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小さな屋敷の小さな主

●
イ・ラプセルの王都から少しばかり北に離れたところに家主のいなくなった小さな屋敷があった。住む人がいなくなってそれなりに経つのか、外壁には数多の蔓が絡みつき周囲には子どもの背丈ほどはありそうな草が生い茂っている。
そんな「いかにも」な屋敷が好奇心旺盛な子どもたちの格好の遊び場にならないわけがなく。
「おい! はやくしろよ!」
「おいてくぞー」
「ま、まってよ!!」
木の枝を剣に見立てて屋敷へと進んでいく少年たち。そんな彼らを目指して草むらが大きく揺れる。彼らがそれに気付いたときには既に遅く、草むらから飛び出した二匹のイブリース化した番犬が彼らの喉元に食らいついた。
そして、その光景を屋敷の窓から眺めている一人の少年がいた。
●
演算室にて水鏡に映し出された未来を君たちに語ったのは、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)だ。
「……でね、今回はこの屋敷に子どもたちがやってきて危害を加えられる前に、このイブリース二体の討伐をお願いしたいんだけど」
そこでクラウディアは言葉を切って少しだけ考えるそぶりを見せる。どうしたのかと尋ねる君たちに、それが……と彼女は続けた。
「ちらっと見えただけだからなんとも言えないんだけど、その屋敷の中に人影みたいなものが見えたんだよ」
事前に軽く調べてみたがその屋敷は家主が亡くなって以来誰も住んでいないという。
「だから、イブリースの討伐が終わったらその屋敷の調査もしてほしいんだよ。もしかしたら、何かが勝手に住み着いているのかもしれないし……」
誰かではなく、何か。それは、人ではないものが住み着いているかもしれない可能性を示唆していた。
「予言の時刻は明日の昼過ぎ。屋敷はここから徒歩で2時間くらいで着く場所にあるから明日の朝イチに出発すれば十分間に合うと思うよ。敵もそこまで手強くはなさそうだね。ただし油断は禁物、しっかり準備をしていってね」
クラウディアに見送られて、君たちは演算室を後にした。
イ・ラプセルの王都から少しばかり北に離れたところに家主のいなくなった小さな屋敷があった。住む人がいなくなってそれなりに経つのか、外壁には数多の蔓が絡みつき周囲には子どもの背丈ほどはありそうな草が生い茂っている。
そんな「いかにも」な屋敷が好奇心旺盛な子どもたちの格好の遊び場にならないわけがなく。
「おい! はやくしろよ!」
「おいてくぞー」
「ま、まってよ!!」
木の枝を剣に見立てて屋敷へと進んでいく少年たち。そんな彼らを目指して草むらが大きく揺れる。彼らがそれに気付いたときには既に遅く、草むらから飛び出した二匹のイブリース化した番犬が彼らの喉元に食らいついた。
そして、その光景を屋敷の窓から眺めている一人の少年がいた。
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演算室にて水鏡に映し出された未来を君たちに語ったのは、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)だ。
「……でね、今回はこの屋敷に子どもたちがやってきて危害を加えられる前に、このイブリース二体の討伐をお願いしたいんだけど」
そこでクラウディアは言葉を切って少しだけ考えるそぶりを見せる。どうしたのかと尋ねる君たちに、それが……と彼女は続けた。
「ちらっと見えただけだからなんとも言えないんだけど、その屋敷の中に人影みたいなものが見えたんだよ」
事前に軽く調べてみたがその屋敷は家主が亡くなって以来誰も住んでいないという。
「だから、イブリースの討伐が終わったらその屋敷の調査もしてほしいんだよ。もしかしたら、何かが勝手に住み着いているのかもしれないし……」
誰かではなく、何か。それは、人ではないものが住み着いているかもしれない可能性を示唆していた。
「予言の時刻は明日の昼過ぎ。屋敷はここから徒歩で2時間くらいで着く場所にあるから明日の朝イチに出発すれば十分間に合うと思うよ。敵もそこまで手強くはなさそうだね。ただし油断は禁物、しっかり準備をしていってね」
クラウディアに見送られて、君たちは演算室を後にした。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリースの討伐
2.屋敷の調査(および敵発見時は討伐を含む)
2.屋敷の調査(および敵発見時は討伐を含む)
はじめまして、酒谷(さかたに)と申します。
●敵情報
・イブリース 2体
犬がイブリース化したものです。個々の能力は極端に高くはありませんが連携して攻撃してきます。誰かが屋敷の近く(屋敷から5メートルほど)に来ると近づいてきたものを敵と認識して突進、噛みつき攻撃を仕掛けてきます。
攻撃方法
・噛みつき 攻撃/近距離/単体
近距離にいる敵に噛みつきます。噛みつかれるとその場に拘束されます。振りほどくには攻撃するかターン消費が必要です。
・突進 攻撃/近距離/単体
移動を含んだ攻撃になります。ヒットした場合、前衛の場合は後衛付近まで吹き飛ばされます。鎧などの重装備の場合は吹き飛ばし効果はキャンセルされます。
