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神の国アマノホカリ




 山鳥を1羽、撃ち落とし、血を抜いて捌いて焼いた。ひと仕事前の腹ごしらえには、ちょうど良い。
「相変わらずよ、いい腕してんじゃねえか狼野郎」
 鉄野郎のベドリックが、山鳥の肉を骨ごとかじりながら言った。
 この大男は、身体の右半分がほとんど蒸気鎧装である。
 俺が狼野郎と言われているのは、ケモノビトだからだ。首から上は、イヌ科の獣そのものである。
「ま、俺の腕がいいのは否定しないが」
 俺は、右手で持った山鳥の骨から、肉を食いちぎった。
 左手で、自分の銃を軽く掲げた。
「道具もいい。大したもんだぜ、こいつは」
 この国……アマノホカリの職人たちに、作らせた銃である。
 あんな危なっかしいほど斬れる剣を作っている連中に、銃の製法を教えてみた。期待以上のものが出来上がった。
「鉄野郎、お前の部品も作ってもらったらどうだ」
「へへへ。この右手をよォ、あのバカみてえによく斬れる剣に変えてみんのも悪くねえかなーって」
「……やめておけ、サムライどもの剣技は独特過ぎる。あの剣があれば良いというものではない」
 黙々と肉を食らっていたアフマドが、言った。一応この部隊の隊長である。
「この色々と独特な国をな、我らヴィスマルクの都合に合うよう導いてゆく。空気を作る事で、な」
「空気ですか」
「職人たちを見て気付いたろう、ルゴールよ。このアマノホカリはな、忖度と同調圧力の国だ」
 アフマドが、にやりと笑う。
「長いものに巻かれながら、黙々と働く……それがな、質の良い仕事の結果をもたらす場合が多い。そんな国よ。空気を作る事さえ出来れば、この国の民は決して逆らわない。アマノホカリは、ヴィスマルク最大の工場となるのだ」
「自由騎士の連中は、邪魔しに来ますね」
「それは来る度に撃退するしかないが、自由騎士団への支援となり得る勢力は潰しておかねばならん」
 言いつつアフマドが、山を見上げた。
 磐成山。
 ここに、女神アクアディーネを信仰する者たちが潜んでいて、いくらか反権力的な共同体を成しているという。
 反抗的な民衆が、宗教と結びつく。支配者としては放置しておけぬ事態であろう。
 この地の領主である大名・武村家の軍勢が、もう間もなく、この山を攻める。
 それに乗じて、俺たちは任務を遂行する事となる。
「この山にいる連中、えらく強えって話じゃねえですか」
 ベドリックが言った。
「民衆ども、だけじゃねえ。サムライも大勢いるとか聞きますぜ」
「浪人なんて言われてる奴らだな」
 サムライの全員が、宇羅一族の政権下で良い思いをしているわけではない。負け組は当然いて、こういう所へ流れ込む。
「……鬼がいる、なんて話も聞きますね」
 俺は、不確かな噂話を口にした。
「鬼が浪人どもに混ざって、邪宗門の用心棒をやってるとかいう話。職人連中がしてましたよ」
「オニヒトどもは全員、幕府でいい役職に就いてウハウハな暮らしっぷりじゃねえのか。こんな所へ流れて来る奴なんて」
「いない、とも限るまいよ。宇羅幕府とて一枚岩ではない」
 アフマドが言う。
「まあ何が相手であれ……ここアマノホカリは、イ・ラプセルではなく我らヴィスマルクの領土となる。アクアディーネ信仰など、根付かせるわけにはゆかぬ」


