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【白蒼激突】汝、竜に挑む気概ありや?



●聖堂騎士団最強部隊
「つまり――」
 彼女は、受けた説明をこう解釈した。
「認識・理解。全敵・蹂躙。異論在りや?」
「ン~フフフ♪」
 説明をした“魔女狩り将軍”ゲオルグは満足げに笑って、
「いえいえ、何もございませんとも。ええ、何も」
「――了解・認識」
 その返答に、彼女もうなずき拳を握り締める。
 すると、ガントレットがガシャリと鳴った。
 全身を真っ赤な甲冑に包んだ、背の高い女性であった。
 その顔は彫像の如く整っているが人間味は薄く、眼差しの鋭さと冷たさは氷のようである。
 背中まで伸びる青みがかった銀髪が、赤の鎧によく映えた。
「さてさて“竜騎公”様、それではそろそろ出陣の時間と相成りましたが、他に何かご質問などはございますか?」
「一つ」
「何なりと」
「此度の神敵・連中――喰いでは如何程か?」
「格別、でしょうなぁ」
 ゲオルグが答えると、それまで完全に無表情だった女の顔に、薄い笑みが浮かんだ。
「認識――では出陣する。さらば、師よ」
「ああ、行ってこい。そして存分に喰らってきな、我が弟子アルマイア」

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 咆哮が天を衝き刺す。
 “竜騎公”アルマイアの後方で、それまで身を伏せていたモノがゆっくりと立ち上がった。
 それはアルマイアの鎧と同じく、全身が赤い鱗に覆われた竜だった。
 いや、正確には伝承に伝わりし竜を模して造られた人造魔道生物。
 その名を大聖獣という。
「砕竜部隊、準備は如何に」
「「「完遂! 完遂! 完遂!」」」
「鎧竜部隊、準備は如何に」
「「「完遂! 完遂! 完遂!」」」
「了解・認識」
 うなずき、アルマイアは自身専用の超大型大聖獣“赤竜王”へとまたがった。
「目標・ニルヴァン小管区。目的・神敵蹂躙。“赤竜騎士団”進撃・開始」
「「「進撃せよ! 進撃せよ! 進撃せよ!」」」
 赤い鎧で統一された聖堂騎士達が、アルマイアの号令と共に出撃する。
 それを見送ってゲオルグは面白げにつぶやいた。
「さぁ、これは試練、試練ですよ。イ・ラプセルの皆さん。聖堂騎士団最強の“赤”を、果たして跳ね返すことはできますか? ン~フフフ♪」

●汝、竜に挑む気概はありや?
 シャンバラ国内・ニルヴァン小管区。
「考えられる中ではかなり最悪に近い展開かな、これは」
 水鏡からもたらされた情報に、パーヴァリ・オリヴェル(nCL3000056)は硬い声でそう言った。
「見たことはない。でも、噂には聞いたことがあるよ――“赤竜騎士団”」
「それはどういう連中なんだ?」
 自由騎士の問いに、パーヴァリは「ああ」と小さく声を出し、
「シャンバラの正規軍である聖堂騎士団。その中でも一番大きな戦力を持っている連中、らしい。何でも戦争用に調整された聖獣を操るとか……」
「聖獣だったら何度か相手をしているが、そこまでなのか?」
「これまで自由騎士の皆が戦ってきたのは、『汎用型』だよ。肉食獣型の幻想種を改造、調整しただけのものだ。でも、連中が連れている聖獣は違う」
 戦闘用ではなく戦争用。
 つまりは最初から兵器として開発された人造生物。
 それが赤竜騎士団が率いる大聖獣と呼ばれる一方向特化型の聖獣だという。
「まさか、“赤”まで出してくるなんて完全に予想外だったよ。シャンバラの連中は君達を少しも侮っていないらしい。……参った」
 こうなってくると苦笑の一つも出てこない。パーヴァリは息をついた。
「“赤竜騎士団”はシャンバラが持つ戦力の中でも切り札の一つだ。それだけに僕が持っている情報も少ない。大聖獣がどれだけの力を持っているかは完全に未知数だ。……それでもやるしかない。手伝ってもらえるだろうか」
 問うパーヴァリに対し、自由騎士達の答えは決まっていた。
「守るさ、ここも。イ・ラプセルも!」
「ありがとう。……多分だけど、連中は敵の切り札。ある程度戦力を削ることができれば退く可能性が高い。それまで、何とか踏ん張ろう!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
EXシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
吾語
■成功条件
1.赤竜王を撃破する
2.或いは、砕竜部隊を撃破する
3.或いは、鎧竜部隊を撃破する
本格的に戦争の様相を帯びてまいりました。
吾語です。

敵がついに本腰を入れて潰しに来ました。
何とかこの苦難を乗り切って、目にモノ見せてやりましょう。
以下、シナリオ情報です。

◆敵
・“竜騎公”アルマイア・エルネーシス
 赤い鎧に身を包んだ変な喋り方のノウブルのおねーさんです。
 ゲオルグの野郎の弟子らしいです。
 スタイルは重戦士。ただしネクロマンサーのスキルも使います。
 いずれもかなり高レベルなのでご注意ください。
 また、纏う鎧が魔導効果を宿し、常時HPチャージの状態となります。

・大聖獣“赤竜王”
 体長8mほどの真っ赤な飛竜の姿をした戦争用聖獣です。
 腕部が翼になっており飛行能力を有しています。飛行速度はそれなりに速いです。
 攻撃力:A
 防御力:A
 俊敏性:B
 特殊能力:再生能力(弱)、炎完全耐性、
      炎(遠単・超ダメージ・バーン3)、炎(全・大ダメージ・バーン2)

・聖堂騎士(砕竜)×3
 砕竜部隊に所属している赤い鎧の聖堂騎士です。
 三人一組からなり、重・魔・医のスタイルで構成されています。
 いずれも現状の自由騎士よりも高レベルの騎士達となります。
 また、纏う鎧が魔導効果を宿し、常時HPチャージの状態となります。

