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【贄ノ歯車】ヴィスマルク軍に栄光あれ

●
悪手の極みだ、とドルフロッド・バルドーは思った。
思うだけでなく、叫んでいる者もいる。
「何考えてやがんだオイ。性格腐ってても頭はいい奴だと思ってたけどよォ、実は脳ミソまで腐ってんのかあッ!」
小男の軽戦士ラゲム・ファレッジである。
「あからさまな被害者を出してどーすんだよ、おい! 子供いじめて戦車に押し込んで鉄砲玉にするとかよォ、んな分かりやすい事したら自由騎士団が殺る気満々で攻めて来るに決まってンだろうがぁあああああああああああ!」
砲撃が、ラゲムの小さな身体を吹っ飛ばした。
「……誰も……ヴィスマルクの味方なんざ、してくれねえぞ……こんな事してたらよぉ……」
ドルフロッドの太い腕に受け止められながら、ラゲムが呻く。
「勝てンのかよ、そんなんで……ヴィスマルク滅ぼす気満々の、自由騎士団によ……」
瀕死の部下を、ドルフロッドは傍の大男に押し付けた。
「……退け、ゴルドラル」
「そうは参りません。ここで退いたら……我らヴィスマルク軍人の魂は、腐り果てます」
重戦士ゴルドラル・ロッゾが、言った。
「……よもや本国が、このような作戦を実行に移すとは」
「追い詰められている、という事だ。我が国はな」
ドルフロッドは鎖を握り構え、立ち塞がった。猪のケモノビトの巨体で、しかしこの敵を止められるだろうか。
そもそも、敵と言うべきなのか。
轟音を立てて迫り来る、戦車の群れ。
無限軌道が、原野を蹂躙しながら鋼の監獄を運んでいる。
その監獄には、道具として調律された子供たちが監禁されているのだ。
「……こども……たち……」
キジンの格闘士ゼノク・マッシャーが、戦車の衝角に刺し貫かれたまま血と涙を流している。
「……出て、おいで……アクアディーネ様が、待ってる……」
戦車が、衝角を振るった。ゼノクの身体が放り捨てられた。
ラゲム、ゴルドラル、ゼノク。
この3名を率いてドルフロッドは、かつて旧シャンバラにおいて様々な工作を行っていた。
そして自由騎士団に敗れ、イ・ラプセル総督府の地下牢に収監されていた。
ネリオ・グラークもガロム・ザグも総督府にいない今、脱獄は容易であった。
今やイ・ラプセルの前線基地となったレガート砦近辺の原野に、ドルフロッドは部下3名と共にいる。
この辺りは自由騎士団が特に活発に動き回っている。脱獄に成功したのであれば、大人しく身を潜めているべきであった。
それが出来なかったのは、あの男が動いているからだ。ヴィスマルク軍随一の天才にして狂人たる、あの男が。
「あやつだけは……」
ゴルドラルがラゲムを背負い、両の豪腕で戦斧を構える。
「あの男だけは、許しておけません……ヴィスマルク軍人として!」
「さて、我らは今ヴィスマルク軍人であるのかな。果たして」
ドルフロッドは自嘲した。
このままヴィスマルク本国へ戻れば、任務失敗者として最悪、処刑もあり得る身だ。
そして今、任務失敗どころか、はっきりと自軍への敵対行動を取っている。
「ドルフロッド隊長。我らは、栄光あるヴィスマルク軍人です」
「……そう、だな。子供たちを救い出す。何としても。ヴィスマルク軍人の誇りにかけて」
ドルフロッドは牙を剥き、戦車隊に向かって猛然と踏み込み、鎖鉄球を振り回した。
「未来の、ヴィスマルク臣民を……貴様、一体何だと思っている! 滅ぼすのか、我が国を! ヴィスマルクの未来が見えておらんのかああああああああああッッ!」
ドルフロッドの叫びは、砲声に打ち砕かれた。
戦車部隊の砲撃。その轟音は、まるで子供たちの悲鳴であった。
ドルフロッドも、ゴルドラルも、爆炎に灼かれながら吹っ飛ばされていた。
「……シャンバラは……ヨウセイを虐げ、自由騎士団に滅ぼされた……ヘルメリアは、奴隷売買を止められずに……自由騎士団の介入を招き、やはり滅びたのだぞ……」
宙を舞い、地面に激突しながら、ドルフロッドは辛うじて声を発した。
「何故……何も、学ぼうとしないのだ……ジルヴェスター・ウーリヒ……」
悪手の極みだ、とドルフロッド・バルドーは思った。
思うだけでなく、叫んでいる者もいる。
「何考えてやがんだオイ。性格腐ってても頭はいい奴だと思ってたけどよォ、実は脳ミソまで腐ってんのかあッ!」
小男の軽戦士ラゲム・ファレッジである。
「あからさまな被害者を出してどーすんだよ、おい! 子供いじめて戦車に押し込んで鉄砲玉にするとかよォ、んな分かりやすい事したら自由騎士団が殺る気満々で攻めて来るに決まってンだろうがぁあああああああああああ!」
砲撃が、ラゲムの小さな身体を吹っ飛ばした。
「……誰も……ヴィスマルクの味方なんざ、してくれねえぞ……こんな事してたらよぉ……」
ドルフロッドの太い腕に受け止められながら、ラゲムが呻く。
「勝てンのかよ、そんなんで……ヴィスマルク滅ぼす気満々の、自由騎士団によ……」
瀕死の部下を、ドルフロッドは傍の大男に押し付けた。
「……退け、ゴルドラル」
「そうは参りません。ここで退いたら……我らヴィスマルク軍人の魂は、腐り果てます」
重戦士ゴルドラル・ロッゾが、言った。
「……よもや本国が、このような作戦を実行に移すとは」
「追い詰められている、という事だ。我が国はな」
ドルフロッドは鎖を握り構え、立ち塞がった。猪のケモノビトの巨体で、しかしこの敵を止められるだろうか。
そもそも、敵と言うべきなのか。
轟音を立てて迫り来る、戦車の群れ。
無限軌道が、原野を蹂躙しながら鋼の監獄を運んでいる。
その監獄には、道具として調律された子供たちが監禁されているのだ。
「……こども……たち……」
キジンの格闘士ゼノク・マッシャーが、戦車の衝角に刺し貫かれたまま血と涙を流している。
