MagiaSteam




【万世一系】一天万乗

●
謁見の許可は、すぐに下りた。下りなければ、殴り込もうと思っていたところである。
「おう仁太、よくぞ参った」
領主・武村重秀が、鷹揚な口調で言った。仁太の知る限り、このアマノホカリという国において最も鷹揚さと縁遠い人物がだ。
「いかがいたした。今日は、夏美の傍におらぬのか? あやつと一緒では、命がいくつあっても足りぬか」
「……ええ、まったく。姫様は、常にお命を狙われておりますから」
仁太は平伏し、許可もなく顔を上げ、重秀を睨み付けた。
「に、しても……まさか、御父上から刺客を差し向けられるとは」
「……その事に関してはのう。夏美に、詫びねばならぬ」
重秀が、本当に心を痛めている、ように見える。
「無論、余は命じてなどおらぬ。我が娘を殺せ、などと命ずるはずがなかろう? ただ、余が使うておる忍びの一団がのう。この重秀への忠誠のあまり」
「勝手に動いて、姫様のお命を狙ったとでも……!」
仁太はもはや、主君に対する言葉遣いを保てなくなっていた。
自分の主君は、そもそも武村重秀ではない。その娘、夏美姫である。
彼女は今日も相変わらず、忙しく動き回っている。
磐成山の邪宗門との間には、一応の和睦が成立した。
税の取りように関しては、大々的な見直しを行う。信教の自由も保証する。民は、農作に戻る。
それらの話を武村夏美は、父・重秀に認可を求める事なく、まとめ上げてしまった。
領主としては、怒り狂って当然であろう。
今、仁太の眼前にいる武村重秀からは、しかしそんな様子は微塵も見られない。
怒り狂っているのは、仁太の方だ。
「くだらない芝居は、ここまでだ。姫様は当然お前を生かしてはおかないだろうけど、それ以上に……僕が、お前を生かしておかない。正体を見せろ、月堂血風斎」
「……鼻の利く小僧よな。まるで、犬ぞ」
重秀が、己の顔面を引き剥がした。
平伏の姿勢のまま、仁太は跳躍に備えた。
「殿は……重秀様は、どこにおられる?」
「切り刻んで馬糞と混ぜた。良い肥やしになろうて。あの愚か者、唯一の功徳よ」
月堂血風斎が、にやりと笑う。
「あやつ猪口才にも、我らの目的に気付きおってなあ」
「……八木原の末裔を旗印にっていう、アレか」
「武村の当主としては、それが気に入らなんだのであろう。今になって八木原の名が歴史の表舞台に出て来たら、この地における武村の権勢など一瞬にして覆りかねん」
ただでさえ、この地には八木原家の統治を懐かしむ声が根強いのだ。
「やめねば殺す。重秀殿は、そのように仰せられた……だからのう、殺すとは如何なる事であるのかを教えて差し上げたのだ。ようく、おわかりいただけたとも」
「……八木原の末裔なら、今お前の目の前にいるぞ」
盗み聞きは、忍びの習性である。
あの苫三老人と自由騎士たちの会話が聞こえてしまったのだ。
「勿論、お前らの思い通りになる気はない」
「……おぬしが、八木原の」
月堂の表情が、ピクリと痙攣した。
「それが真実であるならば……ふむ、かわいそうに。あの村人らは、おぬしに殺されたも同然であるなあ。八木原の血を引く者として、おぬしが早々に名乗りを上げておれば。我らとて、あのような事をする必要はなかったのだぞ」
「お佳代という女の子は、もうお前らの手には渡らないぞ。吾三郎さんや苫三さんが、磐成山でしっかりと守っている」
仁太は言った。
「お前らは、また……別の子供を八木原の末裔として、でっち上げるのか。その子の村を、皆殺しにするのか」
「おぬしが我らに協力してくれれば、そのような事せずとも済む」
「…………僕の、せいか……僕のせいで、あの村は皆殺しに……」
そんな事を考えてしまうのは、思い上がりなのであろう。それは仁太も理解はしている。
「……月堂、お前に協力なんかしない。お前を、生かしてもおかない」
言葉と共に、仁太は跳躍していた。
銃声が複数、轟いた。
銃撃が、仁太の全身あちこちをかすめた。
襖を蹴破って出現した男たちが、乱入と同時に小銃をぶっ放していた。
「……仲良くしようじゃないか? ニンジャの少年よ」
月堂の傍に、いつの間にか1人、大男がいる。
「お前たちアマノホカリ人は、実に素晴らしい可能性を秘めている。空気さえ作ってやれば、あとは脇目も振らずに一直線……天朝様の御ために、いくらでも人を殺してくれる。いくらでも人体実験をしてくれる。ゆくゆくは」
巨大な両手に、鉄槌の如き撲殺手甲を装着した巨漢。凶器と化した拳が、仁太に向けられる。
「ここアマノホカリは……我らヴィスマルク帝国と並ぶ、あるいはそれ以上の鉄血国家となって、イ・ラプセルもパノプティコンも蹂躙し尽くしてくれるだろう」
巨漢の部下なのであろう兵士たちが、仁太に銃口を向ける。
「月堂……お前……!」
仁太は、忍者刀を抜いた。
「天朝様ってのは、この国の一番尊いものなんじゃないのか! それを口にしながら、こんな夷狄連中と結託するのか!」
夷狄。異国人に対する蔑称である。
あの自由騎士たちも異国人だが、今ここにいる者たちは、彼ら彼女らとは違う。まさに夷狄……明らかな悪意を持って渡来した、異国の侵略者。
「こいつらはな、お前らの敵である宇羅幕府とも組んでいるんだぞ!」
「夷狄は、利用するもの。それだけの事よ」
月堂が、ゆらりと立ち上がる。
「……武村重秀殿は、孤独な御領主であられた。臣下の者どもは皆ことごとく総領娘様に忠誠を誓い、主君を蔑ろにする事、甚だしきものであった。重秀殿はな、お味方を欲しておられたのよ。夷狄でも構わぬほどに」
「利用は、お互い様というものだ。月堂血風斎」
夷狄の巨漢が、凶暴に牙を剥いて仁太に微笑みかける。
「……悲しいなあ少年よ。国と国との関係というものは、このように利用し合うものであってはならないんだ。真の友好。我らヴィスマルクは君たちアマノホカリに、それだけを望んでいる」
「僕の望みは、そいつの命だけだ」
月堂ただ1人を、仁太は見据えていた。
「あの村の人たちは……確かに僕が殺した、と言えない事もないかも知れない。償いや手向けの真似事にだってならないのは承知の上だ。月堂血風斎……お前を、殺す」
謁見の許可は、すぐに下りた。下りなければ、殴り込もうと思っていたところである。
「おう仁太、よくぞ参った」
領主・武村重秀が、鷹揚な口調で言った。仁太の知る限り、このアマノホカリという国において最も鷹揚さと縁遠い人物がだ。
