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辻切夜想曲。或いは、凶剣乱舞……。

●真夜中の凶刃
暗い夜道。カンテラの明かりを頼りに歩く、酔っ払いの男が1人。
兵士か傭兵か、男の腰にはよく手入れされた剣が1振り。
そんな男の目の前に、笠を被った長身の女性がふらりと姿を現した。
身に纏うは赤黒いドレス。飾りは少なく、シンプルなデザインだが長身痩躯の彼女にはよく似合っていた。
「もし、そこな方」
「あん?」
静かな、けれどよく通る鈴の音のような声音であった。
女性は腰に下げた剣……刀と呼ばれる極東の剣だ……に手をかけ、問いかける。
「このような剣を……刀身の黒い刀をご存知ない?」
「あー? いや、知らんなぁ。見たことねぇ。それよりお前さん、なんだ?」
すん、と男は鼻を鳴らして腰の剣に手をかけた。
「見たところまだ若いが、なんだってそんなに濃い血の臭いを纏ってやがる?」
酔っ払っていてもそこはそれ。
男は紛れもなく、数多の戦場を生き抜いた猛者であった。
そんな男が警戒するほどに、目の前の女性は異様なのだ。
笠に隠れて、その表情こそ窺えない。
だが、男には分かった。
男が剣に手をかけた瞬間、女性はたしかに笑ったのだと。
そして……。
とん、と。
女性は1歩、前に出る。
「……っ!?」
本能的に、男は剣を引き抜いた。
「ワタクシ、ノクターンと名乗っております。ご覧の通り剣士ですわ」
一閃。
男の目はたしかに女性……ノクターンが刀に手をかけ、振り抜いた瞬間を捉えていた。
だが、次の瞬間には刀は元通り鞘に収められている。
「な、なにもんだ、てめぇ!?」
驚愕に目を見開く男。
彼はノクターンの殺気を察知し防御のために剣を抜いたのだ。
だが、彼の剣はノクターンの斬撃を受け止めるには至らなかった。
シャラン、と。
刃と鞘の擦れる音が鳴った。
ぼとり、と。
男の首が、両腕が、胴が。
バラバラになって地面に落ちる。
「趣味は強者を屠ること。まぁ、聞こえてませんよね」
クケケケ、と鈴の鳴るような声音に不似合いな不気味な笑い声を零して。
地面に転がる男の頭を一度蹴飛ばし、ノクターンは夜の闇へと姿を消した。
●依頼発注
「辻斬り、と極東ではこのような事件をそう呼称するそうだぜ」
へらっと、軽薄な笑みを浮かべて『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)はそう告げる。
街で起こる連続殺人事件……その犯人と目される女性剣士・ノクターンの捕縛任務発注のために集められた自由騎士たちをぐるりと見まわし、ヨアヒムは言葉を続ける。
「まぁ、彼女の言ってる黒い刀身の剣ってのも気になるけど、まずは凶行を止めなきゃだよな」
おっかないよな、と。
口調こそ軽いが、ヨアヒムの目には確かな敵意が宿っていた。
「居合いって言うんだっけか? まぁ、抜刀と同時に敵を斬り裂く技……なんだろうけど」
手元の資料へ目を落とし、ヨアヒムは顔をしかめた。
記載された被害者たちの状態を一読し、はぁ、と重たいため息を吐く。
「おそるべきはその練度だね。【トリプルアタック】と【防御力無視】ってとこか」
加えて、ノクターンは人を害することに躊躇を覚えない殺人鬼。
夜間での戦闘にも慣れているのだろう。
「エンカウントできそうな場所は、住宅街に飲み屋街の裏通り、川辺の遊歩道と……生憎とノクターンに有利な閉所ばかり。大通りにでも誘い出すか?」
人通りの多い大通りに出たノクターンが、一般人に手をかけないとは限らない。
その場合は、別途一般人を保護する策が必要となるだろう。
また、ノクターンの出現は夜だ。
暗闇での戦闘に備える必要もある。
「ま、趣味は強者を屠ることって言ってるような女だからな。君らなら彼女のターゲットとしての資格は十分だろう。囮にするような真似をして悪いが……」
これも任務のうちだから、と。
申し訳なさそうな顔でそう言って、ヨアヒムは仲間たちを送り出す。
暗い夜道。カンテラの明かりを頼りに歩く、酔っ払いの男が1人。
兵士か傭兵か、男の腰にはよく手入れされた剣が1振り。
そんな男の目の前に、笠を被った長身の女性がふらりと姿を現した。
身に纏うは赤黒いドレス。飾りは少なく、シンプルなデザインだが長身痩躯の彼女にはよく似合っていた。
「もし、そこな方」
「あん?」
静かな、けれどよく通る鈴の音のような声音であった。
女性は腰に下げた剣……刀と呼ばれる極東の剣だ……に手をかけ、問いかける。
「このような剣を……刀身の黒い刀をご存知ない?」
「あー? いや、知らんなぁ。見たことねぇ。それよりお前さん、なんだ?」
すん、と男は鼻を鳴らして腰の剣に手をかけた。
「見たところまだ若いが、なんだってそんなに濃い血の臭いを纏ってやがる?」
酔っ払っていてもそこはそれ。
男は紛れもなく、数多の戦場を生き抜いた猛者であった。
そんな男が警戒するほどに、目の前の女性は異様なのだ。
笠に隠れて、その表情こそ窺えない。
だが、男には分かった。
