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駆逐せよ、餓狼の群れ



●神竜帝国軍侵火槍兵団ヴェーアヴォルフ隊
 イ・ラプセル南方、アデレード湾沖にて。
「猪口才な戦術だの作戦行動だのなんざ、てめぇらにゃハナから期待しちゃいねぇよ」
 准将を示す徽章を胸元につけた大柄な男は、そう言って椅子に深く背を預けた。
 両側にひじ掛けもある、かなり立派な椅子だ。
 しかし大柄な男が座ると、その椅子すらも小さく見えてしまう。
 鍛え上げられた肉体を軍服に包み右手に頬杖を突くその男は、前の方をねめつけて傷だらけの口元に笑みを浮かべた。
「何か言いてぇことがあるなら特別に聞いてやってもいいぜ、犬コロ共」
 嘲り言って左腕を動かす。
 すると、鎖が動いてジャラリと音を鳴らした。
 彼はその大きな手に三本の鎖を握っていた。鎖は床を伝って、そしてそれぞれの首輪へと繋がっている。
「……殺してやる」
 憎悪にまみれた声がする。
「……ブチ殺してやるぞ」
 憤怒に燃える声がする。
「……いつかきっと、必ず」
 だが諦観に染まった声がする。
 そこには三つの人影があった。影は首を鋼鉄製の首輪で繋がれ、床に座り込んでいる。
「カッ! ハハハハハ! 笑わせるな負け犬共! てめぇらいつもそうじゃねぇか、なぁ?」
 向けられた憎悪も憤怒も全てを軽々受け流し、男は笑う。笑い飛ばす。
「てめぇらはどこにも行き場が無ェ、この世界で最底辺のクズ共だ。……そうだろ、亜人共?」
「…………」
「…………」
「…………」
 同意と求める男に、しかし、三つの人影が返すのは怒りに震える唸り声だけだった。
「フン、クズならクズらしく下を向いて生きてりゃあいいものを、イキがって強盗なんぞするから牢にブチ込まれる」
 極上の侮蔑をその声に乗せて男は再び嘲り笑って、
「ああ、てめぇらは間違いなくクズ以下のクズだ。俺が保証してやるよ」
「だったら、とっとと殺せばいいだろうが!」
 三つの人影のうちの一つ、漆黒の体毛を持つ狼のケモノビトが大声で叫んだ。
「クハハ、はねっ返りが。最後まで話を聞きやがれ」
 笑いながら、男は左手の鎖を勢いよく引いた。三つの人影が思い切り前につんのめって顔を床に打ち付ける。
「ク、ソ、てめぇ……」
 痛みにくぐもった声を漏らしたのは、赤毛の狼のケモノビトだった。
「オイオイ、いいのか。そんな反抗的な目つきで俺を見て? これから俺はてめぇらにイイ話をしてやろうってんだぜ」
「何だ、そりゃ……」
 三人目、灰色の体毛の狼のケモノビトが男の言葉にいぶかしむ。
「今、この強襲蒸気飛空艇はイ・ラプセルって国の南側に来てる。知ってるか、イ・ラプセル? クソみてぇな弱国だ」
「知ってるよ、バカにすんじゃねぇ!」
「そうかい。だったら話は早ェ」
 男の笑みが深まった。
「てめぇらをわざわざこんなとこまで連れて来てやった理由はな、ドンパチだ」
「あぁ?」
「これから戦争だっつってんだよ。分からなかったか? ……ったく、これだから亜人ってのはよぉ」
「うるせぇ! 俺たちに何しろってんだ!」
「侵火槍兵団ヴェーアヴォルフ隊」
 持っていた鎖をひょいと放り投げて、男はその部隊名を三人に告げた。
「てめぇらと同じような囚人連中を集めた愚連隊だ。ボーデン、アタマやりな」
「お、俺が……?」
 信じられずに、黒毛のボーデンは聞き返す。
「二度は言わねぇよ。フェーア、ヴィント、ボーデンを手伝ってやれ。てめぇら三人はクズだが、クズの中でもまとめ役だったんだろ? だったらこれくらいはやってみせろよ、なぁ?」
 赤毛の狼――フェーア、灰色毛の狼――ヴィントとボーデンは互いに顔を見合わせている。
 そして数秒、やがてボーデンがゆっくり男の方を振り向き、おそるおそる尋ねてきた。
「ど、どこまでやっていいんだ……?」
「どこまでもだ」
「奪って、いいのか……?」
「いいぜ」
「犯すのは」
「いいぜ」
「壊して燃やすのは!」
「いいぜ」
「ノウブル共を殺すのは!?」
「奪うも、犯すも、壊すも、燃やすも、殺すも、愉しむも、好きにしろよ。何てったってこりゃ戦争だ」
 聞いた三人の顔に、うっすらと、しかし確かな悦の色がにじみ出す。
 ただでさえ差別されている亜人の、さらに罪を犯した咎人風情。どうしたところで下劣な品性は隠しようもない。
 だからこその抜擢なのだ。
「てめぇらはクズ以下のクズだが、だからこそその暴力を俺は買ってる。働けよ、上手くやりゃあ取り立ててやるぜ?」
「お、俺たちが……、軍人に……!」
 ヴィントがゴクリと息を呑む。
「ボーデンの兄貴、やりましょうや……!」
「おう、フェーア、ヴィント。……俺たちでやるぞ」
 盛り上がる三兄弟を見下ろしながら、男は「単純なもんだ」と彼らに聞こえないようにつぶやいた。
 そして飛空艇がついにイ・ラプセル南方アデレード湾に着水する。
「さぁ、行ってこいクズ共! 目標地点はアデレード! 奪い、犯し、壊し、燃やし、そしてとことんブチ殺せ!」
 神竜帝国軍侵火槍兵団司令官イェルク・ヴァーレンヴォルフ准将が椅子から立ち上がって命令を下した。

●イ・ラプセル
「ライルくん、これでみんな集まったわよ」
「了解した、ミズーリ殿」
 場に集まった自由騎士たちを出迎えたのは、ミズビトの『マーチャント』ミズーリ メイヴェル(nCL3000010)と甲冑をまとった獅子のケモノビトだった。
「自由騎士団に入ったお前ら、まずはよくここに集まってくれた。礼を言う! 俺は『黒騎獅』ライル・ウィドル(nCL3000013)。元々は班長として騎士団に所属していたが、自由騎士団の結成に際してお前らと同じく自由騎士となった! 今回は緊急事態ゆえ部隊を取りまとめた経験を持つ俺が陣頭指揮をとらせてもらう。よろしく頼む!」
「そして私はミズーリ。これでも立派な成人よ」
 少女にしか見えないミズーリだが、本人の申告通り立派な成人女性である。
 彼女を隣にして、ライルはまっすぐに声を張り上げて頭を下げた。
「さて、早速だが本題に入る! 水鏡が予知した通り、ヴィスマルクの連中が我が国に侵略の手を伸ばしてきた。敵は南方より飛空艇と呼ばれる乗り物で襲来し、すでに上陸を果たしている。北方からも竜牙艦隊が攻めてきているとの報もあり、事態はもはや一刻の猶予もありはしない。亡国の危機だ!」
 ライルの切羽詰まった声こそが、現状の深刻さを何より物語っていた。
「竜牙艦隊についてはこことは別所に集められた自由騎士たちが対応することになっているわ。ここに集まったあなたたちの担当は南方、今もヴィスマルク軍に攻められているアデレードの街よ」
 アデレードの街が帝国軍の侵火槍兵団から襲撃を受けている。
 その報せはつい先ほど届いたばかりのものだった。
「襲っているのは亜人の部隊とのことだ! 予知を受けてアデレードの街には騎士団を配備してたがこれは全滅してしまった。間違いなく敵はオラクルだろう! 連中は街に火をつけ、金品を強奪し、女子供も構わず殺すなど、その所業は残忍無比にして極悪非道! 決して許してよいものではない!」
 怒りに燃えるライルの声に、自由騎士たちも感情を共にする。
 そこでミズーリが「でもね」と言葉を引き継いで、
「幸か不幸か、敵は略奪に時間をかけているから、人が最も多い街の中心部まではまだ及んでいないわ。こっちもみんなを集めるのに少し時間がかかったけど、今からでも救援に駆け付ければギリギリ間に合うかもしれないの」
 間に合う可能性がある。それだけでも今この場では大きな希望に違いなかった。
「アデレードへと向かう部隊は二手に分かれてもらうわ。帝国軍のこれ以上の侵略を阻むための部隊と、市民を安全なところまで避難させる部隊よ」
 ミズーリはそこで言葉を終わらせ、次にライルがまた声を張り上げる。
「同時に、こちらからヴィスマルク軍への反攻強襲作戦も行なう! 攻撃に回って勢いづいている今こそが、最も隙が大きい瞬間だ。なので、そこを突く! アデレード湾に停泊している飛空艇の内部へと切り込み、のちに続く部隊のために反撃の楔を打ち込むのだ!」
 守勢に回っているからこそのカウンターアタック。
「我らが祖国に土足で踏み入ったヴィスマルクの連中に、イ・ラプセルの底力を見せてやろうではないか!」
 防衛と、誘導と、反攻と、自由騎士たちには三つの選択肢が示された。
 突如として始まった戦いに、それぞれの自由騎士が選ぶ道は――


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
大規模シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
吾語
■成功条件
1.ヴェーアヴォルフ隊を迎撃し、ある程度のダメージを与える
2.避難誘導を行なって被害を最小限に抑える
3.敵の飛空艇に突入して敵部隊に一定以上のダメージを与える
●状況説明
 イ・ラプセルの国はヴィスマルク帝国に攻め込まれました。死にそう。
 大体こんな感じです。

 神『アクアディーネ』の抹殺と国家の蹂躙、果たされてしまえばこの国はおしまいでしょう。
 それを防ぐために気張って敵の侵攻を阻んでください。

 このシナリオでは南方に位置するアデレードの街を攻撃している部隊への対応と、
 敵の海上基地である飛空艇への切り込みを行なっていただきます。
 自由騎士たちに与えられた任務は下記の三つとなります。


★皆様の工作により、ニ次ボーナスが加えられました。

 ヴェーアヴォルフ隊の兵が大凡3割が離脱しました。
 また、土地勘があるものの誘導で裏道へにがすことが比較的容易になりました。
 設置された罠や遮蔽物を利用することができます。




