂に言われて、カノンは遠慮なくそれを頼む。
啜るそばに、彼女はふと母親との日々を思い出した。そのためか、満面の笑顔なのに瞳にかすかに光るもの。気づいて慌ててぬぐって、カノンは再びそばを啜った。
「……こいつは、アマノホカリじゃ普通に食われてるものなのかい?」
「うむ、余も日頃より好んでおるぞ」
神に説明を受けて、ウェルスがそばを啜る。
カノンと同じく、熱い汁に浸してもらったそばは、なるほど趣深い味がする。
「ふぅん、こりゃいいな。汁の色が薄めだがしっかり味がついてやがる」
「東の方ではつゆが黒に近いほど濃いと聞く」
そば、うどんにおける東西のつゆの濃さの違い。それはもはや、一つの文化であった。
「ほほぉ、この味わい。なかなかいいじゃないか!」
とっくりからお猪口に注いだ冷酒を一口。ツボミが歓喜の声をあげる。
「うん、美味しいね」
向かい側に座るマグノリアも、満足いく味であるようだった。
「え、お酒も用意してもらったんですか?」
そうめんを堪能していたティルダが、二人に気づいて尋ねてきた。
「おうとも。呑んでいいヤツ全員に呑ませる分を出せと言ったぞ」
「それはまた、豪快な……」
ツボミの返答に、ティルダが軽く苦笑する。
「いいだろうが、どうせこれが終わったらまたストレスフルな戦争の時間だ。解消できるところで多少なりともストレスをなくさねば、毛根が死に果てるぞ」
ツボミの言葉を聞きながら、ティルダはふとアマノホカリの方を見る。
「第一回ー! 虫相撲トーナメントー!」
「「イェェェェェェェイ!」」
「い、いえーい」
そちらでは、ウェルスとカノンが主催している「捕まえた虫でお相撲しようぜ大会」が開催されていた。ちなみにアマノホカリの愛虫は、オオクワガタである。
「オイ、待て! 私を仲間外れにするな! 私のカブトムシを見せびらかしてやる!」
虫相撲トーナメントに気づいたツボミが、自分が捕まえた虫を掴んで突撃していった。
「スイカを切り分けた。合間にでも食べてくれ」
「「ひゃっほう、スイカだ――――ッ!」」
そこに切ったスイカを盆に載せてヨツカがやってきて、虫相撲そっちのけで皆が彼の方へと殺到する。まるで気に塗られた蜜に集まる虫の如くである。
「皆さん、楽しんでいらっしゃいますね」
「ん、そうだね」
微笑むティルダにうなずいて、マグノリアはそっと視線を流す。
その先には、真比呂の姿があった。
●真夏の夜に
その日の夜、自由騎士は梗都御所に泊まっていた。
皆が寝静まった深夜、森の中に二つの人影。
「話とは、何でしょうかな」
呼び出された方、吉備真比呂は前に立つ人物にそれを問うた。
「――神様って、あんなに子供っぽかったんだね」
それを言ったのは、マグノリアであった。
真比呂を呼び出したのもマグノリア。目の前の関白に対して、もう一つ言葉を重ねる。
「最初に会ったときは、何ていうか、もっと奥ゆかしい性格に見えたんだけど」
「それで?」
「いや、別に。ただ――、僕から見ると少し、性格の乖離が激しく見えたというだけさ」
「…………」
真比呂は、何も答えない。
「その沈黙は、否定と受け取るには少し無理があるけど?」
「――お客人」
真比呂がハァ、と息をつく。
「そちらが我が方を疑うのも無理からぬこと。……されど、わざわざ助け舟を出してくれた相手を謀るような真似を、どうして窮状にある我らがしでかすというのか」
「それはもちろんわかってるさ。ただ、ね……」
「ただ、何だというのですかな?」
真比呂が、マグノリアをまっすぐ睨みつける。
「……ごめんね。話はこれだけだよ。僕も朝廷がこっちを裏切るなんて思ってないよ」
それだけ言って軽く頭を下げ、マグノリアは森を去っていった。
一人残された真比呂は、木々の間に見える月を眺め、静かな声で呟いた。
「あまり時は残されていないようだな。……マキナよ」
前夜のことである。
「どうして俺達が準備をしてるのか。これがわからない」
辺りが真っ暗な森の中、『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)はそんなことを呟く。なお、当然ながらこの場に神アマノホカリはいない。
「何がそんなに不思議なのだ?」
それなりに大きな木に登って、虫取りの罠を仕掛けている『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)が、ウェルスに問う。