また、屋敷内に敵がいないとも限りません。ご了承ください。
●場所情報
時刻は昼前です。徒歩移動でお願いします。
・屋敷周辺
子どもの背丈ほどの草が伸び放題なので、地面に立っている場合はスピードに若干マイナスの補正が入ることがあります。また、敵が草の中に隠れる形になりますので、命中にもマイナス補正が入ります。
・屋敷内部
誰も住んでいないわりに手入れが行き届いており移動しやすいです。特にマイナスの補正はありません。
●その他
屋敷までの地図、屋敷の間取りの資料は事前に申し出ていただければ入手できます。もし入手したい方がいらっしゃればプレイングに書いていただければ幸いです。
はじめてで拙い部分もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
●敵情報
・イブリース 2体
犬がイブリース化したものです。個々の能力は極端に高くはありませんが連携して攻撃してきます。誰かが屋敷の近く(屋敷から5メートルほど)に来ると近づいてきたものを敵と認識して突進、噛みつき攻撃を仕掛けてきます。
攻撃方法
・噛みつき 攻撃/近距離/単体
近距離にいる敵に噛みつきます。噛みつかれるとその場に拘束されます。振りほどくには攻撃するかターン消費が必要です。
・突進 攻撃/近距離/単体
移動を含んだ攻撃になります。ヒットした場合、前衛の場合は後衛付近まで吹き飛ばされます。鎧などの重装備の場合は吹き飛ばし効果はキャンセルされます。
また、屋敷内に敵がいないとも限りません。ご了承ください。
●場所情報
時刻は昼前です。徒歩移動でお願いします。
・屋敷周辺
子どもの背丈ほどの草が伸び放題なので、地面に立っている場合はスピードに若干マイナスの補正が入ることがあります。また、敵が草の中に隠れる形になりますので、命中にもマイナス補正が入ります。
・屋敷内部
誰も住んでいないわりに手入れが行き届いており移動しやすいです。特にマイナスの補正はありません。
●その他
屋敷までの地図、屋敷の間取りの資料は事前に申し出ていただければ入手できます。もし入手したい方がいらっしゃればプレイングに書いていただければ幸いです。
はじめてで拙い部分もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
1個
1個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2019年04月09日
2019年04月09日
†メイン参加者 6人†
●
演算室をあとにした君達は明日の出発までに出来る準備をすることにした。
「まずはその屋敷までの地図があるといいな」
そう声を上げたのは『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)だった。
「あとは出来れば屋敷内の間取りとかもほしいところですね」
「そうですね。その方が屋敷の調査がしやすいでしょうし」
コジマ・キスケ(CL3000206)の言葉に同意したのは『癒しの回復師』ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)だ。
「どこかで屋敷についての詳しい話が聞けないでしょうか?」
「町の方々に聞いてみるのはどうでしょう?」
「……いいとおもう」
ううんと首を傾げたユリカ・マイ(CL3000516)に『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)がそのように提案し、『黒炎獣』リムリィ・アルカナム(CL3000500)がそれに賛成するように頷いた。
「なら、町で情報収集するのがいいだろう」
「……もしかしたらうわさとかになってるかも」
ツボミとリムリィの言葉に一同は頷いた。
●
自由騎士達が情報収集をはじめてしばらく経ったとき、ようやくその屋敷のことを知っている男性を見つけることが出来た。なんでもちょっとした森の奥にある屋敷らしく、屋敷のある森までは特に入り組んだ道ではないらしいが森の中に入ると途端に獣道のようになるという。教えてくれた彼は丁寧に地図に通り道を記したものを手渡してくれた。
「……まえにすんでたひと、どうしたの?」
話を聞いていたリムリィが尋ねると彼は顔をしかめる。以前は夫婦とその息子、そして手伝いの人で住んでいたらしい。しかし、夫婦の方が出先で事故に遭い死亡、その後に強盗に入られて手伝いの人と息子は殺されてしまったという。強盗はその家で飼っていた犬に捕まり然るべきところで裁かれたらしい。
「けど、その犬達は新しい飼い主が見つかる前にどこかに行っちまったみたいなんだ」
どこ行ったんだかな、とその人は顎をさすった。
二匹の犬。その条件に自由騎士達は図らずも同じことを考える。しかし、その考えは表に出さずに一同は話をしてくれた人に礼を述べた。それに対して構わないと笑った彼は、さらに現在その屋敷を管理している人を紹介してくれた。紹介された人物に会いに行って事情を話せば、快く屋敷の見取り図を自由騎士達に渡してくれた。そして、管理してはいるが屋敷までの道が獣道のようになっているため便利とは言えず、なかなか様子を見に行けなくて困っていたのだと言った。だから、出来れば屋敷が今どうなってるか分かったら教えてほしいと頼んできた。断る理由もないため構わないと自由騎士達は頼み事を了承した。
