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疑義

●神
今、天津朝廷の中枢で一つの議題が持ち上がっていた。
「これ以上は、無理なのではございませぬか?」
新築されたばかりのアマノホカリの御座において、公卿の一人が言った。
「いやいや、待たれよ。それではここまで隠し通した意味が失せましょうぞ」
また、別の公卿が言う。
「言われることは百も承知。されど、すでに限界に近うござりましょう?」
そう詰められると、反論した側の公卿もぐっと言葉に詰まる。
そして両者の視線は、奥座にましますアマノホカリへと注がれた。
「「アマノホカリ様」」
「……うむ」
アマノホカリの大きな耳は、小さく動く。
その目からは、この場にいる十数名の朝廷の中核をなす貴族達。
そして自分の隣には、関白を務める吉備真比呂が控えている。
「真比呂」
「は」
「そなたはどのように考える」
促されて、真比呂はアマノホカリにこうべを垂れたまま、間を置かずに答えた。
「アマノホカリ様のお考えのままになさるのがよろしいかと」
「お待ちください、真比呂様! このようなときにこそあなたのお考えが――」
「お控え召されよ」
公卿の一人が声を荒げようとするも、真比呂はそれをピシャリと制止した。
「畏れ多くもこの場は神の御前にて、声を大にするなど無礼の極み。卿も朝廷の臣たる身でありますれば、立ち居振る舞い一つにも気をつけられますよう、お頼み申し上げる」
「うぐ……、御無礼仕った。平にご容赦を」
その公卿は頭を下げて、引き下がった。
だが、その瞳には真比呂に対する抗議の念が消えずにしっかり残っている。
「真比呂」
アマノホカリに呼ばれ、真比呂がこうべを垂れてそちらを向いた。
「は」
「余は、心苦しいぞ」
神の声は、ほとんどうめき声であった。
「辛いのだ。こちらから助けを求めておきながら、余は、我らは、彼らをずっと謀り続けている。そのことを、余は心より苦しく思っている。真比呂よ、わかってくれるか?」
「…………」
「だが、言ってはならぬ。――そうだな?」
その問いに、真比呂は答えず、たださらに深く頭を下げるのみ。
「わかっておる。余はアマノホカリ。この地の和を担うべく再臨した神であるゆえ」
決然と告げる神に、天津朝廷の重臣達は、もう、何も言えなかった。
●何
「……最悪だな」
イ・ラプセル、水鏡階差機関の前にて。
ジョセフ・クラーマーは額に手を当て、深く深くため息をついた。
「アマノホカリが神ではない疑惑が出ている」
よりによって、水鏡がアマノホカリの御座での会話を予知してしまったのだ。
「予知自体は先週のこと。御座での会話は昨日行なわれたと見られている。今の今まで招集がかからなかったのは、どう対処するべきかで上がかなり揉めたからだ」
それは当然だろう、と、集められた自由騎士達は思った。
何せ、今回の相手は敵ではなく味方。しかも、人ではなく神である。
アマノホカリとの同盟は、神から神への手紙である神書を発端としている。
仮に、アマノホカリが神ではない場合、そもそも神書からして、偽造されたものであったということになる。それは、両国間の信頼をも揺るがしかねない重大事件だ。
「アマノホカリは何かを隠している。それは、確定事項だ」
ジョセフが皆に言う。
「では、何を隠しているのか。それが問題だ」
「普通に尋ねるのではダメなのか?」
「シラを切り通されて終わりであろうな。何せ、物的な証拠が皆無だ」
水鏡が予知したことを告げても、通用はしないだろう。
予知は絶対であるのかどうか、という点で、イ・ラプセル側が断言できないからだ。
「じゃあ、どうする?」
「カマをかける」
ジョセフの返答に、自由騎士達は驚く。
「神アマノホカリにこちらの推測を直接ぶつけるのだ。それが当たっていればよし、外れていても、こちらが朝廷に疑念を抱いている事実を叩きつけることができる」
「いや、しかし……」
自由騎士の一人が狼狽する。
確かに、ジョセフの言う通りではあるだろう。しかし、それはむしろこちらから両国間の同盟を壊しにかかることにならないだろうか。
「認識をたがえるな。我らは弁明される側で、彼らは弁明する側なのだ。何某かの事実の隠匿が確実となった以上、それを追求せねば両国の同盟は泡と消え果てるぞ」
絶対に逃がしてはならない。今後も、よき隣人であるために。
最後にそれだけ告げて、ジョセフは自由騎士と共にアマノホカリに向かった。
今、天津朝廷の中枢で一つの議題が持ち上がっていた。
「これ以上は、無理なのではございませぬか?」
新築されたばかりのアマノホカリの御座において、公卿の一人が言った。
「いやいや、待たれよ。それではここまで隠し通した意味が失せましょうぞ」
また、別の公卿が言う。
「言われることは百も承知。されど、すでに限界に近うござりましょう?」
そう詰められると、反論した側の公卿もぐっと言葉に詰まる。
