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【極東航路】かの地、東の島国へ3



●強襲、黒鬼将軍
 それは、あまりにも華麗で速やかな奇襲であった。
「逃れきれぬか」
 ジョセフ・クラーマーが観念したように呟く。
 蒸気船はすでに最大船速に達しているが、それでも敵船を振り切ることはできなかった。
 当然だ、何せ相手の船も蒸気船。
 しかも速度を重視した、いわゆる高速艇というヤツである。
 アマノホカリの大地はすでに目と鼻の先。連なる山影もばっちり見えている。
 そこに、いきなり現れた蒸気高速艇がジョセフらの乗る蒸気船に突撃を仕掛けてきたのだ。その迷いのなさから、ジョセフは待ち伏せされていた事実を悟る。
 そして、ついに二隻の船が激突。同時に、
「カァ――ッ、ハッハッハッハハハハハァァァァァ――――ッッ!」
 雄叫びが如き笑い声が、海の上に響き渡った。
 蒸気船に跳び乗ってきたのは、男性としても背が高い方に入るジョセフをして見上げなければならないほどの偉丈夫。黒いマントをたなびかせた、黒甲冑の大男であった。
 右手に握った野太刀を肩に担ぎ、威風堂々胸を張っての仁王立ち。
 顔も漆黒の兜と面貌に隠されてはいるが、頭から伸びる二本の角は露わなまま。
 どうやらこの男、オニヒトであるようだ。
 兜の奥に垣間見える鳶色の瞳には、ギラギラとした鋭い眼光が宿っている。
「おう、いるわいるわ! お前さんらが異国の戦士。自由騎士さんとやらかい! わざわざこんな東の果てまでやってくるたぁ、何とも奇特な連中よなぁ! いや、面白き哉、面白き哉! クハハハハハハハハ! 面白すぎて余が直々に来てやったぜェ!」
「……何者だ」
 相手との間合いを考えながら、ジョセフは黒甲冑の大男に問う。
「余にそれを問うとは、なかなかどうして肝が据わっている。いや、単に無知なだけか? いずれにせよ面白き哉! よい! 応えよう! ならばこそ知れ! そして恐れ戦き、殺意を抱け! 余こそはお前さんらがこれより争う宇羅幕府が棟梁! 二代将軍――、いやさ自ら名乗るときはこう名乗っておる。『黒鬼将軍』宇羅・嶽丸(うら・たけまる)となァ! カァッハハハハハハハハハハ――――ッ!」
「黒鬼、将軍……!?」
 唐突すぎる敵首魁の参上に、さしものジョセフも絶句する。
「ああ、もぅ。勘弁してくださいよ、上様ったらァ~!」
 そして、嶽丸のあと追って五人の男達がやってくる。
 皆、漆黒のダンダラを羽織り、その背には大きく『神』の文字が染め抜かれている。
 ただしその『神』の文字は、何故か上下が逆さまになっているが。
「おう、土方。大義である」
「大義である、じゃないですよぉ~。もぉ~。何でいきなり敵さんのど真ん中に富んでっちゃうんですかぁ~。自分が将軍なの分かってますかぁ~、ねぇ~」
 土方と呼ばれたのは、何とも気の弱そうなヒョロいノウブルの男性だった。ハの字眉毛にたれ目になで肩で、腰には倭刀を差しているが迫力らしきものは皆無だ。
「ああ、もう、一句浮かんじゃった。『上様が 今日も敵さん こんにちは』、ああ、季語が抜けた! ちきしょー! 惜しい! いいセン行ってたのに!」
「なぁ土方、余が直属の配下、土方・武蔵(ひじかた・たけぞう)よ。今もって余からの忠告であるが、お前さん、俳句の才能皆無だぞ?」
「はぁ、何言ってるんですか上様ったら。あたしぁ才能豊かですよ! 何てったってすぐに一句思いつきますからね! ああ、自分の才能が恐ろしい!」
「質だけが求められる俳句で大量生産の才能があったからって何だってんだ?」
 などと、二人がくだらない会話を交わしている間にも、激突した蒸気高速艇から次々と敵と思しき黒い影が蒸気船へと乗り移ってくる。
 嶽丸と、土方と呼ばれた男と、彼と同じ法被を着た四人の男。
 そして全身を黒装束で包み、やけに気配の薄い四つの人影。
「さて、こっちは揃ったぞ、自由騎士のお歴々よ」
「……一体、何のつもりだ?」
「随分とまぁ、いかめしいツラをしておるなァ、カラクリ仕掛けの法師殿。なぁに、肩の力を抜くがいい。こいつはちょっとした腕試しよ」
「腕試し、だと……?」
 ジョセフが問うと、嶽丸は軽くうなずいた。
「お前さんらが余の幕府と渡り合うに足る連中かどうか、確かめさせてもらう」
「ナメているのか?」
「ナメているとも」
 自由騎士の一人の声に、嶽丸は笑いながら返す。
「それとも、お前さんらは違うのかね? 我らを一片たりともナメていないと? かけらほども侮っていないと? いやいや、それならば御立派。いついかなるときも分を弁え、なおかつ常在戦場。大したものだ、褒めて遣わすぞ! カァッハハハハハ!」
「ああもぉ~、またそうやって敵を挑発する~。あたしはナメてなんていませんよ? 敵なんだから、そりゃ警戒するに決まってるじゃないですかぁ~」
「それよ、土方。人はな、敵を前にしたとき、警戒しつつ侮るのよ。いや、侮りつつも警戒するワケだ。そうして、安堵と不安のバランスによって己の精神を保つのだ」
「知りませんよ、そんなことぉ~。それよりも」
 土方・武蔵の気配が、鋭く尖る。
「あちら、本当に討ってもよろしいので?」
「よい。許す。この程度の布陣を破れぬ輩であれば、余が出る必要もない。討て」
「御意。ご下命、承りました」
「待て、まだ聞きたいことがある。何故、宇羅幕府はヴィスマルクと結託した。神を喪い、『神の蠱毒』にも参加していなかった国が、何故――」
 ジョセフが問うが、それは土方の「知りませんな」の一言に断ち切られた。
 嶽丸がクックと笑って、
「そうさな。知りたくばひとまず戦え。そちらが勝てば、何でも教えようぞ!」
「しからば『黒鬼将軍』直轄――、『神殲組』副長、土方・武蔵。並びに『神殲組』番外護衛方、そして御庭番衆、参る。いざ尋常に、勝負ッ! ……あ、ここで一句、『土方が 刀を抜いた バッサリだ』。……う~ん、85点! 惜しい!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
吾語
■成功条件
1.『神殲組』と御庭番衆を撃退する
ボスの顔見せイベントは色々と難しいと知りつつもやりたくなる。
どーも、吾語です。

