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【女神の影】黒き断罪者




 大型の鴉。そう見えた。
 高速で飛行する、黒い影。
 それを地上から、狙い撃ちしている者たちがいる。
 小銃を携えた、何人もの兵士。
 イ・ラプセルの正規軍ではない。館の主の、私兵である。
 王侯貴族の城館と見紛うばかりの、豪奢な邸宅。
 その庭園で、兵士たちがひたすら銃撃をぶっ放していた。高速飛来する、鴉のようなものに向かって。
 力強く引き締まった肉体を飛翔させる。黒い翼。
 はためく衣服は、アクア神殿の戦闘法衣である。ただ、色は黒い。アクア神殿の聖職者としては異様とも言える、暗黒の衣。
 ソラビトの、若い男。髪も黒い。
 地上を睨む、秀麗な顔だけが白い。
 怯え、喚き、小銃を乱射する兵士たちに、空中から冷たく鋭い眼光が向けられる。
 小刻みに銃撃を回避しながら、黒いソラビトは庭園へと降下して行く。空中から地上へと、突っ込んで行く。
 様々なものが、噴出した。手足、生首、肉片、臓物。
 兵士たちを粉砕しながら、黒衣のソラビトは着地していった。
 その長い両脚が、鉤爪を形作る鋭利な五指が、私兵の群れを蹴り潰し、引き裂き、削減してゆく。
 豪奢な庭園は、血の海に変わっていた。
 この鴉は、屍肉をついばむ掃除屋ではない。
 生きた人間を原形なき屍肉に変える、破壊者であった。
 背中の翼をはためかせ、血の汚れを払い飛ばしながら、黒衣の破壊者は邸内へと歩み入った。
 従僕、使用人。そういった人々が、悲鳴を上げて逃げ惑う。
 目もくれず、ソラビトの若者は大広間の扉を蹴破った。
 この邸宅の、主がいた。
 ノウブルの老人である。
 でっぷりと、だらしなく肥えた身体。華美なだけの衣服と装身具。身ぐるみ剥ぐだけで、ひと財産になるだろう。
「……何が……望みであるか……」
 ひと財産どころではない金銀宝石類に囲まれ、老人は怯えている。
「見ての通り、金はある……欲しいだけ、そなたにやろう……」
「無論、全て没収するとも」
 黒き破壊者は、告げた。
「元アクア神殿上級神官ウォルマー・レナム殿……貴公の罪が、裁かれる時が来たのだ。たとえアクアディーネ様がお許しになったとしても、我らが許さぬ」
「私が……何をしたと、言うのだ……」
「清貧を旨とする職にある者が、これほどの財を如何にして成した?」
 睨み据え、問いただす。
「アクア神殿が、今よりもずっと強権的であった時代……大勢の民が貴殿らに搾取され、死に追いやられた。神官トマーゾ・ランチェルフによる告発によって何名もの高位聖職者が失脚の罰を受けたがウォルマー殿、貴公は上手くかわしたようだな? 調べは、ついているのだぞ」
 その後、ウォルマー・レナム上級神官は政治的立ち回りでトマーゾ・ランチェルフを陥れ、彼をアクア神殿から追放した。
「そのトマーゾ元神官が、生きてアマノホカリより帰還した。心中穏やかではいられなかったのだろうな、ウォルマー殿……アマノホカリの侍たちを雇い、トマーゾ老の命を狙わせるとは」
「……あの……役立たずの敗残兵どもが……」
 ウォルマーは呻く。
「……そなた1人を、あやつら全員分の金で雇おう。悪い話ではあるまい? 死にぞこないのトマーゾ・ランチェルフ、背教者エルトン・デヌビス、他おぞましきアマノホカリの異端者どもを殺し尽くして来るのだ」
「……殺し尽くそう。貴様たちを、な」
 片手で、鉤爪を形作る。
「アクアディーネ様の御名を用いて民を虐げ、不浄の財を成す者ども……聞こえぬか? まあ聞こえぬだろうな……アクアディーネ様が、泣いておられる」
 その鉤爪が、ウォルマーの頭部をもぎ取っていた。
「自由騎士団……お前たちでは、こやつらを殺せまい……まあ仕方のない事だ。お前たちは、光ある道を往かねばならぬ」
 首無しの屍を、片足で踏み付ける。
「我らは、闇を往く。俺は特務神官アイヴァーン・ゲルト……アクアディーネ様の、影である」


