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<<豊穣祭WBR>>ゴミのおばけをおそうじしよう

●
「ウィート・バーリィ・ライ!」
豊穣祭が始まり、そこかしこでお決まりのフレーズを耳にするが、ここの広場では少々雰囲気が違うようで。
「やーらーれーたー! ってな。ほら、食えよ」
「悪いな、いただきまーっす」
叩く側も叩かれる側も良い年をした大人で、差し出されたのは菓子といっても塩気の強い、酒のつまみだ。癖のあるチーズの乗ったカナッペを一口で放り込み、片手に持ったエールを煽る。
「っあー、うま。お前はエールじゃないの? 何だその酒」
「麦は麦でもアマノホカリ産の酒らしいぜ。あっちで通商連が屋台出してた」
「へぇ~、後で買いに行くかな」
がたん。数が足りずに木箱と樽で代用された急拵えの椅子とテーブルが揺れ、上に置いてあったナッツの殻がぱらぱらと地面に落ちるが、男達は気にも留めない。
「隣で売ってた揚げ物もオススメだぞ。でも次はさっぱりしたのが食いてーなァ」
ぽい。絞った柑橘類の皮を放り投げるが、運悪くゴミ箱の前を横切った男にぺちりと当たった。
「お、悪い悪い」
「あ? なんだてめ、やんのか?」
「何カリカリしてんだよ、謝ったじゃん」
ガシャーン!
「うぃーとばーりらあああああい!」
「こっちだってうぃいいいとばああありらあああああい!」
近くに積まれていた一抱えもある麦穂の束を引っ掴み、互いにぶつけ合う。ばさばさと飛び散る麦の穂に、周囲は止めるどころか大いに騒いでいた。
「ばっかだなぁ~」
「いいぞー、もっとやれー!」
酔っ払い同士の喧嘩にしては何処か微笑ましい。喧嘩をしている当人達も薄ら笑いを浮かべている辺り、本気の喧嘩でなくじゃれ合いという様子が見て取れる。とはいえ男達が暴れれば暴れる程、辺りは取っ散らかっていく。
麦の穂が。枝豆の皮が。吸い殻が。壊れた木箱が。極めつけにゴミ箱がひっくり返され、中身がまき散らされた。
どうせ祭りの終わりには皆で清掃するのだ、と。どれだけ広場が汚れようと、誰も構いやしない。――この時までは。
「何だあれ」
ゆら、と大きな影が立ち上がった。
「出し物でもあったか?」
「いや、あれは……」
木屑や鉄屑の骨組みに、食べ残しや紙屑の肉を纏った何か。異臭を放つ化け物が、祭りを楽しむ市民達の前でゆっくりと二足歩行を始めた。
「イブリースだーッ!」
●
「う~ん。そんなわけでゴミがイブリース化して、ゴミおばけになっちゃうんだけど」
とあるサンクディゼール郊外の町では、毎年この時期に青空の下で麦のお酒と食事を楽しむイベントが行われている。だが、今年はそのイベントで発生する廃棄物がイブリース化してしまう事が予測されたのだと『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が告げた。
「イベント自体を中止しちゃえばイブリースは発生しないよ。でもこの町の大きな収入源でもあるし、何より娯楽の少ない所でみんなも楽しみにしてるから……出来れば開催させてあげたいの」
イベントを中止にせず、かつ被害を最小に留める方法が一つだけあるのだとクラウディアは言う。
「会場となる広場を綺麗にする。それだけ!」
演算の結果、きちんと廃棄されたもの、つまりゴミ箱の中にあったものはイブリースとならなかったそうだ。ゴミおばけの素材となるゴミが正しく処分されればされるほど、イブリースは弱体化する。それこそ麦の穂で叩けば倒せる程に。
「一応広場の中央に大きなゴミ箱は設置されてるんだけどね? なんせお酒が入って陽気になっちゃった人ばかりだから、その辺りのマナーとかがゆる~くなっちゃってるというか」
ただゴミを拾うだけではいたちごっこになるかもしれない。何かひと工夫するか、根気よく拾い続ける必要があるだろう。
「せっかくだし、みんなもイベントを楽しんでくるといいよ。無料で振る舞われるエールの他に、国外の麦のお酒もリーズナブルな価格になってるらしいし、色んなご当地グルメの屋台が出てるみたいだし。自由に出店もできるらしいね」
色々な種類のオルゾ(麦のお茶)が楽しめる屋台もあるようなので、未成年はそちらで喉を潤すと良いだろう。
「おいしいものを楽しんでも、お掃除だけは忘れちゃダメだよ! それじゃあ気を付けて、いってらっしゃーい!」
「ウィート・バーリィ・ライ!」
豊穣祭が始まり、そこかしこでお決まりのフレーズを耳にするが、ここの広場では少々雰囲気が違うようで。
「やーらーれーたー! ってな。ほら、食えよ」
「悪いな、いただきまーっす」
叩く側も叩かれる側も良い年をした大人で、差し出されたのは菓子といっても塩気の強い、酒のつまみだ。癖のあるチーズの乗ったカナッペを一口で放り込み、片手に持ったエールを煽る。
「っあー、うま。お前はエールじゃないの? 何だその酒」
「麦は麦でもアマノホカリ産の酒らしいぜ。あっちで通商連が屋台出してた」
「へぇ~、後で買いに行くかな」
がたん。数が足りずに木箱と樽で代用された急拵えの椅子とテーブルが揺れ、上に置いてあったナッツの殻がぱらぱらと地面に落ちるが、男達は気にも留めない。
「隣で売ってた揚げ物もオススメだぞ。でも次はさっぱりしたのが食いてーなァ」
ぽい。絞った柑橘類の皮を放り投げるが、運悪くゴミ箱の前を横切った男にぺちりと当たった。
「お、悪い悪い」
「あ? なんだてめ、やんのか?」
「何カリカリしてんだよ、謝ったじゃん」
ガシャーン!
