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暗夜の凶鶏。或いは、黒鶏妄執譚…。

●暗夜の鶏
黒い羽毛の鶏は、太陽が沈むと同時に鳴き叫ぶ。
夜の訪れを祝うかのような大音声。
割れた鐘の音のような、耳障りな音。
哀れにも、近くを通りかかった野良犬はその鳴き声を聞いて正気を失った。
野良犬のみならず、鳥も、狐も、リスも。
そうして集まって来た動物たちを鶏は喰らう。
何故か……それは、その身に栄養を蓄えるためだ。
そうして朝日が昇るころ。
血と肉片と骨と臓腑の散らばる森奥の洞窟で、鶏は一つの卵を産んだ。
光を吸い込むような、真っ黒い卵。
卵を守り、孵化させるべく鶏はその上に腰を下ろし、洞窟の入り口へと視線を向ける。
卵を……我が子を守るべく、外敵の侵入を妨げるために。
鶏……否、その姿は既に大きく変異していた。
鳥の頭部と翼、その体は喰らった動物の影響か、犬や狐のそれに似ている。
尾はまるでトカゲか蛇のように、長く太く、そして鱗に覆われていた。
足の先には小さな、けれど鋭い爪。
木々に上るのに適した形状のそれは、リスのものだろうか。
少々歪だが、まるで神話に出てくる生物……グリフォンのようだ。
赤黒く濁ったその瞳に映る生物は、グリフォンにとってすべて単なる餌か外敵に過ぎないのだろう。
●階差演算室
「みんな、水鏡の情報だよ。今回の敵は、なんとグリフォンだよ!」
グリフォン。
鷲の翼と上半身、ライオンの下半身を持つ伝説の生き物である。
だが、今回『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)がもたらしたグリフォンは、イブリースだろう。
鷲ではなく鶏、ライオンではなく狐や犬がベースとなっている。
おまけにその尾は爬虫類。
伝説のそれと比べれば歪な……けれど、そこに存在し脅威をもたらすことが確認されている点を見れば、伝説のそれよりも危険な怪異。
血なまぐさい洞窟に巣を構え、黒い卵の孵化を待つ。
「グリフォンもどきの攻撃には[ポイズン][カース][ショック]の状態異常が付与されているよ。注意してね」
それから、とクラウディアは言葉を続ける。
「ほかにも、ごく短時間の移動速度上昇や単距離の飛行能力を持っているよ」
総じて、瞬間的に体を強化し獲物を殺傷するという野生動物じみた性能を持っているようだ。
けれど、洞窟内部という限られた戦場ではそのごく短時間の身体強化でも何ら問題はないのだろう。
元より、獲物を速やかに殺傷すればそれで済む話ではある。
「グリフォンもどき……黒鶏って呼ぼうかな。黒鶏は洞窟に足を踏み入れた者を優先的に、次いで洞窟周辺に長く留まっている者をターゲットに襲って来るみたい」
洞窟内部のターゲットは直接攻撃で、洞窟外部の敵に対しては影を使った遠距離攻撃を加える傾向にある。
黒鶏自身は、できるだけ卵の近くから離れたくはないようだ。
「もしも卵を先に破壊したら、その時はどうなるのかな? うぅん?」
気になるね、と。
そう告げて、クラウディアは仲間たちを送り出す。
黒い羽毛の鶏は、太陽が沈むと同時に鳴き叫ぶ。
夜の訪れを祝うかのような大音声。
割れた鐘の音のような、耳障りな音。
哀れにも、近くを通りかかった野良犬はその鳴き声を聞いて正気を失った。
野良犬のみならず、鳥も、狐も、リスも。
そうして集まって来た動物たちを鶏は喰らう。
何故か……それは、その身に栄養を蓄えるためだ。
そうして朝日が昇るころ。
血と肉片と骨と臓腑の散らばる森奥の洞窟で、鶏は一つの卵を産んだ。
光を吸い込むような、真っ黒い卵。
卵を守り、孵化させるべく鶏はその上に腰を下ろし、洞窟の入り口へと視線を向ける。
卵を……我が子を守るべく、外敵の侵入を妨げるために。
鶏……否、その姿は既に大きく変異していた。
鳥の頭部と翼、その体は喰らった動物の影響か、犬や狐のそれに似ている。
尾はまるでトカゲか蛇のように、長く太く、そして鱗に覆われていた。
足の先には小さな、けれど鋭い爪。
木々に上るのに適した形状のそれは、リスのものだろうか。
少々歪だが、まるで神話に出てくる生物……グリフォンのようだ。
赤黒く濁ったその瞳に映る生物は、グリフォンにとってすべて単なる餌か外敵に過ぎないのだろう。
●階差演算室
「みんな、水鏡の情報だよ。今回の敵は、なんとグリフォンだよ!」
グリフォン。
鷲の翼と上半身、ライオンの下半身を持つ伝説の生き物である。
だが、今回『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)がもたらしたグリフォンは、イブリースだろう。
