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《オラトリオ1819》怨讐。或いは、聖夜の殺人鬼…

●聖夜の殺人鬼
オラトリオ・オデッセイ。
それは神がこの大地に降り立った軌跡を祝うまつりだ。
創造神はこの世界に自分の体を10に分けて実在なる神を与えた。
創造神は一週間かけて神を作った。神は一週間かけてこの世界を知った。
12月24日から年があけ、1月7日までの間。
人々は神の誕生を祝う。
だが稀に……極めて稀に、そんな良き日に悪さを働こうという者も現れるのが世の常だ。
たとえば、彼……ジャグジー・オールドマンもその一人であった。
幼い頃、両親に捨てられるという経験を経て、彼はすっかり歪んでしまった。
プレゼントを手に家路を急ぐとある男性を、妬ましさから殺めてしまったのが十年前。
以来、毎年のように彼はこの季節になると、殺人鬼としての自分を押さえきれなくなるようになった。
ある時は、一家団欒の家中へ爆弾を放り込み。
またある時は、聖歌を謳う吟遊詩人を夜闇に紛れて刺殺し。
昨年は夕食の買い出しに出かけていた母娘を殺し、プレゼントの箱に詰めて自宅の前に放置した。
そんなことをしても、自身が捨てられた過去は変えられない。
そんなことをしても、世界には幸せが満ちている。
けれど彼は“そうしなければ”とてもではないが、正気ではいられなかったのだ。
そして、今年も……。
黒いコートとニット帽、黒いマフラーに身を包み彼は町へと繰り出した。
ポケットの中には2本のナイフ。
コートの内側には手製の爆弾をぶら下げて。
●階差演算室
瞳を伏せて、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は重い溜め息を零す。
殺人鬼・ジャグジー・オールドマンの被害にあった哀れな家族のことを思うと、今にも涙が零れ落ちそうだ。
世界には幸せが満ちている。
そして、それと同じだけの悲しみもまた。
禍福は糾える縄の如し……というわけだ。
それは分かっている。
分かっているが、やりきれないのだ。
「ターゲットはジャグジー・オールドマン。今年はとある町の住宅街で凶行に及ぶつもりみたい。人の通りもそれなりに多いけれど、ジャグジーがどこでだれを襲うつもりなのかは不明だよ」
碁盤の目のように道のひかれた住宅街だ。
公園や広場、駐車場などの施設が点在している以外は、ほとんどが比較的新しい家屋ばかり。
この場所に住むのは、家族連れが多い。
だからこそ、ジャグジーはここに狙いを付けたのだ。
「ジャグジーの攻撃には[バーン][ポイズン][カース]が付与されているみたい。ナイフによる攻撃は[ダブルアタック]だから気を付けてね」
住宅街ということもあり、道は広くそして街灯も多い。
夜間ではあるが、視界や行動に不便はないだろう。
だが、それはジャグジーも同じこと。
「彼の執念……いいえ、怨讐というべきそれは侮れないよ。戦闘訓練をつんでいないノウブルとは思えないほどに」
恐ろしい、と。
表情を強張らせ、クラウディアはそう呟いた。
オラトリオ・オデッセイ。
それは神がこの大地に降り立った軌跡を祝うまつりだ。
創造神はこの世界に自分の体を10に分けて実在なる神を与えた。
創造神は一週間かけて神を作った。神は一週間かけてこの世界を知った。
12月24日から年があけ、1月7日までの間。
人々は神の誕生を祝う。
だが稀に……極めて稀に、そんな良き日に悪さを働こうという者も現れるのが世の常だ。
たとえば、彼……ジャグジー・オールドマンもその一人であった。
幼い頃、両親に捨てられるという経験を経て、彼はすっかり歪んでしまった。
プレゼントを手に家路を急ぐとある男性を、妬ましさから殺めてしまったのが十年前。
以来、毎年のように彼はこの季節になると、殺人鬼としての自分を押さえきれなくなるようになった。
ある時は、一家団欒の家中へ爆弾を放り込み。
またある時は、聖歌を謳う吟遊詩人を夜闇に紛れて刺殺し。
昨年は夕食の買い出しに出かけていた母娘を殺し、プレゼントの箱に詰めて自宅の前に放置した。
そんなことをしても、自身が捨てられた過去は変えられない。
そんなことをしても、世界には幸せが満ちている。
けれど彼は“そうしなければ”とてもではないが、正気ではいられなかったのだ。
そして、今年も……。
黒いコートとニット帽、黒いマフラーに身を包み彼は町へと繰り出した。
ポケットの中には2本のナイフ。
コートの内側には手製の爆弾をぶら下げて。
●階差演算室
瞳を伏せて、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は重い溜め息を零す。
殺人鬼・ジャグジー・オールドマンの被害にあった哀れな家族のことを思うと、今にも涙が零れ落ちそうだ。
世界には幸せが満ちている。
そして、それと同じだけの悲しみもまた。
禍福は糾える縄の如し……というわけだ。
それは分かっている。
分かっているが、やりきれないのだ。
「ターゲットはジャグジー・オールドマン。今年はとある町の住宅街で凶行に及ぶつもりみたい。人の通りもそれなりに多いけれど、ジャグジーがどこでだれを襲うつもりなのかは不明だよ」
碁盤の目のように道のひかれた住宅街だ。
公園や広場、駐車場などの施設が点在している以外は、ほとんどが比較的新しい家屋ばかり。
この場所に住むのは、家族連れが多い。
だからこそ、ジャグジーはここに狙いを付けたのだ。
「ジャグジーの攻撃には[バーン][ポイズン][カース]が付与されているみたい。ナイフによる攻撃は[ダブルアタック]だから気を付けてね」
住宅街ということもあり、道は広くそして街灯も多い。
夜間ではあるが、視界や行動に不便はないだろう。
だが、それはジャグジーも同じこと。