「……出て、おいで……アクアディーネ様が、待ってる……」
戦車が、衝角を振るった。ゼノクの身体が放り捨てられた。
ラゲム、ゴルドラル、ゼノク。
この3名を率いてドルフロッドは、かつて旧シャンバラにおいて様々な工作を行っていた。
そして自由騎士団に敗れ、イ・ラプセル総督府の地下牢に収監されていた。
ネリオ・グラークもガロム・ザグも総督府にいない今、脱獄は容易であった。
今やイ・ラプセルの前線基地となったレガート砦近辺の原野に、ドルフロッドは部下3名と共にいる。
この辺りは自由騎士団が特に活発に動き回っている。脱獄に成功したのであれば、大人しく身を潜めているべきであった。
それが出来なかったのは、あの男が動いているからだ。ヴィスマルク軍随一の天才にして狂人たる、あの男が。
「あやつだけは……」
ゴルドラルがラゲムを背負い、両の豪腕で戦斧を構える。
「あの男だけは、許しておけません……ヴィスマルク軍人として!」
「さて、我らは今ヴィスマルク軍人であるのかな。果たして」
ドルフロッドは自嘲した。
このままヴィスマルク本国へ戻れば、任務失敗者として最悪、処刑もあり得る身だ。
そして今、任務失敗どころか、はっきりと自軍への敵対行動を取っている。
「ドルフロッド隊長。我らは、栄光あるヴィスマルク軍人です」
「……そう、だな。子供たちを救い出す。何としても。ヴィスマルク軍人の誇りにかけて」
ドルフロッドは牙を剥き、戦車隊に向かって猛然と踏み込み、鎖鉄球を振り回した。
「未来の、ヴィスマルク臣民を……貴様、一体何だと思っている! 滅ぼすのか、我が国を! ヴィスマルクの未来が見えておらんのかああああああああああッッ!」
ドルフロッドの叫びは、砲声に打ち砕かれた。
戦車部隊の砲撃。その轟音は、まるで子供たちの悲鳴であった。
ドルフロッドも、ゴルドラルも、爆炎に灼かれながら吹っ飛ばされていた。
「……シャンバラは……ヨウセイを虐げ、自由騎士団に滅ぼされた……ヘルメリアは、奴隷売買を止められずに……自由騎士団の介入を招き、やはり滅びたのだぞ……」
宙を舞い、地面に激突しながら、ドルフロッドは辛うじて声を発した。
「何故……何も、学ぼうとしないのだ……ジルヴェスター・ウーリヒ……」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.戦車4輌の撃破
お世話になっております。ST小湊拓也です。
レガート砦近くの原野で、チャイルドギア搭載の戦車4輌にヴィスマルク兵士4名が殺されかけております。
この4人を助けるかどうかはともかく、戦車に乗せられている子供たちを助けてあげるのは良い事ではないでしょうか。
場所は緑少ない原野、時間帯は昼。
4輌の戦車は全てチャイルドギア搭載型で、暴力で洗脳された子供たちがそれぞれ1人ずつ制御装置として乗せられています。
この子らは精神的に追い込まれているので【精神無効】の特性を持っています。
内訳は以下の通り。
●バール(2輌、前衛)
突撃用の小型戦車。大きさ2mほど。主砲はなく、砦の壁や敵陣を突破するために特化された戦車です。前面に衝角を持ち、突撃してこれを突き刺したりします。
攻撃方法
突撃 攻近貫 突撃して、衝角を突き刺してきます。20m移動可能(100%、75%)
轢殺 攻近範 衝角を伴わない体当り。
副砲 魔遠単 備え付けられた火炎放射器。BSバーン1。
●ドーファン(2輌、後衛)
重量系の戦車。砲撃主体。
攻撃方法
主砲 攻遠範 主砲を放ち、敵陣を攻撃します。溜1。
轢殺 攻近範 衝角を伴わない体当り。
副砲 魔遠単 備え付けられた毒霧噴出機。BSポイズン1。
戦車の体力が0になった時点で、乗せられた子供は普通に救出完了となります。
現場ではヴィスマルク兵士4名が死にかけ横たわっています。
全員、回復を施してあげれば一命は取り留めますが、戦わせる事は出来ません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
レガート砦近くの原野で、チャイルドギア搭載の戦車4輌にヴィスマルク兵士4名が殺されかけております。
この4人を助けるかどうかはともかく、戦車に乗せられている子供たちを助けてあげるのは良い事ではないでしょうか。
場所は緑少ない原野、時間帯は昼。
4輌の戦車は全てチャイルドギア搭載型で、暴力で洗脳された子供たちがそれぞれ1人ずつ制御装置として乗せられています。
この子らは精神的に追い込まれているので【精神無効】の特性を持っています。
内訳は以下の通り。
●バール(2輌、前衛)
突撃用の小型戦車。大きさ2mほど。主砲はなく、砦の壁や敵陣を突破するために特化された戦車です。前面に衝角を持ち、突撃してこれを突き刺したりします。
攻撃方法
突撃 攻近貫 突撃して、衝角を突き刺してきます。20m移動可能(100%、75%)
轢殺 攻近範 衝角を伴わない体当り。
副砲 魔遠単 備え付けられた火炎放射器。BSバーン1。
●ドーファン(2輌、後衛)
重量系の戦車。砲撃主体。
攻撃方法
主砲 攻遠範 主砲を放ち、敵陣を攻撃します。溜1。
轢殺 攻近範 衝角を伴わない体当り。
副砲 魔遠単 備え付けられた毒霧噴出機。BSポイズン1。
戦車の体力が0になった時点で、乗せられた子供は普通に救出完了となります。
現場ではヴィスマルク兵士4名が死にかけ横たわっています。
全員、回復を施してあげれば一命は取り留めますが、戦わせる事は出来ません。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
3個
3個
7個