 磐成山。
 山中の岩壁に今、アクアディーネ様が御座す。
 下級神官であった私トマーゾ・ランチェルフが、アクア神殿を追われてアマノホカリに流れ着き、千国大名・八木原家に仕え、その滅亡を見届けて今に至る、数十年の間。拝する事の叶わなかった懐かしきアクアディーネ様の御姿が今、ここにある。
 アマノホカリ風の御装束が、岩でありながら、ふわり、ひらり、と柔らかく躍動しているかのようであった。
 岩の彫像。そんな事は、わかっている。
 彫像でしかないはずのものに、私は今、祈りを捧げていた。信徒たちと共にだ。
 武村家の圧政に虐げられていた、老若男女の農民たち。
 それに、浪人もいる。
「あくあ様……お美しか……」
 がっしりとした若者が1人、私の隣で平伏し、地面に頭突きをしている。
「オイは、ぶった斬るしか出来ん能無しばい……血まみれの魂、あくあ様に見られちょるばい! 恥ずかしか……」
「恥ずかしさに耐えなさい。それが、貴方の贖罪です」
 私は言った。
 益村吾三郎。この山の浪人衆で、恐らくは一番の使い手であろうと私は見ている。
 アマノホカリの最南、殺魔の出身者である。
「天朝様に弓ば引く、宇羅の鬼ども夷狄ども……片っ端からぶった斬るが正義! そう、思うちょりもした……」
 思うだけではなく、この若者はその正義を実行してきた。殺戮を重ねながら、この山に流れ着いたのだ。
「今……あくあ様に叱られた心持ちにごつ……」
「アクアディーネ様は常に我らを、見放す事なく、お叱り下さる。それを忘れぬよう」
 偉そうな事を私が言った、その時。
「……来たぞ、苫三殿」
 鬼が、ずしりと踏み込んで来て告げた。
「武村だったか、領主の軍勢だ。この山を皆殺しにするつもりだな」
「来ましたか……」
 私は立ち上がった。
 山中に、非戦闘員のための避難区域を設けてある。まずは、この信徒たちをそこへ連れて行かねばならない。
「前線は俺たちに任せてもらう。苫三殿は、こいつらを守れ」
 鬼が言った。
 ある時、1人の青年が、この鬼を伴い磐成山を訪れたのだ。聖霊門を通って来た、と言っていた。
 青年は、この岩壁にアクアディーネ様を彫り上げた。
 今は、岩壁の傍らの洞窟に籠もっている。
 僕を守る必要はない、と青年は言った。
 彼は洞窟を出ようとせず、そして洞窟の警護に人を割く余裕も今はない。
「……あくあ様……お許しくいやせ……」
 吾三郎が、ゆらりと立ち上がった。
「この山ば守る、やり方……ぶった斬るしか、オイは思いつかんばい。殺魔隼人の戦いぶり、お目にかけもす。お目汚しにごつ」
 吾三郎は、泣いていた。
「オイは死にもす……あくあ様、どうかアマノホカリ様と仲良うして欲しか……天朝様を、この国を、お守りくいやんせ……」


 非戦闘員を、しっかりと避難させる。それが出来る組織では、あるようだった。
 普段、礼拝に用いているのであろう広場には誰もいない。
 山の表の方から、凄まじい闘争の気配が伝わって来る。武村家の軍勢が攻撃を開始し、この山の主戦力をなす連中が防戦に当たっている。
 山の裏側から、こうして俺たちは侵入を果たした。ヴィスマルクの山岳地帯で生まれ育った俺にとっては、他人の家の庭に忍び込む程度のものである。アフマド隊長たちを先導するのは容易かった。
「すげえな、こいつは……」
 岩壁に彫られたアクアディーネ像を見上げ、ベドリックが息を呑む。
「この山に……アクア神殿がもう1軒、建っちまうようなもんか」
「まさに、その事態を防がねばならん」
 アフマドの言葉に反応したかの如く、その時。
「……誰かな、そこにいるのは」
 洞窟の中から、声が聞こえた。
 聖人の声だ、と俺は思った。
「僕を殺しに来たのなら……入って来るといい。死ぬ前に、アクアディーネについて語り合いたい」
 音も聞こえる。道具で、岩を穿つ音。
 俺は思わず、洞窟に銃口を向けていた。
「……貴様を、殺す」
 浪人だの鬼だのといった連中は、どうでも良い。こいつを、この男だけを、この世から消さなければならない。ヴィスマルク帝国の、覇道のために。
 岩壁のアクアディーネ像を、俺は睨んだ。
「アクアディーネを作れるような奴、生かしておけるわけないだろうが!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.ヴィスマルク軍兵士(8名)の撃破。生死不問。
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 アマノホカリの山中にヴィスマルク軍の部隊が侵入し、ある人物を殺害せんとしております。
 これを阻止して下さい。

