MagiaSteam




ホーンテッド・キャンプスクール

●
遥か、遥か昔のこと。
時は旧古代新時代、有力部族が乱立する中央湖周辺では、南部のサトー氏族が勢力を伸ばし、湖を隔てた北部のホクジョー氏族との戦いを繰り広げていた。
ある日、傷だらけの男がサトー氏族地である湖の海岸に流れ着く。
村人は男を手厚く保護したが、ホクジョーの密偵を疑った領主は処刑を命じた。
一突、二突。村人の不得手な槍で体を突かれ、苦しみのたうつ男。七突、八突目に、「一度は救っておきながら、この仕打ち……末代まで呪ってやる……」という言葉を残し、男は血反吐を吐きながらこの世を去った。
呪いを恐れた村人は、死んだ男を手厚く葬り、墓石代わりに石を積み上げた。
それから数千年もの月日が経ったある日。
最近サトー村に越して来た男――ジョンが犬を連れ、湖のほとりを散歩していた。
「お、おい。どうしたんだ急に――」
急に走り出した犬に引っ張られて斜面を登り、ジョンは木の根元に抱かれた石積みの前まで連れてこられた。犬は石積みの隙間に鼻を突っ込み、しきりに何か臭いを嗅いでいる。
「よさないか。石が崩れて当ったら痛いぞ」
積まれた石の一つ一つは、大人の頭ほどの大きさがあった。崩れて犬の上に落ちれば怪我をする。
木の枝に下がったスズメバチの巣を気にしながら、ジョンはリードを強く引っ張った。犬を石積みから引き離そうとしたのだ。
突然、犬がぎゃんと甲高く鳴いて、石積みから鼻を抜いた。
うずくまった犬見ると、流れる血で鼻筋が真っ赤に染まっているではないか。石積みの中にいる何かに、鼻を深くかまれたらしい。
ジョンは愛犬を抱きかかえて村へ戻った。
異変はその夜から始まった。イプリース化した犬が飼い主を襲ったのである。
何度も腕や足を噛まれながら、鹿撃ち銃でイブリース化した犬を撃ち殺した直後、ジョンは激しい頭痛にうなされる。汗やよだれがとめどもなく流れ、幻覚に苛まれだした。
そして――。
イブリース化したジョンは、鹿撃ち銃を手に村の外れに建つ林間学校へと乗り込んでいく。
その夜はちょうど、一週間にわたって行われるキッシェアカデミーの夏季集中講座の初日だった。
ジョンは犬のうなり声のようなものを発しながら、恐怖に顔を引きつらせて逃げ惑う教授や学生たちを追い回した。
八人目を殺したところで、突然ジョンは痙攣を起こす。
騒ぎを聞きつけてやってきた村人たちが、激しく震えて動けなくなっているジョンに寄ってたかって槍を突き入れ、倒した。
この惨劇の夜の後、この地域ではある噂が囁かれるようになった。
これは数千年前に村人たちによって殺された男の呪いではないかと。
なぜなら、凶行に及んだジョンの飼い犬が首を突っ込んだのは、遥か昔サトーに流れ着いた男の墓だったからである。
●
照明を落とした室内。ぽつり、と闇に浮かぶ白い顔。
ロウソクの火が、眩・麗珠良・エングホルム(nCL3000020)の顔を下から照らし出していた。
「恐ろしい出来事はそれで終わらなかったの。八人が死んだ惨劇の夜から数十年後、明日の夜のこと――」
眩はたっぷりと間をとったのち、集まった者たちの顔をゆっくり見回した。
手に持つロウソクの火が不気味にゆらめく。
「校舎に殺された八人の還リビトが現れて、夏季集中講座を受けにやってきていた子供たちを惨殺していくの。彼らは捕まえた子供の目に指を入れて抉り取り、ふっくらとした耳を噛みちぎり……まだ悲鳴をあげている生きのいい、水分が多くてやわらかな肉を貪り喰うのよ。夜の闇の中で」
そこで眩はロウソクの火を吹き消した。
真っ暗な室内で、オラクルたちの息遣いがやけに大きく聞こえる。部屋全体が不気味に沈んだ次の瞬間、灯りがつけられた。
「……というのが水鏡が私に見せてくれた未来。還リビトは生前の姿そのままだから、人が人を食らうという、なかなか猟奇的展開だったわ。もうわかっていると思うけど、私が貴方たちをここに呼んだのは――」
三流怪談を語って聞かせるためではない。
オラクルたちに、八体の還リビトを浄化し、悲劇の元となった石積みを破壊してもらうためだ。
「あなたたちなら、この悲劇の連鎖を止めることができるでしょう。さあ、行ってちょうだい。惨劇の夜、第三幕が上がる前に」
遥か、遥か昔のこと。
時は旧古代新時代、有力部族が乱立する中央湖周辺では、南部のサトー氏族が勢力を伸ばし、湖を隔てた北部のホクジョー氏族との戦いを繰り広げていた。
ある日、傷だらけの男がサトー氏族地である湖の海岸に流れ着く。
村人は男を手厚く保護したが、ホクジョーの密偵を疑った領主は処刑を命じた。
一突、二突。村人の不得手な槍で体を突かれ、苦しみのたうつ男。七突、八突目に、「一度は救っておきながら、この仕打ち……末代まで呪ってやる……」という言葉を残し、男は血反吐を吐きながらこの世を去った。
呪いを恐れた村人は、死んだ男を手厚く葬り、墓石代わりに石を積み上げた。
それから数千年もの月日が経ったある日。
最近サトー村に越して来た男――ジョンが犬を連れ、湖のほとりを散歩していた。
「お、おい。どうしたんだ急に――」
急に走り出した犬に引っ張られて斜面を登り、ジョンは木の根元に抱かれた石積みの前まで連れてこられた。犬は石積みの隙間に鼻を突っ込み、しきりに何か臭いを嗅いでいる。
「よさないか。石が崩れて当ったら痛いぞ」
積まれた石の一つ一つは、大人の頭ほどの大きさがあった。崩れて犬の上に落ちれば怪我をする。
木の枝に下がったスズメバチの巣を気にしながら、ジョンはリードを強く引っ張った。犬を石積みから引き離そうとしたのだ。
突然、犬がぎゃんと甲高く鳴いて、石積みから鼻を抜いた。
うずくまった犬見ると、流れる血で鼻筋が真っ赤に染まっているではないか。石積みの中にいる何かに、鼻を深くかまれたらしい。
ジョンは愛犬を抱きかかえて村へ戻った。
異変はその夜から始まった。イプリース化した犬が飼い主を襲ったのである。
何度も腕や足を噛まれながら、鹿撃ち銃でイブリース化した犬を撃ち殺した直後、ジョンは激しい頭痛にうなされる。汗やよだれがとめどもなく流れ、幻覚に苛まれだした。
そして――。
イブリース化したジョンは、鹿撃ち銃を手に村の外れに建つ林間学校へと乗り込んでいく。
その夜はちょうど、一週間にわたって行われるキッシェアカデミーの夏季集中講座の初日だった。
ジョンは犬のうなり声のようなものを発しながら、恐怖に顔を引きつらせて逃げ惑う教授や学生たちを追い回した。
八人目を殺したところで、突然ジョンは痙攣を起こす。