・大聖獣“砕竜”×3
 体長6mほどの頭部に大きく突き出た角を持つ戦争用聖獣です。
 イメージとしてはトリケラトプスが近いでしょう。
 飛行能力はありませんが、突撃による突破力が何より強力です。
 攻撃力:S
 防御力:C
 俊敏性:C
 特殊能力:再生能力(弱)、突撃(貫通・ノックバック・ショック)
 
・聖堂騎士(鎧竜)×3
 砕竜部隊に所属している赤い鎧の聖堂騎士です。
 三人一組からなり、防・防・医のスタイルで構成されています。
 いずれも現状の自由騎士よりも高レベルの騎士達となります。
 また、纏う鎧が魔導効果を宿し、常時HPチャージの状態となります。

・大聖獣“鎧竜”×3
 体長6mほどの全身が鎧のような表皮に包まれた戦争用聖獣です。
 イメージとしてはアンキロサウルスが近いでしょう。
 飛行能力はありませんが、その防御能力はかなりの脅威となるでしょう。
 攻撃力:C
 防御力:S
 俊敏性:C
 特殊能力:再生能力(弱)、テイルハンマー(近接範囲・ノックバック・ブレイク2)
 
※上記三勢力のうち一つを潰せば勝利となります。

◆戦場
 ニルヴァン小管区から少し離れた平原での戦闘となります。
 時間帯は昼間です。

◆予備時間
 水鏡から情報を得た状態でスタートとなりますので、遭遇まで予備時間が存在します。
 時間は2時間。その間はどのような行動をしてもOKです。
 罠を張る場合、罠一つ設置につき20~40分かかります(詳しくは判定を行なって決めます)。
 罠が上手く機能した場合、敵戦力が減少する可能性があります。

◆パーヴァリ
 パーヴァリは皆さんの指示に従います。
 現時点でイェーガーの全スキルをレベル2まで使用できます。

※なお、この共通タグ【白蒼激突】依頼は、連動イベントのものになります。同時期に発生した依頼ですが、複数参加することは問題ありません。
状態
完了
報酬マテリア
3個  7個  3個  3個
13モル 
参加費
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
10/10
公開日
2019年02月16日

†メイン参加者 10人†



●戦闘開始十分前
 ザクザクと、土を掘る音が平原に響く。
「ふぅ」
 折り畳み式のスコップを地面に突き刺し、『RED77』ザルク・ミステル(CL3000067)が袖で汗をぬぐった。
「ここはこのくらいでいいだろう」
「了解した。では、上がってきてくれ」
 掘った穴の底で言うザルクに、『信念の盾』ランスロット・カースン(CL3000391)が応じて手を伸ばす。
 その手を取って、ザルクは穴から上がって息をついた。
「二時間で何とか三つ、か」
 周りを見れば他の自由騎士達も協力して同じような穴を掘っていた。
 これからここに来る赤竜騎士団を迎え撃つための罠だ。
「油も最後だ。ちょうど使い切ったな」
 城塞から運んできた壺をひっくり返し、ランスロットは油を穴にブチまけた。
「いいかい? じゃあ、蓋をするよ」
 『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)が穴の上に板を乗せる。
 次いで、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)がその上に掘った土を乗せて、一見して落とし穴が分からないよう偽装した。
「こんなものかしら」
「草持ってきたよー!」
 そこに、草を刈った『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)がやってくる。
「ああ、助かる。草を撒いておけばだいぶ分かりにくくなるな」
 板は一人二人乗っても大丈夫なものを選んだ。
「そろそろ時間ですね。道具は片づけておきましょう」
 ニルヴァンから運んできた諸々の道具を抱え、『飢えた白狼』リンネ・スズカ(CL3000361)が近くの木陰にそれらを置いた。
「やぁやぁ、滞りなく終わったようですね」
「申し訳ありません、お手伝いできなくて……」
 『ReReボマー?』エミリオ・ミハイエル(CL3000054)と『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)がやってくる。
 二人は体力面で他の自由騎士に劣るため、体力を使わない準備の方に回っていた。それに負い目を感じていそうなフーリィンへ、『薔薇の谷の騎士』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)が快活に笑ってかぶりを振る。
「いいのいいの! こういうのは適材適所だよ! ね?」
「ああ、どうせ本番になれば嫌でも体力を使うからな」
 愛用のスコップを肩に担ぎ、促されたザルクがそう答えた。
 言われたフーリィンの顔にほんのり笑みが浮かぶ。
「そう言っていただけると助かります」
「まぁ、気を抜けるのもあとちょっと、だけどな」
 銃の手入れを終えた『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が言う。
「確認だ。赤竜騎士団は三つの部隊に分かれてる。そのうち、俺達が叩くのは攻撃力はヤバいが一番脆いと思われる砕竜部隊、で、いいんだよな」
「そうだね。それが一番、生き残れる可能性が高いだろう」
 答えたパーヴァリ・オリヴェル(nCL3000056)に、自由騎士の視線が集中する。
「重ねて言うけれど、赤竜騎士団はシャンバラの切り札の一つで、本来ならば戦争の最終局面で出てくるような連中だ。今回の戦いで全力を出してくるというのは、少し考えにくい」
「ある程度削れば、退く可能性が高い、と」
 ザルクの言葉に彼はうなずく。
「だから――」
 そしてパーヴァリが言葉を続けようとしたところ、
「来た……!」
 カノンが大きな声で皆に向かってそう告げた。
「もう来たのか!」
 自由騎士達は一気に騒然となる。
 皆が己の武器を掴み、落とし穴が仕掛けられている辺りに集まった。
 その数秒後、景色の果てに巻き起こる土煙が見えてきた。
「あれが……」
 低い地鳴りのような音が近づいてくる。
 それを目の当たりにして、カーミラが息を呑み込んだ。
「あれがシャンバラ最強の騎士団!」
 空を舞う赤き飛竜に率いられ、聖堂騎士団の“赤”が姿を現した。

