MagiaSteam
遺児は蒸気騎士へと牙を剥く




「あ、マデリンお姉ちゃん!」
「マリィ、良い子にしてた?」
 駆け寄ってきたケモノビトの少女を抱き上げた女――マデリンに気付いた修道女はすぐに腰を上げ、頭を下げた。
「またいらしてくださったのですね。ありがとうございます」
「こんにちは、シスター。後でお話があるのだけれど……ちょ、ちょっと待って! みんな引っ張らないでちょうだい!」
 子供達に手を引かれ、マデリンは微笑んだ。亜人の子供達に囲まれて笑う彼女が元ヘルメリア人だとは、俄には信じがたい。
「ほら皆さん、ご迷惑をお掛けしてはいけませんよ。ところでマデリンさん、ヘルメリア島にお帰りになられたのでは……?」
「ええ、今日はその事で。実はアデレードに移住する事にしたの」

 元蒸気騎士であるマデリンは、ロンディアナ戦で剣を交えた自由騎士達に興味を持ち、アクアディーネの洗礼を機にイ・ラプセルを訪れていた。アデレードに着いた彼女が目にしたのは、生き生きとした姿で街を行き交う亜人種達。イ・ラプセルにとっては当たり前の光景であっても、物心ついた頃から奴隷としての彼らしか知らなかったマデリンにとっては衝撃的であった。同時に、自分達が兵站軍にしてきた事が如何に非道であったかを知る。
 すぐに彼女は旅程を変更し、イ・ラプセル本土で過ごす時間のほとんどをアデレードにある教会の奉仕活動に充てた。たくさんの亜人種の孤児を世話していたこの教会は常に人手不足で、マデリンは出自の如何を問わず歓迎された。
 そこで彼女が出会ったのが、父親を奴隷狩りで奪われた少女、マリィであった。


 この日、マデリンはいつになく浮かれていた。
 ヘルメリア島に帰った日からの彼女の行動は早く、数々の引継ぎと様々な手続きを経て、再びアデレードの地を訪れていた。貴族籍を抜けた彼女は、これから国防騎士団の一兵卒として生きていく。――ケモノビトの少女を、家族に迎え入れて。
「マリィ、どこにいるのかしらー?」
 養子縁組の事務手続きに入る前に、まずは本人の意思確認だ。この段階まで当人に確認していないのだから浮かれすぎだと言わざるを得ないが、マリィはマデリンによく懐いており、司祭もシスター達も少女が首を縦に振ると信じて疑わなかった。
 マデリンが教会の中庭に辿り着いた時、少女が友人らから離れて一人で佇んでいるのを見つけた。
「ここに居たの。今良いかしら?」
 自分達の家に行く前に、服や家具を買い揃えよう。かつての部下達もリハビリを終えたらこちらに来ると言っていたから、客用の食器も用意して――、明るい未来を思って笑むマデリンに対し、マリィは俯いたまま口を開いた。
「ねえ。お姉ちゃんがヘルメリアの騎士だったってほんと?」
 聞いた事のない、冷めた声だった。大人達の話でも聞いていたのだろうか、言い淀むマデリンに、マリィは続ける。
「お父さん、へーたんぐん、に行ったんだって。そこで死んじゃったらしいって」
 ぎょろりとした目が、マデリンに向いた。妖しい光を湛えた瞳は、既にヒトのそれではない。
「……おねえちゃんたちが、おとーさんをころしたの?」
 ぐるる、と人ならざる声が漏れ、マリィの姿が変じた。まるで巨大な豹だ。
「イブリース化?! マリィ、すぐにお姉ちゃんが助け……」
 そこまで言って、マデリンは息を飲んだ。彼女の権能は『人機管理』――目の前の少女を浄化する事は出来ない。
「シスター、子供達を連れて逃げなさい! それから誰でも良い、自由騎士を呼んで! 私はこの子を足止めする!」
 マキナ=ギアを握り、マデリンは力の限り叫ぶ。それを掻き消すように獣の咆哮と、周囲に居たカラスの汚らしい鳴き声が響いた。
「ごめんね、マリィ……助けられなくて、ごめんね……ッ」


