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【デザイア!】あなたの幸福になりたい

●
あなたの。その手はあたたかい。その目はやさしい。その声はここちよい。
なにもない。そんな。ぼくの、ぼくを。拾ってくれたひと。だいすき。
だから、あなた、あなたが。笑うなら。それはしあわせです。ぼくにとって。
願いをかなえたい。あなたの。ぼくは。あなたの、しあわせに、なりたい。
「お別れは悲しいけれど、なに、今生の別れじゃないさ。おそらくね」
「はい。かなしい。かなしいです。とても。でも、それを願いますか」
「……お前は優しい子だ。お前の幸せが、私の幸せでもあるんだよ」
「あなた。も。しあわせですか。そう、それなら。とてもうれしい」
「ああ。だから何も心配しなくていいんだよ。………幸せにおなり」
そう言って男は、少年の額から生える一本角に優しく触れる。
物心ついた時から奴隷だった少年は、家族の顔すら知らない。
ひどい扱いもたくさん受けた。殺されそうになったこともあった。
けれど、殺されそうなところを男は助けてくれた。食べるものも、着るものも、寝るところも与えてくれた。
そんな少年にとって、男は父であり、兄であり、友であり、師であり、世界のすべてだった。
――――けれど、少年は知らない。
少年の家族を殺したのも、命を狙ったのも、すべて男が仕組んだものだったということを。
●
「ヘルメリアで行われる、スレイブマーケットの話は知ってるよね?」
『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が、集まった自由騎士たちの顔を見て言う。
――――スレイブマーケット。
それは八月にヘルメルアで行われる奴隷の一大マーケットだ。
ギルバークと呼ばれる区域全土を使って奴隷を売買する、奴隷協会主催の趣味の悪いお祭り。
このお祭りでは観賞用から戦闘用まで様々な奴隷が売買され、ヘルメリアの経済を大きく動かすこととなる。
「皆には、一人でも多くの亜人を解放してほしいんだ。お願いできるかな」
そういって微笑んだクラウディアは、状況の説明を始めた。
商品は『ユニコーン』のマザリモノであること、それを扱う奴隷商人のこと、彼が奴隷をどう扱っているか―――……。
それらを一通り説明したクラウディアは、僅かに目を伏せて。
「商品として売られるその子は、奴隷商人のためになることが幸せだと本当に思っているんだ」
けれど、売られた先で待つ未来は悲劇でしかないなんて。水鏡で見なくても分かることだ。
だから。何も知らないその亜人の子を、救ってあげようとクラウディアは言った。
ただ、その奴隷商人は随分と用心深いらしい。
商品である奴隷は基本的には人目に触れさせることはなく、警備もつけて大切に仕舞っているそうだ。
また、特にやることがない場合、商品の様子をこまめに伺いにくる。商品である奴隷から離れるのは、商談をしている最中のみだとか。
だから、こちらから商談を持ち掛けるなり、誰かが商談してる隙に奪うしかない。
「裏口があるから、そこから侵入するのがいいかな。正面から突破しようとしてもいいけど、騒ぎになると歯車騎士団が来ちゃうかも。気を付けてね」
クラウディアは皆なら大丈夫だよ、と笑ってから。悪いやつらは全部やっつけちゃおうね、と拳を握ってみせるのだった。
あなたの。その手はあたたかい。その目はやさしい。その声はここちよい。
なにもない。そんな。ぼくの、ぼくを。拾ってくれたひと。だいすき。
だから、あなた、あなたが。笑うなら。それはしあわせです。ぼくにとって。
願いをかなえたい。あなたの。ぼくは。あなたの、しあわせに、なりたい。
「お別れは悲しいけれど、なに、今生の別れじゃないさ。おそらくね」
「はい。かなしい。かなしいです。とても。でも、それを願いますか」
「……お前は優しい子だ。お前の幸せが、私の幸せでもあるんだよ」
「あなた。も。しあわせですか。そう、それなら。とてもうれしい」
「ああ。だから何も心配しなくていいんだよ。………幸せにおなり」
そう言って男は、少年の額から生える一本角に優しく触れる。
物心ついた時から奴隷だった少年は、家族の顔すら知らない。
ひどい扱いもたくさん受けた。殺されそうになったこともあった。
けれど、殺されそうなところを男は助けてくれた。食べるものも、着るものも、寝るところも与えてくれた。
そんな少年にとって、男は父であり、兄であり、友であり、師であり、世界のすべてだった。
――――けれど、少年は知らない。
少年の家族を殺したのも、命を狙ったのも、すべて男が仕組んだものだったということを。
●
「ヘルメリアで行われる、スレイブマーケットの話は知ってるよね?」
『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が、集まった自由騎士たちの顔を見て言う。
――――スレイブマーケット。
それは八月にヘルメルアで行われる奴隷の一大マーケットだ。
ギルバークと呼ばれる区域全土を使って奴隷を売買する、奴隷協会主催の趣味の悪いお祭り。
このお祭りでは観賞用から戦闘用まで様々な奴隷が売買され、ヘルメリアの経済を大きく動かすこととなる。
「皆には、一人でも多くの亜人を解放してほしいんだ。お願いできるかな」
そういって微笑んだクラウディアは、状況の説明を始めた。
商品は『ユニコーン』のマザリモノであること、それを扱う奴隷商人のこと、彼が奴隷をどう扱っているか―――……。