「うぃーとばーりらあああああい!」
「こっちだってうぃいいいとばああありらあああああい!」
近くに積まれていた一抱えもある麦穂の束を引っ掴み、互いにぶつけ合う。ばさばさと飛び散る麦の穂に、周囲は止めるどころか大いに騒いでいた。
「ばっかだなぁ~」
「いいぞー、もっとやれー!」
酔っ払い同士の喧嘩にしては何処か微笑ましい。喧嘩をしている当人達も薄ら笑いを浮かべている辺り、本気の喧嘩でなくじゃれ合いという様子が見て取れる。とはいえ男達が暴れれば暴れる程、辺りは取っ散らかっていく。
麦の穂が。枝豆の皮が。吸い殻が。壊れた木箱が。極めつけにゴミ箱がひっくり返され、中身がまき散らされた。
どうせ祭りの終わりには皆で清掃するのだ、と。どれだけ広場が汚れようと、誰も構いやしない。――この時までは。
「何だあれ」
ゆら、と大きな影が立ち上がった。
「出し物でもあったか?」
「いや、あれは……」
木屑や鉄屑の骨組みに、食べ残しや紙屑の肉を纏った何か。異臭を放つ化け物が、祭りを楽しむ市民達の前でゆっくりと二足歩行を始めた。
「イブリースだーッ!」
●
「う~ん。そんなわけでゴミがイブリース化して、ゴミおばけになっちゃうんだけど」
とあるサンクディゼール郊外の町では、毎年この時期に青空の下で麦のお酒と食事を楽しむイベントが行われている。だが、今年はそのイベントで発生する廃棄物がイブリース化してしまう事が予測されたのだと『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が告げた。
「イベント自体を中止しちゃえばイブリースは発生しないよ。でもこの町の大きな収入源でもあるし、何より娯楽の少ない所でみんなも楽しみにしてるから……出来れば開催させてあげたいの」
イベントを中止にせず、かつ被害を最小に留める方法が一つだけあるのだとクラウディアは言う。
「会場となる広場を綺麗にする。それだけ!」
演算の結果、きちんと廃棄されたもの、つまりゴミ箱の中にあったものはイブリースとならなかったそうだ。ゴミおばけの素材となるゴミが正しく処分されればされるほど、イブリースは弱体化する。それこそ麦の穂で叩けば倒せる程に。
「一応広場の中央に大きなゴミ箱は設置されてるんだけどね? なんせお酒が入って陽気になっちゃった人ばかりだから、その辺りのマナーとかがゆる~くなっちゃってるというか」
ただゴミを拾うだけではいたちごっこになるかもしれない。何かひと工夫するか、根気よく拾い続ける必要があるだろう。
「せっかくだし、みんなもイベントを楽しんでくるといいよ。無料で振る舞われるエールの他に、国外の麦のお酒もリーズナブルな価格になってるらしいし、色んなご当地グルメの屋台が出てるみたいだし。自由に出店もできるらしいね」
色々な種類のオルゾ(麦のお茶)が楽しめる屋台もあるようなので、未成年はそちらで喉を潤すと良いだろう。
「おいしいものを楽しんでも、お掃除だけは忘れちゃダメだよ! それじゃあ気を付けて、いってらっしゃーい!」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.出来るだけ会場を綺麗にする
2.ゴミおばけをお掃除する
2.ゴミおばけをお掃除する
ウィート・バーリィ・ライ! 宮下です。
お掃除しつつ美味しいものを堪能してきてください。
●敵情報
・ゴミおばけ×1体
お掃除をしなかった場合、以下の攻撃手段を持ちます。
ゴミを投げる 遠単
腐りかけの残飯を投げる 遠単+ポイズン1
シケモクもくもく 近範+アンコントロール1
●戦場
イベント会場の広場
中央のゴミ箱近辺に出現するので、倒した後のお片付けは簡単です。
出現時刻も判明しているので、警戒等に割く必要はありません。
それではよろしくお願い致します。
お掃除しつつ美味しいものを堪能してきてください。
●敵情報
・ゴミおばけ×1体
お掃除をしなかった場合、以下の攻撃手段を持ちます。
ゴミを投げる 遠単
腐りかけの残飯を投げる 遠単+ポイズン1
シケモクもくもく 近範+アンコントロール1
●戦場
イベント会場の広場
中央のゴミ箱近辺に出現するので、倒した後のお片付けは簡単です。
出現時刻も判明しているので、警戒等に割く必要はありません。
それではよろしくお願い致します。
状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
1個
1個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
9日
9日
参加人数
7/8
7/8
公開日
2019年11月17日
2019年11月17日
†メイン参加者 7人†
●
何処までも青く澄んだ空。日の光を受けて金色に輝く葉が、はらはらと石畳の上に落ちた。絶好のお祭り日和だ。イベント会場となる広場は、既に『出来上がった』状態の大人達で大いに盛り上がっている。
「ゴミに取り憑いたイブリースか。……あまり相手にしたくない気もするが、出てきてしまうものは退治するしかないな」
上手く噛み千切れなかったのか、ブルスケッタの具材をぽろぽろと落とす男性を目の当たりにした『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)がげんなりとした様子で零した。
「ゴ、ゴミを放置するのは良くないですし、それがイブリース化するならなおさら放置しておけないのです」
気が滅入っている様子の仲間達を慮り、あるいは自分自身に言い聞かせるように『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が言ったそばから、近くを覚束ない足取りで歩いていた女性が付け合わせのマッシュポテトをぽとりと落とした。それでも食べ零しの類ならば、まだ足元をうろつくハト達が食べてくれるのでマシかもしれない。この辺り一帯のハトが太らないかやや心配になる量だが。
