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【機児解放】前へ前へと進むのならば

●弱いものを踏みしめて進む道
ドナー基地へと続く経路の一つは、既に戦車で塞がれていた。
「ふんふん、随分とまぁ、重々しいモンだな」
重厚なチャイルドギア戦車ドーファンの装甲をコンコンと叩きつつ、エルベ隊に属するマザリモノの青年フュンフ・エルベがそんなことを呟く。
しかし、傍らに立っているもう一人のエルベ隊所属ズィーベン・エルベから反応はない。
「オイ、ズィーベン」
と、フュンフが振り返ると、ズィーベンは手紙を読んでいるようだった。
「何読んでるんだ?」
「手紙」
「見ればわかる。誰からの手紙だ!」
素っ気ない物言いをするズィーベンに、フュンフは声を荒げる。
しかし、それに全く動じず、ズィーベンは手紙を読み進めてまた一声だけで答えた。
「主」
「おま……ッ、そんなのが来てるなんて聞いてないぞ、オイ!」
「今言った」
「もっと前に言え!? いつ来たんだよ!」
「さっき」
怒りに任せて食って掛かり、フュンフは手を伸ばして手紙を奪おうとする。
しかしズィーベンはヒラリヒラリとそれを避けて、手紙を読み進めた。
「塔の調査、芳しくないか」
「オイ、こら! 手紙を渡せ! 俺にも読ませろ、ズィーベン、コラァ!」
「まだ読み終わってない」
「クソッ、ズルいぞ、ズィーベン!」
ドナー基地警備に回されたエルベ隊の二人が騒いでいると、突如、後方で基地への道を塞いでいる二台の戦車の片方が重くて低い音を唸らせた。
フュンフとズィーベンの動きが止まり、二人は揃って戦車の方を見る。
「……ガキが泣いたか」
呟き、フュンフは軽く舌を打った。
「チャイルドギア、ねぇ」
「気に入らないか」
「い~や、別に。それ自体には何も思わねぇよ」
手紙を読み終えたズィーベンに問われ、フュンフは肩をすくめる。
「戦車の部品にガキが使われてるって話だが、それがどうした。部品でも、使ってもらえるなら上等じゃねぇか。その間は、生かしてもらえるんだからよ」
口の端を軽く上げるフュンフに、ズィーベンは何も答えない。
「所詮、世の中は利用する側とされる側で成り立ってるのさ。そんな当たり前のことに、いちいち不満なんか持ってられるか。くだらねぇ」
「そうだな」
「ああ。そうさ。部品のガキに何かを感じるなら、俺はその分まで主に心を注ぎたいね。自分の生き死にも決められないようなモンに向ける感情なんて、持ち合わせてねぇよ」
「そうか」
「ああ」
「俺は手紙の返事を書く」
「いきなり話題を急転換するなよ! ってぇか、まず渡せ! 読ませろ!」
我に返ったフュンフが再びズィーベンの手から手紙をもぎ取ろうとしたときだった。
空から、何かが降ってきた。
彼らは知るまい。それは、今、彼らが話していた哀れな部品のガキに対抗するために作られた飛空艇より射出されたもの。
それを、フュンフもズィーベンも知るわけがない。それはいうなれば奇襲。敵の虚を突き、先制攻撃を決めるための一手であるはずだった。しかし、彼らの行動は迅速だった。
「敵が来たぞ、対応しろ!」
「エルベ隊、出撃する」
ドーファン戦車が唸りをあげる。そして、前面には盾を構えた兵士。
その向こう側にエルベ隊の二人。さらに奥には、道を塞ぐ重厚な二台の戦車。
射出された弾頭より、自由騎士が一気に飛び出す。そして、戦闘は速やかに開始された。
ドナー基地へと続く経路の一つは、既に戦車で塞がれていた。
「ふんふん、随分とまぁ、重々しいモンだな」
重厚なチャイルドギア戦車ドーファンの装甲をコンコンと叩きつつ、エルベ隊に属するマザリモノの青年フュンフ・エルベがそんなことを呟く。
しかし、傍らに立っているもう一人のエルベ隊所属ズィーベン・エルベから反応はない。
「オイ、ズィーベン」
と、フュンフが振り返ると、ズィーベンは手紙を読んでいるようだった。
「何読んでるんだ?」
「手紙」
「見ればわかる。誰からの手紙だ!」
素っ気ない物言いをするズィーベンに、フュンフは声を荒げる。
しかし、それに全く動じず、ズィーベンは手紙を読み進めてまた一声だけで答えた。
「主」
「おま……ッ、そんなのが来てるなんて聞いてないぞ、オイ!」
「今言った」
「もっと前に言え!? いつ来たんだよ!」
「さっき」
怒りに任せて食って掛かり、フュンフは手を伸ばして手紙を奪おうとする。
しかしズィーベンはヒラリヒラリとそれを避けて、手紙を読み進めた。
「塔の調査、芳しくないか」
「オイ、こら! 手紙を渡せ! 俺にも読ませろ、ズィーベン、コラァ!」
「まだ読み終わってない」
「クソッ、ズルいぞ、ズィーベン!」
ドナー基地警備に回されたエルベ隊の二人が騒いでいると、突如、後方で基地への道を塞いでいる二台の戦車の片方が重くて低い音を唸らせた。
フュンフとズィーベンの動きが止まり、二人は揃って戦車の方を見る。
「……ガキが泣いたか」
呟き、フュンフは軽く舌を打った。
「チャイルドギア、ねぇ」
「気に入らないか」
「い~や、別に。それ自体には何も思わねぇよ」
手紙を読み終えたズィーベンに問われ、フュンフは肩をすくめる。
「戦車の部品にガキが使われてるって話だが、それがどうした。部品でも、使ってもらえるなら上等じゃねぇか。その間は、生かしてもらえるんだからよ」
口の端を軽く上げるフュンフに、ズィーベンは何も答えない。
「所詮、世の中は利用する側とされる側で成り立ってるのさ。そんな当たり前のことに、いちいち不満なんか持ってられるか。くだらねぇ」
「そうだな」
