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「目を覚ませ、帯刀」
 正気を失っている者ほど、他者に向かってこのような事を言う。オニヒトの武士・帯刀作左衛門は、そう思う。
「民衆とは、いかなるものか。いかなるものでしかないのか、おぬしは身に染みておろうに」
「民など所詮、我らにとって搾取と蹂躙の対象でしかないのだよ。おぬしも、こちらへ来い。こちらへ戻れ!」
 宇羅幕府の侍たちが、口々に言う。
 否、この者たちはもはや侍ではない。略奪者であり、殺戮者。野盗・山賊の類と同じものに成り果てている。
 略奪と殺戮。それが上意なのだと言う。将軍・宇羅嶽丸の、意思なのだと言う。
「なあ帯刀。この村々の者どもが、おぬしにどう接した? 我らから見て歯痒いほどに慈悲を見せた、おぬしの心にだ。そやつら、果たしてどう応えたものかな」
「……慈悲など、見せておらぬよ。拙者はただ、幕府の役人として務めを果たさんとしただけだ」
 帯刀は言った。
「今それを台無しにしてくれたのはな、おぬしらの方よ……一体、何をしておる! 何を考えておるか宇羅嶽丸!」
「おっと、これまでよな帯刀。上様に対し、その口のききよう……もはや許してはおけぬ」
「戦乱の心を忘れた腑抜け侍が!」
 侍たちが、一斉に剣を振るう。槍を突き込んで来る。
 帯刀は踏み込み、双刀を一閃させた。
「戦乱の心……だと」
 剣が弾かれ、槍が切断され、それらを振るう侍たちが縦横斜めに斬殺されてゆく。
 仲間・同僚の返り血を全身に浴びながら、帯刀は吼えた。
「民を殺め、民から奪う、それが戦乱の心か! 確かにそうであろう、だからそのようなものは終わらせた! 我らオニヒトが、貴君ら宇羅一族が! 終わらせてくれたのではないのか!」
 民草の安寧を、無駄に守り続けてきた。
 将軍・宇羅嶽丸は、そのような事を口走っているらしい。
 口走っている、だけでなく命令を下してもいる。民を殺め、民から奪え、と。
 幕府の軍勢によって殺し尽くされた町や村は、二桁に上るという。
 この村々も、そこに加わるところであった。
「安寧が……無駄だと……」
 同僚の1人を頭蓋から両断しつつ帯刀は、
「その安寧を築き上げ守るために……一体どれだけのオニヒトが、貴君の御父君と共に戦い、命を落としてきたと思っている……? 一体どれだけのオニヒトが、今もまだ戦い続けていると思う……」
 今はこの場にいない主君に、語りかけていた。
「それを……オニヒトの棟梁たる将軍家が、否定するのか……踏みにじるのか……」
 死屍累々たる光景を、帯刀は呆然と見渡した。
 賊徒の如く村々を襲撃せんとしていた幕府の軍勢が、惨たらしい屍を晒している。
 帯刀が斬殺したのは、ごく一部に過ぎない。屍の大半は、踏み潰されたり握り潰されたりして、人の原形をほぼ失っている。
 帯刀の、今はまあ仲間と言って良いのであろうか。巨大な共闘者がそこにいて、村人たちを守る防壁となっている。
 幻想種ダイダラボッチ。村々では大太郎様と呼ばれ、守護神の役割を一方的に押し付けられている存在。その役割を、親切にも果たそうとはしているようだ。
「……裏切り者……不忠者が……」
 屍になりかけた侍が、帯刀の足元で呻く。叩き斬られた胴体から、臓物が流れ出している。
 帯刀と同じ、オニヒトの侍である。
 視界を埋め尽くす屍たちの中には、「のうぶる」もいる。オニヒトもいる。
 その全員が、肉声ではない声で自分を責め立てている、と帯刀は感じた。
 裏切り者、裏切り者、不忠者、裏切り者。
 皆が、そう言っている。
 石が、帯刀の頭にぶつかった。
「……鬼が……くそ鬼野郎が!」
 大太郎様に守られていた村人たちが、石を、罵声を、投げつけてくる。