「祭りはついつい気が緩んじまうよなー。酒も入ると尚更っぽいよな、オレはまだ呑めないからわから、ん……が――」
酔っ払いを擁護するわけではないが、ガラミド・クタラージ(CL3000576)が広場に集まった人々をフォローするような事を口にしたその視線の先で、一人の男が前屈みになった。
「おえええええ」
「きゃあっ」
「うわきったね!」
最悪である。水の入った桶を抱え、ガラミドは人々の間を駆け抜ける。
「はいはいどいたどいたー流すから下がって下がってー」
呑めるようになってもこうはなるまい。心の中で盛大な溜息を吐いた。
「自由騎士としてはもちろんですけれど、神職見習いとして奉仕活動に従事するのも大切な活動ですからね」
景気づけに一杯……とはいかない。元より仕事とオフのメリハリはきっちりつけたい派というのもあるが、今日の『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)の立場は自由騎士であると同時に修道見習いだ。同じく神殿仕えの『望郷のミンネザング』キリ・カーレント(CL3000547)は日頃から掃除を担当しており、非常に頼もしい。
「とはいえ、キリはお掃除上手だったっけ……?」
要領の良い方ではないという自覚はある。だが、今はやるべき事をやるまでだ。デッキブラシの柄を握り、意気込んだ。
(「大丈夫、イブリースの浄化はそれなりに得意だもの、上手くいくわ!」)
自由騎士達が揃ったところで、『おじさまに会いたかった』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)が提案をする。
「この人数で人混みの中を動くのは効率が悪そうですね。ここを起点として人数分に分割し、手分けをしましょう!」
「うむ、ではヨツカはあちらだ」
「で、ではわたしはこっちの通りを行きますね」
「早めに終われば皆さんのお手伝いに向かいます、ね」
デボラの案に同意を示し、彼らはめいめいに清掃用具を手にした。全員に行き渡ったのを確認し、『ヤバイ、このシスター超ヤバイ』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が声を上げる。
「それでは! 皆様の楽しい宴の為に頑張りましょう!」
こうして、自由騎士による町の美化活動が始まった。
●
それぞれが己の持ち場に向かう中、ティルダだけはスタート地点に残っていた。
「ん、しょ……っと」
ゴミ箱が並ぶ手前に、持参した大きな板を立て掛ける。目立つように赤いインクで大きく書かれたのは『ゴミはこちらへ』の文字。
「ゴミ箱が分かりやすくなればポイ捨てする人も少しは減る……かも?」
散らかしてしまった人達だって、何も好き好んで汚しているわけではないはずだ。祭りの雰囲気に飲まれた気の緩みだけでなく、ゴミ箱を探す面倒臭さもあるのでは。毎年参加している地元民ならともかく、観光で来ている者に混雑の真っ只中に置かれたゴミ箱は少々見つけ辛いだろう。
「ゴミ箱、お探し……ですか? あちらにあります」
「あら、どうも」
現に教えてあげればゴミ箱に入れてくれる人ばかりだ。空の瓶を持ってきょろきょろとする女性を目ざとく見つけて声を掛ければ、彼女は笑顔でゴミを捨てていった。
「お嬢ちゃん、さっきから関心だねぇ。喉乾いたろう、ちょっと試飲していきな」
せっせとゴミを拾うティルダに、屋台のおばさんが小さな木のカップを差し出した。
「ミルクティー? ……あ、麦茶なんですね!」
「濃く煮出して水牛の乳を入れたんだよ」
なるほどこんな飲み方もあるのかと感心し、掃除が終わったらまた寄ると約束を交わした。
「あら、お兄さん。今日はお祭りだもの、ハメを外して楽しむのはいいけど……周りの迷惑もちょっと考えてくださると助かりますわ」
「あ、悪いな」
同じように客への声掛けを行うエルシーだが、少し毛色が違う。セクシー、そしてフェロモン。馬鹿騒ぎをして人の話を聞かない酔っ払いも、彼女の魅力にはついつい意識を向けてしまう。
酔っ払い達に注意を促しつつも、ゴミを拾う手は止まらない。本来屋台に返さねばならない食器まで放置されているのを見ると溜息しか出ないが、それらも集めて片付ける。
「それがアマノホカリの酒ってやつ?」
「そうそう、この時期じゃないとなかなか入ってこなくってさー」
(「なんですって?」)
ぴくり。思わずエルシーが振り返った先では、蒸留酒だろうか、澄んだ液体の入ったグラスを傾ける者達。後でチェックをしなければ、と思いつつ視線を戻すと、この短時間の隙に何があったのかは知らないが乱闘が始まっていた。綺麗に並べ直したばかりの椅子がひっくり返っている。
だが今日はあくまでも淑やかに。取っ組み合う男達の隣に立ち、エルシーはにこりと微笑んだ。
「あらぁ……? そういう事をされると私が困る、とお伝えしたような……わかりますよね?」
「ひぃっ」
一瞬で騒ぎを収めた美女に、歓声が上がった。彼女の背後に恐ろしい悪魔が見えた気がしたと、後に住民は語る。
「飲め飲め!」
「一気しまーっす!」
成人したばかりと思われる若者の集団が、周囲の迷惑を顧みずに騒いでいる。テーブルの上に乗るなと注意をされても聞く耳を持たず、無礼講といえどやり過ぎに思えた。
そんな時、ふんわりと辺りを包むマイナスイオン。若者達もなんとなく落ち着き、周囲の怒りも不思議と静まっていった。
「よかった」
こっそりと一部始終を見ていたキリは、ほっと胸を撫で下ろす。トラブルは回避されたようなので、自身の作業に戻った。
「大きなゴミは一通り片付いたようね」
トングから箒に持ち替え、細かなゴミをかき集める。効率的とは言い難いが、少しずつ地道に、着実に。キリが通った道は、確実に綺麗になっている。
(「ちょっと羨ましいかも」)
騒ぎたいわけではないが、陽気に笑う大人達を見ているととても楽しそうで、何よりテーブルの上の食事は美味しそうで――。
ずい、とキリの目の前に、茶色い塊が差し出された。疑問符を浮かべる彼女に、差し出した当の本人は笑顔だ。
