MagiaSteam




雪隠れ ―ニルヴァン哨戒任務―

●
夜闇の中、カンテラを携えて。
ゆらり、ゆらり。
不安げな足取り、目深に被ったフードの下に光る目は、懸命に危険を察しようと揺れ動く。
ゆらり、ゆらり。
赤茶けた獣の耳を頼りに、歩き、歩けば、いつまでも夜道がつづく。
「神よ、慈悲深き魔導の神よ、どうか、どうか……」
彼女は神の名を唱える、唱える、唱える。
その肩に積もるは、一抹の雪。
●
シャンバラ皇国、ニルヴァン小管区。
聖霊門の城塞化を進めるにあたって、周辺の哨戒任務は欠かすことはできず、その不審なカンテラの輝きは必然的に夜間の哨戒にあたっていた当直の自由騎士が目撃することになった。
自由騎士――あるいは、それは貴方かもしれない――は考えるだろう。
彼女は、何者なのか?
夜闇の中では、判然としない。水鏡による予測もない遭遇だ。自由騎士らは慎重に、自らの正体を隠しつつ、それを見極めねばならない。
息を潜め、しばらく観察するうちに、彼女はミトラースの名をおまじないのように唱えて、不安を遠ざけようとしていることがわかる。臆病そうに身を竦めて周囲を見回す仕草、それにローブからはみ出している大きな尻尾を見るに、さしずめリスのケモノビトだろうか。
地方に住まい、ケモノビトとなれば、神民ではない。準神民……というのも考えづらい。身なりと種族を見れば、その身分は上級にせよ下級にせよ、中央に住まうことのできない信民であり、かつ被差別階級でもないと察しがつく。
察するに、ニルヴァン小管区の居住者――ということか。
ゆえに不自然である。
聖櫃が失われたことによる変化を、住人は何らかの形で感じ取っている節がある。だからこそ、教会に足を踏み入れようという者はいない。イ・ラプセルの仕業だと察しがつく由はなくとも、隣国の侵攻や幻獣種、魔女など、いずれにしても“住人の手に負えない問題”が生じている可能性が高い。
従順な神の下僕ならば、羊のように群れ固まり、じっと救いの手が差し伸べられるまで待つものだ。
そう、であるならば――。
“彼女は、己の死をも覚悟している”
勇敢で、悲壮な覚悟がそこにある。
冬の寒さ、夜の暗さ、未知の恐怖、それに耐えながらも華奢な身体で一歩ずつ進まねばならない。
――話してみねば。
そう、自由騎士のひとりが考えるに至る。
闇に乗じて、己をあたかも皇国の兵士であるように装った自由騎士は、彼女に問うた。
「止まれ…! かような闇深き中、出歩くとは、貴様は魔女か!」
「い、いいえ、違います! この尾をご覧ください、私はケモノビト、けして魔女では…」
「では、名乗れ」
武器を構えて威圧する――。魔女の嫌疑を掛けることで、こちらの正体を探る余裕を奪う――。
ケモノビトの娘は、リーセと名乗り、冷たい冬空の下、手と膝をついて申し出る。
「幻獣が、村を襲っております……! どうか、どうかお助けください!」
曰く、襲撃は夕刻のこと。
主立った戦力の大半が出払っている居住区には、幻獣を退ける手はなく、今は頑丈な建物に立て籠もり、籠城を強いられている。死傷者も出ており、怪我人の手当もままならず、救援を待っているというのだ。
――彼女らを護り、救うべき者達は、しかし――。
「長年魔女狩りに従事してきた私の父ディバンが帰らぬまま、教会よりの便りもなく、例年にない厳しい寒さが訪れて、不安を抱えたまま皆、怯え暮らしておりました。なにがしか、大変な事情があろうことは承知の上、ご無礼ながらお頼み申し上げます……! どうか、皆々様のお力を」
村娘リーセは、懇願する。皇国の兵士を騙る自由騎士へ。
「どうか、主《ミトラース》のお慈悲を」
騎士よ。考えたまえ。
真実を知った時、邪教の徒たる貴方たちの与えた恩を、果たして彼、彼女らは受け入れられるか。
侵略者が、敵国の民がために戦う理由があるのか。
自由なる騎士よ。考えたまえ。
少なからず、貴君らには悩み、考えるという自由が汝の主によって与えられているはずならば。
●
雪。
長い年月、凍えることのない暖かな冬を繰り返してきたこの地に、雪の降ることはなかった。
どさり、と。
民家の家から大量の雪が滑り落ちてくるさまは、このシャンバラ皇国においては天変地異だ。
“ホワイトパンサー”
獰猛なる白き幻獣は、屋根上に引きずりあげた“獲物”を、トゲのついた舌で骨から肉をこそぎ落としながらくつろぎ、あくびを噛んだ。
その現出は、聖櫃の喪失による気候の変動に関わりがあるのだろうか。それにしたところで局所的な“雪”は説明がつかない。雪は、この幻獣のもたらす異変だ。
――獲物たちは巣に逃げ込んでしまった。難儀だ。
足跡と匂いが唯一“外”に逃れた獲物の痕跡を示している。次は、これを辿ってみるのもいい。
雪景色の支配者は、あくびを噛んだ。
夜闇の中、カンテラを携えて。
ゆらり、ゆらり。
不安げな足取り、目深に被ったフードの下に光る目は、懸命に危険を察しようと揺れ動く。
ゆらり、ゆらり。
赤茶けた獣の耳を頼りに、歩き、歩けば、いつまでも夜道がつづく。
「神よ、慈悲深き魔導の神よ、どうか、どうか……」
彼女は神の名を唱える、唱える、唱える。
その肩に積もるは、一抹の雪。
●
シャンバラ皇国、ニルヴァン小管区。
聖霊門の城塞化を進めるにあたって、周辺の哨戒任務は欠かすことはできず、その不審なカンテラの輝きは必然的に夜間の哨戒にあたっていた当直の自由騎士が目撃することになった。
自由騎士――あるいは、それは貴方かもしれない――は考えるだろう。
彼女は、何者なのか?