そして両者の視線は、奥座にましますアマノホカリへと注がれた。
「「アマノホカリ様」」
「……うむ」
アマノホカリの大きな耳は、小さく動く。
その目からは、この場にいる十数名の朝廷の中核をなす貴族達。
そして自分の隣には、関白を務める吉備真比呂が控えている。
「真比呂」
「は」
「そなたはどのように考える」
促されて、真比呂はアマノホカリにこうべを垂れたまま、間を置かずに答えた。
「アマノホカリ様のお考えのままになさるのがよろしいかと」
「お待ちください、真比呂様! このようなときにこそあなたのお考えが――」
「お控え召されよ」
公卿の一人が声を荒げようとするも、真比呂はそれをピシャリと制止した。
「畏れ多くもこの場は神の御前にて、声を大にするなど無礼の極み。卿も朝廷の臣たる身でありますれば、立ち居振る舞い一つにも気をつけられますよう、お頼み申し上げる」
「うぐ……、御無礼仕った。平にご容赦を」
その公卿は頭を下げて、引き下がった。
だが、その瞳には真比呂に対する抗議の念が消えずにしっかり残っている。
「真比呂」
アマノホカリに呼ばれ、真比呂がこうべを垂れてそちらを向いた。
「は」
「余は、心苦しいぞ」
神の声は、ほとんどうめき声であった。
「辛いのだ。こちらから助けを求めておきながら、余は、我らは、彼らをずっと謀り続けている。そのことを、余は心より苦しく思っている。真比呂よ、わかってくれるか?」
「…………」
「だが、言ってはならぬ。――そうだな?」
その問いに、真比呂は答えず、たださらに深く頭を下げるのみ。
「わかっておる。余はアマノホカリ。この地の和を担うべく再臨した神であるゆえ」
決然と告げる神に、天津朝廷の重臣達は、もう、何も言えなかった。
●何
「……最悪だな」
イ・ラプセル、水鏡階差機関の前にて。
ジョセフ・クラーマーは額に手を当て、深く深くため息をついた。
「アマノホカリが神ではない疑惑が出ている」
よりによって、水鏡がアマノホカリの御座での会話を予知してしまったのだ。
「予知自体は先週のこと。御座での会話は昨日行なわれたと見られている。今の今まで招集がかからなかったのは、どう対処するべきかで上がかなり揉めたからだ」
それは当然だろう、と、集められた自由騎士達は思った。
何せ、今回の相手は敵ではなく味方。しかも、人ではなく神である。
アマノホカリとの同盟は、神から神への手紙である神書を発端としている。
仮に、アマノホカリが神ではない場合、そもそも神書からして、偽造されたものであったということになる。それは、両国間の信頼をも揺るがしかねない重大事件だ。
「アマノホカリは何かを隠している。それは、確定事項だ」
ジョセフが皆に言う。
「では、何を隠しているのか。それが問題だ」
「普通に尋ねるのではダメなのか?」
「シラを切り通されて終わりであろうな。何せ、物的な証拠が皆無だ」
水鏡が予知したことを告げても、通用はしないだろう。
予知は絶対であるのかどうか、という点で、イ・ラプセル側が断言できないからだ。
「じゃあ、どうする?」
「カマをかける」
ジョセフの返答に、自由騎士達は驚く。
「神アマノホカリにこちらの推測を直接ぶつけるのだ。それが当たっていればよし、外れていても、こちらが朝廷に疑念を抱いている事実を叩きつけることができる」
「いや、しかし……」
自由騎士の一人が狼狽する。
確かに、ジョセフの言う通りではあるだろう。しかし、それはむしろこちらから両国間の同盟を壊しにかかることにならないだろうか。
「認識をたがえるな。我らは弁明される側で、彼らは弁明する側なのだ。何某かの事実の隠匿が確実となった以上、それを追求せねば両国の同盟は泡と消え果てるぞ」
絶対に逃がしてはならない。今後も、よき隣人であるために。
最後にそれだけ告げて、ジョセフは自由騎士と共にアマノホカリに向かった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.アマノホカリの隠し事を暴く
ノーマルのはずなのに難易度的にはインフェルノ。
どうも、吾語です。
アマノホカリが何かを隠しています。
それは、かなり重大な事実です。
さて、アマノホカリが隠している重大な事実とは何でしょうか!
ただそれだけの簡単な内容ですね。
なので、皆さんに求められるのは「隠し事の内容を予想しする」だけです。
とはいえ、それだけだとさすがにとっかかりもないでしょうし、
幾つかこちらからヒントを提示します。
ヒント1「神」。
ヒント2「水鏡」。
ヒント3「神アマノホカリはどの種族にも該当しません」。
以上です。簡単すぎたかもしれない。
では、皆さんのプレイングをお待ちしています。
どうも、吾語です。
アマノホカリが何かを隠しています。
それは、かなり重大な事実です。
さて、アマノホカリが隠している重大な事実とは何でしょうか!