「彼の執念……いいえ、怨讐というべきそれは侮れないよ。戦闘訓練をつんでいないノウブルとは思えないほどに」
恐ろしい、と。
表情を強張らせ、クラウディアはそう呟いた。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ジャグジー・オールドマンの討伐
●ターゲット
ジャグジー・オールドマン(殺人鬼)×1
黒いコート、黒いニット帽子、黒いマフラーと全身黒づくめの男性。
幸せそうな家族に対して、強い憎しみを抱いている。
普段はおとなしい性格だが、この時期になると自分を押さえきれなくなるようだ。
彼は非常に慎重で、そして逃げることに優れている。
それこそが、10年にわたって一度も捕まることなく凶行を続けて来られた理由である。
・アンハッピーエッジ [攻撃] A:攻近単[カース3][二連]
両手に持ったナイフによる斬撃。
強い恨みの籠ったそれは、見る者が見れば禍々しい気配を視認できるだろう。
・アンヘルスナイフ[攻撃] A:攻近単[ポイズン1]
毒薬を付与したナイフによる攻撃。
激痛を感じる類の毒薬が塗布されている。
・アンラッキーボム[攻撃] A:攻遠範[バーン2]
彼の作った手製の爆弾。
火炎と同時に、油や鉄片を撒き散らす。
●場所
碁盤の目のように道のひかれた住宅街。
公園や広場、駐車場などの施設が点在している以外は、ほとんどが比較的新しい家屋ばかりが並んでいる。
日が暮れて、仕事帰りの男たちや買い物帰りの親子が所々を歩いている。
皆一様に、幸せそうな笑みを浮かべているようでジャグジーにはそれが憎くて憎くてたまらない。
ジャグジー・オールドマン(殺人鬼)×1
黒いコート、黒いニット帽子、黒いマフラーと全身黒づくめの男性。
幸せそうな家族に対して、強い憎しみを抱いている。
普段はおとなしい性格だが、この時期になると自分を押さえきれなくなるようだ。
彼は非常に慎重で、そして逃げることに優れている。
それこそが、10年にわたって一度も捕まることなく凶行を続けて来られた理由である。
・アンハッピーエッジ [攻撃] A:攻近単[カース3][二連]
両手に持ったナイフによる斬撃。
強い恨みの籠ったそれは、見る者が見れば禍々しい気配を視認できるだろう。
・アンヘルスナイフ[攻撃] A:攻近単[ポイズン1]
毒薬を付与したナイフによる攻撃。
激痛を感じる類の毒薬が塗布されている。
・アンラッキーボム[攻撃] A:攻遠範[バーン2]
彼の作った手製の爆弾。
火炎と同時に、油や鉄片を撒き散らす。
●場所
碁盤の目のように道のひかれた住宅街。
公園や広場、駐車場などの施設が点在している以外は、ほとんどが比較的新しい家屋ばかりが並んでいる。
日が暮れて、仕事帰りの男たちや買い物帰りの親子が所々を歩いている。
皆一様に、幸せそうな笑みを浮かべているようでジャグジーにはそれが憎くて憎くてたまらない。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
12日
12日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2020年01月08日
2020年01月08日
†メイン参加者 5人†

●
オラトリオ・オデッセイ。
それは神がこの大地に降り立った軌跡を祝うまつりだ。
創造神はこの世界に自分の体を10に分けて実在なる神を与えた。
創造神は一週間かけて神を作った。神は一週間かけてこの世界を知った。
12月24日から年があけ、1月7日までの間。
人々は神の誕生を祝う……。
世界が幸福に包まれる、そんな時期に彼はけれど怨嗟の言葉を吐き出した。
『神なんていない。神がいるというのなら、なぜ俺は捨てられた! あぁ、呪わしい! 忌々しい! 笑顔が! 幸福が! 暖かな家庭が憎らしい!』
これはとある殺人鬼の物語。
殺人鬼……ジャグジー・オールドマンは今宵も獲物を探して彷徨う。
夜の闇に溶け込む黒衣に身を包み、幸せそうな者たちに血ぬられた刃を突き立てるために。
そして見つけた、今宵の獲物は……。
『あいつにしよう』
どんより濁った瞳に映る、柔らかな笑みを浮かべた金色の髪の青年だ。
人通りの少ない夜道を、1人で歩くお前が悪い。
そんなだから、俺に殺されてしまうのだ。
手にした小箱の中身はなんだ? 指輪か、ネックレスか。
これからどこへ向かうのだ? 家族のもとか、恋人のもとか。
貴様を殺して、プレゼントの代わりにその首を送り届けてやろう。
そんなことを考えて、ジャグジーはにぃと暗い笑みを浮かべた。
足音を殺し、ジャグジーは男に近づいて行く。
そして、あと1歩でナイフが届くという距離にまで迫った、その瞬間……。
「不幸自慢すんならさ……俺を殺してから言ってよ」
くるり、と。
男……ロイ・シュナイダー(CL3000432)は振り返り、ジャグジーの眉間に銃剣の先を突きつけた。
●
ロイが銃剣の引き金を引く。
渇いた銃声。夜闇に響き、放たれたのは鉛玉。
ジャグジーは、紙一重でそれを回避し素早く後退。
引き際に、手にしたナイフでロイの頬を切り裂いた。
飛び散る鮮血。
「くっ……」
血が目に入ったのか、ロイの身体がわずかによろめく。
その様子を一瞥し、けれどジャグジーは追撃を叩き込もうとはしなかった。
即座に踵を返し、小道へと逃げこむが……。
「もう止めるんだよ!」
ジャグジーの眼前に躍り出たのは赤毛の子供。小さな身体に不似合いな、武骨なガントレットを装備した女児である。
ジャグジーはその子供……『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)にナイフを突きたてようとして、けれど寸前で思いとどまる。
こんな夜道に、武装した子供がなぜ1人で?