夜闇の中では、判然としない。水鏡による予測もない遭遇だ。自由騎士らは慎重に、自らの正体を隠しつつ、それを見極めねばならない。
息を潜め、しばらく観察するうちに、彼女はミトラースの名をおまじないのように唱えて、不安を遠ざけようとしていることがわかる。臆病そうに身を竦めて周囲を見回す仕草、それにローブからはみ出している大きな尻尾を見るに、さしずめリスのケモノビトだろうか。
地方に住まい、ケモノビトとなれば、神民ではない。準神民……というのも考えづらい。身なりと種族を見れば、その身分は上級にせよ下級にせよ、中央に住まうことのできない信民であり、かつ被差別階級でもないと察しがつく。
察するに、ニルヴァン小管区の居住者――ということか。
ゆえに不自然である。
聖櫃が失われたことによる変化を、住人は何らかの形で感じ取っている節がある。だからこそ、教会に足を踏み入れようという者はいない。イ・ラプセルの仕業だと察しがつく由はなくとも、隣国の侵攻や幻獣種、魔女など、いずれにしても“住人の手に負えない問題”が生じている可能性が高い。
従順な神の下僕ならば、羊のように群れ固まり、じっと救いの手が差し伸べられるまで待つものだ。
そう、であるならば――。
“彼女は、己の死をも覚悟している”
勇敢で、悲壮な覚悟がそこにある。
冬の寒さ、夜の暗さ、未知の恐怖、それに耐えながらも華奢な身体で一歩ずつ進まねばならない。
――話してみねば。
そう、自由騎士のひとりが考えるに至る。
闇に乗じて、己をあたかも皇国の兵士であるように装った自由騎士は、彼女に問うた。
「止まれ…! かような闇深き中、出歩くとは、貴様は魔女か!」
「い、いいえ、違います! この尾をご覧ください、私はケモノビト、けして魔女では…」
「では、名乗れ」
武器を構えて威圧する――。魔女の嫌疑を掛けることで、こちらの正体を探る余裕を奪う――。
ケモノビトの娘は、リーセと名乗り、冷たい冬空の下、手と膝をついて申し出る。
「幻獣が、村を襲っております……! どうか、どうかお助けください!」
曰く、襲撃は夕刻のこと。
主立った戦力の大半が出払っている居住区には、幻獣を退ける手はなく、今は頑丈な建物に立て籠もり、籠城を強いられている。死傷者も出ており、怪我人の手当もままならず、救援を待っているというのだ。
――彼女らを護り、救うべき者達は、しかし――。
「長年魔女狩りに従事してきた私の父ディバンが帰らぬまま、教会よりの便りもなく、例年にない厳しい寒さが訪れて、不安を抱えたまま皆、怯え暮らしておりました。なにがしか、大変な事情があろうことは承知の上、ご無礼ながらお頼み申し上げます……! どうか、皆々様のお力を」
村娘リーセは、懇願する。皇国の兵士を騙る自由騎士へ。
「どうか、主《ミトラース》のお慈悲を」
騎士よ。考えたまえ。
真実を知った時、邪教の徒たる貴方たちの与えた恩を、果たして彼、彼女らは受け入れられるか。
侵略者が、敵国の民がために戦う理由があるのか。
自由なる騎士よ。考えたまえ。
少なからず、貴君らには悩み、考えるという自由が汝の主によって与えられているはずならば。
●
雪。
長い年月、凍えることのない暖かな冬を繰り返してきたこの地に、雪の降ることはなかった。
どさり、と。
民家の家から大量の雪が滑り落ちてくるさまは、このシャンバラ皇国においては天変地異だ。
“ホワイトパンサー”
獰猛なる白き幻獣は、屋根上に引きずりあげた“獲物”を、トゲのついた舌で骨から肉をこそぎ落としながらくつろぎ、あくびを噛んだ。
その現出は、聖櫃の喪失による気候の変動に関わりがあるのだろうか。それにしたところで局所的な“雪”は説明がつかない。雪は、この幻獣のもたらす異変だ。
――獲物たちは巣に逃げ込んでしまった。難儀だ。
足跡と匂いが唯一“外”に逃れた獲物の痕跡を示している。次は、これを辿ってみるのもいい。
雪景色の支配者は、あくびを噛んだ。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.哨戒任務の遂行
CL3では初めまして。カモメのジョナサンです。
冷やしマギアスティームはじめました。
●状況
皆さん方は「哨戒任務」を行っています
ニルヴァン小管区の教会城塞化にあたって、脅威となる存在の発見と対処がお仕事です。
対処方法は現場判断ということで、結果的にイ・ラプセルに貢献できれば成功となります。
●場所情報
・『教会近郊の夜道』
教会を守備するために必要な、哨戒エリア内の道です。リーセの居住区に繋がっています。
森を切り開いた道のため、中央を通る分には遠くからでも視認しやすく、森に潜むと途端に視認されづらくなります。夜道への対処もお忘れなく。
・『ニルヴァン小管区居住区』
少数の人々が住まう居住区、そのひとつです。
現在、一帯は積雪に見舞われており、寒さと暗さ、足場の悪さは憂慮すべきです。
逃げ遅れた数名が犠牲者となり、残る住人は頑健そうな建物に立て籠もっています。
●脅威
・『魔女狩りの娘』リーセ
若年のケモノビト(リス)です。シャンバラでは一般的な地方庶民といえます。
非力かつ武装もなく、直接的脅威たりえませんが、勇敢で行動力があるようです。
皆さんの考える“適切な対処”を行い、トラブルを回避したいところです。
考えうる選択肢として
『皇国兵士として振る舞い、騙し通す』
『捕縛・拘束してイ・ラプセルに送還する』
『殺害して始末する』
などなど考えられますが、正直に話して説得するというのは哨戒任務の目的を踏まえると、敬虔で善良なシャンバラ信民に対して選びうる選択肢ではないでしょう。
・『雪景色の支配者』ホワイトパンサー
獰猛な幻獣種です。局所降雪という特異な能力を活用した戦いを得意とします。
シンプルな動物的思考とみられますが、交渉の余地がないとも限りません。
このホワイトパンサーについての情報は、リーセから話を伺えば詳細に得られるでしょう。
俊敏かつパワフルな為、一瞬の油断が命取りになりますが、単独行動です。
温暖な気候下では自身の特性を活かせない為か、出没することはなく、地の利を重んじます。
【攻撃方法】
[強襲 ] [攻近単] 両爪と牙による怒涛の二連の強攻撃です【二連】
[潜伏強襲] [攻近単] 不意打ちによる強襲。急所を狙われます【致命】【ショック】【二連】
[氷華咆哮] [魔遠全] 凍てつく咆哮によって敵全体を凍結させます【フリーズ3】
