MagiaSteam




【信仰と侵攻】聖女は吼える

●
1度は官憲に引き渡された私の身柄が、何事もなくアクア神殿に返品された。不用物のようにだ。
神殿の権力が働いたのか。
聖女アマリア・カストゥールが、奇跡を起こしてくれたのか。
違う。この私マディック・ラザンが結局、何事も為し得なかったからだ。
背教者エルトン・デヌビスが、ヴィスケーノ侯爵家に身を寄せている。
私が聖女アマリアより賜った使命は、第一に背教者の誅殺。あるいは、その身柄を神殿に引き渡すようヴィスケーノ侯爵家に申し伝え、これを承諾させる事。
それが不可能ならば単身、侯爵家に戦いを挑んで殺される事。
せめて侯爵領内で私が命を落とせば「神殿特使がヴィスケーノ家によって無法に殺害された」という話に仕立て上げる事が出来る。
どれも、叶わなかった。
私は、おめおめと生きてアクア神殿に戻る事となった。官憲としても、私を拘束しておく理由を見つけられなかったのだ。
他の神官たちに蔑まれる私を、聖女アマリアただ1人が労い慰めてくれた。
そして、このように傍らに置いてくれている。護衛の聖戦士としてだ。
ヴィスケーノ侯爵領で死ぬ事が出来なかった私だが、死ぬような目には遭った。
結果わかった事が1つある。
神職者として、だけではなくオラクルの戦士としても、私は出来損ないの不用物でしかなかったのだ。
私に出来る事と言えば、聖女アマリアの身を脅かす者と刺し違える、くらいであろう。
私を含め数名のオラクルが現在、護衛として聖女の身辺を固めているが、全員がそうだ。
ただ1人だけ、規格外がいる。
イブリースとの戦いなど、その男に一任しておけば良いのだ。
「このイブリースという者どもに関して、私は何も知らんのだが」
岩のような筋肉の隆起が、法衣の上からでも見て取れる巨漢。首から上は、禍々しい髑髏の仮面である。
「結局のところ、こやつらも……神の蠱毒とやらの、悪しき副産物ではないのかな」
どのような姿をしていたのか結局、わからずじまいであった。ともかく、恐ろしい怪物としか言いようのない相手で、我々の攻撃は全く通用しなかった。
そんな化け物を、この巨漢は単身で仕留めた。大木のような足で蹴り倒し、鋼の聖杖で叩き潰して見せたのだ。
原形を無くしたイブリースの残骸が、巨漢の足元に横たわっている。
それを見つめながら、アマリア・カストゥールは無言である。無表情の美貌が、いくらか強張っているようだ。
無表情に見えて、実は感情を隠しきれていない。彼女にしては珍しい事であった。
いささか不穏なる聖女の様子に、避難民の一家が怯えている。先程まで怯えていたのはイブリースに対してだが、今は聖女に対して不安げである。震え上がる子供たちを抱き締めながら、父親と母親が青ざめている。
最近になって増え始めた、ヘルメリアからの避難民である。あの国では現在、首都が完全に機能を失っているのだ。人口の流出は、しばらくは止まらないであろう。
ヘルメスという神に見捨てられた民を、聖女アマリアへの信仰に染め上げる好機と言える。
上手い具合にと言うべきか、この避難民一家が国境近辺の街道で、こうしてイブリースに襲われてくれた。
助けて元気づけ、聖女信仰へと引き込む。
そのために聖女アマリア自らが、暴力装置たる髑髏仮面を引き連れて動き回っているところだ。
「同種のイブリースがいるかも知れん。少し、この辺りを見回ってくる」
髑髏仮面が歩み去って行く。聖女と擦れ違いざま、小声で言葉を残してだ。
「……あとは貴様の出番だぞ、アマリア・カストゥール。そやつらに女神アクアディーネの教義でも説いてやるのだな。せいぜい優しくだ」
「…………」
アマリアは、やはり無言である。
言われた通り、ここで彼女が説法でもすれば、この避難民一家は信者となるだろう。女神アクアディーネ、ではなく聖女アマリア個人の信者である。
上手くすれば、ヘルメリア避難民のコミュニティ全域に聖女信仰を広める事も出来る。
だが、アマリアは無言だった。
「…………何故……」
髑髏仮面の姿が見えなくなって、しばしの後、聖女はようやく言葉を発した。
「何故、あたしは……オラクルではないの……?」
我ら護衛の聖戦士たち、に問いかけたわけではないようだ。問われても、答える事など出来ない。
例えば私マディック・ラザンの如き無能者でさえオラクルの端くれであるのに何故、聖女たる自分がそうではないのか、という思いは確かにあるだろう。
「信仰を憎むあたしに、神様が力を授けてくれるわけがない……ふふっ。それは確かに、その通りよね……」
アマリアが天を仰ぐ。
ゆらりと佇む、その嫋やかな全身から一瞬、炎のようなものが立ちのぼった。
「力……アイアンのような力が、あたしに有りさえすれば……こんな、聖女になんかならなくたって……!」
炎、ではない。瘴気であった。
「くそったれな信仰なんてもの、この手で根こそぎ破壊出来る! そう、この力があればぁあああああッ!」
アマリアの全身で、燃え盛る瘴気が膨張する。
聖女の優美な細身が、禍々しく巨大化したかのようでもある。瘴気で構成された、巨大な怪物がそこに出現していた。
不定形の巨体の中核を成したまま、アマリアは微笑んでいる。
「オラクルの力なんて要らない……もっと素晴らしい力、ここにあるもの……」
揺らめく瘴気が、太陽の紅炎の如く燃え伸びて避難民一家を襲う。
私は跳躍し、飛び込んだ。身体が勝手に動いただけだ。人助けの意思など微塵もない。
瘴気が、私を直撃した。紅炎の如き揺らめきが、いくらかは勢いを失い、避難民たちに届かなかった。
「逃げろ……!」
叫びながら、私は血を吐いて街道に倒れ伏した。体内が何箇所も破裂している。
避難民の一家が、言われるまでもなく逃げ去って行く。父親と母親が、子供たちを抱え運ぶ。
私を叩きのめした事になど気付かぬまま、聖女アマリアは巨大な瘴気をまとい揺らめかせ、笑い叫ぶ。
「ミトラース、ヘルメス! アクアディーネ! 神様なんて連中は結局、人をトチ狂わせるだけ! 馬鹿どものバカな行いに言い訳を与えるだけ! それが信仰! 潰してやる、全部あたしが潰してやる!」
涙を、流しながらだ。
護衛の聖戦士たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。逃げ去って行く。