脳裏を過る疑問。
自問自答の答えを出すその前に、ジャグジーは民家の塀へ跳び乗った。
考えるのは後だ。まずはこの場を逃げ出すことが先決だ。
そう考えたジャグジーは、民家の庭へと飛び込んだ。
「ここまでは計画通り……次は、広場から遠ざけるように……」
そんなジャグジーを遠目に見ながら、セアラ・ラングフォード(CL3000634)はそう呟いた。
その手には周辺の地図が握られている。
片手に持ったペンを素早く地図に走らせて、ジャグジーの現在位置を記しているのだ。
「ナナン様、2つ先の通りを封鎖してください!」
マキナ=ギアを通し、セアラは仲間へ指示を出す。
『了解なのだ!』
マキナ=ギアからは少女特有の高い声。
セアラから連絡を受け、『ひまわりの約束』ナナン・皐月(CL3000240)は通りを駆ける。
細い身体のどこにそれほどの力があるのか。
常人のおよそ3倍ほどの高速で、暗い夜道を疾走しナナンはジャグジーの眼前へと躍り出る。
「ジャグジーちゃん、笑顔だよ! ナナンはジャグジーちゃんの笑顔も見てみたいって思うよぉー!」
夏の華が咲くように。
満面の笑みで、ナナンはジャグジーに言葉をかける。
その手に握られた大剣を、ジャグジーへ向け叩きつけた。
『こいつ……さっきの奴らの仲間か!? なんで俺の名を知ってんだよぉ!』
回避しきれず、ジャグジーの肩に剣の腹が喰い込んだ。
飛び散る鮮血。
剣を叩きつけられた勢いに任せ、ジャグジーは後方へと転がった。
ジャグジーの身体が地面を跳ねる。
道路には点々と血の痕跡。
素早く起き上がったジャグジーは、肩を押さえ通りの奥へと消えて行く。
その姿を見送って、ナナンは寂しげに瞳を伏せた。
「笑顔でいちゃいけないのかなぁ……? 今日は特別いっぱいの笑顔のある日だけど、そうじゃない日もいっぱい笑顔でいてもいいんじゃないのかな? って、ナナンは思うんだけどぉ……」
剣を振るったその瞬間、ナナンはジャグジーの憎悪に染まった瞳を見たのだ。
聖なる夜に笑えない、そんな彼の境遇を想いナナンは悲しそうな笑みを浮かべた。
ジャグジーが逃げた先は、住宅街のその外れ。
空き家の並ぶ、新規開発中の区画であった。
人の住む区画から、獲物たちの歩く区画から離れてしまった。
これでは誰も殺せない。
ジャグジーはそれが悔しかった。
だから……。
「ジャグジー・オールドマン。私はお前を絶対に見過ごせないわ!」
ジャグジーの前にはフード付きのパーカーを着た1人の女性。
彼女の姿を見た瞬間、ジャグジーは嬉しくて仕方がなかった。
赤い籠手を装備した、明らかに一般人ではないその立ち姿。
身に纏う戦意と怒りの感情。
笑顔より、幸福より、そう言った感情の方が心地いい。
彼に殺された者たちは皆、最後はそういった類の感情をジャグジーに向けていたのだから。
だから。
あぁ、だからこそ。
彼女はきっと、ジャグジーの獲物足り得る存在だ、と。
そう認識してしまったのだろう。
パーカーを脱ぎすて、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が両の拳を胸の前で打ち鳴らす。
赤い髪が風に舞い、そして彼女は地を蹴った。
風のように、或いは影のように……気付けばその身は目の前に。
「くらえ!」
エルシーの拳が、ジャグジーの腹部を殴打した。
『飛んで火にいるなんとやらだな!』
ごぼり、と。
ジャグジーの口から血が溢れる。
零れた血が、手にしたナイフを赤く濡らした。
禍々しい気配を放つ、よく研がれたナイフである。
「……っ!?」
悪寒。
エルシーは表情を強張らせ、距離を取るべく地面を蹴ったが……。
『お、そい……ぞぉ!』
一閃。
ジャグジーのナイフが、エルシーの腹部を切り裂いた。
「くっ……身体が」
禍々しいオーラが、エルシーの身体に巻き付いた。
カースによる行動阻害。
口元を濡らす血を拭い、ジャグジーはよろけた足取りでエルシーへ迫る。
『泣き叫んで、助けを請うたらどうなんだ? 今までの奴らは、皆そうしていたぞ?』
「…………はっ」
ジャグジーの問いに、エルシーは笑みを返してみせた。
身動きも取れず、切り裂かれるだけの状態で、けれど彼女は笑っていたのだ。
「私は神職として失格ね。貴方を更生させようなんて気持ちはまったく起きないわ。犯した罪に相応しい、地獄の業火に焼かれるがいいわ!」
一瞬、驚いたような表情を浮かべたジャグジーだったが……。
『……そうかい。それじゃ、先に行って業火とやらを用意しててくれ』
そう呟いて、エルシーの腹を刺し貫いた。
3回。
ジャグジーが、エルシーの腹をナイフで刺した回数だ。
「お前さ……自分が何の努力もしてねぇクセに、他人に八つ当たりしてんじゃねーよ」