[局所降雪] [P] 現在地一帯に、積もるほどの降雪をごく短時間にて生じさせます
[雪上戦闘] [P] 地形ペナルティを打ち消し、さらに雪や氷の上では強化されます
[迷彩行動] [P] 適した地形の場合、強化補正が働き、ブロックをスルーします
[氷雪耐性] [P] フリーズBS及び、氷雪系の攻撃をほとんど無効化します
冷やしマギアスティームはじめました。
●状況
皆さん方は「哨戒任務」を行っています
ニルヴァン小管区の教会城塞化にあたって、脅威となる存在の発見と対処がお仕事です。
対処方法は現場判断ということで、結果的にイ・ラプセルに貢献できれば成功となります。
●場所情報
・『教会近郊の夜道』
教会を守備するために必要な、哨戒エリア内の道です。リーセの居住区に繋がっています。
森を切り開いた道のため、中央を通る分には遠くからでも視認しやすく、森に潜むと途端に視認されづらくなります。夜道への対処もお忘れなく。
・『ニルヴァン小管区居住区』
少数の人々が住まう居住区、そのひとつです。
現在、一帯は積雪に見舞われており、寒さと暗さ、足場の悪さは憂慮すべきです。
逃げ遅れた数名が犠牲者となり、残る住人は頑健そうな建物に立て籠もっています。
●脅威
・『魔女狩りの娘』リーセ
若年のケモノビト(リス)です。シャンバラでは一般的な地方庶民といえます。
非力かつ武装もなく、直接的脅威たりえませんが、勇敢で行動力があるようです。
皆さんの考える“適切な対処”を行い、トラブルを回避したいところです。
考えうる選択肢として
『皇国兵士として振る舞い、騙し通す』
『捕縛・拘束してイ・ラプセルに送還する』
『殺害して始末する』
などなど考えられますが、正直に話して説得するというのは哨戒任務の目的を踏まえると、敬虔で善良なシャンバラ信民に対して選びうる選択肢ではないでしょう。
・『雪景色の支配者』ホワイトパンサー
獰猛な幻獣種です。局所降雪という特異な能力を活用した戦いを得意とします。
シンプルな動物的思考とみられますが、交渉の余地がないとも限りません。
このホワイトパンサーについての情報は、リーセから話を伺えば詳細に得られるでしょう。
俊敏かつパワフルな為、一瞬の油断が命取りになりますが、単独行動です。
温暖な気候下では自身の特性を活かせない為か、出没することはなく、地の利を重んじます。
【攻撃方法】
[強襲 ] [攻近単] 両爪と牙による怒涛の二連の強攻撃です【二連】
[潜伏強襲] [攻近単] 不意打ちによる強襲。急所を狙われます【致命】【ショック】【二連】
[氷華咆哮] [魔遠全] 凍てつく咆哮によって敵全体を凍結させます【フリーズ3】
[局所降雪] [P] 現在地一帯に、積もるほどの降雪をごく短時間にて生じさせます
[雪上戦闘] [P] 地形ペナルティを打ち消し、さらに雪や氷の上では強化されます
[迷彩行動] [P] 適した地形の場合、強化補正が働き、ブロックをスルーします
[氷雪耐性] [P] フリーズBS及び、氷雪系の攻撃をほとんど無効化します
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年02月06日
2019年02月06日
†メイン参加者 8人†
●
「任せておきたまえお嬢さん。君たちのような弱きものを護るのも、我ら兵士の務めなのだから」
キリッ。
『田舎者』ナバル・ジーロン(CL3000441)はヘルムのフェイスを開き、大見得を切ってみせた。
純朴な田舎町の青年という生い立ちの醸す雰囲気は、奇しくも、辺境の兵士としては説得力があり、重厚で無骨な全身鎧は見目として心強い。
快い返事に、リーセは「お慈悲に、感謝いたします」と、地に額が触れんばかりに頭を下げた。
妙な事になった。――と、『信念の盾』ランスロット・カースン(CL3000391)は思案していた。 この娘は敵国人である。
騎士とは女神様と国王陛下の下僕である。
しかし騎士とは弱者を守る盾である。
(……困った……)
ランスロットの葛藤は、彼がちょうど合理的理屈として「この場は皇国兵士として穏便に収める為、幻獣へ対処し、素早く去るのが最善だ」と結論づいた刹那には、もう、ナバルは躊躇いもなく「護る」と宣言していた。
即断即決ぶりに少々驚きの表情を見せたランスロットは己も気づかぬうち、安堵の溜息を漏らす。
アデル・ハビッツ(CL3000496) は皇国兵士としての振る舞いを、誰より心得ており、第一声にて魔女の嫌疑を掛ける機転は、おそらく彼の傭兵として各地を転々とした経験からなるものだろう。
精悍な体つきに重鎧、フードで覆われることで兜の下にキジンの機巧が隠されていることを悟らせぬようにしつつ、冷厳な兵士として一度、難色を示すように振る舞う。
「……我々は極秘任務中であり、氏名や所属については言えないことを承知してほしい」
あえて馬上槍の石突きをズン、と地面に打って、アデルは暗に警告する。
「だが、お前たちの村は必ず助ける。それは約束する。信じてほしい」
「……主に誓って」
少々、優しい言葉になりすぎたか、アデルは過去の記憶や経験から次の言葉を選んで、演じる。
「疑うことなかれ。従順なる神の下僕よ。全ては正しき後継者《ミトラース》の導きである」
●
哨戒任務のために2~3人ずつに分かれて見回っていた自由騎士達は連絡を取り合い、合流した。
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086) はフードを目深に被り、バンダナを巻き、尾は衣服に隠すことにしていた。
ボロを出さないよう、ランタンと沈黙を携えてツボミは夜道を進んでいく。
『暗金の騎士』ダリアン オブゼタード(CL3000458)もまた、ローブによって機械の眼を隠す。敵襲に備えて、前方に陣取り、その卓越した観察眼でもって敵の予兆を見逃さぬよう務める。
雪は――まだ、無い。
『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は風雪よけのロングコートを纏い、両脚も素人目にはレガース――脛当てとの区別は難しい。先入観として、彼らは皇国兵士なのだと思いこんでいるならば、まさかキジンの蒸気鎧装だとは思い至らない。
それはそうとして、普段は瑞々しい太腿を惜しげもなく曝け出しているアリスタルフも今回ばかりは冬の夜、長ズボンを履かされている。なぜホットパンツを脱げばレジストフリーズが得られるのか。それは女神のみぞ知る。