それらを一通り説明したクラウディアは、僅かに目を伏せて。
「商品として売られるその子は、奴隷商人のためになることが幸せだと本当に思っているんだ」
けれど、売られた先で待つ未来は悲劇でしかないなんて。水鏡で見なくても分かることだ。
だから。何も知らないその亜人の子を、救ってあげようとクラウディアは言った。
ただ、その奴隷商人は随分と用心深いらしい。
商品である奴隷は基本的には人目に触れさせることはなく、警備もつけて大切に仕舞っているそうだ。
また、特にやることがない場合、商品の様子をこまめに伺いにくる。商品である奴隷から離れるのは、商談をしている最中のみだとか。
だから、こちらから商談を持ち掛けるなり、誰かが商談してる隙に奪うしかない。
「裏口があるから、そこから侵入するのがいいかな。正面から突破しようとしてもいいけど、騒ぎになると歯車騎士団が来ちゃうかも。気を付けてね」
クラウディアは皆なら大丈夫だよ、と笑ってから。悪いやつらは全部やっつけちゃおうね、と拳を握ってみせるのだった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.奴隷商品『ユニコーン』の解放
夏はやっぱりお祭りだ!やったー! 暑すぎてテンション高めのあまのいろはです。
今回は、そんなお祭り騒ぎに乗じて、亜人奴隷を解放するお仕事。
※重要情報※
この共通タグ【デザイア!】依頼は、連動イベントのものになります。
この依頼の成功数により八月末に行われる【デザイア!】決戦の状況が変化します。
成功数が多いほど、状況が有利になっていきます。
●奴隷商人『デイミアン・マクレガー』
自分の所有する対戦闘用奴隷や、商品である奴隷はとても大切に扱います。
ですが、それはあくまで道具としてです。
使い道のなくなった奴隷に関しては、ゴミ以下の扱いへと変わります。
用心深い性格です。
商談中も商品の入った檻には鍵を掛け、バックヤードへと引っ込めます。
商談中は商品である奴隷の側からは離れますが、
騒ぎに気付いた場合、商品の奴隷が置いてあるバックヤードへ戻ります。
●奴隷商品『ユニコーン』
額に一本の角を生やした幻想種『ユニコーン』のマザリモノです。
白い肌、白い髪、虹色の目。戦う力を持たない、鑑賞娯楽用の美しい奴隷。
必要最低限の会話は出来ますが、彼の現状を説いたとしても理解できないでしょう。
奴隷商人『デイミアン』のことを心から信じており、慕っています。
たとえ自分の命が掛かっていようと、彼の指示を最も優先して動きます。
バックヤードでは鍵のついた檻のなかに入り、対戦闘用奴隷がそれを警備しています。
●対戦闘用奴隷×10
国外から連れてこられた対戦闘用奴隷です。
種族はソラビト、ケモノビト、ミズヒトと様々。
魔導士スタイルが7人、ヒーラースタイルが3人。ランク1のスキルが使用可能。
魔法を軽視するヘルメリアで、魔法を扱う対戦闘用奴隷ばかりを用意したのは、
安く仕入れることができ、使い潰しても惜しくないという理由から。
『商品に近付くものは排除しろ』という命令を奴隷商人から受けています。
そのため、その命令を忠実に守ろうと動きます。
奴隷商品と同じく、奴隷商人のことを心から信じ、慕っているのです。
●場所
ギルバークにある、とある倉庫。
正面口は奴隷商人が居座っているため、裏口から侵入して頂くことになります。
裏口に警備の姿はなく、扉に鍵は掛かっていますが、力技で壊せる程度の鍵です。
倉庫では『ユニコーン』以外にも商品となる奴隷が置かれていますが、
倉庫内は広く、基本的には戦闘の邪魔になることはありません。
●補足
成功条件は奴隷商品『ユニコーン』の解放のみとなります。
対戦闘用奴隷の解放も目指すことは可能ですが、難易度がぐぐっと上がります。
奴隷商人と商談が出来るのは、ノウブルかキジンの方だけになります。
また、ノウブルとキジン以外の種族の方は、
ヘルメリアの奴隷の証である黒の首輪を装着をオススメします。
街中を堂々と歩いたり、商人との商談に同行する際に、怪しまれなくなるからです。
情報は以上となります。皆様の熱いプレイングをお待ちしております。
今回は、そんなお祭り騒ぎに乗じて、亜人奴隷を解放するお仕事。
※重要情報※
この共通タグ【デザイア!】依頼は、連動イベントのものになります。
この依頼の成功数により八月末に行われる【デザイア!】決戦の状況が変化します。
成功数が多いほど、状況が有利になっていきます。
●奴隷商人『デイミアン・マクレガー』
自分の所有する対戦闘用奴隷や、商品である奴隷はとても大切に扱います。
ですが、それはあくまで道具としてです。
使い道のなくなった奴隷に関しては、ゴミ以下の扱いへと変わります。
用心深い性格です。
商談中も商品の入った檻には鍵を掛け、バックヤードへと引っ込めます。
商談中は商品である奴隷の側からは離れますが、
騒ぎに気付いた場合、商品の奴隷が置いてあるバックヤードへ戻ります。
●奴隷商品『ユニコーン』
額に一本の角を生やした幻想種『ユニコーン』のマザリモノです。
白い肌、白い髪、虹色の目。戦う力を持たない、鑑賞娯楽用の美しい奴隷。
必要最低限の会話は出来ますが、彼の現状を説いたとしても理解できないでしょう。
奴隷商人『デイミアン』のことを心から信じており、慕っています。
たとえ自分の命が掛かっていようと、彼の指示を最も優先して動きます。
バックヤードでは鍵のついた檻のなかに入り、対戦闘用奴隷がそれを警備しています。
