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悲嘆、終わらず

●あの戦いはまだ終わっていない
苦しい。
どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだ。
ヴィスマルクの連中は、もうこの国からいなくなったんじゃないのか。
そうだと聞いてる。
戦いは終わったんだと、確かに言ってたじゃないか。
なのにどうして、なのにどうして、なのにどうして――
「イ・ラプセルのクソ共がァァァァァァ!」
どうして、私の目の前にいるこの亜人は、そんな風に叫んでいるんだ。
恐ろしい形相のケモノビトだ。
黒い狼、だろうか。全身にひどいやけどのあとがある。醜い。何て醜い。
「男はすぐに殺せ。女は犯してから殺せ! 荷物は奪え! 馬は食え!」
ああ、やめてくれ。
ああ、ああ、ああ、やめてくれ。
私はどうなってもいい。荷物も金も馬車も全てくれてやる。
だから妻を、子を、どうか、どうか助けてくれ。
お願いだ。何でもするから。
「何でもする? 何でもするって言ったなぁ?」
そうだ。
何でもする。
だから、だから妻と子供たちは――
「ゲヒャ、ヒヒャヒャヒャヒャヒャ……!」
亜人は笑う。醜い亜人は笑って、地べたに額をこすりつける私の頭を踏みつける。
「だったら――」
そして無理やり顔を上げさせられた私はその先で、
「だったらテメェの家族が焼かれる様を目の当たりにしやがれ!」
ああ、ああ、ああ、ああ、妻が、子供たちが、ああ――――!
「ヒ、ヒャハハハハ! ハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
絶望の果て。地獄の底。
目の前にあるのはまさにそれだった。
この外道は私も殺すのだろう。ああ、死のう。死にたい。死なせてください。
遠くから、汽笛の音が聞こえた気がした。
●悲劇と嘆きを終わらせて
「還リビトが出たの」
集められた自由騎士へ、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は告げる。
還リビト。
死してなお死にきれずに動き出す屍をさす名称だ。
ときとして発生するそれは、生者を襲うなどして被害を出すことがあった。
「水鏡によると、アデレードの街道近くで四体出るみたい。通る人が傷つけられる前に解決してほしいの」
クラウディアの語る内容を聞いて、自由騎士の一人が挙手した。
「その街道って、まさか、盗賊が出たっていう、あの……?」
「――うん」
問われて、クラウディアは表情を陰らせながらうなずいた。
大きな戦いがあったアデレード。
それが終わったのち、近くの街道で盗賊が出没するようになったのだ。
そして、死者も発生している。
自由騎士は、そこで最悪の可能性を思いついた。
「もしかして今回出る還リビトって――」
「そうみたい。盗賊の被害者たち、みたい……」
自由騎士達の間に動揺が走った。
生者に仇なす還リビト。
それを駆逐する必要がある対象だ。
しかし、それらももとをたどれば罪なきイ・ラプセルの民。
自由騎士達が逡巡するのも無理からぬ話である。
「でも、放っておいたら新しい被害が出ちゃうから……!」
クラウディアは訴える。
自由騎士も分かっている。
だからこそ、今も続く悲劇を終わらせる必要があった。
「お願いだよ、みんな!」
両手を祈りの形にして、クラウディアがそう言った。
苦しい。
どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだ。
ヴィスマルクの連中は、もうこの国からいなくなったんじゃないのか。
そうだと聞いてる。
戦いは終わったんだと、確かに言ってたじゃないか。
なのにどうして、なのにどうして、なのにどうして――
「イ・ラプセルのクソ共がァァァァァァ!」
どうして、私の目の前にいるこの亜人は、そんな風に叫んでいるんだ。
恐ろしい形相のケモノビトだ。
黒い狼、だろうか。全身にひどいやけどのあとがある。醜い。何て醜い。
「男はすぐに殺せ。女は犯してから殺せ! 荷物は奪え! 馬は食え!」
ああ、やめてくれ。
ああ、ああ、ああ、やめてくれ。
私はどうなってもいい。荷物も金も馬車も全てくれてやる。
だから妻を、子を、どうか、どうか助けてくれ。
お願いだ。何でもするから。
「何でもする? 何でもするって言ったなぁ?」
そうだ。
何でもする。
だから、だから妻と子供たちは――
「ゲヒャ、ヒヒャヒャヒャヒャヒャ……!」
亜人は笑う。醜い亜人は笑って、地べたに額をこすりつける私の頭を踏みつける。
「だったら――」
そして無理やり顔を上げさせられた私はその先で、
「だったらテメェの家族が焼かれる様を目の当たりにしやがれ!」
ああ、ああ、ああ、ああ、妻が、子供たちが、ああ――――!