リムリィ・アルカナム(CL3000500)は、普段ならば独創的なシャツで戦陣に立つが、流石にこの寒さもあって、(あるいは説得されて)フードとマントを纏い、ケモノビトの尾や耳を隠すことができていた。ケモノビトは辺境兵士ならばありうるが、念の為だ。
されとて。
『劫火』灯鳥 つらら(CL3000493)の左腕は『炎の巨人』といわれる幻獣種の血によって、不燃不滅の赤き炎に覆われている。こればかりは隠しようもない。
ひと目見た時、リーセはぎょっと驚きの表情を見せていた。不信の種になることは避けがたい。
自由騎士達は、円陣を組むように歩む。
「こちらを、道なりにお進みください、兵士様」
リーセは当初、先頭に立って案内せねば失礼にあたると申し出てきた。
制したのはランスだ。
「前へ出るな。案内人を失う訳にはいかん。貴様の安全は保証する」
高圧的な物言いは、しかし皇国兵士らしさはうまく醸せている。「でも」と、言いかけるリーセを、アリスタルフがやや鋭く釘を刺す。
「要はこの中で一番狙われやすい君に死なれると迷惑だ。無謀な真似はしてくれるな」
「獣の幻獣は鼻が利くし、地面にゃ貴様の足跡が残っとる。私が獣なら家に籠って狩り難い村人より先に貴様を狙うな」
「あ……わ、わかりました」
トドメとなるツボミの理路整然とした物言いに、リーセは円陣の中におとなしく収まった。
「……かってなこうどうをしないようにこうそくする」
「え……?」
リムリィの言葉遣いと背格好、小さな手で手を握られることでリーセは強い違和感をおぼえる。
「敵襲か!」
ダリアンは叫んだ。
騒然とする一同、四方八方にカンテラの灯りを向けて、警戒する。
緊迫と沈黙。
「……すまない、見間違いだ」
「なんだよ、おどかすなよー」
ほっと一息つくナバルをよそに、数名は気づいただろう。ダリアンはリーセの様子に気づき、機転を利かせたのだ。結果、リーセは襲いくる幻獣の脅威に意識を傾け、不安げに大きなリスの尾を抱いて怯えていた。
「ああ、かの獣はやはり、恨んでいるんだわ……! 私達の行いを」
意味深な言葉を聞き逃さず、つららはすかさず尋ねる。
「“行い”とは何か、話せるか?」
「ええ、何もやましいことはありません、私達は主の導きに従い、手伝わせて頂いたのです」
リーセは胸に手を宛てて、誇るように述べる。
「私達はホワイトパンサーの幼獣を、聖堂騎士団の申しつけ通りに捕らえたのでございます」
●
かつて魔女狩りの名手、リーセの父ディバン達に命じられたのは“聖獣”の確保だった。
“赤竜騎士団”
幻獣を、強制的に使役させた存在“聖獣”を兵器運用する彼らのために、野生の幻獣種を捕らえて集めてくることはヨウセイ狩りとは別に、魔女狩りの徒の功績となりうる行いだった。
“幻獣を狩る”
危険を駆除しつつ、戦力を得る。リーセが名誉に思うのも無理はない。どこの国であれ、人を殺めるような危険な幻獣種を狩る行いは称賛されることだ。
常春の国、わずかに残る寒い山奥にひっそりと暮らす幻獣の巣穴を襲い、成獣の留守を突いて、見事にディバン達は幾匹もの幼獣を村へと持ち帰り、国に献上したのだという――。
●
道中リーセは尋ねられた通りに、雪豹の詳細な習性について語ってくれた。
一番の特徴は「慎重さ」と「警戒心」だ。
この幻獣は本来、無謀な狩りは好まない。動物らしく、自分より弱くて確実に仕留められる獲物を、安全に襲うよう心がける。翻せば、円陣を組んでいる限りは警戒して攻めてはこない。
雪が降る夜道。
これよりは雪豹の縄張り――。
アデルやランスロット、アリスタルフらは闇夜に目を凝らして幻獣の索敵をつづけ、そうして二度、三度とそれらしい影が蠢くのを目撃した。
岩場や木陰などに身を潜め、その間を移動する一瞬を運良く一人が見かけるものの、交戦距離には程遠く、しかも迷彩柄のせいか、すぐに見失ってしまう。つかず離れず、自由騎士達を監視している――。
「ふーむ、牽制しながら隙きを見せず、集落に辿り着くまでは現状維持となるだろうなぁ」
ツボミは敵の性質をよりよく理解する傍ら、なおのこと状況のまずさを痛感する。
防戦一方に徹すればやられることもなく、しかし打開策もない。集落に着けば、持久戦に縺れ込み、寝食や時間の制約、そして何より村人も課題だ。
無論、こうして敵が攻め込めない布陣を築けているのは見事なことで、自由騎士達の純粋な「強さ」は、総力として幻獣を上回っている。が、だから敵は勝機を見出だせず、千日手になる――。
「とにかく無事にここまでは辿り着けた! 道案内ありがとな!」
「い、いえ」
ナバルの明るさ、頼もしさにリーセは安堵の色を見せつつ、自由騎士達に居住区を案内する。
轟音。
一軒の小さな家屋が雪の重みに耐えきれず、眼前で、圧壊したのだ。元々、常春の国であったシャンバラの建造物、それも辺境の居住区となれば多量の積雪を考慮していないのだ。
「あの家の住民は」
「避難は……済んでいる、はずです」
「そうか」
人命は失われずとも、長年暮らす住居が失われる辛さ、再建の苦労は想像に絶する。もっとも、いずれシャンバラ皇国との交戦が本格化すれば、この居住区の人々は避難を余儀なくされるが――。
●
「騎士様よ!」
「ああ、主に願いが通じたのかねぇ」
「わーい! カッコいい騎士だ!」
コートの雪を払い、頑健な大きめの邸宅に招き入れられた自由騎士達は、大歓迎を受ける。
老若男女、ミズヒト、ソラビト、ケモノビト等の亜人種からなる居住区の人間たちは皆一様に、貴方たちを神の使いとみなしてできる限りの礼節を尽くし、言葉を捧げる。
避難者が多いためか、少々狭くはあるものの、冷えた体を温めるためにレモングラスのミルクティーやら何やらを、せっせとちいさな子供らが親に頼まれて配ってまわる。
『どうか、助けてください』
ここが敵国で、彼らは皇国の兵士を騙っていなければ、この歓待も素直に喜べたものを――。
「怪我人! 居るんだろ! なあ頼む! 少しでいい、診てやれないか!」
ナバルはどうしても我慢できず、そうツボミに懇願する。
予想がついていたのか、ツボミは「わからんやつめ、応急処置だけだからな」と二つ返事で応じて怪我人の容態を見るために、ナバルと共に寝室へと向かった――。
ランスロットは居住区の長に話をつける。リムリィにずっと手を握られたままのリーセは、この邸宅の広い地下空間にある――座敷牢へと案内してくれた。
