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神無き時代の神




 岩の玉座に、岩の王がどっしりと腰を下ろしている。
 岩壁に彫られた、巨人像であった。
 厳かな装いを、していたのであろう。豪奢な装身具の数々が彫り込まれていたに違いない。
 長き年月を経た今、それらの痕跡らしきものが辛うじて見て取れる。
 数千年もの間、風雨に晒されてきた岩の巨体は、筋骨たくましい雄大な人型のみを保っていた。
 頭からは、角らしきものも生えている。いや、冠か。
 エルトン・デヌビスは、呆然と見上げていた。
 イ・ラプセル某所の山中。
 麓の村で一泊した、翌日である。
「村人たちが話していたのは……これだ、間違いない……」
 彫刻家の目で、エルトンは巨石像を見上げ観察した。
 顔面は半ば崩壊し、目鼻口が大まかに判別出来るだけである。
 それでも、わかるものはある。
「わかるぞ。これを彫り上げた人々は、石像ではない本当の神を……信じて、いたんだ」
「ふん。神だと言うのか、この化け物が」
 エルトンの同行者が言った。分厚い胸板の前で両の剛腕を組み、巨石像を睨み上げている。呟く口で、牙が見え隠れしている。
「お前にとっての神とは、あのアクアディーネとやらいう娘だけではないのか」
「アクアディーネが生まれる以前、この世に存在していた神さ……いや、存在はしていなかったのか」
 エルトンは説明を試みた。
「それでも、人々の心の中には確かに居た……このような神々が、ね。神学者たちは『偶像』の一言で片付けてしまうが、当時の人々は」
 岩壁に彫り込まれた巨大な偶像を、エルトンはじっと見上げた。
 安全な工房で作業をしていた自分とは違う。当時の彫刻家たちは、命懸けでこの岩壁にしがみつき、鑿を打ち込んだのだ。
「……そこまでして、神の姿を表現せずにはいられなかったんだ。僕が、アクアディーネの様々な姿を表現せずには生きられないように」
「貴様のそれとは随分、違うように思えるがなあ」
 人外の同行者が、容赦のない事を言う。
「しかし、わからんな。アクアディーネやらヘルメスやらが現れる以前、この世に神などいなかったのだろう? その当時の人間どもは、あれか。いない神を捏造していたのか。こんな労力を使ってまで」
「腕っ節だけで生きてゆける君らオーガーと一緒にされては困る。人間はね、非力なんだよ。生きるのにも死ぬのにも、神様が必要なのさ」
 旧古代神時代。人々は、存在しないはずの神を偶像という形で誕生させ、信仰を基盤として国を築いた。
 様々な偶像が作られ、様々な国が生まれた。
 戦乱の時代であった、という。
 戦乱の原因たる偶像崇拝を根絶すべく創造神は、アクアディーネやミトラースといった実存の神々をこの世に遣わした。
 結果、偶像信仰は消えて失せた。
 偶像そのものは、しかし1つ残らず破壊されたわけではない。数千年を経て、こうして形をとどめているものもある。
「その創造神という奴も、わからんな」
 オーガーのハンマーフェイスが、疑問を口にする。
「偶像崇拝とやらがそんなに許せんのであれば、自分こそが唯一の神であると名乗り出れば良いものを……それをせず子分のような連中に任せきりにするから、戦乱の世が尚更ややこしい事になるのではないのか」
「わかっていない事なんて、まだいくらでもあるに決まっているさ。僕が、探究しなければならない」
 エルトンは言った。
「古の人々の信仰を知る。それは今現在の信仰を究める事にもなる。僕が今のアクアディーネを表現する道に、必ず繋がってくると思うんだ」
「まあ、それは好きにしろ……」
 地面が、揺れた。
 地震か。麓の村は、大丈夫か。
 思いつつ尻餅をついたエルトンを、ハンマーフェイスが掴んで立たせた。
「……おい、どう思う。この事態、貴様の探究に繋がると思うか」
 岩の王が、岩の玉座から、ゆっくりと立ち上がっていた。
 崩壊しかけた顔面の中で、両眼と口が赤くぼんやりと発光している。
 瘴気の光、瘴気の炎。
 エルトンは呻いた。
「イブリース……」
 ハンマーフェイスの大好物、ではある。しかし。
「……食いでが、あり過ぎるな。貴様も食うか、エルトン・デヌビス」
「い……いや、僕は……」
「麓の村の連中を、避難させておけ」
 地響きを立てて歩み迫る、岩の巨体。
 その眼前、いや足元に、ハンマーフェイスは立ち塞がった。
 旧古代神時代。人々の祈り、あるいは呪いを、その巨体に浴び受けてきた神が、今あらゆるものを踏み潰さんとしているのだ。
 麓の村、だけではない。進行方向にあるもの全てが、このままでは踏み潰される。
 まずは、ハンマーフェイスだった。
「早く行け!」
 隕石の如く降って来る巨石像の足を、ハンマーフェイスは辛うじて受け止めた。左右の剛腕で、角のある頭で、分厚い肩と背筋で、神の足裏を押し返さんとする。
 目と口から、瘴気の炎を小刻みに噴射しつつ、岩の巨神は容赦なくオーガーを踏みつける。絶大な重量を押し付けてゆく。
 巨神の足の下で、がくりと片膝を折りながら、ハンマーフェイスは牙を食いしばっていた。
「……食ってやるぞ、貴様……!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 イ・ラプセルのとある山中で、旧古代神時代の巨石像がイブリース化しました。これを討伐して下さい。

