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あそこで連続殺人事件があったらしいぜ

●
外観がおっかない建物を目指したというシャンバラのニルヴァン城砦だって、ここまではおどろおどろしくない。
ひび割れたタイルの間からにょきにょき伸びた雑草は春の陽気に萌え出でたというよりは地獄のふてぶてしさでよみがえったという感じだし、風雨にさらされてひび割れた外壁からはにょろにょろと何か良からぬものが伸びてきそうだった。
それに、ねじねじによじれてる糸杉と、だらりと下がる枝を持った柳が怖さを倍増させていた。
赤錆がたっぷり浮いた門扉もいけない。何かいけないものの臭いがする。
とにかく、噂が起きてもおかしくない素養は確かにあったというのか、あるのだ。実際、大きな声で言えない事件はあったわけだし。
●
「別に被害があるってわけじゃないのよ。ないから困ってるのよねえ」
美人が悩ましくため息をつく様は絵になる。
『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は、オラクル達を見回した。流し目は罪である。
「こう、飲み屋街と大通りの間、ちょっと途切れるところがあるじゃない。そこに立ってるのよね。買い手がつかない大きな館が」
大通りに近いのでちょっとお値段が張る。それで買い手がつかない。買い手がつかないので、そこだけ人の気配が途切れる。人の気配が途切れると、ちょっと怖い。ちょっと怖いのと買い手がつかないというのが結びつけられると。
『俺の友達のいうことには――あそこは、連続殺人犯の根城だったのさ。聞いたこともねえ? そうだろうよ。犯人は口にするのもはばかられる大貴族のボンボンだって話だ。そこで、亜人の娘を金で買ってきては身の毛もよだつような殺し方をしていたってな。あと一人で百人ってところで、官憲が入ってな。何しろ裁けないくらい大物の子弟だっていうから、こっそり領地の城に閉じ込められたって話だぜ。ここから何人も亜人の娘が運び出されたのを見たやつがいるんだよ』
都市伝説の始まりだ。
「実際、貴族のボンボンがここで乱痴気騒ぎをしてたってのはほんとなのよ。そんで、ここから亜人の女の子たちが官憲に連れ出されたっていうのも本当。雇われたその筋のプロちゃんたちがね。少なくとも連続猟奇殺人事件なんて起こってなんかないの」
尾ひれ羽ひれの輪郭からねつ造された99の死体と一人の連続殺人犯。
「というわけでね。もう、建物を取り壊して、更地にして、新しく道路にでもしてしまおうって話になってたんだけど――」
いやな予感がする。
二、三日前、ゲシュペンストが国内を通過すると水鏡に映ったので各自備えて待機しておくこと。と、プラロークから通達があった。
「ここのところ、誰もいないはずの中から、明かりが漏れたり、物音がするっていうので、また噂になってるのよねえ。ちょっとどうにかしてきてくれない?」
外観がおっかない建物を目指したというシャンバラのニルヴァン城砦だって、ここまではおどろおどろしくない。
ひび割れたタイルの間からにょきにょき伸びた雑草は春の陽気に萌え出でたというよりは地獄のふてぶてしさでよみがえったという感じだし、風雨にさらされてひび割れた外壁からはにょろにょろと何か良からぬものが伸びてきそうだった。
それに、ねじねじによじれてる糸杉と、だらりと下がる枝を持った柳が怖さを倍増させていた。
赤錆がたっぷり浮いた門扉もいけない。何かいけないものの臭いがする。
とにかく、噂が起きてもおかしくない素養は確かにあったというのか、あるのだ。実際、大きな声で言えない事件はあったわけだし。
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「別に被害があるってわけじゃないのよ。ないから困ってるのよねえ」
美人が悩ましくため息をつく様は絵になる。
『あたしにお任せ』バーバラ・キュプカー(nCL3000007)は、オラクル達を見回した。流し目は罪である。
「こう、飲み屋街と大通りの間、ちょっと途切れるところがあるじゃない。そこに立ってるのよね。買い手がつかない大きな館が」
大通りに近いのでちょっとお値段が張る。それで買い手がつかない。買い手がつかないので、そこだけ人の気配が途切れる。人の気配が途切れると、ちょっと怖い。ちょっと怖いのと買い手がつかないというのが結びつけられると。
『俺の友達のいうことには――あそこは、連続殺人犯の根城だったのさ。聞いたこともねえ? そうだろうよ。犯人は口にするのもはばかられる大貴族のボンボンだって話だ。そこで、亜人の娘を金で買ってきては身の毛もよだつような殺し方をしていたってな。あと一人で百人ってところで、官憲が入ってな。何しろ裁けないくらい大物の子弟だっていうから、こっそり領地の城に閉じ込められたって話だぜ。ここから何人も亜人の娘が運び出されたのを見たやつがいるんだよ』
都市伝説の始まりだ。
「実際、貴族のボンボンがここで乱痴気騒ぎをしてたってのはほんとなのよ。そんで、ここから亜人の女の子たちが官憲に連れ出されたっていうのも本当。雇われたその筋のプロちゃんたちがね。少なくとも連続猟奇殺人事件なんて起こってなんかないの」
尾ひれ羽ひれの輪郭からねつ造された99の死体と一人の連続殺人犯。
「というわけでね。もう、建物を取り壊して、更地にして、新しく道路にでもしてしまおうって話になってたんだけど――」
いやな予感がする。
二、三日前、ゲシュペンストが国内を通過すると水鏡に映ったので各自備えて待機しておくこと。と、プラロークから通達があった。
「ここのところ、誰もいないはずの中から、明かりが漏れたり、物音がするっていうので、また噂になってるのよねえ。ちょっとどうにかしてきてくれない?」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.お化け屋敷の消滅。