そうして目的の情報を集め終わった自由騎士達は明日に備えて身体を休めた。
●
翌朝。集合した一同がもらった地図と照らし合わせて森の中を進んでいけば、少し遠くに伸び放題の草や蔓に囲まれた小さな屋敷が見えてきた。
「あれが例のお屋敷ですね……」
地図を持って一同を先導していたツボミのすぐ後ろに控えていたユリカが目を凝らしながら言った。その後ろでコジマは持ってきた双眼鏡を覗き込む。
「今の所、屋敷の中に人影のようなものは確認できません」
コジマは視認できた状況を事務的に淡々と語る。
「もう少し近づいてみましょう。そうすれば敵の気配も分かるかもしれません」
「……うん」
少しの間目を閉じて集中していたティラミスがそう言った。メンバーの最後尾を歩いていたリムリィも周りを警戒していたが、何の気配も感じられずティラミスの意見に同意した。
さらに少し進んで屋敷の姿がはっきり見えたあたりで双眼鏡を持ったコジマが近くのそこまで高くはない手頃な木に足をかける。
「ちょっと登って確認してみます」
「お願いしますね」
コジマの言葉に応えたユリカは登っていく彼女の万が一に備えて木の下に待機した。体重を預けられそうな枝を見つけたコジマは双眼鏡を覗き込んでツボミの示した方向を確認する。そこには生い茂った草に隠れて通常の一回りほど大きいであろう二匹の犬の姿があった。それらは一定間隔で屋敷の扉の前を行き来しており、視線は明らかに自分達の方を向いている。どうやら、こちらの存在には気付いているようだ。ただ警戒しているのかすぐに襲ってくる様子はない。近付けばすぐに戦闘態勢になるのだろうが、とコジマは顔をしかめる。
「……ようす、どう?」
「こちらには気付いているようです。これ以上近付けば攻撃してきそうですよ」
自身を見上げながら問いかけてくるリムリィにコジマは事務的に返しながら木から降りて一同に合流する。
「まずはその二匹からですね」
アンジェリカは言いながら自身の武器をしっかりと構えてツボミの前に立った。ティラミスも自身の拳を握って開いてを数回繰り返しながら柳凪を使って戦闘態勢に入る。それに続いてリムリィが龍氣螺合で自身のリミッターを外しながら身の丈以上あるハンマーを構えた。
「では、話していたとおりに」
最後に全体の先頭に立ったユリカが構えた盾に魔力を流し込む。
「では、行くぞ」
ツボミの声に一同は番犬の守る領地へと足を踏み入れた。
次の瞬間、ガサガサと一部の草むらが揺れる。草に隠れて姿を見ることは難しいがコジマの言ったとおりイブリース達が動き始めたらしい。
「草むらの動きに注意するんだ。まずは一匹、確実に倒していくぞ」
陣形の後方で全体を見ていたツボミがいう。草むらの動きを見ながら真っ先に動いたのは未来視で未来のイブリース達の動きを見たティラミスだった。近付いてきた一体に向かってタイミングを合わせて魔力を込めた拳を繰り出す。その拳はイブリースを捕らえたが、イブリースが咄嗟に体勢を変えたことで深いところまでは届かなかった。しかし拳にまとった炎がイブリースの体皮の一部を焼く。
「致命傷にはなりませんでしたか」
「だいじょうぶ、まかせて」
ティラミスの攻撃により動きの鈍った敵にリムリィが飛びかかる。そして、そのまま勢いを殺すことなくハンマーを振り下ろした。さすがに一瞬とも言える間にやってきた追撃を交わすことは出来ず、イブリースは為す術なくハンマーに叩き潰される。それでもなお立ち上がるイブリースに、空中二段飛びで確実に敵の姿を捉えたアンジェリカが手にした武器に気合を込めて振り下ろす。弱ったイブリースに当たるかと思われたそれは突然間に入ってきたもう一匹のイブリースに当たった。アンジェリカの攻撃を食らって一回地面に叩きつけられたイブリースだったが、まだそれなりに立てるようで弱った方のイブリースの首元を噛んで一旦一同から距離を取る。
「今のは、庇ったということでしょうか?」
「私にもそう見えました。とすると、連携してくるということですね」
武器を構え直しながら眉を潜めたアンジェリカにユリカが同意するように言った。
「連携か、厄介だな」
「姿もきちんと視認できませんからね」
後方のツボミとコジマも敵の動きをさらに注視しながら言い合う。そんな彼女達の様子を見ていたイブリース達は次の標的を決定したらしく、再び草むらの中を動き出す。その揺れは段々とリムリィの方に向かっていた。
「リムリィさん! 行きますよ!」
「うん」
未来視でイブリースがリムリィの方に行くことを確認したティラミスが声を上げる。ハンマーを地面に突き立てて迎え撃つ体勢を整えたリムリィにイブリースが大きく口を開けて飛びかかる。リムリィはあえてその噛みつきを受ける形でイブリースを受け止めた。イブリースの牙は中々に鋭く、遠慮なくリムリィの腕に食い込む。しかし、リムリィの表情は変わらない。しかし、はたと気付く。もう一匹はどこに? 二匹共リムリィに近付いていたから二匹同時に攻撃してくるかと思われたが、どうやら一匹は囮だったらしい。リムリィが一匹を受け止めた隙にもう一匹が彼女の後方に向かっていった。