騒ぎを聞きつけてやってきた村人たちが、激しく震えて動けなくなっているジョンに寄ってたかって槍を突き入れ、倒した。
この惨劇の夜の後、この地域ではある噂が囁かれるようになった。
これは数千年前に村人たちによって殺された男の呪いではないかと。
なぜなら、凶行に及んだジョンの飼い犬が首を突っ込んだのは、遥か昔サトーに流れ着いた男の墓だったからである。
●
照明を落とした室内。ぽつり、と闇に浮かぶ白い顔。
ロウソクの火が、眩・麗珠良・エングホルム(nCL3000020)の顔を下から照らし出していた。
「恐ろしい出来事はそれで終わらなかったの。八人が死んだ惨劇の夜から数十年後、明日の夜のこと――」
眩はたっぷりと間をとったのち、集まった者たちの顔をゆっくり見回した。
手に持つロウソクの火が不気味にゆらめく。
「校舎に殺された八人の還リビトが現れて、夏季集中講座を受けにやってきていた子供たちを惨殺していくの。彼らは捕まえた子供の目に指を入れて抉り取り、ふっくらとした耳を噛みちぎり……まだ悲鳴をあげている生きのいい、水分が多くてやわらかな肉を貪り喰うのよ。夜の闇の中で」
そこで眩はロウソクの火を吹き消した。
真っ暗な室内で、オラクルたちの息遣いがやけに大きく聞こえる。部屋全体が不気味に沈んだ次の瞬間、灯りがつけられた。
「……というのが水鏡が私に見せてくれた未来。還リビトは生前の姿そのままだから、人が人を食らうという、なかなか猟奇的展開だったわ。もうわかっていると思うけど、私が貴方たちをここに呼んだのは――」
三流怪談を語って聞かせるためではない。
オラクルたちに、八体の還リビトを浄化し、悲劇の元となった石積みを破壊してもらうためだ。
「あなたたちなら、この悲劇の連鎖を止めることができるでしょう。さあ、行ってちょうだい。惨劇の夜、第三幕が上がる前に」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.夜の林間学校校舎に現れる八体の還リビトを、朝までに浄化
2.元凶の石積みを探し出し、解体する
3.子供たちを守りきる
2.元凶の石積みを探し出し、解体する
3.子供たちを守りきる
●日時と場所
真夜中。月は出ていません。
風がなく、蒸し暑い夜です。
イ・ラプセル中央部のとある村に建っている林間学校の校舎が殺戮の現場となります。
校舎はサトーという、中央湖の近くの村の端に立てられています。
オラクルたちが現場に到着する少し前に、還リビトが復活します。
注意!!
校舎に『呪い結界』が張られています。
一旦校舎内に入ると、還リビトたちを倒しきるまでなぜか外に出ることができません。
還リビトも初めから校舎の外にいたものを除き、校舎から出られません。
なお、外部とは自由に連絡が取れます。
●八体の還リビト
数十年前に起った事件の犠牲者です。
夏季集中講座が行われていた林間学校で、イブリース化した男(ジョン)に襲われました。
数千年前の伝承と違い、こちらの事件は犠牲者の名前が残されています。
・ダンリル教授/男性60才……政治哲学を教えていた。
・モリー教授/女性27才……水泳指導をしていた。
・アンナ/女の子10才……魔術を学んでいた。
・ケック/男の子8才……算術を学んでいた。
・バリー/男の子10才……弁論術を学んでいた。
・イヴァンカ/女子16才……錬金術を学んでいた。
・ハッサン/男子18才……医術を学んでいた。
・カズ/男子18才……体術を学んでいた。
今回、彼らが何故よみがえったのかは謎です。
遠くで幽霊列車の警笛が鳴ったとか、鳴らなかったとか。
物音を立てることなく移動し、闇に身を溶け込ませて隠れます。
噛みつき(近単/毒)と怨み辛み(遠単/呪い)の二種類しか攻撃方法がありません。
『千年の恨み』に包まれている状態では、ほとんどダメージを受けません。
朝日が昇るまでに倒し切らないと、夜にはまた復活しまいます。
還リビトらは同時に復活しますが、校舎のどこかにバラバラで潜んでいます。
潜んでいる場所が近い還リビト同士がペアを組み、襲ってくる可能性があります。
一部の還リビトは校舎の外に出ています。
見つけきれずにいると、ベットルームにいる子供たちを外から襲おうとするでしょう。
●イブリース化した犬と男(ジョン)
出できません。数十年前に倒されています。
●林間学校宿舎
キッシェ・アカデミー所有。
夏の間、避暑と夏季集中講座のためだけに使われています。
数十年前の事件のあと、しばらく使われていませんでした。
再び使われるようになったのは八年前の夏からです。
木造二階建て。
正面入り口の時計塔を中心に、東西に延びた校舎。
三十人ぐらいが一度に泊まりこめるようになっています。
調理場や食道、風呂、トイレ、ベットルーム(二段ベットの大部屋)、談話室は一階です。
各学問ごとに専用の教室が二階にあります。
体術の授業のみ、小さなグランドで行われていました。
学校の周りは林になっています。
学校の前には湖が広がっており、泳ぐことができます。
※校舎内の灯り
どういうワケかすべてつきません。『呪い結界』のせいだと思われます。
オラクルたちが持ち込んだ明かりはちゃんとつきます。
●石積み
ホクジョー氏族の男が残した怨念が、千年の時を超えて還リビトたちを守っています。
石積みをバラバラにしてしまえば、『千年の恨み』と同時に『呪い結界』の効力が失われます。
石積みは湖周辺のどこかにあります。
●夏季集中講座を受けにやってきていたキッシェ・アカデミーの子供たちと引率の教授。
十歳前後の子供たちが20人います。
引率の教授は2人。
今回、夏季集中講座を行うのは『芸術』科目のみ。全員、戦闘できません。
還リビトたちが復活したとき、全員、1階のベットルームで寝ています。
彼らも、オラクルたち同様に『呪い結界』が解けるまで校舎の外に出ることができません。
●サポートキャラクターについて
以下の行動のいずれかを選んでプレイングにご記入ください。
・ベットルームで子供たちを守る
・還リビトを探す手伝いをする
・石積みを探す手伝いをする
・その他
●その他
装備品以外の持ち込みを認めません。
明かりが必要な場合は、きちんと装備しておいてください。
真夜中。月は出ていません。
風がなく、蒸し暑い夜です。
イ・ラプセル中央部のとある村に建っている林間学校の校舎が殺戮の現場となります。
校舎はサトーという、中央湖の近くの村の端に立てられています。
オラクルたちが現場に到着する少し前に、還リビトが復活します。
注意!!
