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鳥よ、走れ

●建物を壊す大きな鳥
鳥である。その歪曲したクチバシは巨人の扱うツルハシのように大きく、その丸々とした身体は巨人の遊ぶボールのように大きい。
巨人がいるかどうかは分からないが。
かつかつかつかつかつかつかつかつ。
三メートルはあろうかという怪鳥だ。二本の脚に羽毛たなびく身体がどしんと乗っかって、更に手前へ細首が伸び、小さな顔とは不釣り合いに大きなクチバシが構えられている。
さながら、大上段に鎌を振り上げ、まさに下ろさんとする死神である。
死神がいるかどうかは分からないが。
かつかつかつかつかつかつかつかつ。
鳥はクチバシの上下を叩き合わせて音を出していた。何ともアンバランスな造形のくせに、その音だけはいやに規律正しく鳴り響く。そんなことをする種類ではないくせに、その音だけはいやに堂々と鳴り響く。
イブリースに種の特性が通じるのかは分からないが。
夕日を背に、巨躯を揺らして軽快に走るたったの一羽、それは森を抜け、小さな村落を見つけると、ぶおおおおおお、と鳴いた。鳴くといっても、それには声帯がなかったので、喉を鳴らして低い音を出しているだけである。
興奮したようにばたばたさせる羽はおもちゃのように小さくて、飛行に耐え得るものではない。
かつかつかつかつかつかつかつかつ。
かつ!
意を決したようにクチバシを大きく鳴らすと、鳥は村落に突撃し、自慢のクチバシを家屋に突き立て大穴を開けた。夕餉の支度をしていたのだろう、おたまを手にした女性と子どもとが悲鳴を上げながら飛び出してくる。しかし鳥はそれらに目もくれず、ただひたすらに家屋をつつき、残骸をつついて粉々にするのだった。
●ダチョウとクチバシ
鳥である。平たく言えばダチョウ+オオハシ。話を聞く限りでは不細工だが、そんな特徴的な姿をした鳥は聞いたことがなかったので、見間違ったり見落としたりすることがなさそうなのは朗報だった。
片眼鏡に手をかけ、集まった自由騎士の君たちを順に眺めながら、『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は説明を続ける。
「君たちには、このイブリースの討伐をお願いしたい。現地まではこちらで手配した馬車に乗って向かってもらう」
つまるところ、行き来の心配はしなくて良い。水鏡階差運命演算装置の予測した時間までには十分な余裕をもって到着しているだろう。
それはそれとして、気になることが一つ。なぜ、イ・ラプセル周辺には生息していないはずのダチョウのイブリースが現れたのか。
疑問が出るのを予想していたのか、淀みなくクラウスが答える。
「少し前に通商連より、ペットとして運んでいたダチョウを逃してしまった、という報告を受けている。おそらくはそれがイブリース化し、通商連が見つけるよりも前にこちらの水鏡に映ったのだろう」
何でも、ダチョウという生き物は環境適応能力が高く、割とどこでも生きていけるそうだ。もっとも、気性は平均的に穏やかとは言いがたいので、ペットとしては扱いづらいとか。
「そのイブリースの特性は聞いての通り。どうやら、建造物に対して何らかの執着があるようだ。あるいは、単に硬いものを許せないだけかも知れない。予測の範囲内では家屋を壊すばかりで人に危害を加える様子はないが、これもどう転ぶかは分からない。慎重に対処して欲しい」
直接的には人命に関わらないかも知れない、からといって放っておいて良い道理などないのだ。何となれば、本当に人に危害を加えないイブリースだったとしても、住む場所を廃墟にされては同じことである。
「通商連に引き渡すことを考えれば、浄化の後に捕獲が望ましい。が、難しければ殺害も止むを得ないだろう。では諸君らの健闘を祈る。くれぐれもクチバシには気をつけるように」
多分、人が生身でつつかれれば痛いでは済まない凶悪なクチバシ。クラウスの忠告を胸に刻んで、君たちは依頼へと発つのであった。
鳥である。その歪曲したクチバシは巨人の扱うツルハシのように大きく、その丸々とした身体は巨人の遊ぶボールのように大きい。
巨人がいるかどうかは分からないが。
かつかつかつかつかつかつかつかつ。
三メートルはあろうかという怪鳥だ。二本の脚に羽毛たなびく身体がどしんと乗っかって、更に手前へ細首が伸び、小さな顔とは不釣り合いに大きなクチバシが構えられている。
さながら、大上段に鎌を振り上げ、まさに下ろさんとする死神である。
死神がいるかどうかは分からないが。
かつかつかつかつかつかつかつかつ。
鳥はクチバシの上下を叩き合わせて音を出していた。何ともアンバランスな造形のくせに、その音だけはいやに規律正しく鳴り響く。そんなことをする種類ではないくせに、その音だけはいやに堂々と鳴り響く。
イブリースに種の特性が通じるのかは分からないが。
夕日を背に、巨躯を揺らして軽快に走るたったの一羽、それは森を抜け、小さな村落を見つけると、ぶおおおおおお、と鳴いた。鳴くといっても、それには声帯がなかったので、喉を鳴らして低い音を出しているだけである。
興奮したようにばたばたさせる羽はおもちゃのように小さくて、飛行に耐え得るものではない。
かつかつかつかつかつかつかつかつ。
かつ!