男が剣に手をかけた瞬間、女性はたしかに笑ったのだと。
そして……。
とん、と。
女性は1歩、前に出る。
「……っ!?」
本能的に、男は剣を引き抜いた。
「ワタクシ、ノクターンと名乗っております。ご覧の通り剣士ですわ」
一閃。
男の目はたしかに女性……ノクターンが刀に手をかけ、振り抜いた瞬間を捉えていた。
だが、次の瞬間には刀は元通り鞘に収められている。
「な、なにもんだ、てめぇ!?」
驚愕に目を見開く男。
彼はノクターンの殺気を察知し防御のために剣を抜いたのだ。
だが、彼の剣はノクターンの斬撃を受け止めるには至らなかった。
シャラン、と。
刃と鞘の擦れる音が鳴った。
ぼとり、と。
男の首が、両腕が、胴が。
バラバラになって地面に落ちる。
「趣味は強者を屠ること。まぁ、聞こえてませんよね」
クケケケ、と鈴の鳴るような声音に不似合いな不気味な笑い声を零して。
地面に転がる男の頭を一度蹴飛ばし、ノクターンは夜の闇へと姿を消した。
●依頼発注
「辻斬り、と極東ではこのような事件をそう呼称するそうだぜ」
へらっと、軽薄な笑みを浮かべて『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)はそう告げる。
街で起こる連続殺人事件……その犯人と目される女性剣士・ノクターンの捕縛任務発注のために集められた自由騎士たちをぐるりと見まわし、ヨアヒムは言葉を続ける。
「まぁ、彼女の言ってる黒い刀身の剣ってのも気になるけど、まずは凶行を止めなきゃだよな」
おっかないよな、と。
口調こそ軽いが、ヨアヒムの目には確かな敵意が宿っていた。
「居合いって言うんだっけか? まぁ、抜刀と同時に敵を斬り裂く技……なんだろうけど」
手元の資料へ目を落とし、ヨアヒムは顔をしかめた。
記載された被害者たちの状態を一読し、はぁ、と重たいため息を吐く。
「おそるべきはその練度だね。【トリプルアタック】と【防御力無視】ってとこか」
加えて、ノクターンは人を害することに躊躇を覚えない殺人鬼。
夜間での戦闘にも慣れているのだろう。
「エンカウントできそうな場所は、住宅街に飲み屋街の裏通り、川辺の遊歩道と……生憎とノクターンに有利な閉所ばかり。大通りにでも誘い出すか?」
人通りの多い大通りに出たノクターンが、一般人に手をかけないとは限らない。
その場合は、別途一般人を保護する策が必要となるだろう。
また、ノクターンの出現は夜だ。
暗闇での戦闘に備える必要もある。
「ま、趣味は強者を屠ることって言ってるような女だからな。君らなら彼女のターゲットとしての資格は十分だろう。囮にするような真似をして悪いが……」
これも任務のうちだから、と。
申し訳なさそうな顔でそう言って、ヨアヒムは仲間たちを送り出す。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ノクターンの捕縛
●ターゲット
ノクターン(ノウブル)×1
赤黒いドレスを纏った剣士。
170オーバーという女性にしては高い背丈と、長い手足が特徴的。
腰には黒い鞘の刀を下げている。
趣味は「猛者を屠ること」
目的は「黒い刀身の刀」を見つけること。
気配遮断に似た技能を有しているのか、現在に至るまで捕縛されることなく凶行を繰り返している。
・流刀一閃[攻撃] A:物近単【三連】【防無視】
目にもとまらぬ3連撃。
ノクターン唯一にして、最強の技。
型としては居合いに似ている。
●場所
夜の街。
人通りの少ない住宅街や、飲み屋街の裏通り、川辺の遊歩道など明かりの少ない場所が主な犯行現場。
上記3ヵ所のいずれかに現れることが予測される。
通りの幅は狭く、横に並べるのは2名が限界。
夜目が利かない場合は別途明かりや暗所対策をした方が無難だろう。
ノクターン(ノウブル)×1
赤黒いドレスを纏った剣士。
170オーバーという女性にしては高い背丈と、長い手足が特徴的。
腰には黒い鞘の刀を下げている。
趣味は「猛者を屠ること」
目的は「黒い刀身の刀」を見つけること。
気配遮断に似た技能を有しているのか、現在に至るまで捕縛されることなく凶行を繰り返している。
・流刀一閃[攻撃] A:物近単【三連】【防無視】
目にもとまらぬ3連撃。
ノクターン唯一にして、最強の技。
型としては居合いに似ている。
●場所
夜の街。
人通りの少ない住宅街や、飲み屋街の裏通り、川辺の遊歩道など明かりの少ない場所が主な犯行現場。
上記3ヵ所のいずれかに現れることが予測される。
通りの幅は狭く、横に並べるのは2名が限界。
夜目が利かない場合は別途明かりや暗所対策をした方が無難だろう。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/8
4/8
公開日
2020年04月12日
2020年04月12日
†メイン参加者 4人†
●
厚い雲が空を覆う、月のない夜。
人気の失せた住宅街の歩く4人の女性。
先頭に立つは修道服に身を包んだ、引き締まった体躯の赤毛の女拳士『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)である。