校舎に『呪い結界』が張られています。
一旦校舎内に入ると、還リビトたちを倒しきるまでなぜか外に出ることができません。
還リビトも初めから校舎の外にいたものを除き、校舎から出られません。
なお、外部とは自由に連絡が取れます。
●八体の還リビト
数十年前に起った事件の犠牲者です。
夏季集中講座が行われていた林間学校で、イブリース化した男(ジョン)に襲われました。
数千年前の伝承と違い、こちらの事件は犠牲者の名前が残されています。
・ダンリル教授/男性60才……政治哲学を教えていた。
・モリー教授/女性27才……水泳指導をしていた。
・アンナ/女の子10才……魔術を学んでいた。
・ケック/男の子8才……算術を学んでいた。
・バリー/男の子10才……弁論術を学んでいた。
・イヴァンカ/女子16才……錬金術を学んでいた。
・ハッサン/男子18才……医術を学んでいた。
・カズ/男子18才……体術を学んでいた。
今回、彼らが何故よみがえったのかは謎です。
遠くで幽霊列車の警笛が鳴ったとか、鳴らなかったとか。
物音を立てることなく移動し、闇に身を溶け込ませて隠れます。
噛みつき(近単/毒)と怨み辛み(遠単/呪い)の二種類しか攻撃方法がありません。
『千年の恨み』に包まれている状態では、ほとんどダメージを受けません。
朝日が昇るまでに倒し切らないと、夜にはまた復活しまいます。
還リビトらは同時に復活しますが、校舎のどこかにバラバラで潜んでいます。
潜んでいる場所が近い還リビト同士がペアを組み、襲ってくる可能性があります。
一部の還リビトは校舎の外に出ています。
見つけきれずにいると、ベットルームにいる子供たちを外から襲おうとするでしょう。
●イブリース化した犬と男(ジョン)
出できません。数十年前に倒されています。
●林間学校宿舎
キッシェ・アカデミー所有。
夏の間、避暑と夏季集中講座のためだけに使われています。
数十年前の事件のあと、しばらく使われていませんでした。
再び使われるようになったのは八年前の夏からです。
木造二階建て。
正面入り口の時計塔を中心に、東西に延びた校舎。
三十人ぐらいが一度に泊まりこめるようになっています。
調理場や食道、風呂、トイレ、ベットルーム(二段ベットの大部屋)、談話室は一階です。
各学問ごとに専用の教室が二階にあります。
体術の授業のみ、小さなグランドで行われていました。
学校の周りは林になっています。
学校の前には湖が広がっており、泳ぐことができます。
※校舎内の灯り
どういうワケかすべてつきません。『呪い結界』のせいだと思われます。
オラクルたちが持ち込んだ明かりはちゃんとつきます。
●石積み
ホクジョー氏族の男が残した怨念が、千年の時を超えて還リビトたちを守っています。
石積みをバラバラにしてしまえば、『千年の恨み』と同時に『呪い結界』の効力が失われます。
石積みは湖周辺のどこかにあります。
●夏季集中講座を受けにやってきていたキッシェ・アカデミーの子供たちと引率の教授。
十歳前後の子供たちが20人います。
引率の教授は2人。
今回、夏季集中講座を行うのは『芸術』科目のみ。全員、戦闘できません。
還リビトたちが復活したとき、全員、1階のベットルームで寝ています。
彼らも、オラクルたち同様に『呪い結界』が解けるまで校舎の外に出ることができません。
●サポートキャラクターについて
以下の行動のいずれかを選んでプレイングにご記入ください。
・ベットルームで子供たちを守る
・還リビトを探す手伝いをする
・石積みを探す手伝いをする
・その他
●その他
装備品以外の持ち込みを認めません。
明かりが必要な場合は、きちんと装備しておいてください。

状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年08月28日
2019年08月28日
†メイン参加者 8人†
●
――た、祟りじゃ。祟りじゃ。八つ突き様の、たーたーりーじゃああああ!!!!
動かぬ雲が月を隠している。湖畔はぬるりとした空気に包まれて、おどろおどろしい雰囲気だ。
『鋼壁の』アデル・ハビッツ(CL3000496) は、雲の隙間から零れるわずかな光を両の瞳で捉え、湖に至る細い道をゆっくり歩いていた。
いまのところ、幽霊列車の警笛は聞こえない。聞こえるのは、仲間が踏みしだく小枝や跳んだカエルが揺らした草の音。そして――。
「ひぇっ」
『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は、前から跳んできた小さな影に驚き、立ち止まった。
「なんじゃ? カ、カエルか。驚かすでない」
再び、たたりじゃ、たたりじゃと呟く。
「石積みをいかに短時間で見つけるかが肝要だ。急ぐぞ。それにしても意外だな。オバケが怖い自由騎士か……」
歩きだした鋼鉄の肩が、微かに震えている。
それに気づいたシノピリカは、むう、と口を尖らせた。
それにしても闇が深い。
オバケの存在を再び意識しだした途端、シノピリカは胃に鉛を詰め込まれたかのような気分になった。
黒い軍馬に跨った『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)を振り返る。
「のう、エルシー殿。カンテラをつけてもよいのではないか?」
「そうですね。あ、でも、カンテラは私が持っていきますよ?」
二人は夜目が効くが、自分も軍馬の黒弾もそうではない。だからカンテラを持ってきたのだ。
「一緒に探してもいいのですが、そのために発見が遅れてしまっては本末転倒です」
「それもそうじゃな。うむ。怖がってばかりもおられぬ。此度は敵の守りを崩さねば勝てぬ戦いじゃ。目を見開いてしっかり探すのじゃ」
「では、このあたりで解散いたしましょう。私はこの辺りを調べます」
二人を見送ったあと、エルシーはカンテラに火を灯した。
辺りに橙赤色の光が広がり、青鈍に沈む湖面の端が赤くただれた。
エルシーにはそれが、槍に突かれて死んだ男が流した血ように見えた。
(「これから私たちが成すことにより、貴方の御霊が憎悪の呪縛から解き放たれ、天に召されますように」)
亡き男の魂に小さく祈りを捧げると、エルシーは黒弾の首を左へ向け、左手に掲げたカンテラの灯だけを頼りに草が茂る斜面を登った。
●
夜の闇にひっそりとたたずむ木造の校舎を見たとたん、思わず声が出た。
「懐かしいですね」
