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娘よ、もう悲しむことはない

●どこにでもある、ありふれた、
それは、どこにでもある、ありふれた悲劇だったろう。
「ただいま、娘よ」
その日も、家に帰った彼は誰もいない玄関で、そう告げた。
数秒待ってもやはり応えるものはなく、彼は音を殺しながら歩いて自室に向かう。
明日も早い。彼はさっさと寝た。
「ただいま、娘よ」
次の日もやはり帰宅は遅くなった。
城勤めの彼は、だが他にも抱えている仕事が多くなり、どうしても帰れないのだ。
娘もそれを知っており、もうとっくに寝てしまっている。
しかし、彼は帰宅の挨拶を欠かしたことはなかった。
おかえり、と、娘が出迎えてくれた在りし日の面影を胸に抱いているから。
――娘は、もうすぐ十五になる。
城勤めの文官の父と、王国騎士の母親。
血筋としては庶民ながらも家は実際貧しくはなく、何不自由なく暮らしてきた。
娘は両親を愛し、両親は娘を愛した。
そんなごくごくありきたりな、しかし幸せな家族。
だが、そんな彼女と父親との仲がこじれたのは、母が死んだからだった。
母は王国騎士だった。
何かあれば前線へと赴き、剣を振るう。危険な職業だ。
ここ数年は戦争続きで、娘としては母が心配で仕方がなかったが、同時に祖国を守るために戦う母のことが誇らしくもあった。
反面、父には反感に近い感情を持つようになっていった。
何故母だけが戦うのだろう。どうして父は戦わないのだろう。
無論、父とて戦っている。目に見えない戦い方で、祖国を支えてはいるのだ。
しかし、十四という年齢は未だ多くの幼さを含んでおり、目に見える分かりやすい事実だけが真実であると信じがちな年ごろでもある。
そして、母が死んだ。
他国との戦争のさなかでのことだった。
娘は悲しんだ。死にたくなるほど悲しんだ。しかしその悲しみを、一体誰にぶつければいいのかわからなかった。
母を殺した他国の騎士を恨めばいいのか。
母を戦わせた祖国の王を憎めばいいのか。
だがどちらも庶民でしかない娘には、顔もわからないし手が届かない。
だから、娘は父をなじった。
何故、父が戦わなかったのか、と。
男のくせに、母に守られるとはどういうことなのか、と。
父が悪い。
父こそが全て悪い。
母を戦わせ、自分は戦わなかった父こそが、母の死の元凶だ。
当然ながらそれは言いがかりだ。父に責任があるかどうかなど、娘には判断できない。
けれども幼い彼女は、そう思うことでしか己の心を守れなかった。
そして、ある夜――
「ただいま、娘よ」
自室でベッドに横たわっていると、玄関から父の声が聞こえた。
答える気はない。母を殺した男など、むなしい挨拶を続けていればいい。
「ただいま、娘よ」
挨拶が繰り返された。
だが娘は応えない。
「ただいま、娘よ」
また、繰り返された。
しかしやはり、娘は応えない。
何度あの男がそれを言おうとも、娘は一切、応じる気はなかった。
なかったのだが――、
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ……」
挨拶が、ひっきりなしに繰り返される。しかもそれは、徐々に近づいてきていた。
何だ、どういうつもりだ。応えない自分に対する当てつけか。
娘は聞こえてくる声に対して強く憤った。しかしその間にも父の挨拶は続いている。
「ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ」
娘がもう少し冷静れあれば、きっと状況の異常さに気づいたことだろう。
しかし何度も繰り返すが、彼女は幼かった。そして愚かだった。
「いいかげんにしてよ、父さん!」
父に対し、ついに堪忍袋の緒が切れた彼女はドアを開けて父に抗議した。
父は、すでに彼女の部屋の前に立っていた。そして――、
「いま娘よただむすめよいまただい娘よたたいいま娘よだいめよただ娘いまよただいただまい娘まよ娘ただよい娘まよ娘よただいまただただいいま娘娘よ。ただいま、娘よ。死んでおくれ」
彼はもう、人ではなくなっていた。
そこにいたのは、両目の部分が口になっている、異形と化した父親。
「あれ、父さん。……目がなくなってるよ?」
呆然となる娘に、目の部分にある二つの口で挨拶を繰り返しながら、父は本来の口を大きく、大きく、大きく開けて、そのまま娘の頭を丸呑みにしたのだった。
●戦争の裏側で
「騎士であれば死は半ば運命だ。しかし、騎士本人がそれを覚悟していても、家族までもがそうであるとは限らない。そう、例えば今回の一件がそうだね」
階差演算室にて、パーヴァリ・オリヴェルは集まった自由騎士達にそう告げた。
「娘は、きっと父のことを想えるほど心が成熟していなかった。そして父は、娘を想うばかりで自分のことを考えられる余裕なんてなかったんだ」
王都に住まうある文官がイブリース化して、自分の娘を喰らってしまう。
水鏡が予知したその事件を、これから自由騎士は阻みにいく。
「文官の父は、妻の死を気にしていないはずがない。そこに抱えた悲しみは、苦痛は、一体どれほどなのか。察するに余りあるよ。けれど、だからと言って事件を見過ごすわけにはいかない。皆には、是非ともこの一件を解決してもらいたい」
「このイブリースはどんな特徴があるんだ」
「どうやらこの文官は魔導士でもあるようでね、主に魔導攻撃を使ってくる」
「魔導、か……」
集められた自由騎士の一人が考え始めた。
いかに魔導を使えようとも、相手が一体ならば――、
「ただし、顔にある三つの口で同時に魔導を使うことが可能だ」
「何……?」
「彼の能力はそれだけだ。しかし、これは驚異的な能力でもある。十分気を付けてくれ」
そして自由騎士達は、ありふれた悲劇を防ぐために、現地に向かうのだった。