意を決したようにクチバシを大きく鳴らすと、鳥は村落に突撃し、自慢のクチバシを家屋に突き立て大穴を開けた。夕餉の支度をしていたのだろう、おたまを手にした女性と子どもとが悲鳴を上げながら飛び出してくる。しかし鳥はそれらに目もくれず、ただひたすらに家屋をつつき、残骸をつついて粉々にするのだった。
●ダチョウとクチバシ
鳥である。平たく言えばダチョウ+オオハシ。話を聞く限りでは不細工だが、そんな特徴的な姿をした鳥は聞いたことがなかったので、見間違ったり見落としたりすることがなさそうなのは朗報だった。
片眼鏡に手をかけ、集まった自由騎士の君たちを順に眺めながら、『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は説明を続ける。
「君たちには、このイブリースの討伐をお願いしたい。現地まではこちらで手配した馬車に乗って向かってもらう」
つまるところ、行き来の心配はしなくて良い。水鏡階差運命演算装置の予測した時間までには十分な余裕をもって到着しているだろう。
それはそれとして、気になることが一つ。なぜ、イ・ラプセル周辺には生息していないはずのダチョウのイブリースが現れたのか。
疑問が出るのを予想していたのか、淀みなくクラウスが答える。
「少し前に通商連より、ペットとして運んでいたダチョウを逃してしまった、という報告を受けている。おそらくはそれがイブリース化し、通商連が見つけるよりも前にこちらの水鏡に映ったのだろう」
何でも、ダチョウという生き物は環境適応能力が高く、割とどこでも生きていけるそうだ。もっとも、気性は平均的に穏やかとは言いがたいので、ペットとしては扱いづらいとか。
「そのイブリースの特性は聞いての通り。どうやら、建造物に対して何らかの執着があるようだ。あるいは、単に硬いものを許せないだけかも知れない。予測の範囲内では家屋を壊すばかりで人に危害を加える様子はないが、これもどう転ぶかは分からない。慎重に対処して欲しい」
直接的には人命に関わらないかも知れない、からといって放っておいて良い道理などないのだ。何となれば、本当に人に危害を加えないイブリースだったとしても、住む場所を廃墟にされては同じことである。
「通商連に引き渡すことを考えれば、浄化の後に捕獲が望ましい。が、難しければ殺害も止むを得ないだろう。では諸君らの健闘を祈る。くれぐれもクチバシには気をつけるように」
多分、人が生身でつつかれれば痛いでは済まない凶悪なクチバシ。クラウスの忠告を胸に刻んで、君たちは依頼へと発つのであった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース化したダチョウを無害化してください。
●条件
イブリース化した「ダチョウ」を無害化してください。
通商連の所有物である可能性が高いので、浄化の後に捕獲して騎士団に引き渡すのがベストです。
が、被害が出ては元も子もありません。最悪殺害したからといって、怒られることはありません。
取り逃がすなどして近隣の村落にある人や建物に被害が出たら失敗です。
直接的に人を襲うことはなさそうですが、人の住む場所での騒動です、被害が人に及ばないとは限りません。
●対象
ダチョウの身体にオオハシの大きなクチバシがくっついた、ような「ダチョウのイブリース」です。
首を立てると三メートルぐらい。クチバシは二メートル弱あり、鉄のように硬いです。
攻撃はクチバシでのつっつきか、蹴りです。
巨体の割に健脚で、追いかけっこをすると人では勝負にもなりません。
気性は荒いです。
岩石や鉱物などの硬いものをつついて壊すことに執着します。
能動的には人を襲いませんが、自分に危害を加える者は例外で、排除するまで容赦しません。
ちなみに、人は一様に柔らかく見えているのか、装備等によって攻撃の優先順位が変わったりはしません。
●時間・場所
夕方、村落の外れ、ひらけた草原です。
視界、足元ともに良好、戦闘に支障はありません。
接敵予想地点は、村落から走って三十分ほど離れたところです。「ダチョウ」の脚なら十分ぐらいで走ります。
なので、接敵してから村落の方角へ逃した場合、追いつくのは至難です。
「ダチョウ」は森を抜けて来るので、出現する方角は大体分かります。
●捕獲
捕獲についてはサポートの方がいればそちらに、そうでない、数が少ない等の場合は同行する作業員的な人が担当してくれます。
道具は余さず支給されます。
●その他
「動物交流」は可能ですが、大したことは聞けないかも。
イブリース化した「ダチョウ」を無害化してください。
通商連の所有物である可能性が高いので、浄化の後に捕獲して騎士団に引き渡すのがベストです。
が、被害が出ては元も子もありません。最悪殺害したからといって、怒られることはありません。
取り逃がすなどして近隣の村落にある人や建物に被害が出たら失敗です。
直接的に人を襲うことはなさそうですが、人の住む場所での騒動です、被害が人に及ばないとは限りません。
●対象
ダチョウの身体にオオハシの大きなクチバシがくっついた、ような「ダチョウのイブリース」です。
首を立てると三メートルぐらい。クチバシは二メートル弱あり、鉄のように硬いです。
攻撃はクチバシでのつっつきか、蹴りです。
巨体の割に健脚で、追いかけっこをすると人では勝負にもなりません。
気性は荒いです。
岩石や鉱物などの硬いものをつついて壊すことに執着します。
能動的には人を襲いませんが、自分に危害を加える者は例外で、排除するまで容赦しません。
ちなみに、人は一様に柔らかく見えているのか、装備等によって攻撃の優先順位が変わったりはしません。