 イブリースの攻撃手段は、巨体を駆使しての白兵戦(攻遠全)、口からの火炎放射(魔遠全、BSバーン2)。

 時間帯は昼。場所は山中の岩場で、広さは充分にあります。

 現場では幻想種オーガーのハンマーフェイス(初登場シナリオ『凶毒のグルメ』)がイブリースに踏み潰されかけております。いくらかダメージを負った状態で、回復を施し戦わせる事は可能です。(攻撃手段は攻近単の格闘戦のみ)

 少し離れた所では、流浪の彫刻家エルトン・デヌビス(初登場シナリオ『殺戮の女神アクアディーネ』)が立ちすくんでいますが、こちらは完全に非戦闘員です。逃げろと言えば、何とか自力で逃げてくれるでしょう。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
7個  3個  3個  3個
13モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年04月04日

†メイン参加者 6人†




 役者に最も必要な能力は何か。『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)は、よく考えてみる。
 想像力である、というのが、カノンを最も厳しく指導してくれる演出家の言である。
 悲鳴上げて逃げ回るだけの役でも、そうだぞ。そいつが何でそこで悲鳴上げてんのか、ようく考えろ。もちろん脚本になんか書いてねえからな。てめえで考えて考えて考え抜いて、そいつに成りきるんだよ。
 演出家は、そう言っていた。それを繰り返せば、やがてどんな役にでも入ってゆけるようになる、とも。
 怪物に追い回される子供を演じる時、貧相な被り物の怪物が、やがてイブリースよりも恐ろしい化け物になる。安普請の背景が、本物の町や森になる。それが観客にも伝わる。
 カノンは今、古の王国の、おてんばな姫君だった。
 旧古代神時代の巨大な石像は、役者としての想像力を大いに刺激してくれる。
「まあ、そんな役やらせてもらえるの何年先になるかわかんないけど……今はともかく、おーい! ハンマー兄さん!」
 駆けながら、カノンは呼びかけた。
 オーガーのハンマーフェイスが、踏み潰されそうになっている。
 もはや遺跡とも言うべき巨大な神像が、膝つくオーガーを片足で踏みにじっているのだ。
 血まみれで重圧に耐えるハンマーフェイスに、『森のホームラン王』ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が狙撃銃を向ける。
「力仕事ご苦労! もう少しの間、頼むぜ!」
 銃声。癒しの力の塊が、銃弾となってハンマーフェイスを直撃する。いくらか荒っぽい魔導医療であった。
 それと同時に『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が、存在しない何かを片手で掴み、己の胸に突き立てた。目に見えぬ短剣、いや杭か。
 呪いの杭打ちが、テオドールを縛る。その呪縛が、イブリース化した巨石像に伝播してゆく。
 ハンマーフェイスを踏みにじる巨体が、硬直した。絶大な重量をオーガーに押し付ける動きが、止まった。
 石の巨神を呪力で縛りながら、テオドールが苦しげに汗を滲ませる。
「……これで、いくらか負荷は減ったと思う」
「そしてカノンも行く!」
 カノンは踏み込み、跳んだ。空中の羽虫を捕食する、蛙の跳躍。全身で、拳を突き上げ捻り込んでゆく。
 巨石像と比して、針にすらならぬ小さな拳が、神像の巨大な足の裏を撞いた。鐘の音が、響き渡った。
 石の神像が、微かに揺らいだ。
 その間ハンマーフェイスはカノンと共に、巨神の足下から脱出していた。
 踏み潰す対象を失った足が、地面を踏む。地響きが、山全体を揺るがした。
 その巨大な足と、いくらか距離を隔てながら、ハンマーフェイスが呻く。
「……すまん。実はな、お前たちをあてにしていなかったわけではないのだ」
「いくらでもあてにしてよ、カノンたちが来たからにはもう大丈夫! さあ、エルトンさんは逃げて」
 へたり込んでいる要救助者に、カノンは声を投げた。
 立ち上がれぬまま、エルトン・デヌビスはどうにか声を出す。
「……あなた方が……来て、下さるとは……アクアディーネが、奇跡を起こしてくれたのか……?」
「まあ、そういう事だデヌビス卿」
 テオドールが、エルトンを助け起こした。
「早急に、だが慌てず避難なさい。山道ゆえ気を付けてな」