4回目の刺突は、その言葉と共に放たれた1発の銃弾に阻まれた。
言葉を投げかけたのはロイである。
ワインレッドのコートを靡かせ、小道の暗がりから姿を現す。
その手には硝煙をあげる銃剣が握られていた。
「……お前さー。自分の親が本気で首絞めたり、殺そうとしたりしてくる時の、顔とか目付きとか想像した事も、する事も出来ねぇだろ?」
親に捨てられた過去から、幸せそうな人々を憎むジャグジーに対し、何か思うところがあるのだろう。
淡々と……けれど、その言葉には確かな怒りが込められていた。
ジャグジーに対するものか、それとも自分やジャグジーの親に対する怒りなのか。
だが……。
「それに……そういうもん引っ括めて自分で乗り越えんのが大人じゃねーの?」
そう言ってロイは、にこやかに笑ってみせたのだ。
彼の脳裏に浮かぶのは、大切な許嫁の笑顔だろう。
自分は過去を乗り越えた。
それで、お前はどうなんだ?
そう問いかけられた、そんな気がして……。
『あああああああああああああああああああああああ!! おぉぉれの前で、笑うんじゃねぇぇぇ!!』
気付けばジャグジーは吼えていた。
「貴方の気持ち、少しは解るよ。カノンももう両親がいないから……」
そうカノンは呟いた。
視線の先には、交戦するジャグジーとロイの姿があった。
ジャグジーのナイフがロイの肩を切り裂いた。
ロイの銃剣が、ジャグジーの横面に叩きつけられる。
「今までしちゃった事は、ぜったいダメ!! な事だけどぉ……ちょっぴりでも心が苦しくなっちゃったりした事とかは無かったのかなぁ…? って、ナナンはギモンだらけだよぉ……」
カノンの隣には、顎に手を当て首を傾げるナナンの姿。
ジャグジーの後を追い、彼女たちも戦場へとやって来ていたのである。
チラ、とナナンは視線をカノンの方へと向けた。
カノンは、こくりと小さく頷く。
そして2人は、ロイの援護をするために揃って地面を蹴飛ばした。
「だ、大丈夫ですか!? すぐに治療いたしますので、もう暫く我慢してくださいね!」
エルシーへ駆け寄り、その腹部へセアラはそっと手を翳す。
直後、セアラの片手は淡い燐光に包まれた。
ふわふわ、きらきら。
まるで聖夜に降る雪のように……燐光は、エルシーの身体を包み込む。
そして光は、傷を、呪いを……溶かすように癒していった。
「これで良し……後は……」
エルシーの治療を終え、セアラは戦場へと目を向けた。
セアラの視線に気付いたロイが、戦線を離れ後衛へと退く。
その身は全身血まみれだった。
毒に侵されたのか、腕や頬には紫の湿疹が浮き出ていた。
「治療、頼めるか?」
痛みに眉をしかめながら、ロイはセアラにそう問うた。
もちろん、とセアラは頷く。
淡い燐光を身に纏い、傷ついたロイへと手を翳した。
「ジャグジーちゃんが手にかけちゃって死んじゃった人達には、毎日、たくさんたくさん謝る事!! それからぁ、人を好きになる事!! それとぉ、笑ってもよくなったら、ちゃんと「にー!」って笑顔を作る事!! 約束して!」
フルスイング、という言葉が相応しいだろうか。
ナナンの放った両手剣の一撃が、ジャグジーのナイフをへし折った。
すぐさま予備のナイフを取り出すジャグジー。
攻撃直後で隙だらけのナナンの背へと、憎悪と共に刃を放つ。
だが、ジャグジーのナイフはナナンの身体に届かない。
間に割り込んだカノンの拳が、ナイフの切っ先を受け止めたのだ。
『鬱陶しい!!』
ジャグジーは叫ぶ。
血を吐きながら、めちゃくちゃにナイフを振り回す。
ナイフの切っ先が、カノンの肩を切り裂いた。
流れる血もそのままに、カノンはジャグジーの足元へと転がるように潜り込む。
血走った瞳で、ジャグジーはその動きを追っていた。
ナイフを逆手に持ちかえて、叩きつけるようにカノンの首筋へと振り下ろす。
だが……。
「今度はぁ、ナナンがサポートするよぉ!」
にぱっ、と。
華咲くような笑みを浮かべて、ナナンの剣がジャグジーのナイフを弾き飛ばした。
くるくると、ナイフが宙を舞っている。
ジャグジーは、コートの懐へと手を伸ばした。
予備のナイフは、まだ幾らでも残っている。
けれど……。
「人は人を殺す度に心が凍っていくんだ。それはとても不幸な事だとカノンは思う。貴方の罪を許す事は出来ないけど、これ以上貴方を不幸にしない事は出来る筈だから」
ジャグジーが新たなナイフを取るより早く、渾身の力を込めて放たれたカノンの拳がその胸部を打ち抜いた。
リィンゴォン、と。
鐘の音に似た、破砕の音が鳴り響く。
●
『どいつもこいつも……偉そうに、お説教なんぞしてんじゃねぇぞ! 俺が辛いから、憎いから、妬ましいから誰かを殺す! 俺の勝手だろうが! お前らにゃ関係ねぇだろうが! 俺を止めたいなら、黙って俺を斬って、殴って、撃ちゃいいだろうが!』
