MagiaSteam
極めし者と空虚の器




「師匠、今日の分の鍛錬終了しました!!」
「そうか、じゃぁ今日はもう休め。明日も早いぞ」
 イ・ラプセル西の森奥深く。雨風を避けられるだけの粗末な住まい。
 そこに老人と少年は住んでいた。

 老人はその昔武人と呼ばれ恐れられていた人物だった。
 若い頃から己を鍛え上げ、常に自らを研鑽し、修行以外のすべてを捨て去り、ただただ鍛錬に明け暮れ過ごした数十年という月日。人は彼を変人のように扱い、誰も相手にしなかった。
 しかしその月日は気づけば彼に類稀なる武力を与えていた。徐々に周りの評価は変わっていく。彼は気づけば武人、達人と呼ばれるようになっていた。
 格闘大会などでは鬼神の如き強さを誇った彼だったが、なぜか彼は天涯孤独で弟子などは一切とらなかった。その強さに弟子入りを望むものは多かったがその一切を許可しなかった。
 今は現役を引退し、森の奥深くで穏やかに隠居生活を送っている。
 このまま人と関わることも無く、生涯を終える。それが老人のささやかな夢であった。
 
 少年は名をユダと言った。
 少年もまた天涯孤独だった。生まれてすぐに捨てられ孤児として育った。
 しかし孤児院でも彼は孤独だった。協調性が無く、利己的な彼は他の孤児たちとも折り合いがつかず、程なく孤児院を脱走する。
 その後は窃盗を繰り返しながら生活をしていたのだが。
 ある日そんな生活を一変させる光景を目撃する。とある格闘大会。圧倒的武力で優勝した老闘士。少年は老人のその強さに心から陶酔した。初めて自分以外に興味を持った瞬間だった。力が欲しい、ああなりたい、と。
 しかし少年の心を奪ったその老人はその大会を最後に引退する。
 少年は気づけば老人の住まいの前に居た。土下座して弟子入りを請うが無論受け入れられる事は無かった。
 3日後。少年は未だ老人の家の前に土下座していた。
 1週間後。雨。少年は変わらず老人の家の前で土下座し続けていた。
 頬はこけ、元々ぼろぼろだった服は更に煤け、今にも倒れそうなほどふらつき衰弱している。それでも少年は土下座し続けた。
「少年。なぜキミはワシに弟子入りしたいのかね」
 老人は少年に語りかける。
「ただ……強く……強くなりたいから……」
 そういうと少年は気を失った。
 老人は少年を抱きかかえると家の中へと入っていった。

 それからの日々は少年と老人にとって得もいえぬ穏やかな日々であった。
 無論弟子としての修行は、それは凄まじく厳しいものだ。修行が終われば、泥のように眠る。起きればまた日も上がる前から修行。延々と繰り返される日々。だがそこには少年と老人の確かな絆が生まれようとしていた。

 そして数年後──
「……師匠ぉぉぉっ!!!」
 それは突然起こった。突然襲い掛かってきた魔物に立派な青年に育った少年の変わりに餌食になる老人。
「ゴフッ……やはり年には勝てんな……」
「師匠!! 今助けますっ!!」
 構えを取る青年。
「こいつは血の匂いで集ってくるのだ……一匹なら兎も角、集団で襲われては今のお前ではどうしようもない」
「師匠!! それでもっ……それでは俺は……俺はっ!!」
「ユダ! 常に冷静であれ。そう伝えたはずだ。……頼む、逃げてくれ。お前だけでも生き延びるんだ」
 
「師匠……待っていてください! 必ず助けに戻ります!!」
 ユダは踵を返し、森を駆け抜ける。街へ助けを求めるために。


「今伝えられるのは以上だ」
「老人を助ければいいんだな」
「ああ、それと……まぁ今言う事じゃないか。そうだ。老人を助けて欲しい」
『演算士』テンカイ・P・ホーンテン(nCL3000048)はそれだけ伝えると演算室の奥へと戻っていた。
 テンカイの様子が気になりながらも自由騎士は森へ向かう。消えようとする命を守るために。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
麺二郎
■成功条件
1.イブリース化した魔物を討伐する
2.老人と青年の生存
麺二郎です。一子相伝の技って憧れますね。それを伝授するという事は、自らの時代が終わり次の世代になるということ。自らの終わりを自らが判断しなければならないというこの流れ。まさに達観者にしか関われない世界だと思います。