「何が、じゃなくてよ。確か、俺らがもてなしを受ける側だよな?」
「えー、そーだよー。それがどうしたのー?」
近くで木の幹に薄めた蜜を塗りたくりながら、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)がウェルスに逆にそれを尋ねた。
「いやいやいやいや、何でもてなされる側が準備してるの? おかしくね?」
ウェルスの言っていること、それ自体は実にごもっともな意見であったといえる。
しかし、
「仕方がないだろうが。虫取りだぞ。事前の準備がモノをいう」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)の言葉が、全ての答えであった。
「……言う割に、ツボミは準備に加わってないよな」
「準備のための準備を何もしてきてないからな!」
威風堂々、腕を組んでツボミはガハハと快活に笑う。
「じゃあ何でここにいるの?」
「貴様らが虫に食われないようにだろうが。夏の森をナメるなよ?」
首をかしげるウェルスに、ツボミは言って磨り潰した薬草を渡す。結構、匂いがきつい。
「うわ、くさ……」
「草だけにってか? ……ウェルス」
「俺が言ったことになるのかよ、それ!?」
哀れみのまなざしを向けられて、さすがにウェルスは溜まらず反論した。
そこに、高所に蜜を塗っていた『水銀を伝えし者』リュリュ・ロジェ(CL3000117)が降り立ち、ふぅ、と小さく息をつく。
「地味に疲れるな、この作業は」
「おう、お疲れ。肌は晒していないようだな」
話しかけたツボミが、ロジェの服装を確認してウムとうなずく。
「さすがに、進んで虫に食われたいとも思わないしな。それに――」
ロジェが周りを見る。
「ここは、思っていたよりも涼しい。夏だから空気は濡れているが、気温は低いな」
森の中だから、というのもあるのだろうがアマノホカリの気候がそうしたものであるというのもまた大きな理由であろう。
少し離れた場所で、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が連なる木々を見上げて、軽く微笑んでいた。
「元気そうで何よりです」
ヨウセイとして、シャンバラの森の中で過ごしていた彼女は、異邦の森の中で静かに故郷の姿を思い返していた。場は違えど、自分が生まれた森を思わせる何かがあった。
一方、森の外。
「まだ明日のことなのに、みんな元気だね」
事前準備に少々加わった程度で、今は外から森の中を眺めている『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、隣に立っている『宝探しガチ勢』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)に話しかける。
「皆さん、童心に帰りたいのでしょう。こういう機会はなかなかありませんし」
アンジェリカはクスリと笑った。
「それで、さっきまでどちらに?」
少し前まで席を外していたマグノリアに、彼女は問う。
「……ん、ちょっとね」
それだけ言って、マグノリアは曖昧に笑って濁した。
やがて準備は終わって当日の朝がやってくる。
神と過ごす夏の一日の始まりは、けたたましい蝉の声によって告げられるのだった。
●虫を捕れ、おもてなしのために
「よくぞ参られた、蒼き水の国のお客人方よ」
朝、梗都御所外輪にある、それなりに大きな森の中。
神アマノホカリは、集まった自由騎士達を前にして軽く頭を下げる。
「本日もまた暑く、見上げれば青き空に入道雲。実に、夏よのう」
アマノホカリがにこりと笑う。その笑みは存外、人懐っこい。
そして、神が言う通りに、その日はまさに真夏と呼ぶにふさわしい日であった。
流れる風に木々のざわめき。自由騎士の耳を打つ蝉の声は咲き誇る生命の力に溢れている。空がどこまでも広く、青く、神が口にした入道雲が空の果てにそそり立つ。
それでもここは森の中。少々の青臭さを対価に、降り注ぐ日差しは生い茂る葉が全て受け止め、往来とは比べるべくもないほどに空気は涼しく過ごしやすい。
「されば余のもてなし、その心にしっかりと留めるがよいぞ!」
なお、森の中にわなを仕掛けたのはもてなされる側の模様。
「これを肌に擦りつけろ。一日くらいは効果が続くぞ」
まずはツボミが全員に虫よけのハーブを渡した。