鷲ではなく鶏、ライオンではなく狐や犬がベースとなっている。
おまけにその尾は爬虫類。
伝説のそれと比べれば歪な……けれど、そこに存在し脅威をもたらすことが確認されている点を見れば、伝説のそれよりも危険な怪異。
血なまぐさい洞窟に巣を構え、黒い卵の孵化を待つ。
「グリフォンもどきの攻撃には[ポイズン][カース][ショック]の状態異常が付与されているよ。注意してね」
それから、とクラウディアは言葉を続ける。
「ほかにも、ごく短時間の移動速度上昇や単距離の飛行能力を持っているよ」
総じて、瞬間的に体を強化し獲物を殺傷するという野生動物じみた性能を持っているようだ。
けれど、洞窟内部という限られた戦場ではそのごく短時間の身体強化でも何ら問題はないのだろう。
元より、獲物を速やかに殺傷すればそれで済む話ではある。
「グリフォンもどき……黒鶏って呼ぼうかな。黒鶏は洞窟に足を踏み入れた者を優先的に、次いで洞窟周辺に長く留まっている者をターゲットに襲って来るみたい」
洞窟内部のターゲットは直接攻撃で、洞窟外部の敵に対しては影を使った遠距離攻撃を加える傾向にある。
黒鶏自身は、できるだけ卵の近くから離れたくはないようだ。
「もしも卵を先に破壊したら、その時はどうなるのかな? うぅん?」
気になるね、と。
そう告げて、クラウディアは仲間たちを送り出す。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.黒鶏の撃破
●ターゲット
黒鶏(イブリース)×1
黒い鶏のイブリース。
喰らった生物の身体的特徴を取り込む能力を持っている模様。
頭部と翼は鶏、身体は犬や狐、尾は蛇やトカゲ、爪はリスのそれに似ている。
洞窟の中に卵を産み、現在はそれの孵化を待っている状態。
そのため、あまり卵から離れたがらない。
割れた鐘の音のような不快な鳴き声をあげる。
・猛禽爪[攻撃] A:物近単【ショック】
鋭い爪と素早い動きによる斬撃。
・蛇影[攻撃] A:魔遠範【ポイズン1】【カース1】
影で出来た蛇の幻影を放つ。
黒卵(イブリース)×1
黒鶏の産んだ卵。
現在、黒鶏が孵化させようと温めている。
●場所
森の奥の洞窟。
血と肉片と臓物、骨が散乱しており腐臭が漂っている。
屍で作った巣の上で、黒鶏が黒い卵の孵化を待つ。
天井は高いが、通路の幅は狭く場所によっては1人ずつしか通れない程度の広さしかない。
入り口付近なら、最大6名ほどが横に並んで行動できる。
洞窟入り口から最奥までの距離は20メートルほど。
夜間であれば明かりが必須。
日中であれば明かりは不要。
黒鶏(イブリース)×1
黒い鶏のイブリース。
喰らった生物の身体的特徴を取り込む能力を持っている模様。
頭部と翼は鶏、身体は犬や狐、尾は蛇やトカゲ、爪はリスのそれに似ている。
洞窟の中に卵を産み、現在はそれの孵化を待っている状態。
そのため、あまり卵から離れたがらない。
割れた鐘の音のような不快な鳴き声をあげる。
・猛禽爪[攻撃] A:物近単【ショック】
鋭い爪と素早い動きによる斬撃。
・蛇影[攻撃] A:魔遠範【ポイズン1】【カース1】
影で出来た蛇の幻影を放つ。
黒卵(イブリース)×1
黒鶏の産んだ卵。
現在、黒鶏が孵化させようと温めている。
●場所
森の奥の洞窟。
血と肉片と臓物、骨が散乱しており腐臭が漂っている。
屍で作った巣の上で、黒鶏が黒い卵の孵化を待つ。
天井は高いが、通路の幅は狭く場所によっては1人ずつしか通れない程度の広さしかない。
入り口付近なら、最大6名ほどが横に並んで行動できる。
洞窟入り口から最奥までの距離は20メートルほど。
夜間であれば明かりが必須。
日中であれば明かりは不要。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/8
4/8
公開日
2020年04月27日
2020年04月27日
†メイン参加者 4人†
●
時刻は昼過ぎ。
とある森奥の洞窟。
漂うは濃い屍臭。血と肉と臓物の腐った臭い。
死体で作った塒の上で、その生き物は微睡んでいた。
それは、元は鶏だった。けれど今は違う。喰らった生物の特徴を取り込み、自身の体に組み込む力を持ったイブリース・黒鶏。
頭部と翼は鶏、身体は犬や狐、尾は蛇やトカゲ、爪はリスのそれに似ているそれは、黒い卵を孵化させるべく、洞窟に巣を作ったのだ。
ぎろり、と。
赤黒く濁った瞳で、黒鶏は洞窟入り口を睨みつける。
太陽を背にした影は4つ。