「ユリカさん、行きました!」
「任せてください!」
気付いたアンジェリカが叫ぶ。それに応えたユリカが速度を上げて突進してきたイブリースをしっかりと受け止める。その衝撃は中々のものだったが、ユリカは身につけている武器や防具の重さと自身の構えで吹き飛ばされないようしてその場に留まる。そして、そのままイブリースをそこに押さえつけた。
「今です!」
ユリカの声を受けてコジマが押さえつけられているイブリースに狙いを定めて魔導攻撃を放った。イブリースは避けることも出来ず、その攻撃を直に食らう。
二匹のイブリースが動けなくなっている間にツボミが一番傷の深いリムリィにメセグリンを放った。
「大丈夫か?」
「うん、へいき。いたくないから」
言いながらリムリィはそのまま噛みつかれている方の腕を振り上げて思い切り地面に叩きつけた。叩きつけられたイブリースは噛みつく力を失い、リムリィの腕から外れ二回程地面にバウンドする。さすがに体皮の一部が焼かれて何度も重い攻撃を喰らったので、イブリースは立ち上がることが出来ずその場に蹲っていた。
「こっちはおわった」
「後はそちらだけですね」
アンジェリカはユリカの押さえているイブリースの方を見る。
「タイミングを見て拘束を外します!」
「ええ、お願いいたしますね!」
アンジェリカの視線で意図したことが分かったユリカは力強く頷いて言った。それに応えたアンジェリカはしっかりと武器を握りしめてユリカに当たらないギリギリの位置を狙って振り下ろした。それはしっかりとイブリースに命中し、イブリースは一度地面に叩きつけられて宙を舞う。しかし戦闘不能にすることは出来なかったのか空中で体勢を立て直したイブリースは蹲っているもう一匹を庇うようにして立つ。そこを狙ってティラミスは攻撃を繰り出した。その攻撃はしっかりとイブリースを捕らえた。そしてもう一匹のイブリースも地に崩れ落ちる。その姿は先程までと比べて一回りほど小さい。イブリース化が解けたようだ。
●
「これでひとまずは終わりのようだな」
「ええ」
一息ついて周囲を見渡しながら言ったツボミにアンジェリカは頷いた。
「……め、さますかな?」
「弱ってはいますが呼吸は安定していますし、きっと大丈夫ですよ」
リムリィとティラミスは倒れた犬達を気にしている。その背後でコジマが軽く怪我をしたユリカを治療していた。
「他に怪我人はいますか?」
治療を終えたコジマが周囲に呼びかける。それに対して周りは大丈夫だと答えた。それを確認したコジマは犬達にもひとますの治療を施した。
少しばかり休憩を挟んで、なら次は屋敷内の調査をといったところで意識を失っていた犬達が小さく唸って目を覚ました。自分達を見ている人達の事など気にすることなく、二匹は屋敷の方へ歩き出す。二匹に何か感じたケモノビトのアンジェリカ、ティラミス、リムリィは他の三人について行ってみようと声をかける。そして、自由騎士達は二匹の後を追った。
ついて行くと二匹は必死に屋敷の扉を開けようとしていた。
「……なかにいきたいの?」
リムリィがそう尋ねれば二匹は答えるようにワウと鳴いた。
「なら行きましょう。どのみち中に入って調査をしないといけないですから」
コジマの言葉を受けてティラミスは軽く扉をノックをする。反応はない。中での光源のためにホムンクルスを作って後ろに下がったティラミスの代わりに先頭に立ったユリカとコジマがそれぞれ右手側と左手側の扉を静かに開けた。その扉は外の荒れ具合と反してすんなりと開いた。あまりの抵抗の無さにユリカは少々驚いた。
「まるで誰かが最近まで出入りしていたみたいですね……」
「慎重に行きましょう」
そうして自由騎士達は屋敷へと足を踏み込む。その後に続いて犬達も屋敷内へ入っていった。
最初に入った場所は玄関ホールとも言うべき場所だった。ここも外と違って随分と綺麗で、まるで誰かが定期的に掃除をしているようだった。特に暗すぎるということもなく、ティラミスとホムンクルス達が持っているカンテラで光源は十分なほどだ。
「水鏡に写った人影というのは、もしかしたらそれなりに知性を持ち合わせているのかもしれないな」
屋敷内の様子と貰った見取り図を確認しながらツボミがそんな事を呟いた。その時、一同の近くからガタンという物音がした。全員が警戒してそちらを向くと驚きの光景が広がっていた。
なんと、先程の犬達が小さな箒を加えて屋敷の床を往復していたのだ。
「え……これどういう状況なんですか?」
先頭で盾を構えていたユリカがぽかんとしている。
「どうやら、お掃除をしているみたいですよ」
二匹の行動を見ていたアンジェリカがぽつりと答えた。一同に再び沈黙が訪れる。
「随分賢いんですね……」
「……あたまいい、えらい」
そんなティラミスとリムリィの言葉を受けて二匹は嬉しそうにワンと鳴いた。そして、どこかの部屋に向かって歩いていく。
「どこに行くんでしょう」
「あっちは……手伝いの人の部屋だったところだな」
何かあるのかもしれないと思い、一同は警戒しながらそちらに向かう。犬達が器用に開け放った扉の隙間からコジマとユリカが中を伺う。視認できるところに敵らしき影はない。コジマとユリカは慎重に扉を開け放つ。先程までいた玄関ホールに比べるとやや手入れが行き届いていないが、やはり外と比べて随分と綺麗だ。そんな部屋の一室、引き出しのある机の近くで犬達は静かにおすわりをしていた。まるでこの机を調べろと言わんばかりだ。ツボミとティラミスがその机を調べることにして、他のメンバーは警戒と別の場所の探索にあたる。