●対戦闘用奴隷×10
国外から連れてこられた対戦闘用奴隷です。
種族はソラビト、ケモノビト、ミズヒトと様々。
魔導士スタイルが7人、ヒーラースタイルが3人。ランク1のスキルが使用可能。
魔法を軽視するヘルメリアで、魔法を扱う対戦闘用奴隷ばかりを用意したのは、
安く仕入れることができ、使い潰しても惜しくないという理由から。
『商品に近付くものは排除しろ』という命令を奴隷商人から受けています。
そのため、その命令を忠実に守ろうと動きます。
奴隷商品と同じく、奴隷商人のことを心から信じ、慕っているのです。
●場所
ギルバークにある、とある倉庫。
正面口は奴隷商人が居座っているため、裏口から侵入して頂くことになります。
裏口に警備の姿はなく、扉に鍵は掛かっていますが、力技で壊せる程度の鍵です。
倉庫では『ユニコーン』以外にも商品となる奴隷が置かれていますが、
倉庫内は広く、基本的には戦闘の邪魔になることはありません。
●補足
成功条件は奴隷商品『ユニコーン』の解放のみとなります。
対戦闘用奴隷の解放も目指すことは可能ですが、難易度がぐぐっと上がります。
奴隷商人と商談が出来るのは、ノウブルかキジンの方だけになります。
また、ノウブルとキジン以外の種族の方は、
ヘルメリアの奴隷の証である黒の首輪を装着をオススメします。
街中を堂々と歩いたり、商人との商談に同行する際に、怪しまれなくなるからです。
情報は以上となります。皆様の熱いプレイングをお待ちしております。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年08月30日
2019年08月30日
†メイン参加者 8人†
●
フリーエンジンと共に行ってきた奴隷解放。
今日も、自由騎士たちは奴隷たちを救うためにスレイブマーケットに潜り込んでいた。
かちり。人通りのない狭い路地に、鍵が外れるおとがちいさく響く。
『隠し槍の学徒』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)が、奴隷たちのいる倉庫の鍵をピッキングマンを使って開けたのだ。
「それじゃあ、私たちは商談に向かう」
ウィリアムが『百花の騎士』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)に視線を移せば、アリスタルフはこくりと頷いた。
アリスタルフの背後に並んだ『すなおの魔法』ユートリース・ミアプラキドゥス(CL3000573)の首には、奴隷の証である黒い首輪。
「初めて付ける……これが首輪」
すこし窮屈だと思うものの、それ以外になんの感情も湧かない。
これを付けているヘルメリアの奴隷たちは。苦しいのだろうか。悲しいのだろうか。逃げたいのだろうか。考えてみても分からない。
(僕も使われるだけの身で、主からどう扱われても平気だから)
黒い首輪にそっと触れてみる。けれど、奴隷の証であるそれは、ユートリースにとってはやっぱり、ただの首輪でしかなかった。
「ユト?」
「ううん、なんでもない」
ヘルメリアの奴隷たちに向かって、思うことも、言いたいこともないけれど。
(他人の幸せに、なりたいっていうのは、よく、わからない)
けれど、今の立場を選べた自分は、たぶん幸せものなのだろう。
同じように、首輪に手を掛ける男がひとり。
「奴隷の証ね。あまりいい気分はしないな」
倉庫を前にした『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)の胸の内に、どろりと重い感情が渦巻く。
思うのは、今まで道具として使われてきたヨウセイである仲間たち。ヘルメリアに奴隷として連れ込まれた者もいるという。
―――ふざけるなよ。ミトラースから解放されたかと思えば、今度は奴隷か。オルパがぎゅうと強く拳を握る。
「……ヘルメリアの奴隷文化は本当にクソだな」
救出対象のマザリモノだけでなく、ひとりでも多く救いたい。例え、力づくで攫うことになろうとも。
「ヒ、ヒトを奴隷にしているだけでも許せないのに……」
僅かに瞳を伏せた『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が呟いた。
偽りの優しさで信用させて、その実裏ですべての糸を引いているなんて―――。
彼女もヨウセイである。オルパと同じく、仲間たちが次々と狩られていく様を見てきたし、大切な親友も喪った。だから、ヘルメリアの奴隷制度も見過ごせない。
「あらあら、まあまあ。随分怖いお顔をしていますね」
「わっ?」
目の前に現れた金色のもふもふ。『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が、ティルダの顔を覗き込んでいた。思わず声を上げそうになったティルダが慌てて口を抑える。その様子を見たアンジェリカは優しく微笑んで。
「そんなに怖いお顔だと、奴隷の方たちも釣られて怖いお顔になってしまいますよ」
アンジェリカは指先でむにりと頬を持ち上げて、笑顔を作ってみせる。それを見てふたりの顔が僅かにゆるんだのを確認してから、倉庫への扉へ手を掛けた。
この向こうに、奴隷たちが居る。はやる気持ちを抑えて、呼吸を整える。ふう、と息を吐いたアンジェリカは行きましょう、とゆっくり扉を開けた。
僅かな隙間からひとり、またひとりと倉庫へ身を滑り込ませれば、『教会の勇者!』サシャ・プニコフ(CL3000122)も、その背を追うように倉庫へと足を踏み入れた。