 アマノホカリ消滅。
 国家体制の崩壊ではなく、国土そのものの消失。
 このような事態、誰が予測し得たであろうか。
 アマノホカリの民が、イ・ラプセルへと流れ込んで来た。
 アクア神殿を追放されてアマノホカリへと流れ着き、もはや我らと関わりなく生きていた者が、イ・ラプセルへと帰って来た。
 トマーゾ・ランチェルフが、帰って来てしまったのだ。
 ウォルマー・レナム元上級神官など今頃、心中穏やかではないであろう。かの御仁、随分な事をしでかしてきた。
 それらを、若き日のトマーゾ神官は告発した。正当な告発が受理されるよう、随分と政治的な事もしたようである。
 だが政治的根回しにおいては、ウォルマー上級神官の方が一枚上手であった。
 トマーゾの告発によって、かなりの数の高位聖職者が失脚の憂き目に遭った。ウォルマー上級神官の腰巾着であった私も、その1人である。
 だがウォルマー自身は追及を巧みにかわし、逆にトマーゾを陥れて破門・追放に追い込んだ。
 その後ウォルマーは、エドワード王による改革で利権をいくつか失ったものの莫大な私財を保ち、今も贅沢三昧の生活をしているようである。
 私はと言うと、このような片田舎で、年老いた世捨て人として一生を終えようとしている。
 それも良い、という気がする。様々な事に、もう疲れてしまった。
 そんな世捨て人のもとへ、客人が来た。
「元アクア神殿中級神官、エディオ・ケリー殿」
 名前と過去を、調べ上げられている。
 とある山中。私の自宅である山小屋の、まあ庭と言って良いだろう。
 老骨に鞭打って薪割りをしている私に、その男たちは話しかけてきた。
「不公平な思いは、させぬ……ウォルマー・レナム元上級神官は、死んだ」
「かの者が、神殿の名のもとに民を虐げ、私腹を肥やす……その片棒を担いだ貴殿もまた、罰を受けねばならぬ」
 男たちが身にまとっているのは、アクア神殿の法衣である。
 ただし、黒い。
 黒一色の、神官たち。影の如く、現れたところである。
「……死んだ……ウォルマー殿が……」
 この者たちに、殺されたのだろう。
 この者たちならば、その程度の事はするだろう。
 呆然と私は、そんな事を思った。初対面だが、そう思わせてしまう何かを、この黒き一団は感じさせた。
「私は……確かに、ウォルマー殿の不正行為を大いに手伝ったが……」
「ベスレム伯爵の件を覚えておいでか」
 黒衣の1人が、懐かしい名前を出した。猛牛の角を生やした、ケモノビトの巨漢である。
「そう。アクアディーネ様への些細な不敬を理由に領地を没収された、哀れな貴族だ。その領地は、表向きはアクア神殿の直轄となり……税収は、ことごとくウォルマー上級神官の懐に入る事となったそうな」
 巨漢が、涙を流した。
「ベスレム伯爵本人は獄死、その一族は散り散りとなって家系は途絶えた……エディオ殿、何を思う」
「わ……私は……」
「ベスレム伯爵の不敬を審理する裁判において、貴殿は虚偽の証言を行った。伯爵を有罪とするために」
「……言われたのだ……ウォルマー殿に、そうしろと……」
 私は、後退りをした。
「あの当時……ウォルマー上級神官に逆らう事など、誰にも出来なかった……仕方が、ないではないか」
「……聞こえぬか。アクアディーネ様が、泣いておられる……」
 巨漢が、戦斧を構えた。私の首を切り落とすための斧。
「間もなくアクアディーネ様が、唯一絶対の神と成られる……アクア神殿は、この世で最も穢れなき領域とならねばならぬ。現在の穢れ、過去の穢れ……全て滅する。アクアディーネ様の影である、我々がな」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
小湊拓也
■成功条件
1.敵オラクル(8名)の撃破(生死不問)。
 お世話になっております。ST小湊拓也です。
 シリーズシナリオ『女神の影』前後編の前編となります。