●時間・場所
夕方、村落の外れ、ひらけた草原です。
視界、足元ともに良好、戦闘に支障はありません。
接敵予想地点は、村落から走って三十分ほど離れたところです。「ダチョウ」の脚なら十分ぐらいで走ります。
なので、接敵してから村落の方角へ逃した場合、追いつくのは至難です。
「ダチョウ」は森を抜けて来るので、出現する方角は大体分かります。
●捕獲
捕獲についてはサポートの方がいればそちらに、そうでない、数が少ない等の場合は同行する作業員的な人が担当してくれます。
道具は余さず支給されます。
●その他
「動物交流」は可能ですが、大したことは聞けないかも。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/8
6/8
公開日
2018年07月15日
2018年07月15日
†メイン参加者 6人†
●準備万端
イブリース化したダチョウの捕獲。夕方の平原を舞台にした捕獲劇を前に、その準備は着々と進んでいた。
「ダチョウちゃーん! この硬そうな像を見てー!」
まずは一人。自分より少し大きいぐらいの鋼鉄(に見えるだけの)像を相手にして声を上げているのは、『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)である。武闘家の傍ら小さな劇団で役者もやっているという器用なオニヒトの彼女は、像を思い切り殴っては弾かれる、という演技を一心不乱に繰り返していた。
そこから少し離れると、『ちみっこマーチャント』ナナン・皐月(CL3000240)と『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)の二人がいる。幼く見えるカスカに比べ、輪をかけて幼く見えるナナンのコンビ。少女二人(に片方は見えるだけの)が両手いっぱいのバナナを抱えて草原の只中を歩くというのは、少々シュールに過ぎる光景だ。
「あー! そこ、その辺り! カノンまで真っ直ぐだよ、丁度良い!!」
そんなバナナまみれの二人に指示を飛ばしていたのが、『神秘(ゆめ)への探求心』ジーニアス・レガーロ(CL3000319)である。ユキヒョウのケモノビトの彼に言われるがまま、ナナンとカスカは足を止め。
「それじゃあ、ばらまくよー!」
有無を言わさず、ナナンが“頭上に向かって”山ほどのバナナの皮を放り投げた。身体は小さくともバスターをやっている身、抱えていた皮の量も桁違いだ。高々と宙に舞った黄色のソレは、夕焼け空に広がってから落ちてくる。
バナナの皮の雨。
人生で一度でも体験する人間が、果たしてどれだけいることか。楽し気に黄色の雨に打たれるナナンの傍ら、カスカはバナナの皮を抱えたまま、これを器用にかわしていた。何やら、バスターとフェンサーの本質を見るような対比である。
……と、いうように和やかな光景を、トミコ・マール(CL3000192)と『イ・ラプセル自由騎士団』グスタフ・カールソン(CL3000220)は遠巻きに眺めていた。
「何だ、これ」
「賑やかで結構じゃないか」
呆れ気味のグスタフの横で、あっはっはっは、とトミコが笑っている。敵は一匹、とはいえイブリースを相手にしようというのに、まるで緊張感がない。バナナの皮の側では、ジーニアスがバナナの皮を踏んで見事にすっ転んでいた。何とも楽しそうである。
「本当に滑るんだな、アレ」
「色々試してみるのもいいモンだよ。アタシたちがしっかりサポートするから、まずはやってみるといいのさ」
トミコの余裕は年の功か。そこまで割り切って考えられはしないにせよ、グスタフも乗り気でないわけではなかった。実際、バナナの皮のトラップがきっちりハマれば、それだけで決着がつく可能性だってある。その上に鋼鉄像の囮を用意し、トミコとグスタフの足止め。身軽なジーニアスとカスカが要所でフォローに入れば、ダチョウを逃がしてしまう最悪の事態はそうそう起こるまい。
準備の光景こそ朗らかだが、この作戦、意外と侮れない。
「まあ、やるしかないか。幸運を祈りながら、な」
ナナンたちの笑い声と、演技を追求するカノンの声とがこだまする中、一行はその時を待つのであった。
●世界はセマかった
「見えた!」
準備を終えて数分後、件のダチョウが森から現れた。場所も進路もほぼ予定通り。全員が考えていた以上に足が速いが、罠に引っかかるルートを真っ直ぐに辿っているには違いなかった。ともかく罠には嵌ってくれそうだ。事がどう転ぶかは、その後の話。
「ダチョー!」
先頭、全ての罠を背にして最初にダチョウと相対するのはジーニアスであった。といっても、武器を手にしているわけではない。その両手は自分の口を囲むように添えられ、喋る言葉の届く方向を制限するのに使われていた。
今回唯一のケモノビトである彼は、その能力である“動物交流”を使い、ダチョウとの対話を試みたのだった。依頼内容はダチョウの捕獲。命を取る必要がないのなら、言葉を介し、戦わずして事を収められれば理想的だ。
「何でイブリースになっちゃったのー!?」
子どもらしい直球勝負。だが理性を失った相手には、下手に言葉を弄するよりも効果があるのかも知れなかった。その質問は音として、ダチョウに届きはしたのだろうが、しかしダチョウは足を止めなかった。ぶおおおおおお、と喉を鳴らして何らかの答えを返しつつ、ジーニアスに肉薄する。
「おっと!」
立ちふさがるジーニアス目掛けて、ダチョウがクチバシを振り下ろした。石材をモノともしないらしい強度なだけに、生身で喰らえばただでは済まない。横に跳んで、この攻撃を軽々と避けるジーニアスを、ダチョウは追わなかった。
