MagiaSteam
夜霧の吸血鬼



 カツカツカツ……靴を鳴らし、騎士の女性はイ・ラプセルの外れを歩いていた。
「たまにはパトロールの道を変えて脚を伸ばしたものの、特に問題はないか……」
 平穏を絵に描いたかのような光景に、踵を返した時だった、腕を掴まれたのは。
「誰だ!?」
 すぐさま反転しようとして、そのまま両手を掴まれて吊し上げられてしまう。
「この、はな……ぁんっ!?」
 首筋に走る小さな痛み。それに続く全身を内側から撫でるような感触に、全身が跳ねた。
「あっ、やっ、んぅ……」
 淡く撫ぜられているようで、こそばゆく、もどかしい。やがては痺れたようにひくひくと体を痙攣させて脱力した彼女を、大きな影がそっと道端の木に体を預けさせるように寝かせると布を被せて去っていく。
「ま、待て……」
 未だ疼く様な体に鞭打って、女性騎士が被せられた布を押し退けて見たものは、丈の長いコートと揺れる銀髪だった。


「こんな噂を知っているかい?」
 ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)は真剣な眼差しを向ける……町ゆく女の子に。じっくり眺めて、完全に通り過ぎてからこちらに振り向いた。
「町の外れ、それもイ・ラプセルの領土の境界付近に、吸血鬼が出るらしいんだ」
 勘弁してくれ。そう言わんばかりに頭を抱える自由騎士達にヨアヒムも遠い目をしつつ。
「気持ちは分かるが、よく聞いて欲しい。その吸血鬼は何とも許しがたい事に……」
 グッと、ヨアヒムが拳を握って。
「美女ばかりを狙うらしい! なんと羨まし……もとい、恐ろしいんだ!!」
 ジト目になる自由騎士達が腰を上げると、割と必死にヨアヒムが引き留めて、話が続く。
「こ、ここからが本当に大変な所で、昨晩騎士団の女性が襲われたらしい。それがきっかけで、もう何人もの女性が被害に遭ってた事が分かったんだ。というのも、この吸血鬼は意識が朦朧とするほど血を吸っておきながら、命に別状がない程度に留めて、かつ安全な所に寝かせて毛布を掛けて去っていくらしい」
 ただ『食事』をするなら、確かにその気遣いは無用である。自由騎士達も首を傾げた所でヨアヒムは両手を挙げて。
「そんなだから、今まで被害に遭った女性も変な夢を見て、通りすがりの人が助けてくれたのだと思っていたらしいんだ。しかし、そこは鍛えてる騎士団の女の子、遠のく意識の中、犯人の背中を見たんだって。そこからは芋づる式だよ。それで騎士団はこの吸血鬼を追ってるんだけど、どうも尻尾が掴めないみたいでね」
 君達は「あとは、分かるよね?」というヨアヒムの顔から何かを察して行動を開始してもいいし、知らぬふりをして立ち去ってもいい。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
残念矜持郎
■成功条件
1.吸血鬼との接触
かっこいい依頼かと思った?

残念! 残念の残念な依頼だよ!!

【現場】

町外れの農村っぽいあたり

時間は夜だけど、月明かりが照らしてくれるから照明は必要ない……はず?

【目的】

吸血鬼の正体を調べること

【作戦?】

吸血鬼は一人で夜を歩く美女しか狙わないと言われているため、美女、もしくは美少女が囮になる事で誘き出す事ができそうです

美しさの基準はプレイングで判断されます(いかに自分が美しいかを記載し、それをさりげなく見せる行動をすれば釣れるみたいですよ)

ちなちに、すぐ助けに入ると逃げられてしまうため注意です

状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
15モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
8/8
公開日
2018年08月31日