天涯孤独であった老人の元に現れた一人の少年。2人の過ごした時間は老人と少年にどんな変化をもたらすのでしょうか。それは今はまだわかりません。ですが、今老人の命は燃え尽きようとしてます。
今はこの命を救っていただくのが今回の任務です。


●ロケーション

 イ・ラプセル西。森林部の奥深く。夕方前。戦闘中に次第に暗くなります。
 高い木に囲まれた森の中。整備された道等は無く、足場はよくありません。
 自由騎士がたどり着いたとき、そこには瀕死の老人とその獲物を奪い合う魔物達がいますが、自由騎士を見つけると一斉に襲い掛かってきます。青年が戻ると実力的に劣る青年を優先的に狙います。


●敵&登場人物

・フォレストウルフ(イブリース化)x5
 イブリース化した森に住む狼。体調5mほどに巨大化しています。
 老人の流した血により、周辺に居た4体が集ってきています。
 老人を噛み砕いた1体は他の個体より一回り体躯が大きく戦闘能力も高いです。

 牙 物近単 鋭い牙で攻撃します。【スクラッチ1】
 爪 物近単 鋭い爪で攻撃します。【スクラッチ1】
 噛み砕く 物近単 強靭な顎の力で噛み砕きます。【防御無視】【必殺】

・老人ジソウ
 すでに現役を引退した元達人。その技のキレは100年に一人の逸材と言われていました。ユダを庇い魔物の牙に倒れました。自由騎士がたどり着いたときには既に全身を噛み砕かれており、余命幾ばくの状態です。

・少年ユダ
 老人との数年に及ぶ修行により逞しい青年に成長しています。体力面では相応に鍛えられていますが、その精神面は未だ不安定な部分があります。自由騎士がたどり着いたときには、森を抜けた街まで助けを呼びに行っている為その場にはいませんが、程なくその場へ戻ってきます。自由騎士が説得しても聞かず、戦闘が終わって無ければ師匠を助けるためと必ず戦闘に参加します。
 
皆さまのご参加お待ちしております。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
10モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2019年02月09日

†メイン参加者 6人†




 現場へ急ぐ自由騎士達。状況が状況だけに誰もが全速力で森を駆け抜ける。
(ユダ……私と同じ境遇だったのね。もし運命の歯車が今より少し、ほんの少しずれていたら彼は私だったかもしれない。放っておけないわ)
「……絶対に死なせない」
 誰に聞かせるでもなく『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)はそう呟いた。
 先の事件で強者の最後を看取ったばかりのエルシー。同じ状況は絶対に作らないと固く誓っての言葉だった。
 同じく達人ジソウに思いを馳せるのは『飢えた白狼』リンネ・スズカ(CL3000361)。
「100年の1人の逸材ですか……老いているとはいえ怪我が治った暁には是非手合わせしてみたいですねぇ」
 リンネはヒーラーであるが、日々弛まぬ鍛錬を続ける闘士でもある。常日頃より強者を求めて手合わせを行ってきた彼女。達人とまで呼ばれるジソウとの手合わせを思わず望んでしまうのは、強さを渇望する者の性(サガ)であろうか。
「まぁお弟子様の方もそれなりに興味はありますが……」
 そう言って口元に笑みを浮かべるリンネ。
「うんうん。興味あるよねー」
 そう言ってリンネの言葉に頷くのは『元気爆発!』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)。
「テンカイがなんか言いよどんだのが気になるけど、とりあえずじーちゃん助ければいいんだね!」
 カーミラはいつも全力全開、その思考は目標に向かって一直線だ。
「そいじゃあ急いで行こうかあ」
 いつも通りの軽い口調。『黒道』ゼクス・アゾール(CL3000469)の声に皆が頷くと自由騎士達は更に速度を上げ現場へと急ぐのであった。