●赤き進撃
 地表より高さおよそ20m。
 赤き翼が羽ばたいて空気を大きく唸らせている。
 赤竜騎士団の名の由来ともなっている、飛竜を模した戦闘型魔道生物“赤竜王”である。
 その背にまたがる主の名は“竜騎公”アルマイア・エルネーシス。
「――自由騎士、発見」
 赤の鎧に身を固めたアルマイアが、進行方向の先に集団を見つけた。
 ヨウセイの姿がある。敵だ。彼女は即座に判断した。
 ならばやるべきことは一つである。
 アルマイアは“赤竜王”の高度を下げると、自身が率いる攻撃担当である砕竜部隊へと命じた。
「神敵発見。進路上――距離、三百から四百。砕竜部隊、前へ」
「砕竜部隊、前へ!」
「前へ!」
「前進! 前進!」
 頭部に思い切り前に突き出た太い角を持つ砕竜が三頭、先頭に出た。
 “赤竜王”と同じ赤の体色をしているこの戦闘型の大聖獣の背には、やはり赤い鎧を身に帯びる聖堂騎士が騎乗している。
 砕竜一頭を先頭として、その両脇を他の砕竜がやや遅れて並んだ。
 矢印の形を作る、砕竜部隊の突撃陣形だ。
「アルマイア団長! 突撃陣形、編成完了!」
「――神敵・撃滅せよ」
 アルマイアよりオーダーが下される。
「神敵撃滅!」
 先頭を往く砕竜部隊の騎士が叫んだ。
「神敵撃滅! 神敵撃滅!」
 左右の聖堂騎士がそれに続いた。
「「「神敵撃滅! 神敵撃滅! 神敵撃滅!」」」
 後に続く聖堂騎士も全員がそれを叫び、赤竜騎士団は信仰のもと一つとなる。
 迫りくるそれを、自由騎士達は真正面から迎え撃たなければならないのだ。
「……に、逃げちゃダメか?」
 近づく地鳴りを耳にしながら、ウェルスが頬を引きつらせた。
「背を向けたところで、見逃してくれる相手だと思うか?」
「ああうん、魂のレベルで理解した」
 ランスロットの醒めきった指摘に、ウェルスは肩を落とした。
「それに逃げたらせっかくの罠が無駄になっちゃうから、ダメだよ!」
「そうそう。だから今は怖くてもここに立ってなくちゃ」
 止めるカノンに同意して、カーミラが己の纏う気を可視化する。
 キラキラと輝くそれは、昼間にあってもなお目立った。
 彼女は、自らを目印にしようというのだ。
「始まってしまうんですね。いやぁ、怖いですね……」
 言いつつも、だがエミリオの顔は笑っていた。
 その目は実に興味深そうに近づきつつある大聖獣の方を見ていた。
「アダム、前に出ておくぞ」
「うん、そうしよう」
 壁役であるランスロットとアダムが揃って一歩前に出る。
 すでに、砕竜部隊ははっきり視認できるところまで迫っていた。
 おそらく、接敵までは数分もかかるまい。
 目前となった開戦を前に、自由騎士の中には深呼吸をする者もいた。
「さぁ、気合入れていくわよ」
 エルシーが握った拳で鋭く虚空を殴りつけた。
 そして――聞こえてくる。
「「「神敵撃滅! 神敵撃滅! オオオオオオオオオオオオ!」」」
「き、来ました!」
「ええ、来ましたね」
 緊張から顔を青ざめさせているフーリィンに、リンネは静かに笑って返した。
「なかなか、怖いな――」
 ザルクが大口径銃に弾丸を込め終えて前を見据える。
 そこにあるのは、人の命など容易く消し飛ばす力の暴虐そのものだ。
「来いよ、シャンバラのクソノウブル共が!」
 吼えたのは、ウェルスであった。
 恐怖からではなく、矛を交えようという明確な意思を彼は迸らせた。
 そして、砕竜を先頭とした赤竜騎士団との相対距離がいよいよ詰まった。
 今だ。
「全員、後退しろ――――ッ!」
 タイミングを計っていたザルクが、全力で叫んだ。
 自由騎士達が一斉にその場から後に跳躍して距離をあける。
 先頭を走る砕竜の右前足が、地面に敷かれた板を勢いよく踏み抜いた。