その机の引き出しの中には隠されるように一冊の薄い本が入っていた。ツボミが慎重に開く。どうやら手伝いの人の日記だったらしく、その死の直前までのことが事細かく記されていた。この屋敷の夫婦が出かけている間は息子は家を守るように家事などを積極的にやっていたこと、その息子が病気になり視力が弱くなってきた頃、介助犬として二匹の犬がやってきたこと、息子の真似をして犬達も家の事をするようになったこと、などだ。そして、間から古ぼけた一枚の紙が滑り落ちた。ティラミスが拾い上げる。ツボミもそれを覗き込んだ。それは絵だった。それにはこの場にいる犬達とよく似た犬と一人の少年が描かれている。
「この子達は息子さんと一緒にこの家を守ろうとしていたのですね」
絵を見ながらティラミスがそう漏らした。その時だった。彼女はホムンクルスが何かの人影を捉えたのを見た。
「皆さん、何者かが近付いています!」
ティラミスの声に全員が開けておいた扉を注視する。少しすると、カツカツという硬い音とペタペタというやや湿った音が響いてきた。そして、それは現れる。それは箒を杖代わりにした少年だった。ティラミスとツボミはその少年が絵の少年に瓜二つであることに気付いた。異なる部分は唯一つ、腹に大きな切り傷があることだった。おそらく強盗に殺されたときの傷だろう。その痛々しさに数人が顔をしかめる。だからといって手を抜く訳にはいかない。一同が臨戦態勢を整えると少年は殺意を滲ませた瞳で箒を構えて向かってくる。が、三歩歩かないうちにその場に崩れ落ちてしまった。そこから立ち上がろうともがいているが出来ないらしい。
「もしや、体が動かないのか?」
日記を読んでいたツボミはそんな解答を導き出した。少年の身体をよく見てみると四肢は骨と皮かと思うくらいに細い。角膜は白く濁り光が見えていないと判断できる。この様子からしてここまで来たのでやっとなのだろう。そんな状態で少年は戦おうとしている。おそらく彼の記憶の中の強盗と。
「それなら、終わりにさせてやらねばな」
「ええ、そうですね」
「……たぶんこのままいるのはよくない」
「はい、平和のためにも彼のためにも」
「やるしかないですね」
「それが救いになるはずです」
各々武器を構える。出来れば苦しまずに、それはきっと誰もが思っていることだった。自由騎士達の剣が、槌が、拳が、魔法が、少年を攻撃し浄化していく。犬達もその様子を静かに見守っていた。そして、最後の一撃が少年に降りかかる。すると、先程まで瞳に宿っていた殺意が消えていく。同時に四肢を動かす力も。そんな少年の遺体に犬達が駆け寄る。そして、動かない彼の二度目の死を悼むかのように鳴いた。
●
還リビトの少年を浄化してから改めて屋敷内を調査したが、特に問題点は見られなかった。ただ、やはり屋敷内は外と比べて随分綺麗で、二匹の犬、もしかしたらあの少年もこの屋敷を守ろうと手入れをしていたのかもしれない。彼らが守った屋敷の様子を今の管理人に伝えれば管理人はとても驚いていた。そして、何らかの形で今よりもっと管理しやすい形にできるように考えてみるとも。残された少年の遺体はきちんと然るべき場所に埋葬することになった。二匹の犬は少年の墓のある場所の墓守に引き取られることになった。そして、空き家探検をしようとしていた少年たちはちょうど自由騎士達と話していた管理人に捕まり、空き家探検はあまりいいことじゃないと注意を受けた。
こうして、自由騎士達によって一つの歪んだ魂と二つの生はそれぞれの呪縛から開放され、これからイ・ラプセルの未来を紡ぐ子供達の命が無事に守られたのだった。
演算室をあとにした君達は明日の出発までに出来る準備をすることにした。
「まずはその屋敷までの地図があるといいな」
そう声を上げたのは『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)だった。
「あとは出来れば屋敷内の間取りとかもほしいところですね」
「そうですね。その方が屋敷の調査がしやすいでしょうし」
コジマ・キスケ(CL3000206)の言葉に同意したのは『癒しの回復師』ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)だ。
「どこかで屋敷についての詳しい話が聞けないでしょうか?」
「町の方々に聞いてみるのはどうでしょう?」
「……いいとおもう」
ううんと首を傾げたユリカ・マイ(CL3000516)に『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)がそのように提案し、『黒炎獣』リムリィ・アルカナム(CL3000500)がそれに賛成するように頷いた。
「なら、町で情報収集するのがいいだろう」
「……もしかしたらうわさとかになってるかも」
ツボミとリムリィの言葉に一同は頷いた。
●