「ああ。そうさ。部品のガキに何かを感じるなら、俺はその分まで主に心を注ぎたいね。自分の生き死にも決められないようなモンに向ける感情なんて、持ち合わせてねぇよ」
「そうか」
「ああ」
「俺は手紙の返事を書く」
「いきなり話題を急転換するなよ! ってぇか、まず渡せ! 読ませろ!」
我に返ったフュンフが再びズィーベンの手から手紙をもぎ取ろうとしたときだった。
空から、何かが降ってきた。
彼らは知るまい。それは、今、彼らが話していた哀れな部品のガキに対抗するために作られた飛空艇より射出されたもの。
それを、フュンフもズィーベンも知るわけがない。それはいうなれば奇襲。敵の虚を突き、先制攻撃を決めるための一手であるはずだった。しかし、彼らの行動は迅速だった。
「敵が来たぞ、対応しろ!」
「エルベ隊、出撃する」
ドーファン戦車が唸りをあげる。そして、前面には盾を構えた兵士。
その向こう側にエルベ隊の二人。さらに奥には、道を塞ぐ重厚な二台の戦車。
射出された弾頭より、自由騎士が一気に飛び出す。そして、戦闘は速やかに開始された。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.エルベ隊の2名を撃破する
2.チャイルドギア戦車の無力化
2.チャイルドギア戦車の無力化
吾語です。
まず初めに、この共通タグ【機児解放】依頼は、連動イベントのものになります。
依頼が失敗した場合、『【機児解放】Agony! 苦悶の機械を破壊せよ!』に軍勢が雪崩れ込みます。
以上、ご注意ください。
やることは単純に敵を撃破することです。
敵は三重に壁を作っていて、前から盾兵、エルベ隊、戦車の順に並んでいます。
敵軍戦車は3倍数ターンに支援砲撃で自由騎士の前衛1名にダメージを与えます。
対象はランダムで決定され、そこそこ痛いです。
盾を構えた最前衛の兵士は4名。
全員、防御タンクメインで他に何らかのスタイルのスキルを使うようです。
エルベ隊はフュンフとズィーベンの2名のみ。
ただし、二人共レベルが高い強敵ですのでご注意ください。
フュンフは大型の弓を使い、ズィーベンはサーベルと杖で武装しています。
奇襲攻撃は失敗したので、真正面からの激突となります。
戦場は、片側が岩山。反対側が森という立地ですが、道幅はそれなりにあります。
複数名が横に並んで戦える程度の広さですので、狭いということはないでしょう。
戦車の支援砲撃以外、ギミックはありません。シンプルな戦闘シナリオです。
それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。
まず初めに、この共通タグ【機児解放】依頼は、連動イベントのものになります。
依頼が失敗した場合、『【機児解放】Agony! 苦悶の機械を破壊せよ!』に軍勢が雪崩れ込みます。
以上、ご注意ください。
やることは単純に敵を撃破することです。
敵は三重に壁を作っていて、前から盾兵、エルベ隊、戦車の順に並んでいます。
敵軍戦車は3倍数ターンに支援砲撃で自由騎士の前衛1名にダメージを与えます。
対象はランダムで決定され、そこそこ痛いです。
盾を構えた最前衛の兵士は4名。
全員、防御タンクメインで他に何らかのスタイルのスキルを使うようです。
エルベ隊はフュンフとズィーベンの2名のみ。
ただし、二人共レベルが高い強敵ですのでご注意ください。
フュンフは大型の弓を使い、ズィーベンはサーベルと杖で武装しています。
奇襲攻撃は失敗したので、真正面からの激突となります。
戦場は、片側が岩山。反対側が森という立地ですが、道幅はそれなりにあります。
複数名が横に並んで戦える程度の広さですので、狭いということはないでしょう。
戦車の支援砲撃以外、ギミックはありません。シンプルな戦闘シナリオです。
それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
3個
7個
3個
3個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
7/8
7/8
公開日
2020年12月24日
2020年12月24日
†メイン参加者 7人†

●展開、そして接敵
弾頭から飛び出した自由騎士は七人。
敵軍との接敵まで、すこしなりとも間はありそうだ。
「展開だ! ただちに展開しろ!」
叫びながら、『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が己の武器を構えて、敵がいる先をまっすぐに睨みつける。
「森に行く皆さんは気を付けてくださいね。こちらはお任せを」
森に向かう自由騎士達へ、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)もそう言ってエールを送り、自身も巨大な剣を抜き放つ。
「戦車の音が聞こえる。……チャイルドギアってヤツか」
離れた場所からでも十分に聞こえる、重苦しく唸る音。それに、『命の価値は等しく。されど』ナバル・ジーロン(CL3000441)が顔つきを厳しくする。
「あれは、あっちゃいけないものだ。製造も、研究も、させちゃいけない!」
いつにもまして硬い声色。そこにある怒りは、いかばかりか。
一方で、森側に回った四人の自由騎士が、木々の間を縫って駆けていく。
「よし、そろそろ方向を変えるぜ、回り込んで側面からブッ叩く」
走りながら『キセキの果て』ニコラス・モラル(CL3000453)が言う。
どうやら、敵には前回痛い目を見せてくれたエルベ隊がいるようだ。それが、ニコラスの警戒感を嫌が応にも高めていた。
