MagiaSteam
誰がために戦士は猛る




 頭が、顔面が、真っ二つに裂けていた。
 縦に両断された笑顔が、鮮血と脳漿にまみれたままニヤリと歪んでいる。
「相変わらずの事をしておるようだなガロム・ザグ。主を殺したくらいで、生き方はそう変えられぬというわけだ」
「……過去からは逃げられぬ。それは当然の事」
 頭頂部から胸元の辺りまでを両断された男と、ガロム・ザグは会話をしていた。
「だが私は今や、貴方にお仕えしていた忠実なる兵隊長ではないのだ。語る事など何もない、と言いたいところだが……恨み言ならば聞こう。貴方を殺したのは、私なのだからな」
「ふふ、恨み言か。ないわけではないが」
 裂け目から、脳髄がトロリと流れ出す。
「それより今は、貴様を嘲笑う方が愉しい……そうよガロム兵長、貴様は何も変わっておらぬ。私の猟犬として、愚民どもを狩り殺していた頃から! 何も、なあ」
 真っ二つの笑顔が、頭蓋骨の内容物を噴出させながら捻じ曲がってゆく。
「貴様はな、根本のところでは私と同じなのだ……民衆という者どもを、憎んでいる」


 ガロム・ザグは我に返った。
 男が1人、頭部を、顔面を、真っ二つに叩き割られて路上に倒れ、脳髄をぶちまけている。
 かつての主、ではない。
 かつての主にそうしたようにガロムは今、この男の頭蓋を大型剣で両断したのだ。
 旧シャンバラ領。街道上に、同じような屍が散乱している。
 ノウブルだけではない。キジンがいる、角や尻尾を生やしたマザリモノもいる。シャンバラ皇国においては「異端」と呼ばれ、蔑まれていた者たちだ。
 それが、十数名。
 全員を、ガロムは斬殺した。殺してしまった。子供たちの、目の前でだ。
 男たちの扱っていた『商品』が、路上に放置されている。4頭立ての馬車。
 鉄格子の、長方体であった。檻に、そのまま車輪を付けて、馬に引かせていたのだ。
 その檻の中で、子供たちが怯えている。
 7人いた。男の子が3人、女の子が4人。全員ノウブルである。
 かつて神民と呼ばれていた人々の、息子たち娘たち。
 それが今、かつて異端と呼ばれていた者たちによって売買されているのだ。
「……無駄な事……したなぁ、お役人さんよぉ……」
 マザリモノが1人、胴体を叩き斬られた状態で、辛うじて生きている。
「そのガキども……親御さんのところへ返すのかい。また売られるぜぇ……」
 ガロムは檻車に歩み寄った。
 子供たちは怯えている。当然だ。鉄格子の外にいるのは、返り血にまみれた殺人者なのだ。
「あの連中はよ……神様に守られて、遊び呆けてやがった頃を……忘れられねえのよ……」
 マザリモノの人買い商人が、なおも言う。
「だから仕事なんざ出来ねえ。すぐに金が無くなって、子供を売る……へへ、生きるためじゃあねえ。遊び呆ける金が欲しいからよ」
 実例を、ガロムは嫌になるほど目の当たりにしてきた。
「だから、俺たちは買ってやるのさぁ……へへ、何しろ神民サマ方の坊ちゃん嬢ちゃんだぜえ? 異端なんて呼ばれてた連中にとっちゃあ最高のオモチャよ。高く売れるんだわ、コレが」
 ミトラースが滅びた後、異端と呼ばれていた人々の多くが財を成した。神民から、様々な利権を奪い取った。
「これもなぁ、自由騎士団サマのおかげよ……」
 マザリモノの商人は、そこで力尽き息絶えた。
 怯える子供たちの面前で、ガロムは立ち尽くしている。
 この子らは、ひとまず総督府に保護させるとして、その後はどうするのか。
 子供たちの父母を、生かしておくのか。皆殺しにするべきではないのか。
(……何だ……何なのだ……)
 ガロムは天を仰いだ。
(一体、何なのだ……この国の者どもは……)
「憎いか、民衆が」
 声を、かけられた。
「我らオラクルは、民衆という者たちに……どうも幻想を抱きがちだとは思わんか。守るべき善良なる民、そんな思い込みを拭いきれぬ」
 木陰から、巨体が1つ、ゆらりと現れたところである。