 敵の内訳は以下の通り。

●ベドリック・メイヤー(前衛中央)
 キジン、男、22歳。重戦士スタイル。『バッシュLV2』『オーバーブラストLV2』を使用。

●ルゴール・ベス(ベドリックの右側)
 ケモノビト、男、21歳。ガンナースタイル。『ヘッドショットLV2』『バレッジファイヤLV2』を使用。

●格闘士(3名。ベドリックの左側、及び前衛両端)『震撃LV2』『影狼LV2』を使用。

●アフマド・ロウ(後衛中央)
 ノウブル、男、29歳。錬金術スタイル。『パナケアLV2』『ティンクトラの雫LV3』を使用。

●魔導士(後衛左右)『緋文字LV2』『ユピテルゲイヂLV2』を使用。


 場所は山中の広場。時間帯は昼。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
5モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年10月07日

†メイン参加者 6人†




「ふおおおおおおおおおお」
 感嘆の声を発しているのは、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)である。
「あ、アクアディーネ様アマノホカリバージョン……こんなの作れる人、1人しかいないよ……」
「ご本人……ご本神にも、お似合いでしょうね。アマノホカリ風の装束……」
 セアラ・ラングフォード(CL3000634)が、綺麗な顎に片手を当てる。
「……ご覧になったら、何とおっしゃるかしら」
「ね、お土産に何か買って行こうよ。アマノホカリ風の女物!」
 そんなセアラとカノンの言葉を聞きながら『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は、
「こんな……遠くの国の、山の中で……」
 泣いている場合ではない、と言うのに涙が出て来た。
 8名から成るヴィスマルク軍の部隊が、こちらに気付いて戦闘態勢に入っている。
 前衛に立ち、彼らと対峙しながら、エルシーは涙を拭った。
「……アクアディーネ様に、お会い出来るなんて……」
 彫像である。それは、わかっている。
 岩壁に彫り込まれた女神像は、しかし実物のアクアディーネを見慣れているはずの自由騎士の心を震撼させずにはおかなかった。
「この大作……一体どなたの手によるものであるのか、心当たりがあるようにも思えますが」
 巨大な十字架を担ぎ構えながら、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が言った。
「……どなたであろうと、守りますよ」
「守らせん殺す! アクアディーネを作れるような奴、生かしてはおかん!」
 ヴィスマルク軍の銃撃手ルゴール・ベスが、こちらに銃口を向けてくる。
 こちら側からも『ラスボス(HP50)』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が、ルゴールに拳銃を向けていた。
「落ち着けよ狼男。何をそんなに恐がってる」
「ふざけた事をぬかすな熊野郎!」
「ふざけちゃいない。褒めてやってるんだぜ、俺は」
 ウェルスが、にやりと牙を見せる。一瞬だけ、岩壁のアクアディーネ像を見上げる。
「獣のくせに、例えば強い奴に出会って殺されそうな時なんかとは別種の恐怖を感じる。こういうものを見て、恐れおののく。こいつは未曽有の進化だぜ、おい」
 挑発をしながらウェルスは、右手で構えた拳銃に魔力を注ぎ込んでいるようであった。
 左手には、手人形を装着している。女神アクアディーネの人形であった。
「突進する、殺す、奪う。それしか能のないヴィス公がよ、神聖なものを畏れるだけの知性を獲得しやがるとはなあ……何、畏れる事はない。ほぉら、ゔぃすまるくのみなちゃまあ? こわくないでちゅよ〜」
「てめえから先に死にてえか熊野郎!」
 ヴィスマルク軍の重戦士ベドリック・メイヤーが、鉾槍を振りかざして激昂する。
 隊長アフマド・ロウが、叱りつける。
「挑発に乗るな、バカ者が」
「アクアディーネを作れる……か」
 ルゴールの言葉に反応しつつ『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が、たおやかな片手でキラキラと光を振り撒いている。
 水色の瞳が、岩壁の女神像をちらりと見上げる。
「これは彫像であってアクアディーネではない。なのに君は、本物の女神を幻視してしまう」
 自動的な治療回復をもたらす、魔導医療の煌めき。それが、この場の自由騎士6名を包み込む。
「君の心の中に……いるかどうかもわからないヴィスマルクの神、ではなくてアクアディーネが存在してしまっていると。そういう事ではないのかな」
 ルゴールが、ウェルスと睨み合ったまま、マグノリアに対しても牙を剥く。
 なだめるように、アフマドが言った。
「……お察しの通りだ自由騎士団。我々はな、この国にアクアディーネ信仰が根付いてしまう事を恐れている。お前たちは無論、その洞窟の中にいる者も生かしてはおかん」
 岩壁の横にある洞窟。その中から、鑿で岩を穿つ音が聞こえて来る。
 誰が何をしているのかは確認するまでもない、とエルシーは思った。
 疾風が生じた。豊かな狐の尻尾が、ふっさりと泳いだ。
「させませんよ……!」
 アンジェリカの踏み込みであった。獣の力を解き放った肢体が、巨大な十字架を構えながらヴィスマルク軍に激突して行く。
 その十字架から、黄金色の炎が迸った。
 聖なる炎をまとう剣が、十字架から抜き放たれていた。金色に燃える斬撃が、ヴィスマルク兵たちを激しく薙ぎ払う。
 そこへ、砲火の嵐が襲いかかった。
 巨大な十字架が、火を噴いている。炸裂弾の掃射。剛力の細腕で、アンジェリカは斬撃と銃爆撃を同時に行っていた。
 それに、エルシーが続く。
「そう、ここはアクアディーネ様信仰の拠点……言ってみれば、もう1つのアクア神殿です」
 斬撃と爆撃に灼かれるヴィスマルク兵たちを、拳で、蹴りで、強襲する。真夏の日照と大時化を思わせる、嵐の連撃。
 ベドリックが、それに抗ってきた。半機械化した巨体が、負傷を振りきるように踏み込んで来る。
 体当たりで、エルシーは迎え撃った。
「アクア神殿ではね、乱暴狼藉は一切禁止! 絶対厳禁!」
 身体全体で、衝撃を叩き込んでゆく。
 その衝撃が、ベドリックを貫通し、アフマドに命中する。
 よろめく両名に、エルシーは微笑みかけた。
「ぜつ☆げん! ですよ」