 戦闘の口火を切ったのは『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)の剣撃だった。
 カスカが狙ったのは明らかに他より一回り体躯の大きいフォレストウルフ。影狼で一気に至近距離へ至ると携えた刀で一閃する。だがその手ごたえは薄い。フォレストウルフはその驚異的な聴力をもって自由騎士達が近づいてくる事を感知していた。そしてカスカの攻撃にも本能で反応し、致命傷を防いでいたのだ。
「やはりイブリース化でかなり強化されているようですね」
「アォォォォーーーーーーーーーン!!!!!」
 カスカに斬られたウルフが吼える。獰猛なその瞳に映るは美しい銀髪と橙の瞳のオニヒトの姿。その狩猟本能は今、カスカに向けられたのだ。
 森にフォレストウルフの振り下ろす鋭い爪とカスカの刀とが激しくぶつかり合う音が響いていた。
「キャォォォン!!!」
 エルシーの拳がウルフの横腹に深く突き刺さる。到着と同時に柳凪で攻撃耐性を得たエルシーは突然の来襲に警戒するウルフの群れに正面から飛び込んでいく。その拳には強い意思が宿り、紅く燃えていた。
「私もいるぞーーーーっ!!」
 そこへ勢い良く飛び込んできたのはカーミラ。走る勢いそのままにウルフにとび蹴りを決める。
 エルシーとカーミラの登場に、陣形を乱したものの、すぐに牙をむき出し威嚇するウルフ達。
「ふぅ、やっぱりイブリース化するとでっかくなるなー。それにパワーもありそうだから気をつけないと!!」
 エルシーとカーミラ。自由騎士の中でも屈指の体術使いである2人が並び立つ。
「カスカさんがアイツを相手してる。私たちは──」
「残り4匹をぶったおす!!!」
「おーい。俺もいるよぉ~」
 忘れてもらっちゃ困るといわんばかりに手を振り声を出してアピールするゼクス。その少々軽い言動とは裏腹にアニマ・ムンディで己が強化を終えたゼクスは前の2人の動きに合わせていつでも後方からの攻撃支援が出来る体勢を整えていた。
 牙を剝き、唸るウルフ達を前に一歩引かぬ自由騎士達。ウルフ達の意識が集中する最中、風の如き速さでジソウの元にたどり着いた者。それはリンネだった。
 一種の賭けだった。リンネの持つ能力『韋駄天足』。駆使する事により通常の3倍ものスピードで行動すること可能とする能力だ。だがしかしその加速中は戦闘行動は一切取れない。ゆえに戦闘中にこの能力を使用する事は敵前にもかかわらず己を無防備に晒す事となる。それがどれだけ危険な行為かわからないリンネではない。それでもリンネはその可能性に賭け、そして成し遂げたのだ。
「ジソウ様。貴方にはまだ死なれては困ります」
 体中を噛み砕かれ、息も絶え絶えのジソウにリンネはそう短く告げる。リンネの肩口に血が滲む。動物の本能的な反射行動であろうか。高速で動くものを敏感に捉えたウルフ達が振り下ろした爪。その爪の1つがジソウへの最短ルートを奔るリンネの肩に僅かに掠っていたのだ。リンネの澄白の巫女服が紅く染まっていく。
 するとその新しい血の匂いを感じ取ったのだろうか。エルシー、カーミラと対峙しているウルフの1体の視線がリンネへ向いた。
「さて……もう一度博打を打たなければなりませんね」
 近づいた時と違い、明確にリンネを狙うウルフがいるこの状況で手負いのジソウを運ぶ。この圧倒的に不利な状況。だがリンネに悲観する様子は無い。
「……私はどんな勝負にだって負けたく無いのです」
 リンネが能力を発動し、一気に駆け抜ける。その行く手には牙を剝き、リンネを狙うウルフ。この日二度目の賭けにリンネはその身を委ねた。その結果は──積み重ねた日々の鍛錬と幾多の勝負での経験が全てだった。

