MagiaSteam
止まらぬ悪意と暴走する心




「ボクは選ばれた人間なんだ……そこらの一般人とは違う……ボクはこんな場所で埋もれるような人間では無いんだ……そうだ……きっとこれは何かの間違い……ハハハ……ハハハハハ」
 暗い部屋で1人、呟き続ける青年。その呟きは明け方まで続いていた。

 この男。ハインリヒは貴族の生まれであった。
 才能が無い訳では無い。「そこそこ」の才能を持って生まれた彼は、学校では常に上位の成績をキープ。優等生としての地位は確立していた。しかし、上位であってもトップではない。今度こそと毎回臨む試験においてもやはり結果は同じ。常に自分の上にいる数名の同級生は彼にとって邪魔でしかなかった。そして何より彼が許せなかったのはその生徒達が平民であった事だった。
 そして事件は起こる。自分という選ばれし者の栄光の邪魔をする数名の生徒達。その生徒への殺傷事件で彼は逮捕される。
 そして今、首都から少し離れた場所にある、所謂少年院のようなところで彼は過ごしていたのだった。
 彼に襲われた生徒達は2人が亡くなり、4人が今も病院で治療を受けている。
 本来であれば極刑もありうるほどの事件だが、一応は貴族という立場からか、院での数年の謹慎生活を言い渡されたのみであった。
「クソッ。平民を数人どうかしたくらいで何故ボクがこんな目にあわなければならないんだ。ボクは貴族だぞ……」
 ハインリヒに反省の色は全く見受けられなかった。


 ある日の深夜。ハインリヒの部屋に現れたのは……襲われた生徒達の父親数名。その手には鍬や鉈。
 父親たちの心は憎しみによって支配されていた。
「な、何だ、お前たちは?!」
「こんな広々とした部屋でのうのうと……許せん」
「お前に殺された息子の恨み、今晴らさせてもらう!!」
 怒り、憎しみ、悲しみ、すべてがハインリヒに向けて振り下ろされていく。
「グギャッ、ゲブッ、ボクに……ゲハッ……こんな事をして……ギャッ……ただで済むと……」
 この場に及んでも全く反省の色を見せないハインリヒ。
「うちの子は死んだんだ! なのに何故お前は生きてるんだ!!」
「そうだ……うちの子だって今も……苦しんでっ」
 父親達の凶行は続く。
「殺してやる……お前達も殺して……やるっ!!」
 すでに動ける状態では無いにも関わらず、ハインリヒの目は狂ったほどの殺意をもって父親達を睨みつける。
「お、おい……もうこの位でいいんじゃないか……」
「息子の苦しみはこんなもんじゃないっっ!!」
「駄目だ! これ以上やると本当に死んでしまうぞ。こいつと同じになりたいのか!」
 父親達がそれまでの激情から我に帰りかけたその時だった。

 悪意に引き寄せられるようにあの魔列車が現れたのは──。

「……どうしたんだ……痛みが……薄れていく……それに……何かが……こみ上げてくる……」
 ハインリヒが感じた「何か」はどす黒い瘴気となり、そのままハインリヒを飲み込んでいく。
「どんどん力が漲ってくるぞ!! ……やはりボクは選ばれた存在!! こんなところで死ぬわけが無いのだ!! 当たり前だ!! 平民などとはそもそもの存在価値が違う!!! ハハハハハハ……ハハハハハハハハ!!!」

 しばらくの後。ハインリヒの姿はすでに無く、そこには無残な姿となった父親達の亡骸が横たわるのみだった。


「街外れにある少年矯正施設にすぐに向かって欲しい」
『演算士』テンカイ・P・ホーンテン(nCL3000048)が言う。
「ある貴族の息子がイブリース化する事が演算された。しかもそいつは……人を殺す。悪意の塊だ」
 詳細な状況を説明するテンカイ。
「このハインリヒという男……」
 自由騎士達の考えている事は想像に容易い。
「復讐という安易な方法をとった父親達も決して許されるわけじゃない。だが今はイブリース化したハインリヒの対処と父親達の安全を最優先して欲しい」
 それじゃ頼んだよと、テンカイはいつものように部屋の奥へと消えていった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
麺二郎
■成功条件
1.イブリース化したハインリヒを止める
2.父親達の無事
麺です。某喜多方系ラーメン屋さんのメガ焼豚ラーメン。最高でした……。