3個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年11月26日
2020年11月26日
†メイン参加者 6人†
●
ヴィスマルク帝国が追い詰められているのは間違いない、と『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は思う。
戦い、勝ち続ける事で威信を保ってきた帝国が、イ・ラプセル王国を相手に劣勢を強いられつつあるのだ。
緒戦で撃退された。レガート砦という拠点を奪われた。その他、様々な局面においてイ・ラプセルは、まあ決して思い上がってはならないにせよ、ヴィスマルクに対して優位な側に立ちつつある。
「勝ち続け、強国であり続けなければ、大切なものを守る事が出来ない……いくらかは、わかるよ」
魔導器を掲げて『劣化』を念じながら、マグノリアは呟いた。
「だけど……こんな事をしてまで守りたい、大切なもの……とは一体、何なのだろう。君たちヴィスマルク帝国は、何を目指している? どこへ向かおうとしている?」
劣化の概念を付与され、戦闘能力が半減しているはずの戦車隊が、しかし変わらぬ猛威を誇示しつつ迫り来る。衝角を有する突撃車輌『バール』と、砲撃車輌『ドーファン』が各2輌。
マグノリアたち後衛の盾になりながら、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)と『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が、それを食い止めにかかる。
「この辺でいいかな、アデルさん!」
「そうだ。駆動系の重要部品が、その辺りに集中している」
高速で弧を描くカノンの拳と、ジョルトランサーによるアデルの連続攻撃が、バール1輌に集中している。強度が半減しているはずの装甲が、立て続けの衝撃と爆撃で若干は凹んだ、のであろうか。
「中にいる子供の事は……当面、過剰に気遣う必要はない。頑丈に作られている」
アデルの静かな口調に、より静かな、だが隠しようもない憤激の念が宿っている。
「ヴィスマルクの連中にとっても……子供たちは、俺たちの手から守らねばならん存在だ」
「ふん。大事な新型兵器の、システム中枢だものなっ」
ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、左右2丁の大型拳銃をぶっ放した。轟音を伴う灼熱の弾幕が、戦車4輌に火山弾の如く降り注ぐ。
その間。セアラ・ラングフォード(CL3000634)が負傷者たちに優美な片手をかざし、きらきらと癒しの光を降らせてゆく。
負傷者4名……かつて旧シャンバラにおいて事を構えた、ヴィスマルク軍兵士たち。
その隊長格であるドルフロッド・バルドーが、魔導医療の煌めきの中で呻く。
「……自由……騎士団……か」
「貴方がたの戦いを、引き継ぎます」
セアラが言った。
「……あとはお任せ下さい。子供たちのために戦って下さった事、感謝いたします」
「子供ら、だけでなく……我々も、助けるのか……」
「不本意だろうね。君たちとは色々あったからねえ」
言いつつカノンが踏み込み、殴りかかって行く。怯える子供をシステム中枢とする、ヴィスマルクの新型兵器へと。
「これに怒りを覚える心、君たちにあったのがカノンは嬉しいよ。あとは任せて!」
拳の一撃を叩き込まれたバールが、即座に反撃に出た。高速回転する無限軌道が、激しく地面を削る。
バールの巨体が、アデルとカノンをひとまとめに轢いた。アデルは吹っ飛び、カノンは地面にめり込んだ。
吹っ飛んで地面に激突したアデルを、ウェルスが助け起こす。そこへ、もう1輌のバールが突っ込んで行く。
衝角が、両者を直撃した。アデルとウェルスが、ひとかたまりにグシャリと倒れた。
なおも自由騎士たちを蹂躙せんとする戦車隊に、その時、白く鋭利なものが絡み付いた。
氷の荊。『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が召喚したものである。
「……見たくないものを、見てしまったか」
どうにか一命は取り留めつつあるヴィスマルク兵士4名に一瞬だけ視線を投げながら、テオドールは厳かに杖を操り、氷の荊を操縦する。
絡め取られたバールとドーファン計4輌が、氷の荊を引きちぎるべく、無限軌道を猛回転させた。
「自国の恥……己の手で、他国人の手を借りずに片付けてしまいたいものであろう。わかる」
テオドールは杖を捻り、荊の束縛を強めていった。
「だが我々とて、これらを放置しておくわけにはゆかぬ。介入を、させてもらうぞ」
「……君たちには、生きて欲しい」
血まみれのカノンを地中から掘り出しつつマグノリアは、何か言おうとするヴィスマルク兵4人に声を投げた。
同じく血まみれでアデルと支え合いながら、ウェルスが言う。
「……生きてもらうぜ、何としても。お前さん方にはな、ヴィスマルクって国が今現在やらかしてる事を、しっかり見てもらわなきゃならねえ」
「……母国の……誇りが……」
弱々しく声を発しているのは、ゴルドラル・ロッゾである。
「地に堕ちてゆく様を……見届けろと、言うのだな……」
「誇りのために死ぬ。そんな思いが、もしかしたら君たちにはあるのかも知れない……ならば、その命をくれ」
言葉と共にマグノリアは、存在しない弓を引き、存在しない矢を天空に向けて射出した。
癒しの力が、無数の矢となって降り注いだ。
「……僕たちには、助けが必要なんだ」
「君たち……だけじゃあない」
癒しの矢を受けたカノンが、立ち上がり、身構える。
「子供たちに、痛みと恐怖と絶望しか与えない発明……許せない人たちが、ヴィスマルクにもきっと大勢いる。助け合える、とカノンは勝手に思ってるよ」