「いかがいたした。今日は、夏美の傍におらぬのか? あやつと一緒では、命がいくつあっても足りぬか」
「……ええ、まったく。姫様は、常にお命を狙われておりますから」
仁太は平伏し、許可もなく顔を上げ、重秀を睨み付けた。
「に、しても……まさか、御父上から刺客を差し向けられるとは」
「……その事に関してはのう。夏美に、詫びねばならぬ」
重秀が、本当に心を痛めている、ように見える。
「無論、余は命じてなどおらぬ。我が娘を殺せ、などと命ずるはずがなかろう? ただ、余が使うておる忍びの一団がのう。この重秀への忠誠のあまり」
「勝手に動いて、姫様のお命を狙ったとでも……!」
仁太はもはや、主君に対する言葉遣いを保てなくなっていた。
自分の主君は、そもそも武村重秀ではない。その娘、夏美姫である。
彼女は今日も相変わらず、忙しく動き回っている。
磐成山の邪宗門との間には、一応の和睦が成立した。
税の取りように関しては、大々的な見直しを行う。信教の自由も保証する。民は、農作に戻る。
それらの話を武村夏美は、父・重秀に認可を求める事なく、まとめ上げてしまった。
領主としては、怒り狂って当然であろう。
今、仁太の眼前にいる武村重秀からは、しかしそんな様子は微塵も見られない。
怒り狂っているのは、仁太の方だ。
「くだらない芝居は、ここまでだ。姫様は当然お前を生かしてはおかないだろうけど、それ以上に……僕が、お前を生かしておかない。正体を見せろ、月堂血風斎」
「……鼻の利く小僧よな。まるで、犬ぞ」
重秀が、己の顔面を引き剥がした。
平伏の姿勢のまま、仁太は跳躍に備えた。
「殿は……重秀様は、どこにおられる?」
「切り刻んで馬糞と混ぜた。良い肥やしになろうて。あの愚か者、唯一の功徳よ」
月堂血風斎が、にやりと笑う。
「あやつ猪口才にも、我らの目的に気付きおってなあ」
「……八木原の末裔を旗印にっていう、アレか」
「武村の当主としては、それが気に入らなんだのであろう。今になって八木原の名が歴史の表舞台に出て来たら、この地における武村の権勢など一瞬にして覆りかねん」
ただでさえ、この地には八木原家の統治を懐かしむ声が根強いのだ。
「やめねば殺す。重秀殿は、そのように仰せられた……だからのう、殺すとは如何なる事であるのかを教えて差し上げたのだ。ようく、おわかりいただけたとも」
「……八木原の末裔なら、今お前の目の前にいるぞ」
盗み聞きは、忍びの習性である。
あの苫三老人と自由騎士たちの会話が聞こえてしまったのだ。
「勿論、お前らの思い通りになる気はない」
「……おぬしが、八木原の」
月堂の表情が、ピクリと痙攣した。
「それが真実であるならば……ふむ、かわいそうに。あの村人らは、おぬしに殺されたも同然であるなあ。八木原の血を引く者として、おぬしが早々に名乗りを上げておれば。我らとて、あのような事をする必要はなかったのだぞ」
「お佳代という女の子は、もうお前らの手には渡らないぞ。吾三郎さんや苫三さんが、磐成山でしっかりと守っている」
仁太は言った。
「お前らは、また……別の子供を八木原の末裔として、でっち上げるのか。その子の村を、皆殺しにするのか」
「おぬしが我らに協力してくれれば、そのような事せずとも済む」
「…………僕の、せいか……僕のせいで、あの村は皆殺しに……」
そんな事を考えてしまうのは、思い上がりなのであろう。それは仁太も理解はしている。
「……月堂、お前に協力なんかしない。お前を、生かしてもおかない」
言葉と共に、仁太は跳躍していた。
銃声が複数、轟いた。
銃撃が、仁太の全身あちこちをかすめた。
襖を蹴破って出現した男たちが、乱入と同時に小銃をぶっ放していた。
「……仲良くしようじゃないか? ニンジャの少年よ」
月堂の傍に、いつの間にか1人、大男がいる。
「お前たちアマノホカリ人は、実に素晴らしい可能性を秘めている。空気さえ作ってやれば、あとは脇目も振らずに一直線……天朝様の御ために、いくらでも人を殺してくれる。いくらでも人体実験をしてくれる。ゆくゆくは」
巨大な両手に、鉄槌の如き撲殺手甲を装着した巨漢。凶器と化した拳が、仁太に向けられる。
「ここアマノホカリは……我らヴィスマルク帝国と並ぶ、あるいはそれ以上の鉄血国家となって、イ・ラプセルもパノプティコンも蹂躙し尽くしてくれるだろう」
巨漢の部下なのであろう兵士たちが、仁太に銃口を向ける。
「月堂……お前……!」
仁太は、忍者刀を抜いた。
「天朝様ってのは、この国の一番尊いものなんじゃないのか! それを口にしながら、こんな夷狄連中と結託するのか!」
夷狄。異国人に対する蔑称である。
あの自由騎士たちも異国人だが、今ここにいる者たちは、彼ら彼女らとは違う。まさに夷狄……明らかな悪意を持って渡来した、異国の侵略者。
「こいつらはな、お前らの敵である宇羅幕府とも組んでいるんだぞ!」
「夷狄は、利用するもの。それだけの事よ」
月堂が、ゆらりと立ち上がる。
「……武村重秀殿は、孤独な御領主であられた。臣下の者どもは皆ことごとく総領娘様に忠誠を誓い、主君を蔑ろにする事、甚だしきものであった。重秀殿はな、お味方を欲しておられたのよ。夷狄でも構わぬほどに」
「利用は、お互い様というものだ。月堂血風斎」
夷狄の巨漢が、凶暴に牙を剥いて仁太に微笑みかける。
「……悲しいなあ少年よ。国と国との関係というものは、このように利用し合うものであってはならないんだ。真の友好。我らヴィスマルクは君たちアマノホカリに、それだけを望んでいる」
「僕の望みは、そいつの命だけだ」
月堂ただ1人を、仁太は見据えていた。
「あの村の人たちは……確かに僕が殺した、と言えない事もないかも知れない。償いや手向けの真似事にだってならないのは承知の上だ。月堂血風斎……お前を、殺す」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.月堂血風斎、及びヴィスマルク兵7名の撃破(生死不問)
お世話になっております。シリーズシナリオ『万世一系』最終話となります。
これまでの御参加、ありがとうございました。
アマノホカリ。地方領主・武村家の居城にて、忍者・月堂血風斎がヴィスマルク軍の一部隊と結託しました。
これを討伐して下さい。
時間帯は昼、場所は天守閣の大広間。
敵(計8名)の内訳は以下の通り。
●ガドラー・ヴォルゲン(前衛)