そうだよ、ボスの顔見せイベントなシナリオですよ。
同時にアレとソレの顔見せイベントなシナリオでもあります。
では、以下詳細。

◆敵戦力
・『黒鬼将軍』宇羅・嶽丸
 でっかいオニヒト。分厚い鎧。すごい刀。チョー強い。
 ぶっちゃけ顔見せなので積極的には動きません。
 サムライのスキル全部持ってますが、攻撃されない限りは使いません。

・『神殲組副長』土方・武蔵
 ヒョロいノウブル。ハの字眉毛。たれ目。なで肩。クソ俳句大量生産の天才。
 実質的に今シナリオのボス格ですが、こいつもこいつで待ちの姿勢。
 サムライのスキル免許皆伝ですが、今回はランク1スキルのみ使用します。

・『神殲組』番外護衛方×4
 将軍である嶽丸の護衛を務める四人のサムライです。
 全員がサムライで、下記のランク1スキルを使用してきます。

 ・一刀両断
  サムライランク1スキル 近接戦闘スキル。効果:バッサリやる。

 ・心眼
  サムライランク1スキル 自己強化スキル。効果:心の目で本質を見抜く。

 ・飛燕血風
  サムライランク1スキル 遠距離攻撃スキル。効果:遠当ての斬撃。

 ・居合彼岸花
  サムライランク1スキル 近接戦闘スキル。効果:神速の居合抜き。

・御庭番衆×4
 アイエー! な感じのニンジャ集団です。全員気配が薄い。
 全員がニンジャで、下記のランク1スキルを使用してきます。

 ・体術・飛天空蝉
  ニンジャランク1スキル 特殊防御スキル。効果:機に臨み変に応ず。

 ・火遁・劫火焔舞
  ニンジャランク1スキル 特殊攻撃スキル。効果:飛んで火にいる夏の虫。

 ・隠形・遁法煙玉
  ニンジャランク1スキル 特殊攻撃スキル。効果:三十六計逃げるに如かず。

 ・電光石火の早業
  ニンジャランク1スキル 特殊行動スキル。効果:細工は流々仕上げを御覧じろ。

あんまり明かしすぎてものちのちの楽しみがないのであとはご想像にお任せします。
ではでは、アマノホカリ前哨戦、頑張っていきましょー!