「ヒ、ヒャハハハハ! ハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
絶望の果て。地獄の底。
目の前にあるのはまさにそれだった。
この外道は私も殺すのだろう。ああ、死のう。死にたい。死なせてください。
遠くから、汽笛の音が聞こえた気がした。
●悲劇と嘆きを終わらせて
「還リビトが出たの」
集められた自由騎士へ、『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は告げる。
還リビト。
死してなお死にきれずに動き出す屍をさす名称だ。
ときとして発生するそれは、生者を襲うなどして被害を出すことがあった。
「水鏡によると、アデレードの街道近くで四体出るみたい。通る人が傷つけられる前に解決してほしいの」
クラウディアの語る内容を聞いて、自由騎士の一人が挙手した。
「その街道って、まさか、盗賊が出たっていう、あの……?」
「――うん」
問われて、クラウディアは表情を陰らせながらうなずいた。
大きな戦いがあったアデレード。
それが終わったのち、近くの街道で盗賊が出没するようになったのだ。
そして、死者も発生している。
自由騎士は、そこで最悪の可能性を思いついた。
「もしかして今回出る還リビトって――」
「そうみたい。盗賊の被害者たち、みたい……」
自由騎士達の間に動揺が走った。
生者に仇なす還リビト。
それを駆逐する必要がある対象だ。
しかし、それらももとをたどれば罪なきイ・ラプセルの民。
自由騎士達が逡巡するのも無理からぬ話である。
「でも、放っておいたら新しい被害が出ちゃうから……!」
クラウディアは訴える。
自由騎士も分かっている。
だからこそ、今も続く悲劇を終わらせる必要があった。
「お願いだよ、みんな!」
両手を祈りの形にして、クラウディアがそう言った。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.還リビト×4を駆逐する
どうも、すっかり毎日暑いですね。吾語です。
今回は還リビトの討伐依頼となります。概要は下記の通りです。
◆敵
・還リビト×4
父・母・兄・妹の4体です。
生者を求めて街道近くをさまよっています。
肉体の欠損が激しく大した戦力も持っていないでしょう。
◆戦場
・街道
街道近くには林や平原などがあります。戦場は選ぶこともできるでしょう。
時間帯は昼から夕刻までで自由にお選びください。
◆その他
・黒いアイツ
今回は出てきません。
悲劇の元凶ですがいずれ討つ機会はやってくるでしょう。
今回は還リビトの討伐依頼となります。概要は下記の通りです。
◆敵
・還リビト×4
父・母・兄・妹の4体です。
生者を求めて街道近くをさまよっています。
肉体の欠損が激しく大した戦力も持っていないでしょう。
◆戦場
・街道
街道近くには林や平原などがあります。戦場は選ぶこともできるでしょう。
時間帯は昼から夕刻までで自由にお選びください。
◆その他
・黒いアイツ
今回は出てきません。
悲劇の元凶ですがいずれ討つ機会はやってくるでしょう。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年07月22日
2018年07月22日
†メイン参加者 8人†
●彼らはかつて生きていた
その姿は醜悪だった。
真昼の草原、そこをゆらゆらと不規則に身を揺らして動き回る影がある。
大きな影が二つ、小さな影が二つ。
その全てが身から腐った匂いを放っている。
骨も露出しているその姿は実に、実に醜悪だった。
だがそれは、彼らの罪から来る醜さではない。むしろ逆である。
「うぅ……、ア、ァ……」
小さいうめきを漏らしたのは一番小さな影だった。
かつては年端もゆかぬ女の子であったのだろう。あが今はうめくだけの動く骸だ。
「ひどい……」
その姿を見つけてしまった『安らぎへの導き手』アリア・セレスティ(CL3000222)が目を見開いて呟いた。