†メイン参加者 8人†



●誰がこんな末路になると思っただろう?
「同僚の女性が襲われた、か」
 それは、部隊編成がなされる少し前の事。正式に情報をまとめた依頼書を確認して『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は眉根を寄せる。
「最近は自由騎士団としての仕事に集中していたとはいえ、知らなかったとは恥ずかしい……」
 ため息を一つ溢し、同席していた同僚に微笑みをこぼす。
「こうなれば吉報を見舞いの品として持って行くさ」
 こうして、彼は今回の案件を引き受ける事を決め、実際に部隊に編成されたのだが。
「この仕事に向けて意気込む所までは良かったんだ」
「やるからには生半可な出来は許されませんもの!」
 『命短し恋せよ乙女』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)はブラウン系のチークで顔の立体感を引き立たせ、通った鼻筋を際立たせる。
「でも、まさかさ」
「女性ばかりを狙うなんて許せない! 正体を暴いて、必ず捕まえてやるわ。その為にも、まずは身なりをきちんとしないとね」
 『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は複数のワンピースを広げて最適と思われる一着を選ぶ。それは、町中を巡って探し求めてきた、特大サイズの逸品ばかり。
「その、あの……」
「もう女性よりも女性らしく仕上げるわよ! そういうの結構好きだわ♪」
 『翠氷の魔女』猪市 きゐこ(CL3000048)はアイラインを引いて『碧眼』を大きく見せ、愛らしさを引き出すと『ブロンド』の髪に小さな薔薇を象った髪留めをする。
 え? きゐこは紫眼で黒髪? ハハハ、誰が自分にメイクしてるなんて言ったよ?
「女装をするだなんて思わなかったよッッッッ!!!!!!!!」
 アダムが絶叫する間にも、部隊の女性陣によってアダムの女装が着々と進んでいく。
「なんでさ!? 依頼書の備考欄の『美女、もしくは美少女が囮になる事で誘き出す事ができそうです』という一文を良く見てごらんよ! 『美女、もしくは美少女』だよ!? 僕男だよ!!??」
「本来美少女と言えば私なのですが、騎士が漢気を見せるというなら、本物がでしゃばるのは無粋というもの……今回は譲りましょう」
「だったら代わってくれてもいいんだよ!?」
 アダムの叫びは届かず、色白な鬼人の女性が背を向け、片手をヒラリ。颯爽と去っていく……。
「彼、どんな服が似合うかしらね? 肌の露出は少な目である程度ボディラインがわかる感じの服がいいかしら?」
「あ、それなら体のラインを隠せるものを……」
「こちらのブラウスとスカートにコルセットを合わせて、それにカーディガンを重ねて……」
「僕の話聞いてた!? コルセットなんかしたら男の無骨な体が露骨に出るんじゃないかな!?」
「アダム、甘いですわ。スイート過ぎて目眩がいたしますわ!!」
 ジュリエットはアダムの肩を掴み、その瞳をジッと覗き込む。
「ボディラインを隠すなんて美女がするなら愚の骨頂! 体型に自信の無い少女の『逃げ』の行為ですわ! あなたがなるのは美女ですのよ? それも、『高身長』の」
「あー……」
 言われてアダムも気づいたようだが、アダムの身長は百八十を超えており、どう見ても一般的な女性とは言い難い体になるだろう。それが変にボディラインをごまかせる格好をするとなると、全体的にふわっふわしたフリルとパニエの塊のような姿になってしまう。
「いっそのこと、開き直って精悍な体を見せて、騎士団の女性っぽさを見せつけた方が手っ取り早いと思いますの」
 そこまで語って、はたと、ジュリエットが気づく。
(逞しい体に、腕も太くて……そのくせ肌は綺麗だし目だってどこか少年のような……ていうか私、アダムの肩を掴んでこんな近くに……!?)
「ッ!?」
 バッと離れて、自分の頬を両手で挟み、早鐘を打つ心臓に鎮まれとひたすらに願った。
「ジュリエット……?」
「何でもありませんわ!!」
「え、でも……」
 パシャ。とある獣人がアダムの姿をカメラに収めた。
「うん、綺麗になってると思うよ」
「なんで撮ってるんだい!?」

