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天下分け目、遺跡ケ原の戦い!



●凶報
 ――幕府軍、総出撃。
 その一報が梗都に届いたのは、つい先刻のことであった。
「……それは、本当の話ですか?」
 天津朝廷・梗都御所にて、伝令より報告を受けたアマノホカリは、つい演技を忘れて完全に素で聞き返してしまった。
 しかし、周りも同じように余裕がないのか、それを指摘する者はなく、ただただ、場はザワつくのみであった。
 しかし、それも当然の話だろう。
 何せ、ずっと睨み合っていた相手が、前触れもなくいきなり全軍出撃という大きすぎる動きを見せてきたのだ。しかも、報告によればヴィスマルクの部隊までもがそれに加わっているらしい。と、なればまさに文字通りの総出撃、ということになる。
「これは、一体……?」
「幕府の連中め、何を考えている!」
「ワケがわかりませぬな……」
 朝廷の公卿達も、そろって首をかしげた。
 まさか、ここまで大規模な動きを見せて何某かの陽動ということもないだろう。
「一体、嶽丸は何を――」
「あの……」
 真比呂が考えこんでいたところ、伝令役がまだそこに残っていた。
「どうした。報告が終わったなら下がれ」
「いえ、まだご報告すべきことが残っておりまして……」
「まだあるのか。ならば、早々に報告せよ」
「それが……」
 伝令役が見せた反応に、真比呂は眉根を寄せる。
 それはまるで、どう報告すればいいのかわからない、とでもいうような……。
「よい。何があったか、簡潔に述べよ」
「は、それでは――」
 そして伝令役は告げる。
 それは、まさに凶報と呼ぶ以外にない報告であった。
 もたらされたそれを聞いて、真比呂は愕然となりながら、呟いた。
「……幕府軍が、街や村を襲撃しながら進軍している?」

●殲
 町が、燃えていた。
 その町は今朝まで平和そのものだった。
 幕府と朝廷の対立はあれど、どちらもいたずらに町を燃やすような存在ではない。
 戦いは頻発すれど、それに町が巻き込まれることは基本的には少ない。
 ゆえに、戦時下であっても人々はそれなりに平和な時間を過ごすことができていた。
 ――今朝までは。
「焼け、殺せ、壊せ、目につくものは全て殲滅せよ。これは上意である!」
 焼け落ちる町の中で、そう叫ぶ者がいる。
 その男と、そしてそれにつき従う者達は皆、幕府軍の装備に身を固めていた。
 そしてはためく旗には宇羅氏の家紋。
 逃げまどう民達は、己を襲う者が国を守るべき立場にある幕府だと知った。
 家が崩れる。
 人が斬られる。
 子供の泣き声は炎の爆ぜる音に消え、兵士達は横たわる骸を踏みつけていく。
 平和だった町は、今や完全に蹂躙し尽くされようとしていた。
「な、何故です!」
 炎の朱と煙の黒に彩られた町の中で、一人の女が幕府の武士に向かって尋ねた。
「何故、このようなご無体を……!」
「何故とは、どういうことか?」
「どうして、お侍様がこのようなことをなさるのですか!」
「うむ? 意味が分からんぞ、娘」
「い、意味が分からないって……、国を守るあなた達が、どうしてこんな!」
「おう、そうだな。我ら幕府軍、かれこれ数十年、この国を守り続けてきたな」
「だったら――」
「だから、もういいだろう?」
 武士の言葉に、女性は目を丸くする。
 その言葉の意味を、女性は理解できなかった。
 何故なら、理解しようとする前に、その腹に武士の刃が突き立てられていたからだ。
「さぁ、いくさだ、いくさだ。弱き者は食われて死ね、強き者は戦って死ね、これまで我らが築いてきたものを全て燃料として、焼けろ、燃えろ、爆ぜろ、盛れ」
 力を失った女性の体を蹴倒し、武士は哄笑を響かせる。
「全ては上意! 我ら幕府軍、黒鬼将軍の意のもとに大いくさへと参じん!」
 そして幕府軍は襲撃と略奪によって大いに士気を高め、次の町へと進むのであった。
 総出撃より三日、幕府軍に殲滅された町や村は、すでに二桁を越えていた。

●そして遺跡ケ原にて
「こりゃあ、戦争なのか?」
「無論である。これこそがいくさよ」
 ヴィスマルク軍所属イェルク・ヴァーレンヴォルフ少将は、憮然とした表情を浮かべているが、向かい合う大男、黒鬼将軍たる宇羅嶽丸はただただ笑っている。
「戦略? 戦術? 計略? 作戦? 進路? 兵糧? ク、ハッハッハ! 小さい小さい! 結局は敵と味方、潰すか潰されるかであろうよ、いくさとは!」
「バカが」
 ガハハと笑う嶽丸に、だが、イェルクはそう言って吐き捨てる。
「勝つための戦略だ。勝つための戦術だ。勝ための計略で、勝つための作戦で、勝つための進路で、勝つための兵站だ。勝たなきゃ意味ねぇんだよ、戦争ってのは」
「おう、いかにも! ゆえにそれらは全ておまえさんに任す! 良きに計らえ!」
「じゃあ具申するが、町への襲撃やめろ。余計な手間かけてんじゃねぇよ」
「それはならぬ」
「何でだよ?」
「何せ、あれは取り立てであるからな。これまでこの国の連中に余が貸し付けていたもの。それを返してもらわねばならぬゆえ。取り立てに容赦は無用」
「貸し付けてたもの?」
「日常よ」
 嶽丸は興味なさげに言った。
「我ら幕府、この国の守り手として、朝廷と対立はすれどもこれまで民草の安寧を守り続けてはいた。この数十年、無駄にな」
「無駄、ねぇ」
「余は根っからのいくさ人であるからな、天下泰平など退屈なばかりよ。余だけではない。幕府に与する者の多くは余と同じく、この無駄な平和に付き合ってきた」
「だから、取り立てる、と?」
「応! 今まで耐えてやったのだ、今度は民草に耐えてもらう番よ。なぁに、余が死ねばまた日常は戻ろう。それまでの辛抱だ。民は死ぬだろうが、利子だな、それは」
 笑ってのたまう嶽丸に、イェルクは「ケッ」と鼻を鳴らした。
「俺も自分は戦争屋だって自覚はあるが、てめぇはそんなモンじゃねぇな。絶対、ロクな死に方できねぇぜ、わかっちゃいるだろうがな」
「なぁに、それもまた一興よ。絶望もまたいくさの醍醐味――」
 嶽丸が楽しげに語っていたそこに、神殲組副長の土方がそっと近づいてくる。
「上様」
「応」
 そして土方から何事かを耳打ちされて、嶽丸の笑みがさらに深まった。
 それを見て、イェルクはまたロクでもないことが起きたな、と、嘆息する。
「何事だよ」
 土方が下がったのちに尋ねると、嶽丸は声を弾ませて答えた。
「来たぞ。朝廷の連中だ。自由騎士共も一緒だ」
「……はぁ?」
 イェルクは耳を疑った。
 早すぎる。予定では、朝廷の勢力圏にもう少し深く食い込んだ辺りで連中とは接敵するはず。なのに、ここは南護屋近隣。あまりにも早すぎる。
 いや、違うこれは――、
「黒鬼の」
「応、何かな、鉄血の」
「テメェ、これまでわざわざ時間と手間をかけて町や村を襲ってたのは、連中の行軍を早めてこのタイミングでぶつかるよう調整するためか?」
「ク、フッフ、やはりおまえさんは話が早くて助かる。いかにも。この遺跡ケ原こそが彼奴らと我が軍の決戦の地。天下分け目の大合戦の舞台よ!」
 それを言う嶽丸を見て、イェルクは思った。もはや何を言っても無駄だ、と。
 だが、これだけは問わずにはいられない。
「どうして、今なんだ?」
 まだ準備段階の作戦があったはずだ。これから実行する計画だって、幾つもあった。
 それらすべてを白紙に変えて、何故今、彼は決戦を挑むのか。
 問われ、嶽丸は表情を難しいものに変えて答えた。
「――どうやら、今が最期の機のようなのでな」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
大規模シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
吾語
■成功条件
1.宇羅嶽丸を討つ
2.イェルク・ヴァーレンヴォルフを討つ
唐突に合戦。突然の決戦。されど、それが合戦であり、これは決戦なのです。
吾語です。長らく続いたアマノホカリでの戦い、これが最終戦となります。

場所は、南護屋近隣。
古代遺跡が多く残ることからその名がついた遺跡ケ原。
つまり、関ケ原です。地理的条件も大体同じです。ただし小早川秀秋はいません。

なお、自由騎士側は水鏡で情報を得た上でこの場に来ています。
水鏡での予知と、朝廷からの報告、両方があって最速で動いた結果、この遺跡ケ原が戦場となりました。

今回は、大規模会戦での激突となります。
このシナリオに参加する自由騎士のうち、貢献値200以上の方は「部隊長」という形でアイテムとは別に部隊を指揮できます。
「部隊長」として参戦することで、各戦場での「兵力」に補正を加えることができ、それにより戦況に影響を与えることができます。