「戦場で死ぬのは、子供たちではなく兵士の仕事……であるにしても、お前たちはまだ死ぬべきではない」
降り注ぐ治療の雨を同じく浴びたアデルとウェルスが、それぞれの得物に弾薬を装填しながら言った。
「……命を投資しなきゃならねえ局面が、この先いずれ来ると思う。慎重にいこうぜ」
「どうか……生きて下さい。今は逃げて」
ヴィスマルク兵士4人を、とりあえずは死の淵から救ったセアラが、彼らを背後に庇って立つ。
まだ動けるわけではない4人の傍らに、いつの間にかリィ・エーベルト(CL3000628)がいた。
「……この4人、あとは引き受けるよ」
「お願いします」
氷の荊を今にも引きちぎらんとする戦車たちを見据え、セアラは言った。
「ヴィスマルクの方々から……誇りある戦いを今、引き継ぎました。子供たちを助けます、何としても」
●
砲声が、轟いた。
それが、戦車に閉じ込められている子供たちの悲鳴であるように、カノンには聞こえた。
ドーファン2輌が、砲撃を実行したところである。
自由騎士が全員、倒れていた。
いや1人、ウェルスだけが満身創痍ながら立って踏みとどまり、血まみれの牙を剥きながら2挺拳銃をぶっ放している。
灼熱の弾幕が、戦車隊を激しく薙ぎ払う。
バールの1輌が、ようやく動きを止めた。破裂した装甲がめくれ上がり、チャイルドギアの機関部分が半壊しながら露わになる。
そこへマグノリアが倒れたまま、いつの間にか這い寄っていた。
もう1輌のバールが、彼を踏み潰すべく無限軌道を回転させる。
爆発の塊、とでも言うべきものが、そこへ激突した。
アデルだった。立ち上がると同時に踏み込み、蒸気を噴射しながら全身でジョルトランサーを叩き込んで行く。
叩き込まれた爆撃が、バールを激しく圧し歪めている間。マグノリアが、チャイルドギアの残骸から小さなものを引きずり出していた。
幼い、女の子の身体。辛うじて死体ではないが、心は死んでいる。
「大丈夫……もう、大丈夫だ……」
マグノリアが、その子に囁きかけている。
ぼんやりと、カノンはその様を見つめていた。視覚が、どうにか回復しつつある。
「……カノンは……死んでた、んだね……」
「戦闘不能に陥っていただけです」
動けぬカノンを抱き起こしてくれているのは、セアラだった。
「もう、ひと頑張り……いって下さいますか? カノン様」
「……やるよ。ひと頑張りでも……百頑張りでも……」
セアラによる魔導医療が、屍寸前であったカノンの肉体を覚醒させたのだ。
震える手で、カノンは弱々しく拳を握った。全身に、緩やかに力が蘇ってゆく。マグノリアが施してくれた自然治療。戦えるようになるまでには、しかしもう少し時がかかる。
「……カノン嬢、急ぎ過ぎてはいけない」
テオドールがよろりと立ち上がり、白き剣を抜き、その刃を己の首筋に当てた。
目に見えぬ呪いの刃が、バールを叩き斬っていた。
圧し歪められていた装甲が裂け、チャイルドギアの機関部分が露出した。青ざめ、ぶつぶつと何か呟いている男の子の姿が少しだけ見える。救出には、もう何度か攻撃が必要となるだろう。
「我々もいる。焦らず、力を回復させて欲しい」
「……ありがとう、テオドールさん。だけど、のんびりはしてられない!」
セアラの優しい抱擁の中から、カノンは飛び出していた。
そしてバールに食らいつく。半壊した鋼の巨体を、愛らしい牙で食いちぎってゆく。そうしながら『吸血』を実行する。
もちろん、血など吸えるわけがない。
恐ろしく不味いが、力には違いない何かが、カノンの体内に流れ込んで来た。
●
「この、鐘の音が……子供たちの心に! 響きますように!」
カノンの叫びと共に、真紅の衝撃光が美しく飛散した。
オニヒトの少女の小さな拳が、ドーファンの巨体を粉砕する。鐘の音が響き渡り、鋼の残骸がぶちまけられる。
残骸と化したチャイルドギアの中から、セアラが1人の男の子を抱き上げた。
「ひょうてき……はかい……せんめつ……」
優しい細腕の中で、男の子は呟き続けている。
「せんめつ……せんめつ……ほろぼし、つくす……ヴィスマルクのために……」
「……もう、そんな事をしなくていいんですよ」
セアラが囁きかけ、抱き締める。
枯渇しかけていた魔導力が、優しく滲み出していた。
マグノリアが1人の女の子を、ウェルスが男の子と女の子を1人ずつ、抱き上げている。
救出された子供4人を、セアラによる魔導医療の光が包み込んだ。
彼女は今、完全に力尽きた状態である。自由騎士たちの治療回復に力を使い果たし、もはや意識を失う寸前であるはずだった。
子供たちの身体を完全に回復させるにはしかし、魔導力による即席の治療だけでなく、充分に時間をかけた休息が必要となるだろう。心を回復させるには、さらなる時間が。
子供たちは4人とも、ぼんやりと目を開きながら何も見てはいない。
「このような子供たちが……まだ大勢、いるのだな」
テオドールは呟いた。
戦場には、戦車4輌分の残骸が散らばっている。
見渡しながら、アデルが言った。
「……手強かった。このチャイルドギアが、とてつもなく高性能な兵器である事は認めなければならない」
弾薬の尽きたジョルトランサーを握る手に、力がこもる。
「ヴィルマルクは……すがり続ける、だろうな。この兵器に」
「……子供たちを犠牲にし続ける、か」
マグノリアが呟く。
「ヴィスマルクは、追い詰められている……僕たちのせい、と思ってしまうのは自惚れか」
「追い詰めて、潰す。それだけさ」
言い放つウェルスの獣毛を、2人の子供が呆然といじり回す。
ウェルスは微かに笑った、のであろうか。
「……森の熊さんだぜ。安心しな、人は食わねえ……食中りしそうなヴィス公どもは、食わずに滅ぼす」
●
寝台の上で、ゼノク・マッシャーが呻いた。
「……子供たち……は……?」
