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【漂流少年】最終章・情報と情動から導く漂流少年の素性




 目を覚ました少年は、看護師に向かって、はじめに意味不明な音を連ね、その後、神代共通語で話した。
「ここは、どこ」


「皆様。例の少年、混濁していた意識が明瞭になってきたとのことです。喜ばしいことですわね」
 マリオーネ・ミゼル・ブォージン(nCL3000033)は、いつもゆっくりわらう。
「皆様の捜査を元にして、裏付けを急がせておりますのよ。実際、北方航路は必ずしも無事に航行出来るものとは限りませんの」
 悲しいことですわね? と、ひとしきり嘆く。
「現在までの報告からいくと、大陸北部の未開拓地出身の新種族である可能性が極めて高いといった状況ですわ。後は、少年が目を覚ました後本人からの聞き取りをして検証という手はずだったのですけれど――」
 皆様、悲劇ですわ。と、マリオーネは言う。
「少年は、自分がどこから来たのか、何者なのか、何も覚えていないと言いますの」
 ここまで、マリオーネの、本人は意図していないのに怪しく聞こえる言葉の数々に鍛えられたオラクルは違和感を覚えた。
 いつものマリオーネなら「何も覚えておりませんの」と、身も蓋もなくずけっと言う。
 つまり。
「警戒されておりますのよ。当然ですわ。ですので、こういう回りくどい手法をとりましたの。ご容赦くださいませね。ここまで、少年のことを調べてくださった皆様なら、きっと彼の心を開いてくれるものと信じておりますわ」
 面会の許可が下りました。と、マリオーネは言う。
「自由騎士団としては、彼が彼らしく生きていけるように協力する準備があると、彼にわかってもらえれば、それで十分なのですわ」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
自国防衛強化
担当ST
田奈アガサ
■成功条件
1.漂流少年が前向きに生きられるようにする。
2.1を満たすため、少年に安心感を与えられる状況を作り出す。
 田奈です。
 まず、大事なところから。
この依頼はブレインストーミングの
 ティラミス・グラスホイップ(CL3000385) 2018年11月08日(木) 22:33:05
 アクアリス・ブルースフィア(CL3000422) 2018年11月08日(木) 22:41:31
 アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227) 2018年11月08日(木) 23:30:24
 フーリィン・アルカナム(CL3000403) 2018年11月09日(金) 00:39:20
 の発言から発生しました。
 名前のある方が参加することを強要しているものではありません。参加を確定するものでもありません。

 シリーズ最終回です!
 第一回・第二回のリプレイを踏まえたうえで事態に臨んでください。
 目的は「あなたはこの先どうしたいの?」を聞き出すことです。
 皆さんが何をするかによって、イ・ラプセルへの信頼度、皆さんへの信頼度、将来の展望が変わってきます。
 彼からどんな言葉を引き出せるかによって、結末が変わってきます。

*漂流少年
一切不明。医学的調査により大陸北方未開拓地由来の新種族「死ににくい者(仮)」と推定されます。
 現在の様子はOPの通りです。会話ができるようになりましたが、本人は何も知らない。覚えていないで通そうとしています。
 少年に記憶があるのは、水鏡の解析により確定しています。
 彼は、特殊な種族特性故、奴隷商に売り飛ばされて、ヘルメリアに送られるところでした。心を閉ざし、信じられるのは自分だけと思っています。
 彼の所持品はすべて彼の管理下に戻されました。
 
 協力を求めることができるのは、以下の人々。
*医師
 すっかり憑き物が抜けた状態。元気になりました。前向きかつ科学的かつ親身に少年に接しています。

*看護師
 専属。献身的な娘さん。先生も元気になったし、少年の容体もよくなって、すっかりいい感じと思っている。ただ、記憶がないという少年の今後が心配。

アカデミーの研究者達
*布の翼を飛ばし隊
 航空力学の結晶に魅せられてしまった人々。
 ただし、資料が写真だけなので、研究が行き詰っている。

図書館
*自由騎士に便宜を図るのがお仕事の人
 個室を用意したり、筆写を手伝ってくれたりする人。

*今回は、今まで集めた情報を踏まえつつ、何を話し、何を話さないのかによって、結末が左右されます。
 あまり情報を開示しすぎても警戒されるでしょう。何も知らないという体をとりすぎれば舐められるでしょう。