「騎士様!」
 ぱたぱたと小さな羽を羽ばたかせ、ソラビトの少年が巡回中の自由騎士達を呼び止めた。彼の話はところどこと要領を得なかったが、追い付いたシスターが補足した事で大体の状況を察する事が出来た。

 教会で世話している孤児の一人がイブリース化。また、中庭に居たカラスも数羽イブリース化しているとの事。
 現在、子供を養子に迎えようとしていた国防騎士がイブリースを足止めしている。彼女は元ヘルメリアの騎士である。

「お願い! マリィちゃんとお姉ちゃんを助けて!」
 自由騎士達は互いに顔を見合わせて頷くと、教会に向かって駆け出した。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
宮下さつき
■成功条件
1.イブリースの撃破(浄化)
思いの外オープニングが長くなった宮下です。
オープニング三つ目の●から読めば今回の依頼が大体わかります。

●敵情報
豹×1
マリィ(6歳)
元は平均的な大きさのベンガル的な猫のケモノビト。
イブリース化によって巨大な豹になっています。

・爪で引っかく
近距離単体、スクラッチ1
・牙で切り裂く
近距離単体、ポイズン2

カラス×3(飛行)
・うるさい鳴き声
全体、アンラック1
・羽を飛ばす
遠距離単体
地面から3m以上の高さを飛行しています。

●戦場
教会中庭
そこそこの広さがあり、まばらに木が生えています。

●その他
国防騎士マデリン
ノウブルの女性、元歯車騎士団
マリィに対して一切反撃出来ず、自由騎士が駆け付けた時には既に戦闘不能となっています。
『【機神抹殺】泣き女と、泣く女』に登場しておりますが、読まなくても全く問題ありません。

 それではよろしくお願い致します。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年07月16日

†メイン参加者 8人†




 ごめんね。救えない事に、出自を秘した事に、或いは少女から父親を奪ったヘルメリア人として。うつ伏せに倒れたまま幾度目かの謝罪を口にして、マデリンは視線を上に動かした。口から覗く牙は、まもなく彼女の頭蓋を砕くだろう。
「めっ、だよ!」
 牙を突き立てる直前、巨躯の下に身体を滑り込ませた『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)は豹の下顎を蹴り上げ、強制的に口を閉じさせる。闖入者に驚いたのか、よろめくように僅かに後退した豹とマデリンの間に割り込み、天哉熾 ハル(CL3000678)は観察するようにマリィを眺めた。
「イブリースって、どうしてこんなに多いのかしら。何処も彼処も……ねぇ?」
 呪いでも流行っているのかと、呆れ混じりの溜息が漏れるのも無理はない。戦争という不安がイブリース化を加速させているのは間違いないが、些か多すぎるというものだ。とはいえそちらの研究は専門外だと、ハルは肩を竦めて仲間達へと声を掛ける。
「さて、要救助者もいる事だし、被害が大きくなる前にチャチャッと浄化しちゃいましょ?」
「あら? ええと……マデリン様? ヘルメリアの時の」
 セアラ・ラングフォード(CL3000634)は抱き起こした国防騎士が見知った顔――というよりは少し前に戦った相手である事に目を見張る。
「そうですか、マデリン様があの子を養子に……」
 セアラの翳した手に癒しの光が灯り、照らした箇所から流れる血が止まった。呼吸が安定するなりマデリンは体を起こし、自由騎士達を見回す。
「体が、動く……。っ、あなたはロンディアナで」
「話は後で。歩ける?」
「マデリン。気持ちはわかりますが、今は西園寺達の後ろへ」
 『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)と『ティーヌの騎士を目指して』海・西園寺(CL3000241)はマデリンを立ち上がらせると、すぐに彼女の手を引いてイブリースと距離を取らせようとする。
「あ、あの子はイブリースじゃなくてっ、あの子は悪くないの、私が」
「ええ、話は伺っています。救いましょう、必ず」
「シスター……いえ、自由騎士ね?」
 『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)に微笑まれ、マデリンは幾分落ち着きを取り戻したようだった。入れ替わるように豹の前へと歩み出た『全裸クマ出没注意報!』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は唸り声を上げるマリィを真っ直ぐに見つめ、深く息を吐く。背後には、まだ下がろうとしない女の気配。
「俺はヘルメリア人が大嫌いだ」
 たった一言。だがその短い言葉には、彼が晒された理不尽、同胞の死に因って発展した国への批判、延いてはノウブルへの不信――やり場のない憤りを多分に含んでいた。庇うように立ちながらも決してマデリンを振り返らないのは、暗にマリィの為に『致し方なく』の事だと忠告しているようで。
「……恩に着るわ」
 冷静になり、足手纏いである事を認識したのだろう。漸く動いた彼女に『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)は努めて明るく声を掛ける。
「美しいお嬢さん、貴女にそんな顔は似合わないぜ」
 場違いな程に軽い調子でウィンクして見せた彼に一瞬呆気に取られたようだったが、続けられた「マリィは、俺達が必ず助ける!」の宣言に口元を緩めた。
「お願い、あの子を助けて」