地面に膝を突き、大量の血を吐き出しながらジャグジーは叫ぶ。
その様は、まるで疳癪を起した子供のようだ。
『少なくとも、俺はこれまでそうして来た』
なんて、言って……。
ジャグジーの懐から、幾つかのボールが転がり落ちた。
ころころと、ナナンやカノンの足元に転がる黒いボールだ。
「え、これってぇ……」
「やばっ!」
それが、ジャグジーお手製の爆弾だと気付いた時にはもう遅い。
カッ、と弾けるような閃光。
爆音とともに炎と鉄片、仕込まれた油が飛び散って。
夜の闇が、赤に染まった。
「間に……あって!!」
セアラは誰よりも早く、ジャグジーの狙いに気が付いた。
感情探査によるものか。
ジャグジーの心の揺れを、彼女は察知したのである。
翳した手から放たれたのは魔力の奔流。
流れ、逆巻き、渦と化す。
ジャグジーの身体と、撒き散らされる爆炎をいっしょくたに巻き込んで魔力の渦は空を突く。
『が……はっ!!』
魔力の渦が掻き消えて、ジャグジーの身体は宙へと投げだされた。
「アクアディーネ様の不殺の権能があるから、私の拳でお前が致命傷を負う事はない。でも、死ぬほど痛い目には合ってもらうわよ」
落下するジャグジーの足元へ、滑るような動作でエルシーが迫る。
脚を開き、腰を落として、朱色の籠手に包まれた拳を身体の後ろへと引いた。
引き絞られた弓の如く……。
打ち出された拳は空気を切り裂き、ジャグジーの腹部に突き刺さる。
『あ……が』
ジャグジーの身体は、地面を数度バウンドし、壁にぶつかり倒れ伏す。
まさに満身創痍といった有様だ。
それでも、彼は立ち上がった。
骨も内臓も、大きなダメージを負っている。
数歩、よろよろとエルシーに近づき。
引き抜いたナイフを逆手に構え。
「まだ、動けるの?」
フリーズボムを構えたナナンが前に出るが、ロイは片手でそれを制した。
「あれじゃ、もう戦えないよ」
と、カノンも首を横に振っている。
その言葉の通り、最後に大きく身体を震わせジャグジーは意識を失った。
拘束されたジャグジーに、セアラはそっと言葉をかけた。
「ジャグジー・オールドマン、あなたのした事は消えませんが……もう二度と、孤独に閉じ込められることのないよう祈っています」
胸の前で手を組んで、セアラは祈りを捧げる。
彼の残りの人生が、せめて少しでも救いあるものとなればいい、なんて。
祈ることしか、セアラには出来ない。
俯いたジャグジーは何も言わず、地面に視線を落としていた。
傷だらけで、身動きも出来ず、捕らわれた。
殺人鬼の末路としては、それなりに幸福な部類であろうか。
「貴方の気持ち、少しは解るよ。カノンももう両親がいないから」
そんなジャグジーに向け、囁くようにカノンは言った。
その瞳から、一筋の雫が零れ落ちる。
彼女の声は、ジャグジーの耳に届いただろうか。
「……俺はタイガのところへ戻るよ。幸せな気持ちになれるのは間違いないしさ」
カノンの涙から目を逸らすように、皆に背を向けロイはその場を立ち去っていく。
彼の手の中には、指輪の入った小さな箱。
得られなかった過去の幸せ。その手に掴んだ今の幸せ。
前向きに生きろと言うのは簡単だ。だが、誰もがそう生きられるとは限らない。
それを知っているからこそ、エルシーは無言で拳をきつく握り締め……。
それでもナナンは、皆が笑顔で過ごせる世界を願わずにはいられない。
オラトリオ・オデッセイ。
それは神がこの大地に降り立った軌跡を祝うまつりだ。
創造神はこの世界に自分の体を10に分けて実在なる神を与えた。
創造神は一週間かけて神を作った。神は一週間かけてこの世界を知った。
12月24日から年があけ、1月7日までの間。
人々は神の誕生を祝う……。
世界が幸福に包まれる、そんな時期に彼はけれど怨嗟の言葉を吐き出した。
『神なんていない。神がいるというのなら、なぜ俺は捨てられた! あぁ、呪わしい! 忌々しい! 笑顔が! 幸福が! 暖かな家庭が憎らしい!』
これはとある殺人鬼の物語。
殺人鬼……ジャグジー・オールドマンは今宵も獲物を探して彷徨う。
夜の闇に溶け込む黒衣に身を包み、幸せそうな者たちに血ぬられた刃を突き立てるために。
そして見つけた、今宵の獲物は……。
『あいつにしよう』
どんより濁った瞳に映る、柔らかな笑みを浮かべた金色の髪の青年だ。
人通りの少ない夜道を、1人で歩くお前が悪い。
そんなだから、俺に殺されてしまうのだ。
手にした小箱の中身はなんだ? 指輪か、ネックレスか。
これからどこへ向かうのだ? 家族のもとか、恋人のもとか。
貴様を殺して、プレゼントの代わりにその首を送り届けてやろう。