個人として参加するか、部隊長として参加するかは、プレイングで指定してください。
プレイング内での指定がない場合は、個人参加という形になります。
部隊長として参加する場合、部隊をどのように指揮するか明記することで、さらに兵力の補正を高められる場合があります。

部隊長として参加する場合、指揮できる兵士の数は貢献値が高いほど多くなります。
詳しくは下記の通りとなります。

・200~300:兵力+極小
・301~350:兵力+微小
・351~400:兵力+小
・401~500:兵力+中
・501以上 :兵力+大
・名誉称号あり:上記に加えて兵力+中


三カ所ある戦場のうち、二カ所では「敵軍兵力」が設定されています。
この「敵軍兵力」は各戦場の攻略難易度に関わってきます。

具体的には、自分の部隊長が率いる兵士の総数と「敵軍戦力」が比較されます。
この比較で兵力差が大きいほど、各戦場における有利不利が大きくなります。
自軍の兵力が「敵軍兵力」より少ないほど、敵側が有利になります。
逆に自分の兵力が多いほど、自軍側が有利になります。

なお、自軍兵力には朝廷近衛軍による「兵力補正」が加わります。
三カ所の戦場については、下記の通りとなります。


◆敵勢力
・宇羅幕府軍
 ・護衛方
  敵軍兵力:多数
  兵力補正:小
  嶽丸がいる本陣を守る精鋭部隊です。ニンジャとサムライで構成されています。
  攻略度が高くなることで「本陣」に進める自由騎士の数が増えます。
  敵は全員、ランク3スキルまで使ってきます。
  3ターンに1度、ヴィスマルク部隊からの増援によって兵力が5%増加します。

 ・本陣
  敵軍兵力:-
  兵力補正:-
  『黒鬼将軍』宇羅嶽丸と『神殲組副長』土方武蔵がいる敵の本陣です。
  他にも少数の神殲組の隊員(サムライ)が存在しています。
  勝利条件は嶽丸を倒すことです。
  護衛方の攻略が進むことで、ここに到達できる自由騎士の数が増えていきます。

  ・『黒鬼将軍』宇羅嶽丸
   漆黒の大鎧に身を包んだ宇羅幕府の将軍であるオニヒトです。
   全身、禍憑きの武装で身を包んでおり、通常攻撃にブレイク2の効果。
   また、自身はBS全耐性を保有。これは解除することができません。
   サムライのランク3スキルを最高レベルで使用してきます。
   また、下記のEXスキルを使用します。

   Exスキル:奥義・血顕真神太刀
   己の血をもって威を成し、意をもって理を断ち切る。この一太刀に断てぬものは無し。
   敵近単・攻撃前HP消費

  ・『神殲組副長』土方武蔵
   嶽丸の側近である細身のノウブルのサムライです。
   鎧は身に着けておらず防御力は低いですが、速度と回避率が異様に高いです。
   また、太刀は嶽丸と同じく禍憑きの太刀であり、通常攻撃にカース2の効果。
   攻撃はCT率が高く、サムライのランク3スキルを最高でベルで使用します。
   また、下記のEXスキルを使用します。

   Exスキル:奥義・表裏快刀乱麻断ち
   その技の要諦は表裏にあり。表の一刀をもって肉を斬り、裏の一刀をもって骨を断つ。
   敵近単・二連・ブレイク

・ヴィスマルク軍
 敵軍兵力:大多数
 兵力補正:中
 ヴィスマルク軍少将イェルク・ヴァーレンヴォルフが指揮をする鉄血の部隊です。
 戦車×多数、重戦士・軽戦士・ガンナー・防御タンク・魔導士・ヒーラーなどで構成されています。
 この戦場での攻略度が一定以上になるまで、護衛方に増援を送り続けます。

 ・イェルク・ヴァーレンヴォルフ少将
  叩きあげのヴィスマルクの軍幹部です。種族はキジン。
  自身は大剣を使う重戦士であり、ヴィスマルク部隊を指揮しています。
  今回は、防御タンク×2、ヒーラー×2の護衛部隊を率いています。
  護衛部隊はそれぞれスキル3まで使用してきます。
  また、護衛部隊を倒しても、イェルクがいると3ターン後に補充されます。
  イェルク本人は重戦士スキルをランク3最高レベルで使用します。
状態
完了
報酬マテリア
3個  7個  3個  3個
3モル 
参加費
50LP
相談日数
7日
参加人数
28/∞
公開日
2021年04月20日

†メイン参加者 28人†

『幽世を望むもの』
猪市 きゐこ(CL3000048)
『戦場に咲く向日葵』
カノン・イスルギ(CL3000025)
『RE:LIGARE』
ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)
『stale tomorrow』
ジャム・レッティング(CL3000612)
『罪を雪ぐ人』
ステラ・モラル(CL3000709)
『明日への導き手』
フリオ・フルフラット(CL3000454)
『望郷のミンネザング』
キリ・カーレント(CL3000547)
『未来の旅人』
瑠璃彦 水月(CL3000449)
『平和を愛する農夫』
ナバル・ジーロン(CL3000441)


●遺跡ケ原の戦い:鉄血進撃阻止
 過去の残滓がそこかしこに顔を出す平原――、遺跡ケ原。
 観光資源にすらならないこの、何の変哲もない平原に、今、鋼鉄の無限軌道が重苦しい音を立てて深い轍を残していた。ヴィスマルクの戦車部隊である。
「進め。立ちはだかる者は踏み潰し、薙ぎ払い、ひたすら前に進め!」
 先頭の戦車に乗っている将校が、周りに向かって声を張り上げる。
 宇羅幕府軍に協力している、イェルク・ヴァーレンヴォルフ少将直属の戦車部隊であり、その後方にはさらに騎兵部隊と歩兵連隊が続いている。
 彼らは、すでに朝廷近衛軍と自由騎士がこの場に来ているコトを知っていた。
 そして、だからこそ、進撃を続けていた。
「――全く、迷惑千万な」
 将校の耳に、声が届く。それは、極々近くから聞こえてきたものだった。
「ぬう!?」
 彼がそちらを見やれば、黒にも近い体毛のケモノビトが一人。
「瑠璃彦 水月、参る!」
 宣言すると共に『食への渇望』瑠璃彦 水月(CL3000449)が手にした獲物がヒラリと閃き、将校が搭乗する戦車を側面から襲った。その一撃に、戦車が傾ぐ。
「ぐ、ぅぅ……! 自由騎士!」
「いかにも。そして、おさらば!」
 攻撃直後、瑠璃彦はその場から飛び退いて間合いを広げる。戦車の砲塔が動く間もない、まさに早業と呼ぶほかない攻撃であった。
 しかし、瑠璃彦本人は奇襲の成功を喜ぶ余裕など全く持っていなかった。
「まさか故郷で大合戦とは……、一刻も早く終わらせねば」
 流れる汗を感じつつ、瑠璃彦は次なる戦車への攻撃に移ろうとした。

 同刻、戦車隊の後方にいたイェルクは自由騎士との接敵に舌を打っていた。
「やれやれ、このタイミングでカチ合うたぁなぁ……」
 本来であれば、もっと進撃しているはずであった。
 しかし、かの『黒鬼将軍』の企みによって、こんなだだっ広い平原で真正面からぶつかる羽目になってしまった。これでは、作戦も何もあったものではない。
「真っ向からの総力戦、か。ったく、あのバカが滾りそうなシチュだな、こいつは」
 自分を鉄血と呼ぶイカれた最高権力者を思い返し、出てくるのは深いため息。
 だが、直後にその顔は引き締まる。
 どのような経緯があろうと、戦闘は始まった。ならば自分がやるべきことは一つだけだ。何故ならば、彼は戦争屋であるからだ。
 戦いがある場に赴き、戦って、勝って、ソレを実績としてここまで上り詰めてきた叩き上げの戦争屋こそが、イェルクという男である。
「テメェら、敵を見つけたら殺せ! 容赦はするな、こいつぁ戦争だ!」
「「「了解!」」」
 彼が下した号令に、配下の兵士達も声を揃える。
 イェルクから直々に教練された兵士達だけあって、完全に統制が取れている。
「さぁ~て、お仕事といくかね」
 首を軽くコキリを鳴らして、イェルクが顔つきを変えた。
 前を見据えるその目には、まるで鏡写しのように、平原に陣取った自由騎士とイ・ラプセルの軍隊の姿が映っていた。それを見て、彼の口元に笑みが浮かぶ。
 どうやら、自分もあのいくさバカのことは言えないらしい。
「さぁ、派手にやろうじゃねぇか、自由騎士!」