ヴィスマルク軍人。ノウブル、男、31歳。格闘スタイル。『震撃LV2』『鉄山靠LV2』を使用。
●月堂血風斎(前衛)
ノウブル、男、40歳。以下のスキルを使用します。
・体術・飛天空蝉
ランク1/EP20/自付与/補助 効果2T
効果ターン中、被ダメージを任意の仲間1人が1回肩代わり。
・火遁・劫火焔舞
ランク1/EP30/遠距離範囲/攻撃
命+2 魔導+0 +(敵BS数×10)
・隠形・遁法煙玉
ランク1/EP25/近距離範囲/攻撃
回避×1.3 ダメージ0 アンコントロール1 ヒュプノス1 移動20m
・電光石火の早業
ランク1/EP30/自付与/補助 1戦闘1回まで
戦闘開始時、装備した『早業指南の巻物』の攻撃を権能を除いて最速で実行できる。絶対必中。以下のいずれかの効果が発生します。
早業:殲滅発破の術 敵全体 攻撃+30 バーン2
早業:魔導爆雷の術 遠距離範囲 魔導+40 致命
早業:落花風穴の術 遠距離単体 攻撃+60 ショック 移動不能
・瞳術・不動金縛
ランク2/EP55/遠距離範囲/攻撃
命+6 ダメージ0 パラライズ2 BS解除率-10%(効果3T)
●ガンナー(6名。前衛左右両端、及び後衛) 『ヘッドショットLV2』『バレッジファイヤLV1』を使用。
現場には少年忍者・仁太がいて、この8名と戦っており、いくらか負傷しております。BSは受けていません。
回復を施し、戦力として使う事は可能です。戦闘中は指示に従ってくれますが、彼は月堂血風斎の殺害をかなり強硬に主張します。
月堂の生死に関しては、皆様のプレイングに記載していただけると助かります。曖昧な場合、殺してしまうかも知れません。
仁太は『劫火焔舞』『遁法煙玉』を使用します。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
これまでの御参加、ありがとうございました。
アマノホカリ。地方領主・武村家の居城にて、忍者・月堂血風斎がヴィスマルク軍の一部隊と結託しました。
これを討伐して下さい。
時間帯は昼、場所は天守閣の大広間。
敵(計8名)の内訳は以下の通り。
●ガドラー・ヴォルゲン(前衛)
ヴィスマルク軍人。ノウブル、男、31歳。格闘スタイル。『震撃LV2』『鉄山靠LV2』を使用。
●月堂血風斎(前衛)
ノウブル、男、40歳。以下のスキルを使用します。
・体術・飛天空蝉
ランク1/EP20/自付与/補助 効果2T
効果ターン中、被ダメージを任意の仲間1人が1回肩代わり。
・火遁・劫火焔舞
ランク1/EP30/遠距離範囲/攻撃
命+2 魔導+0 +(敵BS数×10)
・隠形・遁法煙玉
ランク1/EP25/近距離範囲/攻撃
回避×1.3 ダメージ0 アンコントロール1 ヒュプノス1 移動20m
・電光石火の早業
ランク1/EP30/自付与/補助 1戦闘1回まで
戦闘開始時、装備した『早業指南の巻物』の攻撃を権能を除いて最速で実行できる。絶対必中。以下のいずれかの効果が発生します。
早業:殲滅発破の術 敵全体 攻撃+30 バーン2
早業:魔導爆雷の術 遠距離範囲 魔導+40 致命
早業:落花風穴の術 遠距離単体 攻撃+60 ショック 移動不能
・瞳術・不動金縛
ランク2/EP55/遠距離範囲/攻撃
命+6 ダメージ0 パラライズ2 BS解除率-10%(効果3T)
●ガンナー(6名。前衛左右両端、及び後衛) 『ヘッドショットLV2』『バレッジファイヤLV1』を使用。
現場には少年忍者・仁太がいて、この8名と戦っており、いくらか負傷しております。BSは受けていません。
回復を施し、戦力として使う事は可能です。戦闘中は指示に従ってくれますが、彼は月堂血風斎の殺害をかなり強硬に主張します。
月堂の生死に関しては、皆様のプレイングに記載していただけると助かります。曖昧な場合、殺してしまうかも知れません。
仁太は『劫火焔舞』『遁法煙玉』を使用します。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/8
6/8
公開日
2021年02月02日
2021年02月02日
†メイン参加者 6人†
●
趣味の悪い手甲だ、と『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は思った。
鉄の塊を、両手に装着しているようなものだ。自分の拳に自信がないのか、とも思ってしまう。
そんな巨漢の格闘士……ヴィスマルク軍兵士ガドラー・ヴォルゲンの拳が、仁太を殴り飛ばしていた。
鉄塊の拳。
その衝撃を仁太は、忍びの身ごなしで、いくらかは受け流したようである。
それでも血を吐きながら吹っ飛んで来た仁太の細身を、エルシーは抱き止めた。
そうしながら、言い放つ。
「イ・ラプセルの自由騎士エルシー・スカーレット! 義によって、助太刀しますっ!」
「……あ……あんたたち……」
「独りで無理をするもんじゃありませんよ、仁太さん」
負傷した仁太の身体を、エルシーは後方にいる『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)に託した。
「手当てをさせてもらう。戦えるようなら、力を貸して欲しい」
言葉と共にマグノリアが、仁太の全身をキラキラと光で包み込む。魔導医療の輝き。
「ただ無理はしないように……君に万一の事があれば、夏美姫が1人きりになってしまう」
「……姫様は、僕なんかいなくたって」
「そういう事、言わない」
言いつつ『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が、前衛に出てエルシーと並んだ。
そして、敵を見据える。
「どっかでね、ヴィスマルクが関わってるんじゃないかって気はしてたよ。ここでお出ましとはね」
「我らヴィスマルクは、アマノホカリの平和を望んでいる。平和のために戦わねばならぬ」
銃撃兵士6名を周囲に待機させたまま、ガドラーは語る。
「悲しいかな、この国は内乱の火種を抱えている。お前たちの介入は、油を注ぐ事にしかならぬ。退くが良い、イ・ラプセルの自由騎士団」
「内乱をね、起こして鎮圧しながら、いつの間にか国そのものを乗っ取ってたりするんです」
オニヒトの少女が、もう1人。大気中のマナと自身の魔力を同調させながら、うんうんと頷いている。『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)である。