「ふむ、どうやら夜行性で間違いなさそうだの? 黒鶏の奴、ここまで近づいても出てこようとせん」
口元を手で覆い、氷面鏡 天輝(CL3000665)は顔をしかめてそう言った。
片手にひょうたん。身に纏うは酒精の香。
アマノホカリ由来の特徴的な衣服を纏った彼女の隣に騎士服姿のセアラ・ラングフォード(CL3000634)が並ぶ。
「私は洞窟入り口から支援に回りますが……皆さん、くれぐれもお気をつけて」
黒鶏の視線から姿を隠すように、セアラは岩陰に身を隠した。
セアラの足元から吹き上がる魔力の燐光が仲間たちの身体を包む。
セアラと入れ替わるようにして、戦斧を担いだ女丈夫・『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)が前に出た。膝を曲げ、ジーニーは姿勢を低くする。
限界まで引き絞られた弓矢のように、ジーニーの身体に力が漲る。
「侵入者に対して攻撃を仕掛けてくるんだろ? 洞窟の狭い箇所はさっさと通り抜けて、開けた場所まで突っ込むぜ!」
「えぇ、それでは参りましょう、イブリースに浄化による救済を!」
自身に魔血の強化を付与し、『常に全力浄化系シスター』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は大十字架を担ぎ上げた。
自由騎士たちの戦意を敏感に察知し、黒鶏が嘶きをあげる。
狭い洞窟に響き渡る、割れ鐘のような大絶叫。
耳を抑えるセアラ1人をその場に残し、天輝・ジーニー・アンジェリカの3人は洞窟内部へ駈け込んでいく。
●
先陣を切ってジーニーは駆ける。
その様はさながら金色の風といったところか。或いは、戦鬼とも言うべきか。
赤い右目が、暗闇の中で妖しく光る。
「少なくとも、黒鶏が飛び回れるような場所はあるんだろ? それなら私の得物も十分振り回せる!」
ジーニーの瞳は5秒先の未来を見通す。
全速力で洞窟内部を走り抜け、彼女が辿り着いたのはその中ほどにある開けた空間。
そこへたどり着くと同時に、腰を沈めて前方へ向け斧を一閃。
地面から飛び出した影……それは蛇の影だった……を一刀両断に消し去った。だが、蛇の影は1匹ではない。
じわじわと、地面から湧くようにして次々と姿を現す蛇の影。ジーニーの足元を、あっという間に埋め尽くし、鋭い牙をその足首へと突き立てた。
「う……」
回った毒に表情を歪め、口元を抑える。
「すぐに治しますね! もう少しだけ我慢してください!」
後方から響くセアラの声に、ジーニーはサムズアップで答えを返す。込み上げる吐き気を必死に堪え、斧を支えに立ち続け、鋭い視線を黒鶏へと向けていた。
吹き抜ける温かい風。
否、それは魔力の奔流であった。
ジーニーの身体を淡い燐光が包み込む。じわじわと、その身を侵す毒や呪いを取り除き、彼女の体の異常を治す。
無事に回復が済んだことを確認し、セアラは人知れず安堵の吐息を吐き出した。
だが、まだ戦いは始まったばかり。
次に支援を投げるべき相手は誰か……見極めるべく、セアラは視線を洞窟内部へ走らせる。
次の瞬間、セアラと黒鶏の視線が交差した。
「え……まさか!?」
走る悪寒に、セアラは表情を青ざめさせる。どうやら黒鶏は、入口で待機するセアラのことを正しく脅威と認識したらしい。
叩きつけられる強烈な敵意。
ジーニーの足元で群れていた蛇の群れの一部が、その標的をセアラへ変えた。
「くっ……多いですね!」
セアラを庇うべく、アンジェリカが大十字架を振り抜くが、影蛇はそれをするりと回避。
蛇を相手取るべく、腰の剣へと手を伸ばすが……。
「主は回復に専念せい。あれらの相手は余が務めるゆえ」
迎撃の体制へ移行しようとしたセアラを制し、天輝は手にしたひょうたんを一口煽る。
唇の端から酒が零れて、胸元に酒臭い染みを作った。
酒の匂いに一部の蛇が反応し、天輝はくっくと笑う。昔ばなしに出てくる、酒に飲まれて打ち取られた大蛇の話を思い出したのだ。
「それにしても……まったくひどい臭いじゃ。さっさと終わらせて一杯飲りに行くぞ」
跳びかかって来た蛇を1匹、右手で掴んで頭上へ放った。
次いで1匹、よろけるような動きで回避し、すれ違い様に手刀でもって消し飛ばす。
流れるような……ともすると、身体の芯が抜け落ちたかのような動きで彼女は次々と襲い来る蛇をいなしている。
それは酔拳と呼ばれる、酒に酔って初めて機能するある種異質な闘術であった。
「多少のダメージはセアラが回復してくれるしの。存分に力を振るえるというものよ」
呵々と笑って、蛇を蹴飛ばす天輝の肩に蛇が1匹食らいつく。
その身を蝕む毒は、けれどすぐにセアラによって取り除かれた。