【A】ヴェーアヴォルフ隊撃退
 アデレードの街で残虐な侵略行為に及んでいる侵火槍兵団ヴェーアヴォルフ隊を食い止めます。
 敵は亜人のオラクルで、人数は40人ほど。全て囚人で構成されており狼のケモノビト三兄弟が現場で指揮をとっています。
 いずれも元が囚人であるため帝国への忠誠心は低く、ある程度打撃を与えれば撤退するでしょう。
 ライルはこの選択肢に参加しますが、一戦力として同道するので指揮などについては皆さんの判断に従います。

・ネームド
 ボーデン(ケモノビト/フェンサー)
 黒毛狼のケモノビトで、囚人部隊であるヴェーアヴォルフ隊のまとめ役です。
 亜人オラクル20名を率いて街の人々の虐殺を行なっています。
 戦闘では前に出て自ら切り込んできます。

 フェーア(ケモノビト/ガンナー)
 赤毛狼のケモノビトで、ボーデンの弟です。
 亜人オラクル10名を率いて街の建物に火を放って回っています。
 戦闘では部下を盾にして後衛から銃を撃ってきます。

 ヴィント(ケモノビト/マギアス)
 灰毛狼のケモノビトで、ボーデンとフェーアの弟です。
 亜人オラクル10名を率いて街の物資や金品を略奪しています。
 戦闘では部下を盾にして後衛から術で攻撃してきます。

 推奨行動は、
『ボーデンの部隊を迎撃する』、『フェーアの部隊の放火を阻む』、
『ヴィントの部隊が奪った物資を奪還する』、辺りでしょう。


【B】避難誘導
 アデレードの街から逃げようとする人々が混乱をきたすことなく安全に避難できるよう外まで誘導します。
 現状、街はヴェーアヴォルフ隊の襲撃により混乱の真っただ中にあります。
 人々も恐慌状態に陥ったりしているため、まともな避難行動はこのままでは望めないでしょう。
 ミズーリと共にこれを何とか鎮めて、人々が無事に避難できるようにしてあげてください。

 推奨行動は、
『怪我人を治療する』、『逃げようとする人を誘導する』などでしょう。


【C】飛空艇への反攻強襲作戦
 アデレード湾岸に停泊しているヴィスマルク帝国軍の飛空艇に強襲攻撃を仕掛けます。
 南方の戦いで敵軍に対して攻勢に出ることのできる唯一の機会であり、この強襲作戦で後に続く部隊のためにまず切り込みます。
 飛空艇にはイェルク准将他、直属の部下であるオラクル兵たちが多数配置されています。
 こちらでは一定数のオラクル兵を倒して撤退すれば成功扱いとなります。
 この作戦で飛空艇を鹵獲することはできませんので、敵兵の撃破を優先しましょう。
※飛空艇内外をスキルで攻撃しても破壊することはできません。

・ネームド
 イェルク・ヴァーレンヴォルフ(ノウブル/バスター)
 階級は准将。旅団長です。一兵卒からここまで上り詰めた叩き上げの軍人であり、粗野で豪快な性格をしています。
 戦力としてヴェーアヴォルフ隊を派遣したのは失っても痛くないからであり、自部隊がダメージを受ければ撤退を考えるでしょう。

 オラクル兵(ノウブル/フェンサー)、(ノウブル/ガンナー)
 飛空艇内に配置されているオラクル兵です。
 数はかなり多いですが、飛空艇内が複雑な構造をしているため、大規模に展開することはできません。
 また、飛空艇内では慎重に立ち回るため通常攻撃が多めになります。

 推奨行動は、
『オラクル兵を撃破する』、『飛空艇内部の敵軍情報を奪取する』などでしょう。

ルール
 必ず書式を守りプレイングをかいてください。書式が守れていない場合、描写ができない可能性があります。
 また【】でくくることを忘れないようにおねがいします。
 2行目で指定せずに行動内でご一緒に参加する方の名前を書かれていた場合は迷子になる可能性はあります。
 ご一緒に行動される方は必ず同じ戦地でお願いします。

 ・指定書式

 【A】(向かうパートをアルファベットでかいてください)
 【一緒に参加する方のフルネームとID/若しくはチーム名】
 【行動】
 
 宿業改竄・アニムスは最初から使用することができます。

 *沢山の皆様の参加が想定されます。
 全てのPC様が描写できるわけではないということをご理解いただけますようよろしくおねがいします。

■■■重要な注意■■■
 こちらは決戦シナリオになります。プレイングを白紙状態で提出した場合、リソース(フラグメンツ及びアニムス)を著しく減少するおそれがあります。プレイングの送り忘れにはくれぐれもご注意ください。

 *なお、この3種類の決戦依頼に重複して参加することは出来ません。参加する内容をよく確認のうえ参加ボタンを押してください。(途中での変更は不可能です)。


 新ゲーム開始のスタートダッシュキャンペーンとして、各依頼の参加人数によって報酬リソースにボーナスが追加されます。50人まで基礎EXPとGPが1.2倍、それ以上の場合は参加数にあわせて倍率が上昇し、オラクルの結束力によって成功時の報酬リソースが大きく変動致します。
ぜひお誘い合わせの上、ご参加ください。
状態
完了
報酬マテリア
3個  7個  3個  3個
33モル 
参加費
50LP
相談日数
14日
参加人数
32/∞
公開日
2018年05月29日

†メイン参加者 32人†

『FREEK OUT』
エル・マフ(CL3000170)
『イ・ラプセル自由騎士団』
グスタフ・カールソン(CL3000220)
『女騎士の忌み子』
ネラ・チャイカ(CL3000022)
『キルロード家令嬢』
ガーベラ・キルロード(CL3000263)
『キルロード家メイド』
スミレ・マーガレット(CL3000268)


●避難誘導:黒煙たなびく港町で
 港町は狂乱のただなかにあった。
「お母さーん! どこー! お母さーん!」
「ああ、家が、私の家が……!」
「誰か……、助けて!」
 助けを求める悲痛な声を聞き届ける者は誰もいない。
 だが、見とがめる者はいた。
「そこの人、大丈夫か!」
 赤子を抱いて逃げようとする女性の前に一人のソラビトが舞い降りる。
 まだ逃げていない市民を探していたリュリュ・ロジェ(CL3000117)であった。
「クラール、メイヴェル、こっちこっち!」
 リュリュは大きく声を出して、共に探索を行なっていた二人を呼ぶ。
 駆けつけたのはペルナ・クラール(CL3000104)と『マーチャント』ミズーリ メイヴェル(nCL3000010)だ。
「めぇ。こんなところにいたのね。よかった、見つけられて」
「ええ、本当によかったわ」
 母親は、いきなり現れた三人を不安げな目で見つめた。
「大丈夫だから。とにかく町の外に……」
「あ、あの……、まだ私の他にも!」
「逃げ遅れている人がいるのか。場所は、分かる?」
「はい……」
 町の往来、港から少し離れた場所を、母親の案内を受けて三人が進んでいく。
 遠くから派手な音が聞こえてきた。どこかで、戦いが始まっているのかもしれない。
「おお、お前!」
 到着すると、その母親の夫と思しき男性が駆け寄ってきた。
「あなた! よかった……」
 住宅地の裏手、外からは見えにくいそこはちょっとした広場になっていた。
 数十人はいるだろうか。緊急の避難所としてここに集まっていたらしい。
「けが人もいるのね……」
 座り込んでいる人々を見て、ミズーリがつぶやく。
「めぇ、できる限り治してみるわ。どこまでできるか分からないけど」
 彼女は人を癒すすべを覚えているが、少し人数が多い。一人ではまかないきれそうになかった。
「傷の深い人が誰かしら。少しくらいなら魔導で傷を塞げるわ」
「本当ですか!」
 ふさぎ込んでいた市民たちから、驚きと喜びの声がそれぞれ半々で起きる。
 ここにいる人々は、逃げ切ることもできずにとにかくこの場に逃げ込んできたのだろう。
 希望が一つ見えただけで、今確かに空気は変わった。
 そこに、さらなる希望がやってくる。
「声が聞こえたと思って探してみれば、こんなところに集まっていたのですか」
 やってきたのはフェルディナン・G・サンシール(CL3000175)とエロイーズ・プティ(CL3000018)であった。
「サンシール、プティ、来てくれたのか」
 自由騎士として、この町に来る前にすでに顔合わせを終えていたリュリュが顔に喜色をにじませた。
「近くで戦闘が起きています。ここはもう危ないですよ!」
「めぇ。移動できればいいんだけど、けが人が思ったよりも多くて……」
「それでしたら、私がお役に立てますね。応急処置程度ですが、傷を癒せます」
 エロイーズがそこで前に出た。彼女は医療の魔導に長けたドクターだ。
「助かるよ、プティ。ところで逃げる経路とかはわかる?」
「それでしたら私が把握しておりますので、ご心配なく」
 フェルディナンの方がリュリュに応じた。
「光明が見えてきたわね。よかった」
 事態の好転に、ミズーリもやや安堵する。
「皆さんが歩ける程度になりましたら外に向かいましょう」
 ペルナたちが市民を治している間に、リュリュとフェルディナンは避難経路の確認を行う。
 移動の準備が整ったのはおよそ十分後のこと。
「皆さん、まとまって動いてください。こちらです」
 フェルディナンとリュリュを先頭に、人々は町の北へと歩き始めた。
 途中、近道となる分かれ道があったが、それは選ばず遠回りをしようとする。
「あの……、こっちのほうが早いのでは?」
「そっちはダメだと思う。多分、戦場になっているから」
 轟音が聞こえたのは、その直後のこと。方向はまさに、分かれ道の先だ。
「安全のため、少し遠回りをしましょう」
 フェルディナンの案内で進んでいくと、戦いの音は徐々に遠のいていった。
 やがて町の北にある丘に到着すると、そこにはかなりの数の市民がいた。
 そこには一軒の大きな邸宅
 丘には貴族の別邸らしい邸宅があって、今は緊急の診療所として使われていた。
「あら、新しく逃げてきた方かしら?」
 顔を出したのは自由騎士の一人、ルティア・ド・リリアーヌ(CL3000202)であった。
「けが人の人数は?」
「十数人程度ですね。一応、ある程度こちらで処置はしましたが」
 ルティアに、エロイーズが答える。
「少し待ってもらうことになるけれど、いいかしら」
「私に手伝えることはありますか?」
「あるある。すっごいあるよー。一人でも手が欲しいところだったんだ」
 両脇に医療道具を抱えて小走りに移動していたユラ・キリシマ(CL3000012)が、ルティアの代わりに答えた。
 この場にいるドクター役はこの二人、実際、かなり忙しいようでルティアももう治療に戻っていた。
「ん、このくらいの傷ならちょっと後になるかな。ごめんね?」
 市民の負傷を見て、ユラはそう判断した。
 ここでは、けがの程度によって治療の優先度と順番が決められていた。
「次の患者は、術式が必要ね。魔導を使用するわ。……そっちのあなたは、この薬を塗っておけばいいわ」
 判断しているのは、医術に精通し、薬草にも造詣が深いルティアであった。
 診療所の空気は決して明るいものではない。
 若い男性がいる。幼い子供がいる。老いた婦人がいる。傷を負った人々は当然ながら様々だ。
 大半が、苦痛と不安からふさぎ込んでいた。
 そんな人々に、ユラが声をかけて回る。
「大丈夫だよ、ほら、ね」
 泣いている女の子の頭を優しく撫でて、彼女は微笑みかけた。
 ルティアとユラ、この二人がいるからこそ即席でも診療所を回すことはできていた。
「見ろ、アデレードが燃えてる……!」
 だがさなか、外を見て青年が叫んだ。
 この丘の上からはアデレードの町が一望できた。
 黒い煙がそこかしこから上がっている、見慣れた町が焼かれている景色は人々に衝撃とさらなる不安を与えた。
「大丈夫」
 だが、彼らにそう告げた者がいる。
 ユラだ。
「そうよ、大丈夫よ」
 ルティアもまた彼女に同調する。
「うん、自由騎士団がこの町に来ているからね」
「自由騎士団……、というのは……?」
 聞き慣れない名に、市民は困惑する。
 だからこそ、ここに集まった自由騎士たちは声を揃えて市民へと力強く言った。
「「イ・ラプセルを守る者さ」」

