MagiaSteam
湿原の毒牙




 青年はその光景に息を呑んだ。地平線からわずかに顔をのぞかせた太陽が、広大な湿原を淡い黄金色に染めあげている。
 身の竦むような静寂の裏に、数えきれない生命の営みが潜んでいることは明らかだ。
 青年は興奮を押し殺して注意深く湿原に足を踏み入れた。
 成果は想像以上だった。青年は三時間足らずの間に、二十近い希少種に加え、新種と思しきサラマンダーを発見した。
 この名もなき湿原は野生生物たちの楽園だ。ここではあらゆる生物が共生し、独自の生態系を太古より連綿と保ち続けているのだった。
 短い休憩を終えて、青年は調査を再開した。
その日彼が発見した希少種は動植物を含めて四十種以上に達した。中でも多いのがサラマンダーだ。この湿原は世界でも指折りのサラマンダーの棲息地だといえるだろう。サラマンダーはどの種も穏やかで人に危害を加える気配はない。
 青年は空腹も忘れて調査に没頭した。気がつくと既に陽は大きく傾き、夜が間近に迫りつつあった。
 ――そろそろ戻らないと。
 興奮が醒めやらぬままに帰り支度を整えていると、傍らを流れる小川で大きな水音が鳴った。
 素早く視線を移すと、そこには巨大なカエルの姿があった。おそらく水鳥を捕食したのだろう、中型犬ほどの大きさをしたカエルの周りには真白い羽毛が散らばっている。
 青年がカエルに近づこうとした瞬間、小川から一匹の大蛇が飛び出してカエルに噛みついた。
 大蛇はあっという間にカエルを丸呑みすると、茫然と立ち尽くす青年にじりじりと這いよった。


「そういうわけで、みんなにはこのおっきなヘビさんの討伐をお願いするよ!」
 水鏡を覗きながら、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が続ける。
「この辺りは希少生物がたくさん棲息しているから、ヘビさんが他の生き物を食べ尽くしてしまう前に急いで退治してほしいの。もちろん、このままだと生態調査をしている男の人が食べられちゃうから助けてあげてね」
 湿原へ向かおうと階差演算室をあとにする自由騎士たちの背中に、クラウディアが付け加えた。
「もしかしたらこのヘビさんもかなり珍しい種類かもしれないから、なるべく殺さないように。それじゃあ、気をつけてね!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
kaede0424
■成功条件
1.イブリース化した大蛇を討伐する
2.青年を救出する
3.希少生物を保護する
はじめまして、Kaede0424と申します。
みなさんには広大な湿原に出現したイブリースの討伐をお願いします。

イブリースは全長およそ15メートル、直径40センチを超える大蛇です。
温度の違いを感知するピット器官で獲物の居場所を探って噛みつき、出血性の毒素を獲物の体内に注入し、充分に弱らせてから丸呑みする習性があります。

【攻撃方法】
・締めつけ スクラッチ2
・噛みつき ポイズン2

湿原には小川や湖沼が点在しており、多様な水生植物が生い茂っています。
イブリースは水生植物群に身を隠しながら広大な湿原を音もなく移動しているので、そう簡単に見つけることはできません。

見通しの悪い湿原の中でいかにイブリースを探し出し、周囲の動植物に配慮しながら戦うかがカギとなるでしょう。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/8
公開日
2019年10月30日

†メイン参加者 6人†




 自由騎士たちは現場に到着すると、ふたつのグループに分かれて湿原に散らばった。
 ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033) 、『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496) 、ガラミド・クタラージ(CL3000576)は青年の保護、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)、『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025) 、『新米自由騎士』リリアナ・アーデルトラウト(CL3000560)は大蛇の捜索が最優先事項だ。

 ウェルスは羽ばたき機械で上空から青年の姿を探していた。はじめに動物交流で湿原の生物に青年の居場所を尋ねてまわってみたが、爬虫類や両棲類といった生物から的確な情報を訊き出すことは予想以上に困難だった。
 ――広大な湿原とは聞いていたが、まさかここまで広いとはな……ん?
 イブリースが襲ってきても大丈夫なように二十メートルの高度を維持しながら青年を捜索していると、沼の間を縫う細い陸地に、丸太をひきずったような跡が残っているのを認めた。羽ばたき機械の高度を下げて、痕跡を間近で観察する。
 ――ドンピシャだ。
 ウェルスはマキナ=ギアを使って仲間に伝達した。
「ウェルスだ。湿原の北東部でイブリースの痕跡を発見した。残念ながらそれほど新しいものではないが、それほど遠くには行っていないだろう」