自由騎士達が情報収集をはじめてしばらく経ったとき、ようやくその屋敷のことを知っている男性を見つけることが出来た。なんでもちょっとした森の奥にある屋敷らしく、屋敷のある森までは特に入り組んだ道ではないらしいが森の中に入ると途端に獣道のようになるという。教えてくれた彼は丁寧に地図に通り道を記したものを手渡してくれた。
「……まえにすんでたひと、どうしたの?」
話を聞いていたリムリィが尋ねると彼は顔をしかめる。以前は夫婦とその息子、そして手伝いの人で住んでいたらしい。しかし、夫婦の方が出先で事故に遭い死亡、その後に強盗に入られて手伝いの人と息子は殺されてしまったという。強盗はその家で飼っていた犬に捕まり然るべきところで裁かれたらしい。
「けど、その犬達は新しい飼い主が見つかる前にどこかに行っちまったみたいなんだ」
どこ行ったんだかな、とその人は顎をさすった。
二匹の犬。その条件に自由騎士達は図らずも同じことを考える。しかし、その考えは表に出さずに一同は話をしてくれた人に礼を述べた。それに対して構わないと笑った彼は、さらに現在その屋敷を管理している人を紹介してくれた。紹介された人物に会いに行って事情を話せば、快く屋敷の見取り図を自由騎士達に渡してくれた。そして、管理してはいるが屋敷までの道が獣道のようになっているため便利とは言えず、なかなか様子を見に行けなくて困っていたのだと言った。だから、出来れば屋敷が今どうなってるか分かったら教えてほしいと頼んできた。断る理由もないため構わないと自由騎士達は頼み事を了承した。
そうして目的の情報を集め終わった自由騎士達は明日に備えて身体を休めた。
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翌朝。集合した一同がもらった地図と照らし合わせて森の中を進んでいけば、少し遠くに伸び放題の草や蔓に囲まれた小さな屋敷が見えてきた。
「あれが例のお屋敷ですね……」
地図を持って一同を先導していたツボミのすぐ後ろに控えていたユリカが目を凝らしながら言った。その後ろでコジマは持ってきた双眼鏡を覗き込む。
「今の所、屋敷の中に人影のようなものは確認できません」
コジマは視認できた状況を事務的に淡々と語る。
「もう少し近づいてみましょう。そうすれば敵の気配も分かるかもしれません」
「……うん」
少しの間目を閉じて集中していたティラミスがそう言った。メンバーの最後尾を歩いていたリムリィも周りを警戒していたが、何の気配も感じられずティラミスの意見に同意した。
さらに少し進んで屋敷の姿がはっきり見えたあたりで双眼鏡を持ったコジマが近くのそこまで高くはない手頃な木に足をかける。
「ちょっと登って確認してみます」
「お願いしますね」
コジマの言葉に応えたユリカは登っていく彼女の万が一に備えて木の下に待機した。体重を預けられそうな枝を見つけたコジマは双眼鏡を覗き込んでツボミの示した方向を確認する。そこには生い茂った草に隠れて通常の一回りほど大きいであろう二匹の犬の姿があった。それらは一定間隔で屋敷の扉の前を行き来しており、視線は明らかに自分達の方を向いている。どうやら、こちらの存在には気付いているようだ。ただ警戒しているのかすぐに襲ってくる様子はない。近付けばすぐに戦闘態勢になるのだろうが、とコジマは顔をしかめる。
「……ようす、どう?」
「こちらには気付いているようです。これ以上近付けば攻撃してきそうですよ」
自身を見上げながら問いかけてくるリムリィにコジマは事務的に返しながら木から降りて一同に合流する。
「まずはその二匹からですね」
アンジェリカは言いながら自身の武器をしっかりと構えてツボミの前に立った。ティラミスも自身の拳を握って開いてを数回繰り返しながら柳凪を使って戦闘態勢に入る。それに続いてリムリィが龍氣螺合で自身のリミッターを外しながら身の丈以上あるハンマーを構えた。
「では、話していたとおりに」
最後に全体の先頭に立ったユリカが構えた盾に魔力を流し込む。
「では、行くぞ」
ツボミの声に一同は番犬の守る領地へと足を踏み入れた。
次の瞬間、ガサガサと一部の草むらが揺れる。草に隠れて姿を見ることは難しいがコジマの言ったとおりイブリース達が動き始めたらしい。
「草むらの動きに注意するんだ。まずは一匹、確実に倒していくぞ」
陣形の後方で全体を見ていたツボミがいう。草むらの動きを見ながら真っ先に動いたのは未来視で未来のイブリース達の動きを見たティラミスだった。近付いてきた一体に向かってタイミングを合わせて魔力を込めた拳を繰り出す。その拳はイブリースを捕らえたが、イブリースが咄嗟に体勢を変えたことで深いところまでは届かなかった。しかし拳にまとった炎がイブリースの体皮の一部を焼く。
「致命傷にはなりませんでしたか」
「だいじょうぶ、まかせて」
ティラミスの攻撃により動きの鈍った敵にリムリィが飛びかかる。そして、そのまま勢いを殺すことなくハンマーを振り下ろした。さすがに一瞬とも言える間にやってきた追撃を交わすことは出来ず、イブリースは為す術なくハンマーに叩き潰される。それでもなお立ち上がるイブリースに、空中二段飛びで確実に敵の姿を捉えたアンジェリカが手にした武器に気合を込めて振り下ろす。弱ったイブリースに当たるかと思われたそれは突然間に入ってきたもう一匹のイブリースに当たった。アンジェリカの攻撃を食らって一回地面に叩きつけられたイブリースだったが、まだそれなりに立てるようで弱った方のイブリースの首元を噛んで一旦一同から距離を取る。