ただそれだけの簡単な内容ですね。
なので、皆さんに求められるのは「隠し事の内容を予想しする」だけです。
とはいえ、それだけだとさすがにとっかかりもないでしょうし、
幾つかこちらからヒントを提示します。
ヒント1「神」。
ヒント2「水鏡」。
ヒント3「神アマノホカリはどの種族にも該当しません」。
以上です。簡単すぎたかもしれない。
では、皆さんのプレイングをお待ちしています。

状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
2個
4個
4個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
5/6
5/6
公開日
2021年02月13日
2021年02月13日
†メイン参加者 5人†

●見
再建が終わったばかりの、御所でのことであった。
「……宴、ですか?」
自由騎士から切り出された提案に、関白・吉備真比呂は片眉を上げる。
「はい、できるうちにしておくべきかと」
真比呂と相対し、それを告げたのは『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)である。彼は単身アマノホカリに乗り込み、そのように提案した。
「先頃の神アマノホカリ様への襲撃もあって、民はおそらく不安を抱えているはず。加えて、敵への警戒もあって年始の挨拶もできていないと聞いております」
「それは、確かに……」
「で、あるのならば、小さくとおよいので一度宴席を設け、そこにアマノホカリ様においでいただき、民に向けて神は健在である、というアピールをするのも一つの手かと」
淀みなく、流れるようにして、しかし言葉には力を込めて、テオドールは進言する。
真比呂は背筋を伸ばしたまま彼を睥睨している。
その視線の圧、感じながらも平伏した姿で、テオドールは一切退かない。
「わかった、やろう」
だが、承諾の言葉は真比呂ではなく、その後ろに控えている神当人より。
「アマノホカリ様……」
「真比呂。余が再臨したるはいかなりし儀によるものぞ?」
「それは、かの改国派共に荒らされし、このアマノホカリの窮状を憂いてのこと」
「然様。なればこそ、余自らが民に不安を抱かせては本末転倒。違うか?」
これは、お諫めしても無駄、か。真比呂は悟る。
「わかりました。では、宴席を設けましょう。無論、そちらも」
彼はチラリとテオドールを見る。
「ええ、当然、出席いたします。我が国と貴国の紐帯の固さを示す意味でも」
かくして、無事、宴は開かれることとなった。
●宴
ジョセフ・クラーマーにはイ・ラプセル直々に禁酒令が発令された。
法的拘束力を持ち、破れば罰則すら発生するという、かなりガチなヤツである。
「何故だ」
「何故だもクソもあるか」
憮然とする彼に『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が呆れた調子でそう言って、絶対飲むなよ、と念を押してくる。
「それは、いわゆる前フ――」
「違ェわ」
違ったらしい。
「大一番の前なのに、随分とリラックスしているね」
そこに、今回の宴に参加する『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が声をかけてくる。こちらは、幾ばくかの緊張が見て取れた。
「ま、やることは決まってんだ。命の取り合いに比べれば楽は楽だろ」
「それはそれで、大した落ち着きように思えますけれど」
軽く息をついて、『未来を切り拓く祈り』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が宴の開始を待つ。場所はアマノホカリの御所。
すでに、他の自由騎士などもそちらに向かっているところだ。
宴自体は、規模の小さいものとなった。
しかしそこには神が直々に参加し、宴が行なわれたという話はのちに大々的に広められることになっている。それにより、民の不安を慰撫することが狙いだ。
「そろそろ時間ですね。私達も行きましょうか」
『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が言うと、丁度そこにやってきたテオドールが、皆へと改めて今回の主目的を告げる。
「神アマノホカリの隠していることを暴く。それが今回の目的であることを、忘れないでおいてくれたまえ。これは、非常に重要なミッションである。その自覚を持ってほしい」
「むむむ……、やるだけやってみましょう」
ちょっと悩む仕草を見せるマリア。考えるのは苦手だが、やらねばなるまい。
そして、宴の時間がやってくる。
「では行くか。頼むぞ、皆」
「おまえは酒飲むんじゃねぇぞ、ジョセフ」
「……解せぬ」
またしてもウェルスに釘を刺され、眉間にしわがよるジョセフであった。
●和
宴会場は、御所の一角にある広い部屋が用意された。
畳が敷き詰められたそこに、アマノホカリの郷土料理が大量に並べられている。
宴席ということもあって本日は基本、無礼講。
酒もしっかりと準備万端で、朝廷も自由騎士も入り混じっての大宴会となっていた。
「規模の小さい宴会、とは……」
「市井の民が加わっていないのだから、規模は小さい方ではないかね」
呟くアンジェリカに、テオドールがそう返す。
言われてみれば確かに、と、アンジェリカ含め、自由騎士達は納得した。
「さて、では勝負と行こうではないか」
テオドールが見つめる先には、部屋の最奥、わざわざ設けられた一段高い台の上に正座している神アマノホカリと、その傍らで静かに酒を飲んでいる真比呂の姿。
「さて、では――」
「まずは私から行かせていただきましょうか」
進み出たのは、アンジェリカであった。
彼女は濁り酒の入った瓶を手に、真比呂らの方へと歩み進んでいく。
「楽しんでらっしゃいますか?」
「おお、これはアンジェリカ殿。実に楽しい宴であるぞ」