 ★この依頼は全三話のシリーズです。おおよそ一か月半のシリーズになります。
 参加したら次回の予約時に優先が付きます。
 途中で抜けた場に別のPCが入った場合次の依頼で優先権が発生します。
 シリーズ参加中も他の依頼にはいっていただいてかまいません。
 途中参加の場合は何らかの理由によって合流したという流れになります。
状態
完了
報酬マテリア
2個  2個  6個  2個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/8
公開日
2018年12月30日

†メイン参加者 6人†




 夕焼けに染まった海。
 壊れた樽に入っていた少年の手足は棒きれのようになって、恐ろしく軽かったという。
 影の中に落ちたような少年の目が覚ましたとオラクル達に連れられたのはオラトリオ直前のことだった。


 国防軍附属病院は、イ・ラプセルといえどもそれなりに面会手続きに時間はかかった。
 宰相閣下の肝いりである自由騎士団絡みの患者となれば余計だ。自由騎士団員ですと言われてホイホイ通しているようでは暗殺者も入りたい放題だ。おちおち療養もできない。
 身分照会の時間。待合室は明るい光が満ちている。
「意識がはっきりしてきてよかった♪」
 きっと、あのほやんと笑う看護師も喜んでいるに違いない。
 『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)は、病院からの知らせに声を弾ませた。少しだけ響く。
 軍の規律、病院の規律。引き締まった空気に間近に迫るオラトリオの空気が流れ込み、廊下のモザイクタイルに淡い光が落ちる。これから会う少年はオラトリオを覚えている。と、言うだろうか。
 はっきりした意識は、何も覚えていないという鎧をまとうことを選択した。
「記憶喪失の振り……やっぱり信用されていませんねー」
『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は、仕方がないことだとは納得している。
(ここはむしろ、強かに生きようとする意志がある事を喜ぶべきでしょう。生きる事を諦めてしまっているよりは、良い状態だと思います)
 孤児院育ちのフーリィンは、寄る辺をなくして心を閉ざした子供たちをたくさん見てきた。
 新しい弟妹を迎える度に、心を閉ざした子供達と根気良く顔を突き合わせた結果、ゆっくり家族になってきた。
 そのフーリィンの勘が大分ましと言っている。
「まぁ酷い目にあったみたいだし、警戒するのは無理ないかも」
 北部山地から海に至るまでの道程はけっして短くはない。
「奴隷として売られた……そんな状態で見知らぬ土地で目が覚めたら、私でも警戒します」
 ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)は、花束と手作りのクッキーを抱えた完璧なお見舞いスタイルだ。
「とりあえず怪我は何とかなりそうですし、心の傷を癒してもらわないとですね」
「先生と看護師さんには話を通してきた。彼の種族やその特性については今回は触れないということで」
『実直剛拳』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)が、医局から戻ってくる。
 オラクル達からの見舞いの品――花や食物――は、事前に医師から許可を取りに行っ達意での情報収集だ。
「この国がイ・ラプセルという国だという話はしたそうだが、自分がどちらから来たかはわからないといっているそうだ」
 絶妙に嘘は言っていない。そもそも、イ・ラプセルの外から来たのかなかから来たのかも言っていない。