●餓狼迎撃:赤狼の末路
 ヴィスマルク帝国軍侵火槍兵団ヴェーアヴォルフ隊フェーア分隊。
 亜人十名からなるこの小部隊の行動は、単純にして無残なものだった。
 彼らは可燃液入りのガラス瓶を投げつけ、松明や火矢で着火することで次々に放火していったのだ。
 可燃液は揮発性がかなりが高く、火は迅速に燃え広がっていった。
「フェーアさん、あっち見てくださいよ、でっけぇ家がありやがる!」
「燃やしちまいな! 俺らに燃やされるためにあったんだよ、あの家はよぉ! いいや、この町そのものか!」
 隊を率いる赤毛狼のケモノビト――フェーアはゲラゲラと汚い笑いを響かせた。
 帝国軍の部隊と名付けられていても、その実態は囚人の群れ。元よりモラルなど一切存在しない。
「ヘッヘッヘ……」
 小瓶を片手に、オニヒトが家を見上げる。
 何の変哲もない普通の家だ。
 きっとここでは、普通の家族が何気ない日常を送っていたに違いない。
 ああ、ムカつく。燃やそう。この家を灰にしてやろう。
 今の自分にはそれができる。
「ヘヘヘヘヘヘ!」
 歪んだ優越感に笑いながら、オニヒトが小瓶を投げようとする。
 だがいきなり瓶が割れ、薬剤が彼を濡らした。
「へ?」
 そしてその右手には、松明があって――
「ひぎゃああああああああああ!?」
「何事だ!?」
 突如として火だるまと化した手下に、フェーアが驚きの声をあげる。
 続いてさらにもう一つ、小瓶がいきなり割れた。何者かに狙撃されている。
「チッ、俺らに逆らうヤツがいるのか!」
 唾と共に吐き捨てるフェーアの耳が、この場から離れようとする足音を確かに聞いた。
「絶対に逃がすな! 捕まえて焼き殺せ!」
「は、はい!」
 手下たちが一斉に走り出す。
 だが探し始めたところで、ヴェーアヴォルフ隊の欠点が剥き出しになった。
「クソ、どこだ!」
「あっちだ、あっちを探せ!」
「あっちってどっちだよ!」
 正規の訓練どころかそもそもまともに教育も受けていない彼らに、統制の取れた動きなどできるはずがないのだ。
 しかも場所は初めて訪れた異国の港町。無暗に探すだけで上手くいくはずもなく――
「ぎゃっ!」
 その最中、いきなり足を滑らせる者がいた。道が油にまみれていた。
「ぐあ、痛ェエ!」
 転倒した亜人の肩に銃弾が命中。狙撃だった。
「クソ、そういうことか」
 追いついてきたフェーアがようやく理解した。
 こいつは罠だ。足音の主に完全に誘い込まれている。
「ハッ、上等だぜ」
 だがフェーアは狼狽えない。
 ここ一番の度胸には自信があった。
 そして辿り着いたのは、まっすぐ続く大通りのど真ん中。
「来たな、悪漢共」
「……てめぇか、くだらねぇ真似をしてくれたのは」
 そこにいたのは片手に銃を携えたキジンの男だった。
 自由騎士ザルク・ミステル(CL3000067)だ。
 道中にあった油の道は、彼が仕掛けた罠である。
「ハンッ、一人で俺たちの前に出てきたのか?」
 それを聞いて、ザルクは笑い返した。
「お前らみたいに無謀じゃない」
 その瞬間、フェーアの脳裏にひらめきが走った。
 ザルクが持っている銃は大口径拳銃。果たしてあれで、逃げながら狙撃ができるか?
「――別のヤツか!」
「気づくのが遅いんだよね」
 近くの建物。その屋根にいる『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)こそが狙撃手だ。
 そして今もアンネリーザは狙っている。通りを挟んで反対側の建物。
 板を組み合わせて作った即席の台の上に、大きな樽が一つ置かれていた。
 ザルクが追われている間に他の仲間と作り上げた大仕掛けだ。
「上手くいってよね」
 祈りながら、彼女はその台の根元にある支え板を撃ち抜いた。
 板は砕け散り、台が傾いて樽も一緒に大きく揺れる。
 そして樽はひっくり返り、中を満たしていた液体が盛大に降り注いだ。
「ぐおお……、こいつは!?」
 降ってきたものの匂いに気づき、フェーアはたいまつを投げ捨てた。
「酒だち……!」
「喜べゲス野郎。お前らのために、とびっきりキツい酒を用意してやったぜ!」
 レウルーザ・ダグラス(CL3000277)が後方から飛び出して叫んだ。
 アルコール度数が高い燃えやすい酒。
 ここは港町だ。酒場を探せば酒はいくらでもある。
「クソッ!」
 一気に駆けてきたレウルーザがフェーアを狙う。
 間一髪、フェーアはその一撃を避けてとび退くが、その間にも状況は動いていた。
「悪行もここまでだな」
 物陰より、オニヒトの『さすらいの鬼』八百・時雨(CL3000072)が姿を現す。
 そして次々に自由騎士が分隊の前に歩み出てきた。
「君たちはすでに包囲されている。これ以上の抵抗はお勧めしかねるが?」
 『キルロード家当主』ハルト・メロン・キルロード(CL3000255)の物言いが、亜人たちを逆なでする。
「どうにも、人の大切なモンを壊して何が楽しいんだろうね」
 鉄塊としか言いようのない武器を抱え、トミコ・マール(CL3000192)が上から降り立った。
「国を侵略するならそれ相応の覚悟ってもんがあんだろな?」
 大剣を肩に担ぎ、グスタフ・カールソン(CL3000220)が唾を吐いた。
「……クハ!」
 彼ら自由騎士たちを、フェーアは低く笑った。
「雑魚共がゾロゾロと。火なんぞなくても狩って――」
「でやぁ!」
 だが鋭い掛け声が、彼の言葉を遮った。
 重い打撃音と共に樽が吹き飛んで、近くのハイエナのケモノビトにブチ当たった。
「ひ、ぎぃぃあ!」
 樽を蹴ったのは『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)だった。
「それは、あなた方が言っていい言葉ではないわ」
「何だと?」
「だってそうでしょう? ここまでのこのこ誘導されて、狩りやすい得物はどっちかしら」
「狩るなんてのはね、こっちのセリフなんだよ!」
 ミルトスの言葉をトミコが続き、そしてグスタフが大剣をゆっくりと構える。
「続くセリフはこうだ、クソ野郎共。『それじゃあ、ここからはお返しの時間だ――』」
 降りてきたアンネリーザがシニカルに笑って軽くウィンクをした。
「『イ・ラプセルの流儀、たっぷりと味わっていけ』ってね」
 フェーアが牙を軋ませる。
「殺せ。一人残らず、ハラワタ引きずり出してやれ!」
 フェーアの命令を受けて、敵が一斉に動き出す。
 だが同時、グスタフとトミコが動いた。
「合わせろ、おトミさん!」
「あいよぉ!」
 二人の重戦士がそれぞれの武器を地面に叩きつける。
 近距離二か所で発生した強烈な衝撃波が、亜人たちを木っ端のように吹き飛ばした。
「隙がデケェんだよ!」
 だが攻撃直後のグスタフへ、フェーアが手にしたリボルバーを連射する。
 銃弾に身を抉られ、グスタフがその巨体を傾がせた。
 しかし耐えて、そのまま彼は「今だ!」と叫ぶ。
「ナイス合図だ」
 レウルーザである。
 合図を受けて、彼はすでにフェーアの懐に潜り込んでいた。
「さっきは当て損ねたがな、今度は違うぞ!」
 そして放たれた渾身の拳撃がフェーアの水月にめり込んだ。
「グ、オオォォォ……!」
 身をくの字に折って、フェーアは滅茶苦茶に引き金を引きまくった。
 立て続けに弾丸をくらいながらも、レウルーザはニヤリと笑う。
「……ザマァ、見やがれ!」
「双方、そんなに熱くなることもないのではないかね? ほら、冷やしてさしあげよう」
 続けてハルトが魔力で水分を凝結させて、フェーアの身を凍てつかせた。
「グギ……、デカブツだ! デカイのから仕留めろ!」
 フェーアが冷たさに声を引きつらせながらも指示を出す。
 亜人たちがグスタフに狙いを定めた。
「こっちを狙ってきやがる、か……!」
 その連携はなかなかに鋭かった。グスタフに一つ、二つと新たな傷が刻まれていく。
 だがそこまでだった。グスタフが仕留められる前にザルクが行動に出ていた。
「ほら、よ!」
 彼は空の酒瓶をミズヒトの足元に投げつけ、それを撃った。
 酒瓶が爆ぜて、虚を突かれた敵が一瞬動きを止めてしまう。隙ができた。
 すかさずグスタフ自身も反撃に出る。
 二度目のオーバーブラスト。地面が軽く揺れて、発生した衝撃が亜人たちの陣形をブッ潰した。
「イ・ラプセルのガキが……!」
「いつまでも俺たちをナメんじゃねぇぇぇぇぇぇ!」
 だがときとして、怒りは己の能力を限界まで引き出しうる。
 今のフェーア分隊がまさにそれ。
 獲物に抗われて肉食動物の本能が猛ったか、彼らはしつこくもグスタフを狙い続けた。
「そのくらい、防いでみせます!」
 しかし、ミルトスがそれを阻まんとする。
 彼女は自らを壁として、グスタフへの攻撃を一身に受け止めようとした。
「この女から沈めちまえ!」
 剣が、爪が、拳が、耐えるミルトスを容赦なく責め立てた。
 無論ただ耐えるワケではない。武技をもって巧みに攻撃を受け流し、ダメージを最低限に抑えぬく。
 この瞬間、亜人たちの意識は完全にグスタフとミルトスの方にのみ向けられていた。
 だから、トミコとアンネリーザは自由に動けた。
「女の子をね、そんな乱暴に扱ってんじゃないよ!」
「そうそう。そんなことしてたらバチが当たるよ。こんな風に」
 二人はまだ消えていなかった松明をそこに投げ込む。
 全身に浴びた酒が乾きかけたこのとき。まさに、最も火がつきやすいタイミングだ。
「い……、ひああああああああ!?」
 数人が火に巻かれ、踊り狂うように暴れた。直後にザルクの銃撃。息の根が止まる。
「はぁ、はぁ……」
 膝をつきかけたミルトスに、ハルトが手を差し伸べた。
 追い詰められている。
 肌でそれを感じとったのは、フェーアの方だった。
「ふざけるな!」
 分隊がその声に身を震わせ彼の方を向く。
「分かってるのかてめぇら……。俺らは終わりなんだぞ?」
「終わり……」
「ああそうさ! 負けて帰ってみろ。殺されるだけだ! 逃げたって野垂れ死に! 勝つしかねぇんだ、俺らは!」
 ヴェーアヴォルフ隊フェーア分隊。
 名前こそ立派だが、結局彼らは戦奴と何も変わらない。
 奪って、殺して、壊して、だが許されているのはそれだけだ。逃げてはならず、負けてもならない。
「だから死ね。俺らの明日のために、死ねェ!」
 瞳に明らかな狂気の色を浮かべ、赤毛の狼が自由騎士に銃を向けた。
「――哀れな人ですね、あなた」
 ミルトスがゆっくりと立ち上がる。
 今、この場で最も深い傷を負っている彼女が、それでも決然とした表情で、
「自分が苦しい立場にあるから、それより弱い人に八つ当たりをして、それを勝ちだなんていうんですか」
「うるせぇぞ、黙れ」
「そんな誇りのない勝利で、あなたの心は満たされるのですか」
「黙れよ……」
「だとしたら可哀想。可哀想な、小さい人」
「黙れェェェェェェェェ!」
 フェーアが銃を乱射する。全弾、間違いなくミルトスに命中する。けれど、
「何で倒れねぇ……!?」
「あなた程度に、倒されてたまるものですか」
 血を地面に落としながら一歩、また一歩と彼女はフェーアに近づいて、ついに間合いを零にする。
 フェーアは動けなかった。亜人たちも動けなかった。
 ギチ、と、彼女は拳を強く握りしめた。
「歯を食いしばってください」
 振るわれた拳が一直線にフェーアを打ち抜く。
「が……」
 意識が揺れて、体が傾いだ。フェーアは背後に立つグスタフに気づけない。
「てめぇらなんぞの明日のために、俺たちの今日を犠牲にゃさせねぇ」
 振り下ろされる大剣が、フェーアの視界に映り込む。
 彼は思った。
 ――助けてくれ、ボーデン兄貴。
 それが赤毛狼の最期の思考だった。
 上から下へ、大きな刃がフェーアを断ち切る。
 血を噴水のように飛び散らせ、彼はそのままに大地に伏した。もはや動かない。
「贈る言葉はない。ここは戦場だ」
 骸と化したフェーアから早々に視線を外し、グスタフは残る敵を睨んだ。
「ひ……」
「うああああ、逃げろ、逃げろぉ!」
 戦意を失った亜人たちが、我先にと逃げ始める。
 ザルクがその背中に銃口を向けかけた。だがハルトが止めた。
「やめておきたまえ。我々には先にしなければならないことがあるはずだよ」
 言われてみれば確かに。まだ最優先事項が残っている。
「ほらほら、さっさと火を消しに行くよ!」
 トミコが叫ぶ。これから火が放たれたところを回って、消火活動を行なうのだ。
「ま、これが『イ・ラプセルの流儀』ってことだよね」
 息をついて、アンネリーザは肩をすくめた。
 敵憎しで殺戮に走るのではなく、今ある日常を守るために力を振るう。それが自由騎士団の在り方だ。
 アデレードを襲った脅威、侵火槍兵団ヴェーアヴォルフ隊。
 それを構成する三つの分隊の一つ、フェーア分隊はここに壊滅した。

