MagiaSteam
果実と死



●長い時の一幕
 調べてみると、ただの道の一本にも歴史のあることが分かる。なぜそこに通じたのか。誰がそこに通したのか。どんな人々が出会い、別れていったのか。
 彼は行商人であった。果物を積んで馬車を走らせるしがない商人だ。朝には市場に着けるよう、夜を徹して田舎道を行く。
 慣れたもので、彼は手綱を握りながらも、その道中のほとんどを星空を眺めて過ごしていた。ぼろの車輪と蹄の音だけがする静かな夜。人との戦争、悪魔との闘争。それらから切り離されたように平和な暗闇に浸っている時間が、彼はたまらなく気に入っていた。
 そんなだから、馬が悲鳴をあげて足を止めると、彼はその勢いのままに振り落とされてしまうのだった。
 ぼこ。
 酷く顔を打ち付けながら、彼は周囲の地面が浮き上がるのを見ていた。ぼこぼこぼこ。さながら水面に現れる気泡のようだ。
 その時、彼は確かに聴いたのである。地平の彼方から、いや夜空の只中からか、戦争と闘争とを引き連れて疾る汽笛の音が響くのを。
 がしゃああああん!!!
 暴れ出した馬が強烈な後ろ蹴りを見舞って、馬車を粉々にした。積んでいたカンテラが割れて残骸を燃やす。炎の中からは逃れるようにごろごろと果実が散らばり、地中から現れた人型のソレに踏み潰された。
「ーーーー●●●●●●ーー!!」
 “汽笛”の連れてきた凶事に巻き込まれるのは理不尽以外の何者でもないのだ。左を向いたら雨に降られた、みたいな話である。けれど、これはまた歴史の因果でもあった。物好きでなければ知る由もない田舎道の経緯。哀しくも辛くもなくありふれた人生の軋轢。汽笛は気紛れに過去を再生し、今を巻き込んで喰らうのだ。
 運がない。それに尽きる。
「ーーーー●●●●●●ーー!!」
 人型のソレが拳を振り上げた。纏っているのが皮膚なんだか衣服なんだか分からないぐらいに腐敗が進んでいて、それは他の人型のソレにも同じことが言えた。
 ただれた死神を見上げ、自分はあるいは運が良かったのかも知れないと考えたのが、彼の最後の思考だった。
 命と引き換えに、確かめられるはずのなかった過去を目にすることができたのだから。

●長い時を映して
「うーん、……気が重いなあ」
 演算室を訪れた君たちを、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は沈んだ面持ちで出迎えた。けれど、いつも明るいのにらしくもない、との指摘を受けるなり。
「うん、そうだね。伝える側がこれじゃダメだよね!」
 ぱん、と顔を張って、クラウディアは笑顔を取り戻した。
「今回の任務は還リヒトの討伐だよ! よくある話なんだけど、討伐対象のビジュアルがちょっとアレなんだ」
 アレ。
 とはつまり、水鏡に映ったのは腐敗した死体だったという。夜更け、三体の動く死体が一人の行商人を襲う。彼は死体たちに殴られ、無残にも殺されてしまうらしい。
「行商人は既に出発してるよ。追いついて護衛、還リヒトが現れたら討伐をお願いね! 念のため、そのまま行商人を先の街まで送ってあげて。話は単純、だけど敵は腐っていても人並みには動けるみたい。いくら騎士団でも、戦う時は気をつけないとだめだよ!」
 プラロークを始めて間もなく、というわけでもないクラウディアが閉口するほど醜いらしい、動く腐乱死体の討伐。曰く、夢にも出てきそうなおぞましいビジュアル。滅入るような気持ちを奮い立たせて演算室を後にしようとした君たちを、そうそう、とクラウディアが引き止めた。
「この行商人、自分を襲う還リヒトの由来を知っているみたい。救えれば話を聞けるかも知れないね!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
乏灯
■成功条件
1.行商人を護衛し、取引先の街まで連れて行ってください。
2.道中に現れる還リヒトを討伐してください。
どうも。乏灯です。
肉体派の還リヒト討伐と、訳知り行商人の護衛です。