次いで、エルシーと並ぶは巨大な十字架を背に担いだ狐顔のシスター・『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)だ。
さらに、その後ろには長い薄紫色の髪を三つ編みに結った少女・ノーヴェ・キャトル(CL3000638)が続く。
そして最後尾には、ひょうたんから酒を煽る氷面鏡 天輝(CL3000665)が。
ゆっくりと、まっすぐ前を見つめて。
けれどしかし、誰一人として油断などしてはいない様子。神経を研ぎ澄まし、周囲への警戒を怠らない。
それは酒を煽る天輝でさえも同様だ。
なにしろ、今現在彼女たちが捜索しているのは夜闇に紛れて凶行を働く殺人鬼なのだから。
「あ~、こんな夜は一杯やりたい所じゃのぉ……のぅ?」
くるり、と。
足を止め、背後を振り返った天輝は家屋の影に潜む何者かへ向けそう問うた。
天輝が足を止めたことに気づいた仲間たちが、慌てて背後を振り返る。
数秒……。
沈黙の中、姿を現したのは赤黒いドレスを着た背の高い女性であった。
「よくお気づきになられましたわね?」
腰に下げた剣……それは刀と呼ばれる曲刀である……に手を触れ、赤い女性・ノクターンは楽し気に笑う。
被っていた笠を持ち上げると、どんよりと濁った瞳が顕になった。
「あ~、超直観」
適当な応えを返す天輝。女性・ノクターンは踊るような足取りで、数歩前へと歩み出る。
踊るように、滑るように。
タタン、と軽い足音を鳴らし、けれども気配はひどく希薄で……。
気づけばノクターンは天輝の眼前へと迫っていた。
そして、シャランと。
鞘から刀を引き抜く音。
直後……。
「足止めが私が担いましょう」
天輝を庇うように前に出たアンジェリカが、大十字架でノクターンの斬撃を受け流す。
自身に付与した【二重螺旋のボレロ】による回避。
鞘なりの音は一度。けれど、その瞬間にアンジェリカが感じた衝撃は3回。
瞬きの間にノクターンは、都合3度の斬撃を放ったのだろう。
それを見て、天輝はわずかに表情を綻ばせる。
「ほぅ、居合か。アマノホカリの技をこんな所で拝めるとはの」
「居合い……は……ヒートアクセルと……似てる……」
ノクターンの斬撃を見た天輝とノーヴェは言葉を交わし、先の一撃をそう評した。
そんな2人の横をすり抜け、エルシーは前へ……ノクターンと対峙する。
「確かに速いけし、おまけに一度に大勢で仕掛けられない閉所は数の有利を活かしにくい。けど、閉所での戦闘に向いてるって事では、私の拳も同じよ」
豊かな胸の前で朱色の籠手に覆われた両の拳を打ち鳴らし、ノクターンからの攻撃に備える。
アンジェリカとエルシーの戦意に満ちた表情を見て、ノクターンは歪に唇を吊り上げ笑った。
「け、けけけけけ! いいわぁ。久しぶりに骨のある方と戦えそう。これであなたたちが黒い刀身の刀の在り処を知っていれば文句なしなのだけれど、いかが?」
「『黒い刀身の刀』ねぇ……。悪いけど、知らないわね」
それより覚悟はいいかしら?
長い髪を後ろへ流し、エルシーは腰を低く落とした。
その瞬間……。
「いつでもよろしくてよ」
シャラン、と。
鞘から刀を引き抜く音が、夜の静寂に響き渡った。
●
「『趣味は強者を屠ること』と言う割には不意打ちか……余にはわからぬなぁ。強い相手と殺り合いたいなら、余であれば真正面から挑みかかるがな?」
蒼き魔弾を撃ち出しながら、天輝はそう問いかける。
放たれた魔弾は着弾と共に冷気を拡散。
ノクターンの体を水のマナが包み込む……が、しかし。
「不意打ちでやられるような者は真の強者とはとても呼べないわ。私が斬りたいのは、皆様のような“本物”なのよ」
シャラン。
鞘の鳴る音。
相変わらず、いつ抜刀し、いつ納めたのかもわからぬほどの高速の斬撃が周囲のマナを切り裂いた。
霧散するマナと冷気を突き抜け、ノクターンは前へ駆け出す。
「貴女の相手は私、アンジェリカ・フォン・ヴァレンタインが務めます!」
巨大な十字架を掲げ持ち、アンジェリカが名乗りを上げた。
にやり、とノクターンは笑い……。
「剣士・ノクターンと申しますわ。一夜限りのお相手とはいえ、どうぞよろしくお願いします」
一閃。
鋭い斬撃が、十字架を支えるアンジェリカの腕を切り裂いた。
飛び散った鮮血がノクターンの笠を濡らした。
頬に飛び散った血を舌でなめとり、ノクターンはさらに前へ。
次いで放たれた斬撃を、アンジェリカは後退することで回避した。
だが、完全には避けきれない。
アンジェリカの胸部に一閃の裂傷が刻まれる。幸いなことに傷は深くないが、どうやらノクターンの攻撃速度はアンジェリカの回避を上回るようだ。
ノクターンは止まらない。
さらに1歩、前に踏み出し刀を一閃……させようとして、彼女は背後へ振り替える。
「ノク、ターン……が……ヒト、を……“つめたい”に……する、なら……皆、が……逃げる……まで……ヒト、を……守る、よ」
そこに居たのは、右手にカタール、左手にナイフを携えた小柄な少女・ノーヴェであった。