降り注ぐ淡い燐光が、天輝の動きに合わせて暗い洞窟で揺らめいている。
セアラを助けに行くべきか、それとも黒鶏本体を叩くのが先か。
アンジェリカが迷ったのはほんの一瞬。
「(……皆様、しばらく堪えてください。帰ったら、お礼に美味しいパスタをお作ります)」
心の中で仲間たちに感謝と謝罪の言葉を述べて、アンジェリカは地面を蹴った。
影蛇の攻撃はジーニーやセアラに集中している。
大火力で暴れるジーニーと、回復術を行使するセアラを黒鶏が脅威と判断したからだ。おかげで、黒鶏の注意はアンジェリカから外れていた。
この好機を逃すわけにはいかない。
行使するスキルは【タイムスキップ】。それにより、ごく僅かな……ほんの瞬きの間ではあるが、まるで時を跳躍するかのような高速移動が可能となる。
「その卵、わたしていただけますか?」
パスタの材料に……否、盾として使用するのが目的だ。
黒鶏の背後へ移動したアンジェリカが、大十字架を振り回す。
アンジェリカの接近に気づけなかった黒鶏は、その一撃を背後から無防備に浴びることとなった。
殴打された黒鶏が、よろけて地面に転がった。
瞬間、現れていた影蛇たちが姿を消す。
それ幸いにと、ジーニーと天輝は全速力で黒鶏の元へと走って行った。背後からセアラによる回復術を受け、戦闘の用意も万全だ。
頭を振って起き上がった黒鶏が、じろりと左右を……卵を抱えたアンジェリカと、向かって来るジーニー&天輝を睨む。ここまで接近された以上、セアラに攻撃の矛先を向ける余裕はないらしい。
「これは面妖な姿形をしておるのう。伝承にきくぬえに近いか……このあたりではグリフォン? というのか?」
「これがグリフォン? なんかあんまりカッコよくないなぁ。やっぱりモドキだなっ!」
グリフォン、もとい黒鶏の攻撃範囲ギリギリで足を止めた2人は、口々にその容姿への感想を口にした。
アンジェリカとジーニー&天輝を交互に見やり……黒鶏は、視線をアンジェリカへと定める。
否、正しくはアンジェリカの抱える黒卵か。
黒鶏が翼を広げ、地面を蹴った。
滑るような動きで、素早くアンジェリカへと肉薄。アンジェリカは咄嗟に卵を体の前に掲げるが、黒鶏は卵を避けてアンジェリカの肩を爪で抉った。
「狙い……通り! このまま私は囮役を務めます! お2人は後ろからバッサリやっちゃってくださいな!」
卵と十字架を盾にして、アンジェリカは黒鶏の猛攻を捌く。
もっとも、素早い動きに翻弄され何発かに一度、その爪はアンジェリカの身体を裂いた。
飛び散る血飛沫が洞窟の壁や地面を濡らす。
だが、アンジェリカも歴戦の自由騎士。多少のダメージに怯むほど軟な心身の持ち主ではない。
まっすぐに黒鶏を睨みつけながら、致命傷に至る攻撃だけを集中して防ぐ。
満足に攻撃が通らないことに苛立ったのか、黒鶏は翼を広げて天井近くまで飛び上がった。風圧に煽られ、接近していたジーニーがよろける。
「少し肩を借りるぞ」
「ん? お、おうっ!」
よろけたジーニーの肩に、天輝がそっと手を置いた。
トン、と地面を蹴った音。
重力から解放されたかのように、天輝の身体が宙へ浮く。ジーニーの肩に足を乗せ、踏み台にして高く跳んだ。
「限られた空間ではあるが、飛ばれると面倒じゃ。悪いが封じさせてもらおう」
天輝はそっと右手を伸ばし、黒鶏の翼を掴む。
さらに左の手で、黒い翼に素早く古い文字を刻んだ。緋き火のマナをインクに書き込まれたのは「別れ」を意味する古代文字。
瞬間、黒鶏の翼が炎に包まれた。
悲鳴をあげる黒鶏は、がむしゃらに前肢を振り回す。鋭い爪が、運悪く天輝の腹部を抉った。硬直し、身動きの取れなくなった天輝は血の軌跡を引きながら落下。
地面に叩きつけられる。
幸い、死体が山と積まれていたのでそこまで大きなダメージには至らなかったが、とはいえ腹部の傷もあり、少しの間満足には動けそうもない。
加えて……。
「あ……まず」
天輝の視界に映るのは、自分の真上へ落下して来る黒鶏の身体であった。
落下の衝撃から回復していない現状、それを避ける術はない。
このままでは押しつぶされる。洞窟の奥で、死体に塗れて命を落とす。そんな未来を幻視した。走馬灯……否、少し違うな、と呑気にそんなことを思う。
死の間際に思い出すなら、美味い酒の記憶が良いが。
「助かったぜ! 飛ばれると、私の攻撃は届かないからな!」
幸いなことに、自分の死期はまだまだ先だと天輝は悟った。
地面すれすれにまで低く降ろした大斧を、飛び上がるようにして頭上へ振り抜く。
下から上へ、全力を込めた縦一閃。
ジーニーの斧は、落下してくる黒鶏の胴へその刃を食い込ませる。