「上手いやり方だとは思いますよ。それに乗っかっちゃうのはアホですけど」
「……貴方の事ですよ、月堂血風斎様」
ガドラーの隣にいる男を見据えて、セアラ・ラングフォード(CL3000634)が言った。
「愚かな企み事のために、多くの命を奪った罪……裁きを、受けていただきます」
「全ての命は、天朝様の御ためにのみ存在する」
尊大極まる物言いに合わせて、月堂血風斎が錫杖を鳴らす。
「一天万乗の尊き存在を戴いてこそ、民はとこしえに安らぐもの。死せる者どもはな、安らけき世の礎となったのだよ」
「一天万乗の尊き存在を、穢しているのは貴方です」
言い放ちながら『いと堅き乙女に祝福を』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)が、一見たおやかな機械の肢体から蒸気を噴射する。
「ご自分の行いが、どれほど愚かなものであるのかを……まずは、思い知って下さい」
「……本当にね、ここまで馬鹿な人は初めて見たよ」
カノンが、言葉と眼光をぶつける。
月堂が、睨み返す。
「…………鬼どもが……!」
その両眼が先程からずっと、ただならぬ光を発している事に、エルシーは今更ながら気付いた。
「おぞましき鬼ども……それに与する夷狄ども……神国アマノホカリの地を穢す事は許さぬ、天朝様の威を畏れるが良い!」
月堂の眼光が、燃え上がった。
催眠、金縛り。
「……効きはしないよ、そんなもの!」
カノンの小さな身体が、言葉と共に巨大化した。エルシーには、そう見えた。
巨大な鬼神の姿が、立ちのぼっていた。
それは、幻影である。
だが。自由騎士たちの身体に宿った鬼の力は、幻ではない。
「天朝様の威光はともかく、貴方の威なんか畏れるに足りませんよっ!」
エルシーは踏み込み、鬼神の力を宿した四肢で嵐を吹かせた。真夏の大嵐をイメージして組み上げた攻撃の舞踏。鋭利な拳が、強靭な美脚が、月堂をヴィスマルク軍もろとも叩きのめす。
血飛沫を咲かせて揺らぎながら、月堂は悲鳴か怒号かわからぬものを吐く。
「夷狄が! 異国の蛮族が! 鬼どもと結託して何を企むかぁあああッ!」
血飛沫と共に、炎が生じていた。紅蓮の嵐がエルシーを、カノンを、デボラを、ひとまとめに焼き払う。
「ぬるい!」
カノンが、吼えながら旋風と化した。あまり長くはない両脚が、炎を蹴散らし、月堂を直撃する。ヴィスマルク兵たちを薙ぎ払う。
倒れた月堂に、仁太が斬りかかっていた。
一閃した忍者刀を月堂が、即座に跳ね起きながら錫杖で受ける。火花が散る。
「……防戦一方だね、月堂血風斎」
語りかけながら、マグノリアも舞っていた。
エルシーよりもずっとたおやかな細身が、魔力の渦を放散させながら躍動する。
「君が、早くも逃げに入っているのがわかるよ。無論、逃がしはしない」
魔力の大渦が、月堂を吹っ飛ばす。ヴィスマルクの銃撃兵たちを、吹っ飛ばす。
ガドラー1人が、魔力の大渦巻にも、それにエルシーとカノンによる攻撃の嵐にも、耐え抜いていた。
「……現地の土着テロリストども、全く使い物にならんなあ」
ガドラーの巨体が、静かに猛然と踏み込んで来る。
鉄塊の拳を、エルシーはかわせなかった。とてつもない衝撃が、鳩尾の辺りにめり込んで来る。身体が、ヘし曲がった。
「我らヴィスマルク軍が、やはり積極的に介入せねばならんか……アマノホカリの、平和のために」
させませんよ、と言おうとして言えずにエルシーは血を吐いた。
どうにか倒れず踏みとどまっている間に、銃撃兵士たちが隊列を組み直して小銃をぶっ放す。
灼熱の弾幕が、自由騎士団を猛襲した。
全身が銃撃に穿たれ、だが同時に癒えてゆくのをエルシーは体感した。
「……させませんよっ」
エルシーの代わりに言葉を発しながら、セアラが光を振り撒いている。魔導医療の煌めき。
自由騎士たちの肉体から、突き刺った銃弾がポロポロとこぼれ落ちる。弾痕が、塞がってゆく。
セアラとマリアを背後に庇ったまま、デボラが反撃に出た。
「……次は、私の弾幕をご覧いただきますよ」
機械の四肢が、装甲を開く。
轟音と共に、銃火の嵐が迸り、月堂とヴィスマルク軍を灼き払った。
そこへ、マリアが加勢する。
「月堂さん……先程からの貴方の言動から、ひとつ見えた事があります」
掲げられた杖の動きに合わせて、電磁力の嵐が生じ、銃撃兵たちを押し潰しにかかった。
「……貴方、オニヒトを憎んでますね。と言うより、恐れていますか? 両方ですか」
●
ガドラーの巨体が、天守閣を揺るがす勢いで踏み込んで来る。
それをエルシーが、真っ正面から迎撃した。
体当たりと体当たりが、ぶつかり合った。双方、血飛沫を噴いて揺らいだ。
衝撃が、両者の身体を貫通していた。
よろめくガドラーの後ろで、銃撃兵士が1人、吹っ飛んで倒れ動かなくなった。
揺らぐエルシーの後方でマグノリアが、吹っ飛んで倒れ、よろよろと身を起こそうとする。
「あ……っと、衝撃が貫けちゃいました……すいません……でも、マグノリアさんなら大丈夫ですよね……」
「……自分を基準に物を考えるのは、程々にね。シスター……」
両名の死にかけた肉体に、セアラは癒しの力をぶつけていった。
魔導医療の光の奔流が、セアラの細身から溢れ出し、味方全員を呑み込んでいた。
「……死に際の怪力に頼るのも、程々に致しましょうか。エルシー様」
「す、すいません。セアラさん……」
回復した身体で構え直すエルシーの傍らを、同じく治療を受けて力を取り戻したカノンが駆け抜けて行く。
ガドラーに向かってだ。
「……アマノホカリ観光は、もう充分でしょ? さっさと国にお帰りよッ!」
小さな身体が、竜巻の如く捻転する。
低い位置から超高速で弧を描いたカノンの拳が、ガドラーの巨体を激しくへし曲げていた。
その様を見据え、マグノリアが魔導器を掲げる。
「わかるよ。君たちの銃……全て、アマノホカリ製だね?」
「この国の……技術はな、素晴らしいぞ……」
よろめき、血を吐きながら、ガドラーが笑う。
「我らがな、大いに活かしてやる……貴様らイ・ラプセルを滅ぼすために! アマノホカリはな、我らヴィスマルク帝国の工場となるのだ!」
「……なりかねないね。この国の民は、おとなしいようでいて……危うい熱情を、内に秘めている」
マグノリアの言葉と共に、禍々しい力の嵐が、轟音を立てて渦を舞いた。