『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)は口元をほころばせた。ひと夏のことだが、自分もこの校舎で夏季集中講座を受けたことがあるのだ。
次々とよみがえる楽しい思い出に浸っていると、『戦塵を阻む』キリ・カーレント(CL3000547)に声をかけられた。
「ここに来たことがあるのですか」
「え? みんなはないの?」
キリもその後ろの仲間たちも一様に首を振る。
みんなも同じようにここで学んだことがあると思っていただけに、アリアはちょっと驚いた。
キリは首を傾げた。
プラロークから事件の前景について説明を受けている時、キリはアリアがみんなと同じように体を戦慄かせたのを見たのだ。
「夏季講習を受けられたとき、村の古い言い伝えや前回の事件について教授から何も聞かされていなかったのですか」
だが、アリアは数十年前に起った事件についても、村に伝わる忌まわしい昔話も、依頼を受けるまで知らなかった。
「子供たちを怖がらせないように、教授たちは配慮したんだろう」
『隠し槍の学徒』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)は時計塔を見上げた。針は12時のところでぴったりと重なっている。
それにしても、と独りごちるように話を継いだ。
「夏と言えば怪談話がつきもののようだが、実際に体験するのは困りものだな。未来のために勉学に励む子供達を悲惨な目に合わせるわけにはいかない」
そうだね、と『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)が同意する。
「大昔に殺された人は可哀想だけど、その後に殺された八人にも、今まさに殺されよーとしてる子達にも罪は無い筈だよね。せめて悲劇が繰り返されないよー頑張らないとね!」
「カノンさんのおっしゃる通りです」
『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は校舎に向かって歩きだした。
「続く不幸は今夜で終わり。皆にとっての夜明けをここで迎えるんです。さあ、急いで助けに行きましょう!」
「あ、私はここで。結界の外にいる還リビトを倒すよ。中を見て回りたいけど後にする。かわりに校舎の中は先輩たちに任せた」
ウィリアムが親指を立てて微笑む。
「かわいい後輩の思い出の学び舎だ。せいぜい壊さないようにするよ。じゃあ、また後で」
●
「あら、鍵がかかっていますねー」
フーリィンが両開きの玄関ドアを二度、三度と静かに、しかし力を込めて揺らす。
「……やっぱり駄目」
当然といえば当然か。この辺りの治安は街に比べて格段にいいとはいえ、子供たちの安全を第一に考えれば、開けっ放しにしておけないだろう。
校舎にかかる『呪い結界』は、人を中に閉じ込めるためのものであって拒むものではない。
「どうする。他に入れそうなところを探す?」
「アリアさんのところに戻って聞いてみましょう」
ウィリアムは階段を降りるカノンとキリを呼び止めた。
「ただ鍵がかかっているだけなら問題ない」
ウィリアムが玄関にかかっていた鍵をピッキングであっさり開けてみせると、女性陣から称賛の声が上がった。
「調べた教室は鍵をかけておこうと思ってね。用意してきていたんだ。まさか、開けるために使うとは思わなかったけど」
フーリィンが宝石のような青い目を細めてふふふと笑う。
「あらー、鍵を開けるのが本来の使い方ですよ?」
校舎に入るとき、四人はちょっとした違和を体に感じた。
カノンがドアを閉めようとしてノブへ手を伸ばすと、目に見えない壁に阻まれてしまった。
「環リビトも結界の外には出られないというから、扉は開いたままにしておいてもいいだろう」
それぞれが持参したカンテラに灯をともす。
「行動開始だ。ベッドルームの防衛はキリとフーリィンにお願いして、私とカノンで校舎内を索敵する」
「じゃあ、二階の教室から見て回ろうか」
キリは階段を上がるカノンたちにが手を振った。
「頑張ってね」
「うん。お姉さんたちもね」
キリとフーリィンは食堂の前を通り、一階端のベットルームへ移動した。
横開きのドアを滑らせると、子どもたちの穏やかな寝息が聞こえてきた。時々、ウンゴ、ウンゴゴ、と低く唸るいびきが混じる。恐らく引率の教授だろう。
入口に立ったまま二段ベッドの奥へ目を向けると、窓ガラスにアリアの顔が見えた。顔の横で親指を立てている。
キリも親指と人差し指で輪を作ってみせた。
「おねえちゃんたち、だれ?」
感のいい子はどこに出もいるものだ。
どきりとして声の主を探すと、入口に一番近い二段ベッドの下で小さな男の子が体を起こしていた。
フーリィンはベッドの脇にしゃがみ込むと、男の子に優しく声をかけた。
「お姉ちゃん達はね、みんながぐっすり眠れるように、オバケを退治しに来たの。しっかり守ってあげますからねー♪」
おやすみ、と言いながら男の子の体を倒し、タオルケットをかけてやる。
「このまま朝まで眠っていてもらいましょう」
キリがマイナスイオンを発して、子供たちをさらに深い眠りへ誘う。
これで少々、物音を立てても大丈夫。本格的な戦いが始まれば、起きてしまうかもしれないが。
二人はベットルームを出た。
「あらあら、ここはもう満室ですよ。お引き取り願えないかしら」
のんびりとした物言いだが、フーリィンの声は冷たく尖っている。
キリがベットルームから廊下の左へカンテラを振りかざすと、白衣を着た若い男が食堂の前あたりに立っているのが見えた。
急いで扉を閉め、フーリィンの前に出た。
同時に頭の中で、事前に得ていた還リビトのデータと前方にいる還リビトを照らし合わせる。白衣を着ていそうな若い男は1人しかいない。
「もしかして……ハッサンさんですか」
キリが名を呼んだ途端、還リビトの顔が生者への憎しみに歪んだ。
●
(「そういえばあれ、グランドの隅にまだあるのかな?」)
アリアはベッドルームの窓から離れると、湖方向に気を配りつつ、グランドを巡回ついでに百葉箱へ向かった。
当時、ただの記念物として校庭のすみに置かれていた百葉箱を、一緒に夏季講習を受けていた学友とともに白く塗り直した覚えがある。
(「誰が言いだしたんだっけ。あの隙間だらけの箱をきれいに塗り直すの、結構大変だったんだよね」)