●条件
1.行商人を護衛し、取引先の街まで連れて行ってください。
2.道中に現れる還リヒトを討伐してください。
どちらを欠かしても依頼は失敗です。

行商人の商売道具である馬、馬車、積荷の安否は成否に関わりません。
先に出発している行商人には、用意された馬車で追いつきます。
騎士団の馬車は戦闘開始前に一時的に離脱します。

●対象
護衛対象:ハーロン・レイノルズ
行商人NPCです。肝が座っていて、腐乱死体に出くわしても取り乱しません。
皆様の指示に従います。特になければ馬車から離れず身を守ります。
ただし、当たりどころが悪ければ一発殴られただけでも致命傷です。

討伐対象:腐乱死体の還リヒト×3
腐った死体です。馬車の進路前方、三体同時に出現します。
近くの還リヒト以外を見境なく襲います。
全員それ以外に行動指針はなく、攻撃方法も殴る蹴るのみです。
戦闘訓練を受けている程度の戦闘技術を持ち、のろまではありません。
また、異常な膂力を誇ります。

●時間・場所
未明のひらけた田舎道です。道幅は馬車+人間五人ほど。広いです。
街灯等はありませんが、行商人の馬車には大きなランタンがあります。
田舎道の中央から両端まで照らせるぐらいの光量です。
誰かが持っても良いですし、馬車に引っ掛けても良いですし、行商人に持たせても良いでしょう。
道路外では地面が荒れます。飛行状態等の理由がなければ行動に不利な判定がなされる危険があります。

●おまけ
行商人を守りきれば、腐乱死体の由来を聞けるかも知れません。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
19モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/8
公開日
2018年07月27日

†メイン参加者 5人†



●またなのかい?
 既に夜半。走る自由騎士たちは、だだっ広い田舎道の先に馬車の姿を捉えていた。そうと分かるのは、馬車が先頭にランタンを掲げていたからである。後方から追いつかんとする彼らには、逆光の中、布を被った四角い荷車の形が浮き上がって見えていた。
「やれやれまたなのかい? それにしても最近多いねえ」
 騎士は五人。その中で、わずかに浮いて地を滑るソラビトのトミコ・マール(CL3000192)は一人、馬車を見据えながら眉をひそめた。
 多い、というのは還リヒトの発生頻度のこと。少し注意してここ数日の事件の中身を眺めれば、確かに還リヒトに偏った傾向が見て取れた。
 そして、今回も例に倣って“還リヒト”、というわけだ。
 これから起こる凶事を知る由もなく、気ままに道を行く馬車に近づき『エルローの七色騎士』柊・オルステッド(CL3000152)が声を張る。
 ランタンのかすかな明かりにも分かるカラフルな服装をした、セキセイインコのケモノビトだ。
「ハーロン・レイノルズ!」
 声が聞こえたのか、馬が嘶きながら足を止めた。むろん、そう操ったのは御者であるハーロンだろう。
 回り込んで馬車の前に出る、五人の騎士たち。しかしハーロンには、突如現れた彼らが何者なのか一目に理解できないようだった。
「護りに来たぜ!」
「今夜は危ないから護衛に来たぞ!」
 柊の威勢の良い宣言に続いて、月夜に煌めく銀狼のマザリモノ、サシャ・プニコフ(CL3000122)が柊の後ろにつき、胸を張る。
「あたしらは自由騎士団、助けに来たよっ」
 とトミコが自分たちの所属を名乗ったところで、ハーロンにはようやく合点がいったようだった。が、そうすれば次の疑問が湧いてくる。
「護衛って……?」
 なぜ自由騎士団が来たのか。
 未来を見ているのは騎士である彼らだけ。この後に待ち受ける運命など、この商人には分かっていようはずもない。
「とはいえ、説明している時間もない」
「はい。……ハーロンさん、そこから動かないでくださいね」
 『女傑』グローリア・アンヘル(CL3000214)と『慈悲の刃、葬送の剣』アリア・セレスティ(CL3000222)も、それぞれの位置について“運命”を待った。同じ女性ながら、服装の色合いから雰囲気までが黒と白、グローリアとアリアでは正反対である。
 全員が事前に決めていた隊列を組む合間に前線中央に陣取ったトミコは、やはり事前の相談で決まっていた指示をハーロンにも飛ばした。
「アンタはランタンで、馬車の前方を照らしてくんな。絶対に守り通すから、心配はいらないよ」
 事情を知らなくともハーロンは逆らわなかった。自由騎士団の話は彼だって知っている。その登場が何を意味するのかにもおおよその見当がつく。馬車にかけていたランタンを外し、御者台の上から少しだけ身を乗り出して、ハーロンは灯りを掲げた。それは丁度、地面が水泡のように盛り上がり、がばと腕の突き出てくる瞬間を捉えたのだった。
「さあ、来るぜ!」