 両軍、激突。
 瑠璃彦のように先行する者を別にすれば、自由騎士達の多くはここから動き始める。
 遺跡ケ原も、いよいよ戦火にまみれ、そこかしこで爆音が響き、地煙が舞い上がった。気合の声と悲鳴とが混じり合う、阿鼻叫喚の景色。
 そこに飛び交う様々な音や声を聞きながら、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は自分が率いる小部隊と共に、味方の間を駆けずり回っていた。
「次はあそこに行きます!」
 彼女の声に、配下となった兵士達は「はい!」と応え、駆け出した。
 すぐ近くに砲弾が炸裂し、土砂が舞い上がった。
 だが、セアラの部隊の盾兵がそれを防ぎ、彼女は頭を下げながら先へと急ぐ。
「ぐぅ、痛ェ、痛ェ……」
 ダクダクと血を流しながらうめく兵士がいる。
 そこへ、駆けつけたセアラが急ぎ回復の魔導を施した。
「これで大丈夫です!」
「あ、ありがとうございます!」
 傷を癒してもらった兵士は、そこからバッと飛び出して戦線へと戻っていった。
 きっと、ほどなくまた傷を負って、誰かに直してもらうことになるだろう。
 戦場における治療とは、応急処置以上の意味を持たない。
 ここは人が傷つき向かう場所。癒しは、ほんのいっときの気休め以上にはなりえない。だからこそ、セアラは部隊を引き連れて、戦場を走り続けるのだ。
「この戦いに勝てば、終わる!」
 気を引き締めてかかる。戦いの終わりを、勝利で飾りたいから。
 それを少しでも手伝うために、セアラは再び、傷を癒しに向かうのであった。

 爆音。
 怒号。
 また爆音。
「そ~ら、もう一発行きますわよ!」
 景気のいい叫び声と共に『轍を辿る』エリシア・ブーランジェ(CL3000661)がみたび魔導を発動させる。一点に収束し、炸裂した魔力が辺りに熱波をバラまいた。
「うあああああ!」
 悲鳴をあげるヴィスマルクの兵士達。
 中には全身を炎に包み、逃げまどう者もいる。
 しかし、それもすぐにおさまって、彼らは再び前へ前へと進み始める。
「……さすがは、音に聞こえし鉄血の軍勢、楽はさせてくれませんわね」
「ったりめぇだろうが」
 と、すぐ隣からそんな声。
 エリシアが向くと、いつの間に陣取っていたのか、そこには『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)がいた。
「いいアングルだ」
 呟き、手にした二丁拳銃をタイミングよくブッぱなす。
 威力が増幅された弾丸は、兵士数名を諸共巻き込み、そこに派手に炸裂する。
「ヒュウ」
 狙いすまされたその一発に、エリシアが軽く口笛を吹いた。
「まだまだ、行くぜ!」
 そこで止まることなく、ウェルスが次々に銃を撃ち放っていく。
「乗らせていただきますわ!」
 便乗したエリシアが、広域を対象とする魔導を用いて、ヴィスマルクを攻撃する。
 一人、また一人と倒れていく鉄血の兵士達。
 だがそのあとから、次々に新たな兵士達が進み出て、自由騎士めがけて迫りくる。
「面倒ですわね」
「だから、当たり前だ。連中は、あの鉄血なんだぜ?」
 ウェルスの言葉に、エリシアは「ですわね」とうなずいた。
 イ・ラプセルと最も長く戦っている、最大の強国。それを支えているのは、まさしくその名の通り鉄と血。実際に戦って、それを深く実感する。
「だから潰すんだよ、ここで。一人でも多くな!」
 ウェルスが笑って叫ぶ。
 どうせ、辛気臭いものでしかない戦争を、彼の銃撃が派手に彩る。
「――乗りましたわ!」
 重ねて叫んで、エリシアが一層強く魔導を発動させる。
 自国を食い潰そうとする宇羅幕府のような連中に比べれば、鉄血の方が敵対しがいがある。エリシアはそのように判断していた。そして、
 爆音。
 怒号。
 また爆音。
 さらに怒号。悲鳴。爆音。怒号。
「「くたばれ、ヴィスマルク!」」
 二人の叫びが、全くの偶然に重なった。

●遺跡ケ原の戦い:護衛方突破戦・前
 一見すれば、眼前の敵が鉄血か宇羅かは、判別がついた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 地をも震わせんとする咆哮と共に、『機盾ジーロン』ナバル・ジーロン(CL3000441)が幕府軍へと向けて突撃を敢行する。
「自由騎士が来たぞ! 抜刀、抜刀ォ――!」
 幕府軍のサムライ達が、その号令に揃って抜刀し、場には濃密な殺気に染あげられた。しかし、そんなもの何するものぞ、ナバルと彼の部隊の勢いは衰えない。
「おまえらァァァァァァァァァァァァァ!」
 盾を前にかざし、自らブチ当たっていくナバルを、サムライは受け止め切ることができなかった。激突の衝撃に、その身が軽く吹き飛ぶ。
「――忍術」
 しかし、そこにすかさず御庭番衆のニンジャがフォローに入った。
 広がる毒煙。ナバルは顔をしかめて、舌を打つ。
「クソッ!」
「まっすぐすぎるね。見ていられないよ、全く」
 声と共に一陣の風が吹き、毒煙を押し流していく。
 驚きと共にナバルが見た先に、肩をすくめている『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)がいた。
 そして、続くように『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)がヒーラー部隊を引き連れてその場に追いついてきて、ナバルを見て苦い顔をする。
「一人で突っ込みすぎだ、バカめ」
「だってよぉ!」
 注意してくるツボミに、だがナバルは一切謝ることはせず、それどこか噛みつかんばかりの勢いで自分の持っている得物を振り回した。
「あいつら、自分の国の人間を襲ったんだぞ!」
「だからって、貴様一人が突っ込んでどうにかなるのか? ならんだろ?」
「俺と、俺の部隊が先陣を切れば、それだけ敵陣に綻びができるだろ!」
「そうだな。そして同時に、敵陣深く食い込んだ貴様は、私らから離れて孤立して、それだけ敵の攻撃に晒されて、私や他の連中がそれを助けに行く羽目にもなるがな」
「ぐ……」
 冷静に指摘されて、ナバルが言葉を詰まらせる。
 そこに、ニンジャとサムライが切り込んで来ようとするが、それにはマグノリアとその配下である兵士達が対応する。
「悪いね、今、大事なところなんだ」
 生み出されたホムンクルスがニンジャの奇襲を代わりに受け、マグノリアの魔導が多くのサムライから力を削ぎ落す。
 そこへ、さらに兵士達が数をもって押し込み、敵軍の攻勢を真っ向から受け止めて両軍は再び激しい攻防を繰り広げた。
「ほれ見ろ。戦争というのはな、ああやるんだ」
「……何が言いたいんだよ」
「自分にできないことを他の者に任せて、自分が果たせる役割を十全に果たす。そうして、個ではなく群として、戦闘という大きな機能を発揮するのだ」
 憮然とするナバルへ、ツボミは粛々と説いた。
「貴様が、幕府共のやっていることに怒りを覚えているのはわかる。が、それとこれとは別だ。血気にはやってもいいが、先走るな。怒りは秘めて刃で語れ」
 言いながら、ツボミはますます苦い顔をする。
「人を治す医者が人を傷つけろとは、本末転倒だな」
「いや、頭冷えたよ」
 ナバルは盾をしっかりと掴み直して、決意のこもった目で前を見る。
「ニンジャの搦め手は厄介だ。みんな、俺の言う通りに動いてくれ! 俺は、連中の攻め口ならある程度は知ってる。前にやり合ってるからな!」
 彼の声に、兵士達が次々に「了解!」と叫んで応じる。
 ツボミは「それでいいんだよ」とうなずいて、自分の仕事へと戻ろうとする。
「残念な報告だよ。敵が増えた」
 しかし、マグノリアから告げられたのは、そんな報告。
 ツボミの眉間にしわが寄る。
「ヴィスマルクから、か。やれやれ、あっちの連中は何をしているのだ? 増援が途絶えん限り、目の前のこいつらを突き破ることはできんぞ」
 ツボミが見る先で、爆光が幾度も瞬いていた。

●遺跡ケ原の戦い:鉄血軍撃滅戦
「あー、きてる来てる。ひいふうみい……、う~ん、いっぱい!」
 自らが破壊し、搭乗員が逃げ出した戦車の上に立って、『日は陰り、されど人は歩ゆむ』猪市 きゐこ(CL3000048)が爪先立ちになりながら敵を数えていた。
「きゐこさん、狙い撃たれますよ!」
「はいはい、今行くわよー」
 自分が従える魔導士の一人に言われ、きゐこはピョンと戦車から飛び降りる。
「何を見てたんですか、一体」
「え、そりゃあ、一番ぶっ飛ばしやすいのはどこかってのを調べてたのよ」
「それだけじゃないですよね?」
「あら、わかる?」
 魔導士に指摘され、きゐこはニヤリと笑った。
「ちょっとねー、頼まれてたことがあったのよ」
「頼まれてたこと、ですか?」
 首をかしげる魔導士をよそに、きゐこはマキナ・ギアを手に取った。
 そして少しの間、ギアを通じて誰かと会話して、すぐにそれを懐に戻す。
「さて、じゃあ、ぶっ飛ばしましょうか!」
「一体、どちらに連絡を?」
「ん~?」
 尋ねられて、きゐこは「ちょっとねー」と返した。
「ウチの将軍さんに、新鮮な情報をお届けしただけよ」