それは、どこにでもある、ありふれた悲劇だったろう。
「ただいま、娘よ」
その日も、家に帰った彼は誰もいない玄関で、そう告げた。
数秒待ってもやはり応えるものはなく、彼は音を殺しながら歩いて自室に向かう。
明日も早い。彼はさっさと寝た。
「ただいま、娘よ」
次の日もやはり帰宅は遅くなった。
城勤めの彼は、だが他にも抱えている仕事が多くなり、どうしても帰れないのだ。
娘もそれを知っており、もうとっくに寝てしまっている。
しかし、彼は帰宅の挨拶を欠かしたことはなかった。
おかえり、と、娘が出迎えてくれた在りし日の面影を胸に抱いているから。
――娘は、もうすぐ十五になる。
城勤めの文官の父と、王国騎士の母親。
血筋としては庶民ながらも家は実際貧しくはなく、何不自由なく暮らしてきた。
娘は両親を愛し、両親は娘を愛した。
そんなごくごくありきたりな、しかし幸せな家族。
だが、そんな彼女と父親との仲がこじれたのは、母が死んだからだった。
母は王国騎士だった。
何かあれば前線へと赴き、剣を振るう。危険な職業だ。
ここ数年は戦争続きで、娘としては母が心配で仕方がなかったが、同時に祖国を守るために戦う母のことが誇らしくもあった。
反面、父には反感に近い感情を持つようになっていった。
何故母だけが戦うのだろう。どうして父は戦わないのだろう。
無論、父とて戦っている。目に見えない戦い方で、祖国を支えてはいるのだ。
しかし、十四という年齢は未だ多くの幼さを含んでおり、目に見える分かりやすい事実だけが真実であると信じがちな年ごろでもある。
そして、母が死んだ。
他国との戦争のさなかでのことだった。
娘は悲しんだ。死にたくなるほど悲しんだ。しかしその悲しみを、一体誰にぶつければいいのかわからなかった。
母を殺した他国の騎士を恨めばいいのか。
母を戦わせた祖国の王を憎めばいいのか。
だがどちらも庶民でしかない娘には、顔もわからないし手が届かない。
だから、娘は父をなじった。
何故、父が戦わなかったのか、と。
男のくせに、母に守られるとはどういうことなのか、と。
父が悪い。
父こそが全て悪い。
母を戦わせ、自分は戦わなかった父こそが、母の死の元凶だ。
当然ながらそれは言いがかりだ。父に責任があるかどうかなど、娘には判断できない。
けれども幼い彼女は、そう思うことでしか己の心を守れなかった。
そして、ある夜――
「ただいま、娘よ」
自室でベッドに横たわっていると、玄関から父の声が聞こえた。
答える気はない。母を殺した男など、むなしい挨拶を続けていればいい。
「ただいま、娘よ」
挨拶が繰り返された。
だが娘は応えない。
「ただいま、娘よ」
また、繰り返された。
しかしやはり、娘は応えない。
何度あの男がそれを言おうとも、娘は一切、応じる気はなかった。
なかったのだが――、
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ」
「ただいま、娘よ……」
挨拶が、ひっきりなしに繰り返される。しかもそれは、徐々に近づいてきていた。
何だ、どういうつもりだ。応えない自分に対する当てつけか。
娘は聞こえてくる声に対して強く憤った。しかしその間にも父の挨拶は続いている。
「ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ。ただいま、娘よ」
娘がもう少し冷静れあれば、きっと状況の異常さに気づいたことだろう。
しかし何度も繰り返すが、彼女は幼かった。そして愚かだった。
「いいかげんにしてよ、父さん!」
父に対し、ついに堪忍袋の緒が切れた彼女はドアを開けて父に抗議した。
父は、すでに彼女の部屋の前に立っていた。そして――、
「いま娘よただむすめよいまただい娘よたたいいま娘よだいめよただ娘いまよただいただまい娘まよ娘ただよい娘まよ娘よただいまただただいいま娘娘よ。ただいま、娘よ。死んでおくれ」
彼はもう、人ではなくなっていた。
そこにいたのは、両目の部分が口になっている、異形と化した父親。
「あれ、父さん。……目がなくなってるよ?」
呆然となる娘に、目の部分にある二つの口で挨拶を繰り返しながら、父は本来の口を大きく、大きく、大きく開けて、そのまま娘の頭を丸呑みにしたのだった。
●戦争の裏側で
「騎士であれば死は半ば運命だ。しかし、騎士本人がそれを覚悟していても、家族までもがそうであるとは限らない。そう、例えば今回の一件がそうだね」
階差演算室にて、パーヴァリ・オリヴェルは集まった自由騎士達にそう告げた。
「娘は、きっと父のことを想えるほど心が成熟していなかった。そして父は、娘を想うばかりで自分のことを考えられる余裕なんてなかったんだ」
王都に住まうある文官がイブリース化して、自分の娘を喰らってしまう。
水鏡が予知したその事件を、これから自由騎士は阻みにいく。
「文官の父は、妻の死を気にしていないはずがない。そこに抱えた悲しみは、苦痛は、一体どれほどなのか。察するに余りあるよ。けれど、だからと言って事件を見過ごすわけにはいかない。皆には、是非ともこの一件を解決してもらいたい」
「このイブリースはどんな特徴があるんだ」
「どうやらこの文官は魔導士でもあるようでね、主に魔導攻撃を使ってくる」
「魔導、か……」
集められた自由騎士の一人が考え始めた。
いかに魔導を使えようとも、相手が一体ならば――、
「ただし、顔にある三つの口で同時に魔導を使うことが可能だ」
「何……?」
「彼の能力はそれだけだ。しかし、これは驚異的な能力でもある。十分気を付けてくれ」
そして自由騎士達は、ありふれた悲劇を防ぐために、現地に向かうのだった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース化した父親を撃破する
単発依頼って久しぶりかも?