 ケモノビトの銃士2名が、ほぼ同時に引き金を引いていた。
 ウェルスとルゴール。両者の銃が、灼熱の弾幕をぶちまける。
 自由騎士団とヴィスマルク軍、双方に銃撃の雨が降り注ぐ。
 全身を切り裂く銃弾の嵐に、セアラは耐えた。
 白い肌に刻み込まれた無惨な傷が、うっすらとではあるが癒えてゆく。最初にマグノリアが施してくれた医療術式である。
 その淡く白い輝きをまといながら、ウェルスがよろめく。
「……なかなか……いいモノ、持ってるじゃねえか」
「……この国の職人どもに、作らせたのよ」
 銃撃で負傷したルゴールが、それでも不敵に笑う。
「連中は凄いぞ。空気を読んで調和を乱さんように気配りをしながら、人殺しの道具をいくらでも作ってくれる!」
 笑い、アマノホカリ製の銃を構えようとするルゴールに、竜巻がぶつかって行った。
「……それだけ、じゃあないよ。この国の人たちはっ」
 カノンだった。
 小さな身体が激しく捻転し、あまり長くはない両脚が超高速で弧を描いてルゴールやベドリックたちを薙ぎ払う。
「カノンもね、この国で作られた色んなものを見たよ。よく斬れる刀、綺麗な着物、蒸気を使ってないのにカタコト動いてお茶を運んだり字を書いたり弓矢射ったりするお人形……みんな、凄いよ」
「この国の方々は……物作りの素晴らしさを、ご存じです」
 魔力を練り上げる事に専念しながら、セアラも言った。
「……貴方がたの思い通りには、なりませんよっ」
「そこをなあ、思い通りにするのが俺らの仕事よぉおッ!」
 ベドリックが、巨大な鉾槍を振るった。
 その重い一撃を、カノンがかわす。
 空振りをした、ように見えた鉾槍が、地面を直撃した。凄まじい衝撃波が、大量の土を舞い上げながら自由騎士団を猛襲する。
 エルシーが、アンジェリカが、カノンとウェルスが、鮮血を飛散させて揺らぐ。
「なるほど、凄まじい力……」
 マグノリアが、何やら液体で満たされた魔導器を軽く掲げる。
「……弱めておく必要が、ありそうだね」
 その液体が溢れ出し拡散し、ヴィスマルク軍を包み込んだ、ように見えた。
 アフマドが嘲笑いながら、こちらに杖を向ける。
「小細工を……!」
 強毒の炸薬が、生成と同時に発射され、マグノリアを直撃する。
 気遣っている余裕は、なかった。アフマドが左右に従えているヴィスマルク軍の魔導士が、同じく杖を構えている。
 とてつもない重力変動の嵐が、マグノリアとセアラを襲った。
 たおやかな全身を捻り潰しに来た重圧に、セアラは耐えた。細い両足で、踏みとどまった。
 アフマドが、動揺を隠さない。
「倒れない……だと」
「……これが、小細工の効果だよ」
 同じく踏みとどまりながら、マグノリアがいくらか苦しげに笑う。
「君たちの力は今、半減している。小細工は……僕の、得意分野でね」
 よろめくマグノリアを庇う格好でセアラは1歩、前に出た。
 そして、舞った。
「貴方がたの……」
 軽やかに躍動する肢体から、錬成を終えた魔力が溢れ出し迸って渦を巻く。
「思い通りに、ならないのはっ……!」
 魔力の大渦が、ヴィスマルク軍を直撃していた。
 ルゴールとベドリックは踏みとどまり、アフマドはよろめき、他の兵士たちは吹っ飛んでいた。
 セアラは微笑みかけた。
「……私たちも、ですよ」