 いくらか猫背気味の、筋骨たくましい身体に、鎖が巻かれている。首から上は、猪の頭部だ。
 牙を伸ばした猪の口が、流暢な人語を発している。
「……民衆に、美しさを期待するな。糞尿にまみれた家畜だと思え。守ってやろうと思うなら、鞭打って言う事を聞かせねばならん。時には間引きも必要となる」
 同じ言葉を、ガロムは確かに聞いた事がある。先程、幻影の中にいた人物の口からだ。
「それが出来る人材を、我らヴィスマルク軍は必要としている……ガロム・ザグ、俺と共に来い」
「……貴様、ヴィスマルク兵か」
「侵火槍兵団所属、ドルフロッド・バルドー少尉」
 猪のケモノビトが、恭しく巨体を曲げて一礼する。
「ガロム・ザグ。お前がベレオヌス・ヴィスケーノ侯爵より学んだ事を、我が軍で活かすのだ」
「……その名を、私に聞かせるのか」
 自由騎士団と共に戦う事で自分は、心にこびり付いたベレオヌス・ヴィスケーノの亡霊を完全に断ち切った、はずであった。
 断ち切ったはずの亡霊が、しかし再び現れ始めた。
「あ……あの……」
 子供たちの中で最年長と思われる少女が、檻の中から声をかけてくる。
「……助けてくれて、ありがとう……ございます……」
「……私は、人殺しをしただけだ」
「あなたに……アクアディーネさまの、ご加護がありますように……」
 少女は、ぼろぼろになった書物を抱えていた。この地で、教科書として用いられている漫画書物。
 この子供たちに読み聞かせていたのだろう、とガロムは思った。
「アクアディーネさまは、ミトラースさまから……わたしたちを守る役目を、受け継いで……あ、あなたの事も、守ってくださいます!」
「立派だ」
 ドルフロッドが、手を叩いた。
「この国は、次の世代に期待が出来る。なあガロム・ザグ、見込みのない大人どもは皆殺しにしてしまおう。この子らのためにもだ。お前がそれをやるなら、俺はいくらでも手を貸すぞ」
「貴様……!」
 口論をしている場合では、なくなった。
 街道の両脇に、おぞましいものたちが出現していた。左右から、檻車を囲む形である。
 巨大な腐肉、としか言いようのないものが6体。
「イブリース、か」
 ドルフロッドが、鎖を握った。
 長大な鎖。その両端は、棘の生えた鉄球である。
「聖獣の屍……ふん。ミトラースの悪しき遺産というわけだな」
 巨大なイブリースが、左右から3体ずつ、檻車に迫り来る。鉄格子の中で、子供たちが身を寄せ合う。
 右側の3体と、ガロムは対峙した。
「ドルフロッド・バルドー……!」
「言われるまでもない、子供たちは守る」
 左側の3体に向かって、ケモノビトの巨体が、まさに猪の如く踏み込んで行く。
「国母様の慈しみを受けるべき子供たち……未来の、忠勇なるヴィスマルク臣民だ。無論、守るとも」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(6体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 旧シャンバラ領内の街道上に、聖獣の屍のイブリース化したものが6体、出現しました。これを討伐して下さい。

 街道上には子供7人を詰め込んだ檻車が放置されており、イブリースはこれを左右から襲撃せんとしています。
 現場にはイ・ラプセル総督府武官ガロム・ザグとヴィスマルク軍人ドルフロッド・バルドーがいて、イブリースと戦っている最中です。ガロムが右3体、ドルフロッドが左3体を受け持っており、共にいくらか負傷していますがBS状態ではありません。

 そこへ、自由騎士の皆様には突入していただきます。
 街道上に布陣し、敢えてイブリースの挟撃を受けるか。部隊を分けて左右のイブリース群それぞれを後方から襲うか。部隊を分けず、まずは片方を総力戦で粉砕するか……その辺り、プレイングに記していただけると助かります。