勇名轟くアンジェリカに、アマノホカリは柔らかく微笑む。
真比呂を交え、アンジェリカとアマノホカリはしばし歓談する。それによって、他の自由騎士もそこに混じりやすい空気が形成された。
「行こう」
「はい」
マグノリアとマリアが、そこに加わっていく。
「やぁやぁ、皆さん、お加減はいかがですかな?」
そして何食わぬ顔で、テオドールも輪の中に入って、ウェルスは近くで酒を飲み始めた。
話題は、先頃の神殲組によるアマノホカリへの襲撃について。
「危なかったですね、あれは」
「思い出したくもない……。しかし、皆の助力もあって、余はここに立っておる」
「ええ、そうですね。しかしながら、今となっては日頃からの備えも必要です」
「確かにのう……」
アンジェリカの言葉にうなずきながら、アマノホカリが焼き魚をつまむ。
「ですので、備えの一つとしてここはおまじないなどいかがでしょう?」
来た。
自由騎士達は思う。アンジェリカの試そうとしている確認方法の一つだ。
アマノホカリ小さな出血を伴うおまじないを薦め、それによってその身が生物か否かを確かめる、という趣向なのだが――、
「それは、辞退させていただきましょう」
おまじないの中身を聞いて、断ったのは神ではなく真比呂だった。
「あら、それはどうして?」
「逆にお尋ねしますが、我が国の者が貴国の神に斯様な提案をした場合、止めに入らぬと?」
「……それは」
アンジェリカは即答できなかった。
下手を打った。神アマノホカリがフレンドリーだったこともあり、少し緩んでいた。しかし内実はわからずとも、今のアマノホカリは神としてこの場にいる。
神は、国の象徴である。
その身に傷を作る行為は、いかなるものであろうとも、その神を象徴とする国の民が看過できるはずがないのだ。アクアディーネを害することを、自由騎士が許さないように。
「失礼いたしました。悪乗りが過ぎたようですね」
アンジェリカは動揺を表に出さないよう努めて、頭を下げた。
しかし、これで真比呂はこちらを警戒しただろうか。
自由騎士達の間に、若干気まずい空気が流れる。そんな中、マグノリアが切り込んだ。
「そういえば、真比呂には妹がいるらしいね」
「はい、今は遠き里に疎開させております。真紀那と申しますが」
「そうか、そうなんだね」
「……何か?」
うなずくマグノリアに、真比呂はいぶかしむように目を細める。
マグノリアは、狙いを目の前の朝廷最高職関白にさだめているようだ。
周りの自由騎士達が見守る中、マグノリアはさらに深く踏み込もうとする。
「僕達と君達の同盟は慈善事業じゃない。当然、見返りを求めることにもなるよ」
「それは重々承知しておりますとも。しかし、今は危急のとき。まずは宇羅幕府と鉄血共を退かねば、対価に関する話も出来ぬ有様。それにつきましては、お恥ずかしい限りですが」
「――神の蠱毒については、知っているよね?」
「話は聞いておりますが……」
何故そこで急に、とでも言いたげな真比呂に、マグノリアは淡々と告げていく。
「神の蠱毒がある以上、もしこの国を平定したら、僕達は今度は――」
そして、その視線が真比呂からアマノホカリへと。
「……ッ!」
真比呂の目が大きく見開かれる。確かな手応え。だが、
「然らば申そう。この国の平安を取り戻せるのなら、余の命など喜んで差し出す、と」
アマノホカリ本人が、決然とそれを告げる。
神自身がそう語っている以上、イ・ラプセルとアマノホカリの戦争は起きない。
最初から、神が降伏を選択しているのだから。
マグノリアの試みが、不発に終わった瞬間である。しかし、まだ諦めない。
「僕は、虚無に赴いた神がこの世に戻ってこれるとは思えないんだ」
「突然……、何を?」
「それに、あの御所での襲撃のとき、僕は確かに聞いた。アマノホカリが真比呂のことを『にいさま』と呼んでいたのを。神は、そうつぶやいていた。聞き違いはないよ」
告げてしまう、その事実。そしてマグノリアは真比呂の表情をつぶさに観察するが、
「聞き違いでしょう」
一蹴された。
「あれほどの鉄火場です。自由騎士の皆様も心乱れておられたことでしょう。自らにとっては確かでも、さて、それは果たして第三者に対しても確かであると証明できるのでしょうか」
「でも、僕は確かに――」
「失礼ながらお尋ねしますが、この宴席を催した意味は、つまりソレなのですね?」
マグノリアを遮り、真比呂はその場に集まった自由騎士に笑みを向ける。
テオドールが小さくかぶりを振る。
「ここまでだな。我々は少し、性急に過ぎたようだ」
●答
「しかし、今さらこの宴を中止されるとは言いますまいな。神が参加する、この宴を」
真比呂に酒宴の真の目的を見破られた。
が、だから何だというのだろうか。すでに宴会は始まっているのである。
テオドールがほくそ笑んだ。
「ここで神が何らかの理由で席を空ければ、民は何と噂するでしょうな。神は健在なりと知らしめるはずの宴の席で、だが、神は途中から退かれてしまわれた、とは」
「……なるほど、そこまで見越しての宴の上奏でしたか」
マグノリアが見ても一切変化がなかった真比呂の顔つきが、そのときはじめて変わる。
「一体、何を企んでおいでなのか」
「それは、こちらのセリフ、なんですよね……」
表情を不快げに歪ませる真比呂に、だが、マリアが小声ながらも彼に反論する。
「真比呂さんは、何を隠してるんですか……?」
「隠している、とは?」
しかし、真比呂はさすがの面の皮か、すでに表情も平静に戻っている。
「仕方がないな」
ジョセフが観念したように息をついた。
「こちらは問う側、暴く側だ。まずはこちらから推論を提示せねば、話は進むまい」
「……暴く側とは穏かではありませんね」
「そうだな、水鏡にそちらが何かを隠しているとの予知が出た以上、穏かではいられん」
真比呂を受け手のジョセフの返しに、神アマノホカリもはっと息を飲む。
「水鏡とは、そのようなことまで……」
「神が作ったものに、我々の常識は通用しないであろうね」
テオドールが肩をすくめる。