ガキン、と硬質な音が響いた。
黒鶏の胴……そこに生える羽毛の下に、爬虫類の鱗が見える。斧の刃はそれに阻まれ、致命傷には至らない。
けれど……。
「おぉぉぉりゃぁぁっ!」
刃が通らないのなら、せめて衝撃だけでもと。
黒鶏の身体を、ジーニーは宙へと打ち上げた。
後衛から戦場を俯瞰していたセアラは、天輝がダメージを受けたと見るや回復術を行使する。
だが、届かない。
黒鶏のいた位置は、ほんのわずかにセアラの術の射程から外れていたのだ。
逡巡は一瞬。セアラは仲間を救うべく、洞窟の中へと駆けこんだ。
射程範囲に天輝が入るや否や、セアラは前方で手を翳す。その手の周囲に展開する魔法陣から、淡い燐光が溢れ出す。
燐光は、風に乗った花粉のようにきらきらと。
洞窟の奥へと運ばれて行き、天輝の傷を癒した。
血を吐き、落ちる黒鶏の巨体の真下。
ジーニーのパスを受けたのはアンジェリカだ。
片腕に黒い卵を抱いて、大十字架を頭上へ一閃。
黒鶏の頭部を十字架で打ち抜く。
洞窟の壁に黒鶏が叩きつけられ。その拍子に、しなった黒鶏の尾がアンジェリカの腕から黒い卵を叩き落す。
ガタン、と。
重たい音を立てて、黒い卵は地面に落下。
粉砕こそしなかったものの、その表面には罅が走っていた。
衝撃と罅と……おそらく、もはやこの卵から雛鳥が孵ることはないだろう。
「親が悪ならば、子も悪でしょうか? 否……とは言い切れないですね。何しろイブリースですし」
若干の後ろめたさがあるのか、アンジェリカはほんの一瞬視線を伏せた。
けれどすぐに、任務達成に向け行動を再開する。
大十字架を両手で操り、黒鶏へと殴打を放った。
●
黒鶏目掛けて放たれる、戦斧と十字架のラッシュ。
黒鶏の身体がいかに頑丈で、硬い鱗に覆われていようと衝撃までは掻き消せない。
そこに加えて、天輝の【回天號砲】が顔面に命中し、閃光がその視界を一時奪う。夜行性かつ洞窟内で生活している黒鶏にとって、光による視界への刺激は久しぶりに体験するものだった。
割れた嘴から血が零れる。
身を起こした黒鶏の足元から、影蛇がぞわりと湧き上がる。
「メインアタッカーはジーニーとアンジェリカじゃ。余は少し退っておこう」
「では、私は再度囮役を……」
「おう! ここからが私の本番だ! お前なんかぺちゃんこにしてやるぜっ!」
天輝が、アンジェリカが、ジーニーが。
言葉少なに声を掛け合う。ただそれだけで、3名は現状最適だろう位置へと配置を済ませた。
だが……。
次の瞬間、黒鶏は大きく空気を吸い込んだ。
直後の動作を予想出来たのは、後衛から戦況を観察していたセアラと【未来視】により5秒先の未来を垣間見ることができたジーニーの2人だけ。
放たれる黒鶏の絶叫。
洞窟内部で反響するその大音声に、アンジェリカと天輝は三半規管を揺らされよろける。
もっとも、天輝は酒に酔って最初からよろけてはいたが……。
「あ、まてっ!」
地面を蹴って、ジーニーの横を黒鶏は駆け抜けた。耳を塞ぐのに、斧から手を放していたこともあり、咄嗟の対応が遅れてしまう。
戦況が不利だと判断したのか、逃走を図る黒鶏。
それを追うべく、斧を拾い上げたジーニーが踵を返す。
その直後……。
『―――黒鶏は逃がしません!』
3名の脳裏に、セアラの声が響き渡った。
テレパスにより伝えられた、力強い言葉。
そして、吹き荒れる魔力の大渦が3人の視界を埋め尽くす。
セアラの行使した【大渦海域のタンゴ】だ。巻き添えを避けるべく、慌てて3人は洞窟奥の岩の隙間へ身を潜り込ませた。
やがて、魔力の渦は掻き消えて……。
後に残るは、半ばほど腐った鶏の躯が1つだけ……。
「さて、ジーニーよ。頼んだぞ」
「おう」
振り下ろされたジーニーの斧が、黒卵を粉砕する。
腐臭と共に、血と肉と骨の混じった卵の中身が飛び散った。
「こちらも黒鶏に食べられた動物たちの埋葬、終わりました」
洞窟の入り口からセアラの呼ぶ声がする。セアラとアンジェリカの2人は、洞窟内に散乱していた動物たちの遺体を可能な限り持ち出して、洞窟傍に埋めたのだ。
埋葬と、そして万が一にも死骸から疫病が発生することを防ぐため。
「終わり、ですね。皆さん……帰りにどこかで、パスタでも食べて行きませんか?」
胸の前で十字を切って、アンジェリカはそう告げた。
もうじき夜が訪れる。
黒鶏の巣食っていた洞窟を、自由騎士たちは後にした。
時刻は昼過ぎ。
とある森奥の洞窟。
漂うは濃い屍臭。血と肉と臓物の腐った臭い。
死体で作った塒の上で、その生き物は微睡んでいた。
それは、元は鶏だった。けれど今は違う。喰らった生物の特徴を取り込み、自身の体に組み込む力を持ったイブリース・黒鶏。