「助かったよ。君たちの、おかげでね」
カノンが微笑みかける。ゼノクが、涙を流す。
「良かった……」
「まあ貴卿たちには、捕虜の身分に戻ってもらう事になるが」
テオドールが、続いてマグノリアが言った。
「その後……ゆっくり考えてくれてから、でいい。アクアディーネを信仰しなくてもいい。君たちが自由騎士になる事を、僕は望むよ」
「てめえは……」
ラゲム・ファレッジが、マグノリアを睨む。
「……相変わらず、綺麗な顔しやがってよ……てめえが本当に、女の子だったらなあ……」
「思い通りにならないのが、世の常さ」
マグノリアが笑う。
民家であった。リィ・エーベルトが、交渉と手配を済ませてくれたのだ。
広い部屋に寝台が4つ、並べられ、ヴィスマルク兵士たちが寝かされている。
4人の子供は別の部屋にいて、この民家の住人たちが世話をしている。
「あの子らの心を、取り戻す……」
思案の後、テオドールが言った。
「……それを、貴卿たちにお任せしたいが」
「……何を、貴様は考えている……」
ドルフロッドが、布団の中からテオドールを睨む。
「あの子らにとって、ヴィスマルク軍は悪魔でしかないのだぞ……ヴィスマルク軍人である我々に、何をしろと言うのだ」
「……そうだな。お前たちは、ヴィスマルク軍人だ」
部屋の片隅で椅子に座ったまま、アデルが言った。
「ヴィスマルクにもまだ、軍人と呼べる連中がいた事……俺は嬉しく思う。お前たちの誇りを、子供たちに教えてやってはくれないか」
「誇り……か」
ドルフロッドが、天井を見つめた。
「そんな大層なもの、俺にはない……ジルヴェスター・ウーリヒのやり方が、気に入らんだけだ」
「ジルヴェスター・エルトル・ウーリヒ。ヴィスマルク軍の、現時点における統帥だな」
アデルの光学装置が、キラリと輝く。
「そいつの意向に逆らう、という事は……お前たちが忠誠を誓うヴィスマルクとは、軍を指すわけではないな」
「ジルヴェスター・ウーリヒ……奴は、奴だけは、生かしておいてはならん……」
憤怒の言葉を発したのは、ゴルドラルである。
「始末せねばならん……その役目、貴様ら自由騎士団に託す事になってしまったのは、まあ無念と言えば無念だ」
「ヴィスマルク帝国の存続を願うのであれば……」
部下の言葉を補足するかのように、ドルフロッドが言った。
「……ジルヴェスターのやりようは、まず真っ先に否定せねばならん。もっとも……ヴィスマルクの存続は、もはや無いか……チャイルドギアなど切り札に用いているようでは、追い詰められ過ぎだ」
「ヴィスマルク帝国という、支配体制は消滅するかも知れん。が、国土が消えて無くなるわけではない。民が滅びるわけではないのだ」
テオドールの口調は、力強い。
「そこには子供たちもいる。あの子らも、そうだ。だからこそ貴卿らが必要となるのだよ」
「我らが……必要だと……」
「ヴィスマルク人の誇りを教え、受け継がせていって欲しい。我々に出来る事ではない。我らとしてもな、一方的にヴィスマルクを滅ぼしたのではないという証のようなものを残しておきたい。いささか薄汚い話ではあるが」
「子供は……明日を夢見て、明日に希望を持って、生きていくべきだと思う」
カノンが言う。
「あの子たちの明日を、取り戻してあげるために……君たちにも、協力して欲しいんだ」
「お前さんのような奴らが、ヴィスマルクにまだ大勢いると信じたい。そいつらにも協力させる」
ウェルスも言った。
「そいつらとの橋渡し、みたいな役目も期待したいところだな。ドルフロッド・バルドー」
「……こっちが捕虜だと思ってよ、色々押し付けてくれるじゃねえか」
応えたのは、ドルフロッドではなくラゲムだった。
「さあて、どうだろうな。ジルヴェスターの野郎に逆らえる奴が……今、ヴィスマルクにどんだけいるか」
「反対者が1人もいないくらい統制が出来てるんなら、それはそれで凄え事だと思うがな」
ウェルスが、にやりと笑う。
「……お前らがシャンバラでやってたのは、子供じゃなくて大人の洗脳だ。ある意味、チャイルドギアよりタチが悪いとは言えるよな」
「褒め言葉、と受け取っておこう」
ドルフロッドも、弱々しく微笑む。
「ヴィスマルク人の誇りを教える……と称して我々が子供たちに何を吹き込むか、お前たちは少しも警戒しないのか」
「私は」
セアラは、ようやく言葉を発した。
「……貴方たちを、信じる事が出来ます。貴方たちの誇りある行動を、戦いを、この目で見ました」
「そう……誇り誇りと、言わない方がいい……」
カノンと何やら語り合っていたゼノクが、こちらに言葉を投げてくる。
「誇りのため、と言って、人は平気で人を殺す……俺たちヴィスマルク人は、特にそうだ。誇りのために、子供たちも犠牲にする。誇りを……美しいものにしては、本当はいけないと思う……」
「……それは私たち自由騎士団も同じですよ。平和のため、人々を救うためと言って」
自嘲の笑みを、セアラは自然に浮かべていた。
「している事は……結局のところ、侵略戦争です。滅びの未来を回避するため、と言いながら、どれだけの滅びをもたらしている事か」
「滅びの未来……白紙の未来」
ウェルスが、毛むくじゃらの太い両腕を組む。
「ヴィスマルクが、なりふり構わず勝ちに来た。国の未来である、子供たちを減らしてまでな。そこまでして、戦争に勝つ必要に迫られている……白紙の未来について何か知ってる、かも知れないとは考えちまうな」
「……白紙の未来? 何だ、それは」
ドルフロッドの言葉に、セアラは思わず口を押さえた。
ウェルスも、咳払いをしている。
「ん、ああ気にしないでくれ。軍事機密みてえなもんだ」
(白紙の、未来……)
セアラは俯き、心の中で疑念を渦巻かせた。