 ――連絡を終えて、彼は自身のマキナ・ギアをしまい込んだ。
「やはり、そういう布陣か」
「アデルさん?」
 近くにいた配下の歩兵が、彼の呟きに首をかしげる。
 彼――、『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)は「こっちの話だ」と言いながら、眼前に広がる戦場へと改めて目を向けた。
 どことも変わらぬ、爆音と絶叫。悲鳴と銃声。そして魔導の光と煙。
 だが、アデルの目には少し違った景色が映っていた。
「やはり、数の上ではあちらが有利。兵力差を覆さねば、勝ちは掴めないか」
「は、それは……」
「言った通りだ。このままでは、俺達は順調にすり潰されて終わりだ」
 断言するアデルに、それを聞いた歩兵の顔つきが一気に変わる。
 しかし、何の備えもなく、そんなことを言い出すアデルでもない。
「ふぅ……」
 アデルはそこで一度ため息をつき、
「これは、多少、作戦を変える必要がある、か」
「作戦、ですか。それは一体?」
「これから俺が言う面子を、至急この場に呼んできてくれ」
「は?」
「急げ。俺達の行動が、この戦争の結果を左右すると思え!」
「は、はい!」
 アデルに厳しく命じられ、歩兵はその場を走っていく。
「……時間がないな」
 呟く彼の声は、ほんのかすかに急いていた。

 ――あン?
 ヴィスマルク軍、中央。そこに陣取るイェルクは、小さな違和感を覚えた。
 戦車上、眼下に広がっているのは見慣れた戦場。
 砲撃と魔導によって地面がめくり返り、兵士が吹き飛び、銃声と悲鳴がそこかしこに飛び交っている、もはや安心感すら覚える馴染み深い景色である。
 しかし、そこにあるのだ。確かな違和感が。
「……こいつぁ」
 違和感の正体について、すぐさま察しがついた。
「動きが変わりやがったな」
 敵、イ・ラプセル軍の動き方が、先刻までと微妙に、だが明らかに変わっている。
 自分以外の将官であれば、気づけたかどうか。
 それほどに小さな動きの変化。
 具体的には、敵の行動の配分が変わっている。それまで半々程であった攻撃と移動の比率が、やや移動の方が多くなってきているという、たったそれだけの変化。
 しかしイェルクの戦争屋としての勘が、それに警鐘を鳴らす。
 これは兆しだ。
 イ・ラプセルの連中が、鉄血の軍勢を制する前触れ。戦況はここから大きく変わる。
「ハハッ、なるほどねぇ」
 肌に、寒気にも似た感覚が奔る。
 敵将がどういう意図をもってそれをするのかは未だ不明。だが、イェルクには全て捌ききる自信があった。伊達にアマノホカリの一件を任されているワケではない。
「さぁ、どう来る。どう動く!」
 己の血の滾りを感じてか、イェルクの顔には野太い笑みが浮かんでいた。

 時間は、しばし溯る。
「敵陣に深く食い込み、内側から食い破る。作戦概要はそれだけだ」
 説明を終えたアデルに、兵士達がうなずく。
 その場にいつのは、彼に率いられた多数の装甲歩兵。
 盾を構え、突撃槍や銃器を手にしたその姿は、割とアデルに似通っていた。
「時間が惜しい。直ちに散開し、行動を開始しろ!」
「「はっ!」」
 そして、三人から四人程度の小グループに分かれた歩兵達が、戦場へと散っていった。きゐこがその場にやってきたのは、それからすぐのことである。
「呼ばれたから来たわよー」
「ああ、待っていた」
 アデルが振り返ると、そこにはきゐこと、そして他に数人。
 そこに集まった者達に向かって、アデルは告げる。
「おまえ達が、鍵だ」

 そして、今。
「ほぉほぉ、なるほど。そういうことかい」
 戦車の上から戦場を俯瞰し、敵の動きをつぶさに観察していたイェルクは、そこからついに一つの結論を得る。間違いない。敵は、一つの目的をもって動いている。
「狙いは浸透してからの、内側からの攻略か」
 魔導士の部隊が一つ、先ほどから何かと大規模な範囲攻撃用の魔導をぶっぱなし続けているが、それは囮に過ぎないとイェルクは見破っていた。
 魔導を炸裂させているのはきゐこである。
 彼女の率いる魔導士部隊が、広域に効果を及ぼす魔導を遠慮なく放ち続けているのだ。それによって、戦場は一層混沌とした様相を見せつつあった。
 が、それは目くらまし。
 イェルクは気づいていた。きゐこ達が魔導を放つその陰で、幾つもの小部隊がこちらの陣形の隙間を縫うようにして進みつつあることに。
「まぁまぁ、いい手だぜ」
 イェルクは自軍の陣形隊列を思い起こし、敵将が選んだその作戦をそう評した。
 彼が率いるヴィスマルク軍の陣形は、戦術論に基づいた手堅いものだ。
 そもそもイェルクという人間は奇策を用いない。
 戦争において必要なのは、忠実に基本を守り、堅実に作戦を組み立て、確実に勝利を得る。その三つをずっと守ってきたからこそ、イェルクは少将の座にある。
 ゆえに、彼は己が組み上げた陣形の欠点など、当然のように知り尽くしていた。
「敵が内側を狙うぞ、対応しろ!」
 たったそれだけの短い命令。
 しかし、完全に統制がとれているイェルクの配下には、それで十分だった。
 どこまでも堅固で、どこまでも王道を行く。それこそが戦争屋イェルク・ヴァーレンヴォルフの真骨頂なのである。
 そして――、

「ああ、知っていたさ」
 即座に動き出した敵陣を見て、アデルは己の作戦の失敗を知る。
「敵は俺よりも戦上手だ。見ればわかる。用兵術の差は歴然。俺如きでは太刀打ちできない。――そう、俺はそれを知っていた。だから」
 アデルは握った拳を突き上げて、大声で吼えた。
「俺の敗北という餌をくれてやった。引き換えに、頭をもらうぞ、鉄血!」