「今のは、庇ったということでしょうか?」
「私にもそう見えました。とすると、連携してくるということですね」
武器を構え直しながら眉を潜めたアンジェリカにユリカが同意するように言った。
「連携か、厄介だな」
「姿もきちんと視認できませんからね」
後方のツボミとコジマも敵の動きをさらに注視しながら言い合う。そんな彼女達の様子を見ていたイブリース達は次の標的を決定したらしく、再び草むらの中を動き出す。その揺れは段々とリムリィの方に向かっていた。
「リムリィさん! 行きますよ!」
「うん」
未来視でイブリースがリムリィの方に行くことを確認したティラミスが声を上げる。ハンマーを地面に突き立てて迎え撃つ体勢を整えたリムリィにイブリースが大きく口を開けて飛びかかる。リムリィはあえてその噛みつきを受ける形でイブリースを受け止めた。イブリースの牙は中々に鋭く、遠慮なくリムリィの腕に食い込む。しかし、リムリィの表情は変わらない。しかし、はたと気付く。もう一匹はどこに? 二匹共リムリィに近付いていたから二匹同時に攻撃してくるかと思われたが、どうやら一匹は囮だったらしい。リムリィが一匹を受け止めた隙にもう一匹が彼女の後方に向かっていった。
「ユリカさん、行きました!」
「任せてください!」
気付いたアンジェリカが叫ぶ。それに応えたユリカが速度を上げて突進してきたイブリースをしっかりと受け止める。その衝撃は中々のものだったが、ユリカは身につけている武器や防具の重さと自身の構えで吹き飛ばされないようしてその場に留まる。そして、そのままイブリースをそこに押さえつけた。
「今です!」
ユリカの声を受けてコジマが押さえつけられているイブリースに狙いを定めて魔導攻撃を放った。イブリースは避けることも出来ず、その攻撃を直に食らう。
二匹のイブリースが動けなくなっている間にツボミが一番傷の深いリムリィにメセグリンを放った。
「大丈夫か?」
「うん、へいき。いたくないから」
言いながらリムリィはそのまま噛みつかれている方の腕を振り上げて思い切り地面に叩きつけた。叩きつけられたイブリースは噛みつく力を失い、リムリィの腕から外れ二回程地面にバウンドする。さすがに体皮の一部が焼かれて何度も重い攻撃を喰らったので、イブリースは立ち上がることが出来ずその場に蹲っていた。
「こっちはおわった」
「後はそちらだけですね」
アンジェリカはユリカの押さえているイブリースの方を見る。
「タイミングを見て拘束を外します!」
「ええ、お願いいたしますね!」
アンジェリカの視線で意図したことが分かったユリカは力強く頷いて言った。それに応えたアンジェリカはしっかりと武器を握りしめてユリカに当たらないギリギリの位置を狙って振り下ろした。それはしっかりとイブリースに命中し、イブリースは一度地面に叩きつけられて宙を舞う。しかし戦闘不能にすることは出来なかったのか空中で体勢を立て直したイブリースは蹲っているもう一匹を庇うようにして立つ。そこを狙ってティラミスは攻撃を繰り出した。その攻撃はしっかりとイブリースを捕らえた。そしてもう一匹のイブリースも地に崩れ落ちる。その姿は先程までと比べて一回りほど小さい。イブリース化が解けたようだ。
●
「これでひとまずは終わりのようだな」
「ええ」
一息ついて周囲を見渡しながら言ったツボミにアンジェリカは頷いた。
「……め、さますかな?」
「弱ってはいますが呼吸は安定していますし、きっと大丈夫ですよ」
リムリィとティラミスは倒れた犬達を気にしている。その背後でコジマが軽く怪我をしたユリカを治療していた。
「他に怪我人はいますか?」
治療を終えたコジマが周囲に呼びかける。それに対して周りは大丈夫だと答えた。それを確認したコジマは犬達にもひとますの治療を施した。
少しばかり休憩を挟んで、なら次は屋敷内の調査をといったところで意識を失っていた犬達が小さく唸って目を覚ました。自分達を見ている人達の事など気にすることなく、二匹は屋敷の方へ歩き出す。二匹に何か感じたケモノビトのアンジェリカ、ティラミス、リムリィは他の三人について行ってみようと声をかける。そして、自由騎士達は二匹の後を追った。
ついて行くと二匹は必死に屋敷の扉を開けようとしていた。
「……なかにいきたいの?」
リムリィがそう尋ねれば二匹は答えるようにワウと鳴いた。
「なら行きましょう。どのみち中に入って調査をしないといけないですから」
コジマの言葉を受けてティラミスは軽く扉をノックをする。反応はない。中での光源のためにホムンクルスを作って後ろに下がったティラミスの代わりに先頭に立ったユリカとコジマがそれぞれ右手側と左手側の扉を静かに開けた。その扉は外の荒れ具合と反してすんなりと開いた。あまりの抵抗の無さにユリカは少々驚いた。
「まるで誰かが最近まで出入りしていたみたいですね……」
「慎重に行きましょう」
そうして自由騎士達は屋敷へと足を踏み込む。その後に続いて犬達も屋敷内へ入っていった。
最初に入った場所は玄関ホールとも言うべき場所だった。ここも外と違って随分と綺麗で、まるで誰かが定期的に掃除をしているようだった。特に暗すぎるということもなく、ティラミスとホムンクルス達が持っているカンテラで光源は十分なほどだ。