頭部と翼は鶏、身体は犬や狐、尾は蛇やトカゲ、爪はリスのそれに似ているそれは、黒い卵を孵化させるべく、洞窟に巣を作ったのだ。
ぎろり、と。
赤黒く濁った瞳で、黒鶏は洞窟入り口を睨みつける。
太陽を背にした影は4つ。
「ふむ、どうやら夜行性で間違いなさそうだの? 黒鶏の奴、ここまで近づいても出てこようとせん」
口元を手で覆い、氷面鏡 天輝(CL3000665)は顔をしかめてそう言った。
片手にひょうたん。身に纏うは酒精の香。
アマノホカリ由来の特徴的な衣服を纏った彼女の隣に騎士服姿のセアラ・ラングフォード(CL3000634)が並ぶ。
「私は洞窟入り口から支援に回りますが……皆さん、くれぐれもお気をつけて」
黒鶏の視線から姿を隠すように、セアラは岩陰に身を隠した。
セアラの足元から吹き上がる魔力の燐光が仲間たちの身体を包む。
セアラと入れ替わるようにして、戦斧を担いだ女丈夫・『砂塵の戦鬼』ジーニー・レイン(CL3000647)が前に出た。膝を曲げ、ジーニーは姿勢を低くする。
限界まで引き絞られた弓矢のように、ジーニーの身体に力が漲る。
「侵入者に対して攻撃を仕掛けてくるんだろ? 洞窟の狭い箇所はさっさと通り抜けて、開けた場所まで突っ込むぜ!」
「えぇ、それでは参りましょう、イブリースに浄化による救済を!」
自身に魔血の強化を付与し、『常に全力浄化系シスター』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は大十字架を担ぎ上げた。
自由騎士たちの戦意を敏感に察知し、黒鶏が嘶きをあげる。
狭い洞窟に響き渡る、割れ鐘のような大絶叫。
耳を抑えるセアラ1人をその場に残し、天輝・ジーニー・アンジェリカの3人は洞窟内部へ駈け込んでいく。
●
先陣を切ってジーニーは駆ける。
その様はさながら金色の風といったところか。或いは、戦鬼とも言うべきか。
赤い右目が、暗闇の中で妖しく光る。
「少なくとも、黒鶏が飛び回れるような場所はあるんだろ? それなら私の得物も十分振り回せる!」
ジーニーの瞳は5秒先の未来を見通す。
全速力で洞窟内部を走り抜け、彼女が辿り着いたのはその中ほどにある開けた空間。
そこへたどり着くと同時に、腰を沈めて前方へ向け斧を一閃。
地面から飛び出した影……それは蛇の影だった……を一刀両断に消し去った。だが、蛇の影は1匹ではない。
じわじわと、地面から湧くようにして次々と姿を現す蛇の影。ジーニーの足元を、あっという間に埋め尽くし、鋭い牙をその足首へと突き立てた。
「う……」
回った毒に表情を歪め、口元を抑える。
「すぐに治しますね! もう少しだけ我慢してください!」
後方から響くセアラの声に、ジーニーはサムズアップで答えを返す。込み上げる吐き気を必死に堪え、斧を支えに立ち続け、鋭い視線を黒鶏へと向けていた。
吹き抜ける温かい風。
否、それは魔力の奔流であった。
ジーニーの身体を淡い燐光が包み込む。じわじわと、その身を侵す毒や呪いを取り除き、彼女の体の異常を治す。
無事に回復が済んだことを確認し、セアラは人知れず安堵の吐息を吐き出した。
だが、まだ戦いは始まったばかり。
次に支援を投げるべき相手は誰か……見極めるべく、セアラは視線を洞窟内部へ走らせる。
次の瞬間、セアラと黒鶏の視線が交差した。
「え……まさか!?」
走る悪寒に、セアラは表情を青ざめさせる。どうやら黒鶏は、入口で待機するセアラのことを正しく脅威と認識したらしい。
叩きつけられる強烈な敵意。
ジーニーの足元で群れていた蛇の群れの一部が、その標的をセアラへ変えた。
「くっ……多いですね!」
セアラを庇うべく、アンジェリカが大十字架を振り抜くが、影蛇はそれをするりと回避。
蛇を相手取るべく、腰の剣へと手を伸ばすが……。
「主は回復に専念せい。あれらの相手は余が務めるゆえ」
迎撃の体制へ移行しようとしたセアラを制し、天輝は手にしたひょうたんを一口煽る。
唇の端から酒が零れて、胸元に酒臭い染みを作った。
酒の匂いに一部の蛇が反応し、天輝はくっくと笑う。昔ばなしに出てくる、酒に飲まれて打ち取られた大蛇の話を思い出したのだ。
「それにしても……まったくひどい臭いじゃ。さっさと終わらせて一杯飲りに行くぞ」
跳びかかって来た蛇を1匹、右手で掴んで頭上へ放った。
次いで1匹、よろけるような動きで回避し、すれ違い様に手刀でもって消し飛ばす。
流れるような……ともすると、身体の芯が抜け落ちたかのような動きで彼女は次々と襲い来る蛇をいなしている。