「……アレはいないようだが、安心はできねぇよなぁ」
「何をブツクサ言ってるんだい」
「何でもねぇよ」
併走する『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)に尋ねられ、ニコラスは一度思考を中断する。マグノリアはそれ以上聞かず、前を向いた。
そちらには、前を往く二人の姿がある。
「よしッ、森の先が見えてきましたよ!」
先頭を走る『戦姫』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)が、まっすぐ先を指さした。
それを見て、隣にいる『復讐の意味は』キリ・カーレント(CL3000547)も、愛用のローブをはためかせて突撃、サーベルを抜き放つ。
森から飛び出すと、アデル達もまた接敵したところだった。
「戦闘開始です!」
叫ぶ声は勇ましく、キリは戦場へと飛び込んでいった。
●凍結、そして圧倒
「「潰れろ、エルベ隊!」」
真っ先に、アデルとナバルの叫びが重なる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
さらに加えて、アンジェリカが獣の如き――、否、獣の咆哮を轟かせる。
「ブラフ……、じゃねぇな、こりゃ」
「警戒する」
フュンフが弓を構え、ズィーベンがサーベルを抜いた。
この瞬間、エルベ隊含め、敵全体の意識は正面から挑みかかった三人へと集中する。
そこへ、横合いからキリが飛び込んでいった。
「戦闘開始です!」
「……何ィ、二面かよ! しゃらくせぇ!」
大上段からサーベルで切りかかるキリを、フュンフは弓で打ち払おうとした。
一方で、防御兵四名とズィーベンは、アデル達の方に意識を割く。
数秒の時間差を置いた二面攻撃によるファーストアタック。エルベ隊がいなければ、それだけで敵陣に確かなダメージを与えることができたであろう。
「稚拙だな」
だが、ここにはエルベ隊がいた。
フュンフも、そしてズィーベンも、この程度の策で動じるような惰弱さは持ち合わせていない。十分に余裕をもって対処できる。二人共そう判断していた。
そして――、
「ああ、確かに稚拙だ。……ここで終わればな」
彼らに一度敗北した自由騎士は、それを十分、理解している。
「山にすさぶは白の暴虐。透いたる牙は噛む者の時を蝕み、永劫の底へと陥れたらしめる。氷塊は溶けることなく、墓標となりてただ空しく汝が死を記すのみ――ッ!」
本命は、ニコラス・モラル。
自己流にアレンジした詠唱によって魔力が変質し、強烈な寒波となって解き放たれる。
バレることを前提に置いた二面攻撃を囮とした三段目の攻撃が、見事に敵の虚を突いた。
「凍っちまえよ、エルベ隊!」
「うおおッ!?」
狙うはズィーベン。迸る冷気が、彼の身を凍てつかせていく。
成功した。自由騎士達の間に、会心の手応えが伝わる。
しかし、叫んだのはフュンフ。
「情けねェザマ晒してんじゃねぇぞ、ズィーベン! アインスに笑われるぞ!」
「……ッ! ぐ」
「な、オイオイ!!?」
アインスの名が出た途端、固まりかけていたズィーベンの体が震え出す。それを見て、自身の魔導の成功を確信していたニコラスが驚愕する。
「ぐ、おおおおおッ!」
絶叫。そして、耐えた。
寒波は過ぎ去り、辺りは白く凍っている。だがズィーベンは、健在だった。
「残念だったな、自由騎士」
呼吸を浅く乱しながら、ズィーベンが言う。
それに、キリが返す。
「はい、残念です。だから覆します!」
そして彼女は球状の何かをエルベ隊の方へと投げた。
それは、地面に落ちる前に空中で破裂して、そして範囲内が真っ白い気体に包まれる。
「なっ!」
「こ、れは……!」
ダメ押しの四段目。万が一、ニコラスが失敗した場合の緊急手段。
キリは、それを用意していた。さしものエルベ隊も、ここまでは予想していなかった。
超低温の冷却材は、空気を凍らせながらやがて散っていく。
そして、その場に残されたのは、完全に凍てついて動けなくなったエルベ隊の二人の姿。
「やりました!」
「おおおおお、やったぜキリ、大殊勲だぜ!」
右手を高く突き上げる彼女に、ナバルも喜び勇んで大声で称賛する。
「緩めるな! 戦闘中だ!」
「「ごめんなさい!」」
アデルに叱責されて、二人が身を震わせて謝る。直後に、重々しく唸るものがあった。
「戦車が来ますね」
敵陣後方より、道を塞いでいた戦車が動き出していた。
それは、人を、子供を動力源とする非道にして無道なる鉄血文明の産物である。
若干ながらも喜びに浮いていたキリとナバルの顔つきが、一気に引き締まる。
「あの中に、子供が……?」
話には聞いていた。しかし、実際に見ると衝撃が大きい。
戦う道具の部品として詰め込まれた子供と、それによって動く鋼鉄の戦車。それは、
「潰そう。一刻も早く。あれは、あってはいけない」
それは、マグノリアが言う通りのものだった。
「ク、クソ……、何がエルベ隊だ! 役立たず共が!」
防御兵の一人が氷像と化したフュンフとズィーベンに向かって毒づくと、武器を片手に自由騎士達の方へを向き直る。
「戦車を動かせ。オラクルだろうが、砲撃で吹き飛ばせば同じだ」
兵士の声に応えるように、戦車の無限軌道がガリガリと地面を削って前進する。
その音が、ナバルには子供の泣き声に聞こえた。
「おまえらァ!」
前に出るナバルめがけて、しかし、戦車の主砲が火を噴いた。
炸裂。そして爆撃。決して大柄ではないナバルでは耐えきれる威力ではないはずだが、
「……どうした、その程度かよ」
しかし、彼は防いでいた。新しい鎧、新しい盾、そしてそれを纏う、彼の信念。