吾語です。
多くは語りません。OPが全てです。
では、以下詳細~。
◆敵
・文官のイブリース
イ・ラプセルの王宮で文官を務めていた魔導士です。
イブリース化しており、両目の部分が口になっています。
妻を失った悲しさからイブリース化したようです。オラクルではありません。
イブリース化により強化されており、ランク3までの魔導士スキルを操ります。
また、イブリース化の影響により「1ターン3回攻撃」の能力を得ています。
娘の居場所を正確につかむことができます。
◆戦場
この家族の家は王都にあります。
王都を戦場にすることは推奨しかねますので、外におびき出す方がいいでしょう。どうやっておびき出すかは、皆さんにお任せします。
なお、パーヴァリは皆さんの指示に従います。
吾語です。
多くは語りません。OPが全てです。
では、以下詳細~。
◆敵
・文官のイブリース
イ・ラプセルの王宮で文官を務めていた魔導士です。
イブリース化しており、両目の部分が口になっています。
妻を失った悲しさからイブリース化したようです。オラクルではありません。
イブリース化により強化されており、ランク3までの魔導士スキルを操ります。
また、イブリース化の影響により「1ターン3回攻撃」の能力を得ています。
娘の居場所を正確につかむことができます。
◆戦場
この家族の家は王都にあります。
王都を戦場にすることは推奨しかねますので、外におびき出す方がいいでしょう。どうやっておびき出すかは、皆さんにお任せします。
なお、パーヴァリは皆さんの指示に従います。

状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
5/8
5/8
公開日
2020年05月14日
2020年05月14日
†メイン参加者 5人†

●娘は初めて彼らを見る
その日の夕方、娘が家で一人で過ごしていると、誰かが戸をノックした。
「……はい?」
娘が玄関を開けてみると、そこには眼鏡をかけた女性が立っていた。
その女性――『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は「こんばんは」と軽く挨拶をして自分が自由騎士であることを明かすと、娘の名を確認するように告げてくる。
娘がうなずくと、セアラは単刀直入に言った。
「あなたのお父さんが、イブリースになってしまったの」
「イブ、リー……?」
その名前を、幼い彼女も知っていた。
イブリース。悪いものだ。とても、悪いものであるはずだ。
「お、お父さん……、が? ですか?」
父が、悪いものになった。その事実を、娘は当然受け止めることができない。
「えっと……」
「悪いけど、時間がないのよ」
そう言って、アンネリーザの後方から進み出てきたのは赤い髪の拳士、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)であった。
その顔は、わずか齢十四の娘をして驚かせるほどに知られている。
「本当に、お父さんが……?」
「そうよ。そしてあなたのことを狙っているの。ここは危ないわ」
事情を告げられ、娘はただただ愕然となる。
父が、自分を殺そうとしている。それほどまでに父は自分を疎んでいるのか。
自分が、父を疎んだから?
じゃあこれは、自業自得なの?
