MagiaSteam




【万世一系】鮮血の霧に跳ぶ両断者

●
まずは、名乗った。
「貴殿らを討伐するため、軍を率いて参った。大名家総領娘、武村夏美と申す」
「苫三と申しまする。磐成山へようこそおいで下さいました、姫様」
物腰柔らかな老人であった。
磐成山に集い隠れ住む邪宗門の、指導者である。
大勢の領民が、農作も納税も放棄して邪宗門に逃げ込んでいる。領主・武村家としては、討伐せねばならないという事になる。
討伐軍を、夏美は率いて来た。侍大将・板倉勝右衛門亡き今、兵を率いる事の出来る人材が武村家にはいない。
山麓に布陣した後、夏美は磐成山の指導者に会談を申し入れた。
苫三老人は、快く応じてくれた。
以前、戦場となった山麓の原野。
討伐軍からも山中からも見える場所で、互いに1名ずつ護衛を伴い、対面したところである。
苫三老人の護衛は、人間ではなかった。鬼である、が宇羅一族とは無縁であるらしい。
「ハンマーフェイスという。浪人衆の束ね役を任されている」
言葉通り、この鬼は、剛勇であるだけでなく浪人たちを率いての戦闘指揮もなかなかに巧みで、前回の討伐軍を大いに手こずらせた。手こずっている間に総大将・板倉勝右衛門を討ち取られ、討伐軍は敗退したのだ。
威風堂々たる護衛である。
夏美の護衛は、小柄な忍びの少年である。名は仁太。ハンマーフェイスの巨体に圧倒され怯えている、ように見える。
「先頃の戦、お見事であった。姫君」
ハンマーフェイスが褒めてくれた。
「敗兵をまとめ上げ、追撃される前に退く。鮮やかな采配、感服した」
「……そちらが見逃してくれた、だけであろう」
夏美は苦笑しつつ、近くにあるものを見やった。
石像、である。
先の戦における死者を弔うため、邪宗門の彫刻師が彫り上げたものであるという。
邪宗門という呼び方も改めねばならない、と夏美は思う。
「こちらが……あくあ様、にござるか」
今にも柔らかく動き出しそうな女神像に、夏美は語りかけた。
「アマノホカリに、ようこそおいで下された。異国の神よ……我らを和睦、和解へと、お導き下さるであろうか」
●
戦いに行くわけではない、だから貴様は残れ。
ハンマーフェイスはそう言って、益村吾三郎を伴わず山を降りた。苫三老人と共に、討伐軍大将との会談に臨んだのだ。
浪人衆を中核とする戦闘部隊は、山中の各所で持ち場につき、戦いに備えている。会談の結果次第では、またしても戦になる。苫三もハンマーフェイスも、それに討伐軍の大将も、戦闘を回避しようとはしているのだが。
ともかく残された吾三郎が今、アクアディーネの前で跪き、合掌をしている。子供たちと共にだ。
自分エルトン・デヌビスが、岩壁に彫り上げた女神アクアディーネ像。
それなりの出来栄えではあるらしく皆、拝んでくれる。この磐成山に集った、民も浪人衆も。
子供たちは、無言で祈りを捧げている。
吾三郎は目を閉じ合掌しながら、何事か呟いているようであった。
少し前とある村で、凄惨な出来事があった。
この子供たちは生き残った。吾三郎が、皆を守り抜いたのだ。
誇るでもなく吾三郎はしかし、アクアディーネに向かって懺悔をしている。
彼が呟いているのは、いくつかの人名のようであった。
「……君の仲間たち、かな?」
エルトンは声をかけた。祈りを邪魔をしてしまう、事になるかも知れないが。
「共に……戦ってまいりもした。天朝様の御ために」
目を閉じ、合掌したまま、吾三郎は応えた。
この青年は、女神に懺悔をする一方で、やはり誰かとの会話を求めていたのだ、とエルトンは思った。
「天朝様に仇なす宇羅の鬼ども、生かしておけんばい。片っ端から、撫で斬る、根切る、ぶった斬る……そのために皆々で腕ば磨いておりもした」
「同志、というわけか」
自分は今から、非道な質問をしようとしている。それをエルトンは自覚した。いずれ、明らかにせねばならなくなる事だ。
「1つの村を、皆殺しにした……それも天朝様の御ため、だったのかな?」
「……オイが、とち狂っただけの事にごつ」
「ちがう……ちがうよ……」
子供たちが、声を上げ始めた。
「ござ兄ちゃんは、おいらたちをたすけてくれたんだよぉ!」
「あいつらが、あいつらが! あたいの、おっ父を、おっ母を!」
「……あたしの、せいです……彫師様……」
最も年長と思われる女の子が、言った。
吾三郎が、叱りつける。
「お佳代!」
「だって吾三郎さん! あたしのせいだもの!」
「……おはんのせいじゃ、なか……」
吾三郎が、ゆらりと立ち上がった。
「オイが……オイたちのような輩が、この世におる……そいが、おかしか」
立ち上がり、剣を抜き、吾三郎は言い放った。
「出て行きもうせ。ここは、あくあ様の聖地にごわすぞ」
「……何が聖地だ。あくあ様じゃと? 夷狄の邪教に心奪われおって」
菅笠で顔を隠した男たち。いつの間にかそこにいて、吾三郎と子供たちを、エルトンを、取り囲んでいた。
「この裏切り者……天朝様に背く、大逆の徒が」
「益村吾三郎! 貴様は大勢の同志を殺め、邪宗門に降り、神国アマノホカリを夷狄どもに売り渡さんとしておる。許すまじ……アマノホカリ様の御罰、受けるべし」
「邪宗門もろとも誅戮せよと、月堂様より御下命である」
大勢の同志を、殺めた。
吾三郎が先程、祈り呟いていた人名が、そうなのだろう。
菅笠の男たちは、すでに剣を抜き、槍を構え、鎖鎌を振り回している。
吾三郎のみならず自分も、子供たちも、殺される。エルトンは、そう思った。
「水谷村の、お佳代。おぬしは我らと共に来い」
男たちが言った。
「最後の千国大名・八木原の名を、我らが天朝様の御ために使ってやる。誉れと思わねばならんぞ?」
「誉れ……」
エルトンは、問いかけた。
「そのために君たちは……村を1つ、皆殺しにしたのかい?」
「お佳代は、これより天朝様の御ためにのみ生きるのだ」
「宇羅幕府に虐げられながらも健気に生きてきた少女……そんな過去を、捏造しようと言うんだね。だから、宇羅の治世で平穏に暮らしていた過去など、あってはならないと」
「黙れ邪宗門が!」
エルトンを斬殺しようとした男が、菅笠もろとも真っ二つになった。吾三郎の斬撃であった。
ハンマーフェイスは、このような者たちの襲撃を警戒し、吾三郎をここに残したに違いない。
エルトンがそう思っている間に、菅笠の男たちは全員、上下あるいは左右に両断されていた。
「オイは……天朝様に背いた、大逆人にごわす……」
返り血にまみれた吾三郎が、呻く。