それら全てが、彼の身を退かせることなくその場に立たせていた。
「子供まで部品に使って、そんなモンなのかよ、おまえらは!」
ナバルが前に出る。それに、防御兵は一瞬気圧された。
隙ができれば、それを見逃さないのが、歴戦の自由騎士達である。
「エルベ隊が動けないというだけで、心理的な重圧が格段に違うな。全く、厄介だよ」
言いながら、アデルが突き進む。そこに防御兵の一人が盾を構えて突進してくる。
「無駄だ。おまえ達では俺を止めることはできない」
無造作に、敵の盾に向かって前蹴りを一発。
それだけで、防御兵の体が傾ぐ。
「たかがこれしきで揺れる肉壁など、薄い木板とさしたる違いはないぞ!」
そして、突撃槍を敵の盾と地面の間に差し込んで、思い切りよく跳ね上げる。それだけで、防御兵が構えていた大盾が上へと飛ばされた。
「バ、カな……!?」
幾らなんでもそれはおかしいと、防御兵は驚く。そして気づくのだ。
体に、力が入らない。
「……これは」
「アデルが言う通りだね、君達じゃ到底、守り手という役を負うには足りてない」
いつの間にか、防御兵達はマグノリアの魔導に呑み込まれていた。敵に劣化の概念を押し付けるそれは、本来強固であるはずの彼らの守りを見る影もないほどに貶めていた。
戦車の砲塔が森の方を向いて、マグノリアを狙おうとする。
だが、一瞬早く、デボラが前に出てその砲撃を身をもって受け止めた。
「絶対に、やらせませんよ!」
「くっ、クソ!」
盾を失った防御兵が毒づく。が、それもまた隙。
「随分と悠長なご様子ですね。ここは、戦場ですよ?」
ニコニコ笑いながら、アンジェリカが七人中最もシャレにならない重剣撃を繰り出す。
力の解放をなした彼女は、今や人の姿をした、人を越えた獣だ。
その膂力から放たれる一撃を、どうして得物を失った名もなき防御兵如きが受け切れよう。当然、そこにあるのは肉が潰れ、骨が砕ける音という、決まりきった無残な結果だ。
「あ、ぁ……」
「痛いよな、辛いよな、けど、優しくしてやんねぇ!」
トドメは怒りのこもったナバルの槍の一撃。そして、防御兵の一人が崩れ落ちる。
「エルベ隊は狙うな! 絶対に解放させんじゃねぇぞ!」
ニコラスが叫ぶ。その声に、皆がうなずいた。そして、戦いは続く。
●激怒、そして狂乱
結果的に、自由騎士側の大勝と呼ぶほかなかった。
やはり、凍ったままのエルベ隊を徹底的に無視したのが大きかった。
「これで、終わりです!」
剛剣が振るわれる。しかし、最後に残った防御兵は、それを受け止められない。
威力に負けて盾はひしゃげ、無残にも両腕の骨を砕かれて、防御兵は激痛に失神する。
「……あとは、戦車だけだな」
ナバルがジッと戦車を見据える。こちらも、すでに自由騎士の攻撃で損傷を負っている。もう一押しすれば、機能も停止するだろう。そして中の子供を救えば、勝利だ。
今なお動かないエルベ隊を前に、誰もがそれを確信する。
幸運も手伝ってくれた、完全勝利。ここまでの圧倒は当初予想すらしなかった。
だからこそ、戦場にあって僅かな緩みが生じる。
ギギ、と戦車の砲塔が動く。
「苦し紛れかよ!」
砲口から放たれた一発を、ナバルはかわした。
ここで、彼が身を張って砲撃を防げば、その偶然はきっと発生しなかった。
しかしほぼ手中に掴んでいた勝利に、ほんの少し、ほんのかすかに、皆が気を緩めていた。そしてナバルの回避した砲弾は、凍てついたままだったエルベ隊に直撃する。
「ヤベェ!?」
ニコラスが叫んだ次の瞬間、彼の右肩に鏃が食い込んでいた。
「ぐ、おおッ!」
「――やってくれたなぁ、自由騎士さんよォ!」
砲弾の衝撃と熱によって凍りが砕け、動きを取り戻したフュンフが疾風の如き動きで立て続けに矢を放つ。それを、デボラとキリが何とか受け止めるが――、
「隙ありだ」
ズィーベンがいた。
「は、ぁう!?」
閃いたサーベルが、キリの首を斬りつける。
ローブがなければその一閃で彼女の身体は地面に崩れ落ちていたことだろう。
「クソがッ! ほぼ俺らしか残っちゃいねぇじゃねぇか!」
「失態だな」
動きを取り戻したエルベ隊が、毒づき、嘆息し、共に自由騎士を睨み据える。
「こんなの報告されたら、アインスが上から何て言われるかわかったモンじゃねぇ!」
「外様の辛いところだ」
しかし、そこで彼らが気にするのは自分達ではなく、主の身であった。
「……随分と、主を気にかけるんだね」
それを聞いて、マグノリアが二人に声をかける。
「君達と、あの戦車に囚われてる子供と、一体何が違うのかな」
「あ?」
「だってそうだろう。あの戦車の中にいる子供達は、鋼の中に囚われている。それと同じように、君達は『主』に囚われているように見える。君達は、自分よりも『主』を優先するよう教育されたんだろう。価値観自体を植えつけるそのやり方は鋼の箱なんかよりよっぽど強固だ。『主』のために死ぬというその選択肢は、君達自身の意志では――」
「ああ、おまえ、よっぽどひどい連中に飼われてたんだな、可哀想だな」
しかし、マグノリアの言葉に対するフュンフの答えは、憐れみであった。
「これが自由騎士か。矛盾している」
ズィーベンもまた、そう呟く。
「ああ、矛盾してんなー。何が自由だか。笑うぜ。おまえ、自分の物差しでしか喋れてないぜ。ハハハハハハ、自分で自分を雁字搦めにしてやがる! 傑作だぜ!」
「僕は……」
「ああ、いいよいいよ。もういい。おまえが何を言っても俺らには届かないし響かない。精々、鏡見て自分の正しさを自分に訴えてろ。それになぁ、ズィーベン」
「ああ」
水を向けられ、ズィーベンがうなずく。
「アインスが侮辱された」