 セアラが美しい両手で合掌し、祈りを捧げている。岩壁に彫られたアクアディーネにだ。
 彫像であるはずの女神が、乙女の聖なる祈りに応え、癒しの奇跡をもたらした。
 カノンには、そう思えた。
 小さな全身あちこちに突き刺さっていた銃弾が、ポロポロとこぼれ落ちてゆく。銃創が、聖なる力を注ぎ込まれ癒え塞がってゆく。
「……アクアディーネ様が、ね。ほら、傍にいてくれるんだよ」
 カノンは左拳を握った。
「自由騎士団が、負けるわけない!」
 その拳が、弧を描く。
 長くはない両脚で、しっかりと踏ん張って大地の反発力を獲得しつつ、小さな身体を捻ってゆく。
 その回転を、反発力を、左拳に宿して叩き込む。おかしな動きを見せようとした、ルゴールの脇腹にだ。
 肋骨を粉砕した感触を、カノンは握り締めた。
「洞窟の中にいる人を……人質に、とか考えたでしょ今」
 血を吐き膝をつくルゴールに語りかけながら、カノンは残心を決めた。
「実戦だからね、そういう手も有りだと思う……けど、させないよ」
「そう……させない。君たちが、この国でしようとしている事は一切ね」
 カノンと同じく、セアラの聖なる治療を受けて立ち上がったマグノリアが、ふわりと繊手を舞わせる。
 アフマドが、後方からルゴールに片手を差し伸べたところである。魔導医療を実行しようとしている。
 だがその前に、マグノリアが嵐を撒いていた。
 綺麗な指先から、猛毒と呪いが嵐となって迸り、ヴィスマルク兵たちを切り裂きながら吹っ飛ばす。
 血飛沫を吹きながら、しかしベドリック1人が踏みとどまっている。
「させねえ……だと……そいつはこっちの台詞よ、ここで! てめえらの、好きにはさせねえ! アマノホカリはなぁ、俺たちヴィスマルクの工場」
 猛る巨体が、へし曲がった。
 アンジェリカが、巨大な十字架を叩き込んでいた。
「もう、おやめなさい。貴方たちにはね、もはやここでアクアディーネ様の御慈悲にすがるしか道はないのです」
 岩壁の女神像を、アンジェリカは見上げた。
「ほら……アクアディーネ様が、そこにいらっしゃいます」
「うるせえ!」
 なおも動こうとするベドリックの巨体が、銃声と同時に硬直した。凍り付いていた。何か一撃を加えたら、砕け散ってしまうだろう。
 そこまではせず、ウェルスは言った。
「お前らヴィス公の神様ってのは……死んじまった、のか? 最初の、あの戦いで。俺は現場に居合わせたわけじゃあないが」
 冷凍弾を射出したばかりの擲弾筒が、ウェルスの大きな両手から崩れ落ちる。1度しか撃てないのが、まあ難点と言えば難点か。
「いるのかいないのかわからん神様にすがって、ただひたすら突っ走る……結果どこへ行き着いちまうんだろうなあ、ヴィスマルクって国は」