「天朝様にも、アマノホカリ様にも……あくあ様にも……顔向け出来んばい……生きておられんごつ……」
「吾三郎さん、それは違う」
エルトンの言葉を、吾三郎はもはや聞いてはいない。
「オイは……ぶった斬るしか出来ん、能無しばい……」
獣の如く、吾三郎は駆け出していた。返り血の雫と、涙が散った。
「……大いに、ぶった斬って……死ぬる……そいが能無しに似合いの最期にごわす!」
山麓には、大名家の軍勢が布陣している。そこへ吾三郎は斬り込もうとしている。
和平が、台無しになる。
「君たちに……」
泣き叫ぶ子供たちを抱き寄せながらエルトンは、この場にない者たちに語りかけるしかなかった。
「都合良く、期待してしまう……それしか、ないのかな……」
「ちいいぃぃぇすとォオオオオオオオオオオオッッ!」
吾三郎の雄叫びが、磐成山に響き渡る。
人間の声ではない、とエルトンは感じた。
イブリースの咆哮であった。
まずは、名乗った。
「貴殿らを討伐するため、軍を率いて参った。大名家総領娘、武村夏美と申す」
「苫三と申しまする。磐成山へようこそおいで下さいました、姫様」
物腰柔らかな老人であった。
磐成山に集い隠れ住む邪宗門の、指導者である。
大勢の領民が、農作も納税も放棄して邪宗門に逃げ込んでいる。領主・武村家としては、討伐せねばならないという事になる。
討伐軍を、夏美は率いて来た。侍大将・板倉勝右衛門亡き今、兵を率いる事の出来る人材が武村家にはいない。
山麓に布陣した後、夏美は磐成山の指導者に会談を申し入れた。
苫三老人は、快く応じてくれた。
以前、戦場となった山麓の原野。
討伐軍からも山中からも見える場所で、互いに1名ずつ護衛を伴い、対面したところである。
苫三老人の護衛は、人間ではなかった。鬼である、が宇羅一族とは無縁であるらしい。
「ハンマーフェイスという。浪人衆の束ね役を任されている」
言葉通り、この鬼は、剛勇であるだけでなく浪人たちを率いての戦闘指揮もなかなかに巧みで、前回の討伐軍を大いに手こずらせた。手こずっている間に総大将・板倉勝右衛門を討ち取られ、討伐軍は敗退したのだ。
威風堂々たる護衛である。
夏美の護衛は、小柄な忍びの少年である。名は仁太。ハンマーフェイスの巨体に圧倒され怯えている、ように見える。
「先頃の戦、お見事であった。姫君」
ハンマーフェイスが褒めてくれた。
「敗兵をまとめ上げ、追撃される前に退く。鮮やかな采配、感服した」
「……そちらが見逃してくれた、だけであろう」
夏美は苦笑しつつ、近くにあるものを見やった。
石像、である。
先の戦における死者を弔うため、邪宗門の彫刻師が彫り上げたものであるという。
邪宗門という呼び方も改めねばならない、と夏美は思う。
「こちらが……あくあ様、にござるか」
今にも柔らかく動き出しそうな女神像に、夏美は語りかけた。
「アマノホカリに、ようこそおいで下された。異国の神よ……我らを和睦、和解へと、お導き下さるであろうか」
●
戦いに行くわけではない、だから貴様は残れ。
ハンマーフェイスはそう言って、益村吾三郎を伴わず山を降りた。苫三老人と共に、討伐軍大将との会談に臨んだのだ。
浪人衆を中核とする戦闘部隊は、山中の各所で持ち場につき、戦いに備えている。会談の結果次第では、またしても戦になる。苫三もハンマーフェイスも、それに討伐軍の大将も、戦闘を回避しようとはしているのだが。
ともかく残された吾三郎が今、アクアディーネの前で跪き、合掌をしている。子供たちと共にだ。
自分エルトン・デヌビスが、岩壁に彫り上げた女神アクアディーネ像。
それなりの出来栄えではあるらしく皆、拝んでくれる。この磐成山に集った、民も浪人衆も。
子供たちは、無言で祈りを捧げている。
吾三郎は目を閉じ合掌しながら、何事か呟いているようであった。
少し前とある村で、凄惨な出来事があった。
この子供たちは生き残った。吾三郎が、皆を守り抜いたのだ。
誇るでもなく吾三郎はしかし、アクアディーネに向かって懺悔をしている。
彼が呟いているのは、いくつかの人名のようであった。
「……君の仲間たち、かな?」
エルトンは声をかけた。祈りを邪魔をしてしまう、事になるかも知れないが。
「共に……戦ってまいりもした。天朝様の御ために」
目を閉じ、合掌したまま、吾三郎は応えた。
この青年は、女神に懺悔をする一方で、やはり誰かとの会話を求めていたのだ、とエルトンは思った。
「天朝様に仇なす宇羅の鬼ども、生かしておけんばい。片っ端から、撫で斬る、根切る、ぶった斬る……そのために皆々で腕ば磨いておりもした」
「同志、というわけか」
自分は今から、非道な質問をしようとしている。それをエルトンは自覚した。いずれ、明らかにせねばならなくなる事だ。
「1つの村を、皆殺しにした……それも天朝様の御ため、だったのかな?」
「……オイが、とち狂っただけの事にごつ」
「ちがう……ちがうよ……」
子供たちが、声を上げ始めた。
「ござ兄ちゃんは、おいらたちをたすけてくれたんだよぉ!」
「あいつらが、あいつらが! あたいの、おっ父を、おっ母を!」
「……あたしの、せいです……彫師様……」
最も年長と思われる女の子が、言った。
吾三郎が、叱りつける。
「お佳代!」
「だって吾三郎さん! あたしのせいだもの!」
「……おはんのせいじゃ、なか……」
吾三郎が、ゆらりと立ち上がった。
「オイが……オイたちのような輩が、この世におる……そいが、おかしか」
立ち上がり、剣を抜き、吾三郎は言い放った。
「出て行きもうせ。ここは、あくあ様の聖地にごわすぞ」
「……何が聖地だ。あくあ様じゃと? 夷狄の邪教に心奪われおって」
菅笠で顔を隠した男たち。いつの間にかそこにいて、吾三郎と子供たちを、エルトンを、取り囲んでいた。
「この裏切り者……天朝様に背く、大逆の徒が」
「益村吾三郎! 貴様は大勢の同志を殺め、邪宗門に降り、神国アマノホカリを夷狄どもに売り渡さんとしておる。許すまじ……アマノホカリ様の御罰、受けるべし」
「邪宗門もろとも誅戮せよと、月堂様より御下命である」
大勢の同志を、殺めた。
吾三郎が先程、祈り呟いていた人名が、そうなのだろう。
菅笠の男たちは、すでに剣を抜き、槍を構え、鎖鎌を振り回している。
吾三郎のみならず自分も、子供たちも、殺される。エルトンは、そう思った。
「水谷村の、お佳代。おぬしは我らと共に来い」
男たちが言った。