 病室には明るい光が差し込んでいた。
 布団の上に、例の帆布がかけられている。
 その端をキュッと握りしめた少年は、お人形さんのようだった。
 伸びっぱなしの金髪が束ねられている。 青い首筋。文字通り、青い。
 オラクル達は、少年の瞳が黄色なのを初めて確認した。
 簡素な患者衣の軍附属病院でいかにもえり好みせず調達してきましたといった体のパジャマはここは本来子供が入院する施設ではないことを表している。
 きゅっと口元を引き締めているのは、見たことのないものを前にした緊張だろう。おそらくは。
 そして、独特の気配。夕方の浜辺でははっきり感覚していなかったが、少年はオラクルだ。
「目、覚めたんや。順調に良うなってきてるみたいでよかったわぁ」
 明るい声を上げる『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)の足元に、少年はさまよわせていた視線を固定した。
 アリシアは少年を知っているが、少年はオラクル達を知らない。
「この方達が、あなたを見つけてくれたのよ」
 少年は、ひどくびっくりしているようだった。ぎゅうううっと帆布にしわが寄る。
 カノンと『マギアの導き』マリア・カゲ山(CL3000337)はオニヒト、ティラミスはケモノビト、アリシアとアリスタルフの足はカタクラフト。フーリィンはノウブルだが、彼が新種族だとするならば、そもそもノウブルさえ生活圏にいたのか怪しい。
 見るヒト全てが自分と違うなら、何も知らないふりをするのは戦術としては正しい。
「イ・ラプセル自由騎士団所属、オニヒトのマリア・カゲ山です」
 マリアが腰をかがめ、少年と目を合わせるようにして自己紹介した。
「おにひと」
 少年の発音が平板だ。初めて聞く単語のようだ。目が、マリアの額の上の方に集中している。
「遠い――大陸の向こうから来たんですよ。今年で6年目くらいですね。」
「カノンは、イ・ラプセル生まれだよ!」
 少年の顔はこわばっている。イ・ラプセルでも亜人が奴隷でなくなったのは最近で、いまだその制度に未練たらたらな一派もいる。
「ティラミス・グラスホイップです。お見舞いに花を持ってきたのですけれど――」
 看護師が生けてきましょう。と、花を受け取った。
「無事に回復してよかったです」
 少年は、今部屋に入ってきた一団が神の声を聴くものであることを認識したようだった。
「何も覚えてない……とのことなので、まずは発見時の状況をお話しします」
 あの場にいたのは、フーリィンとアリシアとティラミスだ。三人はずっと少年の心配をして調査のすべてに携わっている。
「樽の中に入ってたんよ」
 覚えていないという少年を否定せず、アリシアはそういった。ティラミスが頷いた。
「それが、浜辺に漂着しているところを保護したんですよ。もう無我夢中だったんですけど、助かってよかったです」
 少年はありがとうとぼそぼそ呟いた。ぴかぴか笑顔のお姉さんがずいずい来たらこの年頃はこういう態度になりがちだ。と、アリスタルフは判断した。そっけなくとも問題ない。
「所持品について調査させていただきました。そのせいで気分を害されたようならすみません」
 マリアは律義に頭を下げた。
「私達は、あなたが北方からの漂流者であると推測されること、そして肌の色から私と同じ亜人であると推測しています」
 少年は、マリアをじっと見た。マリアも少年をじっと見た。率直に話してみて、その上でこの国が安心して暮らせるところだと伝えたかった。
「看護師さん。もう流動食でなくてもいいのなら、おこめを使って卵粥を作ってあげよーかな? いいんだよね?」
「はい」
 看護師は頷いた。
「食べやすいよーに細かく刻んだ干し肉も入れて。――食べたいならだけど」
 きううううう。
 少年が返事をする前に、胃袋が返事をした。
 カノンは、ぱっと笑った。太陽と呼ばれる、暗雲を蹴散らす笑顔だ。