 イブリースは、まずは近くにいる生命体を殺害しようとしますので、左右それぞれの側で最低1名のオラクルが戦闘可能である限り、檻車内の子供たちにイブリースの攻撃が及ぶ事はありません。
 檻車を引いていた馬たちはすでに逃げ去っておりますので、最初に子供たちを避難させる場合は扉の錠前を破壊していただく事になります(オラクルであれば、通常攻撃の一撃で可能です)。

 イブリース6体の戦闘手段は全て同じ。牙と鉤爪(攻近単)、瘴気の噴射(魔遠範、BSパラライズ2)の他、再生能力を有しており、1ターン毎に『パナケアLV1』と同程度の体力回復が自動的に行われます。

 ガロム・ザグ(ノウブル、男、24歳。重戦士スタイル。初登場シナリオ『暴君の帰還』)は『バッシュLV3』『ライジングスマッシュLV3』を使用。自由騎士団の指示には従います。

 ドルフロッド・バルドー(ケモノビト、男、32歳。重戦士スタイル)は『バッシュLV4』『ギアインパクトLV2』を使用。こちらは勝手に戦います。イブリースが全て斃れるまでは、イブリースへの攻撃以外の行動は取りませんが、自由騎士団からの攻撃を受けた場合はその限りではありません。

 両名とも、体力が0になれば普通に死亡します。

 イブリースとの戦闘中も戦闘後も、ドルフロッドを攻撃し殺害する事は可能です。戦争中である事を考えれば当然あり得る選択肢です。

 時間帯は真昼、場所は平坦な街道上。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
7モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年08月07日

†メイン参加者 6人†




 このところイブリースが、以前にも増して手強い。「神の蠱毒」の期限が迫っているせいか、と『海蛇を討ちし者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は思っている。
 このような、巨大な腐肉の塊にしか見えぬイブリースが、怪力や耐久力だけでなく意外な敏捷性を備えていたりもする。
 不気味に俊敏に蠢く肉塊を、鉄の流星が直撃する。
 イブリースの、巨体の一部が砕け散っていた。
 ウェルスは、思わず口笛を吹いた。
「上手いこと当てるもんだ。馬鹿力だけじゃ、そいつは扱えねえよな」
 鎖を引きずって飛翔する流星。それは、棘の生えた鉄球であった。
 鎖を握っているのは、1人のケモノビトである。ヴィスマルク軍人ドルフロッド・バルドー。
 こうしてウェルスが近くにいると、熊が猪に話しかけているようにしか見えない。
「相手がイブリースじゃなけりゃ、な……俺たちの助けなんか必要ねえところ、だろうが」
 砕け潰れたイブリースの肉体が、グジュグジュと盛り上がって再生してゆく。再生しつつ、鉤爪や牙を生やして振り立てる。
 再生能力を有する怪物が、6体。
 魔導攻撃力を持たぬ重戦士2名では、いささか相性の悪い相手ではある。
 ウェルスは、ドルフロッドの鎖鉄球にキラキラと破魔の光を投げかけた。
「これで、ちったぁマシになる」
「自由騎士団……力を貸して、くれるのか」
 ドルフロッドの巨体は、傷だらけである。イブリースの鉤爪や牙による裂傷。出血も、決して少量とは言えない。
 この男は戦っているのだ、とウェルスは思った。
 イブリースのおかげで、イ・ラプセルの自由騎士とヴィスマルク軍の兵士が協力する事が出来る。
「少なくとも今、この時だけは」
 剛力の細腕で巨大な十字架を担いだ『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が、ドルフロッドと並んで立った。
「貴方と共に戦わない理由はありません。守りましょう、子供たちを」
 ノウブルの子供が、7人。立ち往生した檻車の中で、怯え身を寄せ合っている。
 そちらへイブリースが向かわぬよう、盾兵たちが足止めの陣を組む。アンジェリカの連れて来た部隊である。
 盾兵部隊によって進行を止められたイブリースを、アンジェリカは見据えた。十字架を構え、狙いを定めた。
「救いましょう、全てを……」
 その「全て」には、ヴィスマルク兵であるドルフロッドも含まれるのであろう、と思いつつウェルスは破魔の光を、巨大な十字架にも投げかける。
 聖性を付与された重兵器を、アンジェリカはぶっ放した。
 轟音。
 十字架から、破壊の豪雨が放たれていた。凹凸のくっきりとした牝獣の肢体が、反動を受け止める。
 破魔の力を得た、多段式炸裂弾の一斉射。聖なる爆炎が、イブリース3体を焼き払う。
「見事……」
 焼かれるイブリースたちに、同じく破魔の力を得た鉄球を叩き込みながら、ドルフロッドは言った。
「その猛射撃に……俺を巻き込んで殺す事も、出来たのではないか?」
 そんな世迷言を咎めるかの如く、ドルフロッドの傷だらけの巨体に魔導医療の雨がぶちまけられた。癒しの魔力の直撃。
「……自由騎士団を、見損なってくれては困る」
 子供たちを閉じ込めた檻車の傍らで、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が放ったものだ。
「ドルフロッド・バルドー……君を死なせはしない。この子たちを守るために、戦ってもらうよ」
「そういう事だぜ、旦那」
 爆炎を押しのけるように現れ、牙を剝くイブリースたちに、ウェルスは大型の2挺拳銃を向けた。
「共闘の形になっちまった以上……敵の兵隊だろうが、後ろからわざと誤射するような真似はしねえよ」
 猪と熊と狐。こちらは獣だらけだ、と思わぬ事もなかった。