「待て……」
私の声は、もはや届かない。
「お前たち……我々の使命を、忘れたのか……」
届かぬ声を、私は漏らし続けた。
「聖女を、護れ……聖女を……悪魔に、変えてはならんのだ……誰か……」
1度は官憲に引き渡された私の身柄が、何事もなくアクア神殿に返品された。不用物のようにだ。
神殿の権力が働いたのか。
聖女アマリア・カストゥールが、奇跡を起こしてくれたのか。
違う。この私マディック・ラザンが結局、何事も為し得なかったからだ。
背教者エルトン・デヌビスが、ヴィスケーノ侯爵家に身を寄せている。
私が聖女アマリアより賜った使命は、第一に背教者の誅殺。あるいは、その身柄を神殿に引き渡すようヴィスケーノ侯爵家に申し伝え、これを承諾させる事。
それが不可能ならば単身、侯爵家に戦いを挑んで殺される事。
せめて侯爵領内で私が命を落とせば「神殿特使がヴィスケーノ家によって無法に殺害された」という話に仕立て上げる事が出来る。
どれも、叶わなかった。
私は、おめおめと生きてアクア神殿に戻る事となった。官憲としても、私を拘束しておく理由を見つけられなかったのだ。
他の神官たちに蔑まれる私を、聖女アマリアただ1人が労い慰めてくれた。
そして、このように傍らに置いてくれている。護衛の聖戦士としてだ。
ヴィスケーノ侯爵領で死ぬ事が出来なかった私だが、死ぬような目には遭った。
結果わかった事が1つある。
神職者として、だけではなくオラクルの戦士としても、私は出来損ないの不用物でしかなかったのだ。
私に出来る事と言えば、聖女アマリアの身を脅かす者と刺し違える、くらいであろう。
私を含め数名のオラクルが現在、護衛として聖女の身辺を固めているが、全員がそうだ。
ただ1人だけ、規格外がいる。
イブリースとの戦いなど、その男に一任しておけば良いのだ。
「このイブリースという者どもに関して、私は何も知らんのだが」
岩のような筋肉の隆起が、法衣の上からでも見て取れる巨漢。首から上は、禍々しい髑髏の仮面である。
「結局のところ、こやつらも……神の蠱毒とやらの、悪しき副産物ではないのかな」
どのような姿をしていたのか結局、わからずじまいであった。ともかく、恐ろしい怪物としか言いようのない相手で、我々の攻撃は全く通用しなかった。
そんな化け物を、この巨漢は単身で仕留めた。大木のような足で蹴り倒し、鋼の聖杖で叩き潰して見せたのだ。
原形を無くしたイブリースの残骸が、巨漢の足元に横たわっている。
それを見つめながら、アマリア・カストゥールは無言である。無表情の美貌が、いくらか強張っているようだ。
無表情に見えて、実は感情を隠しきれていない。彼女にしては珍しい事であった。
いささか不穏なる聖女の様子に、避難民の一家が怯えている。先程まで怯えていたのはイブリースに対してだが、今は聖女に対して不安げである。震え上がる子供たちを抱き締めながら、父親と母親が青ざめている。
最近になって増え始めた、ヘルメリアからの避難民である。あの国では現在、首都が完全に機能を失っているのだ。人口の流出は、しばらくは止まらないであろう。
ヘルメスという神に見捨てられた民を、聖女アマリアへの信仰に染め上げる好機と言える。
上手い具合にと言うべきか、この避難民一家が国境近辺の街道で、こうしてイブリースに襲われてくれた。
助けて元気づけ、聖女信仰へと引き込む。
そのために聖女アマリア自らが、暴力装置たる髑髏仮面を引き連れて動き回っているところだ。
「同種のイブリースがいるかも知れん。少し、この辺りを見回ってくる」
髑髏仮面が歩み去って行く。聖女と擦れ違いざま、小声で言葉を残してだ。
「……あとは貴様の出番だぞ、アマリア・カストゥール。そやつらに女神アクアディーネの教義でも説いてやるのだな。せいぜい優しくだ」
「…………」
アマリアは、やはり無言である。
言われた通り、ここで彼女が説法でもすれば、この避難民一家は信者となるだろう。女神アクアディーネ、ではなく聖女アマリア個人の信者である。
上手くすれば、ヘルメリア避難民のコミュニティ全域に聖女信仰を広める事も出来る。
だが、アマリアは無言だった。
「…………何故……」
髑髏仮面の姿が見えなくなって、しばしの後、聖女はようやく言葉を発した。
「何故、あたしは……オラクルではないの……?」
我ら護衛の聖戦士たち、に問いかけたわけではないようだ。問われても、答える事など出来ない。
例えば私マディック・ラザンの如き無能者でさえオラクルの端くれであるのに何故、聖女たる自分がそうではないのか、という思いは確かにあるだろう。
「信仰を憎むあたしに、神様が力を授けてくれるわけがない……ふふっ。それは確かに、その通りよね……」
アマリアが天を仰ぐ。
ゆらりと佇む、その嫋やかな全身から一瞬、炎のようなものが立ちのぼった。
「力……アイアンのような力が、あたしに有りさえすれば……こんな、聖女になんかならなくたって……!」
炎、ではない。瘴気であった。
「くそったれな信仰なんてもの、この手で根こそぎ破壊出来る! そう、この力があればぁあああああッ!」
アマリアの全身で、燃え盛る瘴気が膨張する。
聖女の優美な細身が、禍々しく巨大化したかのようでもある。瘴気で構成された、巨大な怪物がそこに出現していた。
不定形の巨体の中核を成したまま、アマリアは微笑んでいる。
「オラクルの力なんて要らない……もっと素晴らしい力、ここにあるもの……」
揺らめく瘴気が、太陽の紅炎の如く燃え伸びて避難民一家を襲う。
私は跳躍し、飛び込んだ。身体が勝手に動いただけだ。人助けの意思など微塵もない。
瘴気が、私を直撃した。紅炎の如き揺らめきが、いくらかは勢いを失い、避難民たちに届かなかった。
「逃げろ……!」
叫びながら、私は血を吐いて街道に倒れ伏した。体内が何箇所も破裂している。
避難民の一家が、言われるまでもなく逃げ去って行く。父親と母親が、子供たちを抱え運ぶ。
私を叩きのめした事になど気付かぬまま、聖女アマリアは巨大な瘴気をまとい揺らめかせ、笑い叫ぶ。
「ミトラース、ヘルメス! アクアディーネ! 神様なんて連中は結局、人をトチ狂わせるだけ! 馬鹿どものバカな行いに言い訳を与えるだけ! それが信仰! 潰してやる、全部あたしが潰してやる!」
涙を、流しながらだ。