「ふむ、よろしい。確かに、今さらアマノホカリ様を中座させるワケにもいきません。そこは、見事にそちらの策にはまってしまったようだ。ならば、このまま話を続けましょう」
真比呂がアマノホカリをちらりと見つつ、声を固くして話を進める。
自由騎士が暴く側。ならば、アマノホカリの隠し事に対する推論を示さねばならない。
「私は、アマノホカリ様は、さっき真比呂さんが言ってた、妹のマキナさんだと思います」
そして、いの一番に切り込んだのが、マリアであった。
「なるほど……、ですがアマノホカリ様はそちらでいうノウブルではありませんが?」
「それは、妹さんの体の中に、アマノホカリ様が宿っているとか……」
「ならばそれは神なのでは? 神の魂を宿す人、それを神と呼んで、何の問題が?」
「うう、確かに……」
マリアの推論は、だが、真比呂の顔色を一つも変えられず、砕かれてしまった。
「順当に考えれば、ケモノビトに神を名乗らせているのだろうが……」
次に推論を示したのは、テオドールだ。が、
「余はケモノビトではないぞ。調べさせてやってもよい」
これは、アマノホカリ当人が否を突きつける。
「それで客人たるそなたらの疑いを晴らせるのならば、余は喜んで協力しよう」
そう言って笑うアマノホカリの笑顔に、誰も偽りを感じ取れなかった。
そこまで言うからには、アマノホカリはケモノビトではなさそうだ。いや、それならば一体、どの種族に該当するというのか。逆に謎が深まってしまった。
「では、幻想種のたぐいでは? 神州ヤオヨロズという方々もいらっしゃるのでしょう?」
「土地守、ですか」
アンジェリカの出した推論は、なるほど、筋は通っている。
人の言葉を喋ることができる幻想種もいるこの世界、ましてやアマノホカリは特に幻想種が多い土地柄で、それも相まって過激カルト教団連合体などというゲテモノも存在する。
だが――、
「アマノホカリ様は幻想種ではありません。これも、幾らでもお調べいただいて結構」
関白たる吉備真比呂は涼しい顔でそう言い切る。
その、あまりにも確固たる断言っぷりは、自由騎士達に強い説得力を感じさせた。
幻想種ではない。皆がそう思った。
そして、自由騎士達の推理は袋小路に落ちかける。
「――それで、終わりですか?」
尋ねてくる真比呂の声には、勝利の響き。
アマノホカリは、やはり、神なのか。自由騎士達は、半ばそう思い始めていた。
「証拠見せろ」
だがそこに、これまでずっと沈黙を保っていた彼が、口を開いた。
ウェルスである。
「は? 証拠、とは?」
聞き返す真比呂に、彼は言う。
「デウスギアだよ、デウスギア」
酒を飲み、料理を頬張りながら、口に出した要求は単純そのものだった。
「神なんだろ? あるだろ? 神造兵器がさ。それ見せてくれ。それ見れば、疑いなんて晴れるだろ? なぁ、みんな。何てったって、デウスギアはこれ以上ない神の証明だ」
まさに、ウェルスの言う通りであった。
アマノホカリは神だ。神ならば、神造兵器は必ずあるはずだ。
「まさか、今さら見せてくれない、なんてことはねぇよな? そっちだって水鏡の効果は知ってるだろ? だったら、こっちだって知っていいはずだ。対等なんだから」
「それは……」
「できねぇんだろ?」
ウェルスが、竹串の先で真比呂を指して、笑う。
「テオドールが言ってたじゃねぇか、神が作ったものに俺達の常識は通用しないって。……だったら、あってもおかしくねぇんじゃねぇか、生きてるデウスギア、とかもよ」
「生きている……」
「デウスギア、だと!」
彼が示した推論に、マグノリアが呆け、テオドールが驚愕する。
「そうさ。目の前のアマノホカリ様自体が、神アマノホカリのデウスギア。そう考えれば、そこの関白サンの自信にも納得がいくだろ。俺達程度が調べたって、わかるワケがない」
そしてウェルスが、アマノホカリと真比呂を交互に見た。
「違うなら、違うと言えよ。そして見せてくれ。アマノホカリの神造兵器を」
「…………」
その言葉に、返ってくるのは沈黙。
「前に神サンと話したとき、神造兵器は最後の手段だって言ってた。もうあの時点で、おまえらはその最後の手段を使ったあとだったのさ。だから、答えられなかったんだ」
「真比呂……」
重ねて言うウェルスに、アマノホカリが不安げな声を出す。
そして、真比呂は――、
「投了、ですな」
ついに認めた。
「……真比呂、にいさま」
アマノホカリの姿をした者が、真比呂のことを兄と呼ぶ。
「よいのだ、真紀那。いずれはこうなっていた。おまえは、よくやってくれた」
「では、やはり……?」
「然様。まさにそちらのウェルス殿の言われていた通りにて。慧眼、感服いたしました」
周りにそうとわからぬ程度に、真比呂が自由騎士に頭を下げる。
「この身は、神アマノホカリが遺せし神造兵器です。その用途は、神の影武者です」
アマノホカリ――、いや、真比呂の妹である真紀那が声を小さくしてそう明かした。
「影武者、人形……。導瑠璃、そういうことか」
アマノホカリには、魔力にて人形を操る伝統芸能が伝わっている。
このアマノホカリを模した生体人形こそ、その伝統芸能の原典となったものである。
「――これを用いるは神に対する無礼なれど、用いねば我らは倒れていたでしょう」
アマノホカリの演技をやめて、真紀那が言って表情を沈ませる。
その仕草、表情の変化、どう見ても人形ではない。神といわれれば納得するしかない。
とても人形とは思えない圧倒的なまでの完成度。まさに神の造形だ。
「今は宴の最中ですので、この話は皆様にのみ。のち、改めて謝罪をさせていただきます」
「その言葉が聞ければ、我々としても安心できます」
テオドールが、柔らかく笑った。
かくして、宴は大盛況のうちに幕を閉じた。
のちのことを、少し記そう。
まず、アマノホカリの正体を偽っていた事実は、民に対しては伏せられた。
悪影響が大きすぎるからだ。明かすとしても、それは戦後になるだろう。
イ・ラプセルには、朝廷から正式な謝罪があった。