2.1を満たせる範囲で、周囲に影響がないように。
3.2を満たせる範囲で、これ以上噂を増幅させない方向で。
2.1を満たせる範囲で、周囲に影響がないように。
3.2を満たせる範囲で、これ以上噂を増幅させない方向で。
田奈です。
あとちょっと、工事が早く始まってれば。案件。
イブリース化により実体化しちゃった「連続猟奇殺人鬼がいるお化け屋敷」を鎮静化するお仕事です。
作戦は、夜間です。すでに工事をするのでという理由で、周辺はできる限り人払いはされています。できるだけ静かに。という商工会の意向はあります。出来る範囲で努力はしてください。
館は、三階建て。部屋数20。事前に見取り図が渡されますし、典型的イ・ラプセル様式の館なので、皆さんが迷子になることはありません。
方法は二種類。
1)お化け屋敷を破壊して、更地にする。
元から更地にする予定なので、真っ平らにして構いません。
圧倒的火力で臨まないと壊れませんが、索敵とか戦闘での負傷とかは気にしなくて済みます。ただ、一夜にして謎の崩壊を遂げることになるので、新たな都市伝説が生まれかねません。
こちらの方法を選択した場合、楽しい土木破壊系コメディになります。ちゅどーん。
もちろん、館の強度は設定してますので、皆さんの暴れっぷりが規定値に達していないと失敗です。後、壊せばがれきが発生しますので、押し潰されないように気を付けてください。ダメージ計算します。
2)実体化した殺人鬼(概念)を始末し、屋敷の始末は解体工事業者にゆだねる。
こっそり事を荒立てずに収束させるにはこちらをお勧めします。ただし、99人の娘を殺したとかあらぬ噂をたっぷり背負ったまま実体化していますので、だいぶ強敵です。
貴族の子弟といううわさが素地にありますので、武器や魔法は普通に効きます。
ただし、むこうも装備の充実という名のお金持ちアタックも使ってきます。
殺人鬼の戦闘能力的スペックは強敵ですが、ホラー的スペックは皆さんの妄想に準じますので、できるだけ怖くないように頑張って考えてください。うっかり怖い奴かもとか考えると、反映します。具体的には猟奇的描写が増えて、恐怖判定を実施します。
3)あるいはそれ以外の冴えたやり方。
もちろん、皆さんで、より冴えた方法を相談していただいて構いません。
皆さんが、館の玄関の扉を開けるところからスタートです。
あとちょっと、工事が早く始まってれば。案件。
イブリース化により実体化しちゃった「連続猟奇殺人鬼がいるお化け屋敷」を鎮静化するお仕事です。
作戦は、夜間です。すでに工事をするのでという理由で、周辺はできる限り人払いはされています。できるだけ静かに。という商工会の意向はあります。出来る範囲で努力はしてください。
館は、三階建て。部屋数20。事前に見取り図が渡されますし、典型的イ・ラプセル様式の館なので、皆さんが迷子になることはありません。
方法は二種類。
1)お化け屋敷を破壊して、更地にする。
元から更地にする予定なので、真っ平らにして構いません。
圧倒的火力で臨まないと壊れませんが、索敵とか戦闘での負傷とかは気にしなくて済みます。ただ、一夜にして謎の崩壊を遂げることになるので、新たな都市伝説が生まれかねません。
こちらの方法を選択した場合、楽しい土木破壊系コメディになります。ちゅどーん。
もちろん、館の強度は設定してますので、皆さんの暴れっぷりが規定値に達していないと失敗です。後、壊せばがれきが発生しますので、押し潰されないように気を付けてください。ダメージ計算します。
2)実体化した殺人鬼(概念)を始末し、屋敷の始末は解体工事業者にゆだねる。
こっそり事を荒立てずに収束させるにはこちらをお勧めします。ただし、99人の娘を殺したとかあらぬ噂をたっぷり背負ったまま実体化していますので、だいぶ強敵です。
貴族の子弟といううわさが素地にありますので、武器や魔法は普通に効きます。
ただし、むこうも装備の充実という名のお金持ちアタックも使ってきます。
殺人鬼の戦闘能力的スペックは強敵ですが、ホラー的スペックは皆さんの妄想に準じますので、できるだけ怖くないように頑張って考えてください。うっかり怖い奴かもとか考えると、反映します。具体的には猟奇的描写が増えて、恐怖判定を実施します。
3)あるいはそれ以外の冴えたやり方。
もちろん、皆さんで、より冴えた方法を相談していただいて構いません。
皆さんが、館の玄関の扉を開けるところからスタートです。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年05月20日
2019年05月20日
†メイン参加者 8人†
●
「ぎぃ……ぎぃぃぃぃぃ……」
迫真のきしみ具合。
『その過去は消えぬけど』ニコラス・モラル(CL3000453)が絞り出した声に、『牛串の舞』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)が地面から5ミリ飛び上がる。
27歳お化けが怖い系女子と知っての狼藉か。
「いや、ほら、雰囲気大事デショ? 最初の出だしは大事」
そんなやり取りを『うらはらな心は春の風』ヴァイオラ・ダンヒル(CL3000386)は内心ワクワクして楽しんでいた。
(不気味な噂のあるお屋敷ですって? お話としては面白いわね! でも街中に放置すると治安が悪くなるものね。噂の概念をきっちり討伐して、お化け屋敷探検も楽しんで――)
「噂の生み出した殺人鬼と夜のデート等御免被る」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)のさくっとした意見。
ヘッドバンキング気味のシノピリカの首肯。
「まずは館の構造確認。情報を共有して計画のすり合わせ。夜明けまでには全部終わらせてしまいたいな。夜が明けたら挨拶周りにいくぜ」