「君、さっきからすごく助かってるよ~。良かったら食べて」
「あ、ありがとうございます」
酔っ払い達の間で焼き菓子を売り歩いていたお姉さんだ。受け取った菓子から紙を剥がし、一口齧る。
「! 甘い……」
硬い棒状のビスコッティは口の中でほろりと崩れ、ドライフルーツが舌に乗る。
「よし、もうひと頑張りするわよ!」
「あー、外した」
丸めた紙袋はゴミ箱の縁に当たり、地面に落ちた。ヨツカはその紙玉をささっと拾ってゴミ箱の中へ。
「ゴミを投げるのは良くない。後で掃除をすれば良いという問題では――」
「あはは、兄ちゃん悪い悪い」
「全く、大人は酔っぱらって役に立たん」
馬耳東風、そして酔っ払いの耳に念仏。眉間に皺を寄せたヨツカに、退屈そうにした子供の集団が目に入った。大方、酒を飲みにきた親に無理矢理連れてこられでもしたのだろう。勇者の仮装が汚れるのも気にせず、道端に腰を下ろして麦茶を飲んでいる。
「うぃーとばーりぃらい、だ。お前たち勇者の力を借りたい」
突然男に声を掛けられた子供達は少し驚いた顔をしていたが、ヨツカの説明を聞いて目を輝かせた。
「そこで酒を飲んでる悪霊どもの吐き出した遺物を集めて欲しい」
要は大人の散らかしたゴミ掃除の手伝いだが、後で菓子を分けると言えば大喜びですっ飛んでいった。人手が多いに越したことはない。
「……思いの外、効果があるようだ」
テーブルにゴミを残したまま席を立てば、遺物だと騒ぎながら回収に来る子供。ナッツの殻を払い落とせば、悪霊の攻撃だと言いながら拾い集める子供。いくら酔っぱらっていようとも、幼い子供が掃除をしている傍らで自分達だけが楽しんでいるというのも妙に居心地が悪い。
結果、大人達も散らかさないように注意を払うようになった。ヨツカは満足そうに子供達を呼び寄せる。
「ご褒美だ」
わあと子供達の笑う声が響いた。
ゴミの出やすいテーブル周りを掃除していたデボラは、客側の意識改善をシステム的に出来ないかと考えた。早速エールを無料で振る舞うテントへと向かう。
「この袋を?」
「ええ。エールを提供する際に、こちらも一緒にお願いしたいのです」
デボラは小さな袋を配布し、ゴミを集めてくれたら次はエールを二杯渡す――という仕組みを考えた。基本的には一杯ずつの提供だが、酒飲みは何度も繰り返し並ぶのだ。これだけ散らかっていれば、並ぶ時間よりゴミを集めた方が早いと踏んでの提案だ。
「それ面白そうだな。じゃあうちにゴミ持ってきてくれたヤツは割引してやろう」
近くで聞いていた屋台の店主も話に乗る。飲食物を提供する側としては、衛生的な面からも周囲が綺麗な方がありがたい。
「では、よろしくお願いします」
なんだかんだと話が広がり、最終的にはいくつもの店が賛同するに至った。このシステムは来年以降も継続するかもしれない。
職業柄、アンジェリカも奉仕活動の類は得意なように思われた。だが、彼女は往来に立ち、唐突にこう宣った。
「ただ拾うだけなのは手間ですから、いっそゴミの方から来て頂きましょう!」
こうして突然始まったのは、アンジェリカによるフリーハグイベント。ゴミを入れる為の大きな麻袋は、口を開いた状態で隣に置いてあるだけだ。
ちゃんとゴミ袋に捨ててくれた人と、ハグ。最初は面白半分に捨てにくる者ばかりだったが、彼女とのハグを体験した人達が一様に幸せそうな顔をしていた為か、俺も私もと次々に人が集まり始める。
「なんか良い匂いした」
「シスター服の下に隠されたふかふかの毛皮……最高……」
「聖女が降臨してる」
それだけではない。自分の出したゴミだけではなく、わざわざ拾い集めてきたのだろうか、ゴミ袋持参でやってきたリピーターに、アンジェリカは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ! こんなに集めてくださったのですね?」
感極まったように抱き着くアンジェリカ。頭を抱きかかえるようにした熱い抱擁に、抱きつかれた側はデレデレとやにさがった顔をしている。
「くっ……羨ましい」
「俺も拾ってくる」
アンジェリカは一切その場から動く事が無いまま、彼女のゴミ袋ははち切れんばかりに膨れていた。渾身のドヤ顔をキメる。
「名づけて! 『ノリと勢いを利用してハグしてゴミをしっかり捨てて頂き、なんなら参加者にもゴミ集めをしてもらいましょう大作戦!』です!」
名づけても何もそのまんまだった。
「おーっと。そんな事してると、散らかしたゴミがお化けになって出ちまうぞー」
枝豆の殻を地面に落としながら食べる男達を指差し、ガラミドは芝居じみた言い方で声を張り上げる。ひらり。吟遊詩人に扮した彼は外套を翻し、弦楽器を取り出した。
「よっ、兄ちゃん! いいぞ!」
少しばかり荒くれ者が集まっていても、あからさまに演技だと分かる注意喚起に怒るような事は無い。下手に注意をしてトラブルを招くよりは穏便に済む上、これから何か始まりそうだという期待に自然と意識はガラミドへと向く。
「だがそんな事は勇者が許さない、麦の穂を箒に持ち替えていま立ち上がる!」
かさかさと掃き掃除をして見せればあちらこちらから笑いが起き、時折野次が飛んだ。
「とはいえオレ達だけじゃ、出来る事には限界がある。そう、そこでみんなの力が必要だ」
唇を噛み、拳を握る。わざとらしいまでに悔しさを表現した後、縋るような眼差しで周囲を見渡した。
「おうよ、任せな!」
ガラミドを取り囲んでいた男達が、エールの入ったコップを掲げた。これがただの町の美化PRだったら成功で終わっている所だっただろうが、この話はまだ続く。
「ありがとう。でも今は下がってくれ」
何かするのだろうか? 不思議そうな顔で下がっていく市民に笑顔を向け、ガラミドは大仰な素振りで広場の中央を指し示した。
「ここから先はオレ達の――勇者の仕事だ」
人々が空けた道の先に、巨大なお化け南瓜のランタンを頭に持つ、イブリースが立ち上がる。人々は一斉に――。
●
「「あははははははは!」」