しかし、戦いの最中にある今、状況はそう大きく変化しない。
だからこれは、ケジメの問題である。
「――ごめんなさい」
悪いことをしたら素直にそう言える相手を、無碍にはしない自由騎士達であった。
再建が終わったばかりの、御所でのことであった。
「……宴、ですか?」
自由騎士から切り出された提案に、関白・吉備真比呂は片眉を上げる。
「はい、できるうちにしておくべきかと」
真比呂と相対し、それを告げたのは『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)である。彼は単身アマノホカリに乗り込み、そのように提案した。
「先頃の神アマノホカリ様への襲撃もあって、民はおそらく不安を抱えているはず。加えて、敵への警戒もあって年始の挨拶もできていないと聞いております」
「それは、確かに……」
「で、あるのならば、小さくとおよいので一度宴席を設け、そこにアマノホカリ様においでいただき、民に向けて神は健在である、というアピールをするのも一つの手かと」
淀みなく、流れるようにして、しかし言葉には力を込めて、テオドールは進言する。
真比呂は背筋を伸ばしたまま彼を睥睨している。
その視線の圧、感じながらも平伏した姿で、テオドールは一切退かない。
「わかった、やろう」
だが、承諾の言葉は真比呂ではなく、その後ろに控えている神当人より。
「アマノホカリ様……」
「真比呂。余が再臨したるはいかなりし儀によるものぞ?」
「それは、かの改国派共に荒らされし、このアマノホカリの窮状を憂いてのこと」
「然様。なればこそ、余自らが民に不安を抱かせては本末転倒。違うか?」
これは、お諫めしても無駄、か。真比呂は悟る。
「わかりました。では、宴席を設けましょう。無論、そちらも」
彼はチラリとテオドールを見る。
「ええ、当然、出席いたします。我が国と貴国の紐帯の固さを示す意味でも」
かくして、無事、宴は開かれることとなった。
●宴
ジョセフ・クラーマーにはイ・ラプセル直々に禁酒令が発令された。
法的拘束力を持ち、破れば罰則すら発生するという、かなりガチなヤツである。
「何故だ」
「何故だもクソもあるか」
憮然とする彼に『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が呆れた調子でそう言って、絶対飲むなよ、と念を押してくる。
「それは、いわゆる前フ――」
「違ェわ」
違ったらしい。
「大一番の前なのに、随分とリラックスしているね」
そこに、今回の宴に参加する『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が声をかけてくる。こちらは、幾ばくかの緊張が見て取れた。
「ま、やることは決まってんだ。命の取り合いに比べれば楽は楽だろ」
「それはそれで、大した落ち着きように思えますけれど」
軽く息をついて、『未来を切り拓く祈り』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が宴の開始を待つ。場所はアマノホカリの御所。
すでに、他の自由騎士などもそちらに向かっているところだ。
宴自体は、規模の小さいものとなった。
しかしそこには神が直々に参加し、宴が行なわれたという話はのちに大々的に広められることになっている。それにより、民の不安を慰撫することが狙いだ。
「そろそろ時間ですね。私達も行きましょうか」
『みつまめの愛想ない方』マリア・カゲ山(CL3000337)が言うと、丁度そこにやってきたテオドールが、皆へと改めて今回の主目的を告げる。
「神アマノホカリの隠していることを暴く。それが今回の目的であることを、忘れないでおいてくれたまえ。これは、非常に重要なミッションである。その自覚を持ってほしい」
「むむむ……、やるだけやってみましょう」
ちょっと悩む仕草を見せるマリア。考えるのは苦手だが、やらねばなるまい。
そして、宴の時間がやってくる。
「では行くか。頼むぞ、皆」
「おまえは酒飲むんじゃねぇぞ、ジョセフ」
「……解せぬ」
またしてもウェルスに釘を刺され、眉間にしわがよるジョセフであった。
●和
宴会場は、御所の一角にある広い部屋が用意された。
畳が敷き詰められたそこに、アマノホカリの郷土料理が大量に並べられている。
宴席ということもあって本日は基本、無礼講。
酒もしっかりと準備万端で、朝廷も自由騎士も入り混じっての大宴会となっていた。
「規模の小さい宴会、とは……」
「市井の民が加わっていないのだから、規模は小さい方ではないかね」
呟くアンジェリカに、テオドールがそう返す。
言われてみれば確かに、と、アンジェリカ含め、自由騎士達は納得した。
「さて、では勝負と行こうではないか」
テオドールが見つめる先には、部屋の最奥、わざわざ設けられた一段高い台の上に正座している神アマノホカリと、その傍らで静かに酒を飲んでいる真比呂の姿。
「さて、では――」
「まずは私から行かせていただきましょうか」
進み出たのは、アンジェリカであった。
彼女は濁り酒の入った瓶を手に、真比呂らの方へと歩み進んでいく。
「楽しんでらっしゃいますか?」
「おお、これはアンジェリカ殿。実に楽しい宴であるぞ」
勇名轟くアンジェリカに、アマノホカリは柔らかく微笑む。
真比呂を交え、アンジェリカとアマノホカリはしばし歓談する。それによって、他の自由騎士もそこに混じりやすい空気が形成された。
「行こう」
「はい」
マグノリアとマリアが、そこに加わっていく。
「やぁやぁ、皆さん、お加減はいかがですかな?」
そして何食わぬ顔で、テオドールも輪の中に入って、ウェルスは近くで酒を飲み始めた。
話題は、先頃の神殲組によるアマノホカリへの襲撃について。
「危なかったですね、あれは」
「思い出したくもない……。しかし、皆の助力もあって、余はここに立っておる」
「ええ、そうですね。しかしながら、今となっては日頃からの備えも必要です」
「確かにのう……」