言い出しっぺは引率の教授だったのかもしれない。塗り終わった後、ご褒美だよ、と言って二等辺三角形にカットされたスイカを貰ったから。
(「冷たいけどしっかり甘くて、すごくおいしかったな。ちょっと種が多かったけど、みんなで飛ばして――」)
不穏な気配を感じて立ち止まる。鳥の巣箱のような形をした百葉箱の後ろから人影が二つ、出てはた。
カンテラを高く掲げて光を遠くまで飛ばし、向かってくるものから影をはぎ取った。
男と女……水泳指導をしていたモリー教授と体術を学んでいたカズだ。光がまぶしいのか、手を上げて目を庇っている。
「夜遅くまで頑張っていたんですね」
還リビトたちは光の向こうにアリアの姿を認めると、呪わしい声で唸りを上げて突進した。
ちょうど同じころ――。
ウィリアムとカノンは校舎の二階右側の一番端にあった真っ暗な教室の中で、たった一人、机に向かう少女を見つけた。
カノンと年のころが近い。
「……アンナだ」
アンナは瞬きひとつせず、真っ直ぐ黒板を見続けていた。殺される直前、あの黒板にはこれから習得するべき呪文がつづられていたのだろうか。
消された文字を真剣に目でなぞる姿があまりに切なくて、胸をぎゅっと締めつけらる。
ウィリアムはそっとカノンの肩に手を置いた。
「ドアの鍵を閉める。あの子が教室をでるまで、少しは時間が稼げるはずだ」
怨念を発して還リビトを守っている石積みが崩されるまで、攻撃してもほとんどダメージを与えられない。いま攻撃を仕掛けてもこちらの力が削がれるだけだ。
「……隣は図書室みたいだね。他より広そうだし、先に行って外から中を透視するよ」
「頼む」
ウィリアムはカンテラを板張りの廊下に降ろし、鍵穴を覗き込んだ。
一階のベッドルームのあたりから、何かが激しくぶつかりあう音が聞こえてきた。続けて玄関のすぐ外でも同じような音がした。
首を振り向けると、図書室のドアの前で身を強張らせるカノンと目があった。静かに立ちあがり、数秒間そのままじっとして、中のアンナがまだ動きださないことを確認してからカノンの元へ歩み寄る。
「始まったな。直にほかの還リビトたちもベッドルームへ向かいだすぞ」
カノンはこくりと頷いた。
「中に二人いる。小さな男の子とおじいさん。政治哲学のダンリル教授と、たぶん男の子はバリーじゃないかな。ボクがおとりになって時間を稼ぐよ。その間にウィリアムおにーさんは、入り口近くの書架でバリケードを作ってくれる?」
「わかった。くれぐれも無理はするな。もう一人がどこにいるのか分からないが、そのうちアンナも出てくるだろう。一階に向かわせないようバリケードを作って階段を封鎖する」
じゃあ、と言ってカノンは薄く開けたドアから図書室へ体を滑り込ませた。
●
スズメバチは昼行性で、夜はあまり活動しない。
(「――とはいえ、無駄に刺激したくないな」)
マーブル模様をしたボールの形の巣の中には、女王をはじめ数百匹のスズメバチがいるだろう。八の針は鋼鉄を貫かないが、一斉に囲まれれば気持ちはよくない。
石積みはアデルが予想した、まさに場所にあった。
頭上の巣に頭をぶつけないようにゆっくりと立ちあがり、膝についた土を手で払う。意外と周りの草が深い。リュンケウスの瞳があるとはいえ、犬の目線で探していなければ、あるいは見落としていたかもしれなかった。
ひぇぇ~というシノピリカの悲鳴が聞こえて来た。
くすり、と笑い、マギナギアを起動して仲間に報告する。
<「こちらアデル。石積みを発見した。これから壊す」>
石積み自体は何の変哲もない、ただ石を積み上げただけのものだった。ひと蹴りすれば片がつく。しかし、どうしてもそうする気になれない。なんとなれば、この石積みの下に眠る男も戦いの犠牲者なのだ。
アダムは石積みの前にしゃがみむと、ひとつひとつ、手で石を降ろし始めた。
発見の報を聞いた途端、エルシーは黒影の首を校舎が建つ方角へ回した。
(「私達が絶対に助けるから、待っていてね」)
還リビトの攻撃に耐えている仲間と子供たちを、ただちに助けに行かねばならない。
「エルシー殿!」
小さな段差を飛び降りて、シノピリカが黒影の前に飛び出してきた。
巧みに手綱を繰って衝突を避けると、右腕を下へ伸ばしてシノピリカの腰を抱きあげた。そのまま後ろへ座らせる。
「カンテラ、持って! 飛ばすわよ!」
エルシーは後ろへカンテラを送ると、両手で手綱をしっかりと握り、黒影の腹に強く踵を入れた。
●
「先輩達の無念、痛い程に伝わってきます」
アリアは双剣を手に、二体の還リビトを視野に納めながら、華麗にステップを踏んで距離をとる。これ以上ダメージを受けると体が持たない。
「ですが、不幸の連鎖は断ち切らないといけないのです!」
腕を鋭く振って蒼と白の風を起こし、渦巻かせる。その中心で、慈悲深き弔い人となったアリアが踊る。
そこへアデルからの連絡が入った。
何が変わったのか傍目ではわからないが、こちらが放った攻撃が明らかに利いている。
還リビトたちも異変に気づいたらしく、それまでバラバラに向かってきていたのが、同時に襲い掛かってきた。
まずい――。
突然、馬の嘶きが校庭に響く。
「これ以上、貴方達と同じ悲しい思いを他の人にさせないで!」
解けかかった蒼と白の風を、岩に打ちつける波のごとき蹄の音が激しく書き乱す。
エルシーは黒影から飛び降りると、ありったけの思いを込めて、還リビトに拳を振るった。
「ここは頼んだのじゃ!」
馬の背を飛び降りたシノピリカは、校舎に駆け込んだ。
激しく物音を立てている二階へちらりと目をやると、すまん、といって幼い泣き声が聞こえる方へ急ぐ。
ベッドルームの前でキリが二体の還リビトから攻撃を受けていた。後ろのフーリィンが必死にキリを回復し、ベッドルームの入口を死守している。
還リビトの一体は、かなり弱っているようだが、もう一体は無傷だ。
「あ、シノピリカさん!」
「待たせたのう、もう大丈夫じゃ! 後ろのやつはワシが相手をする」
全身に力をみなぎらせ、無駄のない動きで両手の武器を小さな背に叩きつける。
叩かれた還リビトは、崩れながらも体を捻り回し、持っていた三角定規を突き出してシノピリカの太ももを刺した。
「もしやお主、ケックか。……たまらんのぅ」
廊下に倒れたまま怨みを吐きだすケックに、再び武器を叩きつけて潰す。
ハッサンが後ろへ首を振り向ける。
「ごめんね」
その隙を逃さず、キリは光るにんじんソードでハッサンを貫いた。
フーリィンは手早く二人の傷を癒すと、先に二階へ送り出した。笑顔を作ってからドアを開け、ベッドルームの中に声をかける。