『ニャーゴウッ』
複数ある座敷牢のひとつに、小柄で、白斑のしなやかな獣は捕らわれていた。それはホワイトパンサーの幼獣に違いない。
「この子が、父の捕らえた幼獣、その最後の一匹です。十分に育ち、晴れて聖獣としてお上に召し上げられるまで、大切に育てて参りました次第です」
リーセが座敷牢の前に立てば、幼獣はじゃれるように前脚を伸ばしてきた。ケモノビトのリーセと幼獣は、簡易的な意思疎通ができるらしい。それはリムリィも同じだ。
「……おまえおかーさんあいたいか」
リムリィが幼獣と語り始めた間に、ランスロットは皇国兵士として大いに騙る。
「この幻獣は我々が接収する。その後については口外無用だ。だが――悪いようにはしない」
迷いはある。
決意はある。
己の選んだ正しさが、この先にある。
●
鉄の足枷を着けられたまま、幼獣はリーセの命ずるに従い、騒然とする住民たちの間を掻き分けて邸宅の外へと連れ出されることになった。
「……おねがい」
『ナーゴゥ』
幼獣はリーセの指示通りにとても素直に鳴き声をあげる。それが決戦を告げる合図となった。
“待ち”に徹することは、もうできない。
『ガワウッ!』
雪豹は氷柱のように、建物の高所から自由騎士達の防陣へ目掛けて、猛烈な勢いで飛び込んでくる。狙いはリーセ。が、リュンケウスの瞳のなせる業か、アデルは先んじて強襲を見破り、身を呈してリーセへの強襲を防いでみせた。
「させんっ!」
が、二連撃はアデルに深い爪痕を残して、膝を折らせる。もしリーセが喰らっていれば、瞬時に胴体が泣き別れになっていたやもしれないことを考えれば、十分に役割は果たしている。
「ぐっ、一度下がるぞ、来い!」
「は、はい!」
アデルはリーセと幼獣を連れて、一度屋内へと撤退する。
戦いは長引いた。
否、苦戦ではなく、善戦できているからこそ長引いた。
雪豹の『氷華咆哮』によって一斉に凍結、戦線が崩壊する可能性は大いにあった。
しかし尋常ではない雪豹の苛烈な攻撃を凌ぎ、耐えることができた最大の要因に治療手ツボミの卓越した判断力と治癒力だ。第一に、自身が行動不能に陥らないためのレジストフリーズ、そして味方全体を凍結から救うヒュギエイアの杯は度々、ピンチを回避せしめた。
必然、回復の要となるツボミは狙われる。
「オレが、守る!」
「ナバル、心憎いのう貴様」
「ああ、わがままを聞いてもらった分の借りを返さないとな!」
強固な大盾で防いでもなお響く強烈な二連撃を受け切る。盾を覆っていた薄氷が砕けて輝き散った。
最後まで立ち続ければ、勝機はいずれ訪れる。
逆にこちらが攻めあぐねるのは雪豹の俊敏さに加えて、積雪だ。ナバルが試しに積雪にオーバーブラストを叩きつけるも、衝撃波によって飛び散った雪に視界が悪化する上、流石に戦闘領域すべての雪を払いのけることはできなかった。ハイバランサーは平衡感覚を失わず、転倒こそ防ぐも、積雪による機動力の低下までは防げない。
結果として、一番に割を食ったのは高速の剣戟を得意とするつららだ。
「我が剣は、あらゆるモノに終焉を齎す炎の剣」
死角から斬りつける得意の瞬撃が、積雪に踏ん張りが効かず、雪豹には掠り傷しか与えられない。
「貴様の齎す氷雪を解かし、その命を焼き斬ってくれよう」
好機は必ずや訪れる。そう信じて、あえて自らを追い詰めるようにつららは大仰に宣告するのだ。
ダリアンとランスロットとリムリィ、三者が代わる代わるに気合を込めて己が得物を叩きつけるも、改心の一撃とはいかず、小さな傷を少しずつ与えていくに留まる。
「耐えろ、焦らず粘り強く機を待つんだ」
ランスロットは機をみてパリングを仕込み、無理に仕掛けずに仲間を護ってゆく。
「クリアカース!」
ダリアンは冷静に戦況を把握して、ツボミが『氷華咆哮』によって凍てついた直後に凍結を解く。
そうやって徐々に、互いを支え合って消耗戦を仕掛けてゆき――。
誰よりも手数を重ね、絶え間なく攻撃を仕掛けつづけられたのはアリスタルフであった。
回天號砲。
錬気光球を撃ち放つ分には積雪の悪影響はなく、仲間を襲うという瞬間を狙って妨害するように着実に攻撃回数を積み重ね、直撃せずとも削る。削る。削る。
最大の決め手は凍結対策――長ズボンだ。
本年度のベストホットパンツァーを諦めてもいいという決死の覚悟で履いた長ズボンのおかげでほとんど凍結に手間取ることはなかった。
そして遂に回天號砲が、抉るように深々と命中、炸裂! 雪豹の動きが明らかに鈍ったのだ。
「ランス先輩!」
「続くぞ!」
好機を逃さず、ランスロットの大剣「ダスク」が振り下ろされ、雪豹は白雪を血で汚した。
「ナバル、盾を水平に構えろ」
「え!」
つららは叫ぶや否や、ナバルが衝撃波で払い除けた一部の足場を踏みしめて、一気に加速。そして流麗な所作で、トン、とタワーシールドの上を踏み渡って、最高速へ。
「オレの盾を踏み台にした!?」
「これで雪解けだな」
剣閃。
雪豹の前脚が流血、氷結する。つららは炎揺らめく左手で、乱れた前髪を撫ぜ整えた。
●
劣勢と見るや、手負いのホワイトパンサーは撤退せんとする。
「逃さへんよ!」
両手を広げて、奇妙な液体シリンダーつきのカタクラフトの両脚を大の字に開いて自由騎士の少女が立ちはだかる。援軍のようだ。
この間に、足を止めた雪豹にリムリィは動物交流を試みる。
「まて、こどもをつれてかえれ、おかーさんなんだろ」
『……』
「ここはおまえたちのなわばりだった、それはきいた。ずっとむかし、ここにすんでた。あとからやってきたあいつらにおいだされて、こどもまでうばわれた。おこるの、わかる、すこし」
アデルに護られて、リーセと幼獣が姿をみせる。
「でもな! しぜんかいはじゃくにくきょうしょく! ここはわたしたちのなわばりだ!」
リムリィの説得に、雪豹は沈黙を保つ。
戦意は失せ、聞き入れる姿勢を見せている。
「こんかいだけ! おなじケモノのよしみでみのがす。このチビパンサーもかえしてやる! ……ほんとうは、ヒトビト、おそわないケモノなんだってきいた。あっち(皇国領)でなら、すきにしろ。でもチビパンサー、こんどはだいじにしろ」
リムリィの説得後、鉄枷の外された幼獣はうれしげに母に駆け寄ってゆき、すこし、リムリィとリーセのことを寂しげにながめ、しっぽを食むとくわせる仕草をみせ、去っていく。
リムリィは深呼吸し、朝焼けの空へ叫ぶ。
「にどとくんな!!」