●隙
 前列に三人、後列に二人。この隊列の更に後ろに馬車とハーロン、という形。前列を担う柊、トミコ、アリアは先手を打たず、敵が地面から現れるまで律儀にじっと待っていた。騎士団側の前列の数が三なら、這い出てくる敵の数も三。後列に前線向きのグローリアが控えているとはいえ、下手に突撃して陣形を崩せば、その穴から後列に被害が及び、ハーロンにまで至る事態も考えられる。故に彼らが狙うのは先制ではなく、迎撃だった。
「――――●●●●●●――」
 ゆっくりと、ソレは地上に姿を現していく。街灯もない夜半にありながら、ハーロンのランタン一個で戦うべき敵の姿がはっきりと見えるのは幸いであり、また不幸でもあった。
「うう、いざ目の当たりにするとこれは……」
「ひどい、でろでろだぞ」
 三体の、聞いた通りの腐乱死体。かのプラロークが閉口するのも頷ける凄惨な有様に、アリアとサシャもまた閉口した。声には出さずとも、他の三人も、あるいはハーロンにしたって似たような心境であった。
 無理のない話。洞穴の双眸に、溶け出した肉体。性別や様相もまるで伺えない。その人を成していた要素を全部混ぜ込んでぐちゃくちゃにして、それからもう一度吐き出して人型に積み上げたような、人間だった何らか。
 ソレらはしかし、ぐっと力強く地を踏みしめ、ありもしない瞳で騎士たちとハーロンとを見据えた。
 意志がある。どういう理由であれ、そこには敵意が感じられた。となれば臆してなどいられない。
「――――●●●●●●――!!」
 ソレが吠えた。一足飛びに距離を詰める跳躍。
 合わせて、アリアはショートソードを敵の拳に、トミコは鉄塊を当てに行き、柊は盾で攻撃をいなした。
 一人につき一体。示し合わせたのではなく、腐乱死体がそれぞれ、最も近い相手を選んで突撃しただけの話である。攻撃自体も単純な徒手空拳だが、その身のこなし、殴打一つ取っても素人のソレではなかった。
 もっとも、素人でないのは騎士たちにしても同じ。彼らは無事にブロックを決め、最初の攻撃を押し返す。
「ラピッドジーン!」
「ウォーモンガー!」
 柊とアリアとは自らの速度を鋭くし、トミコは自らを奮起させて次に備えた。この隙を見逃すほど甘い敵ではないが、再度の攻撃を俊敏さを増した柊とアリアは軽々とかわし、トミコはガードしてこれを受ける。
「っ、と!」
「メセグリン!」
 厄介なのは、単純ながら強靭な膂力。ガードの上からでもお構いなしに肉体に響いてくるような衝撃。後列より、サシャは腐乱死体の強さをきちんと見抜いて、トミコを癒した。
「助かるよ!」
 これに背中を押されるように、トミコが死体を押し返す。彼女の両脇では、攻撃をかわした柊とアリアとが反撃の体勢を取っていた。
「ヒートアクセル!」
 奇しくも同じフェンサー。回避からの反撃、そのワンセットは軽戦士の十八番だとも言えた。闇夜に煌めく刃、繰り出される瞬撃が敵を捉える。死体の脚を狙ったアリアの剣もかわされることはなく、その太腿を大きく傷つけた。
 続くのはトミコだ。フェンサーとは対極にあるバスターとしてのトミコ、その怪力が鉄塊を振り上げる。
「どっせええええええい!!」
 覇気と共に、武器とも言い難い鉄塊が思い切り地面を殴りつけた。むろん外したのではない。その衝撃は波となって三体の腐乱死体を巻き込み、強く打ちのめしたのだ。
 まさしく大波に攫われるよう、耐え切れず体勢を崩す還リヒトたち。この隙をついて、アリアが跳んだ。地を蹴り空を蹴り、軽々と敵を超える二段跳び。背後を取って一挙に決めようという作戦だったが、これは裏目に出てしまった。
 あるいは、相手がただの人間だったなら成功もしただろう。が、既に理性を失った死体なら体勢が崩れたくらいでは動揺もしない。その真っ黒の双穴はしかと、アリアの動きを捉えていたのである。
「アイス――」
「――――●●●●●●――!!」
 追撃の魔法を手にしたアリアに被せ、声にもならぬ耳障りな音を叫んで死体の拳が唸る。背後に回る着地に対し、どんぴしゃで合わせられる打撃。ハナから無茶な体勢からの打撃だったから、それほどの威力があったわけでもない。とはいえ、それは確かにアリアをかすり、その衣服を豪快にはぎ取った。