「よく揉んでから擦りつけろよ」
「……くさい」
神アマノホカリが思わずつぶやく。
「当たり前だろう。その匂いが薬効成分の濃さの証だからな」
「なぁ、俺のときと全然リアクション違うんだが?」
にやにや笑っているツボミへ、ウェルスが不満げに告げる。
「何だ、文句でもあるのか、森のくまさん」
「いや別に~? 文句なんて……、いや、文句。文句なぁ……」
ウェルスがいきなり考えこみはじめる。
「何だ、言いたいことがあるなら言え」
「いや、神自らのもてなしってことだが……」
「うむ。余手ずからのもてなしであるからして、しかとお楽しみあれ!」
胸を張るアマノホカリに、だがウェルスはどこか難しそうな顔を浮かべる。
「いや、もてなしが虫取りってなぁ……」
「貴様なぁ……」
それを言うウェルスに、ツボミが諫めかけるが――、
「あ。カブトムシを見つけましたー!」
少し離れた場所から響く、ティルダの声。
「何ッ!? カブトムシだと! あっちか! 今行くぞー!」
そしてウェルスは走り去っていった。
「……全力で楽しんでいるようで何よりだ」
その言葉とは裏腹に、ツボミは完全に呆れ顔だった。
森の片隅の木の幹で、割と珍しい種類の蝉が鳴いている。
茂みの中に、それを狙う影一つ。
本日は巨大な得物を頂戴な虫取り網に変えて、アンジェリカが息をひそめていた。
わざわざ今日のために音を消す技まで持ち出して、彼女は気配を殺している。
近くには、アンジェリカをサポートする衛生兵。
各所に配置された彼らが、アンジェリカへと合図を送る。
「――七時の方向、距離0020。高さ060であります、ヴァレンタイン卿」
「よろしい。一分後に動きます。総員、時計、合わせ」
「「「時計、合わせ」」」
「よろしい。カウントダウンを開始してください」
「カウントダウン、開始。30、29、28、27――」
――ガチであった。
「05、04、03、02――」
「行動開始!」
そして、アンジェリカの号令によって衛生兵が一斉に動き出した。
三人が木の幹でスクラムを組み、その上に二人が乗って、さらにその上にまた一人。
即席の人間階段の完成である。
そして出来上がった踏み台に、アンジェリカが突進する。
「はぁ!」
魔剣士の秘奥とも呼ぶべき身体強化によって一気に能力を上昇。
人間階段を瞬く間に登り切って跳躍。彼女は、鋭い呼気と共に虫取り網を振るう。
「ちぇすとォォォォォォォォ――――!」
次の瞬間、蝉は網の中にいた。
「お美事!」
「お美事でございます!」
拍手喝采を送る衛生兵に、アンジェリカは小さく笑みを浮かべた。
「……次に行きましょう」
彼女の虫取り道は、始まったばかりだ!
別所、カノンが木の上から手を振る。
「落とすよー! いーかなー!」
「うむ、大丈夫だ」
下にいるヨツカがうなずくのを見て、カノンが木に設置した罠を落とす。
ヨツカがそれを軽く受け止め、地面に下ろしているところにアマノホカリがやってきた。
「むむ、これは何であろうか?」
「虫を取るための罠だ。昨晩、あー……、何か仕掛けられていた」
前日のことを知らないらしい神を前に、ヨツカは何とも分かりやすい誤魔化し方をする。
「ほぉ! 仕掛けがあったと! 不思議なこともあるものよな!」
そしてアマノホカリは疑うことを知らなかった。
罠は、ゴザに蜜を塗った簡単なものだ。それでも、表面には虫がわんさかたかっていた。
「これは……!」
アマノホカリが目を瞠る。ヨツカと、そして降り立ったカノンが笑みを浮かべる。
そこには、金属の光沢を見せるカナブンをはじめ、カミキリムシやカブトムシがどっちゃりと集まっていたのだ。子供が喜ぶ夏の虫博覧会の様相である。
「……わぁ」
喜色満面なアマノホカリだが、それを微笑ましく見守るカノンとヨツカに気づき、すぐに咳払いして二人の方へと向き直った。
「う、うむ。楽しんでおられるようで余も喜ばしいぞ、お客人よ」
「ねぇねぇ、木登りしようよ!」
「えっ!?」
何とか取り繕ったアマノホカリであったが、突然のカノンの提案に驚きの声をあげる。
「……ふむ、それも楽しげではあるが、どうだろうか?」
ヨツカも賛同し、全ての判断は神に委ねられた。
「あ、えーと……。で、では、少しだけ……」
三回落ちて、四回目でやっと成功したとのことである。
「……随分と泥だらけのようだが?」
やってきたアマノホカリの姿を見て、ロジェは首をかしげた。