●餓狼迎撃:灰狼の悲嘆
 大漁だ。
 まさに入れ食いといってよかった。
 彼ら――ヴェーアヴォルフ隊ヴィント分隊が商店街に到着する頃には、そこには誰もいなかった。
 襲撃を恐れて逃げのだろう。
 どの店も商品や金がそのまま置かれている。
 まさに取るものも取らず、だったワケだ。
 こうなれば略奪はたやすい。ヴィントはこみ上げてくる笑いを抑えきれなかった。
「金品とにかく何でもせしめちまえ! 全部俺たちのモンだ!」
「あっちに宝石ばっかり置いてるデカイ店がありましたぜ! 誰か来てくださいよ!」
「ほぉ~う、宝石? いいねぇ! 行くぞおまえら!」
 調子に乗ったヴィントが、その声に従って曲がり角も向こうを目指す。
 だが曲がったところで彼は気づいた。
 今の声は女のものだ。果たして、自分の手下に女などいたか。
 あまりにお粗末なその疑問は、そもそも抱くタイミングも遅すぎた。
 ヴィント分隊が角を曲がる。
 そこに大きな店などなく、『見習い騎士』シア・ウィルナーグ(CL3000028)が待っていただけだった。
「うわぁ、本当に来ちゃった……」
 誘い出した本人が、まずこの結果に驚いている。
 せめて一人二人誘導できればと、シアの企みはその程度のものだったが、まさか全員が釣れるとは。
「何だてめぇは……?」
「ボクは自由騎士団シア・ウィルナーグ。無駄な抵抗はやめなさい!」
「ハッ」
 胸を張って降伏を促すシアを見て、ヴィントはまず鼻で笑った。
「ガキのお遊びかい? 食ってほしけりゃもうちょっと育ってからにしようぜ?」
「な! バカにして……!」
「フン……」
 あからさまにシアを見下しながら、だがヴィントは彼女が胸元につけているジュエリーに気づく。
「小娘。その宝石をこっちに寄越しな」
 彼は取り巻きを引き連れてズカズカとシアの方に寄っていった。
 完全な、ヴィントの油断であった。
「今だよ!」
「何!?」
 シアの声にヴィントが鋭く反応する。
 脇に控えていた数名が、そのとき一斉に飛び出して投網を放り投げる。
「うおお!?」
「何だ、こりゃあ!」
 港町なのだから、漁師だって住んでいる。
 自由騎士たちが投網を持ち出すくらいのは余裕はかろうじてあった。
 ヴィント分隊全員が、見事に網にかかっていた。
 大漁だ。
 まさに入れ食いといってよかった。
 網を投げたうちの一人が、『鷹狗』ジークベルト・ヘルベチカ(CL3000267)だ。
「帝国兵、好きにできるのもここまでです。欲をかくからそういうことになるのですよ」
 シアに呼応して投げるタイミングを図っていた彼は、銃を手に取り決然と言う。
「ガキが、抜かしたな……!」
「ダメですわ。そのようなお顔をなさっては、誰も幸せにはなれません」
 いきり立つヴィントへ『キルロード家令嬢』ガーベラ・キルロード(CL3000263)が悲しげにかぶりを振った。
「このような唾棄すべき屑畜生にも寛容なその姿勢、全く、お嬢様はお優しすぎます」
 『キルロード家令嬢』ガーベラ・キルロード(CL3000263)の方は小さく嘆息しているが。
「何だ、てめぇら。何者だ!」
「イ・ラプセル自由騎士団」
 堂々と、『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)がその名を告げた。
 それを聞いたヴィントが笑う。
「クハハッ、同じオラクル風情が騎士様だ? 要は俺らと同じかよ」
 そして一転、彼は怒りを露わにした。
「俺たちだってヴィスマルク帝国のヴェーアヴォルフ隊様だってんだよ!」
「なるほど、同じかもしれないね」
 しかしアダムは反論せずむしろ進んで肯定した。
「騎士となる前の僕は盗みを行なったりもした。ああ、君たちと同じだよ」
「だったら見下してんじゃねぇぞ!」
「君たちが、見下されるような人間だからだろう!」
 叫ぶヴィントに、今度こそアダムは反論を叫び返す。
「クハ……」
 その言葉がキレたヴィントが、言葉ではなく行動でアダムに反抗しようとした。
 虚空に描かれた魔力の文字が炎となって網の一部を焼き払う。
「一歩間違えりゃ俺と同じだったような奴が……!」
「アダム君はその一歩を間違えなかった。それだけの、あまりに大きな違いですね」
「グッ――!」
 ジークベルトのその言葉、まさに図星。ヴィントが言葉を詰まらせる。
「お、俺をナメるんじゃ……!」
「もういい、黙ってくれ」
 なおも虚勢を張ろうとする灰色狼を、アダムが制した。
 そして彼はヴィントに指を突きつけて怒りを炸裂させた。
「奪い、壊し、燃やし、愉しもうとするその姿、その心! 見るに堪えない! 恥を知れ!」
 糾弾に心抉られた亜人たちに、逆上する以外の道はなかった。
「殺す!」
「ブチ殺してやる!」
「コケにしくさりやがって!」
 口汚く罵って、彼らはヴィントが空けた穴から次々出てこようとする。
「どうしても、抵抗する気なのね!」
「殺してからしっかり身ぐるみ剥いでやるよ。てめぇの宝石も俺のモンにしてやる!」
 シアが呼びかけても、ヴィントは牙をむき出しにするのみだ。
 鉄鎚を掲げた虎のケモノビトが、ジークベルトめがけてそれを振り下ろそうとする。
「頭、叩き潰してやらぁ!」
 十分に勢いが乗った一撃だ。
 まともにくらえば、オラクルといえどただでは済むまい。
「大振りだ、見え見えだよ!」
 しかしアダムが前に出て、十字に組んだ腕でジークベルトに代わってその一撃を受け止める。
 言葉で刺され、攻撃も阻まれ、ヴィントたちのアダムに対する苛立ちはいよいよ最高潮に達しつつあった。
 必然として、敵の大半がアダムを狙う。
 拳銃を持ったマザリモノに、短剣を握る狐のケモノビト。
 さらに後方では、ヴィントが魔力文字を描き出そうとしていた。
「来るなら来てみろ。わざわざ狙ってくれるなら、それこそありがたい」
 だがアダムはむしろ自ら前に出て、両腕を広げて全ての攻撃を受け止めようとする。
「殺せェェェェェェェ!」
 攻撃は一斉に始まった。
 撃たれ、打たれ、ヴィントが放った魔の焔に焼かれながらも、アダムは退かない。
「な、何だこいつ……!」
 これには攻めているヴィント分隊の方が動揺した。
 痛みから目をそらして転がり落ちた彼らには、アダムの行動は理解できない。
 そして理解できないがゆえに、一瞬なりともそちらに思考を割いてしまい、彼らは自ら隙を作った。
「撃ってくださいと言わんばかりですね」
「抵抗をやめてくれないなら、こっちだって実力行使するのみだよっ!」
 ジークベルトとシアが左右から連携を仕掛ける。
 先に出るのはシア。速度に乗った一撃が、マザリモノの胴を斜めに切り上げる。
「グ、オオオォ!? だがァ……!」
 しかし敵も簡単には沈まない。
 体勢を崩しかけながらも踏ん張って、次に迫るジークベルトを狙おうとした。
 しかし少年は自ら跳躍し、近くの壁を蹴って空中にその身を躍らせた。
 意表を突くその動き。マザリモノは思わず「おお」と唸った。
 その胸に二発、弾丸が命中していた。
「お、あ……?」
 マザリモノはガクンと膝から崩れ落ち、そのまま倒れる。
 ジークベルトはフゥと小さく息をついた。
「ここが戦場だってこと、忘れてましたか?」
「――これも、罰なんだよ」
 心底からの皮肉を贈るジークベルトと、悲しげにつぶやくシア。
 同じ国を守ろうという気概を持つ者同士ながら、その姿はとても対照的だった。
 一方で、ガーベラが敵を前に身を躍らせる。
「お話ししても分かっていただけないのでしたら、仕方ないけどお仕置きですわ!」
「うが、ぁ!?」
 彼女の突きを腹に受け、敵の一人がその場で悶絶する。
 お嬢様というには、動きは鋭く、拳は重い。とんだ武闘派令嬢であった。
 そんなガーベラ、次のお仕置き対象を探そうとするが、死角から自分を狙っているガンナーには気づいていない。
「……仕留めてやる」
 声を震わせ、ガンナーはガーベラの背中を狙った。ああ、だがしかし、
「悪党、お嬢様に何をしようとしているのです?」
 背後から冷ややかな女の声。
「ひっ」
 よもや自分の方が死角から狙われていたとは夢にも思わず、ガンナーが低く声を漏らす。
「恥を知りなさい」
 振り返ろうとする彼の首に、スミレは暗殺針を深々と突き立てていた。
 ガンナーから力が抜けて、手から零れた拳銃がヴィントの足元へと転がっていく。
「クソ……」
 アダムの捨て身をきっかけにして、流れは自由騎士の方へと傾いていた。
 鉄火場には慣れているはずだった。
 自由騎士団だか知らないが、自分たちはそんなものに劣るような腰抜けではないはずだ。
 だが今の自分はどうだ。この状況はどういうことだ。
 ヴィントはアダムを指さした。
「てめぇだ」
 その指先が空中に光の文字を描いて、赤い火の粉がパッと散る。
 アダムが炎に包まれた。
「アダム君!」
「……大丈夫だ」
 肉の焼ける匂いを漂わせながら、アダムははっきりと答えた。
「てめぇだ……」
 繰り返されるヴィントの声。憎悪に駆られた狼が、再び魔文字を描いた。
 魔力の炎が炸裂する。アダムは倒れなかった。
「てめぇが、てめぇが……!」
 幾度も言葉は繰り返され、幾度も魔文字が描かれて、アダムはその回数だけ焼かれた。
 だが、彼は沈まない。
 限界はとっくに超えているはずだった。全身は焼け爛れ、見るも無残な様相と化しているのに。
 幾度、シアは駆け寄ろうとしたか。ジークベルトがヴィントを狙ったか。
 だが誰も動けずにいた。
 ヴィント分隊の亜人たちも、ただ棒立ちでヴィントとアダムを見るだけになっていた。
 魔文字を描く指先が、細かく震え始める。
 ヴィントは汗にまみれていた。指を動かしても、空中に文字は描かれない。
 魔力が、尽きてしまった。
「何で、てめぇは……」
 震える口が弱々しくも声を紡いだ。何故、自分が全てを振り絞ったのにアダムはまだ立っているのか。
「もうやめよう」
 アダムが言う。その声はヴィントよりもはるかに小さい、囁くようなかすれ声だ。
「何なんだ……、てめぇ」
「自由騎士、アダム・クランプトンだ」
「うるせぇ、そんなことを聞いてるんじゃねぇ! 何で、何で立ってられるんだって聞いてんだよ!」
「倒れるわけにはいかないからだ」
「どうして!」
「――二度と、間違いたくないからだ」
 過去を悔いる気持ちがある。しかしそれゆえに、間違えまいとするアダムの意志こそが強く。
「間違いは正せる。人は間違うことはあっても、間違い続ける自分を正すことはできるんだ」
 身を焼かれ、どれだけ血を失っても、アダムの瞳から光は衰えない。
 その意志の輝きが、今、小さくも確かな奇跡を起こす。
 ほんの少しだけ、互いの心を近づける。ただそれだけのささやかな奇跡。
「あ……」
 分隊の一人が、小さくうめいた。
「う、うああああああああああああ!」
 そして彼らは逃げだした。
 略奪した金品をそこに放り捨てて、わめき散らして走り去る。
 己の弱さから目を背け続けた男達は、己から決して逃げない青年の心を知ってしまった。
 ならば次にやってくるのは今の自分への絶望だ。
 自分の正体を突き付けられた彼らが、逃げる以外に何ができただろう。
 そして――
「…………」
 場には一人。
 ヴィント一人。
 自由騎士たちを前にして、肩を落としてうなだれている。
 そのまなざしは、ついに限界を迎えてひざまづいたアダムへと注がれていいた。
 アダムもまた、ヴィントを見上げる。
 弱いながらもなんとか呼吸を保ち、彼は諭すように言った。
「……君はやり直せる」
「ハハ」
 だがヴィントは、乾いた笑いのみを返して肩をすくめた。
 その手には先刻足元に転がってきた拳銃。
 彼は拾い上げていたそれの銃身を、己の口に突っ込んだ。
 自由騎士たちが、目を剥く。
「何を――!?」
 ヴィントの瞳から一粒の涙が零れ、くぐもった声が一言だけ漏らした。
「ヴィスマルク生まれの俺じゃあ、無理だ」
「駄目ッ!」
 シアが彼へと手を伸ばす。
 だが、遅かった。
 銃声は一度。アデレードの空にまで響き渡った。
「何で……!」
 アダムがかすれ声で呻いて、地面を叩いた。
 町を襲ったヴェーアヴォルフ隊のうち、ヴィント分隊もまた壊滅した。
 だが果たして、この結末は勝利と呼ぶに相応しいのだろうか。
 答えを知る者は、ここにはいなかった。