「最後の千国大名・八木原の名を、我らが天朝様の御ために使ってやる。誉れと思わねばならんぞ?」
「誉れ……」
エルトンは、問いかけた。
「そのために君たちは……村を1つ、皆殺しにしたのかい?」
「お佳代は、これより天朝様の御ためにのみ生きるのだ」
「宇羅幕府に虐げられながらも健気に生きてきた少女……そんな過去を、捏造しようと言うんだね。だから、宇羅の治世で平穏に暮らしていた過去など、あってはならないと」
「黙れ邪宗門が!」
エルトンを斬殺しようとした男が、菅笠もろとも真っ二つになった。吾三郎の斬撃であった。
ハンマーフェイスは、このような者たちの襲撃を警戒し、吾三郎をここに残したに違いない。
エルトンがそう思っている間に、菅笠の男たちは全員、上下あるいは左右に両断されていた。
「オイは……天朝様に背いた、大逆人にごわす……」
返り血にまみれた吾三郎が、呻く。
「天朝様にも、アマノホカリ様にも……あくあ様にも……顔向け出来んばい……生きておられんごつ……」
「吾三郎さん、それは違う」
エルトンの言葉を、吾三郎はもはや聞いてはいない。
「オイは……ぶった斬るしか出来ん、能無しばい……」
獣の如く、吾三郎は駆け出していた。返り血の雫と、涙が散った。
「……大いに、ぶった斬って……死ぬる……そいが能無しに似合いの最期にごわす!」
山麓には、大名家の軍勢が布陣している。そこへ吾三郎は斬り込もうとしている。
和平が、台無しになる。
「君たちに……」
泣き叫ぶ子供たちを抱き寄せながらエルトンは、この場にない者たちに語りかけるしかなかった。
「都合良く、期待してしまう……それしか、ないのかな……」
「ちいいぃぃぇすとォオオオオオオオオオオオッッ!」
吾三郎の雄叫びが、磐成山に響き渡る。
人間の声ではない、とエルトンは感じた。
イブリースの咆哮であった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
シリーズシナリオ『万世一系』全4話中、第3話であります。
アマノホカリのとある山中。邪宗門に身を寄せる浪人侍・益村吾三郎が正気を失ってイブリース化し、山麓の軍勢に斬り込もうとしております。
吾三郎を倒して浄化し、これを止めて下さい。
場所は山道、時間帯は真昼。
益村吾三郎は、通常の斬撃(攻近単)の他、スキルとして『一刀両断』(EP20/近距離/攻撃:命-5 攻撃+140 必殺 効果3T)を使用します。
普通に戦って体力を0にしていただければ、生かしたまま浄化完了となります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
シリーズシナリオ『万世一系』全4話中、第3話であります。
アマノホカリのとある山中。邪宗門に身を寄せる浪人侍・益村吾三郎が正気を失ってイブリース化し、山麓の軍勢に斬り込もうとしております。
吾三郎を倒して浄化し、これを止めて下さい。
場所は山道、時間帯は真昼。
益村吾三郎は、通常の斬撃(攻近単)の他、スキルとして『一刀両断』(EP20/近距離/攻撃:命-5 攻撃+140 必殺 効果3T)を使用します。
普通に戦って体力を0にしていただければ、生かしたまま浄化完了となります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/8
6/8
公開日
2021年01月18日
2021年01月18日
†メイン参加者 6人†
●
「私、わかってきました」
土煙を蹴立てて駆ける益村吾三郎の前方に、まずはセアラ・ラングフォード(CL3000634)が立ち塞がった。
「殿方の心とは……私などが思うよりも、ずっと繊細で傷つきやすいのですね」
「おはんら……」
吾三郎が、地面を削りながら急停止をする。
セアラを背後に庇う格好で『いと堅き乙女に祝福を』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)は立ち身構え、吾三郎と対峙した。
「……どちらへ行かれるのですか、益村吾三郎様」
「お山の麓で、戦にごわす……」
吾三郎の全身から、闘気と瘴気が立ち昇る。
「武村の兵ども……片っ端から撫で斬り、根切り、ぶった斬りにごつ。あくあ様にはお目汚し……じゃっどんオイがやらねば、お山が皆殺しの憂き目に遭いもす……そこ、通したもんせ」
「通しません。私たちが、ここで貴方を止めます」
デボラを中心に自由騎士6名が、堅固な防御の陣形を組んでいる。
「山麓で行われているのは戦ではありません。戦を回避するための会談です」
「武村の殿さぁは信用出来んばい……」
「そ、それはそうですが、それでも戦を始めさせるわけには参りません」
言いつつ盾の役割を務めてくれているデボラの後ろで、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は言った。
「……安心したよ益村吾三郎。君にはまだ、辛うじて……この山の人々を守ろうという、意志がある」
光を、マグノリアは振り撒いた。たおやかな片手からキラキラと魔導医療の力がこぼれ漂い、この場の自由騎士全員を包み込む。少々の負傷であれば、即座に治癒する。
だが。この男の斬撃が、少々の負傷で済むとは思えない。
「……お山の皆々を、守る……オイの命もは、それしか使い道なか……」
吾三郎の両眼が、涙を流しながら燃え上がる。
「大いにぶった斬って、死ぬる! 天朝様に背いた罰にごわす!」
「……私にも、わかってきましたよ」
言葉と共に『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が、深く静かな呼吸をしている。大気中のマナと己の魔力を。同調させている。
「貴方がたの言う天朝様、それは私たちにとってのアクアディーネ様と同じような意味合いがあるようですね。一緒にするな、なんて声は両方から聞こえてきますが」
「つまり」
言いながら『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、左掌に右拳を打ち込んでいる。
「私たちが何か、アクアディーネ様に顔向け出来ないような事をやらかしたら……今の吾三郎さんと、同じような気持ちになるのかも知れませんね」
「気持ちはわかる……なんて、言っちゃいけないのかも知れないね」