「カンテラをここに置いて行きます。先生方、子供たちを頼みますね」
がんばって、という涙声の声援を背に受けながら、フーリィンは回復を待つ仲間の元へ向かった。
背中の傷をウィリアムに癒されながら、カノンは万感の思いを込めて叫んだ。
「理不尽に殺されて、辛かったよね。だけどその君たちが同じ事をしちゃいけない。させる訳にはいかない。罪を犯せばもう静かに眠る事は出来ないんだから!」
三体の還リビトは、叫びに打たれて怯み、攻撃の手を止めた。
カノンはすかさずバリケードを跳び越えると、ウィリアムの人形兵士が散らばる床に手をついた。勢いよく体を捻り、足を振り回す。
神風が吹いた。
バリケードの前から小さな還リビト二体が吹き飛ばされる。
残る一体は床に伏せて暴風を耐えた。風が止むや、すぐにカノンへ腕を伸ばし、回転を止めた足を掴んだ。
壁まで吹き飛ばされた二体も立ちあがり、歯を剥いて捕らわれのカノンに迫る。
「カノン!」
立ちあがったウィリアムのすぐ横を、深緑色の鋼鉄が飛び過ぎる。
「そこにいろ。回復を頼む!」
アデルはカノンの足を掴む還リビト――ダンリル教授の年老いた顔にジョルトランサーの銃身を叩きつけた。勢いのまま振りぬき、バリーとアンナのすぐ前に着地する。
呪詛の言葉を浴びるもアデルは、カノンが再び起こした神風のなかで、心を鬼にして引き金を引いた。
●
積み直された石のひとつひとつが、朝焼けのなかで刻々とその色を変えていく。自由騎士たちの手で周りの草はキレイに刈り取られ、危険なスズメバチの巣も撤去された。
少し離れた墓地では、八十年前の事件で犠牲になった生徒と教授の墓がピカピカに磨き上げられ、濡れ光っている。ちょうど、花束を手にしたキッシュ・アカデミーの生徒たちが、祈りを捧げにやって来たところだ。
一足先に祈祷を済ませた自由騎士たちは、遠くから子供たちが献花する様子を眺めた。
――た、祟りじゃ。祟りじゃ。八つ突き様の、たーたーりーじゃああああ!!!!
動かぬ雲が月を隠している。湖畔はぬるりとした空気に包まれて、おどろおどろしい雰囲気だ。
『鋼壁の』アデル・ハビッツ(CL3000496) は、雲の隙間から零れるわずかな光を両の瞳で捉え、湖に至る細い道をゆっくり歩いていた。
いまのところ、幽霊列車の警笛は聞こえない。聞こえるのは、仲間が踏みしだく小枝や跳んだカエルが揺らした草の音。そして――。
「ひぇっ」
『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は、前から跳んできた小さな影に驚き、立ち止まった。
「なんじゃ? カ、カエルか。驚かすでない」
再び、たたりじゃ、たたりじゃと呟く。
「石積みをいかに短時間で見つけるかが肝要だ。急ぐぞ。それにしても意外だな。オバケが怖い自由騎士か……」
歩きだした鋼鉄の肩が、微かに震えている。
それに気づいたシノピリカは、むう、と口を尖らせた。
それにしても闇が深い。
オバケの存在を再び意識しだした途端、シノピリカは胃に鉛を詰め込まれたかのような気分になった。
黒い軍馬に跨った『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)を振り返る。
「のう、エルシー殿。カンテラをつけてもよいのではないか?」
「そうですね。あ、でも、カンテラは私が持っていきますよ?」
二人は夜目が効くが、自分も軍馬の黒弾もそうではない。だからカンテラを持ってきたのだ。
「一緒に探してもいいのですが、そのために発見が遅れてしまっては本末転倒です」
「それもそうじゃな。うむ。怖がってばかりもおられぬ。此度は敵の守りを崩さねば勝てぬ戦いじゃ。目を見開いてしっかり探すのじゃ」
「では、このあたりで解散いたしましょう。私はこの辺りを調べます」
二人を見送ったあと、エルシーはカンテラに火を灯した。
辺りに橙赤色の光が広がり、青鈍に沈む湖面の端が赤くただれた。
エルシーにはそれが、槍に突かれて死んだ男が流した血ように見えた。
(「これから私たちが成すことにより、貴方の御霊が憎悪の呪縛から解き放たれ、天に召されますように」)
亡き男の魂に小さく祈りを捧げると、エルシーは黒弾の首を左へ向け、左手に掲げたカンテラの灯だけを頼りに草が茂る斜面を登った。
●
夜の闇にひっそりとたたずむ木造の校舎を見たとたん、思わず声が出た。
「懐かしいですね」
『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)は口元をほころばせた。ひと夏のことだが、自分もこの校舎で夏季集中講座を受けたことがあるのだ。
次々とよみがえる楽しい思い出に浸っていると、『戦塵を阻む』キリ・カーレント(CL3000547)に声をかけられた。
「ここに来たことがあるのですか」
「え? みんなはないの?」
キリもその後ろの仲間たちも一様に首を振る。
みんなも同じようにここで学んだことがあると思っていただけに、アリアはちょっと驚いた。
キリは首を傾げた。
プラロークから事件の前景について説明を受けている時、キリはアリアがみんなと同じように体を戦慄かせたのを見たのだ。
「夏季講習を受けられたとき、村の古い言い伝えや前回の事件について教授から何も聞かされていなかったのですか」
だが、アリアは数十年前に起った事件についても、村に伝わる忌まわしい昔話も、依頼を受けるまで知らなかった。
「子供たちを怖がらせないように、教授たちは配慮したんだろう」
『隠し槍の学徒』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)は時計塔を見上げた。針は12時のところでぴったりと重なっている。
それにしても、と独りごちるように話を継いだ。
「夏と言えば怪談話がつきもののようだが、実際に体験するのは困りものだな。未来のために勉学に励む子供達を悲惨な目に合わせるわけにはいかない」
そうだね、と『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)が同意する。
「大昔に殺された人は可哀想だけど、その後に殺された八人にも、今まさに殺されよーとしてる子達にも罪は無い筈だよね。せめて悲劇が繰り返されないよー頑張らないとね!」
「カノンさんのおっしゃる通りです」