「結局、何だ! お前ら鬼ども、こんな事しか出来ないじゃないか!」
「何が幕府だ! 人殺ししかやらないくせに!」
「人殺しのクソ鬼ども! さっさと死ね! 死んじまえよ!」
「人殺し! 人殺し! ひとごろしぃいいっ!」
 オニヒトの侍の強固な頭蓋や背中が、農民の投石で負傷する事はない。言葉で傷を負う事もない。
 前方からは死者たちが、声ではない言葉を押し付けてくる。
 裏切り者、裏切り者、裏切り者、裏切り者。
 後方からは民が、肉声を浴びせてくる。
 人殺し。人殺し。人殺し。人殺し。
 ふた種類の罵声に挟まれて帯刀は、返り血にまみれたまま立ち尽くしていた。
 そうではない声も、聞こえる。
「やめろよ、みんな! やめておくれよ!」
「帯刀様はな、大太郎様と一緒に俺たちを守ってくれたんだぞ。わからないのか! いや、わからないふりをしてるのか!」
 松一と竹二の親子。
 他にもいる。少数派ながら、帯刀を守ろうとしてくれる者たちが。
 それだけで充分だ、と帯刀は思った。
 そんな者たちのために自分はもはや、何もしてやれない。宇羅幕府の一員である自分が、オニヒトである自分が、出来る事など何もない。
 宇羅幕府は、自身の手で終わらせた戦乱を、再び始めようとしている。
 オニヒトという種族は、自身の手で築き上げた平和と安寧を、自身の手で破壊してしまった。無駄な安寧。棟梁の口から、そのような言葉が出てしまったのだ。
 幕府は、終わりだ。
 奉行・帯刀作左衛門が、ここにいる意味はもはやない。村人たちから年貢を取り立てる事など、出来なくなってしまったのだから。
「こ、こいつら! クソ鬼どもの味方をするのか!」
 声が上がった瞬間、地震が起こった。
 帯刀が動く前にダイダラボッチが、地面を殴っていた。
 村人たちが、静まり返った。
 大太郎様が、守護神の役割を果たしてくれている。
 ますますもって自分は必要ない、と帯刀は思った。
「……大太郎、後は頼む」
 村々にもダイダラボッチにも背を向けて、帯刀は歩き出した。左右の抜き身を、鞘に収める事もなく。
「止めるな!」
 動きかけた大太郎様に、帯刀は振り向かず言葉だけを投げた。
「大太郎、おぬしはこの村々を守らねばならぬ。おぬしが居れば良い、拙者など放っておけ……我らオニヒトはな、民を守る資格を失ったのだ」


 血染めの両刀が、燃え上がっている。ゆらゆらと瘴気を帯びている。
 もはや止められない、と帯刀は感じた。
 歩きながら自分は今、マガツキに変わりつつある。もはや止められはしない。
 村々も、大太郎の巨体すらも、今や見えない。自分は今、どこへ向かおうとしているのか。
 宇羅幕府は、終わる。
 して良い事とならぬ事の分別を失った宇羅将軍家が、自由騎士団に勝てるはずがない。幕府は終わり、アマノホカリはイ・ラプセルに併呑される事となる。千国時代よりはまし、なのであろう。
「我らオニヒトは……一体、何を成したのであろうな……」
 帯刀は呻いた。
「戦乱を、終わらせたかと思えば再び始め……平和と安寧を、作り上げたかと思えば自ら壊す……我々は……何のために、この世に生まれた……?」
 左右、大小の剣が、禍々しく燃える。
「…………畢竟……我らは、鬼……でしか、ないのか……」
 帯刀作左衛門は今、瘴気の双刀を携えた鬼と化していた。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.イブリース(1体)の撃破。
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 アマノホカリ国内、とある街道上にて、オニヒトの侍・帯刀作左衛門がイブリースと化しました。