またもゲシュペンストによるイブリース化事件が起こりました。
ゆき過ぎた選民思想と劣等感から事件を起こしてしまった青年が、イブリース化により悪意をさらに増長させ、罪を重ねようとしています。
彼を浄化し、誤った認識を正していただければと思います。

●ロケーション

 首都近郊の青少年矯正施設。深夜。ハインリヒの部屋に子供を死傷された父親数名が押しかけ、ハインリヒを瀕死の状態にする。さすがにやりすぎたと思ったのか、我に返った父親達。だが、そんな状態になってもハインリヒの傲慢な態度は変わらず、さらには突如近くに現れたゲシュペンストにより、イブリース化してしまう。そしてその直後、自由騎士はこの場所に辿りつきます。
 自由騎士が突入すると入ってきたドアは硬く閉じ、そのままでは開きません。ドアもまたイブリース化し、父親達が逃げる事を阻害しているのです。
 父親達に被害が及ばないよう対処しつつ、イブリース化したハインリヒと部屋にあった家具のイブリース化を解いて頂ければと思います。
 深夜でハインリヒは寝ていたため、部屋の明かりは消えていますが、父親の数名はカンテラを持っています。飛び回る文房具のイブリースはこの明かりを標的にします。

・ハインリヒの部屋
 20畳ほどはある特別部屋。ハインリヒの親がそのツテを使い、広い部屋を割り当てさせ、矯正施設にあるまじき何不自由ない生活を送らせています。この特別扱いもまた父親達の怒りを増長させる結果となりました。


●敵&登場人物

・ハインリヒ・ルーベンヘルウォール
 17歳。ノウブルの貴族。貴族である事に強い誇りを持ち、自身を特別と思い込んでいます。平民でありながら自分より成績の良い一部の者達に強い憎しみを抱き、ついには殺傷事件を起こしました。現在は矯正施設に収容され、カウンセリングを受けていますが、その行過ぎた選民思考はむしろ酷くなるばかりで、治る気配は全くありません。
 今回父親達の襲撃を受け瀕死になり、極限にまで膨らんだ憎悪の念は、とうとう彼自身をイブリース化するに至りました。
 先ずは自分を一番痛めつけた息子を亡くした2人の父親を殺そうとします。
 
 強魔導 魔遠単 高命中。魔導力の塊を放ちます。【スロウ2】

 強攻撃 攻近範 高命中。強力な蹴り技で一掃します。【ノックB】

・ベッド(イブリース化)
 毎夜ハインリヒが恨み言を呟きながら寝ていたベッド。その恨みの力は紅蓮の炎となり、燃え盛りながら床を自在に動き回り、体当たりしてきます。耐久性が高く、その攻撃には【バーン1】が付与されています。
 早めに対処しなければ部屋全体に炎が燃え移る可能性があります。

・手記(イブリース化)
 ハインリヒの恨み辛みが書き記されている。その怨念のような存在とはうらはらにイブリース化したハインリヒやモノたちを回復する役割を持つ。敵からの攻撃を受けぬよう、常にイブリース化した何かの後方に位置取っているため、狙う打つには何らかの策が必要。

 呪詛で潤す 魔遠範 強回復。ただし一度使うと暫くは溜めターンに入るため連発される事はありません。

・文房具(イブリース化) x5
 本や筆記具など。部屋中をばらばらに飛び回って様々な方向から攻撃してきます。

・部屋のドア(イブリース化)
 攻撃はしてきませんが、イブリース化によりそのままでは開かない強固なドアになっています。突破するには自由騎士のどなたかが3ターン以上破壊に集中する必要があります。

・被害者の父親 6人
 ハインリヒによって子供を死傷した父親達。イブリース化現象を目の当たりにし、皆動揺しています。
 ただ1人息子を亡くした父親2人の怒りは強く、彼らはハインリヒへ向かっていこうとします。
  
●サポートに付いて

 サポート参加者がいた場合はその人数に合わせて父親の避難がスムーズに行われ、メイン参加者はイブリース化したハインリヒと部屋のモノ達に集中する事が出来るようになります。


●同行NPC

『ヌードルサバイバー』ジロー・R・ミタホーンテン(nCL3000027)
 特に指示が無い場合は、回復サポートに従事します。
 所持スキルはステータスシートをご確認ください。