アンジェリカの言葉にうなずきながら、アマノホカリが焼き魚をつまむ。
「ですので、備えの一つとしてここはおまじないなどいかがでしょう?」
来た。
自由騎士達は思う。アンジェリカの試そうとしている確認方法の一つだ。
アマノホカリ小さな出血を伴うおまじないを薦め、それによってその身が生物か否かを確かめる、という趣向なのだが――、
「それは、辞退させていただきましょう」
おまじないの中身を聞いて、断ったのは神ではなく真比呂だった。
「あら、それはどうして?」
「逆にお尋ねしますが、我が国の者が貴国の神に斯様な提案をした場合、止めに入らぬと?」
「……それは」
アンジェリカは即答できなかった。
下手を打った。神アマノホカリがフレンドリーだったこともあり、少し緩んでいた。しかし内実はわからずとも、今のアマノホカリは神としてこの場にいる。
神は、国の象徴である。
その身に傷を作る行為は、いかなるものであろうとも、その神を象徴とする国の民が看過できるはずがないのだ。アクアディーネを害することを、自由騎士が許さないように。
「失礼いたしました。悪乗りが過ぎたようですね」
アンジェリカは動揺を表に出さないよう努めて、頭を下げた。
しかし、これで真比呂はこちらを警戒しただろうか。
自由騎士達の間に、若干気まずい空気が流れる。そんな中、マグノリアが切り込んだ。
「そういえば、真比呂には妹がいるらしいね」
「はい、今は遠き里に疎開させております。真紀那と申しますが」
「そうか、そうなんだね」
「……何か?」
うなずくマグノリアに、真比呂はいぶかしむように目を細める。
マグノリアは、狙いを目の前の朝廷最高職関白にさだめているようだ。
周りの自由騎士達が見守る中、マグノリアはさらに深く踏み込もうとする。
「僕達と君達の同盟は慈善事業じゃない。当然、見返りを求めることにもなるよ」
「それは重々承知しておりますとも。しかし、今は危急のとき。まずは宇羅幕府と鉄血共を退かねば、対価に関する話も出来ぬ有様。それにつきましては、お恥ずかしい限りですが」
「――神の蠱毒については、知っているよね?」
「話は聞いておりますが……」
何故そこで急に、とでも言いたげな真比呂に、マグノリアは淡々と告げていく。
「神の蠱毒がある以上、もしこの国を平定したら、僕達は今度は――」
そして、その視線が真比呂からアマノホカリへと。
「……ッ!」
真比呂の目が大きく見開かれる。確かな手応え。だが、
「然らば申そう。この国の平安を取り戻せるのなら、余の命など喜んで差し出す、と」
アマノホカリ本人が、決然とそれを告げる。
神自身がそう語っている以上、イ・ラプセルとアマノホカリの戦争は起きない。
最初から、神が降伏を選択しているのだから。
マグノリアの試みが、不発に終わった瞬間である。しかし、まだ諦めない。
「僕は、虚無に赴いた神がこの世に戻ってこれるとは思えないんだ」
「突然……、何を?」
「それに、あの御所での襲撃のとき、僕は確かに聞いた。アマノホカリが真比呂のことを『にいさま』と呼んでいたのを。神は、そうつぶやいていた。聞き違いはないよ」
告げてしまう、その事実。そしてマグノリアは真比呂の表情をつぶさに観察するが、
「聞き違いでしょう」
一蹴された。
「あれほどの鉄火場です。自由騎士の皆様も心乱れておられたことでしょう。自らにとっては確かでも、さて、それは果たして第三者に対しても確かであると証明できるのでしょうか」
「でも、僕は確かに――」
「失礼ながらお尋ねしますが、この宴席を催した意味は、つまりソレなのですね?」
マグノリアを遮り、真比呂はその場に集まった自由騎士に笑みを向ける。
テオドールが小さくかぶりを振る。
「ここまでだな。我々は少し、性急に過ぎたようだ」
●答
「しかし、今さらこの宴を中止されるとは言いますまいな。神が参加する、この宴を」
真比呂に酒宴の真の目的を見破られた。
が、だから何だというのだろうか。すでに宴会は始まっているのである。
テオドールがほくそ笑んだ。
「ここで神が何らかの理由で席を空ければ、民は何と噂するでしょうな。神は健在なりと知らしめるはずの宴の席で、だが、神は途中から退かれてしまわれた、とは」
「……なるほど、そこまで見越しての宴の上奏でしたか」
マグノリアが見ても一切変化がなかった真比呂の顔つきが、そのときはじめて変わる。
「一体、何を企んでおいでなのか」
「それは、こちらのセリフ、なんですよね……」
表情を不快げに歪ませる真比呂に、だが、マリアが小声ながらも彼に反論する。
「真比呂さんは、何を隠してるんですか……?」
「隠している、とは?」
しかし、真比呂はさすがの面の皮か、すでに表情も平静に戻っている。
「仕方がないな」
ジョセフが観念したように息をついた。
「こちらは問う側、暴く側だ。まずはこちらから推論を提示せねば、話は進むまい」
「……暴く側とは穏かではありませんね」
「そうだな、水鏡にそちらが何かを隠しているとの予知が出た以上、穏かではいられん」
真比呂を受け手のジョセフの返しに、神アマノホカリもはっと息を飲む。
「水鏡とは、そのようなことまで……」
「神が作ったものに、我々の常識は通用しないであろうね」
テオドールが肩をすくめる。
「ふむ、よろしい。確かに、今さらアマノホカリ様を中座させるワケにもいきません。そこは、見事にそちらの策にはまってしまったようだ。ならば、このまま話を続けましょう」
真比呂がアマノホカリをちらりと見つつ、声を固くして話を進める。
自由騎士が暴く側。ならば、アマノホカリの隠し事に対する推論を示さねばならない。
「私は、アマノホカリ様は、さっき真比呂さんが言ってた、妹のマキナさんだと思います」
そして、いの一番に切り込んだのが、マリアであった。
「なるほど……、ですがアマノホカリ様はそちらでいうノウブルではありませんが?」
「それは、妹さんの体の中に、アマノホカリ様が宿っているとか……」