ひたすらに前。障害が退いてくれたのなら走るだけだ、と言わんばかり。だが、罠はむしろ“そういう想定の下に”張られている。だからこそダチョウが次に目にしたのは、背の低い草花に覆われた地面ではなく、それを埋め尽くす黄金の波であった。
「話を聞かない悪い子はー……」
その中央に立つナナンが、両手に黄金のソレを持って振りかぶる。作戦の目玉、古典にして王道。相手が地を蹴る獣だと分かっているからこその絶妙な選択。
「こうだー!」
二枚のバナナの皮を投げつける。ナナン自体は「ハイバランサー破」のおかげで転びはしない。が、回転するダチョウの足元にひょいと皮が滑り込むと、その太い足が、爪が、地面を捉えきれずに滑った。
体勢を崩す巨大な鳥。転んでしまえばこっちのものだ。ジーニアスがロープで足を縛り、動けなくなったダチョウにナナンが一撃。例えその連携で決まらずとも、動きを封じてしまったのなら追撃は容易い。
「なっ!」
だが、ダチョウは倒れなかった。次の一歩を前に出して踏み留まる。ジーニアスが絶句するほどの、それは執念だった。鳥類でありながら飛ぶことを捨て、走るための進化を続けてきた生き物の執念。転倒すれば先はない。もしも後ろに捕食者が控えていたのなら、その一回の失敗で命を失ってしまうのである。
そういう野生としての誇りが、古典に敗北することを許さなかった。とはいえ現実として、ナナンの投げたバナナの皮は序の口、その先に敷かれた黄金地獄への招待状に過ぎない。崩れた体制をバナナの皮の川の上で整えることはできず、もはや方向転換も望めない。ダチョウはどうしようもなく、その罠に踏み入ってしまったのだ。
遅かれ早かれ転倒は免れないと、誰もがそう確信していた。しかし、叶わなかった。必然か、偶然か。ダチョウは皆の願いを無残にも飛び越えてみせたのだ。
「うそー!?」
あえて言うなら尋常ではない脚力の勝利。崩れた体勢のせいでいつもより深く踏み込んだダチョウの右足が、皮の上で滑りながらも強く地面を蹴った。ダチョウの巨体が反発して浮き上がるほどの踏み込み。右足一本で、ダチョウは自らを空高くに運んだ。
跳んでしまえばバナナもへったくれもあったものではない。驚嘆するナナンとバナナ地獄を超え、きれいな一回転の後に着地を決めるダチョウ。予想外の脱出劇だ。しかし、これで終わりではない。罠はもう一つ張ってある。当初の予定からズレはしたが、走り出したダチョウが第二の罠へのルートから脱することもなかったのだ。
「ほーらダチョウちゃん、この像を壊せるかなー?」
待つはブラフ。鋼鉄に見せかけた像と、それをいかにも硬く見せるカノンの演技による二重の虚構。練習時間は十分にあった。役者がその気になれば、何もないところに暖炉の火を創り出すことだって可能なのだ。カノンによる“思い切り殴っても跳ね返される演技”は真に迫り、像も今や鋼鉄となった。水鏡の予測によれば、ダチョウがこれを見逃すはずがなく、そして、この予測は的中した。
まるでカノンに倣うよう。ダチョウは像を目前にして足を止め、クチバシを思い切り振り上げてから、打ち下ろした。元は見せかけ、書割りの虚像。耐えられるはずもなく木っ端微塵になるのに合わせて、カノンが走る。それまでダチョウが走っていたのとは九十度違う方角へと。
一方のダチョウは足を止め、像の破片を見下ろしていた。全く硬くなどなかったことに驚き、混乱しているかのような素振りであった。それから、小さな頭の小さな黒目がカノンに向く。
「かかった!」
と、カノンが思わず声に出しす。彼女の仕掛けた罠の最大の目的は、ダチョウの進路変更にある。真っ直ぐを抜けられれば村落、逃せば被害が出る。だったら事前にルートを変えておけば、その心配もなくなる。
「……って、何でー!?」
しかし、ダチョウはカノンの思惑をスルーして、最初から決まっていた真っ直ぐのルートを走り出すのだった。あるいは、像が本当に硬かったのなら、ダチョウはカノンにも興味を示したのかも知れないのだ。像と同等となれば、ダチョウはこれを見過ごしはしなかったろう。
結果として、罠は二つとも破られた。強靭な脚力がバナナの皮を超え、単純な思考がカノンの嘘に引っかからなかった。だが、無意味ではない。最後の砦を前にして、まだできることは残っていた。
「ほいははは、ふはへー!!!」
謎の言語と共に、ダチョウに迫る黄色い影。それは剥きたてのバナナの皮であった。ダチョウの足を止めさせたカノンの演技が、ナナンによるバナナ追撃までの時間を稼いだのだ。値千金の空白。追いつけぬナナンに変わり、鋭く投擲されたバナナの皮はダチョウの足元に再度滑り込み、狂わせる。
罠を突破された以上、後は正面切ってのぶつかり合い。体勢を崩しながらも走ることをやめないダチョウの前にまず立ちはだかったのは、グスタフであった。
「この! ダチョウー!」
殺さず捕らえろ。依頼を踏まえ、グスタフは獲物であるバスターソードの腹をダチョウに向けて、縦ではなく横、ビンタをするような要領でぶん回した。敵の名を叫びながらのウォークライ。狙いは顔面、両手剣の質量がまともに当たれば、ウォークライと合わせて斬らずとも十分なダメージになる。
この一撃を、ダチョウは何とかクチバシで受けて跳ね退けた。バスターの膂力に剣の重さを持ってして、互角以上の硬度を見せるクチバシには感嘆する他ない。が、バナナ援護のおかげで足元のおぼつかなかったダチョウは、この攻防で頭を大きく逸らされ、隙を晒してしまう。続く二撃目は到底防げない。
「いい加減おとなしくしやがれええええええええええ!!!」
グスタフは容赦なく、その、無防備なダチョウの顔目掛けてバスターソードを当てに行った。
ばこん!!