 放置しておくと、どのような凶行に走るかわかりません。
 倒し、浄化を実行して下さい。

 帯刀は、以下のスキルを使用します。
・一刀両断
 EP20、近距離単体、攻撃。命-5、攻撃+140。必殺。
・飛燕血風
 EP25、遠距離単体、攻撃。命-10、攻撃+65 。BSスクラッチ1。
・火之迦具土
 EP55、近距離範囲、攻撃。命-6、攻撃+100。BSバーン1、ノックバック。

 時間帯は昼、場所は障害物のない街道上。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。

状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
3モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
6/6
公開日
2021年05月07日

†メイン参加者 6人†




 鬼と化した帯刀作左衛門が、微笑んだ。『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)には、そう見えた。
「どうして……そんな、ほっとしたような顔するの? 帯刀さん……」
 カノンの小さな身体から、巨大な鬼神の姿が浮かび上がる。
 自身を含む自由騎士6名全員に、鬼の力が付与されてゆく。
「もしかして、カノンたちに……殺してもらえる、なんて思っちゃってる? 残念、そうはいかない。余計なお世話を焼かせてもらうよ」
「……マガツキを討つ。それが、おぬしらの存在意義ではなかったのかな?」
 帯刀の言葉に合わせて、左右の抜き身が燃え上がる。炎、のような瘴気の揺らめき。
「拙者は……ふふ。存在意義を、失ってしまった……」
「この国の連中を見て、ひとつ気付いた事がある」
 太い指で呪法の印を結びながら、『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)が言った。
「ここアマノホカリって国じゃ、ノウブルも、オニヒトも……とにかく『組織』ってもんに重きを置く。歯車の1つ、ネジの1つであり続ける事が美德になっちまうわけだな」
 獣毛まとう巨体が、影に包まれてゆく。呪力の防護膜。
「悪いとは言わねえ、それで上手くいく場合ってのは確かにある……問題はよ、組織そのものがダメになっちまった場合だ」
 鬼神の力を宿した戦斧を振るい構え、影の衣をまとったまま、ロンベルは帯刀に歩み迫った。
「何しろ組織のてっぺんにいた奴が、幕府ってぇ精密機械を自分の手でぶっ壊しちまいやがった。ネジも歯車も、ぶちまけられて放置されたまんまよ」
 にやり、と牙が剥き出しになる。
「どいつもこいつも、ネジや歯車じゃねえものに自力で変わらなきゃならねえ……なあ帯刀よ。お前がどう変わるかは、ちょいと期待して注目してたんだがな。こっち側にゃ来てくれなかった、か」
「帯刀作左衛門の本質は、役人だ。納税者を守り、国の根幹を維持するために仕事をする」
 魔導の白色光でキラキラと自由騎士たちを包みながら、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が言った。
「ロンベルの目指す道とは……なかなか、交わらないだろうね。もっとも君が何を目指しているのか、僕は言葉で語る事は出来ないけれど」
「俺も出来ん。まあ、自慢げに語るようなもんじゃねえのは確かだ」
 白い、癒しの光。多少の傷であれば、自動的に塞がり完治する。
 無論、多少の傷で済ませてくれる相手ではない。
「……オニヒトの治世は、潰えた……ここアマノホカリは、おぬしらの国が統べる事になろう……」