 イ・ラプセル王国。とある山中、山小屋の前で、小屋の住人であるエディオ・ケリー老人(非オラクル。ノウブル、男、69歳)が、黒衣の一団に殺されようとしております。助けてあげて下さい。

 黒衣の集団は計8名。自由騎士団の介入を予期しての人数であります。
 内訳は以下の通り。

●ギルファレス・ロッド
 前衛。ケモノビト、男、28歳。重戦士スタイル。『バッシュLV3』『ギアインパクトLV2』を使用。

●重戦士(3名)
 前衛。『バッシュLV2』『オーバーブラストLV2』を使用。

●ガンナー(4名)
 後衛。『ヘッドショットLV2』『バレッジファイヤLV2』を使用。

 山小屋周辺は、集団戦闘に支障ない程度の広さがあります。
 時間帯は昼。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬マテリア
2個  6個  2個  2個
4モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/8
公開日
2021年07月04日

†メイン参加者 6人†




「私、怒ってます。かなり」
 手刀による鮮やかな薪割りを披露しつつ、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は言った。
「絶対的な怒りです。ぜつ☆おこ! ですよ。痛い目を見たくないなら、今の内に降参して下さい。してくれないなら、次は貴方たちの頭をカチ割らなきゃいけなくなります」
「まあ落ち着きなさい、エルシー嬢」
 激昂するエルシーをなだめながら、『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は前に出た。
 そして見回し、状況を確認する。
 黒一色の法衣をまとう男が、8名。全員、手練れである。
 その8人に命を狙われている老人は、セアラ・ラングフォード(CL3000634)が背後に庇っていた。
「あなた方は……」
「お助けに参りましたがエディオ様、貴方のためではありませんので……何も、おっしゃらないで」
 セアラが言う。
 テオドールは、まずは会話を試みた。
「ベスレム伯爵の一件に関しては……私も、調べられる事は調べ上げてみた。こちらのエディオ・ケリー卿は、すでに法の裁きと刑罰を受けた身である。貴卿らの行いは単なる私刑、見過ごす事は出来ぬ」
「……知らぬ、わけではあるまい。自由騎士団よ」
 刺客8名の統率者ギルファレス・ロッドが、猛牛の角を振り立てる。
「法は、悪事を働いた者を守るためにしか機能せぬ……私刑で裁く者が必要なのだ! 自由騎士団よ、お前たちがそれをしてくれるのであれば! 我らとて手を汚さずに済むのだぞ!」
「……手を汚すのを、待っててくれたのかな」
 ギルファレスの巨体と対峙しているのは、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)の小さな身体である。
「カノンたちが来る前に、エディオさんを……殺す事、出来たよね。だいたい、おじいさん1人に対して君たち8人も要らないし」
「無論、お前たちを待っていた。この人数も、お前たちに備えてのものだ」
 ギルファレスが言った。
「自由騎士団からは逃げられぬ。ならば、最初に決着をつけておく。エディオ・ケリーの始末は、その後で良い」
「ふむ、なかなかの心意気だと思うぜ」
 戦闘服に仕込んだ加速装置を起動させながら、『森のホームラン王』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)が言った。
「なあ牛男。お前さんとは、じっくり話し合って出来れば説得したいとこなんだが……あいにく俺たちには時間がない。こんな戦いはとっとと終わらせて、ヴィス公どもと決着つけに行かなきゃならんのでな」
