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【S級指令】ドヴェルグの通り路へ



●板挟みと一縷の望み
 ゲオルグ・クラーマーによって通商連を通して行われた講和の打診。
 だが突き付けられた条件は、とてもではないが呑めるものではなかった。
 しかし飲まなければ、聖央都に集められたヨウセイが処刑される。
 これについて、語ったのは大管区で保護されたヨウセイの少女だった。
「聖央都の地下には、ヨウセイの牧場があります……」
 痩せ衰えた少女は運び込まれたニルヴァン城塞の一室でそう言った。
「ぼ、牧場……?」
 対応していたマリアンナ・オリヴェル(nCL3000042)は、その言葉に驚いた。
「はい。聖櫃を止めることなく動かし続けるためには、外から捕らえてきたヨウセイだけじゃ足りなくて、だから……」
 だから、シャンバラの連中は捕らえたヨウセイを“飼育”することで、効率的に“薪”を生産できる体制を作ったのだろう。
 その地下施設は“獄層”と呼ばれているらしい。
「私は外で暮らしていたけど、捕まって、“獄層”に送られて……。でも、誰かと“交配”させられる前に、大管区に“薪”として連れてこられたんです」
 おそらくは“聖域”を展開したことで通常の量では足りなくなったのだろう。
 そのため、少女は予備の“薪”として大管区に送致された。
 そんなところか。
「怖かったでしょう……」
 少女のこれまでを思って、マリアンナは細い彼女の手を握った。
「優しいんですね。あなた」
 マリアンナを見て、少女は小さく微笑んだ。
「そんなこと……。あ、ねぇ、オリヴェルという名前に心当たりは?」
「――あります。オリヴェルのおじ様とおば様。何回か、話したことが」
「……そう」
 マリアンナの両親は魔女狩りに捕らえられた。
 それ以来、一度も会ったことはなかった。死んだと思っていた。
 それが、生きていた。
 兄パーヴァリにもすぐにこの事実を伝えたかった。
 が、生憎彼は現在、ウィッチクラフトの代表としてイ・ラプセルの王都で行われている軍議に出席していた。
 数日はそちらにかかりっきりになってしまうだろう。
 早く教えてあげたい。知ったらきっと驚くに違いない。
 それを想像し、マリアンナの胸中にちょっとした安堵が広がった。
 だが状況は、そう易々とマリアンナを安らがせてくれない。
「おじ様とおば様が、殺されるかもしれないんですね……」
「…………」
 イ・ラプセルが講和条件を呑まなければ、事態は確実にそうなるだろう。
 だが、それを阻むとしてどうやればいい?
 “獄層”があるのは聖央都の地下。つまりは敵の本拠地真っただ中である。
 自由騎士を派遣したところで間に合うはずがない。
 先に察知されて、ヨウセイの処刑が前倒しになるだけだろう。
 だが、シャンバラが提示してきた条件もムチャクチャすぎる。こんなもの、普通に考えれば到底受け入れられるはずもない。
 しかし、受け入れなければ――
 マリアンナは陰鬱なため息をこぼした。
「どうしようもないのかしら」
「……ドヴェルグの通り路」
 手を握っていたヨウセイの少女が、ポツリとこぼした。
「私が住んでた場所に伝わる話です。ドヴェルグと呼ばれるヨウセイの一派が作った地下道で、シャンバラ一帯の地下を巡ってるっていう……」
「そんなの……」
 仮に、そのようなものがあったとして、だが聖央都の地下に行ける保証はどこにもない。いや、そんなものはないと考える方が現実的だ。
 だが少女は、こう続けた。
「私は、ウァティカヌスの南にあるコンスタンツェ小管区の近くに隠れ住んでいました。そこに、あったんです。ドヴェルグの通り道だと言われている洞窟が……。入ったことがないから、どこに続いているか分からないけど……」
「…………もしも」
 もしも、本当にもしも、洞窟の先がウァティカヌスに通じているならば――
「行くわ。何としても。父様と母様を、みんなを、助けに……」
 この話はすぐさまイ・ラプセルへと伝えられることとなる。
 そして、まさにイチかバチかの賭けでしかないこの話に対し、自由騎士団の派遣は決定されたのだった。