怪我人の治療は事前に施したし、死者の埋葬は……これこそ教会なしにはできない宗教行事、手伝うことはできかねる。
恐怖から開放されたことに歓喜する居住区の者達に対して、つららは最後の後始末、魔眼を開く。
「私達は紛れもなく、ミトラースを守護する皇国兵士。苦難は去った。いち早く日々の営みに戻れるよう、汝がすべきを努々励め。亡き皆の魂は主の導きによりて、セフィロトの海へ還るであろう」
「……はい」
感謝も疑念も一切を意のままにねじ伏せ、リーセを含む居住区の人々は復興作業をはじめる。
これは後に語られぬ物騙り。
●
大仕事を追えた自由騎士達は、教会に戻ってようやく哨戒任務の終了に安堵する。
帝国兵士のフリをして過ごした体験を報告がてらに仲間に語って聞かせたりする者が多い中、ツボミは一人、教会と自国の資料を照らし合わせて、ある名を探す――。
魔女狩りの男ディバン。
(……この記録は握り潰さにゃーなるまい。ナバルの坊主とかは割り切れるどーか分からんしな)
当直明けの麦酒に喉を鳴らしつつ、ツボミはいかに仲間達を騙し通すか思案する。
これもまた後に語られぬ物騙り。
「任せておきたまえお嬢さん。君たちのような弱きものを護るのも、我ら兵士の務めなのだから」
キリッ。
『田舎者』ナバル・ジーロン(CL3000441)はヘルムのフェイスを開き、大見得を切ってみせた。
純朴な田舎町の青年という生い立ちの醸す雰囲気は、奇しくも、辺境の兵士としては説得力があり、重厚で無骨な全身鎧は見目として心強い。
快い返事に、リーセは「お慈悲に、感謝いたします」と、地に額が触れんばかりに頭を下げた。
妙な事になった。――と、『信念の盾』ランスロット・カースン(CL3000391)は思案していた。 この娘は敵国人である。
騎士とは女神様と国王陛下の下僕である。
しかし騎士とは弱者を守る盾である。
(……困った……)
ランスロットの葛藤は、彼がちょうど合理的理屈として「この場は皇国兵士として穏便に収める為、幻獣へ対処し、素早く去るのが最善だ」と結論づいた刹那には、もう、ナバルは躊躇いもなく「護る」と宣言していた。
即断即決ぶりに少々驚きの表情を見せたランスロットは己も気づかぬうち、安堵の溜息を漏らす。
アデル・ハビッツ(CL3000496) は皇国兵士としての振る舞いを、誰より心得ており、第一声にて魔女の嫌疑を掛ける機転は、おそらく彼の傭兵として各地を転々とした経験からなるものだろう。
精悍な体つきに重鎧、フードで覆われることで兜の下にキジンの機巧が隠されていることを悟らせぬようにしつつ、冷厳な兵士として一度、難色を示すように振る舞う。
「……我々は極秘任務中であり、氏名や所属については言えないことを承知してほしい」
あえて馬上槍の石突きをズン、と地面に打って、アデルは暗に警告する。
「だが、お前たちの村は必ず助ける。それは約束する。信じてほしい」
「……主に誓って」
少々、優しい言葉になりすぎたか、アデルは過去の記憶や経験から次の言葉を選んで、演じる。
「疑うことなかれ。従順なる神の下僕よ。全ては正しき後継者《ミトラース》の導きである」
●
哨戒任務のために2~3人ずつに分かれて見回っていた自由騎士達は連絡を取り合い、合流した。
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086) はフードを目深に被り、バンダナを巻き、尾は衣服に隠すことにしていた。
ボロを出さないよう、ランタンと沈黙を携えてツボミは夜道を進んでいく。
『暗金の騎士』ダリアン オブゼタード(CL3000458)もまた、ローブによって機械の眼を隠す。敵襲に備えて、前方に陣取り、その卓越した観察眼でもって敵の予兆を見逃さぬよう務める。
雪は――まだ、無い。
『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)は風雪よけのロングコートを纏い、両脚も素人目にはレガース――脛当てとの区別は難しい。先入観として、彼らは皇国兵士なのだと思いこんでいるならば、まさかキジンの蒸気鎧装だとは思い至らない。
それはそうとして、普段は瑞々しい太腿を惜しげもなく曝け出しているアリスタルフも今回ばかりは冬の夜、長ズボンを履かされている。なぜホットパンツを脱げばレジストフリーズが得られるのか。それは女神のみぞ知る。
リムリィ・アルカナム(CL3000500)は、普段ならば独創的なシャツで戦陣に立つが、流石にこの寒さもあって、(あるいは説得されて)フードとマントを纏い、ケモノビトの尾や耳を隠すことができていた。ケモノビトは辺境兵士ならばありうるが、念の為だ。
されとて。
『劫火』灯鳥 つらら(CL3000493)の左腕は『炎の巨人』といわれる幻獣種の血によって、不燃不滅の赤き炎に覆われている。こればかりは隠しようもない。
ひと目見た時、リーセはぎょっと驚きの表情を見せていた。不信の種になることは避けがたい。
自由騎士達は、円陣を組むように歩む。
「こちらを、道なりにお進みください、兵士様」
リーセは当初、先頭に立って案内せねば失礼にあたると申し出てきた。
制したのはランスだ。
「前へ出るな。案内人を失う訳にはいかん。貴様の安全は保証する」
高圧的な物言いは、しかし皇国兵士らしさはうまく醸せている。「でも」と、言いかけるリーセを、アリスタルフがやや鋭く釘を刺す。
「要はこの中で一番狙われやすい君に死なれると迷惑だ。無謀な真似はしてくれるな」
「獣の幻獣は鼻が利くし、地面にゃ貴様の足跡が残っとる。私が獣なら家に籠って狩り難い村人より先に貴様を狙うな」
「あ……わ、わかりました」
トドメとなるツボミの理路整然とした物言いに、リーセは円陣の中におとなしく収まった。
「……かってなこうどうをしないようにこうそくする」
「え……?」
リムリィの言葉遣いと背格好、小さな手で手を握られることでリーセは強い違和感をおぼえる。
「敵襲か!」
ダリアンは叫んだ。
騒然とする一同、四方八方にカンテラの灯りを向けて、警戒する。
緊迫と沈黙。
「……すまない、見間違いだ」
「なんだよ、おどかすなよー」
ほっと一息つくナバルをよそに、数名は気づいただろう。ダリアンはリーセの様子に気づき、機転を利かせたのだ。結果、リーセは襲いくる幻獣の脅威に意識を傾け、不安げに大きなリスの尾を抱いて怯えていた。
「ああ、かの獣はやはり、恨んでいるんだわ……! 私達の行いを」