笑い声を上げた。「何あれ演出?」「弱そう」と口々に喋る彼らの前に居るのは、確かに頭だけ見れば禍々しいのだが、身体のサイズが見合っていない。ガラクタを組み上げて作られた胴体はひょろりと頼りなく、頭ばかりが大きいカカシのようだ。
「さぁさぁ! 自由騎士によるイブリース退治、とくとご覧あれ!」
アンジェリカはもう見世物にする気満々である。そのくせ繰り出す技は非常に重く、舞うような軽やかさとは裏腹に重低音を響かせる。
「出たな、ゴミおばけ」
「お呼びじゃないから。さっさと消えて!」
咆えたエルシーの気魄にゴミお化けは動きを止め、ヨツカが一直線に突っ込んだ。後押しをするようにティルダが展開した極寒の棺に、ガラミドの砲弾が敵を押し込む。
「にんじんソード!」
うさぎの勇者の操る膨れ上がった光はにんじんのような剣を模り、南瓜の頭を真っ二つに叩き割った。
過剰なまでの火力が叩き込まれる様に人々は興奮し、歓喜する。勇者達に惜しみない喝采が降り注いだ。
「おや、さっきの騎士様じゃないですか」
つまみ片手にエールをぐいっと一杯。そんなエルシーの次の行き先は、通商連の出す屋台だ。
「海外の麦のお酒があると伺って」
「騎士様は焼酎って飲んだ事あります? これ差し上げますんで、試飲してくださいな」
「しょーちゅー……?」
出されたグラスに口を付け、目を見開く。エールとは全く違う味わい。
「これは水割りなんですがね、お茶やジュースに合わせても良いですよ」
エルシーの逡巡はほんの一瞬。色々試してみたいという好奇心が買ってしまった。
「頂くわ。……ボトルで」
「毎度あり!」
「まあまあ、お友達を連れてきてくれたのかい?」
ティルダは特に予定の無かったアンジェリカとデボラを引き連れ、改めて麦のお茶を見に訪れていた。
「色んな種類のオルゾがあるらしいですけど、やっぱり種類によって味が違うんでしょうか」
「そうだねぇ。麦の種類だけじゃなくて、ブレンドの違いもあるね。美容に良いハーブ入れたり」
「美容?」
ちょっぴり食いついたデボラ。気になる殿方でも居るのかもしれない。
「お嬢ちゃん達は美人さん揃いだから気にならないかもしれないけどねぇ」
「うふふ、そんな事はございませんよ」
お年頃な女子のアンジェリカもぜひお聞かせくださいなと微笑み、店員の女性は一つ一つ丁寧に説明をしていった。
「で、こっちのヒースフラワー入りのは美肌効果だねぇ。おばちゃんの話を長々と聞くよりも、まずは飲んでみないかい?」
「「「いただきます!」」」
温かいお茶の入ったカップに、ぽとりと落とされるコンフェイト。香ばしい麦の香りと共に、ふわりと優しい甘さが広がった。
「ひと仕事終わった後の一杯はまた格別だな」
――麦茶だけれど。歩きながら喉を潤していたガラミドは、屋台の前で唸るキリを発見した。
「どうした?」
「えっと、その……色々食べてみたくて」
手には既に紙袋を持っており、どうやら食べきれるか悩んでいるようだ。
「じゃあそっちの菓子とこれを交換すりゃいいだろ?」
「あ、ありがとうございます……えへへ」
甘辛いタレのついたチキンの串と焼き菓子を物々交換をする。これなら色々楽しめる。ふと聞き覚えのある声が聞こえて視線を向ければ、隣の屋台のおじさんとヨツカが話している。
「む、餃子は央華大陸の食べ物ではなかったか?」
「これは最近アマノホカリでアレンジされた食べ方だよ」
「ほう……一皿貰おう」
不思議な形をした白いものが鉄板の上でこんがりと焼かれ、いやに食欲をそそる香りが漂ってきた。ガラミドとキリは顔を見合わせて頷き合い、ヨツカの方へと駆けていく。
「ヨツカー! あのさ、これとそれを……」
青空の下、何事もなかったかのように人々の笑い声が響いている。余談だが、例年と違って町が全体的に綺麗だった事が市民からも観光客からも好評で、来年以降も継続出来るようにと役場で話し合いが行われているそうだ。
何処までも青く澄んだ空。日の光を受けて金色に輝く葉が、はらはらと石畳の上に落ちた。絶好のお祭り日和だ。イベント会場となる広場は、既に『出来上がった』状態の大人達で大いに盛り上がっている。
「ゴミに取り憑いたイブリースか。……あまり相手にしたくない気もするが、出てきてしまうものは退治するしかないな」
上手く噛み千切れなかったのか、ブルスケッタの具材をぽろぽろと落とす男性を目の当たりにした『背水の鬼刀』月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)がげんなりとした様子で零した。
「ゴ、ゴミを放置するのは良くないですし、それがイブリース化するならなおさら放置しておけないのです」
気が滅入っている様子の仲間達を慮り、あるいは自分自身に言い聞かせるように『その瞳は前を見つめて』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が言ったそばから、近くを覚束ない足取りで歩いていた女性が付け合わせのマッシュポテトをぽとりと落とした。それでも食べ零しの類ならば、まだ足元をうろつくハト達が食べてくれるのでマシかもしれない。この辺り一帯のハトが太らないかやや心配になる量だが。
「祭りはついつい気が緩んじまうよなー。酒も入ると尚更っぽいよな、オレはまだ呑めないからわから、ん……が――」
酔っ払いを擁護するわけではないが、ガラミド・クタラージ(CL3000576)が広場に集まった人々をフォローするような事を口にしたその視線の先で、一人の男が前屈みになった。
「おえええええ」
「きゃあっ」
「うわきったね!」
最悪である。水の入った桶を抱え、ガラミドは人々の間を駆け抜ける。
「はいはいどいたどいたー流すから下がって下がってー」
呑めるようになってもこうはなるまい。心の中で盛大な溜息を吐いた。
「自由騎士としてはもちろんですけれど、神職見習いとして奉仕活動に従事するのも大切な活動ですからね」
