MagiaSteam
凍てついた係留ロープ




 空は澄み切り、星が降るほど輝いているのに。
この世から悲しみが失せることなどないと知らしめるように、汽笛は今日もどこかでむせび泣いているのだ。


「諸君。君たちがしくじると観光産業的観点にも国防的観点にも影響がでるものである」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)のモノクルの照り返しがまぶしい。
「還リビトが海から上がってくるのである。放置した場合、最寄りの村を襲うことがわかった。ぜひとも水際で食い止めていただきたい」
 海岸だけに。と言うオラクルはいなかった。
「上がってくるのは、成人男子。ほとんどは服を着た骸骨ですが、一体だけ海流の冷たい所にあったらしく生前の姿をとどめた者がいる。フック付きのロープを振り回したり、投げたり殴ったりしてくるようである。凍るから注意するように」
 どういう死に方をすればそんな死体になるのか。
「彼らはロープをひきながら上がってくる。岸にある係船柱にそのロープを掛けるであろう。そうすると死体を満載した船が浜に揚陸する。騎士団を派遣しなくてはいけない規模である。諸君。ロープをかけさせてはならない。ロープがかからなければ、死体を満載した船は沖に流される。被害は出ることはないだろう。水鏡に映らない範囲において」
 無理をする必要はない。被害が出なければいいのだ。
「還リビトが上がってくる浜は深夜ということもあり人気がなく、ゆえに光源が月明りや星明りしかない。また、満潮にあたり、のんびりしているとどんどん足場が悪くなる。方針は任せる」
 宰相閣下は、諸君。という。
「死体が動いてもそれに意味はない。だが、人はそれに意味を見出したがるものである。ゆえに『還リビト』と言われているが、そこに想いはない。あるように見えるのは生きている者の願望、妄想、あるいは詩情である。覚えておいてほしい。あれはモノが動いているだけである」
 心を必要以上に痛めてはいけない。と、プラロークは言った。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
田奈アガサ
■成功条件
1.20ターン以内に還リビトを全滅させる。
2.還リビト満載のボートを揚陸させない。
 田奈です。
 海辺に現れる還リビトを動かないようにするお仕事です。
 
*服を着た骸骨×10体
 船員服を着た骸骨です。
 肉がない分俊敏でもろいです。ただ、的がすかすかな分、銃弾は当たりにくいです。
 物理近接攻撃のみです。

*青ざめた死体×1体
 原形をとどめていますが、凍り付いています。近接攻撃の間合いに入ると冷気を感じます。
 フックを振り回す:物範 フリーズ1 凍てついたフック付きロープで薙ぎ払われます。
 フックで殴る:近物単 フリーズ2 凍てついたフックで殴られます。殴られた場所から凍ります。
 フックをぶん投げる:遠物貫 フリーズ2 凍てついたフックをぶつけられます。

*作戦環境
 深夜の入り江。月明り程度。すごくまぶしい訳ではないので、対策しなければ攻撃に支障が出ます。
 固い道から波打ち際まで25メートル前後。砂浜に追い込めば安定した足場での遠距離攻撃は可能です。
 波打ち際から砂浜部分は25メートル×25メートル。
 足元は砂浜ですので、足場は不安定です。
 徐々に潮が満ちてきます。五ターンを超えると足場がじゃぶじゃぶになって不安定になります。
 20ターンを超えると砂浜は水没します。その時点で一体でも残っていると、海から還ってきた船が揚陸し、大量の死体が村落を襲います。
 船から死体が降りてきたら、投入予定オラクルの戦力では犬死にです。即時撤退となります。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
18モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
8/8
公開日
2018年08月01日