 帯刀が、踏み込んで来た。
 瘴気の剣が、自由騎士たちを襲う。
「前祝いを、してはどうか。目の前の、鬼を! マガツキを! 討ち果たして見せよ自由騎士団!」
「……それで、貴方はここで退場?」
 その時にはしかし『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)が、こちら側から踏み込んでいた。
「許しませんよ、そんな事はっ!」
 鬼神の力を宿す、鋭利な拳。左、右、左と立て続けに帯刀を直撃し、鮮血をしぶかせる。殴ると言うより切り刻むような高速の3連撃。
 4発目は、重い粉砕の一撃だった。
 帯刀の凶猛な顔面に一瞬、エルシーの拳の形が刻印される。並のイブリースであれば、もはや砕け散って跡形も残っていない。だが。
「ほう、許さぬか……ならば、どうする!」
 燃える瘴気をまとう双刀を、帯刀は一閃させていた。
 瘴気の炎が、斬撃と共に迸って自由騎士団の前衛を灼き払う。
 エルシーもカノンも、火の粉と血飛沫を同時にぶちまけ、よろめいた。
 瘴気の炎は、裂傷を血止めしてくれるどころか、悪質な菌の如く傷口から入り込んで、カノンを体内からも焼き殺さんとする。
「くぅっ……!」
 歯を食いしばり痛手を噛み殺すカノンの眼前で、燃え盛る瘴気の炎が黒い何かに粉砕され、弱々しく火の粉に変わって飛散した。
 ロンベルだった。
 巨体にまとう影の衣で炎を突き破り、火の粉を蹴散らし、戦斧を振りかざす。
 鬼神の力を宿す、激烈な斬撃が、帯刀に叩き込まれた。
 鮮血と、それを上回る量の瘴気を噴出させながら帯刀は吹っ飛び、地面にぶつかり、即座に立ち上がる。
 この瘴気を、全て抜き取らなければならない。
 思いつつ、カノンは踏み込んでいた。体内を灼く裂傷と火傷に耐えながら。
「どうする、と訊かれたなら……貴方を倒して、浄化する」
 鬼神の力を握り締めて拳を作り、小柄な細身を竜巻のように捻転させる。
「……嫌とは、言わせないよっ」
 旋風を巻き起こす、左拳。帯刀の頑強な身体に、めり込んでいた。
「帯刀さんには、まだ……しなくちゃいけない事、あるはずだから」
「世迷い言を……ッ!」
 カノンの拳にへし曲げられながら、しかし帯刀は双刀を振るい、反撃を繰り出す。
 その斬撃が、凍り付いた。
 帯刀に、かける言葉を見つけられずにいるのだろう。無言のままセアラ・ラングフォード(CL3000634)が、たおやかな片手を振るい、冷気の嵐を操縦している。
 氷雪の粒子を含む零下の気流が、轟音を発して帯刀を直撃し、オニヒトの侍の強固な肉体を凍らせてゆく。
 凍結に抗いながら、帯刀は吼える。
「……鬼に……マガツキに! 一体、何事を為せとほざくのか!」
「……知りたい? 一言で済むわ」
 声。
 清流の水飛沫、にも似たものが、心地良く身体に染み入って来るのをカノンは感じた。体内を焼く瘴気の熱が、ひんやりと消え失せてゆく。
「戦う、そして守る。貴方が今まで、してきた事よ。変える必要なんて、ないと思うわ」
 癒しの清流。『キセキの果て』ステラ・モラル(CL3000709)による、魔導医療であった。綺麗な五指に振り撒かれる水飛沫のような煌めきが、カノンを、それにエルシーを、癒してゆく。裂傷も火傷も、洗い落とされているかのように薄れ消えてゆく。
 帯刀は、凍ってゆく己の身体を無理矢理に動かそうとしているようであった。
「拙者は……」
「守る資格がない? そういうのはね、自分で決める事じゃあないのよね」
 ステラに続いて、セアラがようやく言葉を発した。
「帯刀様、貴方は……良くも悪くも組織の方、なのですね」
 凍結に抗う帯刀に向かって、さらなる冷気の嵐を吹き荒ばせながら。