そんなことを考えて、ジャグジーはにぃと暗い笑みを浮かべた。
足音を殺し、ジャグジーは男に近づいて行く。
そして、あと1歩でナイフが届くという距離にまで迫った、その瞬間……。
「不幸自慢すんならさ……俺を殺してから言ってよ」
くるり、と。
男……ロイ・シュナイダー(CL3000432)は振り返り、ジャグジーの眉間に銃剣の先を突きつけた。
●
ロイが銃剣の引き金を引く。
渇いた銃声。夜闇に響き、放たれたのは鉛玉。
ジャグジーは、紙一重でそれを回避し素早く後退。
引き際に、手にしたナイフでロイの頬を切り裂いた。
飛び散る鮮血。
「くっ……」
血が目に入ったのか、ロイの身体がわずかによろめく。
その様子を一瞥し、けれどジャグジーは追撃を叩き込もうとはしなかった。
即座に踵を返し、小道へと逃げこむが……。
「もう止めるんだよ!」
ジャグジーの眼前に躍り出たのは赤毛の子供。小さな身体に不似合いな、武骨なガントレットを装備した女児である。
ジャグジーはその子供……『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)にナイフを突きたてようとして、けれど寸前で思いとどまる。
こんな夜道に、武装した子供がなぜ1人で?
脳裏を過る疑問。
自問自答の答えを出すその前に、ジャグジーは民家の塀へ跳び乗った。
考えるのは後だ。まずはこの場を逃げ出すことが先決だ。
そう考えたジャグジーは、民家の庭へと飛び込んだ。
「ここまでは計画通り……次は、広場から遠ざけるように……」
そんなジャグジーを遠目に見ながら、セアラ・ラングフォード(CL3000634)はそう呟いた。
その手には周辺の地図が握られている。
片手に持ったペンを素早く地図に走らせて、ジャグジーの現在位置を記しているのだ。
「ナナン様、2つ先の通りを封鎖してください!」
マキナ=ギアを通し、セアラは仲間へ指示を出す。
『了解なのだ!』
マキナ=ギアからは少女特有の高い声。
セアラから連絡を受け、『ひまわりの約束』ナナン・皐月(CL3000240)は通りを駆ける。
細い身体のどこにそれほどの力があるのか。
常人のおよそ3倍ほどの高速で、暗い夜道を疾走しナナンはジャグジーの眼前へと躍り出る。
「ジャグジーちゃん、笑顔だよ! ナナンはジャグジーちゃんの笑顔も見てみたいって思うよぉー!」
夏の華が咲くように。
満面の笑みで、ナナンはジャグジーに言葉をかける。
その手に握られた大剣を、ジャグジーへ向け叩きつけた。
『こいつ……さっきの奴らの仲間か!? なんで俺の名を知ってんだよぉ!』
回避しきれず、ジャグジーの肩に剣の腹が喰い込んだ。
飛び散る鮮血。
剣を叩きつけられた勢いに任せ、ジャグジーは後方へと転がった。
ジャグジーの身体が地面を跳ねる。
道路には点々と血の痕跡。
素早く起き上がったジャグジーは、肩を押さえ通りの奥へと消えて行く。
その姿を見送って、ナナンは寂しげに瞳を伏せた。
「笑顔でいちゃいけないのかなぁ……? 今日は特別いっぱいの笑顔のある日だけど、そうじゃない日もいっぱい笑顔でいてもいいんじゃないのかな? って、ナナンは思うんだけどぉ……」
剣を振るったその瞬間、ナナンはジャグジーの憎悪に染まった瞳を見たのだ。
聖なる夜に笑えない、そんな彼の境遇を想いナナンは悲しそうな笑みを浮かべた。
ジャグジーが逃げた先は、住宅街のその外れ。
空き家の並ぶ、新規開発中の区画であった。
人の住む区画から、獲物たちの歩く区画から離れてしまった。
これでは誰も殺せない。
ジャグジーはそれが悔しかった。
だから……。
「ジャグジー・オールドマン。私はお前を絶対に見過ごせないわ!」
ジャグジーの前にはフード付きのパーカーを着た1人の女性。
彼女の姿を見た瞬間、ジャグジーは嬉しくて仕方がなかった。
赤い籠手を装備した、明らかに一般人ではないその立ち姿。
身に纏う戦意と怒りの感情。
笑顔より、幸福より、そう言った感情の方が心地いい。
彼に殺された者たちは皆、最後はそういった類の感情をジャグジーに向けていたのだから。
だから。
あぁ、だからこそ。
彼女はきっと、ジャグジーの獲物足り得る存在だ、と。
そう認識してしまったのだろう。
パーカーを脱ぎすて、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が両の拳を胸の前で打ち鳴らす。
赤い髪が風に舞い、そして彼女は地を蹴った。
風のように、或いは影のように……気付けばその身は目の前に。
「くらえ!」
エルシーの拳が、ジャグジーの腹部を殴打した。
『飛んで火にいるなんとやらだな!』
ごぼり、と。
ジャグジーの口から血が溢れる。