●与えられた時間
「我々に与えられた時間はあまりにも少なすぎるのである」
 階差演算室にて、集まった自由騎士を前に『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)はそう告げた。
「シャンバラとの講和について、我が国はこれを拒否することとした。だが同時に、“獄層”に存在するという多くのヨウセイについてもイ・ラプセルは見捨てるつもりはないのである。よって、ヨウセイの救助任務がS級指令として発動されることとなったのである」
 自由騎士達はうなずいた。
 クラウスの言葉に否と言う者はいない。
 シャンバラと講和などしないし、ヨウセイの処刑も阻んでみせる。
 それが彼らの選択である。
「だが、ヨウセイの救うために我々が通らなければならない道はあまりにもか細い。それでも、自由騎士たる卿らであればそれを果たせるものと吾輩は信じているのである」
 任務内容は簡単だった。
 ドヴェルグの通り道の入り口とされる洞窟を通り、その先がウァティカヌスの地下にある“獄層”に通じていれば、そこにいるヨウセイを救出し、帰還する。それだけである。
 ただし、洞窟が“獄層”まで通じていれば、の話だ。
 賭けと呼ぶにもあまり分が悪い賭けだ。が、何もないよりはマシである。
「タイムリミットはゲオルグ・クラーマーが通商連の船にいる間であろうな。もし彼にこの企みが知られれば、結果は火を見るより明らかである」
 それは、言われるまでもないことだった。
 だからこそ、任務達成までに与えられた時間は短い。
「“獄層”にいるヨウセイ達を、“できる限り多く”救出するのが今回の卿らの任務内容である。全てを救えれば最善であるが、欲張りすぎて卿らが捕らえられれば元も子もなくなるので、そこは注意するのである」
 自由騎士達は、クラウスの言葉に深くうなずくのだった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
S級指令
担当ST
吾語
■成功条件
1.“獄層”から『できる限り多くのヨウセイ』を救出する
ネタバレ:“獄層”に通じてます。
吾語です。

ご都合主義は主人公の特権!
というワケで、囚われたヨウセイの皆さんを助けに行きましょう。

☆この依頼はゲオルグ・クラーマーとの講和会議の裏で行われます。
講和会議で時間を稼いでいるうちに秘密裏に行う形になります。

また、この依頼の相談日数は3日です。
リプレイの返却は3/27を予定しているリアルタイムなイベントとなります。
講和会議で引き出した情報は、得ているものと扱ってもかまいません。
(仲間からの定期連絡によって知ったことにして構いません)

今回は戦闘は場合によっては発生しますが、
OPにあります通り、「時間との戦い」となります。
詳しくは、

・洞窟を踏破するのにかかった時間。
・“獄層”のヨウセイを集めるのにかかった時間。
・“獄層”でシャンバラ側と遭遇したか否か。

上記を総合することで「制限時間内に何%のヨウセイを救助できたか」が決まります。
それぞれの条件については下記をご参照ください。

◆洞窟踏破
 洞窟はある程度進むと三つに分かれており、最終的にまた一つに戻ります。
 A・B・Cの三つの道は長さと踏破難易度が設定されており、
 また、それぞれに踏破するのに必要な時間が設けられています。
 皆さんはその三つのうちのいずれかを選び、洞窟を踏破してください。
 どの道を選ぶのか、全員で進むのか、それについては自由とします。

 A:長い。踏破難易度はそこそこに高い。長い上に道も安全とは言い切れません。
 B:短い。踏破難易度はものすごく高い。道が崩れやすいなど危険度が高いです。
 C:すごく長い。踏破難易度は一番低い。ここが一番安全に進めるでしょう。

◆“獄層”探索
 ウァティカヌス地下に広がるかなり広い施設です。地下人間牧場です。
 ここには主要施設が六つ存在し、そこにヨウセイがそれぞれ存在します。
 主要施設を探索することでそこにいるヨウセイを救出できます。