悪びれもせず言い切るニコラスおぢさんにシノピリカさんの拳が光って唸ったり――今回は保留。
なぜなら、今回は「まだ」お化け屋敷になっていないからだ。
『お化け屋敷に変わる前にがれきの山にしてやるぜ、ヒャッハーっ!』
玄関の扉を開けたオラクル達は、そう選択してきたのだ。
「 今回は建物解体に最適な武器を用意した!」
『平和の盾』ナバル・ジーロン(CL3000441)の笑顔がまぶしい。ずっとその素朴な笑顔のままでいてほしい。
「ジャーン! ハルバード!! 色々できて便利だろ? これを、『シールドバッシュ』の身体操作で振るう!」
色々段取りが進んでいる、和やかな現場です。。
「本当に壊すの? 壊しちゃうの? 皆それでいいの?」
お化け屋敷を結構楽しみにしてきたヴァイオラがおずおずと言い出すのに、毛先までどっぷり自由騎士の水がしみ込んだオラクル達は目をぱちくりさせた。
「お化け屋敷を壊す」とは聞いていたが、あくまで「お化けを倒して、その概念をぶち壊す」と解釈していたヴァイオラは現場に入り、荷車やロープや整地用のレーキやあいさつ回り用の菓子折りだのの話を始めたのに、思って他の土地合うことに気が付いたのだ。
「だって。怖いのとか――無理だし」
物理なら怖くない。という女性陣に、お化けと戦おうといえるだろうか。いや、言えない。
「仕事柄、ちゃんとしたスーツはあるんだぜ? 髪もちゃんと括ってないとダメだよな……ほら、どうよ?」
ニコラスのあいさつ回り用スーツは皆がOKを出した。うん。もうちょい本人の胡散臭い演出成分を減らしてくれると完璧。
「自由騎士団とは、人々の笑顔と平穏を護るための組織!! ここんとこ戦争ばっかりだったし、こういう仕事は、なんというか、うん、いいな!
」
ナバルの、少なくとも今回に限っては、お化けを退治しようと微塵も思っていないさわやかさ。ホラーに向いてない。
「――あの、出た資材とか持って帰っていいですか。いやー、今ちょうど、ウチの住処の改築しててさ。色々資材欲しいんだよね……ちょっとした板とか、釘とか、布とか、できれば使えそうな家具とかあれば……ダメ? ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」
「「家のリフォーム用に資材を探していた所、渡りに船じゃないか、ナバル」
俺も訳あってカネが入り用でな……と呟く『鋼壁の』アデル・ハビッツ(CL3000496)の懐具合もなかなか深刻らしい。
格安・二束三文で譲ってもらえるように交渉済みです。
門扉の向こうには、中を気ぜわしくのぞき込もうとしている複数の人影。
もはや、人知れずこっそりお化けを退治して館をあとにするハードボイルドエンドは無理なのだ。
ヴァイオラは腹をくくった。
「え、ええ。ええ、公共事業ですのよ。皆様どうかご心配なさらずに。作業が終わりましたら、ご挨拶に上がりますわね!」
令嬢然としたヴァイオラの物言いの説得力。
「荷車が往来しますわ。下がっていらして! 夜明けには終わりますわ!」
今聞きかじったことを言いながらほほ笑めば、民はそれでしたら~と去っていく。
おー。という拍手の中、「もういいわよ……後腐れなく壊しましょ」とヴァイオラはつぶやいた。
大丈夫だ。自由騎士団にいる限り、飽きるほどお化け屋敷に遭遇することだろう。
さて。いきなり壊すのはサルでもできる。
サルならぬヒトはどうするか。「めぼしいものは先によけておく」から、始めるのだ。掘り出し物があってもなくても、少なくとも『有美玉』ルー・シェーファー(CL3000101)が機会喪失の悪夢に煩悶することはなくなる。
「さてと」
持参したカンテラに火をともした『道化の機械工』アルビノ・ストレージ(CL3000095)の白く整った顔がぼんやり浮かんで、仲間と分かっていなければ若干名の悲鳴が避けられないところだった。
「ワタシは外向けの対応にはあまり向いてるとはいえないからね。屋敷の破壊と、価値のありそうなものの運搬に注力させてもらうよ。古き良き価値あるもの。それが瓦礫になるのはいただけないね」
さっさと館の深部に歩き出す。物語だと、序盤にいきなり天井から落ちてくるシャンデリアの下敷きになって死んでしまう行動選択だが、ごく普通の館なのでそういうものはないのだ。あると思う心に幽霊列車が反応するのだ。怖いこと考えちゃダメなのだ。
「家具や工芸品は細工師として、宝石などの装飾品なども宝石職人としての目で価値を見極めよう。果たしてワタシの眼鏡にかなうものを見つけられるでしょうか」
ここが幽霊屋敷なら極めて危ないムーブだが、単なる廃屋なので全然危なくないのだ。幽霊列車の来ないうちは。水鏡によっておおよその到達時刻は全員心得ているが、列車がいつ来るかなんてあくまで目安だから。信じちゃだめだから。秒と狂わずやってくるなんて神の御業だから。
作業は迅速に。幽霊列車が来る前にここは更地にしなくちゃならない。
「アルビノ殿、待ってくれ。やみくもに探索していたのでは時間がかかる。私が調度のありかを透視するので参考にしてほしい」
シノピリカ、お化けはいないとなれば前向き。
もちろん時間は有限。並行作業は大事だ。
「俺、大黒柱っぽいのとか、壁突き合わせしてくる!」
力仕事は任せろ。手には見取り図。時間勝負ということで、専門家に重要度が書き込んであるのを提供してもらえたが、現物と突合せしてるわけじゃない。視認大事。
「破壊順の検討は大事だ。では、俺はこちらを。後程情報を共有しよう」
アデルは、速やかに屋敷内の確認に入った。
「調度の持ち出しは最低限だ。時間がない。トリアージB以下はそのままだ」
例外として、割れると作業が滞るガラスや陶器はさっさと運び出された。窓枠から取り外すのも後回しだ。
「最低限――」
ビシッと言われてしまったルーは茫然と呟いた。
(アタシのお金がーッ!)