●餓狼迎撃:黒狼の遁走
「てめぇは犬だ」
 ボーデンは捕らえた市民の男に向かって、そう告げた。
「え、い、犬……?」
 男が理解できずに答えると、黒毛狼のケモノビトは容赦なく顔面を蹴飛ばした。
「犬が人の言葉喋ってんじゃねぇ! オラ、鳴け。三回回って鳴いてみろ!」
「ヒィ、ヒ……、わ、わん……、わん!」
 痛みと恐怖で顔をグシャグシャにしながらも、男は必死に犬を演じ、三回回ってみせる。
「鳴きました。鳴きましたから、どうか、どうか命だけは……」
「下手だったから、死ね」
「そんな……」
 自分の足に縋る男に平然と告げて、ボーデンは掲げたサーベルを振り下ろそうとした。
 そのときだ。邪魔が入る。
「非道はそこまでで――――す!」
 男を殺すはずだった一閃を、飛び込んできたアリア・セレスティ(CL3000222)が自分の剣で弾き返した。
 少しでも町の人間を救うために、大急ぎで駆けつけてきたのだ。
「そこの人、早く逃げて!」
「う、あ、うああああああああああ!」
 男が一目散に逃げていく。その背中を見送って、アリアはひとまず安堵した。
「つまんねぇことしてくれやがる」
 ボーデンはため息をついた。せっかくのお遊びも、こうなってはシラけるだけだ。
「…………」
 アリアは剣を構えた。
 が、ここで無理に戦うつもりはない。
 男が逃げられるだけの時間を稼いだら、自分も早々に退散する気だった。
 それは決して的外れな考えではなかったが――
「どうしたんです、ボーデンさん」
「おう、ちょいと手伝え」
 曲がり角の向こうから手下たちがゾロゾロとやってくる。
「嘘……」
 アリアは相手の数を見誤っていた。
 ボーデン分隊はヴェーアヴォルフ隊の本隊だ。その数は、三つの分隊の中で最も多い。
 あっという間に、彼女はボーデンの手下に囲まれてしまった。
 先走りすぎたか、とも思ったが、そうしなければあの男の人は死んでいた。後悔はすまい。
 だがこの状況、彼が命じれば手下は喜んでアリアを切り刻むだろう。
 ボーデンもそれが分かっている。だからこそ彼は笑みを浮かべた。
 だがその余裕は余計だ。
「そこにいたか、ヴィス公!」
 またしても声。ボーデンがめんどくさげに振り向く。
「チッ、今度はどいつだ……」
 その鼻先に、魔力文字の炎が炸裂した。
「ぐおあああああああああ!」
「ボーデンさん!?」
 手下数名が駆け寄ろうとする。アリアへの包囲に隙間ができた。
「今だよ、行って! おじちゃん!」
「おじさんではないがよかろう! ぬおおおおおおおおお!」
 魔文字を放った『荷運び兼店番係』アラド・サイレント(CL3000051)の指示を受け、『黒騎獅』ライル・ウィドル(nCL3000013)がアリアめがけて突進する。
「わ、っきゃあ! どこ触ってるんですかー!」
「黙らんか! 一人で先走りおって!」
 ライルは彼女を担ぎ上げて即座にUターン。隠れていたアラドもそれに続いて逃げていく。
「ナメやがって……! てめぇらも何してやがった!」
 やっと痛みが引いたボーデンが、怒りに任せて手下を一喝する。
「追うぞ。連中をバラして、その骨を噛み砕いてやる!」
「「オオッ!」」
 ボーデンと手下たちがただちに追撃を開始した。
 だが地の利はアラド側にあった。何せ、アラドはこの町の住人だ。
 見知った道をすいすい逃げていくアラドたちだが、しかし一方でボーデン側には数の利がある。
「いたぞ、こっちだ!」
 逃げようとした道の先にはすでに敵の亜人が回り込んでいた。
「わわわ、じゃあ、こっちだよ」
 アラドが別へ向かおうとするが、が、そっちにも、
「声が聞こえたぞ!」
 敵の姿があった。
 逃げるも追うも、数が多い方が有利に決まっている。
 そしてついに、
「逃げに逃げて袋小路か。笑っちまうねぇ……」
 三人が辿り着いた先は建築現場。
 山のように積み上げられた建材が周りにあって、奥は三方が壁に囲まれた袋小路になっていた。
「さてどうしてやろうか」
 あごに手を当てて、ボーデンは三人をどう料理するか考えた。
 そこにアラドがいきなり指を突き付けてきた。
「きみ」
「あ?」
「犬臭いですよ」
「――てめぇ!」
 ボーデンは見事に激昂した。思考が乱れ動きが固まる。
 ほんの刹那の間が空いて、
「おじちゃん、今」
「応!」
 アラドの指示。ライルが大剣で地面を叩き、轟音を響かせた。
 オーバーブラスト。だが、ボーデンにまで届かない。彼我の距離がまだ離れすぎていた。
「何のつもりだ……?」
 彼の行動の意味が、ボーデンには意味が分からない。
 当然だろう。それは合図だった。
「「こっちだよ」」
 後ろから声がする。ボーデンが振り返れば、そこには三つの影があった。
「そこに立っている時点で、この場はアンタたちの負けよ」
 両手に掴んだ方天戟を振り上げて、ベルグリン ジーバルフ(CL3000195)がそう宣言した。
 その両脇には『女騎士の忌み子』ネラ・チャイカ(CL3000022)と『自称・美少女魔導士』エスカ・ル・ルルゥ(CL3000237)が立っている。
 方天戟を見たボーデンの背中を、冷たいものが這っていった。
 周りにある建材の山――
 オーバーブラストによる地面の揺れ――
「まさか……っ」
「罠にハマったね」
 ベルグリンによる、二度目のオーバーブラスト。
 轟音と共に地面は揺れ、ライルの一撃で不安定さを増していた建材の山が、一気に倒壊する。
 崩れ落ちる建材の下には、ボーデン分隊がいた。
「うおおおおおおおおおお!?」
 その悲鳴も崩壊の音にかき消され、もうもうと土煙が舞い上がった。
「どうなったかな……」
 エスカがまだ収まらない土煙を凝視する。
 ボーデンとその手下は、とてつもない質量の下敷きになって潰されたはずだが。
 少し待つと、ようやくそれは晴れていき、
「やってくれたじゃねぇか……」
 そこには、ほこりまみれのボーデンたちが瞳に殺気を漲らせて立っていた。
「終わらないか、さすがに」
 ネラが小さくこぼす。
 非オラクルであれば死んでいただろう。だが彼らはオラクルだ。
 敵の数は多少なりとも減っていたが、与えたダメージは精々がその程度だった。
「全殺しだ。男はすぐに殺す。女は犯してから殺す!」
「外道。その言葉、聞くに値せず。イ・ラプセル自由騎士団、ネラ・チャイカ。参る」
「アタシにも譲れないものはあってね。うちの子の安寧を守るため、倒させてもらうよ!」
 剣を構えるネラと、方天戟を鋭く突き出すベルグリン。後方ではエスカが杖を握りしめていた。
 袋小路側でもアラドたちがすでに臨戦態勢だ。
「潰せ」
 ボーデンの一言から、戦いが始まった。
「さっきのお返し! あの人の分まで!」
 まずはアリアが、ボーデンを狙おうとする。
 だが三人の亜人が彼女の前に立ちはだかって攻撃を阻んだ。
「おじちゃん! ふぉろーしてあげて!」
「おじさんではないが承った! でやああああああああああああ!」
 再びアラドの指示でライルが切り込んでいった。それでも数は二対三、不利は覆せない。
 反対側では、ネラが奮闘しているところだった。
「どうした、群れねば戦えないような連中に、負けてやるつもりはないぞ!」
 相対するのはハンマー持ちのオニヒトと短剣を構える鼠のケモノビトだ。
 さらに後衛には銃を持ったミズヒト。こちらも厳しい布陣。だがその上で彼女は言う。
「来い、野良共。しっかりとしつけてやる」
 状況がいかに悪かろうとも、騎士とは勇ましくあるものだ。
「ケェ!」
 ケモノビトがが短剣を投げてくる。
 さらにタイミングを図ったオニヒトがハンマーで殴りかかってきた。
 両方は防げない。ネラは飛び退こうとするが、太ももを撃たれてしまう。
「ぐっ……!」
 痛みに顔がきつく歪む。だがほどなく傷は消え、痛みも引いていった。
「な!?」
「こちらも、一人ではないということだ」
 驚くミズヒトに、ネラは背後に立つ仲間を思って呟いた。
「ふふーん、えすかちゃんにお任せよ!」
 傷を癒してくれたのは彼女だ。
 だがそのエスカが、いきなり叫んできた。
「ねらっち、危なーい!」
 そして彼女が突き出したそのて手から蒼い光が瞬き、水分が一気に凝結する。
「ぐ、あ!」