「君には辛い事実かもしれない。でも、今は悩んでいる時間はないんだ」
三人目、ヨウセイのパーヴァリが娘へと告げた。
「君の御父上はどうやら君の居場所がわかるらしい。おそらく、君は逃げられない。そして、イブリースを街中で暴れさせるワケにもいかない」
「どう、すれば……」
「ついてきて頂戴。街の外まで、イブリースを誘導するわ」
自由騎士達の話を聞いて、娘は思う。ああ、この人達は父を殺そうとしているのだ。
私を殺そうとしている父を、この人達が殺そうとしている。
父は悪いものになってしまったのだからそれは仕方がないことなのかもしれない。
でも、でも――、
「あなたのお父さんは、私達が必ず助けるわ」
何かが心から溢れそうになる寸前、アンネリーザが娘の頭を優しく撫でた。
「……お父さんを、助けられるんですか」
「任せなさい」
と、エルシーが自分の豊かな胸を張って断言する。
「でも、そのためには君の協力が必要だ。一緒に来てもらうよ」
パーヴァリに言われ、娘はうなずく。
このとき、父に対する疎ましさなどかけらも覚えておらず、娘はただ、唯一残された家族である父のことが心配でならなかった。
二人はまだ、家族であるようだった。
●父は娘を探し当てる
娘が動き出した。
その様を、羽ばたき機械を使って空に舞い上がっている『森のホームラン王』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)がしっかりと監視していた。
「動いたぜ。到着するまでは――」
そしてウェルスはマキナ・ギアを用いて、その情報を王都の郊外で待機しているセアラ・ラングフォード(CL3000634)へと伝えた。
「お嬢様、こっちに同行してくださったそうです」
「そうかね。何よりだ。ならばあとは、時がくるのを待つばかりだな」
セアラからの報告を受けて、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が軽くうなずく。彼らがいるそここそエルシー達との合流予定地点であった。
「しかし、家族のイブリース化、か……」
テオドールがひとりごちる。彼もまた家族を抱える身である。他人事ではない。
だがそれ以上に、彼はくだんの父親の方が気になった。
「自らを魔に堕とすほどの悲嘆とは、一体どれほど深いものなのか。そしてそれを抱えながらなお、娘を案じる心の強さ。見事という他ないが……」
だが強い嘆きと深い愛情が魔に取り込まれてしまったならば、それは放置することはできない。どれほど強い想いでも、すでに人ではなくなっているのだから。
「お母さまを亡くされた悲しさを、親子で分かち合えなかったのですね……」
セアラが口にしたことは、半ば推測である。
しかし、テオドールとてそうなのだろうとうなずく。容易な推測であった。
もし、この事件がイ・ラプセル以外で起きていたならば、一体、どこまで被害は広がっていたことか考えるだにうすら寒い。
「間に合うのならば救わねばなるまい。この手が、彼らにとっての救いになるならば」
テオドールが決意を語ると、そこに再びマキナ・ギアでの連絡。
「もうすぐ、来ます」
そう告げるセアラにうなずき返し、テオドールは静かに息をひそめた。
やがて、斜陽に染まる景色の中に幾つかの人影が見えてくる。
「待たせたかしら?」
「いや、そうでもない。いい具合に状態を整えられた」
軽く手を挙げるエルシーに、テオドールが息を深く吐いて答える。
自由騎士達が合流する中、娘は不安そうに身を縮こまらせて周りを見回していた。
「大丈夫だよ」
と、言ったのはパーヴァリ。
「ここにいる皆が、君と君の父上を救おうとしている」
「……本当に?」
敬語も忘れて、娘はパーヴァリを見上げた。
そうだ、と、彼が答える前に――、
「「「娘よ」」」
ほぼ重なった、しかし微妙なズレも含む三つの声。
それは、静かな夕暮れの景色に突如としておぞましい響きを伴って紡がれた。
「来なすったな」
空から降り立ったウェルスが、二丁拳銃を抜き放った。
「オリヴェル卿は打ち合わせ通りに」
「わかっているよ、テオドール。頼んだよ」
「ええ、助けて見せるわよ!」
アンネリーザもライフルを構えて、意気込んで見せた。
「お父さん? お父さんなの……?」
自由騎士達の動きが活発になる中、娘は声がした方を向いている。
そこには、確かに見慣れた父親のシルエット。
しかし、
「娘よむすむ、めよ、むすむすすめよ」
「ひ……っ」
ぼんやりと見えてきた異形と化した父の姿とその声に、娘は息を飲んだ。
「君はこっちへ。ここから先は、騎士の領分だ」
パーヴァリがおののく娘を軽く担ぎ上げて、その場を離れていった。
すると当然、父親はそれを追いかけようとするのだが、自由騎士が立ちはだかる。
「悪いけど、今のあなたをあの子に会わせるわけにはいかないのよ」
拳を握ってエルシーが言う。
瞳をなくし、その分、口を増やした父親が首をガクガク振り回しながら声を紡ぐ。
「むむむすすめ、めめむす、めよ娘よよむ、すすめよ。娘よむむすめよよ……」
「娘さんしか見えていないようね。大丈夫。すぐに助けてあげるわ!」
叫ぶと同時、アンネリーザがライフルのトリガーを押し込んだ。
●彼らは蠢く魔を祓う
炸裂。
炸裂。
炸裂。
轟くこと、立て続けにみたび。
それが、異形と化したこの父親の力。
特別なものではない。
今、地を薙ぎ払ったのは自由騎士も使う魔導である。