●彼は色んな意味で犠牲になった
「せめてウィッグは欲しかった……!」
 変に素体が良かったせいで、アダムは見る人が見れば彼だと分かる程度にはナチュラルメイクで、ブラウスにズボン、コルセットに簡易的な胸当てと長剣、肩幅をごまかすためのカーディガンとシンプルな髪留めが一つ、という女性版アダムと言える格好で夜道に立たされていた。
 顔が隠せるように長髪のウィッグを希望した彼だったが。
「吸血鬼は後ろから狙うので吸血する部位がエロいほうが萌える説採用。すなわちうなじを見せる髪型、タイトスカートとかでおしりフリフリは如何か」
 などと某インコ怪人が提案したものだからウィッグは却下されて今に至る。
「いや僕が囮となる事で女性の被害を減らせるのならソレは男として誇るべき事だからソレはソレとしてさ!? いいさいいさ! 何だかもう良く分からないけどやってやろうじゃないか!」
 羞恥のあまり一周回って吹っ切れたアダムは堂々と胸を張り、行き交う人々に流し目で微笑みながら、隣のエルシーの言葉に耳を傾ける。
「脚は若干交差させるように。男女じゃ骨格が違うから脚の踏み出し方が違うの……あぁ、そこまでやるとやり過ぎで……」
 と、歩き方に気を付ければ。
「アダム、肩が張っておりましてよ。堂々とするのはいいことですが、歩き方が女性騎士というより軍人のようで、男らしさが隠せておりませんわ」
 反対側からジュリエットによる上半身の指導が入る。
(なんだろう、この状況……?)
 『裏街の宵の天使』アリア・セレスティ(CL3000222)はそんな彼らを後ろから見守り遠い目をした。
(というか、歩き方の練習なら人気のない場所でやればそんなに人に見られる事もなかったんじゃ……)
 仕方ないよ、アダムが道行く人に視線を投げかける練習もしたいっていうんだもん。彼はきっと恥ずかしがりつつもこの姿を色んな人に見せたかったんだよ。だって、最初から町外れにいけばそもそも他の誰にもこの姿を見られる事も、視線を向ける必要もなかったんだから。
「えっ!?」
 アダム、今気づいたのか……?
「なぜ僕が女装するという流れになってしまったのだろうか こんなにも自由騎士団には美しい女性がいるというのになぜ? なぜなんだ? あぁ神よ、女神よ、どうか……何事もありませんように……」
 神へ祈りを捧げつつ、最初の囮役、アダムがやって来たのは女性騎士が襲われた町外れ。人気もなければ民家もまばら。そんな中、自由騎士達は散り散りに身を潜め、その全員を見下ろせる建物の上にアリアが陣取ると、自分の背中側に浮かぶ月を見上げて。
「月が綺麗ね」
 これが致命的なミスだと発覚するのは、もう少し後の事である。

●囮作戦してみたけれど?
「吸血鬼かー、鬼人とはまた違うのかな? 女の子ばっかり狙うのは、本人が女の子だから、男の人からは恥ずかしくて吸えない……とかだったりして!」
 『全力全開!』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)は物陰でクスクス笑い、吸血鬼が現れたポイントを一周したアダムと交代して歩き出す。
(どこから来るかな?)
 いつもの服で、ノーメイクな彼女は身軽なものである。では何もないかというとそういうわけでもなく、中華大陸伝来の緋色のドレスの裾を揺らし、日々の鍛練で洗練された四肢を見せながら、どことなく世間離れした雰囲気を醸し出す。