「おう。そういうワケで、全殺しだよ、おまえ」
二人の瞳がマグノリアを睨み据える。そこに宿る眼光は、殺意に染まり切っていた。
「マグノリアを狙ってくるぞ、エルベ隊を仕留めろ!」
その瞳に悪寒すら感じて、アデルが全員へと号令を発した。
「遅ェンだよ!」
しかし、フュンフの疾風の矢が、前に構える防御役を越えてマグノリアに襲いかかる。
「させません!」
攻撃のモーションに入りかけているズィーベンを、アンジェリカが狙った。
しかし、サーベルを構えるその動きの途中に、いきなり魔力が渦巻いた。
「邪魔だ」
極限まで圧縮され、星の如き輝きを帯びた魔力が、戦場全域に熱波となって解き放たれる。それは、最前線を戦い抜いてきた自由騎士をしてなお、耐えきれない程の威力。
「殺してやる、殺してやるよマザリモノ! アインスを貶めやがったおまえは、俺らの目の中に入ることすら許せねぇ! 姿かたちもなくしてやるよ!」
「ぐ、ァ! 違う、僕は……」
「喋ンじゃねェェェェェェ――――!」
フュンフが矢を連発する。それを、デボラも、キリも、ナバルすら加わって、防いでいた。捌いていた。それでもなお止めきれない、全てを落とすことができない。
「おまえらァ!」
「やめてェ――――!」
ニコラスとキリが今一度凍結をもってエルベ隊の二人を縛ろうとする。
しかし不運にも、確率論はエルベ隊に味方した。凍結は、二人を止められなかった。
彼らは斬られ、打たれ、刺され、穿たれながらも、最後の最後までマグノリアを狙い続けた。その身をボロクズのようにさせながらも、眼光は決して衰えることなく――、
「う、おおおおおおおおお!」
矢を放とうとするフュンフを、後ろからナバルの槍が串刺しにする。
「……ここまでか」
そしてズィーベンも、最後にはアンジェリカの上からの振り下ろしを直撃された。
二人共に膝を付き、崩れ落ちようとする。助からない。どちらも完全に致命傷だ。が、
「呪うぜ、マザリモノ」
「永劫に苦しめ」
いつまでもマグノリアを睨んだまま告げられたそれが、二人の末期の言葉だった。
マグノリアは、何も言えなかった。
何故なら、とっくに意識を失っていたからだ。
「さっさと戦車破壊して戻るぜ! マグノリアがヤベェ!」
「わかってるよ、クソ! 何なんだよ!」
ニコラスが叫び、ナバルが毒づく。
戦いは勝った。チャイルドギアの子供を救うこともできた。完全勝利である。しかし、
「気が晴れない戦い、でしたね」
「…………」
アンジェリカの言葉に、アデルは、ただ無言を返すのみだった。
ズィーベンがポケットに入れていた手紙は、彼の血で完全に読めなくなっていたという。
●彼、そして彼女
流れる風が、何かを訴えているように感じた。
「……フュンフ?」
覚えのある声が聞こえた気がした。しかし、彼は今、別任務でここにいないはずだ。
彼とズィーベンは、自分のために働いてくれている。
それを、彼女はとても申し訳なく思っている。
彼女にとって、今や家族と呼べるのはエルベ隊の面々のみで、だからこそ危険なことはしてほしくないと、何度も言っているのだが、聞いてもらえないのだ。
「――アインス、ここにいたのか」
優しい声がする。
それは、自分の兄弟。自分の家族。ツヴァイ・エルベの声である。
「一人で外に出るなと言っておいただろう……」
「ごめんなさい、ツヴァイ。ちょっと、風に当たりたかったの」
困ったように言う彼に、アインスと呼ばれた彼女は謝り、
「ねぇ、フュンフとズィーベンは大丈夫かしら?」
「ん? ああ、大丈夫だろう。あいつらは強いからな。アインスだって知ってるだろ」
「それは知っているけれど……」
「さぁ、家に入ろう。もうすぐ出発しなければならないからな」
言って、ツヴァイはアインスの後ろに回り、彼女が座る車椅子を押し始める。
「ねぇ、ツヴァイ」
「何だい、アインス」
「今日は、晴れているのかしら」
問われて、ツヴァイは空を見た。灰色の雲が、一面を覆っていた。
「ああ、いい天気だよ。冬だから寒いけどな」
「そうね。でも、いいお天気ならよかった」
まぶたが閉じたままの顔で空を見上げて、アインスは笑う。
「行こう。塔が攻略できれば、アインスは正式に貴族として取り立ててもらえる」
「……そんなこと」
「必要なんだ。俺達が、おまえと一緒に生きていくために」
言いかけるアインスを、しかし、ツヴァイは強い口調で止める。
彼の考えを知っているだけに、アインスも否ということはできなかった。ただ、
「生きて、帰ってね」
「ああ。おまえがそう願うなら、必ずそうするさ」
ツヴァイの言葉は、エルベ隊全体の総意でもあった。
そして、二人は家の中に入っていった。
弾頭から飛び出した自由騎士は七人。
敵軍との接敵まで、すこしなりとも間はありそうだ。
「展開だ! ただちに展開しろ!」
叫びながら、『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が己の武器を構えて、敵がいる先をまっすぐに睨みつける。
「森に行く皆さんは気を付けてくださいね。こちらはお任せを」
森に向かう自由騎士達へ、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)もそう言ってエールを送り、自身も巨大な剣を抜き放つ。
「戦車の音が聞こえる。……チャイルドギアってヤツか」
離れた場所からでも十分に聞こえる、重苦しく唸る音。それに、『命の価値は等しく。されど』ナバル・ジーロン(CL3000441)が顔つきを厳しくする。
「あれは、あっちゃいけないものだ。製造も、研究も、させちゃいけない!」