 テオドールの呪縛力を今にも振りちぎってしまいそうな巨石像を『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は見上げ観察した。
「大きいね……以前に戦った、軍船の残骸のイブリース。あれよりも大型だ……」
「しかもアレより、ずっと年代物だぜ。溜め込んでるモノの総量が桁違いだ」
 ウェルスの言う『モノ』とは何か。
「古の人々の……祈りの、量……」
 マグノリアは呟いた。
 世界を組成するもの。その全てに感謝し、あるいは恐怖し、時には憎しみすら抱いていたであろう人々の念が、石造りの巨体に充ち満ちている。
「古の人々の祈りが、今……この時代の人々を、踏み潰さんとしているのでしょうか」
 言葉と共に『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が、巨大な十字架を構えた。
「単なる偶像……と断じてしまうには、あまりにも強大な敵」
「長丁場になりそうだね。出来る事は全て、していこうか」
 マグノリアは細い両腕を広げ、術式を拡散させた。錬金術による癒しの力が、この場にいる全員に行き渡ったはずだ。少々の傷であれば、負ってもすぐに回復する。
 当然しかし、この敵に踏みつけられたら少々の傷では済まない。
「大昔の神様をぶん殴るのは不敬ですけど……」
 爽快な音がした。『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、紅竜の籠手まとう掌と拳を叩き合わせたのだ。
「……私はまあ、ぶん殴るしかないわけで」
「ミトラースそれにヘルメスと、現在の神々を叩きのめしてきたのが私たちですよ。先輩」
「確かに、今更ですね。行きましょうかアンジェ!」
 エルシーとアンジェリカ。尼僧2人が、地を蹴ると同時に姿を消した。マグノリアの動体視力では追いつけぬ動き。
「……浄化だ!」
 錬金術による炸薬の調合に取りかかりながら、マグノリアは叫んだ。
「この巨体、隅から隅まで破壊してゆくのは現実的ではない。オラクルの浄化力をもって魔素の力のみを粉砕する、イブリース化をもたらす瘴気を消滅させる。それを心がけよう」
「要は、元の石像に戻すって事ですよね。大丈夫、今の私たちなら出来ます!」
 エルシーの、声は聞こえる。姿は見えない。
 大型の十字架が、紅竜の籠手が、超高速で巨石像の脚部に叩き込まれているのはマグノリアにもわかる。
 物理的な衝撃と共に、浄化の力が打ち込まれてゆく。
 カノンの小さな身体が、神像の巨体を蚤の如く跳ね登る。瘴気の流れ、魔素の力の集積部分。そういったものを探り当て、粉砕せんとしているのだ。
 それを掩護すべくマグノリアは、片手で拳銃を形作った。繊細な指先で、強毒の炸薬が調合されてゆく。
 そこに横合いから力が加わって来るのを、マグノリアは感じた。
「……破魔の手だ」
 ウェルスによる、強化術式だった。
「あのデカブツ相手じゃ焼け石に水だろうが、無いよりマシだと思ってくれ」
「助かるよウェルス。何しろ……神が、相手だ」
 破魔の力を得た、錬金術の弾薬を、マグノリアは射出した。
「焼け石に水でも、可能な限り人智は尽くすべきだろうね……大いに、冷や水を浴びせようか」
 射出されたものが、巨石像の体表面で爆発する。この巨体を満たす瘴気に対し、どれほどの痛手となったのかは、わからない。
 イブリース化した巨神像が、テオドールによる呪いの束縛を、ついに振りちぎった。
 岩山の崩落にも等しい踏みつけが、自由騎士たちを襲っていた。