※今回のシナリオに参加する際には特に下記にご注意ください。

・今回のS級指令依頼は前回と合わせて全4話構成でアマノホカリへの少数精鋭での侵入ミッションになります。
(大まかな予定としましては、1週間の相談機関と1週間の執筆期間、執筆期間終了後に次のOPの発出になります)
 また、シリーズ依頼になりますので、参加者には予約優先権がつきます。
 2話以降予約をせずにいると、1話の参加者以外でも参加可能になった場合参加することができます。
 其の場合、実は船にこっそりと乗っていたなどの理由が付けられます。また、新規参加者にも次回以降の予約優先権がつけられます。以上ご了承お願いします。
 アマノホカリとイ・ラプセル間ではマキナ=ギアの通信がかろうじてできますが、状況によっては通じない可能性もあります。

 シリーズ参加参加者は、現状発出している依頼の参加を禁止するものではありません。
 時系列が違うということで参加しても構いませんが、RPとして参加しないということも構いません。(ギルド、TOPでの発言も同様です)
 現在運営中の他のシナリオに参加していてもかまいません。(時系列がちがいます)





状態
完了
報酬マテリア
3個  7個  3個  3個
9モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2020年06月29日

†メイン参加者 8人†



●細工は流々仕上げは御覧じろ
「早業。殲滅発破の術」
 船の甲板上で、いきなり爆破が起きる。
 今まさに構えようとしていた『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)含め、自由騎士達全員がその爆発に巻き込まれた。
「……魔導による炸裂弾? ――いつ!?」
 激痛が走る中、アンジェリカは驚愕する。
 爆破は、床から発生した。しかし、敵の忍者が魔導を使ったようには見えない。
「――こんなこともあろうかと。仕掛けておいたのさ」
 頭巾で顔を覆っている忍者の一人が、色のない声で呟いた。
「ッたいわねぇ~。これだから忍者は……ッ!」
 爆破に吹き飛ばされた『日は陰り、されど人は歩ゆむ』猪市 きゐこ(CL3000048)が、ギリギリと奥歯を噛みしめて吐き捨てる。
「何だ今のは! 一体、何が起きた……!?」
 自身も、忍者が起こした爆破に巻き込まれ、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が驚きの声をあげる。それに応えるのは、『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)。
「電光石火の早業、としか呼びようのない術だ。防ぎようはない」
「はぁ? 戦闘開始と同時に回避不可の必中攻撃!? バカか!!?」
 彼の説明にツボミがつばを飛ばして怒鳴り散らす。
「俳句なんか読んで、イロモノ集団かと思ったらとんだペテンね……」
 ズキズキと痛む傷に顔をしかめ、天哉熾 ハル(CL3000678)も小さく呻いた。
「フン、これくらいはまだまだ、ご挨拶といったところよな?」
 しかし、『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)はそう言って笑い、余裕を見せた。
「はぁ~あ、あんまり効いてないなぁ、怖いなぁ。あ、一句閃いた。『攻撃が 効いてないけど バケモノか』。ん~、これは90点は行くのでは?」
 敵方『神殲組副長』土方がえへらと笑いながら首をかしげる。
「ハイク……。アマノホカリの魔導詠唱の一種か?」
「いや、違うぞ……」
「そーよ! 詠唱じゃないし、そもそも俳句じゃなくて川柳よ、あれは! 隙の生じぬ二段構えの間違え方してるわよ、あのオッサン!」
 聞き慣れない単語に疑問を持つ『水銀を伝えし者』リュリュ・ロジェ(CL3000117)であったが、ヨツカときゐこの二人がかりで否定されてしまった。
 そうしている間にも、四人の『神殲組』隊士がどんどんを間合いを詰めてきている。
「来てますよぉ~。まずは迎え撃たないとぉ~」
「ええい、わかっている!」
 幾分焦った調子の『食のおもてなし』シェリル・八千代・ミツハシ(CL3000311)の呼びかけに、苛立ちおさまらないツボミが険しい物言いで返した。
 態勢を立て直そうとする自由騎士達の前に、侍と忍者が迫る。