長い三つ編みが風に揺れている。
「あら、ワタクシの目にも捉えきれないほどの高速移動……お見事ですわ」
と、ノクターンが賞賛の言葉を投げかけた、その直後。
「……んっ。く」
ノクターンは額を押さえ、数歩よろめく。
被っていた笠が二つに割れ……否、真っ二つに切り裂かれ地面に落ちた。
ノクターンの額から血が零れる。
「せい、こう」
淡々とノーヴェは告げる。
ノーヴェのスキル【タイムスキップ】による高速の剣技は、種類こそ違えど“視認できない”という意味ではノクターンの居合と同系統だ。
高速の剣技を扱うノクターンにとって、速さで負けたという事実は信じられないものだった。
けけけ、と。
不気味な笑い声を零して、ノクターンはあらわになった白い髪を振り乱して笑う。
風が吹き、月を覆っていた雲が流れる。
白い月光の下で、ノクターンは呵々大笑。そのどんよりとした濁った瞳に映る感情は、喜悦だろうか。
「ずいぶんと楽しそうね。興でも乗った? それなら、今夜は私が貴女の鎮魂曲を奏でてあげるわ! どうぞ貴方もご一緒に」
タタン、と。
地面を蹴ってエルシーが駆ける。
拳を武器とするエルシーと、刀を携えたノクターンではリーチの差が大きい。
そのためエルシーは、これまで様子をうかがっていたのだ。
ノクターンの晒した隙を見逃さず、必殺の一撃を叩き込む、その隙を。
けれど……。
「ワタクシ、強敵相手の時ほど神経が研ぎ澄まされる性質ですの」
なんて。
突如として大笑を止めたノクターンは、ゆらりと体を右へ倒した。
そして……。
「速くとも、直線的な動きではねぇ?」
なんて、言って。
一閃。
エルシーの腹部から胸にかけて、3本の裂傷が刻み込まれた。
血を零す腹部を押さえ、エルシーは後退。
変わりに前に出たのはアンジェリカだ。
エルシーの後退をサポートすべく、後衛からは絶え間なく天輝が魔弾を放つ。
ノクターンの背後に陣取ったノーヴェが攻撃に備え、腰を低くした。
けれど、ノクターンはくるりと、ゆらりと、踊るようにおっとりとした足取りで前後左右へ移動しながら、時折鋭い斬撃を放つ。
隙だらけのようでいて、隙のない……捉えどころのない動きだ。
どうやらかなり実戦なれしているようで、彼女は狭い通りの最中で自由自在に動き回り、攻撃の手を緩めない。
攻撃こそ最大の防御なり、と言ったところか。
事実、視認できない彼女の剣技を相手にすればいかに自由騎士たちとて迂闊に攻勢に移れないのだ。
じわじわとアンジェリカは後退を続ける。
時折隙を見て、エルシーとノーヴェが攻撃をしかけるが、ノクターンに対して致命傷は与えられない。
一切攻撃が命中しないわけではないが、居合による牽制や独特の歩法によって致命傷を避けられるのだ。
「ふむ、奴の奥義の肝はその踏み込みにあると見た」
後衛から戦況を観察していた天輝はそう告げる。
本来であれば酔拳と呼ばれる接近格闘を得意とする彼女には、ノクターンの強さの秘密がある程度理解できたのだろう。
「それなら、天輝様が相対してくださいますか?」
話を聞いていたアンジェリカがそう問うが……。
「まさか。今の余では躱すのは無理じゃな。後衛からしっかり援護するから、皆、頑張ってくれい」
呵々と笑って、天輝は蒼き魔弾を放つ。
ノクターンは魔弾を回避し、大十字架を構えるアンジェリカの眼前へ。
タン、と一歩踏み出して一閃を放つ、その瞬間……。
「なっ……え?」
ここにきて初めて、ノクターンの表情に焦りが生じた。
見れば、彼女の足元には薄い氷が張っている。
天輝の放った魔弾はもとよりノクターンを狙ったものではないのだ。着弾と同時にまき散らされた冷気が、ノクターン周辺の地面を凍り漬けにした。
氷に足を取られ、体勢を崩したノクターンの斬撃はひどく不安定なものだった。アンジェリカはそれを大十字架で受け止めると、返す刀で十字架による三連打を放った。
不安定な姿勢のまま、ノクターンも神速の居合でもって応じるが……。
「ぐっ……」
相殺出来たのは2撃目まで。
三発目の打撃は、重量に押し負け防ぎきれない。
ノクターンの体が宙を舞い……。
「挟み、うち……」
まるで瞬間移動のような速度で、ノクターンの頭上にノーヴェが移動。
振り下ろされる高速の剣が、ノクターンの胸を切り裂いた。
血を吐き、地面に叩き落されるノクターン。その落下地点に、血だらけのエルシーが回り込む。
「私の拳をお見舞いしてやるわ」
振り抜かれたノクターンの刀を赤い籠手で受け流し、カウンター気味に2 発の拳を叩き込む。
瞬きの間に放たれた拳が、ノクターンの腹部を穿つ。
血と吐しゃ物を吐き散らし、ノクターンは凍った地面に倒れ伏した。
追撃をかけるべく、着地と共にノーヴェが駆ける。
スキルを使用した急加速。多少の距離であれば、刹那の間に詰められる。
だが、しかし……。
「けけけけ……。いいですわ。すごくいい。実に斬り甲斐がありますわ」
なんて、言って。
血と吐しゃ物に塗れた口元を拭い、ノクターンは立ち上がる。
すぅ、と細く空気を吸い込み。
「お返しですわ」
シャラン、と。
鞘鳴りと共に放たれる一閃。