景気づけに一杯……とはいかない。元より仕事とオフのメリハリはきっちりつけたい派というのもあるが、今日の『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)の立場は自由騎士であると同時に修道見習いだ。同じく神殿仕えの『望郷のミンネザング』キリ・カーレント(CL3000547)は日頃から掃除を担当しており、非常に頼もしい。
「とはいえ、キリはお掃除上手だったっけ……?」
要領の良い方ではないという自覚はある。だが、今はやるべき事をやるまでだ。デッキブラシの柄を握り、意気込んだ。
(「大丈夫、イブリースの浄化はそれなりに得意だもの、上手くいくわ!」)
自由騎士達が揃ったところで、『おじさまに会いたかった』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)が提案をする。
「この人数で人混みの中を動くのは効率が悪そうですね。ここを起点として人数分に分割し、手分けをしましょう!」
「うむ、ではヨツカはあちらだ」
「で、ではわたしはこっちの通りを行きますね」
「早めに終われば皆さんのお手伝いに向かいます、ね」
デボラの案に同意を示し、彼らはめいめいに清掃用具を手にした。全員に行き渡ったのを確認し、『ヤバイ、このシスター超ヤバイ』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が声を上げる。
「それでは! 皆様の楽しい宴の為に頑張りましょう!」
こうして、自由騎士による町の美化活動が始まった。
●
それぞれが己の持ち場に向かう中、ティルダだけはスタート地点に残っていた。
「ん、しょ……っと」
ゴミ箱が並ぶ手前に、持参した大きな板を立て掛ける。目立つように赤いインクで大きく書かれたのは『ゴミはこちらへ』の文字。
「ゴミ箱が分かりやすくなればポイ捨てする人も少しは減る……かも?」
散らかしてしまった人達だって、何も好き好んで汚しているわけではないはずだ。祭りの雰囲気に飲まれた気の緩みだけでなく、ゴミ箱を探す面倒臭さもあるのでは。毎年参加している地元民ならともかく、観光で来ている者に混雑の真っ只中に置かれたゴミ箱は少々見つけ辛いだろう。
「ゴミ箱、お探し……ですか? あちらにあります」
「あら、どうも」
現に教えてあげればゴミ箱に入れてくれる人ばかりだ。空の瓶を持ってきょろきょろとする女性を目ざとく見つけて声を掛ければ、彼女は笑顔でゴミを捨てていった。
「お嬢ちゃん、さっきから関心だねぇ。喉乾いたろう、ちょっと試飲していきな」
せっせとゴミを拾うティルダに、屋台のおばさんが小さな木のカップを差し出した。
「ミルクティー? ……あ、麦茶なんですね!」
「濃く煮出して水牛の乳を入れたんだよ」
なるほどこんな飲み方もあるのかと感心し、掃除が終わったらまた寄ると約束を交わした。
「あら、お兄さん。今日はお祭りだもの、ハメを外して楽しむのはいいけど……周りの迷惑もちょっと考えてくださると助かりますわ」
「あ、悪いな」
同じように客への声掛けを行うエルシーだが、少し毛色が違う。セクシー、そしてフェロモン。馬鹿騒ぎをして人の話を聞かない酔っ払いも、彼女の魅力にはついつい意識を向けてしまう。
酔っ払い達に注意を促しつつも、ゴミを拾う手は止まらない。本来屋台に返さねばならない食器まで放置されているのを見ると溜息しか出ないが、それらも集めて片付ける。
「それがアマノホカリの酒ってやつ?」
「そうそう、この時期じゃないとなかなか入ってこなくってさー」
(「なんですって?」)
ぴくり。思わずエルシーが振り返った先では、蒸留酒だろうか、澄んだ液体の入ったグラスを傾ける者達。後でチェックをしなければ、と思いつつ視線を戻すと、この短時間の隙に何があったのかは知らないが乱闘が始まっていた。綺麗に並べ直したばかりの椅子がひっくり返っている。
だが今日はあくまでも淑やかに。取っ組み合う男達の隣に立ち、エルシーはにこりと微笑んだ。
「あらぁ……? そういう事をされると私が困る、とお伝えしたような……わかりますよね?」
「ひぃっ」
一瞬で騒ぎを収めた美女に、歓声が上がった。彼女の背後に恐ろしい悪魔が見えた気がしたと、後に住民は語る。
「飲め飲め!」
「一気しまーっす!」
成人したばかりと思われる若者の集団が、周囲の迷惑を顧みずに騒いでいる。テーブルの上に乗るなと注意をされても聞く耳を持たず、無礼講といえどやり過ぎに思えた。
そんな時、ふんわりと辺りを包むマイナスイオン。若者達もなんとなく落ち着き、周囲の怒りも不思議と静まっていった。
「よかった」
こっそりと一部始終を見ていたキリは、ほっと胸を撫で下ろす。トラブルは回避されたようなので、自身の作業に戻った。
「大きなゴミは一通り片付いたようね」
トングから箒に持ち替え、細かなゴミをかき集める。効率的とは言い難いが、少しずつ地道に、着実に。キリが通った道は、確実に綺麗になっている。
(「ちょっと羨ましいかも」)
騒ぎたいわけではないが、陽気に笑う大人達を見ているととても楽しそうで、何よりテーブルの上の食事は美味しそうで――。
ずい、とキリの目の前に、茶色い塊が差し出された。疑問符を浮かべる彼女に、差し出した当の本人は笑顔だ。
「君、さっきからすごく助かってるよ~。良かったら食べて」
「あ、ありがとうございます」
酔っ払い達の間で焼き菓子を売り歩いていたお姉さんだ。受け取った菓子から紙を剥がし、一口齧る。
「! 甘い……」
硬い棒状のビスコッティは口の中でほろりと崩れ、ドライフルーツが舌に乗る。
「よし、もうひと頑張りするわよ!」
「あー、外した」
丸めた紙袋はゴミ箱の縁に当たり、地面に落ちた。ヨツカはその紙玉をささっと拾ってゴミ箱の中へ。
「ゴミを投げるのは良くない。後で掃除をすれば良いという問題では――」
「あはは、兄ちゃん悪い悪い」
「全く、大人は酔っぱらって役に立たん」