踏み込もうとしたガドラーが、他のヴィスマルク兵もろとも渦に飲まれ、切り裂かれながら宙を舞う。
「それを君たちに利用され、道を誤る……させないよ、そんなふうには」
鮮血の大渦に攪拌されつつ、カドラーたちは落下して畳に激突した。
「……もちろん、僕たちがアマノホカリの民を導く……などと傲慢な事は言えない。けれど、第三者の目には成れる……」
カドラーをはじめヴィスマルク兵全員が、倒れて動かなくなった。辛うじて死んではいない。
月堂1人が、跳躍していた。攻撃か、いや逃げようとしているようにも見える。
「……させませんよ。貴方には、何も」
マリアが、杖を向ける。
月堂の身体が凍り付き、落下して転がった。
凍結の束縛を強めながら、マリアは語る。
「この国では、オニヒトは長いこと差別されてたみたいですね。私が暮らしてた頃はもう、そんなには酷くありませんでした。まあ宇羅の方々が政権を取って下さったおかげでしょう。そこだけは感謝です」
口調は、淡々としている。
「だけどまあ、差別感情を捨てられない人たちは当然いるわけで。宇羅一族に権力を奪われちゃった側の方々は特にそうですよね。オニヒトが幕府なんか開いて大きな顔してるのが気に入らない、引きずり下ろせ……と。そういうのを何もかも正当化するための、天朝様なわけですよ」
「……利用する事ばかり……!」
セアラは、淡々としてはいられなかった。
「そのような御自分の心を、行いを……恥ずかしいとは思わないのですか月堂様!」
「……黙れ夷狄ども……恥ずべきは……」
冷気の束縛を振りちぎり、氷の破片を飛び散らせながら、月堂は立ち上がっていた。
「恥ずべきはな……鬼どもの統べる世に浸り、天朝様の御恩を忘れ果てた! この国の民どもよ!」
「……月堂様。私、貴方を少々甘く見過ぎていたようです」
動きを見せる月堂の眼前に、デボラがすでに立ち塞がっていた。
「その歪みきった執念がもたらす、粘り強さと爆発力……受けて、立ちましょう。我が輝ける剣をもって、万人に慈愛を! 罪人に断罪を!」
機械仕掛けの肢体が、蒸気を噴いて躍動する。
輝ける剣ジャガンナータによる、六連撃。全てが、月堂を直撃していた。
吹っ飛んで壁に激突した月堂が、ずり落ちて倒れ伏し、畳を血で汚しながら這いずり、だがすぐに立ち上がって跳躍した。明らかな、逃亡の動き。
「デボラさんの言う通り……本当、しぶといね。君」
その跳躍が、無かった事になっていた。月堂の身体は、硬直している。
声をかけているのは、カノンだ。
「まあ執念深さは認めてあげるけど……金縛りの術は、まるでなっちゃいないね。カノンがお手本を見せるよ」
カノンの全身から、またしても恐ろしい鬼神の姿が立ちのぼっていた。
「…………ひ…………っ…………!」
月堂が鬼神に威圧され、座り込む。小便の飛沫が散った。
そこへカノンが、踏み込もうとする。
「視えない拳、プレゼントするよ……」
「そこまで」
マリアの言葉が、カノンを止めた。
「……に、しておきましょう。今のこの人をぶん殴ったらカノンさん、後できっと嫌な気持ちになります」
「そう……だね」
月堂は失禁し、座り込んだまま白目を剥き、泡を吹いて痙攣している。
その様に、カノンは背を向けた。
「……これ以上やったら、オニヒトの名折れかな」
「この月堂さん、たぶんオニヒトに虐められたか、戦ってこっぴどく負けたか、そんな目に遭った事があるんだと思います」
マリアは言った。
「鬼が、トラウマです」
「なるほど、だから人一倍オニヒトを……宇羅幕府を、憎み恐れる、か」
言いつつマグノリアが、月堂と仁太の間にさりげなく立った。
「僕は、そいつを殺したい……けど、やっぱり止めるんだな。あんたたちは」
「仁太……僕たちは君に、恩を着せたい」
殺意みなぎる仁太の眼光を、マグノリアは遮った。
「例の村……僅かながら、生き残った人々がいるのだろう? 彼ら彼女らを、支えて欲しいんだ。出来る限り、血に汚れていない手で」
「……僕は、手を汚さなければいけない。その男の血で」
「けじめでも、つけようって言うんですか」
マリアが、じろりと仁太を見据える。
「自分のせいで人が大勢、殺された……なんて言うのは思い上がりですよ仁太さん。貴方が御自分の出自を知ったのは、苫三さんのお話を聞いてからでしょう? それ以前に出来た事なんて、何もありませんよ」
「……それでも、僕が……八木原の末裔なんて存在が、この世にあったせいで……」
「……そう思ってしまうのは、仕方がない事かも知れませんね」
豊かな胸を抱えるように腕組みをしながら、デボラが言った。
「……貴方が今からでも、八木原の者として天下に名乗りを上げれば。少なくとも、血縁の捏造で人が死ぬ事はなくなりますが」
「それは、やめておくよ。八木原の再興なんて今更、誰も望んでない。誰も、幸せにならない」
仁太が、ようやく忍者刀を鞘に収め、月堂に背を向けた。
「恩は……着ておくよ。戦ってくれた人たちが殺すなと言うなら、月堂は生かしておく。ただ、ここで死なせておいた方が幸せだと思うけどね。その男にとっては」
「……生き恥を晒しながら、裁きを受けていただきましょう」
セアラは言った。
「そして貴方も、生きなければなりませんよ。仁太様」
「僕は……」
「気にするなって言うの、無理だよね」
カノンが、声をかける。
「責任みたいなもの感じちゃったなら、する事は1つしかないよ。これからの夏美さんには、仁太さんの力が必要になる」
「……姫様は……僕なんか、いなくたって……」
「……いい加減になさい」
口調静かに、セアラは堪忍袋の緒を切った。
「部外者である私の口から、はっきりと申し上げなければならないとは……何と情けない。仁太様、貴方は夏美姫様を……お好き、なのでしょう?」
「な…………っ…………」
仁太の顔が、湯気でも出そうなほど赤くなってゆく。
「何を……言ってる……僕は……ぼくは……」
「うん、わかりやすい子ですねえ。いいですよー」
エルシーが何度も頷いている。
セアラは、さらに言う。
「……夏美姫様を、支え、助けて差し上げなさい。あの方は無茶ばかりなさいます」
「夏美様……きっと、お忙しくなるのでしょうね。これから」
お父上が亡くなられたから、とまではデボラは言わなかった。
「色恋沙汰をしている暇はないかも知れません。焦っては駄目ですよ仁太様。渋い御年輩の殿方のように、落ち着きを持って夏美様を見守り支えてあげるのです」