皆様のご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
8モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
6/6
公開日
2019年07月14日

†メイン参加者 6人†




(……)
『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は沈黙のままひた走る。
(息子さんを殺された気持ちはわかるけど……こんな形じゃ……)
 暴力が生み出すものは更なる暴力の連鎖。そんな事にはさせない。止めなければ──エルシーは更に加速する。それは他でもなく新たな悲しみを生み出さぬため。
 そんなエルシーの気持ちとシンクロするように『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)もまた強い思いを胸に抱く。
(まずは止めないと……これ以上、不幸ばかりが増えてしまう前に)
 人はきっと変われる。フーリィンは誰よりもそう信じているのだ。
(このような歪んだ選民思想こそ我らが討つべき敵じゃな……)
『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)もその表情を曇らせていた。彼には伝えねばならぬ事が山ほどある。そう、伝えなければならない。
(選ばれた人間か。確かにそうだが、違う。彼のように捉えていい訳が無いのだ)
『達観者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は同じく貴族階級に身を置くものとしてその責任を感じているようだった。貴族とは──。
「皆、すまないな」
 そうぽつりと呟くテオドール。その強張った表情は、同じ貴族として果たすべき責任の全てを背負い込んでいるようだった。

 自由騎士達は走る。ハインリヒの誤った認識を正すため。そして何より更なる悲しみの連鎖を止めるために。


「ハハハハハハ!!! やはり私は選ばれた人間!」
 イブリース化し、高笑いしながら瘴気を纏うハインリヒを中心にその周りを浮遊する文具たち。そして炎を吹き出し、回転しながら部屋中を暴れまわるベッド。そこはさながら戦場のようであった。
「一体これは……何が起こったんだ!?」
「何なんだ……あの黒いものは……」
 突如起こったイブリース化。ハインリヒを襲った父親達は状況を飲み込めず、ただ立ち尽くすのみであった。
「よくもやってくれたな……お前達もアイツらと同じ目にあわせてやるぞ……。平民如きが私に逆らった罪を思い知るといい!!」
 そう言ってハインリヒが父親達に攻撃を加えようとした、まさにその瞬間だった。