「組織の一員として、間違いの無いお仕事をなさる。結果、組織は強固に保たれ、それが大勢の人々を守る事に繋がってゆく……その生き方を、ずっと続けてこられた事。とても御立派だと思います」
「でもね帯刀さん……そうよね。頭でわかっていても、受け入れられない事って、確かにあるのよね」
 ステラが、重く微笑む。
「さっきロンベルさんが言ったわ。宇羅幕府っていう組織は、もう無いのよ。帯刀さんはね、組織の歯車として働く事はもう出来ないの。ずっと続けてきた生き方を、貴方は変えなきゃいけない」
 ずっと続けてきた生き方を、ステラも変えなければならなかったのだ。
「……辛いわよね」
 同情や共感ではないだろう、とカノンは思う。ステラは、ただ心にあるものを口にしただけだ。
 帯刀の全身で、氷が砕け散った。
 氷の破片を蹴散らすようにして、オニヒトの侍が斬りかかって来る。瘴気を燃やす刃が、自由騎士たちを猛襲する。
 白銀色の光が、帯刀の身体を貫いた。
 マグノリアが、攻撃の力を錬成し終えたところであった。巨大な銀色の楔が、帯刀の分厚い胸板に突き刺さっている。
「僕は……恐らく、未熟なのだろうな。長く生きていても……知らない事、ばかりだ」
 魔導器を掲げたまま、マグノリアは言った。
「組織に属する、という事が……理解、出来ない」
 声が、微かに震えている。憤っている、のであろうか。
「自身の生活を、幸福にする。不幸にする。全て、本人次第……では、ないのだろうか? 自身の努力を放棄して、他者に頼る。他者の所為にする……それを正当化するための方便が、すなわち組織……そう思えてしまう」
 水色の瞳が、帯刀に向かって静かに燃え上がる。
「帯刀作左衛門……君は、そんなものからは一刻も早く離れるべきだ」
「離れて……どこへ行けと、言うのだ……」
 穿たれた胸板から、瘴気の炎を噴出させながら、帯刀は吼えた。白銀の楔は、溶けて消し飛んだ。
「裏切り、殺す! それしか出来ぬ鬼に、行き場などあると思うのかぁあああッ!」


 アクアディーネが突如、悪しき神となってイ・ラプセルの民を殺戮する。
 自由騎士団にとっての、それに等しい事態が、帯刀作左衛門の身に起こったのだ。
 落ち着け、と言葉で説得したところで落ち着けるものではないだろう。大人しくさせるための力が、必要になる。
 だからこそアクア神殿にも、自分のような者がいる。
 そんな事を思いながらエルシーは今、ステラの膝の上にいる。
「……死に際の馬鹿力、お見事だったわよ。まあ程々にね」
「ちょっとだけ……調整、失敗しましたね。ありがとうステラさん、助かりました」
 失血死寸前であったエルシーの身体に、ステラの繊手から癒しの清流が注ぎ込まれる。
 益村吾三郎と戦った時もそうだが、達人の繰り出す斬撃というものは、喰らっても痛みをさほど感じない。痛覚そのものを削ぎ落とされ、痺れたように呆然としながら大量の血を流し、死に至る。
 死に至る直前で、エルシーは帯刀に一撃を喰らわせた。
 会心、と言うべき手応えはあった。なかなかの痛手を与えたのは、間違いない。
 そしてエルシーは倒れ、ステラに救われている。
 失われた血液を補充するように、癒しの力が流れ込んで来る。その清流が体内で、少しずつ血に変わってゆく。
 帯刀はしかし倒れておらず、カノンとロンベルとマグノリアを相手に荒れ狂っている。
 瘴気の炎をまとう大刀が、ロンベルに向かって一閃した。影の衣が時間切れで消え失せた、その瞬間を狙い澄ませての斬撃。
「うぐっ……ぅ……」
 鮮血を噴き、獣毛を赤く汚しながら、ロンベルの巨体が揺らぐ。
「ロンベルさん……!」
 援護に動こうとするカノンを、帯刀は小刀の一閃で阻む。
 少し離れた所でマグノリアが、エルシーよりもずっと華奢で愛らしい片手を拳銃の形にしていた。