「だから何を言ってるんだよ、もう……」
「君は……君の心の、その真っ直ぐさを今一度、見つめ直してみるべきだ」
マグノリアが言った。
「真っ直ぐな心は、方向性を誤ると悲劇を生む……余計なお世話だろうけど関わってしまった以上、悲劇は止めるよ」
仁太は、俯いて無言になった。
エルシーが、顎に片手を当てた。
「色恋沙汰をしている暇はない……つまり夏美さん、当分の間は独身という事ですね。どこぞの御令嬢と違って」
セアラは思わず、じとりとエルシーを見つめてしまった。
「……あの御令嬢を、許せませんか?」
「いやいやいやいや滅相もない。ただまあ、あれです。忙しくて彼氏も作れない。戦う女はそうでなきゃ、なぁんて思わない事もなかったりあったりね」
笑顔を作りながらエルシーは、辛うじて生きているヴィスマルク兵士たちを月堂もろとも縛り上げた。
「さて皆さん、観念してお縄につきましょうねえ。絶対捕縛、ぜつ☆ばく! ですねえ」
「絶対捕縛した上で……どこへ引き渡すかが、問題ですかね。ヴィスマルクの連中はともかく、この月堂さんは」
マリアが、いささか難しい顔をする。
「私たち一応、天津朝廷側と組んでいるわけですけど……ここ、宇羅幕府の勢力圏内ですからね。どっちに引き渡しても、揉め事になる気がします」
「私たちが、このままイ・ラプセルに連行するしかないのでは」
デボラが言う。
「それはそれで外交的な問題になりかねませんが……宇羅幕府も天津朝廷も、真っ当な法の裁きを果たして行ってくれるものか、疑わしいと思うのです」
「拷問のような事を、されるだろうね」
マグノリアが腕組みをする。
「月堂に、依頼主あるいは後援者がいるとしたら……それを吐かされるか、あるいは『法の裁き』という名の口封じをされるのか」
「仁太さんの言う通り、ここで殺してあげるのが優しさかも知れませんね……しませんけど、もちろん」
「……私たち、優しくはありませんからね」
セアラは言った。
月堂の身柄は当面、武村家に託しておくしかなさそうであった。
趣味の悪い手甲だ、と『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は思った。
鉄の塊を、両手に装着しているようなものだ。自分の拳に自信がないのか、とも思ってしまう。
そんな巨漢の格闘士……ヴィスマルク軍兵士ガドラー・ヴォルゲンの拳が、仁太を殴り飛ばしていた。
鉄塊の拳。
その衝撃を仁太は、忍びの身ごなしで、いくらかは受け流したようである。
それでも血を吐きながら吹っ飛んで来た仁太の細身を、エルシーは抱き止めた。
そうしながら、言い放つ。
「イ・ラプセルの自由騎士エルシー・スカーレット! 義によって、助太刀しますっ!」
「……あ……あんたたち……」
「独りで無理をするもんじゃありませんよ、仁太さん」
負傷した仁太の身体を、エルシーは後方にいる『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)に託した。
「手当てをさせてもらう。戦えるようなら、力を貸して欲しい」
言葉と共にマグノリアが、仁太の全身をキラキラと光で包み込む。魔導医療の輝き。
「ただ無理はしないように……君に万一の事があれば、夏美姫が1人きりになってしまう」
「……姫様は、僕なんかいなくたって」
「そういう事、言わない」
言いつつ『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)が、前衛に出てエルシーと並んだ。
そして、敵を見据える。
「どっかでね、ヴィスマルクが関わってるんじゃないかって気はしてたよ。ここでお出ましとはね」
「我らヴィスマルクは、アマノホカリの平和を望んでいる。平和のために戦わねばならぬ」
銃撃兵士6名を周囲に待機させたまま、ガドラーは語る。
「悲しいかな、この国は内乱の火種を抱えている。お前たちの介入は、油を注ぐ事にしかならぬ。退くが良い、イ・ラプセルの自由騎士団」
「内乱をね、起こして鎮圧しながら、いつの間にか国そのものを乗っ取ってたりするんです」
オニヒトの少女が、もう1人。大気中のマナと自身の魔力を同調させながら、うんうんと頷いている。『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)である。
「上手いやり方だとは思いますよ。それに乗っかっちゃうのはアホですけど」
「……貴方の事ですよ、月堂血風斎様」
ガドラーの隣にいる男を見据えて、セアラ・ラングフォード(CL3000634)が言った。
「愚かな企み事のために、多くの命を奪った罪……裁きを、受けていただきます」
「全ての命は、天朝様の御ためにのみ存在する」
尊大極まる物言いに合わせて、月堂血風斎が錫杖を鳴らす。
「一天万乗の尊き存在を戴いてこそ、民はとこしえに安らぐもの。死せる者どもはな、安らけき世の礎となったのだよ」
「一天万乗の尊き存在を、穢しているのは貴方です」
言い放ちながら『いと堅き乙女に祝福を』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)が、一見たおやかな機械の肢体から蒸気を噴射する。
「ご自分の行いが、どれほど愚かなものであるのかを……まずは、思い知って下さい」
「……本当にね、ここまで馬鹿な人は初めて見たよ」
カノンが、言葉と眼光をぶつける。
月堂が、睨み返す。
「…………鬼どもが……!」
その両眼が先程からずっと、ただならぬ光を発している事に、エルシーは今更ながら気付いた。
「おぞましき鬼ども……それに与する夷狄ども……神国アマノホカリの地を穢す事は許さぬ、天朝様の威を畏れるが良い!」
月堂の眼光が、燃え上がった。
催眠、金縛り。
「……効きはしないよ、そんなもの!」
カノンの小さな身体が、言葉と共に巨大化した。エルシーには、そう見えた。
巨大な鬼神の姿が、立ちのぼっていた。
それは、幻影である。
だが。自由騎士たちの身体に宿った鬼の力は、幻ではない。
「天朝様の威光はともかく、貴方の威なんか畏れるに足りませんよっ!」
エルシーは踏み込み、鬼神の力を宿した四肢で嵐を吹かせた。真夏の大嵐をイメージして組み上げた攻撃の舞踏。鋭利な拳が、強靭な美脚が、月堂をヴィスマルク軍もろとも叩きのめす。