「へぶ!」
派手な音。鉄剣がクチバシごとダチョウの顔面を殴打し、同時に、ダチョウの足がグスタフの腹に突き刺さって蹴り飛ばした。自らの巨体を浮かせるほどの脚力、苦し紛れのキックとはいえ尋常な威力ではない。重戦士然足る巨漢のグスタフが軽々と吹き飛んだのを見れば、そのことは一目瞭然であった。
もっとも、負ったダメージで言えばダチョウの方が遥かに重い。しっかりと地に足をつけていたか否かの差で、グスタフは吹き飛びながらも軽傷で、吹き飛ばなかったダチョウの意識はほとんど朦朧としていた。
それでも走るのを止めようとしない。前を向き、踏み出そうとする。悪魔じみて直向きなダチョウを前に、一行は最後のカードを切る。
「どっせぇぇぇい!!」
罠を含んだ隊列の最終盤、グスタフの後ろに構えていたのは、もはや武器とも呼べぬ鉄塊を軽々と振り回すトミコだ。
「ここは通れやしないよっ! オーバーブラスト!!」
ダチョウではなく、その進路を塞ぐように、トミコは自分とダチョウとの間の地面に鉄塊を叩きつけた。途端、強烈な衝撃波が発生しダチョウの全身を打つ。頭部へのダメージを加速させるのはもちろん、力の入らない足元をもぐらつかせて進行を阻む。
「では、参りましょう」
「いっせーの――」
衝撃波も止まぬ内に、トミコの裏から姿を見せたのはカスカとジーニアスだ。カスカは最初から最終盤に待ち構えており、ジーニアスはダチョウがバナナ地獄を超えた後に必死で走って、カスカたちに合流していたのだ。
二つの罠を掻い潜り、グスタフの迎撃にも耐え切った脅威のダチョウ。だが、その奮戦もついに終わりだ。積み重ねてきた攻防が実を結ぶ最後の瞬間は、“三人”による一斉攻撃。
「――っせ!」
合図をしたのはカスカでもジーニアスでも、またトミコでもなかった。
「ヒートアクセル!!」
カスカとジーニアス、刀と剣とが閃き、目にも留まらぬ速度でダチョウの足を斬りつける。切断のような、致命傷と成り得る深手は負わせないにせよ、走るには厳しい状態へと持ち込むための、フェンサーらしい狙い澄まして精密な剣撃。崩れるダチョウの横っ面を狙って三人目、合図をかけた張本人が飛びかかった。
「震、撃!!」
虚構のために張りぼてに弾かれていたカノンの拳、その真の威力は弱っていたとはいえ、ダチョウを昏倒させるには十分なものだった。
●ダチョウ談義と、それから
カノンの攻撃がトドメとなりダチョウは浄化。イブリース化の解けたダチョウからは凶器じみたクチバシが失われ、身体のサイズも一回り小さくなった。
といっても、元々が大きな動物である。首を伸ばせば二メートルを優に超え、グスタフよりも背が高い。
そんなダチョウも、今は気絶したままロープでぐるぐる巻きにされ、一行の乗る馬車とは別の馬車に揺られているはずだった。
「ほう。ダチョウは低脂肪で癖がなく、歯応えのある触感が特徴のヘルシーな肉類……なるほど」
六人は一つの馬車に乗り込んで、戦いの余韻に浸っていた。当初の作戦からは脱線したが、結果オーライ。イブリースを相手に攻撃を喰らったのが一人だけなら、むしろ上出来な戦果だろう。その一人であるグスタフだって、大した怪我は負わなかった。
「食べたかったの、カスカちゃん?」
「いやいや、決してアレをどうこうしようとか、そういう意図はありませんよ」
「でも、ダチョウは興奮すると毛細血管が破れて、お肉の味が落ちるらしーね。料理してみたかったけど、今回はお預けかな?」
豆知識を披露するカノン。戦いを終えてほっとするとお腹が空くのか、馬車の中はすっかりとダチョウの話でもちきりだった。殊、食べる食べないの話ばかり。イ・ラプセルには生息しないが、トミコ曰く料理して食べる地域もあるとかで、その味が気になってしまうのは仕方がない。
「卵もそれなりに美味って話だけど、まあ今回は保護の対象だからね」
苦労して捕まえたものを食べてしまっては元も子もないのだ。
「そんな俺たちのために、打ち上げを開かないか? もちろんおトミさんのところで!」
「うちあげー!」
「えんかいー!」
腹を蹴られたというのに元気なグスタフの提案に、ナナンとカノンが諸手を挙げて喜んだ。グスタフはグスタフで、蹴り飛ばされたからこその幸運に恵まれて上機嫌であった。最後の一斉攻撃に参加していたら発動しなかったであろう“ラッキースケベ☆”。誰の何が見えたとは言わぬが花だ。
「ところでジーニアス」
「うん?」
騎士たちを労って振舞われたお菓子を手に、馬車の隅で一人座っていたジーニアスに、カスカが寄ってきて話しかけた。
「動物交流、できたのですよね? 何か聞けましたか?」
「あー。“セマイ!”だってさ」
「狭い?」
「そればっかりだったよ。セマイ、セマイって」
「それは何とも、……はかりかねますね」
狭い、だけでは何の情報にもならない。狭いのがイヤだからイブリースになったのか、狭いのがスキだからイブリースになったのか、はたまた全く関係ないという線だって有り得る。本来的に、イブリースとは会話が成り立たないものなのだ。
考えるだけ無駄だろう。ジーニアスの興味はハナからダチョウにはなかったので、深く考えることをしなかった。
彼の頭の中にあったのは別の単語。ゲシュペンスト。幽霊列車。曰く、イブリースを生むとされる正体不明。