「なっ!」
 豊満な肢体が露になる。一瞬の隙だった。服を破られた、という羞恥が少しだけ反応を鈍らせ、追撃に振るわれた拳撃への対処を遅らせた。そのままなら顔面を砕いたであろうパンチ。いかにも戦いを知っているという風の、容赦のない追い打ち。身を捩らせて打点をずらし、利き手とはいえ腕を挟んで防御が行えただけ幸運だと言えた。
「きゃあ!?」
「アリア!」
 それでもアリアは吹っ飛んだ。光景が目の端に入っていても、柊にはその名前を叫ぶ以外にできることがない。彼女だけでなく、トミコもまた目の前の敵を逃がさずに相手をするだけで手一杯だった。かといって、身体を張る技術のないサシャが前線に飛び出すわけにもいかない。
 痛みに飛びそうになる意識の中、アリアの目に映っていたのは表情のない……貌のない腐乱死体と、その後ろからフランベルジュを構え死体に斬りかかるグローリアの姿であった。
「――――●●●●●●――!?!?」
 今まで攻撃に参加していなかったからこそ、グローリアだけは自由に動けた。アリアへの攻撃に神経を注いでいた腐乱死体の背中は、彼女にしてみれば大きな的であった。ざくと深く、裂傷の痕が袈裟に奔る、……だけでは終わらない。
「デュアルストライク!」
 返す刀、逆袈裟に斬り上げるグローリア。フェンサーの攻撃はバスターのように重くはないが、無防備な背中を的にして軽傷で終わるほど甘くもなく、その肉体にVの字を刻む。
「――――●●●●●●――!?!?」
 だから、腐乱死体の声にならぬ叫びは、今度はおそらく悲鳴なのであった。
「立て、アリア!」
「っ、……はい!」
 凛とした声に叱咤され、痺れる利き手から無事な方へと剣を持ち替え、アリアが走る。羞恥だなんだと言ってはいられない。グローリアの生んだ機会を無駄にせぬよう、アリアの剣は狙い澄まして腐乱死体の心臓を貫いた。
「――――……」
 それがトドメとなったのか、腐乱死体の動きが止まる。膝から崩れ落ちたソレは、光に包まれて掻き消えていった。
 浄化が起こったのだ。
「ふう。……弱点は心臓?」
「単なるダメージの蓄積かも知れない。が、どちらにしても十分だ。勝てる」
 剣にへばりついた体液とも肉片とも分からぬどろどろを振り払って、グローリアの瞳が次の敵に向く。
 大切なのは斃せるという事実。心臓が弱点ならそれで良い、もし違うとしても斬りつけていればいずれ浄化が始まる。斃せるのならそれで良いのだ。
「アリア! 大丈夫か!?」
 一体仕留めたところに、隙を見てサシャが駆け寄って来た。他の二体を柊とトミコが抑えているからこそ、彼女も自由に移動できる。
「今治すからな!」
「ありがとう、サシャちゃん」
 癒しの魔法をアリアの利き腕にかけるサシャ。礼を言いながらも、しかしアリアは戦う二人、柊とトミコから目を離さなかった。
 サシャが回復に来なかったなら、怪我をおしてでも加勢に行ったことだろう。
「まあ、あの二人なら崩れはしない」
 そんなアリアの焦りを、グローリアが見越したように制した。
「ですが、わたしの失敗でグローリアさんにまで……」
「気に病むな」
 言ってみれば、グローリアの縫った隙はアリアが身を挺してつくったようなものだった。しかし、その機をついてこそグローリアの脳裏に浮かぶのは、還リヒトたちの戦闘能力が思いの外高い、という事実であった。隙をついたから斃せたのではなく、“隙をつかなければ斃せない”。柊とトミコが敵を引き付けるだけで、それに決着をつけられていないのが良い証拠だ。
「だから、加勢は回復してからでいい。アレはそんなに甘くない」
「任せるんだぞー!」
 言い残して、グローリアが戦線に復帰する。サシャの魔法に力が入り、自分の腕からじわと痛みの引いていくのをアリアは感じていた。
 心地の良い光だ。けれど、それは失敗した証でもある。羞恥ではなく忸怩によって、だからアリアは唇を噛むのだった。