心の底から叫んでいるが、正確にはルーの所有物ではない。報酬から格安で仕入れてください。アクアディーネの僕たる自由騎士団は火事場泥棒は致しません。
というか。そもそも普通の館なのだ。屋敷売りに出す前にめぼしいものはみんな処分されているのだ。残っていたわずかな調度もめぼしいものはとっくに薄暗がりに生きる方面の連中がもち出している。
その中で残っているようなものというのは。
「――厨房で血まみれの――鉈かい。これは」
アルビノが首をかしげる。
まな板に刺さったままの幅が広い片刃の刃物。
「いえいえ、これ、央華の普通の包丁ね。便利よ。肉も野菜も一刀両断。ニンニクも簡単につぶせるよ」
「ああ。確かに。理にかなった作りだが。知らなければ、なんというか過剰なものに見えるね」
「これ、おばけとして実体化したら――」
透視係として館の中にご案内されているシノピリカがうっかり呟く。怖いから聞くが、聞いたら余計に怖いのが怪談なのだ。
「異国の地で死んだ料理人が新たな美食を求めて包丁片手に館を徘徊――」
「そういう場合、でっぷり太った大男と相場がきまてるよ」
と、ルーが言う。央華の様式美。
「禁断の美食の域に足を踏み入れていそうだね」
アルビノが悪気もなく枝葉を増やす。
曰くの品を扱ってなんぼの故買商と細工師にはさまれた物理系軍人は、のどで悲鳴を押し殺すしかない。
「あ、三階に、顔だけやけに精巧なトルソー――足だけない服着せとく人形があって――」
「ああ。偏執的に顔立ちが美しいというより、リアルにいた娘さんのようなトルソー」
ルーとアルビノに悪気はない。描写が的確なだけだ。
「――ゲシュペンストを待っていたら、その人形と料理人が追いかけてきたんだね」
「足がないので浮いてくるね」
運び出しが終わるまで、シノピリカは一切目線を二階から上にあげようとはしなかった。
●
合理主義者が額ををつき合わせて仕事を始めると、えらい勢いで進むのだ。
ツボミは、解体の邪魔だと次々館の外に運び出された割れ物を搬出しまくった。搬出するシャンデリアを持ってきたら、そのままツボミにつかまったヴァイオラが通りすがりの人間に公共事業だと説明し続ける。
サポート要員の乗った最後の馬車を見送ってしまえば、あとはぶっ壊すだけだ。
「さて――建築知識等無い故構造などは分からんが」
くるっと振り返ったツボミの顔が、一般向けではなく自由騎士向けになっている。人当たりとか投げ捨てた顔ですよ。やだー。
「脆くなっている場所、一際大きかったり分厚かったり強度が高くされている風な――つまり要になってそうな――箇所、ガラスや尖った木材の破片等破壊した際に怪我の元になりそうな部分の把握――」
歩きながらしゃべるツボミの後をヴァイオラが追った。それぞれがそれぞれの仕事をこなすフリーダム。
「終わってます!」
ナバル君が実際走り回って、突合せして柱に目印つけてくれました。若いっていいですね。プレートメイル改を脱いでいけばもっと楽だったかもしれませんが、同行したのがフルメタルジャケットのアデルだったので違和感がなかったのかもしれません。自由騎士だから大丈夫なの? 神様の加護ってすごい。
「――要の柱が分散しているなら下から崩しても良いが、大黒柱式なら流石に上の階から解体していくべきかもしれんな」
ツボミが地図の柱の配置を見ている。
下から一気に崩すときは同時に同等の力を加えて垂直に崩さないとダメージが多い方に倒れる。当たりすぎも当たり損ねも許されないシビアな調整が必要なのだが――今回に限れば、物理と魔導の属性調整だけで時間切れだ。無理。
「大出力で上からだな。大黒柱や螺旋階段は数人で一気に片付けるとしよう」
アデルが賛成し、方向が定まる。
ルーが持ち込んだ弁当とお茶をいただきながら、各自の適性と手加減具合なども考え、更に分担が決められていく。
「お食事ですか?」
「腹が減っては何とやらだ、ほれ食え」
ツボミが弁当を差し出した。ヴァイオラがサンドイッチをつまみ上げて口に運ぶと、茶が差し出された。