いつにもまして硬い声色。そこにある怒りは、いかばかりか。
一方で、森側に回った四人の自由騎士が、木々の間を縫って駆けていく。
「よし、そろそろ方向を変えるぜ、回り込んで側面からブッ叩く」
走りながら『キセキの果て』ニコラス・モラル(CL3000453)が言う。
どうやら、敵には前回痛い目を見せてくれたエルベ隊がいるようだ。それが、ニコラスの警戒感を嫌が応にも高めていた。
「……アレはいないようだが、安心はできねぇよなぁ」
「何をブツクサ言ってるんだい」
「何でもねぇよ」
併走する『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)に尋ねられ、ニコラスは一度思考を中断する。マグノリアはそれ以上聞かず、前を向いた。
そちらには、前を往く二人の姿がある。
「よしッ、森の先が見えてきましたよ!」
先頭を走る『戦姫』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)が、まっすぐ先を指さした。
それを見て、隣にいる『復讐の意味は』キリ・カーレント(CL3000547)も、愛用のローブをはためかせて突撃、サーベルを抜き放つ。
森から飛び出すと、アデル達もまた接敵したところだった。
「戦闘開始です!」
叫ぶ声は勇ましく、キリは戦場へと飛び込んでいった。
●凍結、そして圧倒
「「潰れろ、エルベ隊!」」
真っ先に、アデルとナバルの叫びが重なる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
さらに加えて、アンジェリカが獣の如き――、否、獣の咆哮を轟かせる。
「ブラフ……、じゃねぇな、こりゃ」
「警戒する」
フュンフが弓を構え、ズィーベンがサーベルを抜いた。
この瞬間、エルベ隊含め、敵全体の意識は正面から挑みかかった三人へと集中する。
そこへ、横合いからキリが飛び込んでいった。
「戦闘開始です!」
「……何ィ、二面かよ! しゃらくせぇ!」
大上段からサーベルで切りかかるキリを、フュンフは弓で打ち払おうとした。
一方で、防御兵四名とズィーベンは、アデル達の方に意識を割く。
数秒の時間差を置いた二面攻撃によるファーストアタック。エルベ隊がいなければ、それだけで敵陣に確かなダメージを与えることができたであろう。
「稚拙だな」
だが、ここにはエルベ隊がいた。
フュンフも、そしてズィーベンも、この程度の策で動じるような惰弱さは持ち合わせていない。十分に余裕をもって対処できる。二人共そう判断していた。
そして――、
「ああ、確かに稚拙だ。……ここで終わればな」
彼らに一度敗北した自由騎士は、それを十分、理解している。
「山にすさぶは白の暴虐。透いたる牙は噛む者の時を蝕み、永劫の底へと陥れたらしめる。氷塊は溶けることなく、墓標となりてただ空しく汝が死を記すのみ――ッ!」
本命は、ニコラス・モラル。
自己流にアレンジした詠唱によって魔力が変質し、強烈な寒波となって解き放たれる。
バレることを前提に置いた二面攻撃を囮とした三段目の攻撃が、見事に敵の虚を突いた。
「凍っちまえよ、エルベ隊!」
「うおおッ!?」
狙うはズィーベン。迸る冷気が、彼の身を凍てつかせていく。
成功した。自由騎士達の間に、会心の手応えが伝わる。
しかし、叫んだのはフュンフ。
「情けねェザマ晒してんじゃねぇぞ、ズィーベン! アインスに笑われるぞ!」
「……ッ! ぐ」
「な、オイオイ!!?」
アインスの名が出た途端、固まりかけていたズィーベンの体が震え出す。それを見て、自身の魔導の成功を確信していたニコラスが驚愕する。
「ぐ、おおおおおッ!」
絶叫。そして、耐えた。
寒波は過ぎ去り、辺りは白く凍っている。だがズィーベンは、健在だった。
「残念だったな、自由騎士」
呼吸を浅く乱しながら、ズィーベンが言う。
それに、キリが返す。
「はい、残念です。だから覆します!」
そして彼女は球状の何かをエルベ隊の方へと投げた。
それは、地面に落ちる前に空中で破裂して、そして範囲内が真っ白い気体に包まれる。
「なっ!」
「こ、れは……!」
ダメ押しの四段目。万が一、ニコラスが失敗した場合の緊急手段。
キリは、それを用意していた。さしものエルベ隊も、ここまでは予想していなかった。
超低温の冷却材は、空気を凍らせながらやがて散っていく。
そして、その場に残されたのは、完全に凍てついて動けなくなったエルベ隊の二人の姿。
「やりました!」
「おおおおお、やったぜキリ、大殊勲だぜ!」
右手を高く突き上げる彼女に、ナバルも喜び勇んで大声で称賛する。
「緩めるな! 戦闘中だ!」
「「ごめんなさい!」」
アデルに叱責されて、二人が身を震わせて謝る。直後に、重々しく唸るものがあった。
「戦車が来ますね」
敵陣後方より、道を塞いでいた戦車が動き出していた。
それは、人を、子供を動力源とする非道にして無道なる鉄血文明の産物である。
若干ながらも喜びに浮いていたキリとナバルの顔つきが、一気に引き締まる。
「あの中に、子供が……?」
話には聞いていた。しかし、実際に見ると衝撃が大きい。
戦う道具の部品として詰め込まれた子供と、それによって動く鋼鉄の戦車。それは、
「潰そう。一刻も早く。あれは、あってはいけない」
それは、マグノリアが言う通りのものだった。
「ク、クソ……、何がエルベ隊だ! 役立たず共が!」
防御兵の一人が氷像と化したフュンフとズィーベンに向かって毒づくと、武器を片手に自由騎士達の方へを向き直る。
「戦車を動かせ。オラクルだろうが、砲撃で吹き飛ばせば同じだ」