意味深な言葉を聞き逃さず、つららはすかさず尋ねる。
「“行い”とは何か、話せるか?」
「ええ、何もやましいことはありません、私達は主の導きに従い、手伝わせて頂いたのです」
リーセは胸に手を宛てて、誇るように述べる。
「私達はホワイトパンサーの幼獣を、聖堂騎士団の申しつけ通りに捕らえたのでございます」
●
かつて魔女狩りの名手、リーセの父ディバン達に命じられたのは“聖獣”の確保だった。
“赤竜騎士団”
幻獣を、強制的に使役させた存在“聖獣”を兵器運用する彼らのために、野生の幻獣種を捕らえて集めてくることはヨウセイ狩りとは別に、魔女狩りの徒の功績となりうる行いだった。
“幻獣を狩る”
危険を駆除しつつ、戦力を得る。リーセが名誉に思うのも無理はない。どこの国であれ、人を殺めるような危険な幻獣種を狩る行いは称賛されることだ。
常春の国、わずかに残る寒い山奥にひっそりと暮らす幻獣の巣穴を襲い、成獣の留守を突いて、見事にディバン達は幾匹もの幼獣を村へと持ち帰り、国に献上したのだという――。
●
道中リーセは尋ねられた通りに、雪豹の詳細な習性について語ってくれた。
一番の特徴は「慎重さ」と「警戒心」だ。
この幻獣は本来、無謀な狩りは好まない。動物らしく、自分より弱くて確実に仕留められる獲物を、安全に襲うよう心がける。翻せば、円陣を組んでいる限りは警戒して攻めてはこない。
雪が降る夜道。
これよりは雪豹の縄張り――。
アデルやランスロット、アリスタルフらは闇夜に目を凝らして幻獣の索敵をつづけ、そうして二度、三度とそれらしい影が蠢くのを目撃した。
岩場や木陰などに身を潜め、その間を移動する一瞬を運良く一人が見かけるものの、交戦距離には程遠く、しかも迷彩柄のせいか、すぐに見失ってしまう。つかず離れず、自由騎士達を監視している――。
「ふーむ、牽制しながら隙きを見せず、集落に辿り着くまでは現状維持となるだろうなぁ」
ツボミは敵の性質をよりよく理解する傍ら、なおのこと状況のまずさを痛感する。
防戦一方に徹すればやられることもなく、しかし打開策もない。集落に着けば、持久戦に縺れ込み、寝食や時間の制約、そして何より村人も課題だ。
無論、こうして敵が攻め込めない布陣を築けているのは見事なことで、自由騎士達の純粋な「強さ」は、総力として幻獣を上回っている。が、だから敵は勝機を見出だせず、千日手になる――。
「とにかく無事にここまでは辿り着けた! 道案内ありがとな!」
「い、いえ」
ナバルの明るさ、頼もしさにリーセは安堵の色を見せつつ、自由騎士達に居住区を案内する。
轟音。
一軒の小さな家屋が雪の重みに耐えきれず、眼前で、圧壊したのだ。元々、常春の国であったシャンバラの建造物、それも辺境の居住区となれば多量の積雪を考慮していないのだ。
「あの家の住民は」
「避難は……済んでいる、はずです」
「そうか」
人命は失われずとも、長年暮らす住居が失われる辛さ、再建の苦労は想像に絶する。もっとも、いずれシャンバラ皇国との交戦が本格化すれば、この居住区の人々は避難を余儀なくされるが――。
●
「騎士様よ!」
「ああ、主に願いが通じたのかねぇ」
「わーい! カッコいい騎士だ!」
コートの雪を払い、頑健な大きめの邸宅に招き入れられた自由騎士達は、大歓迎を受ける。
老若男女、ミズヒト、ソラビト、ケモノビト等の亜人種からなる居住区の人間たちは皆一様に、貴方たちを神の使いとみなしてできる限りの礼節を尽くし、言葉を捧げる。
避難者が多いためか、少々狭くはあるものの、冷えた体を温めるためにレモングラスのミルクティーやら何やらを、せっせとちいさな子供らが親に頼まれて配ってまわる。
『どうか、助けてください』
ここが敵国で、彼らは皇国の兵士を騙っていなければ、この歓待も素直に喜べたものを――。
「怪我人! 居るんだろ! なあ頼む! 少しでいい、診てやれないか!」
ナバルはどうしても我慢できず、そうツボミに懇願する。
予想がついていたのか、ツボミは「わからんやつめ、応急処置だけだからな」と二つ返事で応じて怪我人の容態を見るために、ナバルと共に寝室へと向かった――。
ランスロットは居住区の長に話をつける。リムリィにずっと手を握られたままのリーセは、この邸宅の広い地下空間にある――座敷牢へと案内してくれた。
『ニャーゴウッ』
複数ある座敷牢のひとつに、小柄で、白斑のしなやかな獣は捕らわれていた。それはホワイトパンサーの幼獣に違いない。
「この子が、父の捕らえた幼獣、その最後の一匹です。十分に育ち、晴れて聖獣としてお上に召し上げられるまで、大切に育てて参りました次第です」
リーセが座敷牢の前に立てば、幼獣はじゃれるように前脚を伸ばしてきた。ケモノビトのリーセと幼獣は、簡易的な意思疎通ができるらしい。それはリムリィも同じだ。
「……おまえおかーさんあいたいか」
リムリィが幼獣と語り始めた間に、ランスロットは皇国兵士として大いに騙る。
「この幻獣は我々が接収する。その後については口外無用だ。だが――悪いようにはしない」
迷いはある。
決意はある。
己の選んだ正しさが、この先にある。
●
鉄の足枷を着けられたまま、幼獣はリーセの命ずるに従い、騒然とする住民たちの間を掻き分けて邸宅の外へと連れ出されることになった。
「……おねがい」
『ナーゴゥ』
幼獣はリーセの指示通りにとても素直に鳴き声をあげる。それが決戦を告げる合図となった。
“待ち”に徹することは、もうできない。
『ガワウッ!』
雪豹は氷柱のように、建物の高所から自由騎士達の防陣へ目掛けて、猛烈な勢いで飛び込んでくる。狙いはリーセ。が、リュンケウスの瞳のなせる業か、アデルは先んじて強襲を見破り、身を呈してリーセへの強襲を防いでみせた。
「させんっ!」
が、二連撃はアデルに深い爪痕を残して、膝を折らせる。もしリーセが喰らっていれば、瞬時に胴体が泣き別れになっていたやもしれないことを考えれば、十分に役割は果たしている。
「ぐっ、一度下がるぞ、来い!」
「は、はい!」
アデルはリーセと幼獣を連れて、一度屋内へと撤退する。
戦いは長引いた。
否、苦戦ではなく、善戦できているからこそ長引いた。
雪豹の『氷華咆哮』によって一斉に凍結、戦線が崩壊する可能性は大いにあった。
しかし尋常ではない雪豹の苛烈な攻撃を凌ぎ、耐えることができた最大の要因に治療手ツボミの卓越した判断力と治癒力だ。第一に、自身が行動不能に陥らないためのレジストフリーズ、そして味方全体を凍結から救うヒュギエイアの杯は度々、ピンチを回避せしめた。