●
スレイブマーケットが行われているギルバークは、どこもかしこも賑わっていた。
ぼろのローブに身を包んだ『新緑の歌姫(ディーヴァ)』秋篠 モカ(CL3000531)は、きょろりと辺りを見回す。
通りで話に花を咲かせるひとたちに紛れてちらほらと見える黒い首輪。奴隷たちの瞳にはなにも映ってはいなかった。
(私にできることを精いっぱい頑張りましょう、一人でも多くの奴隷さんを解放したいです)
モカが決意を新たにしたころ、ウィリアムが奴隷商人、デイミアン・マクレガーに近付いていた。
「かの有名なデイミアン・マクレガーとお見受けする」
声を掛けられた男は振り向くと、ウィリアム、そして連れ立って並ぶアリスタルフ、メイド姿のユートリース、ぼろに身を包んだモカを睨めるように上から下までじっくりと見た。
「これは、どうも」
短い返事を返したデイミアンは、変わらず試すような視線を投げてくる。用心深い男だという話は本当のようだ。
「貴殿の所で扱う奴隷は質が良いと聞いた。戦闘奴隷もそれ以外の奴隷も、目の輝きが違うとか」
見せてはもらえないか、そう告げられればいくら用心していても奴隷商人として仕事をしなければならない。
どんな奴隷をお求めで? デイミアンは顔に商業用の笑顔を貼り付けてウィリアムに問う。
胡散臭い笑みだと思った。けれど、この笑顔で奴隷たちに付け込み、懐柔してきたのだろう。
彼が奴隷たちを不幸に付き落とした張本人だとしても、知らなければ伸ばされた救いの手には縋りつきたくなるものだ。
―――気分が悪い。けれど、ウィリアムはそんな態度はおくびにも出さない。
「他にない希少品であればなお良いが……、……最近は何かあるかね?」
最初は用心していたデイミアンだが、あれやこれやと商品の説明を始めた。商談が上手くいって金が手に入るのなら、なんだっていいと思っているのかもしれない。
ウィリアムの使用人のフリをしたアリスタルフが主となって商談は進められた。
後ろでは、ユートリースとモカがじっと話を聞いている。
ここから逃げ出そうという奴隷を演じ、唄や踊りで商品としての価値を示そうと思っていたモカ。
けれど、奴隷を売るためにスレイブマーケットに参加したデイミアンは、今は新たな奴隷を買うつもりはなかった。
商談に口を挟んで奴隷であることを疑われる訳にはいかないと、モカは従順な奴隷を演じる。
戦闘用から、家具、愛玩用に至るまで。様々な奴隷の話をしたデイミアンが、これはなかなか貴重ですよ、という言葉と共に並べられた写真は、救出対象のユニコーンのマザリモノ。
「美しいな」
「ええ、それしか取り柄はないですが。従順ですよ」
そうしたのはお前のクセに。アリスタルフは口を噤む。普段から感情を表に出すのが苦手でよかった。そうでなければ、奴隷商人に心の内を見透かされていたかもしれない。
「いいんじゃないか。価格はいくらだ? 相当しそうだが、良い物が高いのは当然の事だな」
それを気取られる隙すら与えないよう、ウィリアムが口を挟む。
心配をせずとも、事前にしっかり打ち合わせをした貴族と使用人というふたりの演技は、デイミアンが疑いを忘れるほどに堂に入っていたのだけれど。
「買い取った後、元の主恋しさに活きが悪くなっても困る。飴になるような言葉や行動があれば教えて欲しい」
アリスタルフの問いに、デイミアンはふむ、と考え込んで何やら話し始めた。その様子をユートリースはじっと見ている。
―――いま、倉庫のなかはどうなっているのだろう。うまくいっていればいいのだけれど。
そんなことを誰かが考えた時だった。ユートリースの胸元のマキナ=ギアに通信が入るおと、それから。何かが争うようなおとが、倉庫から聞こえてきた。
時はすこし遡り、バックヤードにて。
ピッキングマンとアンジェリカのオーディオエフェクトによって、倉庫のなかへ忍び込んだことは気付かれることはなかった。
倉庫のなかを見回せば、まず最初に目に飛び込んできたのはしっかりとした作りの檻。それはユニコーンのマザリモノ、そして戦闘用奴隷がそこにいることを示している。
そして、倉庫のなかがとても静かなことに驚く。今まで聞いた話のように、絶望に打ちひしがれる奴隷はいない。まるで、ここにいるのは奴隷ではないなんて、そんな錯覚を覚えるほど。
奴隷商人を慕い、自分たちは幸福だと信じる奴隷たち。彼らの姿を視界に収めてすぐ動いたのはアンジェリカだった。
アンジェリカは護衛をしている奴隷たちへ向かって駆け、彼らがアンジェリカの姿を認めるよりはやく、巨大な十字架で奴隷たちを横薙ぎに払う。
「っぐ、あ!?」
「………なに!?」
不意を打たれた奴隷たちは、何が起きたかすら分かっていないようだった。武器を構えることもなく、唖然としている。
何も知らない彼らに対して武器を振るうことが、心を痛めない訳ではないけれど。救うためには、彼らに武器を振るわねばならないなんて。
「目指すは全奴隷の解放です! 可能な限り頑張りましょう!」
足並みの乱れたままの奴隷たちへ、オルパがダガーを両手に迫る。驚愕の声が、武器の鳴るおとが、溢れるなかで。ちいさな声が聞こえた。
「………かい、ほう?」
鷹の目のような視界を得たオルパは、視線を動かすことなくその声がした方を見る。そこには、檻のなか、瞳を丸くしたマザリモノがいた。
ちらと視線も向ければ、虹色の色彩と視線がぶつかる。突然の出来事に怯えることもなく、ただぼうっと様子を見ているだけの姿に、ぐずりと胸が痛む。
(…………本人達が幸せだと思っているなら、それでいいじゃないか?)