「帯刀……君は、鬼ではないよ」
 繊細な指先が、銃声を発した。
「見た目は鬼でも、ココロは『ただのヒト』だ。当たり前に傷付くし、壊れもする」
 魔力の弾丸が、帯刀を直撃する。
「ココロは、命よりも簡単に死ぬ……否、死なせはしないよ帯刀。君の、その壊れやすいココロを」
 吹っ飛んで倒れた帯刀が、即座に立ち上がって双刀を構え直す間。
 カノンが、負傷したロンベルを庇う形に身構える。が、カノンも無傷ではない。小さな全身に、浅手を負っている。マグノリアもだ。
 傷を負った自由騎士たちに、光の雨が降り注ぐ。
 雨乞いの舞を披露する巫女のようにセアラが振り撒く、癒しの光であった。
「帯刀様……どうか、受け入れて下さいませ」
 自由騎士6名全員に魔導医療を施しながら、セアラは言った。
「宇羅幕府は滅びたのです。宇羅明炉公は、後継者の選択をお間違えになったのです!」
 宇羅幕府の一員ではない自分の姿など、帯刀は考えた事もなかったに違いない。
「幕府は……道を、誤りました。それは帯刀様、貴方の誤りではありません! 民草の安寧を、築き上げ守る。貴方が、それをなされば良いのです。宇羅幕府とは関わりの無い、帯刀作左衛門という自由な個人として!」
 幕府の一員ではない自分など、まだ受け入れられないのであろう帯刀が、ロンベルの戦斧を大刀で受け流す。踏み込んで来ようとするカノンを、小刀で牽制する。
「大したもんですよ、あの帯刀さんって人」
 言いつつエルシーは、ステラの膝から弱々しく身を起こした。
 ステラとセアラ。2人がかりの治療で、ようやく動けるようになった。
「小さな頃から一生懸命、脇目も振らず剣の修行して、お勉強もして、幕府のお役人になった。このアマノホカリっていう国を、守るために……それしか、なかったんでしょうね」
「宇羅幕府の存在しない世の中なんて、想像も出来ない……」
 ステラが呟く。
「だけど……幕府のない世の中を、これから帯刀さんには生きてもらわなきゃ」
「当たり前にあったものが、ある日突然なくなってしまう」
 幕府という、あって当然過ぎるものを、帯刀は失ってしまったのだ。
「そんなふうに……世の中って、変わっていきますよね」
「……そうね」
 ステラの口調で、エルシーは気付いた。
 彼女もまた、あって当たり前、であるべきものを失ったのだ。
 帯刀の剣を見据え、かわしながら、カノンが言う。
「金森狼庵、覚えてる?」
 握り固められた小さな拳が、光を宿す。
「あいつが、こないだ言った事。あながち嘘じゃないんだ。カノンが国ひとつ滅ぼした、っていうのは大げさにしても。その国の、いなかったら終わりっていう人を殺したのは、カノンだから」
「ふん、良き仕事をするではないか!」
 帯刀の斬撃が、カノンを襲う。
「おぬしも……やはり、鬼か」
「まあね。相当、憎まれてる。帯刀さんが……あの村で憎まれてるのと、同じくらいにはね」
 光の拳を握ったまま、カノンは回避した。
「嫌われても、憎まれても……カノンは、あの国の人たちを守るよ。それは他の誰でもない、自分自身に誓った事だから」
 回避した足で、地面を踏み締める。カノンは今、攻撃に出ようとしている。
「帯刀さんと、同じだよ」
「何を……!」
「あの村の人たちを、守る。貴方も、それを貴方自身に誓ったはずだよ。幕府に命令されたわけでもなく!」
 叫ぶカノンを援護する形に、ロンベルが戦斧を振るう。
 暴風を伴う重い斬撃を、帯刀は双刀で弾き返した。
 そのせいでカノンに対し、一瞬の隙が生じた。
「誰かを守る資格って、そういう事だとカノンは思う。思い出して帯刀さん。貴方は幕府に逆らってまで、村の人たちを守った」
 見逃さず、カノンは踏み込んだ。