 咆哮。マデリンを後ろ手に匿った事で敵と認識したのか、マリィは自由騎士達を視界に入れて地を蹴った。
「まるで泣き叫んでるような声だ」
 泣き顔より笑顔が似合うぜ、と。何処か大仰な言い方でありながら不思議と空々しさは無く、オルパは見ず知らずの少女の幸せを心から願っているようだった。その手が齎す破魔の力は、ひらりと躍り出たアンジェリカの十字に宿った。
「……いずれは知り、越えねばならない壁ではありましょう」
 ただ、早過ぎたのだ。大人ですら気持ちを整理するにはそれなりの過程が必要だというのに、ましてや幼子など。アンジェリカは背丈ほどもある十字架を振り回した。初撃は踏み込みの浅さから腕を掠めるに留まったが、続けざまに振るわれたそれが豹の爪を跳ね上げる。
「ちっとばかし痛いかもしれないが……頑張ってくれよ」
 ウェルスは無防備に上げられた前足の付け根に銃口を押し当て、撃つ。厚い毛皮に阻まれ決定打には至らないが、零距離で撃ち込まれた弾丸が関節に小さくない衝撃を与える。
「グルルッ」
「マリィちゃ……負けないよ!」
 迫る牙を全身のバネを用いて受け流し、カノンは咆えた。ややもすれば食い千切られそうな小さな身体で、豹の巨体を見据える。
(「おねーさんの願い、きっと叶えるよ!」)
 そんな少女の決意を嘲るようにカラスの声が響き、ハルは眉を寄せた。
「ほんっと、ウルサイ鴉ねぇ!」
 不平と共に吐き出された氣はマリィを打ち据え、空気の振動は頭上のカラスにも伝播する。より高く飛び上がろうとするそれらを、西園寺のバレッジファイヤが阻んだ。広範に及ぶ制圧射撃から逃れるには、遮蔽物を利用する他ない。
「一羽、木の後ろに回りました……っ」
 リュンケウスの瞳でカラスを捕捉したセアラが注意を促せば、アンネリーザは口の端を上げて応えた。
「平気よ、ちゃんと見えてるわ。――そこよ!」
 青々と茂る葉の向こう、微かに映った影を彼女のライフルは正確に捉えた。銃声。木の葉と黒い羽がはらはらと舞い、目に見えてカラスの動きが鈍る。
「ガウッ!」
 ブンと音を立て、マリィの前足が振り下ろされた。ウェルスが咄嗟に掲げた腕には爪が食い込んでいるが、そのまま叩き伏せられなかったのは流石と言うべきか。
(「過去を清算したつもりのヘルメリア人も、亜人の犠牲をなかったことにする奴も俺は好きになれない。――けれど」)
 前足を振り払い拳銃を構えれば、獣の瞳と視線がかち合った。
「……そんな事、マリィ嬢には関係無いな」
 引き金を引く瞬間、マリィが飛び退ったのは本能からか。優れた敏捷性は豹の獣性そのもので、だがその身のこなしに拮抗する速度でアンジェリカは奔った。弧を描いて跳んだ豹より、直線的に駆けた彼女の方が、僅かに疾い。
「はっ」
 短く息を吐き、十字が降り抜かれる。大振りな一撃は腹を抉り、決して小さくないダメージを与えていた。痛みに背を丸めたマリィをハルの倭刀が撫ぜ、苦鳴が響く。
「……マリィ、私の、私達のせいで」
 悲鳴に似た鳴き声に、後方で身を潜めていたマデリンが顔を顰めた。
「マデリン。貴方が自国の事を恥じる必要は有りません」
 呟きを拾った西園寺は銀の弾丸を込めながら、静かに口を開く。
「『それ』が『当たり前にある事』……その中に居る限り、異質を自力で感じ取る事は不可能だからです」
 何の疑問も持たずに奴隷政策の益を享受してきた者に責任が無いわけではない。そして奴隷売買に見て見ぬ振りをしてきた者達も、また。西園寺は幼い頃に目にした光景を思い出しながら、退魔の弾丸を撃ち出した。銃声に驚いたのか、頭上のカラスがより耳障りな声で騒ぐ。
(「ああ、こんな……酷いこと」)
 あくまでもシスターや周囲のやり取りを聞き齧った情報だけだ。それでも妙な居た堪れなさから、アンネリーザは眉尻を下げた。
「そう喚くな。彼女達の邪魔をするなんて、無粋だぜ?」
 オルパの狙いすました二矢は正確に羽を捉え、片翼を失ったカラスはくるりくるりと円を描きながら高度を下げる。地に落ちるよりも先にアンネリーザの銀弾が風穴を開け、木の枝に引っ掛かったカラスはそのまま動かなくなった。
(「戦争は……誰が殺したとか、そういう風に解釈しちゃいけないもの……」)
 アンネリーザがちらと振り返れば、今にも飛び出してきかねない国防騎士の姿が目に入った。その視線に気付いたセアラは支援の手を止める事なく、マデリンへと笑みを向ける。
「マデリン様。『人機管理』で融合したたくさんの方々の命を長らえさせているのですから、自信を持ってください。役割分担です」
「っ、そうよね。ごめんなさい。……ごめん、ね」
 うわ言のように繰り返される謝罪を掻き消すように、マリィが吠えた。威嚇するような表情とは裏腹に悲しげな響きを孕み、さながら慟哭のようであった。