●一命を以て一刀を為す
「おォォ!」
 鋭く吼えたのはヨツカである。
 彼は、愛用の野太刀を両手に掴んで『神殲組』隊士の一人と向かい合った。相手が持つのは標準的な倭刀。武器の威力ならばおよそ負けはない。
「ゆくぞ!」
 そのまなざしを獣のそれに変えて、彼は隊士へと切りかかる。
 しかし、対する隊士もまた口をかすかに開き、呼吸を整えながら倭刀を振りかぶった。
 ヨツカが繰り出すのは、重戦士の基本技法とも呼ぶべきバッシュである。
 当てやすく、そして威力も高いという非常に使いやすい技だ。
 それを、長大で重厚な野太刀をもって放つ。まさに必殺の威力を備えた一撃だ。が、
「――く、ゥ!」
 刃と刃が真っ向からぶつかって。押し負けたのはヨツカ。
 こらえきれずに数歩後退する。
「何だァ!?」
 驚きの声は、ツボミがあげたものだった。
 彼女の前にいるアンジェリカが、今まさにヨツカとそっくりの流れで弾かれたのだ。
「あのデカブツを押し返すってか!」
「これはちょっと、驚きましたね」
 手のひらに残る衝撃の余韻に、アンジェリカも顔をしかめる。
 ツボミをしてデカブツと言わしめる巨大武器を両手で振るい、リズムに乗って隊士を刻まんとしていた彼女だったが、その隊士の一撃に跳ね飛ばされた。
 彼らが見せる、一刀両断とも呼ぶべき一撃は、間違いなく重戦士のバッシュよりも高い威力を誇っていた。技自体はやや大振りなため、多少よけやすいのが幸いか。
「だったら、距離を取って戦うのがいいんじゃないかしら、ね!」
 ハルが、広域に作用する魔導の刃を振るった。
 それは隊士数人を巻き込んで炸裂し、甲板上に轟音を響かせた。
「まとめてぶっ飛ばしてやるわ! 盾兵のみなっさ――――ん!」
 生じた隙につけこむべく、きゐこが率いる盾兵達に命じて壁を作らせる。
 隊士と忍者を近づけさせないための行動ではあるが――、
「遁法、煙玉」
 忍者の一人が小さく呟き、何やら球状の物体を甲板に叩きつけた。
 直後、それは破裂して黒煙が発生する。しかも煙は、辺り一帯を覆うほどに広がった。
「ケホッ、コホッ! な、何してくれンのよ!」
 おそらくは魔導の薬物が混ぜられているらしき煙を吸ってしまい、脱力感に襲われつつもきゐこが広域用の攻撃魔導を炸裂させる。
 起きる爆音。散る煙。きゐこはそこに倒れた忍者の姿を想像する。
 だが、そこには誰もいなかった。
「……え?」
 広い射程に、何人かの敵を捉えることはできたようだったが、煙玉を投げつけてきた忍者はそこにいない。ならば、どこにいるというのか。
「火遁――」
 声は、背後からした。
「嘘でしょ……!?」
 振り向けば、そこにはまさしく忍者の姿。
 今の一瞬でどれだけの距離を動いたというのか。影狼の如き高速移動ではないか。
「劫火焔舞」
 そして毒を焼く炎が、自由騎士へと襲いかかった。