列車というからには機械だろうが、叶うものなら出会ってみたいと彼は考えていた。中身を見て分解できれば最高だ。きっと、そんなに楽しいことはないのだから。
イブリース化したダチョウの捕獲。夕方の平原を舞台にした捕獲劇を前に、その準備は着々と進んでいた。
「ダチョウちゃーん! この硬そうな像を見てー!」
まずは一人。自分より少し大きいぐらいの鋼鉄(に見えるだけの)像を相手にして声を上げているのは、『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)である。武闘家の傍ら小さな劇団で役者もやっているという器用なオニヒトの彼女は、像を思い切り殴っては弾かれる、という演技を一心不乱に繰り返していた。
そこから少し離れると、『ちみっこマーチャント』ナナン・皐月(CL3000240)と『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)の二人がいる。幼く見えるカスカに比べ、輪をかけて幼く見えるナナンのコンビ。少女二人(に片方は見えるだけの)が両手いっぱいのバナナを抱えて草原の只中を歩くというのは、少々シュールに過ぎる光景だ。
「あー! そこ、その辺り! カノンまで真っ直ぐだよ、丁度良い!!」
そんなバナナまみれの二人に指示を飛ばしていたのが、『神秘(ゆめ)への探求心』ジーニアス・レガーロ(CL3000319)である。ユキヒョウのケモノビトの彼に言われるがまま、ナナンとカスカは足を止め。
「それじゃあ、ばらまくよー!」
有無を言わさず、ナナンが“頭上に向かって”山ほどのバナナの皮を放り投げた。身体は小さくともバスターをやっている身、抱えていた皮の量も桁違いだ。高々と宙に舞った黄色のソレは、夕焼け空に広がってから落ちてくる。
バナナの皮の雨。
人生で一度でも体験する人間が、果たしてどれだけいることか。楽し気に黄色の雨に打たれるナナンの傍ら、カスカはバナナの皮を抱えたまま、これを器用にかわしていた。何やら、バスターとフェンサーの本質を見るような対比である。
……と、いうように和やかな光景を、トミコ・マール(CL3000192)と『イ・ラプセル自由騎士団』グスタフ・カールソン(CL3000220)は遠巻きに眺めていた。
「何だ、これ」
「賑やかで結構じゃないか」
呆れ気味のグスタフの横で、あっはっはっは、とトミコが笑っている。敵は一匹、とはいえイブリースを相手にしようというのに、まるで緊張感がない。バナナの皮の側では、ジーニアスがバナナの皮を踏んで見事にすっ転んでいた。何とも楽しそうである。
「本当に滑るんだな、アレ」
「色々試してみるのもいいモンだよ。アタシたちがしっかりサポートするから、まずはやってみるといいのさ」
トミコの余裕は年の功か。そこまで割り切って考えられはしないにせよ、グスタフも乗り気でないわけではなかった。実際、バナナの皮のトラップがきっちりハマれば、それだけで決着がつく可能性だってある。その上に鋼鉄像の囮を用意し、トミコとグスタフの足止め。身軽なジーニアスとカスカが要所でフォローに入れば、ダチョウを逃がしてしまう最悪の事態はそうそう起こるまい。
準備の光景こそ朗らかだが、この作戦、意外と侮れない。
「まあ、やるしかないか。幸運を祈りながら、な」
ナナンたちの笑い声と、演技を追求するカノンの声とがこだまする中、一行はその時を待つのであった。
●世界はセマかった
「見えた!」
準備を終えて数分後、件のダチョウが森から現れた。場所も進路もほぼ予定通り。全員が考えていた以上に足が速いが、罠に引っかかるルートを真っ直ぐに辿っているには違いなかった。ともかく罠には嵌ってくれそうだ。事がどう転ぶかは、その後の話。
「ダチョー!」
先頭、全ての罠を背にして最初にダチョウと相対するのはジーニアスであった。といっても、武器を手にしているわけではない。その両手は自分の口を囲むように添えられ、喋る言葉の届く方向を制限するのに使われていた。
今回唯一のケモノビトである彼は、その能力である“動物交流”を使い、ダチョウとの対話を試みたのだった。依頼内容はダチョウの捕獲。命を取る必要がないのなら、言葉を介し、戦わずして事を収められれば理想的だ。
「何でイブリースになっちゃったのー!?」
子どもらしい直球勝負。だが理性を失った相手には、下手に言葉を弄するよりも効果があるのかも知れなかった。その質問は音として、ダチョウに届きはしたのだろうが、しかしダチョウは足を止めなかった。ぶおおおおおお、と喉を鳴らして何らかの答えを返しつつ、ジーニアスに肉薄する。
「おっと!」
立ちふさがるジーニアス目掛けて、ダチョウがクチバシを振り下ろした。石材をモノともしないらしい強度なだけに、生身で喰らえばただでは済まない。横に跳んで、この攻撃を軽々と避けるジーニアスを、ダチョウは追わなかった。
ひたすらに前。障害が退いてくれたのなら走るだけだ、と言わんばかり。だが、罠はむしろ“そういう想定の下に”張られている。だからこそダチョウが次に目にしたのは、背の低い草花に覆われた地面ではなく、それを埋め尽くす黄金の波であった。
「話を聞かない悪い子はー……」