 全身に傷を負っていたガロム・ザグが、マグノリアによる癒しの雨を浴び、一瞬だけ戸惑ったようだ。
 その身体で、傷が塞がり消えてゆく。
 治療を得たガロムの傍を、熱量ある疾風が走り抜ける。『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)の、高速の踏み込みであった。
「ガロムさん、無理をしないで!」
 鋭利な美脚が、蹴りの嵐となってイブリース3体を切り裂いてゆく。まるで真夏の日照と大時化のようだ、と『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は思った。
 思いつつ、呪力を錬成してゆく。
「貴公らか……」
 救援が来た事に、ガロムはようやく気づいたようだ。
「無理をしている……わけでは、ないのだがな」
「無理してる奴ってのはな、大抵そう言うんだよっ」
 左右2挺の拳銃を舞わせながら、『永遠の絆』ザルク・ミステル(CL3000067)が言った。
 2つの銃口から灼熱の弾幕が迸り、イブリース6体を激しく穿つ。
「久しぶりだなガロム。余計なお世話だろうが、あれからお前の事は心配してた……ベレオヌス・ヴィスケーノが、まだ見えちまうのか」
 蹴りで切り裂かれ、銃撃で穿たれたイブリースたちが、蠢き再生しながら高速で伸び、牙や鉤爪を一閃させる。
「過去は抱えたまま、未来へ進むしかない……ザルク殿は、そう言ったな」
 ガロムが直撃を食らった。鮮血がしぶいた。
「……なかなかに、大変な事だ」
「それでもね、進まなきゃダメなのが辛いですよねっ」
 エルシーが鉤爪をかわし、だが牙に切り裂かれた。しなやかな二の腕が、ざくりと裂傷を負って血飛沫を散らす。
 超高速で装填作業を終えながら、ザルクは声を投げた。
「2人とも無茶はするなよ。何なら俺が、前衛に出てもいい」
「お気持ちは嬉しいですが……出来るだけ、最初に決めた持ち場を離れない方針でいきましょう」
 エルシーが、続いてマグノリアが言った。
「そう……僕も、ここを離れたくはない」
 檻車の中で泣き怯える子供たちを励ましながら、マグノリアは何かをしたようだ。錬金術師のする事は、見ただけでは理解出来ない事が多い。
 グジュグジュと肉体再生を行なっていたイブリースたちが、硬直した。再生修復しかけていた破損箇所が破裂し、肉片や体液がしぶいて弾け飛ぶ。
 イブリースの再生能力が、不具合を起こしたのだ。
 自分が生命逆転の術式を用いる必要は無くなった、とテオドールは判断した。ならば、練り上げたこの呪力を直接攻撃に用いるまでだ。
「君たちに……出来るだけ、頑張って欲しいな」
「善処しよう」
 マグノリアの言葉に応えながら、テオドールは黒き杖を振るった。錬成した呪力を解放した。
 白い大蛇のようなものが、冷気の煌めきを飛散させながら生じ、うねった。
 氷の荊だった。イブリース6体を絡め取り、縛り上げ、切りさいなんでゆく。
「……迷っているのか、ガロム・ザグ卿」
 ゆっくりと杖の角度を調整し、氷の荊を制御しながら、テオドールは言った。
「民衆に……幻想を抱くな、と言われた」
 ドルフロッドにか、それともベレオヌス・ヴィスケーノ侯爵にか、それをガロムは明らかにしない。
「その通り……なのだろうな」
「私も、どちらかと言うと統治と管理を行う側でな」
 氷の荊が、イブリースたちを切り裂きながら凍て付かせてゆく。
 その攻撃を操りつつ、テオドールは語る。
「統治される側の人々に、あまり過度な期待を抱いてはならぬという事は身に染みている。大目に見てやれ、とは言わぬ。だがな、子を売るような親であろうと……殺せば、人殺しだ」
 イブリースに殺された、わけではない人々の屍が散乱している。ガロムの手にかかった、人買い商人たち。
「……このような事もな、出来れば控えた方が良い。貴卿の腕ならば、殺さず叩き伏せる事も出来たであろうに」
「ふ……私もな、殺さず捕える……つもりであった……」
 動きを封じられたイブリースたちに向かって、ガロムは猛然と踏み込んで行った。
「だが……止まらなかった……!」
 大型の剣が、イブリースに叩き付けられる。
 子供たちの親御らを、こんなふうに叩き斬りたいのであろう、とテオドールは思った。