「気にせずともよい。地に身を転がすもまた乙なものよ」
木に登ろうとして落ちたからとは言えず、アマノホカリはそんな風にごまかした。
「ああ、木に登ろうとして落ちたのか」
「へうっ」
だがバレてた。
「あ、あの、アマノホカリ様……、あまり危ないことはなさるべきでは……」
「む、むむ。そ、そうであるな。ご忠告、痛み入るぞ。お客人」
やってきたティルダにも言われてしまい、アマノホカリが軽く頭を下げる。
すると恐縮してしまうティルダを見て、ロジェが軽く言う。
「まぁまぁ、これから気を付ければいいことだろう」
「うむ、確かにその通りよな。して、そなたらはここで何を?」
「私が樹上に設置した罠を下ろそうと思っていたところだ」
「ほぉ、ここでも罠を!」
「…………」
興味を持った様子のアマノホカリを、ティルダがジッと眺めて、
「あの、ロジェさん」
「ん? どうかしたか?」
「アマノホカリ様を抱えて飛ぶことはできませんか?」
「ほぇっ!?」
彼女の提案に、アマノホカリが変な声を出した。
「見れば、アマノホカリ様は木の上に興味がおありのようですし。……その、木を登ろうとしてまた落ちたら大変ですし。いかがでしょうか?」
「ふむ、できなくはなさそうだが――」
ロジェも割と小柄なアマノホカリを見て、しばし考える。
「待て待て、本日は余がそなたらをもてなす儀ぞ! なのに余がそなたらに世話をかけてはそれこそ本末転倒というものであろう!?」
「でも、木の上の罠、自分でとってみたくありませんか?」
「とってみたいぞ!」
神は素直だった。
「よし、まぁ何とかなるだろう。抱えるので、あまり動かないように」
そしてロジェがアマノホカリを抱えて空へ舞う。その間、神はキャッキャしていた。
●アマノホカリの夏の飯
昼時である。
アマノホカリと自由騎士は、一旦梗都御所へと戻ってきた。
「真比呂、昼餉の準備は済んでおるな?」
「はい、抜かりなく」
御所門前で待っていた真比呂の案内を受けて、一同は建物内ではなく庭に通される。
そして、そこにあるモノを目の当たりにした自由騎士達は驚いた。
「ほぉ! 流しそうめんか!」
半ばから割られた竹を組み合わせて道として、そこにチョロチョロと清水が流れている。
ツボミの言葉通り、それは一見して流しそうめんとわかった。
「皆様の要望がほぼ麺類でしたので、このようにさせていただきました」
「おお、いいじゃねぇか! 見た目にも涼しいぜ、これ!」
言う真比呂に、ウェルスも満足そうにうなずく。
「つゆもこちらに用意してございます」
御所の縁側、日陰になっているそこにつゆが入った人数分の器と箸が置かれていた。
「わぁ、綺麗な器……」
つゆが注がれた器は、色ガラスを用いたものだった。
表面に花と蔓の模様が彫られた器を日向にかざすと、器の模様が影にも表れる。
チリリンと、耳に涼しい音が聞こえた。風鈴の音色だろう。
「さ、流しますぞ」
真比呂他、朝廷の者が竹の道にそうめんを流し始める。
「そうめんの他、ご所望のそばとうどんも用意しておりますれば」
「アマノホカリのパスタたるうどん! ついにこのときは来てしまいましたか……!」
イ・ラプセルが誇る空飛ぶパスタシスター、アンジェリカが決意と共に箸をとる。
そして、流されてきたうどんを掬い、つゆにつけて啜った。
「こ、これは……!」
アンジェリカの瞳が、カッと見開かれた。
「こんなにも太いのにするりと口の中に入ってくる。それに、表面は柔らかく、そのクセシコシコしていて噛めば瑞々しい弾力を返してくる。……これが、コシ! さらに、もちもちとした食感はパスタとはまるで違うもの。それでも、この舌に感じる重量感、飲み込んだ際の爽やかなまでののどごしはどうだ……。冷たいままでも十分美味しいけれど、これはアツアツのつゆの中に浸しても十分以上に味わうことができると見ました。パスタと同じ小麦粉の麺なのに、これほどの差異が……。一体、これは!?」
「うどんだよ」
熱っぽく感想を語るアンジェリカに、ツボミが至極真っ当なツッコミを入れた。
「おそばも美味しいねー!」
流れてきたそばを箸で掬って食べて、カノンが舌鼓を打つ。
「あたたかいそばも用意しておりますが?」
「食べるー!」
真比呂に言われて、カノンは遠慮なくそれを頼む。
啜るそばに、彼女はふと母親との日々を思い出した。そのためか、満面の笑顔なのに瞳にかすかに光るもの。気づいて慌ててぬぐって、カノンは再びそばを啜った。