(このまま戦争を続けて、他国をことごとく滅ぼして……それは回避出来る、ものなのですか? アクアディーネ様……)
ヴィスマルク帝国が追い詰められているのは間違いない、と『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は思う。
戦い、勝ち続ける事で威信を保ってきた帝国が、イ・ラプセル王国を相手に劣勢を強いられつつあるのだ。
緒戦で撃退された。レガート砦という拠点を奪われた。その他、様々な局面においてイ・ラプセルは、まあ決して思い上がってはならないにせよ、ヴィスマルクに対して優位な側に立ちつつある。
「勝ち続け、強国であり続けなければ、大切なものを守る事が出来ない……いくらかは、わかるよ」
魔導器を掲げて『劣化』を念じながら、マグノリアは呟いた。
「だけど……こんな事をしてまで守りたい、大切なもの……とは一体、何なのだろう。君たちヴィスマルク帝国は、何を目指している? どこへ向かおうとしている?」
劣化の概念を付与され、戦闘能力が半減しているはずの戦車隊が、しかし変わらぬ猛威を誇示しつつ迫り来る。衝角を有する突撃車輌『バール』と、砲撃車輌『ドーファン』が各2輌。
マグノリアたち後衛の盾になりながら、『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)と『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が、それを食い止めにかかる。
「この辺でいいかな、アデルさん!」
「そうだ。駆動系の重要部品が、その辺りに集中している」
高速で弧を描くカノンの拳と、ジョルトランサーによるアデルの連続攻撃が、バール1輌に集中している。強度が半減しているはずの装甲が、立て続けの衝撃と爆撃で若干は凹んだ、のであろうか。
「中にいる子供の事は……当面、過剰に気遣う必要はない。頑丈に作られている」
アデルの静かな口調に、より静かな、だが隠しようもない憤激の念が宿っている。
「ヴィスマルクの連中にとっても……子供たちは、俺たちの手から守らねばならん存在だ」
「ふん。大事な新型兵器の、システム中枢だものなっ」
ウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)が、左右2丁の大型拳銃をぶっ放した。轟音を伴う灼熱の弾幕が、戦車4輌に火山弾の如く降り注ぐ。
その間。セアラ・ラングフォード(CL3000634)が負傷者たちに優美な片手をかざし、きらきらと癒しの光を降らせてゆく。
負傷者4名……かつて旧シャンバラにおいて事を構えた、ヴィスマルク軍兵士たち。
その隊長格であるドルフロッド・バルドーが、魔導医療の煌めきの中で呻く。
「……自由……騎士団……か」
「貴方がたの戦いを、引き継ぎます」
セアラが言った。
「……あとはお任せ下さい。子供たちのために戦って下さった事、感謝いたします」
「子供ら、だけでなく……我々も、助けるのか……」
「不本意だろうね。君たちとは色々あったからねえ」
言いつつカノンが踏み込み、殴りかかって行く。怯える子供をシステム中枢とする、ヴィスマルクの新型兵器へと。
「これに怒りを覚える心、君たちにあったのがカノンは嬉しいよ。あとは任せて!」
拳の一撃を叩き込まれたバールが、即座に反撃に出た。高速回転する無限軌道が、激しく地面を削る。
バールの巨体が、アデルとカノンをひとまとめに轢いた。アデルは吹っ飛び、カノンは地面にめり込んだ。
吹っ飛んで地面に激突したアデルを、ウェルスが助け起こす。そこへ、もう1輌のバールが突っ込んで行く。
衝角が、両者を直撃した。アデルとウェルスが、ひとかたまりにグシャリと倒れた。
なおも自由騎士たちを蹂躙せんとする戦車隊に、その時、白く鋭利なものが絡み付いた。
氷の荊。『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)が召喚したものである。
「……見たくないものを、見てしまったか」
どうにか一命は取り留めつつあるヴィスマルク兵士4名に一瞬だけ視線を投げながら、テオドールは厳かに杖を操り、氷の荊を操縦する。
絡め取られたバールとドーファン計4輌が、氷の荊を引きちぎるべく、無限軌道を猛回転させた。
「自国の恥……己の手で、他国人の手を借りずに片付けてしまいたいものであろう。わかる」
テオドールは杖を捻り、荊の束縛を強めていった。
「だが我々とて、これらを放置しておくわけにはゆかぬ。介入を、させてもらうぞ」
「……君たちには、生きて欲しい」
血まみれのカノンを地中から掘り出しつつマグノリアは、何か言おうとするヴィスマルク兵4人に声を投げた。
同じく血まみれでアデルと支え合いながら、ウェルスが言う。
「……生きてもらうぜ、何としても。お前さん方にはな、ヴィスマルクって国が今現在やらかしてる事を、しっかり見てもらわなきゃならねえ」
「……母国の……誇りが……」
弱々しく声を発しているのは、ゴルドラル・ロッゾである。
「地に堕ちてゆく様を……見届けろと、言うのだな……」
「誇りのために死ぬ。そんな思いが、もしかしたら君たちにはあるのかも知れない……ならば、その命をくれ」
言葉と共にマグノリアは、存在しない弓を引き、存在しない矢を天空に向けて射出した。
癒しの力が、無数の矢となって降り注いだ。
「……僕たちには、助けが必要なんだ」
「君たち……だけじゃあない」
癒しの矢を受けたカノンが、立ち上がり、身構える。
「子供たちに、痛みと恐怖と絶望しか与えない発明……許せない人たちが、ヴィスマルクにもきっと大勢いる。助け合える、とカノンは勝手に思ってるよ」
「戦場で死ぬのは、子供たちではなく兵士の仕事……であるにしても、お前たちはまだ死ぬべきではない」