護衛の聖戦士たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。逃げ去って行く。
「待て……」
私の声は、もはや届かない。
「お前たち……我々の使命を、忘れたのか……」
届かぬ声を、私は漏らし続けた。
「聖女を、護れ……聖女を……悪魔に、変えてはならんのだ……誰か……」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリースの撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
アクア神殿の女性神官アマリア・カストゥール(非オラクル。ヨウセイ、17歳)がイブリースに変わりました。これを討伐して下さい。普通に戦って倒していただければ自動的に浄化が完了し、生きたまま元に戻ります。
アマリアの攻撃手段は瘴気の放出(魔遠、単または範または全。BSカース2、ポイズン2)のみ。
場所は平坦な街道上。時間帯は真昼。
オラクルの軽戦士マディック・ラザンがイブリースの眼前で死にかけていますので、可能であれば助けてあげるのも良いかも知れませんが能力的には戦力外なので戦わせる事は出来ません。
最初のターンで回復を施してあげない限り、彼はそのまま死亡します。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
アクア神殿の女性神官アマリア・カストゥール(非オラクル。ヨウセイ、17歳)がイブリースに変わりました。これを討伐して下さい。普通に戦って倒していただければ自動的に浄化が完了し、生きたまま元に戻ります。
アマリアの攻撃手段は瘴気の放出(魔遠、単または範または全。BSカース2、ポイズン2)のみ。
場所は平坦な街道上。時間帯は真昼。
オラクルの軽戦士マディック・ラザンがイブリースの眼前で死にかけていますので、可能であれば助けてあげるのも良いかも知れませんが能力的には戦力外なので戦わせる事は出来ません。
最初のターンで回復を施してあげない限り、彼はそのまま死亡します。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年03月03日
2020年03月03日
†メイン参加者 8人†
●
藍色と桃色の瞳で、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)は思わず睨みつけていた。
「……まだ、そんなもの持っていたんですか」
「いずれ雑巾にでもしようと思ってな。その前の、最後のお役目だ」
言いつつ『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)は、猛獣の頭部にフードを被った。
血染めの法衣。シャンバラの、魔女狩りの正装である。
「ヨウセイを煽るには、この格好が一番だからな」
「……わたしもヨウセイなんですけど」
「頭に来たんなら、後ろから呪い殺してくれて構わねえぜ」
「……そんな事しません。わたし……あなたが何人ものヨウセイを助けてくれた事、知ってます」
「逃げ回るだけの連中を相手にしても面白くねえってだけよ」
ロンベルは戦斧を構え、見据えた。ティルダと同じ、ヨウセイの少女を。
「狩るなら、こう……憎悪剥き出しで暴れてやがる、本物の魔女に限るぜ」
本物の魔女。確かに、そうとしか言い得ぬ有り様なのか。
優美な細身は、絶大な瘴気を紅炎の如く立ちのぼらせ、まるで地上に出現した太陽のようである。
聖女と呼ばれていたヨウセイが、魔女と化している。そんな光景を睨み、ロンベルは吼えた。
「アマリア・カストゥール! 俺を見ろ!」
魔女狩りの装いを、アマリアが睨み返す。禍々しく燃え盛る眼光。
ロンベルは牙を剥き、笑った。
「どうよ懐かしいだろ? 俺を、ぶち殺したくてしょうがないだろうが!」
太陽の如き瘴気の塊と化したアマリア・カストゥールが、何か叫んだようである。意味を成さぬ憎悪の絶叫。
それと共に、瘴気の紅炎が激しく伸びてロンベルを襲う……否、その寸前。
「アマリア・カストゥール……救いましょう、貴女を」
巨大な十字架が、地面に叩き付けられた。『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)の、力強い細腕によってだ。
「貴女自身が、救いを拒んだとしても……!」
衝撃の波動が、大量の土を舞い上げ蹴散らしてアマリアを直撃する。
聖女の細い肢体を内包する瘴気の塊が、激しく揺らいで後退りをした。
そこへ、疾駆する狼のような人影が襲いかかる。『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)だった。
「それは、救わなくていい理由にならないからっ!」
小さく鋭利な拳が、瘴気の塊を穿つ。
そこへアンジェリカが、暴風巻き起こす十字架の一撃を打ち込んでゆく。鮮血の如き瘴気の飛沫を飛び散らせながら、アマリアが苦痛と怒りの絶叫を張り上げる。
その間、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、アマリアに殺されかけていた1人の要救助者を掴んで引きずって来た。
「しっかりして、ブラザー!」
「……し……シスター・エルシー……」
マディック・ラザンが、絶望している。
「……そうか……私は、死ぬのだな……」
「殺しはしませんが、どうでしょう。その失礼な口で、スカーレットインパクトでも喰らってみます?」
「やめたまえ、シスター」
いくらか慌てて止めに入ったのは、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。
「……喰らわせる相手は、あちらだ」
「そ、そうみたいですね」
エルシーが気圧されるほどに、アマリアは瘴気を燃え上がらせている。
何本もの悪しき紅炎が、毒蛇の動きでエルシーを襲った。
「……何て、禍々しい瘴気……」
その襲撃の全てにエルシーは、手刀を合わせていった。
「そう……貴女、ここまで追い詰められながら一生懸命、聖女を 演じていたんですね……」
紅竜の籠手をまとう手刀が、まさに疾風の刃と化して、瘴気の紅炎をことごとく切り砕く。