ただ、口を増やした父親は一挙動でそれを三つ同時に扱うことができる。
それだけのシンプルにして、凄まじく厄介な能力であった。
「なるほど、一体にして三体分の――、いや、使う魔導の種類によってはそれこそ一騎当千にもなりかねない、何ともおそるべき能力ではあるな」
必死に魔導に巻き込まれぬよう範囲の外へ走りながら、テオドールが分析する。
しかしそうしている間にも詠唱は始まり、しかもそれは三重に紡がれてノイズと化した。
「遅いぜ!」
しかし、そこでモノを言うのが経験というものだ。
ウェルスが絶妙のタイミングで背面から射撃。弾丸は父親の肩に食い込み、血を散らす。
ダメージは問題ではない。必要なのは、相手の詠唱を途絶えさせることだ。
「お、おォ……」
父親が呻き、ウェルスの方へ向き直ろうとした。
だがそこにもう彼はいない。間合いを取っての一撃離脱。
まさに銃使いの本領とも呼ぶべき、鮮やかな攻め口であった。
「続くわ!」
そして、そこからアンネリーザがさらに狙撃を試みる。
ウェルスよりもさらに遠くから、ウェルスよりもさらに大きな口径の銃撃。
それは父親の肉を派手に散らせて、彼の膝を砕いた。
ガクンと大きくつんのめる父親は大きく隙を晒すこととなる。
そこへ、飛び込んでいったのがエルシーである。
「まずは無力化、させてもらうわよ!」
狙うのは顔面。三つの口があるそこへ、気をまとった拳を振るう。
一撃、二撃、そして回し蹴りと、流れるような三連撃。
「む、すめ……、よ……!」
だが、衝撃に顔を歪ませながら、父親の全身から魔力が溢れた。
「――くっ!」
避けきれない。
そう判断したエルシーは咄嗟に腕を十字に組んで頭を守ろうとする。
ドカンッ、と、全身を襲う激しい衝撃。肌がジリジリと熱に焙られていく、その痛み。
「いけません! すぐに!」
主語を欠く叫びはセアラのものだ。
今回、唯一の回復役である彼女の魔導が、エルシーの火傷を直ちに癒していく。
一方で、その間、父親の動きを止める役割はテオドールが務めた。
「卿の能力は素晴らしいな。私も、それほどに速く魔導を使ってみたいものだが――」
詠唱を終えて、テオドールの呪術が成就、発動。
魔力に寄って紡がれた荊が、イブリースと化した父親の身に絡みつき、その動きを縛る。
「しかしながら、魔に堕ちたのではこうして皆と連携も取れなくなる。大局的に見ればそれはつまり、弱くなってしまうということなのであろうな」
テオドールの言葉のすぐあとに、左右からウェルスとアンネリーザが飛び出してきた。
対イブリース用魔導を付与された弾丸が、銃口から火を噴いて動きを封じられた父親へと向かってはじき出された。
「お、お、お、む、すめ、よ……」
それでも、父親は未だ、娘を探し続けて――、
●父と娘が明日を迎える
遠くから何か音が届くたび、娘の小さな体がビクリと震えた。
「…………」
そんな彼女の様子を、パーヴァリは静かに見つめている。
「あ、あの……」
おずおずと尋ねてくる娘へ、彼は単刀直入に尋ねた。
「お父さんのことが、気になるかい?」
分かりきったことを聞く。娘は、しかし、返答に詰まった。
母親が死んだのは父のせいだと面罵した手前、今さらどの口で心配などと……。
そう思ったとき、これまでになく激しい爆音が聞こえてきた。
「ひっ」
声を引きつらせ、娘は両手で頭を抱える。
もちろん、音だけだ。何も娘が戦いに巻き込まれるわけではない。
ただ、ただの庶民で、まだ子供でしかない彼女には、それだけで十分強すぎる刺激なワケで、不安はもはや恐怖に取って代わり、娘は肩を震わせていた。
「大丈夫、なんですか……?」
娘がパーヴァリに問う。
「どっちのことかな?」
そしてパーヴァリは娘に問い返す。
それに対して、娘はすぐに答えを返せなかった。
自分が見た、異形と化した父親。それは自分を殺して喰らうのだという。
イブリース。悪しきもの。庶民にとってはただただ、恐怖を煽るだけの存在。
それを相対するのは、騎士の名を持つとはいえ普通の人間。
ましてや、娘は騎士であった母を亡くしている。
その過去もあって、心配するならば当然、自由騎士達の方であろう。
しかし、
「……お父さん!」
娘が、戦場に向かって走り出す。それを、パーヴァリは追わなかった。
戦場までそこそこ距離があったが、娘をそれを苦にしなかった。
音は聞こえなくなっていた。
風の揺らめきも収まっていた。
わかる者ならばわかるだろうが、それは即ち戦いが終わったことを示している。
当然、娘にはわかりようもない。
けれどきっとどこかで感じていた。自分の父はもう、立つこともできない状況だと。
「……来たのか」
走ってくる娘に気づいて、テオドールが道を空ける。
パーヴァリが止めなかったのだろう、と、彼は確信に近い推測を立てる。
事実、その通りだった。
そして娘が、自由騎士の囲いを超えて、地に伏せる父親家と駆けよる。
倒れた父を見た瞬間、死んだのだと思った。
父は悪いものになってしまったから、自由騎士に討たれたのだ。と。
ゾクリとした恐怖が全身を駆け巡って、唇が歪んで涙が溢れそうになる。
しかし、昇った月の光に薄く照らされた父の姿は、彼女がよく知る人の形をしていた。
「お父、さん……?」
「浄化も、傷の治療も終わっています」
告げたのは、セアラ。
「怖がらせちまったかい。そいつは、悪かったな」
次いで、ウェルスが言って二丁拳銃をしまった。