馬耳東風、そして酔っ払いの耳に念仏。眉間に皺を寄せたヨツカに、退屈そうにした子供の集団が目に入った。大方、酒を飲みにきた親に無理矢理連れてこられでもしたのだろう。勇者の仮装が汚れるのも気にせず、道端に腰を下ろして麦茶を飲んでいる。
「うぃーとばーりぃらい、だ。お前たち勇者の力を借りたい」
突然男に声を掛けられた子供達は少し驚いた顔をしていたが、ヨツカの説明を聞いて目を輝かせた。
「そこで酒を飲んでる悪霊どもの吐き出した遺物を集めて欲しい」
要は大人の散らかしたゴミ掃除の手伝いだが、後で菓子を分けると言えば大喜びですっ飛んでいった。人手が多いに越したことはない。
「……思いの外、効果があるようだ」
テーブルにゴミを残したまま席を立てば、遺物だと騒ぎながら回収に来る子供。ナッツの殻を払い落とせば、悪霊の攻撃だと言いながら拾い集める子供。いくら酔っぱらっていようとも、幼い子供が掃除をしている傍らで自分達だけが楽しんでいるというのも妙に居心地が悪い。
結果、大人達も散らかさないように注意を払うようになった。ヨツカは満足そうに子供達を呼び寄せる。
「ご褒美だ」
わあと子供達の笑う声が響いた。
ゴミの出やすいテーブル周りを掃除していたデボラは、客側の意識改善をシステム的に出来ないかと考えた。早速エールを無料で振る舞うテントへと向かう。
「この袋を?」
「ええ。エールを提供する際に、こちらも一緒にお願いしたいのです」
デボラは小さな袋を配布し、ゴミを集めてくれたら次はエールを二杯渡す――という仕組みを考えた。基本的には一杯ずつの提供だが、酒飲みは何度も繰り返し並ぶのだ。これだけ散らかっていれば、並ぶ時間よりゴミを集めた方が早いと踏んでの提案だ。
「それ面白そうだな。じゃあうちにゴミ持ってきてくれたヤツは割引してやろう」
近くで聞いていた屋台の店主も話に乗る。飲食物を提供する側としては、衛生的な面からも周囲が綺麗な方がありがたい。
「では、よろしくお願いします」
なんだかんだと話が広がり、最終的にはいくつもの店が賛同するに至った。このシステムは来年以降も継続するかもしれない。
職業柄、アンジェリカも奉仕活動の類は得意なように思われた。だが、彼女は往来に立ち、唐突にこう宣った。
「ただ拾うだけなのは手間ですから、いっそゴミの方から来て頂きましょう!」
こうして突然始まったのは、アンジェリカによるフリーハグイベント。ゴミを入れる為の大きな麻袋は、口を開いた状態で隣に置いてあるだけだ。
ちゃんとゴミ袋に捨ててくれた人と、ハグ。最初は面白半分に捨てにくる者ばかりだったが、彼女とのハグを体験した人達が一様に幸せそうな顔をしていた為か、俺も私もと次々に人が集まり始める。
「なんか良い匂いした」
「シスター服の下に隠されたふかふかの毛皮……最高……」
「聖女が降臨してる」
それだけではない。自分の出したゴミだけではなく、わざわざ拾い集めてきたのだろうか、ゴミ袋持参でやってきたリピーターに、アンジェリカは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ! こんなに集めてくださったのですね?」
感極まったように抱き着くアンジェリカ。頭を抱きかかえるようにした熱い抱擁に、抱きつかれた側はデレデレとやにさがった顔をしている。
「くっ……羨ましい」
「俺も拾ってくる」
アンジェリカは一切その場から動く事が無いまま、彼女のゴミ袋ははち切れんばかりに膨れていた。渾身のドヤ顔をキメる。
「名づけて! 『ノリと勢いを利用してハグしてゴミをしっかり捨てて頂き、なんなら参加者にもゴミ集めをしてもらいましょう大作戦!』です!」
名づけても何もそのまんまだった。
「おーっと。そんな事してると、散らかしたゴミがお化けになって出ちまうぞー」
枝豆の殻を地面に落としながら食べる男達を指差し、ガラミドは芝居じみた言い方で声を張り上げる。ひらり。吟遊詩人に扮した彼は外套を翻し、弦楽器を取り出した。
「よっ、兄ちゃん! いいぞ!」
少しばかり荒くれ者が集まっていても、あからさまに演技だと分かる注意喚起に怒るような事は無い。下手に注意をしてトラブルを招くよりは穏便に済む上、これから何か始まりそうだという期待に自然と意識はガラミドへと向く。
「だがそんな事は勇者が許さない、麦の穂を箒に持ち替えていま立ち上がる!」
かさかさと掃き掃除をして見せればあちらこちらから笑いが起き、時折野次が飛んだ。
「とはいえオレ達だけじゃ、出来る事には限界がある。そう、そこでみんなの力が必要だ」
唇を噛み、拳を握る。わざとらしいまでに悔しさを表現した後、縋るような眼差しで周囲を見渡した。
「おうよ、任せな!」
ガラミドを取り囲んでいた男達が、エールの入ったコップを掲げた。これがただの町の美化PRだったら成功で終わっている所だっただろうが、この話はまだ続く。
「ありがとう。でも今は下がってくれ」
何かするのだろうか? 不思議そうな顔で下がっていく市民に笑顔を向け、ガラミドは大仰な素振りで広場の中央を指し示した。
「ここから先はオレ達の――勇者の仕事だ」
人々が空けた道の先に、巨大なお化け南瓜のランタンを頭に持つ、イブリースが立ち上がる。人々は一斉に――。
●
「「あははははははは!」」
笑い声を上げた。「何あれ演出?」「弱そう」と口々に喋る彼らの前に居るのは、確かに頭だけ見れば禍々しいのだが、身体のサイズが見合っていない。ガラクタを組み上げて作られた胴体はひょろりと頼りなく、頭ばかりが大きいカカシのようだ。
「さぁさぁ! 自由騎士によるイブリース退治、とくとご覧あれ!」
アンジェリカはもう見世物にする気満々である。そのくせ繰り出す技は非常に重く、舞うような軽やかさとは裏腹に重低音を響かせる。
「出たな、ゴミおばけ」
「お呼びじゃないから。さっさと消えて!」
咆えたエルシーの気魄にゴミお化けは動きを止め、ヨツカが一直線に突っ込んだ。後押しをするようにティルダが展開した極寒の棺に、ガラミドの砲弾が敵を押し込む。
「にんじんソード!」