零れた血が、手にしたナイフを赤く濡らした。
禍々しい気配を放つ、よく研がれたナイフである。
「……っ!?」
悪寒。
エルシーは表情を強張らせ、距離を取るべく地面を蹴ったが……。
『お、そい……ぞぉ!』
一閃。
ジャグジーのナイフが、エルシーの腹部を切り裂いた。
「くっ……身体が」
禍々しいオーラが、エルシーの身体に巻き付いた。
カースによる行動阻害。
口元を濡らす血を拭い、ジャグジーはよろけた足取りでエルシーへ迫る。
『泣き叫んで、助けを請うたらどうなんだ? 今までの奴らは、皆そうしていたぞ?』
「…………はっ」
ジャグジーの問いに、エルシーは笑みを返してみせた。
身動きも取れず、切り裂かれるだけの状態で、けれど彼女は笑っていたのだ。
「私は神職として失格ね。貴方を更生させようなんて気持ちはまったく起きないわ。犯した罪に相応しい、地獄の業火に焼かれるがいいわ!」
一瞬、驚いたような表情を浮かべたジャグジーだったが……。
『……そうかい。それじゃ、先に行って業火とやらを用意しててくれ』
そう呟いて、エルシーの腹を刺し貫いた。
3回。
ジャグジーが、エルシーの腹をナイフで刺した回数だ。
「お前さ……自分が何の努力もしてねぇクセに、他人に八つ当たりしてんじゃねーよ」
4回目の刺突は、その言葉と共に放たれた1発の銃弾に阻まれた。
言葉を投げかけたのはロイである。
ワインレッドのコートを靡かせ、小道の暗がりから姿を現す。
その手には硝煙をあげる銃剣が握られていた。
「……お前さー。自分の親が本気で首絞めたり、殺そうとしたりしてくる時の、顔とか目付きとか想像した事も、する事も出来ねぇだろ?」
親に捨てられた過去から、幸せそうな人々を憎むジャグジーに対し、何か思うところがあるのだろう。
淡々と……けれど、その言葉には確かな怒りが込められていた。
ジャグジーに対するものか、それとも自分やジャグジーの親に対する怒りなのか。
だが……。
「それに……そういうもん引っ括めて自分で乗り越えんのが大人じゃねーの?」
そう言ってロイは、にこやかに笑ってみせたのだ。
彼の脳裏に浮かぶのは、大切な許嫁の笑顔だろう。
自分は過去を乗り越えた。
それで、お前はどうなんだ?
そう問いかけられた、そんな気がして……。
『あああああああああああああああああああああああ!! おぉぉれの前で、笑うんじゃねぇぇぇ!!』
気付けばジャグジーは吼えていた。
「貴方の気持ち、少しは解るよ。カノンももう両親がいないから……」
そうカノンは呟いた。
視線の先には、交戦するジャグジーとロイの姿があった。
ジャグジーのナイフがロイの肩を切り裂いた。
ロイの銃剣が、ジャグジーの横面に叩きつけられる。
「今までしちゃった事は、ぜったいダメ!! な事だけどぉ……ちょっぴりでも心が苦しくなっちゃったりした事とかは無かったのかなぁ…? って、ナナンはギモンだらけだよぉ……」
カノンの隣には、顎に手を当て首を傾げるナナンの姿。
ジャグジーの後を追い、彼女たちも戦場へとやって来ていたのである。
チラ、とナナンは視線をカノンの方へと向けた。
カノンは、こくりと小さく頷く。
そして2人は、ロイの援護をするために揃って地面を蹴飛ばした。
「だ、大丈夫ですか!? すぐに治療いたしますので、もう暫く我慢してくださいね!」
エルシーへ駆け寄り、その腹部へセアラはそっと手を翳す。
直後、セアラの片手は淡い燐光に包まれた。
ふわふわ、きらきら。
まるで聖夜に降る雪のように……燐光は、エルシーの身体を包み込む。
そして光は、傷を、呪いを……溶かすように癒していった。
「これで良し……後は……」
エルシーの治療を終え、セアラは戦場へと目を向けた。
セアラの視線に気付いたロイが、戦線を離れ後衛へと退く。
その身は全身血まみれだった。
毒に侵されたのか、腕や頬には紫の湿疹が浮き出ていた。
「治療、頼めるか?」
痛みに眉をしかめながら、ロイはセアラにそう問うた。
もちろん、とセアラは頷く。
淡い燐光を身に纏い、傷ついたロイへと手を翳した。
「ジャグジーちゃんが手にかけちゃって死んじゃった人達には、毎日、たくさんたくさん謝る事!! それからぁ、人を好きになる事!! それとぉ、笑ってもよくなったら、ちゃんと「にー!」って笑顔を作る事!! 約束して!」
フルスイング、という言葉が相応しいだろうか。
ナナンの放った両手剣の一撃が、ジャグジーのナイフをへし折った。
すぐさま予備のナイフを取り出すジャグジー。
攻撃直後で隙だらけのナナンの背へと、憎悪と共に刃を放つ。
だが、ジャグジーのナイフはナナンの身体に届かない。
間に割り込んだカノンの拳が、ナイフの切っ先を受け止めたのだ。
『鬱陶しい!!』