その中央に立つナナンが、両手に黄金のソレを持って振りかぶる。作戦の目玉、古典にして王道。相手が地を蹴る獣だと分かっているからこその絶妙な選択。
「こうだー!」
二枚のバナナの皮を投げつける。ナナン自体は「ハイバランサー破」のおかげで転びはしない。が、回転するダチョウの足元にひょいと皮が滑り込むと、その太い足が、爪が、地面を捉えきれずに滑った。
体勢を崩す巨大な鳥。転んでしまえばこっちのものだ。ジーニアスがロープで足を縛り、動けなくなったダチョウにナナンが一撃。例えその連携で決まらずとも、動きを封じてしまったのなら追撃は容易い。
「なっ!」
だが、ダチョウは倒れなかった。次の一歩を前に出して踏み留まる。ジーニアスが絶句するほどの、それは執念だった。鳥類でありながら飛ぶことを捨て、走るための進化を続けてきた生き物の執念。転倒すれば先はない。もしも後ろに捕食者が控えていたのなら、その一回の失敗で命を失ってしまうのである。
そういう野生としての誇りが、古典に敗北することを許さなかった。とはいえ現実として、ナナンの投げたバナナの皮は序の口、その先に敷かれた黄金地獄への招待状に過ぎない。崩れた体制をバナナの皮の川の上で整えることはできず、もはや方向転換も望めない。ダチョウはどうしようもなく、その罠に踏み入ってしまったのだ。
遅かれ早かれ転倒は免れないと、誰もがそう確信していた。しかし、叶わなかった。必然か、偶然か。ダチョウは皆の願いを無残にも飛び越えてみせたのだ。
「うそー!?」
あえて言うなら尋常ではない脚力の勝利。崩れた体勢のせいでいつもより深く踏み込んだダチョウの右足が、皮の上で滑りながらも強く地面を蹴った。ダチョウの巨体が反発して浮き上がるほどの踏み込み。右足一本で、ダチョウは自らを空高くに運んだ。
跳んでしまえばバナナもへったくれもあったものではない。驚嘆するナナンとバナナ地獄を超え、きれいな一回転の後に着地を決めるダチョウ。予想外の脱出劇だ。しかし、これで終わりではない。罠はもう一つ張ってある。当初の予定からズレはしたが、走り出したダチョウが第二の罠へのルートから脱することもなかったのだ。
「ほーらダチョウちゃん、この像を壊せるかなー?」
待つはブラフ。鋼鉄に見せかけた像と、それをいかにも硬く見せるカノンの演技による二重の虚構。練習時間は十分にあった。役者がその気になれば、何もないところに暖炉の火を創り出すことだって可能なのだ。カノンによる“思い切り殴っても跳ね返される演技”は真に迫り、像も今や鋼鉄となった。水鏡の予測によれば、ダチョウがこれを見逃すはずがなく、そして、この予測は的中した。
まるでカノンに倣うよう。ダチョウは像を目前にして足を止め、クチバシを思い切り振り上げてから、打ち下ろした。元は見せかけ、書割りの虚像。耐えられるはずもなく木っ端微塵になるのに合わせて、カノンが走る。それまでダチョウが走っていたのとは九十度違う方角へと。
一方のダチョウは足を止め、像の破片を見下ろしていた。全く硬くなどなかったことに驚き、混乱しているかのような素振りであった。それから、小さな頭の小さな黒目がカノンに向く。
「かかった!」
と、カノンが思わず声に出しす。彼女の仕掛けた罠の最大の目的は、ダチョウの進路変更にある。真っ直ぐを抜けられれば村落、逃せば被害が出る。だったら事前にルートを変えておけば、その心配もなくなる。
「……って、何でー!?」
しかし、ダチョウはカノンの思惑をスルーして、最初から決まっていた真っ直ぐのルートを走り出すのだった。あるいは、像が本当に硬かったのなら、ダチョウはカノンにも興味を示したのかも知れないのだ。像と同等となれば、ダチョウはこれを見過ごしはしなかったろう。
結果として、罠は二つとも破られた。強靭な脚力がバナナの皮を超え、単純な思考がカノンの嘘に引っかからなかった。だが、無意味ではない。最後の砦を前にして、まだできることは残っていた。
「ほいははは、ふはへー!!!」
謎の言語と共に、ダチョウに迫る黄色い影。それは剥きたてのバナナの皮であった。ダチョウの足を止めさせたカノンの演技が、ナナンによるバナナ追撃までの時間を稼いだのだ。値千金の空白。追いつけぬナナンに変わり、鋭く投擲されたバナナの皮はダチョウの足元に再度滑り込み、狂わせる。
罠を突破された以上、後は正面切ってのぶつかり合い。体勢を崩しながらも走ることをやめないダチョウの前にまず立ちはだかったのは、グスタフであった。
「この! ダチョウー!」
殺さず捕らえろ。依頼を踏まえ、グスタフは獲物であるバスターソードの腹をダチョウに向けて、縦ではなく横、ビンタをするような要領でぶん回した。敵の名を叫びながらのウォークライ。狙いは顔面、両手剣の質量がまともに当たれば、ウォークライと合わせて斬らずとも十分なダメージになる。
この一撃を、ダチョウは何とかクチバシで受けて跳ね退けた。バスターの膂力に剣の重さを持ってして、互角以上の硬度を見せるクチバシには感嘆する他ない。が、バナナ援護のおかげで足元のおぼつかなかったダチョウは、この攻防で頭を大きく逸らされ、隙を晒してしまう。続く二撃目は到底防げない。
「いい加減おとなしくしやがれええええええええええ!!!」
グスタフは容赦なく、その、無防備なダチョウの顔目掛けてバスターソードを当てに行った。
ばこん!!