うさぎの勇者の操る膨れ上がった光はにんじんのような剣を模り、南瓜の頭を真っ二つに叩き割った。
過剰なまでの火力が叩き込まれる様に人々は興奮し、歓喜する。勇者達に惜しみない喝采が降り注いだ。
「おや、さっきの騎士様じゃないですか」
つまみ片手にエールをぐいっと一杯。そんなエルシーの次の行き先は、通商連の出す屋台だ。
「海外の麦のお酒があると伺って」
「騎士様は焼酎って飲んだ事あります? これ差し上げますんで、試飲してくださいな」
「しょーちゅー……?」
出されたグラスに口を付け、目を見開く。エールとは全く違う味わい。
「これは水割りなんですがね、お茶やジュースに合わせても良いですよ」
エルシーの逡巡はほんの一瞬。色々試してみたいという好奇心が買ってしまった。
「頂くわ。……ボトルで」
「毎度あり!」
「まあまあ、お友達を連れてきてくれたのかい?」
ティルダは特に予定の無かったアンジェリカとデボラを引き連れ、改めて麦のお茶を見に訪れていた。
「色んな種類のオルゾがあるらしいですけど、やっぱり種類によって味が違うんでしょうか」
「そうだねぇ。麦の種類だけじゃなくて、ブレンドの違いもあるね。美容に良いハーブ入れたり」
「美容?」
ちょっぴり食いついたデボラ。気になる殿方でも居るのかもしれない。
「お嬢ちゃん達は美人さん揃いだから気にならないかもしれないけどねぇ」
「うふふ、そんな事はございませんよ」
お年頃な女子のアンジェリカもぜひお聞かせくださいなと微笑み、店員の女性は一つ一つ丁寧に説明をしていった。
「で、こっちのヒースフラワー入りのは美肌効果だねぇ。おばちゃんの話を長々と聞くよりも、まずは飲んでみないかい?」
「「「いただきます!」」」
温かいお茶の入ったカップに、ぽとりと落とされるコンフェイト。香ばしい麦の香りと共に、ふわりと優しい甘さが広がった。
「ひと仕事終わった後の一杯はまた格別だな」
――麦茶だけれど。歩きながら喉を潤していたガラミドは、屋台の前で唸るキリを発見した。
「どうした?」
「えっと、その……色々食べてみたくて」
手には既に紙袋を持っており、どうやら食べきれるか悩んでいるようだ。
「じゃあそっちの菓子とこれを交換すりゃいいだろ?」
「あ、ありがとうございます……えへへ」
甘辛いタレのついたチキンの串と焼き菓子を物々交換をする。これなら色々楽しめる。ふと聞き覚えのある声が聞こえて視線を向ければ、隣の屋台のおじさんとヨツカが話している。
「む、餃子は央華大陸の食べ物ではなかったか?」
「これは最近アマノホカリでアレンジされた食べ方だよ」
「ほう……一皿貰おう」
不思議な形をした白いものが鉄板の上でこんがりと焼かれ、いやに食欲をそそる香りが漂ってきた。ガラミドとキリは顔を見合わせて頷き合い、ヨツカの方へと駆けていく。
「ヨツカー! あのさ、これとそれを……」
青空の下、何事もなかったかのように人々の笑い声が響いている。余談だが、例年と違って町が全体的に綺麗だった事が市民からも観光客からも好評で、来年以降も継続出来るようにと役場で話し合いが行われているそうだ。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
特殊成果
『麦茶』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)
『麦茶』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:デボラ・ディートヘルム(CL3000511)
『焼き菓子』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)
『麦茶』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)
『焼き菓子』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:キリ・カーレント(CL3000547)
『麦焼酎』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:エルシー・スカーレット(CL3000368)
『焼き菓子』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ガラミド・クタラージ(CL3000576)
カテゴリ:アクセサリ
取得者:アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)
『麦茶』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:デボラ・ディートヘルム(CL3000511)
『焼き菓子』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:月ノ輪・ヨツカ(CL3000575)
『麦茶』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)
『焼き菓子』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:キリ・カーレント(CL3000547)
『麦焼酎』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:エルシー・スカーレット(CL3000368)
『焼き菓子』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:ガラミド・クタラージ(CL3000576)
†あとがき†
お掃除お疲れ様でした。
それぞれ違った工夫をしてくださって、
きっとイベント前よりもピカピカだと思います。
ご参加ありがとうございました!
それぞれ違った工夫をしてくださって、
きっとイベント前よりもピカピカだと思います。
ご参加ありがとうございました!
FL送付済