 山全体を揺るがすような、地響きである。
 エルトン・デヌビスは無様に転倒していた。
 随分と走った。戦場からは、かなり離れている。
 そんな場所にいる人間を転倒させる震動に、あの自由騎士たちは間近で耐えているのだ。
「僕は……」
 地を這いながら、エルトンは呻く。
「僕の、行動が……イブリースを、呼び寄せているのか? まさか、そんな……」
「……そのような事、気にかけていては何も出来ませんよ。さあ」
 1人の、貴族然とした青年がそこにいて、エルトンを助け起こしてくれた。
「貴方は……自由騎士か?」
「人呼んで『俺様的正義』、クレヴァニール・シルヴァネール(CL3000513)と申します。エルトン・デヌビス先生」
 青年は、優雅に名乗った。
「ようやく、お会いする事が出来ました」
「僕を知って……」
 言いかけて、エルトンは息を呑んだ。
 クレヴァニールが、懐から信じがたいものを取り出したからだ。
「そ、それは……」
「貴方が数年前とある町の豊穣祭で出展なされた、アクアディーネ様ケモノビトもふもふバージョンです。いやはや何と、このもふもふ感を彫刻で表現なさるとは」
 兎か猫か判然としない生物に変化しかけた女神の彫像を、クレヴァニールは誇らしげに掲げている。
「もふもふ愛好も程々にせねばと、思ってはいるのですがね……私のその決意を台無しにして下さる方が、この度の出撃者皆様の中に約1名いらしゃいます。あの方の、もふもふはね……まさしく禁断の快楽なのですよ」