 ヴィスマルク兵が、イ・ラオウセル側の装甲歩兵を迎え撃つ。
 敵もなかなかの手練れなようで、練度の高いイェルクの配下であっても、なかなかすぐには掃滅できないようであった。
 しかし、数の上では優っている。
 そう時間もかからず、自軍は敵兵を殲滅し、イ・ラプセル側の戦力は大きな損耗を被ることとなるだろう。そうなれば、この戦いでの勝利は確実なものとなる。
「やれやれ、今回も面白みのない――」
 イェルクが、戦車の上でそう呟いたときのことであった。
「大将首、見つけましたよ」
「あ?」
 声がして、見上げればそこに舞い躍る影一つ。
「ヴィスマルクの将校とお見受けします。首級、頂戴に参りました」
 言いながら、『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)構えた拳をイェルクめがけて叩きつけた。
「ぐ!?」
 咄嗟に重剣を抜き放ち、イェルクは間一髪でその拳を受け止める。重い一撃に、だが彼の巨体は大きく傾いで、戦車から落とされそうになる。
「――今」
 一言。
 銃声。
 イェルクの右肩に、弾丸が穴を穿つ。
「ぐぉ、おおお!」
「ああ、嫌だ嫌だ。さっさと終わってほしいもんだ」
 敵将の声を聞いて、銃撃を行なった『stale tomorrow』ジャム・レッティング(CL3000612)が表情を変えずに、拳銃に弾丸を込め直す。
 そしてもう一発。だがそれは、敵の盾兵によって防がれてしまった。
「ハ、ハハ! そうかい、そういう仕掛けかい!」
 顔中に脂汗を浮かべながら、イェルクはようやく何が起きたのかを知った。
 自由騎士だ。自由騎士が、こちらの陣営深くにまで迫っていた。
 自分は読み違えていた。囮は、魔導士ではなかった。こちらに浸透せんとするイ・ラプセル側の兵士、それ自体が囮。本命は、個々で動く自由騎士か!
「確かになぁ、どんな戦いでも、アタマ潰せばあとは烏合の衆だ。つまり、テメェらの狙いはハナっから、俺だけだったってことかよ!」
「その方が手っ取り早いですし、部隊の指揮なんて向いていないので、私」
 ミルトスがあっけらかんと言い、そして構えを取る。
「ということで先にも宣言しましたが、その首、いただきますね?」
「ますねと言われて、はいと答えるとでも思ってんのかよ?」
「いいえ。ですので――」
 そこで、ミルトスが言葉を切る。
 直後、イェルクの死角となる角度から、何かが次々に降り注いできた。
「戦争することが目的の戦争など、早々に終わらせていただくであります!」
「クソが、まだいやがるか!」
 イェルクが舌を打って振り向く。
 そちらには『鉄腕』フリオ・フルフラット(CL3000454)の姿があった。降り注ぐものは、彼女が発射した多段炸裂弾頭である。
「猪口才な!」
 イェルクは咄嗟に両腕で頭を庇う。
 そこに、幾重にも巻き起こる小爆発。高熱に肉が焼け、炎熱に皮膚が爛れる。
 走る激痛に、だが彼は一声すら漏らさない。この程度の苦痛は、すでに飽き飽きする程に経験している。イェルクの意思を揺らすことすらできない。
「閣下!」
 周りにいたヴィスマルク兵が、イェルクの救援にやってくる。
「俺に構うんじゃねぇ! 自由騎士共を仕留めろ。それが最優先だ!」
 イェルクの命令があれば、彼らは直ちにそれを遂行する。そう訓練されている。
 ヴィスマルクの陣営中央はたちまち他と変わらぬ戦場と化す。
「撃て、撃てェ――――!」
 兵士の銃撃が、攻撃が、自由騎士達を襲った。
「その程度、備えはしっかりしてあるんだよねぇ」
 だが、彼らが受けた傷もたちまち癒えていく。それはリィ・エーベルト(CL3000628)が施した回復の魔導の効果であった。さらに、リィは重ねて範囲を対象として弱体化を押し付ける魔導を発動。多くのヴィスマルク兵がこれに巻き込まれた。
「よしよし、効果は上々、っと」
「おのれ、マザリモノ風情がァ!」
 だが、背後より声。
「うぇ!?」
 振り向く間もなく、兵士が振り下ろした刃がリィの背中を切り裂いた。
「くは……」
 血が溢れ、うめき声と共にリィはその場に倒れそうになる。
 しかし、その身が光に包まれたかと思うと、傷と痛みはすぐさま消えた。
「あ、あれ……?」
「…………」
 リィが不思議そうに見ると、そこにはフロレンシス・ルベル(CL3000702)がいた。傷を癒してくれたのは、彼女であるようだ。
「あ、ありがとう」
 リィが礼を言うと、フロレンシスはコクリとうなずいて、また別の場所へ癒しを施しに向かっていった。リィはハッとして、
「待って、一緒に行くから!」
 慌ててフロレンシスのあとについていった。
 癒しの魔導によって宣戦を維持する。或いは、その役割を担うこの二人こそ、現状において最も重要な役割を担っているのかもしれない。
 そして――、
「イェルク・ヴァーレンヴォルフ少将とお見受けします」
 イェルクの前には、キジンの少女ロザベル・エヴァンス(CL3000685)が立ちはだかっていた。すでにその身は満身創痍で、ここまで激戦を潜り抜けてきたことが窺える。
 それを見て、イェルクが「ヘッ」と小さく笑いだした。
「ああ、俺がイェルクだが、それがどうしたよ、嬢ちゃん」
「あなたがしていることはただの暴挙への加担ですので、止めに来ました」
「そうかい」
 重剣を肩に担ぐイェルクが、周りをチラリと見やる。
 前にはロザベル、右方にミルトス。左方にフリオ。背後にはジャム。
 完全に囲まれている。そして、自分の護衛は今頃駆けつけてきたイ・ラプセルの兵士と交戦真っ最中である。つまり、退路は断たれている。
「窮しましたね」
「だなぁ」
 ミルトスに言われ、イェルクはそれを軽く認める。
 フリオとロザベルが厳しい顔つきのまま、ジリジリと間合いを詰めつつある。
「……こりゃ、参ったな」
 戦争屋として、ここまでやってきた。
 しかし、まさか最期は戦士として敵と向き合うことになろうとは。
「最近は書類仕事ばっかだったんだよなぁ。偉くなるってのも、考えモンだ」
 そう言って、イェルクは動く。
 銃に例えれば、それはまさしくトリガーを引く行為に他ならない。
「これで、終わりにします!」
 真っ先に踏み込んだのは、ロザベルであった。
「この、一撃で!」
 放たれるは螺旋の一撃。己へのダメージを厭わぬ大威力の一撃を、ロザベルはイェルクに向かって迷いなくぶっぱなす。
「ッこんなモンでよぉ!」
 しかし、イェルクもさすがの手練れ。
 手にした重剣でその一撃を見事に受け止め――、軋む音がした。
「オイ」
 笑いながらも目を剥くイェルクの眼前を、折れた重剣の刀身が過ぎていく。
 長年、使い続けてきた愛用の剣だった。これまで百を超える戦場を共に乗り越えてきた相棒で、殊更信頼を置いていた。手入れを欠かしたこともない。
 だが折れた。ただの鉄屑と化した。
「今です!」
 できた隙を見逃すミルトスではなく、彼女の声が、第二のトリガーとなる。
「……フ、ハハ!」
 四方から襲いかかってくる、自由騎士達。
 それを見て、イェルクは今わの際に笑って見せた。
「ま、こんなもんだわな」
 イェルク・ヴァーレンヴォルフの最期の言葉は、至極あっさりしたものだった。

●遺跡ケ原の戦い:護衛方突破戦・後
 状況の変化は、目に見える形で現れた。
「鉄血の撃破、やってくれたか!」
 それを肌で感じて、『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は思わず笑みをこぼす。これで、こちらに増援がやってくることはなくなる。
「諸君、状況は変わった! ここから先は、我らが攻勢に回る番だ!」
「おー!」
 周りにいるイ・ラプセルと朝廷近衛軍の混成部隊に向けて、テオドールが檄を飛ばした。それに『ひまわりの約束』ナナン・皐月(CL3000240)も威勢よく返す。
 戦場を見渡せば、そこに鉄血の兵はもういない。
 あちらに回った自由騎士とその軍勢が、見事に抑え切ったのだ。
「総員、奮起せよ!」
 テオドールが、一際大きく声を張り上げる。
「もはや敵は宇羅幕府のみとなった! 自国の民すら傷つける悪逆無道の輩は、もはや賊と何ら変わりない! これを討つことこそが正義! そう、我らは正義だ!」
「そうそう、ナナンとみんなはせーぎ、なのだ!」
「征くぞ、諸君! この戦いをもってアマノホカリの新たな時代を切り開くのだ!」
「「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」
 テオドールの言葉は、瞬く間に戦う兵士達へと広まっていった。
 そこに起きた熱量はたちまち勢いとなって現れ、戦況にすぐさま影響を及ぼす。
「よーし、ナナンはしょうすーせいえいでがんばるぞー!」
「「オオオオオオオ!」」
 一応、部隊長であるナナンも、テオドールの言葉に勢いづいて、敵陣へと突貫していく。彼女の指揮下にある兵士達も、それに続いていった。
「みんなで力いっぱい、ドーンっていくのだ!」
 大声で言って、彼女は敵陣へと爆弾を放る。
 炸裂したそれは辺りに煙幕を張って、敵の視界を制限する。
「よくやった、皐月卿。よい働きだ」
 そこに、テオドールがさらに魔導を撃ち込んで、サムライ数人を餌食にする。
「へへーん!」
 得意げに胸を張るナナン。しかし、テオドールはそこで軽くかぶりを振る。
「だが、そこですぐに功を誇るのが卿の短所だな。あちらを見てみるがいい」
「あっち?」
 テオドールが示した方にナナンが目を向けると、そこには盾をかざしてサムライの攻撃を受けとめているナバルの姿があった。
「今だ、敵の動きが止まったぞ!」
「「おう!」」
 彼は自らを敵を受け止める壁として、さらに左右に控えていた兵達が、ナバルが押し留めた敵を仕留めた。単純ながらも見事な連携である。
「おお、やったのだ!」
 と、ナナンはそれを見て称賛を送るが、
「次だ、行くぞ! 時間をかけるな。さっさと道をこじ開けるんだ!」
「「了解です!」」
 敵を倒したのに、ナバルはそれに構う様子もなく、盾を持ったままさらに前へと進んでいく。その背中に、兵士達はすぐに続いていった。
「行っちゃったのだ……」
「ジーロン卿は、今がそういうときであると知っているのだよ」
「そういうときー?」
「今が、戦うべきときだということだ。勝利の称賛は、勝利を得たのちにでも受けられる。ならば今は、今すべきことに専念するべきではないかね?」
「なるほど、なのだー。よーし!」
 テオドールの助言を素直に受け取って、ナナンがグッと拳を握る。
「みんな、行くのだ。今は戦うべきときなのだー!」
 走り出したナナンに、兵達が大慌てでついていく。
 その背中を見送ったテオドールの脇には、いつの間にかツボミが立っていた。
「単純なヤツだなぁ……」
「だからこそ、勢いに乗せやすい。立派な長所さ」
「そういうモンか」
「うむ」
 うなずくテオドール。そして彼は、周りを見やる。
「だいぶ、静かになったな」
「ああ。ニンジャもサムライもしぶといったらなかったが、何とか、な」
「つまり、やっと前哨戦が終わったということか」
「やっぱり、そうなるかぁ」
「当然ではないかね」
 と言いながらも、テオドールは嘆息する。
「つまるところこの戦いは、宇羅幕府との戦いではない。宇羅嶽丸という一個人との戦いなのだ。かの将軍を仕留められねば、勝利とはなり得ない」
「だったら、あとは期待するしかないなぁ。この先に向かった連中に」
 ツボミが見る先に、今まさに敵の本陣へと向かう自由騎士達の姿があった。
 アマノホカリで始まった全ての戦いの、最後を飾る大決戦。
 それは、今から始まるのだ。