●金剛不壊なるもの
 落とし穴は、自由騎士達が想定していた以上の効果を発揮した。
「うおおおおお!?」
「何だ、どうした……!」
「落とし穴だと、猪口才な!」
 掘った三つの穴全てに、それぞれ砕竜が一頭ずつ落ちていたのだ。
 砕竜の悲鳴が幾つも重なった。
 とはいえ、振り落とされる聖堂騎士が一人もいないのはさすがというべきか。
「落ち着け! この程度のことで!」
「ええい、暴れるな!」
 だが、どの騎士も暴れる砕竜を押さえるだけで手一杯のようだ。
 自由騎士が突くべき隙が、この瞬間出来上がる。
「まずは動きを縛らせてもらう!」
 ザルクが落とし穴付近の地面に銃弾を撃ち込んだ。
 宿った魔力が解放されて、場に束縛の結界を形成する。
「これは……!」
 気づいたのは、杖を持った聖堂騎士だった。ヒーラーか魔導士だろう。
 その騎士を、カーミラが狙った。
「解除なんかさせないよ、一気に攻め勝ってやる!」
 地面を強く蹴って、彼女は拳を振りかぶる。
 聖堂騎士を砕竜から落とせば敵の戦力を削ぐことができる。
 それを成しうる最大のチャンスが、まさに今だ。
「せいやああああああああああっ!」
 砕竜の上でさらに跳躍。カノンが聖堂騎士に渾身の飛び蹴りを繰り出した。
「ぬぅ、おォ……!?」
 蹴りは敵の腹部にまともにめり込んだ。
 だが、落ちず、倒れない。鎧の上を叩いてしまったがゆえに、蹴りの威力がある程度緩和されてしまったのだ。
「だけど、いいよ! ね!」
「うん!」
 一瞬悔しげな顔を見せるものの、カノンはすぐにそう叫んだ。
 そして応じた声は、騎士の死角から聞こえたものだった。
「こっちだって、チームで動いてるんだから!」
 カーミラだった。
 カノンが敵の注意を引いている間に、彼女は背後へと回り込んでいた。
「しま……ッ!」
「はああああああああああ!」
 敵騎士が体勢を立て直すより先にカーミラ渾身の蹴りがその身を強打する。
 小さくくぐもった声を漏らし、聖堂騎士は砕竜からずり落ちていった。
「「やった!」」
 カーミラとカノンがハイタッチでこの小さな勝利を喜んだ。
 だが――
 自由騎士の奇襲が成功したのはそこまでだった。
「イスルギさん! ローゼンタールさん! 避けて――――ッ!」
「え」
 フーリィンの絶叫にも近い声。
 振り向いたカーミラが見たものは、眼前に迫った太い鞭のような何かだった。
 バシィン、と肉を打つ音がして二人の少女が吹き飛ばされる。
 カーミラ達を殴りつけたのは鎧竜の尾であった。
「鎧竜部隊、防御陣形展開完了しました!」
 聖堂騎士の一人が報告する。
 いつの間にか、三頭からなる鎧竜の部隊が砕竜部隊の前に並んで壁を作っていた。
「この、野郎!」
 ウェルスがライフルをブッぱなすが、鎧竜の表皮はそれを容易く弾き返す。
 ――硬い。
 通常の攻撃はまるで通る気がしない。とてつもない強固さだ。
「だったら、乗ってる騎士の方を――!」
 鎧竜は攻め切れないと判断し、エルシーはその上の聖堂騎士へ飛び掛かった。
「安直な判断だ!」
 しかし聖堂騎士は彼女の拳を左腕の籠手で受け止め、反撃へと転じた。
 拳が、エルシーのみぞおちを打ち込まれる。
「くは……」
 痛みに呼吸が止まって、エルシーは丸みを帯びた鎧竜の背を転げ落ちた。
「そのまま潰してしまえ!」
 聖堂騎士が鎧竜に追撃を命じ、エルシーを踏み潰しにかかった。
「させるものか!」
 アダムがカバーに入って、鎧竜の足に自分をぶつけていった。
 重々しい衝突音が響く。
 鎧竜の足はその体当たりによって逸らされ、アダムも反動で数歩後退した。
 敵の追撃が来る。
 戦士としての経験則がアダムに警告してくる。
「くっ……!」
 彼は一声呻いてすぐに構えを直そうとするが、だが、追撃はなかった。
 いや、聞こえたのは鎧竜の追撃よりもさらに厄介な――
「――“赤竜王”」
 聞こえたのは女の声。場所は自分達よりかなり高くから。
 ギクリと内心に慄くものを自覚しながら、アダムは目線を上げた。
 巨大な赤い影が、そこにあった。
「いけない――!」
「焼け」
 アダムが血相を変えて防御態勢をとる。
 だがそれよりも早く、大聖獣“赤竜王”の口から真っ赤な炎があふれ出た。
 赤き灼熱が戦場全てを呑み込んだ。

●“竜騎公”の確信
 “赤竜王”は最強の聖獣だ。
 その肉体と生命力は強靭そのものにして、炎を全く寄せ付けない。
 さらには飛行能力と再生能力を備え、超高熱の炎のブレスをも操る。
 魔導大国シャンバラが作り出した戦争生命の最高傑作。
 それが、大聖獣“赤竜王”である。
 だからこそ、
「――意外」
 騎乗するアルマイアは、眼下にある光景に小さな驚きを覚えていた。
 砕竜部隊、鎧竜部隊も巻き込んで炎で焼く。
 それ自体は赤竜騎士団の正当な戦術だ。
 とはいえ、かなり無茶な戦術であることは間違いない。
 大聖獣の生命力と再生能力、聖堂騎士に支給された治癒力を促進する魔導が付与された装備一式があるからこその、力業の戦術。
 だが、使えるからこそこの戦い方は今も採用され続けているのだ。
 力業であろうとも、“赤竜王”の超火力で敵を焼き払える。
 味方が受ける被害を差し引いてもかなり強力な戦い方でもあった。
 事実、アルマイアに一定の自信は持っていた。
 此度もこの一撃で決着とはいかずとも敵勢力に甚大な被害を与えられる。
 そう思っていた。
 だが、そうはならなかった。
「う、ぐ、この程度……!」
「ま、待っててください。今、治癒を!」
「こんなモンで、このくらいの痛みで……!」
 “赤竜王”の炎に焼かれながらも、自由騎士達は倒れていなかった。
 一人も、倒れていなかった。
「うおおおおおおおおおおおお!」
 赤茶の体毛を半ば近く焼け焦げさせて、ウェルスがデタラメに銃を撃つ。
 弾丸は“赤竜王”に命中するが、肉が最も厚い部分に当たって大したダメージにはならなかった。傷はすぐさま再生を開始してさっさと消えていった。
「反抗・反撃。その意志も保つか」
「当たり――前だ!」
 鎧竜の背を踏み台にして、ランスロットが“赤竜王”を狙った。
 しかしアルマイアは手綱を引いて翼を羽ばたかせ、“赤竜王”をその場から大きく旋回させて彼の攻撃を回避した。
「意気軒高・士気高し。……認識・理解」
「みんな、今はあいつより穴に落ちてる方だ! まだチャンスはある!」
 火傷をある程度癒してもらって、ザルクが叫んだ。
 砕竜部隊は未だ落とし穴から復帰できていない。狙うのはそっちだ。
「最短距離を突っ走る!」
 真っ直ぐ、カーミラが砕竜の方へと向かった。
 その動きを見てアルマイアが指示を下す。
「鎧竜部隊・展開・応変」
「展開・応変!」
 鎧竜の一頭に乗る騎士がそれを復唱し、鎧竜を動かして壁を作ろうとした。
 振るわれる、太く大きな鎧竜の尾。
「今度は、当たらないモンね!」
 カーミラはそれを軽く避けて鎧竜の横を走った。
「軽率」
 しかし踏み出した足が、いきなり地面に沈み込む。
「う、わ……!?」
 アルマイアが魔導で地面を泥化させたがゆえであった。
 ドスンドスンと鎧竜が彼女に迫る。再び振るわれた尾は彼女を捉えるだろう。
「やらせるか!」
「ああ、そう簡単に事を運べると思わないでくれ」
 ザルクとパーヴァリが、銃と弓を連射して鎧竜の動きを阻もうと躍起になる。
「……ちきしょー!」
 やっと泥化した地面から抜け出したカーミラが、悔しさを言葉に吐き出しながらもほうほうのていで仲間達のところへと戻っていった。
 突出したからこそ彼女は肌で実感した。
 一人で攻めるには、鎧竜部隊と“赤竜王”の壁があまりにも分厚すぎる。
「さて、どうする……?」
 アダムの呟きは、仲間への問いであると同時に自問でもあった。
 砕竜部隊を狙うという作戦。
 それそのものは間違っているとは思えない。
 だが敵が素直にこちらの目的を完遂させてくれるはずがない。
 砕竜部隊を倒すためには、分厚くとも目の前の壁を超える必要があるのだ。
 そこまで理解しているがゆえのアダムの自問であった。
「――自由騎士」
 ふと、陰が差した。
 アルマイアが“赤竜王”を操って自由騎士の頭上に迫っていた。
 身構える自由騎士達を見下ろして、彼女は言った。
「事実・認識。自由騎士は未来を予知する」