「説明を引き受けてくれて助かった。余計な荷物は解体の邪魔だが、野次馬は手順の邪魔だからな」
喉に違和感を感じたら言えと医者が言う。
「うう、勿体ない」
ルーが嘆いている。運び出さないことが決定したとはいえ、壁付け照明とか外せば売れそうなのに。うん、夜が明けるから無理。後、費用対効果がいまいち。だから、残っているのだが。結論、言うほどもったいなくない。
「では、予定通り【神の寵愛】で範囲化した魔導力攻撃を使う。速やかに破壊の限りを尽くそう」
●
他国から引きはがした権能を、こういうことに使っていいのだろうか。と皆の頭を若干よぎらないではなかったが、逆に考えれば戦争に使うよりはるかにましだ。
「仲間を巻き込むなよ。声掛けしろ。人がやってるときは待機して、いつでも防御できるようにしろよ」
「俺が騒音の減衰に務めよう」
音を響かなくさせる技術を持ったアデルが言う。
「聞こえにくくなってはいけないので、破壊の申請は挙手してくれ」
「では」
アルビノが挙手した。
「壁を抜いていこう――さぁ、ワタシの可愛い道化の兵士よ。ターゲットはこのお屋敷すべてだよ」
「待て。まず、屋根半分だけにしてくれ。階段が倒壊するとコトだ」
先ほど共有した破壊手順をご参照ください。
「なるほど。では、手順三番までを担当するよ。さぁ、改めて踊り狂うといい」
ウォーパイクを持った人形兵士による掘削でぶち抜かれる屋根及び壁。
ハンドアックスを下げて度肝を抜かれているヴァイオラの口元をそっと布が覆った。
「いかなキジンとは言え、肺腑までは機械化できぬ。生身ではなおさらだ口と鼻を布で覆うのだ」
シノピリカの目が潤んでいる。粉塵は目にも来るのだ。アデルのフルヘルメットは伊達ではない。
「基本的に権能を乗せた通常攻撃により、広範囲を薙ぎ払うのじゃ。上・そして外周から壁を壊し進めれば、比較的安全であろう」
そういってサーベルを構えているということは。
「構造物をある程度破壊出来たら、そのエリアの柱を探し――バッシュ!! という手はずじゃな。瓦礫に気を付けるといい。シノピリカ、破壊位置に到達した。手順4に入るぞ!」
「ナバル、手順5行くぜ! 全身の体重を乗せたハルバードの一撃、柱だってへし折ってみせるぜ!」
「アデルだ。屋根の全撤去、および山海の外壁内壁の撤去を確認した。手順5の大黒柱の除去に入る。全員タイミングを合わせてくれ」
きびきびと、物理技がぶっ飛ばされ、魔導攻撃で吹っ飛ばし、壁がぶち抜かれ、柱が消し飛ぶ、天井が落ち。
「崩落等による負傷は、効率重視した方が良い場面なら必要経費だ」
「でも、自力で動けなくなる前には言えよー」
土煙の向こうから聞こえる盛大なくしゃみ。勿体なーいという脊髄反射の叫び。
若干の擦り傷、切り傷。
そんなものを乗り越えて、館は解体された。
●
昨日の夕方まであった館がきれいさっぱりまっ平らになっていた。
「我々は自由騎士団である」
玄関に、ドカンとした大きな人が立っていた。笑顔がまぶしいキジンのお姉さんだ。
身ぎれいにして怪我も直した挨拶回り要員として駆り出され他シノピリカだ。粉塵で荒れた粘膜も治されている。
「当局から命ぜられ屋敷を破却した」
「はきゃく」
「――取り壊した」
「一晩で」
「ああ。まあ、なんとかなるものだ」
自由騎士様が言うのなら、そうなんだろう。
「また、巷間に伝わる様な事件は全くの事実無根であり、当該地区はまったくあんぜんだ」
後半のニュアンスに揺らぎを感じたが住人はそうですかと返した。
自由騎士様が言うんだからそうなのだ。
「央華の教えに曰く、『君子は怪力乱神を語らず』じゃ!」
かしこい人は、すぐにお化けのせいになんかしない。
「猟奇殺人など起きてはおらぬし、屋敷を壊した怪力とて怪異にあらず。科学なり!」
キジンの手足が光りはしないが、確かに唸る。
お化けなんていない。いなかった。でっかい包丁持った太った料理人も、足がないリアルな浮遊するお人形もいない!