●遺跡ケ原の戦い:神殲組討伐戦
 少しだけ高くなっておる丘の上に、見せつけんばかりに大きな旗が立っている。
 黒地に金の刺繍で大きく家紋が描かれたその旗は、宇羅氏族のものである。
「おお、来おった来おった」
 陣幕の奥でどっしり構えるのではなく、丘の先に立ってたなびく旗の下で景色を見下ろす嶽丸が、そこに見える自由騎士達を見つけて、声を弾ませた。
「さぁて、いよいよ最期だなぁ、こいつは」
 頂戴な野太刀を右手に掴み、彼はニコニコ笑いながら後ろを振り向く。
 そこには、その場に傅いている数名の男達。
 皆、漆黒の羽織を纏い、頭には旗と同じ家紋が描かれた鉢巻をつけている。
「さて、土方よ」
「は」
 男達の一番前、顔を伏せたままの副長土方が、一声応じた。
「おまえさんの余の懐刀としての任を解く」
「…………」
「もはやこの期に及んで、余はおまえさんを道具のままにしておくつもりはない。世の得物は、この手の中にすでにあるのでな。ゆえに――」
 嶽丸の笑みが、深く、険しく、大きく、そして危うく歪む。
「共にこの一世一代の大舞台に晴れ晴れしく興じようではないか、友よ」
「――友、でございますか」
「そうとも」
 抑揚のない土方の返答に、嶽丸はパンと手を打ち鳴らす。
「今このとき、この場に余と共にあるおまえさんらこそが、真の宇羅。神だの、民だの、金だの、政だの、平穏だの、そんな『どうでもよいもの』に囚われず、全霊を賭していくさを駆け抜けて、命を仕留め、命を削り、そして末路を共にする」
 言って、嶽丸は「ククク」と笑い、
「それを友と言わずして、他に何と言うのだ? なぁ、土方よ!」
「……もったいなきお言葉。なれど」
 静かに、土方が顔を挙げる。その顔は、笑っていた。
「僕も、実はあなたのことを勝手に友達と思ってましたよ、上様」
「そうか。そいつは嬉しいことよなぁ! ああ、それと、上様呼ばわりはやめい。将軍職などやめだ、やめ。余は宇羅氏棟梁にして神殲組総長、宇羅嶽丸である!」
「神殲組はやめないんですね」
「そりゃあなぁ。万が一、余らが勝ったら、次は神を相手にいくさをせねばなるまい? だったらこの看板は外せんとも。このいくさのケリがつくまではな」
「いやぁ~、勝てないでしょう。無理無理」
「おまえさん、そういう現実しか見ないところは減点であるぞ?」
「こればっかりは性分ですねぇ」
 言って、土方は音もなく立ち上がる。
 その後方に控えていた神殲組の中核をなす隊員達も、それに倣って次々に立つ。
 土方が、かすかに口角を吊り上げて言う。
「……神殲組、抜刀」
「抜刀!」
「神殲組、抜刀!」
 次々に刀を抜く神殲組隊員達の前に、ついに自由騎士が駆けつける。
「宇羅嶽丸!」
「クハッ」
 自分の名を呼ぶ自由騎士に、嶽丸が野太刀を鞘から抜き放ち、嗤った。
「いかにも、余こそが宇羅嶽丸である!」
 そして彼は、自分の首をペシンと叩いて、全力の大声で自由騎士達に言い放った。
「おまえさんらが狙うこの首、見事討ち取って見せるがいい!」

 最後の戦いが始まった。
 直後、嶽丸めがけて駆け込む影一つ。
「黒鬼将軍、宇羅嶽丸ゥ――――ッ!」
 獣の如き俊敏さを見せる彼女は『鉄塊の如き拳』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)。拳を構え、カーミラはまっすぐに嶽丸を狙う。
「応よ、余こそは宇羅嶽丸! そして余を狙うおまえさんは何者か! 名乗れ!」
「自由騎士、カーミラ・ローゼンタール! おまえを、ブン殴ってやる!」
「クハハ、何とも威勢のよきことよなぁ!」
 カーミラが拳を突き出す。しかし、その一撃を嶽丸の刃が弾いた。
「しかし、それだけではこの首はやれんなぁ」
「余裕ぶって……、護国の志もない、ただの賊のクセに!」
 拳を打ち払われたカーミラが、即座に体勢を立て直して、再び躍りかかる。
 嶽丸は僅かに身を引いて、寸の見切りで彼女の攻撃を回避した。
「うむ。余に志などない。が、身と技と得物はあるゆえ、人は斬れるぞ」
「それの、何が楽しいんだァ!」
 拳と蹴りの連続攻撃。カーミラは憤怒をもって嶽丸を攻め立てる。
「何もかもに決まっておろう。クハ、ハハハハハハハハハ!」
 嶽丸の笑い声がどんどん大きくなっていく。
 それにつれて、彼の動きは徐々に鋭さを増していった。
 そして、カーミラの攻撃を捌ききり、今度は嶽丸の方が攻める側に回ろうとする。
「ゆくぞ、受け止めてみせぃ!」
「え――」
 カーミラは見た。
 嶽丸が両手に高く掲げた野太刀。その刃が、ジワリと血の色に染まりゆくのを。
「血顕……!」
「さーせーまーせーんー!」
 だがそこに、決死の表情で踏み込んできた者がいた。『喪失を恐れる復讐者』キリ・カーレント(CL3000547)である。
 カーミラの前に立って、キリは己を盾とする。
 それを目にして嶽丸はその笑みに獰猛さを増させて、赤い野太刀を振り抜いた。
「真神太刀ィ――――ッ!」
 刃が、盾の役割を果たすキリのローブを直撃する。
 重い手応え。しかし、防護の魔導を帯びたローブは、その一撃を防ぎ切った。
 はずだった。
「こ、の……!?」
 後方のカーミラごと、キリの身が吹き飛んだ。
 その全身を突き抜けるとてつもない衝撃。細胞の一つ一つまでをも潰していくような、執拗なまでの破壊の意思を感じる一撃であった。
「か、は……?」
 意識を朦朧とさせて膝をつくキリを嶽丸が見下ろす。
「我が技の精髄たる一撃の味はどうだ、わらべよ。痛かろう? 苦しかろう? いかな守りとて貫くこの刃、なかなかのものであろう?」
「こ、こんなの……」
「おお?」
 口から血を滴らせながら、キリが顔をあげて嶽丸を睨む。
「こんな程度の痛みが、何だっていうんです! こんな、痛みなんか!」
 嶽丸達がこれまでにしでかした所業を思えば、この程度の痛みに膝を屈するワケにはいかない。湧き上がる怒りが、沸き立つ使命感が、キリを衝き動かした。
「そうか、そうかぁ!」
 しかしそれとて、この男の喜悦を掻き立てる燃料でしかなかった。
 そんな彼の片眉が小さく上がる。
 感じたのだ。自分を狙った鋭い殺気。見ずとも挑発とわかるそれ。
「ほぉ?」
 振り向けば、そこに立っているのは『竜天の属』エイラ・フラナガン(CL3000406)。
「宇羅幕府将軍宇羅嶽丸殿」
「応、何だ!」
「此方イ=ラプセルが一兵エイラ・フラナガン。一手御所望申し上げる!」
 厳しいまなざしで己を見るエイラに、嶽丸は体ごと向き直ってうなずいた。
「よかろう! 他の者の相手をしながらになるが、来られい、自由騎士!」
「ハァ、片手間か。何ともナメらレたものだケド――」
 エイラは一度ため息をつき、すぐに、その顔つきを真剣なものに戻した。
「だけド、参ル!」
「私だって、いるんだからなァ!」
 エイラに加え、カーミラが再び嶽丸へと立ち向かおうとする。
「来い、来い、どんどん来い! ハハハハ、ハハハハハハハハハハハ!」
 待つのではなく、自ら歩み進んで、嶽丸は豪快に笑った。
 戦いが始まってから、彼の顔から笑みは消えていない。それが、自由騎士達の怒りを一層強くしていた。当然、嶽丸本人もわかってそれをやっている。
「ああ、全く。上様……、いや、嶽丸様はこれだから」
 軽く頭を掻いて、土方が動こうとする。
 嶽丸を狙う自由騎士を横合いから殴ろうというのだ。しかし、
「――見つけましたよ、土方武蔵!」
 横合いかから殴りつけられたのは、彼の方だった。
 景色ごと薙ぎ払わんとする巨刃。唸りをあげるそれが、鋭さをもって襲いかかる。
「……くっ!」
 嶽丸に近づこうとしていた土方は、その場から一歩後退。
 薙ぎ払いをかわして、倭刀を構える。
「さすがに、動きが速い。いえ、動きに無駄がないですね」
 彼の前に立ったのは、聖職者姿のケモノビト。『全ての人を救うために』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。
 そして、もう一人。
「お久しぶりね、ヘボ俳人の副長さん?」
「おやおや、こいつは」
 抜き身の倭刀を携えて、天哉熾 ハル(CL3000678)がアンジェリカの隣に立つ。
「殺しに来たわ、土方武蔵」
 共に、かつて土方に一杯食わされた者。
 特にアンジェリカはその腹を彼の刃で貫かれている。
「お礼参りですか、なるほどなるほど」
 土方はうなずくと、嶽丸に背を向けて二人と相対した。
「将軍さんの方は、いいの」
「いやぁ~、微塵もよかぁないんですけどね」
 言いつつも土方は控えめに笑いながら、また後ろ頭を掻いて、
「こっちの方が、楽しそうなので」
 その瞳に宿るのは、ただの人斬り包丁にはあり得ない、剣呑とした光であった。