●それは最も愚かな選択
「罠・時間・作戦・戦術。いずれも“赤”の来襲を知らねば不可能」
 告げるアルマイアに、自由騎士達は驚きを隠せなかった。
「な、何を……」
「隠蔽・不可。真実・確信。イ・ラプセルは未来を知る。師の言葉通りか」
「何を、言っていやがる!」
 ウェルスがアルマイアへライフルを向けた。
 だが敵将はそれに目もくれない。
 彼の攻撃など大した脅威ではない。そんな風に思われているのだ。
「イ・ラプセルの脅威、認識。重大な情報・提供感謝」
 “赤竜王”の上から、アルマイアは言った。
 彼女の皮肉に、アダムもカーミラも口を噤みつつも奥歯を噛み合わせた。
 自分達が立てた作戦が、敵の疑問に確信を与える結果となってしまった。
 その事実が自由騎士達を打ちのめす。
 だが、そんな中で笑う者がいた。
「何言ってんだ、お前は」
「いやいや、そうですよねぇ。ちょっと言っている意味が……」
 ザルクとエミリオである。
「は? 未来を知る? ……は? バカじゃねぇの?」
「ですよね~。それができるなら、今ここでこんな苦労はしてませんよ」
 ザルクはすっとぼけ、エミリオはやれやれと肩をすくめた。
 どちらもアルマイアに対し「的外れなヤツめ」と言わんばかりの態度だ。
「演技・無駄。自由騎士、秘密。既知」
「どうとでも言えよ」
 そしてザルクが銃を撃つ。
 弾丸はアルマイアの肩当てをかすめ、火花を散らせた。
「お前らが間違った情報を持って帰ってくれれば、それはそれでこっちゃ助かる。それだけの話なんだよ、これは」
「それにですねぇ――」
 今度はエミリオが毒々しい色の液体が入った試験管を投げつける。
 “赤竜王”の尾が振るわれて空中の試験官を砕いた。
 すると爆発が起きる。液体は、エミリオが調合した爆薬であった。
「分かってます? 今、戦闘中ですよ? そんな得意げに『お前達の秘密を暴いてやったぞ』と言われても、こっちとしては『あ、そう』としか……」
 困ったように言って苦笑する彼に、アルマイアの頬が小さく動く。
「愚昧」
 彼女は一言で切り捨てる。
「現状・認識せよ。自由騎士・勝率・皆無」
「笑わせるな」
 次に言い返したのは、ランスロットだった。
「笑わせるなよ狂信者。我らに勝ち目無しだと? この現状を見て何故そう言える。我らは未だ一人も倒れていない。未だ一人も逃げていない。それも理解できていないのか? だとしたら、果たして愚昧はどちらだろうな」
「…………」
 アルマイアが口を閉ざす。
 ただ、視線は強くランスロットを射貫いていた。
 ランスロットはそれを感じながら、改めて現状を見直してみる。
 実際のところ、アルマイアの言葉は外れていない。総戦力の面で、敵はこちらの比ではない。シャンバラ最強の名は伊達ではなかった。
 それに、狙おうとしている砕竜部隊も、鎧竜部隊が作る壁を越えねばまず攻めることができない。
 ならば狙いを変えて鎧竜部隊か“赤竜王”を倒すべきか。
 いや、それも難しい。
 鎧竜部隊はまさに絵に描いたような難攻不落だ。
 倒すことができるかもしれないが、それを遂げるまでに自由騎士側にどれだけの被害が出るか分かったものではない。
 “赤竜王”に至っては、まず相手が飛行しているというのが厄介すぎる。
 機動力の面で完全に上を行かれているし、相手は味方をも巻き込んで戦場全域を炎で包み込んでくるような相手だ。
 仮に“赤竜王”がもう一頭いたら、おしまいだ。
 確実にこちらが敗北する。
 あの大聖獣は、それほどの鬼札だ。
 では、どう攻める? どう戦う? 自分達はどう立ち向かえばいい?
「考え込む必要なんてないでしょ」
 ランスロットの脇腹をエルシーが肘で軽くつついた。
「最初っから、私達がやることなんて決まっているわ。今さらそれを変える必要なんてない。今は臨機応変よりも初志貫徹であるべきよ」
 エルシーは言う。
 最初に建てた作戦を貫くべきだ、と。
 それは砕竜部隊の撃退。おそらくはもっそも与しやすい相手だ。が、
「……今という状況ではその選択は愚かともいえるが」
 言って、ランスロットはかぶりを振った。
「いや、今は愚直こそが武器となる、か」
 下手な利口さは今は邪魔。
 今は愚かさをこそ武器として、意地をもって戦況を切り開くべき場面だ。
「ならばランスロット・カースン、参る!」
 信念という盾を心に構え、ランスロットが踏み出した。