 負傷し、片膝をつきながらエルシーは、天地を繋ぐ鎖を幻視した。
 いや、幻覚ではない。天と地が今、確かに繋がったのだ。扉が開き、経路が生じた。
 扉を開いたのは、マグノリアである。
 経路上にいるオラクル8名全員に、天地の力が流れ込んだ。
 エルシーの傷の内側から、肉が盛り上がって来る。流れ出た血液も、天から、地から、補給されてゆく。傷口が瘡蓋に変わり、剥がれ落ちる。
 全員に、そんな治療回復がもたらされていた。
「……マグノリアさんは今回、医療に専念ですか。まあ助かりますけど」
 エルシーは立ち上がり、イブリースたちに向かって踏み込んだ。
「また、アレが見てみたいですねえっ!」
「もう少し、余裕のある時にね。今回はこの子たちを守らなければいけないし、より確実な戦い方をさせてもらうよ」
 天地の連結を制御しながら、マグノリアは見つめている。エルシーが拳を、手刀を、蹴りを、イブリースの群れに叩きつけてゆく様をだ。
「……荒れているね、シスター」
「わかっちゃいますか……やっぱり、ね」
 エルシーは思う。自分も、隣で大剣を振るっているガロムと同じだ。子供らの親たちに叩き込みたいものを、イブリースに喰らわしている。
「……私もねえガロムさん。そんな人たちを、口頭注意だけで済ませられる自信はちょっとありません。今ここにいたらね、何か短絡的な事をやらかしていたかも。絶対短絡、ぜつ☆たん! です。気を付けなきゃですね」
「私は……気を付けていても、自分を止められぬ」
 ガロムの一撃が、イブリースの1体をほぼ両断した。
 両断されかけたイブリースが、氷の荊に縛られながらも暴れ、牙を剥き、瘴気を噴射する。
 その瘴気が自由騎士たちを襲う、よりも早く、テオドールが杖を捻った。
 氷の荊が、イブリースを締め上げながら切り裂いてゆく。そこへザルクが銃口を向ける。
「……心配するな、俺たちが止めてやる」
 白銀色のマズルフラッシュが迸った。
 聖なる銃撃が、イブリースにとどめを刺した。両断されかけていた巨体が完全にちぎれ、萎び、干からびて崩壊する。
 ようやく、1体を仕留めた。
 ここにいる全員が感じている事であろうが、イブリースが確実に手強くなっている。
「ふん……誰かが梃子入れでもしてやがる、感じはあるよなっ」
 そんな事を言いながら、ウェルスが左右の大型拳銃をぶっ放す。
 アンジェリカが十字架を振るい、炸裂弾の嵐をぶちまける。
 両名の射撃に援護されながらドルフロッドが踏み込み、鉄球の流星をイブリースに叩き込む。
 猛獣たちが暴れている、とエルシーは思わなくもなかった。