 血風が舞う。
 刃は閃き、肉は裂かれ、噴き出た血が地面を濡らす。
「痛い、こいつは何とも痛いものだ! なぁ、自由騎士達よ!」
 血潮の渦の中心で、黒甲冑に身を包んだ大鬼が、笑いながら野太刀を振るう。
「見ろ、同胞よ! 土方めは好敵手を見つけたぞ、何とも羨ましいことよなぁ、そう思うであろう。おまえさんらも!」
「然様にてございますな。やはり、もののふたる者、敵あってこその己ゆえ!」
 答える神殲組の隊員に、嶽丸は「その通り!」と快活に笑う。
「何でよ!」
 しかし、そんな彼らを突き刺す、厳しい声。
「今は戦いの真っ最中なのよ。どうして、そんなにはしゃげるのよ!?」
 『キセキの果て』ステラ・モラル(CL3000709)であった。
 その顔色を蒼白にしながらも、彼女は必死に魔力を操り、癒しの魔導を施す。
「おうおう、青ざめながらも健気よな。しかし、何故と問われれば楽しいからとしか答えられんのだ、余も、他の連中も。それは望む答えではなかろうがな」
「……狂ってるわ」
「かもしれんなぁ。自分としちゃあ、まともなつもりだが」
 カッカッカ、と、嶽丸はまた笑う。
「一般人を巻き込んでおいて、よくもそんな……!」
 睨みつけるステラに、しかし、嶽丸は心外だと言わんばかりに眉間にしわを寄せる。
「違う違う。巻き込んだのではない。取り立てたのだ。連中に貸していたものを、利子付きで返してもらっただけの話よ。まぁ、利率は些か高めだがなぁ」
「勝手なことを、言うのですね」
 傲慢と呼ぶしかない嶽丸の物言いに、『天を癒す者』たまき 聖流(CL3000283)もまた怒りを露わにする。ステラと同じく仲間を癒し、彼女は嶽丸を睨んだ。
「あなたが生きてこれたのは、一体、誰のおかげだと……」
「決まっている。余のおかげだ!」
 だが、その怒りも嶽丸には通じない。
「そんなこと、ありません。民がいるからこそ、あなたはこれまで」
「だから、数十年も守ってやったではないか。それで足りぬというならば、とんだ業突く張り。呆れ果てるばかりよ。やはり、民など餌にしかならぬ」
「……あなたは」
「おかしいんだよ、言ってることが」!
「そうです。人の上に立つ者が、そんなこと言っていいはずない!」
 カーミラとキリが、嶽丸へと向かっていく。
「カハハハハハハハハハハハハ! 何とも抜かしよるわ、わっぱ共!」
 二人の猛攻を笑いながら野太刀一本でいなし、嶽丸は大きく踏み込む。
「だが言うならば、余を上に立たせたアマノホカリの連中が不甲斐ないだけよ!」
 そして放たれる豪快な横薙ぎ。その威力に、二人は吹き飛ばされた。
「民を何だと思っている? 餌だ。それ以上には思っておらぬ。そのように考える余の如き者に敗れた他の士族の連中が弱かった。誰が悪いというならば、余より弱かった者、全てが悪い。戯れでしかない余の覇道すら阻めなかった、弱者の責だ!」
「そんなの、ただの責任転嫁です」
 毅然とした表情でそう返し、たまきが癒しの魔導によってカーミラ達の傷を消す。
 そして立ち上がった二人は懲りることなく嶽丸に武器を向ける。
「フン、そうそう。それでよい。口でどうこう言ったところで、おまえさんらが弱ければ、負け犬の遠吠えにしかならん。意を貫きたくば、威をもって示せ」
「ああ、そうさせてもらう」
 そこに飛び込んでくる、新たな影。
「俺は、おまえの言っていることに賛同するぞ、宇羅嶽丸」
 それは猛々しき虎のケモノビト、『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)である。その手に巨大な斧を携えて、彼は嶽丸へと闊歩する。
「ここは戦場だ。戦わなければ、何もなせない。そういう場だ」
「何だ、自由騎士にも話が分かる者がいるではないか」
「さぁな。実際そうかどうかは、その身で試してみるがいい。俺との闘争でな!」
「ク、ハハハハハ! よき、よき! もはやうなずく間も惜しいな!」
 野太刀と斧が噛み合い、宇羅幕府本陣に幾重にも火花が散る。
 しかし、やはり戦士としての力量は嶽丸の方が高いようで、打ち合いの反動を生かし、身を翻しての一戦が、ロンベルの身を深々と切り裂いた。
「ぐおォ!」
「いけない!」
 それを見たステラが魔導によって彼の身を癒す。
 すると、ロンベルはステラを見て、
「俺はいい。治すなら他にしろ!」
 とんでもないことを言い出した。
「何を、言ってるのよ?」
「俺の闘争に水を差すなと言っている。こいつとは、五分でやる!」
「バカ言わないで。戦闘狂を気取るなら、それが通じる場所でやりなさい!」
「ぬぅ……」
 言い返されて、逆にロンベルが鼻白んだ。ステラの剣幕に気圧されてしまった。
「フハハ、言われてしまったなぁ、虎の武人よ!」
「フン、何が言いたい?」
「いや、別に。ただ、余は余に挑む者を悉く斬り伏せるだけである!」
 嶽丸が突っ込んでくる。
「やってみろ!」
 ロンベルが、それを迎え撃つ。
 さらに、カーミラやキリ、神殲組の隊員もそこに加わって、戦いは激化していく。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
 その間、嶽丸の哄笑は一度たりとも途切れることはなかった。

 倭刀は軽やかに弧を描き、巨剣が盛大に地面を揺らした。
 イ・ラプエルでも屈指の腕前を持つ剣士二人。
 だが、重ねられる猛攻を、土方は全て見切り、そしてかわしきっていた。
「いやぁ、何とも。危ない危ない」
「クサい演技ね。声に余裕がにじんでるの、わかってるわよ」
 ハルに指摘されて、土方は「そうですか」と軽く応じた。
「全く、イヤになります」
 アンジェリカが言う。
 その額から、一筋の血が流れていた。
「見事すぎるまでの一撃離脱。かわして、当てて、移る。徹底していますね」
「いやぁ、そうしないと負けるんで」
 ヘラヘラ笑っている土方だが、その表情すらも敵を苛立たせるためのものなのだと、アンジェリカもハルも見抜いていた。この男はまさしく、全身が凶器だ。
 言葉も、表情も、仕草の一つまでも、対人殺傷に特化した異形の手練れ。
「僕はですね、今までずっと、嶽丸様の下で仕事をしてきましてね。そこそこの腕前である自負はあるんですけどね。実は初めてなんですよ」
 彼は言う。その言葉一つですら、二人は最大限に警戒する。
「こういう正面からの――」
 途中、殺気が奔った。
「ハル様、来ます!」
「承知よ!」
 二人の戦士は即応し、そして、何もなかった。
「え」
 ハルが、ほんの刹那、放心する。
 土方が動いた。彼が見せた殺気こそが釣り餌、フェイントだったのだ。
「しまっ」
 我に返ったときには、土方はすでにハルの懐の中にいた。
「表裏」
 刃が二度、ハルの耳元で空を割いた。
「快刀乱麻断ち」
 一刀の間のうちに放たれた二刀は、全く同じ軌道を描き、そこにあるものを二度切り裂く。それこそ土方の奥義、表裏快刀乱麻断ち。
 ハルの胸元に、血花が派手に咲き散った。しかし、
「……ナメてんじゃ、ないわよ!」
 あとは崩れ落ちるだけのはずのハルが、そこに踏ん張って思い切り顔をあげる。
 その顔の半分は血に濡れて、瞳には濃厚な殺意の光がギラついた。
 溢れるおぞましいまでの殺気に、土方はつい、反応してしまう。
「これは、また……」
「やっと隙を見せてくれましたね」
 アンジェリカの声がした。死角、迫っている。土方は内心、舌を打つ。
 踵を返し、アンジェリカの方を向く。
 自分の身は、すでに彼女の武器の間合いの中。それを察した土方は、
「表裏」
 己が繰り出せる最高の技をもって、この局面を凌ごうとする。
「そう来ると、思っていました」
 そしてアンジェリカは、土方の剣士としての技量を信頼していた。
 逃れ得ない窮地において、彼は逃げない。むしろ進んで道を切り開こうとする、と。
 こうして、場は整った。
 かつての屈辱。彼に身を抉られた、戦士としての己の不明。
 それら全てを今このとき、雪いでみせる。
「力が足りないならば、命を燃やして奔るまでです!」
 土方の奥義が、二閃重殺の殺人剣が、アンジェリカの身を襲う。
 しかし、一度目の斬撃は彼女の巨剣によって阻まれた。
 続く二度目の斬撃も、また、阻まれた。
 二度の激突によって、二人の手からそれぞれの得物が弾き飛ばされてしまう。
「馬、鹿、な……」
 武器を失った土方の口から漏れた声は、震えていた。
 極限の状況下でアンジェリカが見せた剣戟はまさしく、己の奥義であったからだ。
「土方ァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」
 そして、まるでハルにしたことへの意趣返しであるかの如く、放心する土方にアンジェリカが一撃を叩きつけようとする。
 巨剣をなくした彼女がその手に握るもの。
 それは、金色に輝く魔力の刃だった。
 ザン、という音と共に、斬り飛ばされた土方の首が宙を舞った。
「最後の最後まで、あなたは……!」
 勝利を手にしたアンジェリカが小さくうめく。
 最後の一撃を放つさなか、彼女が見た土方の顔は、笑っていた。