兵士の声に応えるように、戦車の無限軌道がガリガリと地面を削って前進する。
その音が、ナバルには子供の泣き声に聞こえた。
「おまえらァ!」
前に出るナバルめがけて、しかし、戦車の主砲が火を噴いた。
炸裂。そして爆撃。決して大柄ではないナバルでは耐えきれる威力ではないはずだが、
「……どうした、その程度かよ」
しかし、彼は防いでいた。新しい鎧、新しい盾、そしてそれを纏う、彼の信念。
それら全てが、彼の身を退かせることなくその場に立たせていた。
「子供まで部品に使って、そんなモンなのかよ、おまえらは!」
ナバルが前に出る。それに、防御兵は一瞬気圧された。
隙ができれば、それを見逃さないのが、歴戦の自由騎士達である。
「エルベ隊が動けないというだけで、心理的な重圧が格段に違うな。全く、厄介だよ」
言いながら、アデルが突き進む。そこに防御兵の一人が盾を構えて突進してくる。
「無駄だ。おまえ達では俺を止めることはできない」
無造作に、敵の盾に向かって前蹴りを一発。
それだけで、防御兵の体が傾ぐ。
「たかがこれしきで揺れる肉壁など、薄い木板とさしたる違いはないぞ!」
そして、突撃槍を敵の盾と地面の間に差し込んで、思い切りよく跳ね上げる。それだけで、防御兵が構えていた大盾が上へと飛ばされた。
「バ、カな……!?」
幾らなんでもそれはおかしいと、防御兵は驚く。そして気づくのだ。
体に、力が入らない。
「……これは」
「アデルが言う通りだね、君達じゃ到底、守り手という役を負うには足りてない」
いつの間にか、防御兵達はマグノリアの魔導に呑み込まれていた。敵に劣化の概念を押し付けるそれは、本来強固であるはずの彼らの守りを見る影もないほどに貶めていた。
戦車の砲塔が森の方を向いて、マグノリアを狙おうとする。
だが、一瞬早く、デボラが前に出てその砲撃を身をもって受け止めた。
「絶対に、やらせませんよ!」
「くっ、クソ!」
盾を失った防御兵が毒づく。が、それもまた隙。
「随分と悠長なご様子ですね。ここは、戦場ですよ?」
ニコニコ笑いながら、アンジェリカが七人中最もシャレにならない重剣撃を繰り出す。
力の解放をなした彼女は、今や人の姿をした、人を越えた獣だ。
その膂力から放たれる一撃を、どうして得物を失った名もなき防御兵如きが受け切れよう。当然、そこにあるのは肉が潰れ、骨が砕ける音という、決まりきった無残な結果だ。
「あ、ぁ……」
「痛いよな、辛いよな、けど、優しくしてやんねぇ!」
トドメは怒りのこもったナバルの槍の一撃。そして、防御兵の一人が崩れ落ちる。
「エルベ隊は狙うな! 絶対に解放させんじゃねぇぞ!」
ニコラスが叫ぶ。その声に、皆がうなずいた。そして、戦いは続く。
●激怒、そして狂乱
結果的に、自由騎士側の大勝と呼ぶほかなかった。
やはり、凍ったままのエルベ隊を徹底的に無視したのが大きかった。
「これで、終わりです!」
剛剣が振るわれる。しかし、最後に残った防御兵は、それを受け止められない。
威力に負けて盾はひしゃげ、無残にも両腕の骨を砕かれて、防御兵は激痛に失神する。
「……あとは、戦車だけだな」
ナバルがジッと戦車を見据える。こちらも、すでに自由騎士の攻撃で損傷を負っている。もう一押しすれば、機能も停止するだろう。そして中の子供を救えば、勝利だ。
今なお動かないエルベ隊を前に、誰もがそれを確信する。
幸運も手伝ってくれた、完全勝利。ここまでの圧倒は当初予想すらしなかった。
だからこそ、戦場にあって僅かな緩みが生じる。
ギギ、と戦車の砲塔が動く。
「苦し紛れかよ!」
砲口から放たれた一発を、ナバルはかわした。
ここで、彼が身を張って砲撃を防げば、その偶然はきっと発生しなかった。
しかしほぼ手中に掴んでいた勝利に、ほんの少し、ほんのかすかに、皆が気を緩めていた。そしてナバルの回避した砲弾は、凍てついたままだったエルベ隊に直撃する。
「ヤベェ!?」
ニコラスが叫んだ次の瞬間、彼の右肩に鏃が食い込んでいた。
「ぐ、おおッ!」
「――やってくれたなぁ、自由騎士さんよォ!」
砲弾の衝撃と熱によって凍りが砕け、動きを取り戻したフュンフが疾風の如き動きで立て続けに矢を放つ。それを、デボラとキリが何とか受け止めるが――、
「隙ありだ」
ズィーベンがいた。
「は、ぁう!?」
閃いたサーベルが、キリの首を斬りつける。
ローブがなければその一閃で彼女の身体は地面に崩れ落ちていたことだろう。
「クソがッ! ほぼ俺らしか残っちゃいねぇじゃねぇか!」
「失態だな」
動きを取り戻したエルベ隊が、毒づき、嘆息し、共に自由騎士を睨み据える。
「こんなの報告されたら、アインスが上から何て言われるかわかったモンじゃねぇ!」
「外様の辛いところだ」
しかし、そこで彼らが気にするのは自分達ではなく、主の身であった。
「……随分と、主を気にかけるんだね」
それを聞いて、マグノリアが二人に声をかける。
「君達と、あの戦車に囚われてる子供と、一体何が違うのかな」
「あ?」
「だってそうだろう。あの戦車の中にいる子供達は、鋼の中に囚われている。それと同じように、君達は『主』に囚われているように見える。君達は、自分よりも『主』を優先するよう教育されたんだろう。価値観自体を植えつけるそのやり方は鋼の箱なんかよりよっぽど強固だ。『主』のために死ぬというその選択肢は、君達自身の意志では――」
「ああ、おまえ、よっぽどひどい連中に飼われてたんだな、可哀想だな」
しかし、マグノリアの言葉に対するフュンフの答えは、憐れみであった。
「これが自由騎士か。矛盾している」
ズィーベンもまた、そう呟く。