空気に漂うのは焦げ臭さ。地面はえぐれ、煙は立ちのぼり、チリチリと何かが焼ける音がする。それは、娘が初めて見る、本物の戦場だった。
だが――、父は生きている。
「どうして……」
呆然と呟く娘へ、答えたのは、アンネリーザ。
「どうして、って。殺すために戦ったワケじゃないわ、私達」
「でも、お父さんはイブリースになったって……」
「だから助けたのよ。助けられる可能性も、勝算も、十分以上にあったから」
エルシーが腰に手を当て、息をつく。
娘は涙ぐむ目で彼女を見上げて、何と言えばいいのか、言葉を探した。
「よかったですね」
しかし先に、セアラの方が娘へ声をかけていた。
「あなたと、お父様と、これからも仲良く暮らしていってくださいね」
「うむ。何があったならばいつでも頼ってくれたまえ。民を守ることこそ、騎士の本懐。貴族のあるべき姿であろうからな」
テオドールも、満足げにうなずいている。
「俺ァ貴族でも何でもねぇけどな」
「こういう場面でそういうこと言うのは空気読めてないわよ、ウェルス」
「読んでねぇから、当然だな!」
笑うウェルスをアンネリーザが軽く小突いた。
「ありがとうございます……!」
娘が、自由騎士達に深く頭を下げる。
「ありがとうございます、お父さんを助けてくれて。ありがとうございます!」
泣きながら感謝する娘に向かって、エルシーが「どういたしまして」と軽く返した。
それが、ありふれた悲劇が覆された、どうということのない物語の結末だった。
その日の夕方、娘が家で一人で過ごしていると、誰かが戸をノックした。
「……はい?」
娘が玄関を開けてみると、そこには眼鏡をかけた女性が立っていた。
その女性――『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は「こんばんは」と軽く挨拶をして自分が自由騎士であることを明かすと、娘の名を確認するように告げてくる。
娘がうなずくと、セアラは単刀直入に言った。
「あなたのお父さんが、イブリースになってしまったの」
「イブ、リー……?」
その名前を、幼い彼女も知っていた。
イブリース。悪いものだ。とても、悪いものであるはずだ。
「お、お父さん……、が? ですか?」
父が、悪いものになった。その事実を、娘は当然受け止めることができない。
「えっと……」
「悪いけど、時間がないのよ」
そう言って、アンネリーザの後方から進み出てきたのは赤い髪の拳士、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)であった。
その顔は、わずか齢十四の娘をして驚かせるほどに知られている。
「本当に、お父さんが……?」
「そうよ。そしてあなたのことを狙っているの。ここは危ないわ」
事情を告げられ、娘はただただ愕然となる。
父が、自分を殺そうとしている。それほどまでに父は自分を疎んでいるのか。
自分が、父を疎んだから?
じゃあこれは、自業自得なの?
「君には辛い事実かもしれない。でも、今は悩んでいる時間はないんだ」
三人目、ヨウセイのパーヴァリが娘へと告げた。
「君の御父上はどうやら君の居場所がわかるらしい。おそらく、君は逃げられない。そして、イブリースを街中で暴れさせるワケにもいかない」
「どう、すれば……」
「ついてきて頂戴。街の外まで、イブリースを誘導するわ」
自由騎士達の話を聞いて、娘は思う。ああ、この人達は父を殺そうとしているのだ。
私を殺そうとしている父を、この人達が殺そうとしている。
父は悪いものになってしまったのだからそれは仕方がないことなのかもしれない。
でも、でも――、
「あなたのお父さんは、私達が必ず助けるわ」
何かが心から溢れそうになる寸前、アンネリーザが娘の頭を優しく撫でた。
「……お父さんを、助けられるんですか」
「任せなさい」
と、エルシーが自分の豊かな胸を張って断言する。
「でも、そのためには君の協力が必要だ。一緒に来てもらうよ」
パーヴァリに言われ、娘はうなずく。
このとき、父に対する疎ましさなどかけらも覚えておらず、娘はただ、唯一残された家族である父のことが心配でならなかった。
二人はまだ、家族であるようだった。
●父は娘を探し当てる
娘が動き出した。
その様を、羽ばたき機械を使って空に舞い上がっている『森のホームラン王』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)がしっかりと監視していた。
「動いたぜ。到着するまでは――」
そしてウェルスはマキナ・ギアを用いて、その情報を王都の郊外で待機しているセアラ・ラングフォード(CL3000634)へと伝えた。
「お嬢様、こっちに同行してくださったそうです」
「そうかね。何よりだ。ならばあとは、時がくるのを待つばかりだな」
セアラからの報告を受けて、『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が軽くうなずく。彼らがいるそここそエルシー達との合流予定地点であった。
「しかし、家族のイブリース化、か……」
テオドールがひとりごちる。彼もまた家族を抱える身である。他人事ではない。
だがそれ以上に、彼はくだんの父親の方が気になった。
「自らを魔に堕とすほどの悲嘆とは、一体どれほど深いものなのか。そしてそれを抱えながらなお、娘を案じる心の強さ。見事という他ないが……」