「貴女がたヨウセイの痛みと辛さ……わかる、なんて軽々しい事は言えません。言える事は、ただ1つ! こんな暴れ方をしたって何も始まりませんよっ!」
「ああ……凄いわねえ、オラクルの力……」
アマリアがようやく、聞き取れる言葉を発した。
「神様に、そんな力をもらって……ねえ、何をするの? あんたたちは……アクアディーネがぁ、『ヨウセイを皆殺しにしろ!』とか言ったら! やるんだろうがテメエらはああああああッッ!」
悪しき太陽が、膨張した。そう見えた。
瘴気の嵐が、自由騎士たちに向かって吹き荒れる。紅炎にも似たうねりが、ティルダを襲う。
いや。ティルダには届かず、ロンベルを直撃した。血染めの法衣が、さらなる鮮血の汚れを帯びた。
ロンベルが自分を庇ってくれた、ようにもティルダには思えた。
「ロンベルさん……今……」
「ああ畜生……防具としちゃ、いまいち役に立たねえなあ。こいつは……」
ロンベルが、血まみれの牙を剥く。
一方『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は、明らかにエルシーとアンジェリカを庇う動きをしていた。いくつもの瘴気の紅炎を、盾と槍で受け防ぎ弾く。甲冑の上から、直撃を喰らう。
「……言わないよ。アクアディーネ様は、そんな事……」
血を吐きながら、ナバルは言った。
「……言われたって、オレたちはやらない……ま、あんたは信じないだろうけどな……」
「信じないでしょうけど言っておきますよ、聖女アマリア」
言葉と共に『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が踏み込んで行く。
「神様が私たちにもたらしてくれたのは、力のきっかけに過ぎません。それを自分の力として鍛え上げてきたのは、エルシー・スカーレット自身です」
彼女の美しく鋭利な五指が、牙の形を成した。獅子の咆哮にも似た気の奔流が、掌から迸ってアマリアを直撃する。
瘴気の塊が、激しく歪み、揺らいだ。ミルトスはなおも言う。
「私と彼女が、どれだけ過酷な実戦稽古を重ねてきたのか……ま、言葉で教えようって気はありませんけどね。とにかく、何の苦労もなく神様からもらった力、みたいな言い草は改めてもらいますよ」
「私、シスター・ミルに3回は殺されかけてます」
「え……そんなに?」
エルシーが、瘴気の塊に拳を打ち込む。真紅の波動を帯びた拳撃。
マディックの口ではなく、アマリアの身体に『緋色の衝撃』が叩き込まれていた。大量の瘴気が、血飛沫のように飛散した。
「……それで開眼したのが、この技ですよ。絶対開眼、ぜつ☆がん! です」
「ぬかせ! お前らオラクル、所詮は神とかいうクソッタレどもの兵隊でしかないんだよ!」
アマリアが吼える。
「神様に言われりゃ何でもやる、で何もかも神様のせいにする! それが信仰ってもんだろ、違うかよ! 違うのかよぉおおおおおっ!」
「いいぞ、それでいい。もっと吼えろ」
ロンベルが、戦斧を叩き付けていった。
「イブリース化なんてのは、きっかけでしかねえ。いつかは剥がれるメッキが、前倒しで引っぺがされただけなんだよアマリア・カストゥール! てめえは元々こういうバケモノだったって事だ!」
重い一撃を喰らって、瘴気の塊がひしゃげて歪む。
そこに、氷の荊が絡み付いた。
「アマリアさん、あなた……オラクルに、なりたかったですか?」
藍花晶の杖をかざし、氷の荊を制御しながら、ティルダは問いかけた。
「オラクルの力が、欲しかった……ですか?」
「前はね……でも今は違う。オラクルの力なんて、要らない……」
瘴気の太陽が、氷の荊に切り裂かれながら、氷の荊を溶かしちぎった。
「だぁってオラクルってバカしかいないんだもの! ミトラースみたいなクソ化け物を神様だなんて祭り上げて、自分で考えるって事やめちまった脳足りんども……ああ、自分で考えてアレ? だったら尚更どうしようもねえ!」
アマリアが怒り狂っているのか笑っているのか、ティルダはわからなかった。
「そんなバカどもより、ずっと素晴らしい力! 今、あたしのもの!」
「その力を手に入れて……あなた幸せですか? 嬉しいですか? わたしには、とてもそうは見えません」
「私にも、です」
ティルダに続いて、ミルトスが言った。
「私が言っても説得力皆無ですが……力だけで解決出来る事って案外、多くはないですよ?」
●
絶望の中にあってマディック・ラザンは、人を守る心を決して失う事はなかった、挫折を経て、成長したのだ。
比べて自分はどうか。200年も生きていながら何か成長したのだろうか、とマグノリアは思ってしまう。思いながら、医療魔導『パナケア』を施す。
「これで、死ぬ事はないだろう。安静にしていたまえ」
「……感謝する……だが……」
マグノリアの細腕で支えられたまま、マディックが呻く。
「私ごとき戦力外に、治療を施すなど……魔力の無駄遣いではないのか?」
「君は、人を守った。僕たちの誰も出来なかった事だ」
「私は……別に……」
「身体が勝手に動いてしまったのだろう? つまり、それが君の本質という事だよ」
マディックの肩を軽く叩きながら、マグノリアは戦場を見やった。
瘴気の紅炎が、ナバルを打ち据えている。血飛沫を散らす、最強の盾。
その陰から、エルシーとアンジェリカが疾風の如く駆け出して、瘴気の太陽に拳と十字架を叩き込む。
防御と攻撃。理想的な役割分担である。
「あんなふうに……僕たちはアマリア・カストゥールを、力で止める事は出来る。だけど彼女を……彼女の心を守れるのは、君だけだ」
マグノリアは立ち上がった。
カノンが、獅子の咆哮にも似た気の一撃で、アマリアを歪め吹っ飛ばしたところである。
自分も、仲間たちの戦いに合流せねばならない。マグノリアは歩き出した。
「マディック・ラザン。君の事を僕は勝手に気にかけていたけれど、もう心配はしていないよ」
吹っ飛んだアマリアが、即座に立ち上がって瘴気を膨張させる。悪しき紅炎が、自由騎士たちを襲う。
足早に歩を進めながら、マグノリアは片手で拳銃を作った。華奢な人差し指が、魔弾を放つ。
強毒の炸薬が、アマリアを直撃し爆発する。大量の瘴気が、血飛沫のように飛散した。
「さて……アクアディーネなら、この現状。どうするかな……」
●
マグノリアの『パナケア』が、負傷した全身に染み渡る。