「まったく……指揮官の人を、最初にぶち倒しておこうと思ったのに」
 エルシーが、苦笑しながら拳を握る。
「ずいぶん上手く、立ち回ってくれましたねえ。貴方がさりげなく他の人たちを盾にしていたの、ちゃんと見てましたよっ」
「ま、待て……」
 血まみれで狼狽するアフマドの顔面に、エルシーの拳が叩き込まれた。緋色の閃光が、血飛沫と共に散った。
 アフマド以外のヴィスマルク兵は皆、縛り上げられたまま辛うじて生きている。
 解凍されたベドリックに、ウェルスが銃口を突きつけた。
「さて諸君。今ここで死ぬのと後で刑死するの、どちらがいいかな?」
「やめましょう、ウェルス様」
 セアラは言った。
 エルシーが、辛うじて死んではいないアフマドの身体を引きずって来て縛り上げる。
 彼を含めたヴィスマルク兵全員に、セアラは魔導医療の光をきらきらと投げかけた。
「戦いは終わり、誰も死なずに済んだのですよ。今になって誰かを死なせる事に、何の意味がありますか」
「ふふん、セアラ嬢に優しくしてもらう資格のある連中とも思えんが」
 ウェルスが、大きな手で拳銃をくるりと回転させる。
「ま……生かしといて保釈金ぶんどった方が、確かに美味しいもんな」
「ヴィスマルクが、そんなものを払うかどうかはともかく」
 マグノリアが言いつつ、アフマドの顔の覗き込み睨み据える。
「……君たちには訊きたい事がある。今この山を攻めている武村家の軍勢と」
 この磐成山を表側から攻撃している、武村家の軍勢。
 その中に彼女はいるのか、とセアラは思った。
「……もう少し、連携しようという気はなかったのかな?」
「……武村の、殿様ってのは……」
 白目を剥いているアフマドに代わって、ルゴールが答えた。
「……どうしようもない、馬鹿だ。打ち合わせて連携なんか、出来やしねえよ……」
 そんな愚かな領主には、しかし英邁な娘御がいる。
 英邁にして勇猛な姫君。彼女なら、あの駿馬にまたがり軍勢に参加していても、おかしくはない。
 この山への攻め手に、加わっているとしたら。
「……アクアディーネの導き、なのかな」
 声がした。
 1人の痩せた若者が、アンジェリカに導かれ、洞窟から出て来たところである。
「こんな所でも、あなたたちに会えるなんて」
「……やはり君だったか、エルトン・デヌビス」
 マグノリアが、握手を求める。
 その細い手を、エルトン・デヌビスが握り返す。
「またしても……僕を、助けてくれたんだね。ありがとう」
「よくよく命を狙われる人ですからねえ、貴方は」
 エルシーが言った。
「……うん? どうしましたかアンジェ。貴女ともあろう子が、そんな呆然と」
「……凄いですよ、この中」
 アンジェリカは、どこか夢見心地である。
「アクアディーネ様の物語が、洞窟の中全体に彫られています……まるで、神話の中に迷い込んでしまったかのような」
「彫り始めたら、手が止まらなくなってね」
 エルトンが笑う。カノンが駆け寄って行く。
「アクアディーネ様を彫る、っていうのが、どういう事か。エルトンさんなりの答え、出た?」
「答えがね、見えたと思った時が何度もある。つまり、本当は何も見えていないんだ」