「はぁあああッ!」
 弾の尽きた十字架を、アンジェリカは振り回し叩き込んだ。粉砕の感触が、両腕にグシャリと伝わって来る。
 イブリースが潰れ、飛び散っていた。
 飛散する肉片を蹴散らすようにして、もう1体のイブリースが猛然と突っ込んで来る。満身創痍の、潰れかけた巨体。再生能力を封じられたまま牙を剥き、アンジェリカに食らい付こうとする。
 そして、銃声と共に砕け散った。
 ウェルスの銃撃だった。
「やれやれ、こっちも弾切れ寸前だぜ」
 大きな手で、拳銃を器用に回転させながら、ウェルスは語りかけている。
「どうも弾薬系の出費がかさんでいけねえ。イブリース災害は、かように経済的損失をもたらすわけだが、どう思う」
 ドルフロッドにだ。
「イ・ラプセルもヴィスマルクも、協力して事に当たるのが効率的だとは思わないか。まあ敵国にだけイブリースを出現させる手段、なんてものがあれば話は別だが」
「ふ……それは、良いな。何としても欲しい手段だ」
 ドルフロッドが不敵に笑う。
 アンジェリカも言った。
「無茶な戦い方をなさるのですね、猪の方」
「お互い様だ、狐の尼僧よ」
「子供たちを守る……貴方のその思いに偽りはないと見受けます」
 その言葉には、ドルフロッドは応えない。
 咆哮が、轟いた。
 エルシーが、両手を獣の顎門に変えて叩き込んだところである。その両掌から獣王の咆哮そのものの気の奔流がイブリースに激しく注入される。
 歪み、潰れ、破裂しかけたイブリースが、それでもエルシーに反撃せんと懸命に蠢きながら突然、真っ二つになった。
 目に見えぬ、呪力の斬撃であった。テオドールが、抜き身の短剣を己の首筋に当てている。
 真っ二つの肉塊が、干からび崩れてゆく。それが最後の1体であった。
「終わった、ようだな」
 呪いの短剣を鞘に収めながら、テオドールが息をつく。そして見回し、生き残りのイブリースがいない事を確認する。
「もう、子供たちを出してあげても良かろう。私が鍵を、ああこらこら」
 エルシーが、檻車の錠前を手刀で粉砕していた。子供たちが悲鳴を上げ、怯えた。
「皆さん、もう大丈夫ですよ!」
 鉄格子の中へと、エルシーは乗り込んで行く。
「お腹を空かせていませんか? 脱水症状を起こしている子はいませんか!? 水も食べ物も沢山ありますから……あれ、皆さん恐がっていますね。まさかイブリースがまだ生き残っているのでは!?」
「イブリースより恐ろしいものが押し入って来たんですよ先輩。落ち着いて下さい」
「ちょっと、それどういう意味ですかアンジェ」
「子供らに対してこそマナーを尽くしなさい、という事だよエルシー嬢」
 テオドールが言う。
 子供たちの1人が、ようやく声を発した。か細い声。
「……おうち……かえれる、の……?」
 答えられる者は、いない。
 しばしの沈思の後、テオドールがガロムの肩を叩いた。
「おうちの方々とは、少しばかり難しいお話をしなければならない。それが済むまでは……この彼が、皆の兄だ。お兄さんだ。存分に甘えると良い」
「おい、何を言う……」
 血相を変えかけたガロムの顔を、テオドールはまっすぐに見据えた。
「貴卿に必要なのは、このような経験だと私は思うのでな。どの道、あの民政官殿から同じ事を押し付けられて貴卿は結局、引き受ける事になる」
「ガロム……君が、ほとんど兄のようなものとして……スバル・トニッシュの面倒を見ている事は、知っているよ」
 マグノリアが言った。