「……こいつは、アマノホカリじゃ普通に食われてるものなのかい?」
「うむ、余も日頃より好んでおるぞ」
神に説明を受けて、ウェルスがそばを啜る。
カノンと同じく、熱い汁に浸してもらったそばは、なるほど趣深い味がする。
「ふぅん、こりゃいいな。汁の色が薄めだがしっかり味がついてやがる」
「東の方ではつゆが黒に近いほど濃いと聞く」
そば、うどんにおける東西のつゆの濃さの違い。それはもはや、一つの文化であった。
「ほほぉ、この味わい。なかなかいいじゃないか!」
とっくりからお猪口に注いだ冷酒を一口。ツボミが歓喜の声をあげる。
「うん、美味しいね」
向かい側に座るマグノリアも、満足いく味であるようだった。
「え、お酒も用意してもらったんですか?」
そうめんを堪能していたティルダが、二人に気づいて尋ねてきた。
「おうとも。呑んでいいヤツ全員に呑ませる分を出せと言ったぞ」
「それはまた、豪快な……」
ツボミの返答に、ティルダが軽く苦笑する。
「いいだろうが、どうせこれが終わったらまたストレスフルな戦争の時間だ。解消できるところで多少なりともストレスをなくさねば、毛根が死に果てるぞ」
ツボミの言葉を聞きながら、ティルダはふとアマノホカリの方を見る。
「第一回ー! 虫相撲トーナメントー!」
「「イェェェェェェェイ!」」
「い、いえーい」
そちらでは、ウェルスとカノンが主催している「捕まえた虫でお相撲しようぜ大会」が開催されていた。ちなみにアマノホカリの愛虫は、オオクワガタである。
「オイ、待て! 私を仲間外れにするな! 私のカブトムシを見せびらかしてやる!」
虫相撲トーナメントに気づいたツボミが、自分が捕まえた虫を掴んで突撃していった。
「スイカを切り分けた。合間にでも食べてくれ」
「「ひゃっほう、スイカだ――――ッ!」」
そこに切ったスイカを盆に載せてヨツカがやってきて、虫相撲そっちのけで皆が彼の方へと殺到する。まるで気に塗られた蜜に集まる虫の如くである。
「皆さん、楽しんでいらっしゃいますね」
「ん、そうだね」
微笑むティルダにうなずいて、マグノリアはそっと視線を流す。
その先には、真比呂の姿があった。
●真夏の夜に
その日の夜、自由騎士は梗都御所に泊まっていた。
皆が寝静まった深夜、森の中に二つの人影。
「話とは、何でしょうかな」
呼び出された方、吉備真比呂は前に立つ人物にそれを問うた。
「――神様って、あんなに子供っぽかったんだね」
それを言ったのは、マグノリアであった。
真比呂を呼び出したのもマグノリア。目の前の関白に対して、もう一つ言葉を重ねる。
「最初に会ったときは、何ていうか、もっと奥ゆかしい性格に見えたんだけど」
「それで?」
「いや、別に。ただ――、僕から見ると少し、性格の乖離が激しく見えたというだけさ」
「…………」
真比呂は、何も答えない。
「その沈黙は、否定と受け取るには少し無理があるけど?」
「――お客人」
真比呂がハァ、と息をつく。
「そちらが我が方を疑うのも無理からぬこと。……されど、わざわざ助け舟を出してくれた相手を謀るような真似を、どうして窮状にある我らがしでかすというのか」
「それはもちろんわかってるさ。ただ、ね……」
「ただ、何だというのですかな?」
真比呂が、マグノリアをまっすぐ睨みつける。
「……ごめんね。話はこれだけだよ。僕も朝廷がこっちを裏切るなんて思ってないよ」
それだけ言って軽く頭を下げ、マグノリアは森を去っていった。
一人残された真比呂は、木々の間に見える月を眺め、静かな声で呟いた。
「あまり時は残されていないようだな。……マキナよ」
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
†あとがき†
お疲れさまでしたー。遊び倒しましたね!
ちなみに虫相撲トーナメントは実際にデータ作ってやりました!
まだまだ暑い盛りですが、熱中症には注意しましょう!
それではまた次のシナリオで!
ご参加いただきありがとうございました!
ちなみに虫相撲トーナメントは実際にデータ作ってやりました!
まだまだ暑い盛りですが、熱中症には注意しましょう!
それではまた次のシナリオで!
ご参加いただきありがとうございました!
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