「ああ、矛盾してんなー。何が自由だか。笑うぜ。おまえ、自分の物差しでしか喋れてないぜ。ハハハハハハ、自分で自分を雁字搦めにしてやがる! 傑作だぜ!」
「僕は……」
「ああ、いいよいいよ。もういい。おまえが何を言っても俺らには届かないし響かない。精々、鏡見て自分の正しさを自分に訴えてろ。それになぁ、ズィーベン」
「ああ」
水を向けられ、ズィーベンがうなずく。
「アインスが侮辱された」
「おう。そういうワケで、全殺しだよ、おまえ」
二人の瞳がマグノリアを睨み据える。そこに宿る眼光は、殺意に染まり切っていた。
「マグノリアを狙ってくるぞ、エルベ隊を仕留めろ!」
その瞳に悪寒すら感じて、アデルが全員へと号令を発した。
「遅ェンだよ!」
しかし、フュンフの疾風の矢が、前に構える防御役を越えてマグノリアに襲いかかる。
「させません!」
攻撃のモーションに入りかけているズィーベンを、アンジェリカが狙った。
しかし、サーベルを構えるその動きの途中に、いきなり魔力が渦巻いた。
「邪魔だ」
極限まで圧縮され、星の如き輝きを帯びた魔力が、戦場全域に熱波となって解き放たれる。それは、最前線を戦い抜いてきた自由騎士をしてなお、耐えきれない程の威力。
「殺してやる、殺してやるよマザリモノ! アインスを貶めやがったおまえは、俺らの目の中に入ることすら許せねぇ! 姿かたちもなくしてやるよ!」
「ぐ、ァ! 違う、僕は……」
「喋ンじゃねェェェェェェ――――!」
フュンフが矢を連発する。それを、デボラも、キリも、ナバルすら加わって、防いでいた。捌いていた。それでもなお止めきれない、全てを落とすことができない。
「おまえらァ!」
「やめてェ――――!」
ニコラスとキリが今一度凍結をもってエルベ隊の二人を縛ろうとする。
しかし不運にも、確率論はエルベ隊に味方した。凍結は、二人を止められなかった。
彼らは斬られ、打たれ、刺され、穿たれながらも、最後の最後までマグノリアを狙い続けた。その身をボロクズのようにさせながらも、眼光は決して衰えることなく――、
「う、おおおおおおおおお!」
矢を放とうとするフュンフを、後ろからナバルの槍が串刺しにする。
「……ここまでか」
そしてズィーベンも、最後にはアンジェリカの上からの振り下ろしを直撃された。
二人共に膝を付き、崩れ落ちようとする。助からない。どちらも完全に致命傷だ。が、
「呪うぜ、マザリモノ」
「永劫に苦しめ」
いつまでもマグノリアを睨んだまま告げられたそれが、二人の末期の言葉だった。
マグノリアは、何も言えなかった。
何故なら、とっくに意識を失っていたからだ。
「さっさと戦車破壊して戻るぜ! マグノリアがヤベェ!」
「わかってるよ、クソ! 何なんだよ!」
ニコラスが叫び、ナバルが毒づく。
戦いは勝った。チャイルドギアの子供を救うこともできた。完全勝利である。しかし、
「気が晴れない戦い、でしたね」
「…………」
アンジェリカの言葉に、アデルは、ただ無言を返すのみだった。
ズィーベンがポケットに入れていた手紙は、彼の血で完全に読めなくなっていたという。
●彼、そして彼女
流れる風が、何かを訴えているように感じた。
「……フュンフ?」
覚えのある声が聞こえた気がした。しかし、彼は今、別任務でここにいないはずだ。
彼とズィーベンは、自分のために働いてくれている。
それを、彼女はとても申し訳なく思っている。
彼女にとって、今や家族と呼べるのはエルベ隊の面々のみで、だからこそ危険なことはしてほしくないと、何度も言っているのだが、聞いてもらえないのだ。
「――アインス、ここにいたのか」
優しい声がする。
それは、自分の兄弟。自分の家族。ツヴァイ・エルベの声である。
「一人で外に出るなと言っておいただろう……」
「ごめんなさい、ツヴァイ。ちょっと、風に当たりたかったの」
困ったように言う彼に、アインスと呼ばれた彼女は謝り、
「ねぇ、フュンフとズィーベンは大丈夫かしら?」
「ん? ああ、大丈夫だろう。あいつらは強いからな。アインスだって知ってるだろ」
「それは知っているけれど……」
「さぁ、家に入ろう。もうすぐ出発しなければならないからな」
言って、ツヴァイはアインスの後ろに回り、彼女が座る車椅子を押し始める。
「ねぇ、ツヴァイ」
「何だい、アインス」
「今日は、晴れているのかしら」
問われて、ツヴァイは空を見た。灰色の雲が、一面を覆っていた。
「ああ、いい天気だよ。冬だから寒いけどな」
「そうね。でも、いいお天気ならよかった」
まぶたが閉じたままの顔で空を見上げて、アインスは笑う。
「行こう。塔が攻略できれば、アインスは正式に貴族として取り立ててもらえる」
「……そんなこと」
「必要なんだ。俺達が、おまえと一緒に生きていくために」
言いかけるアインスを、しかし、ツヴァイは強い口調で止める。
彼の考えを知っているだけに、アインスも否ということはできなかった。ただ、
「生きて、帰ってね」
「ああ。おまえがそう願うなら、必ずそうするさ」
ツヴァイの言葉は、エルベ隊全体の総意でもあった。
そして、二人は家の中に入っていった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
軽傷
†あとがき†
はーい、お疲れ様でしたー。
シナリオ目的は達成できましたね!
エルベ隊については次の展開をお待ちください!
それでは、次のシナリオでー!
シナリオ目的は達成できましたね!
エルベ隊については次の展開をお待ちください!
それでは、次のシナリオでー!
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