 暫くそこで足掻くといい──。

 声が響く。テオドールが部屋に入るや否や放ったスワンプは、ハインリヒの足元に底なしの沼を発生させ、その動きを阻害する。
「グゥッ!? 何だこれは!?」
 声のしたほうを見るハインリヒ。その目線の先には──更なる悲劇を防ぐべく集いし6人の自由騎士たち。
「彼は危険です! もう普通の人間じゃない、さがって!」
 エルシーは呆ける父親達に声を掛け、避難を促す。
「明かりはダメ! 消すか手放して!」
「魔物達は明かりを目印に襲ってくる。すぐに手放すんだ」
「明かりを目標にしている敵がいるので、カンテラを手放してくださーい!」
 エルシーの言葉に合わせるように『隠し槍の学徒』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)とフーリィンが父親達に明かりを手放すよう促す。
「は、はひっ!!」
 慌てて手に持ったカンテラの明かりを消す父親達。
「私達は自由騎士。皆を助けに来た。すぐにこの部屋から出られるようにする。それまで我慢して欲しい」
 テオドールは出来る限り聞き取りやすい落ち着いた口調で父親達を諭すように話かける。
「わ、わかった……」
 4人の父親は素直に従う姿勢を見せていた。だがしかし。
「くそっ!! くそっ!! くそぉぉおおおーーー!!!」
 突然ハインリヒに特攻するように走り出した2人。それは大事な息子の命を奪われた父親達。しかしイブリース化により、命を吹き込まれた文房具が2人に襲い掛かる。
「うわぁあああーーー!!」
 思わず顔の前で両手を交差させ、目を瞑る父親2人。だがその衝撃はいつまで経っても2人を襲うことは無かった。父親達が恐る恐る目を開けると、目の前には2人を庇うフーリィンとウィリアムの姿があった。
「一体なぜ……」
 身を挺して自分達を守る2人に困惑するように父親は問う。
「大切な人を奪われた怒りの全てを理解出来るとはいいません。でもきっと私も私の大切な人達に同じ事が起きれば……だから復讐そのものを否定はしません」
「お嬢さん、血が……」
 特攻しようとした父親を庇った際に受けた傷から血が流れる。だがフーリィンは流れる血を気にもせず、父親達にまっすぐな瞳を向ける。
「でも――それでも! その結果、貴方達まで殺されたら駄目じゃないですか! 天国へと旅立ったお子さんをまた辛い目に合わせるおつもりですか!!」
「復讐はともかく……。自殺を目の前でやられて止めない奴はいないと思うが」
 攻撃(それ)がハインリヒに届かないであろう事は父親達も半ば理解していた。いわば自暴自棄の特攻。だがそれでも息子の無念を晴らしたい一心で咄嗟に体が動いたのだ。
「その装備と貴方達の実力では……到底命を捨てたとしても一矢報いる事が出来るようには見えないな」
 ウィリアムの紡ぐ言葉は一見冷たくも感じる。だがそれは全て父親達に無駄死にしかなり得ない無謀をやめさせ、我に返らせるためのウィリアムなりの優しさでもあるのだ。
「罪は……どういう形になるかはわかりませんけど、必ず償わせます! だから、お願いですから……私たちを信じて……ここは任せて頂けませんか」
 2人に向けられるフーリィンの瞳には一遍の曇りも無い。
「うぅ……」
 手にした鎌を手放すと涙を流しながら悔しさを滲ませる父親。その無念がどれ程のものか──様子を見守る自由騎士達の胸も締め付けられる。
「ここであなた方が大怪我を負ったり死ぬようなことがあれば……更なる悲しみを背負う事になる残された者がどれだけ辛いかお解りか!?」
『活殺自在』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は敢えて強い口調で言い放つ。息子を殺された父親達の心情ももちろん理解できなくは無い。だがこんな相手にその手を汚す必要など毛頭ない。今はとにかく他に残された家族の為にも何より無事であって欲しい。それがアリスタルフの望みであり、願いであった。
「すぐに扉を開ける。だから待っていて欲しい」
 アリスタルフはジローと救援の自由騎士と共に部屋からの唯一の出口である扉の前に立つ。その扉もまたイブリース化により硬く閉ざせれている。
(先ずはこの扉を破壊し、父親達を安全な場所へ)
 アリスタルフが扉に打ち付ける拳は、誰一人部屋から逃すまいと立ちふさがる扉に、確実なダメージを与えていく。
 その一方で燃え盛る炎を纏い部屋中を暴れまわるベッドを相手するのはシノピリカとエルシー。イブリース化自体ももちろんだが、炎は煙や飛び散る火の粉で火二次被害を生む可能性が高い。そう判断した2人。
「ここは出し惜しみなど不要! 迅速な撃破を最優先じゃ! はぁぁああああーー!!!」
 シノピリカが放ったのは自身の必殺『SIEGER・IMPACT 改二』。鎧装の左腕から放たれる渾身の一撃は縦横無尽に暴れまわっていたベッドの動きを止める。
「好機!」
 そこへエルシーが自らの速度を威力へと転換する鋭い一撃を二度放つ。それはエルシーの反応速度がイブリースを遥かに凌駕している事の証明。その後も続くシノピリカの強力な武器による一撃とエルシーの流れるような所作からの手技足技の波状攻撃。
 程なく炎のベッドは崩れ落ち、完全に停止したのであった。
「扉が開いたぞ!!」
 ベッドが浄化されるとほぼ同時に硬く閉ざされていた扉が開く。
「私達が文具たちを抑える。その間に父親達を部屋の外へ」
 アリスタルフたちによる扉の打破にあわせ、ケイオスゲートでイブリース化した様々な文具たちを攻撃するテオドール。それにより付与された強力な重力場は文具たちの攻撃を鈍らせ、更にはシノピリカの放つバレッジファイヤによって付与された不安定性はその攻撃も散漫にさせた。その時父親達を部屋外に避難させる絶好のチャンスが訪れていた。
(安全に退出させるチャンスは今しかないわ!)
「この坊ちゃんは必ず私達がぶちのめすわ。だから部屋の外で待っていて!」
 悔しさを滲ませる父親達にエルシーははっきりとそう伝える。父親達の無念は必ず晴らす──エルシーの凛とした表情はそれを何より証明していた。
「頼みます……子供達の無念を……どうか……」
 か細い声でそう言うと部屋から退避して行く父親達。だがその後ろ姿は幾多の悲しみによってとても小さく感じられるものであった。