 ギャアギャアと、カラスが嗤う。声そのものはスキルで幾分抑えられはするが、どうにも纏わりつくような不快さが残る。
「彼女達の門出にカラスは不吉なんでな。悪いが退場してもらおう」
「ええ、あの子には幸せになる権利があるわ」
 オルパの射た魔力の矢は、回り込むような軌道を描いてカラスの首を穿ち、アンネリーザの銃口は最後の一羽に向けられた。飛び回る小さな対象を、寸分の狂いも無く撃ち抜く。黒い羽が散り、喧しい声が消える。転瞬、訪れる無音。
「ゥオオオン!」
 哀哭が静寂を破る。薙ぐように振るわれた爪がハルを傷つけたが、彼女は婀娜やかに微笑んで見せた。
「ふふ、殺る気満々じゃない。鴉にでも唆された?」
 颶風のように放たれた氣は、獣の巨体をも弾き飛ばした。マリィは豹らしいしなやかさで着地するが、体勢を立て直すより先にアンジェリカの三連撃が決まる。
「あの子は……大好きなお姉ちゃんがヘルメリアの騎士だったと聞いて、悩んだのでしょうね」
 丁寧に仲間に治療を施しながら、セアラは目を細めた。探るようにマリィを見ていた彼女は、怒りや悲しみの中に異なる感情を見出していた。いっそ憎めたら楽だったと思える程の葛藤など、幼子には持て余すだけだっただろう。
「……マリィの恨みは、ヘルメリアだけの責任ではありません」
 ボールが跳ね返るように身を翻し跳躍したマリィを見つめ、西園寺は引き金を引いた。弾丸は豹の額の中心へ。確かに深くめり込んだが、マリィの勢いは止まらない。
「……」
 ウェルスは深く息を吐いた。本日二度目の溜息だ。
(「マリィ嬢を幸せにするのが、このヘルメリア人であるというなら」)
 突き出した逞しい両手にはそれぞれ大型の拳銃が握られ、同時に火を噴いた。かくんと足がもつれ、巨体が傾く。すかさずオルパは二本のダガーを振るった。
「こいつはすごい。将来は立派な豹のケモノビトになりそうだな」
 そろそろ限界のはずだ。それでもマリィは牙を剥いた。大きく開いた口がオルパに迫る――が、その牙が彼に届く事は無かった。
「辛い事、悲しい事……きっと沢山抱えているかもしれません」
 割って入ったアンジェリカが、断罪と救済の十字架を水平に構えていた。がちり。マリィが十字架に齧り付き、鈍い音がした。
「だからこそ今、その全てを吐き出しなさい」
 全て、受け止めましょう。そう告げたアンジェリカは両の脚でしっかと大地を踏み締め、宣言通りに獣の全体重が乗った一撃に耐えた。喰らうどころか逆にぎりぎりと押し返され、マリィが態勢を崩す。
「マリィちゃんが悲しんでる理由は解らない。……けど!」
 神紅。拳に紅い闘気を纏わせて、カノンが飛び込んだ。
「そんなマリィちゃんの姿を悲しんでる人がここにいる。――なら、二人の哀しみをこの拳で打ち砕く!」
 カノンの小さな拳は、その質量からは想像も付かない程の苛烈さでマリィの横面を殴りつけた。響いた音は近くの鐘楼からか、それとも。ぐらり。巨体が、ゆっくりと倒れる。
「おっと」
 オルパの腕の中に倒れ込んできた彼女は、既に小さなケモノビトの女の子に戻っていた。