目の前にある現実を、一言で表すならば、悲劇。
他にどう言い表せばいいというのか。
そう思うのは彼女だけではない。
「やれやれ、どうにもやりきれない……」
『翠の魔焔師』猪市 きゐこ(CL3000048)が難しい顔をして髪を掻く。
目の前にあるのは還リビト。
死したのちに、だが動き出した不浄の存在である。
決して見逃してはならないが、だが悲劇。あれらは全てイ・ラプセルの民である。
「元凶を仕留めなくちゃどうにもならないんだけど、ね」
「それはそれ。これはこれ、だ」
きゐ子を諭すように言ったのは、『戦場《アウターヘヴン》の落し子』ルシアス・スラ・プブリアス(CL3000127)だった。
「あれらに同情したってどうしようもなかろう。元凶は潰す。しかし、今はあれらをどうにかするのが先決であろう」
実にクールな物言いである。
しかし震えるほど強く握られた拳にこそ、彼の本音は秘められていた。
「とはいえ、ただの物取りの犯行にしては酷い有様ですね」
皆が感情を堪える中、『一刃にて天つ国迄斬り往くは』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)はそこに立つ彼らを見て冷静に分析していた。
動く骸達はいずれも損傷が激しい。
ただの盗賊というならば、ここまで執拗に痛めつける必要があるのだろうか。
「殺人鬼……、或いは強すぎる怨恨、ですか……」
もしそうならば、見ず知らずの相手にぶつけるだけの恨みとは、憎悪とは――
「考えていても仕方がない。……やるしかないんだ」
鋼の拳をギヂリと軋ませ、『罪。』アダム・クランプトン(CL3000185)が低く言う。
例え彼らが守れなかったこの国の民なのだとしても、新たな悲劇の発生は認められないから。
「色々とあるんだろうが、今は全て『モノ』だ。速やかに片付けるぞ」
『白鱗のベラトール』グウェン・スケイリー(CL3000100)のように、生前と今とで完全に区別して考えたりする者もいる。
仲間達の声を聴きながら、だが何も言うことなく『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)はそっと目を伏せた。
そして、『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は空を見上げた。
「ここまで、できちまうのか……」
彼の中にある哀れみは、目の前の無残な骸ではなく別の方に向けられていた。
ただの敗残兵が、ここまで国をかき回す。
もしも――
もしも、犯人が今とは違う時代に生まれていれば、今とは違う環境に生まれていれば。
もしかしたらこんな凄惨極まる道を歩まずに済んだのではないか。
少しだけ、そんなことを考えてしまうのだ。
「行こう」
アダムが皆に告げた。
そうだ、私情は切り離せ。依頼は完遂するべきだ。
たとえ相手が何者であろうとも、今を生きる民は守らなければならない。
たとえ、相手が何者であろうとも――
●それは死ではなく眠りという名の
八人もの自由騎士が対処することになった四体の還リビト。
死してなお死にきれず動き出した彼らのようなタイプは、死んでいるがゆえに肉体的限界がない。
人の筋力が限界を超えて振るわれれば女子供の力でもかなりの膂力となるだろう。
還リビトという存在を戦闘面で見た場合、厄介なのはそこだ。
同じ人の姿でも、出せる馬力の幅が違いすぎる。
非オラクルでありながら、オラクルをもくびり殺せるような力を発揮できるのだ。
怪物の力と書いて、怪力。
まさに、還リビトが振るう力はそう呼ぶにふさわしいのだろう。
けれど――
「あ、ゥあ……」
アダムが構えた籠手に、父親とおぼしき還リビトが拳を叩きつけてくる。
ベシッ。
音にすればそんな感じ。
威力はまるで感じられない。精々が、子供に強く叩かれた程度だろう。
「ァ、ァ……、あ、ゥア……」
ヒュウヒュウと不気味な呼吸音を漏らしながら、還リビトは殴りかかってくる。
それを、カスカは己の刀で受け止めた。
アリアは防ぐまでもないと判断してすっと身をかわす。