「……こうして治せば治すほど、君は無茶をしてしまうのかな?」
「無茶でも何でもオレは……アマリアに、もう誰も傷付けさせはしない……!」
ナバルは歯を食いしばり、瘴気の紅炎を盾で受けた。痛撃が、盾や甲冑の上から容赦無く浸透して来る。
「お前……自分のしている事、考えてみろアマリア・カストゥール! お前は何がしたかったんだ!」
ナバルは耐え、踏みとどまった。
「神様に、なりたかったのか! あのミトラースと同じ神様に! 違うだろぉおおおおッ!」
叫ぶナバルの横を、血まみれの猛虎が駆けた。ロンベルだった。戦斧が、暴風を巻き起こす。
その一撃が、瘴気の太陽を叩き斬った。
マグノリアは声をかける。
「ロンベル、君も随分と傷を負っているようだが……治療を」
「……悪いな御老体、気持ちだけもらっとくわ」
ロンベルは言った。
「死にかけの方が……俺ぁ、力が出せるんでなあ……」
「程々にね」
両断されたかに見えた瘴気の塊が、勢い弱める事なく紅炎を伸ばし放つ。
それをかいくぐって、カノンが疾駆した。
「オラクルだから……誰かを救えるわけじゃないよ? ねえアマリア。君がしてきた事で、救われた人は確かにいるんだ。あそこにいるマディックさんだってそう、君がそんな姿になっても逃げなかったじゃない!」
小さな拳が、瘴気の太陽を突き上げる。昇竜の勢いだった。
「この拳が砕くもの、君の憎しみと悲しみでありますように!」
鐘の音が、鳴り響いた。
砕け散った瘴気の飛沫を放散しながら、アマリアがよろめき、だが踏みとどまり、吼える。意味を持たぬ憎悪の咆哮。それと共に瘴気が燃え上がり、ミルトスを直撃する。
鮮血をぶちまけながら、しかしミルトスは踏み込んでいた。
「私がね、シスター・エルに……5回くらい殺されかけて、会得した技が! これです!」
「え……そ、そんなに?」
ブラキウム・トゥーレをまとう拳が、敵の攻撃と交差しながら一閃し、瘴気の塊を穿ち裂く。
完璧な、カウンターであった。
「力に飲まれた者は、自身の力によって滅ぶのみ……」
「……滅びて……結構……」
血を吐きながら、アマリアは吼えた。
「お前らも……一緒に、滅びろぉおおおおおおおッッ!」
「全てを滅ぼして……それで、あなたは満足ですか?」
ティルダの声と共に、瘴気の太陽が歪み潰れてゆく。見えざる巨人の手で、掴まれたかのように。
「あなたの復讐は、その程度ですか? わたしは違いますよ。ミトラースを、シャンバラを、一生許しはしません」
片手を掲げ、たおやかな五指で見えざる何かを握り潰しながら、ティルダは言った。
呪いの、握撃。
圧し潰されゆく瘴気の塊の中から、アマリアの細い身体が搾り出され、倒れ伏す。
「……生きて、アマリアさん。わたしと一緒に復讐をしましょう。ミトラースを、シャンバラの人たちを、ずっと見返していきましょう」
●
「神様に逆らう奴を……片っ端から殺しまくるのが、あんたらオラクルの使命なんでしょ……」
ティルダの膝の上で、アマリアが呻く。
「何で……あたしを、殺さないわけ……?」
「オラクルの使命は、人を救う事です。そして貴女は人です」
ミルトスは答えた。
「アマリア・カストゥール、貴女はヨウセイですけど……普通の人、です。私が思っていたより、ずっと」
「何を……」
言いかけたアマリアに、カノンが言葉をかける。
「神様を信じる事は出来なくても、自分自身を信じる事はやめないで」
ちらり、とカノンがマディック・ラザンに視線を投げる。
「ほらアマリア。君はね、少なくとも1人のオラクルを救ったんだよ」
「……見直した、とは言っておくぞマディック・ラザン」
ナバルが言った。
「こんな言い方はあれだけど、あんたの力でも必要だ。オレたちと一緒に戦ってくれ」
「私は……」
「覚悟、決めな」
ロンベルが、マディックの背中を叩く。死んでしまう、とミルトスは思った。
「生き残っちまった以上、戦うしかねえんだよ」
「まずは鍛え直さないと。頑張りましょうね、ブラザー」
エルシーが、マディックの肩を叩く。間違いなく死んだ、とミルトスは思った。
ティルダの膝から起き上がれぬアマリアの傍で、アンジェリカが膝をついた。
「いかなる理由であろうと……貴女を守ろうとする者がいるという事、どうか忘れないで下さい」
言いつつアンジェリカが、懐から小さな書物を取り出す。アクアディーネの聖典であろうか。
「確かに神は、全ての人をお救い給うわけではありません。ですが……美味しいものは、全ての悩める心を救います」
それをアンジェリカは、アマリアに押し付けた。アンジェリカ個人の聖典であった。
「貴女のゆく道に、美味と光あらん事を……らーめん」
「ら、らーめん!?」
ティルダが困惑している。
「カノンもね、これあげるよ。よく拝んでねアマリアちゃん」
エルシーが血相を変えた。
「そ、それって……アクアディーネ様の!」
「うふふふ、幻のメイド服バージョン! ほら、見えそで見えない絶妙のポージング。正真正銘エルトンちゃんの作品だよー」
「どこで手に入れたんですかあああっ!」
そんな会話の輪から1人、外れて、空を見上げている少年がいた。いや少女か。
ミルトスは声をかけた。
「どうしたんですか? マグノリアさん」
「アマリアは……どうやら、捨てられたようだね」
誰に捨てられたのかは、ミルトスにもわかる。
「幻想種……マグノリアさん、そう言ってましたね」
「ミルトス。君は、彼をどう見る?」
「話は通じそうな人でしたけど……」
髑髏の仮面を、ミルトスは思い返した。
「……会話が出来る敵って、考えてみたら恐いですね。私たちの言い分を理解してくれた上で、なお譲れぬものを持っているとしたら」
「そう……あとは、戦うしかない」
この場にいない相手を、マグノリアは見据えている。
「僕の考えが正しければ、あの男は……先程までのアマリア以上に、信仰というものを敵視している」
●
髑髏の仮面、岩山のような巨体。鋼の聖杖。
死神を思わせる巨漢と、『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)は対峙していた。
「アマリア・カストゥール……ではなく、私に狙いを定めたか」
「アマリアは確かに放っておけないが、あの連中に任せておけば心配ない」
オルパは言った。
「それより、あんたの動きの方が気になってな」