●斃れぬ者
「ちぃ、しぶとい」
 腐乱死体を一体斃すまでは良かったが、それから腐乱死体の動きが少しだけ変わった。柊とグローリアの二人を相手にして、腐乱死体は大きな隙を晒さなくなったのだ。仲間の失敗から学び、視野を広くとって堅実に立ち回る。生前の経験か、それはさながら武人であった。
 踏み込めば隙はつくれるだろうが、それはアリアのように身を挺すかも知れないということ。失敗して隊列を突破される可能性は拭えない。グローリアの見立てでは、この単純思考の化け物どもには近くの敵を襲う以外に行動基準はなく、前線を無視してハーロンを殴りに行くようなことはなさそうだったが、断定するのは危険だった。
 ならば、万全を期すべきだ。数で上回るのだから焦る必要はない。腐乱死体の大立ち回りを制する機を待てば良い。
「加勢します!」
「いけー! アリアー!」
 その機はすぐにやってきた。サシャの懸命な治療で、アリアの利き腕が復活したのだ。
「アタシはいい! そっちの死体をやっつけてやりな!」
 と、すかさずトミコの指示が飛ぶ。
「っと、待ちな! ここは一歩も通しゃしないよっ」
 バスターの彼女にとって敵の足止め、その釘付けは朝飯前。巨大な武器も通せん坊には一役を買う。
 そのトミコの策がはまっている内に、もう一体を片付けてしまうのだ。アリアはトミコの意図を汲み、たんと疾った。
 露払いはグローリア。わざと気を引くように斬りつけて、柊とアリアのための隙をつくる。
「任せる」
「はい!」
 続くのはアリアだ。脚を狙った一撃は先のものより鋭く、腐乱死体の足首を深く抉った。腐っていようと脚は脚。ぐら、とふらつきながらも、しかし還リヒトは柊を狙って殴りかかってくる。
 だん、と。
 盾で受ける柊の身体が大きく後退させられた。これだけ斬られてなお、怪力。とはいえ還リヒトの体勢もまた崩れるのであって、それを見逃すほど柊も甘くはなかった。
「終わりだ、ブレイクゲイト!!」
 レイピアに乗せた気が放たれる。圧縮されたそれは、さながら弾丸めいて宙をかけ、還リヒトの脳天を吹き飛ばした。
 断末魔を上げる間もなく、死体の身体から力が抜ける。始まる浄化の引き金が頭部の損傷によるもなのか、ダメージの蓄積によるものなのかは、やはり判断のつかない話である。
 だが、やはりどちらでも良いのだ。
「後一体」
「決着をつけるぜ!」
「もうこれ以上、傷を負わせたくはないけど……」
 二体目を斃した余韻に浸る間もなく、三人は最後の一体、トミコが相手をしていた腐乱死体に向けて一斉に獲物を繰り出した。フェンサーの波状攻撃、一度駆け抜けただけのように見えて、何度の斬撃が腐乱死体を襲ったか。
「トミコさん!」
 だが、全身を刻まれてなお腐乱死体は死なない。……生きるも死ぬもないのだろうが、それにはまだ戦意があった。
「――――●●●●●●――!!」
 膝をつかぬ還リヒト。憤怒するように吠えるソレに対峙するのは、トミコであった。妨害に徹し、相手を釘付けにすることに尽力してきた小柄な重戦士が今、光に包まれ、その鉄塊を振り上げている。
「いけー!!」
 後ろに控えるのはサシャだ。抜かりなく、腐乱死体の攻撃を受け続けていたトミコに回復魔法をかけていた。最後の最後になって、トミコは万全だったのだ。
「大技はもう打ち止め、けど、トドメはこいつで十分さ!」
 バッシュ、とトミコが叫ぶ。打ち下ろされる鉄塊を防ぐ手段など、腐乱死体でなくとも持ち合わせているはずはないのであった。