「ヴィスマルク帝国との、最終決戦が迫っている……だからこそ、イ・ラプセル国内の動乱を放置しておくわけにはいかない」
 静かな言葉を発したのは、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)である。
「君たち神官の間、だけの話ではない。イ・ラプセルの現状……政治も、風潮も、僕たち自由騎士団も、大きく関わっている……放っては、おけない」
「ほう……関わってくれる、と言うのか。貴様たち自由騎士団が」
 ギルファレスが地響きを立て、踏み込んで来た。
 大型の戦斧が、自由騎士たちを襲う。
「悪事を働き法を逃れる者どもを、狩り殺す! その手伝いを、してくれるとでも言うのか! アクアディーネ様の御ために」
「するワケないでしょうがぁあああああっ!」
 エルシーが、正面から迎え撃った。
 凹凸のくっきりとした力強いボディラインが、竜巻の如く捻転した。手刀、拳、蹴り……様々な攻撃が、嵐のように吹き荒れて黒衣の男たちを強襲する。
「アクアディーネ様が、こんな暗殺みたいな事! お許しになるはずがありません! 貴方たち、アクアディーネ様の御名前で! 自分らのやってる事、正当化しているだけでしょうがッ!」
 黒衣の刺客たちが、打撃の嵐に叩きのめされ吹っ飛んだ。
 ギルファレス1人が、エルシーの猛撃を大斧で受け防ぐ。
「そう……かも知れんな。正当化は必要だ。自分が正しいと思い込まねば、何も出来はしない……」
「アクアディーネ様の影、だそうですねっ!」
 その防御の上から、エルシーは己の全身を叩き込んで行った。至近距離からの体当たり。
 衝撃がギルファレスの巨体を貫通し、後方にいた黒衣の1人を直撃する。2人が、血飛沫を散らせて揺らぐ。
 そこへエルシーが、なおも踏み込んで行く。
「私もアクア神殿にお勤めする身ですけどね、貴方たちの事なんて知りません。イケメンじゃないから覚えてないだけかも知れませんが……誰にも知られないよう、大勢の人を殺しているんですか? ねえちょっと、アクアディーネ様の権能は!?」
「権能……そのようなもの、あろうが無かろうがヒトを殺める事は出来る」
 ギルファレスの戦斧が、エルシーを直撃していた。
「そうであろう? カノン・イスルギ。ウェルス・ライヒトゥーム」
「……そうだね」
 倒れたエルシーを庇う格好で、カノンがギルファレスにぶつかって行く。
 ウェルスは、たくましい両手で二丁拳銃を抜き構えていた。
「俺たちの事も、調べ上げてるのか……確かに俺もな、今思い出せるだけでもヘルメリアのくそったれキジン野郎を1人ぶち殺した事がある」
 2つの銃口が、烈火を噴いた。同じく銃を構え、引き金を引こうとしていた、黒衣の刺客たちに向かってだ。
 ウェルスの銃撃が、黒衣の銃士たちを薙ぎ倒している間。
「一応、聞くけど!」
 カノンが跳躍し、旋風と化した。小さな身体が回転し、あまり長くはない両脚を斬撃の如く振り回す。
「貴方たち、これが正義だって! 本気で信じてるのかな!? 確かに、法で裁けない悪い人はいるけれどっ!」
 暴風を吹かせる回し蹴りが、黒衣の刺客たちを薙ぎ払った。
 何名かが、吹っ飛んだ。
 ギルファレス1人がしかし、よろめきながらも立っている。
 いくらか間合いを開いて、カノンは着地した。
「……それでも、こんなやり方をカノンは認めない。結果は手段を正当化しないんだよ」
「そうか……ならば我々も、お前たちのやりようを認めない事にしよう」
 鮮血に染まったギルファレスの巨体が、イブリースの瘴気にも似た禍々しい闘気を立ち上らせる。
「アクアディーネ様の御世を穢す者どもに、死の天罰を下す……力を持ちながら、それをしない。自由騎士団! 私は貴様たちの、そこが許せぬ」
「凄まじい、闘気……」