「へぶ!」
派手な音。鉄剣がクチバシごとダチョウの顔面を殴打し、同時に、ダチョウの足がグスタフの腹に突き刺さって蹴り飛ばした。自らの巨体を浮かせるほどの脚力、苦し紛れのキックとはいえ尋常な威力ではない。重戦士然足る巨漢のグスタフが軽々と吹き飛んだのを見れば、そのことは一目瞭然であった。
もっとも、負ったダメージで言えばダチョウの方が遥かに重い。しっかりと地に足をつけていたか否かの差で、グスタフは吹き飛びながらも軽傷で、吹き飛ばなかったダチョウの意識はほとんど朦朧としていた。
それでも走るのを止めようとしない。前を向き、踏み出そうとする。悪魔じみて直向きなダチョウを前に、一行は最後のカードを切る。
「どっせぇぇぇい!!」
罠を含んだ隊列の最終盤、グスタフの後ろに構えていたのは、もはや武器とも呼べぬ鉄塊を軽々と振り回すトミコだ。
「ここは通れやしないよっ! オーバーブラスト!!」
ダチョウではなく、その進路を塞ぐように、トミコは自分とダチョウとの間の地面に鉄塊を叩きつけた。途端、強烈な衝撃波が発生しダチョウの全身を打つ。頭部へのダメージを加速させるのはもちろん、力の入らない足元をもぐらつかせて進行を阻む。
「では、参りましょう」
「いっせーの――」
衝撃波も止まぬ内に、トミコの裏から姿を見せたのはカスカとジーニアスだ。カスカは最初から最終盤に待ち構えており、ジーニアスはダチョウがバナナ地獄を超えた後に必死で走って、カスカたちに合流していたのだ。
二つの罠を掻い潜り、グスタフの迎撃にも耐え切った脅威のダチョウ。だが、その奮戦もついに終わりだ。積み重ねてきた攻防が実を結ぶ最後の瞬間は、“三人”による一斉攻撃。
「――っせ!」
合図をしたのはカスカでもジーニアスでも、またトミコでもなかった。
「ヒートアクセル!!」
カスカとジーニアス、刀と剣とが閃き、目にも留まらぬ速度でダチョウの足を斬りつける。切断のような、致命傷と成り得る深手は負わせないにせよ、走るには厳しい状態へと持ち込むための、フェンサーらしい狙い澄まして精密な剣撃。崩れるダチョウの横っ面を狙って三人目、合図をかけた張本人が飛びかかった。
「震、撃!!」
虚構のために張りぼてに弾かれていたカノンの拳、その真の威力は弱っていたとはいえ、ダチョウを昏倒させるには十分なものだった。
●ダチョウ談義と、それから
カノンの攻撃がトドメとなりダチョウは浄化。イブリース化の解けたダチョウからは凶器じみたクチバシが失われ、身体のサイズも一回り小さくなった。
といっても、元々が大きな動物である。首を伸ばせば二メートルを優に超え、グスタフよりも背が高い。
そんなダチョウも、今は気絶したままロープでぐるぐる巻きにされ、一行の乗る馬車とは別の馬車に揺られているはずだった。
「ほう。ダチョウは低脂肪で癖がなく、歯応えのある触感が特徴のヘルシーな肉類……なるほど」
六人は一つの馬車に乗り込んで、戦いの余韻に浸っていた。当初の作戦からは脱線したが、結果オーライ。イブリースを相手に攻撃を喰らったのが一人だけなら、むしろ上出来な戦果だろう。その一人であるグスタフだって、大した怪我は負わなかった。
「食べたかったの、カスカちゃん?」
「いやいや、決してアレをどうこうしようとか、そういう意図はありませんよ」
「でも、ダチョウは興奮すると毛細血管が破れて、お肉の味が落ちるらしーね。料理してみたかったけど、今回はお預けかな?」
豆知識を披露するカノン。戦いを終えてほっとするとお腹が空くのか、馬車の中はすっかりとダチョウの話でもちきりだった。殊、食べる食べないの話ばかり。イ・ラプセルには生息しないが、トミコ曰く料理して食べる地域もあるとかで、その味が気になってしまうのは仕方がない。
「卵もそれなりに美味って話だけど、まあ今回は保護の対象だからね」
苦労して捕まえたものを食べてしまっては元も子もないのだ。
「そんな俺たちのために、打ち上げを開かないか? もちろんおトミさんのところで!」
「うちあげー!」
「えんかいー!」
腹を蹴られたというのに元気なグスタフの提案に、ナナンとカノンが諸手を挙げて喜んだ。グスタフはグスタフで、蹴り飛ばされたからこその幸運に恵まれて上機嫌であった。最後の一斉攻撃に参加していたら発動しなかったであろう“ラッキースケベ☆”。誰の何が見えたとは言わぬが花だ。
「ところでジーニアス」
「うん?」
騎士たちを労って振舞われたお菓子を手に、馬車の隅で一人座っていたジーニアスに、カスカが寄ってきて話しかけた。
「動物交流、できたのですよね? 何か聞けましたか?」
「あー。“セマイ!”だってさ」
「狭い?」
「そればっかりだったよ。セマイ、セマイって」
「それは何とも、……はかりかねますね」
狭い、だけでは何の情報にもならない。狭いのがイヤだからイブリースになったのか、狭いのがスキだからイブリースになったのか、はたまた全く関係ないという線だって有り得る。本来的に、イブリースとは会話が成り立たないものなのだ。
考えるだけ無駄だろう。ジーニアスの興味はハナからダチョウにはなかったので、深く考えることをしなかった。
彼の頭の中にあったのは別の単語。ゲシュペンスト。幽霊列車。曰く、イブリースを生むとされる正体不明。
列車というからには機械だろうが、叶うものなら出会ってみたいと彼は考えていた。中身を見て分解できれば最高だ。きっと、そんなに楽しいことはないのだから。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
特殊成果
『ダチョウの卵』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
†あとがき†
MVPはバナナを提案したあなたに。
この対処は予想外でした。引っ張られて愉快な戦闘になった気がします。
だが、それが良い。
捕獲成功のお礼として、ダチョウの卵が皆さんに配られました。
食べるのも良いですが、すごい硬い殻は何かに生かす機会があるかも。
ないかも。
この対処は予想外でした。引っ張られて愉快な戦闘になった気がします。
だが、それが良い。
捕獲成功のお礼として、ダチョウの卵が皆さんに配られました。
食べるのも良いですが、すごい硬い殻は何かに生かす機会があるかも。
ないかも。
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