「近隣の皆様に於かれましては、今宵も安堵して床に就かれるがよろしかろう!」
意気揚々と合流場所に戻ったシノピリカが、「出そうだった猟奇殺人鬼」の話をルーとアルビノから聞いているヴァイオラに出くわすまで、あと25分43秒。
「ぎぃ……ぎぃぃぃぃぃ……」
迫真のきしみ具合。
『その過去は消えぬけど』ニコラス・モラル(CL3000453)が絞り出した声に、『牛串の舞』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)が地面から5ミリ飛び上がる。
27歳お化けが怖い系女子と知っての狼藉か。
「いや、ほら、雰囲気大事デショ? 最初の出だしは大事」
そんなやり取りを『うらはらな心は春の風』ヴァイオラ・ダンヒル(CL3000386)は内心ワクワクして楽しんでいた。
(不気味な噂のあるお屋敷ですって? お話としては面白いわね! でも街中に放置すると治安が悪くなるものね。噂の概念をきっちり討伐して、お化け屋敷探検も楽しんで――)
「噂の生み出した殺人鬼と夜のデート等御免被る」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)のさくっとした意見。
ヘッドバンキング気味のシノピリカの首肯。
「まずは館の構造確認。情報を共有して計画のすり合わせ。夜明けまでには全部終わらせてしまいたいな。夜が明けたら挨拶周りにいくぜ」
悪びれもせず言い切るニコラスおぢさんにシノピリカさんの拳が光って唸ったり――今回は保留。
なぜなら、今回は「まだ」お化け屋敷になっていないからだ。
『お化け屋敷に変わる前にがれきの山にしてやるぜ、ヒャッハーっ!』
玄関の扉を開けたオラクル達は、そう選択してきたのだ。
「 今回は建物解体に最適な武器を用意した!」
『平和の盾』ナバル・ジーロン(CL3000441)の笑顔がまぶしい。ずっとその素朴な笑顔のままでいてほしい。
「ジャーン! ハルバード!! 色々できて便利だろ? これを、『シールドバッシュ』の身体操作で振るう!」
色々段取りが進んでいる、和やかな現場です。。
「本当に壊すの? 壊しちゃうの? 皆それでいいの?」
お化け屋敷を結構楽しみにしてきたヴァイオラがおずおずと言い出すのに、毛先までどっぷり自由騎士の水がしみ込んだオラクル達は目をぱちくりさせた。
「お化け屋敷を壊す」とは聞いていたが、あくまで「お化けを倒して、その概念をぶち壊す」と解釈していたヴァイオラは現場に入り、荷車やロープや整地用のレーキやあいさつ回り用の菓子折りだのの話を始めたのに、思って他の土地合うことに気が付いたのだ。
「だって。怖いのとか――無理だし」
物理なら怖くない。という女性陣に、お化けと戦おうといえるだろうか。いや、言えない。
「仕事柄、ちゃんとしたスーツはあるんだぜ? 髪もちゃんと括ってないとダメだよな……ほら、どうよ?」
ニコラスのあいさつ回り用スーツは皆がOKを出した。うん。もうちょい本人の胡散臭い演出成分を減らしてくれると完璧。
「自由騎士団とは、人々の笑顔と平穏を護るための組織!! ここんとこ戦争ばっかりだったし、こういう仕事は、なんというか、うん、いいな!
」
ナバルの、少なくとも今回に限っては、お化けを退治しようと微塵も思っていないさわやかさ。ホラーに向いてない。
「――あの、出た資材とか持って帰っていいですか。いやー、今ちょうど、ウチの住処の改築しててさ。色々資材欲しいんだよね……ちょっとした板とか、釘とか、布とか、できれば使えそうな家具とかあれば……ダメ? ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」
「「家のリフォーム用に資材を探していた所、渡りに船じゃないか、ナバル」
俺も訳あってカネが入り用でな……と呟く『鋼壁の』アデル・ハビッツ(CL3000496)の懐具合もなかなか深刻らしい。
格安・二束三文で譲ってもらえるように交渉済みです。
門扉の向こうには、中を気ぜわしくのぞき込もうとしている複数の人影。
もはや、人知れずこっそりお化けを退治して館をあとにするハードボイルドエンドは無理なのだ。
ヴァイオラは腹をくくった。
「え、ええ。ええ、公共事業ですのよ。皆様どうかご心配なさらずに。作業が終わりましたら、ご挨拶に上がりますわね!」
令嬢然としたヴァイオラの物言いの説得力。
「荷車が往来しますわ。下がっていらして! 夜明けには終わりますわ!」
今聞きかじったことを言いながらほほ笑めば、民はそれでしたら~と去っていく。
おー。という拍手の中、「もういいわよ……後腐れなく壊しましょ」とヴァイオラはつぶやいた。
大丈夫だ。自由騎士団にいる限り、飽きるほどお化け屋敷に遭遇することだろう。
さて。いきなり壊すのはサルでもできる。
サルならぬヒトはどうするか。「めぼしいものは先によけておく」から、始めるのだ。掘り出し物があってもなくても、少なくとも『有美玉』ルー・シェーファー(CL3000101)が機会喪失の悪夢に煩悶することはなくなる。
「さてと」
持参したカンテラに火をともした『道化の機械工』アルビノ・ストレージ(CL3000095)の白く整った顔がぼんやり浮かんで、仲間と分かっていなければ若干名の悲鳴が避けられないところだった。