 倒れたエルシーを抱き起こし、その身体に白い癒しの光を流し込みながら、マグノリアが言った。
「僕が先程、劣化の術式を施した……ギルファレス・ロッド、君の力は半減している。にもかかわらず、この攻撃力……その打たれ強さ……」
 白い光は、テオドールの全身をも包んでいる。この場にいる自由騎士全員に、癒しの守りをもたらしている。
 全員、ある程度の負傷であれば、自動的に治る。
 だがギルファレスの攻撃は、そのような程度を遥かに超えていた。
「……涙の跡が、残っていますよ……猛牛さん」
 エルシーが、マグノリアの細腕の中から、よろよろと立ち上がる。
「何が、そんなに悲しいんですか……お話にあったベスレム伯爵の、関係者ですか貴方? 御一族の身内とか」
「もしそうなら」
 カノンが言った。
「……これは復讐だ、って言われた方が、むしろ救いがあるよね。変な正義を振りかざすより」
「……正義を、振りかざしたら……いけないのか……」
 叩きのめされ、銃撃に薙ぎ倒されていた刺客たちが、立ち上がりながら反撃に出た。
「悪は、許さない……そう思ったら、いけないのか……!」
「お前ら自由騎士団が、悪い奴らを結局は許しちまう! だから世の中、悪い奴らがいつまでも! いなくならない!」
 大剣や戦槌による近接攻撃が、小銃による射撃が、自由騎士6人に叩き付けられる。
 合わせて、ギルファレスも踏み込んで来る。
「関係者、親族、縁者……でなければ、怒りを露わにしてはならない、のであろうか?」
 大型の戦斧が、唸りを立てて一閃する。
 血飛沫を散らせてよろめくテオドールを、両断する一撃。
「我らと全く無関係の人々が、蹂躙され、理不尽なる死を強制される……その現状を、我らは憎む。アクアディーネ様が唯一絶対の神と成られる世は、そのようであってはならんのだ!」
 迫り来る刃を睨みながらテオドールは、錬りに練り上げた呪力を解放した。
「ゆけるか、セアラ嬢……!」
「……ええ、参りましょう」
 セアラの細身が、負傷に耐えながら優雅に躍動した。音楽が聞こえて来るかのような、戦いの舞踏。
 その舞いが、魔力の大渦を巻き起こす。
 テオドールを叩き斬る寸前だったギルファレスが、大渦の直撃を受けて吹っ飛んだ。
 他の刺客たちも、魔力の渦に切り苛まれ、へし曲げられ、鮮血の霧を大量に漂わせる。
 その全員を、テオドールの呪力が、ひとまとめに絡め捕らえていた。
 白い、氷の荊。
 締め上げられ、穿たれ冷やされ、凍傷と裂傷を同時に負わされながら、黒衣の男たちが呻き、叫ぶ。
「お前ら……思わなかったのか、例えばイブリース退治の時……こいつさえ、いなかったら……イブリースは出現しなかった……」
「ヒトの悪事より生まれたイブリースの、何と多い事か!」
「……お前らが必死に、守ってる奴らが……そもそもの、元凶……! そいつらは自由騎士団に助けられ守られて、のうのうと生き続ける!」
「お前らが殺さないせいで!」
 テオドールは杖を掲げ、氷の荊を操作した。
 叫ぶ者たちが、なおも切り苛まれ、凍て付かされ、それでも怒りの叫びを止めない。
 静かに、テオドールは語りかけた。
「わかる……わかるとも。それは、我ら自由騎士団にとって……イブリース以上に、恐ろしい敵。我々は、心の中での戦いをも強いられている」
「確かにな。守ってるものに、守るだけの価値を……無理矢理にでも、見出さなきゃならん時がある」
 血まみれのウェルスが、よろりと立ち上がる。
「……こいつはな、イブリースと戦うよりキツいぜ」
「貴方たちは影、自由騎士団は光……役割としては、そう、であるのかも知れませんね」
 優美な細腕で魔力の大渦を制御しながら、セアラが言った。
「ですが、私の心に……光と程遠いものが渦巻く事は、もちろんあります。ひとつ何かが間違えば、貴方たちと同じ事をしてしまう……どうか踏みとどまりましょう、貴方がたも。私たちと一緒に」