静かな声を発したのは、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)だ。
「……気持ちがどうだろうと、カノンたちは止めるよ。吾三郎さんを」
オニヒトの少女の小さな全身から、巨大な鬼神の姿が浮かび上がる様を一瞬、マグノリアは幻視した。
もたらされた力は、しかし幻ではない。自由騎士全員に今、鬼の力が付与されたのだ。
「吾三郎様……貴方は今、自暴自棄になっておられるだけです」
セアラが言った。
「そのような時、ご自身の命の使い道など考えてはいけませんよ」
「誰も死なせませんが、まずは貴方の命を捨てさせはしません」
機械の四肢から蒸気を噴出させながら、デボラが言い放つ。
「貴方の自暴自棄を、お止めいたします。ここを通りたければ、まずは私をお斬りなさい」
「…………おなごは、斬りとうなか……」
吾三郎が、抜き身を構えた。
彼の全身の瘴気が、白刃に集中してゆく。
「じゃっどん……おはんらは、マガツキより強かおなごにごわすな……」
「何か失礼な事言われてますが、まあいいでしょう」
マリアが言った。
「吾三郎さん、貴方には生きて私たちに協力してもらいますよ。月堂なんちゃら氏の悪事を、白日の下で裁くために」
「月堂さぁは何も悪くなか……何もかも、オイ1人のやらかしにごつ!」
「気付いて下さい吾三郎さん。自分1人で罪を被る、それは美徳でも何でもないんです!」
吾三郎、よりもエルシーの踏み込みの方が一瞬、速かった。
「貴方がやらかしたおかげで、子供たちが助かりました。それじゃ駄目なんですか!?」
エルシーの鋭利な拳が、強靭な美脚が、超高速で吾三郎に打ち込まれる。
「どうする事が正しかった、なんて後からあれこれ悩んだって意味ないんですよ!」
鬼神の力を宿した、拳と蹴り。並のイブリースであれば、とうの昔に原形を失っている。
血飛沫を散らせ、よろめきながら、吾三郎はしかし踏みとどまり、踏み込んでいた。
光が、一閃した。斬撃の光。
エルシーが息を呑み、跳び退る。それが一瞬でも遅れていたら、彼女は腕を切り落とされていただろう。
「……胸を張れ、とは言いません」
右手で左の二の腕を押さえながら、エルシーは呻いた。鮮血が、大量に滴り落ちる。
「だけど私は、貴方が間違った事をしたとは思いません。間違いだなんて、誰にも言わせませんから」
「……速か……重か……強かぁ……」
血まみれの顔面で、吾三郎は微笑んだ。
「この益村吾三郎、最後の戦……良か相手にごわす」
「……駄目だよ、それは」
カノンが、いつの間にか吾三郎に肉薄していた。
小さな拳が、鬼の力を宿したまま横殴りに弧を描く。
巨大な鬼神の拳が吾三郎を直撃した、ように一瞬マグノリアには見えた。
「死に場所を見つけた気に、なっちゃったんでしょ? 吾三郎さん。それは駄目……戦いに逃げ込んじゃ、いけない」
カノンが、残心の構えを取る。
吹っ飛んだ吾三郎が、地面に激突し、即座に立ち上がる。
カノンは、なおも言う。
「……カノンもね、ここにいる皆と……殺し合いでも、する事になったらね……今の吾三郎さんと同じくらいには、苦しむと思う」
「オイは苦しくなか!」
抜き身を振り構える吾三郎に、マグノリアは右手の人差し指を向けていた。
「ここで戦って死ねるから? ……残念、そうはいかない」
錬りに錬り上げた魔力が、繊細な指先から矢となって放たれる。
「君には生きてもらうよ吾三郎。生きて、僕に見せて欲しい」
魔力の矢が、立て続けに吾三郎を穿つ。
「この国のヒトは、同調力が特に強い……らしいね。大きな……見えない力、流れに、身を任せてしまいがちであると」
矢は、すぐに消え失せた。
矢傷は消えず、吾三郎の身体から鮮血を噴出させる。
「益村吾三郎……僕は君が、それほど消極的な人間であるとは思えないんだ。天朝様への信仰心……それは君の、確固たる己の信念でもある」
流血を遥かに上回る量の瘴気が、吾三郎の全身から立ちのぼる。
その様を見据えながら、マグノリアはなおも語りかけた。
「その方向性を、僕は変えたい……過去ではなく、未来へと。いくらか無理矢理にでも、君の信念を向かわせる」
「オイは……もは、過去へも未来へも行けん! 今! 目の前のおはんらをぶった斬るだけにごわす!」
血生臭い瘴気をまとい、猛然と踏み込んで来る吾三郎の全身を、煌めく冷気の嵐が包み込む。
「……貴方がた殺魔の人たちはね、まず、そういうところを直して下さい」
マリアだった。魔法の杖を、くるくると躍動させている。
その動きで操作される冷気の嵐が、吾三郎の身体を凍り付かせてゆく。
「さっきも言いましたが吾三郎さん。貴方には、ちゃんとしたお話が出来るようになってもらいます……例の皆殺し事件、ちょっと腑に落ちないところがあるんですよ」
「……語る事など……なか……」
吾三郎が、凍結を振りほどいた。燃え盛る瘴気が、氷の破片を飛び散らせる。
そこへ、猛回転する機械の斬撃が襲いかかった。
「語り合う事……それは時として、このような殺し合いよりも過酷な戦いとなり得るもの」
デボラが、蒸気を噴射しながら踏み込んだところである。優美なる機械の肢体から丸鋸が出現し、吾三郎を切り裂いてゆく。
「死んで逃げる事など、出来ないのですからね……ええ勿論、逃がしは致しませんよ。吾三郎様」
若き剣士の頑強な肉体が、瘴気に防護されながらも血飛沫をぶちまける。
鮮血の霧そのものの瘴気をまとい、その中で凶猛な眼光を燃やす吾三郎と、デボラは至近距離で睨み合っている。
その間。セアラが、優しく発光する繊手をエルシーの左腕に当てていた。魔導医療の光。
「……痛みますか?」
「……やばいですよセアラさん、痛くないんです」
エルシーが応える。
「痛みもなく片腕、落とされるところでした。セアラさんのおかげで繋がりましたけど……ここまでやばい剣士、見た事ありませんよ。まったくもう」
「剣の腕を……ひたすら、ひたむきに、鍛えてこられたのですね」
吾三郎を見据えて、セアラは言い放った。
「それは、何のために? 自己満足の死を遂げるため、なのですか。益村吾三郎様」
●
まさしく、雲耀の一撃であった。
羅刹破神の構えで、その痛撃をどれほど返す事が出来たかはわからない。
ともかく、カノンは倒れた。
今は、優しく柔らかな膝の上にいる。
「…………あ……セアラさん……」
「……無茶をなさいましたね、カノン様」
セアラのたおやかな右手が、カノンに癒しの光を降らせてくれている。