「何もせんよ。今は、まだな」
死神のような巨漢は、言った。
「……まさか、イブリース化が起こるとは思わなかった。どこまでも不運、哀れな聖女よ」
「助けに行ってやらないのか?」
「貴様と同意見よ。あの者たちに任せておけば、心配はない」
巨漢は、仮面を外した。
髑髏の仮面と、あまり変わり映えしない素顔が現れた。深い眼窩の奥で燃え盛る眼球、鋭い牙。
「……アマリア・カストゥールは、もはや用済みだ。お前たち自由騎士団に保護されて、せいぜい安寧に暮らせば良い。あやつのおかげで、まあ見るべきものは見えた」
「あんた、オーガー……いや。トロール、だな」
「我が部族にも神はいる。我らトロールの心の中にのみ、存在する神……」
巨大な拳を、トロールは分厚い胸板に当てた。祈りの仕草であった。
「……それで良い、とは思わぬか自由騎士よ。神とは、実在などしてはならんのだ。ミトラースを見よ、ヘルメスを見よ。実存の神は、人間を殺戮と破滅にしか導かぬ」
トロールは、ゆらりと背を向けた。
「その殺戮が……幻想種などと一括りに扱われる我らに及ぶのは、もはや時間の問題ではないのか」
藍色と桃色の瞳で、『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)は思わず睨みつけていた。
「……まだ、そんなもの持っていたんですか」
「いずれ雑巾にでもしようと思ってな。その前の、最後のお役目だ」
言いつつ『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)は、猛獣の頭部にフードを被った。
血染めの法衣。シャンバラの、魔女狩りの正装である。
「ヨウセイを煽るには、この格好が一番だからな」
「……わたしもヨウセイなんですけど」
「頭に来たんなら、後ろから呪い殺してくれて構わねえぜ」
「……そんな事しません。わたし……あなたが何人ものヨウセイを助けてくれた事、知ってます」
「逃げ回るだけの連中を相手にしても面白くねえってだけよ」
ロンベルは戦斧を構え、見据えた。ティルダと同じ、ヨウセイの少女を。
「狩るなら、こう……憎悪剥き出しで暴れてやがる、本物の魔女に限るぜ」
本物の魔女。確かに、そうとしか言い得ぬ有り様なのか。
優美な細身は、絶大な瘴気を紅炎の如く立ちのぼらせ、まるで地上に出現した太陽のようである。
聖女と呼ばれていたヨウセイが、魔女と化している。そんな光景を睨み、ロンベルは吼えた。
「アマリア・カストゥール! 俺を見ろ!」
魔女狩りの装いを、アマリアが睨み返す。禍々しく燃え盛る眼光。
ロンベルは牙を剥き、笑った。
「どうよ懐かしいだろ? 俺を、ぶち殺したくてしょうがないだろうが!」
太陽の如き瘴気の塊と化したアマリア・カストゥールが、何か叫んだようである。意味を成さぬ憎悪の絶叫。
それと共に、瘴気の紅炎が激しく伸びてロンベルを襲う……否、その寸前。
「アマリア・カストゥール……救いましょう、貴女を」
巨大な十字架が、地面に叩き付けられた。『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)の、力強い細腕によってだ。
「貴女自身が、救いを拒んだとしても……!」
衝撃の波動が、大量の土を舞い上げ蹴散らしてアマリアを直撃する。
聖女の細い肢体を内包する瘴気の塊が、激しく揺らいで後退りをした。
そこへ、疾駆する狼のような人影が襲いかかる。『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)だった。
「それは、救わなくていい理由にならないからっ!」
小さく鋭利な拳が、瘴気の塊を穿つ。
そこへアンジェリカが、暴風巻き起こす十字架の一撃を打ち込んでゆく。鮮血の如き瘴気の飛沫を飛び散らせながら、アマリアが苦痛と怒りの絶叫を張り上げる。
その間、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、アマリアに殺されかけていた1人の要救助者を掴んで引きずって来た。
「しっかりして、ブラザー!」
「……し……シスター・エルシー……」
マディック・ラザンが、絶望している。
「……そうか……私は、死ぬのだな……」
「殺しはしませんが、どうでしょう。その失礼な口で、スカーレットインパクトでも喰らってみます?」
「やめたまえ、シスター」
いくらか慌てて止めに入ったのは、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。
「……喰らわせる相手は、あちらだ」
「そ、そうみたいですね」
エルシーが気圧されるほどに、アマリアは瘴気を燃え上がらせている。
何本もの悪しき紅炎が、毒蛇の動きでエルシーを襲った。
「……何て、禍々しい瘴気……」
その襲撃の全てにエルシーは、手刀を合わせていった。
「そう……貴女、ここまで追い詰められながら一生懸命、聖女を 演じていたんですね……」
紅竜の籠手をまとう手刀が、まさに疾風の刃と化して、瘴気の紅炎をことごとく切り砕く。
「貴女がたヨウセイの痛みと辛さ……わかる、なんて軽々しい事は言えません。言える事は、ただ1つ! こんな暴れ方をしたって何も始まりませんよっ!」
「ああ……凄いわねえ、オラクルの力……」
アマリアがようやく、聞き取れる言葉を発した。
「神様に、そんな力をもらって……ねえ、何をするの? あんたたちは……アクアディーネがぁ、『ヨウセイを皆殺しにしろ!』とか言ったら! やるんだろうがテメエらはああああああッッ!」
悪しき太陽が、膨張した。そう見えた。
瘴気の嵐が、自由騎士たちに向かって吹き荒れる。紅炎にも似たうねりが、ティルダを襲う。
いや。ティルダには届かず、ロンベルを直撃した。血染めの法衣が、さらなる鮮血の汚れを帯びた。
ロンベルが自分を庇ってくれた、ようにもティルダには思えた。
「ロンベルさん……今……」
「ああ畜生……防具としちゃ、いまいち役に立たねえなあ。こいつは……」
ロンベルが、血まみれの牙を剥く。
一方『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は、明らかにエルシーとアンジェリカを庇う動きをしていた。いくつもの瘴気の紅炎を、盾と槍で受け防ぎ弾く。甲冑の上から、直撃を喰らう。