●しのぶものとさぶらうもの
 自由騎士からは前に出るなと言われている。
 ゆえに、ジョセフ・クラーマーは戦場の後方に控え、戦いを見据えていた。
「これが、ヴィスマルクが欲したアマノホカリの忍者と侍か……」
 忍者の一人が天輝と相対している。
 天輝は、魔導士でありながら近接戦闘に長ける、珍しい戦闘スタイルだ。
「さっきからちょこまかと、鬱陶しいのう!」
 忍者へと向けて、彼女は至近距離から魔導を放つ。
「飛天空蝉」
 だが、そこにいたはずの忍者の姿がフッと消えて、代わりに侍が立った。
「何ッ!?」
 放たれた魔導を、侍が刀でしっかりと受け止める。
 それを目の当たりにした天輝の背中に、ザワリとした感触。背後にいる。
「これが変わり身の術、とやらか! だが見切ったぞ!」
 宣言し、彼女は渾身の氷の魔導を背後の忍者へと放った。
 しかしそれもまた、空振り。
 いや、正確には変わり身の術によって空かされた。攻撃は、侍の一人が代わりに受ける。
「自分への攻撃を仲間に肩代わりさせるとはのうッ」
 天輝が顔に苦笑を浮かべた。
「受けよ、血染めの風を!」
 隊士が叫んで倭刀を振り抜くと、いきなり天輝の肩口が切り裂かれた。
「ぐぁ……!」
「ちぃ! 威力がデカさは遠近問わずか!」
 後ずさる天輝へ、ツボミが苛立たしげに声を荒げながら癒しの魔導を施す。
「――ここで一句。『おかしいな 自由騎士って 弱いのか?』」
「三点」
「上様、辛すぎィ!?」
「点をつけてやっただけでも、大分お前さんに譲歩してるんだがなぁ~」
 敵陣奥では、嶽丸と土方が何やらくっちゃべっている。
 そこに見える態度からも、彼らが今のところこちらを大した脅威と見ていないことがわかる。嶽丸が言っていた警戒と安堵のバランスが、かなり安堵に傾いているようだ。
「ッか~~~~! ムッカつくわねぇ~! あの連中!」
 きゐこがいきり立つが、それも仕方がないだろう。こうまで露骨にナメられては。
 ここまでの戦いを見て、ジョセフは感じた。
 今回の敵は強い弱いではなく、まずそれ以前に――『やりにくい』。
 忍者は、これまで見たこともないような技術を幾つも使って、こちらのペースをとことんまで乱してくる、実にいやらしいやり方をする敵だ。
 侍は、愚直なまでにまっすぐに攻め込んでくるものの、とにかく攻撃の威力が高い。その一撃は重戦士ですら及ばないだろう。単純。ゆえに強靭だ。
 相手取ってわかる、敵の厄介さ。
 ヴィスマルクが欲するのもわかるというものであろう。
 しかし――、
「そろそろ、慣れてきたのではないか?」
 ジョセフの口元に、ほんの小さく笑みが浮かぶ。
 切りかかろうとする隊士の一閃を、重い音を立てて弾き返す者がいた。
 アンジェリカである。
「……攻めが単調な分、リズムも読みやすいですね」
 言いながら、彼女は長大な得物を構えた。
 歴戦の強者とは、まさに今この場に立つ自由騎士達のこと。
 反撃が始まる。