「……こんなの」
杖を構えるきゐ子の唇から、そんな震えた声が漏れ出た。
何だこれは。
何なんだこれは。
「ぎ、が……」
汚い濁音をのどの奥から鳴らしながら、女の子であった還リビトが進もうとする。
だが、途中でその還リビトは転んだ。そのまま起き上がれない。
動きが、あまりに弱々しい。
男の子と思われる還リビトもそうだ。
揃ってぎこちない動きで何とか立ち上がり、数歩進んでまた転ぶ。
それを繰り返して、何とか歩いているというザマだった。
「……死ぬまでの間に肉体を徹底的に嬲られたからか」
さすがのルシアスも、気づいたその事実に苦い顔を浮かべた。
この還リビト達はあまりにも弱い。
その理由は、激しすぎる肉体の損傷以外に考えられなかった。
「――倒すぞ」
だがルシアスはこみ上げてくるものをグッと堪えて、改めて剣を構えた。
「分かっている」
グウェンもそれに応じて、アダムもまた低く腰を落とした。
「あゥ……、ァ……」
「申し訳ありません。何を言いたいのかは分かりかねます」
カスカも刃の切っ先を還リビトへと向けて、小さく息をつく。
「私にできることはトドメを刺すことくらいです。恨んでいただいて構いません」
自由騎士達は、次々に気持ちを切り替えていく。
これは還リビトという驚異を排除するのではない。迷える死者を眠らせるのだ。
「どうして? どうして、こんな酷いことができるの!?」
しかし、アリアのように耐えきれず叫ぶ者もいた。
周りの誰も、それを咎めようとはしない。
当然だ。
彼女の思いこそ、この場にいる全員の気持ちの代弁なのだから。
自由騎士達の怒りは、還リビトには一切向けられていない。
全ては、この酸鼻きわまる悲劇を引き起こした元凶にこそ向けられていた。
「終わらせるんだ――」
誰かが呟き、誰かがうなずいた。
悲劇は今も続いている。惨劇はまだこれからも起ころうとしている。
「「終わらせるんだ!」」
鎮魂という名の戦いが始まった。
後ろに控えていたアンネリーザが、狙いをつけて少女の還リビトを撃ち抜く。
それだけでは無論、屍の動きは止まらない。
だが、グラリと傾いだそこにできた隙へ、すかさずカスカが駆け込んだ。
「速やかに、倒れてください」
刃は静かに空を裂き、少女の崩れかけた肉を深く断った。
切っ先に込めるものは殺意でもなければ敵意でもなく、ただ早く終わらせようと。
思い同じく、きゐ子の指先が描いた文字が炎となって少女を巻き込む。
「ァ――――」
少女は倒れた。そして動かなくなった。
対処すべき存在が一つ減る。しかし自由騎士達に喜びはない。
「早く、早く終わらせるんだ……!」
アダムが奥歯を噛み締めた。
苦い。どうしようもなく苦い――
アデレードでの戦いだってここまで苦くはなかった。
その拳が少年の還リビトの腹部を捉えた。粘土の塊を叩いたかのような手ごたえ。
生きた肉が返す抵抗などまるでない。
ダメージを与えられているのかどうかも定かではない。
しかしただでさえ鈍い動きがさらに鈍重になった。アリアが、攻撃を重ねた。
「早く、眠って!」
突き立てた刃のグチリとした感触は気持ち悪い。
そして少年も倒れて、残るは母、そして父。
子供たちが屠られながらも、何ら反応することもない還リビト達は、グウェンの言う通り生前とは完全な『別物』なのかもしれない。
「うおォ……、ォ……」
「もう何も言うな」
父へ向けて、ルシアスが剣を高く振り上げた。
還リビトにそう告げて、そして自身も何も言わずに、刃は全力で振り下ろされた。
戦いと、呼ぶことができるものだったのか。
父も母も、ほどなく再び骸となって、苦いだけの時間がようやく終わる。
青い空の広がる、朗らかな昼間のことだった。
●怨嗟
「俺ァ、何もしなかったな……」
ウェルスが小さくこぼした。
ヒーラーとして、この一件に関わった彼。
しかし目にした相手は回復の必要すら生じさせないほど弱り切っていた。
四つの骸は、すでにほかの自由騎士達が一か所に集めている。
墓地に運んで弔うことになるだろう。
この一件はそれで終わりとなる――本当に?