●自由騎士は壁を越えて
 作戦に変更はない。
 当初決めた通り、砕竜部隊を撃破する。
「壁は超えるんだ! 僕達ならばできる!」
 アダムが叫んで皆を励ます。
 先んじて前に出たのは彼とリンネ、そしてカノンだ。
「鎧竜部隊、展開」
「展開せよ! 鎧竜、展開せよ!」
 上空より戦場を俯瞰するアルマイアが指示を出し、鎧竜の一頭が動いた。
 自由騎士は進路上に現れた壁を見上げ、走りながら隊列を組んで相対する。
「吹き飛ぶがいい!」
 聖堂騎士が手綱を打ち、鎧竜の尾を振り回させる。
 尾は重く空を裂き、側面から自由騎士を薙ぎ払おうとした。
「来ると分かっていれば、対応はできるさ!」
 その一撃を、アダムは構えた蒸気鎧でしっかりと受け止めた。
 カノンとリンネに攻撃が及ばぬよう、自ら敵の攻撃範囲に入っての防御だ。
「フフフ、滾りますね」
 それを見ていたリンネが小さく呟く。
 戦いの場、一切の安全がないここに立つことで、彼女の血は沸き立った。
 鎧竜に飛び乗って、彼女はその先の砕竜部隊を目指そうとする。
「させるものかよ!」
 だが聖堂騎士がリンネを阻むべく前に立った。
「――ええ、そうでしょう。そう動くでしょうとも」
「何……?」
 だがリンネこそ、この場における囮。
 訝しむ聖堂騎士の横を、リンネの後に隠れていたカノンが駆け抜けていった。
「貴様――!」
「おっと、どっちを向いているのですか?」
 カノンの方を振り向いた聖堂騎士の首筋へ、リンネが長い針を突き立てる。
「ぐおお!?」
 痛みに叫び、聖堂騎士は両腕を振り回した。
 腕が当たる寸前に退いた彼女は暗殺針を逆手に構える。
「私がお相手して差し上げますよ」
 言って、リンネはニタリと笑った。
 一方で走るカノンはついに鎧竜を超えて砕竜部隊の前に立った。
「いた――!」
 砕竜は、まだ落とし穴に墜ちたままだ。
 なまじ巨体であるだけに、立て直すのが大変なのだろう。
「貴様は……!」
 砕竜の上の聖堂騎士がカノンに気づいた。得物は大剣。重戦士か。
「いたな、聖堂騎士。カノンがやっつけてやる!」
「黙れ、小娘風情が!」
 聖堂騎士が大剣を横薙ぎに振り回してきた。
 さすがの一閃。
 技の鋭さから、カノンは相手の技量が自分より上であることを感じ取る。
 そして避けきれないことも察し、彼女は腕に纏うガントレットで受け止めた。
 ミシリという手ごたえは、ガントレットではなく骨から伝わる。
「砕けたか!」
 聖堂騎士が笑った。だがそのツラをカノンが思い切り殴りつけた。
 敵の一撃を受け止めた方の手で、だ。
「バ、カな……!?」
「へへ~ん! 何笑ってるのさ! 変なの~!」
 驚く聖堂騎士を、逆にカノンが笑ってやった。腕の痛みを我慢して。
 本当は痛かった。こうして笑っている今も、激痛で泣きたいくらいだった。
 だが弱みは見せられない。
 その決意がカノンの我慢を支えていた。
「く……!」
 聖堂騎士が一歩退く。
 それは、己の攻撃が通用していないことへの動揺からであった。
 カノンは敵の動揺を敏感に感じ取った。
「隙――ありィ!」
 全身の筋肉を連動させて、発生したエネルギーを拳に集束する。
 放たれた一撃は敵の鎧を突き破り、胸を大きく陥没させた。
「ぐは……、ァ……!」
 これ以上ない、確かな手応え。
 敵を倒したという実感が、カノンの笑みを演技から本物へと変える。
 そして彼女に、刃は叩きつけられた。
「……え?」
「自由騎士、せめて諸共にィィィィィィィ……!」
 聖堂騎士はあばらを砕かれ、下手をすれば内臓も幾つか破裂していた。
 まさに瀕死の重傷だが、それでも彼はただ倒れる己をよしとしなかった。
「神・敵・撃・滅……!」
 アルマイアより命じられた、その指示があったから。
 大質量の大剣が、カノンの体を右肩口から左わき腹へと振り抜かれる。
 切れ味鈍い刃は少女の肉をグシャグシャに切り潰し、血が一気に噴き出した。
「あ……」
 もがく砕竜の上で、相打ちとなった騎士二人が倒れた。
「私は――」
 その光景を見てしまったフーリィンが、手を合わせて祈りを捧げる。
 死に敏感な彼女は、カノンに迫る死の色に気づいたのだ。
「誰も、誰も死なせません!」
 彼女が発動させた癒しの魔導が、淡い光となってカノンを包み込んだ。
 一回で全てを癒すことはできないだろうが、少なくともこれで即死という最悪の事態を避けることはできたはずだ。
 カノンは、もうこの戦いには参加できないかもしれない。
 だが、彼女が示してくれたことがある。
「行ける。……戦える!」
 鎧竜の壁を越え、砕竜部隊を叩ける。自由騎士にはそれができる。
 彼女が証明したそれを自分達も成し遂げようと、自由騎士は気炎を上げた。
「――愚昧」
 戦場を見下ろすアルマイアが、手綱を握る手にグッと力を込めた。