間違いない、とカノンは思い出した。自分は今、死に限りなく近い所にいた。死の暗闇の中で、光を見た。
それが、この光だったのだ。セアラの右手が、カノンを死から掬い上げてくれた。
「……カノン今、斬られたんだよね」
どうにか動く手で、カノンは己の身体をそっと触れて確認した。傷は、塞がっている。セアラの光によってだ。
「……はらわた、出てたんじゃない?」
「動けるようでしたら、どうかお退がりになって」
カノンの問いに、セアラは答えてはくれなかった。
退がるわけにはいかない。益村吾三郎は、満身創痍ながら、まだ動いている。
「ああもう、マグノリアさんの言う通りですね! 貴方、その根性を向ける方向性が思いきり間違ってます!」
悲鳴に近い声を張り上げながらマリアが杖を掲げ、冷気の嵐を吹かせている。還リビトの如く迫り来る、吾三郎に向かってだ。
ピキピキと凍り付きながらも吾三郎は瘴気を燃やし、抜き身を構え、マリアとの間合いを詰めてゆく。
還リビトではあり得ぬ、獰猛な生命力を漲らせた剣士の肉体に、魔力で出来た銀色の弾丸が突き刺さった。
マリアの傍らで、マグノリアが人差し指から放ったものだ。
「マリア……先程の、腑に落ちない事……というのは……?」
マグノリアは、明らかに消耗しきっていた。
「戦闘中にする話ではないけれど……僕が死ぬ前に、聞いておきたい……」
「……斬殺される前に、私も自分の考えを述べておきましょうか。まあ根拠というほどのものはありませんけど……過去を捏造とか、それだけの理由で村1つを皆殺しまでするのかなと……常軌を逸した人たちなんだから、と言われてしまえば、それまでですが」
「つまり……」
倒れていたデボラが、よろよろと立ち上がった。
「村の、皆殺しには……別の理由があった……と?」
「本当に、根拠なんてものは無いんですが」
マリアの口を封じるが如く、吾三郎が斬りかかってゆく。
マグノリアがマリアを、そしてデボラが2人をまとめて背後に庇う。
カノンは、セアラの膝から立ち上がっていた。
「吾三郎さん……わかるよ、戦いに逃げ込みたくなる気持ち……」
踏み込みながら、語りかける。言葉は、しかし届かないだろう。
ならば、想いを拳に宿す。それだけだ。
デボラが蒸気を噴射し、丸鋸を猛回転させる。
「……戦って死ぬよりも、過酷なものと向き合って下さい……吾三郎様、貴方ならそれが出来るはずです。さあ、カノン様!」
「やろう、デボラさん。アクアディーネ様、どうか響かせて!」
デボラの機械斬撃が、カノンの拳が、吾三郎を同時に直撃した。鐘の音が、鳴り響いた。
「救いの音を……吾三郎さんの心に……」
鮮血と瘴気を大量にぶちまけながら、吾三郎は吹っ飛んで行く。
そして空中で体勢を立て直し、剣を構え、降って来る。斬撃の急降下。
それに合わせて、吾三郎は吼えた。絶望へと向かってひた走る、獣の咆哮。
まるで慟哭だ、とカノンが思った、その時。
もう1頭の獣が、吾三郎を迎え撃つ形に跳躍していた。
「……いいっ、かげんにぃ、しなさぁああああああああああいッッ!」
満身創痍、斬殺死体寸前であったエルシーが、死に際の力を発動させていた。
天を穿つが如く突き上げられた拳が、吾三郎の身体を空中でへし曲げた。真紅の衝撃光が、迸った。
「要は……自分のした事が許せない、と。そういう事なんでしょう……?」
吾三郎もろとも落下しながら、エルシーが弱々しく笑う。
「それなら、私たちが許してあげます……絶対に……これぞ真ぜつ☆ゆる! ですよ……」
着地する力など残っているはずもなく、エルシーも吾三郎も地面に激突した。
「…………天朝様が……」
呆然と、吾三郎が呟く。その身を包んでいた瘴気は、真紅の衝撃で全て消し飛んでいた。
「……オイの中で……天朝様が、粉々にごわす……」
「……天朝様の仇を、お討ちになりますか?」
もはや動けぬ吾三郎の傍らで、セアラが膝をついている。
「本当は、わかっておられるのでしょう吾三郎様。貴方は天朝様ではなく、あの子供たちをお選びになったのです」
山の方から、エルトン・デヌビスが歩いて来た。泣きじゃくる子供たちを伴ってだ。
「……あの子らのために、お生きなさい。それ以外の道を歩む資格が、貴方にはないのですから」
容赦のない言葉と共に、セアラは光を振り撒いた。
癒しの光が、死にかけの自由騎士全員を包み込む。吾三郎の身体にも、染み込んでゆく。
全員に、治療が施された。
吾三郎がまた戦いを挑んでくるようであれば、何度でも受けて立つまで。
思い定めつつカノンは言った。
「奪った命を、忘れていいわけじゃあない……」
拳を、握る。
「だけどね、悩み苦しむ姿を子供たちに見せちゃあ駄目。大好きなお兄ちゃんが、自分らのせいで苦しんでる……子供たちに、そんな事を思わせちゃあ駄目だよ」
「…………オイは……」
吾三郎が、何かを言おうとした。言葉にならない、ようであった。
「よろしいですか吾三郎様。これは戦です。貴方は、私たちに敗れたのです」
デボラが言い放った。
戦姫、らしい言葉ではあった。
「生殺与奪の権は私たちにあります。命を捨てる事は、許しませんよ」
●
エルシーは、武村家の夏美姫と何事か話し込んでいる。
カノンはハンマーフェイスと拳を合わせ、吾三郎は子供たちに囲まれている。
その子供たちの中の、1人の少女に視線を投げながら、この苫三という老人は今、信じ難い事を言った。
「……すまない、苫三」
マグノリアが、珍しくと言うべきか動揺しているようだ。
「もう1度……すまない、言ってはくれないだろうか」
「あのお佳代という子は、八木原の御一族ではありませんよ」
淀みなく、苫三は言った。
「八木原玄道様の御子息のうち、落城当時はまだ赤児であられた方をお1人……私が、密かにお連れいたしました。その方は御自身の出自を知る事なく育ち、つい先頃に天寿を全うなさいましたよ」
「皆殺しにされた、例の村とは別の場所で……という事だね」
マグノリアが、綺麗な顎に片手を当てる。
デボラが、青ざめている。
「お、お待ち下さい。それでは……月堂血風斎という方は……何を求めて、村を皆殺しになど……」
「……私の考え、言ってもいいですか」
マリアが片手を上げた。
「その月堂氏が……八木原の末裔を、反乱の旗印にしようと捜していたのは間違いないと思います」
「……ですが、見つからなかった……としたら」
セアラは呟いた。自分もまた青ざめているのが、わかった。