†メイン参加者 8人†




 あれはヒトではない。魂はとうに解放されている。
 死者の尊厳を守るため、還リビトは滅せられなくてはならない。


「敵がどんな感じで出てくるかはわからんが……」
『イ・ラプセル自由騎士団』グスタフ・カールソン(CL3000220)は、水平線の向こうに目を凝らす。
 ゴールデンティアーズが終わったばかりでこれから夏本番。
 夜の海は光を吸い込み、涼しい風が一時オラクル達の熱を散らせる。
「数の多い敵と戦うのも経験のうちなんだぜ。とりわけ時間制限と来たもんだ。闘争本能が燃える以外ねーぜ」
『エルローの七色騎士』柊・オルステッド(CL3000152)は、意気軒高。
「還リビトは一匹たりとも上げず、水際で撃滅するぜ」
 地面の下までも見通す透過の目は海にひたりとあてられている。
 砂を何度か踏み、靴の底に砂の感触を覚えさせた。昼間たっぷりと熱を吸った砂が頑丈な靴の上からも冷え切っていることがわかる。
 近い。
『慈悲の刃、葬送の剣』アリア・セレスティ(CL3000222)は、すでに還リビト掃討の経験がある。
「クラウス室長はそうは言っているけど……」
 その経験からいっても生者のように動く死体をモノと割り切るのは少し難しい。
「よくもまぁこうも還リビト依頼ばっか続くもんだなぁ。幽霊列車だっけ? ハタ迷惑なもんだよな」
 グスタフとしては、自由騎士団が忙しいと自分への仕事の割り当てが増える。
「ま、そうはいっても俺は今日も酒代と眼福の為にひとつひとつ仕事こなすだけ、ってわけだ。――今回もよろしく頼むぜ?」
 アリアと『白金の星』ヒルダ・アークライト(CL3000279)がジト目になった。事案発生の際は、拳や蹴りも辞さない。
 いつか、おっさんの脳髄に乙女は己が操に常に真剣である故に乙女なのだという真理が染み渡る日は来るだろうか。
 海から吹く風は頬にチリチリと痛みを覚えさせる。風が変わった。
 それまで軽口を叩いていたオラクル達は、互いの位置を確かめた。戦闘が始まる。
 水平線に急速にもやがかかり、大きな船のような影がみえる。
 ゴーグルとバンダナで顔をガードした『神秘(ゆめ)への探求心』ジーニアス・レガーロ(CL3000319)の毛の先にも霜が付いた。
「う~ん、何でこんなに死体満載なんだろう? 海賊さん? それとも奴隷船が沈没したのかな?」
 事前にある程度調査してきた結果、係留ロープの形状から、それが大型の救命ボートではないかと言う結論に至った。
「難破した船の乗組員が、総員まるごと還りビトと化したと言うわけかのう。生前の動きをなぞり、揚陸を試みているのじゃろうか」
『揺れる豊穣の大地』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)が言う。 
 みっしりとヒトを詰め込んで命からがら逃げだす船。死体満載に変わっているという時点でどんな運命をたどったのかは想像に難くない。
 ざぶ。ざぶ。と、波を蹴立てて、還リビトがやってくる。
 ぐしょぐしょに濡れた服が手足や胴にかろうじて引っかかっている骸骨の群れが上がってくる。
 そして、肩に巻いたロープをかけた青ざめた死体。白濁した眼球。紫色の唇。青ざめた肌。
 死んでいるのだ。海から死体が歩いてくる。もう溺れて死んでいるからこれ以上は溺れない。
 海の底からロープを引いて、人のいるところに還ってこようとしている。
「あれは、モノが動いているだけ。死体が動くことに意味はない」
 何度も繰り返し言い聞かせられる文言だ。
「……だとしても、あれは……あんまりじゃないか……」
 リュリュ・ロジェ(CL3000117)がうめいた。動いてはいけない。安らかに眠っているべき状態だ。痛ましい。これから、あれを止めなくてはならない。
 銀の翼が静かにはばたく。空の領域にふみこまないように留意して、ただ上がってくる潮から逃れる。彼らは海に飲みこまれて死んでしまった。
 柊がスタートを切った。骸骨をよけ、青ざめた死体に向けて縦横無尽に駆け抜ける。
 ジーニアスもみずからのリミットを振り切り駆けだす。
 シノピリカも全力移動。間合に入れば戦闘狂の牙をむきだす準備はできている。
 ヒルダは愛銃を構えた。
「海といえば水着姿でひと夏の素敵な出会いを求めて……っていうロマンチックな場所であるべきよね」
 まさしく。イ・ラプセルの夏の海はそのようであるべきである。ただしエロいおっさんは除く。
「還リビトとの出会いは求めていないの。いらしてくれて折角だけど、お帰りあそばせ!」
 砂を巻き上げる銃弾による衝撃波。骸骨が青ざめた死体の盾になるように散開する。
 意思のない死体にしては統率の取れた動きのようで、またあらぬ方向に歩きだし、オラクル達を困惑させる。
 まるで水面が乱れる水鏡のようだ。明確な像を結ばない。
「おまえら、邪魔するんじゃねえよ」
 グスタフは、浜のあちこちに歩み出そうとする骸骨を許さない。
 村と浜の間にたいまつを置いてくれる支援の者は来ているが一人で村人すべてに対応できるわけもない。浜で食い止めるのだ。
 ごしゃんと直撃を受けた骸骨の骨格が砕ける。砕けた骨が扇形になって辺りに飛散した。確かにもろい。
 それ以外の骸骨も、バラバラの方向に吹き飛ばされる。
「そうね。折角狙撃しても銃弾がすり抜ける可能性が高い。不利ね。わかっているわ」
 ヒルダは、絡みつく波に難儀している骸骨を暗闇の中に見据えた。
 駆けこんできたアリアが宙に身を躍らせるのがヒルダの視界の隅を横切った。
 アリアが骸骨の頭上に影を落とす。つられて上を向いた骸骨の額にゴリと銃口があてられた。
「なら、避けようもなくして確実に効くところを粉々にすればいいのよ!」
 射程距離ゼロでぶっぱなす。
 粉々に砕ける頭蓋骨。
 頭部を失った腕がそれでもヒルダの首を絞めようと持ち上がり――そのまま斜めにかしいでひたひたと水が上がってきた砂の上に倒れ込んだ。
 アリアが脊椎を横なぎにしたのだ。
 所在なげな下肢を反対側に蹴り倒し、アリアとヒルダは見かわし頷きあうと次の骸骨に向けて駆けだした。
『書架のウテナ』サブロウタ リキュウイン(CL3000312)は後方で回復サポートにはいる手はずになっていた。 
 先陣を切って青ざめた死体に強襲した前衛は、骸骨が吹き飛ばされる合間に臨戦態勢を整えていた。
 滴る水滴も冷気で白く濁る死体は再びリュリュの氷の柩に閉じ込められる。
 シノピリカが左腕を振りかぶり、足を踏ん張った。
 察した柊とジーニアスが横っ飛びに進路を妨害知ろうとする骸骨にとびかかって万全の態勢を整える。
「SIEGER・IMPACT――」
 膨れ上がる何かをシノピリカは気合という。
 無秩序に湧き上がるそれを蒸気鎧装された左腕に乗せて青ざめた死体に叩き込んだ。
「改二ぃィぃ!」
 重たい一撃が死せる肉をえぐった瞬間、辺りは猛烈な蒸気に包まれた。
 シノピリカの外装の排熱もさることながら、青ざめた死体からももうもうと水蒸気が上がっている。
 が、それもすぐに退き、死体の周囲には再び冷気が漂いだした。
「――ネヲ」
 死体はフックが付いたロープを外すとブンブンと振り回し始めた。
 そういう技術なのか死体故の硬直なのか、頻繁にしゃくりあげるような動きに予測が取れず、遠心力が付いたフックがオラクルを襲う。
 少なくとも生きていた時は仲間であったろう骸骨もまとめてフック付きロープの餌食となったのは、オラクルにとって僥倖と言えた。
 ひたひたと波打つたびに確実に水位が上がってきている。
 一発殴って吹き飛ばし、向こうも近づいてきて一発殴って吹き飛ばす。
 シノピリカが押し戻し、グスタフがバスタードソードを絶妙な箇所に叩き込む。
 サブロウタの所在が水際近くでの乱戦に突入したオラクル達からは確認できなかった。回復魔法が来ない。
「――もとより回避などは念頭に入れぬ戦闘スタイルが身上よ」
 正面より退かぬゆえに、シノピリカへのダメージが最も激しい。
「むしろ打ってこい、撃ってこい! 我が身に敵の攻撃を引きつければ、その分仲間の被害が減ると言うものじゃ!」
 リュリュは、攻撃ではなくシノピリカの常体を万全とする方向に行動指針を切り替えた。
 リュリュ一人で全体の傷のケアは難しいが、攻撃が集中した一人のケアならいける。
 柊は、骸骨の位置取りを常に気にかけていた。
 近くにいる個体から確実に砕いていく。
 はぐれになりそうな骸骨が包囲陣からふらふらとはずれていく。
 近場にいる骸骨はすぐ近くにいるジーニアスを信じ、勝利への紋をこじ開ける暴露の遠当てを繰り出した。
 アリアとヒルダが息の合ったコンビネーションで残った骸骨を割り崩していく。
「スケルトンに矢弾は当たらないっていうのがお約束かしら? お生憎様、あたしにその法則は当てはまらないわよ!」
 アリアが翻弄し、出来た隙にヒルダが飛び込みとどめを刺す。
 仕留めきれなければどちらかに骸骨の直撃がある綱渡り。しかし、骸骨のもろさが幸いし、二人の協力で動きに支障が出ない範囲の負傷に収まっていた。
 