必然、回復の要となるツボミは狙われる。
「オレが、守る!」
「ナバル、心憎いのう貴様」
「ああ、わがままを聞いてもらった分の借りを返さないとな!」
強固な大盾で防いでもなお響く強烈な二連撃を受け切る。盾を覆っていた薄氷が砕けて輝き散った。
最後まで立ち続ければ、勝機はいずれ訪れる。
逆にこちらが攻めあぐねるのは雪豹の俊敏さに加えて、積雪だ。ナバルが試しに積雪にオーバーブラストを叩きつけるも、衝撃波によって飛び散った雪に視界が悪化する上、流石に戦闘領域すべての雪を払いのけることはできなかった。ハイバランサーは平衡感覚を失わず、転倒こそ防ぐも、積雪による機動力の低下までは防げない。
結果として、一番に割を食ったのは高速の剣戟を得意とするつららだ。
「我が剣は、あらゆるモノに終焉を齎す炎の剣」
死角から斬りつける得意の瞬撃が、積雪に踏ん張りが効かず、雪豹には掠り傷しか与えられない。
「貴様の齎す氷雪を解かし、その命を焼き斬ってくれよう」
好機は必ずや訪れる。そう信じて、あえて自らを追い詰めるようにつららは大仰に宣告するのだ。
ダリアンとランスロットとリムリィ、三者が代わる代わるに気合を込めて己が得物を叩きつけるも、改心の一撃とはいかず、小さな傷を少しずつ与えていくに留まる。
「耐えろ、焦らず粘り強く機を待つんだ」
ランスロットは機をみてパリングを仕込み、無理に仕掛けずに仲間を護ってゆく。
「クリアカース!」
ダリアンは冷静に戦況を把握して、ツボミが『氷華咆哮』によって凍てついた直後に凍結を解く。
そうやって徐々に、互いを支え合って消耗戦を仕掛けてゆき――。
誰よりも手数を重ね、絶え間なく攻撃を仕掛けつづけられたのはアリスタルフであった。
回天號砲。
錬気光球を撃ち放つ分には積雪の悪影響はなく、仲間を襲うという瞬間を狙って妨害するように着実に攻撃回数を積み重ね、直撃せずとも削る。削る。削る。
最大の決め手は凍結対策――長ズボンだ。
本年度のベストホットパンツァーを諦めてもいいという決死の覚悟で履いた長ズボンのおかげでほとんど凍結に手間取ることはなかった。
そして遂に回天號砲が、抉るように深々と命中、炸裂! 雪豹の動きが明らかに鈍ったのだ。
「ランス先輩!」
「続くぞ!」
好機を逃さず、ランスロットの大剣「ダスク」が振り下ろされ、雪豹は白雪を血で汚した。
「ナバル、盾を水平に構えろ」
「え!」
つららは叫ぶや否や、ナバルが衝撃波で払い除けた一部の足場を踏みしめて、一気に加速。そして流麗な所作で、トン、とタワーシールドの上を踏み渡って、最高速へ。
「オレの盾を踏み台にした!?」
「これで雪解けだな」
剣閃。
雪豹の前脚が流血、氷結する。つららは炎揺らめく左手で、乱れた前髪を撫ぜ整えた。
●
劣勢と見るや、手負いのホワイトパンサーは撤退せんとする。
「逃さへんよ!」
両手を広げて、奇妙な液体シリンダーつきのカタクラフトの両脚を大の字に開いて自由騎士の少女が立ちはだかる。援軍のようだ。
この間に、足を止めた雪豹にリムリィは動物交流を試みる。
「まて、こどもをつれてかえれ、おかーさんなんだろ」
『……』
「ここはおまえたちのなわばりだった、それはきいた。ずっとむかし、ここにすんでた。あとからやってきたあいつらにおいだされて、こどもまでうばわれた。おこるの、わかる、すこし」
アデルに護られて、リーセと幼獣が姿をみせる。
「でもな! しぜんかいはじゃくにくきょうしょく! ここはわたしたちのなわばりだ!」
リムリィの説得に、雪豹は沈黙を保つ。
戦意は失せ、聞き入れる姿勢を見せている。
「こんかいだけ! おなじケモノのよしみでみのがす。このチビパンサーもかえしてやる! ……ほんとうは、ヒトビト、おそわないケモノなんだってきいた。あっち(皇国領)でなら、すきにしろ。でもチビパンサー、こんどはだいじにしろ」
リムリィの説得後、鉄枷の外された幼獣はうれしげに母に駆け寄ってゆき、すこし、リムリィとリーセのことを寂しげにながめ、しっぽを食むとくわせる仕草をみせ、去っていく。
リムリィは深呼吸し、朝焼けの空へ叫ぶ。
「にどとくんな!!」
怪我人の治療は事前に施したし、死者の埋葬は……これこそ教会なしにはできない宗教行事、手伝うことはできかねる。
恐怖から開放されたことに歓喜する居住区の者達に対して、つららは最後の後始末、魔眼を開く。
「私達は紛れもなく、ミトラースを守護する皇国兵士。苦難は去った。いち早く日々の営みに戻れるよう、汝がすべきを努々励め。亡き皆の魂は主の導きによりて、セフィロトの海へ還るであろう」
「……はい」
感謝も疑念も一切を意のままにねじ伏せ、リーセを含む居住区の人々は復興作業をはじめる。
これは後に語られぬ物騙り。
●
大仕事を追えた自由騎士達は、教会に戻ってようやく哨戒任務の終了に安堵する。
帝国兵士のフリをして過ごした体験を報告がてらに仲間に語って聞かせたりする者が多い中、ツボミは一人、教会と自国の資料を照らし合わせて、ある名を探す――。
魔女狩りの男ディバン。
(……この記録は握り潰さにゃーなるまい。ナバルの坊主とかは割り切れるどーか分からんしな)
当直明けの麦酒に喉を鳴らしつつ、ツボミはいかに仲間達を騙し通すか思案する。
これもまた後に語られぬ物騙り。
†シナリオ結果†
大成功
†詳細†
称号付与
特殊成果
『レモングラスのミルクティー』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
†あとがき†
皆さん、ご参加・ご観覧いただき、ありがとうございました。
皆さんの自由意志が選んだ正しさは、未来に渡ってどういう結果をもたらすかはまだわかりません。
しかし、いずれシャンバラ皇国との戦いが終わった時、この小さな事件《タネ》がより良い未来の芽吹きに繋がることを願い、常春の国の冬の一幕を騙り終えましょう。
――ちびユキヒョウかわいいよ!
それでは、またの機会にお会いしましょう。
皆さんの自由意志が選んだ正しさは、未来に渡ってどういう結果をもたらすかはまだわかりません。
しかし、いずれシャンバラ皇国との戦いが終わった時、この小さな事件《タネ》がより良い未来の芽吹きに繋がることを願い、常春の国の冬の一幕を騙り終えましょう。
――ちびユキヒョウかわいいよ!
それでは、またの機会にお会いしましょう。
FL送付済