「水鏡に写った人影というのは、もしかしたらそれなりに知性を持ち合わせているのかもしれないな」
屋敷内の様子と貰った見取り図を確認しながらツボミがそんな事を呟いた。その時、一同の近くからガタンという物音がした。全員が警戒してそちらを向くと驚きの光景が広がっていた。
なんと、先程の犬達が小さな箒を加えて屋敷の床を往復していたのだ。
「え……これどういう状況なんですか?」
先頭で盾を構えていたユリカがぽかんとしている。
「どうやら、お掃除をしているみたいですよ」
二匹の行動を見ていたアンジェリカがぽつりと答えた。一同に再び沈黙が訪れる。
「随分賢いんですね……」
「……あたまいい、えらい」
そんなティラミスとリムリィの言葉を受けて二匹は嬉しそうにワンと鳴いた。そして、どこかの部屋に向かって歩いていく。
「どこに行くんでしょう」
「あっちは……手伝いの人の部屋だったところだな」
何かあるのかもしれないと思い、一同は警戒しながらそちらに向かう。犬達が器用に開け放った扉の隙間からコジマとユリカが中を伺う。視認できるところに敵らしき影はない。コジマとユリカは慎重に扉を開け放つ。先程までいた玄関ホールに比べるとやや手入れが行き届いていないが、やはり外と比べて随分と綺麗だ。そんな部屋の一室、引き出しのある机の近くで犬達は静かにおすわりをしていた。まるでこの机を調べろと言わんばかりだ。ツボミとティラミスがその机を調べることにして、他のメンバーは警戒と別の場所の探索にあたる。
その机の引き出しの中には隠されるように一冊の薄い本が入っていた。ツボミが慎重に開く。どうやら手伝いの人の日記だったらしく、その死の直前までのことが事細かく記されていた。この屋敷の夫婦が出かけている間は息子は家を守るように家事などを積極的にやっていたこと、その息子が病気になり視力が弱くなってきた頃、介助犬として二匹の犬がやってきたこと、息子の真似をして犬達も家の事をするようになったこと、などだ。そして、間から古ぼけた一枚の紙が滑り落ちた。ティラミスが拾い上げる。ツボミもそれを覗き込んだ。それは絵だった。それにはこの場にいる犬達とよく似た犬と一人の少年が描かれている。
「この子達は息子さんと一緒にこの家を守ろうとしていたのですね」
絵を見ながらティラミスがそう漏らした。その時だった。彼女はホムンクルスが何かの人影を捉えたのを見た。
「皆さん、何者かが近付いています!」
ティラミスの声に全員が開けておいた扉を注視する。少しすると、カツカツという硬い音とペタペタというやや湿った音が響いてきた。そして、それは現れる。それは箒を杖代わりにした少年だった。ティラミスとツボミはその少年が絵の少年に瓜二つであることに気付いた。異なる部分は唯一つ、腹に大きな切り傷があることだった。おそらく強盗に殺されたときの傷だろう。その痛々しさに数人が顔をしかめる。だからといって手を抜く訳にはいかない。一同が臨戦態勢を整えると少年は殺意を滲ませた瞳で箒を構えて向かってくる。が、三歩歩かないうちにその場に崩れ落ちてしまった。そこから立ち上がろうともがいているが出来ないらしい。
「もしや、体が動かないのか?」
日記を読んでいたツボミはそんな解答を導き出した。少年の身体をよく見てみると四肢は骨と皮かと思うくらいに細い。角膜は白く濁り光が見えていないと判断できる。この様子からしてここまで来たのでやっとなのだろう。そんな状態で少年は戦おうとしている。おそらく彼の記憶の中の強盗と。
「それなら、終わりにさせてやらねばな」
「ええ、そうですね」
「……たぶんこのままいるのはよくない」
「はい、平和のためにも彼のためにも」
「やるしかないですね」
「それが救いになるはずです」
各々武器を構える。出来れば苦しまずに、それはきっと誰もが思っていることだった。自由騎士達の剣が、槌が、拳が、魔法が、少年を攻撃し浄化していく。犬達もその様子を静かに見守っていた。そして、最後の一撃が少年に降りかかる。すると、先程まで瞳に宿っていた殺意が消えていく。同時に四肢を動かす力も。そんな少年の遺体に犬達が駆け寄る。そして、動かない彼の二度目の死を悼むかのように鳴いた。
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還リビトの少年を浄化してから改めて屋敷内を調査したが、特に問題点は見られなかった。ただ、やはり屋敷内は外と比べて随分綺麗で、二匹の犬、もしかしたらあの少年もこの屋敷を守ろうと手入れをしていたのかもしれない。彼らが守った屋敷の様子を今の管理人に伝えれば管理人はとても驚いていた。そして、何らかの形で今よりもっと管理しやすい形にできるように考えてみるとも。残された少年の遺体はきちんと然るべき場所に埋葬することになった。二匹の犬は少年の墓のある場所の墓守に引き取られることになった。そして、空き家探検をしようとしていた少年たちはちょうど自由騎士達と話していた管理人に捕まり、空き家探検はあまりいいことじゃないと注意を受けた。
こうして、自由騎士達によって一つの歪んだ魂と二つの生はそれぞれの呪縛から開放され、これからイ・ラプセルの未来を紡ぐ子供達の命が無事に守られたのだった。