 ただし、主要施設には聖堂騎士が巡回しており、遭遇する可能性もあります。
 なお、聖堂騎士はめちゃめちゃ多いので「倒して施設を開放する」は無理です。

 ここでは自由騎士の皆さんは時間内に五つの施設を探索できます。
 「何番目にどの施設を探索するか」で救出できるヨウセイの割合が変わります。

 手分けして探索することもできますが、
 その場合は救出できるヨウセイの数が減り、聖堂騎士との遭遇率が倍増します。
 逆に、全員で一つの施設を探索する場合はその施設の最大数救助できます。

 探索できる“獄層”施設は下記の六つとなります。

 1.居住区A
 2.居住区B
 3.労働施設A
 4.労働施設B
 5.運動施設
 6.死体廃棄所

 なお、今回のシナリオにつきまして、プレイングの内容が素晴らしければそれに応じて「かなりの数のヨウセイ」を追加で救助できます。
 それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

※このシナリオに参加する場合、ゲオルグ・クラーマーの質疑応答には参加できなくなりますのでご注意ください。
状態
完了
報酬マテリア
5個  5個  5個  5個
11モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
3日
参加人数
8/8
公開日
2019年03月27日

†メイン参加者 8人†



●闇の底、無事を願って
 情報通り、海岸近くにあった岩壁に穴がポッカリ開いていた。
「……ここだわ」
 ヨウセイから聞いた話とぴったり符合する場所。
 マリアンナ・オリヴェル(nCL3000042)は後ろに控える自由騎士達の方を向く。
「暗いな。カンテラは必須か」
 アデル・ハビッツ(CL3000496)が奥を覗き込んで道の先を確認しようとした。
「ここで突っ立ってても仕方がないね。行こうか」
 『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)の言葉に皆がうなずき、洞窟の中へと入っていく。その最中、
「おっと、気持ちは分かるけど、そう焦らないでくれ」
 先頭を行こうとしたマリアンナの腕を、『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)が掴んでその場に引き留めた。
「オルパ……、でも……」
 振り返ったマリアンナは不服そうだ、しかしオルパはかぶりを振る。
「焦るな。一人で先走ってどうなる。……助けに行く側だろう、君は」
「…………」
 そう言われては、マリアンナも食い下がれない。
 一度コクリとうなずいて、彼女は他の皆と歩調を合わせるようにした。
 そして自由騎士達は隊列を組んで洞窟の中を進んでいく。
「道が分かれているわね」
 『神の御業を断つ拳』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)が見た先、確かに道が三つに分岐している。彼女は皆の方を振り向いた。
「まっすぐ行こう。最短距離を考えるべきだ」
 最後尾を往く『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)のその言葉は、ほぼ全員の代弁でもあった。ことは急を要する。
 今の時点で、時間をかけるわけにはいかない。
 一行は目的地店への最短経路と思われる真ん中の道を選択した。
「……これは、少し心もとないな」
 『隠し槍の学徒』ウィリアム・H・ウォルターズ(CL3000276)が踏み出すと地面がかすかにグラついた。この道は相当地盤が緩いようだ。
「この棒で先を確認しながら進もうか」
 オルパが長い棒を持ち出し、地面を叩いて安全を確かめる。
「湿気が凄いわね。……それに、潮の香りが」
 『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)が鼻先をかすめるそれに気づいた。
 同じものを感じていたのだろう、『聖き雨巫女』たまき 聖流(CL3000283)も「そうですね」と還して彼女の方を見る。
「おそらく、上が海なのでしょうね」
 聖流は頭上を見上げると、そこにあるのは濡れた岩肌。
 きっとそれは、潮の味がするのだろう。
 ここはつまり海底よりもさらに地下に位置しているということだ。本当にここがドヴェルグの通り路なのか、アンネリーザは不安になった。
「大丈夫。きっと、大丈夫よ」
 言ったのはマリアンナであった。
 グラつく地面の上を、何とかバランスを保ちながら歩いている。
 そして蒼白になっている顔色のままで、彼女は何度もそれを呟いていた。
「マリアンナ……」
 それは皆への励ましの言葉であり、同時に自分に対する暗示でもあった。
 両親は無事だ。みんな無事だ。きっと無事だ。
 だから――、と。
「そうよ、きっと無事だわ」
 アンネリーザがマリアンナの肩を叩いた。
「ああ、だから早く、迎えに行こう」
 アダムにも改めて励まされ、マリアンナは自由騎士達を見た。
 仲間がそばにいてくれること。それに内心で感謝しながら、洞窟の中を進み続ける。そして、やがてカンテラは先を閉ざす壁を照らし出した。
「これは……」
 壁は、岩ではなかった。
 しっかりと組み合わされた大きなブロックの壁。人造物である。
「じゃあ、この向こうが――」
 やけに滑らかなブロックを指で撫でながら、ライカは小さく息を呑んだ。
 自由騎士達は、獄層へと到着した。