「うわ。ズッタボロ! それ生きてるの? 死んでない?? それに……その傷っ!!」
 ゼクスの歯に衣着せぬ言葉。後方に居たゼクスと『聖き雨巫女』たまき 聖流(CL3000283)の傍にたどり着いたリンネ。移動中、瀕死のジソウを噛み砕かんとするウルフの攻撃にリンネは身を挺して阻止。ジソウに更なるダメージはなかったものの、肩口の傷は大きく開き巫女服は真っ赤に染まっていた。
「このくらいどうという事はありません。ジソウ様を確保できた時点で私の勝ちです」
「いやいやいや!! そーゆー事じゃなくてっ」
 ゼクスのツッコミも言い終わらぬうちに、たまきがジソウの回復に当たる。
「ジソウさんっ。私の声が聞こえますか」
 メセグリンでジソウの傷を癒すたまき。たまきの施すメセグリンの効果で、傷口はゆっくりと、だが確実に治癒されていく。
「リンネさんもその傷……」
 リンネを心配するたまき。
「私の事はいい。先ずはジソウ様を」
 リンネの言葉にたまきはジソウだけに回復を集中させる。
「う……うぅ……」
 なんとか意識を取り戻したジソウ。だがその全身に及んだ傷は深く、その回復にはかなりの時間を要するであろう事は明白だった。
 リンネもまた自らが持つ医学的知識を総動員してジソウに止血などを施す。
「こう言う時の為に覚えた医術です。何より……私にとって強者が消え、楽しい勝負の機会が失われるのは残念故に」
 リンネのその言葉に苦悶の表情を浮かべていたジソウの表情が少し和らいだ気がした。
 それを見たリンネ。敵前よりジソウを救出し、たまきによる回復でジソウが意識を取り戻したことで、張り詰めていたものが少し緩んだのか、出血の止まらぬ自身の肩口の鈍痛に顔を歪めた。ジソウを優先するあまり自身が受けた傷すら蔑ろにしていたが、リンネもまた深い傷を負っているのだ。
 すぐにハーベストレインで自らを回復するリンネ。その効果によりジソウの回復もまた促される。
「急がないと邪魔な少年来ちゃいそうだし。ちょっと手早く片せないかなあ」
 空気を読んでか読まずか。さらりと他が口にあえてしないであろう事を言うゼクス。
 邪魔かどうかは兎も角、ユダが戻る前に決着を付けたいと思っていたのはゼクスだけではない。カーミラもまた最善を目指し戦っている。
 全力の救命活動が行われる最中、ゼクスは前線を維持する仲間のサポートに全神経を注ぐ。先ほどの言葉とは裏腹に、その炯炯たる瞳には軽々しさは無い。
 ウルフ4体を前に前線を維持するエルシーとカーミラ。2人の援護をすべく蓄えられたゼクスの魔導の力は対の魔矢となり、対峙するウルフの行動範囲を狭めるよう放たれる。それにより数では勝るウルフはエルシーとカーミラの布陣を突破できず、後方へ近寄る事が出来ないで居た。
 戦いの最中たまきとリンネが回復に集中できるのは前方と後方を繋ぐゼクスの働きもまた大きい。
 カスカの刀とウルフの鋭い爪がお互いを削りあう音。そしてエルシーとカーミラがウルフと衝突し、その牙や爪を受けながらも強い気持ちを込めた拳や蹴りを叩き込む音が響く中、後方でジソウを回復する自由騎士の更に後ろの森陰から声がした。 

「お前達は……一体!? ……し、師匠ぉぉぉぉぉっ!!!」
 たまきとリンネに介抱される師匠をみるやいなや駆け寄ったユダ。師匠がまだ生きていることに身体を震わせ、大粒の涙を流す。
 ジソウが襲われた直後、一番近い村へ救助を要請しにいったはずのユダ。
 そのユダが1人で戻ってきたという事が全てを物語っていた。
 その様子を見たゼクスは自身の予想が当たっていた事に軽い失望感を覚えた。
 人と繋がりを持ちたがらない森深くに住む老人と、孤児の少年。そのような者を助けるために魔物犇く森に入り、自らを危険に晒すようなものはその村には1人もいなかったのだ。
 よほど悔しかったのであろうか。ユダの口元には血が滲んでいた。
「お師匠様は一命は取り留めています。殆どの傷からの出血も止まりつつあります。安心してください。必ず助けて見せます」
 たまきはゆっくり穏やかに、それでいてはっきりとした口調でユダへそう伝えた。
「師匠……よかった……」
 師匠の手を握り、安どの表情を見せるユダ。そして次の瞬間、その表情は怒りへと変わり、自由騎士達が未だ交戦しているウルフに向けられる。
 立ち上がりウルフの元へと向かおうとするユダの腕をたまきがそっと掴む。
「離してくれっ!! 師匠の仇を……俺は仇をっ!!!」
 パシィィン──。乾いた音が響いた。
「……えっ」
 ユダの動きが止まる。周りが見えなくなっているユダにたまきが咄嗟にとった行動。
 それによりユダの右頬は赤く染まっていた。
「貴方が冷静で居なければ、助けられる命も助けられません。何故お師匠様が貴方を命懸けで助けたのか、よく考えて下さい」
 頬に当てた手をだらりと投げ出し俯くユダ。
「お師匠様を助ける為に、一緒に戦いましょう」
 たまきの放つマイナスイオンと咄嗟に見せたその行動はユダに幾分の落ち着きを取り戻させたようだ。
 ユダは何も言わず頷くと駆け出した。師匠を噛み砕いた魔物に自らの一撃を打ち込むために。