だが強い嘆きと深い愛情が魔に取り込まれてしまったならば、それは放置することはできない。どれほど強い想いでも、すでに人ではなくなっているのだから。
「お母さまを亡くされた悲しさを、親子で分かち合えなかったのですね……」
セアラが口にしたことは、半ば推測である。
しかし、テオドールとてそうなのだろうとうなずく。容易な推測であった。
もし、この事件がイ・ラプセル以外で起きていたならば、一体、どこまで被害は広がっていたことか考えるだにうすら寒い。
「間に合うのならば救わねばなるまい。この手が、彼らにとっての救いになるならば」
テオドールが決意を語ると、そこに再びマキナ・ギアでの連絡。
「もうすぐ、来ます」
そう告げるセアラにうなずき返し、テオドールは静かに息をひそめた。
やがて、斜陽に染まる景色の中に幾つかの人影が見えてくる。
「待たせたかしら?」
「いや、そうでもない。いい具合に状態を整えられた」
軽く手を挙げるエルシーに、テオドールが息を深く吐いて答える。
自由騎士達が合流する中、娘は不安そうに身を縮こまらせて周りを見回していた。
「大丈夫だよ」
と、言ったのはパーヴァリ。
「ここにいる皆が、君と君の父上を救おうとしている」
「……本当に?」
敬語も忘れて、娘はパーヴァリを見上げた。
そうだ、と、彼が答える前に――、
「「「娘よ」」」
ほぼ重なった、しかし微妙なズレも含む三つの声。
それは、静かな夕暮れの景色に突如としておぞましい響きを伴って紡がれた。
「来なすったな」
空から降り立ったウェルスが、二丁拳銃を抜き放った。
「オリヴェル卿は打ち合わせ通りに」
「わかっているよ、テオドール。頼んだよ」
「ええ、助けて見せるわよ!」
アンネリーザもライフルを構えて、意気込んで見せた。
「お父さん? お父さんなの……?」
自由騎士達の動きが活発になる中、娘は声がした方を向いている。
そこには、確かに見慣れた父親のシルエット。
しかし、
「娘よむすむ、めよ、むすむすすめよ」
「ひ……っ」
ぼんやりと見えてきた異形と化した父の姿とその声に、娘は息を飲んだ。
「君はこっちへ。ここから先は、騎士の領分だ」
パーヴァリがおののく娘を軽く担ぎ上げて、その場を離れていった。
すると当然、父親はそれを追いかけようとするのだが、自由騎士が立ちはだかる。
「悪いけど、今のあなたをあの子に会わせるわけにはいかないのよ」
拳を握ってエルシーが言う。
瞳をなくし、その分、口を増やした父親が首をガクガク振り回しながら声を紡ぐ。
「むむむすすめ、めめむす、めよ娘よよむ、すすめよ。娘よむむすめよよ……」
「娘さんしか見えていないようね。大丈夫。すぐに助けてあげるわ!」
叫ぶと同時、アンネリーザがライフルのトリガーを押し込んだ。
●彼らは蠢く魔を祓う
炸裂。
炸裂。
炸裂。
轟くこと、立て続けにみたび。
それが、異形と化したこの父親の力。
特別なものではない。
今、地を薙ぎ払ったのは自由騎士も使う魔導である。
ただ、口を増やした父親は一挙動でそれを三つ同時に扱うことができる。
それだけのシンプルにして、凄まじく厄介な能力であった。
「なるほど、一体にして三体分の――、いや、使う魔導の種類によってはそれこそ一騎当千にもなりかねない、何ともおそるべき能力ではあるな」
必死に魔導に巻き込まれぬよう範囲の外へ走りながら、テオドールが分析する。
しかしそうしている間にも詠唱は始まり、しかもそれは三重に紡がれてノイズと化した。
「遅いぜ!」
しかし、そこでモノを言うのが経験というものだ。
ウェルスが絶妙のタイミングで背面から射撃。弾丸は父親の肩に食い込み、血を散らす。
ダメージは問題ではない。必要なのは、相手の詠唱を途絶えさせることだ。
「お、おォ……」
父親が呻き、ウェルスの方へ向き直ろうとした。
だがそこにもう彼はいない。間合いを取っての一撃離脱。
まさに銃使いの本領とも呼ぶべき、鮮やかな攻め口であった。
「続くわ!」
そして、そこからアンネリーザがさらに狙撃を試みる。
ウェルスよりもさらに遠くから、ウェルスよりもさらに大きな口径の銃撃。
それは父親の肉を派手に散らせて、彼の膝を砕いた。
ガクンと大きくつんのめる父親は大きく隙を晒すこととなる。
そこへ、飛び込んでいったのがエルシーである。
「まずは無力化、させてもらうわよ!」
狙うのは顔面。三つの口があるそこへ、気をまとった拳を振るう。
一撃、二撃、そして回し蹴りと、流れるような三連撃。
「む、すめ……、よ……!」
だが、衝撃に顔を歪ませながら、父親の全身から魔力が溢れた。
「――くっ!」
避けきれない。
そう判断したエルシーは咄嗟に腕を十字に組んで頭を守ろうとする。
ドカンッ、と、全身を襲う激しい衝撃。肌がジリジリと熱に焙られていく、その痛み。
「いけません! すぐに!」
主語を欠く叫びはセアラのものだ。
今回、唯一の回復役である彼女の魔導が、エルシーの火傷を直ちに癒していく。
一方で、その間、父親の動きを止める役割はテオドールが務めた。
「卿の能力は素晴らしいな。私も、それほどに速く魔導を使ってみたいものだが――」
詠唱を終えて、テオドールの呪術が成就、発動。
魔力に寄って紡がれた荊が、イブリースと化した父親の身に絡みつき、その動きを縛る。
「しかしながら、魔に堕ちたのではこうして皆と連携も取れなくなる。大局的に見ればそれはつまり、弱くなってしまうということなのであろうな」