「……何もしないわけには、いかないんだよな」
彼もまた自由騎士。
かの戦争にも参加していた者として、やるべき務めは果たさなければなるまい。
「ウェルスさん、いいかしら?」
きゐ子がウェルスを呼ぶ。
「ああ」
と、小さく答えて、ウェルスは集められた骸のもとへと近づいていった。
並べられた骸は、やはり見た目からして無残であった。
自由騎士達はそれを囲むようにして並んでいた。皆、顔をうつむかせている。
「お願いするよ」
「分かってるって。……何か分かればいいんだがな」
ウェルスが息をついて、意識を集中させた。
彼がしようとしているのは交霊術。簡単にいえば死者との対話である。
無論、死んでいる相手である。滞りのない会話など期待はできないだろう。
どのくらい言葉を交わせるかは、死者が残した思いの強さによって決まってくる。
せめて、どこで殺されたのか。
何者によってここまでひどい目にあったのか。
それらだけでも確認できれば、今後色々と違ってくるはずだ。
きゐ子もまた、同じことを考えて四人が殺された場所を知りたがっていた。
「やるか」
ウェルスが言うと、ルシアスやアダムがうなずいた。
彼は深呼吸をしてから意識を集中させる。
死者の想いが、声となって耳に聞こえ始めてきた。
「嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ」
「……グッ!?」
声。
それは声だった。
あらゆるものがないまぜになった声だった。
悲嘆。
懇願。
苦痛。
悲鳴。
憤怒。
恐怖。
嘆願。
悲哀。
狂気。
怨念。
あらゆる負の念。
人が持ちうるありったけのよくない感情を煮詰め煮詰めて凝縮した、そんな声だ。
こんな感情を、人は持つことができるのか。
ウェルスは全身が冷たくなった。
一体、どれだけの苦痛をその身に浴びればこんな声を出せる。
言葉を交わすどころの話ではない。
いや、相手が残した思念はかなり強烈なものだった。
問題は相手側にひとかけらの正気も残っていなかったということ。
ダメだ。
これではダメだ。
情報らしい情報など、探れるはずもない。
それに、これ以上は聞いていたくない。
ウェルスの心の方が、狂気に飲まれそうになってしまう。
「――無理だ」
交霊術を終えて彼がそれを告げると、周りからは落胆の息が漏れた。
そしてウェルスの説明を聞いて、アリアなどは顔を青くして身を震わせていた。
「……どうにも、ならないんですか?」
「死者はね、蘇らないわ。とてもとても残念ながらね」
彼女の嘆きに、きゐ子が低い声でそう返した。
「己の愉悦のために、人をそこまで弄ぶ輩、ですか……」
カスカの独り言。
その背から、ゆらりと殺気がたちのぼる。
「この家族の親類は……、探しようがない、か……」
一縷の望みを抱いていたアダムだが、この状況ではそれも厳しそうだった。
結局、情報は何も得られない。
周りを探せば少しくらいの痕跡は出てくるかもしれない。
しかしそれが盗賊そのものに結びつくことは決してないだろう。
盗賊共がこれまで数度の犯行を行なえてきたのは、そうした痕跡を徹底して残さなかったからだ。
よほど尻尾を掴まれないことに気を遣っているのだろう。
「それでもいつかは必ず報いを与えてやろう」
怒りと決意を胸に、ルシアスが言う。その直後に、彼は顔色を変えた。
ゆっくりと、ゆっくりと、父親の骸が右腕をあげたのだ。
自由騎士達が一斉に身構えた。
還リビト達を仕留めきれていなかったのか。
皆がそう思った。
しかし、父親はそれ以上腕を動かすことなく、だが唇だけが小さく動いて、
「――どうして、助けてくれなかったんだ」
自由騎士達が衝撃に見舞われた。
それは、ウェルスが使ったような交霊術によるものではない。
今、確かにこの骸は己の口で言葉を紡いだ。
しかも、残された感情とも違う。たった今、ここにいる皆へと向けられたものだ。
つまりは、自由騎士への恨み言。
還リビトには感情はない。あるはずがない。死んでいるのだから。
生前の記憶だって残ってないのに。
「…………」
そして、それだけだった。
伸ばされた手は再び落ちて、もう骸は動いたりはしない。
衝撃から硬直していた自由騎士達は、今ここに誓いを新たにする。
彼が漏らした恨み言は、正当な怒りであろう。
死者の見せた怒りを、自分たちはしっかりと受け止めなければならない。
「こんなことは、終わらせるんだ……」