そう言うのだろうか、あの奴隷商人は。けれど、オルパはそれは違うと言える。面と向かって言うことが出来るなら、胸ぐらを掴んででも言ってやりたかった。
―――そんなわけがあるか。それは幻想だ、と誰かが教えてやる必要があるんだ、ヒトとしての本当の幸せを教えてやる必要があるんだ。
今回、その役目をオルパたちは引き受けたのだ。だから、そのためにも。
「……手荒な真似をして、すまない」
オルパのダガーが捕らえた、奴隷の皮膚が裂ける。流れる血は、赤く。痛みに歪んだ顔も、ただの子供と変わらなかった。
奴隷たちの動きはなかなか足並みが揃わない。ティルダの放ったトロメーアによって足を止められた奴隷がいたことも、理由のひとつなのだろう。
苦しそうに呻く声が聞こえる。それは、動くことが出来なくなったひとりの声。
「うごけ、うごけ……! こんな、約束、したんだ、護るんだ……!」
爪が食い込むほどに拳を握り、身体を動かそうと歯を食い縛る姿が痛々しい。思わず手を止めそうになったティルダが杖をぎゅうと握り締めた。
「どうして、そこまでして……」
ティルダの顔をぎっと睨み上げた奴隷の、鬼気迫る表情にティルダが息を呑む。
「約束した、だから!! なのに!!」
「………あ、貴方たちは虐げられているんです。騙されているんですよ!」
口を突いて出た、奴隷である彼らは知ることのない真実。しかし、それを聞いても。
「知らない! そんなことは知らない!! 主人はやさしくしてくれたはじめてのひとだ!!」
だから、優しくされた恩を返したい。それだけの理由で彼らは動く。
主人の幸福が一番で、護れと言った主人の言葉が絶対で、それを自分たちの意志だと思い込んでいる。
「その優しさが、偽りだったとしてもですか」
叫び声を裂くような、アンジェリカの静かな声。別の奴隷がちいさく呟く。
「偽り?」
「ええ。……そのマザリモノの家族が殺されたのは、あの男によって仕組まれたことですよ」
「俺たちもそうだと?」
「貴方たちの確証は持てませんが、それがあの男の手口です」
しん、と倉庫内が静かになって。奴隷たちの動きが止まる。けれど―――。
「だから、なんだ」
聞こえてきたのは、そんな言葉で。ひとりが声を上げたことにより、ぽつりぽつりと波及して奴隷たちが叫ぶ。
「そう! だからなんだ!!」
「嘘を言っているのはお前たちだ!!」
「主人が優しくしてくれたのは、嘘じゃない! 嘘じゃないんだ!!」
騙されていたなんて認めたら、壊れてしまいそうだから。今まで貰った優しさに縋りたいだけかもしれない。
「主人のために生きるのが、ぼくたちの幸せだ」
その言葉はとても強固な思い込みで出来ていて。それを告げる瞳に淀みはなかった。
他のひと拾われていたら、きっと、本当の意味で幸せになれただろうに。奴隷商人を心から慕うその姿は、あまりにも悲しい。
言葉で奴隷たちを止めることは出来ないのならば、戦うしかない。
奴隷たちの動きを止め、気力を削り、誰かが傷つけばサシャが支える。けれど、彼らは諦めることなく向かってくる。
マザリモノの奴隷を護るために。自分たちの大切な主人との約束を守るために。
奴隷たちより自由騎士たちの実力の方が、彼らより何枚も上手だったけれど。異様なまでの執念は、時としてそれを覆す。
圧されている。奴隷たちを無力化するには、すこし手が足りない。
商談をしている自由騎士たちに通信を入れるため、ティルダはマキナ=ギアを握る。
●
「何だ? ……すまない、ちょっと失礼」
物音を聞いて動いたデイミアンと同じくらい、通信を受けた自由騎士たちの行動も早かった。
「何かありましたか?」
「物音が。最近どうやらよくない噂も聞きますからね」
倉庫の扉を開いたデイミアンに、ユートリースが駆け寄った。倉庫のなかに気を取られていたデイミアンの反応が、僅かに遅れる。
その隙を逃さず、ユートリースは彼の胸ぐらを掴んで全体重を掛け引っ張った。対格差があれど、自由騎士だ。力で負けるわけがない。
デイミアンはバランスを崩し、ふたりはそのまま崩れ落ちるようにして倉庫のなかへ転がり込んだ。
「動かないで」
掴んだままの腕に一層力を込めて、締め上げるようにデイミアンの顔を自分へと向ける。彼の持つ魔眼がデイミアンの意志を奪うべく襲い―――。
「………貴様ら、フリーエンジンか!!?」
デイミアンが魔眼の力を払い退けることが出来たのは、彼が持つ警戒心のおかげだろう。
ユートリースを引き剥がそうとデイミアンがもがく。呆気に取られていた奴隷たちも何が起きたか理解したようで、主人を救うべく動こうとした、そのとき。
何かが風を切るおと。それから、何かがぶつかる鈍いおと。―――アリスタルフが、警棒でデイミアンの頭を打ち付けたのだった。
「ご主人様!!」
悲鳴に近い叫び声が聞こえて。けれど、それを意にも止めず、アリスタルフは警棒を男に突きつけて言う。
「お前らがこの男の幸福を願うのなら、今すぐ抵抗を止めて大人しくついて来て貰おう」
大事な主人からの命令と、その主人の命を天秤に掛けるけれど。主人からの命令がすべてであった奴隷たちは、他の命令に従っていいのか判断がうまく出来ないのだ。
「ころしてやる。絶対に、ころしてやる!」
「ぜんぶ言いなりになると思うな!!」
動きはしないけれど、武器は離さず、反抗的な目で睨んだまま。仕方ない、と。従わないのならば、もう一度。汚れ仕事は慣れていると、アリスタルフが警棒を振り被れば。
「やめて!!!」
悲痛な叫び声。アリスタルフの手が止まる。それは、すべて見ているだけだったマザリモノの奴隷の声だった。
「ねらいはぼくです。そうですか?」
震える声で。檻に縋り付いて悲願する。ころさないで、ひどいことしないで、どうか。
「ついていきます。悪いこと、しません。ぼくは。だから」