●彼らは飼い慣らされていない
 薄暗い、石造りの建物であった。
「ここは……」
 ブロックを破壊し、内部へと入り込んだ一行は、まず等間隔で鉄扉が並んでいる大きな通路に出た。アデルが耳を澄ますと、声が聞こえる。
「……どうやら牢獄だな。中に誰かがいるようだ」
「居住区、かもしれない」
 言ったのはかつて強制労働所に潜入したことがあるアダムだった。
 部屋を閉ざす鉄の扉は、一応覗き窓がついていた。
 アダムは窓から中を覗き込んでみる。
 薄汚れた恰好のヨウセイ達がそこそこの広さの部屋にぎゅうぎゅうに押し込まれているのが見えた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 誰も、何も喋らない。
 全員が床に座り込んで俯いている。その様子はまるで石のようだ。傍から見て、生気など微塵も感じられなかった。
 俯くヨウセイ達が石像であると言われれば、納得してしまいそうなくらいだ。
「扉を開けるぞ」
 ウィリアムがドアに手を添える。
 それだけで、重厚な鉄扉の錠前がガコンと音を立てた。
「巡回は?」
「大丈夫だ。足音は聞こえない」
 開錠後、ライカの問いにアデルが答えた。
 扉が、重々しい音と共に開かれていく。
「ひっ」
「助けに来たわ!」
 アンネリーザは声を張り上げた。
 俯いていたヨウセイ達は顔をあげ、彼女を見る。
 ドロリと濁ったその瞳は、明らかに普通ではなかった。しかしその奥に、マリアンナは明確な意志の光を感じ取った。
「待たせてごめんなさい。でも、もう平気よ」
 彼女の言葉に、ヨウセイ達は顔を見合わせる。そして、
「おお……!」
 小さな声は、ヨウセイの誰かがあげたもの。
 すると一人が立ち上がって、次にまた他の一人が立ち上がった。
 絶望に沈んでいたと思われたヨウセイは、だが、次々に自分の足で立っていく。それを見てオルパは確信した。
「そうか、待っていたのか……」
 ヨウセイ達はシャンバラに屈したワケではなかった。
 この獄層にいる限り、行動を起こしたところですぐに鎮圧されることは目に見えている。だから、救援を待つしかなかった。
 待ち続けることがシャンバラに対する彼らの抵抗だったのだ。
「お、俺達はどうすればいい……?」
 痩せ細った身を起こし、ヨウセイの男が尋ねてくる。
「大丈夫。焦らないでも必ず救います。だから、脱出の準備をしてください」
 アダムが真摯に応じた。脱出の手段があるとはいえ、おそらく獄層はかなり広い。手順を考えずに脱出を企てれば混乱が起きることは必至だ。
「体が悪い方はいらっしゃいませんか? 私が治療をしますから」
「おお、すまない……」
「ありがたい、ありがたい!」
 言った聖流の周りにヨウセイが集まっていく。
 彼女の癒しの魔導によって、ヨウセイ達の疲労や損傷はたちまち回復した。
「いいかい、ここから出るんだ。外に行くんだよ」
「森に帰れるの? 父様と母様と会える?」
「ああ、帰れるし、会えるさ。必ずね」
 マグノリアも不安そうにしている子供に笑顔でそう語りかけた。
「あんたらが誰かは問いますまい」
 おそらくはこの部屋のまとめ役と思しき老人が話しかけてきた。
「お爺さん、私達は――」
「構わんよ。あんたらが誰だろうと、同胞と共にいるのならば信じるさ」
 言いかけたアンネリーザを遮って、老人はオルパの方を見た。
「さぁ、行きなされ。回るのはここだけじゃなかろう? こっちは大丈夫。他の部屋の扉だけ開けてくれれば、準備は進めておくからのう」
 やけに聞き分けがいい。アンネリーザはかすかな不安を感じた。
 老人はそれを察したらしく、彼女に向かってうなずく。
「信じていただけさ。いつか助けは来る。あの夫婦の言葉を、私らはずっと諦めずに信じ続けていただけだ」
「あの夫婦、って……?」
 マリアンナがその言葉に食いついた。
「おや、あんたさんは――」
 老人は彼女を見て、何かに納得したように口元をほころばせた。
「そうかね、娘さんか。……ああ、行っておやり。どこにいるかまでは分からんが、ここにいるよ。あんたの御両親は」
「マリアンナ……!」
 自由騎士達が彼女を見る。両親の生存は確認された。マリアンナは目に涙を浮かべつつ、だが泣かずにうなずいたのだった。