 周りを気にしつつ、敵が上から来る可能性も考慮して、上方への警戒も怠らない。
(んー……出てこないなー……)
 しかし、彼女もまた無事に一周し終えて、前髪を下ろし三つ編みおさげにブラウスとスカートと、素朴な格好で物陰から歩き出した『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)。
(ローティーンの頃の格好だというのに、未だ普通に着れるなあ私)
 我が身はいつまで経っても幼いままだなぁ……と遠い目で感慨(意味浅)にふけるツボミだが、夜道を不安がる様に、きょろきょろ見回しながら恐る恐るといった体でルートを巡るも、例の如く吸血鬼は寄って来ない。
「夜道に婦女子を襲う奴なんて大抵、こーゆータイプ狙いやすいと思うんだよねー。てゆーかお持ち帰りしてもナニも出来ない辺り絶対に 貞だよねこの人」
 次に歩き出した『裏街の夜の妖精』ローラ・オルグレン(CL3000210)はその手の話に慣れているのか、吸血鬼の人間性? を推察しつつ、桃色のブラウスとブラウンのスカートが繋がったワンピースに編み込みブーツという町娘っぽい格好で歩き出す。なお、彼女の言葉は一部検閲されました。
(ウフフ、一体どんな人なんだろなぁ……そんでローラ、どんな目に遭っちゃうんだろ……きゃーん♪)
 内心をあえて隠さず、友人との外出の帰りのような気軽さでローラは道を行く。その表情はやんわりと微笑みを浮かべて、無邪気な子どものように。しかし、脚運びは僅かに腰を揺らしてコルセットのくびれを意識させながら、唇はうっすらしたルージュで艶めかせ、微かに色香を漂わせておきながら、薄暗い道だろうと物陰の側だろうと、お構いなしに通っていく。無警戒な姿を晒し、隙だらけな彼女だが、無事に一周してしまった。
「アダムには負けられないわね。私にもプライドがあるし」
 気合を入れてエルシーが夜道を歩く。
(歩き方はボディラインを見せるように……)
 脚をやや交差するように出して微かに腰を揺らしつつ、しなやかな肢体を際立たせて。
(後ろから噛むだろうから、うなじを見せて……)
 夜風に揺れる髪をかき上げて、首筋を見せるようにしつつ、誰がいるわけでもない物陰へと視線を流し、さりげなく油断をアピール。
(これなら色っぽさも抜群よね)
 今までの囮役から学んだことを存分に発揮するエルシー。だが、またしても吸血鬼は現れない。
「おかしいですわね……」
「ひっく……ぐすっ、えぐ……」
 とぼとぼと、迷子のフリをして俯き、目元をこすりながら夜道をいくきゐこを見守っていたジュリエットが、腕を組み口元に指を添えて考えこむ。
「自分で言うのもなんですが、私達って美女も美少女も、果ては美幼女? まで揃って、しかも方向性まで違うというのに、何故釣れないんでしょう?」
「好みの女の子がいなかったとか?」
 ローラが首を傾げるも、ジュリエットは左右に頭を振る。
「町娘風のローラに騎士風のアダム、どことなく学徒のようなツボミに元気娘のカーミラまでいるんですのよ? 幅広い上に、騎士風の女性に至っては実際に被害もでていますわ」
「もしかして、これが罠だってバレたのかしら?」
 一周してしまい、きゐこも戻ってきた。
「こうなったらアリアに何か見てないか聞くしか……」
 そこまで言って、ツボミがはたと気づく。もし、これが罠だと気づいているとしたら、『何故』バレたのか?
「しまった、今回の布陣が裏目にでたか……!」