自分だけでなくデボラも、マグノリアも、気付いてはいるのだろうとセアラは思う。だが口に出す事は出来ない。
あまりにもおぞましい、その単語を口にしたのは、マリアだった。
「………………でっち上げ…………」
「……適当な子供を見繕って、八木原の末裔という事にしてしまう……」
マグノリアに続いて、デボラが言った。
「だから……だからこそ、過去の抹消が……捏造が……皆殺しが、必要だった……」
「……吾三郎の仲間たちは……そんな事のために……」
マグノリアの声が、震えている。
「月堂の……そんな命令さえなければ、村人たちと共に……穏やかに、暮らせてゆけたかも知れないのに……」
怒り狂っているのだろうか、とセアラは思った。
「月堂血風斎を……正当な法で裁かねばならないと、君はまだ思うのかい? セアラ」
「思います」
セアラは即答した。マグノリアは、暗く微笑んだ。
「……私的制裁に走ろうとする自分を、止める自信がない……そんな僕を、君はどう思う?」
「その思いもまた、正当なものであると」
言いつつセアラは、その暗い笑顔を見つめた。
「勝手な思い込みでしたら御容赦を……マグノリア様は随分と、感情が豊かになられたと私は思います」
「……あの、流血の女帝のおかげ。かな」
本当に笑顔なのだろうか、とセアラは思った。
「苫三様……その、天寿を全うなされた御方に」
デボラが訊いた。
「お子様は、いらっしゃるのでしょうか? いらっしゃるなら、その方こそが」
「八木原玄道の、末裔」
苫三の口調は、重い。
「……貴方がたには、明かしておくべきでありましょうな。八木原玄道の、曾孫に当たる方がおられます。武村家の先代・豊秀様の御計らいで……その方は、忍びの道を歩まれました。今は1人の忍者として、総領娘・夏美姫様の御側に」
「私、わかってきました」
土煙を蹴立てて駆ける益村吾三郎の前方に、まずはセアラ・ラングフォード(CL3000634)が立ち塞がった。
「殿方の心とは……私などが思うよりも、ずっと繊細で傷つきやすいのですね」
「おはんら……」
吾三郎が、地面を削りながら急停止をする。
セアラを背後に庇う格好で『いと堅き乙女に祝福を』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)は立ち身構え、吾三郎と対峙した。
「……どちらへ行かれるのですか、益村吾三郎様」
「お山の麓で、戦にごわす……」
吾三郎の全身から、闘気と瘴気が立ち昇る。
「武村の兵ども……片っ端から撫で斬り、根切り、ぶった斬りにごつ。あくあ様にはお目汚し……じゃっどんオイがやらねば、お山が皆殺しの憂き目に遭いもす……そこ、通したもんせ」
「通しません。私たちが、ここで貴方を止めます」
デボラを中心に自由騎士6名が、堅固な防御の陣形を組んでいる。
「山麓で行われているのは戦ではありません。戦を回避するための会談です」
「武村の殿さぁは信用出来んばい……」
「そ、それはそうですが、それでも戦を始めさせるわけには参りません」
言いつつ盾の役割を務めてくれているデボラの後ろで、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は言った。
「……安心したよ益村吾三郎。君にはまだ、辛うじて……この山の人々を守ろうという、意志がある」
光を、マグノリアは振り撒いた。たおやかな片手からキラキラと魔導医療の力がこぼれ漂い、この場の自由騎士全員を包み込む。少々の負傷であれば、即座に治癒する。
だが。この男の斬撃が、少々の負傷で済むとは思えない。
「……お山の皆々を、守る……オイの命もは、それしか使い道なか……」
吾三郎の両眼が、涙を流しながら燃え上がる。
「大いにぶった斬って、死ぬる! 天朝様に背いた罰にごわす!」
「……私にも、わかってきましたよ」
言葉と共に『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が、深く静かな呼吸をしている。大気中のマナと己の魔力を。同調させている。
「貴方がたの言う天朝様、それは私たちにとってのアクアディーネ様と同じような意味合いがあるようですね。一緒にするな、なんて声は両方から聞こえてきますが」
「つまり」
言いながら『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、左掌に右拳を打ち込んでいる。
「私たちが何か、アクアディーネ様に顔向け出来ないような事をやらかしたら……今の吾三郎さんと、同じような気持ちになるのかも知れませんね」
「気持ちはわかる……なんて、言っちゃいけないのかも知れないね」
静かな声を発したのは、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)だ。
「……気持ちがどうだろうと、カノンたちは止めるよ。吾三郎さんを」
オニヒトの少女の小さな全身から、巨大な鬼神の姿が浮かび上がる様を一瞬、マグノリアは幻視した。
もたらされた力は、しかし幻ではない。自由騎士全員に今、鬼の力が付与されたのだ。
「吾三郎様……貴方は今、自暴自棄になっておられるだけです」
セアラが言った。
「そのような時、ご自身の命の使い道など考えてはいけませんよ」
「誰も死なせませんが、まずは貴方の命を捨てさせはしません」
機械の四肢から蒸気を噴出させながら、デボラが言い放つ。
「貴方の自暴自棄を、お止めいたします。ここを通りたければ、まずは私をお斬りなさい」
「…………おなごは、斬りとうなか……」
吾三郎が、抜き身を構えた。
彼の全身の瘴気が、白刃に集中してゆく。
「じゃっどん……おはんらは、マガツキより強かおなごにごわすな……」
「何か失礼な事言われてますが、まあいいでしょう」
マリアが言った。
「吾三郎さん、貴方には生きて私たちに協力してもらいますよ。月堂なんちゃら氏の悪事を、白日の下で裁くために」
「月堂さぁは何も悪くなか……何もかも、オイ1人のやらかしにごつ!」
「気付いて下さい吾三郎さん。自分1人で罪を被る、それは美徳でも何でもないんです!」
吾三郎、よりもエルシーの踏み込みの方が一瞬、速かった。
「貴方がやらかしたおかげで、子供たちが助かりました。それじゃ駄目なんですか!?」
エルシーの鋭利な拳が、強靭な美脚が、超高速で吾三郎に打ち込まれる。
「どうする事が正しかった、なんて後からあれこれ悩んだって意味ないんですよ!」