血飛沫を咲かせて揺らぎながら、月堂は悲鳴か怒号かわからぬものを吐く。
「夷狄が! 異国の蛮族が! 鬼どもと結託して何を企むかぁあああッ!」
血飛沫と共に、炎が生じていた。紅蓮の嵐がエルシーを、カノンを、デボラを、ひとまとめに焼き払う。
「ぬるい!」
カノンが、吼えながら旋風と化した。あまり長くはない両脚が、炎を蹴散らし、月堂を直撃する。ヴィスマルク兵たちを薙ぎ払う。
倒れた月堂に、仁太が斬りかかっていた。
一閃した忍者刀を月堂が、即座に跳ね起きながら錫杖で受ける。火花が散る。
「……防戦一方だね、月堂血風斎」
語りかけながら、マグノリアも舞っていた。
エルシーよりもずっとたおやかな細身が、魔力の渦を放散させながら躍動する。
「君が、早くも逃げに入っているのがわかるよ。無論、逃がしはしない」
魔力の大渦が、月堂を吹っ飛ばす。ヴィスマルクの銃撃兵たちを、吹っ飛ばす。
ガドラー1人が、魔力の大渦巻にも、それにエルシーとカノンによる攻撃の嵐にも、耐え抜いていた。
「……現地の土着テロリストども、全く使い物にならんなあ」
ガドラーの巨体が、静かに猛然と踏み込んで来る。
鉄塊の拳を、エルシーはかわせなかった。とてつもない衝撃が、鳩尾の辺りにめり込んで来る。身体が、ヘし曲がった。
「我らヴィスマルク軍が、やはり積極的に介入せねばならんか……アマノホカリの、平和のために」
させませんよ、と言おうとして言えずにエルシーは血を吐いた。
どうにか倒れず踏みとどまっている間に、銃撃兵士たちが隊列を組み直して小銃をぶっ放す。
灼熱の弾幕が、自由騎士団を猛襲した。
全身が銃撃に穿たれ、だが同時に癒えてゆくのをエルシーは体感した。
「……させませんよっ」
エルシーの代わりに言葉を発しながら、セアラが光を振り撒いている。魔導医療の煌めき。
自由騎士たちの肉体から、突き刺った銃弾がポロポロとこぼれ落ちる。弾痕が、塞がってゆく。
セアラとマリアを背後に庇ったまま、デボラが反撃に出た。
「……次は、私の弾幕をご覧いただきますよ」
機械の四肢が、装甲を開く。
轟音と共に、銃火の嵐が迸り、月堂とヴィスマルク軍を灼き払った。
そこへ、マリアが加勢する。
「月堂さん……先程からの貴方の言動から、ひとつ見えた事があります」
掲げられた杖の動きに合わせて、電磁力の嵐が生じ、銃撃兵たちを押し潰しにかかった。
「……貴方、オニヒトを憎んでますね。と言うより、恐れていますか? 両方ですか」
●
ガドラーの巨体が、天守閣を揺るがす勢いで踏み込んで来る。
それをエルシーが、真っ正面から迎撃した。
体当たりと体当たりが、ぶつかり合った。双方、血飛沫を噴いて揺らいだ。
衝撃が、両者の身体を貫通していた。
よろめくガドラーの後ろで、銃撃兵士が1人、吹っ飛んで倒れ動かなくなった。
揺らぐエルシーの後方でマグノリアが、吹っ飛んで倒れ、よろよろと身を起こそうとする。
「あ……っと、衝撃が貫けちゃいました……すいません……でも、マグノリアさんなら大丈夫ですよね……」
「……自分を基準に物を考えるのは、程々にね。シスター……」
両名の死にかけた肉体に、セアラは癒しの力をぶつけていった。
魔導医療の光の奔流が、セアラの細身から溢れ出し、味方全員を呑み込んでいた。
「……死に際の怪力に頼るのも、程々に致しましょうか。エルシー様」
「す、すいません。セアラさん……」
回復した身体で構え直すエルシーの傍らを、同じく治療を受けて力を取り戻したカノンが駆け抜けて行く。
ガドラーに向かってだ。
「……アマノホカリ観光は、もう充分でしょ? さっさと国にお帰りよッ!」
小さな身体が、竜巻の如く捻転する。
低い位置から超高速で弧を描いたカノンの拳が、ガドラーの巨体を激しくへし曲げていた。
その様を見据え、マグノリアが魔導器を掲げる。
「わかるよ。君たちの銃……全て、アマノホカリ製だね?」
「この国の……技術はな、素晴らしいぞ……」
よろめき、血を吐きながら、ガドラーが笑う。
「我らがな、大いに活かしてやる……貴様らイ・ラプセルを滅ぼすために! アマノホカリはな、我らヴィスマルク帝国の工場となるのだ!」
「……なりかねないね。この国の民は、おとなしいようでいて……危うい熱情を、内に秘めている」
マグノリアの言葉と共に、禍々しい力の嵐が、轟音を立てて渦を舞いた。
踏み込もうとしたガドラーが、他のヴィスマルク兵もろとも渦に飲まれ、切り裂かれながら宙を舞う。
「それを君たちに利用され、道を誤る……させないよ、そんなふうには」
鮮血の大渦に攪拌されつつ、カドラーたちは落下して畳に激突した。
「……もちろん、僕たちがアマノホカリの民を導く……などと傲慢な事は言えない。けれど、第三者の目には成れる……」
カドラーをはじめヴィスマルク兵全員が、倒れて動かなくなった。辛うじて死んではいない。
月堂1人が、跳躍していた。攻撃か、いや逃げようとしているようにも見える。
「……させませんよ。貴方には、何も」
マリアが、杖を向ける。
月堂の身体が凍り付き、落下して転がった。
凍結の束縛を強めながら、マリアは語る。
「この国では、オニヒトは長いこと差別されてたみたいですね。私が暮らしてた頃はもう、そんなには酷くありませんでした。まあ宇羅の方々が政権を取って下さったおかげでしょう。そこだけは感謝です」
口調は、淡々としている。
「だけどまあ、差別感情を捨てられない人たちは当然いるわけで。宇羅一族に権力を奪われちゃった側の方々は特にそうですよね。オニヒトが幕府なんか開いて大きな顔してるのが気に入らない、引きずり下ろせ……と。そういうのを何もかも正当化するための、天朝様なわけですよ」
「……利用する事ばかり……!」
セアラは、淡々としてはいられなかった。
「そのような御自分の心を、行いを……恥ずかしいとは思わないのですか月堂様!」
「……黙れ夷狄ども……恥ずべきは……」
冷気の束縛を振りちぎり、氷の破片を飛び散らせながら、月堂は立ち上がっていた。
「恥ずべきはな……鬼どもの統べる世に浸り、天朝様の御恩を忘れ果てた! この国の民どもよ!」
「……月堂様。私、貴方を少々甘く見過ぎていたようです」
動きを見せる月堂の眼前に、デボラがすでに立ち塞がっていた。
「その歪みきった執念がもたらす、粘り強さと爆発力……受けて、立ちましょう。我が輝ける剣をもって、万人に慈愛を! 罪人に断罪を!」