それは酔拳と呼ばれる、酒に酔って初めて機能するある種異質な闘術であった。
「多少のダメージはセアラが回復してくれるしの。存分に力を振るえるというものよ」
呵々と笑って、蛇を蹴飛ばす天輝の肩に蛇が1匹食らいつく。
その身を蝕む毒は、けれどすぐにセアラによって取り除かれた。
降り注ぐ淡い燐光が、天輝の動きに合わせて暗い洞窟で揺らめいている。
セアラを助けに行くべきか、それとも黒鶏本体を叩くのが先か。
アンジェリカが迷ったのはほんの一瞬。
「(……皆様、しばらく堪えてください。帰ったら、お礼に美味しいパスタをお作ります)」
心の中で仲間たちに感謝と謝罪の言葉を述べて、アンジェリカは地面を蹴った。
影蛇の攻撃はジーニーやセアラに集中している。
大火力で暴れるジーニーと、回復術を行使するセアラを黒鶏が脅威と判断したからだ。おかげで、黒鶏の注意はアンジェリカから外れていた。
この好機を逃すわけにはいかない。
行使するスキルは【タイムスキップ】。それにより、ごく僅かな……ほんの瞬きの間ではあるが、まるで時を跳躍するかのような高速移動が可能となる。
「その卵、わたしていただけますか?」
パスタの材料に……否、盾として使用するのが目的だ。
黒鶏の背後へ移動したアンジェリカが、大十字架を振り回す。
アンジェリカの接近に気づけなかった黒鶏は、その一撃を背後から無防備に浴びることとなった。
殴打された黒鶏が、よろけて地面に転がった。
瞬間、現れていた影蛇たちが姿を消す。
それ幸いにと、ジーニーと天輝は全速力で黒鶏の元へと走って行った。背後からセアラによる回復術を受け、戦闘の用意も万全だ。
頭を振って起き上がった黒鶏が、じろりと左右を……卵を抱えたアンジェリカと、向かって来るジーニー&天輝を睨む。ここまで接近された以上、セアラに攻撃の矛先を向ける余裕はないらしい。
「これは面妖な姿形をしておるのう。伝承にきくぬえに近いか……このあたりではグリフォン? というのか?」
「これがグリフォン? なんかあんまりカッコよくないなぁ。やっぱりモドキだなっ!」
グリフォン、もとい黒鶏の攻撃範囲ギリギリで足を止めた2人は、口々にその容姿への感想を口にした。
アンジェリカとジーニー&天輝を交互に見やり……黒鶏は、視線をアンジェリカへと定める。
否、正しくはアンジェリカの抱える黒卵か。
黒鶏が翼を広げ、地面を蹴った。
滑るような動きで、素早くアンジェリカへと肉薄。アンジェリカは咄嗟に卵を体の前に掲げるが、黒鶏は卵を避けてアンジェリカの肩を爪で抉った。
「狙い……通り! このまま私は囮役を務めます! お2人は後ろからバッサリやっちゃってくださいな!」
卵と十字架を盾にして、アンジェリカは黒鶏の猛攻を捌く。
もっとも、素早い動きに翻弄され何発かに一度、その爪はアンジェリカの身体を裂いた。
飛び散る血飛沫が洞窟の壁や地面を濡らす。
だが、アンジェリカも歴戦の自由騎士。多少のダメージに怯むほど軟な心身の持ち主ではない。
まっすぐに黒鶏を睨みつけながら、致命傷に至る攻撃だけを集中して防ぐ。
満足に攻撃が通らないことに苛立ったのか、黒鶏は翼を広げて天井近くまで飛び上がった。風圧に煽られ、接近していたジーニーがよろける。
「少し肩を借りるぞ」
「ん? お、おうっ!」
よろけたジーニーの肩に、天輝がそっと手を置いた。
トン、と地面を蹴った音。
重力から解放されたかのように、天輝の身体が宙へ浮く。ジーニーの肩に足を乗せ、踏み台にして高く跳んだ。
「限られた空間ではあるが、飛ばれると面倒じゃ。悪いが封じさせてもらおう」
天輝はそっと右手を伸ばし、黒鶏の翼を掴む。
さらに左の手で、黒い翼に素早く古い文字を刻んだ。緋き火のマナをインクに書き込まれたのは「別れ」を意味する古代文字。
瞬間、黒鶏の翼が炎に包まれた。
悲鳴をあげる黒鶏は、がむしゃらに前肢を振り回す。鋭い爪が、運悪く天輝の腹部を抉った。硬直し、身動きの取れなくなった天輝は血の軌跡を引きながら落下。
地面に叩きつけられる。
幸い、死体が山と積まれていたのでそこまで大きなダメージには至らなかったが、とはいえ腹部の傷もあり、少しの間満足には動けそうもない。
加えて……。
「あ……まず」
天輝の視界に映るのは、自分の真上へ落下して来る黒鶏の身体であった。
落下の衝撃から回復していない現状、それを避ける術はない。
このままでは押しつぶされる。洞窟の奥で、死体に塗れて命を落とす。そんな未来を幻視した。走馬灯……否、少し違うな、と呑気にそんなことを思う。
死の間際に思い出すなら、美味い酒の記憶が良いが。
「助かったぜ! 飛ばれると、私の攻撃は届かないからな!」