 エルシーは悩んでいた。イブリースをおびき寄せる餌を事前に調達できなかったため湿原で手頃な生物を捕獲しようと試みたが、どれが希少生物であるかがわからず決心することができなかった。
 ――希少生物を囮にするのはダメだよね。でも早いところイブリースを捕まえないと多くの希少生物が食べられちゃうかもしれないし。ていうかそもそもあんまり触りたくないなあ……。
 エルシーが意を決して希少生物らしきカエルを捕まえようとしたとき、ウェルスから伝達が入った。
 ――湿原の北東部か……とりあえずそっちに向かってみようかな。最悪、自分の腕を切って血の匂いでおびき寄せればいいんだし。

 ガラミドは逸る気持ちを必死で抑えながら、青年を探していた。リュンケウスの瞳を駆使しているにもかかわらず、青年の姿は杳として知れなかった。
 マキナ=ギアにウェルスからの伝達が入ったときはウェルスが青年を保護したのではないかと期待したが、そうでないと知ってガラミドはより大きな焦燥に駆られた。
 ガラミドにとっては青年の保護が最優先だ。イブリースは青年を保護した後に時間をかけて探せばいい。
 ガラミドの脳裏に最悪のシナリオがよぎったそのとき、アデルから伝達が入った。
「青年を保護した。これよりイブリースの捜索に移る」

 青年は沼地に半ば入りこむようにして調査に没頭していた。声をかけても反応はなく、肩を叩いてようやくアデルの存在に気づくほどだった。
「うわっ! な、なんの用ですか……?」
「ずいぶんと熱中していたようだな。ここには大蛇がいる。人を丸呑みするほどの巨大な蛇だ。危ないから急いで立ち去りなさい」
 青年が顔を輝かせる。
「この湿原にはそんな大きな蛇まで棲息しているんですか! これはぜひ調査しておかないと!」
「そんなことを言っている場合ではない。急いで立ち去るんだ。ところで、大蛇の餌になるカエルがいそうな場所はないか? できるだけ大きなやつがいい」
「ああ、それなら――」
 アデルが青年と一緒にカエルを探しているところに、ガラミドが合流した。
「……何をやってるんだ?」
 青年が答える。
「大蛇をおびき寄せるカエルを探しているんですよ」
「そういうことなら、オレも手伝わせてもらおう」

「イブリース化しちゃった蛇も元々はこの湿原で静かに暮らしてたんだよね?」
 『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)は湿原を眺めながらひとりごちた。イブリース化した大蛇に罪はない。しかしイブリースを討伐しなければ生態系が崩壊し、この美しい湿原は遠からず不毛の地と化すだろう。
 ――かわいそうだけど、やるしかないよね!
 カノンは一刻も早く任務を遂行するべく、リュンケウスの瞳を駆使してイブリースを捜索した。加えてハイバランサーを併用しているため、水中をもくまなく見通すことができた。
 にもかかわらず、イブリース探しは難航した。
 ――いくらなんでも範囲が広すぎるよ……。
 カノンが弱気に憑りつかれそうになったとき、前方にエルシーの姿を発見した。エルシーは腕から血を流しながら、じっと立ち尽くしている。
「エルシーねーさん、大丈夫!?」
「しっ! イブリースをおびき寄せているところだから静かにして。危ないからあんまり近づかないでね」

 『新米自由騎士』リリアナ・アーデルトラウト(CL3000560)は背の高い水生植物に隠れて、青年たちの様子をじっと伺っていた。
 リリアナはイブリースと前線で戦うことがこの任務で自分に課せられた使命であると感じていた。前線で活躍するためにはイブリースを第一に発見しなければならないが、この広大な湿原でイブリースを探し出す自信はない。
 そこでリリアナはイブリースの発見に立ち会うため、大蛇の生態に詳しい青年の動向を観察しているのだった。
 青年はアデルが捕まえたカエルを木に吊るし、イブリースをおびき寄せようとしていた。
 リリアナの予想は的中した。
 イブリースは沼地から音もなく姿を現すと、目にもとまらない速さでカエルを丸呑みにした。


「リリアナいきますっ!」
 リリアナはラピッドジーンで急加速すると、カエルを呑みこんだばかりのイブリースめがけてグラディウスを振り下ろした。刃先は分厚い鱗をわずかに傷つけるばかりで手応えはない。
「くっ、思ったより硬いですね」
 間髪入れずにイブリースがリリアナに飛びかかった。リリアナは素早いバックステップでイブリースの毒牙を躱すと、エネミースキャンで敵の能力を探った。
「敵をスキャンしましたっ! 前歯に強い毒があるので噛まれないように気をつけてください! 弱点は首筋です!」