誰かが呟き、誰かがうなずき、そして誰もが決意を固めた。
その姿は醜悪だった。
真昼の草原、そこをゆらゆらと不規則に身を揺らして動き回る影がある。
大きな影が二つ、小さな影が二つ。
その全てが身から腐った匂いを放っている。
骨も露出しているその姿は実に、実に醜悪だった。
だがそれは、彼らの罪から来る醜さではない。むしろ逆である。
「うぅ……、ア、ァ……」
小さいうめきを漏らしたのは一番小さな影だった。
かつては年端もゆかぬ女の子であったのだろう。あが今はうめくだけの動く骸だ。
「ひどい……」
その姿を見つけてしまった『安らぎへの導き手』アリア・セレスティ(CL3000222)が目を見開いて呟いた。
目の前にある現実を、一言で表すならば、悲劇。
他にどう言い表せばいいというのか。
そう思うのは彼女だけではない。
「やれやれ、どうにもやりきれない……」
『翠の魔焔師』猪市 きゐこ(CL3000048)が難しい顔をして髪を掻く。
目の前にあるのは還リビト。
死したのちに、だが動き出した不浄の存在である。
決して見逃してはならないが、だが悲劇。あれらは全てイ・ラプセルの民である。
「元凶を仕留めなくちゃどうにもならないんだけど、ね」
「それはそれ。これはこれ、だ」
きゐ子を諭すように言ったのは、『戦場《アウターヘヴン》の落し子』ルシアス・スラ・プブリアス(CL3000127)だった。
「あれらに同情したってどうしようもなかろう。元凶は潰す。しかし、今はあれらをどうにかするのが先決であろう」
実にクールな物言いである。
しかし震えるほど強く握られた拳にこそ、彼の本音は秘められていた。
「とはいえ、ただの物取りの犯行にしては酷い有様ですね」
皆が感情を堪える中、『一刃にて天つ国迄斬り往くは』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)はそこに立つ彼らを見て冷静に分析していた。
動く骸達はいずれも損傷が激しい。
ただの盗賊というならば、ここまで執拗に痛めつける必要があるのだろうか。
「殺人鬼……、或いは強すぎる怨恨、ですか……」
もしそうならば、見ず知らずの相手にぶつけるだけの恨みとは、憎悪とは――
「考えていても仕方がない。……やるしかないんだ」
鋼の拳をギヂリと軋ませ、『罪。』アダム・クランプトン(CL3000185)が低く言う。
例え彼らが守れなかったこの国の民なのだとしても、新たな悲劇の発生は認められないから。
「色々とあるんだろうが、今は全て『モノ』だ。速やかに片付けるぞ」
『白鱗のベラトール』グウェン・スケイリー(CL3000100)のように、生前と今とで完全に区別して考えたりする者もいる。
仲間達の声を聴きながら、だが何も言うことなく『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)はそっと目を伏せた。
そして、『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は空を見上げた。
「ここまで、できちまうのか……」
彼の中にある哀れみは、目の前の無残な骸ではなく別の方に向けられていた。
ただの敗残兵が、ここまで国をかき回す。
もしも――
もしも、犯人が今とは違う時代に生まれていれば、今とは違う環境に生まれていれば。
もしかしたらこんな凄惨極まる道を歩まずに済んだのではないか。
少しだけ、そんなことを考えてしまうのだ。
「行こう」
アダムが皆に告げた。
そうだ、私情は切り離せ。依頼は完遂するべきだ。
たとえ相手が何者であろうとも、今を生きる民は守らなければならない。
たとえ、相手が何者であろうとも――
●それは死ではなく眠りという名の
八人もの自由騎士が対処することになった四体の還リビト。
死してなお死にきれず動き出した彼らのようなタイプは、死んでいるがゆえに肉体的限界がない。
人の筋力が限界を超えて振るわれれば女子供の力でもかなりの膂力となるだろう。
還リビトという存在を戦闘面で見た場合、厄介なのはそこだ。
同じ人の姿でも、出せる馬力の幅が違いすぎる。
非オラクルでありながら、オラクルをもくびり殺せるような力を発揮できるのだ。
怪物の力と書いて、怪力。
まさに、還リビトが振るう力はそう呼ぶにふさわしいのだろう。
けれど――
「あ、ゥあ……」
アダムが構えた籠手に、父親とおぼしき還リビトが拳を叩きつけてくる。