●無機質な墓場で
 硬質な足音は、明らかに鎧を帯びた者のものだった。
 オルパは物陰より白い鎧の聖堂騎士が立ち去るのを待って、後方で息を殺しながら隠れている仲間達へと合図を送った。
「はぁ……」
 そして彼自身も潜めていた呼吸を戻し、二度ほど深呼吸を行なう。
「そこかしこで見かけるな、聖堂騎士の連中」
「それだけここが重要な施設ということなんだろうね」
 アダムが自分のあごを撫でた。
 実際、この場がシャンバラの聖櫃を動かす燃料を生産するための人間牧場であり工場だというのならば、シャンバラの心臓部も同然。
 ここからヨウセイ達を連れ出すことができれば、シャンバラ皇国はもはや現状維持すらままならなくなるはずだ。
 ここまで、すでに四か所の施設を回り終えている。何とか聖堂騎士に見つからずに来れたのは、皆で固まって細心の注意を払ってきたからに他ならない。
 そのおかげで、自由騎士達はここまで捕まらずに来ることができていた。
 見つけたヨウセイ達を説得するのは楽だった。
 いつか助が来るというオリヴェル夫妻の言葉を信じている者が多かったのもある。何というか、マリアンナの反骨心は親譲りであるようだった。
「――ここからね」
 通路の向こうを覗き込み、ライカが緊張から拳を握る。
 ここまでは何とか皆で来ることができた。しかし、ここからはそうではない。
 覗いた通路の先は左右に分かれていた。
 その先は、それぞれヨウセイがいると思われる二つの施設に続いている。
 片方は運動施設。もう片方は死体廃棄場であった。
 両方とも全員で回れれば最善であったろう。しかし、時間的制約がそれを許してくれなかった。もうすぐ、タイムリミットが来る。
「またあとで」
「ええ、あとで会いましょう」
 運動施設に向かうのは、マグノリア、アダム、ウィリアム、ライカ。
 死体廃棄場に向かうのは、アデル、アンネリーザ、オルパ、聖流、そしてマリアンナである。
 相互の連絡はライカがテレパスを使って行なうことができるものの、それも200m以上離れてしまえば使えなくなる。
 こればかりは、完全な運。賭けとなってしまっていた。
 さて、状況が大きく動いたのは、死体廃棄場に向かった面子の方であった。
 そこは獄層の中でも特に影を色濃く纏った場所だった。
 薄い魔法光の下、広大な空間のそこかしこに大きな穴が開いており、漂うのは腐った肉の臭い。それは死の臭いでもあった。
 死んだヨウセイは、ゴミ同然にここに捨てられるということだろう。
「こんなところに、ヨウセイが……?」
 来てみたはいいものの、こんな場所に誰かがいるというのか。
 オルパも聖流も半信半疑ながら、その場を歩いてみる。
「静かだな」
 当たりが静かだからか、アデルの言葉が殊の外大きく響いた。
 この静けさは、だが気分が悪くなる静けさ。ここが死に近いがゆえの静寂だ。
「――何だね、君達は」
 だからだろう。呼びかけられたとき、自由騎士達は驚いて身構えた。
 そこにいたのは、灰色のローブに身を包んだ二人の人物だった。
 顔もフードですっぽり覆っていて見ることができない。
 声からして片方は男。体つきこそしっかりしているが、中年以上だろうと思える大人の声であった。
「この場は死者が眠る墓所。あまり騒がしくしてほしくないのだがね」
 墓所。
 そう呼ぶにはこの場はあまりに無機質で、そしてみじめに過ぎる場所だった。
 だが、目の前に立つ人物にとってはそうではないのかもしれない。
「あなたは、この場所で何を?」
 オルパが前に出ると、ローブ姿の二人は小さく身じろぎした。
 その反応を見て、今度は聖流が前に出る。
「お二人はもしかしてヨウセイ、の方ですか?」
 彼女の優しげな雰囲気は、話す相手の緊張を和らげることがある。
「君達は、一体……?」
「私達はイ・ラプセルの自由騎士。――あなた方を助けに来たのよ。ね、そうでしょ、マリアンナ?」
 アンネリーザに背中を押されて、マリアンナが二人の前に立った。
 彼女はおずおずと顔をあげて、震える声で言った。
「父様、母様……?」
「まさか、マリアンナなのか……!」
 ローブの二人がフードを外す。晒されたその顔は、確かにパーヴァリとマリアンナの面影があった。