「ワタシは外向けの対応にはあまり向いてるとはいえないからね。屋敷の破壊と、価値のありそうなものの運搬に注力させてもらうよ。古き良き価値あるもの。それが瓦礫になるのはいただけないね」
さっさと館の深部に歩き出す。物語だと、序盤にいきなり天井から落ちてくるシャンデリアの下敷きになって死んでしまう行動選択だが、ごく普通の館なのでそういうものはないのだ。あると思う心に幽霊列車が反応するのだ。怖いこと考えちゃダメなのだ。
「家具や工芸品は細工師として、宝石などの装飾品なども宝石職人としての目で価値を見極めよう。果たしてワタシの眼鏡にかなうものを見つけられるでしょうか」
ここが幽霊屋敷なら極めて危ないムーブだが、単なる廃屋なので全然危なくないのだ。幽霊列車の来ないうちは。水鏡によっておおよその到達時刻は全員心得ているが、列車がいつ来るかなんてあくまで目安だから。信じちゃだめだから。秒と狂わずやってくるなんて神の御業だから。
作業は迅速に。幽霊列車が来る前にここは更地にしなくちゃならない。
「アルビノ殿、待ってくれ。やみくもに探索していたのでは時間がかかる。私が調度のありかを透視するので参考にしてほしい」
シノピリカ、お化けはいないとなれば前向き。
もちろん時間は有限。並行作業は大事だ。
「俺、大黒柱っぽいのとか、壁突き合わせしてくる!」
力仕事は任せろ。手には見取り図。時間勝負ということで、専門家に重要度が書き込んであるのを提供してもらえたが、現物と突合せしてるわけじゃない。視認大事。
「破壊順の検討は大事だ。では、俺はこちらを。後程情報を共有しよう」
アデルは、速やかに屋敷内の確認に入った。
「調度の持ち出しは最低限だ。時間がない。トリアージB以下はそのままだ」
例外として、割れると作業が滞るガラスや陶器はさっさと運び出された。窓枠から取り外すのも後回しだ。
「最低限――」
ビシッと言われてしまったルーは茫然と呟いた。
(アタシのお金がーッ!)
心の底から叫んでいるが、正確にはルーの所有物ではない。報酬から格安で仕入れてください。アクアディーネの僕たる自由騎士団は火事場泥棒は致しません。
というか。そもそも普通の館なのだ。屋敷売りに出す前にめぼしいものはみんな処分されているのだ。残っていたわずかな調度もめぼしいものはとっくに薄暗がりに生きる方面の連中がもち出している。
その中で残っているようなものというのは。
「――厨房で血まみれの――鉈かい。これは」
アルビノが首をかしげる。
まな板に刺さったままの幅が広い片刃の刃物。
「いえいえ、これ、央華の普通の包丁ね。便利よ。肉も野菜も一刀両断。ニンニクも簡単につぶせるよ」
「ああ。確かに。理にかなった作りだが。知らなければ、なんというか過剰なものに見えるね」
「これ、おばけとして実体化したら――」
透視係として館の中にご案内されているシノピリカがうっかり呟く。怖いから聞くが、聞いたら余計に怖いのが怪談なのだ。
「異国の地で死んだ料理人が新たな美食を求めて包丁片手に館を徘徊――」
「そういう場合、でっぷり太った大男と相場がきまてるよ」
と、ルーが言う。央華の様式美。
「禁断の美食の域に足を踏み入れていそうだね」
アルビノが悪気もなく枝葉を増やす。
曰くの品を扱ってなんぼの故買商と細工師にはさまれた物理系軍人は、のどで悲鳴を押し殺すしかない。
「あ、三階に、顔だけやけに精巧なトルソー――足だけない服着せとく人形があって――」
「ああ。偏執的に顔立ちが美しいというより、リアルにいた娘さんのようなトルソー」
ルーとアルビノに悪気はない。描写が的確なだけだ。
「――ゲシュペンストを待っていたら、その人形と料理人が追いかけてきたんだね」
「足がないので浮いてくるね」
運び出しが終わるまで、シノピリカは一切目線を二階から上にあげようとはしなかった。
●
合理主義者が額ををつき合わせて仕事を始めると、えらい勢いで進むのだ。
ツボミは、解体の邪魔だと次々館の外に運び出された割れ物を搬出しまくった。搬出するシャンデリアを持ってきたら、そのままツボミにつかまったヴァイオラが通りすがりの人間に公共事業だと説明し続ける。
サポート要員の乗った最後の馬車を見送ってしまえば、あとはぶっ壊すだけだ。
「さて――建築知識等無い故構造などは分からんが」
くるっと振り返ったツボミの顔が、一般向けではなく自由騎士向けになっている。人当たりとか投げ捨てた顔ですよ。やだー。
「脆くなっている場所、一際大きかったり分厚かったり強度が高くされている風な――つまり要になってそうな――箇所、ガラスや尖った木材の破片等破壊した際に怪我の元になりそうな部分の把握――」
歩きながらしゃべるツボミの後をヴァイオラが追った。それぞれがそれぞれの仕事をこなすフリーダム。
「終わってます!」
ナバル君が実際走り回って、突合せして柱に目印つけてくれました。若いっていいですね。プレートメイル改を脱いでいけばもっと楽だったかもしれませんが、同行したのがフルメタルジャケットのアデルだったので違和感がなかったのかもしれません。自由騎士だから大丈夫なの? 神様の加護ってすごい。