ウィリアムが檻へと近付きの鍵を開ければ、マザリモノの奴隷は大人しく檻から出てくる。ウィリアムを見上げる瞳が揺らいで、ほたりほたりと雫が零れ落ちた。
奴隷商人を盾にすれば、すべての奴隷を連れ帰ることも出来たのかもしれない。そう、もうすこしだけ、時間があれば。
「何ごとだ!!」
乱入者により、事態は急変。乱暴に扉が開かれ、現れたのは歯車騎士団の憲兵隊だった。
倉庫からの音は、アンジェリカのオーディオエフェクトによって聞こえることはない。けれど、商人と共に倉庫へ転がり込む不審な動きは見られていたのだ。
「て、撤退しましょう!」
ティルダが言うが早いか、アリスタルフが奴隷商人を突き飛ばす。ウィリアムがマザリモノの奴隷を担ぎ上げる。
「お手伝いします! 今のうちに!!」
裏口へ駆ける仲間たちを援護するようにモカが歌い、戦闘用奴隷と歯車騎士団の動きを留めた。
駆けながら、オルパは倒れていた奴隷に手を伸ばすけれど。その手は空を掴むだけ。
「………ちくしょう」
感傷に浸る時間もなく、自由騎士たちは追っ手を振り切り走る。その間も涙を零したままだった、マザリモノの子が何かを呟いた。
――――あなた。たいせつな、あなた。あなたのしあわせを。ねがいます。ずっとずっと。
フリーエンジンと共に行ってきた奴隷解放。
今日も、自由騎士たちは奴隷たちを救うためにスレイブマーケットに潜り込んでいた。
かちり。人通りのない狭い路地に、鍵が外れるおとがちいさく響く。
『隠し槍の学徒』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)が、奴隷たちのいる倉庫の鍵をピッキングマンを使って開けたのだ。
「それじゃあ、私たちは商談に向かう」
ウィリアムが『百花の騎士』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)に視線を移せば、アリスタルフはこくりと頷いた。
アリスタルフの背後に並んだ『すなおの魔法』ユートリース・ミアプラキドゥス(CL3000573)の首には、奴隷の証である黒い首輪。
「初めて付ける……これが首輪」
すこし窮屈だと思うものの、それ以外になんの感情も湧かない。
これを付けているヘルメリアの奴隷たちは。苦しいのだろうか。悲しいのだろうか。逃げたいのだろうか。考えてみても分からない。
(僕も使われるだけの身で、主からどう扱われても平気だから)
黒い首輪にそっと触れてみる。けれど、奴隷の証であるそれは、ユートリースにとってはやっぱり、ただの首輪でしかなかった。
「ユト?」
「ううん、なんでもない」
ヘルメリアの奴隷たちに向かって、思うことも、言いたいこともないけれど。
(他人の幸せに、なりたいっていうのは、よく、わからない)
けれど、今の立場を選べた自分は、たぶん幸せものなのだろう。
同じように、首輪に手を掛ける男がひとり。
「奴隷の証ね。あまりいい気分はしないな」
倉庫を前にした『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)の胸の内に、どろりと重い感情が渦巻く。
思うのは、今まで道具として使われてきたヨウセイである仲間たち。ヘルメリアに奴隷として連れ込まれた者もいるという。
―――ふざけるなよ。ミトラースから解放されたかと思えば、今度は奴隷か。オルパがぎゅうと強く拳を握る。
「……ヘルメリアの奴隷文化は本当にクソだな」
救出対象のマザリモノだけでなく、ひとりでも多く救いたい。例え、力づくで攫うことになろうとも。
「ヒ、ヒトを奴隷にしているだけでも許せないのに……」
僅かに瞳を伏せた『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が呟いた。
偽りの優しさで信用させて、その実裏ですべての糸を引いているなんて―――。
彼女もヨウセイである。オルパと同じく、仲間たちが次々と狩られていく様を見てきたし、大切な親友も喪った。だから、ヘルメリアの奴隷制度も見過ごせない。
「あらあら、まあまあ。随分怖いお顔をしていますね」
「わっ?」
目の前に現れた金色のもふもふ。『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が、ティルダの顔を覗き込んでいた。思わず声を上げそうになったティルダが慌てて口を抑える。その様子を見たアンジェリカは優しく微笑んで。
「そんなに怖いお顔だと、奴隷の方たちも釣られて怖いお顔になってしまいますよ」
アンジェリカは指先でむにりと頬を持ち上げて、笑顔を作ってみせる。それを見てふたりの顔が僅かにゆるんだのを確認してから、倉庫への扉へ手を掛けた。
この向こうに、奴隷たちが居る。はやる気持ちを抑えて、呼吸を整える。ふう、と息を吐いたアンジェリカは行きましょう、とゆっくり扉を開けた。
僅かな隙間からひとり、またひとりと倉庫へ身を滑り込ませれば、『教会の勇者!』サシャ・プニコフ(CL3000122)も、その背を追うように倉庫へと足を踏み入れた。
●
スレイブマーケットが行われているギルバークは、どこもかしこも賑わっていた。
ぼろのローブに身を包んだ『新緑の歌姫(ディーヴァ)』秋篠 モカ(CL3000531)は、きょろりと辺りを見回す。
通りで話に花を咲かせるひとたちに紛れてちらほらと見える黒い首輪。奴隷たちの瞳にはなにも映ってはいなかった。
(私にできることを精いっぱい頑張りましょう、一人でも多くの奴隷さんを解放したいです)
モカが決意を新たにしたころ、ウィリアムが奴隷商人、デイミアン・マクレガーに近付いていた。
「かの有名なデイミアン・マクレガーとお見受けする」
声を掛けられた男は振り向くと、ウィリアム、そして連れ立って並ぶアリスタルフ、メイド姿のユートリース、ぼろに身を包んだモカを睨めるように上から下までじっくりと見た。
「これは、どうも」