 ウェルスは悪寒を覚えた。ぞくぞくっとした冷たいものが、獣毛をまとう巨体を駆け抜けた。
 血まみれで地中に埋まったカノンが、問いかけてくる。
「……どしたの、ウェルス兄さん……風邪? そんなにあったかそうなのに……」
「いや……何でもない、と思う」
 カノンの小さな身体を、ウェルスは掘り起こし引きずり出した。
 エルシーが、カノンと同じく地中にめり込んだまま弱々しくぼやいている。
「……固いし、重いし、でっかいし……ウエイト差あり過ぎでしょ、これ……」
「これが……古の人々の、祈りの念……なのであろうか……」
 テオドールが、アンジェリカに助け起こされながら呻く。アンジェリカも、足取りが頼りない。
 負傷・消耗した自由騎士たちを、巨神像が傲然と見下ろしている。瘴気の炎を燃やす両眼で。
 口の中でも同じように、瘴気が発火し、燃え盛っている。
 その炎が、轟音を立てて噴出した。満身創痍の自由騎士団に、瘴気の猛火が降り注ぐ。
 ほぼ同時にウェルスは、天空に向かって狙撃銃をぶっ放していた。
「間に合えよ………っ!」
 魔導医療の力の塊が、天高く射出され、上空で破裂する。ハーベストレイン。癒しの力の雨が、降り注いで来る。
 滅びの炎と癒しの流水を、自由騎士たちは同時に浴びていた。火傷が、負わされた瞬間に治療されてゆく。
 ウェルスは、牙を噛み鳴らした。
「くそ……ジリ貧だな、このままじゃ……」
「……見つけたよ」
 火傷を負いつつ治癒しつつ、カノンが言った。
「リュンケウスの瞳でね……あのイブリースの、おヘソの辺り」
 ウェルスは身を屈め、カノンと目の高さを合わせた。
「……弱点か?」
「魔素の力の、塊がね……心臓みたく動いてて、あのでっかい身体の隅々まで瘴気を行き渡らせてるんだ。何回かブン殴って、やっと確認出来たよ」
「……なるほど、おヘソに心臓があるんですね」
 地に埋もれかけていたエルシーが、土を跳ね飛ばしながら身を起こす。
「ああもう、髪がチリチリになっちゃいました! 火傷はウェルスさんが治してくれましたけど」
「悪いなシスター、髪のケアまでは無理だ。下手な床屋に行き当たっちまったとでも思ってくれ」
「このイブリース、許しません! 絶対粉砕、ぜっ☆ふん! ですよ」
「落ち着いて下さい先輩。おヘソを狙うと言っても、この位置からでは駆け上るしかありませんよ」
 アンジェリカが、続いてカノンが言う。
「カノンみたく、落っことされちゃうよ?」
「まずは、動きを止めなければ……!」
 アンジェリカは駆け出し、跳躍した。剛力の細腕で、巨大な十字架を振り回しながら。
 その猛回転が揚力を生んだ、ようにも見えた。アンジェリカは、まるで空を飛んでいるかのようだ。
 飛行にも等しい跳躍の頂点で、アンジェリカは十字架を振るった。牝獣そのもののボディラインが激しく捻転し、豊かな尻尾がふっさりと弧を描く。ウェルスは思わず見とれた。
 十字架が、巨石像の膝に叩き込まれる。
 石造りの巨体が、痙攣しながら硬直した。膝に打ち込まれた衝撃が、巨大な全身に行き渡ったのだ。
「よしっ、上手くいきました……!」
「アンジェお見事。次は、私が!」
 硬直した巨石像の下半身を、エルシーが跳び登って行く。跳躍を交えての登攀。
 アンジェリカに劣らず凶猛なボディラインが、超高速で捻れて旋風を生んだ。エルシーの強靱・鋭利な美脚が、旋風の刃となって左右立て続けに打ち込まれる。巨大なイブリースの、腹部の中央に。
 巨像の胴体に、ヘソを中心として亀裂が広がった。
 落下しつつ、エルシーは呼びかける。
「テオドールさん!」
「承知……!」
 テオドールが、存在しない弓を引いている。呪力の塊が、矢の形に生じている。
 それが、放たれた。
 亀裂の中心部に、呪力の矢が突き刺さる。
 硬直していたイブリースの巨体が、後方に揺らいだ。が、まだ倒れない。
 テオドールが呻く。
「むう……あと一撃、か」
「……志願者だ」
 ハンマーフェイスが、マグノリアの細身を掴んで持ち上げた。まるで物のように。
「ま、待ちたまえ……」
 マグノリアが、いくらか青ざめているようだ。
「……いや、ここまで来たらじたばたはしない。せめて、お手柔らかに頼みたいが」
「努力はする」
 オーガーの豪腕が、マグノリアを思いきり投擲していた。
 空中で、マグノリアは光の矢となった。細い全身から溢れ出した魔力が、衝角の如く尖ってゆく。
 光の矢あるいは衝角と化したマグノリアが、巨石像の腹部の中心に突き刺さった。
 マグノリアらしくもない、雄叫びが聞こえた。
 光の衝角が、テオドールの呪力の矢と一体化しつつ膨張し、巨像の背中へと抜けて行く。
 貫通していた。
 腹部と背中から、大量の瘴気を鮮血の如く噴射しながら、巨石像が後方へよろめき揺らぐ。
 瘴気を出し尽くした巨体が、やがて岩壁にぶつかった。そしてズシリと座り込む。元々あった、岩造りの玉座にだ。
 力尽き落下して来たマグノリアを、エルシーが優しく力強く抱き止めた。
「お見事! 気合の入った事、やれば出来るじゃないですかマグノリアさん」
「……3回ほど、死んだ気分さ」
「どっこい生きてます。5回くらい死んでも大丈夫なように身体もっと鍛えましょうね」
 マグノリアの細い身体を姫君のように抱き上げたまま、エルシーは楽しげにくるくると踊っている。
 巨石像は、もはや巨大なだけの動かぬ岩細工である。腹部に大穴が穿たれているものの、原形は充分にとどめている。
 ウェルスは、拳を握った。
「……よしっ」
「何が、かな」
 テオドールが、声をかけてくる。
「貴卿まさか、あれを商売に結び付けようとでも」
「旧古代神時代の遺跡だぜ。上手くすりゃあ客を呼べる」
 麓の村の協力が必要になる。村人たちに頭を下げてでも良好な関係を保たねばならない、とウェルスは思った。
「こんな山奥まで来て、浄化して終わりじゃつまらんだろう……おっと。こんな山奥なんて物言いも慎まないとな」
「どうであろうか。最終的には、王室の管理下に入る事になってしまいそうだが」
「何とか、そこへ食い込んで行こうじゃねえか」
「……獣の目をしているな、貴卿」
「なあテオドールの旦那。考古学ってのは今のところ、お貴族様の独壇場だよな? こいつに箔をつけてくれるような学者先生とか、知り合いにいないかい」
「何名か、いない事もないが。果たして商売事に協力してくれるものかなあ」
 そんな会話が行われている場所から少し離れて、ハンマーフェイスが巨石像を眺めていた。
「やれやれ……イブリースの旨味が全て抜けてしまったか。一口くらいは齧っておくのだった」
「まあまあ、そんなものよりパスタをお食べなさい」
「カノンも食べるー!」
 アンジェリカが、樽を開けた。