「もう1度、その意思を! 覚悟を、見せて欲しい!」
 光の拳が、帯刀に叩き込まれる。
 カノンは力尽き、膝を折った。
「貴方はもう……幕府なんか無くたって、大丈夫なんだよ……」
 帯刀は吹っ飛び、地面に激突した。
 立ち上がれないカノンを、ロンベルが背後に庇う。
 帯刀は、すでに立ち上がっている。
 そこへ、セアラが声を投げる。
「何度でも申し上げますよ帯刀様。宇羅幕府は、滅びたのです」
 自由騎士団が滅ぼした、とは言える。
「それによる混乱を、天津朝廷が平和的に鎮める事が出来るかどうか……いえ……何でしょう。それどころではない、何か恐ろしい事が起こるように思えてなりません」
 その何かを自分も感じている、とエルシーは思った。
 説明は出来ない。ただ、オラクルであれば感じられる不吉な何かが今、この国にはある。
 セアラは、なおも言った。
「組織という機械の部品ではない、帯刀様の御力が……必要になる、と思います」


 獣の咆哮を轟かせながら、ロンベルが戦斧を一閃させる。
 一閃で、6度の斬撃。全て、帯刀を直撃していた。
「こうやって、殴れるだけマシ……か……」
 ロンベルは、それだけを言った。
 帯刀は倒れ、もはや立ち上がらない。
 その身体から、流血を上回る量の瘴気が抜け出して消滅する。
 ステラはセアラと共に、魔導医療を実行した。尽きかけた魔力を振り絞り、癒しの光を放散する。
 帯刀を含む、死にかけた全員に応急処置を施す。その程度の力は、辛うじて残っている。
「慰めにも、お説教にもならないけれど。言わせてもらうわよ、帯刀さん」
 光を降らせながら、ステラは語る。
「宇羅嶽丸のやりようを見て……あれがオニヒトの全てだなんて思ったら駄目。貴方も、それにカノンさんだって、あんなのとは違うわ」
 カノンは、腰を下ろしたロンベルの背中にもたれかかって座り込み、微笑んでいる。
 帯刀は倒れたまま、ただ空を見つめている。
「鬼、マガツキ……そのようなものにすら拙者は成れぬ……か」
「さあ。思い通りの何かに成れる人なんて、いるのかしらね」
 ステラも、微笑んで見せた。
「少なくとも貴方は、あの村々の恩人には成れたと思うわ。村の人たちだって、いつかきっとわかってくれる。もっとも帯刀さんは、そんなの求めてはいないでしょうけど……とにかく、貴方は必要な人よ。この国にとっても、イ・ラプセルにとっても」
「絶対必要。超ぜつ☆ひつ、です。こんなところで死なせはしませんよ」
 力尽きたマグノリアを引きずり起こしながら、エルシーが言う。
「私たちと一緒に見届けましょう。神の蠱毒の、その先を」
「……恐らく……見届ける、だけでは済まなくなると思う……」
 マグノリアも言った。
「君の力が、必要になる……だから今は、療養をして欲しい。疲弊しきったココロを、身体を、癒すために……」
 何かが、聞こえた。遠い咆哮。
 どこかで、巨大な何かが吼えている。
 セアラが、ぽつりと呟いた。
「……大太郎……様……」


 吼えるダイダラボッチの肩の上で、『水銀蛇と共に』クレヴァニール・シルヴァネール(CL3000513)は声を張り上げた。
「どうどう! 落ち着きなさい、大太郎法師」
 何かを、この巨大生物は感じ取ったのだ。クレヴァニールもおぼろげに感じている、何かを。
「何かが……とてつもない何かが、この国に起こる……?」
 右往左往する村人たちを見下ろした後、クレヴァニールは空を見上げた。
「神々、あるいは……その背後で、チェスの名人でも気取っていらっしゃる方々よ。どうか、お忘れなきように……この地にも、人々は住んでいるのですよ」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済