「――要の柱が分散しているなら下から崩しても良いが、大黒柱式なら流石に上の階から解体していくべきかもしれんな」
ツボミが地図の柱の配置を見ている。
下から一気に崩すときは同時に同等の力を加えて垂直に崩さないとダメージが多い方に倒れる。当たりすぎも当たり損ねも許されないシビアな調整が必要なのだが――今回に限れば、物理と魔導の属性調整だけで時間切れだ。無理。
「大出力で上からだな。大黒柱や螺旋階段は数人で一気に片付けるとしよう」
アデルが賛成し、方向が定まる。
ルーが持ち込んだ弁当とお茶をいただきながら、各自の適性と手加減具合なども考え、更に分担が決められていく。
「お食事ですか?」
「腹が減っては何とやらだ、ほれ食え」
ツボミが弁当を差し出した。ヴァイオラがサンドイッチをつまみ上げて口に運ぶと、茶が差し出された。
「説明を引き受けてくれて助かった。余計な荷物は解体の邪魔だが、野次馬は手順の邪魔だからな」
喉に違和感を感じたら言えと医者が言う。
「うう、勿体ない」
ルーが嘆いている。運び出さないことが決定したとはいえ、壁付け照明とか外せば売れそうなのに。うん、夜が明けるから無理。後、費用対効果がいまいち。だから、残っているのだが。結論、言うほどもったいなくない。
「では、予定通り【神の寵愛】で範囲化した魔導力攻撃を使う。速やかに破壊の限りを尽くそう」
●
他国から引きはがした権能を、こういうことに使っていいのだろうか。と皆の頭を若干よぎらないではなかったが、逆に考えれば戦争に使うよりはるかにましだ。
「仲間を巻き込むなよ。声掛けしろ。人がやってるときは待機して、いつでも防御できるようにしろよ」
「俺が騒音の減衰に務めよう」
音を響かなくさせる技術を持ったアデルが言う。
「聞こえにくくなってはいけないので、破壊の申請は挙手してくれ」
「では」
アルビノが挙手した。
「壁を抜いていこう――さぁ、ワタシの可愛い道化の兵士よ。ターゲットはこのお屋敷すべてだよ」
「待て。まず、屋根半分だけにしてくれ。階段が倒壊するとコトだ」
先ほど共有した破壊手順をご参照ください。
「なるほど。では、手順三番までを担当するよ。さぁ、改めて踊り狂うといい」
ウォーパイクを持った人形兵士による掘削でぶち抜かれる屋根及び壁。
ハンドアックスを下げて度肝を抜かれているヴァイオラの口元をそっと布が覆った。
「いかなキジンとは言え、肺腑までは機械化できぬ。生身ではなおさらだ口と鼻を布で覆うのだ」
シノピリカの目が潤んでいる。粉塵は目にも来るのだ。アデルのフルヘルメットは伊達ではない。
「基本的に権能を乗せた通常攻撃により、広範囲を薙ぎ払うのじゃ。上・そして外周から壁を壊し進めれば、比較的安全であろう」
そういってサーベルを構えているということは。
「構造物をある程度破壊出来たら、そのエリアの柱を探し――バッシュ!! という手はずじゃな。瓦礫に気を付けるといい。シノピリカ、破壊位置に到達した。手順4に入るぞ!」
「ナバル、手順5行くぜ! 全身の体重を乗せたハルバードの一撃、柱だってへし折ってみせるぜ!」
「アデルだ。屋根の全撤去、および山海の外壁内壁の撤去を確認した。手順5の大黒柱の除去に入る。全員タイミングを合わせてくれ」
きびきびと、物理技がぶっ飛ばされ、魔導攻撃で吹っ飛ばし、壁がぶち抜かれ、柱が消し飛ぶ、天井が落ち。
「崩落等による負傷は、効率重視した方が良い場面なら必要経費だ」
「でも、自力で動けなくなる前には言えよー」
土煙の向こうから聞こえる盛大なくしゃみ。勿体なーいという脊髄反射の叫び。
若干の擦り傷、切り傷。
そんなものを乗り越えて、館は解体された。
●
昨日の夕方まであった館がきれいさっぱりまっ平らになっていた。
「我々は自由騎士団である」
玄関に、ドカンとした大きな人が立っていた。笑顔がまぶしいキジンのお姉さんだ。
身ぎれいにして怪我も直した挨拶回り要員として駆り出され他シノピリカだ。粉塵で荒れた粘膜も治されている。
「当局から命ぜられ屋敷を破却した」
「はきゃく」
「――取り壊した」
「一晩で」
「ああ。まあ、なんとかなるものだ」
自由騎士様が言うのなら、そうなんだろう。
「また、巷間に伝わる様な事件は全くの事実無根であり、当該地区はまったくあんぜんだ」
後半のニュアンスに揺らぎを感じたが住人はそうですかと返した。
自由騎士様が言うんだからそうなのだ。
「央華の教えに曰く、『君子は怪力乱神を語らず』じゃ!」
かしこい人は、すぐにお化けのせいになんかしない。
「猟奇殺人など起きてはおらぬし、屋敷を壊した怪力とて怪異にあらず。科学なり!」
キジンの手足が光りはしないが、確かに唸る。
お化けなんていない。いなかった。でっかい包丁持った太った料理人も、足がないリアルな浮遊するお人形もいない!
「近隣の皆様に於かれましては、今宵も安堵して床に就かれるがよろしかろう!」
意気揚々と合流場所に戻ったシノピリカが、「出そうだった猟奇殺人鬼」の話をルーとアルビノから聞いているヴァイオラに出くわすまで、あと25分43秒。
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