鬼神の力を宿した、拳と蹴り。並のイブリースであれば、とうの昔に原形を失っている。
血飛沫を散らせ、よろめきながら、吾三郎はしかし踏みとどまり、踏み込んでいた。
光が、一閃した。斬撃の光。
エルシーが息を呑み、跳び退る。それが一瞬でも遅れていたら、彼女は腕を切り落とされていただろう。
「……胸を張れ、とは言いません」
右手で左の二の腕を押さえながら、エルシーは呻いた。鮮血が、大量に滴り落ちる。
「だけど私は、貴方が間違った事をしたとは思いません。間違いだなんて、誰にも言わせませんから」
「……速か……重か……強かぁ……」
血まみれの顔面で、吾三郎は微笑んだ。
「この益村吾三郎、最後の戦……良か相手にごわす」
「……駄目だよ、それは」
カノンが、いつの間にか吾三郎に肉薄していた。
小さな拳が、鬼の力を宿したまま横殴りに弧を描く。
巨大な鬼神の拳が吾三郎を直撃した、ように一瞬マグノリアには見えた。
「死に場所を見つけた気に、なっちゃったんでしょ? 吾三郎さん。それは駄目……戦いに逃げ込んじゃ、いけない」
カノンが、残心の構えを取る。
吹っ飛んだ吾三郎が、地面に激突し、即座に立ち上がる。
カノンは、なおも言う。
「……カノンもね、ここにいる皆と……殺し合いでも、する事になったらね……今の吾三郎さんと同じくらいには、苦しむと思う」
「オイは苦しくなか!」
抜き身を振り構える吾三郎に、マグノリアは右手の人差し指を向けていた。
「ここで戦って死ねるから? ……残念、そうはいかない」
錬りに錬り上げた魔力が、繊細な指先から矢となって放たれる。
「君には生きてもらうよ吾三郎。生きて、僕に見せて欲しい」
魔力の矢が、立て続けに吾三郎を穿つ。
「この国のヒトは、同調力が特に強い……らしいね。大きな……見えない力、流れに、身を任せてしまいがちであると」
矢は、すぐに消え失せた。
矢傷は消えず、吾三郎の身体から鮮血を噴出させる。
「益村吾三郎……僕は君が、それほど消極的な人間であるとは思えないんだ。天朝様への信仰心……それは君の、確固たる己の信念でもある」
流血を遥かに上回る量の瘴気が、吾三郎の全身から立ちのぼる。
その様を見据えながら、マグノリアはなおも語りかけた。
「その方向性を、僕は変えたい……過去ではなく、未来へと。いくらか無理矢理にでも、君の信念を向かわせる」
「オイは……もは、過去へも未来へも行けん! 今! 目の前のおはんらをぶった斬るだけにごわす!」
血生臭い瘴気をまとい、猛然と踏み込んで来る吾三郎の全身を、煌めく冷気の嵐が包み込む。
「……貴方がた殺魔の人たちはね、まず、そういうところを直して下さい」
マリアだった。魔法の杖を、くるくると躍動させている。
その動きで操作される冷気の嵐が、吾三郎の身体を凍り付かせてゆく。
「さっきも言いましたが吾三郎さん。貴方には、ちゃんとしたお話が出来るようになってもらいます……例の皆殺し事件、ちょっと腑に落ちないところがあるんですよ」
「……語る事など……なか……」
吾三郎が、凍結を振りほどいた。燃え盛る瘴気が、氷の破片を飛び散らせる。
そこへ、猛回転する機械の斬撃が襲いかかった。
「語り合う事……それは時として、このような殺し合いよりも過酷な戦いとなり得るもの」
デボラが、蒸気を噴射しながら踏み込んだところである。優美なる機械の肢体から丸鋸が出現し、吾三郎を切り裂いてゆく。
「死んで逃げる事など、出来ないのですからね……ええ勿論、逃がしは致しませんよ。吾三郎様」
若き剣士の頑強な肉体が、瘴気に防護されながらも血飛沫をぶちまける。
鮮血の霧そのものの瘴気をまとい、その中で凶猛な眼光を燃やす吾三郎と、デボラは至近距離で睨み合っている。
その間。セアラが、優しく発光する繊手をエルシーの左腕に当てていた。魔導医療の光。
「……痛みますか?」
「……やばいですよセアラさん、痛くないんです」
エルシーが応える。
「痛みもなく片腕、落とされるところでした。セアラさんのおかげで繋がりましたけど……ここまでやばい剣士、見た事ありませんよ。まったくもう」
「剣の腕を……ひたすら、ひたむきに、鍛えてこられたのですね」
吾三郎を見据えて、セアラは言い放った。
「それは、何のために? 自己満足の死を遂げるため、なのですか。益村吾三郎様」
●
まさしく、雲耀の一撃であった。
羅刹破神の構えで、その痛撃をどれほど返す事が出来たかはわからない。
ともかく、カノンは倒れた。
今は、優しく柔らかな膝の上にいる。
「…………あ……セアラさん……」
「……無茶をなさいましたね、カノン様」
セアラのたおやかな右手が、カノンに癒しの光を降らせてくれている。
間違いない、とカノンは思い出した。自分は今、死に限りなく近い所にいた。死の暗闇の中で、光を見た。
それが、この光だったのだ。セアラの右手が、カノンを死から掬い上げてくれた。
「……カノン今、斬られたんだよね」
どうにか動く手で、カノンは己の身体をそっと触れて確認した。傷は、塞がっている。セアラの光によってだ。
「……はらわた、出てたんじゃない?」
「動けるようでしたら、どうかお退がりになって」
カノンの問いに、セアラは答えてはくれなかった。
退がるわけにはいかない。益村吾三郎は、満身創痍ながら、まだ動いている。
「ああもう、マグノリアさんの言う通りですね! 貴方、その根性を向ける方向性が思いきり間違ってます!」
悲鳴に近い声を張り上げながらマリアが杖を掲げ、冷気の嵐を吹かせている。還リビトの如く迫り来る、吾三郎に向かってだ。
ピキピキと凍り付きながらも吾三郎は瘴気を燃やし、抜き身を構え、マリアとの間合いを詰めてゆく。
還リビトではあり得ぬ、獰猛な生命力を漲らせた剣士の肉体に、魔力で出来た銀色の弾丸が突き刺さった。
マリアの傍らで、マグノリアが人差し指から放ったものだ。
「マリア……先程の、腑に落ちない事……というのは……?」
マグノリアは、明らかに消耗しきっていた。
「戦闘中にする話ではないけれど……僕が死ぬ前に、聞いておきたい……」
「……斬殺される前に、私も自分の考えを述べておきましょうか。まあ根拠というほどのものはありませんけど……過去を捏造とか、それだけの理由で村1つを皆殺しまでするのかなと……常軌を逸した人たちなんだから、と言われてしまえば、それまでですが」
「つまり……」
倒れていたデボラが、よろよろと立ち上がった。
「村の、皆殺しには……別の理由があった……と?」