短い返事を返したデイミアンは、変わらず試すような視線を投げてくる。用心深い男だという話は本当のようだ。
「貴殿の所で扱う奴隷は質が良いと聞いた。戦闘奴隷もそれ以外の奴隷も、目の輝きが違うとか」
見せてはもらえないか、そう告げられればいくら用心していても奴隷商人として仕事をしなければならない。
どんな奴隷をお求めで? デイミアンは顔に商業用の笑顔を貼り付けてウィリアムに問う。
胡散臭い笑みだと思った。けれど、この笑顔で奴隷たちに付け込み、懐柔してきたのだろう。
彼が奴隷たちを不幸に付き落とした張本人だとしても、知らなければ伸ばされた救いの手には縋りつきたくなるものだ。
―――気分が悪い。けれど、ウィリアムはそんな態度はおくびにも出さない。
「他にない希少品であればなお良いが……、……最近は何かあるかね?」
最初は用心していたデイミアンだが、あれやこれやと商品の説明を始めた。商談が上手くいって金が手に入るのなら、なんだっていいと思っているのかもしれない。
ウィリアムの使用人のフリをしたアリスタルフが主となって商談は進められた。
後ろでは、ユートリースとモカがじっと話を聞いている。
ここから逃げ出そうという奴隷を演じ、唄や踊りで商品としての価値を示そうと思っていたモカ。
けれど、奴隷を売るためにスレイブマーケットに参加したデイミアンは、今は新たな奴隷を買うつもりはなかった。
商談に口を挟んで奴隷であることを疑われる訳にはいかないと、モカは従順な奴隷を演じる。
戦闘用から、家具、愛玩用に至るまで。様々な奴隷の話をしたデイミアンが、これはなかなか貴重ですよ、という言葉と共に並べられた写真は、救出対象のユニコーンのマザリモノ。
「美しいな」
「ええ、それしか取り柄はないですが。従順ですよ」
そうしたのはお前のクセに。アリスタルフは口を噤む。普段から感情を表に出すのが苦手でよかった。そうでなければ、奴隷商人に心の内を見透かされていたかもしれない。
「いいんじゃないか。価格はいくらだ? 相当しそうだが、良い物が高いのは当然の事だな」
それを気取られる隙すら与えないよう、ウィリアムが口を挟む。
心配をせずとも、事前にしっかり打ち合わせをした貴族と使用人というふたりの演技は、デイミアンが疑いを忘れるほどに堂に入っていたのだけれど。
「買い取った後、元の主恋しさに活きが悪くなっても困る。飴になるような言葉や行動があれば教えて欲しい」
アリスタルフの問いに、デイミアンはふむ、と考え込んで何やら話し始めた。その様子をユートリースはじっと見ている。
―――いま、倉庫のなかはどうなっているのだろう。うまくいっていればいいのだけれど。
そんなことを誰かが考えた時だった。ユートリースの胸元のマキナ=ギアに通信が入るおと、それから。何かが争うようなおとが、倉庫から聞こえてきた。
時はすこし遡り、バックヤードにて。
ピッキングマンとアンジェリカのオーディオエフェクトによって、倉庫のなかへ忍び込んだことは気付かれることはなかった。
倉庫のなかを見回せば、まず最初に目に飛び込んできたのはしっかりとした作りの檻。それはユニコーンのマザリモノ、そして戦闘用奴隷がそこにいることを示している。
そして、倉庫のなかがとても静かなことに驚く。今まで聞いた話のように、絶望に打ちひしがれる奴隷はいない。まるで、ここにいるのは奴隷ではないなんて、そんな錯覚を覚えるほど。
奴隷商人を慕い、自分たちは幸福だと信じる奴隷たち。彼らの姿を視界に収めてすぐ動いたのはアンジェリカだった。
アンジェリカは護衛をしている奴隷たちへ向かって駆け、彼らがアンジェリカの姿を認めるよりはやく、巨大な十字架で奴隷たちを横薙ぎに払う。
「っぐ、あ!?」
「………なに!?」
不意を打たれた奴隷たちは、何が起きたかすら分かっていないようだった。武器を構えることもなく、唖然としている。
何も知らない彼らに対して武器を振るうことが、心を痛めない訳ではないけれど。救うためには、彼らに武器を振るわねばならないなんて。
「目指すは全奴隷の解放です! 可能な限り頑張りましょう!」
足並みの乱れたままの奴隷たちへ、オルパがダガーを両手に迫る。驚愕の声が、武器の鳴るおとが、溢れるなかで。ちいさな声が聞こえた。
「………かい、ほう?」
鷹の目のような視界を得たオルパは、視線を動かすことなくその声がした方を見る。そこには、檻のなか、瞳を丸くしたマザリモノがいた。
ちらと視線も向ければ、虹色の色彩と視線がぶつかる。突然の出来事に怯えることもなく、ただぼうっと様子を見ているだけの姿に、ぐずりと胸が痛む。
(…………本人達が幸せだと思っているなら、それでいいじゃないか?)
そう言うのだろうか、あの奴隷商人は。けれど、オルパはそれは違うと言える。面と向かって言うことが出来るなら、胸ぐらを掴んででも言ってやりたかった。
―――そんなわけがあるか。それは幻想だ、と誰かが教えてやる必要があるんだ、ヒトとしての本当の幸せを教えてやる必要があるんだ。
今回、その役目をオルパたちは引き受けたのだ。だから、そのためにも。
「……手荒な真似をして、すまない」
オルパのダガーが捕らえた、奴隷の皮膚が裂ける。流れる血は、赤く。痛みに歪んだ顔も、ただの子供と変わらなかった。
奴隷たちの動きはなかなか足並みが揃わない。ティルダの放ったトロメーアによって足を止められた奴隷がいたことも、理由のひとつなのだろう。
苦しそうに呻く声が聞こえる。それは、動くことが出来なくなったひとりの声。
「うごけ、うごけ……! こんな、約束、したんだ、護るんだ……!」
爪が食い込むほどに拳を握り、身体を動かそうと歯を食い縛る姿が痛々しい。思わず手を止めそうになったティルダが杖をぎゅうと握り締めた。
「どうして、そこまでして……」
ティルダの顔をぎっと睨み上げた奴隷の、鬼気迫る表情にティルダが息を呑む。