「お前達は一体!? 何故私の邪魔をするっ!!」
 ハインリヒにとって自身に仇なす平民など生きる価値など有るはずも無い。その命を奪う事を止められる道理など無いのだ。
「お前がハインリヒとかいう……貴族の出来損ないか」
 怒気を含んだ声色でそう言ったのはウィリアム。
「出来損ない……だと!! ふざけるな!! 今すぐ訂正しろ!!」
 身勝手な自己主張を繰り消しながらも、自信が貶されればすぐ激高するハインリヒ。
 仕事とはいえ、何故こんな者を守らねばならないのか──ウィリアムの心はどんどん冷え込んでいく。
「何故私の邪魔をする!? こいつらは貴族である私に逆らう平民どもだぞ!! 死んで当たり前の存在だ!!」
 そヒ。
「アイツラだってそうだ。平民のクセに私より成績がいいなんて間違っている。あいつらが悪い!! だから粛清してやったんだ!! そう、これは必然。当たり前の事をしただけだ。ハハハ……ハハハハハハハ!!」
 そういって死者をあざけ嗤うような態度を見せるハインリヒ。その時ドン!!と壁を叩きつける音がした。
「な、なんだ!?」
「己より頭が良いものがいる? それがどうしたというのだ。我らは貴族だ。領地を富ませ、多くの人を導くのが使命ではないか」
 ハインリヒの言葉も待たずにウィリアムは更に続ける。
「必要なのは高い身分に相応しい寛容さと慈悲深さ、部下からの信頼と尊敬を集める振る舞い。それこそが貴族に求められるものではないのか」
「うるさい!! お前に何がわかる!! 私は選ばれた人間なんだ!! 平民をどうしようと私の勝手だ!!」
「癇癪を起こして地団駄を踏んで駄々をこねる……まるで子どもだな」
 ハインリヒには他人の言葉などもう何も届かないのだろう。アリスタルフがはき捨てるように言う。
(やはり言っても無駄か……そもそも言葉で理解できるならこうはなっていない……か)
 ウィリアムはふぅとため息をつくと、アンチトキシスを自らに付与する。その傍らには自らが生成した犬型ホムが心配そうに見つめている。もはやハインリヒの腐りきった性根は文字通り叩きなおすしか方法は無い。ウィリアムがそう思い武器を握りなおしたそのときだった。
「この……卑怯者がぁぁーーー!」
 目の覚めるような大声と共にハインリヒに向かっていったのはシノピリカだった。その思いのありたっけを、拳と共に言葉でぶつける。
「負けを恐れて、闘いから逃げるとは!」
「ふ……ふざけるなぁっ! 私は逃げてなどいない!!」
 自己否定に激しく反応するハインリヒ。だがシノピリカの猛攻は止まらない。
「貴様のやった事は、ただの逃避じゃ! 戦況が不利だからと言うて、盤面ごと引っくり返して勝ち誇るようなもの! そんなものが誇れる勝利であるものか!!」
(……くそっ!! このデカ女なんて重い一撃を打ってきやがるんだ。さすがに受け続ければ体が持たない)
 シノピリカの重い一撃に耐えかねたのか、距離をとるハインリヒ。
「おい! 我が手記よ! 我を回復せよ!!」
 ハインリヒがそう言うと他のイブリース化した物たちの影に隠れていた手記が光を放つ。ハインリヒや他のモノたちを回復しているのだ。
 しかしシノピリカはすぐには追撃せず、俯き拳を握り締めていた。
「ましてや傷つけ、殺めてしまうなど……取り返しのつかぬ事を……!」
 シノピリカがハインリヒを睨みつける。その迫力に気圧されるハインリヒ。
「そ、それがどうした!」
「まだ言うか……」
「貴族である私がいくら平民を殺そ──」
 ハインリヒが言葉を言い終わる前にシノピリカの豪腕がその顔面を捉えた。
「この痴れ者がぁぁーーーーー!!」
 何よりも重いシノピリカの一撃。壁まで吹き飛ばされるハインリヒ。
「ぐ……ふ……っ」
「貴族には貴族の苦労があるというのは分かる! 産まれついての逃げられぬ重圧、好きでそうなったのでは無いというのも!」
 怒りで全身を包むシノピリカ。だがその中に垣間見えるのは悲しみ、憂い。シノピリカが発する言葉はどこか自分にも重ね合わせているようにも思えた。
「じゃが……それを踏まえてなお貴くあるからこそ貴族なのじゃ! 貴族だから貴いのではない、貴いから貴族なのじゃぞ!」
「ぐふ……っ。何を知った風な口を!!」
 ハインリヒがふらふらと立ち上がり、構える。
「私の力はこんなものじゃない。こんなはずは無いんだ」
 そこに──。
「息子の仇!!! 死ねぇぇーー!!!」
 部屋を出たはずの父親の1人が部屋に戻り、弱ったハインリヒへと突進したのだ。
「ダメだ。それじゃぁコイツと何も変わらない」
 止めたのはアリスタルフ。素手でナイフを掴むアリスタルフ。その手からは鮮血が流れ落ちる。その血を見て再び我に返る父親。
「ハハ……ハハハハッ。ざまー見ろ!! お前は私を殺せない!! 私は守られているんだ!! ハハハハ!! ハハxハハ──」
 ハインリヒの笑いを止めたのはまたしてもシノピリカ。その渾身の一撃でハインリヒの意識はそのまま途切れる。そして彼を纏う黒い瘴気もまた徐々に薄くなり、数分もすると完全に消えていた。浄化が完了したのだ。
「貴い者の務め、これ全て痩せ我慢の道と理解せよ!」