●執着は眠る
 アンアップルという果物がある。嘘吐きリンゴとも呼ばれるそれは、リンゴと良く似た外見ながらそのままでは食べられないほどに酸っぱい、という果物だ。
 これを巡って三人組みの行商人が殺された。二人は残りの一人に。その一人はとあるリンゴ好きの領主の手によって。
 まだアンアップルが世間に認知されていなかった頃、それを独占しようとした者の間に起こった醜い争いである。
「だから、嘘吐きリンゴなのさ」
 ハーロンは確かに、今回の還リヒトの由来を知っていた。その話は夜通し続けられたが、決して楽しい物語ではなかった。結局のところ、私利私欲のために殺し合ったというだけの話だったからである。
 メモを取っていた柊にしてみれば、残しておくべきかを悩む暗い歴史だった。
 そんな中でも、いつも美味しい果物を運んでくれてありがとう、と別れ際にも明るかったサシャの存在は、他の騎士にとっては救いのようであった。言ってみれば、今回浄化した三人の内、少なくとも二人は陰謀の被害者だ。それが還リヒトにされ、また殺されたなんて運命はあまりにも惨い。
「ゲシュペンスト。……許せませんね」
 アリアの聞いたところでは、ハーロンはゲシュペンストを見ていなかった。ただ汽笛らしき音を聞いたというだけ。他の還リビトに関しての見解も特別なものではなかった。
 それは執着なのだろう、というのが彼の結論だったからだ。
 果物一つで殺し合える人間の業。歴史を辿ればそんな話ばかりじゃないかと、彼は呆れたように笑って、答えていた。
「業、ね」
 特別な答えではない。執着するから還って来る。至極当然の話だった。とすれば。
「一体どれだけの人間が、執着を抱いて眠っているのだろうな」
 考えたくもない、それは末恐ろしく、何か不吉な未来を予感させるような疑問であった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

MVPは、冷静な判断が光ったあなたに。

遅刻しました。申し訳ありません。

アンアップルの物語はきちんとしたものがありますが、
載せる隙間がありませんでした。
どこかでちらっと披露できたら良いですね。

まあ、暗くて楽しくないお話ですけど。
FL送付済