●大脱出
 感動の再会ではあったが、それを喜ぶ時間すら残っていなかった。
「貴様ら、そこで何をしている!」
 聖堂騎士に見つかってしまったのだ。
「チッ、この土壇場で!」
 珍しく、アデルが苛立たし気に吐き捨てた。
 だが無理からぬこと。ここは敵の懐真っただ中。むしろここまで見つからずに済んだことがほぼ奇跡のようなものだ。
「叩く?」
「無理だろうな。数が増えるに決まっている。……逃げの一手だ!」
 ライフルを構えかけたアンネリーザを、オルパが制止した。
 そして自由騎士達は一目散に逃げる。
 オリヴェル夫妻の手を、マリアンナが強く握った。
「こっちよ、父様、母様!」
 彼女はもう、この手を放すつもりは一切なかった。
「ライカさん、ライカさん! 聞こえますか、ライカさん!」
 聖流がライカに呼び掛けるが、テレパスでの応答は返ってこない。
 離れすぎているのか。
「貴様ら、聖堂騎士ではないな!」
「待て、魔女共をどこへ連れていくつもりだ!」
 笛が高らかに吹き鳴らされて、聖堂騎士が次々に集まってくる。
「こ、これで……!」
 聖流が魔導の舞踏によって不可視の大渦を場に作り出した。
 それに何名かの騎士は足を取られるものの、数が多すぎる。全員は阻めない。
「はっ、はぁ……!」
 マリアンナの母が息を切らし始めた。
 年の分、自由騎士達についてこれないようだ。
「――他に選択肢はないな」
 アデルが死体廃棄場入り口前で足を止めて踵を返す。
「アデル!?」
「ここで敵を抑える。行け」
「……そんな、でも!」
「俺がここで踏ん張れば、敵は俺に意識を集中させる。その分、そっちは動きやすくなるはずだ。この道理、考えずとも分かるな?」
 彼の言っていることは皆分かっていた。
「確実に、戻ってくるのよね?」
 しかし、アンネリーザがアデルを睨み尋ねる。
「確実とは言えな――」
「言いなさい。確実に戻るって。……仲間を悲しませる気?」
「…………。……分かった。命を燃やそうとも必ず戻る。それでいいな」
 黙考ののち、アデルはうなずいた。
 そして自由騎士達は、その場にアデルを残してきた道を逃げていく。
「――ッ! テレパス、繋がりました。あっちも上手く行ったようです」
 途中、聖流がそう言って安堵の息をついた。
 間もなく、運動施設へと向かった四人と合流する。そして――
「退路の目星はつけてあるよ。最短で行くなら、こっちだ」
 マグノリアが先頭に立って後に続く自由騎士とヨウセイ達を導いた。
 途中、閉ざされた扉こそあったが、それはウィリアムが残らず触れることで開錠していく。
「最後、ここの扉を開ければ――!」
 ウィリアムが最後の扉を開き、全ての施設に散っていたヨウセイがこの暗き獄層より逃れるべく一か所に集まった。