●自由騎士をナメるなよ
「ああああああああああああああああああったま来たァァァァァァァァァア!」
 きゐこがキレた。
「さっきか何なのよ避けるわ燃やすわ煙が鬱陶しいわ! 堪忍袋が限界突破よ! 焼いてやるわ! 汚いなさすが忍者汚いから汚物は消毒してやるわよ――――ッ!」
 きゐこが、キレた。
「あらあらぁ~、消毒ですかぁ~、では合わせますねぇ~」
 シェリルが乗った。
「うむ。余もちょっとイライラしていたのでここでストレス発散といこうか!」
 ついでに天輝も乗った。
「「お?」」
 敵陣後方、嶽丸と土方がこちらの状況に気づいたようだ。
 が、遅い。
「フォーマルハウトフォーマルハウトフォーマルハウトフォーマルハウトォ――――!」
 ドカーン!
 ドカーン!
「ついでにこっちもフォーマルハウトですよぉ~」
 バゴーン!
 ドゴーン!
「そしておまけにフォーマルハウトを喰らうがよいぞ!」
 チュドーン!
 ズドドドーン!
「うわぁ……」
「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」
 甲板上に炸裂しまくる広域魔導を前に、土方はドンビキし、嶽丸は爆笑した。
「はぁ、はぁ、どうよ……!」
 肩を大きく上下させるきゐこが、立ち込める煙へと視線を送る。
 煙が晴れていく。だが晴れ切る前に、その向こうから忍者と隊士が飛び出してきた。
「うぇぇ! あれだけやって、嘘でしょオ!?」
 面食らうきゐこではあったが、その横をヨツカが走り抜けていく。
「敵の動きが鈍っている。確実に体力を削ぐことはできているぞ。あとは任せろ」
「今だったら、型に嵌めてあげられそうね」
「ええ、そうですね。ここからは、私達の出番です」
 さらに、ハルとアンジェリカが続いていった。
「煙玉!」
「焔舞!」
 忍者が毒の煙を場に爆ぜさせ、そこに毒に反応する魔導の炎を重ねる。
 どうやら、これが忍者の対多数攻撃の基本のようだが、しかし三人の戦士は退かない。
「この程度の鉄火場ならば、ヨツカは幾度となく乗り越えてきたぞ!」
 叫び、そして振るわれた一閃は忍者の一人を確かに捉え、打ち倒した。
 アンジェリカは、隊士の方へと突き進んでいく。
 両者は互いに真っ向から武器を振りかぶり、先刻のようにぶつけ合った。
 二度目の衝突。一度目こそはアンジェリカが弾き返されたが、しかし今度は違う。
「ぬおォ!?」
 倭刀を跳ね返され、自身も吹き飛ばされて、隊士は船のへりを超えて海へと落ちた。
「――これが、今のお前達の欠点だ」
 言ったのはアンジェリカではなく、そのすぐ後方に立っていたロジェ。
 彼が放った劣化の魔導によって、隊士は弱体化させられていたのだ。
「前に立つ者ばかりでは、安定性を欠く。後ろに控える者の支援があってこその陣形だ」
「ですねぇ。元々、一人で勝とうなんて思っていませんし」
 彼の言葉に、アンジェリカもうなずいた。
 そして、同じことが、ハルの方にも言えた。
「一刀――!」
 別の隊士の振り下ろしが、ハルの体を深々切り裂く。
 肉が割れ、血が吹いた。内臓にまで達していてもおかしくない、大きな傷。
 しかしそれも癒える。癒したのは、ツボミである。
「壊すばかりがいくさじゃないぞ。衛生兵の重要性を理解してるか、貴様ら?」
 言うツボミに苦笑し、ハルが愛刀を振りかぶる。
「治るってわかっているから、するのは我慢だけでいいのよ。楽よね」
「ちぃ!」
 舌打ちをして、隊士が再びハルへと胴薙ぎの一撃。しかし今度は――、斬れない。
「手の内がわかりさえすればぁ~、やりようはありますのでぇ~」
 シェリルであった。彼女が結んだ魔導の壁が、隊士の刃の威力を鈍らせたのだ。
「そして、隙ありね」
 最後はハルによる業剣の一撃が、残る隊士を忍者諸共巻き込んで海へと落としていった。
「ぐげぇ~……。ここで一句『マジですか いつの間にやら 負けていた』」
 そう言って、口をあんぐり開けている土方の背中を嶽丸がポンと叩いて促す。
「出番のようだぞ、副長。ま、頑張ってこいや!」
「ひぇぇぇ~……」
 震えあがる土方であった。