背後に迫ったノーヴェの脚に、3筋の裂傷が刻まれた。
●
膝を突くノーヴェを一瞥し、ノクターンは素早く振り返る。
一閃。
バックステップで後退するエルシーを視認不能な斬撃が追う。
後衛へと下がったエルシーと入れ替わるようにアンジェリカが前へ。
「ラッシュの速さ比べと洒落込みましょう」
大きく息を吸い込むと、手にした大十字架をただがむしゃらに振り回す。
まるで破壊の嵐のごとく。
地面を、壁を、アンジェリカの大十字架が削る。
だが、ラッシュを前にノクターンは下がらない。
それどころか、攻撃の間を縫うようにして鋭い斬撃をアンジェリカへとお見舞いしていく。
次第に押され、下がっていくアンジェリカ。
金色の体毛が朱に濡れる。
けれど、しかし……。
ふらり、と姿勢を崩しアンジェリカはその場に仰向けに倒れた。
ノクターンの斬撃は空を切り裂き不発に終わる。
にやり、と。
アンジェリカの口元には笑み。
「何……?」
それを見て取ったノクターンが困惑の表情を浮かべたその瞬間。
「昨今噂の殺人鬼が現れた! 皆の者、ここは危険じゃ! 散れっ! 早う早う!」
木霊する天輝の叫び。
悲鳴が聞こえ、複数人が遠くへ駆け去る足音がノクターンの耳に届いた。
そこでようやくノクターンは気づく。
アンジェリカの背後には大通り。
いつの間にか……戦闘に没頭する余り周囲への警戒を怠ったせいだ……ノクターンは大通り付近へとおびき出されていたのだ。
ノクターンの剣技や気配遮断の技能は、人通りの少ない狭い場所でこそ最大限に効果を発揮する。
1対1での戦闘であれば負け知らず。
けれど、それに特化しすぎたがゆえに広いエリアで戦うことに慣れてはいないのだ。
舌打ちを一つ零して、ノクターンは後退しようと踵を返す……が、しかし。
「皆、を……“つめたい”に……する……な、ら……ふかふか、で邪魔……をする」
ポツリ、と。
ノクターンの耳に届いた静かな声。
「何を言っているのかしら?」
声の主は、地に膝を突いたノーヴェである。
視線はまっすぐノクターンへ。
そして、彼女は両の腕を振り下ろす。
ノクターンの肩に刺さる曲がった刀身のナイフ。
その柄頭にまったく同じ軌道で投擲されたカタールが命中する。
突き刺さったナイフが押し込まれ、ノクターンの肩に激痛が走った。
思わず数歩、よろめいて……。
「そういえば、黒い刀身の刀、余も興味がある。一体どんな刀か教えてくれぬか?」
ノクターンの懐に潜り込む天輝の片手が、まばゆいばかりに光を放つ。
練り込まれた闘気が、爆発の瞬間を今か今かと待っているのだ。
舌打ちを零す間もなく、そして居合を放つこともできないままに。
放たれた光球が、ノクターンの腹部を撃ちぬき大通りへと押し出した。
血を吐き、よろめくノクターンの眼前に立つ赤毛の女性は獣のような笑みを浮かべる。
自身こそ強者だと言わんばかりの威圧的な笑み。
その全身は血と汗と泥にまみれ、けれどしかし、それでも彼女は美しい。
だからこそ。
「あぁ……」
今こそが、この場こそが生涯最高の戦場に違いないと。
恍惚としたため息を零し、ノクターンは刀に手を触れ、腰を落とした。
「どう? 強者との戦い自体が楽しくなってきたんじゃない?」
「えぇ、そうかもしれませんね。ですが、そういった確認の問いは少々無粋ではなくて」
そういってノクターンは、ナイフを刺され痛む左手で刀の鞘をそっと支える。
言葉は不要、とその態度が雄弁に物語っていた。
それを受け、エルシーは地面を蹴って駆け出した。
大通りの道幅を十全に活用するように、大きく弧を描くように走り……。
そして……。
「その技はもう何度も見たわ。今度こそ、この身を以って見切ってやる!」
地面を蹴って急加速。
ノクターンの間合いへと、刹那の間に迫る。
ダメージにより、ノクターンの斬撃は幾分速度が落ちていた。
腹部目掛けて放たれた一刀目を左の籠手でいなす。
胸部へ向けての二刀目は、身を傾けることで致命傷を避けた。
喉首を狙う三刀目を右の拳で打ち砕く。
そして……。
「……っ!!」
ギリ、と奥歯を噛みしめ放つ渾身のワン・ツーがノクターンの胸を打ち抜いた。
仰向けに倒れたノクターンへエルシーは告げる。
「罪を償ったら、自由騎士になるといいわ。探している刀も見つけやすくなるでしょう」
ダメージが大きいのか、ノクターンは言葉を発するのも億劫そうだ。
それでもどうにか身を起こし、にぃ、と小さく笑って見せた。
その笑みの意味は肯定か、それとも否定だろうか。
「その黒い刀とやら、どういった代物なのじゃ?」
そう問うた天輝は、へし折れたノクターンの刀へ視線を向ける。
ノクターンは、震える声でごく短い答えを返した。
「……決して折れることはなく、刃こぼれを起こすこともなく、そして持ち主の技量によっては鋼鉄さえも一刀両断する……そんな刀だそうですわ」
それさえあれば負けなかったのに、と。
最後の交戦で折れた刀を恨めし気に見やり。
ノクターンは、その意識を手放した。
厚い雲が空を覆う、月のない夜。
人気の失せた住宅街の歩く4人の女性。