「隊列を組んで、少しずつ外に出るんだ! 騒げば混乱し、混乱すれば逃げるのが遅れてしまう! それを何より恐れて、慎重に脱出してほしい!」
「大丈夫、敵が来てもアタシ達がいるわ。怖いことなんて、何もない!」
 アダムとライカが逃げようとするヨウセイ達に呼び掛けて、何とか混乱が起こらないように奮闘する。
 その間、他の自由騎士達はアデルの帰還を待った。
 獄層の底に大きく開けられた亀裂より、ヨウセイ達が次々にドヴェルグの通り路へと出ていく。おそらく、逃げ遅れているヨウセイはいない。
「そちらにいるお二人が最後だよ」
 マグノリアがオリヴェル夫妻へと呼びかけた。
 マリアンナの母は「あとでね」と言って娘の頬を撫で、夫と共に亀裂の中に入って獄層から出ていった。
「アデル……」
「大丈夫。来るわ」
 祈るマリアンナの肩を、ライカが叩いた。
 彼女には聞こえていた。この場を目指している、キジンの彼の声が。
 そしてアデルが戻ってきたのは、その一分後のこと。
「すまない、待たせたな」
「アデル!」
 全身、傷だらけで血まみれで、見るからに満身創痍の酷い有様だが、しかし確かに彼は仲間の元へと戻ってきたのだ。
「行こう、マリアンナ。脱出だ!」
「――ええ!」
 オルパに促され、マリアンナは仲間と共に亀裂をくぐる。
 すると再び潮の匂い。カンテラを掲げると、そこに多くのヨウセイ達が待っていて、マリアンナの父が号令を下した。
「今だ、皆で壁を撃つんだ!」
 魔力を充填していたヨウセイ達の、残り少ない力を振り絞った攻撃が、獄層の壁を叩いて一気に爆破、崩壊させる。
 ドヴェルグの通り路もその余波で大きく揺れたが、しかし、こちらは崩落することはなく揺れもすぐに収まった。
 土煙が晴れれば、そこには高く積もった瓦礫と土砂。これを取り除くには、相当な時間が必要となるだろう。
「さぁ、私達を連れて行ってくださいな、マリアンナのお友達の皆さん」
 マリアンナの母が自由騎士へと告げる。
「もちろんです」
「任せて。絶対に連れて行くから」
「皆さんが、皆さんとして生きていける場所へ!」
 自由騎士はそう返し、うなずいた。
 かくして囚われていた全てのヨウセイが獄層を脱出し、シャンバラ皇国はついに追い詰められたのであった。

†シナリオ結果†

大成功

†詳細†

称号付与
『鋼壁の』
取得者: アデル・ハビッツ(CL3000496)

†あとがき†

お疲れさまでした!
大成功ですよ、大成功!

これは純粋に皆さんのプレイングが優れていたため、
この結果となりました。報われましたね!

今回の結果を受けて、戦況は大きく変化します。
それについてはまた別の機会で語ることとなるでしょう。

それではご参加いただきまして、ありがとうございました!
FL送付済