「……言わないよ。アクアディーネ様は、そんな事……」
血を吐きながら、ナバルは言った。
「……言われたって、オレたちはやらない……ま、あんたは信じないだろうけどな……」
「信じないでしょうけど言っておきますよ、聖女アマリア」
言葉と共に『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)が踏み込んで行く。
「神様が私たちにもたらしてくれたのは、力のきっかけに過ぎません。それを自分の力として鍛え上げてきたのは、エルシー・スカーレット自身です」
彼女の美しく鋭利な五指が、牙の形を成した。獅子の咆哮にも似た気の奔流が、掌から迸ってアマリアを直撃する。
瘴気の塊が、激しく歪み、揺らいだ。ミルトスはなおも言う。
「私と彼女が、どれだけ過酷な実戦稽古を重ねてきたのか……ま、言葉で教えようって気はありませんけどね。とにかく、何の苦労もなく神様からもらった力、みたいな言い草は改めてもらいますよ」
「私、シスター・ミルに3回は殺されかけてます」
「え……そんなに?」
エルシーが、瘴気の塊に拳を打ち込む。真紅の波動を帯びた拳撃。
マディックの口ではなく、アマリアの身体に『緋色の衝撃』が叩き込まれていた。大量の瘴気が、血飛沫のように飛散した。
「……それで開眼したのが、この技ですよ。絶対開眼、ぜつ☆がん! です」
「ぬかせ! お前らオラクル、所詮は神とかいうクソッタレどもの兵隊でしかないんだよ!」
アマリアが吼える。
「神様に言われりゃ何でもやる、で何もかも神様のせいにする! それが信仰ってもんだろ、違うかよ! 違うのかよぉおおおおおっ!」
「いいぞ、それでいい。もっと吼えろ」
ロンベルが、戦斧を叩き付けていった。
「イブリース化なんてのは、きっかけでしかねえ。いつかは剥がれるメッキが、前倒しで引っぺがされただけなんだよアマリア・カストゥール! てめえは元々こういうバケモノだったって事だ!」
重い一撃を喰らって、瘴気の塊がひしゃげて歪む。
そこに、氷の荊が絡み付いた。
「アマリアさん、あなた……オラクルに、なりたかったですか?」
藍花晶の杖をかざし、氷の荊を制御しながら、ティルダは問いかけた。
「オラクルの力が、欲しかった……ですか?」
「前はね……でも今は違う。オラクルの力なんて、要らない……」
瘴気の太陽が、氷の荊に切り裂かれながら、氷の荊を溶かしちぎった。
「だぁってオラクルってバカしかいないんだもの! ミトラースみたいなクソ化け物を神様だなんて祭り上げて、自分で考えるって事やめちまった脳足りんども……ああ、自分で考えてアレ? だったら尚更どうしようもねえ!」
アマリアが怒り狂っているのか笑っているのか、ティルダはわからなかった。
「そんなバカどもより、ずっと素晴らしい力! 今、あたしのもの!」
「その力を手に入れて……あなた幸せですか? 嬉しいですか? わたしには、とてもそうは見えません」
「私にも、です」
ティルダに続いて、ミルトスが言った。
「私が言っても説得力皆無ですが……力だけで解決出来る事って案外、多くはないですよ?」
●
絶望の中にあってマディック・ラザンは、人を守る心を決して失う事はなかった、挫折を経て、成長したのだ。
比べて自分はどうか。200年も生きていながら何か成長したのだろうか、とマグノリアは思ってしまう。思いながら、医療魔導『パナケア』を施す。
「これで、死ぬ事はないだろう。安静にしていたまえ」
「……感謝する……だが……」
マグノリアの細腕で支えられたまま、マディックが呻く。
「私ごとき戦力外に、治療を施すなど……魔力の無駄遣いではないのか?」
「君は、人を守った。僕たちの誰も出来なかった事だ」
「私は……別に……」
「身体が勝手に動いてしまったのだろう? つまり、それが君の本質という事だよ」
マディックの肩を軽く叩きながら、マグノリアは戦場を見やった。
瘴気の紅炎が、ナバルを打ち据えている。血飛沫を散らす、最強の盾。
その陰から、エルシーとアンジェリカが疾風の如く駆け出して、瘴気の太陽に拳と十字架を叩き込む。
防御と攻撃。理想的な役割分担である。
「あんなふうに……僕たちはアマリア・カストゥールを、力で止める事は出来る。だけど彼女を……彼女の心を守れるのは、君だけだ」
マグノリアは立ち上がった。
カノンが、獅子の咆哮にも似た気の一撃で、アマリアを歪め吹っ飛ばしたところである。
自分も、仲間たちの戦いに合流せねばならない。マグノリアは歩き出した。
「マディック・ラザン。君の事を僕は勝手に気にかけていたけれど、もう心配はしていないよ」
吹っ飛んだアマリアが、即座に立ち上がって瘴気を膨張させる。悪しき紅炎が、自由騎士たちを襲う。
足早に歩を進めながら、マグノリアは片手で拳銃を作った。華奢な人差し指が、魔弾を放つ。
強毒の炸薬が、アマリアを直撃し爆発する。大量の瘴気が、血飛沫のように飛散した。
「さて……アクアディーネなら、この現状。どうするかな……」
●
マグノリアの『パナケア』が、負傷した全身に染み渡る。
「……こうして治せば治すほど、君は無茶をしてしまうのかな?」
「無茶でも何でもオレは……アマリアに、もう誰も傷付けさせはしない……!」
ナバルは歯を食いしばり、瘴気の紅炎を盾で受けた。痛撃が、盾や甲冑の上から容赦無く浸透して来る。
「お前……自分のしている事、考えてみろアマリア・カストゥール! お前は何がしたかったんだ!」
ナバルは耐え、踏みとどまった。
「神様に、なりたかったのか! あのミトラースと同じ神様に! 違うだろぉおおおおッ!」
叫ぶナバルの横を、血まみれの猛虎が駆けた。ロンベルだった。戦斧が、暴風を巻き起こす。
その一撃が、瘴気の太陽を叩き斬った。
マグノリアは声をかける。
「ロンベル、君も随分と傷を負っているようだが……治療を」
「……悪いな御老体、気持ちだけもらっとくわ」
ロンベルは言った。
「死にかけの方が……俺ぁ、力が出せるんでなあ……」
「程々にね」
両断されたかに見えた瘴気の塊が、勢い弱める事なく紅炎を伸ばし放つ。
それをかいくぐって、カノンが疾駆した。