「本当に、根拠なんてものは無いんですが」
マリアの口を封じるが如く、吾三郎が斬りかかってゆく。
マグノリアがマリアを、そしてデボラが2人をまとめて背後に庇う。
カノンは、セアラの膝から立ち上がっていた。
「吾三郎さん……わかるよ、戦いに逃げ込みたくなる気持ち……」
踏み込みながら、語りかける。言葉は、しかし届かないだろう。
ならば、想いを拳に宿す。それだけだ。
デボラが蒸気を噴射し、丸鋸を猛回転させる。
「……戦って死ぬよりも、過酷なものと向き合って下さい……吾三郎様、貴方ならそれが出来るはずです。さあ、カノン様!」
「やろう、デボラさん。アクアディーネ様、どうか響かせて!」
デボラの機械斬撃が、カノンの拳が、吾三郎を同時に直撃した。鐘の音が、鳴り響いた。
「救いの音を……吾三郎さんの心に……」
鮮血と瘴気を大量にぶちまけながら、吾三郎は吹っ飛んで行く。
そして空中で体勢を立て直し、剣を構え、降って来る。斬撃の急降下。
それに合わせて、吾三郎は吼えた。絶望へと向かってひた走る、獣の咆哮。
まるで慟哭だ、とカノンが思った、その時。
もう1頭の獣が、吾三郎を迎え撃つ形に跳躍していた。
「……いいっ、かげんにぃ、しなさぁああああああああああいッッ!」
満身創痍、斬殺死体寸前であったエルシーが、死に際の力を発動させていた。
天を穿つが如く突き上げられた拳が、吾三郎の身体を空中でへし曲げた。真紅の衝撃光が、迸った。
「要は……自分のした事が許せない、と。そういう事なんでしょう……?」
吾三郎もろとも落下しながら、エルシーが弱々しく笑う。
「それなら、私たちが許してあげます……絶対に……これぞ真ぜつ☆ゆる! ですよ……」
着地する力など残っているはずもなく、エルシーも吾三郎も地面に激突した。
「…………天朝様が……」
呆然と、吾三郎が呟く。その身を包んでいた瘴気は、真紅の衝撃で全て消し飛んでいた。
「……オイの中で……天朝様が、粉々にごわす……」
「……天朝様の仇を、お討ちになりますか?」
もはや動けぬ吾三郎の傍らで、セアラが膝をついている。
「本当は、わかっておられるのでしょう吾三郎様。貴方は天朝様ではなく、あの子供たちをお選びになったのです」
山の方から、エルトン・デヌビスが歩いて来た。泣きじゃくる子供たちを伴ってだ。
「……あの子らのために、お生きなさい。それ以外の道を歩む資格が、貴方にはないのですから」
容赦のない言葉と共に、セアラは光を振り撒いた。
癒しの光が、死にかけの自由騎士全員を包み込む。吾三郎の身体にも、染み込んでゆく。
全員に、治療が施された。
吾三郎がまた戦いを挑んでくるようであれば、何度でも受けて立つまで。
思い定めつつカノンは言った。
「奪った命を、忘れていいわけじゃあない……」
拳を、握る。
「だけどね、悩み苦しむ姿を子供たちに見せちゃあ駄目。大好きなお兄ちゃんが、自分らのせいで苦しんでる……子供たちに、そんな事を思わせちゃあ駄目だよ」
「…………オイは……」
吾三郎が、何かを言おうとした。言葉にならない、ようであった。
「よろしいですか吾三郎様。これは戦です。貴方は、私たちに敗れたのです」
デボラが言い放った。
戦姫、らしい言葉ではあった。
「生殺与奪の権は私たちにあります。命を捨てる事は、許しませんよ」
●
エルシーは、武村家の夏美姫と何事か話し込んでいる。
カノンはハンマーフェイスと拳を合わせ、吾三郎は子供たちに囲まれている。
その子供たちの中の、1人の少女に視線を投げながら、この苫三という老人は今、信じ難い事を言った。
「……すまない、苫三」
マグノリアが、珍しくと言うべきか動揺しているようだ。
「もう1度……すまない、言ってはくれないだろうか」
「あのお佳代という子は、八木原の御一族ではありませんよ」
淀みなく、苫三は言った。
「八木原玄道様の御子息のうち、落城当時はまだ赤児であられた方をお1人……私が、密かにお連れいたしました。その方は御自身の出自を知る事なく育ち、つい先頃に天寿を全うなさいましたよ」
「皆殺しにされた、例の村とは別の場所で……という事だね」
マグノリアが、綺麗な顎に片手を当てる。
デボラが、青ざめている。
「お、お待ち下さい。それでは……月堂血風斎という方は……何を求めて、村を皆殺しになど……」
「……私の考え、言ってもいいですか」
マリアが片手を上げた。
「その月堂氏が……八木原の末裔を、反乱の旗印にしようと捜していたのは間違いないと思います」
「……ですが、見つからなかった……としたら」
セアラは呟いた。自分もまた青ざめているのが、わかった。
自分だけでなくデボラも、マグノリアも、気付いてはいるのだろうとセアラは思う。だが口に出す事は出来ない。
あまりにもおぞましい、その単語を口にしたのは、マリアだった。
「………………でっち上げ…………」
「……適当な子供を見繕って、八木原の末裔という事にしてしまう……」
マグノリアに続いて、デボラが言った。
「だから……だからこそ、過去の抹消が……捏造が……皆殺しが、必要だった……」
「……吾三郎の仲間たちは……そんな事のために……」
マグノリアの声が、震えている。
「月堂の……そんな命令さえなければ、村人たちと共に……穏やかに、暮らせてゆけたかも知れないのに……」
怒り狂っているのだろうか、とセアラは思った。
「月堂血風斎を……正当な法で裁かねばならないと、君はまだ思うのかい? セアラ」
「思います」
セアラは即答した。マグノリアは、暗く微笑んだ。
「……私的制裁に走ろうとする自分を、止める自信がない……そんな僕を、君はどう思う?」
「その思いもまた、正当なものであると」
言いつつセアラは、その暗い笑顔を見つめた。
「勝手な思い込みでしたら御容赦を……マグノリア様は随分と、感情が豊かになられたと私は思います」
「……あの、流血の女帝のおかげ。かな」
本当に笑顔なのだろうか、とセアラは思った。
「苫三様……その、天寿を全うなされた御方に」
デボラが訊いた。
「お子様は、いらっしゃるのでしょうか? いらっしゃるなら、その方こそが」
「八木原玄道の、末裔」
苫三の口調は、重い。
「……貴方がたには、明かしておくべきでありましょうな。八木原玄道の、曾孫に当たる方がおられます。武村家の先代・豊秀様の御計らいで……その方は、忍びの道を歩まれました。今は1人の忍者として、総領娘・夏美姫様の御側に」