「ならばそれは神なのでは? 神の魂を宿す人、それを神と呼んで、何の問題が?」
「うう、確かに……」
マリアの推論は、だが、真比呂の顔色を一つも変えられず、砕かれてしまった。
「順当に考えれば、ケモノビトに神を名乗らせているのだろうが……」
次に推論を示したのは、テオドールだ。が、
「余はケモノビトではないぞ。調べさせてやってもよい」
これは、アマノホカリ当人が否を突きつける。
「それで客人たるそなたらの疑いを晴らせるのならば、余は喜んで協力しよう」
そう言って笑うアマノホカリの笑顔に、誰も偽りを感じ取れなかった。
そこまで言うからには、アマノホカリはケモノビトではなさそうだ。いや、それならば一体、どの種族に該当するというのか。逆に謎が深まってしまった。
「では、幻想種のたぐいでは? 神州ヤオヨロズという方々もいらっしゃるのでしょう?」
「土地守、ですか」
アンジェリカの出した推論は、なるほど、筋は通っている。
人の言葉を喋ることができる幻想種もいるこの世界、ましてやアマノホカリは特に幻想種が多い土地柄で、それも相まって過激カルト教団連合体などというゲテモノも存在する。
だが――、
「アマノホカリ様は幻想種ではありません。これも、幾らでもお調べいただいて結構」
関白たる吉備真比呂は涼しい顔でそう言い切る。
その、あまりにも確固たる断言っぷりは、自由騎士達に強い説得力を感じさせた。
幻想種ではない。皆がそう思った。
そして、自由騎士達の推理は袋小路に落ちかける。
「――それで、終わりですか?」
尋ねてくる真比呂の声には、勝利の響き。
アマノホカリは、やはり、神なのか。自由騎士達は、半ばそう思い始めていた。
「証拠見せろ」
だがそこに、これまでずっと沈黙を保っていた彼が、口を開いた。
ウェルスである。
「は? 証拠、とは?」
聞き返す真比呂に、彼は言う。
「デウスギアだよ、デウスギア」
酒を飲み、料理を頬張りながら、口に出した要求は単純そのものだった。
「神なんだろ? あるだろ? 神造兵器がさ。それ見せてくれ。それ見れば、疑いなんて晴れるだろ? なぁ、みんな。何てったって、デウスギアはこれ以上ない神の証明だ」
まさに、ウェルスの言う通りであった。
アマノホカリは神だ。神ならば、神造兵器は必ずあるはずだ。
「まさか、今さら見せてくれない、なんてことはねぇよな? そっちだって水鏡の効果は知ってるだろ? だったら、こっちだって知っていいはずだ。対等なんだから」
「それは……」
「できねぇんだろ?」
ウェルスが、竹串の先で真比呂を指して、笑う。
「テオドールが言ってたじゃねぇか、神が作ったものに俺達の常識は通用しないって。……だったら、あってもおかしくねぇんじゃねぇか、生きてるデウスギア、とかもよ」
「生きている……」
「デウスギア、だと!」
彼が示した推論に、マグノリアが呆け、テオドールが驚愕する。
「そうさ。目の前のアマノホカリ様自体が、神アマノホカリのデウスギア。そう考えれば、そこの関白サンの自信にも納得がいくだろ。俺達程度が調べたって、わかるワケがない」
そしてウェルスが、アマノホカリと真比呂を交互に見た。
「違うなら、違うと言えよ。そして見せてくれ。アマノホカリの神造兵器を」
「…………」
その言葉に、返ってくるのは沈黙。
「前に神サンと話したとき、神造兵器は最後の手段だって言ってた。もうあの時点で、おまえらはその最後の手段を使ったあとだったのさ。だから、答えられなかったんだ」
「真比呂……」
重ねて言うウェルスに、アマノホカリが不安げな声を出す。
そして、真比呂は――、
「投了、ですな」
ついに認めた。
「……真比呂、にいさま」
アマノホカリの姿をした者が、真比呂のことを兄と呼ぶ。
「よいのだ、真紀那。いずれはこうなっていた。おまえは、よくやってくれた」
「では、やはり……?」
「然様。まさにそちらのウェルス殿の言われていた通りにて。慧眼、感服いたしました」
周りにそうとわからぬ程度に、真比呂が自由騎士に頭を下げる。
「この身は、神アマノホカリが遺せし神造兵器です。その用途は、神の影武者です」
アマノホカリ――、いや、真比呂の妹である真紀那が声を小さくしてそう明かした。
「影武者、人形……。導瑠璃、そういうことか」
アマノホカリには、魔力にて人形を操る伝統芸能が伝わっている。
このアマノホカリを模した生体人形こそ、その伝統芸能の原典となったものである。
「――これを用いるは神に対する無礼なれど、用いねば我らは倒れていたでしょう」
アマノホカリの演技をやめて、真紀那が言って表情を沈ませる。
その仕草、表情の変化、どう見ても人形ではない。神といわれれば納得するしかない。
とても人形とは思えない圧倒的なまでの完成度。まさに神の造形だ。
「今は宴の最中ですので、この話は皆様にのみ。のち、改めて謝罪をさせていただきます」
「その言葉が聞ければ、我々としても安心できます」
テオドールが、柔らかく笑った。
かくして、宴は大盛況のうちに幕を閉じた。
のちのことを、少し記そう。
まず、アマノホカリの正体を偽っていた事実は、民に対しては伏せられた。
悪影響が大きすぎるからだ。明かすとしても、それは戦後になるだろう。
イ・ラプセルには、朝廷から正式な謝罪があった。
しかし、戦いの最中にある今、状況はそう大きく変化しない。
だからこれは、ケジメの問題である。
「――ごめんなさい」
悪いことをしたら素直にそう言える相手を、無碍にはしない自由騎士達であった。
†シナリオ結果†
大成功
†詳細†
称号付与
†あとがき†
お疲れさまでした。
いやー、見事な大正解です。すげーや!
真比呂くんではありませんが、感服いたしました。
では、次のシナリオでお会いしましょう!
いやー、見事な大正解です。すげーや!
真比呂くんではありませんが、感服いたしました。
では、次のシナリオでお会いしましょう!
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