 くつくつと米が煮える匂いに、干し肉のうまみの匂いがほどける。たぱーっと流しこれる卵の金色がふくふくと米の上で質量を増した。
 味見と称してカノンが口に含む匙は、毒見の意味も兼ねている。
「今はカノンがお粥を作ったけど、君が眠ってる間一生懸命治療して世話してくれたのはこの病院の先生と看護師さんなんだよ」
 少年から看護士が急に自分の話題になって、ぽっと顔を赤らめる。
「それは単に仕事だからじゃなくて、本当に君を助けたいって気持ちからじゃないかな。そういう生き方が出来たらいいなってカノンは思うよ」
 国に名にし負う自由騎士であるカノンにそう言われたら、一介の看護師は赤面してじたばたするしかない。
「粥が煮えるまでの間に――少し俺達の国について説明しようか」
 アリスタルフが言う。
「ここは、比較的気候が温暖な島国で、他の国とも離れている」
「クニ」
 少年は、言葉を舌に乗せるがひどくあやふやな感じだ。よくわかってない感じがする。
 注意深く少年の感情の揺れを探査しているアリスタルフは、少年が今までの調査の通りの出身ならば、そこの神は三百年前にきえ、王もいない。
 彼はごく限定的なコミュニティの中で生まれ育ち、国という概念を知らないという仮説に行き当たった。
「全ての種族に差別がなく、マザリモノの亡命も多く、色んな人を受け入れている」
 マリアが頷いた。
「現王のエドワード様が奴隷制度を廃止し、誰でも住みやすい国になるよう努力されているのですよ」
 この辺りは特に違和感なく受け入れたようだ。
「私のような容姿のケモノビトでも問題なく生活ができる国です」
 ティラミスが付け加えると、興味深げに目を瞬かせた。
「一方的に話を聞かされても疲れるだろう。何か訊きたいことはあるか?」
 少年は、よくわからない。と、答えた。
「――なにか、思い出しませんか?」
 フーリィンは、そっとたずねた。
「昔の事が分からないと、そこに帰してあげる事も出来ません」
 憶測はあるが、正解はわからない。少年の口から語ってもらわなければ。
「住むところなら、うちの孤児院で良ければ提供できますよ。他にも選択肢はありそうです……お仕事するなら、住み込みで働けるところとかも良いかもですね♪」
 少年が孤児院というのが分からないという顔をするので、身寄りのない子供たちが安心して暮らせるところだ。と、説明した。
 フーリィンは言葉を選びながら、敵ではないと伝える事に手間を惜しまなかった。
 手を差し伸べる事。そして、その手を握って貰えるまで辛抱強く待つ事。その段階に至るまで、年を要することだってある。傷ついた心は体の傷より治りにくい。
「クッキーとか」
「焼き菓子も持ってきた。お茶を淹れよう」
「リンゴとか食べるんやったら持ってくるで。うち、ウサギさんの形に剥けるし!」
 柔らかい時が流れた。ようやく出来上がった綿菓子のような快さ。包まれていたいと思う安息。
 だが、それは一歩間違えばべたべたとまとわりついて、何をするにも始末が悪くなる。
「――名前、思い出せないか」
 アリスタルフが斬り込んだ。オラクルの皆が気になっていたことだ。名前は、血につながり、地につながる大事な要素だ。
 匙を口に運んでいた少年の手指が止まる。
「何故名前に拘るかと言うと、名前は幼い頃から何度も聞かされて一番記憶に残っている言葉だろうから、そこから手掛かりになればいいと」
 名前は世界と個を結びつけるものだ。
「うちは『アリシア』。うちのおとんおかん――やのうてお父さんお母さん――がいつでも真に偽りなく正直な子になってほしいみたいなかんじでつけたみたいやけど
キミもそういうので名前くらいは憶えてたりせえへんかな?」
 名は、託された願いと想いでできている。周囲の環境への警戒心からそれを秘匿させるのは切ないことだ。
「なんていうか、うちらキミと仲良うなりたくても何て呼んでええんかわからんから」
 少年は口ごもる。名前を憶えているということは、彼を守る鎧を脱ぐということだ。どこから来たかわからない肌の色がちょっとおかしな迷子からもっと面倒な存在であることを示すということだ。
「名前がないと困るよね」
 カノンは、少年の布団の上に載っている布を見た。少年がよく握りしめているだろう場所に癖がついている。鳥観図ではないかと推察される絵柄。アカデミーでは模型が作られ、ああでもない、こうでもないと研究対象になっているという。
「君の気持が大事だから嫌なら断ってね? シムルグとかどーかな? 伝説の鳥の王の名前なんだけど――」
 カノンは空になった椀を受け取りながら提案した。