「約束した、だから!! なのに!!」
「………あ、貴方たちは虐げられているんです。騙されているんですよ!」
口を突いて出た、奴隷である彼らは知ることのない真実。しかし、それを聞いても。
「知らない! そんなことは知らない!! 主人はやさしくしてくれたはじめてのひとだ!!」
だから、優しくされた恩を返したい。それだけの理由で彼らは動く。
主人の幸福が一番で、護れと言った主人の言葉が絶対で、それを自分たちの意志だと思い込んでいる。
「その優しさが、偽りだったとしてもですか」
叫び声を裂くような、アンジェリカの静かな声。別の奴隷がちいさく呟く。
「偽り?」
「ええ。……そのマザリモノの家族が殺されたのは、あの男によって仕組まれたことですよ」
「俺たちもそうだと?」
「貴方たちの確証は持てませんが、それがあの男の手口です」
しん、と倉庫内が静かになって。奴隷たちの動きが止まる。けれど―――。
「だから、なんだ」
聞こえてきたのは、そんな言葉で。ひとりが声を上げたことにより、ぽつりぽつりと波及して奴隷たちが叫ぶ。
「そう! だからなんだ!!」
「嘘を言っているのはお前たちだ!!」
「主人が優しくしてくれたのは、嘘じゃない! 嘘じゃないんだ!!」
騙されていたなんて認めたら、壊れてしまいそうだから。今まで貰った優しさに縋りたいだけかもしれない。
「主人のために生きるのが、ぼくたちの幸せだ」
その言葉はとても強固な思い込みで出来ていて。それを告げる瞳に淀みはなかった。
他のひと拾われていたら、きっと、本当の意味で幸せになれただろうに。奴隷商人を心から慕うその姿は、あまりにも悲しい。
言葉で奴隷たちを止めることは出来ないのならば、戦うしかない。
奴隷たちの動きを止め、気力を削り、誰かが傷つけばサシャが支える。けれど、彼らは諦めることなく向かってくる。
マザリモノの奴隷を護るために。自分たちの大切な主人との約束を守るために。
奴隷たちより自由騎士たちの実力の方が、彼らより何枚も上手だったけれど。異様なまでの執念は、時としてそれを覆す。
圧されている。奴隷たちを無力化するには、すこし手が足りない。
商談をしている自由騎士たちに通信を入れるため、ティルダはマキナ=ギアを握る。
●
「何だ? ……すまない、ちょっと失礼」
物音を聞いて動いたデイミアンと同じくらい、通信を受けた自由騎士たちの行動も早かった。
「何かありましたか?」
「物音が。最近どうやらよくない噂も聞きますからね」
倉庫の扉を開いたデイミアンに、ユートリースが駆け寄った。倉庫のなかに気を取られていたデイミアンの反応が、僅かに遅れる。
その隙を逃さず、ユートリースは彼の胸ぐらを掴んで全体重を掛け引っ張った。対格差があれど、自由騎士だ。力で負けるわけがない。
デイミアンはバランスを崩し、ふたりはそのまま崩れ落ちるようにして倉庫のなかへ転がり込んだ。
「動かないで」
掴んだままの腕に一層力を込めて、締め上げるようにデイミアンの顔を自分へと向ける。彼の持つ魔眼がデイミアンの意志を奪うべく襲い―――。
「………貴様ら、フリーエンジンか!!?」
デイミアンが魔眼の力を払い退けることが出来たのは、彼が持つ警戒心のおかげだろう。
ユートリースを引き剥がそうとデイミアンがもがく。呆気に取られていた奴隷たちも何が起きたか理解したようで、主人を救うべく動こうとした、そのとき。
何かが風を切るおと。それから、何かがぶつかる鈍いおと。―――アリスタルフが、警棒でデイミアンの頭を打ち付けたのだった。
「ご主人様!!」
悲鳴に近い叫び声が聞こえて。けれど、それを意にも止めず、アリスタルフは警棒を男に突きつけて言う。
「お前らがこの男の幸福を願うのなら、今すぐ抵抗を止めて大人しくついて来て貰おう」
大事な主人からの命令と、その主人の命を天秤に掛けるけれど。主人からの命令がすべてであった奴隷たちは、他の命令に従っていいのか判断がうまく出来ないのだ。
「ころしてやる。絶対に、ころしてやる!」
「ぜんぶ言いなりになると思うな!!」
動きはしないけれど、武器は離さず、反抗的な目で睨んだまま。仕方ない、と。従わないのならば、もう一度。汚れ仕事は慣れていると、アリスタルフが警棒を振り被れば。
「やめて!!!」
悲痛な叫び声。アリスタルフの手が止まる。それは、すべて見ているだけだったマザリモノの奴隷の声だった。
「ねらいはぼくです。そうですか?」
震える声で。檻に縋り付いて悲願する。ころさないで、ひどいことしないで、どうか。
「ついていきます。悪いこと、しません。ぼくは。だから」
ウィリアムが檻へと近付きの鍵を開ければ、マザリモノの奴隷は大人しく檻から出てくる。ウィリアムを見上げる瞳が揺らいで、ほたりほたりと雫が零れ落ちた。
奴隷商人を盾にすれば、すべての奴隷を連れ帰ることも出来たのかもしれない。そう、もうすこしだけ、時間があれば。
「何ごとだ!!」
乱入者により、事態は急変。乱暴に扉が開かれ、現れたのは歯車騎士団の憲兵隊だった。
倉庫からの音は、アンジェリカのオーディオエフェクトによって聞こえることはない。けれど、商人と共に倉庫へ転がり込む不審な動きは見られていたのだ。
「て、撤退しましょう!」
ティルダが言うが早いか、アリスタルフが奴隷商人を突き飛ばす。ウィリアムがマザリモノの奴隷を担ぎ上げる。
「お手伝いします! 今のうちに!!」
裏口へ駆ける仲間たちを援護するようにモカが歌い、戦闘用奴隷と歯車騎士団の動きを留めた。
駆けながら、オルパは倒れていた奴隷に手を伸ばすけれど。その手は空を掴むだけ。
「………ちくしょう」
感傷に浸る時間もなく、自由騎士たちは追っ手を振り切り走る。その間も涙を零したままだった、マザリモノの子が何かを呟いた。
――――あなた。たいせつな、あなた。あなたのしあわせを。ねがいます。ずっとずっと。