ジャグジーは叫ぶ。
血を吐きながら、めちゃくちゃにナイフを振り回す。
ナイフの切っ先が、カノンの肩を切り裂いた。
流れる血もそのままに、カノンはジャグジーの足元へと転がるように潜り込む。
血走った瞳で、ジャグジーはその動きを追っていた。
ナイフを逆手に持ちかえて、叩きつけるようにカノンの首筋へと振り下ろす。
だが……。
「今度はぁ、ナナンがサポートするよぉ!」
にぱっ、と。
華咲くような笑みを浮かべて、ナナンの剣がジャグジーのナイフを弾き飛ばした。
くるくると、ナイフが宙を舞っている。
ジャグジーは、コートの懐へと手を伸ばした。
予備のナイフは、まだ幾らでも残っている。
けれど……。
「人は人を殺す度に心が凍っていくんだ。それはとても不幸な事だとカノンは思う。貴方の罪を許す事は出来ないけど、これ以上貴方を不幸にしない事は出来る筈だから」
ジャグジーが新たなナイフを取るより早く、渾身の力を込めて放たれたカノンの拳がその胸部を打ち抜いた。
リィンゴォン、と。
鐘の音に似た、破砕の音が鳴り響く。
●
『どいつもこいつも……偉そうに、お説教なんぞしてんじゃねぇぞ! 俺が辛いから、憎いから、妬ましいから誰かを殺す! 俺の勝手だろうが! お前らにゃ関係ねぇだろうが! 俺を止めたいなら、黙って俺を斬って、殴って、撃ちゃいいだろうが!』
地面に膝を突き、大量の血を吐き出しながらジャグジーは叫ぶ。
その様は、まるで疳癪を起した子供のようだ。
『少なくとも、俺はこれまでそうして来た』
なんて、言って……。
ジャグジーの懐から、幾つかのボールが転がり落ちた。
ころころと、ナナンやカノンの足元に転がる黒いボールだ。
「え、これってぇ……」
「やばっ!」
それが、ジャグジーお手製の爆弾だと気付いた時にはもう遅い。
カッ、と弾けるような閃光。
爆音とともに炎と鉄片、仕込まれた油が飛び散って。
夜の闇が、赤に染まった。
「間に……あって!!」
セアラは誰よりも早く、ジャグジーの狙いに気が付いた。
感情探査によるものか。
ジャグジーの心の揺れを、彼女は察知したのである。
翳した手から放たれたのは魔力の奔流。
流れ、逆巻き、渦と化す。
ジャグジーの身体と、撒き散らされる爆炎をいっしょくたに巻き込んで魔力の渦は空を突く。
『が……はっ!!』
魔力の渦が掻き消えて、ジャグジーの身体は宙へと投げだされた。
「アクアディーネ様の不殺の権能があるから、私の拳でお前が致命傷を負う事はない。でも、死ぬほど痛い目には合ってもらうわよ」
落下するジャグジーの足元へ、滑るような動作でエルシーが迫る。
脚を開き、腰を落として、朱色の籠手に包まれた拳を身体の後ろへと引いた。
引き絞られた弓の如く……。
打ち出された拳は空気を切り裂き、ジャグジーの腹部に突き刺さる。
『あ……が』
ジャグジーの身体は、地面を数度バウンドし、壁にぶつかり倒れ伏す。
まさに満身創痍といった有様だ。
それでも、彼は立ち上がった。
骨も内臓も、大きなダメージを負っている。
数歩、よろよろとエルシーに近づき。
引き抜いたナイフを逆手に構え。
「まだ、動けるの?」
フリーズボムを構えたナナンが前に出るが、ロイは片手でそれを制した。
「あれじゃ、もう戦えないよ」
と、カノンも首を横に振っている。
その言葉の通り、最後に大きく身体を震わせジャグジーは意識を失った。
拘束されたジャグジーに、セアラはそっと言葉をかけた。
「ジャグジー・オールドマン、あなたのした事は消えませんが……もう二度と、孤独に閉じ込められることのないよう祈っています」
胸の前で手を組んで、セアラは祈りを捧げる。
彼の残りの人生が、せめて少しでも救いあるものとなればいい、なんて。
祈ることしか、セアラには出来ない。
俯いたジャグジーは何も言わず、地面に視線を落としていた。
傷だらけで、身動きも出来ず、捕らわれた。
殺人鬼の末路としては、それなりに幸福な部類であろうか。
「貴方の気持ち、少しは解るよ。カノンももう両親がいないから」
そんなジャグジーに向け、囁くようにカノンは言った。
その瞳から、一筋の雫が零れ落ちる。
彼女の声は、ジャグジーの耳に届いただろうか。
「……俺はタイガのところへ戻るよ。幸せな気持ちになれるのは間違いないしさ」
カノンの涙から目を逸らすように、皆に背を向けロイはその場を立ち去っていく。
彼の手の中には、指輪の入った小さな箱。
得られなかった過去の幸せ。その手に掴んだ今の幸せ。
前向きに生きろと言うのは簡単だ。だが、誰もがそう生きられるとは限らない。
それを知っているからこそ、エルシーは無言で拳をきつく握り締め……。
それでもナナンは、皆が笑顔で過ごせる世界を願わずにはいられない。