 青ざめた死体が残るのみ。
 小柄なジーニアスと柊の脛の中ほどまで潮が満ちている。
 ジーニアスは反応速度を生かして浜に浮いた流木やらをてってっと飛び歩いているが限界も近い。
「――ネヲ――カニ――」
 ごおおおおと、青ざめた遺体の凍てついた喉から咆哮が上がる。
「オカニフネヲアゲルンダ! ウミニオチタラコオッチマウゾ!」
 青ざめた死体は咆哮する。
 意味のあるように聞こえる言葉だ。
 プラロークは、生前強く思ったことが繰り返し発せられるだけだという。だから、生者との意思の疎通はない。かつて生きていた生者の強烈な体験を何度も何度も繰り返すだけだ。
 だが、そこに意味はないのだろうか。そうやって、叫び、もがき、死んでいった男の最期がここにある。
 それを見た生者に刻まれる何かに意味はないのか。
 垂れ流される際限ない反復行動に意味を見出し、「還リビト」と名付けた先人の懊悩がそこにある。そのことによって起こった悲劇を抱いて、オラクルは死体に立ち向かわなくてはならない。オラクルの後ろには数多の生者がいる。
「てめぇら纏めて、さっさと浄化されやがれぇ!」
 グスタフの大剣が、凍てついた係留ロープを叩き落す。
 沖に浮かぶ船のためロープを体にかけていた青ざめた死体の態勢が大きく揺らいだ。
「ごめんなさい」 
 アリアの声は小さく、しかし確固と響いた。
「あの大群はダメです――天羽の剣舞」
 次に聞こえた声は先ほどの位置からは考えられる場所からだった。
 凍てつく波しぶきをあげながら舞うアリアの飛翔は破壊に直結する。
「華麗に決めてあげるわ! ナイアガラ――」
 逆さに落ちてくる様は大瀑布。銃口が青ざめた死体の脊髄を縦になぞり、最も疲弊した部分に銃弾がねじ込まれる。
「バックショット!――きまったっ!? あいたっ!」
 落下点はグスタフの真上だった。
 別にグスタフも狙ったわけではない。アリアの剣技に巻き込まれないように移動したらエルザが降ってきたのだ。しかし、降ってくる乙女は世界の至宝である。降られたことをアクアディーネに感謝せねばならない。
 リュリュは、シノピリカを振り返った。
 ここで仕留めなければ、次の一手でシノピリカには応急処置では済まない痛手を負うことになる。
 しかし、水かさが増している。ここで押さねば苦しくなるのはオラクルだ。
 眼下でシノピリカが二っと笑って親指を突き立てた。
(合言葉は「次の一撃で倒れなければ問題ない」だ。還リビトの全滅を優先させる)
 リュリュが紡いだ呪文は凍結の呪文。
 マナは、氷結し、凝固し、今度こそ眠りを守る柩になる。
 青ざめた死体は、波に洗われる氷像となった。
 もう、動くことはない。