『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は校舎に向かって歩きだした。
「続く不幸は今夜で終わり。皆にとっての夜明けをここで迎えるんです。さあ、急いで助けに行きましょう!」
「あ、私はここで。結界の外にいる還リビトを倒すよ。中を見て回りたいけど後にする。かわりに校舎の中は先輩たちに任せた」
ウィリアムが親指を立てて微笑む。
「かわいい後輩の思い出の学び舎だ。せいぜい壊さないようにするよ。じゃあ、また後で」
●
「あら、鍵がかかっていますねー」
フーリィンが両開きの玄関ドアを二度、三度と静かに、しかし力を込めて揺らす。
「……やっぱり駄目」
当然といえば当然か。この辺りの治安は街に比べて格段にいいとはいえ、子供たちの安全を第一に考えれば、開けっ放しにしておけないだろう。
校舎にかかる『呪い結界』は、人を中に閉じ込めるためのものであって拒むものではない。
「どうする。他に入れそうなところを探す?」
「アリアさんのところに戻って聞いてみましょう」
ウィリアムは階段を降りるカノンとキリを呼び止めた。
「ただ鍵がかかっているだけなら問題ない」
ウィリアムが玄関にかかっていた鍵をピッキングであっさり開けてみせると、女性陣から称賛の声が上がった。
「調べた教室は鍵をかけておこうと思ってね。用意してきていたんだ。まさか、開けるために使うとは思わなかったけど」
フーリィンが宝石のような青い目を細めてふふふと笑う。
「あらー、鍵を開けるのが本来の使い方ですよ?」
校舎に入るとき、四人はちょっとした違和を体に感じた。
カノンがドアを閉めようとしてノブへ手を伸ばすと、目に見えない壁に阻まれてしまった。
「環リビトも結界の外には出られないというから、扉は開いたままにしておいてもいいだろう」
それぞれが持参したカンテラに灯をともす。
「行動開始だ。ベッドルームの防衛はキリとフーリィンにお願いして、私とカノンで校舎内を索敵する」
「じゃあ、二階の教室から見て回ろうか」
キリは階段を上がるカノンたちにが手を振った。
「頑張ってね」
「うん。お姉さんたちもね」
キリとフーリィンは食堂の前を通り、一階端のベットルームへ移動した。
横開きのドアを滑らせると、子どもたちの穏やかな寝息が聞こえてきた。時々、ウンゴ、ウンゴゴ、と低く唸るいびきが混じる。恐らく引率の教授だろう。
入口に立ったまま二段ベッドの奥へ目を向けると、窓ガラスにアリアの顔が見えた。顔の横で親指を立てている。
キリも親指と人差し指で輪を作ってみせた。
「おねえちゃんたち、だれ?」
感のいい子はどこに出もいるものだ。
どきりとして声の主を探すと、入口に一番近い二段ベッドの下で小さな男の子が体を起こしていた。
フーリィンはベッドの脇にしゃがみ込むと、男の子に優しく声をかけた。
「お姉ちゃん達はね、みんながぐっすり眠れるように、オバケを退治しに来たの。しっかり守ってあげますからねー♪」
おやすみ、と言いながら男の子の体を倒し、タオルケットをかけてやる。
「このまま朝まで眠っていてもらいましょう」
キリがマイナスイオンを発して、子供たちをさらに深い眠りへ誘う。
これで少々、物音を立てても大丈夫。本格的な戦いが始まれば、起きてしまうかもしれないが。
二人はベットルームを出た。
「あらあら、ここはもう満室ですよ。お引き取り願えないかしら」
のんびりとした物言いだが、フーリィンの声は冷たく尖っている。
キリがベットルームから廊下の左へカンテラを振りかざすと、白衣を着た若い男が食堂の前あたりに立っているのが見えた。
急いで扉を閉め、フーリィンの前に出た。
同時に頭の中で、事前に得ていた還リビトのデータと前方にいる還リビトを照らし合わせる。白衣を着ていそうな若い男は1人しかいない。
「もしかして……ハッサンさんですか」
キリが名を呼んだ途端、還リビトの顔が生者への憎しみに歪んだ。
●
(「そういえばあれ、グランドの隅にまだあるのかな?」)
アリアはベッドルームの窓から離れると、湖方向に気を配りつつ、グランドを巡回ついでに百葉箱へ向かった。
当時、ただの記念物として校庭のすみに置かれていた百葉箱を、一緒に夏季講習を受けていた学友とともに白く塗り直した覚えがある。
(「誰が言いだしたんだっけ。あの隙間だらけの箱をきれいに塗り直すの、結構大変だったんだよね」)
言い出しっぺは引率の教授だったのかもしれない。塗り終わった後、ご褒美だよ、と言って二等辺三角形にカットされたスイカを貰ったから。
(「冷たいけどしっかり甘くて、すごくおいしかったな。ちょっと種が多かったけど、みんなで飛ばして――」)
不穏な気配を感じて立ち止まる。鳥の巣箱のような形をした百葉箱の後ろから人影が二つ、出てはた。
カンテラを高く掲げて光を遠くまで飛ばし、向かってくるものから影をはぎ取った。
男と女……水泳指導をしていたモリー教授と体術を学んでいたカズだ。光がまぶしいのか、手を上げて目を庇っている。
「夜遅くまで頑張っていたんですね」
還リビトたちは光の向こうにアリアの姿を認めると、呪わしい声で唸りを上げて突進した。
ちょうど同じころ――。
ウィリアムとカノンは校舎の二階右側の一番端にあった真っ暗な教室の中で、たった一人、机に向かう少女を見つけた。
カノンと年のころが近い。
「……アンナだ」
アンナは瞬きひとつせず、真っ直ぐ黒板を見続けていた。殺される直前、あの黒板にはこれから習得するべき呪文がつづられていたのだろうか。
消された文字を真剣に目でなぞる姿があまりに切なくて、胸をぎゅっと締めつけらる。
ウィリアムはそっとカノンの肩に手を置いた。
「ドアの鍵を閉める。あの子が教室をでるまで、少しは時間が稼げるはずだ」
怨念を発して還リビトを守っている石積みが崩されるまで、攻撃してもほとんどダメージを与えられない。いま攻撃を仕掛けてもこちらの力が削がれるだけだ。
「……隣は図書室みたいだね。他より広そうだし、先に行って外から中を透視するよ」
「頼む」
ウィリアムはカンテラを板張りの廊下に降ろし、鍵穴を覗き込んだ。
一階のベッドルームのあたりから、何かが激しくぶつかりあう音が聞こえてきた。続けて玄関のすぐ外でも同じような音がした。
首を振り向けると、図書室のドアの前で身を強張らせるカノンと目があった。静かに立ちあがり、数秒間そのままじっとして、中のアンナがまだ動きださないことを確認してからカノンの元へ歩み寄る。