●広範囲を見渡す時、あなたもまた広範囲から見えている
「全員回っちゃったな……」
 屋根の上から見下ろしていたアリアは静かに唸る。
「今日は来てなかったのかなぁ」
 ため息を溢した時、影が落ちた。咄嗟に振り返る前に両腕を押さえこむようにして抱きかかえられ、掌で口を塞がれると頭を傾けられて首筋に唇が触れる。
「んっ……!?」
 肌を突き破る感触にギュッと目をつむれば、続いたのは体を内側からまさぐられるようなこそばゆさ。肌の真下を羽毛が往来するような微かな刺激。触れられているようないないような、もどかしさ。
 耐えるように身をよじり、太腿を擦り合わせ、痺れたように体が跳ねる。せめてもの救いは、口を塞がれている故に、こぼれそうになった声が誰かに届くことはなかったことだろうか?
「遅かったか……!」
 駆けつけたツボミが舌を打つ。その視線の先、遥か高みでアリアを抱え、その首筋に牙を立てるのは長身の影。
 アリアは部隊全員を見渡せるよう、高い位置にいたが、それは同時に離れた位置から彼女の姿を確認できるという事でもあり、さらに下から見つかっても誰なのか分からないよう、月を背にしたせいで建物の影の上にアリアの影もできてしまい、吸血鬼に先に発見されてこれが罠だと見抜かれてしまったのだ。
「この女性の敵! 神妙にしなさい!」
 エルシーが怒鳴りつけても吸血鬼に反応はなく、アリアが建物の上を選んだ影響ですぐに跳びかかる事もできない。
(ダメですわ……月が逆光になって、顔も服も見えませんわね……!)
 相手の情報を得る事もできない現状に、ジュリエットが歯噛みする。
「僕はイ・ラプセルが騎士、アダム・クランプトン! 吸血鬼殿よ、あなたの名を問いたい!!」
「……」
 アダムの名乗りに吸血鬼は視線だけ彼に向けた……様な気がする。
「んぅ!?」
 チロリ、突き立てた牙の傷跡を塞ぐようにそっと舌を這わせ、止血。荒い息を吐き、虚ろな瞳で脱力したアリアを……投げた。
「うぉ!?」
 投げ渡されたアダムが抱き留める姿を見届けると、吸血鬼は背を向ける。
「ヘタレ!!」
 ローラの大声に、吸血鬼がピタと脚を止めて肩越しに振り向いた。
「女の子の事を襲っておいて、最後まで手を出せないとか、とんでもない腰抜けだよねー?」
 小馬鹿にしたような挑発と共にクスクス。表情は見えないが、嫌悪感を露わにしたのは何となく分かる。形はどうあれ、注意を引けたこの好機にツボミが両手を挙げた。
「まぁ話を聞いてくれ。我々は自由騎士団だ。今回は貴様に危害を加えにきたのではない。ザックリ言うと、貴様が何者か知りたい。不明だとこっちは不安だし、知れば寧ろ融通を効かせれるかもしれん。なるべく貴様にも益のある形を考えさせて貰う故、どうか教えて貰えんか」
「……囮を使って私を誘き出そうとした連中を信用しろと?」
 地を這うような声が、重圧を持って降り注ぐ。既に友好的に話し合える状態ではないと、突きつけられているようだった。
「そこについてはご理解いただきたい。何せ、意識が飛ぶほど血を吸われたと事件になっていてな。こちらも手を打たんわけにはいかなかったんだ。どうだろう、せめて顔と名前は教えてもらえんか? 分かり合うにせよ物別れとなるにせよ、全ては先ずそこからだ……私はツボミと言う。そちらの名は?」
「……」
 返事はない。だが、敵意も感じない。交渉の余地はあるようだが、信頼されていないようだ。
「最近の吸血鬼事件も貴方が犯人ですか? なぜこんな事をするんですか?」
 個人的な話ができないのなら、せめて再犯を防ごうとエルシーが問えば、吸血鬼は鼻で笑う。
「事情を話してくれれば、まぁ、今後は私の血を吸わせてあげない事もないです。こんな美人の血なら貴方も文句ないでしょ?」
「取引をしろと? 罠を張って待ち構えていた貴様らと? ……笑えぬ冗談だ」
 吸血鬼が今度こそ立ち去ろうとした時だった、カーミラが逃走を阻むべく屋根に登ったのは。
「でりゃー!!」
 一足に距離を詰めて、急制動をかけるような踏み込みと共に放つ正拳。風を切る鉄拳を掌で受け止めた吸血鬼を、カーミラが見上げた。
「なんで話もしてくれないの!?」
「貴様らでは話にならんからだ」
 カーミラが見上げたのは、銀の長髪に血の気を感じない白い肌をした、痩せこけた男だった。その眉間には鬼人の特徴でもある小ぶりな角と共に皺が刻まれ、瞳には憎悪が宿っている。信頼できる者の居ない、孤独な男の姿が、そこにあった。
「お話しなくちゃ分からないことだってあるんだよ!!」
「その為に敵かも知れぬ輩と向き合えと?」
 逆の拳を放てど再び受け止められ、脚目がけて放った蹴りはその脚で阻まれ反動で跳び、体をねじる。
「おりゃー!!」
 頭を狙った渾身の蹴りを、吸血鬼は受け止めると手首を回し、カーミラの足首を掴んで逆さに吊るす。
「まだまだ未熟だが、その意気やよし」
「うわっ!?」
「危ない!!」
 投げ捨てられたカーミラをエルシーが抱き留めて、その姿を見下ろす吸血鬼は月を背にしたまま片手を腰に当てた。
「ヴラディオス」
「……は?」
 ツボミが聞き返すと、吸血鬼は背を向けた。
「ヴラディオス・ドラケ・ツェッペス。私の名だ……その小娘に免じて名は残していこう。覚えておくといい」
 それだけ言い残して男は去っていく。静寂の帳が落ちる中、アダムが奥歯を噛む。
「彼、一度も攻撃しませんでしたね」
「……あれ?」
 最後に屋根から落とされた以外、反撃されなかったカーミラが首を傾げた。
「交渉できる可能性もあったのかもしれない……だからこそ、この形に終わった事が、口惜しい……」
「まぁ、いいじゃない。名前を教えてくれただけでも十分よ」
 きゐこが次の機会を想い、場を明るくしようとする中、ジュリエットはアダムを見つめる。
(もしも……もしも、私が襲われていたら、アダムに抱き留められていたのは私だったのかしら……)
 その疑問に答えなど、あるはずがなかった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『僕はオトコのコ』
取得者: アダム・クランプトン(CL3000185)
FL送付済