「そこのヴィスマルク軍人が言う通り……僕たちは、人の心に幻想を抱きがち、なのかも知れない。乱雑で、汚らしくて醜いもの……の奥底に、美しいものがある。そう信じたがっている、のかも知れない。美しいものがないのなら……本音を言えばね、僕だって守りたくはないさ」
 自分もそうだ、とアンジェリカは思う。
 自分が守った人々は、善男善女であって欲しい。悪人であったとしても、悔い改めて欲しい。
 それはしかし、見返りを求めて人助けをする行為と、根底は同じもの、なのではないのか。
 人々を家畜と断じ、管理の対象とする。その方針を隠そうともしないヴィスマルク軍人の方が、潔いと言えはしないか。
「使える道具が鎖だけ、という環境に身を置いていた」
 ドルフロッドが、ウェルスと話し込んでいる。ケモノビトの男性同士、何かが通じ合ったのか。
「なるほど、それでアレか。剣とか銃なんかより、鎖の扱い方が身に付いちまったと……鎖しか使えない環境。噂に聞く、北の収容所か?」
「いけ好かない看守を、鎖で叩き殺した。力があれば認められるのが我らヴィスマルク帝国だ」
「……狭い場所では、どうするんだ? その武器。洞窟とか森の中とか」
「鎖を短く持てば済む事よ」
「なるほど、なるほど」
 ウェルスが感心している。
「いやあ、お前さんとは気が合いそうだな。時間のある時に、ゆっくり話したいもんだ。俺の店の名刺を渡しておこう。今度、飲もうぜ」
「……通商連関係者か。なるほど油断がならん」
「あんたはな、ヴィスマルク側のいい窓口になってくれそうだ」
 一応は名刺を受け取りつつドルフロッドが、じろりと自由騎士団を見渡す。
「それで……俺は今から、どのような扱いを受けるのかな。さすがに、この人数が相手では何も出来んが」
「立ち去りなさい」
 エルシーが言った。
「……私の手が出る前に、早く」
「借りだと思うなら、いずれ返してもらう」
 マグノリアが、続いてテオドールが言う。
「ひとつ言っておこう……彼女は、すでにヴィスマルク軍を離れた。今後の干渉は許さぬぞ」
「連れ戻さずとも、あれはいずれヴィスマルク軍に戻って来る。ヨウセイがな、ノウブル狩りをやめる事など出来はしない」
「友がいる。それがどういう事であるのか、貴卿は全くわかっておらぬようだな」
 テオドールの言葉には応えず、ドルフロッドは背を向けた。
 歩み去って行く広い背中を、ガロムが睨む。
「貴公らが来てくれなかったら……私は、あやつの言葉を聞き入れていたかも知れぬ」
「……ありゃタチが悪いな。お前みたいな真面目な働き者にとっちゃ、最悪の相手だ」
 ザルクが言った。
「ああいう厄介な奴らが堂々と動き回ってる……それが、シャンバラの現状、か」
「そいつをな、1人でどうにかしようってのは無理な話さ」
 ウェルスが、ガロムの肩を叩いた。
「お前さんは働き過ぎって事だ。だから、おかしなものが見えちまう……少しは、休みな」
「休む暇くらい、俺たちが作ってやる」
 ザルクが、何かに思い至ったようである。
「……レガート砦だ。あそこを陥とせばヴィスマルクも、この国で工作をやらかす余裕は無くなる」
「……ですね」
 アンジェリカは頷いた。
「私たちの、手で」
「ああ、やるのさ」
 ザルクが、空を睨んだ。
「神の蠱毒の期限が、1年を切っちまった。なのに、どこもかしこも今ひとつ上手くいってねえ……だからこそ、1つ1つだ。俺たちが、片付けていくのさ」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済