降り注ぐ治療の雨を同じく浴びたアデルとウェルスが、それぞれの得物に弾薬を装填しながら言った。
「……命を投資しなきゃならねえ局面が、この先いずれ来ると思う。慎重にいこうぜ」
「どうか……生きて下さい。今は逃げて」
ヴィスマルク兵士4人を、とりあえずは死の淵から救ったセアラが、彼らを背後に庇って立つ。
まだ動けるわけではない4人の傍らに、いつの間にかリィ・エーベルト(CL3000628)がいた。
「……この4人、あとは引き受けるよ」
「お願いします」
氷の荊を今にも引きちぎらんとする戦車たちを見据え、セアラは言った。
「ヴィスマルクの方々から……誇りある戦いを今、引き継ぎました。子供たちを助けます、何としても」
●
砲声が、轟いた。
それが、戦車に閉じ込められている子供たちの悲鳴であるように、カノンには聞こえた。
ドーファン2輌が、砲撃を実行したところである。
自由騎士が全員、倒れていた。
いや1人、ウェルスだけが満身創痍ながら立って踏みとどまり、血まみれの牙を剥きながら2挺拳銃をぶっ放している。
灼熱の弾幕が、戦車隊を激しく薙ぎ払う。
バールの1輌が、ようやく動きを止めた。破裂した装甲がめくれ上がり、チャイルドギアの機関部分が半壊しながら露わになる。
そこへマグノリアが倒れたまま、いつの間にか這い寄っていた。
もう1輌のバールが、彼を踏み潰すべく無限軌道を回転させる。
爆発の塊、とでも言うべきものが、そこへ激突した。
アデルだった。立ち上がると同時に踏み込み、蒸気を噴射しながら全身でジョルトランサーを叩き込んで行く。
叩き込まれた爆撃が、バールを激しく圧し歪めている間。マグノリアが、チャイルドギアの残骸から小さなものを引きずり出していた。
幼い、女の子の身体。辛うじて死体ではないが、心は死んでいる。
「大丈夫……もう、大丈夫だ……」
マグノリアが、その子に囁きかけている。
ぼんやりと、カノンはその様を見つめていた。視覚が、どうにか回復しつつある。
「……カノンは……死んでた、んだね……」
「戦闘不能に陥っていただけです」
動けぬカノンを抱き起こしてくれているのは、セアラだった。
「もう、ひと頑張り……いって下さいますか? カノン様」
「……やるよ。ひと頑張りでも……百頑張りでも……」
セアラによる魔導医療が、屍寸前であったカノンの肉体を覚醒させたのだ。
震える手で、カノンは弱々しく拳を握った。全身に、緩やかに力が蘇ってゆく。マグノリアが施してくれた自然治療。戦えるようになるまでには、しかしもう少し時がかかる。
「……カノン嬢、急ぎ過ぎてはいけない」
テオドールがよろりと立ち上がり、白き剣を抜き、その刃を己の首筋に当てた。
目に見えぬ呪いの刃が、バールを叩き斬っていた。
圧し歪められていた装甲が裂け、チャイルドギアの機関部分が露出した。青ざめ、ぶつぶつと何か呟いている男の子の姿が少しだけ見える。救出には、もう何度か攻撃が必要となるだろう。
「我々もいる。焦らず、力を回復させて欲しい」
「……ありがとう、テオドールさん。だけど、のんびりはしてられない!」
セアラの優しい抱擁の中から、カノンは飛び出していた。
そしてバールに食らいつく。半壊した鋼の巨体を、愛らしい牙で食いちぎってゆく。そうしながら『吸血』を実行する。
もちろん、血など吸えるわけがない。
恐ろしく不味いが、力には違いない何かが、カノンの体内に流れ込んで来た。
●
「この、鐘の音が……子供たちの心に! 響きますように!」
カノンの叫びと共に、真紅の衝撃光が美しく飛散した。
オニヒトの少女の小さな拳が、ドーファンの巨体を粉砕する。鐘の音が響き渡り、鋼の残骸がぶちまけられる。
残骸と化したチャイルドギアの中から、セアラが1人の男の子を抱き上げた。
「ひょうてき……はかい……せんめつ……」
優しい細腕の中で、男の子は呟き続けている。
「せんめつ……せんめつ……ほろぼし、つくす……ヴィスマルクのために……」
「……もう、そんな事をしなくていいんですよ」
セアラが囁きかけ、抱き締める。
枯渇しかけていた魔導力が、優しく滲み出していた。
マグノリアが1人の女の子を、ウェルスが男の子と女の子を1人ずつ、抱き上げている。
救出された子供4人を、セアラによる魔導医療の光が包み込んだ。
彼女は今、完全に力尽きた状態である。自由騎士たちの治療回復に力を使い果たし、もはや意識を失う寸前であるはずだった。
子供たちの身体を完全に回復させるにはしかし、魔導力による即席の治療だけでなく、充分に時間をかけた休息が必要となるだろう。心を回復させるには、さらなる時間が。
子供たちは4人とも、ぼんやりと目を開きながら何も見てはいない。
「このような子供たちが……まだ大勢、いるのだな」
テオドールは呟いた。
戦場には、戦車4輌分の残骸が散らばっている。
見渡しながら、アデルが言った。
「……手強かった。このチャイルドギアが、とてつもなく高性能な兵器である事は認めなければならない」
弾薬の尽きたジョルトランサーを握る手に、力がこもる。
「ヴィルマルクは……すがり続ける、だろうな。この兵器に」
「……子供たちを犠牲にし続ける、か」
マグノリアが呟く。
「ヴィスマルクは、追い詰められている……僕たちのせい、と思ってしまうのは自惚れか」
「追い詰めて、潰す。それだけさ」
言い放つウェルスの獣毛を、2人の子供が呆然といじり回す。
ウェルスは微かに笑った、のであろうか。
「……森の熊さんだぜ。安心しな、人は食わねえ……食中りしそうなヴィス公どもは、食わずに滅ぼす」
●
寝台の上で、ゼノク・マッシャーが呻いた。
「……子供たち……は……?」
「助かったよ。君たちの、おかげでね」