 イブリースが現れるや否や、ガラミドは青年と共に急いで現場を離れた。
 イブリースの動きは想像以上に機敏だった。仲間たちが注意をひきつけているとはいえ、いつその毒牙を青年に向けるかわからない。
「絶対にオレから離れるなよ」
 そう言って、ガラミドは青年の顔を見やった。ガラミドの予想に反して、青年は極度の興奮状態にあるようだった。
「す、凄い! あんな模様の蛇は見たことない……きっとこの湿原固有の新種だぞ」
「おい、聞いているのか?」
「あっ、すみません。ところでみなさんはあの蛇をどうするつもりですか?」
「生きたまま浄化してイブリース化を解くつもりだ。成功する保証はないがな」
「絶対に殺さないでください。これは凄い発見だぞ――」

 ウェルスは沼地からイブリースが姿を現す瞬間を数十メートル先の上空から見ていた。
 ――ようやくお出ましか。待ちくたびれたぜ。
 ウェルスは全速力で羽ばたき機械を駆り、現場に急行した。
 リリアナがエネミースキャンの結果を大声で叫んでいる。
 ――首が弱点なんだな。
 ウェルスは敵の攻撃が届かない高度をしたまま、ピンポイントシュートを撃ちこんだ。
 銃弾は寸分たがわずイブリースの首筋に命中したが、分厚い鱗が阻んだのか、イブリースは怯む様子さえ見せない。
 ――同じ個所にもう一発撃ちこめばさすがに効くだろう。
 ウェルスが正確を期すために高度をわずかに下げた瞬間、待ち構えていたかのようにイブリースが飛びかかった。

 アデルはウェルスに牙を立てようとするイブリースにダブルシェルをお見舞いした。
 ウェルスは毒牙を免れたが、バランスを崩したイブリースが羽ばたき機械に衝突し、軟着陸を余儀なくされた。
 アデルはウェルスへの攻撃を諦めたイブリースに接近した。
 青年の推測が正しければ、この大蛇は熱を感知するピット器官で獲物の居場所を探る習性があるはずだった。
 カタフラクトを熱源とするアデルが常に近くにいれば、イブリースを錯乱させることができるかもしれない。
 アデルはイブリースに充分接近すると、気合いをこめてジョルトランサー改を叩きつけた。
 イブリースの鱗が剥がれ落ち、露出したピンク色の皮膚に血が滲んでいる。
 ――効いているぞ!
 追撃を試みたアデルの体に、イブリースの巨体が巻きついた。

「蛇さん、観念してもらうよ!」
 エルシーと共に前線に到着したカノンは、体内で練り上げた気をイブリースめがけて撃ち放った。光の球がイブリースの頭部を直撃し、炸裂した。
 イブリースは素早くアデルの体から離れると、カノンに向かって牙を剥いた。
 カノンはリュンケウスの瞳で周囲の動植物に影響を与えないよう配慮しつつ、イブリースの毒牙を紙一重で躱していく。

 エルシーはカノンに牙を剥くイブリースを追って、籠手をまとった拳をイブリースの長い胴体に撃ちこんだ。
 心身のリミッターを呼吸法と自己暗示で外したエルシーの拳は、イブリースの内臓を震わせた。
 二発、三発と攻撃を加えるにつれて、イブリースの動きが徐々に鈍っていく。
 刹那の間隙をついて、エルシーは雄叫びと共にひときわ強烈な一撃を叩きつけた。
 イブリースは体をのけ反らせて、大きな噴気音を漏らした。

「イブリース化しなければ君が他の生物を食べてもそれは自然の営み。カノンたちが口出しすることじゃないけど、今の君は違うよね。許しは請わない。後悔もしない。願わくは君の魂が神様のもとに辿りつきますように」
 そう呟くと、カノンはイブリースの喉元にガントレットをはめた拳を叩きこんだ。
 鐘の音に似た音が黄昏の湿原に響きわたる。
 イブリースは痙攣しながら仰向けに倒れると、やがてぴくりとも動かなくなった。


「もうイブリース化しちゃダメよ~」
 エルシーに送りだされて、大蛇は静かに湿原の叢に姿を消した。
 ガラミドが青年に尋ねる。
「良かったのか。逃がしちまって」
「ええ。弱った個体を採集するわけにいきませんから」
 ――専門家にそんなことを言われたら、こいつらを捕獲するわけにはいかねえよな。
 青年の言葉を聞いて、ウェルスは捕まえた希少生物たちを不承不承リリースした。
 ――当初の計画とは違うが仕方ない。念写で撮影しておくか。それだけでも出るとこに出せばそれなりの値段にはなるだろう。
 自由騎士たちはそれぞれの思惑を胸に、陽が沈むまで湿原を散策した。
 イブリースの脅威が去った湿原は、楽園と呼ぶに相応しい美しさを湛えていた。