●灼熱の白蒼激突
 よたび、炎が戦場を包み込んだ。
 アルマイアの眼下で、紅蓮は燃え盛り地面を真っ黒に焼け焦げさせた。
「うおお……!」
 だが、自由騎士は止まらない。
 突っ走るのはエルシーだ。その後方より、ザルクが支援に入っている。
「鎧竜部隊、前進。敵勢・圧倒」
「鎧竜・前進! 敵を壊走せしめよ!」
 アルマイアもただ鎧竜を守らせるだけではなく、攻勢に転じさせた。
「ああ、怖い怖い。……なので、こうしておきましょうか」
 エルシーを狙って突撃してくる鎧竜に、エミリオが試験管を投げつけた。
 試験管が割れて、中の液体炸薬が大気に触れて爆発を起こす。
「こんな程度の威力で、我らは阻めんぞ!」
「知ってますよ、そんなこと」
 エミリオの狙いは、炸薬による敵への攻撃ではなかった。
「……うお、これは!?」
 いつの間にか立ち込めていた煙が、聖堂騎士と鎧竜の視界を覆う。
 化学反応によって生じたこの色濃い煙こそが、エミリオが狙っていたものだ。
「今のうちに……!」
 エルシーが煙に紛れて砕竜部隊を目指そうとする。
 しかし、敵もそう簡単には通してくれない。
「足音、そちらかぁ!」
 視界を閉ざされた聖堂騎士が、音のみで彼女のいる場所を察知した。
 だが、敵が攻撃に移る前にザルクが動いていた。
「おっと、もう少しだけその足を止めてもらう!」
「銃弾如き、弾き返してくれる!」
「それができたら誉めて遣わすぜ、狂信者!」
 戦いに高揚して残酷な笑みを浮かべながら、ザルクが二度の銃撃を行なう。
 二発の銃弾は全く同じ射線を通り、そして聖堂騎士の鎧にぶつかった。
 一発目は鎧に食い込むに留まった。
 だが続く二発目が同じ場所に直撃し、一発目が鎧をブチ抜いた。
「がっ! あああああああああ!」
 脇腹を撃たれた聖堂騎士があられもない悲鳴をあげる。
「エルシー! 今だ、行け!」
「うん、ありがとう!」
 ザルクに小さく頭を下げて、エルシーが砕竜へと駆け寄ろうとした。
「――愚昧。愚昧。愚昧」
 だが上からの声。エルシーの肌が悪寒に衝かれ粟立った。
 熱気が押し寄せてくる。視界は陰り、耳には羽ばたく音が聞こえた。
 いる。あの大聖獣“赤竜王”が、自分のすぐ頭上に。
「弱卒・焼き爛れるべし」
「うああああああああああああああああああ!?」
 恐怖に突き動かされて、両手で頭を覆ったエルシーがその場から転がった。
 直後、“赤竜王”が吐いた炎が、戦場に炎熱地獄をもたらす。
 溜まりに溜まった熱が爆ぜるようにして噴き上がり、そこに火柱を作った。
「…………」
 アルマイアが再び“赤竜王”の高度を上げて、半ば焦土となった戦場を見る。
「う……」
「み、皆さん、今……」
「まだ、まだいけます……」
 フーリィンやリンネが、残り少ない気力を振り絞って癒しの魔導を使う。
 ここまで、“赤竜王”の炎に幾度も焼かれながらも自由騎士を倒し切れなかったのは癒し手の数が多かったからだと、アルマイアは気づいた。
 だが、それも限界に近いようだ。ここから見ればそれもすぐ分かった。
「健闘・認むる。……されど撃滅・近し」
 自分達の圧倒的優位を確信し“竜騎公”が小さく呟く。
 だが相手は師・ゲオルグが警戒する自由騎士だ。
 ここは確実性を重視すべきだろうと、アルマイアは考えていた。
「――このままじゃ確実に負ける」
 そして自由騎士もまた、自分達の劣勢をこれ以上なく自覚していた。
「だが、敵も無傷じゃない。ここまでの戦いで、砕竜部隊を追い込むところまでは成功している。それにいくら装備で耐えてるとはいえ、あのデカブツの炎を連中だって喰らってる。ダメージが溜まっててもおかしくない」
 ザルクの説明に、自由騎士達はうなずいた。
 ヒーラー達はほぼ魔力を使い果たし、それでも皆の傷は癒えきっていない。
 ここからさらに戦いが続けば、力尽きる者も出てくるだろう。
 攻勢に出れるのはこれが最後。
 自由騎士達の顔に、悲愴なものが浮かんでいた。
「とにかく厄介なのは“赤竜王”だね。あれをどうにかしないと……」
 アダムが言った。皆が痛感していることである。
 全員でかかれば鎧竜部隊の壁を超えることはできるかもしれない。
 だがそこに“赤竜王”が加わると、成功率は激減する。
「あいつは、俺が何とかする」
 言ったのは、ウェルスであった。
「あいつの妨害は俺の役割だったはずだ。……そいつを果たす」
 そう言う彼に、何人かがもの言いたげな目を向けた。
 そこに轟く“赤竜王”の咆哮。敵は待ってくれそうになかった。
「行こうぜ。最後の勝負だ」
 ライフルを手に、ウェルスが立つ。最後の激突が始まった。
「来るか、自由騎士」
 無表情のままに、しかし敵からは一切目を離さず、アルマイアは手綱を引く。
 自由騎士達はこれまで繰り返したように、砕竜部隊を目指していた。
「鎧竜具体・対応せよ。神敵撃滅・遂行」
「「神敵撃滅! 神敵撃滅! 神敵撃滅!」」
 鎧竜部隊が自由騎士を遮るべく移動を開始した。
 アルマイアも“赤竜王”で続こうとするが、弾丸が彼女の髪をかすめた。
「オラオラオラオラ!」
 ウェルスであった。