機械仕掛けの肢体が、蒸気を噴いて躍動する。
輝ける剣ジャガンナータによる、六連撃。全てが、月堂を直撃していた。
吹っ飛んで壁に激突した月堂が、ずり落ちて倒れ伏し、畳を血で汚しながら這いずり、だがすぐに立ち上がって跳躍した。明らかな、逃亡の動き。
「デボラさんの言う通り……本当、しぶといね。君」
その跳躍が、無かった事になっていた。月堂の身体は、硬直している。
声をかけているのは、カノンだ。
「まあ執念深さは認めてあげるけど……金縛りの術は、まるでなっちゃいないね。カノンがお手本を見せるよ」
カノンの全身から、またしても恐ろしい鬼神の姿が立ちのぼっていた。
「…………ひ…………っ…………!」
月堂が鬼神に威圧され、座り込む。小便の飛沫が散った。
そこへカノンが、踏み込もうとする。
「視えない拳、プレゼントするよ……」
「そこまで」
マリアの言葉が、カノンを止めた。
「……に、しておきましょう。今のこの人をぶん殴ったらカノンさん、後できっと嫌な気持ちになります」
「そう……だね」
月堂は失禁し、座り込んだまま白目を剥き、泡を吹いて痙攣している。
その様に、カノンは背を向けた。
「……これ以上やったら、オニヒトの名折れかな」
「この月堂さん、たぶんオニヒトに虐められたか、戦ってこっぴどく負けたか、そんな目に遭った事があるんだと思います」
マリアは言った。
「鬼が、トラウマです」
「なるほど、だから人一倍オニヒトを……宇羅幕府を、憎み恐れる、か」
言いつつマグノリアが、月堂と仁太の間にさりげなく立った。
「僕は、そいつを殺したい……けど、やっぱり止めるんだな。あんたたちは」
「仁太……僕たちは君に、恩を着せたい」
殺意みなぎる仁太の眼光を、マグノリアは遮った。
「例の村……僅かながら、生き残った人々がいるのだろう? 彼ら彼女らを、支えて欲しいんだ。出来る限り、血に汚れていない手で」
「……僕は、手を汚さなければいけない。その男の血で」
「けじめでも、つけようって言うんですか」
マリアが、じろりと仁太を見据える。
「自分のせいで人が大勢、殺された……なんて言うのは思い上がりですよ仁太さん。貴方が御自分の出自を知ったのは、苫三さんのお話を聞いてからでしょう? それ以前に出来た事なんて、何もありませんよ」
「……それでも、僕が……八木原の末裔なんて存在が、この世にあったせいで……」
「……そう思ってしまうのは、仕方がない事かも知れませんね」
豊かな胸を抱えるように腕組みをしながら、デボラが言った。
「……貴方が今からでも、八木原の者として天下に名乗りを上げれば。少なくとも、血縁の捏造で人が死ぬ事はなくなりますが」
「それは、やめておくよ。八木原の再興なんて今更、誰も望んでない。誰も、幸せにならない」
仁太が、ようやく忍者刀を鞘に収め、月堂に背を向けた。
「恩は……着ておくよ。戦ってくれた人たちが殺すなと言うなら、月堂は生かしておく。ただ、ここで死なせておいた方が幸せだと思うけどね。その男にとっては」
「……生き恥を晒しながら、裁きを受けていただきましょう」
セアラは言った。
「そして貴方も、生きなければなりませんよ。仁太様」
「僕は……」
「気にするなって言うの、無理だよね」
カノンが、声をかける。
「責任みたいなもの感じちゃったなら、する事は1つしかないよ。これからの夏美さんには、仁太さんの力が必要になる」
「……姫様は……僕なんか、いなくたって……」
「……いい加減になさい」
口調静かに、セアラは堪忍袋の緒を切った。
「部外者である私の口から、はっきりと申し上げなければならないとは……何と情けない。仁太様、貴方は夏美姫様を……お好き、なのでしょう?」
「な…………っ…………」
仁太の顔が、湯気でも出そうなほど赤くなってゆく。
「何を……言ってる……僕は……ぼくは……」
「うん、わかりやすい子ですねえ。いいですよー」
エルシーが何度も頷いている。
セアラは、さらに言う。
「……夏美姫様を、支え、助けて差し上げなさい。あの方は無茶ばかりなさいます」
「夏美様……きっと、お忙しくなるのでしょうね。これから」
お父上が亡くなられたから、とまではデボラは言わなかった。
「色恋沙汰をしている暇はないかも知れません。焦っては駄目ですよ仁太様。渋い御年輩の殿方のように、落ち着きを持って夏美様を見守り支えてあげるのです」
「だから何を言ってるんだよ、もう……」
「君は……君の心の、その真っ直ぐさを今一度、見つめ直してみるべきだ」
マグノリアが言った。
「真っ直ぐな心は、方向性を誤ると悲劇を生む……余計なお世話だろうけど関わってしまった以上、悲劇は止めるよ」
仁太は、俯いて無言になった。
エルシーが、顎に片手を当てた。
「色恋沙汰をしている暇はない……つまり夏美さん、当分の間は独身という事ですね。どこぞの御令嬢と違って」
セアラは思わず、じとりとエルシーを見つめてしまった。
「……あの御令嬢を、許せませんか?」
「いやいやいやいや滅相もない。ただまあ、あれです。忙しくて彼氏も作れない。戦う女はそうでなきゃ、なぁんて思わない事もなかったりあったりね」
笑顔を作りながらエルシーは、辛うじて生きているヴィスマルク兵士たちを月堂もろとも縛り上げた。
「さて皆さん、観念してお縄につきましょうねえ。絶対捕縛、ぜつ☆ばく! ですねえ」
「絶対捕縛した上で……どこへ引き渡すかが、問題ですかね。ヴィスマルクの連中はともかく、この月堂さんは」
マリアが、いささか難しい顔をする。
「私たち一応、天津朝廷側と組んでいるわけですけど……ここ、宇羅幕府の勢力圏内ですからね。どっちに引き渡しても、揉め事になる気がします」
「私たちが、このままイ・ラプセルに連行するしかないのでは」
デボラが言う。
「それはそれで外交的な問題になりかねませんが……宇羅幕府も天津朝廷も、真っ当な法の裁きを果たして行ってくれるものか、疑わしいと思うのです」
「拷問のような事を、されるだろうね」
マグノリアが腕組みをする。
「月堂に、依頼主あるいは後援者がいるとしたら……それを吐かされるか、あるいは『法の裁き』という名の口封じをされるのか」
「仁太さんの言う通り、ここで殺してあげるのが優しさかも知れませんね……しませんけど、もちろん」
「……私たち、優しくはありませんからね」
セアラは言った。
月堂の身柄は当面、武村家に託しておくしかなさそうであった。