 男の鋭い声。
 腕を凍らされたケモノビトが堪えきれずにうずくまった。
 奇襲をしようとしていたようだ。まさに間一髪。
「助かったぞ、エスカ……」
「ふふーん、だから言ったでしょ。えすかちゃんにお任――、ッ!?」
 言いかけていたエスカの身体が、いきなり後ろに弾かれる。
「エスカ!?」
「調子こいてんじゃねぇ!」
 ミズヒトの怒鳴り声。エスカが撃たれたか!
「てめぇはこっちだ、オラァ!」
 ネラに対してはオニヒトが猛然とハンマーを振るってくる。
 かわしきれない。ハンマーがネラを激しく叩いた。
「がは……」
「さっきの威勢はどうしたよ、嬢ちゃん。えェ?」
 衝撃に膝を折りかけたところに、聞こえてきたのは新たな四人目の亜人の声。
「せっかくこっちに来たのにもう終わりか、なぁ?」
 五人目が増え、
「俺らとも遊んでくれよ、オイ」
 六人目も来た。
 どれだけ増える。まだ来るのか。
 ネラは奥歯をキツく噛み締めた。悔しいが、追い詰められる自分を自覚する。
「まだよ、ねらっち!」
 だがエスカの声が聞こえた。
「まだここからよ。ここからが、美少女魔法少女えすかちゃんのスペシャルなんだから!」
「そうよネラ、今は胸を張りなさい。うなだれるのは負けてからでもいいでしょ」
 ベルグリンにも言われ、ネラは小さく笑う。
 そうだ。自分も騎士ならば、この二人も騎士なのだ。
「分かっている。……勝つとも」
 勝てるか勝てないかではない。勝つ。
 今はただそれだけを考える。ネラは剣を構え直して、意識を限界まで尖らせた。
 こうして戦いが続く一方で、袋小路側では、すでにおおよその決着が見えつつあった。
「よく戦ったよ、てめぇらは」
 体のそこかしこより、黒い煙をあげながらボーデンがせせら笑う。
 彼の方にはボーデン自身を含めて総勢八人。そして今立っているのは四人。
 半分を倒すことはできたが、半分しか倒せなかった。
「まだです、まだ……!」
「けぇぇぇい!」
 気丈にもアリアは言うが、その腹をオニヒトが思い切り蹴りつける。
 踏ん張り切れずに吹き飛んで、こみ上げてくるものをこらえきれずに彼は幾度も咳き込んだ。
「フン、そっちは随分丈夫だったが、さすがにそろそろ限界だろう」
 ボーデンがライルを見る。
 彼もまた奮戦したものの、しかしそれゆえに集中的に攻撃を受け、今や立っているのもやっとといった状態だった。
「ヴィス公ども……、まだだ、まだ終わりでは……」
「言ってろ。あとはトドメだけだ」
 もはや勝利を確信し、ボーデンはまともに取り合わない。
 そして、彼は目下、最も怒りを向けているアラドへと視線を移した。
「いいザマだな」
 満身創痍のアラドが、壁に背を持たせてやっとのことで立っていた。
 魔導士と軽戦士。距離があれば有利なのはアラドだが、袋小路という立地が災いした。
 ボーデンを相手に、懐に入られてさほど間を置かずにこの有様だ。
「殺してやる。言い残すことはあるか」
 息も絶え絶えのアラドへと、ボーデンが問う。
「――――」
 ボソリ。アラドが何事かを呟いた。
「あン?」
 しかし聞こえない。ボーデンは反射的にアラドへ顔を近づけた。
 アラドが、瞳を見開く。
「くそくらえ」
 少年は最後の魔力を振り絞り、炎の文字を描いた。
 炎が黒毛狼の顔面を巻き込んで炸裂する。しかし――
「だと思ったよ」
 読まれていた。
 ボーデンは腕を構え、自分の顔を炎から防いでみせた。
「――ガキが、てめぇのその魔導、何度くらったと思ってやがる」
 そして黒毛狼がサーベルを持つ腕を引いて、
「死ね」
 そのまま切っ先をアラドの腹に突き立てた。
「ぁ……」
 漏れ出る小さな声。ボーデンの顔が喜悦に歪む。
 刃を引けば支えを失った少年の矮躯がそのまま倒れ、ボーデンの前に転がった。
「よし、殺せ」
「「応!」」
 トドメのリンチが始まった。
 亜人の群れが数に任せて自由騎士たちを嬲っていく。
 アリアが、ライルが、反対側でもネラやエスカがもはや悲鳴を出すこともできずに暴力に晒される。
「くだらねぇことに時間使っちまったな……」
 ボーデンが呟いた。この戦いはとんだ寄り道だった。今頃、弟たちはどうしているか。
 思って視線を空に移せば、ふとたなびく黒い煙が見えた。
「よく燃えてやがる。フェーアの野郎だな」
 ピクリと、自由騎士の誰かの指が動いた。
「ヴィントはどれだけせしめてくるか。溜め込んでやがんだろうしな、この町の連中は」
 フルリと、自由騎士の誰かの身が震えた。
 気づかないまま、調子に乗ったボーデンが余計なことを口走る。
「ハハハハハハハハハハ! 今まで俺たちのために生きてくれてありがとよ、イ・ラプセルのクソ共!」
 それがいけなかった。
「――黙れ」
「ハハハハハ――、は?」
 ボーデンの笑いが止まる。
 傷だらけの自由騎士達たち。その全員が、立ち上がっていた。
 アラドが、アリアが、ネラが、エスカが、ベルグリンが、凄絶なまなざしでボーデン分隊を睨み据える。
「てめぇら、何で……」
 ボーデンの顔からから笑みが消えて、代わりに驚愕が浮かんだ。
 死も間近なはずなのに、連中が放つ気迫。これは一体どういうことだ。
 手下たちも圧倒されて動きを止めていた。
「出ていけ」
 低い声でアラドが呟いた。
「く、うるせぇ……!」
 気圧される自分を必死に押し殺し、ボーデンが少年へと襲いかかった。
「ガキが。今度こそ息の根――」
 だが怒りを爆発させたのは、アラドの方だ。
「ぼくたちの町から、出ていけッッ!」
 神の加護を授かりし魂が、激情によって燃え上がる。
 描き出される魔力の文字。解き放たれた爆炎は、先ほどよりもはるかに強く、そして激しかった。
「あああああああ! あついぃ! あつぃぃぃ! があああああああああああ!」
 全身を焼かれたボーデンが地面を転げ回った。
 尽きない苦痛の中、絶叫する彼の心にとある感情が深く刻み込まれる。
 殺す。
 必ず殺す。
 絶対に殺してやる。
 それは自由騎士への強い怒り、憎悪、殺意だった。
 こいつら全員八つ裂きにして――
 戦場に音が押し寄せてきたのは、そのときのことだった。
「何だこの音!?」
 重々しくも派手で騒々しい、やたらと長く続く音だ。
「バカな……」
 その音を聞いて、ボーデンは呆然となる。
 聞こえてはならない。
 こんな場所で、絶対に聞いてはならないはずの音だ。
 どういうことだ。ボーデンは混乱する。そして次の瞬間、彼は叫んでいた。
「イェルク! 俺達を切り捨てやがったな!」
「ボーデンさん?」
「……クソ、クソが!」
「え、でもこいつらは……」
 言われてボーデンはまだ立っている自由騎士を見た。
 体中が痛い。熱い。憎い。殺したい。しかし、このまま戦えば下手をすれば狩られるのはこちらではないのか?
 この土壇場でそんな弱気が頭をかすめて、彼は忌々しげに判断を下す。
「そいつらは次だ。次は必ず殺す。だが今はあっちだ! 行くぞ!」
「は、はい!」
 自由騎士をその場に残したまま、ボーデンが焼けただれた身を引きずって去っていった。
 手下たちもそれについていく。
「…………」
 戦場だった建設現場に、一転、静寂が落ちた。
 ボーデンが去った理由は分からない。しかし、あの様子ではこの町からも出ていくのだろう。
 自由騎士たちは再び地面に転がった。
「……生きてる?」
「ああ」
「生きている」
「えすかちゃん生きてるよー」
「ちょっと立てないな」
「このまま寝てたいですー」
 ベルグリンが問うと、きっちり五つ、返事があった。
「連中、何があったのだろうな?」
「わからないけど、町は守れたから、いいかな」
「うむ」
 ネラにアラドが返し、ライルもうなずく。
 マキナ=ギアを通じてヴェーアヴォルフ隊撃滅の連絡が来たのは直後のことだった。
「みんな生きてて、町も守れて、つまりこっちの勝ちよね!」
 声だけは元気にエスカが言う。
「そうだ、僕達が守ったんだ……」
 ネラが静かに目を閉じた。
「この町を守ったんだ」
 自由騎士として与えられた任務を達成することはできた。その充実感がネラの口元を綻ばせた。
 ボーデンのことも含めてまだまだ問題は多々あるが、今はただ、この充実感に浸っていたかった。