先頭に立つは修道服に身を包んだ、引き締まった体躯の赤毛の女拳士『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)である。
次いで、エルシーと並ぶは巨大な十字架を背に担いだ狐顔のシスター・『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)だ。
さらに、その後ろには長い薄紫色の髪を三つ編みに結った少女・ノーヴェ・キャトル(CL3000638)が続く。
そして最後尾には、ひょうたんから酒を煽る氷面鏡 天輝(CL3000665)が。
ゆっくりと、まっすぐ前を見つめて。
けれどしかし、誰一人として油断などしてはいない様子。神経を研ぎ澄まし、周囲への警戒を怠らない。
それは酒を煽る天輝でさえも同様だ。
なにしろ、今現在彼女たちが捜索しているのは夜闇に紛れて凶行を働く殺人鬼なのだから。
「あ~、こんな夜は一杯やりたい所じゃのぉ……のぅ?」
くるり、と。
足を止め、背後を振り返った天輝は家屋の影に潜む何者かへ向けそう問うた。
天輝が足を止めたことに気づいた仲間たちが、慌てて背後を振り返る。
数秒……。
沈黙の中、姿を現したのは赤黒いドレスを着た背の高い女性であった。
「よくお気づきになられましたわね?」
腰に下げた剣……それは刀と呼ばれる曲刀である……に手を触れ、赤い女性・ノクターンは楽し気に笑う。
被っていた笠を持ち上げると、どんよりと濁った瞳が顕になった。
「あ~、超直観」
適当な応えを返す天輝。女性・ノクターンは踊るような足取りで、数歩前へと歩み出る。
踊るように、滑るように。
タタン、と軽い足音を鳴らし、けれども気配はひどく希薄で……。
気づけばノクターンは天輝の眼前へと迫っていた。
そして、シャランと。
鞘から刀を引き抜く音。
直後……。
「足止めが私が担いましょう」
天輝を庇うように前に出たアンジェリカが、大十字架でノクターンの斬撃を受け流す。
自身に付与した【二重螺旋のボレロ】による回避。
鞘なりの音は一度。けれど、その瞬間にアンジェリカが感じた衝撃は3回。
瞬きの間にノクターンは、都合3度の斬撃を放ったのだろう。
それを見て、天輝はわずかに表情を綻ばせる。
「ほぅ、居合か。アマノホカリの技をこんな所で拝めるとはの」
「居合い……は……ヒートアクセルと……似てる……」
ノクターンの斬撃を見た天輝とノーヴェは言葉を交わし、先の一撃をそう評した。
そんな2人の横をすり抜け、エルシーは前へ……ノクターンと対峙する。
「確かに速いけし、おまけに一度に大勢で仕掛けられない閉所は数の有利を活かしにくい。けど、閉所での戦闘に向いてるって事では、私の拳も同じよ」
豊かな胸の前で朱色の籠手に覆われた両の拳を打ち鳴らし、ノクターンからの攻撃に備える。
アンジェリカとエルシーの戦意に満ちた表情を見て、ノクターンは歪に唇を吊り上げ笑った。
「け、けけけけけ! いいわぁ。久しぶりに骨のある方と戦えそう。これであなたたちが黒い刀身の刀の在り処を知っていれば文句なしなのだけれど、いかが?」
「『黒い刀身の刀』ねぇ……。悪いけど、知らないわね」
それより覚悟はいいかしら?
長い髪を後ろへ流し、エルシーは腰を低く落とした。
その瞬間……。
「いつでもよろしくてよ」
シャラン、と。
鞘から刀を引き抜く音が、夜の静寂に響き渡った。
●
「『趣味は強者を屠ること』と言う割には不意打ちか……余にはわからぬなぁ。強い相手と殺り合いたいなら、余であれば真正面から挑みかかるがな?」
蒼き魔弾を撃ち出しながら、天輝はそう問いかける。
放たれた魔弾は着弾と共に冷気を拡散。
ノクターンの体を水のマナが包み込む……が、しかし。
「不意打ちでやられるような者は真の強者とはとても呼べないわ。私が斬りたいのは、皆様のような“本物”なのよ」
シャラン。
鞘の鳴る音。
相変わらず、いつ抜刀し、いつ納めたのかもわからぬほどの高速の斬撃が周囲のマナを切り裂いた。
霧散するマナと冷気を突き抜け、ノクターンは前へ駆け出す。
「貴女の相手は私、アンジェリカ・フォン・ヴァレンタインが務めます!」
巨大な十字架を掲げ持ち、アンジェリカが名乗りを上げた。
にやり、とノクターンは笑い……。
「剣士・ノクターンと申しますわ。一夜限りのお相手とはいえ、どうぞよろしくお願いします」
一閃。
鋭い斬撃が、十字架を支えるアンジェリカの腕を切り裂いた。
飛び散った鮮血がノクターンの笠を濡らした。
頬に飛び散った血を舌でなめとり、ノクターンはさらに前へ。
次いで放たれた斬撃を、アンジェリカは後退することで回避した。
だが、完全には避けきれない。
アンジェリカの胸部に一閃の裂傷が刻まれる。幸いなことに傷は深くないが、どうやらノクターンの攻撃速度はアンジェリカの回避を上回るようだ。
ノクターンは止まらない。
さらに1歩、前に踏み出し刀を一閃……させようとして、彼女は背後へ振り替える。
「ノク、ターン……が……ヒト、を……“つめたい”に……する、なら……皆、が……逃げる……まで……ヒト、を……守る、よ」