幸いなことに、自分の死期はまだまだ先だと天輝は悟った。
地面すれすれにまで低く降ろした大斧を、飛び上がるようにして頭上へ振り抜く。
下から上へ、全力を込めた縦一閃。
ジーニーの斧は、落下してくる黒鶏の胴へその刃を食い込ませる。
ガキン、と硬質な音が響いた。
黒鶏の胴……そこに生える羽毛の下に、爬虫類の鱗が見える。斧の刃はそれに阻まれ、致命傷には至らない。
けれど……。
「おぉぉぉりゃぁぁっ!」
刃が通らないのなら、せめて衝撃だけでもと。
黒鶏の身体を、ジーニーは宙へと打ち上げた。
後衛から戦場を俯瞰していたセアラは、天輝がダメージを受けたと見るや回復術を行使する。
だが、届かない。
黒鶏のいた位置は、ほんのわずかにセアラの術の射程から外れていたのだ。
逡巡は一瞬。セアラは仲間を救うべく、洞窟の中へと駆けこんだ。
射程範囲に天輝が入るや否や、セアラは前方で手を翳す。その手の周囲に展開する魔法陣から、淡い燐光が溢れ出す。
燐光は、風に乗った花粉のようにきらきらと。
洞窟の奥へと運ばれて行き、天輝の傷を癒した。
血を吐き、落ちる黒鶏の巨体の真下。
ジーニーのパスを受けたのはアンジェリカだ。
片腕に黒い卵を抱いて、大十字架を頭上へ一閃。
黒鶏の頭部を十字架で打ち抜く。
洞窟の壁に黒鶏が叩きつけられ。その拍子に、しなった黒鶏の尾がアンジェリカの腕から黒い卵を叩き落す。
ガタン、と。
重たい音を立てて、黒い卵は地面に落下。
粉砕こそしなかったものの、その表面には罅が走っていた。
衝撃と罅と……おそらく、もはやこの卵から雛鳥が孵ることはないだろう。
「親が悪ならば、子も悪でしょうか? 否……とは言い切れないですね。何しろイブリースですし」
若干の後ろめたさがあるのか、アンジェリカはほんの一瞬視線を伏せた。
けれどすぐに、任務達成に向け行動を再開する。
大十字架を両手で操り、黒鶏へと殴打を放った。
●
黒鶏目掛けて放たれる、戦斧と十字架のラッシュ。
黒鶏の身体がいかに頑丈で、硬い鱗に覆われていようと衝撃までは掻き消せない。
そこに加えて、天輝の【回天號砲】が顔面に命中し、閃光がその視界を一時奪う。夜行性かつ洞窟内で生活している黒鶏にとって、光による視界への刺激は久しぶりに体験するものだった。
割れた嘴から血が零れる。
身を起こした黒鶏の足元から、影蛇がぞわりと湧き上がる。
「メインアタッカーはジーニーとアンジェリカじゃ。余は少し退っておこう」
「では、私は再度囮役を……」
「おう! ここからが私の本番だ! お前なんかぺちゃんこにしてやるぜっ!」
天輝が、アンジェリカが、ジーニーが。
言葉少なに声を掛け合う。ただそれだけで、3名は現状最適だろう位置へと配置を済ませた。
だが……。
次の瞬間、黒鶏は大きく空気を吸い込んだ。
直後の動作を予想出来たのは、後衛から戦況を観察していたセアラと【未来視】により5秒先の未来を垣間見ることができたジーニーの2人だけ。
放たれる黒鶏の絶叫。
洞窟内部で反響するその大音声に、アンジェリカと天輝は三半規管を揺らされよろける。
もっとも、天輝は酒に酔って最初からよろけてはいたが……。
「あ、まてっ!」
地面を蹴って、ジーニーの横を黒鶏は駆け抜けた。耳を塞ぐのに、斧から手を放していたこともあり、咄嗟の対応が遅れてしまう。
戦況が不利だと判断したのか、逃走を図る黒鶏。
それを追うべく、斧を拾い上げたジーニーが踵を返す。
その直後……。
『―――黒鶏は逃がしません!』
3名の脳裏に、セアラの声が響き渡った。
テレパスにより伝えられた、力強い言葉。
そして、吹き荒れる魔力の大渦が3人の視界を埋め尽くす。
セアラの行使した【大渦海域のタンゴ】だ。巻き添えを避けるべく、慌てて3人は洞窟奥の岩の隙間へ身を潜り込ませた。
やがて、魔力の渦は掻き消えて……。
後に残るは、半ばほど腐った鶏の躯が1つだけ……。
「さて、ジーニーよ。頼んだぞ」
「おう」
振り下ろされたジーニーの斧が、黒卵を粉砕する。
腐臭と共に、血と肉と骨の混じった卵の中身が飛び散った。
「こちらも黒鶏に食べられた動物たちの埋葬、終わりました」
洞窟の入り口からセアラの呼ぶ声がする。セアラとアンジェリカの2人は、洞窟内に散乱していた動物たちの遺体を可能な限り持ち出して、洞窟傍に埋めたのだ。
埋葬と、そして万が一にも死骸から疫病が発生することを防ぐため。
「終わり、ですね。皆さん……帰りにどこかで、パスタでも食べて行きませんか?」
胸の前で十字を切って、アンジェリカはそう告げた。
もうじき夜が訪れる。
黒鶏の巣食っていた洞窟を、自由騎士たちは後にした。