 時を同じくして前方のエルシーとカーミラ。
 一挙4体を相手にしている2人であったが、後方からのゼクスの支援もあり、大きく不利な状況には至っていなかった。ウルフたちの連続攻撃にさすがの2人も避けきれず、腕や足に傷をおいながらも、2人は冷静に戦局を自らに傾けんと最善を尽くす。そこには四足の魔物とこれまで幾多の戦いを繰り広げてきたカーミラの経験も大きく生かされていた。爪や牙による攻撃が行われる際の初動やその攻撃範囲。爪攻撃はその肩口の筋肉の動きと目線で、牙攻撃は一度身体を後方に沈め、勢いをつけるその習性を見抜く。
 カーミラが五感を通じて得た情報は、その経験により解析され、幾多のダメージを受けながらも気づけばある程度の行動予測が出来る域に達しようとしていた。
 エルシーもまた攻防の最中、攻撃の予備動作をその感覚で捉え、対応していく。
 その感覚の精度は防御に徹すれば全ての攻撃をかわせるのでは無いかと思わせるほどだ。
 決着がつくのはそれから12秒後。
 初動を見極め、牙による攻撃が来る事を予想したカーミラとエルシーが同時に放った拳は2体のウルフの鼻柱を捉える。そのまま2体は泡をふき沈黙。
 それにより己が不利を本能で感じた2体は森の奥へと逃げ去っていったのだった。
 
「それにしてもタフですねえ。野生の狼が皆こうだったら絶滅の心配はいりませんね」
 軽口を叩くカスカだったが、状況は逼迫したままであった。森を熟知し、縦横無尽に移動しながらその刃を振るうカスカに対して、フォレストウルフもまたその発達した全身の筋肉と住み慣れた森というフィールドを最大限に活かしていた。
 一進一退の攻防。双方譲らぬ斬撃により、消耗しつつもどちらも一歩も引かない状況となっていた。だがその均衡は1人の青年によって突如破られる。
「師匠の仇だ!!!!」
 カスカの元へ駆け寄り、構えを取るユダ。その身体は小刻みに震えている。
 師匠を無残に噛み砕いたバケモノ。そのバケモノに改めて対峙する恐怖は想像を絶するものなのだろう。だがそれでもユダは今ここに立っている。
「師匠と弟子……ですか」
 ふとカスカの脳裏に過ぎるのはまだアマノホカリに居た頃の師匠との記憶。
 カスカをして最後の最後まで、この人には一生勝てないのでは無いかと思わせるほどの圧倒的実力を誇った存在。