 気絶しているハインリヒを回復するフーリィン。
(確かにイブリース化は解けました。ですが彼の闇を晴らすことは出来たのでしょうか……)
 最後の最後までハインリヒから後悔や反省の言葉が発せられることは無かった。それでもフーリィンは信じたかった。この戦いが、皆が投げかけた言葉がハインリヒの中の何かを変えるきっかけとなる事を。人は必ず変われるのだという事を。フーリィンは眼前に広がる星空に祈りを捧げる。いつかフーリィンの信じる世界が実現する事を祈って。

「自決など絶対に許さぬ」
 そう言って厳重にハインリヒを拘束を施したシノピリカ。
(それにしても気の毒なのは父親たちであるな……何をどうしようと死した者は決して戻らぬ。……せめて、此度の事を前例として、全ての者に等しく司法が裁くようになるよう働きかけていかねばな……)
 シノピリカは願う。本当の意味での平等を。皆等しく支えあい、共生する世界を。
「う……っ」
 しばらくして目を覚ましたハインリヒの前にはテオドールがいた。
「目を覚ましたようだな。今回の件、しっかりとルーベンヘルウォール卿に伝えさせてもらう」
「そ、それは……!! それよりも貴殿からも進言しては頂けませんか。私は先ほどの男達に殺されかけるほどの暴行を受けたのです」 
 この場に及んでも変わらぬハインリヒの言動にテオドールは深いため息をつく。
「君は何も分かっていないのだな。その地位にいる意味も。そう在れている意味も。その脆さも」
「ど、どういう意味で……」
「……何より支えている者たちの命の尊さも。そんな君にこの待遇は不相応だと、伝えさせてもらう。それでも君が変わらねばルーベンヘルウォール家は滅びよう」
「人の心の痛みを知る事ができる人間になりなさい。学校の成績がすべてではありませんよ」
 エルシーがまるでシスターのような事を言う。そういえばエルシーはシスターだった。忘れていたわけデハナイデスヨ。
「更生の機会が与えられたのはお前が貴族で「特別」だったからだ。それを忘れるな」
 アリスタルフは敢えて特別という言葉を使う。それはハインリヒが発した同じ言葉とは全く別の意味を持つ。
「私は……」
 がくりとうな垂れるハインリヒ。その後一言も言葉を発する事も無いまま彼は連行される事になった。きっと今度は優遇など無い判断が下される事であろう。
 これで態度を改めてくれるといいのだがな──少しだけ荷が下りたような表情を見せるテオドールは切にそう願っていた。

「ありがとうございました」
 自由騎士達に深々と頭を下げる父親達。その無念はすべてが晴らされたわけでは無いだろう。それでも彼らは自由騎士に礼を言うとそれぞれの家族が待つ場所へ帰っていった。
 こうして自由騎士達は一つの悲しみ連鎖を断ち切ることに成功したのであった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

彼の捻じ曲がった性根はすぐにどうにかなるものではありません。
ですが、皆さんが発した言葉はきっといつか届きます。

MVPは熱い説得を行った貴女へ。

ご参加ありがとうございました。
FL送付済