 他の敵には一切目もくれず、彼は“赤竜王”だけを狙って銃撃を続けた。
 一度二度ならば何とも思わないが、繰り返されるのは目障りだ。
 アルマイアの視線が、他の自由騎士からウェルスの方へと移った。
 それに気づいて、彼はニッと笑った。
「ようやくこっちを意識してくれたなァ、聖堂騎士様がよ」
 すでに、彼自身の魔力は他の自由騎士同様に底を尽きかけている。
 それでも、ウェルスはトリガーを引き続けた。
 一秒でも長く“赤竜王”の意識を自分へと引き付けるために。
「不毛」
 だがアルマイアは一言で断じると“赤竜王”に命じた。
「“赤竜王”――骨まで灰にせよ」
 ただ一人を焼き尽くすため、超々高熱の火炎放射が吐き出される。
「ガアアアアアアァァァァァァァァァ――――ッッ!」
 響く、ウェルスの絶叫。
 これまでの炎とはまるで違う、命そのものを焼却するような劫火である。
 外から中から熱に焼かれ、確実に死が近づく中でウェルスは見た。
 自分を見下ろすアルマイアの、興味なさげな顔。
 その瞬間、彼の中に湧いた感情は死への恐怖ではなく、生への執着でもなく、敗北への諦観でもなく、勝利への渇望でもなく――単なる苛立ちであった。
「な、に、を……」
 彼は焼かれていた。劫火に焼かれながら、だがなお立っていた。
「…………ッ!?」
 炎の中にあって、身を焼かれながらも自分に向かって銃を構えるウェルスの姿を見て、さしものアルマイアも目を剥いた。
「見下してやがる――――ッ!」
 怒りに押し上げられて、命を燃やしたウェルスが最後の一発を撃ち放つ。
 弾丸は“赤竜王”の肩に命中し、そして――巨体は傾いだ。
「……“赤竜王”!?」
 ウェルスのライフルに備えられた催眠の機構が、この土壇場で功を奏した。
 意識を失った大聖獣が地面へと落ちていく。
「地に這うな、貴様は赤き空の王であろうが!」
 アルマイアが腰の剣を抜いて“赤竜王”の背に突き立てた。
 痛みに目覚めた“赤竜王”が、地面にぶつかる前に何とか空へ舞い戻る。
「――戦況は!」
 内心に強く歯噛みしながらアルマイアは戦場を見た。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
 その耳にランスロットとアダムの咆哮が届いた。
 何と彼らは、落とし穴から立ち直った砕竜の突撃をその身で受け止めていた。
 巨大な体躯。強靭な肉体。砕竜が生み出す突進力は人を容易く血煙にする。
 ――はずだった。
 だが分厚い壁を誇るのは赤竜騎士団だけではなかった。
 自由騎士団にもまたいたのだ。彼らという、重厚にして堅固なる壁が。
 そして、砕竜の上に乗る聖堂騎士へと、エルシーが飛びかかった。
「これで……」
 至近距離から、彼女の全霊を乗せた一撃が聖堂騎士を襲う。
「終わり――――ッ!」
 肉が潰れる音がして、聖堂騎士は大聖獣の上から吹き飛んでいった。
 これで、砕竜部隊の聖堂騎士は全て倒れた。
「…………」
 その様子を見届けたアルマイアが、部下へと告げた。
「全軍・撤退! これ以上の損耗は認めず! 総員、即刻撤退せよ!」
 赤竜騎士団に一瞬動揺が走るも、彼らはすぐさま踵を返し撤退を始めた。
 戦場に甲高い笛の音が響く。
 それを聞いた砕竜の群れも騎士団に続くようにして背を向けた。
 今の笛の音は撤退の合図、なのだろう。
「――自由騎士団」
 最後まで残っていたアルマイアも、殺意で充血した目を自由騎士に向けつつそれ以上は何もせずに“赤竜王”を羽ばたかせて撤退していった。
「……ヘヘ、逃げていきやがる。ザマァねぇな」
 ウェルスが飛び去って行く“赤竜王”を眺めて呟く。
 感覚が完全になくなった手から、ライフルがズリ落ちた。
 彼自身もその体は見るも無残に炭化して、一見すれば死体とそう変わらない。
「あ、ヤベ……」
 そんな彼が、いつまでも立っていられるはずもなく、
「ライヒトゥームさん!
 力が抜けて倒れそうになったウェルスを、フーリィンが抱き留めた。
「今、傷を治して……!」
 残り僅かな気力を搾り、彼女はウェルスを癒そうとする。
 きっとほとんど効果はないだろう。だが、ないよりは確実にマシなはずだ。
「――見たかよ、連中、無様に逃げていったぜ。ザマァないな」
 朦朧とした意識のまま、彼はブツブツ呟いた。
「敵を倒せたのが、嬉しいんですか?」
「いや……」
 フーリィンに問われて、ウェルスはこう返した。
「誰も死なずに済んだのが嬉しいだけさ」
「……ええ、そうですね」
 彼の答えに満足し、フーリィンは強く強くウェルスを抱きしめた。
 こうして、自由騎士達はどうにかこうにかシャンバラ最強の赤竜騎士団を追い返すことに成功したのだった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

お疲れさまでした。
かなりの強敵でしたがギリギリ追い返すことに成功しました。

とはいえ、今回は敵は一時撤退でしかなく、
いずれ決着をつける機会がやってくるでしょう。

そのときこそ完全なる勝利を目指しましょう。
では、次の機会にお会いできるのを楽しみにしています!
FL送付済