 少年がカノンの顔をじっと見る。
「鳥」
 カノンは、うん。とうなずいた。神代共通語が通じない場所はない。ただし、辺境だと激しい方言で、もはや別言語の域に到達している例もあり、少年はそういう土地から来たのだ。
「通じる言葉は、あまり上手に使え、ません。だから、難しいことは、言えない。俺に起きたことは、俺にはよくわからないから、覚えていないと言いました。うまく立ち回れないときは隠れるのが教え。俺はうまく隠れなかったから、ここまで来た。通じています、か」
 少年は、オラクル達にたどたどしく話し始めた。。
「あなた達は親切なヒトだと思った。けど、いいヒトは本当のことを知ると親切が続けられなくなる時があります。それは仕方のないことだと先にうまれたヒトが言います。ました。大きなソトで生きていくのはとても大変だから、神様もお隠れになる程つらい目に遭う。だから俺達は親切が届くウチにいる」
 少年は、オラクルをじっと見た。自分の言葉の意味が伝わっているかいぶかしげだ。ギュッと帆布を握りしめた。
「これでウチからヤマに行くのは、次の先に生まれたヒトになるために最初にするためのことで、俺はそれをできなかったから大きなソトに出てしまった。わかりますか――うまく言えないから、わからないと思う。隠れられなかった時からたくさんの人に言ったけど、伝わらなかったし、わからないといわれた。困らせている。とても、ごめんなさい」
 何度同じ話をしたのだろう。どれだけ考えてしゃべったのだろう。何度迷惑がられたのだろう。彼はこんな遠くまで流れ着いてしまった。
 少年は、彼が何者かを伝えるのをあきらめていたのだ。樽の中に入り込んだことについては話そうとしない。
「俺は、とても、死んでいる。とても、とても死んだ。でも、生き返った。俺たちは「死ににくい者」と言われている。『ノスフェラトゥ』と大きなソトの人は呼んだそうです。神様は空色の肌と丈夫な命をくれた。でも、大事なものをたくさん使います。ました? 俺はたくさん使った。すっかり空っぽになっている。俺は、今では先に生まれた人になれないです。俺はなりたい自分になれなくなった」
 少年は、生きようとしていた。自分の中にあるものを使って何とか生き抜いて。オラクル達はあの夕方の浜辺で伸ばされた指をつかむことに成功したのだ。
「だから、俺は新しく生きようと思いました。誰でもない人になろうと思いました。そうしたら、新しい場所を作ってくれる? と思いました。多分、あなたたちはとても親切。大きなソトのつらいところから遠いところに俺を置こうとしている。今されたのは、そういう話だったと思います。あってますか」
 三年後にはなくなる世界のはかなさを省いた説明だった。少年に荒波の未来を教えない配慮に満ちた選択だった。世界の厳しさは心を閉ざした少年の心をさらに閉ざすものだと判断したからだ。
 少年は、帆布をつかんで、大きく広げた。
「だけど、あなたはこれを鳥だと言った。俺に鳥の名前を、恵みをもたらす鳥の名前をくれようとした。俺のこれをわかってくれた。これは俺がなくしてしまったものに続くもの。俺の命につながるもの。俺がセフィロトの大きな水に流してしまったものを集めるモノ」 
 少年のために町中で話を聞いて回ったのは無駄ではなかった。小さなことが結びついて、今、少年はオラクル達に向かっている。
「あなたたちは、俺に好きにしていいと言いました? なら、俺は元に戻りたい。これで飛びたい。ヤマに行きたいです。でもわかりません。どうしたらいいと聞かれました。わかりません。来た道は覚えていません」
 アリスタルフは、初めから決めていた。今、その覚悟を口にするときだった。
「すぐには信じて貰えないだろうが、俺達は君に何かを強制するつもりはない。ただ君が君らしく生活できれば幸いだと思う。その為の協力は惜しまない」
 きっと、それは長くて苦しい旅路になるだろう。だが、少年は歩き出そうとしている。
「俺の名前は、俺がなくしたものを取り戻したら、お話しできると思います。あなた達がいてくれるなら、きっとすぐだと思います。いまは、カノンがくれた名前をもらいたいです」
 少年は、いいですか? と、オラクルに尋ねた。
「あなた達が俺を鳥に戻してくれたから、今は再び飛び立てるまで、シムルグと呼んでください」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

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