ベシッ。
音にすればそんな感じ。
威力はまるで感じられない。精々が、子供に強く叩かれた程度だろう。
「ァ、ァ……、あ、ゥア……」
ヒュウヒュウと不気味な呼吸音を漏らしながら、還リビトは殴りかかってくる。
それを、カスカは己の刀で受け止めた。
アリアは防ぐまでもないと判断してすっと身をかわす。
「……こんなの」
杖を構えるきゐ子の唇から、そんな震えた声が漏れ出た。
何だこれは。
何なんだこれは。
「ぎ、が……」
汚い濁音をのどの奥から鳴らしながら、女の子であった還リビトが進もうとする。
だが、途中でその還リビトは転んだ。そのまま起き上がれない。
動きが、あまりに弱々しい。
男の子と思われる還リビトもそうだ。
揃ってぎこちない動きで何とか立ち上がり、数歩進んでまた転ぶ。
それを繰り返して、何とか歩いているというザマだった。
「……死ぬまでの間に肉体を徹底的に嬲られたからか」
さすがのルシアスも、気づいたその事実に苦い顔を浮かべた。
この還リビト達はあまりにも弱い。
その理由は、激しすぎる肉体の損傷以外に考えられなかった。
「――倒すぞ」
だがルシアスはこみ上げてくるものをグッと堪えて、改めて剣を構えた。
「分かっている」
グウェンもそれに応じて、アダムもまた低く腰を落とした。
「あゥ……、ァ……」
「申し訳ありません。何を言いたいのかは分かりかねます」
カスカも刃の切っ先を還リビトへと向けて、小さく息をつく。
「私にできることはトドメを刺すことくらいです。恨んでいただいて構いません」
自由騎士達は、次々に気持ちを切り替えていく。
これは還リビトという驚異を排除するのではない。迷える死者を眠らせるのだ。
「どうして? どうして、こんな酷いことができるの!?」
しかし、アリアのように耐えきれず叫ぶ者もいた。
周りの誰も、それを咎めようとはしない。
当然だ。
彼女の思いこそ、この場にいる全員の気持ちの代弁なのだから。
自由騎士達の怒りは、還リビトには一切向けられていない。
全ては、この酸鼻きわまる悲劇を引き起こした元凶にこそ向けられていた。
「終わらせるんだ――」
誰かが呟き、誰かがうなずいた。
悲劇は今も続いている。惨劇はまだこれからも起ころうとしている。
「「終わらせるんだ!」」
鎮魂という名の戦いが始まった。
後ろに控えていたアンネリーザが、狙いをつけて少女の還リビトを撃ち抜く。
それだけでは無論、屍の動きは止まらない。
だが、グラリと傾いだそこにできた隙へ、すかさずカスカが駆け込んだ。
「速やかに、倒れてください」
刃は静かに空を裂き、少女の崩れかけた肉を深く断った。
切っ先に込めるものは殺意でもなければ敵意でもなく、ただ早く終わらせようと。
思い同じく、きゐ子の指先が描いた文字が炎となって少女を巻き込む。
「ァ――――」
少女は倒れた。そして動かなくなった。
対処すべき存在が一つ減る。しかし自由騎士達に喜びはない。
「早く、早く終わらせるんだ……!」
アダムが奥歯を噛み締めた。
苦い。どうしようもなく苦い――
アデレードでの戦いだってここまで苦くはなかった。
その拳が少年の還リビトの腹部を捉えた。粘土の塊を叩いたかのような手ごたえ。
生きた肉が返す抵抗などまるでない。
ダメージを与えられているのかどうかも定かではない。
しかしただでさえ鈍い動きがさらに鈍重になった。アリアが、攻撃を重ねた。
「早く、眠って!」
突き立てた刃のグチリとした感触は気持ち悪い。
そして少年も倒れて、残るは母、そして父。
子供たちが屠られながらも、何ら反応することもない還リビト達は、グウェンの言う通り生前とは完全な『別物』なのかもしれない。
「うおォ……、ォ……」
「もう何も言うな」
父へ向けて、ルシアスが剣を高く振り上げた。
還リビトにそう告げて、そして自身も何も言わずに、刃は全力で振り下ろされた。
戦いと、呼ぶことができるものだったのか。
父も母も、ほどなく再び骸となって、苦いだけの時間がようやく終わる。
青い空の広がる、朗らかな昼間のことだった。
●怨嗟
「俺ァ、何もしなかったな……」
ウェルスが小さくこぼした。
ヒーラーとして、この一件に関わった彼。
しかし目にした相手は回復の必要すら生じさせないほど弱り切っていた。
四つの骸は、すでにほかの自由騎士達が一か所に集めている。
墓地に運んで弔うことになるだろう。
この一件はそれで終わりとなる――本当に?