●反攻強襲:狼准将は血風に笑う
 ――イェルク・ヴァーレンヴォルフ准将は司令官室であくびをしていた。
「退屈なモンだな」
「さすがに少し緩みすぎではないですか」
 傍らに立つ副官がたしなめてくるが、イェルクはめんどくさげに手を振って、
「俺ァ現場主義だ。椅子に座りっぱなしなんてのは性に合わねぇんだよ」
「まぁ、准将閣下はそういう方でしょうが。出番は来ないでしょうね」
「知ってるよ」
 イェルクは舌を打ってつまらなそうに認めた。
 他国への侵略といえば一大作戦ではあるが、相手はイ・ラプセル。弱国中の弱国だ。
 獅子が鼠に襲いかかるようなものだ。戦いと呼べるものにすらならないだろう。
「だから退屈だって言ってんだ」
 待つばかりの立場はダメだなとボヤいて、イェルクは息をつく。
 司令官室に部下が飛び込んできたのは、まさにそのときのことだった。
「き、緊急事態につき報告いたします!」
「何事か!」
「はっ! 内部巡回担当より連絡があり、強襲艇内部にイ・ラプセルの兵が侵入したとのことです!」
「何……!?」
 その報告に副官は驚き、そしてイェルクは、
「へぇ……」
 口元に小さくも深い笑みを浮かべた。
 場面は変わる。ヴィスマルク帝国強襲艇内部。
「いたぞ! 追え! 捕縛の必要はない、即時処断せよ!」
 冷たい通路の中を、兵士が武器を構えて走っている。
 彼らが追いかけているのは一匹のリス。
 チョコマカと器用に通路を逃げているが、大きさの差もあってこのままでは追いつかれてしまう。
 仕方なく、そのリス――『知りたがりのクイニィー』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は人の姿に戻った。
「うー、失敗失敗! まさか通気口に入る前に見つかるなんて!」
 通気口から敵の要所に移動しようという目論見は、しかしあえなく失敗していた。
 さすがはヴィスマルク。その手の諜報行為も警戒していたようだ。
「敵の動きが早いですね……!」
 途中で合流した『皐月に舞うパステルの華』ピア・フェン・フォーレン(CL3000044)が、後方を振り返る。
 敵兵の数が増えてきている。このままではほどなく追い詰められるだろう。
「交戦します! 今のうちに後退を!」
 ピアが踵を返し、敵へと突っ込んだ。
 瞬間的な加速において、フェンサーを超える者はいない。
「はぁ!」
 ピアが放つ瞬速の二連撃が戦闘の敵兵を鮮やかに切り裂いた。
 兵士が体勢を崩し、倒れ――
「まだ。だ!」
「な!?」
 倒れない。敵兵は動きを鈍らせながらも持ちこたえた。
 そしてピアへと槍を突き出そうとして、
「おっと、あたしもいるんだよ?」
 いつの間にか兵士の背後に回っていたクイニィーが、その首筋に暗殺針を突き立てていた。
「よし、今のうちに奥に行こうか!」
「お待ちください、ここは他の方と合流した方が――」
「どっちも無理だぜ?」
 二人が話しているところに、不意にかかる第三の声。
 多数の兵士を従えて、やけに大柄な男が通路の真ん中を堂々と歩いてくる。
 イェルク・ヴァーレンヴォルフであった。
「何だ、たった二人か」
 イェルクはそう言うと、片手に持っていた大剣を鞘から引き抜いた。
 構えも取っていないのに、その佇まいは見るからに歴戦の風格を漂わせている。
 彼がヴィスマルク側の首魁であることを、ピアもクイニィーもすぐに察した。イェルクがニヤリと笑う。
「わざわざこんなトコまで来たんだ、ご所望の品は俺の首だろう? ここにあるぜ?」
 自分の首をペシリと叩いて、彼は自由騎士を挑発した。
「だったら遠慮なく、その首をもらおうじゃないか」
 しかし応じたのはピアたちではなかった。
「何だ、別動隊がいたか」
 イェルクがそちらを睨めつけると、自由騎士たちが今まさに駆け込んできたところだった。
「先走った二人を追ってみれば、まさか敵のボスがいるとは……。間抜けなのか?」
 挑発をし返したのは、ハルト・スメラギ(CL3000083)だった。
 だがイェルクは面白げに手を打って、
「全くだ、違いねぇ! ああ、てめぇらが俺を討ち取れれば、俺はとんだクソ間抜けってことになるなぁ!」
「人の国を攻めておいて、どうしてそんなに楽しそうにしていられるの……?」
 ハルトの隣に立つ皇 弥悠(CL3000075)が、顔をしかめて問いかけた。
 敵准将はさも当然のように答える。
「仕事熱心だからだよ」
「戦争を、仕事だと……!」
「軍人だからな、俺ァ」
 気色ばむハルトに対して、イェルクの反応は非常にドライなものだった。
「わたしたちは仕事なんかできてるんじゃないんですけどね」
 コジマ・キスケ(CL3000206)がイェルクに軽蔑のまなざしを送る。
「事情なんざどうだっていい。俺とてめぇらはこれから殺し合う。それだけだろう?」
「ええ、そうですね。さらに言うならば――」
 フェルディア ジーバルフ(CL3000196)もまたイェルクをキツく睨んだ。
「戦いはまず、頭を潰すのが常道!」
「ハッハッハ! 上等、上等ォ!」
 通路を蹴って刃を振るうフェルディアにそう答え、イェルクは大剣を構えた。
「イ・ラプセルを、俺達をナメるな!」
 ハルトも攻撃に加わって、軽戦士二人がイェルクへと立ち向かっていく。
 イェルクは配下を前に出すのではなく、自ら最前線に立って自由騎士と直接刃を交えた。
 刃の噛み合う音がする。
 配下の兵士もまたピアやクイニィーと激突。通路は一気に戦場と化した。
「悪ィな兄ちゃん。――ナメる以前さ」
「何!」
「イ・ラプセル。てめぇらがナメられて終わるだけの『餌』か、それともヴィスマルクに抗う気概を持つ『敵』か――」
 イェルクが狼のようにその八重歯をむき出しにする。
「それもまだ決まっちゃいねぇのさ。だから見せろよ、てめぇらが『敵』ならば! 『餌』でないというのならば!」
「「言われないでも!」」
 吹き飛ばされながらも、だがハルトとフェルディアは揃って踏ん張り間合いを保った。
 再び開始される、敵将と自由騎士の剣戟。
 しかし、ハルトはイェルクに集中しすぎている。
 死角から迫る敵兵に、彼は気づけていない。
「――胡桃割り人形」
 それをカバーしたのが弥悠だった。
 彼女の生み出した命なき人形兵士が、敵兵を強襲した。
「ぐおぉ!?」
「ふひひ、隙あり~」
 敵兵が体勢を崩したところに、クイニィーが針でトドメを刺す。
「こいつら……!?」
 ヴィスマルク兵の間に小さくも動揺の波が広がった。
 イ・ラプセルは弱国ではなかったのか。
「チッ……」
 気づいて、イェルクが舌を打つ。
 思いがけない敵の士気の高さがこちらに悪影響を与えてきている。
 早々に空気を変える必要があった。
「そら、倒れて死ね!」
 大剣が唸る。鋭い一閃が、フェルディアの身を切り裂いた。
「死ぬとか、殺すとか、好きじゃないんですよ。そういうの!」
 だが後方より、キスケが成就させた癒しの魔導がフェルディアの傷を直ちに癒す。
「そう、だから――」
 キスケの言葉を引き継いだのは、フェルディア。
「あなたのようなゲス野郎に、この国を好きになんてさせない!」
 加速。そして懐に潜り込んでの一撃。
 イェルクの大剣が、彼女の渾身をしっかりと受け止める。――誘いであった。
「ここだ!」
 フェルディアのすぐ後ろからハルトが躍り出てきた。
 仲間を遮蔽にしての奇襲。イェルクの顔に初めて驚きの色が浮かんだ。
「な……」
「もう一度言う! イ・ラプセルを、ナメるな――――!」
 今の自分にできる、全力全霊にして最高速度の一閃。
 ハルトは己の魂を燃やし、今という至上のタイミングでそれを成し遂げた。
 イェルクの胸が、深々と切り裂かれた。
「准将!」
「イェルク准将!」
 敵兵の統制が乱れる。何人かがイェルクに駆け寄ろうとした。
「バカ野郎共、勝手に動いてんじゃねぇ!」
 部下を叱りつけた敵将は、顔に大量の脂汗を浮かべながらも倒れることはなくそこに立った。
 向かい合う、イ・ラプセルの騎士とヴィスマルクの軍人。
「なるほどねぇ……」
 息を深く吐き出して、ヴィスマルク帝国軍の司令官は一つの問いを投げて寄越す。
「てめぇらは、何者だ」
「――イ・ラプセル自由騎士団」
「そうかい」
 うなずき、イェルクは足元にあった鞘を拾って剣を収めた。
「どういうつもり……、なの……?」
「戦いは終わりだ」
 イェルクが答えた直後、いきなり艇内がガタンと揺れた。
「何だ!?」
 驚く自由騎士を見て改めて野太い笑みを作ると、イェルクは言った。
「今、強襲艇が飛行の準備段階に入った。まもなくこの艇は空に飛び立つ」
「空に……!」
 自由騎士たちの間に、戦慄が走った。
「今から逃げればまだ外に出られるかもな。当然、こいつらが追うが?」
 イェルクの両脇から出てきたヴィスマルク兵たちが整列して武器を構える。
「どういうつもりだ!」
「どうもこうも、言ったろ。戦いは終わりだ。だから帰ンだよ」
 聞こえる重低音は、この艇内に存在する蒸気機関の駆動音に間違いないだろう。
「このまま俺を狙い続けるか? それでもいいぞ。二度と故郷の土を踏めないだろうがな」
「ヴィスマルクの犬め!」
「犬じゃねぇさ」
 狼准将が自らの名を自由騎士に示す。
「ヴィスマルク帝国軍所属、イェルク・ヴァーレンヴォルフ准将だ」
 艇内の震えがさらに大きくなってきた。
「これは、どうしたんだ!」
「一体何が起きているンダイ?」
 そこに、ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)と『FREEK OUT』エル・マフ(CL3000170)が駆けつけてくる。
 いつでも撤退できるよう、退路の確保を行なっていた二人である。
「どうした? 逃げろよ。さもなくば、ここで死ぬか?」
「く……!」
 自由騎士たちは揃ってイェルクを睨みながらも、すぐに踵を返して走り始めた。