 潮目が変わった。
 陸に括り付けられることのなかったロープは、海に還っていく。
 還リビトを満載した船がまた沖に流されていく。いつか、どこかの岸にたどり着くまで洋上をさまようのだろうか。
「とは言え、そんなに都合よく難破船がイブリース化するものか?」
 シノピリカが何がしかの作為を疑うのはもっともである。
 骸骨や死体が身に着けていた衣服は、南国であるイ・ラプセルのものではなかった。
「撃破した遺体を回収して身元や船籍の調査が必要であろうな」
「遺体は……可能なら葬ってやったり、遺族がいれば引き渡しを行いたい」
 リュリュが言う。
「遺体は、なるべく家族の元へ届く様手配して頂く事を然るべき筋へ上奏しよう」
 シノピリカが言った。上は突き上げなければ動かない。
「還るのではなく、帰るのじゃ」
戦時下の今、調査・返還には困難が付きまとうだろうが可能性がない訳ではない。イ・ラプセルが勝利すればいいのだ。
「船……還リヒト大量生産しすぎなんだぜ」
 柊は、こっちに来なくてよかった。と、大きく息を吐いた。駆け回った総距離は間違いなく一番だ。
「本隊たる還りビト満載船も、素直に流れ去ってくれれば良いが……」
 しばらく沿岸警備隊は監視で忙しくなるだろう。
 願わくば、大きな潮の流れに乗り、イ・ラプセルから離脱し、彼らの故郷に流れつかんことを。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

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