「わかるよ。表現って、そういうものだよね」
 カノンが、うんうんと頷いている。
 エルトンは、疲労はしているようだが怪我はない。治療の必要はない、となれば自由騎士団の次の行動は1つである。
 セアラは言った。
「……お山の表側に参りましょう、皆様」
「そ、そうだった。攻められているんだっけ」
 カノンが慌てた。
「……戦わなきゃ駄目だよね、カノンたちも。夏美さんの、家の人たちと」
「その必要はないぞ」
 声と共に、血生臭い気配が大量に押し寄せて来た。
 明らかに戦闘集団とわかる男たち、であった。
 この山で、用心棒として戦っている浪人たち。その全員が、岩壁のアクアディーネ像に向かって平伏する。
 いや。女神像を彫り上げた青年に対して、か。
 言葉を発しているのは、浪人たちの統率者とおぼしき巨漢である。
「領主の軍勢は撃退したが、その間……こちらで面倒事が起こっていたようだな」
「ハンマー兄さん!」
 カノンが走り寄って拳を突き出す。巨漢が拳で応ずる。大きな拳と小さな拳が、ぶつかり合った。
「すまん、自由騎士団よ。またしても面倒を押し付けてしまった」
「お気になさらず。それよりも」
 明らかに人間ではない、恐らくは幻想種であろう巨漢に、セアラは問いかけた。
「武村家の方々を……撃退、なさったのですね?」
「敵の侍大将を、こやつが討ち取ってくれた」
 こやつ、と呼ばれた1人の浪人が、平伏したまま声を震わせる。
「……彫師どん……お出ましにごつか……」
 返り血まみれの若者であった。
「オイは……殺生ば重ねて、死に損ねもした……恥ずかしかばい……」
「僕と一緒に、もっと生き恥を晒してゆこうじゃないか」
 エルトンが膝をつき、血まみれの若侍の肩を叩く。
「……アクアディーネは、許してくれるよ」
「彫師どん……」
「この益村吾三郎が、大将を馬ごと真っ二つに斬り捨てたのだ」
 幻想種の巨漢が語る。
「敵は総崩れになってな。こちらが追撃をかけようとした時……若い女が1人、荒馬を乗りこなして戦場に駆け入って来た。敗残兵を見事にまとめ上げ、撤退して行った。領主の姫君であるらしいが」
「そう……ですか」
 セアラは、安堵の息をついた。
 マグノリアが、いくらか難しい顔をしている。
「天津朝廷との連携を……1歩、進める必要がある。か……」
「関白様と、ですか?」
「ヴィスマルクが、この国で兵器の開発を行おうとしている。鍛冶職人の集団や鉱山などを、しっかりと押さえておく必要があると思う」
「ふむ……あのタタラ様の村なんかは、特に危険だな」
 ウェルスが、続いてエルシーが言った。
「……私、その人の方が危険だと思います。ねえ益村吾三郎さん? 貴方、ただ者じゃないでしょう」
「オイは……ただの死に損ねにごつ。買い被らんでくいやせ……」
「死に損なったのなら生きましょう。美味しい物を食べなければ」
 アンジェリカが手を叩いた。
「皆さん、お疲れでしょう? アクアディーネ様ともアマノホカリ様とも違う、神様の食べ物を召し上がっていただきますよ」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済