「追え。連中があくまで抵抗してくるなら殺せ。ただし、艇外まで追う必要はない」
「「は!」」
 指示を受け、ヴィスマルク兵が自由騎士の追撃を始めた。
 残ったイェルクは胸を手で押さえ、今さら顔を苦痛に歪めてボヤいた。
「お~、痛ェ……。やっぱ錆びついてやがんなぁ。鍛え直すか……」
「どういうおつもりですか?」
 副官が、彼に真意を問う。
「あ? ああ、悪かったよ。だが前線に出てねぇと保てねぇ勘ってヤツがだな――」
「そちらではありません。何故、あの自由騎士とやらを逃がしたのです」
「そりゃ、負けてたかもしれねぇからだよ、こっちが」
「……何ですと」
 想像もしていなかった理由に、副官は思わず聞き返していた。
「なぁ、俺たちの最優先達成事項、分かってるか」
「は? イ・ラプセルの制圧では?」
「違ェよ」
「では、一体……」
「決まってンだろ。こいつで無事に本国まで帰還することだ」
 イェルクが軽く壁を叩いた。
「万が一が起きてみろ。この強襲艇をみすみすイ・ラプセルにくれてやることになるんだぜ」
「それは、いけませんな」
 軍事大国ヴィスマルクをして、この強襲艇は虎の子の一艇。
 敵国に渡すなど、絶対にあってはならない。
「しかし、負けるかもしれないなどと。そこまででしたか?」
「フン、まぁな」
 イェルクはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「ありゃ鼠だが、猫を噛む方の鼠かもしれん。死力を尽くさせるな。そう指示出しとけ」
「了解いたしました」
「あとドクター呼んでくれ。痛くてかなわん」
「好きで前に出たのでしょうに……」
 副官に肩を借りながら、イェルクは司令官室へと戻っていく。
「自由騎士、ね……」
 自然とその名が口から零れた。
 彼は己が『敵』と認めた彼らのこを深く記憶に刻みつけた。
「ところで准将閣下」
「ん?」
「ヴェーアヴォルフ隊はどうなさいますか」
「ウチにそんな隊はねぇが?」
「然様ですか。ではお忘れください」
 ヴェーアヴォルフ隊が切り捨てられた瞬間だった。
 ――そして自由騎士たちは、強襲艇から脱出するべく通路を全力で走っていた。
「こっちヨ!」
 先導するのはエル。
 だが通路の先に、回り込んだヴィスマルク兵が数名現れる。
「邪魔をしないでよネ!」
 彼女の武器がうなりをあげる。重い一撃に、長剣を構えていた兵士が壁に叩きつけられて意識を失った。
「そっちは、俺が受け持つ。全速力で走れ!」
 しんがりはウエルスが務める。
 銃でを構えようとする後方の敵兵へ、先に彼が発砲する。
「ぐお!」
 弾丸は見事に命中。倒してはいないが、敵は銃を取り落とした。
 隙ができればそれで充分。ウエルスもまた逃げていく。
 強襲艇の震えはいよいよ高まっていた。浮揚が近いのかもしれない。
「見えた、あそこ!」
 フェルディアが指さす先に、自由騎士たちが侵入するためにブチ破った窓がある。
 だがそれを遮るようにヴィスマルク兵が現れた。
「だから邪魔だって言ってるでショ!」
 ここでも、エル。
 一気に突っ込んで、手にした武器を振り回して兵士を蹴散らす。
 道が開けた。だが直後、艇がいよいよ浮き上がった。
「飛び込めェェェェェ!」
 ウエルスが叫んだ、その瞬間だった。
 彼らは全員、砂浜にいた。
「……………………え?」
 今まさに窓に突っ込もうとした体勢のまま、彼は間の抜けた声を出す。
「ここは、外……?」
 わざわざ確認しなくとも、外だ。砂浜だ。
 何が起きたのか分からない。周りのハルトやピアも、同様にかぶりを振っている。
 それが、自称『錬金術のお兄さん』の仕業であることを、彼らはもちろん知る由もなく――
 不思議がっているところに、重苦しい音が聞こえた。
 見上げれば、そこには今まさに飛び立たんと空に上がる強襲艇の大きな影。
 重々しくも空を舞う、見る者に重圧と高揚を同時に与える不思議な光景だった。
 そして同時に、それは決戦の終わりを意味する景色でもあった。
「敵が、いなくなった……」
「ああ、終わったんだ」
 呟く弥悠にハルトが答えた。
 今回の戦いはこれでおそらく終わりだろう。
 だがきっと、これは始まりでしかない。
 神のいるこの世界で、自由騎士たちとなった彼らの戦いは始まったばかりだ。
 それを重々承知していながらも、ひとまずの決着に皆がそろって大きく息を吐きだした。
 神殺しの成功が伝えられたのはそれからすぐ後のことだった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: アラド・サイレント(CL3000051)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: シア・ウィルナーグ(CL3000028)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: エロイーズ・プティ(CL3000018)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: 八百・時雨(CL3000072)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: クイニィー・アルジェント(CL3000178)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: トミコ・マール(CL3000192)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: コジマ・キスケ(CL3000206)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ピア・フェン・フォーレン(CL3000044)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: エル・マフ(CL3000170)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: グスタフ・カールソン(CL3000220)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ペルナ・クラール(CL3000104)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: アリア・セレスティ(CL3000222)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: フェルディナン・G・サンシール(CL3000175)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ハルト・スメラギ(CL3000083)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: 皇 弥悠(CL3000075)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: リュリュ・ロジェ(CL3000117)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ジークベルト・ヘルベチカ(CL3000267)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: エスカ・ル・ルルゥ(CL3000237)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ベルグリン ジーバルフ(CL3000195)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: フェルディア ジーバルフ(CL3000196)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ルティア・ド・リリアーヌ(CL3000202)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ネラ・チャイカ(CL3000022)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ハルト・メロン・キルロード(CL3000255)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ガーベラ・キルロード(CL3000263)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: スミレ・マーガレット(CL3000268)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: アダム・クランプトン(CL3000185)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ユラ・キリシマ(CL3000012)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: ザルク・ミステル(CL3000067)
『イ・ラプセル自由騎士団』
取得者: レウルーザ・ダグラス(CL3000277)

†あとがき†

初の決戦、お疲れさまでした。
STとして皆様のプレイングからこの物語を描けたことを誇りに思います。

今回、決着がつかなかった部分もありますが、
いずれ確かな決着をつける時が来るでしょう。

そのときまで、どうか英気を養ってください。
それではまた次の物語でお会いしましょう!
FL送付済