「オラクルだから……誰かを救えるわけじゃないよ? ねえアマリア。君がしてきた事で、救われた人は確かにいるんだ。あそこにいるマディックさんだってそう、君がそんな姿になっても逃げなかったじゃない!」
小さな拳が、瘴気の太陽を突き上げる。昇竜の勢いだった。
「この拳が砕くもの、君の憎しみと悲しみでありますように!」
鐘の音が、鳴り響いた。
砕け散った瘴気の飛沫を放散しながら、アマリアがよろめき、だが踏みとどまり、吼える。意味を持たぬ憎悪の咆哮。それと共に瘴気が燃え上がり、ミルトスを直撃する。
鮮血をぶちまけながら、しかしミルトスは踏み込んでいた。
「私がね、シスター・エルに……5回くらい殺されかけて、会得した技が! これです!」
「え……そ、そんなに?」
ブラキウム・トゥーレをまとう拳が、敵の攻撃と交差しながら一閃し、瘴気の塊を穿ち裂く。
完璧な、カウンターであった。
「力に飲まれた者は、自身の力によって滅ぶのみ……」
「……滅びて……結構……」
血を吐きながら、アマリアは吼えた。
「お前らも……一緒に、滅びろぉおおおおおおおッッ!」
「全てを滅ぼして……それで、あなたは満足ですか?」
ティルダの声と共に、瘴気の太陽が歪み潰れてゆく。見えざる巨人の手で、掴まれたかのように。
「あなたの復讐は、その程度ですか? わたしは違いますよ。ミトラースを、シャンバラを、一生許しはしません」
片手を掲げ、たおやかな五指で見えざる何かを握り潰しながら、ティルダは言った。
呪いの、握撃。
圧し潰されゆく瘴気の塊の中から、アマリアの細い身体が搾り出され、倒れ伏す。
「……生きて、アマリアさん。わたしと一緒に復讐をしましょう。ミトラースを、シャンバラの人たちを、ずっと見返していきましょう」
●
「神様に逆らう奴を……片っ端から殺しまくるのが、あんたらオラクルの使命なんでしょ……」
ティルダの膝の上で、アマリアが呻く。
「何で……あたしを、殺さないわけ……?」
「オラクルの使命は、人を救う事です。そして貴女は人です」
ミルトスは答えた。
「アマリア・カストゥール、貴女はヨウセイですけど……普通の人、です。私が思っていたより、ずっと」
「何を……」
言いかけたアマリアに、カノンが言葉をかける。
「神様を信じる事は出来なくても、自分自身を信じる事はやめないで」
ちらり、とカノンがマディック・ラザンに視線を投げる。
「ほらアマリア。君はね、少なくとも1人のオラクルを救ったんだよ」
「……見直した、とは言っておくぞマディック・ラザン」
ナバルが言った。
「こんな言い方はあれだけど、あんたの力でも必要だ。オレたちと一緒に戦ってくれ」
「私は……」
「覚悟、決めな」
ロンベルが、マディックの背中を叩く。死んでしまう、とミルトスは思った。
「生き残っちまった以上、戦うしかねえんだよ」
「まずは鍛え直さないと。頑張りましょうね、ブラザー」
エルシーが、マディックの肩を叩く。間違いなく死んだ、とミルトスは思った。
ティルダの膝から起き上がれぬアマリアの傍で、アンジェリカが膝をついた。
「いかなる理由であろうと……貴女を守ろうとする者がいるという事、どうか忘れないで下さい」
言いつつアンジェリカが、懐から小さな書物を取り出す。アクアディーネの聖典であろうか。
「確かに神は、全ての人をお救い給うわけではありません。ですが……美味しいものは、全ての悩める心を救います」
それをアンジェリカは、アマリアに押し付けた。アンジェリカ個人の聖典であった。
「貴女のゆく道に、美味と光あらん事を……らーめん」
「ら、らーめん!?」
ティルダが困惑している。
「カノンもね、これあげるよ。よく拝んでねアマリアちゃん」
エルシーが血相を変えた。
「そ、それって……アクアディーネ様の!」
「うふふふ、幻のメイド服バージョン! ほら、見えそで見えない絶妙のポージング。正真正銘エルトンちゃんの作品だよー」
「どこで手に入れたんですかあああっ!」
そんな会話の輪から1人、外れて、空を見上げている少年がいた。いや少女か。
ミルトスは声をかけた。
「どうしたんですか? マグノリアさん」
「アマリアは……どうやら、捨てられたようだね」
誰に捨てられたのかは、ミルトスにもわかる。
「幻想種……マグノリアさん、そう言ってましたね」
「ミルトス。君は、彼をどう見る?」
「話は通じそうな人でしたけど……」
髑髏の仮面を、ミルトスは思い返した。
「……会話が出来る敵って、考えてみたら恐いですね。私たちの言い分を理解してくれた上で、なお譲れぬものを持っているとしたら」
「そう……あとは、戦うしかない」
この場にいない相手を、マグノリアは見据えている。
「僕の考えが正しければ、あの男は……先程までのアマリア以上に、信仰というものを敵視している」
●
髑髏の仮面、岩山のような巨体。鋼の聖杖。
死神を思わせる巨漢と、『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)は対峙していた。
「アマリア・カストゥール……ではなく、私に狙いを定めたか」
「アマリアは確かに放っておけないが、あの連中に任せておけば心配ない」
オルパは言った。
「それより、あんたの動きの方が気になってな」
「何もせんよ。今は、まだな」
死神のような巨漢は、言った。
「……まさか、イブリース化が起こるとは思わなかった。どこまでも不運、哀れな聖女よ」
「助けに行ってやらないのか?」
「貴様と同意見よ。あの者たちに任せておけば、心配はない」
巨漢は、仮面を外した。
髑髏の仮面と、あまり変わり映えしない素顔が現れた。深い眼窩の奥で燃え盛る眼球、鋭い牙。
「……アマリア・カストゥールは、もはや用済みだ。お前たち自由騎士団に保護されて、せいぜい安寧に暮らせば良い。あやつのおかげで、まあ見るべきものは見えた」
「あんた、オーガー……いや。トロール、だな」
「我が部族にも神はいる。我らトロールの心の中にのみ、存在する神……」
巨大な拳を、トロールは分厚い胸板に当てた。祈りの仕草であった。
「……それで良い、とは思わぬか自由騎士よ。神とは、実在などしてはならんのだ。ミトラースを見よ、ヘルメスを見よ。実存の神は、人間を殺戮と破滅にしか導かぬ」
トロールは、ゆらりと背を向けた。
「その殺戮が……幻想種などと一括りに扱われる我らに及ぶのは、もはや時間の問題ではないのか」