 エルトン・デヌビスが、深々と頭を下げた。
「アルゴレオ・テッド君から話を聞いた……貴方がたには随分と、面倒をかけてしまった。本当にありがとう、毎回毎回、申し訳ないとは思っている」
「トラブルに巻き込まれやすい体質なんですねえ、きっと。ま、アクアディーネ様の下さった試練とでも思いましょう」
 エルシーが言った。
 がつがつとパスタを食らいながら、カノンが片手を上げる。
「ねえ、エルトンさんってさ。あれについて詳しかったりするの?」
 あれ、とは先程までイブリースであった巨石像である。今は、岩の玉座に巨体を沈めたまま動かない。
 腹に大穴の空いた岩の王を、エルトンはじっと見つめている。
「神無き時代の、神……としか、僕にはわからないな。そんな時代でも人々は、いないはずの神を……心の中に、創造せずにはいられなかったんだ」
「天災も、そして人災も、全て神の御業。そう信じていたのだろうな」
 同じく巨石像を観察しながら、テオドールは言った。
「神を信じ、畏れ、敬い……神に、全てを押し付ける。そのような時代であったのだろう」
 パスタを食べる手を休めて、アンジェリカが呟いた。
「……まさに、アマリア・カストゥールの言葉通りに」
「今も昔も、変わらぬという事かな」
 オラクルのいなかった時代に、テオドールは思いを馳せた。
「人々の作り出した神が、戦乱をもたらす……創造神はそう思し召し、実存の神々を遣わされた。それでも、何も変わらなかった……だから、我らオラクルが戦乱を終わらせなければならない」
「……お前たちオラクルが、神という連中の尻拭いをさせられている。俺にはそう見えるのだが」
 カノンやウェルスと輪を作り、パスタを食らいながら、ハンマーフェイスが言った。
「あるいは、創造神という奴の尻拭いかな」
「……繊細なのさ、彼は」
 細々とパスタを食しつつマグノリアが、ぽつりと呟く。
「自身の無力に絶望し……向こう側へ、閉じこもってしまった……逃げた、という非難は免れないだろうけど……」
「我々は逃げない。それだけの事さ」
 テオドールは言った。
「尻拭いであろうと何であろうと、神々の成し得なかった事を行う。そのための我らオラクルだと、思おうではないか」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済