『迷いが無けりゃ覚悟なぞ要らんねん』

 私はこう見えて繊細ですから──

『翻り、覚悟とは迷える者が抱く理屈に過ぎねェのさ』

 その行為に価値があるかだとか、本当に覚悟があるかだとか──

『我思う、是即ち我動ずる事也』

 お師匠からすれば無駄なことを考えるんですよ──

『風の如く己が思うがまま駆け抜けろ』

 今もその言葉はずっと私の心の中に──

「……昔を思い出してしまいましたね。全く……いつまで経っても存在感ありすぎなんですよ」
 そんな事を言いながらもカスカの表情は穏やかだ。

「いきます。私の動きに合わせられますか」
 そう言うとカスカはユダのほうに目を向ける。未だ震えは止まってはいない。だがユダのその目は一切背ける事無くまっすぐに目の前の敵を見据えていた。
「……ふふ。賢明な師匠を持つ貴方が少し羨ましいです」
「……え!?、今なんて」
 ユダに聞き取れない程の小声。カスカはユダの問いに答える事無くフォレストウルフへ向かって駆け出す。
「さぁいきますよ」
 出遅れたユダに声を掛けたのはリンネ。たまきによる回復でジソウの状態の安定を確認し、討伐へと加わったのだ。その後ろには、傷だらけになりながらも他の4匹を退けたエルシーとカーミラもいる。よくよく見れば更に後ろには、にんまり笑顔でひらひらと手を振るゼクスの姿もある。
「師匠との鍛錬の日々の成果、見せていただきますよ」
 リンネはそういうとぽん、とユダの背中を叩く。
「頑張んのは分かるけどさー、じーちゃんより先に死んじゃダメだし?」
「厳しい修行を積んだのでしょう? 単純な腕なら私より上よね? 期待してるわよ」
 エルシー、カーミラも同じようにユダの背中を押す。
「……はい」
 小さく答えたユダ。皆の触れた背中に得もいえぬ温かいものを感じながら、自由騎士達と共にフォレストウルフに向けて駆け出した。
 いつの間にかその震えは止まっていた。

「ユダっ!! 貴方が決めるのよっ!!!」
 自由騎士の幾多の攻撃によりとうとう足の止まったフォレストウルフ。エルシーがユダに最後を委ねる。
「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!!!!!!!」
 ユダが全力を込めた拳をフォレストウルフへ叩き込む。フォレストウルフの体中を衝撃が駆け巡る。
「アォォォォォーーーーン…………」
 最後の遠吠えのあと、フォレストウルフは静かに倒れたのであった。


 危機は乗り切ったものの、未だ身体を動かせないジソウの傍を離れないユダ。その手はしっかりと師匠の手を握っている。
「私はエルシー。よかったら友人にならない? 同じ武術家で、似た境遇だしね」
 話しかけるエルシーだったが、ユダにはまだジソウ以外の事は考えられないようだ。穏やかな表情は返したものの、その目線はすぐにジソウへと向けられた。
「ねーねーじーちゃん。元気になったら私にも必殺技とか教えてよー!」
 カーミラは何とか話せる程度のジソウに、あっけらかんと必殺技伝授を求める。その言葉に少々驚いた表情を見せるが、すぐにジソウは笑顔で「ダメじゃ」と答えた。
「では傷が癒えたら手合わせをお願いできますか……それとこれまで何故弟子を取らなかったのですか」
 リンネもまた強さを求め続けるもの。同じ空気を感じ取ったのだろうか、ジソウの表情が僅かに変わる。「いずれな」そう一言返したジソウはそれ以上は何も語らなかった。
 少し離れた場所には皆の様子を見ているカスカの姿。
(あの師弟ならば技はきっと受け継がれてゆくのでしょうね)
 穏やかな表情で見守るカスカだったのだが。
「……なら私は果たして受け継げているのでしょうか」
 カスカのその問いに答えられる者はいなかった。

 同時刻。その場から離れ、1人煙管をふかすゼクス。
(一子相伝…とは違うけれど。自分の技術を継承させるってなあ、つまるところ次の世代に遺すって事で。自分の終わりを認めるって事だからねー。少年はジイさんの事を知っているのかねー? そしてジイさんは少年の事をどこまでわかってるのかねー?)
 ゼクスが煙管から吐いた煙はまるでゼクスに纏わりつくように漂う。
「……果たして今のあの2人にそこまでの覚悟と信頼関係があるのかねぇ」
 ゼクスの言葉に答えが出るのはもう少し先の話となる。

 エルシーがマキナ=ギアを繋ぐ。
「無事終わりました。それで、出発前に貴女が言いかけた言葉が気になりまして……」
「ああ、それは──」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

特殊成果
『手合わせ同意書』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:リンネ・スズカ(CL3000361)

†あとがき†

失われかけた命は自由騎士の手によって繋ぎ止められました。

MVPは逸るユダの心を変えた貴方へ。

ご参加誠にありがとうございました。
感想などいただければ幸いです。
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