テオドールの言葉のすぐあとに、左右からウェルスとアンネリーザが飛び出してきた。
対イブリース用魔導を付与された弾丸が、銃口から火を噴いて動きを封じられた父親へと向かってはじき出された。
「お、お、お、む、すめ、よ……」
それでも、父親は未だ、娘を探し続けて――、
●父と娘が明日を迎える
遠くから何か音が届くたび、娘の小さな体がビクリと震えた。
「…………」
そんな彼女の様子を、パーヴァリは静かに見つめている。
「あ、あの……」
おずおずと尋ねてくる娘へ、彼は単刀直入に尋ねた。
「お父さんのことが、気になるかい?」
分かりきったことを聞く。娘は、しかし、返答に詰まった。
母親が死んだのは父のせいだと面罵した手前、今さらどの口で心配などと……。
そう思ったとき、これまでになく激しい爆音が聞こえてきた。
「ひっ」
声を引きつらせ、娘は両手で頭を抱える。
もちろん、音だけだ。何も娘が戦いに巻き込まれるわけではない。
ただ、ただの庶民で、まだ子供でしかない彼女には、それだけで十分強すぎる刺激なワケで、不安はもはや恐怖に取って代わり、娘は肩を震わせていた。
「大丈夫、なんですか……?」
娘がパーヴァリに問う。
「どっちのことかな?」
そしてパーヴァリは娘に問い返す。
それに対して、娘はすぐに答えを返せなかった。
自分が見た、異形と化した父親。それは自分を殺して喰らうのだという。
イブリース。悪しきもの。庶民にとってはただただ、恐怖を煽るだけの存在。
それを相対するのは、騎士の名を持つとはいえ普通の人間。
ましてや、娘は騎士であった母を亡くしている。
その過去もあって、心配するならば当然、自由騎士達の方であろう。
しかし、
「……お父さん!」
娘が、戦場に向かって走り出す。それを、パーヴァリは追わなかった。
戦場までそこそこ距離があったが、娘をそれを苦にしなかった。
音は聞こえなくなっていた。
風の揺らめきも収まっていた。
わかる者ならばわかるだろうが、それは即ち戦いが終わったことを示している。
当然、娘にはわかりようもない。
けれどきっとどこかで感じていた。自分の父はもう、立つこともできない状況だと。
「……来たのか」
走ってくる娘に気づいて、テオドールが道を空ける。
パーヴァリが止めなかったのだろう、と、彼は確信に近い推測を立てる。
事実、その通りだった。
そして娘が、自由騎士の囲いを超えて、地に伏せる父親家と駆けよる。
倒れた父を見た瞬間、死んだのだと思った。
父は悪いものになってしまったから、自由騎士に討たれたのだ。と。
ゾクリとした恐怖が全身を駆け巡って、唇が歪んで涙が溢れそうになる。
しかし、昇った月の光に薄く照らされた父の姿は、彼女がよく知る人の形をしていた。
「お父、さん……?」
「浄化も、傷の治療も終わっています」
告げたのは、セアラ。
「怖がらせちまったかい。そいつは、悪かったな」
次いで、ウェルスが言って二丁拳銃をしまった。
空気に漂うのは焦げ臭さ。地面はえぐれ、煙は立ちのぼり、チリチリと何かが焼ける音がする。それは、娘が初めて見る、本物の戦場だった。
だが――、父は生きている。
「どうして……」
呆然と呟く娘へ、答えたのは、アンネリーザ。
「どうして、って。殺すために戦ったワケじゃないわ、私達」
「でも、お父さんはイブリースになったって……」
「だから助けたのよ。助けられる可能性も、勝算も、十分以上にあったから」
エルシーが腰に手を当て、息をつく。
娘は涙ぐむ目で彼女を見上げて、何と言えばいいのか、言葉を探した。
「よかったですね」
しかし先に、セアラの方が娘へ声をかけていた。
「あなたと、お父様と、これからも仲良く暮らしていってくださいね」
「うむ。何があったならばいつでも頼ってくれたまえ。民を守ることこそ、騎士の本懐。貴族のあるべき姿であろうからな」
テオドールも、満足げにうなずいている。
「俺ァ貴族でも何でもねぇけどな」
「こういう場面でそういうこと言うのは空気読めてないわよ、ウェルス」
「読んでねぇから、当然だな!」
笑うウェルスをアンネリーザが軽く小突いた。
「ありがとうございます……!」
娘が、自由騎士達に深く頭を下げる。
「ありがとうございます、お父さんを助けてくれて。ありがとうございます!」
泣きながら感謝する娘に向かって、エルシーが「どういたしまして」と軽く返した。
それが、ありふれた悲劇が覆された、どうということのない物語の結末だった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
お疲れさまでした。
きっとこの世界ではこうしたことがそこかしこで起きているのでしょう。
しかし、イブリースを浄化できるのは自由騎士だけ。
そう考えると、他国でのイブリース対策の難しさと、
自由騎士、並びに神アクアディーネの存在のありがたさを思い知りますね。
それでは、次のシナリオでお会いしましょう。
ありがとうございました!
きっとこの世界ではこうしたことがそこかしこで起きているのでしょう。
しかし、イブリースを浄化できるのは自由騎士だけ。
そう考えると、他国でのイブリース対策の難しさと、
自由騎士、並びに神アクアディーネの存在のありがたさを思い知りますね。
それでは、次のシナリオでお会いしましょう。
ありがとうございました!
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