そこに居たのは、右手にカタール、左手にナイフを携えた小柄な少女・ノーヴェであった。
長い三つ編みが風に揺れている。
「あら、ワタクシの目にも捉えきれないほどの高速移動……お見事ですわ」
と、ノクターンが賞賛の言葉を投げかけた、その直後。
「……んっ。く」
ノクターンは額を押さえ、数歩よろめく。
被っていた笠が二つに割れ……否、真っ二つに切り裂かれ地面に落ちた。
ノクターンの額から血が零れる。
「せい、こう」
淡々とノーヴェは告げる。
ノーヴェのスキル【タイムスキップ】による高速の剣技は、種類こそ違えど“視認できない”という意味ではノクターンの居合と同系統だ。
高速の剣技を扱うノクターンにとって、速さで負けたという事実は信じられないものだった。
けけけ、と。
不気味な笑い声を零して、ノクターンはあらわになった白い髪を振り乱して笑う。
風が吹き、月を覆っていた雲が流れる。
白い月光の下で、ノクターンは呵々大笑。そのどんよりとした濁った瞳に映る感情は、喜悦だろうか。
「ずいぶんと楽しそうね。興でも乗った? それなら、今夜は私が貴女の鎮魂曲を奏でてあげるわ! どうぞ貴方もご一緒に」
タタン、と。
地面を蹴ってエルシーが駆ける。
拳を武器とするエルシーと、刀を携えたノクターンではリーチの差が大きい。
そのためエルシーは、これまで様子をうかがっていたのだ。
ノクターンの晒した隙を見逃さず、必殺の一撃を叩き込む、その隙を。
けれど……。
「ワタクシ、強敵相手の時ほど神経が研ぎ澄まされる性質ですの」
なんて。
突如として大笑を止めたノクターンは、ゆらりと体を右へ倒した。
そして……。
「速くとも、直線的な動きではねぇ?」
なんて、言って。
一閃。
エルシーの腹部から胸にかけて、3本の裂傷が刻み込まれた。
血を零す腹部を押さえ、エルシーは後退。
変わりに前に出たのはアンジェリカだ。
エルシーの後退をサポートすべく、後衛からは絶え間なく天輝が魔弾を放つ。
ノクターンの背後に陣取ったノーヴェが攻撃に備え、腰を低くした。
けれど、ノクターンはくるりと、ゆらりと、踊るようにおっとりとした足取りで前後左右へ移動しながら、時折鋭い斬撃を放つ。
隙だらけのようでいて、隙のない……捉えどころのない動きだ。
どうやらかなり実戦なれしているようで、彼女は狭い通りの最中で自由自在に動き回り、攻撃の手を緩めない。
攻撃こそ最大の防御なり、と言ったところか。
事実、視認できない彼女の剣技を相手にすればいかに自由騎士たちとて迂闊に攻勢に移れないのだ。
じわじわとアンジェリカは後退を続ける。
時折隙を見て、エルシーとノーヴェが攻撃をしかけるが、ノクターンに対して致命傷は与えられない。
一切攻撃が命中しないわけではないが、居合による牽制や独特の歩法によって致命傷を避けられるのだ。
「ふむ、奴の奥義の肝はその踏み込みにあると見た」
後衛から戦況を観察していた天輝はそう告げる。
本来であれば酔拳と呼ばれる接近格闘を得意とする彼女には、ノクターンの強さの秘密がある程度理解できたのだろう。
「それなら、天輝様が相対してくださいますか?」
話を聞いていたアンジェリカがそう問うが……。
「まさか。今の余では躱すのは無理じゃな。後衛からしっかり援護するから、皆、頑張ってくれい」
呵々と笑って、天輝は蒼き魔弾を放つ。
ノクターンは魔弾を回避し、大十字架を構えるアンジェリカの眼前へ。
タン、と一歩踏み出して一閃を放つ、その瞬間……。
「なっ……え?」
ここにきて初めて、ノクターンの表情に焦りが生じた。
見れば、彼女の足元には薄い氷が張っている。
天輝の放った魔弾はもとよりノクターンを狙ったものではないのだ。着弾と同時にまき散らされた冷気が、ノクターン周辺の地面を凍り漬けにした。
氷に足を取られ、体勢を崩したノクターンの斬撃はひどく不安定なものだった。アンジェリカはそれを大十字架で受け止めると、返す刀で十字架による三連打を放った。
不安定な姿勢のまま、ノクターンも神速の居合でもって応じるが……。
「ぐっ……」
相殺出来たのは2撃目まで。
三発目の打撃は、重量に押し負け防ぎきれない。
ノクターンの体が宙を舞い……。
「挟み、うち……」
まるで瞬間移動のような速度で、ノクターンの頭上にノーヴェが移動。
振り下ろされる高速の剣が、ノクターンの胸を切り裂いた。
血を吐き、地面に叩き落されるノクターン。その落下地点に、血だらけのエルシーが回り込む。
「私の拳をお見舞いしてやるわ」
振り抜かれたノクターンの刀を赤い籠手で受け流し、カウンター気味に2 発の拳を叩き込む。
瞬きの間に放たれた拳が、ノクターンの腹部を穿つ。
血と吐しゃ物を吐き散らし、ノクターンは凍った地面に倒れ伏した。
追撃をかけるべく、着地と共にノーヴェが駆ける。
スキルを使用した急加速。多少の距離であれば、刹那の間に詰められる。
だが、しかし……。
「けけけけ……。いいですわ。すごくいい。実に斬り甲斐がありますわ」
なんて、言って。
血と吐しゃ物に塗れた口元を拭い、ノクターンは立ち上がる。