 病の精霊が、荒れ狂っている。
 即席の病魔に蝕まれた刺客たちが、青ざめながら倒れ、血を吐き、だが弱々しくも立ち上がろうとする。
「その不屈の闘志……使いどころを、見誤ってはならぬ」
 杖で病魔を操りながら、テオドールが呪いの剣を地面に突き刺した。
「貴卿らの力と心意気……今後、必要となるであろう。今は、休め」
 いくつもの岩の柱が、地中より隆起して刺客たちを直撃する。
 黒衣の刺客たちは吹っ飛び、落下して地面に激突し、動かなくなった。
 いや。ギルファレスが1人、還リビトの如く立ち上がって来る。
 自由騎士団側で立っているのは、セアラの他にはマグノリアだけだ。テオドールは、片膝をついている。
 庇うように、マグノリアは立ち、小さな手で、存在しない弓を引いている。
「……悪しきものを、許せない……それは、わかる。けれど……君たちは、どこまでやる気でいるのかな?」
 魔力の矢が、うっすらと生じた。
「ヒトは、欲を捨て去る事が出来ない……欲求は『願い』、それがが無ければ……君たちも僕らも、生きてはゆけない……」
 うっすらと生じた光の矢が、放たれ、一瞬だけ輝きを強めながらギルファレスを直撃する。
「規模や性質が、変わる事はある……だけど。お金が欲しいという願い、誰かを守りたいという願い……根は、等しいものだと僕は思う。例えば前者を許さず、後者を許す……それを、君たちが決めてしまうのかい?」
「……決める。我らが」
 光の矢が突き刺さった巨体を、ギルファレスはよろめかせた。辛うじて倒れず、踏みとどまる。
「貴様ら自由騎士団が、それを怠っている以上……我らが、やらねばならぬ」
「傲慢」
 言葉と共に、セアラは癒しを念じた。
「……その自覚は、おありのようですが」
「傲慢であろうと、思い上がりであろうとだ!」
 ギルファレスが、まさに猛牛の如く踏み込んで来た。
「ベスレム伯爵の一件のみで明らかよ! 法の裁きなど、何の役にも立たぬ! アクアディーネ様の御世を穢す者どもはな、力で裁くしかないのだ! 貴様らがそれをせぬ、だから我らが行う!」
「…………使うな……!」
 血まみれのカノンが、ギルファレスの足元で立ち上がり、拳を振るう。
「そんなものに、アクアディーネ様の名前を使うなぁああああっ!」
 孤を描く拳撃が、叩き込まれる。
 一瞬へし曲がったギルファレスの巨体が、しかし直後には、カノンの小さな身体を踏み潰していた。
「これが正義だと、本気で信じているのか……そう問いかけたな、カノン・イスルギ。信じている。そう答えると同時に私も問いかけよう……お前たち自由騎士団は、己らが正義であると信じてはいないのか?」
 答えられぬまま、セアラは両の細腕で癒しの光を投げ撒いた。
 撒かれた光が、自由騎士たちをキラキラと包み込む。
 血まみれで倒れているエルシーとウェルスを、膝をついたテオドールを、よろめくマグノリアを。ギルファレスの足の下で死にかけている、カノンを。
 踏みにじりながら、ギルファレスはなおも問う。
「シャンバラを、ヘルメリアを、パノプティコンを滅ぼし、今まさにヴィスマルク帝国をも地上から消滅させんとする……そこには、ひとかけらの正義も無かったのか? アクアディーネ様の御名を一言も唱えず、己の正しさを信じる事もなく、お前たちは神の蠱毒という大侵略・大征服を実行してきたのか」
「……出来るはずが、ありませんよね。そのような事」
 セアラは微笑んだ。弱々しい笑みになった。
 黒衣の刺客たちは、本当に手強かった。魔力のみならず魂そのものを消耗するような、度重なる魔導医療を強いられたのだ。
「おっしゃる通りです。私たちは……自分が正しいと、信じていました。苦しむ人々を救うためであると……アクアディーネ様にも、おすがりしました」
 ウェルスが、エルシーが、よろよろと立ち上がる。
 これが恐らく、最後の回復となるだろう。
 倒れそうになり、テオドールに支えられながら、セアラは言った。
「ギルファレス様、貴方がたは……アクアディーネ様の影ではなく……私たちの影、なのですね」
「…………鏡を!」
 最後の回復を施されたカノンが、ギルファレスの巨大な足を押しのけながら跳躍していた。
「叩き割るような、戦い! って事なんだね、これはッ」
 斬撃が、一閃した。落雷を思わせる一閃。
 カノンの、手刀であった。
 ギルファレスの巨体が、鮮血を噴出させて揺らぎ、だが倒れない。
 カノンは着地し、残心をした。
「それでもカノンは……君たちのしている事を、認めないよ。たとえ傲慢でも、思い上がりでも……譲れないものは、ある」