カノンが微笑みかける。ゼノクが、涙を流す。
「良かった……」
「まあ貴卿たちには、捕虜の身分に戻ってもらう事になるが」
テオドールが、続いてマグノリアが言った。
「その後……ゆっくり考えてくれてから、でいい。アクアディーネを信仰しなくてもいい。君たちが自由騎士になる事を、僕は望むよ」
「てめえは……」
ラゲム・ファレッジが、マグノリアを睨む。
「……相変わらず、綺麗な顔しやがってよ……てめえが本当に、女の子だったらなあ……」
「思い通りにならないのが、世の常さ」
マグノリアが笑う。
民家であった。リィ・エーベルトが、交渉と手配を済ませてくれたのだ。
広い部屋に寝台が4つ、並べられ、ヴィスマルク兵士たちが寝かされている。
4人の子供は別の部屋にいて、この民家の住人たちが世話をしている。
「あの子らの心を、取り戻す……」
思案の後、テオドールが言った。
「……それを、貴卿たちにお任せしたいが」
「……何を、貴様は考えている……」
ドルフロッドが、布団の中からテオドールを睨む。
「あの子らにとって、ヴィスマルク軍は悪魔でしかないのだぞ……ヴィスマルク軍人である我々に、何をしろと言うのだ」
「……そうだな。お前たちは、ヴィスマルク軍人だ」
部屋の片隅で椅子に座ったまま、アデルが言った。
「ヴィスマルクにもまだ、軍人と呼べる連中がいた事……俺は嬉しく思う。お前たちの誇りを、子供たちに教えてやってはくれないか」
「誇り……か」
ドルフロッドが、天井を見つめた。
「そんな大層なもの、俺にはない……ジルヴェスター・ウーリヒのやり方が、気に入らんだけだ」
「ジルヴェスター・エルトル・ウーリヒ。ヴィスマルク軍の、現時点における統帥だな」
アデルの光学装置が、キラリと輝く。
「そいつの意向に逆らう、という事は……お前たちが忠誠を誓うヴィスマルクとは、軍を指すわけではないな」
「ジルヴェスター・ウーリヒ……奴は、奴だけは、生かしておいてはならん……」
憤怒の言葉を発したのは、ゴルドラルである。
「始末せねばならん……その役目、貴様ら自由騎士団に託す事になってしまったのは、まあ無念と言えば無念だ」
「ヴィスマルク帝国の存続を願うのであれば……」
部下の言葉を補足するかのように、ドルフロッドが言った。
「……ジルヴェスターのやりようは、まず真っ先に否定せねばならん。もっとも……ヴィスマルクの存続は、もはや無いか……チャイルドギアなど切り札に用いているようでは、追い詰められ過ぎだ」
「ヴィスマルク帝国という、支配体制は消滅するかも知れん。が、国土が消えて無くなるわけではない。民が滅びるわけではないのだ」
テオドールの口調は、力強い。
「そこには子供たちもいる。あの子らも、そうだ。だからこそ貴卿らが必要となるのだよ」
「我らが……必要だと……」
「ヴィスマルク人の誇りを教え、受け継がせていって欲しい。我々に出来る事ではない。我らとしてもな、一方的にヴィスマルクを滅ぼしたのではないという証のようなものを残しておきたい。いささか薄汚い話ではあるが」
「子供は……明日を夢見て、明日に希望を持って、生きていくべきだと思う」
カノンが言う。
「あの子たちの明日を、取り戻してあげるために……君たちにも、協力して欲しいんだ」
「お前さんのような奴らが、ヴィスマルクにまだ大勢いると信じたい。そいつらにも協力させる」
ウェルスも言った。
「そいつらとの橋渡し、みたいな役目も期待したいところだな。ドルフロッド・バルドー」
「……こっちが捕虜だと思ってよ、色々押し付けてくれるじゃねえか」
応えたのは、ドルフロッドではなくラゲムだった。
「さあて、どうだろうな。ジルヴェスターの野郎に逆らえる奴が……今、ヴィスマルクにどんだけいるか」
「反対者が1人もいないくらい統制が出来てるんなら、それはそれで凄え事だと思うがな」
ウェルスが、にやりと笑う。
「……お前らがシャンバラでやってたのは、子供じゃなくて大人の洗脳だ。ある意味、チャイルドギアよりタチが悪いとは言えるよな」
「褒め言葉、と受け取っておこう」
ドルフロッドも、弱々しく微笑む。
「ヴィスマルク人の誇りを教える……と称して我々が子供たちに何を吹き込むか、お前たちは少しも警戒しないのか」
「私は」
セアラは、ようやく言葉を発した。
「……貴方たちを、信じる事が出来ます。貴方たちの誇りある行動を、戦いを、この目で見ました」
「そう……誇り誇りと、言わない方がいい……」
カノンと何やら語り合っていたゼノクが、こちらに言葉を投げてくる。
「誇りのため、と言って、人は平気で人を殺す……俺たちヴィスマルク人は、特にそうだ。誇りのために、子供たちも犠牲にする。誇りを……美しいものにしては、本当はいけないと思う……」
「……それは私たち自由騎士団も同じですよ。平和のため、人々を救うためと言って」
自嘲の笑みを、セアラは自然に浮かべていた。
「している事は……結局のところ、侵略戦争です。滅びの未来を回避するため、と言いながら、どれだけの滅びをもたらしている事か」
「滅びの未来……白紙の未来」
ウェルスが、毛むくじゃらの太い両腕を組む。
「ヴィスマルクが、なりふり構わず勝ちに来た。国の未来である、子供たちを減らしてまでな。そこまでして、戦争に勝つ必要に迫られている……白紙の未来について何か知ってる、かも知れないとは考えちまうな」
「……白紙の未来? 何だ、それは」
ドルフロッドの言葉に、セアラは思わず口を押さえた。
ウェルスも、咳払いをしている。
「ん、ああ気にしないでくれ。軍事機密みてえなもんだ」
(白紙の、未来……)
セアラは俯き、心の中で疑念を渦巻かせた。
(このまま戦争を続けて、他国をことごとく滅ぼして……それは回避出来る、ものなのですか? アクアディーネ様……)