 土方が倒れた。
 その事実は、この戦場において大きな意味を持つ。
 自由騎士達は思った。幕府軍の士気は、これで大きく下がるだろう、と。
「副長が倒れたぞ!」
「おお、何と見事な散り様よ!」
「もののふの範たる最期、感じ入ったぞ!」
 ところが神殲組一同、揃ってこんな調子である。
「死に花を咲かせよ!」
「刃のもとに命を滾らせよ!」
「進撃!」
「進撃! 進撃! 進撃!」
「「いざ、虚無への旅路を突き進まん!」」
 俄然勢いづいた神殲組に、自由騎士達は逆に圧され始めた。
「こんな戦い、いつまで……!」
 隊員の攻撃を必死に受け止めながら、襲い来る徒労感に『天を征する盾』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)が顔をしかめる。
 数に優る自由騎士。勢いが止まらない神殲組。
 現状、戦況は全くの五分。いや、今という瞬間に限れば神殲組に分があるか。
「皆さん、気張ってください。こんな戦い、もう終わらせなきゃいけないんです!」
「ええ、そうですね」
 『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)の召喚した精霊が、神殲組の一人を氷漬けにする。その隊員は、やはり土方のように笑っていた。
「……気持ち悪い」
 倒れてない笑みを消さない隊員に、サーナは嫌悪を露わにした。
「そりゃあ何ともつれない言葉ではないか、わらべよ」
 ズン、と大股に踏み込んで、嶽丸が彼女の前に立ちはだかる。
 すでに数多の自由騎士と戦い、その身は傷だらけであった。右目も潰れ、全身が己の血と返り血で赤黒く染まっている。凄絶なる立ち姿である。
「あ……」
 嶽丸の姿とまなざしに圧倒され、サーナはその場に立ち尽くした。
「そうか、死ぬか」
 短く断じ、嶽丸が野太刀を振り上げる。
 だが、その一閃はデボラが身を挺して防ぎ、衝撃が辺りの地面にひびを入れた。
「ぐ、く……、重いッ」
「ほほぉ、やりおるやりおる。――だが!」
「きゃあ!?」
 嶽丸が強引に野太刀を振り抜いて、デボラは大きく吹き飛ばされた。
「おおっと、あぶなぁい!」
 しかし間一髪、飛び込んできた『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)がデボラを受け止め、支えた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……」
「動ける」
「ええ、当然」
 そして二人は、嶽丸を見据える。
 だが、ちょうどそのとき、左右から神殲組のサムライが襲いかかってきた。
「カノン様は右を!」
「オッケー! じゃ、そっちは左ね!」
 右方の攻撃をカノンがいなし、左方の攻撃をデボラが受ける。
 返す刀というワケでもないが二人はそのまま攻撃に転じ、神殲組の隊員をそのまま叩き伏せた。隊員達は共に笑ったまま倒れ、動かなくなる。
「どいつも、こいつも……」
 カノンが吐き捨てる。
 戦いが続き、隊員達は次々に倒れていった。
 皆、その顔に満ち足りた笑みを浮かべ、命を散らしていった。
 やがて、敵は嶽丸を残すのみとなる。
「やれやれ、一人だけ残ってしまったか。体が丈夫というのも、考え物よな」
「おかしいよ」
 カノンが、声を震わせた。
「んん? 何がだ?」
「こんなの自分の信念に殉じるとか、そんな話以前の問題だよ! みんな、死ぬために戦ってるようなものじゃないか。こんな、楽しげに、遊び終わった子供みたいな顔をして、死んでいかないでよ! 頭がおかしくなるよ!」
「おまえさんの言う通り、全ては戯れよ」
 訴えるカノンに、あっけらかんとそう言い返す。
「元より、余は平穏などクソ喰らえと思っていたゆえなぁ。まぁ、天下統一した時点で、大して楽しそうな敵も残っていなかったから、統治の真似事などしてみたが、やはりアレだ。合わん。退屈だ。血風舞う鉄火場こそが余の居場所だと実感したわ」
「だから、この戦いなの?」
「だから、この戦いだな!」
「そんなの、人を殺していい理由になんかなるモンか!」
「それで?」
「止めるよ。同じオニヒトとして!」
 カノンが、拳を握り締める。
 そしてさらにカーミラが、キリが、ロンベルが、エイラが、満身創痍の体をおして嶽丸の前に立ち、それを見て、かつての将軍は歯を剥き出しにして笑う。
「余を虚無へ送る役目を担うのは、おまえさんらか」
「どうして、そんなに楽しげにできるの。もう勝ち目なんてないのに」
 尋ねるカーミラに、嶽丸は「まだわからんぞ」と言って、野太刀を肩に担ぐ。
「ここでおまえさんらに勝ち、残りの敵軍を屠り、梗都にて朝廷を根絶やしにすれば、何とそれだけで余の勝利ではないか。これは、案外勝利目前なのではないか?」
「本気で言ってる、ん、だろうね……」
「カハハハハハハハ、所詮我らは徒花よ。数十年前は、だが余に敵う者はなく、大地に根を下ろして咲き誇らねばならなくなった。しかし此度は違うようだ!」
 残った左目を大きく見開いて嶽丸はズカズカ歩み出す。
「さぁ、一輪残ったこの徒花、見事手折って見せるがいい!」
「言われないでも、やってやる!」
 カノンの雄叫びを最後の号砲として、自由騎士達が地を蹴った。
 もはや、結果は見えているはずの戦いだ。
 しかし嶽丸は倒れない。斬られようと、撃たれようと、打たれようと、その動きは精彩を欠くどころか、ますます鋭さを増していっている。
「ハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハ! 愉快愉快! 実に愉快!」
 野太刀を振るう。
 斬られる。打たれる。撃たれる。打つ。斬る。撃たれる。斬られる。
 全身、傷のない場所などもうどこにもない。それほどまでにこの戦いに全霊を注ぎ込み、大上段よりの振り下ろしで、彼はカノンの脳天を狙う。
「見切ったァァァァァ!」
 そこに、カノン渾身のカウンター。
 嶽丸の動きを見切り、放たれた拳がそのみぞおちに深く突き刺さる。
「が……」
 絶息し、嶽丸の動きが一瞬止まる。
「今だァ――――!」
 誰かが叫び、そして、全員が最後の力を振り絞って、嶽丸を攻撃した。
 全ての攻撃の音が重なり、響いたのはただ一度。
 そして、静寂が訪れる。
「…………ク」
 それはうめきか、或いは笑いか。
「見事」
 言った嶽丸の手から、折れ曲がった野太刀が零れた。
「おまえさんらの勝ちだ、自由騎士」
 負けを認めた彼の口から、大量の血が溢れ、地面に落ちていく。
 自由騎士が離れても、だが嶽丸は倒れるどころか膝もつかず、その場に立ったまま幾度か咳き込み、そのたびに血が散った。
「……これから先」
 嶽丸が、自由騎士に何かを切り出す。
「世は大変なことになるのだろうが、面倒くさいので余はここで抜けておく。あとは、万事おまえさんらの好きに運ぶがいい。もう、余の知ったことではない」
「この人は、どこまでも……!」
 最後の最後まで身勝手を貫く嶽丸に、ステラも閉口せざるを得ない。
「だが、まぁ、アレだな」
 しかし、嶽丸の言葉はまだ続く。
「余を打倒したおまえさんらに、言うべきことがあるならば、うん、アレだ」
 そして彼は告げる。
「――がんばれ」
 言い終えて、嶽丸の巨体は後ろへと傾いだ。
 最後は、地面に大の字になって、アマノホカリ全土を混乱の渦に巻き込んだいくさ馬鹿、『黒鬼将軍』宇羅嶽丸は自由騎士達に敗れ、息絶えた。
 その死に顔には、やはりというべきか、満ち足りた笑みが浮かんでいた。
「がんばれ、って……」
 彼の遺言ともいうべきそれを聞いて、カノンが肩を震わせる。
「そんなの、言われるまでもないんだよ! バァァァァァ――――カッッ!」
 彼女の怒号は、戦いが終わった遺跡ケ原全土に響き渡ったという。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

お疲れさまでした。
宇羅幕府、っていうか嶽丸との戦いは終わりました。

では、またどこかで!
ご参加いただき、ありがとうございました!
FL送付済