「マリィ、ごめんなさい」
「……」
 歯車騎士だった事を打ち明けて、マデリンは深々と頭を下げた。マリィは両目にめいっぱいの涙を溜めながら、口をへの字に結んでいる。
 沈黙。飛び去ったカラスの鳴き声だけが、遠くに聞こえる。――いつまでもこうしていた所で話は進まない。少し困ったように笑み、オルパが口を開く。
「ミス・マデリン。貴女の想いはきっとマリィに届く」
 後押しをするように、マデリンの背を軽く叩く。
「ほら、言わなきゃ伝わらないぜ」
「……マリィ、あのね? 私、あなたと暮らそうと思ってこの町に来たの」
 意を決したように言い切った彼女に、マリィの瞳が揺らぐ。
「え、でも。だって。お姉ちゃんは、お父さんを」
「マリィ。 兵站兵を殺害したのは、マデリンやへルメリアの兵士じゃありません。 マデリン達と相対したイ・ラプセルの兵――西園寺達自由騎士も、です」
「それはっ! 元はと言えば、我々ヘルメリアが!」
 西園寺の言葉にマデリンが声を荒げ、間に入ったアンネリーザがかぶりを振った。
「確かに私達は戦争をしていた。でも、今は責任の所在よりも……シンプルな話で良いんじゃないかしら」
 屈んでマリィと視線を合わせ、小さく笑む。
「ねぇマリィ……ヘルメリアはもう無いの。だから貴女が見たマデリンを信じて欲しい。悲しみは乗り越えて、幸せになって欲しいの」
「……ここでの生活は楽しいですか?」
 俯いてしまったマリィを支えるように、アンジェリカが寄り添った。見慣れたシスター服に安心したらしく、こくりと頷いて裾を握る。
「そう。では、マデリン様の事は好きですか?」
 どんなに深い溝も、歩み寄ればいつかきっと。そう信じるアンジェリカの問いに、マリィは逡巡を見せた。そんな少女を見やり、カノンはこてんと小首を傾げる。
「ねぇ、マリィちゃん。カノンはお話を聞いただけだけど、マデリンさんがマリィちゃんの事をとても愛してるのはよく解ったよ。それはカノンよりもマリィちゃんの方がよく解ってる筈だよ」
 顔を上げたマリィと目が合い、カノンはにこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「きっと本当はマリィちゃんもマデリンさんの事が大好きなんだと思うな。なら、憎むよりも好きでいる方がきっと楽しいと思うな!」
 マリィはおずおずとマデリンを見やり、囁くように「好き」と言った。
「ええ、そうですね。……マデリン様、伝えてない言葉を改めて言ってあげて下さい」
 アンジェリカに促され、深呼吸を一つ。マリィの前に立ち、真っ直ぐに見つめた。
「マリィ。お母さんと呼んでくれなくてもいいわ。私の家族になって欲しいの」
「ええと……それは……」