すぅ、と細く空気を吸い込み。
「お返しですわ」
シャラン、と。
鞘鳴りと共に放たれる一閃。
背後に迫ったノーヴェの脚に、3筋の裂傷が刻まれた。
●
膝を突くノーヴェを一瞥し、ノクターンは素早く振り返る。
一閃。
バックステップで後退するエルシーを視認不能な斬撃が追う。
後衛へと下がったエルシーと入れ替わるようにアンジェリカが前へ。
「ラッシュの速さ比べと洒落込みましょう」
大きく息を吸い込むと、手にした大十字架をただがむしゃらに振り回す。
まるで破壊の嵐のごとく。
地面を、壁を、アンジェリカの大十字架が削る。
だが、ラッシュを前にノクターンは下がらない。
それどころか、攻撃の間を縫うようにして鋭い斬撃をアンジェリカへとお見舞いしていく。
次第に押され、下がっていくアンジェリカ。
金色の体毛が朱に濡れる。
けれど、しかし……。
ふらり、と姿勢を崩しアンジェリカはその場に仰向けに倒れた。
ノクターンの斬撃は空を切り裂き不発に終わる。
にやり、と。
アンジェリカの口元には笑み。
「何……?」
それを見て取ったノクターンが困惑の表情を浮かべたその瞬間。
「昨今噂の殺人鬼が現れた! 皆の者、ここは危険じゃ! 散れっ! 早う早う!」
木霊する天輝の叫び。
悲鳴が聞こえ、複数人が遠くへ駆け去る足音がノクターンの耳に届いた。
そこでようやくノクターンは気づく。
アンジェリカの背後には大通り。
いつの間にか……戦闘に没頭する余り周囲への警戒を怠ったせいだ……ノクターンは大通り付近へとおびき出されていたのだ。
ノクターンの剣技や気配遮断の技能は、人通りの少ない狭い場所でこそ最大限に効果を発揮する。
1対1での戦闘であれば負け知らず。
けれど、それに特化しすぎたがゆえに広いエリアで戦うことに慣れてはいないのだ。
舌打ちを一つ零して、ノクターンは後退しようと踵を返す……が、しかし。
「皆、を……“つめたい”に……する……な、ら……ふかふか、で邪魔……をする」
ポツリ、と。
ノクターンの耳に届いた静かな声。
「何を言っているのかしら?」
声の主は、地に膝を突いたノーヴェである。
視線はまっすぐノクターンへ。
そして、彼女は両の腕を振り下ろす。
ノクターンの肩に刺さる曲がった刀身のナイフ。
その柄頭にまったく同じ軌道で投擲されたカタールが命中する。
突き刺さったナイフが押し込まれ、ノクターンの肩に激痛が走った。
思わず数歩、よろめいて……。
「そういえば、黒い刀身の刀、余も興味がある。一体どんな刀か教えてくれぬか?」
ノクターンの懐に潜り込む天輝の片手が、まばゆいばかりに光を放つ。
練り込まれた闘気が、爆発の瞬間を今か今かと待っているのだ。
舌打ちを零す間もなく、そして居合を放つこともできないままに。
放たれた光球が、ノクターンの腹部を撃ちぬき大通りへと押し出した。
血を吐き、よろめくノクターンの眼前に立つ赤毛の女性は獣のような笑みを浮かべる。
自身こそ強者だと言わんばかりの威圧的な笑み。
その全身は血と汗と泥にまみれ、けれどしかし、それでも彼女は美しい。
だからこそ。
「あぁ……」
今こそが、この場こそが生涯最高の戦場に違いないと。
恍惚としたため息を零し、ノクターンは刀に手を触れ、腰を落とした。
「どう? 強者との戦い自体が楽しくなってきたんじゃない?」
「えぇ、そうかもしれませんね。ですが、そういった確認の問いは少々無粋ではなくて」
そういってノクターンは、ナイフを刺され痛む左手で刀の鞘をそっと支える。
言葉は不要、とその態度が雄弁に物語っていた。
それを受け、エルシーは地面を蹴って駆け出した。
大通りの道幅を十全に活用するように、大きく弧を描くように走り……。
そして……。
「その技はもう何度も見たわ。今度こそ、この身を以って見切ってやる!」
地面を蹴って急加速。
ノクターンの間合いへと、刹那の間に迫る。
ダメージにより、ノクターンの斬撃は幾分速度が落ちていた。
腹部目掛けて放たれた一刀目を左の籠手でいなす。
胸部へ向けての二刀目は、身を傾けることで致命傷を避けた。
喉首を狙う三刀目を右の拳で打ち砕く。
そして……。
「……っ!!」
ギリ、と奥歯を噛みしめ放つ渾身のワン・ツーがノクターンの胸を打ち抜いた。
仰向けに倒れたノクターンへエルシーは告げる。
「罪を償ったら、自由騎士になるといいわ。探している刀も見つけやすくなるでしょう」
ダメージが大きいのか、ノクターンは言葉を発するのも億劫そうだ。
それでもどうにか身を起こし、にぃ、と小さく笑って見せた。
その笑みの意味は肯定か、それとも否定だろうか。
「その黒い刀とやら、どういった代物なのじゃ?」
そう問うた天輝は、へし折れたノクターンの刀へ視線を向ける。
ノクターンは、震える声でごく短い答えを返した。
「……決して折れることはなく、刃こぼれを起こすこともなく、そして持ち主の技量によっては鋼鉄さえも一刀両断する……そんな刀だそうですわ」
それさえあれば負けなかったのに、と。
最後の交戦で折れた刀を恨めし気に見やり。
ノクターンは、その意識を手放した。