「……何もしないわけには、いかないんだよな」
彼もまた自由騎士。
かの戦争にも参加していた者として、やるべき務めは果たさなければなるまい。
「ウェルスさん、いいかしら?」
きゐ子がウェルスを呼ぶ。
「ああ」
と、小さく答えて、ウェルスは集められた骸のもとへと近づいていった。
並べられた骸は、やはり見た目からして無残であった。
自由騎士達はそれを囲むようにして並んでいた。皆、顔をうつむかせている。
「お願いするよ」
「分かってるって。……何か分かればいいんだがな」
ウェルスが息をついて、意識を集中させた。
彼がしようとしているのは交霊術。簡単にいえば死者との対話である。
無論、死んでいる相手である。滞りのない会話など期待はできないだろう。
どのくらい言葉を交わせるかは、死者が残した思いの強さによって決まってくる。
せめて、どこで殺されたのか。
何者によってここまでひどい目にあったのか。
それらだけでも確認できれば、今後色々と違ってくるはずだ。
きゐ子もまた、同じことを考えて四人が殺された場所を知りたがっていた。
「やるか」
ウェルスが言うと、ルシアスやアダムがうなずいた。
彼は深呼吸をしてから意識を集中させる。
死者の想いが、声となって耳に聞こえ始めてきた。
「嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ」
「……グッ!?」
声。
それは声だった。
あらゆるものがないまぜになった声だった。
悲嘆。
懇願。
苦痛。
悲鳴。
憤怒。
恐怖。
嘆願。
悲哀。
狂気。
怨念。
あらゆる負の念。
人が持ちうるありったけのよくない感情を煮詰め煮詰めて凝縮した、そんな声だ。
こんな感情を、人は持つことができるのか。
ウェルスは全身が冷たくなった。
一体、どれだけの苦痛をその身に浴びればこんな声を出せる。
言葉を交わすどころの話ではない。
いや、相手が残した思念はかなり強烈なものだった。
問題は相手側にひとかけらの正気も残っていなかったということ。
ダメだ。
これではダメだ。
情報らしい情報など、探れるはずもない。
それに、これ以上は聞いていたくない。
ウェルスの心の方が、狂気に飲まれそうになってしまう。
「――無理だ」
交霊術を終えて彼がそれを告げると、周りからは落胆の息が漏れた。
そしてウェルスの説明を聞いて、アリアなどは顔を青くして身を震わせていた。
「……どうにも、ならないんですか?」
「死者はね、蘇らないわ。とてもとても残念ながらね」
彼女の嘆きに、きゐ子が低い声でそう返した。
「己の愉悦のために、人をそこまで弄ぶ輩、ですか……」
カスカの独り言。
その背から、ゆらりと殺気がたちのぼる。
「この家族の親類は……、探しようがない、か……」
一縷の望みを抱いていたアダムだが、この状況ではそれも厳しそうだった。
結局、情報は何も得られない。
周りを探せば少しくらいの痕跡は出てくるかもしれない。
しかしそれが盗賊そのものに結びつくことは決してないだろう。
盗賊共がこれまで数度の犯行を行なえてきたのは、そうした痕跡を徹底して残さなかったからだ。
よほど尻尾を掴まれないことに気を遣っているのだろう。
「それでもいつかは必ず報いを与えてやろう」
怒りと決意を胸に、ルシアスが言う。その直後に、彼は顔色を変えた。
ゆっくりと、ゆっくりと、父親の骸が右腕をあげたのだ。
自由騎士達が一斉に身構えた。
還リビト達を仕留めきれていなかったのか。
皆がそう思った。
しかし、父親はそれ以上腕を動かすことなく、だが唇だけが小さく動いて、
「――どうして、助けてくれなかったんだ」
自由騎士達が衝撃に見舞われた。
それは、ウェルスが使ったような交霊術によるものではない。
今、確かにこの骸は己の口で言葉を紡いだ。
しかも、残された感情とも違う。たった今、ここにいる皆へと向けられたものだ。
つまりは、自由騎士への恨み言。
還リビトには感情はない。あるはずがない。死んでいるのだから。
生前の記憶だって残ってないのに。
「…………」
そして、それだけだった。
伸ばされた手は再び落ちて、もう骸は動いたりはしない。
衝撃から硬直していた自由騎士達は、今ここに誓いを新たにする。
彼が漏らした恨み言は、正当な怒りであろう。
死者の見せた怒りを、自分たちはしっかりと受け止めなければならない。
「こんなことは、終わらせるんだ……」
誰かが呟き、誰かがうなずき、そして誰もが決意を固めた。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
お疲れさまでした。
そもそも戦いにもなりませんでした。
このリプレイをどう思われるかは、皆様次第です。
黒いアイツ関連については、今度をお待ちください。
そもそも戦いにもなりませんでした。
このリプレイをどう思われるかは、皆様次第です。
黒いアイツ関連については、今度をお待ちください。
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