 遠巻きに様子を伺っていたウェルスが、ぽつりと零す。
「……綺麗事だな」
「ええ、大人の勝手な理屈で彼女を説き伏せようとしている。でも私はみんなに幸せになって欲しいの」
 アンネリーザに言われ、ウェルスは居心地が悪そうに頭をがしがしと掻いた。彼は「俺は聖人じゃない」と嘯きながら、この場の誰よりも少女の幸せを願っている。
「俺の考え一つを心に秘めてればハッピーエンドになるって言うなら、安いもんだ」
 のっそりと歩み出たウェルスは、未だ言い淀むマリィの近くにしゃがみ込む。
「マリィ嬢、親父さんから伝言だ」
「お父さんの知り合い?」
「まあ……そんな所だ」
 実際には交霊術を用いて得たものだが、その辺りの事情は些末なものだ。
「『喧嘩した相手が謝ってきたら、どうするんだっけ?』……マリィ嬢ならわかるだろう?」
 父親に似せた口調で問うウェルスに、マリィは相好を崩した。
「仲直り、する! ――マデリンお姉ちゃん、わたしも、ごめんなさい。わたし、お姉ちゃんと一緒にいたい」
 涙腺が決壊したようにわんわんと泣き出したマリィを見下ろし、ハルがくすりと笑う。
「『ごめんなさい』を言う相手は、お姉ちゃんだけかしら? ……アナタのお友達、怖い思いをしてもアナタを助ける為に走り回ってくれたのよ」
 マリィが周囲を見回せば、ウェルスの報告を受けて戻ってきた教会の人々が、物陰から恐る恐るこちらを伺っていた。仲良しの友人を見つけ、マリィが元気に駆けてゆく。
「みんなっ、ごめんねぇー! ありがとー!」
「はい、よく出来ました。……もう聞いてないわね」
 ハルの視線の先では、少女がもう他の子供達と遊び始めていた。イブリースなど、影も形も無い。
「マデリン様」
「あなたは……。ロンディアナの時だけじゃなく、また助けられちゃったわね。本当にありがとう」
「お気になさらず。……マリィ様との事ですが、急がずたくさん話して進めていくのが良いのではないでしょうか……?」
 親の事は忘れられるものではありませんから、と。そう助言するセアラもまた、孤児の出だ。実感の篭った言葉に、マデリンも頷いた。
「そうさせて頂くわ。時間はたくさんあるもの」

 教会の外で、出航を知らせる汽笛が鳴った。海は凪ぎ、空は何処までも澄んでいる。――絶好の船出だ。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

戦闘後のフォローまでありがとうございました。
皆様の優しさに感激し、プレイングを何度も読み返しておりました。
ご参加ありがとうございました!
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