「始まったな。直にほかの還リビトたちもベッドルームへ向かいだすぞ」
カノンはこくりと頷いた。
「中に二人いる。小さな男の子とおじいさん。政治哲学のダンリル教授と、たぶん男の子はバリーじゃないかな。ボクがおとりになって時間を稼ぐよ。その間にウィリアムおにーさんは、入り口近くの書架でバリケードを作ってくれる?」
「わかった。くれぐれも無理はするな。もう一人がどこにいるのか分からないが、そのうちアンナも出てくるだろう。一階に向かわせないようバリケードを作って階段を封鎖する」
じゃあ、と言ってカノンは薄く開けたドアから図書室へ体を滑り込ませた。
●
スズメバチは昼行性で、夜はあまり活動しない。
(「――とはいえ、無駄に刺激したくないな」)
マーブル模様をしたボールの形の巣の中には、女王をはじめ数百匹のスズメバチがいるだろう。八の針は鋼鉄を貫かないが、一斉に囲まれれば気持ちはよくない。
石積みはアデルが予想した、まさに場所にあった。
頭上の巣に頭をぶつけないようにゆっくりと立ちあがり、膝についた土を手で払う。意外と周りの草が深い。リュンケウスの瞳があるとはいえ、犬の目線で探していなければ、あるいは見落としていたかもしれなかった。
ひぇぇ~というシノピリカの悲鳴が聞こえて来た。
くすり、と笑い、マギナギアを起動して仲間に報告する。
<「こちらアデル。石積みを発見した。これから壊す」>
石積み自体は何の変哲もない、ただ石を積み上げただけのものだった。ひと蹴りすれば片がつく。しかし、どうしてもそうする気になれない。なんとなれば、この石積みの下に眠る男も戦いの犠牲者なのだ。
アダムは石積みの前にしゃがみむと、ひとつひとつ、手で石を降ろし始めた。
発見の報を聞いた途端、エルシーは黒影の首を校舎が建つ方角へ回した。
(「私達が絶対に助けるから、待っていてね」)
還リビトの攻撃に耐えている仲間と子供たちを、ただちに助けに行かねばならない。
「エルシー殿!」
小さな段差を飛び降りて、シノピリカが黒影の前に飛び出してきた。
巧みに手綱を繰って衝突を避けると、右腕を下へ伸ばしてシノピリカの腰を抱きあげた。そのまま後ろへ座らせる。
「カンテラ、持って! 飛ばすわよ!」
エルシーは後ろへカンテラを送ると、両手で手綱をしっかりと握り、黒影の腹に強く踵を入れた。
●
「先輩達の無念、痛い程に伝わってきます」
アリアは双剣を手に、二体の還リビトを視野に納めながら、華麗にステップを踏んで距離をとる。これ以上ダメージを受けると体が持たない。
「ですが、不幸の連鎖は断ち切らないといけないのです!」
腕を鋭く振って蒼と白の風を起こし、渦巻かせる。その中心で、慈悲深き弔い人となったアリアが踊る。
そこへアデルからの連絡が入った。
何が変わったのか傍目ではわからないが、こちらが放った攻撃が明らかに利いている。
還リビトたちも異変に気づいたらしく、それまでバラバラに向かってきていたのが、同時に襲い掛かってきた。
まずい――。
突然、馬の嘶きが校庭に響く。
「これ以上、貴方達と同じ悲しい思いを他の人にさせないで!」
解けかかった蒼と白の風を、岩に打ちつける波のごとき蹄の音が激しく書き乱す。
エルシーは黒影から飛び降りると、ありったけの思いを込めて、還リビトに拳を振るった。
「ここは頼んだのじゃ!」
馬の背を飛び降りたシノピリカは、校舎に駆け込んだ。
激しく物音を立てている二階へちらりと目をやると、すまん、といって幼い泣き声が聞こえる方へ急ぐ。
ベッドルームの前でキリが二体の還リビトから攻撃を受けていた。後ろのフーリィンが必死にキリを回復し、ベッドルームの入口を死守している。
還リビトの一体は、かなり弱っているようだが、もう一体は無傷だ。
「あ、シノピリカさん!」
「待たせたのう、もう大丈夫じゃ! 後ろのやつはワシが相手をする」
全身に力をみなぎらせ、無駄のない動きで両手の武器を小さな背に叩きつける。
叩かれた還リビトは、崩れながらも体を捻り回し、持っていた三角定規を突き出してシノピリカの太ももを刺した。
「もしやお主、ケックか。……たまらんのぅ」
廊下に倒れたまま怨みを吐きだすケックに、再び武器を叩きつけて潰す。
ハッサンが後ろへ首を振り向ける。
「ごめんね」
その隙を逃さず、キリは光るにんじんソードでハッサンを貫いた。
フーリィンは手早く二人の傷を癒すと、先に二階へ送り出した。笑顔を作ってからドアを開け、ベッドルームの中に声をかける。
「カンテラをここに置いて行きます。先生方、子供たちを頼みますね」
がんばって、という涙声の声援を背に受けながら、フーリィンは回復を待つ仲間の元へ向かった。
背中の傷をウィリアムに癒されながら、カノンは万感の思いを込めて叫んだ。
「理不尽に殺されて、辛かったよね。だけどその君たちが同じ事をしちゃいけない。させる訳にはいかない。罪を犯せばもう静かに眠る事は出来ないんだから!」
三体の還リビトは、叫びに打たれて怯み、攻撃の手を止めた。
カノンはすかさずバリケードを跳び越えると、ウィリアムの人形兵士が散らばる床に手をついた。勢いよく体を捻り、足を振り回す。
神風が吹いた。
バリケードの前から小さな還リビト二体が吹き飛ばされる。
残る一体は床に伏せて暴風を耐えた。風が止むや、すぐにカノンへ腕を伸ばし、回転を止めた足を掴んだ。
壁まで吹き飛ばされた二体も立ちあがり、歯を剥いて捕らわれのカノンに迫る。
「カノン!」
立ちあがったウィリアムのすぐ横を、深緑色の鋼鉄が飛び過ぎる。
「そこにいろ。回復を頼む!」
アデルはカノンの足を掴む還リビト――ダンリル教授の年老いた顔にジョルトランサーの銃身を叩きつけた。勢いのまま振りぬき、バリーとアンナのすぐ前に着地する。
呪詛の言葉を浴びるもアデルは、カノンが再び起こした神風のなかで、心を鬼にして引き金を引いた。
●
積み直された石のひとつひとつが、朝焼けのなかで刻々とその色を変えていく。自由騎士たちの手で周りの草はキレイに刈り取られ、危険なスズメバチの巣も撤去された。
少し離れた墓地では、八十年前の事件で犠牲になった生徒と教授の墓がピカピカに磨き上げられ、濡れ光っている。ちょうど、花束を手にしたキッシュ・アカデミーの生徒たちが、祈りを捧げにやって来たところだ。
一足先に祈祷を済ませた自由騎士たちは、遠くから子供たちが献花する様子を眺めた。