●神殲組副長と黒鬼将軍
「『囲まれた ピンチかしらと 大勝利!』ってところかしら」
 隊士と忍者を何とか退け、ハルが軽くはしゃいでそんなことを言う。
「毒されてんじゃない。全員、海に投げ込みやがって。治療できないではないか!」
 怒るツボミだが、そこに土方がすっすと足音もなく近づいてくるのが見える。
「あらあら副長さん~、残念でしたねぇ~」
 同じく気づいたシェリルが、見た目弱っちそうな土方へと水を向けた。
「あ、ぁ~、見つかっちゃった。え~、あの、皆さんお強いですねぇ~……」
 弱っちそうな見た目そのままの物言いで、土方はヘコヘコ頭を下げる。
「で、あのぉ~。もうこっち負けたってことでいいですよね? ね?」
 開戦時に見せた鋭い気配はどこへやら、完全に負けを認めたような彼に、警戒していたヨツカは肩透かしを食らって眉間に思いっきりしわを寄せる。
「これで終わりなら何よりですねぇ~。で、その俳句とかってぇ~」
「え、俳句? ああ、俳句!」
 シェリルが言うと、土方はパッと表情を輝かせた。
「うむ、何だ。俳句の話か? 余は短歌の方が好ましいのだが」
「だからさっきから全部川柳だって言ってるでしょ!」
 さらにそこに、天輝ときゐこも加わって、場は完全に俳句に支配されてしまった。
「えー、あの、もしかして皆さん、俳句に興味が――」
 土方が、言いながらふらりとした足取りで自由騎士の方へと近づいていく。
 緩んだ場の空気と、彼が放つ頼りない雰囲気にほぼ全員が毒され、そして気づかなかった。土方が、左手にいつの間にか倭刀を掴んでいる。
「……いけませんッ!」
 ハッと気づいたのは、アンジェリカ。
 彼女はその身に物理攻撃を無効化する闇の帳を纏い、ハルの前に立つ。
 無音のうちに放たれた土方の居合抜きは、だがアンジェリカが壁となることで防がれた。
「おや。外されちゃったかぁ」
「え……、あ?」
 表情も雰囲気もそのままに刃を鞘に納める土方と、キョトンとするハル。
「危なかったですね、ハルさ――」
「油断大敵」
 場が凍てつく中、アンジェリカは言いかけて、しかしその言葉は途中で止まる。
 彼女の腹の真ん中に、土方の倭刀が突き立てられていた。
「ふむ、奥義は通じる、と。重畳重畳」
「ぇ……」
 闇の帳を纏ったまま、アンジェリカがその場に倒れ伏す。
「アンジェリカ!?」
「いかん、傷が深いぞ!」
 ロジェとツボミが、顔色を蒼白にしてアンジェリカに駆け寄る。
「あ、あれ。俳句、は……?」
「俳句? ああ、油断を誘うためにさっき始めましたねぇ。そしてもう卒業しました」
 事態についていけていない様子のきゐこに、土方は笑って返し、切っ先を向けた。
「おのれはァァァァァァァァァ――――ッッ!!!!」
 だが間一髪、激昂の怒号を迸らせた天輝の一撃が、土方を直撃する。
「うわ、……っとと」
 彼は大きく吹き飛ばされ、そのまま嶽丸の隣へと着地する。
「何だ土方、御霊の奥義まで使って一人も討てずじまいか。神殲組副長の名が泣くぞ」
「あれ、仕損じました? やりますねぇ、やっこさん。ああ、怖や怖や」
 言う土方の様子は、俳句を読んでいたときと何一つ変わらなかった。
「ま。よいわ。海に落ちた全員、すでに回収済みであるしな。そろそろ撤収と行くか」
「御意」
「お待ちなさいぃ、そこのお二人!」
 踵を返そうとする二人を、顔を真っ赤にして怒るシェリルが呼び止めた。
「ん? おお、そうであったな。お前さんらが勝ったのだから、そこなカラクリ仕掛けの法師殿の問いにも答えてやらねばなるまいなぁ。余は寛大であるからして」
 嶽丸は振り返り、そして野太刀を天に衝き上げて威風堂々宣言する。
「我ら宇羅幕府がかの鉄血の国と結んだ理由は、無論、天下に覇を唱えるためである!」
 その大音声に驚く自由騎士達を、嶽丸は今度は指でさす。
「っていうか、お前さんらはズルい! 自分達だけ『神の蠱毒』なる世界全土を巻き込む大いくさに参加するなど、あまりにもズルい! こんな一世一代の大舞台、我らとて参加したいに決まっているではないか! だから参加することにした! そして大いに戦い、大いに殺し、大いに殺され、大いに神を屠る! ――以上である!」
「…………餓鬼かッ!?」
「応よ。餓鬼だとも。数十年の泰平ののちに己の本性を思い知った、糞餓鬼だとも」
 目を剥くツボミに豪快に笑いかけ、嶽丸は蒸気高速艇へと飛び乗った。
「ではさらばだ、自由騎士共! 次もまた互いに血で血を洗おうぞ! ワッハハハー!」
「はいはい、行きますよぉ~」
 そして高速艇はその場から早々に姿を消し、嶽丸の笑い声の余韻もなくなる。
「ふざけんじゃないわよォォォォォォ――――ッ!」
 何も見えなくなった水平線へ、きゐこの憤怒の叫びがこだました。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

お疲れさまでした。
戦闘自体はほぼ完勝でしたね!
でも油断も誘われてしまいましたね!

という感じになっています。
このシリーズもいよいよ次で最後となります。

ここまでご参加いただけましてありがとうございます。
次も頑張っていきましょう!
FL送付済