 真紅の衝撃光が、飛び散った。鮮血混じりの真紅である。
 エルシーの、必殺の拳。
 その一撃にも、しかしギルファレスは耐えた。猛牛そのもの咆哮を張り上げ、大斧を振るう。
「……こいつを使うしか、ない。か」
 ウェルスが、超大型の銃身を組み立てている。
 毛むくじゃらの太い指が器用に滑らかに躍動し、大量の部品類を複雑に組み上げてゆく。
 驚くべき正確さと速度、ではあるが、ギルファレスの動きはさらに速い。エルシーを振り払うようにして、猛然と斬りかかって来る。
 その時には、マグノリアは矢をつがえていた。先程よりも巨大な、光の矢。
「ギルファレス……君たちの正義は、この世の全てのヒトを……殺し尽くさなければ、完成しないだろう」
 マグノリアは、存在しない弓を引き、弦を手放した。
「……君たちが、そのような行いに出る……僕たちにも、確かに原因があるのかも知れない」
 巨大な光の矢が2本、ギルファレスの分厚い胸板に突き刺さる。
 硬直した巨体に向かってウェルスが、
「助かったぜ、御老体!」
 完成品を、ぶっ放した。
 雷鳴の如き銃声。
 巨大な銃撃が、ギルファレスの巨体を穿ち、吹っ飛ばす。
 ウェルスの手の中で、大型の銃身が砕け散った。
「なあ牛男……同族のよしみだ、忠告だけはしておく」
 大きな両手を叩き、破片を払い落としながら、ウェルスは言った。
「この戦争が終わったら、アクアディーネ様がどうなるか……お前らは知らんようだがな。一体何が起こるのか最後まで分からない、って事だけは肝に銘じておけ。こんな所で、命の無駄遣いはするな」
 何事かを呻こうとするギルファレスに、セアラがそっと片手を触れる。生命を維持するための、最低限の魔導医療。
「役に立たない、法の裁きを……貴方たちには、受けていただきますよ」
 ギルファレスは俯き、何も言わなくなった。
 テオドールとカノンが、エディオ・ケリーと何か話し込んでいる。
 エルシーが、辛うじて生きている黒衣の男たちを縛り上げている。
 ウェルスが見渡し、息をついた。
「さて……喧嘩両成敗、って言葉もある。アクア神殿、爆破でもしておくか?」
「おいおい……」
 マグノリアは呆れ、テオドールが振り返る。
「……お疲れのようだな、ウェルス・ライヒトゥーム卿。冗談の冴えが今ひとつのようだ」
「何もかも最初から無かった事にしたい気分で、な」
 ウェルスは頭を掻き、エルシーの手伝いを始めた。
「……ともかく、俺が行く道はただの道だ。光だの闇だの影だので、勝手に舗装されちゃあたまらんぜ」

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

FL送付済